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潮汐現象を力学的に理解しよう
井本一郎
平成 27 年 1 月 2 日
1
はじめに
地球上の潮汐現象は、地球上のある地点で潮位が周期的に変動する現
象です。約6時間ごとの満潮→干潮→満潮→干潮・
・
・のサイクルと、約7
日ごとにおこる大潮→小潮→大潮→小潮・
・
・のサイクルが和になって組
み合わされたものです。満潮位と干潮位の差(潮差)は1∼2m程度と
みてよいでしょう。このブログは、これらのサイクルが起こる理由を力
学的に説明することを目標にして作成したものです。なぜ、このわかり
きったような問題をとりあげたのでしょうか?
筆者は、漁師さんの仕事に関わる倉庫作業もやっています。漁師さん
の仕事というのは、とにかく海に左右されます。シラス、海苔、カツオ
が採れたり採れなかったり。海苔漁の日程も潮汐によって決められます。
そこで常識のレベルで海のことを知りたいと思い、
「海の科学:海洋学入
門〔第3版〕」のような本を数冊読んでみました。そしていきなり理解で
きないで躓いたのが「潮汐現象」でした。しかし、しだいに記述してある
ことは間違いではないものの、途中の説明が不適切で、高校で習うよう
な力学と結びつけることが難しいため理解できないということがわかっ
てきました。そして「こういう説明をするべきだ」と思うとともに、こ
の問題に関わった時間的損失を考えると腹が立ってきました。これから
「どういう説明をしたらよいか」について書いてゆきます。手にとること
のできた「海洋科学」
「力学(物理学)で潮汐を取り上げているもの」に
ついて問題点を指摘します。
1
2
潮汐現象の力学(起潮力について)
宇宙に固定されて、その中でニュートンの運動法則がなりたつ座標系
を「慣性系」といいます。
「潮汐現象」を説明するために、地球上にある
単位質量の物体にニュートンの運動方程式を当てはめて、どのような力が
働くか調べます。また、地球・月・太陽を合わせた質点系に同様にニュー
トン力学を適用します。そして地球上で見て、月周りの互いの公転や太
陽周りの公転が原因で、地球上の単位質量の物体が面を通して周りに及
ぼす力を導きます。この力を「起潮力」と呼びます。起潮力が発生すると
地球の変形が起こります。これが潮汐現象です。
2.1
起潮力の水平成分で見えてくる潮汐現象
図1を見てください。この図は [5] から引用させていただいたものです。
潮汐現象の本質をよく表していると思います。月(あるいは太陽)に面
した部分と、反対の部分が膨らんでいるように見えます。
図 1: 起潮力の水平ベクトル
地球は約24時間で自転しているので約6時間ごとの満潮→干潮→満
潮→干潮・
・
・のサイクルと、約7日ごとにおこる大潮→小潮→大潮→小
潮・
・
・のサイクルが起こることは明白です。しかし、なぜ月(あるいは太
陽)に面した部分と、反対の部分が膨らむのでしょうか。
「起潮力」とは
何でしょうか。矢印は起潮力の水平(水平線方向)成分です。垂直成分は
どうなっているのでしょうか。起潮力と潮位の関係はどうなっているの
でしょうか。
2
2.2
慣性系と地球座標系でみた起潮力の発生
図2を見てください。
図 2: 起潮力とは
地球と月を合わせた「2体系」が共通重心の周りを回っています。慣性
系でみた場合と、地球に固定された座標系(地球座標系)で見たときに
3
分けて表しています。起潮力は、地球座標系で見たときに注目した地上
の物体が、月や太陽との相互作用で新たに発生させる面を通した力(面
心力)です。起潮力により地球の変形(例えば潮位変化、地球全体の伸
縮)が起こります。逆に地球の変形が起きているので起潮力が発生する
ということもできます。
図2は黒く塗りつぶした P(1Kg) の部分にどのような力が働き、その部
分がどのような加速度をもつかを慣性系(左側)で表しています。また、
地球座標系(右側)では P(1Kg) が周囲にどれだけの力を与えるかを示し
ています
P(Kg) の部分の運動は、地球の自転がない(としたときの)運動、プ
ラス地球の自転による運動の加算、プラス月との共通重心周りの公転運
動の加算、プラス太陽との共通重心周りの公転運動の加算、プラス火星
との共通重心周りの公転運動の加算、プラス金星・
・
・木星・
・
・という具
合に加算していけば決めることができます。そして慣性系でみれば P 点
(1Kg) の部分の運動は、
「P 点(1kg)の加速度=P 点にかかる P 以外の部
分からの引力+P に接触する面を通じて与えられる力 (e)」です。これは
ニュートンの運動方程式を適用した結果です。
同じ運動を、地球座標系で観測すると「P(1Kg) の部分が遠心力と月に
よる引力を、面を通して周囲に及ぼしているということになります (f)。
これが「起潮力」です。さきほど、慣性系でPが面を通して受けた力と
大きさは同じで逆方向になっているのはPが面を通して「与えられる力
と及ぼしている力」を考えているので当然のことです。
注意しなければならないことは、ニュートンの運動方程式は、その瞬
間の力と加速度のことを言っているだけで、後の運動はその運動方程式
を解けば自動的に決まるということです。非常に機械的・シンプルで間
違いの発生しにくいところにも価値があります。
もっとも運動方程式を解けば自動的に決まるとは言っても、3体問題
以上は解析的に解けないし、数値的に解くにしても力と運動の関係は物
体の性質で決まるため複雑で手に負えない感じがします。運動方程式だ
けでは、例えば (g)(h) のようなケースが起きることも有りうることにな
ります。ここで大胆な条件追加をします。図 (g) の追加の加速度 ∆(ma)
を常に0とします。この条件追加は、状況を思い浮かべれば妥当だと了
解していただけると思います。追加の加速度が0なら、起潮力は図 (e)(f)
で表されるものに限定され、この起潮力が地球の変形(例えば潮位変化、
地球全体の伸縮)のために作用しているはずという論理です。地球の変
4
形が潮汐現象の原因です。
多くの解説書にある「地球上のどの地点でも潮汐による遠心力は同じ」
というわかりにくい表現は、
「このように運動を固定すれば、地球自転の
影響を取り除いた潮汐だけの影響を考慮したものになる」という錯覚に
よるものと思います。運動方程式から始まる力学とは相容れない複雑な
考え方です。
2.3
起潮力の一般的表現、鏡面対称
図3を見てください。
図 3: 起潮力の計算(標準法)
地球を球として、3次元的にみたときの起潮力の表現を試みたもので
す。このブログでは、公転面に沿った二次元の解析しか行っていないの
で、この部分は読まなくてもよいと思います。地上の7箇所および GE の
位置にある単位質量の物体に働く力を表しています。GE 以外は、その合
5
計が 0 になりません。そこで GE 以外のすべての地球部分に(引力+遠心
力=起潮力)が発生します。以下、地球座標の観測者の観測に基づき潮
汐現象を詳しく見ていきます。
最初に引力を見ていきます。図3で、引力方向はほぼ GE と G(共通重
心)を結ぶ軸とほぼ平行です。月までの距離が地球半径に比べて圧倒的
に長いからです。任意の点 x の単位質量に働く引力 Fg (x) は次の式で与
えられます。ここで G は万有引力定数、MM は月の質量、 RPM は点 P と
月重心の距離、Fˆg(大きさは 1N)は月に向かい、軸と平行な方向の単位
ベクトルです。
Fg (x) = GMM
1 ˆ
Fg
2
RxM
つぎに地球の、任意の点 x における単位質量に働く遠心力 Fc (x) を求め
ます。G(共通重心)から x に向かう位置ベクトルを r Gx [m] を使い、加
速度の大きさは rGx ω 2 なのでこれに運動方程式 F = ma を当てはめ方向
と大きさを合わせてベクトルで表すと ω 2 r Gx [N] になります。
目的の起潮力 Ft (x) は、遠心力と、引力のベクトル和で次の式で表され
ます。
1
Ft (x) = Fg + Fc (x) = GMM 2 Fˆg + ω 2 r Gx
(2.1)
RxM
図3でもっと重要なことがあります。遠心力と引力は軸の上下に鏡面
対称になります。式からも明らかです。そこで起潮力も鏡面対称になり
ます。軸の下半分は、その地点の水平線方向の起潮力成分を抜き出して
描いたものです。図1の矢印と同じものと思ってください。軸の上半分
の矢印の長さに比べてすごく短いけれども方向が揃っています。
2.4
海水にかかる起潮力と海面の盛り上がり量
海水は、天体スケールでみると球形の地球に張り付いた薄い膜です。し
かし、地表からは平均深さ4000mのプールが水平方向に広がってい
るように見えます。陸上の基準位置からの海水面の盛り上がりが「潮位」
であり、
「潮位」が月や太陽の影響により規則的に変化するのが「潮汐現
象」ということができます。そこで流体の静力学により、平均深さ40
00mのプールに「起潮力」が作用したときに、どのような「潮位」の
変化が起こるか導きます。
6
2.4.1
起潮力水平成分の影響
図4を見てください。図3を地上にいる観測者の立場でみたものです。
地上の観測者は A.B. から M と真っ直ぐ進んでいるつもりですが、図3
ではどういうわけかもとの A に戻ってしまいます。この問題は奥深い気
がするので別の機会にまわすことにして、都合に応じて図3で考えたり、
図4で考えたりしましょう。
三角形は基準水準点を表しています。図3と対応させて見てください。
例えば日本では東京湾霊岸島の平均海面0mの基準水準点になり、これ
を基にして全国的に水準点を網羅して各地の標高を表しています。
図 4: 起潮力の水平成分による潮位の変動
破線は起潮力のため潮位が変化したことを表しています。この潮位は
水準点からの高さで表されることに注意してください。そんなことは当
たり前だと思われるかもしれません。あとでも触れますが、起潮力の影
響で水準点も動きます。しかし地上にいる人はそれに気がつきません。起
潮力は水準点も合わせて動かしてしまいます。しかし地上の観測者は水
準点が動いたことに気がつかず、観測される海面の動きだけが起潮力の
結果だと判断します。これが潮汐現象を理解しにくい原因の1つです。
さて、もとの実線の海面が、起潮力によって破線のように変化するわ
けです。海水が右から圧迫されて、陸地に押し付けられるので破線のよ
うに盛り上がり、平衡状態になって止まることが感覚的にわかります。そ
7
こで変化量を定量的に検討します。平均海面からある深さにある、1m ×
1m × 10000000m の海水の柱を考えましょう。矢印に示されるような力
がかかっていて、P で表される微小部分に圧力が追加されてかかります。
この圧力を求めるため、次のように考えてみると良いと思います。単位
質量に働く起潮力を図のように 1m × 1m × 10000000m の海水の柱につ
いて合計します。すると図の P 点の単位面積当たりに働く左右方向の垂
直応力(圧力)が求まります。約 3400[Pa] と計算されます。流体の静力
学によると、ある点 P の垂直応力(圧力)は一定(P 点を含む任意の微
小二等辺三角柱はつりあっていて動かないことから簡単に証明できます)
なので左右方向の応力が増加すればそれに見合う上下方向の応力も増加
しなければなりません。それが海面の盛り上がりによって起こるのです。
P点の海面が 1m 盛り上がると圧力は 9800[Pa] 増加します。したがって
比例計算により、約 3400[Pa] の圧力増加を起こすには 35cm の海面上昇
が起こる必要があります。これは平均海面から 18cm 潮位が変動すること
を表しています。
いままでは月による効果でした。太陽についても同様な計算を行うと
16cm の海面上昇が起こる必要があります。これは平均海面から 8cm 潮位
が変動することを表しています。太陽による潮汐現象は、月による潮汐
現象の半分、あるいは 46%とする解説書の根拠をよく示していると思い
ます。計算の詳細は Excel ファイルを参考にしてください。
2.4.2
起潮力垂直成分の影響
図5を見てください。
起潮力の垂直成分が潮位変化を起こすことを直感的に理解するための
簡単な実験です。コップに濃い目の食塩水を作ります。その深さを H と
します。少し太めのストロー(タピオカ用など)を用意します。ストロー
の一端Aを指で押さえ真水を H 位の高さまで注ぎます。ストローのもう
片方Bを空気が漏れないようにしっかり塞ぎAから指を離しコップに入
れます。コップの底とAの間がわずかに空くようにしてBから指を離し
ます。すると図5のように真水のほうが h だけ液面が高くなって止まり
ます。
h の計算式を図5に入れてあります。この実験では ρ は実際の密度を表
しています。しかし起潮力の垂直成分 T N の影響を検討するときは単位
質量あたり 9.8[N] の力が働くところが 9.8 − T N [N] しか働かないことに
なります。
8
図5の ρ1 /ρ2 は (9.8 − T N1 )/(T N2 ) に置き換えることができます。また
H として、海洋の平均水深 4000m をとって計算します。
図 5: 起潮力の垂直ベクトルによる潮位の変動
その結果、起潮力の垂直成分の潮位に及ぼす影響は 1mm 以下であり、
無視してよいことがわかります。起潮力としては垂直成分のほうが水平
成分よりはるかに大きい(図3)のに潮位に及ぼす影響が小さい理由は
二つあります。まず、垂直成分では周囲との差が潮位に直接関係する。食
塩水の実験で濃度差がなければ液面高さの差は発生しないのと同じこと
です。第2の理由は、海洋の深さは人間レベルでは大きいが、地球の大
きさに比べれ薄い膜のように小さいということです。
このようにして、起潮力の垂直成分は大きいものの、実際に潮汐現象
に及ぼす影響は無視できる。したがって水平成分だけ考えることにする
と、多くの解説書にある「遠心力は地球上のどこでも同じにとってよい」
という意味がわかってきます。
2.5
遠心力は地球上のどこでも同じという意味と証明
′
図6を見てください。任意の点 P1 における水平線を XX とします。
−−−→
P1 における遠心力ベクトルにより ω 2 GP1 で表されます。また地球重心
−−−→
における遠心力は ω 2 GGE で表されます。共通な係数を除いたこれらの
−−−→ −−−→
′
′
2つのベクトル GP1 と GGE を XX 方向と、XX に垂直なベクトルに
−−−→
−−−−→
−−−→
分解します。GP1 の水平方向ベクトルは Q1 P1 、垂直ベクトルは GQ1
9
−−−→
−−−−→
−−−→
です。一方 GGE の水平方向ベクトルは Q1 P1 、垂直ベクトルは GR1 で
す。これらの分解したベクトルに ω 2 を掛けて遠心力ベクトルに戻します。
図 6: 証明
′
重要なことがわかりました。「任意の点 P1 における水平線 XX 方向
−−−→
′
の遠心力は地球重心における遠心力 ω 2 GGE の水平線 XX 方向の遠心
′
力に等しい。しかし任意の点 P1 における水平線 XX に垂直な方向の遠
−−−→
′
心力は地球重心における遠心力は ω 2 GGE の水平線 XX 垂直方向の遠
心力とは異なる。」ということです。これは別の任意の点 P2 について示
すことができます。また新たに地球と太陽について調べても共通重心の
位置が大きく変わるだけで同じことが言えます。
多くの解説書にある「地球上の遠心力はどこでも同じ」というのは、
「潮
汐現象を力学的に説明するためには、前節で見たように起潮力のうちの
遠心力は水平線方向の成分だけを考慮すればよい。そこで地球上の任意
−−−→
の点で ω 2 GGE と仮に考えて計算しても良い」ということです。この結
果を利用する方法を「簡易法」、利用しない方法を「標準法」と呼ぶこと
にします。
10
2.6
地球自転の効果
地球の自転により、ある任意の地点の月や太陽との位置関係が変わり
ます。そして、潮の干満が起きるように観測されます。大潮や小潮のサ
イクル、潮位の変動について地球の自転によって引き起こされているこ
とを説明します。
2.6.1
潮汐サイクル(1日に2回潮位の干満と潮位の変動)
地球な自転により、例えば図3のA地点は2時間後には C′ 地点のあっ
た位置に、その2時間後には E′ 地点のあった位置・
・
・という具合に潮位
を伴いながら移動して、24時間でA地点のあった元の位置に戻ってき
ます。図4のA地点の基準点をもとに潮位を観測している観測者の立場
で見るとどうなるでしょうか。図4では潮位は満潮です。しかし2時間
後にはC地点の潮位(上下鏡面対称なので)、その2時間後にはE地点の
潮位、6時間でG地点の潮位になり干潮、12時間でM地点の満潮、2
4時間でA地点にもどり満潮になります。これが繰り返されるため、1
日に2回潮位の干満が起こることが説明できます。
2.6.2
潮汐サイクル(7日の大潮、小潮移り変わり)
太陽の影響を合わせて考えてみます。大潮(潮位差が大)は「太陽、地
球、月」の順に直線状に並ぶ満月、あるいは「太陽、月、地球」の順に並
ぶ新月のときに起こります。小潮(潮位差が小さい)は月の位置が太陽
と地球を結ぶこれは起潮力の軸から90 °ずれているときに起こります。
これは地球と月による起潮力、地球と太陽による起潮力から潮位を求め
た計算から明らかです。そして約7日で大潮、小潮、大潮、小潮・
・
・のサ
イクルが繰り返されることも約28日で月が地球の周りを1周している
ことから明らかです。
もし仮に地球の自転がなかったとすると、6時間ごとの干満は観測さ
れなくなり7日ごとの大潮小潮のサイクルだけが太陽に面した地点とそ
の反対側におこるでしょう。
11
2.6.3
潮汐サイクル(潮位)
大潮と小潮の平均海面からの潮位を計算してみます。図4のところで
計算結果を示しました。月による平均海面からの潮位変動は ±18cm、太
陽による平均海面からの潮位変動は ±8cm でした。したがって大潮の平
均海面からの潮位変動は ±26cm、小潮の潮位変動は ±10cm です。また潮
差は大潮で 52cm、小潮で 20cm という計算結果になりました。実際の観
測結果との比較は後で行います。
3
Excel による潮汐現象の数値計算
Excel シートの中に、注意点を書き込んであります。配慮したことを簡
単に書いておきます。
3.1
計算誤差を小さくすること
観測データは有効数字3桁∼4桁程度です。そのまま使って特に起潮
力の計算で引き算をすると誤差が大きくなり、何を計算しているのかわ
からなくなります。そこで共通重心の定義と、引力=加速度の束縛条件
を当てはめて ω 、 RGM 、RGE を計算しなおして使用しました。そのため
これらの量は有効桁数を多く表示しています。
一般的に数値計算において「同じぐらいの大きさの数値の引き算を行い
結果を求める」ことは、
「桁落ち」が起きるのでやってはいけない代表的
なものです。通常は式を変形して誤差を防ぐのが正統的手段です。Excel
では有効桁数が 24 桁あり、ここでの計算ではそれほど神経質になる必要
はないと思います。
3.2
標準法と簡易法
潮汐現象(潮の干満)を調べるためには、簡易法が適切です。標準法
では作図を行い「計算を行う地点Pの共重心からの距離」や「垂直面と
遠心力のなす角度」を求めました。適切な数式が導けなかったためです。
この読み取り誤差の影響が大きいことは Excel シートの数値を若干変え
てみればすぐわかります。簡易法では数式で計算できるため精度が上が
12
ります。しかし、垂直方向の起潮力計算には図6の証明で説明したよう
に簡易法は使えません。
3.3
起潮力の方向、潮位変化の方向
起潮力の水平成分はABCD・
・M方向が正(+)、垂直成分は上空方
向へ正(+)。プライムのついた下側も鏡面対称で見てください。潮位は
AB、CD・と負(−)になっています。これはAのほうがBより、また
CよりDが潮位が高いことを示しています。
3.4
水平方向の起潮力と潮位変動の計算
簡易法のシートを参考にしてください。図4のAからGまでをAB、B
C、CD、DE、EF、FGの6個の区間に分けます。例えばABの起
潮力は地点Aと地点Bの平均とします。1m × 1m × 1665000m の角柱に
1kg あたりの起潮力の水平成分を掛ければこの区間の圧力上昇が計算で
きます。これを6個の区間について加え合わせると 3400[Pa] になります。
この圧力上昇を起こす水面の盛り上がりは 35cm と計算されます。
4
4.1
残された疑問
潮汐現象の観測値と計算結果の比較
[3] によると日本近海では、大潮の潮差は有明海の奥で 5m、東海地方で
1.5-2m、日本海で 0.2-0.5m などといわれています。今回の計算では 0.52m
でした。湾内共振などで潮差が非常に大きくなる地域があり、それらを考
慮しないと実際の観測を説明できないことが多いことがわかります。計
算は流体の静水学を使い常に力学的平衡状態にあると仮定して行いまし
た。動力学的方法も取り入れることで共振現象などの効果を加味して観
測値に近づけることはできるでしょう。日本海の潮差が、計算結果に近
い理由は、共振現象が起こりにくいからかもしれません。
シミュレーションの精度をあげることは、データのない地域の潮位を
予想したり、災害などで地形変化が起こったときにとりあえず予測する
ために重要だと思います。
13
現在、漁師さんたちが使っている、潮見表は過去のデータの集積で作
られたもので、シミュレーションとはあまり関係ありません。漁師さん
が、シミュレーションで計算した潮位を信用して漁を行うとは考えにく
いです。
4.2
地球はどれだけの変形サイクルが起こっているのか
図4のところで、起潮力によって水準点が動くということを書きまし
た。どのようにどれだけ動くのか?起潮力は垂直成分が水平成分より 100
倍ぐらい大きいことが計算の結果わかりました。しかも地球と月を結ぶ
軸の方向に引っ張るように働きます。地球の固体部分も含めてこの力で
変形すると考えられます。しかし地球内部が複雑な層状構造をしている
ので、単純な力学的見積もりは難しいでしょう。最高精度の GPS 測量や
VLBI(超長基線電波干渉計)測量では測定できるかもしれませんが、ま
ずこのような目的で測量することはないと思います。そこで、大雑把に
見積もってみましょう。
さきほど、地球自転の遠心力の起潮力の 740 倍と書きました。また赤
道方向が極方向に比べ半径が 20km 大きいという観測結果があります。さ
らに、北極海や北太平洋と赤道直下の海洋の深さはあまり変わらないと
いうこともわかります。もし地球内部(海底より内側)が球形を保ち自
転の遠心力による変形をまったく受けないなら海水の部分だけが膨らん
で赤道付近で 20km の、北極海では海水が干上がってしまうことになるで
しょう。ところが両者の深さが変わらないということは、地球内部が十
分に遠心力により変形しているということができます。
その変形の原因は弾性的変形、塑性的変形が考えられます。それが割
り振られて 20km の変形を起こしていると考えられます。潮汐力の垂直成
分が、固体(弾性変形する)に作用するときはほぼ瞬間的に変形すると考
えられます。しかし塑性変形部分に作用したときはほとんど変形しない
と考えられます。そこで固体部分の割合がわかれば、その部分の伸びは
地球自転の場合の 20km に比べて、1/740 だけになる。しかし塑性変形部
分は変わらないというあきれるような大雑把な予測をもとに計算します。
[4] によると固体部分はリソスフェアという 100-200Km 厚の部分、およ
びメソスフェアという半溶融固体の 2200Km 厚の部分です。半溶融なの
で 1000Km に減らし、リソスフェアの部分 100Km を加えて、固体部分は
1100km としましょう。簡単な計算で起潮力の垂直成分による半径の変形
14
は 20 × (1/740)(1100/6400)[Km]=4.6[m] となります。
つまり、満潮と同時に基準点自身も干潮のときに比べて 4.6[m] も上昇
しているという予測ができます。そして、その上に潮位の上昇分が加わ
ることになります。起潮力の垂直部分は、基準点の上昇に寄与している
ということができます。
4.3
起潮力という名前の付け方が誤解を与える
ここまできて「なにかスッキリしない」という感想をもたれたかたが
多いと思います。筆者もそう思います。
それは、ここで登場した力の名前のつけかたが悪いからだと思います。
しかしこういう学術用語は勝手に変えると、意味が通じなくなるので問
題があってもなかなか変わらないものです。
まとめに入ります。
引力+遠心力=起潮力という、起潮力を定義しました。ある地点の起
潮力を、水平線方向と垂直線方向に分解しました。起潮力の水平線方向
は垂直線方向の 1/100 しかありませんが、潮位変化の原動力になります。
それに対して起潮力の水平線に垂直な方向は、潮位変化にほとんど寄与
しません。しかし宇宙からみると、潮位を測るための基準点を動かして
いるということでした。
スッキリしない原因は、起潮力という言葉にあります。潮位変化に寄
与しない起潮力の垂直な方向というのは、何か変な言い方だと思いませ
んか?例えばこのようにしたらどうでしょうか。引力+遠心力=遠引力
(えんいんりょく)。起潮力は潮位変化の原動力になり、遠引力の水平線
方向のベクトル。変形力は潮位測定の基準点を動かす力で、潮位変化に
はほとんど寄与しない遠引力の垂直方向のベクトル。
しかし、まだあります。[8] では、「潮汐力」という、今まで起潮力と
して扱ってきた力のうちの、地球と月を結ぶ軸に平行な力が出てきます。
「潮汐力」と「起潮力」は言葉の上では似ているけれども違うものです。
用語の、不適切なことが潮汐現象をわかりにくくしている根源にある
と思います。
15
参考資料記述の問題点
5
5.1
海洋科学系
図7を見てください。
図の挿入
図 7: 起潮力の図
特に、どの資料とは書きませんが、矢印が不正確です。引力は軸とほぼ
平行なはずなのに、かなり大きな角度がついている。また引力は月との
距離が大きいためこのように矢印の長さが変わることはありません。ま
ず「説明ありき」で、それに合わせて矢印を調整した感じです。これは
非常に理解の妨げになるのでやめてほしいと思います。
「遠心力は地球上のすべての地点で同じ」として起潮力を求めたのが
[1]、[2]、[3]、[4]、[5] です。[4] はこの説明は日本特有のものかと思い、当
たってみたものです。世界的に広がっているようです。
地球重心が共重心の回りを、並進運動の組み合わせだけで回るという
モデルだと思います。この運動は地球と月が共通重心の周りを反時計周
りに1周するあいだに、地球は地球重心周りを時計方向に1周させれば
実現できます。確かに地球上のどの地点も同じ加速度になります。しか
し力学的には間違った前提であることは2章で指摘しました。
16
図 8: Lourie より
5.2
力学(物理学)系
図9を見てください。図1と似ていて、雰囲気はよく出ています。し
かし、これでは計算して確認することはできません。大変にアバウトで
「古きよき時代」という感じです。
図 9: ファインマン物理より
17
図10を見てください。ベクトルを分解して検討するというやり方を
おおいに参考にさせていただきました。良い本だと思いました。しかし、
潮汐現象(潮の干満など)は説明できません。かえって混乱することも
ありそうです。おそらく著者の関心は、ブラックホールの引力圏に入った
物体が潮汐により破壊されるというようなところにあり、潮汐力という
ものを起潮力の代わりに使ったためだと思います。
図 10: 間違いだらけの物理学より
6
おわりに
今回は面白い経験をしました。潮の干満を理解しようとして、専門家
が一般向けに書いた著作に当たってみました。なにかよくわからないの
で、別の本に当たってみると同じようなことが書いてある。自分の理解
力がよほど低いという気もするし、もう諦めようとすると、よけいに気
になる。若干、日常生活にも影響するような憂鬱な気分になります。し
かし、こういう時はまず、基礎方程式に数値をいれて大雑把な計算をし
てみる。そして、ひたすら自分で考えたほうがよいと思います。基礎に
なる力学(この場合は)を無駄だと思いつつも [7] などで勉強し直しなが
ら、考えると自然に答えが出てくるようです。今は書き終えてすっきり
した気分ですが、そのうち新たな疑問が出てきて欲しいものだという気
もしています。
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参考文献
[1] 関根義彦、海洋物理学概論、成山堂書店(2003)
[2] 柳哲雄、海の科学:海洋学入門「弟 3 版」、成山堂書店 (2011)
[3] 宇野木・久保田、海洋の波と流れの科学、東海大学出版会 (1996)
[4] Lowrie:Fundamentals of geophysics 2nd Edition (2007)
[5] http://fnorio.com/index.htm
[6] ファインマン物理学 力学、岩波書店 (1967)
[7] 物理入門コース 力学、岩波書店 (1982)
[8] 松田卓也、間違いだらけの物理学、学研教育出版 (2014)
[9] http://jein.jp/jifs/scientific-topics/908-topic50.html
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