バリューチェーンの再定義と価値創造;pdf

マーケットトレンド
バリューチェーンの再定義と価値創造
企画マーケッツ本部 アナリスト 浅尾真利子
• Mariko Asao
米系証券会社、米系資産運用会社の株式アナリストを経て、2011年よりEYに参画。グローバルな産業動向や各社の比較分析などに基づ
いた提言・発信に加え、海外進出や産業再編に関わる市場調査・コンサルティング業務などに従事。
Ⅰ オムニチャネルへの関心の高まり
インターネット・サービス企業やソーシャル・ネッ
トワーキング・サービス企業が、「プラットホーム事
小売業界において、昨年頃から急速に「オムニチャ
業者」として、それぞれの「経済圏」を構築・拡大し
ネル(omni-channel)」という言葉を耳にする機会
ている中、小売業の競争は、これまでの主に実店舗に
が増えました。
「omni」は「全ての」という意味を持っ
おける地域の小売シェア拡大から、今後は消費者の
ており、全ての販売チャネル・デバイスを通じて、
「時間と可処分所得」を奪い合う競争へと、ゲームの
シームレスで一貫した買い物体験を消費者に提供する
ルールが変わっていくことが予想されます。
ことを目指すものです。これにより消費者は、実店舗
なのか、自宅のパソコンからECサイトで購入したの
か、外出先からスマートフォンで購入したのかを意識
Ⅱ オムニチャネルの取り組み
する必要が無くなります。オムニチャネルという言葉
が注目されている背景には、急速なEC市場の拡大や、
オムニチャネルへの具体的な取り組みとしては、販
モバイルテクノロジーの進化により、消費市場を取り巻
促面では、EC業界で、「O2O(Online to Offline)」
く競争環境が大きく変化していることが考えられます。
といわれるネットと実店舗との連携による販促活動が
消費者の行動も変化しています。EYが2014年4月
行われてきました。実店舗でも、iBeacon(近距離無
に発行したレポート『「消費」から「体験」へーオム
線通信機能)を用いたマイクロロケーションでのマー
※1
ニチャネル時代を生き抜くために』
でも紹介してい
ケティング導入などで、店舗での体験をより充実させ
ますが、消費者は、単純に製品・サービスの物質的な
る取り組みが始まっています。具体的には、顧客情報
価値や価格だけではなく、デザインのされ方や購入の
の分析を通じて対象とした消費者が店舗内のある地点
仕方にまでこだわりを持つような「経験価値」を含め
に近づくと、自動的に消費者のスマートフォンに商品
た、より広範な要素を重視し始めています。デジタ
推奨やクーポン送付を行うなど、従来よりも適切なタ
ル・モバイルの進展を背景に、消費者の「今すぐ」満
イミングで適切な対象に、かつ消費者がアプリ起動な
足感を得たいというニーズにより購入時間の節約を志
どを行わなくても小売業側から能動的に働きかけるこ
向すると同時に、店舗での接客体験を重視する傾向も
とを可能としています。
見受けられます。また、健康・安全に対する消費者の
買い物体験という意味では、あらゆるチャネル・デ
意識の高まりにより、「本質回帰」への傾向も強まっ
バイスでの顧客情報管理・在庫状況把握・配送ルート
ています。
整備などを行うことで、例えばオンラインで注文して
※1 www.shinnihon.or.jp/shinnihon-library/publications/research/2014/2014-04-18.html
32 情報センサー Vol.103 April 2015
おいた商品を、冷凍品・冷蔵品対応の受け取りボック
います。
スの設置により、いつでもどこでも受け取ることを可
本サーベイでは、最終消費者のチャネル別販売デー
能としたり、実店舗において在庫が無ければ、その場
タへのアクセスがあるのは、消費財メーカーの45 %
ですぐに他店舗や別チャネルの在庫を自宅へ配送する
のみでした。また、40 %はチャネルを超えた在庫管
手配を可能にすることが挙げられます。
理・補填の仕組みが整っていないと回答しています。
品ぞろえや製品開発の面では、オンライン販売サイ
ほ てん
サプライチェーンを通じた情報の標準化や同期化が、
トのデータとソーシャルウェブサイトのデータを統合
対顧客関係の強化と利益率の維持・向上のために重要
し、注目度の高い製品の絞り込みを行ったり、ソー
な要素となっています。
シャルネットワークを活用して新製品開発のクラウ
冒頭でも触れたプラットホーム事業者の拡大は、そ
ドソーシングを行う動きも出ており、あらゆるチャ
れらが双方向的な情報の流れを提供していることがポ
ネルを通じた情報の分析・活用が進んでいます。な
イントであり、今後も、さまざまな拡充により、企業
お、人工知能の分野では、現在「第三次AI(Artificial
Intelligence)ブーム」が訪れているといわれていま
と消費者、消費者と消費者、企業と企業が協力しなが
す
。人工知能はコンピューター向けに加工されて
照)が、よりいっそう重要になると考えられます。新た
いない生の情報を外界から取り入れて学習し、自らを
な時代に即した付加価値が提供できない場合には、企
進化させていく能力を獲得しつつあるということで、
業の存在意義自体が問われる事態にもなりかねません。
※2
ら価値を創造していくバリューチェーン(<図1>参
こうしたテクノロジーの進化が進めば、情報の分析・
活用は企業活動にさらに大きな影響を与えると考えら
▶図1 「共同創造型」のバリューチェーン
れます。
情報の流れ
Ⅲ 組織を超えた連携
メーカー
販売者
消費者
オムニチャネルへの取り組みは企業内で、営業・物
流・調達といった機能的な組織の壁や、実店舗・EC
といった事業部・チャネルの壁を越えて連携を取るこ
とはもちろんのこと、企業の枠を超えた連携も成功の
情報の流れ(双方向)
従来の情報の流れ
ための重要な要素となります。
EYがTCGF(The Consumer Goods Forum)と共
同で、リーディングカンパニーのシニアエグゼクティ
ブに実施したグローバルサーベイ※3では、「オムニ
Ⅳ 企業を超えた連携で価値創造へ
チャネルは利益率に対してプラスの影響を与える」と
回答したのは38%にとどまりました。また、81%が
立命館大学 准教授の琴坂将広氏は、論文「組織の
「自社のサプライチェーンはもはや、新たな販売チャ
意味を再定義するとき−企業は創造性と生産性を両
ネルに適合していない」と回答しています。
立できるか」(DIAMONDハーバード・ビジネス・レ
この背景には、急速にオムニチャネル対応の必要性
ビュー)で、オープン・イノベーションはその一つの
が高まったことで、チャネルごとの情報共有などに関
解となり得るものの、「どこまでを社内で行い、どこ
する取り決めがないまま複数チャネルへの対応のみ進
からを社外で行うか」、ひいては「企業とは何か」と
めてしまうなど、企業内外の連携体制が整っておらず
いう重要な問いを提起していると指摘しています。そ
効率性が低下していることが、理由として挙げられて
して、新たな時代において創造性と生産性を共存させ
※2 「人工知能50年来の革命、ディープラーニングとは?」(東京大学新聞Online)
※3 「Re-engineering the supply chain for the omni-channel of tomorrow」www.ey.com/GL/en/Newsroom/News-
releases/news-ey-growth-in-omni-channel-risks-diluting-consumer-products-and-retail-sector-profit
情報センサー Vol.103 April 2015 33
マーケットトレンド
得る企業は、われわれが現在目にしている「企業」の
ような企業の形が望ましいかをゼロベースで議論し、
一般的な姿とは異なる形態を持つのではないか、とし
事業のゴーイング・コンサーンの意味を捉えなおすと
ています。
いうドラスティックな発想で経営されています。
琴坂氏は、自社が直接関係する利害関係者だけでな
ITの進化、輸送技術・技術標準の進歩、高度な経営
く、価値連鎖全体の構造を意識し、それ全体に対して
手法の普及などにより、経営資源を全世界で効率的か
の戦略、「価値連鎖の戦略を磨きこむ」ことが重要で
つ多様な手法で管理できる素地の整備が注目されるな
はないか、としています。そのためには企業の境界を
ど、経営環境は大きく変化しつつあります。前述した
複層的に捉え、それを自社のビジョンや戦略に最適な
消費者行動の変化に加え、今後、少子高齢化が進むな
形にデザインし直すことが重要ではないか、と指摘し
ど、消費者の構造も変化が予想されます。価値連鎖全
ています。
体の構造を再定義し、その中で自社がいかに差別化さ
そ
じ
伝統的な子会社・関係会社などの範囲とは異なるも
れた価値を創造していくかを突き詰めることが、長期
のの、組織の付加価値創造に非常に大きな役割を果た
的・持続的な成長のために重要性を増しているのでは
している事例として、中国の情報機器メーカーにおい
ないでしょうか。
て1,000万人近い顧客コミュニティーがマーケティン
グの核として機能している事例や、米国の情報家電メー
カーにおける部材メーカーや組立業者との協業の事例
などが紹介されています。これらの企業は、自社が創
造する付加価値を最大化するための手段として、どの
Short column
お問い合わせ先
企画マーケッツ本部
E-mail:[email protected]
破産更生債権等の長短分類
破産更生債権等は、投資その他の資産に計上され
産に属することとしています。これは、破産債権、
ますが、これは一般債権から破産更生債権等への
更生債権、および、これらに準ずる債権であって
振替時には回収時期が不明であるために、流動資
も、1年で回収される売上債権については、流動
産ではなく固定資産として表示することが求めら
資産として表示する必要があることを示していま
れていると考えられます。しかし、その後、更生
す。従って、破産更生債権等においても、長短分
計画等が確定し、更生会社等から1年以内に弁済
類を行う必要があります。
じゅりょう
する通知を受領した場合、当該弁済額を引き続き
ただし「財務諸表等規則ガイドライン」15-12 6
投資その他の資産に計上するか、流動資産に振り
において、1年内の返済予定額が資産の総額の
替えるべきか、検討する必要があります。
100分の1以下である場合には、その全額を投資
この点、企業会計原則注解16では、流動資産で
その他の資産として記載することができるとされ
ある売上債権のうち、破産債権、更生債権、およ
ています。これにより、一般的には流動資産に戻
び、これらに準ずる債権で1年内に回収されない
す処理を行わず、破産更生債権等のまま計上され
ことが明らかなものについては、投資その他の資
ていることが多いと考えられます。
(公認会計士 本村憲二)
34 情報センサー Vol.103 April 2015