走査線8,000本級映像システムを用いた インテグラル立体テレビ

報告
走査線8,000本級映像システムを用いた
インテグラル立体テレビ
洗井
淳
河北真宏
山下誉行
三浦雅人
日浦人誌
Integral Three−dimensional Television Using Video
System with 8k−scanning Lines
Jun ARAI,Masahiro KAWAKITA,Takayuki YAMASHITA,Masato MIURA and Hitoshi HIURA
要約
インテグラル立体テレビでは,2次元映像のテレビと異なり,観視位置に対応した立体像が表示
される。解像度の高い立体像を表示するには,非常に高精細な映像システムを用いる必要があ
る。走査線4,000本級のフル解像度スーパーハイビジョンはテレビジョンシステムとして現時点
で最も高い解像度を有するが,これに画素ずらしを適用した走査線8,000本級映像システムによ
るインテグラル立体テレビを試作した。解像度特性を測定した結果,画素ずらしを適用すること
が,立体像の画質向上に有効であることを確認した。
ABSTRACT
26
NHK技研 R&D/No.144/2014.3
In integral three­dimensional(3D)television, different from two­dimensional television, 3D
images corresponding to the viewer s position can be reconstructed. Therefore, a very high­
resolution image system is required in order to reconstruct 3D image with high resolution. We
report on improved image quality through the development of video system with an equivalent of
8,000 scan lines for use with integral 3D television by applying the pixel­offset method to a full
­ resolution Super Hi ­ Vision ( the highest ­ resolution television system ). As a result of
experiments to evaluate the resolution, we confirmed that the application of the pixel­offset
method to integral 3D television is effective at improving the quality of the reconstructed images.
撮影装置
撮像レンズアレー
奥行き制御レンズ
集光レンズ
G1
G1
走査線
8,000本級
(Dual-Green
SHV)
カメラ
被写体
G2
G2
G1/G2
フレーム
スイッチャー
フレームメモリー
B
R
HD-SDI※1
HD-SDI
R
走査線
8,000本級
(時分割
画素ずらし
SHV)
プロジェクター
表示レンズアレー
B
G1/G2
DVI ※2
時分割表示タイミング制御信号
HD-SDI⇔DVI
インターフェース変換器
拡散スクリーン
表示装置
※1 High Definition ‒ Serial Digital Interface。
※2 Digital Visual Interface。
1図 インテグラル立体テレビの構成
1.はじめに
て,多数の微小なレンズからなるレンズアレーを用いる。
インテグラルフォトグラフィー(IP:Integral Photog-
撮影装置では,個々のレンズにより生成される被写体の像
raphy)は,Lippmannにより提案された立体写真を撮影
を取得する。ここでは個々のレンズを「要素レンズ」
,要
1)∼3)
素レンズにより生成される被写体の像を「要素画像」と呼
イスの高解像度化,光学素子を加工する技術の高精度化,
ぶ。立体像を生成する際には,平面ディスプレー等に表示
計算機処理の高速化の進展を背景として,IPを基本とす
された要素画像群の前にレンズアレーを配置する。このよ
る立体映像システムや映像処理技術である,インテグラル
うな構成にすると,要素画像からの光線は,各要素レンズ
方式についての研究開発の成果が活発に報告されてい
を通り,撮影時の光線を逆に戻ることになるため,被写体
および表示する技術である
。撮像デバイスや表示デバ
4)
∼8)
。インテグラル方式により,観視時に特殊な立体メ
から発せられた光が再現される。その結果,観視者は立体
ガネを使用することなく,実時間で立体動画像を表示する
メガネを用いることなく,立体像を見ることができる。被
ことが可能である。これらの利点を有するため,当所では
写体の撮影と,立体像の表示には,通常の自然光を用いる
インテグラル方式に基づくインテグラル立体テレビの研
ことができる。
る
究・開発を行っている。
走査線8,000本相当のカメラおよびプロジェクターを用
インテグラル立体テレビでは,2次元映像のテレビと
いたインテグラル立体テレビの構成を1図に示す。撮像
異なり,観視位置に対応した立体像が表示される。そのた
装置は,走査線8,000本相当のカメラ,屈折率分布レンズ
め解像度の高い立体像を表示するには,非常に高精細な映
アレー*1,集光レンズ,奥行き制御レンズから構成され
像システムを用いる必要がある。走査線4,000本級のフル
る。撮影の際,まず奥行き制御レンズを用いて被写体の実
解像度スーパーハイビジョンはテレビジョンシステムとし
像を生成する。これにより,表示される立体像の奥行き位
9)10)
が,これに画素ず
置の調節が可能となる。例えば被写体の実像がレンズア
らしを適用した走査線8,000本級映像システムによるイン
レーに対してカメラ側に生成されていれば,表示される立
テグラル立体テレビを試作したので報告する。
体像はレンズアレーの手前に生成される。撮像カメラで
て現時点で最も高い解像度を有する
は,この実像に対する要素画像群を取得することになる。
2.試作装置
2.1 構成
インテグラル立体テレビは,撮影装置と表示装置におい
撮像・表示装置の双方で凸レンズアレーを用いると,奥
*1 中心部で屈折率が最も高く,半径方向の周辺に行くに従って連続的
に屈折率が低くなる円筒形状のレンズを2次元状に配置したもの。
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報告
1表 撮像装置の仕様
走査線8,000本級カメラ
撮像素子
レンズアレー
集光レンズ
※
7,680
(H)
×4,320
(V)
×4枚
緑用2枚,青,赤用各1枚
撮影レンズ
焦点距離 61.6mm
種類
レンズ数
レンズピッチ
焦点距離
配列
屈折率分布レンズ
400
(H)
×250
(V)
1.14mm
−2.65mm
デルタ配列※
焦点距離
800mm
隣接する3個のレンズの中心が,正三角形の頂点となる配列。
R-素子
G1-素子
R-素子
G2-素子
G1-素子
G2-素子
プリズム
カメラレンズ
B-素子
プリズム
素子位置調整機構
B-素子
カメラレンズ
素子位置調整機構
2図 走査線8,000本級カメラの構成および外観
行きが反転する逆視像の問題*2が指摘されている2)。この
2図のカメラの解像度特性を評価する実験を行った。
逆視像の問題を回避するために,屈折率分布レンズを用い
3図に示すように,実験では,撮影画角に対して水平方
11)
てレンズアレーを構成した 。レンズアレーとカメラの間
向に4分の1,垂直方向に4分の1の領域にハイビジョ
には,レンズアレーからの光を効率良くカメラに入射させ
ン用の解像度パターンを配置した。したがって,パターン
る目的で集光レンズが配置されている。撮像装置の仕様を
に記載してある数字の4倍の値が,実際の解像度を表し
1表に示す。
ている。例えば,パターンに印刷してある“1200”は,
走査線4,000本級のフル解像度SHV(Super Hi­Vision)
4,800本の走査線によって表現できる解像度に相当する。
を越える解像度で動画像を提供可能な映像システムは,ま
カメラで取得した画像の一部を拡大した画像を4図に示
だ報告されていない。そこで既に開発されている3,300
す。画素ずらしを適用しない場合,限界解像度は4,320
9)
万画素の撮像素子 を用い,画素ずらし撮像法
12)13)
により
本の走査線に相当する。なお4図において,G1,G2,G
走査線8,000本級のカメラを試作した。カメラの構成およ
1/G2の各画像の画素数が等しくなるように,ゼロ次ホー
び外観を2図に示す。画素ずらし撮像法においては,
ルド*3により内挿処理を行った。4図(a)に示すよう
CMOS(Complementary Metal Oxide Semiconductor)
に,画素ずらしを適用しない場合,走査線が4,800本に対
イメージセンサーを,赤と青信号用に各1枚(R,B)
,緑
応するパターンにおいて,折り返しによる劣化が確認でき
信号用に2枚(G1,G2)用いる。2枚の緑信号用素子に
る。一方,画素ずらしを適用した場合は,4図(b)に示
ついて,その空間的な相対位置を斜め方向に半画素ずらす
すように,走査線が5,600本に対応するパターンが解像さ
ことで,等価的に走査線8,000本級の画像を得る。緑光は
れていることが確認できる。
画像の輝度成分への寄与が最も大きいため,少ない画素数
で,映像システムの輝度信号帯域を効果的に拡大すること
が可能である14)。
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NHK技研 R&D/No.144/2014.3
*2 本特集号の解説「インテグラル方式の概要」を参照。
*3 撮像素子の画素が存在しない場所の信号値として,撮像素子の画素
が存在する直前の場所の信号値を割り当てる内挿処理。
15,360 pixels
2,160
pixels
8,640 pixels
3,840 pixels
ハイビジョン解像度チャート
3図 カメラの解像度特性の評価に用いた解像度パターン
(a)画素ずらし無し
G1 信号
(b)画素ずらし有り
G2 信号
G1/G2 信号
水平方向
折り返し歪み
5,600 TV本
相当
4,800 TV本
相当
垂直方向
4,800 TV本相当
折り返し歪み
5,600 TV本相当
4図 カメラで撮影した解像度パターンを一部拡大した画像
表示装置では,カメラで取得した要素画像群を,走査線
*4
へ入力される。プロジェクターには,60分の1秒ごとに,
に投影
G1信号とG2信号を表示する位置を斜め方向に半画素ずら
する。拡散スクリーンの前面に凸レンズにより構成される
すウォブリング素子が配置されている。ウォブリング素子
レンズアレーを配置することで立体像を生成する。拡散ス
は,動的偏光フィルター*5と水晶フィルター*6から構成
クリーンに投影される映像に歪みが生じると,生成される
されている16)。ウォブリング素子の働きにより,1秒あた
立体像が劣化する。そこで本システムでは,歪みを電気的
り30フレームの走査線8,000本相当の緑信号が表示される。
8,000本相当の投射装置を用いて拡散スクリーン
15)
に補正することで,立体像の劣化を回避している 。拡散
赤信号と青信号については,1秒あたり60フレームの走
スクリーンとレンズアレーの間隔は,ほぼ凸レンズの焦点
査線4,320本の映像が表示される。この場合にも,撮像カ
距離に一致する状態で配置した。
メラと同様に,緑光は画像の輝度成分への寄与が最も大き
表示装置の仕様を2表に示す。7,680
(H)
×4,320
(V)
の有
いため,少ない画素数で,映像システムの輝度信号帯域を
効画素を有するLCOS(Liquid Crystal on Silicon)表示
効果的に拡大することが可能である14)。表示プロジェク
素子を,赤,青,緑信号用に各1枚用いる10)。撮像装置で
は,CMOSイメージセンサーの相対的な位置を斜め方向に
半画素ずらした状態で,1秒あたり60フレームのG1信号
とG2信号を取得する。その後,1図に示すように,フ
レームスイッチャーにより,60分の1秒ごとにG1信号と
G2信号を切り替えられた信号がインターフェース変換器
*4 所望の範囲に光を拡散させる平面状のフィルム。
*5 光の振動方向である偏光を,液晶を用いて,一定の時間間隔で変化
させるフィルター。
*6 板状の水晶を用いるフィルター。入射する光の振動方向によって,
厚さに比例した分だけずれた位置から光が出射する。このずれの距
離が,斜め方向に半画素ずれた場合の距離と対応するように,厚さ
が設定されている。
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報告
2表 表示装置の仕様
走査線8,000本級プロジェクター
レンズアレー
時分割合成機構
投射レンズ
投射サイズ
7,680
(H)
×4,320
(V)
×3枚
緑,青,赤用各1枚
ウォブリング光学素子
焦点距離 約60mm
対角 約24インチ
種類
レンズ数
レンズピッチ
焦点距離
配列
凸レンズ
400
(H)
×250
(V)
1.44mm
(水平方向)
2.745mm
デルタ配列
表示素子
投射レンズ
光学ブロック
ウォブリング素子
ランプ
PBS※
PBS
B 素子
レンズアレー
クロスミラー
インテグレーター
ミラー
投射レンズ
PBS
G 素子
プリズム
フィールド
レンズ
PBS
PBS
光学ブロック
R 素子
スクリーン
※ Polarizing Beam Splitter(偏光ビームスプリッター)
。
5図 走査線8,000本級プロジェクターの構成および光学ブロックの外観
80
100
8,640 pixels
60
15,360 pixels
50 120
40
100
80
30 90
60
ハイビジョン解像度チャート
6図 プロジェクターの解像度特性の評価に用いた解像度パターン
ターの構成および外観を5図に示す。
投射装置の解像度特性を評価する実験を行った。6図
30
ある。したがって,パターンに記載してある数字の8倍
の値が,実際の解像度の10分の1の値を表している。例
に示すように,実験では,表示画角に対して水平方向に8
えば,パターンに印刷してある“60”は,4,800本の走査
分の1,垂直方向に8分の1の領域に解像度パターンを
線によって表現できる解像度に相当する。投射映像をデジ
配置した。使用したパターンはハイビジョン用の解像度パ
タルカメラで撮影し,撮影画像の一部を拡大した画像を7
ターンであり,実際の解像度の10分の1の値が印刷して
図に示す。画素ずらしを適用しない場合,限界解像度は
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(a)画素ずらし無し
G1 信号
(b)画素ずらし有り
G2 信号
G1/G2 信号
5,600 TV本
相当
折り返し歪み
水平方向
4,800 TV本
相当
垂直方向
折り返し歪み
5,600 TV本相当
4,800 TV本相当
7図 プロジェクターで表示した解像度チャートを一部拡大した画像
4,320本の走査線に相当する。7図(a)に示すように,画
素ずらしを適用しない場合,走査線が4,800本に対応する
(2)
パターンにおいて,折り返しによる劣化が確認できる。一
方,画素ずらしを適用した場合は,7図(b)に示すよう
ここでは,
(2)
式で表わされる空間周波数 βn を「立体像
に,走査線が5,600本に対応するパターンが解像されてい
のナイキスト周波数」と呼ぶこととする。
ることが確認できる。G1信号とG2信号を時間的に合成す
立体像として表現できる最大の空間周波数 β と,立体
ることにより折り返し成分が抑圧され,水平および垂直方
像のナイキスト周波数 βn とを比較して,小さい方の値が
向の双方で解像度が向上した。
立体像の上限の空間周波数である。しがたって,立体像の
2.2 解像度特性
上限の空間周波数 γ は,以下のように表すことができ
本試作装置では,立体像として表現できる最大の空間周
る17)18)。
波数 β は,投影装置で拡散スクリーンに投影される要素画
(3)
像の画素ピッチにより制限される。拡散スクリーン上での
画素ピッチが p である場合,立体像として表現できる最
ここでは,
(3)
式で表わされる空間周波数 γ を「上限空
大の空間周波数 β は,次の式で表される。
間周波数」と呼ぶこととする。
インテグラル立体テレビにおける立体像の奥行き位置
(1)
(立体像距離)と上限空間周波数の関係を8図に示す。緑
の線はフル解像度SHV(走査線4,320本に相当)を適用し
ここで,g はレンズアレーから拡散スクリーンまでの距
た場合(画素ずらし無し)
,赤の線は走査線8,000本級映像
,
離,L は観視距離(レンズアレーから観視者までの距離)
システムを適用した場合(画素ずらし有り)を表す。8図
z は立体像距離(レンズアレーから立体像までの距離)を
では,画面高を312mm,観視距離 L は画面高の3倍に設
表し,レンズアレーに対して右側が正,左側が負の値を取
定し,空間周波数はcpd.
(cycles/degree)で表記した。
るものとする。
試作装置では,立体像のナイキスト周波数 βn は11.34
またインテグラル方式で立体像を観察する場合,立体像
cpd.である。
は要素レンズのピッチで標本化される。このため,実際に
8図において,生成される立体像の空間周波数はレン
観察できる立体像の空間周波数は,レンズアレーを構成す
ズアレー付近で最大となり,レンズアレーから離れるにし
る要素レンズのピッチを考慮する必要がある。立体像の空
たがって低下する。フル解像度SHV映像システムを適用
間周波数は,要素レンズのピッチpL で決まるナイキスト
した場合は,空間周波数 βn で立体像を生成可能な奥行き
周波数に制限され,次の式で表される。
の範囲は56mmである。一方,走査線8,000本級映像シス
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報告
空間周波数(cycles/degree)
56 mm
106 mm
β :11.34 cpd.
: 画素ずらし有り
: 画素ずらし無し
4.62 cpd.
2.31 cpd.
ー1000
ー500
ー150
0
500
935.589(=3H)
(観視距離)
立体像距離 : (mm)
8図 立体像距離と上限空間周波数の関係(理論値)
奥行き方向に傾けた正弦波パターン
(b)G1信号による要素画像
を一部拡大した様子
(c)G2信号による要素画像
を一部拡大した様子
(a)立体像の例
(d)G1とG2を合成した信号による
要素画像を一部拡大した様子
(e)G1信号による立体像を
一部拡大した様子
(f)G2信号による立体像を
一部拡大した様子
(g)G1とG2を合成した信号による
立体像を一部拡大した様子
9図 奥行き方向に傾けた正弦波パターンに対する要素画像と立体像
32
テムを適用した場合は,空間周波数 βn で立体像を生成可
3.立体像の表示実験
能な奥行きの範囲は106mmである。したがって,画素ず
3.1 折り返し歪みによる影響
らし法を適用することにより,空間周波数 βn で立体像を
被写体の一部に,1周期の長さが一定の正弦波パター
生成可能な奥行きの範囲を,走査線4,000本級のフル解像
ンを奥行き方向に傾けて配置した。この被写体を試作装置
度SHV映像システムの場合に比べて約2倍に拡大できる。
で撮影し,立体像を表示した様子を9図(a)に示す。正
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MTF(変調度)
1.0
: G1 信号
: G2 信号
: G1とG2 を合成した信号
0.5
G1およびG2の上限空間周波数
0
2.31
3.27
空間周波数 (cycles/degree)
10図 試作装置のMTF(立体像距離 z =­150mmの場合)
弦波パターンがレンズアレーから離れるにしたがって,レ
試作装置のMTF特性は,被写体や立体像の奥行き位置
ンズアレーから見込んだ単位角度あたりの空間周波数が高
によって異なる。例として,立体像がレンズアレーから−
くなるため,ある奥行き位置で,正弦波パターンの空間周
150mmの距離に生成される場合のMTFを10図に示す。
波数がフル解像度の映像システムを用いた場合の上限空間
この図で,横軸は立体像を観視者の位置から見た場合の空
周波数を超える状態となる。この状態に対応する要素画像
間周波数,縦軸はMTF(変調度)を示している。図中の
を9図(b)
,
(c)
,
(d)に,これらの要素画像に対応する
“●”はG2信号,
“■”は画素ずらしによ
“▲”はG1信号,
立体像を9図(e)
,
(f)
,
(g)にそれぞれ示す。9図(b)
,
りG1信号とG2信号を合成した信号のMTFを表す。空間
(c)
,
(e)
,
(f)は,それぞれG1信号とG2信号から生成さ
周波数が高くなるにしたがって,変調度が低くなることが
れた要素画像と立体像であり,折り返しによる劣化が見ら
分かる。また上限空間周波数 γ は立体像の位置によって
れる。9図(d)
,
(g)は,G1信号とG2信号を画素ずらし
異なるが,10図に示すように,レンズアレーから−150
により合成した信号から生成された要素画像と立体像であ
mmの距離に生成される立体像では,画素ずらしを適用し
り,上限空間周波数が画素ずらしを適用しない場合に比べ
ない場合,上限空間周波数 γ は2.31cpd.である。したがっ
て高いため,折り返しによる劣化の無い要素画像と立体像
て2.31cpd.を越える空間周波数の立体像は折り返し歪みの
が得られる。
影響を受ける。一方,画素ずらしを適用した場合は,立体
3.2 解像度特性
像の空間周波数が2.31cpd.を越えた場合についても,折り
ここでは,インテグラル立体テレビの撮影装置と表示装
置 を 合 わ せ た 試 作 装 置 全 体 のMTF(Modulation
*7
Transfer Function) を測定した結果を示す。MTFは,
ISO­12233規格で規定されているSlanted edge
*8
から空
19)
間周波数応答を求める手法 に基づいて測定した。
被写体は3次元空間のさまざまな場所に配置されるが,
返し歪みの影響を受けない。
次に,レンズアレーから立体像までの距離が,z =
−150mm,−100m,−80mm,−60mm,60mm,80
mm,100mm,150mmの場合のMTFを測定した。立体
像の空間周波数が低い場合は,比較的高い変調度が得られ
る。各奥行きの立体像において,例として変調度0.7に対
撮影装置では,カメラレンズのピントを要素レンズの焦平
面(光軸に垂直で焦点を通る平面)に合わせる。立体像
は,被写体に対応する奥行きの範囲に生成されるが,表示
装置では,拡散スクリーンを要素レンズの焦平面に配置す
る。
*7 空間周波数(単位長さ,あるいは単位角度に含まれる波の数)に対
する,コントラストの低下の割合(変調度)を表わす指標。MTF
の値が1のとき,コントラストの低下は無い。
*8 直線状の境界を持つ白黒パターンを傾けて配置した被写体。この被
写体を撮影し,取得した信号をフーリエ変換することで空間周波数
応答を得る。
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33
報告
画素ずらしを適用する場合の上限空間周波数
: 上限空間周波数
(理論値)
: 画素ずらし無し
画素ずらしを適用しない場合の上限空間周波数
空間周波数(cycles/degree)
ー200
: 画素ずらし有り
測定値
ー100
空間周波数(cycles/degree)
6
6
4
4
2
2
0
100
200
ー200
ー100
立体像距離 (mm)
0
100
200
立体像距離 (mm)
(a)変調度0.7に対応する空間周波数
(b)変調度0.05に対応する空間周波数
11図 立体像の上限空間周波数と測定値との関係
(b)上視点から見た立体像
(一部拡大)
(a)立体像を正面から見た場合
(d)左視点から見た立体像
(一部拡大)
(e)右視点から見た立体像
(一部拡大)
(c)下視点から見た立体像
(一部拡大)
12図 視点位置による立体像の見え方の違い
34
応する空間周波数を11図(a)にプロットした。比較の対
る。この場合,折り返し歪みの無い状態で立体像を視認す
象として,画素ずらしを適用する場合と適用しない場合の
ることができないため,11図(b)では「画素ずらし無し」
上限空間周波数 γ の理論値を併せて示す。11図(a)の場
の測定点はプロットしていない。一方,画素ずらしを適用
合,
上限空間周波数 γ と比較して立体像の空間周波数が低
する場合には,画素ずらしを適用しない場合に比べて上限
いため,画素ずらしを適用する場合と適用しない場合と
空間周波数 γ が高い。このため,画素ずらしを適用する
で,
同程度の空間周波数で立体像を表示することができる。
ことで,折り返し歪みの影響の無い立体像を表示すること
また,各奥行きの立体像において,変調度0.05に対応す
が可能である。
る空間周波数を11図(b)に示す。この場合は,立体像の
3.3 運動視差
空間周波数が,画素ずらしを適用しない場合の上限空間周
立体像をレンズアレーに対して正面から見た場合の様子
波数 γ を超えるため,立体像は折り返し歪みの影響を受け
を12図(a)に示す。インテグラル立体テレビでは,視点
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に応じて見える映像が変化する。上視点,下視点,左視
走査線4,000本級のフル解像度SHV映像システムを用いた
点,右視点から見える立体像の一部を拡大した様子を12
場合の上限空間周波数を超える空間周波数の立体像につい
図(b)∼(e)に示す。水平方向だけではなく,垂直方
て,視認することが可能な変調度が得られることを確認し
向についても,視点位置に対応した立体像が確認できる。
た。
以上のことから,インテグラル立体テレビへ画素ずらし
4.おわりに
法を適用することが,立体像の画質の向上に有効であるこ
画素ずらしを適用した走査線8,000本級の映像システム
とが示された。
を用いて,インテグラル立体テレビを試作した。理論的に
は,画素ずらしを適用することにより,ナイキスト周波数
本稿は,Optics Express誌に掲載された以下の論文を元に加
で立体像を生成可能な奥行きの範囲を,走査線4,000本級
筆・修正したものである。
のフル解像度SHV映像システムを用いた場合に比べて約
J. Arai,M. Kawakita,T. Yamashita,H. Sasaki,M. Miura,
2倍に拡大できる。試作装置により撮影および表示実験
H. Hiura , M. Okui and F. Okano :“ Integral Three ­
を行った結果,画素ずらしを適用することにより,画素ず
dimensional Television with Video System Using Pixel­
らしを適用しない場合に生じる折り返し歪みを回避できる
offset Method,”Optics Express,Vol.21,No.3,pp.3474­
ことを確認した。また試作装置のMTFを測定した結果,
3485(2013)
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35
報告
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19)ISO­12233 standard:“Photography­Electronic Still­picture Cameras Resolution Measurements”
(2000)
あらい
じゅん
かわきたまさひろ
洗井
淳
河北真宏
1995年入局。放送技術研究所において,立体
テレビシステムの研究に従事。現在,放送技
術研究所立体映像研究部主任研究員。博士
(工学)
。
やましたたかゆき
みうらまさと
山下誉行
三浦雅人
1995年入局。京都放送局を経て,1999年か
ら放送技術研究所において,広ダイナミック
レンジ撮像技術,高速度撮像技術,超高精細
撮像技術の研究に従事。現在,放送技術研究
所テレビ方式研究部主任研究員。
2008年入局。同年から放送技術研究所におい
て,インテグラル立体テレビの研究に従事。
現在,放送技術研究所立体映像研究部に所属。
博士(工学)
。
ひうらひとし
日浦人誌
2007年入局。同年より放送技術研究所におい
て,インテグラルフォトグラフィーなどの立
体映像に関する信号処理および映像評価の研
究に従事。現在,放送技術研究所立体映像研
究部に所属。博士(工学)
。
36
1990年入局。鹿児島放送局を 経 て,1993
年から放送技術研究所において,液晶デバイ
ス,空間光変調素子,3次元カメラ,立体テ
レビシステム,高臨場感映像・音響システム
の研究に従事。現在,放送技術研究所テレビ
方式研究部副部長。博士(工学)
。
NHK技研 R&D/No.144/2014.3