平均可変費と平均費を最にする産量の関係

名城論叢
13
2006 年3⽉
平均可変費⽤と平均費⽤を最⼩にする⽣産量の関係
尾
崎
雄⼀郎
ミクロ経済学において完全競争下の企業や独占企業の利潤最⼤化⾏動など多くの問題が短期の総
費⽤曲線や平均費⽤曲線,限界費⽤曲線などを⽤いて分析される.短期の総費⽤曲線は,⽣産量の
増加関数で,通常⼗分に湾曲し,滑らかで,逆S字型をしていて,正の総固定費⽤を伴うと想定され
る.ミクロ経済学の多くの教科書においてこのような形状の総費⽤曲線から平均費⽤曲線,平均可
変費⽤曲線,限界費⽤曲線などを導出する⽅法や導出されたこれらの曲線がU字型になることなど
が説明されている.このとき,平均可変費⽤を最⼩にする⽣産量より平均費⽤を最⼩にする⽣産量
のほうが⼤きいことを⺬す図や数値例が得られるにも拘らず,極く少数の例
(Ferguson and
Maurice [1], p. 220, Gill [2], p. 56, Hadar [3], p. 23, Henderson and Quandt [4], p. 72, Quirk
[7], pp. 176-177)
を除けば,この事実を明瞭に認識し,指摘しているものはない.Gill [2]がこの
事実の証明を試みているけれども,厳密ではない.その後,尾崎[5],[6]によってこの事実がい
ろいろな⽅法で証明された.
本論⽂においても,逆 S 字型の,⼗分に湾曲した総費⽤曲線の下で,平均可変費⽤曲線が最⼩に
なる⽣産量よりも平均費⽤が最⼩になる⽣産量のほうが⼤きいことを以前とは異なった微分による
⽅法と幾何学的な⽅法で証明する.
ある企業の⽣産量を q ,短期における滑らかで,⼗分に湾曲していて,逆 S 字型をしている総費
⽤曲線を TCpq€,さらに総可変費⽤を VCpq€,総固定費⽤を FC,平均費⽤を ACpq€,平均可変費⽤を
AVCpq€,平均固定費⽤を AFCpq€,限界費⽤を MCpq€ と表す.これらの曲線はすべて微分可能であ
るとする.そして,平均可変費⽤を最⼩にする唯⼀つの⽣産量を q 1,平均費⽤を最⼩にする唯⼀つ
の⽣産量を q 2 とする.我々の⽬的は,記号で表せば,
q1 ? q2
p1€
を証明することである.
総費⽤は,⽣産量が変化するにつれて変化する総可変費⽤と,⽣産量が変化しても変化しない総
固定費⽤に分けられるから,
p2€
TCpq€ / VCpq€ + FC
と表される.平均費⽤,平均可変費⽤,平均固定費⽤は各々
p3€
ACpq€ /
TCpq€
VCpq€
FC
,AVCpq€ /
,AFCpq€ /
q
q
q
と定義されるので,p2€ と p3€ より
p4€
ACpq€ / AVCpq€ + AFCpq€
という関係をえる.p4€ を q で微分すると,
p5€
dACpq€
dAVCpq€
dAFCpq€
/
+
dq
dq
dq
14 第6巻 第3号
となる.他⽅,p3€ より正の q に対して常に
dAFCpq€
FC
/, 2 ?0
dq
q
p6€
が成⽴する.仮定により AVCpq€ は唯⼀つの⽣産量 q 1 のところで最⼩になるから,q / q 1 において
dAVCpq€
/0
dq
p7€
が成⽴する.よって,p5€,p6€,p7€ より,q / q 1 において
dACpq€
dAFCpq€
/
?0
dq
dq
p8€
となる.p7€とp8€ は AVCpq€ が最⼩になる q / q 1 のところで ACpq€ は最⼩ではなく,第1図におけ
るようになお下降中であることがわかる.ACpq€ は U 字型をしているので,このことは AVCpq€ が
最⼩になる⽣産量 q 1 のところよりも⼤きい⽣産量 q 2 のところで ACpq€ が最⼩になること,すなわ
ち p1€ が証明された.
同様に,ACpq€ は仮定により唯⼀つの⽣産量 q 2 のところで最⼩になるから,q / q 2 において
dACpq€
/0
dq
p9€
が成⽴する.p5€,p6€,p9€ より,q / q 2 において
dAVCpq€
dAFCpq€
/,
>0
dq
dq
p10€
ACpq€
AVCpq€
MCpq€
MCpq€
dACpq€
?0
dq
ACpq€
AVCpq€
dACpq€
=0
dq
dAVCpq€
=0
dq
O
q1
第1図
dAVCpq€
>0
dq
q2
q
平均可変費⽤と平均費⽤を最⼩にする⽣産量の関係(尾崎) 15
が成⽴する.p9€ と p10€ は第1図におけるように ACpq€ が最⼩になる q / q 2 のところで U 字型を
している AVC(q) は上昇中で既に最⼩値を通過していることを⺬している.このことはやはり p1€
が成⽴することを意味する.
次に,幾何学的⽅法で p1€ が成⽴することを明らかにする.第2図において逆 S 字型をした総費
⽤ 曲 線 TCpq€ と 縦 軸 と の 交 点 の ⼤ き さ が 総 固 定 費 ⽤ FC を 表 す.p2€ よ り 総 可 変 費 ⽤ VCpq€ は
TCpq€ と FC の差であるから,ある⽣産量に対する平均可変費⽤ AVCpq€ は点 G とその⽣産量に対
する TCpq€ 上の点とを結んでできる直線の傾きで表される.したがって,点 G と TCpq€ 上の点を結
んでできる直線が TCpq€ の接線になるところで AVCpq€ は最⼩になる.それ故,接点 H に対応する
⽣産量 q 1 のところで AVCpq€ は最⼩になり,その最⼩値は接線 a の傾きで表される.
平均費⽤ ACpq€ は原点 O とある⽣産量に対応する TCpq€ 上の点とを結んでできる直線の傾きで
表されるから,q 1 に対する平均費⽤は原点 O と点 H を結んでできる直線 b の傾きで表される.直
線 a が点 H で TCpq€ に接するとき,直線 b が TCpq€ に接することはない.直線 b は q 1 に対応する
TCpq€ 上の点 H と q 1 よりも⼤きい⽣産量に対応する TCpq€ 上の点 K で交わり,直線 b に対する
ACpq€ は最⼩ではない.ACpq€ が最⼩になるのは原点 O と TCpq€ 上の点とを結んでできる直線が
TCpq€ の接線となる⽣産量のところである.直線 q は q 1 より⼤きい点 J に対応する⽣産量 q 2 のと
b
TCpq€
FC
K
q
a
J
TCpq€
H
FC
G
0
q1
第2図
q2
q
16 第6巻 第3号
TCpq€
FC
TCpq€
q
g
a
J
H
I
FC
G
O
q1
q2
q
第3図
ころで TCpq€ に接し,ACpq€ はそこで最⼩になり,ACpq€ の最⼩値は接線 q の傾きで表される.以
上により p1€ が⺬された.
さらに,別の幾何学的⽅法で p1€ を⺬す.第3図において原点 O と TCpq€ 上の点とを結んででき
る直線が TCpq€ に接する点 J,すなわち q 2 に対応するところで ACpq€ は最⼩になり,その最⼩値は
接線 q の傾きで表される.⽣産量 q 2 に対する AVCpq€ は直線 g の傾きで表される.直線 g の傾き
は接線 q の傾きより⼩さく,点 J において TCpq€ に接することはない.直線 g は点 J とこれよりも
左下の点 I で TCpq€ と交わるから,AVCpq€ が最⼩になるのは点 J より左下の点 H のところ,すなわ
ち q 2 より⼩さい q 1 のところであり,このとき点 H で接する直線 a の傾きが最⼩の AVCpq€ を表す.
以上によりやはり p1€ が⺬された.
参考⽂献
[1] Ferguson, C. E., and Maurice, S. C., Economic Analysis, Revised Edition. Homewood, Illinois : Richard D.
Irwin, 1974.
[2] Gill, R. T., Economics and the Private Interest : An Introduction to Microeconomics, Second Edition. Pacific
Palisades, California : Goodyear Publishing Co., 1976.
平均可変費⽤と平均費⽤を最⼩にする⽣産量の関係(尾崎) 17
[3] Hadar, J., Elementary Theory of Microeconomic Behavior, Second Edition. Reading, Massachusetts :
Addison-Wesley Publishing Co., 1974.
[4] Henderson, J. M., and Quandt, R. E., Microeconomic Theory : A Mathematical Approach, Second Edition. New
York : McGraw-Hill Book Co., 1971.
[5] 尾崎雄⼀郎,「短期の費⽤曲線について」,『名城商学』,第 33 巻,第3号(1984 年),pp. 9-12.
[6] 尾崎雄⼀郎,
「短期における平均費⽤と平均可変費⽤を最⼩にする⽣産量の関係」,
『名城商学』,第 45 巻,第4
号(1996 年)
,pp. 1-7.
[7] Quirk, J. P., Intermediate Microeconomics, Third Edition. Chicago, Illinois : Science Research Associates,
1987.