Mem. Grad. Eng. Univ. Fukui. Vol.63(1-4).

福井大学 大学院工学研究科 研究報告 第 63 巻 2014 年 9 月
Mem. Grad. Eng. Univ. Fukui, Vol. 63( September2014 )
1
DSC 熱分析計の校正とベースラインの経時変化
奥屋
裕太朗*
田中
穣*
Calibrations for DSC Instruments and The Continual Drift for The Baseline Slope
Yutaro OKUYA* and Yutaka TANAKA*
(Received September 30, 2014)
This report is concerned with the comprehensive calibration for DSC (Differential Scanning
Calorimetry) instrument, which has been carried out with the intention of equalising the baseline
slopes of the two instruments. It contains two procedures of the temperature adjustment and the
correction of slopes. Samples of indium and tin were used to adjust the temperature indicator with
heat scans between 40 and 200°C, 40 and 270°C for indium and tin respectively. The slope
correction was aimed at making it flat with the heating scans of the same temperature range as
used in the temperature adjustment. In addition, it was examined one year after the slope
correction how the baseline was drifted by the usual employment.
Key Words : DSC, Calibration, Correction, Baseline, Slope, Drift
1. 緒 言
現在, DSC(Differential Scanning Calorimetry)分析計
による熱測定は材料関係の研究室で日常的に行われ
ている. それは熱分析の手法が成熟してミリグラム
程度の試料について容易に実験できるようになった
ことと, 機器の販売台数が増えたおかげと言ってよ
い[1]~[3]. 学会の研究発表でも頻繁に目にする DSC の
データであるが, その温度校正, スロープ校正はど
れほどの頻度で行うことが適当だろうか.
我々の研究室において種々の高分子試料について
熱分析, 構造緩和の調査を続けている過程で, 二台
の同モデルの DSC を手にする機械に恵まれた. 旧型
のモデルではあるが同型を二台有する機会は少ない
だろうとの考えから, 標準の校正用物質(インジウ
ムおよびスズ)を用いて二台のスロープと温度表示
を等しくする作業を進めた. 加えて, 作業ののち一
年経過後に温度とスロープがどの程度ドリフトする
かについて, 一年間の使用頻度とともに報告する.
2.
実
験
*
材料開発工学専攻
Science and Engineering Course, Graduate
School of Engineering
* Materials
用いた分析計はセイコーインスツルメンツ社製,
DSC200 でシリアル番号 521P1702 と 6521P0909 の二
台である. 便宜上, 片方を 1 号機, もう片方を 2 号機
と書き表す. 校正用物質としてインジウム(40.09mg),
スズ(11.55mg)を用いた. DSC カップはアルミニウム
製φ5.2 の簡易密封型試料容器を密封して用いた. ま
た, 容器内を空にして密封したものをリファレンス
試料として用いた. インジウム, スズそれぞれの融
点の文献値は 156.6℃, 231.9℃, 融解エンタルピーの
文献値は 28.4J/g, 59.6J/g である[4].
インジウムについては 30~200℃の範囲で, スズ
については 30~270℃の範囲で速度 10℃/min で昇温
し, ピーク立ち上がり温度から融解温度を求めた[5].
3. 校正方法
3.1 スロープの校正
DCS200 は slope 値を-50~50 の範囲で入力してス
ロープを変えることができる. 校正をはじめる前の
slope 値は 1 号機, 2 号機それぞれ-3.778, 18.29 だった.
そこで 1 号機の slope 値を固定して, 2 号機の slope
値を適宜変えて入力し 1 号機のスロープにそろうよ
うにした.
2
3.2 2 号機の温度校正
温度校正の手順は, 下記①~③の通りである. ①
現在設定されている T.offset と T.gain の値を記録す
る. 校正をはじめる前の T.offset と T.gain の値は
-1.851E+00 と 1.007E+00 だった. ②インジウムとス
ズの融点を測定する.③T.offset と T.gain として新た
に入力する値を次式から求める.
プロットしたグラフである. 本研究では, 2 号機のス
ロープを 1 号機のスロープにそろえるように試みた.
1 号機で得られた DSC カーブのスロープの傾きは
-17.78 であり, 2 号機に入力するべき slope 値は-14.00
となる.
(1)
231.9 − 156.6
×b
xSn − x In
(2)
ここで a, b はそれぞれ①で記録した T.offset の値と
スロープの傾き (µW / °C)
40
T.offsetとして入力すべき値
231.9 − 156.6
=
× (a − x In ) + 156.6
xSn − x In
T.gainとして入力すべき値 =
られた DSC カーブから算出したスロープの傾きを
(25.00 , 31.51)
(22.00 , 23.56)
20
(18.29 , 17.63)
0
(2.50 , 0.61)
(-12.00 , -14.39)
(-14.00 , -17.78)
-20
-20
T.gain の値, xIn, xSn は②のインジウム, スズの融点実
-10
測値[℃]である.
Fig.2
3.3 1 号機の温度校正
インジウムとスズを昇温測定し, 融点の実測値を
記録する. 1 号機の場合は, ABC 設定の温度補正にイ
ンジウムとスズの文献値と実測値をそれぞれ入力す
0
10
20
30
slope値 (µW / °C)
2 号機で得られたスロープの傾きと入力し
た slope 値の関係.
Fig.3 にはスズを測定して得られた DSC カーブに
ついて, (a)校正前と(b)校正後を示した. 2 号機の
ることで自動的に校正値が算出される. 校正前の
0
4.
結果
4.1 スロープ校正の結果
Fig.1 は 2 号機で得られた DSC カーブと, 入力した
dq/dt / mW
T.offset と T.gain の値は-1.111 と 1.001 だった.
-10
(a)
1号機
2号機
-20
slope 値の関係を示している. slope 値が大きくなると,
DSC カーブの傾きも大きくなっていることがわか
200
る.
210
220
230
240
250
220
230
240
250
0
5 mW
dq/dt / mW
slope = 25.00
dq/dt / mW
slope = 22.00
slope = 18.29
-10
(b)
slope = 2.50
slope = -12.00
-20
slope = -14.00
200
150
Fig.1
200
250
Temperature / °C
関係.
Fig.2 は 2 号機に入力した slope 値と, そのとき得
210
Temperatuer / °C
300
2 号機に入力した slope 値と DSC カーブの
1号機
2号機
Fig.3
(a)校正前と(b)校正後の 2 号機のスロープの
比 較 . 校 正 前 は slope=18.29, 校 正 後 は
slope=-14.00. 参考のため, slope=-3.778 の 1
号機の DSC カーブを示している.
3
dq/dt の値は, 200℃において校正前で 0.26mW, 校正
0
後で 1.48mW と変化した. 校正により, 2 号機のスロ
ープと 1 号機のスロープがそろったことがわかる.
dq/dt / mW
-20
0
-30
Tm = 156.8
-10
-40
-20
(a)
1号機
校正1回目
1年後
(a)
-30
1号機
-40
140
150
160
170
0
較正前
較正後
140
150
160
170
Tm = 231.8
dq/dt / mW
dq/dt / mW
Tm = 156.8
-10
-10
-20
-10
1号機
1号機
校正1回目
1年後
210
(b)
-20
230
240
250
-40
-20
(c)
校正前
校正後
140
150
160
160
170
-10
(d)
-20
-10
210
(d)
2号機
150
Tm = 231.8
170
231.8 °C
dq/dt / mW
2号機
校正1回目
1年後
0
0
210
250
(c)
140
dq/dt / mW
2号機
-20
240
-20
-30
156.7 °C
-10
-40
230
Tm = 156.8
-10
220
0
-30
220
0
較正前
較正後
210
dq/dt / mW
(b)
Tm = 231.8
dq/dt / mW
dq/dt / mW
0
2号機
校正1回目
1年後
220
230
240
250
Temperatuer / °C
校正前
校正後
220
Fig.5
230
240
250
1 年経過後の DSC カーブの比較. (a)(c)はイ
ンジウムを, (b)(d)はスズを測定した結果.
Temperatuer / °C
Fig.4
(a)(c)インジウム, (b)(d)スズを用いて行った
温度校正の結果.
4.2 温度校正の結果
1 号機では T.offset = -0.192034, T.gain = 0.998675 と
いう値が得られた. また(1), (2)式から 2 号機の
4
T.offset = -0.2088, T.gain = 0.9978 という値が得られ
た. 少数点以下の桁数に違いがある理由として, 2 号
機では手計算による算出で得られた値を用いており,
1 号機では自動的に算出されて表示された値を用い
ているからである. 得られた値を用いて温度校正を
行った. Fig.4(a), (c)はインジウムを用いたときの, (b),
(c)はスズを用いたときの 1 号機, 2 号機の温度校正の
結果である. 校正後は 1 号機, 2 号機ともにインジウ
ムとスズの融点が文献値とほぼ同じ値を示した.
5.
校正から 1 年後の状態
校正してから 1 年経過した状態の 1 号機および 2
号機に関して, スロープおよび融点温度がどの程度
変わるのかを観察した結果を Fig.5 へ示した. 1 年間
で測定を行った回数はそれぞれ 157 回, 326 回である.
温度範囲と昇温速度は 1 年前と同じである. Fig.5(a),
(c)はインジウムを用いたときの, Fig.5(b), (d)はスズ
を用いた測定結果である. Fig.5(a), (c)は DSC カーブ
に変化はなかった. Fig.5(b), (d)はピークの立ち上が
りに変化はないが, ピークトップに変化があった.
参考文献
[1] 斎藤安俊:物質科学のための熱分析の基礎, 共
立出版, 105-17 (1990).
[2] 日本熱測定学会編:熱量測定・熱分析ハンドブ
ック
第 2 版, 丸善, (2010).
[3] 熱分析スクール, セイコーインスツルメンツ株
式会社(科学機器事業部).
[4] 日本化学会編:化学便覧 基礎偏Ⅱ 改定 4 版, 丸
善, 216 (1993).
[5] JIS K 7121, 日本工業規格, (1987).