○感想文部門 【金賞】 氏 名 = 西尾 恵(笠松町) 書 名 = ノルウェイの森 著者名 = 村上 春樹 題 名 = 愛するということ 人を愛するとはどういうことか。この作品を幾度となく反芻するが、私はいまだに答えを出せずにいる。ある いは人生をかけて、体験していくほかはないのかもしれないし、本当は答えなどないのかもしれない。 このノルウェイの森は、私がちょうど二十歳の夏、村上春樹に初めて出逢った作品である。主人公のワタナベ は、十七歳のときに唯一の友人、キズキを自殺で失う。そのキズキの恋人の直子と、緑という女性との愛の狭間 で葛藤しながら、物語は弧月にかかる雲の流れのように、ゆっくりと姿を変えながら展開していく。キズキが登 場するのは構成の序盤であり、生きている頃の彼の情景は驚くほど少ない。しかしながらこの作品の全般にわた って「死」というテーマの影を落とす重要な人物である。そしてキズキの死から「生は死の対極としてではなく、 その一部として存在している」と悟ったワタナベのこの一説が、色を変えながらこの物語に影を潜め、影響を与 えている。 ノルウェイの森の「森」とは何を表すのか。ユング心理学によると「森」は人間が安易に立ち入れないことか ら、無意識的世界の象徴であるとした。無意識的世界は、時には人を魅了し、より深層へと導き、死へと向かわ せることもある。森に誘われ、とうとうその一部になってしまったキズキ、最愛のキズキに誘われる直子、 「生」 と「死」の境界人であるワタナベ、そして「生」の極には緑がいる。 また、物語には生身の人間性を感じさせる身体の関わりも象徴的に描かれている。一度だけ奇跡的に通じ合っ たワタナベと直子、ワタナベを強く求めながらも得られない緑。 私は二十歳の時にこの物語を読んだが、当時はキズキの死という「生と死のテーマ」とワタナベが直子と緑の 合間で葛藤するという「性のテーマ」とのつながりが理解できなかった。しかし二十五歳になるまでの五年間の 間、臨床心理士を目指しながら、精神病院で精神病の方々に寄り添い、剥き出しの原始的な性的欲求や、死への 衝動性などの無意識に触れ、人間にとって「生」を生きるということは、 「性」と深く関連しており、男女の「性」 を描かずには、 「生」を扱えないことを学んだ。この作品が出版されて二七年経った今も、全く色褪せない理由の 一つは、そのような人間の普遍性を包含しているからである。だからこそ年齢を重ねるごとに読み返しては、自 分の体験を通して、新たな意識や情緒的な理解を得られるという不思議な体験ができる。これこそが、ノルウェ イの森が人々を魅了し続ける理由の一つかもしれない。 「死」の表象である直子、 「生」の表象である緑。その二人の間で迷うワタナベは、私自身であり、 「死」へ惹 かれながらも「生」からは離れられないという、普遍的な人間の葛藤の表象なのかもしれない。そして人を愛す るということは、どういうことなのか。何度も私に問いかけてくる作品である。
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