不等式の力 (実用数学検定講座) 飯高 茂 2013/August/21 平成 26 年 2 月 1 日 相加平均 と相乗平均の不等式を学習しその一般化を考える. 相乗平均 1 A と B で補償金を巡って交渉が行われるとき, 妥結額は相乗平均になることが多い. 宇井純 公 害原論 相加平均 と相乗平均は英語では 算術平均 (AM), 幾何平均 (GM) という. 算術は加法で幾何は乗 法を意味するのも変なものであるが 算術数列, 幾何数列 は日本では 等差数列, 等比数列といって より正確な言い方になっている. 1.1 3 次の場合の相加平均 と相乗平均 3 次の場合の相加平均 と相乗平均の不等式は a, b, c > 0 について √ a+b+c 3 ≥ abc. 3 a, b, c を A3 , B 3 , C 3 で置き換えれば A3 + B 3 + C 3 ≥ ABC. 3 これは因数分解式 A3 + B 3 + C 3 − 3ABC = (A + B + C)(A2 + B 2 + C 2 − BC − CA − AB) ≥ 0 ですぐ証明できる. 1.2 4 次の場合の相加平均 と相乗平均 2 次の場合の相加平均 と相乗平均の不等式を2度使うと 4 次の場合の相加平均 と相乗平均の不 等式 √ a+b+c+d 4 ≥ abcd. 4 1 これを利用すると,3 次の場合が出る. √ 3 実際 , d = abc について 4 次の場合を利用する. d3 = abc により √ √ a+b+c+d 4 4 ≥ abcd = d4 = d. 4 a + b + c + d ≥ 4d から a + b + c ≥ 3d. 4 次の場合はやさしいとは言っても A4 + B 4 + C 4 + D4 ≥ 4ABCD を証明せよ. と急に言われればとまどう人も多いだろう. 2,3 次の場合と異なり A4 + B 4 + C 4 + D4 − 4ABCD は因数分解できない. 1.3 一般の場合の相加平均 と相乗平均 n 次の場合の相加平均 と相乗平均の不等式 を I(n) と書く. 正の数 a1 , a2 , · · · , an について I(n) は √ a1 + a2 + · · · + an ≥ n a1 a2 · · · an . n 前の方法を使うと, 2次の場合を繰り返し使って、まず 2n 次の場合に相加平均 と相乗平均の不 等式を示し 一般の m 次の場合は m < 2n となる n を探して 2n の場合 を巧みに使えば良い. 私が学んだ千葉の高校では、すごくずるい方法があるというフレーズで紹介されたので価値がな い証明かと思ったのだが, この方法はフランス革命期の大数学者コーシーによるものであって, 西 欧世界では very beautiful proof と言われたりする. 初めて知るとあっと叫びたくなるような優れものである。(しかし, この方法を今の学生たちはた いてい知らない) 1.4 コーシーの方法の改良 少し改良してみた。 I(2) は当然なので, • I(n) から I(2n) が導かれ, • I(n), n > 2 から I(n − 1) が導かれる ことを示せばよい. 1. I(n) =⇒ I(2n) を示す. An = n ∑ ai , Pn = Πni=1 ai , Bn = i=1 とおくと An /n ≥ (Pn ) 1/n n ∑ bi , Qn = Πni=1 bi i=1 , Bn /n ≥ (Qn ) 1/n により √ An /n + Bn /n ≥ (Pn )1/n + (Qn )1/n ≥ 2 (Pn )1/n (Qn )1/n = 2(Pn Qn )1/2n . 2 図 1: 大数学者コーシー 1789–1857 これより, I(2n). I(n) を仮定するので k = (Pn−1 )1/n−1 とおいて a1 , a2 , · · · , an−1 , k に I(n) を使うと An−1 + k ≥ n(k n−1 k)1/n = nk. これより, An−1 ≥ (n − 1)k. したがって I(n − 1). この証明はたとえてみれば, ヘリコプターに乗って高山に登るようなものである. 2n の階にはヘリポートがある。そこで、目的の山の高さが N ならそれより高い 2n のところま でヘリポートで行きそこから降りて行けばよい. これは帰納法の威力を示してすばらしい. 2 いろいろな証明 一般の場合の相加平均 と相乗平均の不等式は相乗平均に出て来る n 乗根が難しい印象を与える ので敬遠されるのであろう. そこで、各項を別の変数の n 乗で置き換えれば I(n) は次の形になる. 3 正の数に対して A1 n + A2 n + · · · + An n ≥ nA1 A2 · · · An . この形で証明するのに, 一般的な公式を使うだけでは難しい. 2.1 積 1 の場合 I(n) を示すにあたって, a1 a2 · · · an = 1 を仮定してよい. この場合は a1 + a2 + · · · + an ≥ n を示せばよい. これはすごく易しく見える. I(n − 1) から I(n) を導けばよい. b = a1 an とおけば 1 = a1 a2 · · · an = ba2 · · · an−1 なので ba2 · · · an−1 = 1 によって I(n − 1) を用いると b + a2 + · · · + an−1 ≥ n − 1. これから a1 + a2 + · · · + an − (b + a2 + · · · + an−1 ) ≤ a1 + a2 + · · · + an − n + 1. a1 + a2 + · · · + an − (b + a2 + · · · + an−1 ) = a1 + an − b = (1 − a1 )(an − 1) + 1. と変形し, a1 a2 · · · an = 1 なので a1 ≥ a2 ≥ · · · ≥ an となるように並べ替えておくと a1 ≥ 1 ≥ an が成り立ち, (1 − a1 )(an − 1) ≥ 0. a1 + a2 + · · · + an − (b + a2 + · · · + an−1 ) ≥ 1. a1 + a2 + · · · + an ≥ (b + a2 + · · · + an−1 ) + 1 ≥ n − 1 + 1 = n. (1 − a1 )(an − 1) の符号を使うところが面白いがやや不自然な感じである. 2.2 Newman による証明 もっと自然に帰納法を使うこともできる。 a1 a2 · · · an = 1 は仮定するのだが a1 · a2 · · · · · an−1 = I(n − 1) により 1 an に注目する 1 √ a1 + a2 + · · · + an−1 + an ≥ (n − 1) n−1 a1 · a2 · · · · · an−1 + an = (n − 1)( )1/(n−1) + an . an そこで (n − 1)( a1n )1/(n−1) + an ≥ n が示されれば a1 + a2 + · · · + an−1 + an ≥ n. α = an とおけば 1 (n − 1)( )1/(n−1) + α ≥ n α 示せば良い. a1 a2 · · · an = 1 なので an ≤ 1 と仮定できる. さて, x = (α)1/(n−1) とおく. すると, 関数 g(x) = (n − 1)( x1 ) + xn−1 − n が正であることを示せばよい. 4 g(x)′ = −(n − 1) 1 1 + (n − 1)xn−2 = (n − 1)xn−2 (1 − n ) > 0 x2 x により g(x) ≥ g(1) = 0. 微分法を使うところが大袈裟であるが意外なことにベルヌーイの不等式を使えば簡単にできる. 2.3 ベルヌーイの不等式 x > 0, n ≥ 2 のとき (1 + x)n > 1 + nx がいわゆるベルヌーイの不等式で、高校でも数学的帰納法の例題としてよく使われる。 2項定理を知れば (1 + x)n = 1 + nx + n C2 + x2 + · · · なので第3項以下を切れば不等式は示さ れる。 ベルヌーイは数学者を多く輩出したことで有名な一族だが, ベルヌーイの不等式の名前に残った ベルヌーイが誰かはよくわからなかった. 図 2: ヤコブ・ベルヌーイ 1654–1705 5 図 3: ヨハン・ベルヌーイ 1667– 1748 実はこれではダメで, 1 + x ≥ 0 とし正の実数 A について A(A − 1) ≥ 0 なら (1 + x)A ≥ 1 + Ax. それ以外なら (1 + x)A ≤ 1 + Ax. このように一般化されたベルヌーイの不等式を使う。 指数が実数であるので数学的帰納法は全く使えない。 f (x) = (1 + x)A − (1 + Ax) とおき微分すると f ′ (x) = A(1 + x)A−1 − A, f ′′ (x) = A(A − 1)(1 + x)A−2 . A(A − 1) ≥ 0 なら f ′′ (x) ≥ 0. かつ f ′ (x) = 0 の根は 0. よって f (x) の最小値は f (0) = 0. し たがって f (x) ≥ f (0) = 0. A(A − 1) ≤ 0 なら逆向き. 6 2.4 応用 1 A = − n−1 , x = −1 + α として (1 + x)A = α− n−1 ≤ 1 + Ax = 1 + 1 1 (1 − α). n−1 よって (n − 1)α− n−1 ≤ n − 1 + (1 − α) = n − α. 1 整理して (n − 1)α− n−1 + α ≤ n. 1 A > 2 ならば (1 + x)A ≤ 1 + Ax + A(A − 1)x2 /2 成り立つ. 2.5 加重平均 n = 3, a1 = a2 = a, a3 = b のとき √ 2a + b 3 ≥ a2 b 3 これを一般にすると n, m > 0 に対して na + mb ≥ n+m √ an bm n+m となる. これが加重平均の場合の相加平均 と相乗平均の不等式である. 一般的な定式化は次のようにする. 正数 λ1 , λ2 , · · · , λn > 0 が λ1 +λ2 +· · ·+λn = 1 をみたすとする. 正数 a1 , a2 , · · · , an > 0, n > 0 に関して λ1 a1 + λ2 a2 + · · · λn an ≥ aλ1 1 aλ2 2 · · · aλnn . これが加重平均で考えた相加平均 と相乗平均の不等式である. n = 2 の場合の式は次の形がよく引用される. 正の数 a, b, c, d, α, β が α + β = 1 を満たすとき aα + bβ ≥ aα bβ . この証明をしよう. a の関数 f (a) = aα bβ − (aα + bβ) が負になることを微分法で示す. ただし b ≤ a とする. f ′ (a) = αaα−1 bβ − α = αa−β bβ − α = α((b/a)β − 1) ≤ 0. 7 a0 をその零点とすると (b/a0 )β = 1. f ′ (a) ≤ 0 によれば f (a) ≤ f (a0 ). 一方 f (a0 ) = a0 α bβ − (a0 α + bβ) = (bα bβ − (bα + bβ) = 0. よって f (a) ≤ f (a0 ) = 0. ヘルダーの不等式 2.6 先の不等式を p = 1 α, q = 1 β,p > 1, q > 1 とおくと p > 1, q > 1 のとき xy ≤ 1 p + 1 q = 1. x = a1/p , y = a1/q とおけば xp yq + . p q これは解析学で重要なヘルダーの不等式の証明に使える大切な不等式である. ベクトル a = (a1 , a2 , · · · , an ), b = (b1 , b2 , · · · , bn ) に対して ap = (ap1 , ap2 , · · · , apn ), bp = (bp1 , bp2 , · · · , bpn ) とおく. c |a|c = (|a1 | + |a2 | + · · · + |an |) とおく以後, ベクトルの成分は皆 非負とする. 1 p + 1 q = 1, p > 1, q > 1 ならば |ap |1/p |bq |1/q ≥ n ∑ ai bi (1) j=1 をヘルダーの不等式という. 以下これを証明する. ai bi x = p 1/p , y = q 1/q とおき |a | |b | xp yq + ≥ xy p q に代入する. xp 1 (ai )p = , p p |ap | yq 1 (bi )q = , q q |bq | これの和をとると, n ∑ 1 (ai )p i=1 p |ap | 同様に + 1 |ap | 1 p = . p |a | p n ∑ 1 (bi )q i=1 1 p = 1 q q |bq | = 1 . q = 1 だったので (2) の左辺 = 1. 次に (2) の右辺の計算: 1≥ n ∑ i=1 xy = n ∑ i=1 ∑n ai bi i=1 ai bi = p 1/p . |ap |1/p |bq |1/q |a | |bq |1/q 8 (2) 一般化 2.7 (2) の一般化をすると 1 p1 1 p2 + + ··· + = 1 に対して 正の数 x1 , x2 , · · · , xn に関して 1 pn x1 x2 · · · xn ≤ x1 p1 x2 p2 xn pn + + ··· + p1 p2 pn このような一般形にすると帰納法の証明ができるのが不思議なところである. 数学では一般化す ると, 帰納法の証明がうまくできることがある. n − 1 の場合を仮定する. y = xn−1 xn とおけば 1 p1 + 1 p2 + ··· + 1 pn−2 + 1 q = 1 に対して x1 x2 · · · xn−2 y ≤ 1 q = 1 pn−1 + 1 pn x1 p1 x2 p2 xn−2 pn−2 yq + + ··· + + p1 p2 pn−2 q なので xq xq yq xn−1 pn−1 xpn = n−2 n ≤ + n . q q pn−1 pn 3 チャレンジ問題: 簡単な場合 n 正の数 a, b と実数 n について F (n) = ( a +bn 1/n ) 2 とおくと これは単調増加関数である. とくに F (3) ≥ F (2) ≥ F (1) ≥ lim F (n) = n→0 √ ab ≥ F (−1). 単調性の証明. 正攻法にしたがい微分する. log F (n) = n n 1 log(a +b ) n 2 を微分すると F (n)′ 1 log aan + log bbn 1 an + bn = − log( ) F (n) n an + bn n2 2 1 log aan + log bbn an + bn (n − log( )) n2 an + bn 2 an + bn an + bn n n n n n n = ((log a a + log b b ) − (a + b ) log( )) n2 2 A = an , B = bn とおいて式の括弧内を整理すると = (log an an + log bn bn ) − (an + bn ) log( an + bn A+B ) = (A log A + B log B) − (A + B) log( ) 2 2 h(x) = x log x とおけば右辺は h(A) + h(B) − 2h( A+B 2 ). h′ (x) = log x + 1, h′′ (x) = よって 1 x > 0 なので h(x) は凸関数である. A+B h(A) + h(B) ≥ h( ). 2 2 これから F (n)′ ≥ 0. F (n) は単調増加. 9 チャレンジ問題 4 n 乗加重平均の単調性の定理 正数 λ1 , λ2 , · · · , λr > 0 が λ1 + λ2 + · · · + λr = 1 をみたすとする. 正数 a1 , a2 , · · · , ar > 0, n > 0 に関して n1 r ∑ F (n) = λj aj n j=1 とおく. ⟨1⟩ limn→0 F (n) = ∏r j=1 (aj ) λj を示せ ⟨2⟩ F (n) は単調増加関数であることを示せ 4.1 証明 µ(n) = ∑r log F (n) n j=1 λj aj とおくと F (n) 1 = n log µ(n) になるので 1 = (µ(n)) n になり n の関数と考えてこの対数微分を考える. F ′ (n) 1 1 µ(n)′ = − 2 log µ(n) + . F (n) n n µ(n) F ′ (n) ≥ 0 を示すためには nµ(n)′ ≥ log(µ(n))µ(n) を示せばよい. ∑r ∑r µ(n)′ = j=1 λj log(aj )aj n になるので αj = aj n とおけば µ(n) = j=1 λj αj かつ nµ(n)′ = r ∑ λj log(αj )αj . j=1 g(x) = log(x)x とおけば式 (3) の左辺は g(x) の 2 階微分は 5 1 x ∑r j=1 λj g(αj ) となり (3) の右辺は g(µ(n)). > 0 なので次の凸関数の定理を用いる. チャレンジ問題 2 凸関数の定理 2 階微分可能な関数 g(x) が g ′′ (x) > 0 を満たすとする. 正数 λ1 , λ2 , · · · , λr が λ1 + λ2 + · · · + λr = 1 をみたすとする. 正数 x1 , x2 , · · · , xr > 0 (x1 ≤ x2 ≤ · · · ≤ xr を仮定する) に関して g( r ∑ λj xj ) ≤ j=1 r ∑ j=1 が成り立つ事を r についての帰納法で示せ. 10 λj g(xj ) (3) 5.1 帰納法による証明 xr の関数とみて f (xr ) を r r ∑ ∑ λj xj ) − λj g(xj ) f (xr ) = g( j=1 j=1 で定義する. r = 1 なら明らかなので r − 1 の場合を仮定して r の場合 f (xr ) ≤ 0 を示す. xr−1 ≤ xr なので xr = xr−1 の場合を考える. f (xr−1 ) は丁度 λ1 , λ2 , · · · , λr−2 , λr−1 + λr の場 合なので仮定により f (xr−1 ) ≤ 0 は正しい. r ∑ f ′ (xr ) = g ′ ( λj xj )λr − λr g ′ (xr ) j=1 が成り立つが λ1 + λ2 + · · · + λr = 1 によれば f ′ (xr ) = g ′ ( r ∑ λj xj ) − g ′ ( j=1 r ∑ λj xr ))λr j=1 の右辺は非正になることを示せばよい. ところで r ∑ r r ∑ ∑ λj xj − ( λj xr )) = λj (xj − xr ) ≤ 0. j=1 j=1 ′ j=1 ′ なので g (x) は単調増大関数だから f (xr ) ≤ 0. よって f (xr ) も単調減少関数なので f (xr−1 ) ≥ f (xr ). f (xr−1 ) ≤ 0 は仮定より正しかったので f (xr ) ≤ 0. 5.2 極限値 limn→0 F (n) = ∏r j=1 (aj ) λj をロピタルの定理で求める. log(x) は連続関数なので極限が中に入り limn→0 log F (n) = log limn→0 F (n). log F (n) = n1 log µ(n) になるので log µ(n) limn→0 (log µ(n))′ ′ = = µ(n) (0). n→0 n 1 lim log F (n) = lim n→0 ところで µ(n)′ (0) = r ∑ λj log(aj ) = log j=1 r ∏ (aj )λj j=1 により lim F (n) = n→0 r ∏ (aj )λj . j=1 注意 さて, λj = 1 r のとき ∑r F (1) = j=1 r aj ≥ lim F (n) = n→0 11 r r ∏ j=1 aj がえられ, √ これが相加平均と相乗平均の不等式になっている. ∑r F (2) = する. j=1 r a2j は二乗平均であり F (2) ≥ F (1) は二乗平均は相加平均より大きいことを意味 問題 F (3) ≥ F (2) を不等式の計算で示せ. 12
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