ルート系から定まるトーリック多様体上の 交叉数とヤング図 阿部 拓 大阪市立大学 数学研究所 1 序 複素ベクトル空間 Cn の旗多様体 F l(Cn ) とは Cn の線形部分空間の列の成す空間である. F l(Cn ) = {V0 ⊂ V1 ⊂ · · · ⊂ Vn | Vi は Cn の線型部分空間で dimC Vi = i} SLn (C) を n 次の特殊線形群とし,T ⊂ SLn (C) を対角成分のみからなる部分群とする.こ のとき,SLn (C) は旗多様体 F l(Cn ) に自然に作用し,トーラス T はその制限として作用す る.このトーラス作用の一般軌道の閉包はトーリック多様体であることが知られている. このトーリック多様体を X と書く. 旗多様体 F l(Cn ) は n 次置換群 Sn の元 w ごとにシューベルト胞体 Cw と呼ばれる胞体を もち,X との共通部分 X ∩ Cw を考えるとこれらは X の胞体分割を与える.今,X ∩ Cw の X における閉包を Xw と書くとき,Xw のポアンカレ双対 [Xw ] は X の特異コホモロジー ⊕ の基底を成す:H ∗ (X; Z) = w∈Sn Z[Xw ].そこで,カップ積の展開 [Xu ][Xv ] = ∑ cw uv [Xw ] w∈Sn w において展開係数 cw uv ∈ Z が現れるが,この数 cuv はどのように記述される数だろうか.そ れについて考えたい.この問題を念頭に置いたうえで,構造定数 cw uv と等価な量である交 叉数をヤング図で計算する方法について述べる. 2 ルート系から定まるトーリック多様体 E n を実 n 次元ユークリッド空間とし,Φ ⊂ E n をルート系,W をそのワイル群とする. Φ からトーリック多様体を構成しよう.Π = {α1 , · · · , αn } を Φ の底(または単純ルートの 集合)とすると,その双対基底 Π∗ = {ω1 , · · · , ωn } が双対空間 (E n )∗ の中に決まる.特に 1 ωi (αj ) = δij であり,ωi は基本コウェイトと呼ばれる.このとき σ0 : = {f ∈ (E n )∗ | i = 1, · · · , n に対し f (αi ) ≥ 0} = {c1 ω1 + · · · + cn ωn ∈ (E n )∗ | i = 1, · · · , n に対し ci ∈ R≥0 } とおき,各 u ∈ W に対し σu := uσ0 と定める.ただし,Weyl 群 W の (E n )∗ への作用は E n への作用の双対作用で与える.各 σu は Weyl の部屋と呼ばれる.各 σu は (E n )∗ における 錐であり,全ての u ∈ W について錐 σu とその面(これもまた錐である)の集まりを考る とそれは (E n )∗ における扇をなす.ただし,格子点はコウェイト格子 N := ⊕ni=1 Zωi によっ て与える.この得られた扇を ∆(Φ) と書き,この扇に対応するトーリック多様体を X(Φ) と書くことにする.すなわち,X(Φ) は Weyl の部屋とコウェイト格子の成す扇に対応す るトーリック多様体である.このトーリック多様体 X(Φ) が実は 1 節に出てきたトーリッ ク多様体 X そのものなのである.すなわち,X(Φ) は一般化された旗多様体への標準的な トーラス作用の一般軌道の閉包として記述することもできる.X(Φ) の一般的な性質につ いては Batyrev-Blume [2],Klyachko [4],Procesi [5] などを参照されたい. 扇において特に 1 次元錐はトーラス作用で不変な複素余次元 1 の部分多様体と 1 対 1 に対 応し,トーリック多様体の幾何やトポロジーを記述するうえで重要である.我々の扇 ∆(Φ) の場合,1 次元錐の生成元全体はコウェイトの成す集合 Φ∗ := ∪u∈W {uω1 , · · · , uωn } ⊂ (E n )∗ で与えられる.扇 ∆(Φ) の性質から,トーリック多様体 X(Φ) はコンパクトで非特異なトー リック多様体であることが従う.∆(Φ) の構成からは明らかではないが,実は X(Φ) は射 影多様体である1 .また,構成より Weyl 群が X(Φ) に自然に作用する. X(Φ) のコホモロジー環 3 Φ をルート系とし,X(Φ) を前節で構成したトーリック多様体とする.X(Φ) を記述する 扇 ∆(Φ) の 1 次元錐の生成元の集合が Φ∗ = ∪u∈W {uω1 , · · · , uωn } であることは 2 節ですで に見た.すなわち,各 x ∈ Φ∗ ごとに,特性部分多様体と呼ばれる複素余次元 1 の部分多様 体 Dx ⊂ X(Φ) が定まる.Dx のポアンカレ双対を τx := [Dx ] と書くと,τx ∈ H 2 (X(Φ); Z) である.コンパクトかつ非特異なトーリック多様体の特異コホモロジー環を多項式環の商 として記述する方法はよく知られており (Danilov-Jurkiewicz),我々のトーリック多様体 X(Φ) の場合には次のように表示される. H ∗ (X(Φ); Z) = Z[τx | x ∈ Φ∗ ]/I ここで,I は次の形の 2 種類の元で生成される Z[τx | x ∈ Φ∗ ] のイデアルである. (i) τx1 · · · τxk ただし xi = uωi (i = 1, · · · , k) となるような u ∈ W は存在しない 1 旗多様体のある運動量多面体に対応する非特異射影的トーリック多様体である. 2 (ii) ∑n i=1 α, x τx (α ∈ Φ) さて,ワイル群の元 u ∈ W に対し,X(Φ) の部分多様体 Xu が次のようにして定まる. ∩ Xu := Duωi i∈[n] uαi ∈Φ− ただし,[n] = {1, 2, · · · , n} であり,Φ− は負ルートの集合である.Xu のポアンカレ双対 [Xu ] はコホモロジー環 H ∗ (X(Φ); Z) の元を定める.相異なる特性部分多様体 Dx1 , · · · , Dxk は横断的に交わるので,[Xu ] は次のようにと書くことができる. [Xu ] = ∏ τuωi ∈ H ∗ (X(Φ); Z) (1) i∈[n] uαi ∈Φ− 命題 3.1. (Klyachko [4], De Mari-Procesi-Shayman [3]) [Xu ] 達は X(Φ) のコホモロジー群 ⊕ の基底を成す:H ∗ (X(Φ); Z) = u∈W Z[Xu ]. そこで,カップ積の展開 [Xu ][Xv ] = ∑ w cw uv [Xw ] (cuv ∈ Z) w∈W w ∗ において展開係数 cw uv ∈ Z が現れる.この係数 cuv はコホモロジー環 H (X(Φ); Z) の(基 底 {[Xw ]}w∈W に関する)構造定数と呼ばれる.序説にも書いたが,構造定数 cw uv がどのよ うに記述されるかを調べたい. 少し間接的にはなるが,一つの方法として交叉数を用いる方法がある.X(Φ) のホモロ ジー基本類を µX(Φ) と書くとき,ホモロジーとコホモロジーのペアリング ( , ) を用いて X(Φ) における Y w , Xu , Xv の交叉数を w Iuv := (µX(Φ) , [Y w ][Xu ][Xv ]) ∈ Z により定める.ただし,Y w := w0 Xw0 w であり,w0 ∈ W は最長元である.サイズが |W | w の行列 I を Iuv = (µX(Φ) , [Y u ][Xv ]) で定めると,構造定数 cw uv と交叉数 Iuv の間に次の関係 があることが従う. w = Iuv ∑ Iww cw uv , cw uv = ∑ w (I −1 )ww Iuv (2) w ∈W w ∈W 2 w このようにして構造定数 cw uv と交叉数 Iuv は可逆な線形変換で結びついており ,この意味 w の計算は特性部分多様体の交 で両者は等価な量であると言える.(1) 式により,交叉数 Iuv 叉数の計算に帰着される.そこで,次節では特性部分多様体の交叉数をヤング図を用いて 計算する方法について述べる. 2 行列 I は上三角行列と思うことができ,必要なら逆行列を I の言葉で具体的に書き下すこともできる. 3 4 交叉数とヤング図 この節では特性部分多様体の交叉数のヤング図を用いた計算について説明する.An 型 についてのみ解説するが,他の古典型ルート系 B, C, D 型の場合も同様な議論を進めてい くことができる([1]). 2 節で述べたように,扇 ∆(Φ) の 1 次元錐の生成元の集合は Φ∗ = ∪u∈Sn+1 {uω1 , · · · , uωn } である.今,[n + 1] = {1, 2, · · · , n + 1} とするとき, Φ∗ → {S ⊂ [n + 1] | ∅ S [n + 1]} ; uωi → {u(1), · · · , u(i)} という全単射が定義され,これによって Φ∗ は [n + 1] の空でない真部分集合全体と同一視さ れる.すなわち,∅ S [n + 1] ごとに DS ⊂ X(An ) という特性部分多様体が定まってい るとしてよい.3 節で導入した記号にならって,DS のポアンカレ双対を τS ∈ H 2 (X(An ); Z) と書く.このとき,3 節で述べた X(An ) のコホモロジー環における関係式 (i) は (適当な入れ替えの下で)S1 ⊂ S2 ⊂ · · · ⊂ Sk となっていなければ τS1 τS2 · · · τSk = 0 と言い換えることができる.これは,この主張の仮定が成り立っていなければそもそも特 性部分多様体 DS1 , DS2 , · · · , DSk 達が X(An ) において交わらないということからくる関係 式である. さて,X(An ) への Weyl 群 Sn+1 の作用に着目すると次の補題が得られる. 補題 4.1. ∅ S1 ⊂ S2 ⊂ · · · ⊂ Sn [n + 1] および ∅ S1 ⊂ S2 ⊂ · · · ⊂ Sn る.このとき,i = 1, · · · , n について |Si | = |Si | ならば,次が成り立つ. [n + 1] とす (µX(Φ) , τS1 · · · τSn ) = (µX(Φ) , τS1 · · · τSn ) この補題は特性部分多様体 DS1 , DS2 , · · · , DSn が非自明に交わっている場合にその交叉 数 (µX(Φ) , τS1 · · · τSn ) が数の組 |S1 | ≤ |S2 | ≤ · · · ≤ |Sn | のみで決まってしまうことを意 味する.すなわち,λ = (|Sn | ≥ |Sn−1 | ≥ · · · ≥ |S1 |) をヤング図と思うとき,交叉数 (µX(Φ) , τS1 · · · τSn ) はヤング図 λ の言葉で述べられるはずである. そこで,交叉数の計算のために,ヤング図に値をとる関数を考える.今 λ を n 行からな るヤング図とし,各行の箱の個数は n 以下であるとする.λ の凸な角の数を s と置く.す なわち s = |{i ∈ [n] | λi > λi+1 }|.ここで,λn+1 = 0.凸な角を与える行の番号の集合を 次のように書く. {i ∈ [n] | λi > λi+1 } = {i1 , · · · , is } ただし i1 < i2 < · · · < is とする.特に is = n.各 r = 1, · · · , s に対し,次のように定める. ar := ir − ir−1 − 1, ここで,0 ≤ y ≤ x でなければ br := λir − λir+1 − 1, (x) y cr := λir + ir − n − 1 = 0 と約束する.これらの数の図形的な意味は比較的単 4 純である(図 1).実際,ヤング図 λ の(右上から)r 番目の凸な角の箱を黒く塗っておく と,ar は黒箱とその上側にある凹な角までの間にある箱の数であり,br は黒箱とその左側 にある凹な角までの間にある箱の数であり,cr は反対角線との交点と黒箱の間にある箱の 数である.これらの数はヤング図と反対角線を実際に書けば簡単に数えることができる. ar λ cr br cr s = 4 はヤング図 λ の凸な角の数. 図 1: ar , br , cr の図形的な意味 今,各 r = 1, · · · , s に対して(すなわち λ の各凸角に対して) ( )( ) ar br yr := cr cr と置き,I(λ) を次のように定める. I(λ) := (−1)n−s y1 · · · ys 次に述べる主結果により,特性部分多様体の交叉数はヤング図を用いて計算される. 定理 4.2. ([1]) ∅ S1 ⊂ S2 ⊂ · · · ⊂ Sn ( [n + 1] とするとき, ) µX(An ) , τS1 · · · τSn = I(λ) ここで λ はヤング図 (|Sn | ≥ |Sn−1 | ≥ · · · ≥ |S1 |) であり,µX(An ) は X(An ) の基本類である. w 詳細は [1] に譲るが,Y w , Xu , Xv の交叉数 Iuv は次のようにしてヤング図を用いて計算さ れる.まず Y w , Xu , Xv が交わっていなければ交叉数は 0 なので,これらは非自明に交わっ ているとしてよい(そのための必要十分条件は u, v, w の言葉で述べることができる).ま た,コホモロジー類 [Y w ], [Xu ], [Xv ] の次数の和は 2n としてよい(そうでなければやはり 交叉数は 0).[Xu ] の記述式 (1) により積 [Y w ][Xu ][Xv ] は n 個の τS 達の積として表される w ので,交叉数を計算するためのヤング図 λw uv が定まる(λuv は w, u, v のみから組み合わせ w 論的に定義できる).そこで値 I(λw uv ) を計算すれば,それがすなわち Y , Xu , Xv の交叉数 w を与えるのである.さらに,(2) 式を用いることで構造定数 cw Iuv uv も(逆行列を含むので 計算は一般に複雑であるが)ヤング図を用いて計算することができる. 5 参考文献 [1] H. Abe, Young diagrams and intersection numbers for toric manifolds associated with Weyl chambers, preprint, arXiv:1404.3805. [2] V. Batyrev and Mark Blume, The functor for toric varieties associated with Weyl chambers and Losev-Manin moduli spaces, Tohoku Math. J. 63 (2011), 581-604. [3] F. De Mari, C. Procesi and M. A. Shayman, Hessenberg varieties, Trans. Amer. Math. Soc. 332 (1992), no. 2, 529-534. [4] A. Klyachko, Orbits of a maximal torus on a flag space, Functional Anal. Appl. 19 (1985), no. 2, 65-66. [5] C. Procesi, The toric variety associated to Weyl chambers, Mots, 153-161, Lang. Raison. Calc., Herm`es, Paris, 1990. 6
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