タイムプレッシャーと注意の焦点化が P300および LRP に及ぼす影響

広島大学大学院教育学研究科紀要 第三部 第55号 2006 259−265
タイムプレッシャーと注意の焦点化が
P300および LRP に及ぼす影響
白石舞衣子・宮谷 真人
(2006年10月5日受理)
The effects of time pressure and attentional focus on P300 and lateralized readiness potential
Maiko Shiraishi and Makoto Miyatani
The effects of time pressure(TP)and attentional focus on stimulus evaluation and
reaction preparation processes were investigated using P300 and the lateralized readiness
potential(LRP). Event-related potentials(ERPs)were recorded from participants
performing visual discrimination tasks. In this task, participants were presented a series
of line pairs and required to judge whether the length of two lines were same or different.
TP was manipulated by using moderate or severe response time limits. TP effects on the
P300 and LRP latency were compared between two levels of discriminability, which was
manipulated by stimulus intensity. The direction of two lines were fixed or randomly
changed in each experimental block. In fixed-condition, participants were able to make
responses with focusing attention on a specific location in stimulus display. Results
indicated that P300 latency and response locked LRP latency were both affected by TP
regardless of stimulus intensity. However, attentional focus did not influence TP effects on
P300 latency and response locked LRP latency. These results suggest that the durations
of both stimulus evaluation process and reaction preparation process were reduced by TP
and that participants may use another strategy to adapt to TP other than focusing of
spatial attention.
Key words: Time pressure, Event-related potentials (ERPs), P300, Lateralized readiness
potential
キーワード:時間的切迫感,事象関連電位,P300,偏側性準備電位
人間は時間的制約を受けながら何か作業をしたり,
連の人間の情報処理過程に及ぼす TP の影響について
意思決定したりしなければならない時にタイムプレッ
は,まだ詳細に検討されていない。
シャー(以下 TP)を感じる。特に,専門的な職業に
人間の意思決定を支える情報処理過程には,刺激入
おいて,慢性的に TP 下での認知活動が行われている
力から運動反応出力までの情報処理の流れがあるとさ
とされている(Edland & Svenson, 1993)
。現代社会
れ,認知(刺激評価)系と反応(運動出力)系に大別
の中で,コンピューターによる制御のように,画面に
される。Dien, Spencer, & Donchin(2004)は,単純な
示される表示をもとに,対応を決めなければならない
弁別課題における認知系の処理段階とそれらに関連し
状況は非常に多いと考えられる。そのような状況に,
た ERP 成分について次のように示している。第1段
時間的制約が加われば,示された刺激をいち早く検出
階は刺激登録(Stimulus registration)の段階で,刺
し,それが何を伝えているのかを正確に判断し,対応
激事象が生じたという単純な登録であり,聴覚および
を決めなければならなくなる。しかし,このような一
視覚刺激に対して生じる外因性成分である P1や N1に
― 259 ―
白石舞衣子・宮谷 真人
反映される。第2段階は刺激選択(Stimulus selection)
よって,注意の焦点化を行いにくい条件と,刺激を固
の段階で,刺激事象が課題に関連した感覚チャンネル
定して呈示することによって,注意の焦点化を行いや
の一部であると,さらなる分析の対象となり,Processing
すい条件を含む課題を用いて,刺激評価が困難な状況
Negativity(PN)が惹起される。第3段階は刺激同定
下の TP が刺激評価過程に及ぼす影響について検討し
(Stimulus identification)の段階で,刺激の同一性あ
た。白石・宮谷(2005)では,視覚刺激として文字を用
るいは刺激のタイプが決定される。この段階と関連す
いたが,文字刺激を回転して呈示すると心的回転が行
る成分として,視覚性の N2や意味的刺激に対する
われ,課題要求が異なるため,本研究では刺激として
N400,P-SR が挙げられているが,モダリティ間ある
線分を用いた。
いは課題間で共通な ERP 成分は報告されていないよ
Pfefferbaum, Ford, Johnson, Wenegrat, & Kopell
うである。第4段階は刺激分類
(Stimulus categorization)
(1983)は,線分の長さの違いを弁別する課題をスピー
の段階で,刺激が課題に関連したカテゴリーに分類さ
ド重視条件および正確性重視条件下で実施した。ス
れた後の過程であり,P300に反映される。
ピード重視条件では基準時間(平均 RT −1
一方,反応系と関連する ERP 成分として,偏側性
超えるとフィードバック音が呈示された。その結果,
準備電位(lateralized readiness potential: LRP)が挙
正確性重視条件に比べ,スピード重視条件の方が
げられる。LRP は反応選択時の左右の運動野の頭皮
P300潜時は40 ms,反応時間は235 ms 短くなった。
上(C3 および C4 。C3 は C3の1cm 前などのように
このことから,スピード重視の教示によって,反応処
定義される。C4 は C3 の対側)から記録された電位を
理が主に影響され,刺激評価は少し短くなったと結論
加工したもので,運動準備や運動実行に密接に関連し
づけている。また,線分の長さの違いの弁別が易しい
ている(Coles, 1989)
。さらに,
Osman & Moore(1993)
条件(線分の30%の長さが異なる)よりも難しい条件
によれば,刺激呈示に同期した LRP は運動の活性化
(線分の7%の長さが異なる)において,P300潜時お
開始前の過程を反映し,反応に同期した LRP は運動
よび反応時間が長くなった。しかし,教示と弁別の難
の活性化開始後の過程を反映する。前者は刺激に対応
易度による交互作用はみられなかった。このように,
した反応手の選択段階に関連し,後者は選択された反
TP の効果は見られたものの,刺激の弁別の難易度に
応手の実際の運動実行段階に関連していると考えられ
よって,TP 効果が変調するという白石・宮谷
(2005)
の
ている。このように,TP が情報処理過程のどの段階
ような結果は得られていない。本研究において,白石・
に影響を及ぼすかについて検討する際には,それぞれ
宮谷(2005)と類似した事態下で,文字の弁別課題から
の段階に対応した ERP 成分を測定し,検討すること
線分の長さの異同判断課題に課題が変わっても,同様
が有効であると言える。
の結果が得られるのかについても検討した。また,
白石・宮谷(2005)では反応選択課題における TP
LRP を指標として TP が反応準備過程に及ぼす影響
の効果について,刺激評価過程を反映する P300を指
についても検討した。
標として検討し,刺激評価が難しい状況下では,TP
)を
方 法
の影響により P300潜時が短縮し,刺激評価過程が短
縮することが示唆された。刺激評価過程が短縮する理
由として,刺激の特定の部分に対する注意の焦点化が
参加者 視力(矯正視力を含む)の正常な右手利き
挙げられる。例えば,TP を強く感じている場合には,
成人12名(男性4名,22-39歳)。
文字“F”と“J”の弁別反応において,参加者は文
刺激 視覚刺激として回転させた(0,90,180,270度)
字の明らかに異なる部分にのみ注意を焦点化すること
長さの等しい線分対(2cm,視角で1.2度)と異なる
によって,刺激評価を十分に行わなくとも,文字の弁
線分対(2cm と1.4 cm,視角で0.8度)を用いた(観
別を可能にしたために,刺激評価過程が短縮した可能
察距離1m,Figure 1)。刺激は26.3 cd/m2(易刺激)
性が考えられる。Maule & Edland
(1997)
によると,TP
および4.5 cd/m2(難刺激)の灰色の線分であり,背
下の意思決定では,情報処理の速度やテンポを上げる,
景2.2 cd/m2の液晶モニターに呈示した。刺激の強度
より選択的に処理する,
優先させる情報処理を変える,
は,白石・宮谷(2005)および Verleger, Neuk ter, K
意思決定ルールを変更する,といった適応方略が変化
mpf, & Vieregge(1991)に近似した値に設定した。全
すると考えられている。したがって,刺激の異なる部
ての刺激がランダムに呈示されるランダム条件と,回
分を選択的に処理するといった方略をとる可能性は十
転角度の等しい刺激のみが呈示される固定条件があっ
分に考えられる。
た。ランダム条件では,24種類の刺激をランダムな順
そこで本研究では,刺激を回転して呈示することに
序で呈示した(1ブロック192試行)。固定条件では,
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タイムプレッシャーと注意の焦点化が P300および LRP に及ぼす影響
回転角度の等しい刺激のみを,ランダムな順序で呈示
オフライン処理で両耳朶の平均を基準とする電位を
し,回転角度ごとにブロック化して呈示した(高 TP
計算し,さらに0.08−30 Hz のデジタルフィルターに
条件では1ブロック144試行,中 TP 条件では1ブロッ
よって処理したデータを分析した。分析区間は刺激呈
ク96試行)。なお,長さの等しい線分対と異なる線分
示前100 ms から呈示後800 ms の間とし,刺激呈示前
対は同数呈示した。刺激の呈示時間は300 ms,刺激
区間をベースラインとして各試行における振幅を算出
間間隔(onset − onset 間隔)は,1 050−2 550 ms の
した。誤反応,制限時間よりも反応時間が長い試行,
範囲でランダムとした。
いずれかのチャンネルで100μv 以上の振幅を記録し
た試行を除き,刺激評価の難易度(易刺激,難刺激)
と課題(単純,高 TP・ランダム,高 TP・固定,中
TP・ランダム,中 TP・固定)を組み合わせた10条件
Figure 1. The stimuli used in this experiment.
別に加算平均した。また,C3および C4の波形から,
刺激および反応に同期した LRP を算出した。刺激同
期 LRP の分析区間は刺激呈示前100 ms から呈示後
課題 単純反応課題と TP の異なる2つの選択反応
800 ms の間とし,刺激呈示前区間をベースラインと
課題を実施した。単純反応課題ではランダム条件のみ
した。反応同期 LRP の分析区間は反応前300 ms から
を,選択反応課題ではランダムおよび固定条件を実施
反応後200 ms とし,ベースラインは刺激呈示前区間
した。参加者は単純反応課題では全刺激に対し,右の
100 ms とした。
キーを押して反応し,選択反応課題では線分の長さが
なお,LRP 潜時の同定は,ジャックナイフ法(Ulrich
等しい場合には左のキー,線分の長さが異なる場合に
& Miller, 2001)を用いた。ジャックナイフ法に従い,
は右のキーを押して反応した。参加者には,選択反応
参加者を1名ずつ除いた総加算平均波形(本研究では
課題のランダム呈示条件では,線分の長さが異なる部
12波形)を条件ごとに算出し,条件最大振幅の1/2の
分が上下左右ランダムに呈示されることを,固定呈示
振幅にあたる時点を潜時とした。分散分析において算
条件では,線分の長さが異なる部分が呈示される位置
出された
を知らせた。制限時間を単純反応課題では400 ms,
値を(参加者数−1)の二乗で割った値を
値とし, 分布確率を求めた。
中 TP 選択反応課題では550 ms,高 TP 選択反応課題
結 果
では,練習試行において,各条件での正答率(全試行
中制限時間内に正答した割合)が約60%以上となった
時間とし,それぞれの制限時間内に反応するよう参加
主観的側面 課題における TP 操作の妥当性を確認
者に教示した。制限時間内に反応できなかった時には
するために,高 TP 条件および中 TP 条件の NASA −
フィードバック音で知らせた。
TLX の下位項目(知的・知覚的要求,身体的要求,
手続き 単純反応課題を1ブロック,高 TP ランダ
TP,作業成績,努力,フラストレーション)
の得点
(0−
ム課題を3ブロック,中 TP ランダム課題を2ブロッ
100点)について,下位項目ごとに 検定を行った。
ク,高 TP 固定課題および中 TP 固定課題をそれぞれ
その結果,身体的要求( (11)=3.26, < .01)
,TP( (11) =
4ブロック実施した。同一課題は連続して実施し,課
題の実施順序は参加者間でカウンターバランスした。
5.17,
< .001)
,作業成績( (11) =2.89,
( (11) =2.72,
各課題終了後に主観的 TP 感を測定するための NASA −
< .05)
,努力
< .05)
,
フラストレ−ション
( (11) =3.23,
< .01)の項目において,中 TP 条件よりも高 TP 条
TLX(芳賀・水上, 1996)
を実施した。
件で得点が有意に高かった。
脳 波 の 記 録 と 分 析 銀・ 塩 化 銀 電 極 を 用 い Fz,
行動測度 各条件の平均反応時間および制限時間を
F3,F4,Cz,C3,C4,Pz,P3,P4,T5,T6,O1,
超えた試行の割合を Table 1に示す。
O2から脳波を,左眼窩上下から垂直 EOG を,左右の
単純反応課題における反応時間について 検定を
眼窩外側縁部から水平 EOG 導出した。左右耳朶にも
行った。その結果,易刺激よりも難刺激に対して反応
電極を置き,電位を記録した。電極間抵抗は,5kΩ
時間が長かった( (11) =9.91,
以下であった。脳波と眼電図はデジタル脳波計 EEG −
課 題 に お け る 反 応 時 間 に つ い て,TP( 高 TP, 中
< .0001)。選択反応
1100(日本光電)を用いて増幅した。この脳波計では,
TP)×刺激呈示方法(ランダム・固定)×刺激強度
記録時の基準電極は C3と C4の平均電位,帯域通過周
(大・小)の3要因分散分析を行ったところ,TP の
波数は0.016−300 Hz となる。サンプリング周波数は
主効果( (1, 11) =70.81,
< .0001),刺激呈示方法の
1 000 Hz であった。
主効果(F (1, 11) =18.29,
< .01),刺激強度の主効果
― 261 ―
白石舞衣子・宮谷 真人
Table 1 Mean reaction times, accuracies, P300 latencies, P300 amplitudes, Stimulus locked
LRP latencies, Response locked LRP latencies and proportion of trials over time
limits for each stimulus in each task with standard deviations in parentheses
( (1, 11) =148.44,
< .0001)
,および TP ×刺激強度
の交互作用
( (1, 11) =21.34, < .001)
が有意であった。
高 TP 条件よりも中 TP 条件で固定呈示条件よりもラ
ンダム呈示条件で,刺激強度が大きく弁別が易しい条
件よりも難しい条件で,反応時間が長かった。TP に
よる反応時間の短縮(TP 効果)は,弁別が易しい条
件よりも難しい条件で大きかった。反応時間にみられ
る TP 効果が,制限時間(高 TP 条件:各条件での正
答 率 が 約60 % 以 上 と な っ た 時 間, 中 TP 条 件:
550ms)を設定し,それ以上時間がかかった試行を分
析から除外したために生じたものであるかどうかを検
討するため,制限時間を超過した試行も合わせて同様
の3要因分散分析を行ったところ,制限時間超の試行
を含まない分析と同様の結果が得られた。すなわち,
TP の主効果(
(1, 11) =16,84,
< .001)
,刺激呈示
方法の主効果(
(1, 11) =6,77,
< .05)
,および刺激
強度の主効果( (1, 11) =119.43,
< .0001)が有意で
あった。選択反応課題における各条件の正答率(制限
時間内の反応数に対する正答の割合)を Table 1に示
す。TP ×刺激呈示方法×刺激強度の3要因分散分析
を行ったところ,TP の主効果(
(1, 11) =28.71,
<
.0001)および刺激強度の主効果( (1, 11) =20.20,
<
.001)が有意であった。中 TP 条件よりも高 TP 条件で,
Figure 2. Grand average of ERPs at Pz
plotted with overlapping waveforms for the severe TP and
moderate TP conditions and
for the easy and difficult stimuli. Waveforms for the random
and fixation conditions are
shown at the top and bottom.
刺激強度が大きく弁別が易しい条件よりも難しい条件
300−500 ms 付近で最大振幅を示す陽性電位が出現し
で,正答率が低かった。
た。この陽性電位は Pz で優勢であり,出現潜時や頭
ERP Figure 2に単純反応で得られた2波形(Pz)
皮上分布から P300であると考えられる。
を重ね書きして示した。Figure 3に,選択反応課題で
P300が最も顕著に出現した Pz 波形について,刺激
得られた4波形(Pz)を重ね書きして,刺激呈示条
後300−600 ms 区間で最大の陽性電位を示した点を
件別に示した。全部位および全条件において,刺激後
P300頂点とし,その潜時と振幅を条件別に測定した
― 262 ―
タイムプレッシャーと注意の焦点化が P300および LRP に及ぼす影響
Figure 3. Grand average of the Stimulus
locked LRPs plotted with overlapping waveforms for the severe TP and moderate TP conditions and for the easy and
difficult stimuli. Waveforms for
the random and fixation conditions are shown at the top and
bottom.
(Table 1)。単純反応課題における P300潜時について
検定を行ったところ,刺激強度が大きく弁別が易しい
条件よりも難しい条件で,P300潜時が長かった( (11)=
3.41,
< .001)。P300振幅について同様の分析を行っ
たが,
有意な結果は得られなかった
( (11) =1.51,
)
。
選択反応課題における P300潜時について TP ×刺激
Figure 4. Grand average of the Response
locked LRPs plotted with overlapping waveforms for the severe TP
and moderate TP conditions and
for the easy and difficult stimuli. Waveforms for the random and fixation conditions are shown at the
top and bottom.
呈示方法×刺激強度の3要因分散分析を行ったところ,
TP 条件よりも高 TP 条件で P300振幅が大きかった。
TP の主効果(
< .01)
,刺激呈示方
刺激および反応に同期して算出した選択反応課題時
(1, 11) =5.95,
< .05)
,および刺激強
の LRP の総加算平均波形を呈示条件別に Figure 3お
度の主効果( (1, 11) =52.77,
< .0001)が有意であっ
よび Figure 4に示す。刺激同期 LRP 潜時について,
法の主効果(
(1, 11) =10.01
た。高 TP 条件よりも中 TP 条件で,固定呈示条件よ
TP ×モダリティ×刺激強度の3要因分散分析を行っ
りもランダム呈示条件で,刺激強度が大きく弁別が易
たところ,刺激強度の主効果のみが有意であり(
しい条件よりも難しい条件で,P300潜時が長かった。
(1, 11) =29.97
なお,P300潜時については,制限時間を超えた試行
しい条件よりも難しい条件で,刺激同期 LRP 潜時が
を含めた分析は行わなかった。本実験では制限時間を
長かった。
超 え た 時 点 で フ ィ ー ド バ ッ ク 音 を 呈 示 し て お り,
反応同期 LRP 潜時について,同様の分析を行った
P300の出現時間帯にフィードバック音による ERP が
ところ,TP の主効果のみが有意であり(
重複して惹起されるため,適切な分析が行えないため
22.49, < .001),中 TP 条件よりも高 TP 条件で,反
である。
応同期 LRP 潜時とキー押し反応との時間間隔が短
P300振幅について同様の分析を行ったところ,TP
かった。
の主効果( (1,11) =16.51
< .01)が有意であり,中
― 263 ―
< .001),刺激強度が大きく弁別が易
(1, 11) =
白石舞衣子・宮谷 真人
考 察
(2005)では400 ms であったが,本研究では練習にお
ける正答率(全試行中制限時間内に正答した割合)が
本研究では注意の焦点化によって,刺激評価が困難
60%以上になるよう設定した。反応時間や正答率,
な事態下の刺激評価過程と反応準備過程への TP 効果
P300潜時,制限時間を超えた試行の割合を比較する
がどのように変化するかを検討した。まず,NASA−
と,白石・宮谷(2005)よりも本研究の課題の方が容易
TLX による主観的側面の評価において,TP の項目得
であったと推測される。課題遂行に最も関連した処理
点が中 TP 条件よりも高 TP 条件で高かった。このこ
過程に対する課題要求が増すと,TP の影響が顕著に
とから,参加者は,中 TP 課題よりも高 TP 課題にお
現れる可能性が示唆されている(白石・宮谷,2005)
いてより強く TP を感じており,TP の操作は妥当で
ことから,課題要求の違いによって,TP 効果の現れ
あったと言える。同時に,参加者は中 TP よりも高
方が異なったのではないかと考えられる。
TP 課題において,身体的要求,作業成績,努力,フ
本研究の目的である,注意の焦点化の影響について
ラストレーションといった他の精神的負荷もより強く
見てみると,刺激を回転して呈示した場合よりも,固
感じていたことが示された。
定して呈示した場合に RT,P300潜時および LRP 潜
単純反応課題および選択反応課題の両方において,
時が短くなったことから,弁別に必要な刺激の差異を
刺激強度が大きい刺激よりも小さい刺激に対して反応
同定しやすい場合には,反応選択が容易になったと考
時間と P300潜時が長くなった。これは,白石・宮谷
えられる。しかし,TP 効果は刺激呈示方法によって
(2005)と同様の結果であり,刺激強度の低下によって
変調しなかったことから,TP による刺激評価過程の
知覚的符号化が難しくなり,P300潜時が増加したと
短縮は,刺激への注意を焦点化することによって,刺
考えられる(Verleger et al., 1991)
。よって,実験で
激評価過程が途中で打ち切られたために生じていると
用いた刺激強度の操作は,従来の研究結果と本実験の
はいえず,参加者はその他の方略で TP に適応してい
結果を比較する上で適切であったと考えられる。
る可能性が示唆された。
選択反応課題において,TP の増加に伴って反応時
反応準備過程における TP の影響について見てみる
間が短くなった。この TP 効果は,制限時間を超過し
と,刺激同期 LRP 潜時は TP の影響を受けなかった
た試行を含めた分析でもみられたことから,制限時間
一方,反応同期 LRP 潜時は,中 TP 条件よりも高 TP
の操作の結果として,分析した試行に反応時間の短い
条件で短くなった。このことから,刺激が呈示されて
試行が多く含まれていたから生じた擬似的な効果では
から,運動準備が活性化するまでの時間は TP によっ
なく,TP の増大により,参加者が意図的に速く反応
て短縮せず,運動準備が活性化してから実際に反応が
しようとした結果であると考えられる。
実行されるまでの時間が TP によって短縮したと推測
次に,白石・宮谷(2005)で得られた,TP の効果
できる。
と 刺 激 評 価 の 困 難 度 の 関 係 に つ い て 見 て み る と,
本研究では,刺激弁別のための刺激間の差異に注意
P300潜時において,TP と刺激強度の交互作用が得ら
を焦点化することが,TP に適応するための方略とし
れず,刺激評価が困難な場合に刺激評価過程が短縮す
てとられているのかを検討することであったが,その
ることはみられなかった。Pfefferbaum et al.(1983)
可能性を示唆する結果は得られなかった。TP 効果に
と課題や TP の操作方法が異なるものの,同様の結果
対する注意の焦点化の影響をとらえるには,いくつか
が得られた。しかし,TP の主効果は得られており,
の改善点が必要であると考えられる。まず,刺激の呈
参加者の主観的 TP 感によって,刺激評価過程が短縮
示方法についてである。本研究のランダム条件では,
したと考えられる。
TP に適応するのに注意の焦点化が有利に働く場合と
本研究で,白石・宮谷
(2005)と同様の TP と刺激強
不利に働く場合が混在していた可能性が考えられる。
度の交互作用が得られなかった理由として,課題難易
本研究では,線分の長さが異なる部分が,ブロック中
度の違いが考えられる。白石・宮谷
(2005)
では,アル
同じ位置に呈示されるか,4つの位置にランダムに呈
ファベットの聴覚刺激および視覚刺激の弁別を行っ
示されるかによって,注意の焦点化の行い易さを操作
た。一方,本研究では,視覚刺激のみの弁別(線分の
した。しかし,例えば,手がかりによってあらかじめ
長さの異同判断)を行った。Falkenstein, Hohnsbein,
注意の焦点化を誘導する条件とそうでない条件を設け
& Hoormann(1994)は,聴覚と視覚の両方のモダリ
て,同じブロック内で注意の焦点化の効果を評価する
ティに注意を分配しなければならない時は,そうでな
ことが可能になると考えられる。その際,注意の過程
い時よりも課題が困難であると述べている。さらに,
を反映する N1− P2成分を測定することによって,刺
高 TP 条件での制限時間が異なっていた。白石・宮谷
激評価過程以前における TP 効果と注意の焦点化の関
― 264 ―
タイムプレッシャーと注意の焦点化が P300および LRP に及ぼす影響
係を明らかにすることが必要であると考える。
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