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プレスリリース
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慶應義塾大学信濃町キャンパス総務課
広報担当 吉岡・三舩
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2015 年 1 月 7 日
報道関係者各位
慶應義塾大学医学部
急性大動脈解離発症後の血管炎症のしくみを解明
–解離の進展と拡大、破裂を予防する新たな治療法に期待–
慶應義塾大学医学部内科学(循環器)研究グループの安西淳助教、佐野元昭准教授は、同病理学教
室(下田将之専任講師、岡田保典教授)との共同研究により、大動脈解離モデルマウス(注1)を用
いて、急性大動脈解離発症後に生じる血管炎症の発症メカニズムを明らかにし、解離の進展と拡大、
破裂(注2)を予防し得る新たな治療法を発見しました。
急性大動脈解離とは、大動脈の内側に亀裂が入り、その裂け目から血液が大動脈の壁を裂いて壁内
に流れ込む病気で、急性心筋梗塞とならんで、すぐに対処が必要な循環器の救急疾患です。特に、上
行大動脈に解離が及ぶ急性 A 型大動脈解離(注3)は極めて予後不良な疾患で、症状の発症から 1
時間あたり 1∼ 2%の致死率があると報告されています。今回、本研究グループは、大動脈解離モデ
ルマウスを用いて、大動脈解離発症後の血管炎症のしくみを経時的に解析することで、大動脈解離発
症後、血管壁の外膜側に浸潤してきた好中球(注4)が産生する IL-6(インターロイキン(Interleukin)-6)
を介して大動脈解離発症後に血管壁の構造をさらに傷害し、解離の進展と拡大、破裂を引き起こして
いることを発見しました。この成果をもとに、好中球表面の CXCR2 受容体(注5)を介するシグナ
ルをブロックして骨髄からの好中球動員を抑制するか、IL-6 のシグナルをブロックすることによって、
大動脈解離発症後の生存率を改善できることを明らかにしました。
今回の研究結果を応用し、大動脈解離発症後急性期に、CRP(C-reactive protein, C 反応性蛋白)(注
6)高値など血管炎症の強い患者に対して、血管の炎症を軽減させ、慢性期の大動脈径の拡大に伴う
破裂を含めた大動脈関連事象を予防する効果が期待され、治療の選択肢が拡がる可能性が考えられま
す。
本研究成果は、2015 年 1 月 6 日(米国東部時間)に米国心臓病学会雑誌 Circulation Research オンラ
イン版に公開されました。
1. 研究の背景
大動脈の壁は内膜、中膜、外膜と三層構造になっています。大動脈解離(aortic dissection)とは「大
動脈壁が中膜のレベルで二層に剥離し、動脈走行に沿ってある長さを持ち二腔になった状態」で、大
動脈壁内に血流もしくは血腫(血流のある型がほとんどであるが、血流のない=血栓化した型もある)
が存在する動的な病態であります。大動脈解離は、解離範囲によって、下図の2つの型に分類されま
す(図1)
。
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急性 A 型大動脈解離は、極めて予後不良な疾患で緊急手術、すなわち、内膜に裂け目のある上行
大動脈置換術が施行されます。一方で、急性 B 型大動脈解離は急性 A 型大動脈解離よりも自然予後
が良いため、内科療法が初期治療として選択されることが一般的です。合併症のない急性 B 型大動脈
解離の場合、内科療法による 30 日間の死亡率あるいは院内死亡率は約 10%と報告されているのに対
して、外科治療の成績も同等であるため、急性期は降圧を中心とした保存的療法で経過をみるのが適
切です。しかし、破裂を含めた合併症の危険性はゼロではなく、注意しながら経過観察する必要があ
ります。
急性大動脈解離の予後予測因子として、急性期の CRP 値が有用であることが報告されています。
急性期の CRP 値が高値である症例は、亜急性期から慢性期にかけて大動脈径の拡大に伴う破裂を含
めた大動脈関連事象を合併するリスクが上昇します。急性期の CRP 値は、解離を起こした血管の炎
症の程度を反映していると考えられ、この観察研究の結果は、解離を起こした血管の炎症の仕組みに
介入することによって破裂を含めた致命的な大動脈関連事象の発症を抑制することが可能であるこ
とを示唆しています。
2. 研究の概要と成果
今回、本研究グループは、大動脈解離モデルマウスを用いて、大動脈解離発症後の血管炎症のしく
みを経時的に解析しました。
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解離後の脆弱化した血管壁の伸展によって、外膜側の細胞において好中球走化性因子
CXCL-1/G-CSF の発現が亢進します。CXCL-1/G-CSF は血液中を流れて骨髄に到着すると、骨髄から
末梢血液中への好中球の動員を促します。好中球は、解離した血管の外膜側に浸潤し、局所で IL-6
を産生して血管壁の外から内に向かって血管の炎症を引き起こします。
CXCR2 は CXCL1 の受容体で、好中球に発現し、その炎症性の動員において中心的な役割を担うこ
とが知られています。我々は、中和抗体を用いて、CXCR2 受容体シグナルを遮断することによって、
大動脈解離発症後の解離の進展と拡大、破裂を抑制して、生存率を改善できることを大動脈解離マウ
スモデルにおいて証明しました。同様に、全身の IL-6 欠損マウスでも、動脈解離発症後の解離の進展
と拡大、破裂を抑制して、生存率を改善できることを確認しました。
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患者さんにおいても、
大動脈解離後には、外膜側への好中球浸潤や血液中 CXCL8(マウスの CXCL1
に相当)、G-CSF、IL-6 濃度の上昇が観察されます。以上の結果から、大動脈解離後の血管炎症の仕組
みは、我々の大動脈解離モデルマウスと急性大動脈解離の患者さんで共通している可能性が示唆され
ました。
研究の意義・今後の展開
本研究グループは、大動脈解離モデルマウスを用いて、大動脈解離発症後の血管炎症のしくみを経
時的に解析しました。その結果、大動脈解離発症後、血管壁の外膜側に浸潤してきた好中球が IL-6
の産生を介して、血管壁の構造をさらに傷害し、解離の進展と拡大、破裂を引き起こしていることを
発見しました(図 7)
。好中球表面の CXCR2 受容体を介するシグナルをブロックして骨髄からの好中
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球動員を抑制するか、IL-6 のシグナルをブロックすることによって、大動脈解離発症後の解離の進展
と拡大、破裂を抑制して、生存率を改善できることを明らかにしました。
今回の研究結果を応用し、大動脈解離発症後急性期に、CRP(C-reactive protein, C 反応性蛋白)高値な
ど血管炎症の強い患者さんに対して、CXCR2 受容体、IL-6 のシグナルをブロックすることによって
血管の炎症を軽減させ、慢性期の大動脈径の拡大に伴う破裂を含めた大動脈関連事象を予防する効果
が期待され、治療の選択肢が拡がる可能性が考えられます。
特記事項
本研究は、独立行政法人科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)
「炎症の慢性機構の解明と制御」の研究題目「炎症の制御に基づく心不全の予防と治療」における研
究の一環として行われました。
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5 論文名
タイトル(和訳)
:“Adventitial CXCL1/G-CSF Expression in Response to Acute Aortic Dissection Triggers
Local Neutrophil Recruitment and Activation Leading to Aortic Rupture”
(急性大動脈解離に反応して発現した CXCL1/G-CSF は、解離した血管の外膜側に
好中球を呼び込んで炎症を引き起こし、大動脈破裂へと導く)
著者名:安西淳、下田将之、遠藤仁、岡田保典、福田恵一、佐野元昭 他)
掲載誌:Circulation Research(サーキュレーション リサーチ)オンライン版で 2015 年 1 月 6 日(米
国東部時間)に公開
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【用語解説】
(注1)大動脈解離モデルマウス
岡田保典教授らの研究グループは、2012 年に、血管壁を脆弱化させたマウスにアンジオテンシンⅡ
を投与すると 24 時間以内に 100%の確率で大動脈解離を発症させることができることを報告しまし
た。
(注2)解離の進展と拡大、破裂
解離の進展:解離が動脈の主に長軸方向に拡がること
解離(偽腔)の拡大:偽腔が主に短軸方向に拡がること
破裂:解離した動脈が破裂すること
(注3) 急性 A 型大動脈解離(解離の範囲からみた大動脈解離の分類)
大動脈解離は、解離が上行大動脈に及んでいるか否かで A 型と B 型に分類されています。上行大動
脈に解離が及ぶ急性 A 型大動脈解離は極めて予後不良な疾患で、
症状の発症から 1 時間あたり 1∼ 2%
の致死率があると報告されています。破裂、心タンポナーデ、循環不全、脳梗塞、腸管虚血等が主
な死因です。急性 B 型急性大動脈解離は急性 A 型大動脈解離よりも自然予後が良いため、内科療法
が初期治療として選択されることが一般的です。合併症のない急性 B 型大動脈解離の場合、内科療
法による 30 日間の死亡率あるいは院内死亡率は約 10%と報告されています。
(注4)好中球
白血球の一種で、感染から体を防御したり、傷を治したりするのを助けます。また、さまざまな病
気に反応して増加することがあります。大動脈解離後、解離した大血管の外膜における炎症の場で
中心的役割を果たしているのは、好中球であることを発見しました。
(注5)CXCR2 受容体
CXCL1 の受容体。CXCR2 は好中球に発現しその炎症性の動員において中心的な役割を担うことが知ら
れています。
(注6) CRP(C-reactive protein, C 反応性蛋白)
体内に炎症が起きたり、組織の一部が壊れたりした場合、血液中に蛋白質の一種である C-リアクデ
ィブ・プロテイン=CRP が現われます。この CRP は、正常な血液のなかにはごく微量にしか見られな
いため、炎症の有無を診断するのにこの検査が行われます。
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慶應義塾大学医学部内科学(循環器)
慶應義塾大学信濃町キャンパス総務課:吉岡、三舩
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