ダウンロード - 有機医薬品開発学

医薬化学Ⅱ
Synthetic Medicinal Chemistry II
第15回目講義
分子生物学的スクリーニングによる創薬の実例
スクリーニング方法の変遷
動物(組織)を用いたスクリーニングから酵素・受容体を
精製し試験管レベルでスクリーニングする方法に取って
変われるものは変わった。
伝統的な,摘出臓器・組織を用いたスクリーニングの例
(例) マグヌス装置を用いて摘出臓器の張力変化を調べる実験
マグヌス装置を用いて摘出臓器の張力変化を調べる実験は古くから行われている。
特に、摘出血管を用いたマグヌス法による実験は血管弛緩物質の作用機序を調べる
方法としてよく用いられる。
(実験例)ラット(またはモルモット)の胸部大動脈を摘出し切開して螺旋状標本を作製
する。この標本を生理的栄養液(37℃、95%O2-5%CO2混合ガス飽和)を満たしたマ
グヌス装置(右図1と2)に懸垂し、その収縮力をトランスデューサを介して圧アンプで
増幅後、レコーダに記録する(左図の青い装置)。
(例)心筋収縮の強化物質(交感神経刺激剤) を調べる実験
摘出
手術
標本作製
心
筋
収
縮
力
ノルアドレナリン
アセチルコリン
高度な実験手技が必要. 一日に処理できる薬物の数も限られる.
種々の実験動物(モデル動物)
ヌードマウス:
胸腺の劣化あるいは欠損を引き起こす突然変
異を持つ血統の実験用マウス。ヌードマウスで
はT細胞数の著しい減少が生じ、その結果免疫
系が阻害されている。ヌードマウスの表現型・外
観として体毛の欠如がる。ヌードマウスは異なる
型の組織や腫瘍の移植対して拒絶反応を示さ
ないため、研究に有用である。それらの異種移
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植片は治療法の研究に利用される。
スクリーニングのパラダイムシフト
スクリーニングとは,種々のアッセイ系を用いて化合物の効力評価し,
多くの化合物の中から有効な化合物を選択するの作業である.
20世紀のスクリーニングは動物実験が中
心であった.近年遺伝子組み換え技術を用
いて生体内の機能分子を動物培養細胞、
昆虫培養細胞、大腸菌等で高発現させる
技術が確立した.
調製した蛋白質をターゲットとしたスクリー
ニングが広く実施されるようになった.この
技術を全自動化して多数化合物ライブラ
リーを短期間に評価できるシステムである
HTSが出現した.
96穴プレート
穴容量 400μL
384穴プレート
穴容量 100μL
遺伝子組み換え技術
何らかの方法で入手したDNAの断片を細胞に組み込み,働くようにすること.
動植物の品種改良,医薬品の開発,遺伝病の診断や治療などに利用できる.
組み換えの方法
導入する遺伝子の入手。
逆転写酵素を使ってm-RNAから作る。塩基配列が明らかであれば人工的に作る。
導入する遺伝子をベクターに組み込む
導入したい遺伝子を含むDNAを制限酵素で切断します。
ベクター(運び屋)として使うプラスミドやウイルスのDNAを同じ制限酵素で切断。
切断したベクターと1のDNAを混合し、リガーゼと呼ばれる酵素を加え両者を結合。
遺伝子を細胞に導入する
導入したい遺伝子を結合させたベクターを細胞に感染。ベクターが細胞のDNAに組み込まれる。
ウイルスは細胞のDNAに自分のDNAを組み込んでしまう性質がある。
遺伝子組み換えに成功した細胞の選別(スクリーニング)
1.導入する遺伝子にあらかじめマーカーと呼ばれる目印となる遺伝子を付け加えておきます。
マーカーとしてよく使われるのは特定の抗生物質に耐性を持つ遺伝子。 GFPの遺伝子もマーカーとして使われま
す。
2.マーカーを使って遺伝子が導入された細胞を選び出し。
たとえばペニシリン耐性遺伝子をマーカーとして組み込んだ場合。遺伝子を組み込んだ後、細胞をペニシリンを含
む培地で培養すれば、ペニシリンに耐性を持つ遺伝子を組み込まれた細胞だけ生き残ります。 生き残った細胞に
は目的の遺伝子も組み込まれているはず。
組み換えの方法
選別した細胞からの目的蛋白質の精製
目的蛋白質精製の実際:PPARd-リガンド結合領域蛋白の精製
プラスミド:
pET28aPPARd2
菌株 :
Rosetta(DE3)pLysS
培養条件:37℃で培養
15℃で発現
菌体破砕、PEI処理
His Trap カラム
His Tag 切除
陽イオン交換カラム
ゲル濾過
M F.T A8
B2
目的蛋白質精製の実際:PPARd-リガンド結合領域蛋白の精製
プラスミド:
pET28aPPARd2
菌株 :
Rosetta(DE3)pLysS
培養条件:37℃で培養
15℃で発現
菌体破砕、PEI処理
His Trap カラム
His Tag 切除
陽イオン交換カラム
ゲル濾過
M
A11
B5 B11B12
目的蛋白質精製の実際:PPARd-リガンド結合領域蛋白の精製
プラスミド:
pET28aPPARd2
菌株 :
Rosetta(DE3)pLysS
培養条件:37℃で培養
15℃で発現
M B4
B8
C1
菌体破砕、PEI処理
His Trap カラム
His Tag 切除
陽イオン交換カラム
ゲル濾過
ゲル濾過終了時に菌液2 Lから
12.7 mgの精製タンパク質を得た!
目的蛋白質精製の実際:PPARd-リガンド結合領域蛋白の精製
PPARd-LBD
ゲル濾過終了時に菌液2 Lから
12.7 mgの精製タンパク質を得た!
10μgが49100円で販売されている. ということは,今回精製したPPARdは
販売すれば,49100円X12.7X1000÷10 =
62,357,000円
精製・結晶化手順
組換えタンパク質の発現
結晶化:ハンギングドロップ蒸気拡散法
宿主大腸菌:BL21(DE3)
アポ型PPARγBLD結晶化条件(20℃)
プラスミド:pET28a-hPPARgammaLBD
・タンパク質
37℃にてOD660=0.6まで培養後、1mM IPTG添加し、
18mg/ml PPARγLBD
16℃にて48時間で発現。
in 20mM Tris-HCl (pH 8.0), 150mM NaCl
・リザーバー
100mM HEPES (pH 7.5)
粗抽出
0.75~0.90M Sodium citrate trihydrate
・超音波破砕による大腸菌の破砕
・ポリエチレン処理(菌体由来DNAや脂肪酸除去)
・60%飽和硫安沈澱(ポリエチレンイミンの除去)
カラムクロマトグラフィー
・ニッケルキレートカラム(GEヘルスケア HisTrap)
・スロンビンプロテアーゼによるHistag切断
・ベンザミジンカラム(GEヘルスケア)による
スロンビンプロテアーゼ除去
・ニッケルキレートカラム(素通り回収)
・陰イオン交換クロマトグラフィー
(GEヘルスケア HiTrapQ) (素通り回収)
・バッファー置換、濃縮
ソーキング法による複合体結晶調製
・リガンドを含むリザーバー溶液にアポ結晶を浸漬。
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X線回折データ収集(SPring-8 BL38B1)
データ収集
分解能 (Å)
空間群
格子定数
完全性 (%)
Rmerge (%)
2.1
C2
a=93.2 Å, b=61.1 Å
c=119.3 Å, b=103.1º
98.3
5.3
精密化
R/free-R (%) 21.5/25.8
Rmsd
Bonds (Å) 0.009
Angles (º) 1.0
温度因子(Å2)
タンパク質 54.5
リガンド
60.1
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構造精密化
データ収集
分解能 (Å)
空間群
格子定数
完全性 (%)
Rmerge (%)
2.1
C2
a=93.2 Å, b=61.1 Å
c=119.3 Å, b=103.1º
98.3
5.3
精密化
R/free-R (%) 21.5/25.8
Rmsd
Bonds (Å) 0.009
Angles (º) 1.0
温度因子(Å2)
タンパク質 54.5
リガンド
60.1
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構造精密化
データ収集
分解能 (Å)
空間群
格子定数
完全性 (%)
Rmerge (%)
2.1
C2
a=93.2 Å, b=61.1 Å
c=119.3 Å, b=103.1º
98.3
5.3
精密化
R/free-R (%) 21.5/25.8
Rmsd
Bonds (Å) 0.009
Angles (º) 1.0
温度因子(Å2)
タンパク質 54.5
リガンド
60.1
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PPARd選択的アゴニストTIPP-204の複合体X線結晶構造情報
Resolution range (Å) 42.4-2.65 R work / R free 21.4/27.6
薬効スクリーニング用分子プローブ研究例
最新の糖尿病治療薬の分子標的:インクレチンとは
体内ではインスリンとグルカゴンによって血糖値が調節される.
小腸でのグルコース吸収,肝臓でのグルコース放出で血糖値が上昇すると膵臓
でインスリン分泌が増加し,筋肉や脂肪組織のグルコース取り込みが促進され血
糖値が低下する.
低血糖時にはインスリン分泌が減少するとともにグルカゴンあるいはアドレナリン,
成長ホルモン等が増加して血糖値が上昇する.
この血糖調節のしくみにインクレチンというホルモンが深く関与
している.
インクレチンの作用
●20世紀初頭,十二指腸粘膜抽出液に糖尿病改善
作用が報告された.
●抽出物のうち、インスリン分泌を促進する因子が
インクレチン (incretin) と命名された.
●ブドウ糖を静脈内投与するより経口投与したほう
がはるかに高いインスリン分泌が得られることが判
明した。
●同程度の血糖が上昇するように、経口(赤)ある
いは経静脈(黒)でブドウ糖を投与し、血中インスリ
ンを測定すると,経口投与の方がはるかに高いイン
スリン値となる. 経静脈投与で増加するインスリン分
泌(黒い部分)はブドウ糖が膵β細胞を刺激した結
果生じるものである .一方経口ブドウ糖投与で追加
されるインスリン分泌(赤い部分)は インクレチンに
よるインスリン分泌で,これが約70%を占めている.
血糖調節に対するインクレチンの作用
●消化管から分泌され,膵臓のインスリン分泌を促進するホルモン
● 小腸上部から分泌されるGIP(グルコース依存性インスリン分泌刺激ポリペプチド
(glucose-dependent insulinotropic polypeptide)と,小腸下部から分泌されるGLP-1(グル
コース依存性インスリン分泌刺激ポリペプチド (glucose-dependent insulinotropic
polypeptide, GIP))が存在
● 食事刺激で速やかに消化管から分泌され,血糖値上昇,インスリン分泌増加,
グルカゴン分泌を抑制し血糖低下に作用
●血中でDPP-4で速やかに分解される. 血中半減期はGLP-1 が2分,GIPは5分
消化管ホルモン; GLP-1とGIP
●GLP-1とGIPは食物栄養素に反応し消化管から分泌される
●GIPは小腸上部のK細胞から,GLP-1は小腸下部のL細胞から分泌
●GLP-1とGIPは分解酵素DPP-4により速やかに不活性化
血糖依存的なインクレチンの作用
インクレチンは血糖上昇時はインスリン
分泌を促進し, GLP-1はグルカゴン分
泌を抑制して血糖を低下させる. しか
し血糖低下時はこれらの作用は起こら
ない. つまりインクレチンの作用は
血糖依存的である.
2型糖尿病患者にGLP-1を持続注入す
るとしばらく血中インスリンは上昇しグ
ルカゴンは減少して血糖値は低下する.
しかし血糖値が正常域近くになるとイン
スリン分泌促進は停止し,グルカゴンが
上昇して血糖は正常域に保たれる.
2型糖尿病におけるインクレチンの作用
健康人にブドウ糖を経口又は経静脈内投与すると,経口の方がインスリン分泌量
が約2.5倍増幅される. これは経口投与の場合血糖値上昇に加え インクレチン
に反応して膵β細胞からのインスリン分泌が促進されるためである.
健康人では経口ブドウ糖投与に対するインスリン分泌反応の60~70%がインク
レチンの作用によるもの(インクレチン効果)であるが,2型糖尿病患者のインクレ
チン効果は低下している(p≦0.05).
糖尿病治療への応用
消化管分泌されたGIPとGLP-1
はDPP-4により速やかに分解さ
れ活性を失う. 従って治療にお
いては分解されない工夫が必要
になる。例えばDPP-4活性を阻
害して内因性インクレチン作用を
高めたり、DPP-4抵抗性のイン
クレチン受容体刺激薬や誘導体
を投与するなどが考えられる.
DPP-4抵抗性インクレチン誘導体
DPP-4分解活性の阻害剤
が既に開発され,臨床現場で使用されている!
最近の糖尿病治療薬2; DPP4阻害剤シタグリプチンの創製例
DPP4阻害剤シタグリプチンが2009年10月に製造承認を取得した.
シタグリプチンは万有製薬株式会社 (ジャヌビア)と小野薬品工業株
式会社 (グラクティブ)がそれぞれ別の名称で併売している.
DPP-4
インクレチンは血中でDPP4により分解される。この酵素はN末端から2番目アミノ酸がAla
あるいはProの場合N末端から2つのアミノ酸を切断する。DPP4は全身に広範囲に発現
し可溶型として血漿中に、糖蛋白として小腸粘膜の上皮細胞やリンパ球の表面に存在し
ているためインクレチンは生体内で速やかに分解され不活性型になる。
DPP-4阻害剤で臨床使用されている薬物
スクルーニング法
DPP4
DPP4阻害剤検出用新プローブの開発
Figure 1. Fluorescence spectra of 5 mm solution of Gly-Pro-BCD-Tb (A) and Gly-Pro-BCD-Eu (B) at 0, 2, 4, 6,8, 10, 14, 20,
and 30 min after the addition of 7 nm (final) of DPP4. The reactions were performed in 50 mm HEPES buffer (pH 8.0)
containing 1% dimethyl sulfoxide (DMSO) at room temperature. Excitation wavelength was l=330 nm. C) Time course of the
luminescence intensity of Gly-Pro-BCD-Tb with DPP4 (7 nm). Excitation and emission wavelengths were l=330 and 546 nm,
respectively. D) HPLC charts of the enzymatic reaction of Gly-Pro-BCD-Tb to afford NH2-BCD-Tb: a) A solution of Gly-ProBCD-Tb, b) a solution of NH2-BCD-Tb, c) reaction mixture after the enzymatic reaction, d) mixed solution of (b) and (c). The
chromatogram was monitored at l=330 nm for all the spectra. Stationary phase: reversed-phase column (Inertsil ODS-3 4.6
250 mm; GL Sciences). HPLC analysis: eluent A (100 mm triethylammonium acetate (TEAA) buffer) and eluent B
(acetonitrile/H2O 80:20); A/B 90:10!70:30 (30 min).
DPP4阻害剤検出用新プローブの開発
DPP4阻害剤検出用新プローブの開発
Figure 2. A comparison of sensitivity between Gly-Pro-BCD-Tb (10 nm) and Gly-Pro-MCA (100 nm). The indicated
concentration of diprotin A was added to each sample. The concentration of DPP4 was 1 nm. TRF measurements
were performed with a delay time of 0.05 ms and a gatetime of 0.95 ms. Excitation wavelengths were l=330 and 380
nm for Gly-Pro-BCD-Tb and Gly-Pro-MCA, respectively, and the luminescence intensity was measured at l=546 and
440 nm for Gly-Pro-BCD-Tb and Gly-Pro-MCA, respectively. The measurements were performed with a microplate
reader. * indicates P <0.05, *** indicates P <0.001, NS=not significant, N.I.=no inhibitor, N.E.=no enzyme. The data are
the meanSD (n=6).
DPP4阻害剤検出用新プローブの開発
Figure 3. Inhibition curve of sitagliptin (A) and diprotin A (B). Diamond: 1 nm Gly-Pro-BCD-Tb, square: 10 nm GlyPro-BCD-Tb, circle: 100 nm Gly-Pro-MCA. Each data point represents the meanSD (n=6). C) Difference in inhibition
(%) between Gly-Pro-BCD-Tb and Gly-Pro-MCA at a one-point measurement. D) Equation for the IC50 value.
DPP4阻害剤検出用新プローブの開発
Figure 5. A) Results of the
screening assay for DPP4 inhibitors.
A total of 3841 samples were
assayed. The
large triangle and arrow indicate
epibestatin and the dashed box
indicates a microplate containing
epibestatin.
Each microplate contained 80
compounds. B) Inhibition curve of
epibestatin. The calculated IC50
value was
17 mm. C) A comparison of DPP4
inhibitory activity of epibestatin and
bestatin. The chemical structures
are
also shown. The data are meansSD
(n=6). D) Assay result of a
microplate (80 samples, dashed box
shown
in (A)); left: Gly-Pro-BCD-Tb, right:
Gly-Pro-MCA. Triangular and
square points indicate epibestatin
and a
false-positive compound,
respectively. SD=12.9 for left,
SD=21.4 for right.