確率論:補充プリント2 熊谷 隆

確率論:補充プリント2
熊谷 隆
伊藤積分
{Bs : s 0}: (⌦, F, P ) 上のブラウン運動
FtB := ({Bs : s  t}) _ N (N は null-set 全体)とする。
: [0, 1) ⇥ ⌦ ! Rn が {FtB }-adapted とは、任意の t > 0 について ! 7! (t, !) が
FtB -可測であることをいう。
L2 (FtB ) := {f : [0, 1) ⇥ ⌦ ! Rn |f は B([0, 1)) ⇥ F 可測, {FtB } adapted,
Z T
E[
f 2 ds] < 1, 8T }
0
(目標)f 2 L2 (FtB ) について伊藤積分を定める。
以下、0 = t0 < t1 < · · · < tN = T を limN !1 maxj (tj+1 tj ) = 0 なる列とする。
PN 1
まず、step function (t, !) = j=0 ej (!)1[tj ,tj+1 ) (t)(各 ej (!) は Ftj -可測)に
RT
PN 1
ついては、 0 (t, !)dBt (!) := j=0 ej (!)(Btj+1 (!) Btj (!)) と定める。
補題 1.2 (鍵となる等長性の補題) {ej } が有界なら、
Z T
Z T
2
2
E[(
dBt ) ] = E[
dt]
0
(1.1)
0
(証明) Bj := Btj+1 Btj とおくと、E[ei ej Bi Bj ] は i =
6 j のとき 0, i = j のとき
2
E[ej ](tj+1 tj ) となる。よって
X
X
((1.1) の左辺) =
E[ei ej Bi Bj ] =
E[e2j ](tj+1 tj ) = ((1.1) の右辺)
i,j
j
⇤
となり、結論を得る。
命題 1.3 任意の f 2 L2 (FtB ) に対して、{ n } ⇢ L2 (FtB ) なる有界(|
function の族が存在して以下を満たす。
Z T
2
lim E[
|f
n | dt] = 0
n!1
n|
 9Cn )な step
(1.2)
0
(証明)Step 1: g 2 L2 (FtB ) が有界かつ g(·, !) が a.e. ! で連続なら、有界な step function
の族 { n } が存在して、以下が成り立つ:
Z T
2
E[
|g
n | dt] ! 0
0
Step 2: h 2 L2 (FtB ) が有界ならば、{gn } ⇢ L2 (FtB ) で有界かつ gn (·, !) が a.e. ! で連続な
ものが存在して、以下が成り立つ:
Z T
E[
|h gn |2 dt] ! 0
0
Step 3: f 2 L2 (FtB ) ならば、有界な {hn } ⇢ L2 (FtB ) が存在して、以下が成り立つ:
Z
E[
0
T
⇤
hn |2 dt] ! 0
|f
RT
2
上の命題から、特に E[ 0 | n
m | dt] ! 0 as m, n ! 1 も分かる。よって補題 1.2 から
RT
{ 0 n dBt } は L2 (⌦, P ) で Cauchy 列である。そこで
RT
2
定義 1.4 f 2 L2 (FtB ) に対して、有界な step function{ n } で E[ 0 |f
n | dt] ! 0 なる
RT
RT
ものを取り、 0 f dBt := l.i.m.n!1 0 n dBt で f の伊藤積分を定める。
補題 1.2 から、伊藤積分は { n } の取り方によらないことが分かる。なお、l.i.m. は limit
in mean (L2 収束のこと)と読む。
系 1.5 i)(伊藤積分の等長性)任意の f 2 L2 (FtB ) に対して、以下が成り立つ。
Z
E[(
0
RT
ii) fn , f 2 L2 (FtB ) が E[ 0 (fn
T
Z
f dBt ) ] = E[
T
2
f 2 dt]
0
f )2 dt] ! 0 ならば、以下が成り立つ。
l.i.m.n!1
Z
T
fn dBt =
0
Z
T
f dBt .
0
以下、伊藤積分の local martingale 版を紹介する。i = 1, 2 に対して
B
n
Lloc
可測, {FtB } adapted,
i (Ft ) := {f : [0, 1) ⇥ ⌦ ! R |f は B([0, 1)) ⇥ F
Z T
|f |i ds < 1, a.e. !, 8T }
0
B
と定めると、(詳細は略すが)f 2 Lloc
2 (Ft ) に対して
B
藤積分を Lloc
2 (Ft ) に拡張できる。
RT
0
f dBt が定義できる。つまり、伊
伊藤の公式
RT
RT
B
loc
B
定義 1.6 u 2 Lloc
X0 (!)+ 0 v(s, !)dBs + 0 u(s, !)ds
2 [Ft ], v 2 L1 [Ft ] とする。XT (!) = R
T
という形の確率過程を伊藤過程 (Itˆ
o process) という。
( 0 v(s, !)dBs をマルチンゲール項、
RT
u(s, !)ds をドリフト項という。)これを形式的に dXt = udt + vdBt と書く。
0
定理 1.7 (伊藤の公式){Xt } を dXt = udt + vdBt で表される伊藤過程とし、g(t, x) 2
C 2 ([0, 1) ⇥ R) とする。このとき、Yt = g(t, Xt ) も伊藤過程であり、以下が成り立つ。
@g
(t, Xt )dt +
@t
@g
=
(t, Xt )dt +
@t
dYt =
@g
1 @2g
(t, Xt )dXt +
(t, Xt )(dXt )2
2
@x
2 @x
@g
1 @2g
(t, Xt )(udt + vdBt ) +
(t, Xt )v 2 dt
@x
2 @x2
• 多次元版 {Bi (t)}m
i=1 を独立なブラウン運動とし、X を以下のような伊藤過程とする。
0
1 0
1
0
10
1
dX1 (t)
u1
v11 · · · v1m
dB1 (t)
B
C B .. C
B .
C
..
.. C B
..
@
A = @ . A dt + @ ..
A
.
. A@
.
dXn (t)
un
vn1 · · · vnm
dBm (t)
(これを dX(t) = udt + V dB(t) とかく。)gi (t, x) 2 C 2 ([0, 1) ⇥ Rn ), i = 1, 2, · · · , p の
とき、Y(t, !) = g(t, X(t)) = (g1 (t, X(t)), · · · , gp (t, X(t))) も伊藤過程であり、その k 成分
(k = 1, 2, · · · , p)は以下のように表される。
n
n
X
@gk
@gk
1 X @ 2 gk
dYk (t) =
(t, X)dt +
(t, X)dXi (t) +
(t, X)dXi (t)dXj (t)
@t
@x
2
@x
@x
i
i
j
i=1
i,j=1
n
m
n
m
X
X
X
@gk
@gk
1 X @ 2 gk
=
(t, X)dt +
(t, X)(ui dt +
vil dBl (t)) +
(t, X)(
vil vjl dt)
@t
@x
2
@x
@x
i
i
j
i=1
i,j=1
l=1
l=1
ただし、dBi dBj =
ij dt,
dtdt = dBi dt = dtdBi = 0 とする。
(例1)Xt = Bt , g(x) = f (x) とすると、df (Bt ) = f 0 (Bt )dBt + 12 f 00 (Bt )dt となる。
(例2)Xt = Bt , g(x) = x2 とすると、@g/@t = 0 なので、dBt2 = 2Bt dBt + 12 2(dBt )2 =
Rt
1 2
t
2Bt dBt + dt となる。したがって
!
! 0 Bs dBs = 2 Bt ! 2 である。!
dX(t)
u1
v11 v12
=
dt +
dY (t)
u2
v21 v22
ると、d(Xt Yt ) = Xt dYt + Yt dXt + dXt dYt を得る。
(例3)
dB1 (t)
dB2 (t)
で、g(t, x, y) = xy とす
確率微分方程式 (Stochastic di↵erential equation)
関数 a(x), b(x) に対して、
dXt = a(Xt )dt + b(Xt )dBt , X0 = x
Rt
Rt
の形の方程式を確率微分方程式という。Xt = x + 0 a(Xs )ds + 0 b(Xs )dBs と表されると
き、{Xt } はこの確率微分方程式の解であるという。
(b ⌘ 0 ならば通常の微分方程式であり、これに dBs というノイズ項がついたものである。)
確率微分方程式には、pathwise な強い解、法則のレベルでの弱い解という概念がある。
解の存在や一意性が保証されるための a, b の満たすべき十分条件も知られている。
(例) dXt = rXt dt + Xt dBt ,
これを解くと、Xt = a exp((r
X0 = a(ただし、r 2 R, , a > 0)
/2)t + Bt ) となる(幾何学的ブラウン運動と呼ぶ)。
2
応用:オプションの価格付けの問題(数理ファイナンス)
満期日(T とする)において、決められた行使価格(K 円とする)で、株を購入する権
利(ヨーロッパ型コールオプション)の価格付け
簡単のため、市場に A 国の国債と B 社の株の二種類のみが出回っているとする。
国債、株の時刻 t での価格を、それぞれ Ut (U0 = 1)、St (S0 = S) とし、
dUt = rUt dt, dSt = St (µdt + dB(t))
を満たす(二式目は例に挙げた確率微分方程式)とすると、求めるオプションの価格は、
⇣ log(S/K) + (r + 2 /2)T ⌘
⇣ log(S/K) + (r
2
/2)T ⌘
p
p
Ke rT
T
T
Rx
2
ただし (x) = p12⇡ 1 e y /2 dy 。これはブラック-ショールズの公式と呼ばれる。
S
• さらに一般に、Y を T が満期のヨーロッパ型オプション(数学的には単に FTB -可測関
数、ヨーロッパ型コールオプションの場合 Y = max{ST K, 0})とすると、Y の時刻 0
での価格は E[e rT Y ] となる。
(証明には、伊藤の公式の他にマルチンゲール理論が必要。)