論文内容の要旨

Akita University
氏
名(本籍)
髙﨑
史進(愛知県)
専攻分野の名称
博士(工学)
学 位 記 番 号
工博甲第210号
学位授与の日付
平成 26 年 3 月 22 日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当
研究科・専攻
工学資源学研究科(機能物質工学)
学位論文題名
Study of Speciation for Zirconium(IV)Compounds in Aqueous
Solution.
(水溶液中のジルコニウム(IV)化合物のスペシエーションに関す
る研究)
論文審査委員
(主査)教 授
小川
信明
(副査)教 授
伊藤
英晃
(副査)教 授
久保田
(副査)教 授 寺境
光俊
広志
論文内容の要旨
本博士論文は,Chapter 1.General Introduction(緒言),Chapter 2.Experimental (実験),
Chapter 3.X線吸収微細構造分析法による塩化ジルコニウム水溶液中のZr(IV)の溶存構造
の研究,Chapter 4.エージング条件に依存したオキシ塩化ジルコニウム水溶液の加水分解に
よるナノサイズ複核クラスター及び酸化物ナノ結晶の形成,Chapter 5.溶液の成分組成によ
る炭酸ジルコニウムアンモニウム溶液中のZr化学種の溶存構造,Chapter 6.UV-vis吸光光
度法を用いたジルコニウムの錯体生成平衡解析,Chapter 7.キレート剤を含有する炭酸ジル
コニウムアンモニウム溶液に架橋されたPVAフィルム中のジルコニウムの構造,Chapter
8.Concluding Remarks (結論)の8章で構成される。以下に各章について述べる。
Chapter 1. General Introduction(緒言)
水溶液中のZr(IV)イオンは高原子価数であり配位子を受容しやすい性質を持つ。その反応
活性に基づき,Zr化合物水溶液は,水溶性高分子化合物の架橋剤や金属表面処理薬剤の主
成分として使用される工業的に重要な材料である。また,一般にZr化合物は低毒性という
特長を有しているため,安全面の配慮から,今後の需要拡大が期待されるが,その需要に
十分に応えるためには,実用的に,Zr化合物の発現性能を向上させることが不可欠である。
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ジルコニウム塩水溶液中では,共存化学種及びその成分組成に依存した多様な化学種が
形成される。その溶存構造に関する多くの研究が行われてきたが,イオン交換法,電気移
動法,遠心分離法などの間接的分析手法による研究結果の間では,重合・配位化学種など
の定性的な一致はあるものの,配位数や重合度等の定量的な議論は困難であった。今まで
の産業的知見では,応用分野で発現するZr化合物の性能の主要因がその溶存構造であると
推測されてきた。そこで,本研究では,発現性能に対する最適なZr化合物の構造を解明す
ることを最終目標として,Zr(IV)化合物の水溶液中の構造解析を行った。
Chapter 2.Experimental(実験)
Zr化合物水溶液を調整するために,オキシ塩化ジルコニウム八水和物(特級試薬,三津和
化学),炭酸ジルコニウム(Zr(OH)3.2(CO3)0.4nH2O,n≈6.9,第一稀元素化学工業),塩酸(特
級,SAJ),過塩素酸(特級試薬SAJ),塩化ナトリウム(特級試薬,片山化学),炭酸水素アン
モニウム(特級試薬,キシダ化学),アンモニア水(特級試薬,SAJ),(+)-酒石酸アンモニウム
(特級試薬,キシダ化学),無水クエン酸(特級試薬,キシダ化学),グルコン酸(一級試薬,SAJ)
およびトリエタノールアミン(特級試薬,キシダ化学)無水クエン酸(特級試薬,キシダ化学),
グルコン酸(一級試薬,SAI)およびトリエタノールアミン(特級試薬,キシダ化学)を使用し
た。
主な解析方法として,溶存構造に関するダイレクトな情報を得ることができる Zr-K 吸収
端の拡張X線吸収微細構造(Extended X-ray Absorption Fine Structure,EXAFS)解析を
用いた。すべての EXAFS 測定実験は Spring-8 のビームライン BL14B2 において透過法に
よって行った。この他に,動的光散乱法(ゼータサイザーナノ ZS,Malvern),UV-vis 吸光
光度法(V-550,日本分光),ラマン分光法(HR-800,堀場製作所)及び走査透過電子顕微鏡観
察(HD-2700,日立ハイテクノロジーズ)の分析手法を用いた。
Chapter 3.X線吸収微細構造分記法による塩化ジルコニウム水溶液中のZr(IV)の溶存構
造の研究
塩化ジルコニウムは水溶性高分子化合物の架橋剤として使用されている。その溶存構造
と架橋性能との関係を解明し,機能的に優れた溶存構造を特定するために[Zr]= 0.01~
2M(mol L-1),[Cl]/[Zr]= 0.7~40,[H+]=1.5×10-3~4.9 Mの塩化Zr(IV)水溶液について
EXAFS構造解析実験を行った。[Zr]によらず,低[H+]ほどZr-Zr配位数が増加し,重合度が
大きくなること及び,Zr-Zr配位数は約4で飽和することを明らかにした。これらの水溶液
をポリビニルアルコール(PVA)に添加して,架橋性能を評価した結果,Zr-Zr配位数が高い
化学種ほど,高性能であることがわかった。
Chapter 4.エージング条件に依存したオキシ塩化ジルコニウム水溶液の加水分解によるナ
ノサイズ複核クラスター及び酸化物ナノ結晶の形成
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オキシ塩化ジルコニウム水溶液を室温でエージングした場合,前項3で述べた重合体(=複
核クラスター)が生成することがわかった。一方,沸点付近のエージングにより酸化ジルコ
ニウム(ZrO2)が生成することが知られている。即ち,エージング温度に依存して生成する化
学種の構造は複核クラスター~ZrO2と変化する。これまで詳細が不明であった298~333
Kのエージング温度範囲における生成化学種の種類について解明するため,EXAFS解析実
験,動的光散乱法による粒子径測定及び電子顕微鏡による観察を行った。
その結果,今まで報告例がない低温(323 K)でZrO2ナノ結晶が生成することが示唆され
た。この研究により,未知の温度領域におけるナノサイズ複核クラスター及び酸化物結晶
の境界条件を明らかにできた。
Chapter 5.溶液の成分組成による炭酸ジルコニウムアンモニウム溶液中のZr化学種の溶存
構造
炭酸ジルコニウムアンモニウム(AZC)溶液の構造解析の研究例は少なく,溶存構造はほと
んどわかっていない。しかし,AZCにおいても塩化物と同様にその溶存構造がPVAに対す
る架橋性能の主要因であることが疑われている。AZCの成分組成と生成化学種の構造及び
それらと架橋性能との関係を解明するため,Zr-K端EXAFS解析実験を行った。その結果,
特定の[NH4+]及び[CO32-]領域において,Zr単量体化学種の生成が示唆された。この単
量体は,EXAFS解析及びラマン分光の結果から,Zrイオンに炭酸イオンが4配位した化学
種[Zr(CO32-)4]4-であると推定でき,この単量体化学種は,重合体化学種に比べPVAに対
する架橋性能において優位であった。このことは単量体構造に起因するものと考えられる。
Chapter 6.UV-vis吸光光度法を用いたジルコニウムの錯体生成平衡解析
これまでの研究から,前項 5 で述べた,[Zr(CO32-)4]4-(推定構造)にキレート剤を添加す
ることで,PVA に対する架橋性能が向上することがわかっている。キレート剤を添加する
ことで形成される Zr 錯体の構造が架橋性能の要因と考えられるが,キレート剤の添加によ
り生成する化学種についての詳細は不明であった。そこで,UV-vis 吸光光度法により,Zr
とキレート剤の錯平衡について解析を行った。その結果,[Zr(CO32-)4]4-とグルコン酸,
クエン酸及び酒石酸による錯生成反応は炭酸イオンとキレート剤が 1:1 で置換する反応で
あることがわかった。また,錯生成定数はそれぞれ,4.75×104,5.43,5.19 であり,グル
コン酸がもっとも高い配位能を有することがわかった。これらのキレート剤の中でグルコ
ン酸を添加した溶液が架橋性能で最も高性能であった。これは,グルコン酸の高い配位能
に起因するものと考えられる。
Chapter 7.キレート剤を含有する炭酸ジルコニウムアンモニウム溶液に架橋されたPVAフ
ィルム中のジルコニウムの構造
[Zr(CO32-)4]4-を主成分とするAZC溶液にグルコン酸及びトリエタノールアミンを添加
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するとAZC溶液のPVAに対する架橋性能が向上した。これらのキレート剤がPVAとAZCの
架橋反応過程においてZr化学種の構造に影響を与えている可能性が考えられる。キレート
剤を添加したAZC溶液により架橋したPVAフィルムのZr-K吸収端EXAFS解析を行った。そ
の結果,グルコン酸及びトリエタノールアミンの添加量に伴い,PVAフィルム中のZr-Zr配
位が減少することがわかった。架橋剤として使用するAZC溶液へのキレート剤の添加は,
PVAとAZCの架橋反応過程におけるAZCの自己重合反応を抑制し,その結果,この自己重
合反応と競合するPVAとAZCの架橋反応を間接的に促進すると考えられる。
Chapter 8.Concluding Remarks(結論)
Zr 化合物の溶存構造が PVA 架橋のような応用性能の主要因であるとの推察に基づき,
Zr 化合物の溶存構造の解明を目的として構造解析の研究を行った。オキシ塩化ジルコニウ
ム水溶液の研究では成分濃度組成に応じた重合度の変化並びに重合度と PVA の架橋性能と
の関係を明らかにした。一方,炭酸ジルコニウムアンモニウム水溶液の研究では,推定構
造[Zr(CO32-)4]4-の単量体構造が生成するための成分濃度組成条件を明らかにし,この化
学種が重合体よりも架橋性能に優れることを見出した。あらに,この単量体にキレート剤
を添加し Zr 錯体を生成させることにより,架橋性能を向上させ得ることも明らかにした。
これらの研究を通じて,初めて Zr 化合物の溶存構造と架橋性能の因果関係を明らかにでき
た。
論文審査結果の要旨
ジルコニウムはクラーク数 20 で,レアメタルに分類されているが,地球規模で比較的豊
富な金属元素であり,その化合物は化学的に安定で,環境や人にやさしい物質である。耐
火物やファインセラミクスや自動車用触媒として用いられ,これらの固体化学は古くから
研究されており,研究手法も確立されている。一方,溶液については,架橋剤や表面処理
剤として用いられているが,その溶液化学的研究は少なく,髙﨑氏は,近年発展を遂げて
いるX線吸収端微細構造(EXAFS)分析法に着目し,ジルコニウム(IV)の酸性溶液とアルカリ
溶液中の溶存構造を,主にこの EXAFS 分析法を用いて明らかにした。
第 1 章は,"General Introduction(緒言)"であり,ジルコニウム(IV)の研究の歴史や,
EXAFS 分析法の特徴および本研究の目的について述べている。
第 2 章は,”Experimental(実験)”であり,溶液の調製法や EXAFS 分析法の概略,その
他の実験方法について述べている。
第 3 章は,”Study of Structure of Zr(IV) in Zirconium Chloride Aqueous Solution by
Akita University
X-ray Absorption Fine Structure Analysis (X線吸収端微細構造分析法による塩化ジルコ
ニウム水溶液中の Zr(IV)の溶存構造の研究)である。一連の水溶液の溶存構造と,ポリビニ
ルアルコール(PVA)の架橋性能との関係を検討した結果,Zr-Zr 配位数が高いほど,高性能
であることが分かった。
第 4 章は,”Nanometer-sized Polynuclear Cluster and Oxide Nanocrystal Formation
via Aging Condition-dependent Hydrolysis of Zirconium Oxychloride (エージング条件に
依存したオキシ塩化ジルコニウム水溶液の加水分解によるナノサイズ複核クラスター及び
酸化物ナノ結晶の形成)である。表題の系で,EXAFS 分析以外に,動的光散乱法や電子顕
微鏡観察を行い,今までに報告例のない,低温での ZrO2 ナノ結晶が生成していることを見
つけた。
第 5 章は,”Formation of Zirconium Carbonate Complex [Zr(CO3)4]4- in Ammmonium
Zirconiumu Carbonate Aqueous Solution Depending on Chemical Formation of the
Solution and Structural Analysis of the Complex (溶液の成分組成による炭酸ジルコニウ
ムアンモニウム溶液中の単量体[Zr(CO3)4]4-の生成)である。この単量体の生成条件領域で
PVA に対する架橋性能が高く,単量体が架橋を促進するものであることを明らかにした。
第 6 章は,”Study of Formation of Zirconium(IV)-Carboxylic Ligand Complexes by UV
Absorption Spectrometry and EXAFS Analysis (UV-vis 吸光光度法を用いたジルコニウム
(IV)のカルボン酸類錯体生成の研究)である。グルコン酸,クエン酸,酒石酸のうち,グル
コン酸が最も配位能が高く,別の実験から,グルコン酸が最も架橋性能もよいことがわか
り,架橋性能を高めるには,配位能の高い配位子を添加することと,Zr が単量体であるこ
とが重要であることを明らかにした。
第 7 章は,"Structure of Zirconium in Polyvinyl Alchohol Film Crosss-linked by
Ammmonium Zirconium Carbonate Solution Containing Chelate Agent (キレート剤を含
有する炭酸ジルコニウムアンモニウム溶液に架橋された PVA フィルム中のジルコニウムの
構造)である。架橋剤として使用するキレート剤は,PVA と AZC の架橋反応過程の自己重
合反応を抑制し,それと競合する架橋反応を間接的に促進させるものと考えた。
第 8 章は,”Concluding Remarks (結論)“であり,全体の結論を述べている。
これらは,分析化学の分野に充分貢献する成果であり,高く評価できる。よって,本論文
は,博士(工学)の学位論文として十分に価値があるものと認められる。