暮らし - 国民生活センター

暮らしの
判例
消費者問題にかかわる判例を
分かりやすく解説します
国民生活センター 相談情報部
ゴルフプレー中に同伴者の打球が
左目に当たり失明した事故での責任
本件は、ゴルフ場でプレー中に、同伴者の打球が左目に当たって失明した被害者が、
加害者およびゴルフ場所属のキャディーに対して損害賠償を請求した事例である。
裁判所は事故に関する過失割合を被害者3割、加害者6割、キャディー1割とし、加
害者およびキャディーならびにキャディー
の所属するゴルフ場に総額 4400 万円の賠
償を命じた(岡山地裁平成 25 年4月5日判
決、
『判例時報』2210 号 88 ページ)
。
原告:X
(消費者)
被告:Y1
(X の同伴者)
Y2
(同行したキャディー、ゴルフ場に所属)
Y3
(ゴルフ場の経営会社)
を打ってしまうことがあった。
事案の概要
Y2 は、本件ゴルフ場で約 20 年キャディーを
X(事故当時 60 歳)
は、本件事故まで相当年数
しており、その経験から、10 番ホールから開
のゴルフ歴があり、本件事故当時は月2、3回の
始して 13 番ホールに着く頃には、X と Y1 のゴ
頻度でプレーをしていた。スコアは 90 程度で
ルフクラブを選択したり運んだりするなどの技
あった。Y1 は、本件事故まで約 20 年のゴルフ
術的サポートの必要はあるものの、同伴プレー
歴があり、本件事故当時は月2、3回の頻度でプ
ヤーがショットをするときはその前に出てはな
レーをしていた。スコアは 100 程度であった。
らないことなど、プレーヤーが当然知っておく
X と Y1は、本件事故前にも、何度か共にゴルフ
べきマナーやルールについては注意する必要は
を行ったことがあり、お互いの技量や、プレー
ないと判断していた。
中の癖などを認識していた。Y1は、打つ順番が
X と Y1 が 13 番ホールで第一打を打ったとこ
来てからショットまであまり時間をかけること
ろ、両者のボールは、いずれもグリーンから直
はなく、ときどき角度が 30 度程度のシャンク
線距離にして約 110 ヤード
(約 100m)
のフェア
(斜め横や横にボールが飛び出すミスショット)
ウェー右サイドのラフ上に落ちた。両者のボー
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ルは2m 程度しか離れていなかった。ボール
を取られ、Y1のボールが自らのほうへ飛んでく
の落下地点とグリーンの間には、右側が盛り上
ることはないと過信し、Y1 の行動を確認しな
がった傾斜面があるため、第二打を打つ位置か
いまま不用意に前方に進んだ過失が認められる。
らグリーン付近を目視することはできなかった。
⒉Y1 の過失
Y2 は、X と Y1 の第一打目のボールの落下地
Y1は、ときどき 30 度程度シャンクすること
点を確認し、両者に、同地点からグリーンまで
があることを認識していたのだから、第二打が
の直線距離が約 110 ヤードだと教えると、両者
30 度程度でシャンクした場合にボールが飛ぶ
が第二打を打つ位置から約 40m 離れたカート
範囲内に X を含むプレーヤー等がいるかどうか
のそばに立った。
を確認すべきだった。しかしこのとき Y1 は、
X は、第一打目のボールが Y1のボールよりや
自分の打球がグリーン方向にまっすぐ飛ぶもの
やティーグラウンド
(各ホールの出発地点)
寄り
と過信していた。また、X に他のプレーヤーの
に落ちていたことから、Y1よりも先に第二打を
ショット位置より前に出るという癖がないこと
打った。その後、X は、Y1の動きを確認しない
から、X は前方に進んでいないと思い込み、X
まま、自らの第二打のボールがグリーンに乗っ
の動きを確認せずに第二打を打ち、第二打を
たか確認しようと、Y1が第二打を打つ位置の右
シャンクさせた。これらのことに過失が認めら
前方 30 度(グリーンへの進行方向からみて 60
れる。
度)、約8m 付近の傾斜面まで前進した。Y1
⒊Y2 の過失
は、自分がときどき30度程度のシャンクを打っ
ゴルフでは、同伴プレーヤーは互いに他のプ
てしまうことがあることを認識していたものの、
レーヤーがショットをする前にその前方に出て
X が第二打を打った位置から約2m 程度しか離
はならず、ショットするプレーヤーは、ショッ
れていない位置に立つと、グリーン方向とボー
トを打つ前に打球が飛ぶ範囲内に同伴プレー
ルにのみ注意を向け、いつもどおり特に時間を
ヤー等がいる場合にはショットをしてはならな
空けずに第二打を打った。Y1 の第二打のボー
いとされている。
ルはシャンクし、Y1 の「あっ」という声に振り
Y2 は同行するキャディーとして、プレーヤー
返った X の左目を直撃した。
がこのマナーに反する行動をとろうとする場合
このとき Y2 は、X が Y1 の右前方に出ている
には阻止すべきだった。Y2 には 13 番ホールま
ことや、X が右前方にいるのに Y1 が第二打を
での X と Y1 の観察の結果、その程度の基本的
打とうとしていることを明確に認識しておらず、
なマナーやルールまで両者に注意する必要はな
X に後ろに下がるように指示したり、Y1に第二
いと過信して両者の十分な観察を怠り、必要な
打を打つのを待つように注意したりすることは
注意喚起を行わなかった過失がある。
なかった。
⒋3名の過失割合
本件事故に関する過失割合は、X は3割、Y1
理 由
は6割、Y2 は1割と認められる。なお、ゴルフ
⒈X の過失(過失相殺)
場経営者である Y3 の独自の不法行為を認定す
ることはできないが、
Y3 は Y2 の雇用者として、
同伴プレーヤーは互いに他のプレーヤーが
ショットをする前にその前方に出てはならない
民法 715 条に基づく使用者責任を Y2 の過失割
とされているにもかかわらず、X は第二打の
合の範囲で負う。X の損害は約 6300 万円と認
ボールがグリーンに乗ったかどうかの確認に気
められ、その3割を差し引いた約 4400 万円(そ
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れに加えて、事故時からの遅延損害金)
につき、
考判例③)
。
Y1 らは連帯して支払う義務を負う。
⒉キャディーの過失
加害者のプレーヤーだけでなくキャディーに
解 説
も同様の確認義務があり、加害者のプレーヤーと
⒈プレーヤーの過失
a同伴プレーヤーまたはキャディーに
キャディーの両者の責任が認められ、両者の過
失割合が加害者のプレーヤー6割対キャディー
当たった判例
4割とされた事例
(参考判例⑦)
、また、加害者
ゴルフプレー中の事故については、既にいく
のプレーヤー8割対キャディー2割とされた事
つかの裁判例が出されている。本件と同様の、
例
(参考判例①)
がある。プレーヤーの経験等に
前方の同伴プレーヤーにゴルフボールが当たっ
よりキャディーがプレーヤーにどの程度注意し、
た判例を紹介する。
どの程度観察すべきかが決まってくる。加害者
加害者には被害者を安全な場所まで下がらせ
のプレーヤー、
キャディー、
被害者であるプレー
ないまま漫然とショットを打った過失が認めら
ヤーの3者の過失が考慮されたのは、本件が初
れるが、被害者にも同伴のプレーヤーのショッ
めてである。
トを漫然と前方で見ていた過失があるとして6
割の過失相殺をした判決
(参考判例⑨)
、また、
同様の事例で被害者に4割の過失を認める判決
参考判例
(参考判例⑥)がある。参考判例としては、打球
が近くに立っていたキャディーに当たった事例
①名古屋地裁昭和 57 年9月 24 日判決 (『判例時報』1063 号 197 ページ、『判例タイ
ムズ』483 号 107 ページ)
でもプレーヤーに過失が認められキャディーに
5割の過失相殺を認めた判決
(参考判例⑧)
、ま
②東京地裁平成3年9月 26 日判決
(『判例時報』1417 号 95 ページ、『判例タイム
ズ』775 号 190 ページ)
たキャディーに8割の過失相殺を認めた判決が
ある(参考判例⑤)
。アプローチショットによる
同伴プレーヤーの負傷事故につき、ショットを
③東京地裁平成5年8月 27 日判決
(『判例タイムズ』865 号 243 ページ)
打ったゴルフ初心者にも過失を認め、負傷した
④東京高裁平成6年8月8日判決
(『判例タイムズ』877 号 225 ページ)
同伴プレーヤーには前方に出たことについて6
割の過失相殺とされた事例もある
(参考判例②)
。
本件では X と Y1が知り合いであり、X が Y1
のプレーの傾向を知っていたことから X にも過
失があるとして3割の過失相殺が認められてお
⑤神戸地裁平成 11 年3月 31 日判決
(『判例時報』1699 号 114 ページ)
⑥東京高裁平成 11 年 11 月2日判決
(『判例時報』1709 号 35 ページ)
⑦大阪地裁平成 12 年 10 月 26 日判決 (『判例タイムズ』1071 号 202 ページ)
り、Y1の過失とともに過去の判例と比べても妥
当な判決である。
⑧名古屋地裁平成 14 年5月 17 日判決 (『判例時報』1807 号 124 ページ)
b先行するプレーヤーに当たった判例
また、先行するプレーヤーにゴルフボールが
(裁判所ウェブサイト)
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_
jp/735/007735_hanrei.pdf
当たった判例では、後行プレーヤーにはゴルフ
⑨大阪地裁平成 17 年2月 14 日判決
(『判例時報』1921 号 112 ページ、『判例タイ
ムズ』1199 号 249 ページ)
ボールを打つ前に先行競技者がいないかどうか
を確認する義務があり、後行プレーヤーの一方
的過失による事故とされている
(参考判例④、参
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