放送文化基金『研究報告』 平成15年度助成・援助分(人文社会) TV ドラマに描かれる障害者像の分析 目 代表研究者 斉藤 慎一 東京女子大学 教授 共同研究者 石山 玲子 埼玉学園大学 非常勤講師(平成 18 年 4 月現在) 的 多くの人にとって、日常生活で障害を持った人と身近に接触する機会は必ずしも多くはない。 そのような状況の下では、人々の障害者イメージ形成にマスメディア、とりわけテレビの果たす 役割は非常に大きいと考えられる。では、果たしてテレビで障害者はどのように描かれているの であろうか。テレビにおける障害者の描写は、このメディアの特質上、ステレオタイプ的になり がちであるといわれる。例えば、上谷(1994)によれば、時代劇においては障害者が固定的、差 別的、同情的に描かれることが多く、またドキュメンタリーでは「障害というハンディを負いな がらも、努力し人並み以上の生活を送る」というステレオタイプ的描き方がほとんどであったと いう。この「頑張る障害者」というイメージは、テレビドラマの分析においても報告されている(中 野、1998)。中野によると、このような描写は「障害は努力によって克服され乗り越えられるもの」 というメッセージを形成していくことになるという。本研究では、人々の障害者イメージ形成に 影響をあたえる重要な要因の一つとして、テレビの連続ドラマを取上げ、テレビドラマにはどの 程度障害者が登場するのか、また障害者はどのように描かれているのかを分析する。果たして、 テレビドラマが伝える障害者像は、現実に近いものなのだろうか。また、社会の動向に応じて、 障害者の描写は変化しているのであろうか。本研究では、テレビドラマにおける障害者描写を検 討することで、間接的ながら障害者施策に貢献することを目的とする。 方 法 まず、本研究では 1993 年から 2005 年までの 13 年間に放映された民間放送(地上テレビ)の連 続ドラマを取上げ、障害者がドラマにどの程度登場しているかを調べた。分析対象にしたのは、 夜 8 時から 10 時台に民放で放送された放送回数 4 回以上で 1 回の放送時間が 30 分以上の連続ド ラマである。尚、今回の研究では、ドラマの舞台となっている時代背景が異なるなど、現代ドラ マとは視聴者に対する影響力の点で違いがあると思われるため、時代劇は分析の対象から除いた。 この分析では、テレビ情報誌『TV ガイド』の「新番組紹介号」 (年に4回それぞれのクールが 始まる直前に出る新ドラマ紹介号)に記載されている、各新番組の主要登場人物に関する簡潔な 説明とそれぞれの人物間の関係を図式化した相関図(登場者の写真、年令、名前などを含む)を 元に、この相関図に載っている人物を分析対象とした(なお『ザ・テレビジョン』も補助的に使 用) 。分析は、基本的には相関図に記載されている登場人物の説明を中心に行ったが、必要に応じ て毎回のストーリーの内容なども参考にした。なお、テレビ情報誌に記述されている内容を用い てテレビドラマの登場人物の分析を行うという方法は、Greenberg and Collette (1997)によりす でにその有効性が示されている。 次に、上記の分析から障害者が登場することが明らかになった民放テレビドラマ(ビデオ・DVD 化されているもののみ)を対象に、実際にそれぞれの番組(全話)を視聴しながら詳細な内容分 析を行った。具体的には、トレーニングを受けた 5 名のコーダーが実際に各ドラマを視聴しなが ら、障害者がどのように描かれているのか(例えば、どのような役柄や性格描写なのか、その障 害はいつ頃からか) 、他の登場人物たちとどのような人間関係を持っているのか、などを詳細に分 1 析・記述していった。 結 果 まず、過去 13 年間のプライムタイムに民放で放映された連続ドラマ(前述の基準にて選び出さ れたもの)は合計 759 番組、そのうち障害者が登場する連続テレビドラマは合計 79 番組で、全体 の 10.4%であった。ドラマに登場する障害を持った人の数を見てみると、合計 94 人であった。分 析対象とした相関図 13 年間分に掲載されている全登場人物数は 6139 人であったので、障害を持 つ登場人物が全登場人物に占める割合はわずか 1.5%である。一方、統計資料によると、日本の全 人口の約 5%の人が何らかの障害を抱えている(内閣府、2005) 。従って、現実の世界と比べると、 ドラマの登場人物に障害者が占める割合はかなり少ないと言える。 1992 年以前の『TV ガイド』に掲載されている相関図は、それ以降のものに比べて情報量が少な く今回の分析材料として使用できなかったため数量的な比較検討はしておらず、そのため厳密な 意味では断定できないが、多くの論者も指摘するように 1980 年代以前にはプライムタイムのドラ マに障害者が登場することはほんどんなかった。従って、たとえドラマ全体の 1 割程度とは言え、 1990 年代に入って障害者が登場するテレビドラマが少しずつではあるが目につき始めたといえる が、量的な側面から見る限りまだ必ずしも十分とは言えない。また、1990 年代後半以降、一時期 「障害者ドラマブーム」と呼ばれる時期もあったが、障害者が登場する連続ドラマ数や障害を持 つ登場人物数の変遷を見る限り、今日その流れは一段落したかのように見える。 次に、障害者が登場するドラマのうちビデオ・DVD 化されているものを対象に、実際に番組を 視聴しながら障害の種類や程度、障害者の役柄、性格描写、対人関係(例えば、家族関係・恋愛 関係など)などを詳細に分析していった。まず、ドラマに登場する障害者は、圧倒的に若い年齢 層(10 歳代− 30 歳代前半)の人々が多く、年輩の障害者(特に 60 歳以上)はほとんど登場しな い。しかし、現実には、障害者の大半は年輩者でありドラマと現実の間には大きなずれがある。 障害を持つ登場人物に限らずテレビドラマの登場人物全般の年齢構成が、実際の人口の年齢構成 と比べてかなり若年層に偏っている点はいくつかの研究で指摘されているが、障害者の描写とい う点から見ると、この登場人物の年齢の偏りの問題はいっそう重要な意味を持っている。例えば、 それは年輩の障害者に多いタイプの障害がドラマにはほとんど出てこないことを意味するし、実 社会では多くの年輩の障害者が様々な困難な問題と向き合っているが、ドラマではそうした描写 がほとんど出てこないことにより、視聴者(特に青少年の視聴者)に一面的な障害者像を与えて いる可能性も考えられる。 ドラマに描かれる障害の種類に関して見ると、こちらも年齢同様、現実をあまり反映しておら ず、車椅子とか視覚障害など映像化しやすい障害は描かれやすい一方、内部障害(心臓病を除く) などテレビの「絵」になりにくい障害はほとんど扱われていないことも明らかになった。また、 例えば、現実には聴覚障害者だからといって手話だけをコミュニケーションの手段にしていると は限らず、特に中途失聴者には手話ではなく筆談や要約筆記を用いる人も少なくないが、ドラマ に登場する聴覚障害者の多くは(さらには周りにいる人たちも)当然のように手話を使うとか、 知的障害者や自閉症患者が特殊な才能(絵や音楽の才能など)を持っているといったステレオタ イプ化された描かれ方も目につく。さらに、精神障害が描かれる場合、極端な二重人格や架空の 症状など、明らかに非現実的描写も少なくない。こうしたドラマでの描写は視聴者に誤った障害 者認知を与える恐れがある。 もちろんテレビドラマはフィクションではあるが、視聴者の多くは日常生活で障害を持った人 たちと身近で親しく接触する機会は必ずしも多くなく、障害者イメージ形成にテレビの描写が大 2 きな役割を果たしていると考えられるため、ドラマだから非現実的描写でもかまわない、という ことにはならないだろう。上述のとおりドラマに登場する障害者は決して多いとは言えない。そ れを考えると、Greenberg(1988)の drench 仮説からも予想できるように、そうした少数の特定の 障害者描写が視聴者の障害者イメージに与える影響は想像以上に大きいと思われる。今回は予算 の都合上実施出来なかったが、今後こうしたテレビドラマが視聴者の障害者イメージに与える影 響の研究が急務である。 参考文献 Greenberg, B.S.(1988). Some uncommon television images and the drench hypothesis. In S. Oskamp (Ed.), Applied social psychology annual (Vol.8): Television as a social issue. Newbury Park, CA: Sage. Greenberg, B.S. & Collette, L. (1997). The changing faces on TV: A demographic analysis of network television’s new seasons, 1966-1992. Journal of Broadcasting & Electronic Media, 41, 1-13. 内閣府(2005)『平成17年版 障害者白書』、国立印刷局。 中野恵美子(1997) 「テレビドラマとマイノリティ市民―障害者の問題を中心に」、鈴木みどり 編『メディアリテラシーを学ぶ人のために』、世界思想社。 上谷宣正(1994) 「マスコミは障害者を子どもにどう伝えまた伝えようとしているか―1992年の テレビ分析を通して―」、『北海道教育大学紀要、第45巻、第1号』、pp. 115−128。 連絡先 斉藤慎一([email protected]) 3
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