照細胞生物学郡 マスト細腰とサイトカイン遺伝子発虜 斎藤 博久* マスト細胞への分化は認められない。マスト細胞増 はじめに ヒト・ゲノム配列解析がほぼ完了1)し,一つの細 殖因子であるマウスのインターロイキン(IL−)3とは 異なり,ヒトIL−3それ自体にはマスト細胞を増殖さ 胞における全遺伝子転写産物(トランスクリプトー せる作用はなく,好塩基球や好酸球を増殖させる。 ム)コと仝タンパク質(プロテオーム)解析の動き 好塩基球とマスト細胞はFcERlαを介して,ヒスタ が進行している。ハイ・スループットなトランスク ミンやロイコトリエンなどを遊離し即時型アレルギ リプトーム解析装置,いわゆるDNAチップは技術 ー反応を惹起するユニークな2種類の細胞である。 的にほぼ完成しており,早暁,これらの分子情報を しかし,最近,われわれはマスト細胞が好塩基球を もとに医学体系が再構築されることは必至の状況で 含む顆粒球・マクロファージ系細胞とは異なるユニ ある。他の細胞と同様,マスト細胞についても,ト ークな分化過程を辿ることを証明している3)。 ランスクリプトーム解析が激しい競争の中で進行し ており,免疫学的刺激後に発現されるサイトカイン やケモカインなどの仝分子情報が明らかにされるで 2.前馬区細胞の末梢血への動員に関係するサ イトカイン あろう。また,プロテオーム解析についても,技術 開発が進んでおり,マスト細胞の情報伝達に関わる マスト細胞は顆粒球や赤血球,リンパ球と同様に リン酸化反応等の網羅的解析が可能になる日も遠く 多能性造血幹細胞に由来する。成人では造血幹細胞 ないと思われる。本稿では,マスト細胞に存在する は主として骨髄に存在するが,末梢血中にも1mL サイトカイン受容体を介して分化や機能に影響する あたり数十のレベルで流れている。造血幹細胞の中 分子,刺激により産生されるサイトカイン分子を中 でマスト細胞への分化能力を保持している細胞が流 心にゲノムワイドな視野に立ってマスト細胞のサイ 血中から組織へ流入し,そこで,線推芽細胞と接着 トカイノームを再考してみたい。 し,膜結合型SCFにより活性化されマスト細胞の方 向へ分化が始まる。 1.造血幹細胞からの分化に影響するサイト カイン ヒト・マスト細胞の増殖因子はstem cellfactor 末梢血におけるマスト細胞前駆細胞のレベルを調 節する因子に関しては試験管内での検討は困難であ る。われわれは,SCFを含むメチルセルロース培地 を重層することによりヒト・マスト細胞コロニー (SCF)である。SCF以外にいくつかのサイトカイン, (図1)を形成させることに成功し,高IgE血症を ホルモンが協調して分化や増殖に影響を与えるが, 伴う重症アトピー性皮膚炎患者においてマスト細胞 SCF非存在下においては,造血幹細胞からのヒト・ コロニー形成能が増加しているかどうか検討した。 ’’Mastcellsandcytokinegeneexpression Hirohisa Saito Keywords:maStCells,StemCellfactor,interleukin4.DNAchip,mq]Orbasicprotein *国立小児病院小児医療研究センター・免疫アレルギー研究部:Directer,DepartmentofA11ergy&Immuno)og)rNationalChildren’s MediealResearchCenter 〒154−8509 東京都世田谷区太子堂3r35−31Fax:03−3414r8879 e−mail:hsaito@nch.go.jp 44(44) 細 胞 34(1),2002 ■マスト細胞とサイトカイン遺イ 球の分画を除き,メチルセルロース内に入れ,6週間,SCF,IL−6の存在下で培養した。 培養開始時にのみ低濃度の1L−3を添加,2週間毎にSCF,IL−6を含む新しいメチルセルロ ース培地を重層した。右側(J)に死滅した他の血球系コロニーの残骸を認める。 その結果,重症アトピー性皮膚炎患者18例の末梢 IL−3は使用されていない。喘息患者のようにTh2サ 血中のマスト細胞前駆細胞数は非アトピー疾患対照 イトカインでプライミングされていない正常対照群 群12例と比して,有意な変化を認めなかった。も の末梢血マスト細胞前駆細胞の試験管内での最適培 ちろん,G−CSFやGM−CSFなどのサイトカインには 養条件にはIL−3などのサイトカインによるプライミ 末梢血中の造血幹細胞を増加させる作用があるの ングが必要であるとも考えられる。いずれにしても, で,炎症増悪時にはマスト細胞前駆細胞も増加する 結論を導き出すには,さらなる検討が必要である。 ことは予想されるが,少なくとも,寛解時において はマスト細胞前駆細胞の変動は認めなかった′1−。 一方,信州大学小児科のグループは喘息患者では 非発作時でも正常対照に比して,マスト細胞前駆細 胞が増加していることを報告している5、。 疾患対象や培養条件が異なるので比較は困難であ 3.マスト細胞の成熟と機能に影響するサイ トカイン IL−6とIL−4はヒト・マスト細胞の増殖因子ではな いがSCFに依存した分化成熟を刺激する因子であ るが,われわれの培養条件では10mLの血液(平均 る。IL−6を臍帯血由来の培養マスト細胞に投与する 1.8×106単核細胞)あたり,正常対照群でも平均 と短時間でヒスチジン脱炭酸酵素が活性化され,ヒ 1.8×105個のマスト細胞の増殖が認められたのに対 スタミン濃度が上昇する。また,この細胞ではIL−6 し,信州大学小児科のグループの培養条件ではト4× により,増殖が抑制され,成熟が加速することも判 10h単核細胞あたり生成したマスト細胞数は正常対 明しているb−。 照群8例中3例で104個以下,仝例で2×104個以下 マウス・マスト細胞の場合,粘膜型と結合組織型と であった。われわれの条件では培養開始時に一回の ではサイトカイン感受性など明確に形質が異なる2 み低濃度のIL−3を添加することが特徴であるが,信 つのサブセットが存在する。ヒト・マスト細胞もト 州大学グループの検討においてはこのような方法で リプターゼ陽性でキマーゼ陰性のMCTと両者陽性 細 胞 34(1),2002 (45)45 細胞とサイトカイン遺伝子発現 発現遺伝子 プライミング 丸剤激 抗Fc8Rlα刺汝 COntrO暮 GM−CSF ル■(+) 肝N−†(+) COntrOl lし5 ルイ(+) 肝N−†(+) COntrOl β−aCtin ル■(+) 肝N−†(+) 図2 抗FCERlαで刺激したときのマスト細胞によるCM−CSF(好中球マクロファージ・コロニー刺激 因子)と1L−5の遺伝子発硯に及ぼすIL−4あるいはIFNrγのプライミング効果。CompetitivePCRの competiterの濃度は10倍のスケールであるので,TL−4とIFN−7/でプライムした細胞においては抗FCERI α刺激によるGM−CSFと1L−5の遺伝子発現量は約100倍近く差があるということになる。 のMCTCという2つのサブセットに分類されてい た。ところが,培養マスト細胞のキマーゼ含有量は IL−4やSCFの濃度によって調節され,キマーゼの増 4.ゲノム・ワイドな解析によるマスト細胞 特異的分子とサイトカイン 加はサイトカインに特異的な反応ではなく,成熟に サイトカインはマスト細胞をIgEに依存した刺激 伴う反応であることが判明している。なお,ヒト・ 等を加えることに新たに発現する。われわれは,こ マスト細胞はすべてキマーゼ陽性であり,キマーゼ のような刺激によりマスト細胞において発現変動す を多く含む細胞からあまり含まない細胞まで多くの る遺伝子を網羅的に解析している。いくつかの未報 段階の細胞が存在することも証明されている7−。 告のサイトカインやケモカインの新たな発現が見い マスト細胞をIL−4やIgEでプライミングすると だされているが,タンパク発現等で確認を行ってい Fc。RIα鎖の発現が誘導され,ヒスタミン遊離反応 るところであり,現時点では公表できない。しかし, が増強される。培養マスト細胞をIL−4あるいは 好酸球,好中球,単核細胞などの白血球とマスト細 IFN−γと2日間プライミングした後に刺激し,GM− 胞の遺伝子発硯を網羅的に解析し,マスト細胞に特 CSF,MIP−1α,IL−5産生量を測定すると,IL−4非処 異的な遺伝子発現については解析を終了し,すでに 理時に比して,これらのサイトカイン産生量は20− ホームページ(http://www.allergy.nch.go.jp/center/)に 90倍に増強された。一方,IFN−γで処理しておく おいても公表している。 とヒスタミン遊離は増強されるのにもかかわらず, 上記の検討の結果,マスト細胞にはtryptaseなど これらのサイトカイン産生は著明に抑制された。つ のよく知られたマスト細胞特異的分子の他に, まり,IL−4とIFN−γは,マスト細胞のサイトカイン tissue−typePlasminogen activatorやmatrixmetallo− 産生を括抗的に調節している(図2)ことが判明し proteinasesなどの組織再構築,リモデリングに関与 ている8)。 する分子が多く発現していることが判明した。また, 驚くべきことに好酸球特異的と考えられていた 46(46) 細 胞 34(1),2002 ■マスト細胞とサイトカイン遺イ 図3 マスト維胞顆粒内におけるMa」OrBasICPr()[ehlの局在。培喜1J週=の暗苛血FB 来マスト細胞を免疫染色し,共焦点レーザー顕微鏡で1〃mの厚さにて断層撮影した。 m可Orbasicproteinが非常に強く発現されており,マ スト細胞顆粒中にタンパク質としても豊富に存在し ている(図3)ことがわかったq。アレルギー炎症 病態に関わる多くの報告はmajorbasicprotein陽性細 胞=好酸球ということを前提として考察されてお おわりに ヒト・マスト細胞の大量培養の方法が確立され, さらに,トランスクリプトームを網羅的に解析する り,今回の発見はアレルギー学の概念に大きな変革 技術も,飛躍的に進歩し,ついにわれわれはDNA チップなどのハイスループットな技術を使用するこ をもたらすことと思われる。 とが可能になっている。サイトカイン産生能という マスト細胞などの組織で分化成熟する細胞系列へ マスト細胞の重要な機能に関しては,この技術によ の分化能は新生児期を過ぎると急速に失われる。実 り,全ての情報を得ることができる状況になってい 際,隋帯血道血幹細胞1個あたりのマスト細胞産生 る。このような才支術革命は,マスト細胞のみならず, 能は成人造血幹細胞1個あたりの産生能に比較する 20世紀全体で得られたよりも多くの生物学的情報 と約20倍であった。そして,興味深いことに,成 を,われわれにもたらしてくれるであろう。 人造血幹細胞由来のマスト細胞は同じ培養条件で培 養した隋帯血由来のマスト細胞に比べ,高親和性 IgE受容体(Fc∈RIα)の発現が遺伝子レベルでも, タンパク・レベルでも10倍程度多く,IgEを介した ヒスタミン遊離反応やGM−CSFやIL−13の産生も高 いレベルを示していた。臍帯血(=新生児)のマス ト細胞におけるFcERIαの発現低下は選択的であ り,ほかの機能は維持されていた川−。新生児は特異 的なFc∈RIαの発現低下により,過剰な免疫反応か ら守られているのであろう。 細 月包 34(1),2002 文 献 1)VenterJC,e[al.:Science291:1304−1351,2001. 2)LipshutzRJ.e[a].:NatGenet21:20−24,1999 3)KempurajD.e[al.:Blood93:3338−3346,1999. 4)Nomural,e(al・=ClinExpA11ergy31:1424−1ヰ31.2001. 5)MwamtemiHH.e[a].:JImmuno1166:467コri677,2001. 6)KinoshitaT,e[al.:Blood94:496−508.1999. 7)AhnK,e[al・:JAllergyClinTmrnuno1106:321−328, 2000. 8)TachimotoH.e[a],:).AllergyClin.Immunol.106:141− 149,2000. 9)NakajimaT,e[a].:Blood98:1127−1134.2001. 10)IidaM,e[a].:Blood97:1016−1021.2001. 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