適応指導教室通級生の語りと構成的グループエンカウンターについての検討

適応指導教室通級生の語りと構成的グループエンカウンターについての検討
―個別支援と集団支援に着目して―
心理教育実践専修 2510005
江村 慎平
Ⅰ.問題と目的
不登校生徒への支援のために、適応指導教室が設けられている。適応指導教室へ通級す
ることで原籍校への出席となることもあり、不登校生徒の支援の中心的な場になっている
と言える(朝重・小椋,2001)
。
文部科学省初等中等教育局(2003)によると、適応指導教室の最終目的として、原籍校
への復帰が挙げられている。しかし、子どもの自我機能が高まり、自己選択した結果での
登校でなければ意味がなく(服部,1998)、そのために、個々の通級生徒と関係性を作り、
じっくり話をきき、各段階に適切な支援が必要である(河村,2002)
。適応指導教室では、
同様の悩みをかかえた通級生がいることから、集団での支援も行うことが出来る。自他発
見を目的とした構成的グループエンカウンター(Structured Group Encounter:以下 SGE
と表記)が効果的であると考えられる。
本研究では、適応指導教室における個別支援と集団支援の効果について検討した。研究
1 では、A 適応指導教室(以下 A 教室)の通級生の充実感と、通級生の語りの関連から、
適応指導教室における個別支援の効果について検討した。研究 2 では、A 教室通級生の充
実感、自尊感情、自己開示抵抗感と、SGE との関連を検討した。
Ⅱ.研究 1
目的:適応指導教室通級生の充実感と語りおよび部分登校との関連の検討
実施時期:2013 年 7 月~11 月
調査協力者:A 教室通級生 7 名(小 6~中 3)
手続き:質問紙調査実施後、半構造化面接を行った。
質問紙構成
1.適応指導教室充実感尺度(中村・田上,2008)17 項目 5 件法。
2.適応指導教室からの部分登校充実感尺度(中村・田上,2008)6 項目 5 件法。
結果
1.適応指導教室充実感と適応指導教室からの部分登校充実感の比較
適応指導教室充実感は 3.77 点で、適応指導教室からの部分登校充実感は 3.21 点であっ
た。t 検定の結果有意差が見られた(t =2.88, df =12, p <.05*)。通級生全体の特徴として、
適応指導教室からの部分登校充実感よりも適応指導教室への充実感を感じていることが示
された。
2.適応指導教室からの部分登校充実感
適応指導教室からの部分登校充実感を構成する 2 つの下位尺度得点を比較した。下
位尺度の「学校の勉強」得点平均は 3.43 点、
「教師との関係」得点平均は 3.00 点であ
った。t 検定の結果、下位尺度の得点平均値の差に有意傾向が見られた(t =1.80, df =12,
p <.10)。A 教室通級生が、部分登校をする際、教師との関係よりも学校の勉強に充実感を
得ている可能性が示唆された。
3.充実感の背景にある語りの検討
通級前の自己のことは、ほとんどの生徒が「学校に行けないこと」で否定的にとらえて
いた。A 教室への通級にも当初は戸惑いがあったが、同じような境遇の仲間がいることが
励みになり、徐々に通級が定着していったと述べられていた。また、A 教室に通級するこ
とで生活の基礎が安定し、学校に登校できるようになった通級生もいた。現在は A 教室で
の活動の幅が広がっていることから、充実感を感じていると言えよう。ほとんどの通級生
が、学校と何らかのかかわりを持っており、部分登校をしていた。
4.部分登校が良好な通級生の語りの検討
調査途中で学校に完全復帰できた通級生がいた。学校に行っている時と A 教室に来てい
る時の様子について尋ねたところ、
「学校に行くのに慣れて、当たり前みたいな感じ。A 教
室に来る時と学校に行っている時で気持ちの変化はあまりない。
」ということを語ってくれ
た。部分登校をしているその他の生徒は、
「A 教室はリラックスできるが、学校は辛い」と
語っている。適応指導教室と学校において、通級生の気持ちに差がなくなることは、部分
登校の維持・促進に効果があると考えられた。
そのため、定期的に部分登校が行えている通級生 2 名に、A 教室通級時と学校登校時の
違いについて、気持ちと実際の行動それぞれの側面について語ってもらった。語りを重ね
るごとに、学校についての発言、具体的な行動についての発言が増えていった。部分登校
を意識的にとらえることができるようになったと考えられる。
考察
中村ら(2008)の先行研究同様、A 教室の通級生も、仲間との関係についての充実感が
高く、勉強についての充実感が低いということが示唆された。それぞれの語りから、通級
前は適応的でない状態にあったことが伺える。A 教室への通級も最初は戸惑いがあったよ
うであるが、同じ境遇の仲間がいるという安心感から、徐々に定期的に通級できるように
なり、充実感を得ていることがわかる。
部分登校することで感じている充実感よりも、A 教室で過ごすことで感じる充実感の方
が高いことが示された。また、部分登校をしている際には、教師との関係よりも、学校の
勉強について充実感を感じていることが示唆された。居場所としての機能を確保しつつ、
必要に応じて学習の機会を増やしていくという、段階的な支援が適応指導教室には期待さ
れる。
また、
部分登校が軌道に乗っている数名は、
「学校に行くことは自分が決めたことだから、
しっかり守りたい」といったように、発言が登校に前向きな内容に変化していった。話題
の内容としても、学校についての発言が多くなっていった。実際の登校行動においては、
不定期の登校だったのが定期的な曜日に登校できるようになる、保健室登校だったのが一
部の授業には参加できるようになるなど、より適応的な変化が見受けられた。本研究の途
中から、学校に完全に復帰できた協力者もいる。その協力者も、学校が休みで A 教室が開
室している日には通級している。
以上のことから、定期的な通級の場としての役割、部分登校支援の役割、完全復帰生徒
へのバックアップなど、どの適応段階にいる通級生にも、A 教室の支援の範囲が広がって
いるということが、研究 1 で明らかになった。
Ⅲ.研究 2
目的:適応指導教室通級生の充実感と構成的グループエンカウンターおよび部分登校との
関連の検討
実施時期:2013 年 12 月
調査協力者:A 教室通級生 6 名(小 6~中 3)
手続き:構成的グループエンカウンターの全 5 回のプログラムを実施後、その感想を語っ
てもらい、質問紙調査を行った。
質問紙構成
1.適応指導教室充実感尺度(中村・田上,2008)17 項目 5 件法。
2.適応指導教室からの部分登校充実感尺度(中村・田上,2008)6 項目 5 件法。
3.Rosenberg 自尊感情尺度邦訳版(桜井,2000) 10 項目 4 件法。
4.自己開示抵抗感尺度(三上・山口,2008)36 項目 4 件法。
結果
1.適応指導教室充実感の介入前と介入後における変化
部分登校の見られる 4 名において、介入前後での得点の変化について検討を行った。4
名の介入前の得点平均は 4.06 点、介入後は 4.40 点であった。t 検定の結果、介入前後に
おいて有意な差が見られた(t =3.04, df =3, p <.05)
。下位尺度においては、
「相談員との
関係」の介入前の得点平均は 4.17 点、介入後は 4.54 点であり、得点の差に有意傾向が見
られた(t =2.03, df =3, p<.10†)
。
「仲間との関係」の介入前の得点平均は 4.44 点、介入
後は 4.69 点であり、得点の差は有意であった(t =2.45, df =3, p<.05*)。
「勉強」の介入
前の得点平均は 3.44 点、介入後は 3.81 点であり、得点の差に有意傾向が見られた(t =1.73,
df =3, p<.10†)。
「活動」の介入前の得点平均は 4.17 点、介入後は 4.50 点であり、得点の
差に有意傾向が見られた(t =1.73, df =3, p<.10†)。
2.適応指導教室からの部分登校充実感の介入前と介入後における変化
介入前の適応指導教室からの部分登校充実感は 3.10 点であったが、介入後は 2.63
点であった。t 検定の結果、得点間の差に有意傾向が見られた(t =1.69, df =4, p <.10)。
介入によって、適応指導教室からの部分登校充実感が低下した可能性が示唆された。
下位尺度間での比較を行った。その結果、
「学校の勉強」において、得点間の差に有意傾
向が見られた(t =1.87, df =4, p <.10)介入によって、適応指導教室からの部分登校充
実感の下位尺度「学校の勉強」が低下した可能性が示唆された。
3.自尊感情と自己開示抵抗感の介入前と介入後における変化
協力者全 5 名において、自尊感情得点 2.36 点から 2.28 点に低下していたが、は介
入前後の得点間に有意差は見られなかった(t =0.51, df =4, n.s.)。自己開示抵抗感は協
力者全 5 名において、2.85 点から 3.05 点に上昇しており、介入前後の得点の差に意
傾向が見られた(t =1.87, df =4, p<.10)部分登校の見られる 4 名においては、介入前
後の得点間に有意差は見られなかった(t =0.51, df =3, n.s.)。介入によって自己開示へ
の抵抗感が高まった可能性が示唆された。
4.構成的グループエンカウンターの様子
各通級生毎に、構成的グループエンカウンターの理解度に差があった。個人について見
つめる段階、枠があれば相手にコメントを言える段階、自然な状態で相手にコメントを言
える段階があることが示唆された。各通級生に適した支援が望まれる。
考察
部分登校が行えている 4 名にとっては、SGE のプログラムが適応指導教室における充実
感を高める促進剤として働いた可能性が示唆された。特に仲間との関係において、充実感
が高まっていた。
部分登校の見られていない協力者 1 名においては、介入によって充実感が下がる結果と
なった。全体における部分登校充実感も介入後は低下している。中でも学校の勉強につい
ての充実感が低下傾向にあった。また、自尊感情に変化は見られなかったが、自己開示抵
抗感は上昇している。これらは、SGE によって自分を具体的に見つめ直したことで、新た
な目標ができ、今の自分を変えようと思っていることが関連しているであろう。A 教室で
の活動の幅が広がったり、
部分登校において保健室登校から授業参加に挑戦し始めるなど、
新たな目標を抱いて活動していることが伺える。
ほとんどの協力者が「自分を見つめ直すいいきっかけになった」と語っているが、普段
の生活においてそこで得たものをどう生かすかという点においては、まだ把握できていな
いようであった。SGE はあくまできっかけづくりであり、その後もまた個々の通級生に合
った支援が必要であることが示唆された。
Ⅳ.事例的考察
個々の通級状況、部分登校の状況によって、必要な支援が異なることが言える。それぞ
れの生徒の背景にある情緒的、発達的問題も視野に入れた上で、生徒に適したアセスメ
ントをしていく必要性がある。
引用文献
服部
智
1998
情緒障害学級経営上の諸問題について
吉田昭久・石井健雄・石井弘
容・服部智・福田隆行・吉田信二 学校不適応への対処の方略 第 33 回日本臨床心理
学会総会の記録 臨床心理学研究,35(4)85‐93.
河村茂雄 2002 ワークシートによる教室復帰エクササイズ 図書文化
三上聡美・山口裕幸
2008
親密度の異なる友人に対する自己開示抵抗感に関する検討
九州大学心理学研究 9, 75‐81.
文部科学省初等中等教育局
2003 不登校への対応の在り方について(別添 1)教育支援
センター(適応指導教室)整備指針(試案)
中村恵子・田上不二夫
2008 適応指導教室充実感尺度・適応指導教室からの部 分登校
充実感尺度の妥当性と信頼性の検討 カウンセリング研究,41(2),119‐128.
桜井茂雄
2000
ローゼンバーグ自尊感情尺度日本語版の検討
筑波大学発達臨床心理
学研究 12, 65‐71.
朝重香織・小椋たみ子 2001 不登校生の心理について-普通学校中学生との比較から-
神戸大学発達科学部研究紀要,8(2),293‐304.