島根大学教育学部紀要 (自然科学) 第32巻 An ESR Study 。f radicaーs

島根大学教育学部紀要(自然科学)第32巻
1頁∼6頁
平成10年12月
繋外線照射された
天然繊雛制こ生じた
ラジカルのE SR騎究
曾我部國久*11金山良子*21坂本一光*1
An ESR study of radica1s produced
m UV−irrad−iated natura1f1bers
Kun1h1sa S0GABE,Ryoko KANAYAMA and Ikko SAKAM0T0
Abs虹a枕
The same rad1ca1,g=20046,was detected1n UV−1rrad1ated natura1f1bers,sp1der’s strmgs or s11k,or1gm1ng
m the1r pept1de structures The1r f1bers structure are respect1ve1y d1ffrent,but they seem to have the same
structure damaged by UV−1rrad1at1on
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treatment under the same cond1t1on Th1s fact seems to suggest an adequate a1ka1me treatment protects natura1
f1bers as s11k aga1nst UV−1rrad1at1on
1国緒言
原因の解明は,繊維を合理的かつ有効に利用する上で非
常に重要であるが殆ど研究報告がなされていない。その
1近年,高分子科学,特に化学繊維の開発が目覚ましく
原因として,繊維の劣化や退色の際の繊維内部の分子構
その用途は被服材料をはじめ,飛行機の胴体,ロープや
造変化に対する直接的な観察の困難性が挙げられる。
シートなどの産業用材料からラケットやゴルフクラブな
筆者らは,E S RによってX線や紫外線照射された有
どのレジャー用品や健康食晶にいたる衣1食・住すべて
機化合物中に生じるラジカルの検出を行い,有機化合物
の分野に広がっている1)。
の構造変化に関する報告5)をしてきている。これらの結果
繊維は,天然繊維と化学繊維に大別され,化学繊維は
を基に,化学的処理や紫外線照射等によって天然繊維に
天然の分子または人工の分子から人工的に合成される繊
人工的に生じたラジカル種の同定と構造変化を容易に解
維を指し,繊維分子を生成させる方法によって再生,半
明することが可能である。したがって,紫外線照射やア
合成,合成繊維とさらに細分化される。天然繊維は自然
ルカリ処理をした蜘蛛の糸,生糸や羊毛などの天然繊維
界から採取される繊維で,植物から採取される植物繊維
中に生じたラジカルの挙動を通して,天然繊維の劣化や
と動物から採取される動物繊維の2つ分けられる2)。
退色のメカニズムと繊維内の分子構造の変化に関する知
綿や麻などの植物繊維は,セルロースを主成分とし,
見を得たので今回ここに報告する。
β一グルコースが脱水結含(β一グルコシド結合)した鎖
状構造をしている。一方,毛髪,絹や羊毛,蜘蛛の糸等
2、実験
の動物繊維は,十数種のアミノ酸がペプチト結合によっ
て連なったポリペプチド構造をとる3)ことが知られている。
代表的な天然繊維として,国産(島根県鹿足郡日原町
一方,化学繊維に比べて天然繊維の「劣化・退色」4)が
産)の生糸と,タイ産(チェンマイ)の生糸,絹糸を用
大きな欠点であると言われている。繊維の劣化や退色の
いた◎生糸,絹糸は未処理のものと水酸化ナトリウム水
*1島根大学教育学部理科研究室純島根県立隠岐高等学校
紫外線照射された天然繊維中に生じたラジカルのE S R研究
①
②
十
(a)
十
(a)
③
(b)
十
(b)
図1 紫外線照射によって蜘蛛の糸に生じた
ラジカルのE S Rスペクトル
(C)
図2 紫外線照射によって動物繊維中に生じた
ラジカルのE S Rスペクトル
(a)生糸 (b)羊毛 (b)蜘蛛の糸
溶液で1∼20時間アルカリ処理を行った後,洗浄,室温
ペプチド骨格を比較するため,生糸,羊毛についても同
乾燥させたものを使用した。
様な実験を行った。
蜘蛛の糸は,主としてジョロウグモの縦糸を試料とし
生糸,羊毛から得られたラジカルのE S Rスペクトル
た。蜘蛛の糸はアルカリに溶解し易くアルカリ処理を行
をそれぞれ図2(a)と(b)に示す。生糸に起因するスペクト
わないまま使用した。
ルは,蜘蛛の糸に起因するスペクトルに比べ非常に複雑
紫外線照射は,約6mgの試料を内径5㎜の石英試料管
に入れ,室温で低圧水銀灯(2537㎜が約9割,残りが
184.9nmの光を含む)から直接約70分間照射した。
E S Rスペクトルの測定は,室温で,照射後,任意の
時間のもとで行った。
3、結果と考察
(・) Hわ
採取後の蜘蛛の糸には顕著なラジカルの存在は兄られ
なかったが,紫外線照射によって図1に示される9値,
g=2.0046のシャープなE S Rスペクトルが得られた。
(b)
(C)
大崎の報告にある9値,g=2.O079)と大きく異なってい
るが,プロピレン尿素や無水クリシン等の窒素核中心の
(d)
ラジカルの9値,9=2.O04∼2.00710)と一致することか
(e)
ら,蜘蛛の糸中に生じたラジカル種は,蜘蛛の糸を構成
する蛋白質中のペプチド緒合が紫外線照射によって結合
破壊されたものと推測される。またラジカル種のg値か
ら,蜘蛛の繊維中のペプチド骨格は,無水グリシンに近
い構造をもつものと推測される。
蜘蛛の糸のペプチト骨格と生糸,羊毛などの動物繊維
図3 紫外線照射された生糸中に生じたラジカルの
E S Rスペクトル
(a)照射直後(b)約3時間後(c)1目後
(d)2目後 (e)3目後
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①
②
③
①
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③
羊 毛 2.0050*
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1.9967*
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2.0046
1.9990
/
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2.8
生 糸 2.O067*
2.O046
1.9980
/
10.0
9.9
木 綿
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4
紫外線照射された天然繊維中に生じたラジカルのE S R研究
図7から判るように,絹糸はアルカリ処理の程度に関
係なく,すべて無処理の絹糸よりもラジカル生成量が増
加しており,アルカリ処理により構造破壊が促進される
(・) 一/’
ものと思われる。O.01モル濃度のアルカリ処理ではラジ
カル生成量がほぼ一定であったが,O.1モル濃度になると
100
処理時間とともに紫外線による影響が顕著に現れていた。
この結果は,絹製晶が洗剤等によって急激な劣化をもた
らす日常生活における実態と符合している。
(b)
ところが,図8から判るように生糸の場合,O.1モル濃
1\
度の水酸化ナトリウム水溶液に20hr.浸した場合を除き,
アルカリ処理によるラジカルの生成量の減少が見られた。
このことは,ある範囲内でのアルカリ処理は,紫外線照
射による生糸の構造破壊を抑える役目を果たしているこ
とを示している。このようなアルカリ処理が,生糸の製
図5 紫外線照射によって絹糸と生糸中に生じた
ラジカルのE S Rスペクトルに及ぼすアル
カリ処理の差
(a)絹糸,(b)生糸 点線は照射直後,実
線は1目放置後
晶化の過程で行われると推測すると,生糸のアルカリ処
理の程度を知る上で,2つの繊維を比べることは非常に
重要でかつ興味ある結果である。
め,アルカリ処理濃度を0.01,O.1モル濃度に,処理時間
図7と図8の比較から,O.01モル濃度で1∼2hr.アル
カリ処理した生糸のラジカルの生成量の変化と,無処理
の絹糸の紫外線照射によるラジカル生成量の変化がほぼ
一致することが判った。このことは,加工の際に生糸に
を1hr.,2hr.,20hr.の3段階に分け,紫外線照射によっ
対して約O.01モル濃度で1∼2hr.のアルカリ処理が施さ
て生じるラジカルの量を測定した。その結果を紫外線照
25
射時間に対する絹糸と生糸中に生成するラジカル量の相
対的変化をそれぞれ図7と図8に示した。
寧
20
ポ
哀
黒
15
Q
醐
ミ
(a)
幽
A
10
ψ
代
、
1ト
園
5
曲
婁
十
1 ←甘→
(b)
φ
量
婁
十
十
十
艮
.十
20 40 60
紫外線照射時間(分)
1ト
図7
紫外線照射によって絹糸中に生じるラジカ
ルの生成量に及ぼす照射時間とアルカリ処
理濃度と時間
アルカリ処理時間
0.O1mo1/1NaOH
1hr.◇
2hr.△
図6 紫外線照射による絹糸と生糸中に生じたラ
ジカルのE S Rスペクトルに及ぼすアルカ
リ処理方法の差
(a)絹糸,(b)生糸 点線は無処理,実
線はアルカリ処理
20hr.口
0.1mo1/l NaOH
1hr.禽
2hr.△
20hr.囲
無処理
十
5
曾我部國久・金山良子・坂本一光
処理した時にはラジカル量が増えた事実から推測すると,
25
0.01モル濃度で1∼2hr.以上のアルカリ処理は,かえっ
寧
て繊維の構造破壊をもたらすものと考えられる。
20
そこで,アルカリ処理によって生糸から絹糸に加工さ
去
哀
れる際に,繊維自身にどのような変化が起き,ラジカル
15
黒
Q
醐
ミ
十 十
10
△
十
長
、
1卜
5
十
太 合 ロ ロ
合
参
客茎婁φ
ロ 命
十
▲
十
▲
口
口
φ
◇
鏡により,絹糸と生糸の表面を拡大したところ,この2
φ
つの繊維に写真に示すような大きな差異がみられた。
φ
生糸は,2本の繊維状の蛋自質が外側をそれとは異な
る蛋自質によって覆われた構造が兄られたが,絹糸は内
0 20 40 60
側の2本の繊維のみが観測された。外側の蛋白質は,に
わか質で接着機能を持つセリシン1)と呼はれる物質であり,
紫外線照射時間(分)
図8
生成量に影響を及ぼしているかを調べるため,光学顕微
紫外線照射によって生糸中に生じるラジカ
ルの生成量に及ほす照射時間とアルカリ処
理濃度と時間
アルカリ処理時間
O.01mo1/l NaOH 1hr.◇
2hr.△
20hr.□
O.1mol/l NaOH 1hr.令
2hr.△
20hr.固
無処理 十
生糸を加工する際にこの大半は除かれるものと思われる。
図5と図6に見られた絹糸と生糸のスペクトルの差から,
セリシンという蛋白質は紫外線に弱い物質であり,図7
で見られた生糸のアルカリ処理によるラジカル生成量の
減少は,アルカリ処理によってこのセリシン部分のみを
取り除かれたためと考えられる。
以上,蜘蛛の糸,羊毛や絹を用いた実験の結果,紫外
線照射によって動物繊維中に生じるラジカルは3種類あ
り,そのg値はg=1.9985∼2,006,の広範囲に分布する
÷とが確認された。羊毛や絹に生じた3つのラジカルの
れていることを推測させるものである。絹糸にアルカリ
うち,時間とともに消失した弱い2つのラジカルについ
ては更なる検討が必要である。蜘蛛の糸,羊毛や絹の金
処理をした時や,生糸に0.1モル濃度で20hr.アルカリ
てに共通して得られた9:2.0046の安定したラジカルは,
(b)絹 糸
(a)生 糸
写真1
生糸の光学顕微鏡写真
(a)生糸 (b)絹糸
6
紫外線照射された天然繊維中に生じたラジカルのE S R研究
蛋自質中のペプチド結合に起因するもので,おそらくナ
イトロオキサイドラジカルであろう。
生成するラジカルの種類や量は,繊維の種類によって
異なっていたが,これは,動物繊維が生体内で生成され
たため,動物の種類,生活条件,加工状況などによって
含まれるアミノ酸の成分割合やその配列が異なり,それ
がES Rスペクトルの違いに反映されるためだと考えら
れる。
本研究の当初の目的であった蜘蛛の糸の構造解析や紫
外線照射によって生じるラジカルの同定については,蜘
蛛の糸自体に未知な部分が多く,解析が非常に困難であ
った。この種の研究は,絹および羊毛など幅広い類似物
の研究成果の蓄積と同時に,蜘蛛の糸の採取時期や採取
部分,蜘蛛の成熟度や佳別などによる差についても研究
を進めていく必要があると思われる。
4。謝辞
貴重な資料を提供していただきました大崎茂芳教授,
株式会社石西社の関係者の皆様に対し,深く御礼申し上
げます。
5.参考文献
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2)大賀文博・藤掛省吾・榎木忠勇 著
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