Technical Article 測定とリプログラミングの高速化 ∼ FlexRayよりもシンプルで CANよりも帯域幅の広い CAN FD の利用 ∼ CAN FD (CAN with Flexible Data rate:可変データレート対応のCAN) は、CANバスにおける1つの技術革命です。 その技術的な複雑さは標準のCANバスと変わらないものの、実現できる帯域幅ははるかに大きいことから、CAN FDは FlexRayやEthernetに代わるネットワークと考えられています。ベクターのネットワーク専門家が 2つの一般的な アプリケーション、すなわちXCPを経由したECU 内部シグナルの測定とECU のリプログラミングを、CAN FDバスシス テムを用いて検証しました。 XCP on CAN FDによるECU測定 ECU開発では、開ループ/閉ループの制御アルゴリズムに使わ XCP on CAN FDのデータスループット:理論と実践 れる複数のシグナルやパラメーターを測定、キャリブレーション CAN FD対応のCANバスにおけるXCPで利用できる最大のデータ スループットを推定するために、複数のECUシグナルを測定した場 することが、キャリブレーションの重要なユースケースとなってい 合の、フレームサイズとフレームあたりの利用可能なペイロードと ます。ECU開発者によく使われるXCP (Universal Measurement を比較して調べました。データスループットはバス負荷を100%と and Calibration Protocol) はASAMにより標準化された測定/ 想定して算出されています。CANおよびCAN FDのフレームに含ま キャリブレーションプロトコルであり、その現行バージョンである れるフィールドの実際のサイズを図2および図3に示します。ただ 1.2には、新しいXCPトランスポート層としてCAN FDが導入されて し、フレームのサイズはCANとCAN FDのどちらについても正確に います。XCPの使用により、ベクターのCANape (図1) をはじめと は予測できません。バス内のECU間で、シグナルのエッジを確実に する測定/キャリブレーションツールを利用して、操作中にリアル 同期させるため、フレームにはコンテンツに応じたスタッフビットが タイムでパラメーターを修正し、ECUの挙動の変化を測定するこ 別途挿入されますが、このビット数を事前に把握することができな とが可能になります。CANバスシステムの場合、監視するシグナ いためです。このようなスタッフビットに依存するフレームサイズ ルの数によっては伝送媒体の帯域幅がすぐ限界に達するおそれが の増減を、最善のケースと最悪のケースのシナリオを解析してモデ ありますが、XCP on CAN FDではその能力がペイロードで最大64 ル化しました。 バイト、データフェーズのデータレートで少なくとも5Mbit/秒に まで拡張できます。 September 2014 データスループットの計算結果をグラフ化すると扇形になり (図 4、図 5)、フレームはいずれも、実際のコンテンツに応じて 1 Technical Article 図1:CANapeを使用したXCP on CAN FDによる測定 この範囲内に含まれるものと予想できます。理論上の計算値を め、既存のECUソフトウェアによるデータ送信が、CAN FDへの移 検証するため、シミュレーション環境下で、実際のユースケース 行後も8バイトに制限されてしまいがちです。この場合、XCPに を反映した測定を行いました。実験環境は測定/キャリブレーショ とってのメリットはデータ伝送レートの上昇のみに留まり、CAN FD ンソフトウェアのCANape、適切なハードウェアインターフェイス、 フレームで利用可能な64バイトのペイロードをフル活用すること PCベースのECUエミュレーションから構成され、そこでCAN/CAN FD はできません。このデータ伝送レートは、小さいXCPパケットのペ ドライバーの入出力間でのパフォーマンスを双方向で測定しまし イロードを連結し、一つの大きいCAN FDフレームにまとめること た。実験の測定値と数学的な予測値との一致率が高いことから で最適化できます (図8)。ベクターは現在、将来のXCP仕様に向 (図4、図7)、利用したデータスループットのモデルの妥当性が けて、XCP on CAN FD上でパケット連結を可能にする提案策定に 確認されました。CANおよびCAN FDでのデータ伝送で得られた測 取り組んでいます。 定データを比較すると、CAN FDのスループットが、システムのコン フィギュレーションに応じ、1.3倍から最大5.4倍の範囲で高いこと フラッシュプログラミング がわかります (図6)。 フラッシュメモリーのプログラミング/リプログラミングは、高速 CAN FDによるパケット連結 ネットワークプロトコルの利用で大きな改善が期待できる、もう XCP on CAN FDには、帯域幅の向上以外にも機能改善の余地 があります。CANとCAN FDは物理的な通信基盤が同じであるた シュのフェーズのうち、鍵となるのはダウンロード時間であり、 図2:CANフレーム の構造 September 2014 「削 1つのユースケースです。従来のCANバスシステムの場合、 除 」、 「ダウンロード/プログラミング」、 「 検 証 」の 3つのフラッ 図3:CAN FDフレーム の構造 2 Technical Article 図5:XCP on CAN FDでのデータ測定におけるスループット の計算値 ンフィギュレーションで対応できるのは、診断サービスサイクルあ たり、42バイトから255バイトのPDUが4個から8個です。ベクター 図 4:ECU 測定におけるCAN FD のデータスループットの 測定値および計算値 の技術者の測定では、パイプライン処理を行った場合のダウン ロード速度は40KB/秒から60KB/秒でした。 めの方策を考慮することは当然の策といえます。LZSS (Lempel- ISO 13400-2に 準 拠 し たDoIP (Diagnostics over IP) を Ethernetで使用するのも、ECUの高速なリプログラミングに非常 に適しています。100MビットEthernetと、純粋なフラッシュ書込 速度が180KB/秒の一般的なマイクロコントローラーを用いたテ ストの結果は、ほぼTransferDataサービスのバッファーサイズに 比例しています。バッファーが16KBの場合、スループットはテスト に使用したフラッシュメモリーの上限に近い、約150KB/秒に到達 Ziv-Storer-Szymanski) アルゴリズムによる圧縮を使用すれば します。 FlexRay、Ethernet、CAN FDなどの高速なバスシステムを使え ばこれを短縮できます。 伝送プロトコルに関わらず、データの圧縮やプログラミングの パイプライン処理といった、ダウンロードをさらに最適化するた 伝送データは小さくなりますが、その効率はデータの構造に大き く左右されるうえ、ECU内でのデータ展開で生じるCPU負荷も考 慮しなければなりません。一方、プログラミングにおけるパイプ CAN FD経由のリプログラミング ライン処理は一種の並行処理で、データセグメントのECUへの書 CAN FDに対応するマイクロコントローラーは現時点でどの半 込中に次のセグメントの伝送が開始されます。そのためこの方法 導体メーカーからも出ていないため、ベクターのネットワークの では、プログラミング時間がデータ伝送時間よりも短い場合に最 専門家は、CAN FDコントローラーをFPGAに実装したマイクロコン 大のパフォーマンス向上が期待できます。 トローラーを使用してCAN FDを測定しました。ボード上のソフト ウェアスタックはベクターの標準のUDSブートローダーからなり、 ISO 15765-2のトランスポート層とCANドライバーはCAN FDに対 FlexRayとEthernet 応するよう拡張されています。ダウンロードのテスト環境をセット FlexRayの伝送レートは10Mbit/秒ですが、そのすべてがプロ アップする工程を省力化するため、CAN FDへのサポートがすでに グラミング/リプログラミングに利用できるわけではありません。 提供されている、シミュレーション/テストツールのCANoeを使用 タイムトリガー型のプロトコルで用いられる周期的な通信シーケ しました。このソフトウェアは、外部DLLを使用してフラッシュプロ ンスでは、すべてのPDU (プロトコルデータユニット) があらかじ グラミングのプロシージャーとトランスポート層の機能を実現しま め固定された時間枠で定義されています。ダウンロードなどの診 す。ベクターのフラッシュツールであるvFlashは、今後CAN FDに 断サービス要求用に予約されている時間枠が多ければ、それに 対応する予定です。 よって有効な(制御)データのための帯域幅が減ります。実際のコ 図 6:XCP on CAN およびXCP on CAN FDでのデータ測定 におけるスループッ トの測定値の比較 September 2014 使用したトランスポート層で達成可能なCAN FD上でのフラッ 図 7:XCP on CAN FDでのデータ測定 におけるスループッ トの測定値 3 Technical Article 図8:複数のXCPパケットを1つのCAN FD フレームに統合することによるデータ伝送 の高速化 シングの伝送レートは、CAN FDのデータフェーズの伝送レートが も、加えるべき修正はわずかです。 4Mbit/秒の場合、理論的には270KB/秒から370KB/秒になりま CAN FDによって、ECUの測定とリプログラミングの両方のスルー すが、測定値はこれをはるかに下回ります (図9)。圧縮やパイプ プットを大幅に向上できます。これによって、プログラミング/リプ ライン処理による最適化処理は、使用したテスト環境では逆効果 ログラミングにおけるボトルネックはフラッシュメモリー寄りにシフ だったのです。この原因は、今回の実験環境で、内部フラッシュメ トしますが、使用するMCUの開発が進んでメモリーアクセス時間 モリーのプログラミング時間がフラッシングプロセスの制限要因 が短縮すれば、一層のパフォーマンス向上が約束されます。XCP となり、ダウンロードフェーズに対する最適化の効果を薄めたこと 仕様を拡張して、CAN FDによるパケット連結を含めるというベク にあります。しかし、データスループットと最適化の効果に関して ターの取り組みは、この新しいプロトコルが秘めるパフォーマンス より普遍的な結論を得るには、さらに強力なCPUを用いてテストを 向上のポテンシャルを引き出すものでもあるのです。 重ねる必要があります。この測定で得られた重要な結果としては、 CAN FDはCANよりもデータのスループットが大幅に高く (図9)、 移行の手間がわずかで済む点が挙げられます。 本稿は、2014年 9月CiA発行の『 CAN Newsletter 』に掲載された ベクター執筆による記事内容を和訳したものです。 まとめと展望 CAN FD、FlexRay、Ethernetの各バスシステムの客観的な比 較は、全体としてマイクロコントローラーや制約が多岐にわたる ため現状では困難ですが、明言できる傾向はいくつかあります。 FlexRayでは、ダウンロードのスピードとリアルタイムのデータペ イロードに対するパフォーマンスは両立できません。100Mビット Ethernetは伝送レートは最高ですが、それには複雑なソフトウェ ア設定が必要であり、ハードウェアのコストはCAN FDよりも高くな ります。CAN FDは、高いデータレートとほどほどのコストでさらな リンク: CANのためのソリューション www.vector-japan.co.jp/can-solutions ベクター・ジャパン www.vector-japan.co.jp る改善が期待できる、おそらく最もバランスの取れたソリューショ ンです。さらに、CANとCAN FDは非常に似ているため、この新し いCAN規格に移行するのはそれほど難しくはありません。どちら のプロトコルも基盤とする物理層は同じであり、トランシーバー、 配線、バストポロジーなどを流用できます。通信の原理も変わら ないため、既存のノウハウがそのまま応用できます。影響を受け るキャリブレーションとリプログラミングのソフトウェア層に対して September 2014 4 Technical Article 図9:CANおよびCAN FDでのダウンロード およびプログラミング時間の比較 執筆者: ベクター:ツールチェーンによりCAN FDを全面的にサポート Armin Happel (Dipl.-Ing.) 1997年、Vector Informatik GmbHに 入 社。組込ソフトウェア開発の分野で、フ ラッシュブートローダー製品を担当。 CAN FD用のECUソフトウェアは、ツールチェーンの全コンポー ネントがこの改良版のCANプロトコルに対応してこそ、効率的に 開発できます。ベクターは、CAN FDが将来、車載ネットワークで 戦略的な役割を果たすものと確信しています。ツールメーカー としてすでに、この新しいシステムへの製品対応を優先的に進め ており、シミュレーション/解析ツールのCANoeおよびCANalyzer (バージョン8.1以降)、データベースのCANdb、測定/キャリブ レーションツールのCANape (バージョン12.0)、フラッシュツール Erik Sparrer (Dipl.-Ing.) 2013年、Vector Informatik GmbHに 入 社。通 信 用ハードウェアとCANape用の データ取得システムの統合を主軸とした キャリブレーション/測定分野のソフトウェ ア開発に従事。 のvFlash (バージョン2.6以降) からなるCAN FDの包括的なツー ルチェーンを提供しています。関連するハードウェアとしては、 USB接続によるシンプルなインターフェイスから、専用のCPUを 搭載した高性能のインターフェイス、そしてベクターのモジュー ル式テスト用ハードウェア製品であるVTシステムに至るまで、幅 広い製品を揃えています。CAN FDは今後、ベクターのAUTOSAR ベーシックソフトウェアであるMICROSARにも含まれる予定で す。ベクターは、プロセスソリューションであるPREEvisionも含 め、完成度の高い製品ラインナップをご提供しています。 Peter Decker (Dipl.-Ing.(FH)) 2002年、Vector Informatik GmbHに入 社。CANoe/CANalyzer用マルチバス開発 分野のプロダクトマネージャー。 参考文献: CAN-FD specification V1.0, Robert Bosch GmbH ■ 本件に関するお問い合わせ先 ベクター・ジャパン株式会社 営業部 (東京) TEL:03-5769-6980 FAX:03-5769-6975 (名古屋)TEL:052-238-5020 FAX:052-238-5077 E-Mail:[email protected] September 2014 5
© Copyright 2024 ExpyDoc