航空機搭載合成開口レーダ(Pi-SAR2)による御嶽山の観測 - ITU-AJ

スポットライト
航空機搭載合成開口レーダ(Pi-SAR2)による御嶽山の観測
―噴煙の下の火口の様子を詳細に
情報通信研究機構 電磁波計測研究所 統括
情報通信研究機構 電磁波計測研究所 センシングシステム研究室 主任研究員
うらつか
せい ほ
浦塚
清峰
まつおか
たけ し
松岡
こ じま
情報通信研究機構 電磁波計測研究所 センシングシステム研究室 主任研究員
情報通信研究機構 電磁波計測研究所 センシングシステム研究室 主任研究員
情報通信研究機構 電磁波計測研究所 センシングシステム研究室 研究マネージャー
情報通信研究機構 電磁波計測研究所 センシングシステム研究室 主任研究員
児島 正一郎
うえもと
じゅんぺい
上本
純平
うめはら
としひこ
梅原
俊彦
こばやし
たつはる
小林
達治
さ たけ
情報通信研究機構 電磁波計測研究所 センシングシステム研究室 主任研究員
情報通信研究機構 経営企画部 プランニングマネージャー
1.はじめに
建志
しょういちろう
佐竹
まこと
誠
なだ い
あきつぐ
灘井
章嗣
偏波(注1)を利用して詳細な識別を可能とするポラリメトリ機
2014年9月27日、御嶽山に突然起きた火山噴火は、秋の
能と二つのアンテナによる立体視により地面の高さを同時に
紅葉を楽しんでいたたくさんの登山客に襲いかかり、山頂付
測るインターフェロメトリ機能(注2)を搭載しています。2000
近にいた56名の方々の命を奪いました。積雪等のため捜索が
年4月に発生した北海道有珠山の火山噴火では、噴火から1
中断されたままですが、まだ7名の消息が不明なままです。
週間後に航空機SARとしては初めて噴火状況の把握に活用
日本には世界の活火山全体のおよそ8分の1にもなる110の
し、以降は噴火が収束する5月まで数度の観測を実施しまし
活火山があり、これまでにも、度々噴火や火山ガス噴出など
た。この火山噴火では二つのグループに分かれた複数の新た
により物的あるいは人的な被害が発生してきました。そのた
な火口から噴煙が吹き出しましたが、噴煙のため火口の様子
め、国内の多くの火山は、大学や国の機関により常時監視
を正確に知る手段がありませんでした。Pi-SARは火口の形状
が続けられていますが、ひとたび活動が活発になった火山で
や大きさ、数を明瞭に示し噴火の推移を知る手掛かりとなり
は、噴煙や雲の影響により火口の様子がどうなっているのか
ました。また、Pi-SARのポラリメトリ機能は火山灰の降り積
がなかなか把握しにくい状況にあります。
もった領域を確認するのに役立ちました。さらに、二つの火
このような状況下でも、火山の火口の形や大きさを30cm
口群の間で40mにも及ぶ隆起が起きていることをインターフ
の細かさで観測することができるのが、情報通信研究機構
ェロメトリ機能で3次元的に示しました。これらの結果は新
(NICT)が開発した航空機搭載合成開口レーダ(Pi-SAR2)
聞等にも報道され、一般の方々にもSARによる観測がこうし
で、これまでにも九州の霧島・新燃岳や桜島といった火山の
た災害に有効であることを初めて知っていただくことになり
噴火に際しての観測を行ってきました。
ました。引き続いて7月に発生した伊豆諸島三宅島の火山噴
今回の御嶽山の噴火に対しては、噴火開始から5日後にな
火では、山頂付近に直径1.5km、深さ400mに及ぶ陥没が発
る10月2日に、同火山の山頂付近を中心とした観測を行い、
生しました。Pi-SARのインターフェロメトリ機能はこの地形
結果をほぼリアルタイムで関係機関に提供しました。
変化を定量的に把握することに役立ちました。
しかし、2004年に新潟県中越地域を震源として発生した
地震では、山岳地域の小規模ではあるが多数の土砂崩れの
2.航空機搭載合成開口レーダ(Pi-SAR2)
把握には、十分な判読能力がなく、また情報を最も必要と
悪天候でも夜でも地上の様子をつぶさに見ることのできる
する現地にデータを渡すのに1週間以上という相当の時間が
合成開口レーダ(SAR)は、特に災害時の状況把握に有効
かかってしまいました。火山噴火の場合でも迅速性はある程
です。NICTは、1998年に国内では初の本格的なSARであ
度必要ですが、地震災害の場合には災害状況をリアルタイム
り、当時としては世界トップの性能である1.5mの分解能を
で把握することが有用です。この反省からNICTでは2006年
持つ航空機搭載SAR(Pi-SAR)を開発しました。Pi-SARは
から小規模の土砂崩れも判読可能なデータを取得すること
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と、データを迅速に提供することを目的として新たにPi-
に、逐次、人手をかける必要があったことも時間を必要とす
SAR2の開発を進めてきました。Pi-SAR2はPi-SARの5倍の識
ることに拍車をかけました。
別能力である30cmの分解能を持ち、Pi-SARと同様にポラリ
一方で、大震災に先立って災害が発生していた新燃岳の
メトリとインターフェロメトリの機能を有しており、現在も
火山噴火については、火山灰の堆積による土砂崩れの危険
世界トップクラスの性能です。
が指摘されており、堆積量(火山灰の厚み)を評価する必要
一般にSARは大量のデータを計算機により高速処理するこ
がありました。インターフェロメトリによる地表面高度を比
とにより初めて画像として見ることができます。そのため通
較することにより、この課題に役立つことが分かっていまし
常では画像を再生する処理は飛行機を降りてから処理装置
た。しかし、東日本大震災の処理との輻輳により、この解析
のある研究室で行います。これでは災害などの緊急時にはデ
をタイムリーに行うことができなくなりました。
ータの移動や配送にかかる時間が大きすぎます。そのため、
震災の後、NICTではこうした点を解決するため、大容量
Pi-SAR2では観測を行う機上でも画像再生処理を行うことを
の処理も可能なように処理装置を高速化しました。実績とし
可能としたシステム作りを行いました。
て10倍以上の処理能力の改善が可能になりました。さらに、
Pi-SAR2が初期の性能確認を終え本格的な運用実験を開
この開発成果は機上処理装置にも応用しました。結果とし
始し始めた2011年、2月に九州の霧島・新燃岳の火山噴火
て機上処理でも3km四方のポラリメトリの全データを15分以
が発生して断続的な火山灰により周辺の地域に大きな被害
内に処理する能力を得ています。15分というのは飛行機がコ
を与えました。そして3月には大津波により2万人の命を奪っ
ース変更にかかる時間で、この間には観測を行わずデータ処
た東日本大震災が発生しました。
理にデータレコーダなどの機材のリソースを充てることがで
東日本大震災では、地震発生直後から観測準備を開始し
きます。さらに現在までに機上から商用衛星(インマルサッ
て、翌朝には装置及び航空機のある名古屋空港を飛び立ち
ト)を使用して地上に伝送する機能を備えるなどの改良と試
東北地方から関東地方に及ぶ太平洋沿岸を中心とした広域
験実証を行ってきており、2014年8月に噴火した桜島を観測
な観測を行いました。Pi-SAR2は約7kmの観測幅で50km程
した際には、2km四方の画像領域であれば10分以内にデータ
度を連続してデータを収録することができます。海岸線に沿
伝送まで終了できることを確認しています。
って、一部はコース変更のためデータの空いている部分はあ
りますが、沿岸の約半分を連続的に観測しています。観測し
たデータの一部は機上で処理を行い、航空機を降りてから
3.Pi-SAR2による御嶽山の緊急観測
NICT本部のある東京都小金井市に伝送してその日のうちに
御嶽山の噴火のニュースが報道された直後に、Pi-SAR2の
はデータを公開しました。その後、観測した全データをNICT
チームは観測の準備を開始しました。そして機材を搭載する
本部の研究室に持ち帰って引き続き処理を行いました。大規
航空機が使用可能となった2014年10月2日に観測を実施し
模な災害に対しての24時間以内の迅速的な対応ができたこ
ました。Pi-SAR2を搭載した航空機(ダイヤモンドエアサー
とはPi-SAR2の開発意図を一応は完遂するものでした。
ビス社所有のGulfstream-II)は名古屋空港を離陸し、同日
この経験は、しかしまた、Pi-SAR2を災害に活用するため
の12時45分から14時30分の間に、雲に覆われ噴煙が立ち上
の技術的課題が未了であることも痛感させられました。デー
る御嶽山山頂を囲む様々な方角の九つのコースを飛行しまし
タを迅速に提供することを目的としていた機上処理ですが、
た。航空機の高度は約1万3,000m。御嶽山の山頂が約3,000m
想定外に広域な被害エリアに対して僅かな部分の処理しか間
であり、航空機SARは斜め横を観測しますので、御嶽山から
に合わなかったこと、機上処理はモノクロ(ポラリメトリで
立ち上る噴煙には航空機は影響されず、安全に飛行すること
取得した四つの組合せのデータのうち一つのみを画像化)の
ができます。通常の航空写真の場合には、観測場所の直上
画像のため判読が容易ではありませんでした。これは機上処
を観測することになりますし、また高い解像度を得るために
理だけでなく、研究室での処理でもこれほど大きな領域の処
は通常は地表から3,000m程度より高くは飛ばないため、噴
理を一度に行うことを想定しておらず、全ての画像化には災
煙があると航空機の運用が難しくなります。こうした安全性
害後何日もかかりました。さらに分解能が高くなったことは、
の点からも航空機SARは、活発な活動をする火山観測には正
そのまま画像のファイルサイズが大きくなったことになり、画
にうってつけであると言えます。
像の切り出しや付属情報の添付などデータを送るための準備
九つの観測パスは、ほぼ東西南北の方角に向けて選んでお
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り、観測が終わるごとにコースの向きを変えるため10分から
15分の旋回飛行が挟まります。この間に航空機の中では、直
前に観測したデータを画像にする処理を実施しました。山頂
を中心とする3km四方の画像はすべて30cmの分解能でポラ
リメトリによるカラー合成画像として出力しています。商用
衛星経由で航空機から伝送するには、このままではサイズが
大きいため画素の間引きとデータ圧縮を行います。この日、
航空機からは東西南北の方角から観測した四つの画像を直
接NICT内のサーバに書き込むことにより順次伝送を行いま
した。そのURLを通知することにより火山噴火予知連絡会
(気象庁)に速報しました。また、同時に総務省を通じ関係
機関にも伝えました。
伝送した画像例を図1に示します。Pi-SAR2のポラリメト
リでは送信波と受信波の偏波の四つの組合せ(HH、VV、
HV、VH)が取得できます。HVとVHは原理的に同じ信号に
なりますので、図1では三つの信号HH、VV、HVを光の3原
色である赤(R)
、青(B)
、緑(G)にそれぞれ割り当てるこ
とでカラー化しています。このカラー画像で緑に色付けられ
図2.平成26年10月2日 12:51ころの御嶽山山頂付近のPi-SAR2画像。
図1のデータの一部を拡大したもの(300m×300m)。噴煙に隠れ
て詳細が分からなかった連続した火口の様子を明瞭に判別できる
(印で囲った部分)
。
ているのは、偏波が変化するような地上の様子を反映してい
て、ここでは具体的には植物が存在する状況を示しています。
解能により、これまでどのセンサーでもぼんやりとしか見ら
逆にマゼンタ色(赤と青の合わさった色)になっている場所
れなかった噴火に伴う地形の窪みが線上に連続していること
は、もともと植生がなかったか火山灰で植物が覆い隠された
が詳細に見いだされました。
部分と考えられます。画像を拡大(図2)すると、30cmの分
NICTのWebサイト(注2)からはこれらの速報画像を含め九
図1.御嶽山山頂周辺3km×3kmのPi-SAR2画像を示す。航空機の針路は図の右から左、レーダ電波の照射
方向は上から下。地理的な方位は図左上の矢印の方向が北。偏波観測機能(ポラリメトリ)を用いた
疑似カラー画像であり、緑色に着色された部分は植生を意味する。
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つの観測データをいつでも誰でも見ることができます。この
ていないこと、ポラリメトリは通常の運用ではないことから、
画像にはKMZと呼ばれる形式のファイルがリンクされていま
この点でもPi-SAR2が有用です。さらに、Pi-SAR2が実現し
す。このファイルをダウンロードすることによりPi-SAR2画像
た即時的なデータ提供は、災害の緊急性に大いに役立つと考
をGoogle Earth上に投影して見ることができます。こうした
えられます。
KMZを添付したファイルは機上で自動的に生成しています。
幸いにも現時点の御嶽山ではPi-SAR2のインターフェロメ
そのため大量のデータ伝送が可能となっても、人の手で止ま
トリ機能が活躍する状況ではありませんが、この機能は一般
ることなく処理を進めることができます。
に災害の把握や予測に役に立つ技術です。また、変化を捉
インターフェロメトリについては、現在のところ機上処理
えるという点では、過去の観測データとの比較が有効です。
で行うことまでは実現していません。これは機上の処理で使
NICTではPi-SAR初号機時代からの観測データ(生データ)
用する航空機の飛行経路のデータはリアルタイムのため十分
をアーカイブしており、Pi-SAR及びPi-SAR2の過去データを
な精度ではないことが理由です。研究室にデータを持ち帰っ
検索し自動的に処理するシステムの開発を行っています。
てからの処理では、2m以下の精度で高さのデータを得るこ
NICTでは今回のような災害時の貢献のほかに、これまでの
とができます。御嶽山については、まだこの精度で計測可能
技術を使った実用機への展開やデータを活用するための研究
な地形変化は見られていないため、現状ではこの機能のデー
開発を進めていきます。また、さらに災害時に実際に役立つ
タは活用していませんが、今後、大きな変化が起きるようで
新たな技術開発を目指します。
あれば、すぐにも解析が可能な状況になっています。
最後に、今回の噴火に巻き込まれて亡くなられた方々のご
冥福と一日も早い噴火活動の収束を心からお祈りいたしま
す。
4.おわりに
2000年の有珠山や三宅島のPi-SAR観測で、火山噴火に対
してSARが有用であることが初めて示されたわけですが、今
注
注1:一般に電波は進行方向に直交した電場と磁場が振動し
ながら伝わる。電場の振動する向きのことを偏波
やSARは衛星搭載のSARを中心として火山をモニターするツ
(polarization)と呼ぶ。Pi-SAR及びPi-SAR2では偏波が
ールとして活用されています。現在、利用可能な衛星として
鉛直面内にある垂直偏波(V)と水平面内にある水平偏
は、我が国のALOS-2(だいち)
、ドイツのTerraSAR、イタリ
波(H)の二つの種類の電波を交互に送信し、同じく
アのCosmoSKYMEDなどがあり、衛星の軌道が安定してい
この二つの偏波を受信する。送信波と受信波の四つの
ることを利用し時期の違う非常に近い軌道を用いた差分イン
組合せ(HH、VV、HV、VH)は、地上の状況を反映
するため、地上の様子を知る手掛かりとなる。この手
ターフェロメトリ(注2)という手法を利用することもできます。
法をポラリメトリ(polarimetry)と呼んでいる。
これは地表面の僅かな変動をも計測することが可能な技術で
注2:アンテナを飛行機の進行方向に対して横方向に並べて
す。一方で衛星の軌道の巡り合わせによっては、すぐに観測
設置し、片側のアンテナから送信した電波が地上に反
ができない場合があることや衛星の移動方向がほぼ南北であ
ることから、火山のように起伏の多い場所ではレーダの電波
射して二つのアンテナに受信されるとき、地上の目標
のポイントとアンテナまでの距離が僅かに異なる。こ
の違いを受信信号の干渉を利用して検出すると地上の
がうまく当たらないことも多く起こります。それに比べ、航
目標の高さが検出できる。この手法をインターフェロ
空機はいつでも迅速な観測が可能なこと、目標とする観測地
メトリ(interferometry)と呼ぶ。衛星の場合にはアン
点を多方向から観測できるというメリットがあります。こう
テナを二つ着けることが現実的でないので、違う時期
した点も含めて、今回のPi-SAR2による御嶽山への事例や
で僅かに離れたデータを利用する。この場合には時期
の違いによる地上の変化も含むため、高さ計測には誤
2000年の有珠山や三宅島のように、航空機SARによる火山
差になる反面、地面が変動した場合にはそれを検出す
観測の有効性は高いと考えられます。また、Pi-SAR2のよう
ることもできる。これを差分インターフェロメトリと
に高分解能でかつポラリメトリ機能によるカラー画像は、状
呼ぶ。
況の識別に非常に有効ですが、衛星の分解能はそこまで至っ
注3:URL:http://www2.nict.go.jp/aeri/rrs/pisar2-ontake/
index.html
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