アナリーゼを演奏に活かすために

アナリーゼを演奏に活かすために
西尾 洋
■期待、想像、そして音
■アナリーゼは「変化」を探す作業
いま、誰もいない放課後の音楽室に立ち入ったところを想像し
「見える化」された楽譜を「聴こえる化」するのが演奏にあた
てみてください。薄日が差しています。午後 3 時半くらい。ピアノ
ります。それは、作曲家が感じたさまざまなものを、演奏者も聴
が置いてあります。年代もののピアノ。耳にしたことのない、古
衆も一緒に体験できる、不思議で感動的な時間です。
したがって、曲を演奏するときには、楽譜を手にしていろいろ
い外国製のようです。鍵はかかっていません。先生がいる気配
もありません。
なことを考えなければならないのですが、小説や演劇の台本な
どんな音がするでしょうか。
どと違い、楽譜には言葉がほとんど使われていません。そこに
ピアノ、弾いてみたいですよね。
あるのは、いろいろな高さや長さの音。
ここで、
「あなたはなぜピアノを弾くのか」
「しかも何のために」
それらの音同士の関係に、何か法則はないだろうか。曲全体
とか、
「このように弾かなければならない」
「間違えてはいけない」
を貫いてずっと変わらないものは何だろうか。つねに変化し続け
ということは考えないし、考えてもあまり意味はなさそうです。
るものは何だろうか。場面転換や特別な出来事はないだろうか。
「ピアノ、弾いてみたい」というその気持ちの背景には、
「どん
な音がするかな」
「こういう音だったらいいな」というような、さ
そういったものを探し、わかりやすい言葉に置き換えて整理整頓
をする作業が、アナリーゼです。
アナリーゼの方法は何でも構いません。楽譜から発見したこ
まざまな想像(ドキドキ、ワクワク感)が働いているはずです。
音楽は、つねにそういう想像に満ち溢れたものです。
とを、できるだけ短い言葉(形容詞のことが多い)にしてみます。
みなさんは、誰かがすでに作曲した楽譜を、規定で与えられ
そして、それがその後どうなるのか(変化するのかしないのか)
た課題曲として演奏しなければ(させなければ)ならないわけで
を探ることが重要です。
すが、これらの音楽が生まれた瞬間は、音楽室の古いピアノを
触るときの状況によく似ています。
その気持ちを音に乗せて伝えたい、そう考えて、作曲家は想
像したものを楽譜に落としていきます。気持ちが高ぶっていった
からメロディを高めたり、ちょっと弾くのをためらったから休符を
・音域
・拍子
・速度
・メロディの音
・フレーズの長さ
・バスの音
・フレーズのかたち
・和音
・伴奏のかたち
・強弱
・調
入れたり、陽の光が少し陰ったから強弱記号を変化させたりす
などが、高くなった、低くなった、大きくなった、小さくなった、
るのです。
長くなった、短くなった、速くなった、遅くなった、広くなった、
狭くなった、などなど。
たとえば「ありがとう」という言葉がありますが、
「あ」とか「り」
ほとんどの音楽は、何かが変化していきます。その変化こそが、
とか、そういう音そのものを言いたくてこの言葉を言うのではあ
2
・リズム
りません。その言葉が背負っているイメージ、そこから想像され
多かれ少なかれ気持ちの振れる原因であり、感動する点になり
るさまざまな気持ちを伝えたくて、このひらがな 5 文字を道具と
ます。そう考えると、アナリーゼは特別難しい作業ではないこと
して使います。
が分かっていただけるはずです。
音楽も同じで、フォルテの音が欲しいからフォルテが書いてあ
もし楽譜のアナリーゼにまだためらいを感じるということでし
るのでもなく、また速い音が表現したくて速い音が書いてあるの
たら、絵本で試してみてください。ページをめくるとき、
「次はど
でもありません。それは、何か別のもの、言葉にも音にもうまくあ
んな話になるのかな」
「この子はどうなってしまうのだろう」とい
らわせない「つかみどころのない何か」を何とかして聴こえるよう
う期待にあふれるはずです。そして、素敵な絵本はその期待を
にしたいという気持ちがまずあって、それを「ある程度見える化」
大きく超えた何かを用意しています。今までこうだったのに、や
したものが楽譜なのです。
がてこうなった、という話の流れ、過程が大切です。
2015 ピティナ・ピアノコンペティション アナリーゼ特集