第 49 回日本理学療法学術大会 (横浜) 5 月 31 日 (土)10 : 25∼11 : 15 ポスター会場(展示ホール A・B)【ポスター 神経!脳損傷理学療法 16】 0805 健常成人に対する陽極 tDCS は膝関節伸展・屈曲最大筋力を増大させるか 佐野 知康,飯尾晋太郎,重松 孝 浜松市リハビリテーション病院 key words 経頭蓋直流電気刺激・膝・筋力 【はじめに,目的】 近年,脳卒中に対する神経リハビリテーションの 1 つとして経頭蓋直流電気刺激(transcranical direct current stimulation : tDCS) の治療効果が脳卒中片麻痺患者の上肢等で報告されている。しかし下肢機能に関する報告は少なく,健常成人を対象とし た下肢筋力に関する先行研究では,1 次運動野の下肢領域に対し 2mA,10 分間の陽極 tDCS を実施したところ,足趾のピンチ力 が向上した(Tanaka,2009)との報告があるが,膝関節周囲の筋力変化に関する報告はほとんど見当たらない。そのため,本研 究では健常成人に対して tDCS を実施し,膝関節伸展・屈曲最大筋力が増大するかを明らかにすることを目的とした。 【方法】 対象は右利きの健常成人男性 18 名(平均 28±7 歳)とした。対象者を無作為に tDCS 刺激群 9 名・偽刺激群 9 名の 2 群に割り付 け,対象者・測定者ともに刺激の有無が分からない二重盲検にて研究を実施した。tDCS による刺激は先行研究(Tanaka,2009) を参考とし,刺激強度 2mA で 10 分間行った。偽刺激は課題開始から数秒のみ 2mA の刺激を与え,その後刺激を与えない設定 した。tDCS は DC! STMULATOR GmbH 製を選択し,35cm2(5×7cm)の電極を用いた。陽極位置は先行研究(Kaski D,2012) や解剖学的知見より国際 10!20 法の「Cz 上」に,陰極は「左眼窩上面」に設置した。解剖学より 1 次運動野下肢領域は大脳皮 質の内側に位置し中心溝より前方に位置する。また国際 10! 20 法では Cz 後方に中心溝があるため,今回 Cz 上を左下肢運動領域 と定め陽極をこの位置に規定した。 評価項目は左下肢の膝関節伸展と膝関節屈曲の最大筋力とし, 刺激前, 刺激直後, 刺激より 30 分後にそれぞれ計測を行った。 刺激前の測定値を 100% とし,刺激後の変化率を算出した。膝関節伸展・屈曲最大筋力はバイオデックス(酒井医療)にて等速 性(角速度 60̊)の最大トルクを計測した。計測肢位は坐位にて体幹・骨盤をベルトにて固定し,膝関節 90 度屈曲位から,膝伸 展 0 度間を測定した。5 回計測し,中 3 回の最大トルクの平均値を体重で除し算出した。また筋疲労を考慮し刺激前の評価から 30 分間空け,刺激(偽刺激)を開始した。また tDCS 施行中の主観的な不快感と痛みを 0∼10 段階の Numeric Rating Scale(以 下:NRS)にて評価した。 統計処理は SPSS を使用し,2 群間の比較(Mann! Whitney) ・刺激前後での群内比較(Tukey の多重比較)を行った。尚,有意 水準は 5% 未満とした。 【倫理的配慮,説明と同意】 対象者には本研究の趣旨を説明し,書面にて同意を得て実施した。 【結果】 刺激前の測定値を基準とすると,tDCS 刺激群(9 名)の膝伸展筋力は 76.9∼114.2%(刺激直後)・82∼120.9%(30 分後) ,膝屈 曲筋力は 80.4∼112.3%(刺激直後) ・85.8∼129.5%(30 分後)となり,刺激前後において各筋力値に統計学的有意差は認められ なかった。 偽刺激群(9 名)の膝伸展筋力は 81.9∼113.5%(刺激直後)・76.8∼120.5%(30 分後) ,膝屈曲筋力は 89.8∼114.5%(刺激直後) ・ 89.1∼120.2%(30 分後)であり,tDCS 刺激群・偽刺激群の 2 群間に有意差は認められなかった。いずれの群においても刺激後 に各筋力値が増加する者・減少する者がみられる結果となった。また痛み・不快感は共に全被験者で NRS4 以下であった。 【考察】 今回,陽極 tDCS によって 1 次運動野の下肢領域が賦活され膝関節周囲の筋力が増大するとの仮説を立て研究を行った。tDCS 刺激群・偽刺激群ともに刺激後の筋力が対象者によって約 80∼120% と増減する結果となり,陽極 tDCS による最大筋力の増大 は証明されなかった。筋力の減少した理由として課題に伴う筋疲労が挙げられ,測定中に筋疲労を訴える対象者が数名みられ た。筋力が増加した理由は tDCS 刺激の効果やプラセボ効果が挙げられ,実際,偽刺激群にも「ピリピリ」という感覚を持った 者も多く,心理的な影響が考えられた。臨床応用の点では被験者全てに強い不快感や痛みを訴えることなく施行できる点は有用 であり,また先行研究(Tanaka,2011)では脳卒中片麻痺患者に対し 2mA,10 分間の陽極刺激後,麻痺側の膝伸展最大筋力が有 意に向上を認めたとの報告から,機能低下を起こしている患者には有効な可能性がある。しかし今回の研究課題として,電極の 位置を電気生理学的な検査を行わず規定したため,正確性が不十分であった。また最大筋力だけでなく筋の巧緻性や俊敏性の機 能の変化を評価する必要性があると感じた。そして筋疲労へ配慮を行い,長期介入としての効果も検証していく必要性があると 考えられた。 【理学療法学研究としての意義】 tDCS の研究はポジティブな報告が多いが,健常者に対し,膝関節最大筋力への tDCS 単独かつ即時的な影響は低い可能性があ るというネガティブな報告として意義があると考えられる。
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