コラム(21) - Biglobe

Column21
2014 年 10 月 10 日
導電性高分子を用いたウエアラブルデバイス(2)
:熱電変換素子
導電性高分子を用いたウエアラブルデバイスの第 2 弾として熱電変換素子を取り上げる。
熱電変換素子は必ずしもウエアラブルである必要はないが,体温と外気の温度差を利用す
ることも可能なので,ウエアラブルな健康・医療機器の電源としても有用と考えられる。
従来,有機材料は熱に弱くまたその性能も無機材料に比較して低いため,熱電変換材料
として関心を持たれなかった。注目され始めたのは,2007 年に戸嶋ら1)により導電性高分
子を用いて有機系で初めて室温で ZT = 0.1 (後述するが ZT は熱電変換性能を表す無次元
性能指数である)という高い値を持つことが報告されたためである。因みに,ZT = 1 が実
用化可能なレベルと考えられている。
導電性高分子を用い常温で高い熱電変換性能が得られれば,印刷法で安価にデバイス製
造が可能となる。また,無機系材料で常温で最も高い性能を示す BiTe 系に比較し,稀有金
属を使用しない,BiTe 系に必須の毒性の高い Se を使用しない,柔軟性があるなど多くの利
点を有している。
ここで,熱電変換材料に求められる特性について説明する。熱電変換材料の性能を表す
には性能指数(Z),無次元性能指数(ZT)および出力因子(S2σ)などの表現方法がある。性能指
数は式(1)で表される。
Z =
𝑆2𝜎
𝜅
𝜇
∝ 𝑚∗3⁄2 (𝜅 )
(1)
𝐿
ここで,S はゼーベック係数,σは電気伝導度,κは熱伝導度,m* は有効質量,μは移
動度,κL は格子熱伝導率である。
無次元性能指数は式(2)で表され,実用化には ZT が1以上あることが要求される。
ZT =
𝑆2𝜎
𝜅
(2)
𝑇
Z あるいは ZT を最大にするにはゼーベック係数,電気伝導度をより大きく,熱伝導度を
出来るだけ小さくすれば良いことが分かる。これらの 3 つの因子はキャリア濃度(導電性
高分子の場合にはドーピング率)によって変化するので,その最適化を図ることにより最
大の性能が得られる。図 1 に示すように,キャリア濃度の増大に伴いゼーベック係数は低
下し,一方,電気伝導度(図 1 では伝導率と記載されている)および熱伝導率は増加する。
キャリア濃度が半導体領域では熱伝導はおもに格子運動が担い,電子の運動による熱伝導
1
は無視できる。
表 1 には有機材料と無機材料の電気伝導度,ゼーベック係数および熱伝導率に関して大
まかな目安を示した。有機材料の最大の特長は熱伝導率が低いことである。電気伝導度に
関しては後述する PEDOT 系では 1,000 S/cm に近いものも得られている。
図 1 キャリア濃度がゼーベック係数,電気伝導度
および熱伝導度に及ぼす影響
表 1 有機材料と無機材料の比較
PEDOT:PSS 系を高沸点極性有機溶媒で処理することにより 1,000 S/cm という高い電気
伝導度を示す。高い電気伝導度を維持したままキャリアの濃度の最適化あるいは高移動度
化により,より高い ZT が得られるはずであるが,Bubnova ら 2)は PEDOT-Tos (Tos :
Tosylate)のキャリア濃度を最適化することにより ZT = 0.25 という値を得,Kim ら3)は
PEDOT:PSS の高移動度化により ZT = 0.42 という高い値を得ている。また,我が国の産総
研のグループ4)は高導電化により ZT = 0.27 という値を得ている。以下にこれらのグループ
2
の研究のポイントを説明する。
まず,Bubnova ら
2) の研究ポイントは予め高いドーピング率の
PEDOT-Tos (Tos :
Tosylate)を作っておいてアミン化合物の蒸気でゆっくりと脱ドープさせることによりドー
ピング率(キャリア濃度)を制御している。ドーピング率は S(2p) XPS のピークの波形分
析により求めた。酸化レベル(ドーピング率)の減少と共に電気伝導度は低下し,ゼーベ
ック係数は増加する。出力因子が最大となるのは酸化レベルが 22%で 324μW/mK2 とドー
プ状態の値 38μW/mK の 6 倍となる。
図 2 PEDOT-Tos. の酸化レベル(ドーピング率)が電気伝導度(σ),ゼ
ーベック係数(α)および出力因子(σα2)に及ぼす影響
負のゼーベック係数(- 28 μV/K)を持つ TTF-TCNQ と組み合せ印刷法でデバイスを作
製している(図 3)。TTF-TCNQ は粉末でしか得られないので,PVC とブレンドしてトル
エン溶液として使用している。得られたデバイは 25 mm x 25 mm x 30μm の大きさで 54
ケの熱電対からなり,図 4 には温度差(⊿T)と発電性能の関係を示した。
図 3 PEDOT-Tos(p-型)/TTF-TCNQ
(n-型)
からなる熱電変換素子の印刷法による作
製。但し,Au 電極は蒸着法による。
3
図 4 図 3 PEDOT-Tos(p-型)/TTF-TCNQ(n-型)か
らなる熱電変換素子の温度差と発電性能の関係
Kim ら 3)は PEDOT:PSS はコアの PEDOT がシェルの PSS に包み込まれている構造を持
つため,イオン化していない(ドーピングに関与していない)PSS の存在がキャリアホッ
ピングを阻害し,移動度を指数関数的に減少させているので,この PSS を除去することに
より移動度を向上させることが出来るとの考えに基づいている。なお,PSS は PEDOT の
酸化能力がなく単なるイオン中和剤として働いているのでドーパントと呼ぶのは正確な表
現ではないが,ここではあえてドーパントと呼ぶ。スピンコート法で得られた PEDOT:SS
膜はエチレングリコール(EG)液に浸漬することにより時間と共に膜厚が減少することから,
イオン化していない PSS が除去されていることが分かるが,その際に,イオン化していな
い PSS の 7 分子当 3 分子のイオン化している PSS も同時に除去され,EG 処理によりある
程度脱ドーピングが起る。
図 5 に EG 処理時間がゼーベック係数および電気伝導度に及ぼす影響を示した。
EG-mixed および DMSO-mixed とあるのは PEDOT:PSS 分散液に EG あるいは DMSO
を 5 vol%添加したということを表している。EG 処理によりゼーベック係数および電気伝
導度とも 100 時間までは急激に上昇し,その後は 200 時間以上ではむしろ低下する傾向に
あり,最適な処理時間は 100~200 時間の間にあることが分かる。ゼーベック係数のおよび
電気伝導度の初期の急激な立ち上がりは,それぞれキャリア数の減少および移動度の上昇
を反映している。図 6 には EG 処理時間と ZT の関係を示した。DMSO を添加 PEDOT:PSS
分散液から作製したフィルムを EG に 100 時間浸漬することにより ZT = 0.42 という値が
得られる。
4
図 5 EG 液での浸漬時間がゼベック係数(a)および電気伝導度(b)に及ぼす影響
図 6 PEDOT:PSS 膜の EG 液への浸漬時間が ZT に
与える影響
産総研のグループは 4)薄膜形成プロセスを最適化し、ナノ結晶粒子を整列させることで有
機導電性高分子 PEDOT:PSS 薄膜の導電性を向上させ、ZT = 0.27 を得ている、
PEDOT:PSS 水溶液に EG を混合させ、
キャスト後、
溶媒を蒸発させ、
さらに 100~150 ℃
の温度でアニールし素子を作製する(図 7)。この薄膜は 870 S/cm の電気伝導度、20-43μ
V/K 前後のゼーベック係数を示す。高い導電性は EG が蒸発する過程で溶媒に分散してい
る PEDOT:PSS のナノ結晶粒子が、
非常に高い秩序をもって配列されるためと考えられる。。
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図 7 PEDOT:PSS の水分散系への EG の添加効果:(上図)EG を添加
しない系で秩序が低いナノ結晶が生成,
(下図)EG 添加系で秩序だっ
たナノ結晶薄膜が生成
上記のようにして得られた高導電 PEDOT:PSS のみを用いて熱電素子を作製し(図 8),
300 K で S = 20~43μV/K,κ = 0.18 W/mK,ZT = 0.1 ~0.27 の値を得ている。さらに,
素子(長さ 40 mm x 幅 20 mm x 暑さ 30 μm,11 本)10 並列,30 直列(素子 300 枚)
からなるモジュールを作製して出力 50 ~ 100 μW (⊿T = 50 K)を得ている。
図 8
産総研のグループが作製した高
導電 PEDOT:PSS(p-型)のみからなる
熱電変換素子
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以上,PEDOT 系の熱変換性能の向上のために手法として,以下の 3 つを紹介したが,②
の手法には③の方法も包含されている。
① キャリア濃度を最適化する(ZT = 0.25)。
② 高移動度化のためにイオン化していない PSS を除去する(ZT = 0.42)。
③ 高導電化を図る(ZT = 0.25)。
最も大きな ZT が得られているのは②の高移動度化を図る手法であるが,導電性高分子の
高移動度化に関しては新しいコンセプトも提案されており(Column20 を参照)
,今後これ
らの考え方も取り入れてさらなる高性能化が期待できる。また,負のゼーベック指数を持
つ高移動度な導電性高分子の開発も進んでおり5),有機材料を用いた室温での熱電変換の実
用化も近いと考えられる。
参考文献
1)
Y. Hiroshige, M. ookawa, N. Toshima, Synth. Mat., 2007, 157, 467
2)
O. Bubnova, Z. U. Khan, A. Malti, S. Braun, M. Fahlman, M. Berggren, X. Crispin,
Nature Materials 2011, 10, 429
3)
4)
G-H. Kim, L. Shao, K. Zhang, K. P. Pipe, Nature Materials, 2013, 12, 719
産総研 HP :
http://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2012/pr20120831/pr20120831.html
5)
J. Lee, A-R. Han, H. Yu, T. J. Shin, C. Yang, J. H. Oh, J. Am. Chem. Soc., 2013, 135,
9540
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