スピントロ二クスデバイスのエッチングとプロセス誘起

スピントロ二クスデバイスのエッチングとプロセス誘起ダメージ
Plasma process induced damages on spintronics devices
木下啓藏 1, 本庄弘明 2, 深見俊輔 1, 根橋竜介 2, 三浦貞彦 2, 杉林直彦 2, 笠井直記 1, 池田正二 1,3, 大野英男 1,3,4
K. Kinoshita1, H. Honjo2, S. Fukami1, R. Nebashi2, S. Miura2, T. Sugibayashi2, N. Kasai1, S. Ikeda1,3, and H. Ohno1,3,4
1 東北大学
CSIS、2 NEC グリーンプラットフォーム研究所、3 東北大学 RIEC、4 東北大学 WPI-AIMR
1
2
3
CSIS, Tohoku University
Green Platform Research Laboratories, NEC Corporation
Laboratory for Nanoelectronics and Spintronics, RIEC, Tohoku University
4
WPI-AIMR, Tohoku University
〒980-8577 宮城県仙台市青葉区片平 2-1-1
2-1-1, Katahira, Aoba, Sendai 980-8577, Japan
[email protected]
Ar/NH3/CO プラズマによる磁性多層膜のエッチングプロセスにおけるイオン照射によって、磁性多層膜の細線中
での磁壁移動が阻害されることを見いだした。エッチング表面近傍において、結晶性の劣化が高分解能 TEM によ
り観察された。モンテカルロ法によるシミュレーションでは、約 3.5 nm の深さまで格子原子位置の移動が観測さ
れた。この深さは磁性多層薄膜の微細構造や磁気特性を劣化するに十分である。スピントロニクスデバイスのプロ
セスにおいては、デバイスの機能素子部の立体構造設計やエッチング時のプロセス条件に注意を払う必要がある。
1. はじめに
極薄磁性膜を繰り返し積層した多層薄膜は、磁気ラ
ンダムアクセスメモリー(MRAM)やスピンロジック等
いる[4]。また、情報の書き換え速度に直結する磁化反
転速度でも、高速の磁壁移動が確認されている[5]。図
1 に磁壁移動の概念図を示す。
の不揮発スピントロニクスデバイスに用いることが期
これらスピントロニクス素子の製造プロセスでは
待され、研究開発が行われている[1]。それらのデバイ
数々のプラズマプロセスが用いられてきた。現在、ド
スに用いられている磁気トンネル接合素子(MTJ)は、ス
ラ イ エ ッ チ ン グ に お い て は 、 C-O を 含 む ガ ス 系
ピン・トランスファー・トルク(STT)という機構で、素
(NH3/CO[6]や CH3OH[7]、Ar/CH4/O2[8]など)による磁
子に流す電流によって磁性薄膜の磁化方向を反転する
性金属材料である Co や Fe と、マスク材料となる Ta
ことが可能である。また STT は、磁性細線中の磁壁位
や Ti との間の高い選択比[9]が広く活用されており、加
置を情報記録に用いる磁壁移動素子でも用いられてお
工形状や下地選択比の面で従来のアルゴンイオンミリ
り、レース・トラック・メモリー[2]やランダム・アク
ングプロセスより良い結果が得られている[10]。しかし
セス・メモリー[3]が検討されている。磁壁移動型の素
ながら、プラズマ中で生成する O 原子による酸化によ
子では、磁性細線中に流した電流によって磁壁を細線
って磁性材料の化学的な変質が並行して進行すること
長手方向で前後に移動させ、磁性細線中の特定位置の
が課題となっており、NiFe や CoFeB をフリー層とす
磁化状態を可逆に反転させ、それを検出することで 1/0
る MTJ においては TMR 比の低下が観察された。そこ
の情報記録を行う。磁壁移動に要する電流密度は小さ
で、還元性の He/H2 プラズマによるダメージ回復処理
く、通常の MTJ の磁化反転のようにパルスの大電流が
[11, 12]や、C-O 系エッチング後に Ar イオンミリング
トンネルバリア絶縁膜(主に MgO が使われている)に流
によって側壁ダメージ層を削り落とすプロセスが提案
れることが無く、素子の TDDB 信頼性で有利となって
されている[13]。
一方、極薄膜の材料物性がデバイス特性のキーにな
ることで MTJ 直下の FL 層の磁化状態が反転する。そ
ることから、プラズマエッチングプロセスにおいてこ
の結果、FL 層からの漏洩磁界を観察できるように配置
れら化学的なダメージだけではなくイオン照射による
した MTJ の磁化状態が変化し、磁壁移動(情報の書き
物理的なダメージにも注意が必要である。素子構造と
換え)が起こったことを観測可能である。そして、逆方
して磁性膜の直上でエッチングを止める必要があるよ
向の電流印加によって磁壁が元の位置に戻ることで、
うな場合、下地材料の物理的なダメージが課題となる。
情報の再度の書き戻しが完了し、初期状態に戻ること
本報告では、イオン照射による物理的ダメージが、磁
になる。
壁移動型スピントロニクス素子の磁壁移動特性に及ぼ
す影響について述べる[14]。
さらに実験では、ブランケット積層膜を上記と同じ
三水準の終点条件でエッチングして、振動試料型磁力
計(VSM)による磁気ヒステリシス曲線の取得と、磁気
2.実験方法
特性の評価を行った。サンプルサイズは 1 cm2 である。
図 2 はサンプルの作成フローならびに磁壁移動素子
さらに、エッチング表面近傍の格子状態の高分解能
の磁化状態検出のためのテストデバイスの構成を示し
TEM 観察ならびに TEM-EDX による元素の線分析を
ている。まず図 2(a)にあるように磁壁移動を担うフリ
行った。さらに、モンテカルロ法によるイオン照射の
ー層(FL 層)と、磁性細線端部の FL 層の磁化方向を固
シミュレーションを、試作素子の膜構造とプロセス時
定するためのハード層(HL 層)を、中間層である金属 Pd
のイオン照射条件に合わせて実施した[17]。
膜を間に挟んでマグネトロンスパッタリング法により
真空一貫連続成膜した。FL 層、HL 層は各々の磁化特
3. 実験結果と考察
性の要請に応じた材料構成になっており、今回 FL 層と
図 3(a)にブランケット多層膜の Under, Just, Over の
して[Co (0.3 nm)/Ni (0.45 nm)]5/Co(0.3 nm)、HL 層と
各終点でのエッチング後の振動試料型磁力計(VSM)に
して[Co (0.3 nm)/Pt (1.2 nm)]7 の構成の極薄磁性膜の
よる磁気ヒステリシス曲線を、図 3(b)に予想されるエ
多層膜構造を用いた[15]。前者は垂直磁化を有するソフ
ッチング終了位置を模式図で示す。図 3(a)には、エッ
ト(軟)磁性膜、後者は垂直磁化を有するハード磁性膜で
チング終点の異なる三水準のサンプルに加え、最初か
ある。
ら HL 層を形成していない(エッチングの影響を受けて
磁壁移動素子への加工には Ta/SiN/SiO 構成のハード
いない)FL 層単独膜の計測結果をリファレンスとして
マスクを用い、Ar/NH3/CO 系プラズマによるエッチン
掲載している。実線で示す Just 水準の磁気ヒステリシ
グを行った。プラズマの発光スペクトルは主に Ar 関連
ス曲線は、磁化反転領域の微妙な違いを除いて、破線
の発光で占められており、分子性の発光は通常明るく
で示す FL 層単膜の磁気ヒステリシス曲線(破線)と非常
観察される CO でさえ微弱であった。エッチング時の
に良い一致を示している。単位面積当たりの飽和磁束
基板バイアスは 450 kHz 電源で Vpp~900 V である。な
密度(Mst*)は磁性膜の膜厚を反映した値になることか
お今回エッチング終点タイミングを実験水準とし、中
ら、Just 条件では HL 層の完全な除去が起こり、FL 層
間層である Pd 膜の発光を基準として、Under, Just,
にはロスがない状態であると考えられる。この点につ
Over の三水準とした。この後、FL 層のパターニング
いては後に TEM で確認を行う。
を行い、FL 層上に図 2(c)にあるように MTJ を形成し
Table I に、このようにして三水準のエッチングを行
た。これら、HL 層のエッチング以降の工程では、FL
った各種のサンプルにおける実験結果をまとめて示す。
層の直上でエッチングが終了することは無い。また、
ここでは、VSM 観察の結果から Mst*を、TEM 観察の
加工後の磁壁移動素子の保護膜は、実績のある低温プ
結果から残留している膜の状態を、そして磁壁移動素
ラズマ CVD による SiN 膜を用いた[16]。
子の試作を行って磁壁移動を確認した結果を示してい
磁壁移動素子の動作と検出は次のように行う。まず
る。特に注意したいのは磁壁移動素子の特性において、
HL 脇の磁区境界にある磁壁(DW)が、図上右から左へ
Under 条件のみで磁壁移動が確認されたという点であ
流す電流(I)と逆方向(電子流方向)に STT により移動す
る。Under 条件のサンプルでは、Pd/HL 層の一部が FL
層上に残留した状態でエッチングを終了しているにも
ほど大きくない。但し Just 条件では FL 層のおよそ半
かかわらずである。一般的には FL 層以外の層が存在す
分の厚みにまで影響が及んでいることがわかる。Under
ると、磁壁移動に寄与する電流密度が低下するため好
条件では影響はほとんど観察されない。FL 層は極薄膜
ましくない。すなわち Just 条件での磁壁移動が起こら
の積層構造によってその磁気特性を実現していること
なかったという今回の結果は、磁壁移動を阻害する要
から、このような原子位置の移動によって磁気特性が
因が別に存在するということを示している。
大きく影響を受けることは容易に推察される。今回、
Just 条件で磁壁移動が観測されなかった理由の一つ
Just 条件において FL 層中の磁壁移動が観測されず、
として考えられるのは、HL 層のエッチング時の下地
Under 条件で観測された理由は、Ar イオン照射による
FL 層への物理的なダメージである。HL 層の直下には
原子位置移動の深さが FL 層深くに及んでしまったた
Pd 膜が挿入されているものの、垂直入射してくるイオ
めと考えられる。
ンビームによって結晶格子や多層膜構造が変質する可
以上の結果から、磁気デバイスのプロセス構築にお
能性は十分考えられる。この点を明確にするために、
いては、イオン照射下の物理ダメージによる磁気特性
高分解能 TEM による Just 条件サンプルのエッチング
の劣化を排除するプロセス条件、あるいは最初からイ
表面近傍とマスク下でイオンビーム照射を受けていな
オン照射を機能部に受けないデバイス構造の採用が重
い部位の断面観察を行った。その結果を図 4 に示す。
要である。
図 4(a)に示すように、エッチング後に表面に残された
Pd 膜は非晶質状の組織を示した。それに対して、マス
4. まとめ
ク下部の Pd 膜は明確な格子像を呈していた。この非晶
Ar/NH3/CO プラズマエッチング中のイオン照射によ
質化は HL 層エッチング中のイオン照射によるものと
り、磁性薄膜細線中の磁壁移動が阻害される現象を解
考えられる。さらに、若干の格子間隔の増大が FL 層の
析した。高分解能 TEM を用いた観察によって、結晶構
上部(アモルファス状の Pd 膜の直下)で見られた。こ
造の変成が、TEM-EDX 分析により上層の Pt 原子のノ
の原因も HL 層エッチング中のイオン照射に起因する
ックオンによる下層での Pt 偏析が起こっていることが
と考えられる。
わかった。モンテカルロ法のシミュレーションにより、
さらに本稿には示していないものの、TEM-EDX に
900 V の Ar イオン照射時には、およそ 3.5 nm の深さ
よる図 4 と同じサンプルの元素分析によると、Just 条
まで原子位置移動の影響が及ぶことが確認された。イ
件でのエッチング後に Pd 膜中と FL 層の上部に Pt の
オン照射による物理的なダメージを排除するプロセス
偏析が見られた。これは Pt が HL 層のエッチング中に
条件、デバイス構造の採用が、十分なデバイス特性を
ノックオン現象によって下層に押し出されたためと考
実現する上で重要である。
えることができる。Pt 原子は Co 原子や Ni 原子よりも
大きいサイズを有することから、図 4(a)で FL 層上部で
格子間隔増大をもたらしたのは、Pt が侵入したためと
考えられる。
以上の分析結果を定量的に捉えるため、モンテカル
ロ法による原子位置移動のシミュレーションを実施し
謝辞
本研究は、日本学術振興会の最先端研究開発支援プ
ログラム(省エネルギー・スピントロニクス論理集積回
路の研究開発、中心研究者大野英男)により、助成を受
けた。
た。約 3,000 個の Ar イオンをエッチング条件に相当す
る 900 V のエネルギーで多層膜構造ターゲットに照射
参考文献
した。図 5(a)に Under 条件に相当するターゲットでの
[1] S. Ikeda, H. Sato, M. Yamanouchi, H. Gan, K.
結果を、図 5(b)に Just 条件に相当するターゲットでの
結果を示す。両者を比較すると、Ar イオン照射によっ
Miura, K. Mizunuma, S. Kanai, S. Fukami, F.
Matsukura, N. Kasai, and H. Ohno, SPIN, 2,
1240003 (2012).
て原子位置移動が起こる範囲は共に表面から 3.5 nm の
[2] S. S. P. Parkin, M. Hayashi, and L. Thomas,
深さに及んでおり、ターゲット構造による影響はそれ
Science, 320, 190 (2008).
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and H. Ohno, Appl. Phys. Lett., 102, 222410 (2013).
[5] S. Fukami, M. Yamanouchi, S. Ikeda, and H.
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[6] I. Nakatani, IEEE Trans. Magn., 32, 4448 (1996).
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[11] K. Kinoshita, T. Yamamoto, H. Honjo, N. Kasai,
S. Ikeda, and H. Ohno, Jpn. J. Appl. Phys., 51,
08HA01 (2012).
[12] K. Kinoshita, H. Honjo, K. Tokutome, S. Miura,
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Ikeda, N. Kasai, and H. Ohno, Abst. 58th. Annual
図 2 サンプル作成フローと MTJ を用いた FL 層漏洩磁界
による磁壁移動の検出
Conf. Magnetism and Magnetic Mater., 2013, BS-02,
p. 182.
[13] M. Gajek, J. J. Nowak, J. Z. Sun, P. L. Trouilloud,
E. J. O’Sullivan, D. W. Abraham, M. C. Gaidis, G. Hu,
S. Brown, Y. Zhu, R. P. Robertazzi, W. J. Gallagher,
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(2012).
[14] K. Kinoshita, H. Honjo, S. Fukami, R. Nebashi,
K. Tokutome, M. Murahata, S. Miura, N. Kasai, S.
Ikeda, H. Ohno, to be published on Jpn. J. Appl.
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[15] H. Honjo, S. Fukami, T. Suzuki, R. Nebashi, N.
Ishiwata, S. Miura, N. Sakimura, T. Sugibayashi, N.
図 3 (a) ブランケット薄膜を用いたハーフエッチング後の
磁気特性評価。(b) 想定される各エッチング終点条件で
の、エッチング終点位置。
Kasai, and H. Ohno, J. Appl. Phys., 111, 07C903
(2012).
[16] K. Suemitsu, Y. Kawano, H. Utsumi, H. Honjo, R.
Nebashi, S. Saito, N. Ohshima, T. Sugibayashi, H.
Hada, T. Nohisa, T. Shimazu, M. Inoue, and N. Kasai,
Jpn J. Appl. Phys., 47, 2714 (2008).
[17] J. F. Ziegler, M. D. Ziegler, and J. P. Biersack,
Nucl. Instrum. Methods Phys. Res., Sect. B 268,
1818 (2010).
表 I 実験結果のまとめ
図 4 Just 条件でエッチングされたサンプルの、(a) エッチング
表面近傍、(b) マスク下部の非エッチング領域、の高分解能
TEM 観察結果。
図 5 モンテカルロシミュレーションによる 3,000 個の Ar イオン
照射時の基板原子のオリジナル位置からの移動状況。
(a)Just 条件、(b)Under 条件。