J-VER 制度は何をもたらしたか?

J-VER 制 度 は 何 を も た ら し た か ?
What are the impacts of J-VER scheme?
○ 二 宮 康 司 *・ 藤 野 純 一 †
Yasushi Ninomiya, Jun-ichi Fujino
1.目 的
J-VER(Japan Verified Emission Reduction)制 度 とは日 本 国 内 において自 主 的 に実 施 された個
別 プロジェクトによって実 現 された温 室 効 果 ガス(GHG)の削 減 ・吸 収 量 をモニタリング・算 定 ・検 証
した上 、J-VER クレジットとして認 証 ・発 行 する制 度 である。発 行 されたクレジットはカーボン・オフセッ
トへの活 用 を主 目 的 としたため、正 式 名 称 をオフセット・クレジット制 度 と言 う。環 境 省 が主 体 となっ
て 2008 年 に運 用 が開 始 され、京 都 議 定 書 第 1 約 束 期 間 の最 終 年 である 2012 年 度 をもって終 了 し
た。2013 年 からは経 済 産 業 省 が主 体 となって運 営 する類 似 制 度 である国 内 クレジット制 度 と統 合 さ
れ、新 たに J-クレジット制 度 として運 用 されている。
本 稿 は、J-VER 制 度 の制 度 設 計 段 階 から制 度 終 了 までの 5 年 間 の実 績 を振 り返 り、我 が国 にも
たらした影 響 を分 析 して、現 在 運 用 されている J-クレジット制 度 の課 題 を明 らかにするものである。
2.制 度 設 計 から運 用 まで
リーマンショック前 の2002年 から2007年 頃 の我 が国 は、景 気 の回 復 傾 向 にあり GHG 排 出 量 も増
加 する一 方 であった。2007年 の我 が国 の GHG 排 出 量 は13億 6,400万 t-CO 2 であり、今 日 までの最
大 値 を記 録 している。京 都 議 定 書 の第 1約 束 期 間 が開 始 される2008年 が差 し迫 る中 、GHG 排 出 量
を削 減 するための政 策 的 議 論 が各 所 で展 開 された。その中 で当 時 注 目 されつつあったのがカーボ
ン・オフセットであり、議 定 書 の目 標 達 成 に向 けた GHG 削 減 の一 助 としてその活 用 検 討 が開 始 され
た。そして、カーボン・オフセットに用 いるための要 件 を具 備 したクレジットを日 本 国 内 で創 出 する仕
組 みとして J-VER 制 度 が構 築 された。この制 度 の運 用 を通 じて、個 人 、企 業 、自 治 体 等 による主 体
的 なカーボン・オフセットが促 進 されることが主 な政 策 的 狙 いであった。
J-VER 制 度 には CDM の運 用 経 験 を踏 まえて、以 下 の要 素 が盛 り込 まれた。

政 策 的 に支 援 すべきプロジェクト種 類 を制 度 側 で特 定 しポジティブリスト化

適 格 性 要 件 チェックによる追 加 性 立 証 方 法 を採 用 し事 業 者 の負 担 を軽 減

ポジティブリスト化 されたプロジェクト種 類 の方 法 論 を制 度 側 が提 供

信 頼 性 確 保 のための関 連 する国 際 標 準 (ISO)への準 拠

環 境 価 値 のダブルカウントの回 避
制 度 開 始 から終 了 までの期 間 を通 して登 録 されたプロジェクト数 は合 計 251件 (内 訳 :45%が排
出 削 減 、55%が森 林 吸 収 )、クレジット認 証 量 は合 計 59.5万 t-CO 2 (内 訳 :82%が森 林 吸 収 、18%が
排 出 削 減 )となった。発 行 されたクレジットのうち無 効 化 された量 は69,851t-CO 2 であった。
3.分 析
3.1 制 度 の妥 当 性 :追 加 性 の立 証 方 法
J-VER 制 度 はプロジェクト種 類 のポジティブリスト化 と適 格 性 要 件 チェックによる追 加 性 立 証 方 法
の採 用 した制 度 としては世 界 でも最 初 に属 すると考 えられる。制 度 の妥 当 性 という点 ではこの方 法
の採 用 による追 加 性 立 証 が適 切 に機 能 したかが注 目 される点 である。
CDM の場 合 は、当 該 プロジェクトが実 施 されなかったことを立 証 すれば追 加 性 を有 するプロジェ
クトと確 定 できる。現 実 には当 該 プロジェクトが実 施 されてしまっているので、その立 証 は極 めて困 難
である。これは CDM における追 加 性 立 証 の本 質 的 な問 題 であり、その立 証 を求 められる事 業 者 に
*
(一 財 ) 日 本 エネルギー経 済 研 究 所 地 球 環 境 ユニット・省 エネルギーグループ 主 任 研 究 員
〒104-0054 東 京 都 中 央 区 勝 どき 1-13-1 TEL 03-5547-0231 Email: [email protected]
†(独 )国 立 環 境 研 究 所 社 会 環 境 システム研 究 センター 主 任 研 究 員
〒305-8206 茨 城 県 つくば市 小 野 川 16-2 TEL 029-850-2504 E-mail: [email protected]
は大 きな負 担 が課 せられてきた。
J-VER での追 加 性 立 証 方 法 はこれとは大 きく異 なる。あらかじめ制 度 側 が技 術 的 、経 済 的 、制 度
的 な理 由 により通 常 の投 資 対 象 にならない特 定 技 術 群 を政 策 的 にポジティブリスト化 し、客 観 的 な
適 格 性 基 準 を満 たせば追 加 性 を有 すると認 める方 法 である。この方 式 を採 用 することによって事 業
者 は客 観 的 な方 法 によって追 加 性 の立 証 を行 うことができるようなったことは制 度 を円 滑 に運 用 す
る上 で意 義 が大 きい。国 内 における排 出 削 減 対 策 を促 すという根 源 的 な政 策 的 目 的 に立 ち返 れば、
ポジティブリスト化 と適 格 性 基 準 による追 加 性 立 証 方 法 が J-VER 制 度 によって初 めて運 用 され5年
間 に亘 る実 績 を積 んだことの意 義 は大 きい。この追 加 性 立 証 方 式 は、その後 の J-クレジット制 度 、
二 国 間 クレジット制 度 (JCM)、そして、タイにおける T-VER 制 度 に採 用 されて現 在 に至 っている。
3.2 GHG 排 出 削 減 ・吸 収 量
J-VER による2008年 から2012年 の GHG 削 減 ・吸 収 の認 証 量 は合 計 約 60万 t-CO 2 である。我 が国
の GHG 排 出 量 約 12億 t-CO 2 /年 の0.005%に相 当 する。J-VER クレジット価 格 は5年 間 を通 じて概 ね
5000円 程 度 と想 定 されている。このことから、5,000円 /t-CO 2 の限 界 削 減 費 用 付 近 で追 加 的 に削 減
あるいは吸 収 できた GHG 量 は5年 間 の累 積 でも日 本 全 体 の1年 間 の GHG 排 出 量 の0.005%程 度 で
あり、国 内 における追 加 的 な排 出 削 減 ・吸 収 の余 地 が小 さいことが示 唆 された。これを上 回 る削 減 ・
吸 収 量 を確 保 してゆくためには5,000円 /t-CO 2 を大 きく超 えるクレジット価 格 が必 要 である。つまり、
国 内 に残 されている削 減 ・吸 収 余 地 の限 界 的 削 減 費 用 が非 常 に高 いことが示 された。これは、
J-VER 制 度 を設 計 した当 初 には十 分 に認 識 されていなかった点 である。
3.3 地 方 に対 する新 しいファイナンス形 態
GHG 排 出 削 減 ・吸 収 を実 現 した地 方 に対 して、首 都 圏 に代 表 される都 市 部 からの資 金 が還 流
するという新 しいファイナンスの仕 組 みが J-VER 制 度 を通 じて我 が国 において初 めて機 能 した。
J-VER クレジットのうち無 効 化 されたものは約 7万 t-CO 2 である。その内 訳 は公 表 されていないが、仮
にこれらが全 量 地 方 において実 現 された GHG 排 出 ・削 減 量 であると仮 定 し、想 定 クレジット価 格 を
5,000円 /t-CO 2 とすると、3億 5000万 円 程 度 の資 金 が都 市 部 から地 方 へ還 流 したことになる。規 模 と
しては大 きくはないし、先 駆 的 な成 功 事 例 はまだ数 例 ではあるが、GHG 排 出 削 減 ・吸 収 と結 びつい
たこうした新 しいファイナンス形 態 が実 際 に運 用 されたことは今 後 の発 展 可 能 性 を踏 まえて大 きな
意 味 を持 つと考 えられる。
3.4 国 際 規 格 に 基 づ く GHG 削 減 量 の MRV 手 法 の 定 着
J-VER 制 度 は 、制 度 の 設 計 段 階 か ら 運 用 に 至 る ま で 国 際 規 格 で あ る ISO14064-2( プ ロ ジ
ェ ク ト か ら の GHG 排 出・吸 収 量 の 定 量 化 の 仕 様 )、ISO14064-3( GHG 排 出 量 の 検 証 の 仕 様 )、
ISO14065( GHG 排 出 量 検 証 機 関 へ の 要 求 事 項 ) に 準 拠 す る こ と を 目 指 し た 。 こ れ ら GHG
削 減 量 の MRV に 関 連 し た ISO は 2006年 か ら 2007年 に か け て 相 次 い で 規 格 化 さ れ た ば か り
であり、これらに準拠した制度の構築と運営は我が国では初めてのことであった。また、
ISO14065に 基 づ く GHG 検 証 機 関 の 認 定 が 2010年 か ら 我 が 国 に お い て も ア ジ ア 地 域 で 初 め
て 開 始 さ れ た が 、 J-VER 制 度 の 存 在 が な け れ ば こ の 認 定 開 始 も 大 幅 に 遅 れ て い た 可 能 性 が
高い。
ISO に 準 拠 し た ク レ ジ ッ ト 制 度 が 運 営 さ れ 、 ISO に 基 づ い た 認 定 を 取 得 し た 検 証 機 関 が
ISO に 従 っ て そ の GHG 削 減 量 の 検 証 を 行 う と い う 、国 際 規 格 に 基 づ く GHG 削 減 量 の MRV
手 法 を 徹 底 し た 制 度 を 定 着 さ せ た 例 は こ の J-VER が 世 界 で も 最 初 で は な い か と 考 え ら れ る 。
そ の 後 の J-ク レ ジ ッ ト 制 度 、二 国 間 ク レ ジ ッ ト 制 度 、そ し て 、タ イ に お け る T-VER 制 度 も
同 様 に 、 こ れ ら の ISO へ の 準 拠 を 制 度 設 計 の 基 本 と し て い る 。 J-VER 制 度 の も た ら し た 成
果の一つと言ってよいだろう。