アプリケーション・ノート:AN-949

アプリケーション・ノート:AN-949
電力半導体の定格電流と熱設計
目次
ページ
1. 定格電流とは .......................................................- 2 2. 電力半導体の定格電流 .........................................- 2 3. 連続定格電流 .......................................................- 3 4. スイッチング・モードでの定格電流 ...................- 5 5. パルス条件下での接合部温度 ..............................- 5 付録 ID 波形の RMS 値の決定 ................................- 8 -
このアプリケーション・ノートでは、電力回路でピーク接合部温度を計算するために一般的に使用されている方法を
解説します。また、電力半導体の定格電流の前提条件も説明します。
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1.
定格電流とは
電気デバイス(サーキット・ブレーカ、モーター、あるいは変圧器など)の定格電流とは、デバ
イス自体の内部温度がデバイスの信頼性や機能性が損なわれるような値に達するときに、その温
度値に対応する電流のことです。メーカーは、デバイスに使用している材料の温度制限範囲は把
握していますが、デバイスが使用される周囲温度については分かりません。そこで、メーカーと
しては周囲温度を想定することになります。その結果、次の 2 点で重大な影響を及ぼします。
1) どの定格電流も、1 つの場所(周囲の環境、ヒートシンク、ケース)で指定された
温度と関連しています。その関連する温度なしでは、定格電流は無意味です。
2) 定格が適用される温度は、実際の動作条件に関係している場合とそうでない場合が
あります。関係している場合、実際の用途におけるそのデバイスの電流能力の指標
として、定格電流を使用することができます。代表的な動作環境では生じない温度
(例えば 25C)に対してデバイスの定格が設定された場合には、用途におけるデバ
イスの能力を表す有用な情報にはなりません。同じ温度で定格が設定されている類
似デバイスの定格と比較する目的に限り、これを使用することができます。
モーター、サーキット・ブレーカなどの電気デバイスの定格は、さまざまな合意や規則で定めら
れています。その他のデバイス(例えば変圧器、抵抗器、半導体など)の多くは、それぞれのデー
タ・シートに定格が指定されています。その結果、ユーザーは、以下の条件でデバイスが動作で
きることを確認する必要があります。
a) 使用中に生じる最大電流であること。
b) 最高周囲温度であること。
c) データ・シートに指定されている最高温度を超えないこと。
これら 3 点を確認するために、ユーザーは「熱設計」を行わなければなりません。これは簡単
にできる場合もあれば、複雑な有限要素解析を経た結果である場合もあります。熱設計の最も重
要なポイントについては、『Application note AN-1057』で紹介しています。
熱分析を終了した時点で、目的の用途におけるデバイスの定格電流が見つかるため、メーカーか
ら提供された定格は必要ではないことが分かるはずです。メーカーから提供されるさまざまな定
格は、デバイスの能力を示すもので、選択プロセスを絞り込むための情報にすぎません。
2.
電力半導体の定格電流
次の 2 つの理由により、熱設計は電力半導体にとって特に重要です。
1) 電力半導体の動作時には、電流密度が非常に高く、接合部と周囲の環境の間の温度
勾配が大きいこと。
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2) 半導体の熱容量はごくわずかなため、1 ミリ秒以内で熱暴走に至ること。
以上の理由により、電力半導体では熱を逃がす必要があります。設計者は、ヒートシンクまたは
他の冷却方法を選択する、すなわち「熱設計」を行わなければなりません。
3.
連続定格電流
電力半導体のデータ・シートには通常、「連続定格電流」が 1 つ以上記載されています。これ
に、図 1 のようなグラフを添えてある場合が多くあります。これらは、以下の前提に基づいて
います。
1) 電力半導体は、一定の電流を流していること(スイッチング損失がないこと)。
2) 接合部で発生した熱は無限シンクに流入すること。
3) 熱源およびケースの温度は一定であること。熱源(接合部)の温度が最高値となっ
ていること。
図 1.
デバイスのパッケージによる制限範囲以内の
ケース温度を関数とした連続定格電流(IRLS3036PBF)
上記の前提の下、熱方程式は、よく知られた次の関係式で表すことができます。
TJC  Pd  RthJC
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デバイス・メーカーでは自社のデバイスが使用される熱環境が分からないことから、ケース温度
を基準点として定格を設定することが便利な方法です。
ただし、実際の用途においては熱システム全体を考慮に入れる必要があるため、上記の式は次の
ようになります。
TJ  TA  (RthJC  RthCS  RthSA )PAV
ここで、
TJ = 接合部温度
TA = 周囲温度
RthJ-C = 接合部・ケース間の熱抵抗
RthC-S = ケース・シンク間の熱抵抗
RthS-A = シンク・周囲間の熱抵抗
PAV = 平均消費電力
半導体の連続定格電流は、一般に上記の式から計算されます。MOSFET は、電流と消費電力が
平方関係になっている点で、他とは異なります。したがって、定格電流は次の単純な式で計算す
ることができます。
ID 
TJMAX Tc
RDS(ON)  Rth( JC)
ここで、RDS(on) は定格 TJmax でのオン抵抗値、RthJC は接合部・ケース間の内部熱抵抗の最大値、
Tc はケース温度です。他のデバイスは、非線形関係になっているため、その定格電流は反復プ
ロセスで決定する必要があります。
大多数の用途では、電力半導体のケース温度が 80ºC より高くなっています。そのため、電力
デバイスで使用可能な連続直流電流は、80°~110°C のケース温度で適用可能なものとなります。
したがって、ケースと周囲の間には、放熱体で熱伝導を扱うのに十分な温度差があることになり
ます。25°C という定格は、バイポーラ・トランジスタに関する当初の JEDEC 規格から引き継
がれており、今日のデータ・シートにも残存しています。
低電圧 MOSFET では、 技術の進歩により伝導損失が低減された結果、パッケージが連続定格
電流の制約要因になりました。これについては、図 1 に示し、DT 93-4 で説明しています。
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4.
スイッチング・モード動作での電流能力
しかし、前節で考察した連続定格電流は、設計者にとっては、ベンチマークとしての利用以外に
直接役に立つことはほとんどありません。それには、次のような理由があります。
1) 電力トランジスタが使用されるのは通常スイッチング・モードであり、デューティ・
サイクルが 100% を大幅に下回る状態であること。設計者にとって真の関心事は、
実際の「スイッチング」動作条件での通電能力であること。
2) スイッチング・モードでの動作時には、電力トランジスタにスイッチング損失があ
ること。スイッチング損失を計算し、伝導損失に加算しなければならないこと。
3) 電力デバイスの選択は、サージ要件で決定される場合があること。これは、連続定
格電流にもスイッチング・モードでの通電能力にも優先すること。
第 3 節で述べた条件 2 と 3 が有効である限りにおいては、基本熱方程式で接合部温度を計算
することができます。それには、システムの消費電力と熱抵抗を知っていることが前提になりま
す。
消費電力は通常、伝導とスイッチングという 2 つに分かれます。パワー MOSFET の伝導損失
は、Irms2 x RDS(on) として計算することができます。本書の付録に、さまざまな波形の RMS 値を
記載しています。スイッチング損失は、スイッチング波形から、ゲート電荷から、あるいは分析
方法からも計算することができます。IGBT の伝導損失とスイッチング損失の計算は、AN-990
で説明しているように、より複雑になります。
第 3 節の基本方程式に入力する電力は「平均」電力であり、その結果は、動作周波数がシステ
ムの熱慣性と比べて高い限り有効です。周波数が高くなるにつれ、接合部の熱容量により瞬時の
温度変動が解消され、接合部はピーク消費電力よりも平均消費電力により強く応答するようにな
ります。周波数が数 kHz より高くなり、デューティ・サイクルが 20% 程度を超えると、サイ
クルごとの温度変動が小さくなり、ピーク接合部温度上昇は、平均消費電力×DC 接合部・ケー
ス間の熱抵抗と等しくなります(誤差:1~2%)。
周波数が非常に低い(数十 Hz)ときは、温度リップルの計算が必要になる場合があります。以
下に考察する過渡熱インピーダンス曲線から、低周波数動作時の温度リップルを計算する方法が
分かります。
5.
パルス条件下での接合部温度
パルス条件下では、第 3 節に掲げた 3 つの前提は無効になり、次のようになります。
1) デバイスは定常モードで電流を伝導しない。
2) 接合部で発生した熱は、一部がシステムの熱容量に、一部が周囲に入り込む。
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3) サージ時に熱システムのさまざまな点で温度が上昇する。
接合部温度を計算する正しい方法は、図 2 に示すように、熱流が 3 次元であることを考慮する
ことです。これは通常、有限要素分析を使用して行います。オン抵抗は温度の関数であるため、
消費電力も経時的に増加することから、電力半導体の適切な電気モデルを分析に入力しなければ
なりません。
図 2.
熱は 3 次元的に流れるため、「接合部温度」という用語は近似的な意味になる。接合部におい
ても熱システムの部位においても、各点ごとに温度が異なる。この図の動画版を見るには、ここをクリッ
ク(ファイル・サイズは 2MB)
多くの用途では、接合部温度の概略値で十分です。その場合、概略の結果を得るためには、以下
に説明する 2 つの方法が使用できます。
過渡熱インピーダンス
過渡熱インピーダンス(正確には熱インピーダンス曲線)の例を図 3 に示します。この曲線は、
ほぼすべてのデータ・シートに載っています。
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図 3.
過渡熱インピーダンス曲線。SPICE シミュレーションの熱パラメータに注意(IRLS3036PBF)
この曲線から、任意の時間幅(X 軸)のサージについて熱応答係数(Y 軸)が与えられます。
熱応答係数(または熱インピーダンス)に、伝導期間 t の消費電力(サイクル全体での平均電
力ではなく、伝導パルス自体の幅内の電力)を掛けると、接合部・ケース間の繰り返しピーク温
度上昇値(図内に示す値)が得られます。消費電力は、サージ時のデバイス両端の電圧および電
流から計算します。
長いパルス(図 3 で約 10ms)では、熱応答が熱抵抗と等しくなることが分かります。
一部のデータ・シートでは、熱応答係数が 1 に正規化されています。つまり、熱応答係数にさ
らにデータ・シートの熱抵抗を掛ける必要があります。
過渡熱インピーダンス曲線は、ケース温度が一定であることを前提としています。これは、パッ
ケージの熱容量にもよりますが、1~5ms より短いパルスで一般的に当てはまります。これより
長いサージではケース温度が上昇し始め、精度の疑わしい結果になります。自由空気や PQFN
パッケージ内での動作の場合は、1 ミリ秒程度以内でケース温度が上昇し始めるため、この曲線
から有用な情報は得られません。そのような場合は、熱システム全体を有限要素分析でモデル化
する必要があります。
ほとんどの用途(パルスが短く、熱容量が大きい)では、第 3 節に示した方法で TC を計算す
ることができます。理由は、ケース温度が主に平均消費電力で決定されるためです。ピーク接合
部温度の絶対値は、温度リップルを定常状態の動作条件下の平均ケース温度に重ね合わせること
で得られます。
接合部温度のリップルが大きいときに、繰り返し率が非常に低い電力パルスに対するピーク温度
を計算する目的にも、過渡熱インピーダンス曲線を使用することができます。適切な熱インピー
ダンスは、X 軸上のパルス幅が適切なデューティ・サイクルの曲線と交わる点にあります。こう
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して求めた熱インピーダンスは、上記で述べたように、パルス期間中の消費電力を掛け、ケース
温度に重ね合わせることが必要です。
付録 ID 波形の RMS 値の決定
MOSFET の伝導損失は、RMS ドレイン電流の二乗に比例します。電流波形が単純な正弦波や
矩形波であることはめったにないため、IRMS の値を計算するのに多少の問題が生じます。波形
を部分に分割し、各部分の RMS 値を個別に計算できる場合は、その波形の IRMS を下記の式
と手順で決定することができます。
どの波形の RMS 値も、次のように定義されます。
IRMS 

T 2
0
I (t )dt
T
以下の図に、いくつかの単純な波形、および上記の式で IRMS を計算する式を示します。
図中の各波形を組み合わせて実際の波形を十分に近似できる場合は、その波形の RMS 値は次
の式から計算することができます。
2
2
2
IRMS IRMS
(1)  IRMS(2)  ... IRMS(n)
いずれの 2 つの波形も同時にゼロとならない限りにおいて、上記の式は正しいです。
全波正弦波
パルス状正弦波
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矩形波
台形波
三角波
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