4 .代理人の能力 ( 1 ) 民法 1 0 2 条の意味 代理人は行為能力者たることを要しない(1 0 2 条) 。すなわち、代理人には行為能力は不要である。 したがって、代理人が制限行為能力者であっても、本人も代理人も、代理人の制限行為能力を理由に代 理行為を取り消すことができない。 解説 代理人の能力 ア 代理人に意思能力は必要である。なぜなら、代理人は本人から独立して意思決定するからである。 イ 代理人には行為能力は不要である(1 0 2 条) 。この趣旨は、①代理の効果はすべて本人に帰属 するから、代理人に何ら不利益を及ぼすことはないこと、②本人は制限行為能力者であることを知 りつつ代理人に選任したのだから、本人がリスクを覚悟すべきであることにある。 1 0 2 条は、代理人の制限行為能力を理由に①代理行為を取り消すことができないという意味で あり、代理人が②代理権授与行為または③委任等を取り消すことができるかについては明らかでな い。 ( 2 ) 法定代理と 1 0 2 条 法定代理にも 1 0 2 条は適用されると解する。もっとも、法定代理人の資格として行為能力者である ことを要する旨を定めている場合が多い(8 3 3 条、8 4 7 条、8 6 7 条) 。 解説 法定代理と 1 0 2 条 通説は、法定代理にも 1 0 2 条は適用されるとする。これに対し、法定代理関係の発生は本人の 意思に基づくものではないから、本人を保護すべきこと、法定代理権は包括的かつ職務権限として与 えられることから、1 0 2 条を適用しない説もある。 ( 3 ) 代理人の制限行為能力と代理権授与行為の取消し 代理人が制限行為能力者であった場合、代理行為を取り消すことができない( 1 0 2 条) 。しかし、代 理人は、制限行為能力を理由に代理権授与行為または委任等を取り消すことができないか。 ア 代理と委任の関係 前提として、代理関係と委任等との関係が問題である。 代理関係は、委任等の内部関係とは別個独立の、代理権授与行為(授権行為)によって発生するも のと解する(授権行為の独自性肯定説) 。なぜなら、①本人・代理人間に委任等の内部関係があるか らといって常に代理関係が生ずるわけではないこと、②代理権は本人に権利義務の効果を発生させる 地位にすぎず、委任等のように本人のために行為すべき義務を包含しないことからである。 解説 代理と委任の関係(代理権授与行為の独自性) (ア)委任契約(6 4 3 条)とともに代理権の授与が行われることが多く、このような両者の密接な関 係を捉えて、 民法は「委任による代理」という言葉を随所に用いる( 1 0 4 条、1 1 1 条 2 項等) 。 しかし、 代理権の授与は委任だけでなく、請負、 雇用などに基づいて行われる場合も存在する。 また、委任等の内部関係( 以下、委任契約という)があるからといって必ずしも代理権の授与が あるとは限らない。委任等の契約は本人と代理人の内部関係を定めるにとどまり、対外的関係に ついては別であるとの説明が必要となる。 (イ)では、いかなる場合に代理権が授与されるのか。 代理人に本人に代わって代理行為をする権限を与えなければ、本人に効果が帰属する関係は説明 できない。そこで、委任等の内部関係とは別個独立の、代理権授与行為(授権行為)によって代理 権が授与されると説明される(授権行為の独自性) 。 例えば、本人が代理人に対し「私に代わって土地を売ってくれ」と頼んだとき、①委任契約と② 代理権授与行為が同時になされたと考える。 イ 代理権授与行為の法的性質 (ア) 授権行為の法的性質は、 委任に類似した一種の無名契約であると解すべきである(無名契約説) 。 とすれば、代理権が発生するためには代理人の意思を要することになり、代理人が制限行為能力者 である場合や代理人の意思表示に暇疵がある場合には、代理人の側から授権契約を取り消すことが 可能となる。 もっとも、①授権契約が弛の契約と合体しないで単独に存在する場合には、授権契約は代理人に資 格を与えるだけで何らの不利益も生じないから、代理人が未成年者、被保佐人であっても、授権契約 を取り消すことはできない(5 条 1 項ただし書、1 3 条 1 項。ただし、成年被後見人は これを 取り消すことができる-9 条) 。 これに対し、 ②授権契約が委任(6 4 3 条)など他の契約と合体している場合は、制限行為能力 者は単独で委任契約を締結することはできないから、代理人の側から委任契約を取り消すことができ る。その場合は、授権行為も影響を受け、消滅するものと解する(有因説) 。なぜなら、委任契約は 授権行為の基礎となっており、目的・手段の密接な関係にあるからである。 (イ)次に、委任契約ないし授権行為が取り消された場合、取消しの遡及効(1 2 1 条本文)により、既 になされた代理行為が無権代理行為にならないか。 取消しの遡及効は、制限行為能力者や暇疵ある意思表示をした者を保護する制度であり、代理人に とって代理権は代理人に資格を与えるだけで、何らの不利益をもたらさない以上、遡及効を貫く必要 はない。また、取消しの遡及効を貫くと、取引の安全を害すること甚だしい。そこで、1 0 2 条の趣 旨を及ぼし、代理権は将来に向かってのみ消滅すると解すべきである (通説)。 解説 制限行為能力と取り消しうる行為 代理においては通常、 ①代理行為のほか、②委任などの契約、③授権行為(代理権授与行為)の 3 つの法律行為がある。 ①代理行為は取り消せない(1 0 2 条) 。②委任契約は制限行為能力者に善管注意義務を負わせる など不利益になるから取り消すことができる(5 条以下) 。③授権行為については、制限行為能力者 に不利益でないから、未成年者・被保佐人は取り消すことができない(5 条 1 項、1 3 条) 。 解説 代理権授与行為と法的性質 (ア)委任を取り消した場合、代理権授与行為に影響するか(有因か無因か)が問題となる。その前提 に、代理権授与行為の法的性質が議論される。 a 単独行為説 代理権の授与は代理人に何らの義務を課するものではなく、また不利益を与えるものでもないから、 授権行為に代理人の承諾は必要ない。すなわち、授権行為は本人の単独行為であるとする。この見解 によれば、たとえ代理人に制限行為能力などの取消原因が生じたとしても、授権行為は本人の単独行 為であるからこれを取り消すことができないとする。また、授権行為は無因性を有し、委任が取り消 されても授権行為には影響はなく相手方は保護されるとする(1 1 1 条 2 項による授権行為の消滅も 将来効のみとする) 。 b 無名契約説(通説) 民法が「委任による代理」という文言を用いるなど委任と代理とを明確に区別していない以上( 1 0 4 条、1 1 1 条等) 、授権行為を単独行為とみるのは無理であり、委任と類似した無名契約と考える。 (イ)授権行為を無名契約とすると、代理人は授権契約についての自らの意思表示を取り消すことがで きる。また、授権契約が取り消せない場合(未成年者、被保佐人)でも、委任契約を取り消した場 合、通説は、授権行為も連動して消滅するとみる(有因説) 。 しかし、これでは取消しの遡及効( 1 2 1 条本文)によって取引の安全を害する。そこで、通説は、 1 0 2 条の趣旨から取消しの効果は遡及しないと解することによって相手方の保護を図っている。 解説 本人が制限行為能力者である場合 本人が制限行為能力者である場合は、委任等は取り消しうる(5 条以下) 。また、授権行為も取消 しによって消滅する。 この場合は、本人の保護の見地から、取消しの遡及効は制限されないため、委 任等ないし授権行為を取り消すと無権代理となる。相手方の保護は表見代理( 1 0 9 条、1 1 2 条) などによることになる。 第 2 款 代 理 権 代理権は代理の要件である。ここで、代理権に関する基礎知識を整理しておこう。 1 .代理権の発生・範囲・消滅 ( 1 ) 発生原因 ア 法定代理の場合 法定代理の場合の代理権は、法規の定めに従って発生する。 イ 任意代理の場合 任意代理の場合、代理権は本人の意思に基づいて発生する。本人が代理人となるべき者に代理権を 与える行為を代理権授与行為あるいは授権行為という。 ( 2 ) 代理権の範囲 ア 法定代理権の範囲は、それぞれ法規の定めによって決まる。 イ 任意代理権の範囲は、授権行為によって決まる。 ウ 代理権の範囲が不明の場合 授権行為の解釈によっても代理権の範囲が明らかでない場合、民法は補充規定を置き、次の行為を なしうるとした(1 0 3 条) 。 ( 3 ) 代理権の消滅 代理権の消滅原因には、法定代理・任意代理に共通の消滅原因と、それぞれに特有の消滅原因とがあ る。 ア 共通の消滅原因 ① 本人の死亡( 1 1 1 条 1 項 1 号) ただし、商行為の委任による代理権(商法 5 0 6 条) 、訴訟代理権(民訴法 5 8 条)などは存続 する。 ② 代理人の死亡・破産手続開始の決定もしくは代理人が後見開始の審判を受けたこと( 1 1 1 条 1 項 2 号) 代理人の事務処理能力や信用が著しく低下するからである。 イ 任意代理特有の消滅原因 「委任の終了」である( 1 1 1 条 2 項) 。授権の原因たる法律関係の消滅により代理権も消滅する。 ウ 法定代理特有の消滅原因 それぞれ個々に規定がある。 < 代理権の消滅原因〉 2 .復代理復代理 ( 1 ) 意義 ア 復代理とは、 代理人が自己の名で代理人(復代理人)を選任 し、その復代理人が直接本人を代理 することをいう。 イ 復代理人は本人の名において取引をし、その効果は復代理権の範囲内で直接本人に帰属する。 ① 復代理人は、あくまで本人の代理人である (1 0 7 条 1 項) 。代理人の代理人ではない。 ② 復代理人は、代理人が自己の名で選任した ものである。 ( 2 ) 復任権と責任 代理人の復任権( 復代理人を選任する権限)と復代理人を選任した場合の責任は関連がある。 ア 法定代理の場合 法定代理人は、法律の規定により、自らの意思に関係なく代理人にさせられた者であるから、常に 別の代理人(復代理人)を選任することができる。その代わり、復代理人のした行為については、一 切の責任を負わなければならない(1 0 6 条前段) 。この場合において、やむを得ない事情で復代理人 を選任したときは選任および監督についてのみ責任を負う(同条後段) 。 イ 任意代理の場合 任意代理人は、本人から信頼されて代理人となった者であるから、原則として復代理人を選任する ことはできない。ただ、①本人の許諾を得た場合と②やむを得ない事由がある場合にだけ例外的に復 任権が認められる(1 0 4 条) 。その代わり、復代理人のなした行為についての責任は、その選任およ び監督に過失があった場合に限定されている(1 0 5 条) 。本人の指名によって復代理人を選任した ときは、選任及び監督についても責任を負わない。但し、その代理人が不適任または不誠実であるこ とを知りながら、その旨を本人に通知し又は復代理人を解任することを怠るとやはり責任を負う(105 条 2 項)。 ( 3 ) 復代理の法律関係 ア 復代理人の権限は、代理人の代理権の範囲内に限定される。 また、代理人の代理権が消滅すれば、復代理人の代理権も消滅する。 イ 代理人は、復代理人を選任しても代理権を譲渡したわけではないから、自己の代理権を失わない。 ウ 復代理人は本人に対し、代理人と同一の権利を有し義務を負う(1 0 7 条 2 項) 。したがって、復代 理人は受領物を本人に引き渡せばその責任を免れる。また、立替費用の償還請求は本人に対してでき る。 さらに、 復代理人が受領物を代理人に引き渡した場合も、その責任を免れると解する(最判昭 5 1 . 4 . 9 ) 。なぜなら、1 0 7 条 2 項があるからといって、本人または復代理人がそれぞれ代理人との 権利義務に消長をきたす理由はないからである。 3 .自己契約・双方代理 ( 1 ) 意義 ア 自己契約とは、同一の法律関係について、当事者の一方が相手方の代理人になることをいう。 イ 双方代理とは、同一人が同一の法律関係について当事者双方の代理人となることをいう。 ( 2 ) 民法 1 0 8 条の意味(内容) ア 自己契約・双方代理は、 原則として禁止される(1 0 8 条本文) 。なぜなら、事実上代理人一人で 契約することになって本人の利益が不当に害されるからである。 解説 代理権の制限 自己契約と双方代理はいずれも理論的に可能であるが、本人の利益を保護するため、民法は原則と してこれらを禁止した。したがって、この場合は、代理人の代理権の行使が制限されていることにな る。 民法の代理権の制限としては、ほかに共同代理(例えば、父母の共同親権の行使-8 1 8 条 3 項) がある。共同代理とされる場合に、それに違反してなされた代理行為は無権代理(1 1 0 条の越権代 理)となる。 イ 例外的に、本人の利益を害するおそれのない場合には、自己契約・双方代理が許される。 ① 「債務の履行」については、自己契約・双方代理を有効になすことができる。(108 条ただし書) 。 既に確定している法律関係の決済行為をするに過ぎず、当事者間に新たな利害関係を生ぜしめるも のではなく、本人に不当な不利益を与えないからである。 解説 「債務の履行」の意味 「債務の履行」とは、1 0 8 条ただし書の趣旨から、新たな利害関係を生じさせる意味をもたない ものをいう。例えば、弁済期の到来した代金の支払にとどまらず、売買に基づく登記申請行為(最判 昭 4 3 . 3 . 8 )などもこれにあたる。しかし、代物弁済、更改、期限未到来の債務・抗弁権の付 着した債務の弁済などはあたらない。 ② 本人があらかじめ許諾している場合も、自己契約・双方代理を有効になしうる(1 0 8 条ただし 書) 。本人に不当な不利益を与えないからである。これは、平成 1 6 年改正により明文化された。 解説 「あらかじめ許諾」の意味 「あらかじめ許諾」は、本人に不当な不利益を与えないという趣旨から解釈される。 自己の代理人の選任を相手方に委任するという場合は、あらかじめ許諾があったといえるか。本人 が代理事項の内容をあらかじめ了解していれば認めてもよいが(大判昭 1 6 . 3 . 1 4 ) 、これか ら相手方と交渉して契約を協議させる場合は、相手方と通謀して本人の不利益となりうるから認めら れない(大判昭 7 . 6 . 6 ) 。 (3)民法 1 0 8 条違反の効果 1 0 8 条に違反した行為は、絶対的無効ではなく、無権代理であると解する(従って、追認も可能で ある) 。なぜなら、1 0 8 条は、自己契約・双方代理が本人の利益を害する結果となる危険が大きいこ とから規定されたものである以上、本人への効果帰属を否定すれば十分だからである。 第 3 款 表 見 代 理 表見代理は、代理権がない者がなした行為を、その相手方を保護するため有効と扱うものであり、 外観法理に基づく制度である。表見代理の意義、要件、効果について勉強しよう。 1 .表見代理の意義 ( 1 ) 無権代理一般 ア 無権代理とは、代理人として行為をした者に代理権がない場合をいう。代理権がまったくない場合 と代理権の範囲を超えている場合がある。 イ 無権代理行為は、原則としてその効果は本人に帰属しない。代理人には代理権がなく、代理意思は 無効だからである(顕名説の説明) 。もちろん、代理人には自己に効果を帰属させる意思もないから、 代理人にも効果は帰属しない。 ウ 無権代理(広義)には、①狭義の無権代理(113 条)と②表見代理(109 条、110 条、112 条)とがあ る。 ( 2 ) 表見代理の考え方 無権代理行為は、その効果は本人に帰属しないのが原則である。しかし、それでは外観を信頼して取 引した相手方に不測の損害を与え、取引の安全を害する。そこで、表見代理により相手方を保護する必 要がある。民法は、3 種の表見代理を規定している。 解説 表見代理の趣旨 無権代理が本人にその効果が帰属しないこと(無効)は、本人の利益を保護する結果となるが、他 面、代理人に代理権が存在するがごとき外観を信頼して取引に入った相手方は不測の損害を被ること になる。そこで、民法は、本人の利益と相手方の利益との調和を図るため、代理人に代理権があると 信ずるような事情が存在し、本人に責任を負わされてもやむを得ない事情がある場合に限り、代理人 の無権代理行為をあたかも代理権があった行為(有権代理)のごとく取り扱い、本人に効果が帰属す るものとした。これを表見代理という。表見代理は本来、無権代理の一場合でありながら、本人と相 手方との利益衡量により有権代理と同様の効果をもたらすものであり、外観法理の 1 つと考えるこ とができる。 表見代理として民法が認めているのは、 ①代理権授与の表示による表見代理(1 0 9 条) 、②権限 外の行為の表見代理(1 1 0 条) 、 ③代理権消滅後の表見代理(1 1 2 条) の 3 種である。いずれも、 厳格な意味で、本人の帰責性を要件としていないことに注意すること(本人の潜在的帰責性はある) 。 2 .代理権授与表示による表見代理 民法第 1 0 9 条(代理権授与の表示による表見代理) 第三者に対して他人に代理権を与えた旨を表示した者は、その代理権の範囲内においてそ の他人が第三者との間でした行為について、その責任を負う。ただし、第三者が、その他人 が代理権を与えられていないことを知り、又は過失によって知らなかったときは、この限り でない。 ( 1 ) 民法 1 0 9 条の意味 ア 代理権の授与行為はなかったが、本人が相手方に対して代理権を授与した旨を表示した場合は、本 人は表示した代理権の範囲内で責任を負わなければならない(1 0 9 条本文)。 イ 1 0 9 条は外観法理の一種とみてよいが、禁反言(エストッペル)の原則からも説明される。禁反 言の原則とは、自己の行為に矛盾した態度をとることは許されないというものである。 1 0 9 条の代理権授与表示は、外観法理の要件でいう外観の存在、本人の帰責性(潜在的帰責性) にあたる要素とみてよい。 ウ 1 0 9 条は本人が「その責任を負う」と定めるが、本人と相手方との間に有権代理と同様の効果が 生ずるという意味である。 ( 2 ) 民法 1 0 9 条の成立要件 ア 代理権授与表示 代理権授与表示とは、本人が相手方に対してある者に代理権を授与した旨を表示することをいう。 授権表示ともいう。 代理権授与表示はその方法に制限がなく、書面によると口頭によるとを問わない。また、特定人に対 する表示であっても、広告のように不特定多数の第三者に対する表示であってもよい。代理権授与の 表示の典型例として委任状の交付がある。 解説 意思表示規定の類推 1 0 9 条の「表示」は、授権行為(意思表示)とは異なり、代理権授与があったという事実を示す 観念の通知である。もっとも、表意者に対して意思表示と同等の効果をもたらすから、意思表示に関 する規定を類推適用すべきである。 例えば、代理権授与表示が代理人の本人に対する詐欺によるときは、本人は詐欺を理由に取り消す ことができ(9 6 条 1 項類推) 、代理権授与表示は遡及的に消滅する(1 2 1 条本文) 。もっとも、 代理の相手方が善意であれば、善意の第三者として保護される(9 6 条 3 項類推) 。 解説 商号使用 判例は 1 0 9 条の適用の範囲を広げ、ある者に自己の支店という名義の使用を許可した場合、自 己の商号の利用を許可した場合、自己の支店・出張所名義や商号を使用する者があるのを知りながら これを黙認している場合についても、「表示」ありとして 1 0 9 条の表見代理の成立を認めている。 判例も、「東京地方裁判所厚生部」の表示について善意・無過失の相手方に対して 1 0 9 条の責任を 肯定した(最判昭 35.10.21) 。 イ 「第三者」の主観的要件 民法 1 0 9 条の「第三者」は、善意のほか、無過失を要する。 解説 「第三者」の主観的要件 従来 1 0 9 条の文理には明記されてはいなかったが、表見代理制度の趣旨、1 1 0 条や 1 1 2 条 との均衡などから、相手方(第三者)の善意・無過失が必要であると解されていた。そこで、平成 1 6 年改正により、相手方(第三者)の善意・無過失を要することが明文化された。 相手方は授権表示を信ずるのが通常だから、本人が立証責任を負う。つまり、本人において相手方 の悪意または有過失を主張立証しない限り、1 0 9 条の責任を免れないと解される(最判昭 4 1 . 4 . 2 2 ) 。そこで、平成 1 6 年改正により、主張立証責任の所在を明確化するため、1 0 9 条の構造 が本文・ただし書に整えられた。 ( 3 ) 白紙委任状の交付 ア 委任状の中には、①受任者(代理人)欄や②委任事項・相手方欄を記載しない(白紙)まま交付し、 その記載を被交付者その他の者に任せる場合がある。これを白紙委任状という。 イ 代理人欄を白紙にした白紙委任状において、代理人を限定する趣旨で交付した場合(非転々流通予 定型)は、代理人となるべき者以外の別人(転得者)が白紙委任状を取得し、その者が代理人欄に自 己の氏名を記入したとしても、有効な代理関係を生じることはないのが原則である。そこで、白紙委 任状の交付が 1 0 9 条の代理権授与表示にあたるかが問題となる。 この点、委任状は代理権を証する書面であるから、白紙委任状の交付により正当に授権行為がなさ れたと信頼した相手方を保護する必要性がある。しかし、およそ白紙委任状を交付した者が、それが 他人によって利用された場合にまですべて責任を負わなければならないとすることはあまりに本人に 酷であり、これに一定の制限を加えるのが妥当である。 そこで、白紙委任状が転々流通するのが常態ではない場合は、転得者がこれを濫用したときは、白 紙委任状の交付は 1 0 9 条の代理権授与表示にあたらないと解すべきである。 解説 白紙委任状の交付と代理権授与表示 白紙委任状は本人の意図に反して利用されるおそ れが多く、この場合に、本人の利益とその記載を信 じた相手方の保護とをどのように調和すべきか。と くに、受任者(代理人)欄空欄の白紙委任状の交付 を受けた者が自ら代理人として行為せず、白紙委任 状をさらに他人に交付し、その転得者が白紙委任状 を用いて代理人として代理行為をした場合について 問題が生ずる。 (ア)被交付者による委任事項等の濫用 この場合は 109 条の表見代理ではなく、1 1 0 条の表見代理が適用されると解する。なぜなら、委 任状の内容は通常限定されており、これを濫用して補充することは偽造であり、1 0 9 条の授権表示 とはいえないからである。 白紙委任状を直接交付された者が、相手方の部分を濫用して、予定されない相手方と代理行為をし た場合、1 0 9 条の表見代理が適用されると解する。なぜなら、相手方欄の氏名を白紙にした白紙委 任状においては、代理人が誰を相手方としても取引できる旨の外観を呈し、授権表示があると考えら れるからである。 (イ)転得者による委任事項等の濫川 かつて、白紙委任状の交付は 1 0 9 条の「表示」にあたるとされた(東京地判昭 2 5 . 5 . 2 3 ) 。 しかし、例えば登記委任状の交付はほとんど白紙が実情であり、これでは本人に酷な結果となる。そ こで、 判例は、 転得者が白紙委任状を濫用した場合には「表示」にあたらないとした(最判昭 3 9 . 5 . 2 3 ) 。 判例 最判昭 3 9. 5. 2 3 判旨:「不動産所有者がその所有不動産の所有権移転、抵当権設定等の登記手続に必要な権利証、 白紙委任状、印鑑証明書を特定人に交付した場合においても、右の者が右書類を利用し、自 ら不動産所有者の代理人として任意の第三者とその不動産処分に関する契約を締結したと きと異り、本件の場合のように、右登記書類の交付を受けた者がさらにこれを第三者に交付 し、その第三者において右登記書類を利用し、不動産所有者の代理人として他の第三者と不 動産処分に関する契約を締結したときに、必ずしも民法 1 0 9 条の所論要件事実が具備す るとはいえない。けだし、不動産登記手続に要する前記の書類は、これを交付した者よりさ らに第三者に交付され、輾転流通することを常態とするものではないから、不動産所有者は、 前記の書類を直接交付を受けた者において濫用した場合や、とくに前記の書類を何人におい て行使しても差し支えない趣旨で交付した場合は格別、右書類中の委任状の受任者名義が白 地であるからといって当然にその者よりさらに交付を受けた第三者がこれを濫用した場合 にまで民法 1 0 9 条に該当するものとして、濫用者による契約の効果を甘受しなければな らないものではないからである」 。 コメント:本判決は、本件の白紙委任状は轆転流通することを常態とするものではないから、転得 者との関係で、白紙委任状の交付は 1 0 9 条の授権表示にあたらないとした。 これに対し、最判昭 4 5 . 7 . 2 8 は、相手方に白紙委任状を示した者が本人から信頼を 受けた特定他人である場合に 1 0 9 条の適用を肯定した。
© Copyright 2024 ExpyDoc