熱回路網モデルによる EV モータの伝熱流動特性評価手法の構築

熱回路網モデルによる EV モータの伝熱流動特性評価手法の構築
駒ヶ嶺
将孝*(筑波大学大学院)
金子
湯浅 朋久(筑波大学)
暁子
阿部
平野 覚(明電舎)
豊(筑波大学)
******************
Coil
(150 ~ 180℃)
U
Stator
W
N
N S Shaft S N
N
S
Permanent magnet
(100 ~ 120℃)
U
W
Rotor
Gap:1.0 mm
Fig. 1. Image of motor for EV
100
40
d=1
ri = 218
ro = 220
Unit:mm
12
Slip Ring
Rotor
Heater
Stator
Inverter
Voltage
Regulator
Motor
Shaft
Steel Plate
28
O
Heater
Shaft
Thermocouple
near the shaft
Slip
ring
Unit:mm
Rotor
Shaft
Fig. 3. Position of the heatr and thermocouples in the rotor
O
50 102
95 105
z [mm]
Data Logger
Inner air
Bottom frame External air
(Rotor end part)
Fig. 4. Position of thermocouples in all the parts
V
S
V
Thermocouple
on the heater
109
98
1. 緒言
電気自動車(=Electric Vehicle 以下 EV)はガソリン車と比
べて低環境負荷であり,かつエネルギー効率が高い. EV の
技術面で,効率の良い放熱に適する EV モータ形状を設計す
ることが課題となっている.図 1 に EV モータを示す. EV
モータは高速回転するロータと固定されたステータからな
る回転二重円筒となっている.この 2 つの円筒の隙間は非常
に狭いという特徴がある.この特徴を有した回転二重円筒に
おける伝熱特性の解明は非常に重要である.しかしながら,
現在,モータ内部における伝熱特性は明らかにされていない.
そこで,本研究では EV モータ構造を模擬した同軸回転二
重円筒間内の温度を短時間で予測する手法を開発すること
を目的とする.具体的には,回転するロータに埋め込まれた
ヒータにより熱を加え,実験装置内各位置での温度を計測す
る.実験装置における熱回路網モデルを構築する.これに熱
流動解析および局所温度計測から得られる熱抵抗を適用す
る.実測温度分布と熱回路網モデルから計算される温度分布
を比較し,適用可能性を評価した.
Frame
Fig. 2. Experimental apparatus
Data Logger
2. 実験装置および実験条件
図 2 に実験装置の概略図を示す.実験装置はモータ,イン
バータ,軸,ロータ,ステータ,ヒータ,スリップリング,
電圧調整器,温度データロガーから構成される.ステータの
直径 ro は 220 mm,ロータの直径 ri は 218 mm である.半径
方向の隙間 d は 1 mm と非常に狭い.ステータの長さは 100
mm,ロータの長さは 40 mm である.ロータにはヒータが埋
め込まれてあり,電圧調整器からスリップリングを介しヒー
タに電流を流し発熱させる.ロータおよび軸にはそれぞれ熱
電対が設置されており,スリップリングを介して温度を計測
する.インバータ周波数を変化させ,ロータの回転数を調整
する.
図 3 に,回転部におけるヒータ及び熱電対の位置を示す.
ロータは二重管であり,外管と内管の間にヒータが挟み込ま
れている.半径方向の各点にヒータ,ロータ,軸の熱電対が
取り付けられている.
図 4 に装置全体における熱電対の位置を示す.ステータの
左端を基点とし,スリップリングに向かう軸方向を正とする.
基点から軸方向の距離を z mm とする.ステータにおける熱
電対は,z = 50, 95 mm の位置に取り付けられている.フレー
ムにおける熱電対は z = 102, 105 mm および底面の位置に取
り付けられている.実験条件として,ヒータ入力を 130 W と
する.角速度 Ω rad/s を変化させる.
100
ρ (ri Ω)d
μ
(1)
Temperature [°C]
Re =
から,回転数を Re 数に変換する.ρは空気の密度[kg/m3],μ
は空気の粘度[Pa・s]である.Re = 0 - 2010 の条件で温度が定
常になるまで計測した.
3.数値解析条件
図 5 に数値解析条件を示す.数値流体解析用ソフト
OpenFOAM の層流解析用ソルバ icoFoam にエネルギー方程
式を加えたソルバを用いた.解析対象はロータとステータの
隙間部を 1/16 に分割し,分けた境界面を周期境界にして数値
解析を実行した.ロータはω = 3.2 rad/s で回転し,温度は 400
K である.他の壁の温度は 300 K である.サイド壁面は出入
り条件である.解析対象を 40(r)×60(θ)×250(z)に分割し,ス
キームは SuperBeeV を用いて解析を実行した.
Initial conditionVelocity:0 m/s
Pressure:100 m2/s2
Periodic boundary condition
60
40
20
0
500
1000
1500
2000
Reynolds number [-]
(a) Heater, rotor, shaft
Stator(z = 50 mm)
Stator(z = 95 mm)
Frame(z = 102 mm)
Frame(z = 105 mm)
100
Gap
Shaft
80
0
Temperature [°C]
Stator
Heater
Rotor
Shaft
Rotor
80
60
40
20
O
0
0
Stator wall:Fixed wall
Velocity:0
Pressure:Zero gradient
Temperature:300 K
Side wall:In-out boundary condition
Velocity:Zero gradient Pressure:0
Temperature:300 K
Periodic boundary condition
4. 温度計測結果
図 6 に温度計測結果を示す.横軸は Re 数,縦軸は各回転
数での温度平均値である.Re 数の増加につれて,回転体の温
度は減少し,ステータ,フレームの温度は一定であり,ロー
タ端部と呼ばれる空間の温度は上昇していることが分かる.
このことから,Re 数の増加によって,ヒータで発生した熱が
装置内部から外へ拡散されていると考えられる.
Rotor end part
Bottom frame
External air
80
60
40
20
0
0
500
1000
1500
(c)Rotor end part, bottom frame, external air
Fig. 6. Temperature in heater power 130 W
3s
Stator wall
8s
Rotor wall
-0.03
0.35
[m/s]
3s
8s
0
ij
=0
1
Rij =
(Ti − T j )
Qij
(b)Rotating velocity
400
[K]
3s
(2)
j
(3)
であり,これより図 2 の熱回路網の行列表記は(4)式となる.
0.03
[m/s]
(a)Radial velocity
度差 Δ T ℃,電流を移動熱量 Qij W,電気抵抗を熱抵抗 Rij ℃
∑Q
2000
Reynolds number [-]
品接点 i,j を想定した時,i,j 間の電気回路における電位差を温
/W に対応させている.ここで,回路則を表記すると,
2000
100
Fig. 5. Calculation condition
6. 熱回路網
図 8 に本実験装置に対応する熱回路網のモデルを示す.部
1500
(b)Stator, frame
Rotor wall:Rotating wall
Velocity:ω = 3.2 rad/s
Pressure:Zero gradient
Temperatute:400 K
5. 解析結果
図 7 に Re = 500 の時の解析結果を示す.画像は r 方向に中
央を切った断面である.(a)が半径方向速度, (b)が回転方向
速度,(c)が温度である.(a)より,流体がステータ壁面とロー
タ壁面を往復していることが分かる.(b),(c)より,回転方向
速度輸送が熱の輸送に寄与していることが分かる.
1000
Reynolds number [-]
Temperature [°C]
Rotational direction
500
8s
300
(c)Temperature
Fig. 7. Result of calculation at Re = 500
である.
⎡ 1
⎢R
⎢ r − st
⎢
⎢
⎢
⎢
⎢
⎢
⎢
⎢
⎢
⎣
+
1
+
1
Rr − sh Rr − f
1
Rr − st
1
−
Rr − sh
1
−
Rr − f
0
−
−
1
−
Rr − st
1
+
Rr − st
−
Rr − sh
1
Rst − f
1
+
Rr − sh
1
−
Rst − f
0
1
Rr − f
1
Rst − f
1
−
Rsh − f
1
1
1
1
+
+
+
Rr − f Rst − f Rsh − f R f − e
0
−
0
0
−
1
1
Rsh − f
1
Rsh − f
0
⎤
⎥
⎥
⎛ Tr ⎞ ⎛ Qr ⎞
0 ⎥⎜ ⎟ ⎜ ⎟
⎥⎜ Tst ⎟ ⎜ Qst ⎟
⎥⎜ ⎟ ⎜ ⎟
T = 0
0 ⎥⎜ sh ⎟ ⎜ ⎟
⎥⎜ T f ⎟ ⎜ 0 ⎟
⎥⎜ ⎟ ⎜ ⎟
1 ⎥⎝ Te ⎠ ⎝ Te ⎠
−
R f −e ⎥
1 ⎥⎦
0
Ta =
Ta > 104 の範囲で,隙間部の熱通過は橘ら(1)が提唱する実験
式 Nu = 0.092(Ta• Pr)1/3 に近似することがわかる.各 Ta 数で
の Nu 数を橘らの実験式で見積もり,
Stator
Frame
Inner air
(Rotor end part)
Roter/Heater
Rr − st =
d
k Nu A
(6)
に代入し,各 Re 数における Rr-st を算出する. k は作動流体
の熱伝導率[W/(m・K)],A は伝熱面積[m2],d は隙間長さ[m]
である.軸-フレーム間の熱抵抗 Rsh-f も同じ伝熱減少である
と仮定して,寸法から値を算出する.
次に,固体-固体の接触であるステータ-フレーム間の熱
抵抗 Rst-f の計測を行う.図 2 の実験装置からステータとフレ
ームを取り出し,接合する.ステータにヒータを巻き, 2
節の実験と同様に基点を設定し,z 方向の各位置に熱電対を
取り付けた.ヒータを発熱させ,軸方向温度を計測した.
図 10 に温度計測結果を示す.横軸が軸方向位置,縦軸が
温度である.
Shaft
Rst − f =
External air
External air
(5)
μ2
(4)
ここで,Qr はヒータ入力 [W],Qs はステータ入力 [W]であ
る. Tr,Tsh,Tst,Tf,Te はロータ,内気,ステータ,フレー
ム,外気の温度[℃]である.Qr-sh,Qr-st,Qr-f,Qst-f,Qsh-f,Qf-e
はロータから軸,ロータからステータ,ロータからフレーム,
ステータからフレーム,軸からフレームフレームから外気へ
の移動熱量[W]である.Rr-sh,Rr-st,Rr-f,Rst-f,Rsh-f,Rf-e はロ
ータ-軸間,ロータ-ステータ間,ロータ-フレーム間,ス
テータ-フレーム間,軸-フレーム間,フレーム-外気間の
の熱抵抗[℃/W]である.
Inner air
(Gap)
Ω 2 ρ 2 ri d 3
L
+ Rg
Ak Stator
(7)
より,ステータ,フレーム間の熱抵抗 Rst-f を求める.kStator
はステータの熱伝導率[W/(m・K)]であり,L はステータ-フ
Qr-st
Rotor
Rr-st
Qsh-f
Rsh-f
Frame
[℃/W]である.(7)式より,Rsf = 0.438 ℃/W が得られた.
Heater
Qst-f
Rst-f
Qr-sh
Rr-sh
Tsh
Shaft
レーム間の距離である.A は伝熱面積[m2],Rg は接触熱抵抗
Qst Tst
Stator
Tf Q
f-e
Rf-e
100
Te
External
air
Temperature [°C]
Qr Tr
Fig. 8. Thermal network
7.各熱抵抗の算出
(4)式において,局所温度計測や熱流動解析から各熱抵抗を算
出する.まず,熱流動解析からロータ-ステータ間の熱抵抗
Rr-st を求める.図 9 に隙間における熱流動解析結果を示す.
横軸が(5)式で表されるテイラー数 Ta である.縦軸がヌッセ
ルト数 Nu をプラントル数 Pr の 3 分の 1 乗で除したもので
Experiment by Becker
Present calculation for water (Pr = 7)
Present calculation for air (Pr = 0.7)
6
5
4
Nu/Pr
1/3
10
Ti
60
1 [h]
2 [h]
3 [h]
4 [h]
4.5 [h]
40
20
Nu = 0.092(Ta ⋅ Pr )
2
1
0
20
10
3
4
10
5
10
Ta
Fig. 9. Distribution of mean Nu according to Ta
6
10
Frame
60
z [mm]
80
100
120
次に,ステータ,フレーム間の熱抵抗 Rst-f の求め方と同様
に,ロータ-軸の局所温度計測結果から,ロータ-軸間の熱
抵抗 Rr-sh の算出を行う.熱抵抗 Rr-sh は円筒管における熱伝導
を考えると,熱抵抗 Rr-sh は
3
6
5
Stator
Fig. 10. Axial temperature distribution
QRotor =
2
40
1
(T4 − T1 )
Q Rotor
(8)
2πL2 k (T4 − T3 ) 2πL1 k (T3 − T2 )
=
r
ln r4
ln 3
r3
r2
(9)
Rr − sh =
1
To
0
Tachibana and Fukui
3
10
80
と表される.k はロータの熱伝導率[W/(m・K)],L1,L2 は r1 か
ら r2,r2 から r3 での円管太さ[m]である.(8),(9)式より,ロー
タ-軸間の熱抵抗 Rr-sh は Rr-sh =1.140 [℃/W]が得られる.
r [mm]
Experiment
Rotor
Stator
Shaft
Frame
External air
98
T4
T3
T2
T1
T0
120
100
Shaft
O
Temperature [°C]
r4 = 55
r3 = 41
r2 = 25
r1= 19
r0= 15
Temperature [°C]
120
Calculated temperature by thermal network
Rotor
Rr-f = 0.30±0.10 [ºC/W]
Stator
Rr-f = 0.30±0.10 [ºC/W]
Shaft
Rr-f = 0.30±0.10 [ºC/W]
Frame
Rr-f = 0.30±0.10 [ºC/W]
External air Rr-f = 0.30±0.10 [ºC/W]
80
60
40
20
T4
0
T3
100
T2
0
500
1000
1500
2000
Reynolds number [-]
T1
Fig. 13. Comparison between the measured temperature and the
80
T0
temperature obtained by the calculation by changing Rr-f
60
80
60
40
20
Radial direction r [mm]
0
分布を比較し,熱回路網の EV モータへの適用可能性を評価
する.Rr-f = 0.30±0.10 [°C/W]をパラメータとして与える.
Fig. 11. Axial temperature distribution
図 13 に熱回路網計算による温度分布と実測による温度分
次に,フレーム-外気間の熱抵抗率 Rf-e は垂直平板での強
制対流熱伝達率の見積り式である Churchill-Chu の式(2)
布の比較結果を示す.横軸が Re 数,縦軸が温度である.白
抜きになっているプロットが熱回路網計算による温度であ
り,塗りつぶされたプロットが実測温度である.フレーム,
⎛
⎜
⎜
Nu = ⎜ 0.825 +
⎜
⎜
⎝
0.387 Ra
1
6
⎧1 + ⎛ 0.492 / Pr ) 916 ⎞⎫
⎟⎬
⎨ ⎜
⎠⎭
⎩ ⎝
8
27
⎞
⎟
⎟
⎟
⎟
⎟
⎠
2
ステータに関して,熱回路網計算上では Re 数にかかわらず
(10)
一定である傾向を示したが,この傾向はフレームは実測でも
確認された.しかし,ステータは Re 数の増加につれて温度
が減少しているように見える.これはカップリングの回転か
ら生まれる強制対流による冷却が効いているためだと考え
を用いる.Pr は空気のプラントル数(≒0.7),Ra はレイリー
数であり,次式で表される.
Ra =
高くなることから,橘らの式の適用範囲には低い Re 数が含
gβ (T f − Te ) ⋅ L3
ν2
まれない可能性がある.しかし,全てのグラフにおいて,熱
⋅ Pr
(11)
回路網計算による温度と実測による温度の誤差が 50 %以内
に収まることから,熱回路網の EV モータへ適用可能である
νは空気の動粘度[m2/s],βは体膨張係数[1/°C],g は重力加速
度[m/s2],L はフレームの垂直方向長さ[m]である.以上より,
フレーム-外気間の熱抵抗 Rf-e はフレーム表面積 S を用いて,
R f −e =
られる.ロータに関して,低い Re 数においては実測の方が
δ
k Nu S
(12)
と表され,Rf-e = 0.212 °C /W を得る.
ことが示された.今後はさらに複雑な熱回路網を構築するこ
とにより,細かい伝熱現象を考慮することができ,温度予測
の精度が向上することが考えられる.
9.結言
・EV モータ構造を模擬した回転二重円筒内の伝熱挙動予測
に対する熱回路網モデルの適用可能性に関する検討を行い,
回転二重円筒内の狭隘流路内の熱流動数値解析と温度計測
によって熱抵抗を導出できることを示した.
・熱回路網による温度評価分布と温度計測実験による実験装
置の温度分布を比較することで,熱回路網モデルの適用可能
性を評価した.
・得られた熱抵抗と熱回路網モデルを用いて,EVモータ内の
Fig. 12. Image of the heat release on the frame
8.実験による温度分布と熱回路網計算による温度分布の比
較
求めた熱抵抗を実験装置の簡易な熱回路網モデルに適用
し,温度分布を求める.また,求めた温度分布と実測の温度
温度分布が計算できることを示した.
参考文献
(1) Tachibana F., Fukui S., Bulletin of JSME, 7 (1964),
pp.385-391.
(2)日本機械学会,伝熱工学,(2005),pp.87-90.