不法行為や債務不履行に当たらないとした事例[PDF

暮らしの
判例
消費者問題にかかわる判例を
分かりやすく解説します
国民生活センター 相談情報部
大学の事前説明の教育内容が一部未
実施でも、不法行為や債務不履行に
当たらないとした事例
本件は、大学のアパレル産業コースに在籍した大学生らが、カリキュラム変更のため、
入学時の募集で説明された教育内容を受けられなかったとして、大学に対し、各種授業
を実施しなかった債務不履行による損害賠償および今後の各種授業の実施と、教育内容
への大学生らの期待に反して精神的苦痛を被らせた不法行為による一人当たり 200 万円
の損害賠償を請求した事例である。
裁判所は、授業内容への大学側の裁量を広く認め、授業内容の変更で不法行為が認め
られるのは社会通念上認められない場合
原 告:X1ら
(消費者、学生)
に限るとして、すべての請求を棄却した。 被 告:Y(大学)
(大阪地裁平成 26 年3月 24 日判決、
『判
例時報』
2240 号 102 ページ)
(Y のアパレル産業コースの開設責任者)
関係者:A
B
(Aと共に開設・運営を担当した者)
C
(訴訟当時の学部長)
Y は、同年7月頃、アパレル産業コースの開
事案の概要
設以降、A と B が学部の資格審査を経ずに客員
Y は、2007 年4月、当時の経営学部長 A を責
教員
(客員教授・客員准教授など)
を採用するな
任者として、経営学部にアパレル産業コースを
ど、不適切な運営を行っているとし、同年 12 月
開設した(2011 年度の募集人員 30 名程度、女子
にAを懲戒解雇、Bを契約解除した。Yは、2010
専願 )。アパレル産業コースはアパレル業界に
年 12 月 26 日、学生および保護者に対する説明
特化した実務能力を備えた学生を育成するカリ
会を開催し、2011 年度以降に実施するカリキュ
キュラムの提供を目標として、その開設準備で
ラムの再編について説明を行った。また、Y は、
は、A と B が中心的役割を果たした。
2011 年3月頃、アパレル産業コース担当の客員
教員ら 11 名との雇用契約を更新しなかった。
X1 らは、2010 年4月にアパレル産業コース
X1 らは、2011 年4月以降、新学部長の C ら
に入学した。
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に授業内容等に関する抗議を度々行ったが受け
等の実施の可能性、相当性、必要性等を総合考
入れられなかったため、2011 年8月 30 日に債
慮して、その裁量により、当該大学における教
務不履行
(以下、第1事件)
について、2012 年9
育内容等を決定することができ」
、
「教育内容等
月7日に不法行為
(以下、第2事件)
について提
については、
上記諸般の事情の変化をも踏まえ、
訴した。
その教育的効果等の評価、検討が不断に行われ
るべきであり、従前の教育内容
(中略)
を変更す
第1事件:Y に対し、Y が在学契約上実施す
ることについても、当該大学の設置者等に裁量
る義務を負っている各種授業を実施しなかっ
たと主張して、債務不履行に基づく損害賠償
が認められる」
「大学による学生募集の際に説明、
第2事件:Y に対し、Y が生徒募集の際に説明・
に当該大学が在学契約に基づき提供すべき教育
金と今後の各種授業の実施を請求した。
宣伝された教育内容等であっても、これが直ち
宣伝した教育内容を変更することによって X1
役務等の内容を成すものとはいえず、
(中略)X1
らの期待を損なって精神的苦痛を被らせたな
らが主張する個々の特定の教育内容等が X1 ら
どと主張して、不法行為に基づく損害の賠償
と Y との間の本件在学契約に基づき Y が提供す
を請求した。
べき教育役務等の内容を成すものとは認められ
ない」として、契約上の権利を侵害する不法行
理 由
為を構成しないと判断した。
⒈第 1事件について、Y による授業内容が
B) 期待権が侵害されているか
「本件大学による学生募集の際に説明、宣伝さ
債務不履行となるか
X1らは、Y は、本件在学契約に基づき、⑴特別
れた教育内容等の一部が変更され、これが実施
研修プログラム実施義務、
⑵資格取得指導義務、
されなくなったことが、X1らの期待、信頼を損な
⑶ファッションショー出品指導義務、⑷テキス
う違法なものとして不法行為を構成するのは、
タイル素材基礎研修の講義を行う義務を負って
(中略)
生徒が受ける教育全体の中での当該教育
いるにもかかわらず債務の本旨に従った履行を
内容等の位置づけ、変更の程度、必要性、合理
していないと主張する。しかし、⑴~⑷の具体的
性等の事情に照らし、
(中略)
学校設置者である
な教育内容等はいずれも、本件大学アパレル産
Y や大学教員に上記のような裁量が認められる
業コースにおける教育の中核、根幹とはいえな
ことを考慮してもなお、当該変更が社会通念上
いため、在学契約に基づき Y が提供すべき教育
是認することができないものである場合に限ら
役務等の内容とは認められない。Y がこれらの
れる
(参考判例⑨参照)」として、X1 主張の教育
教育内容等を提供する在学契約上の債務を負う
内容等の変更は、実習授業と資格試験への受験
ことを前提とするX1らの債務不履行に基づく損
指導、
そのほかの教育内容のいずれについても、
害賠償請求および授業の実施請求はいずれも理
変更後の指導が不適切なものであったとか授業
由がない。
手法が不適切であったとは認められず、社会通
⒉第 2事件について、Y による教育内容の
念上是認できないとは言えないと判断し、いず
れも X1 らの期待、信頼を違法に侵害するもの
変更は不法行為を構成するか
として X1 らに対する不法行為を構成するとい
A) 契約上の権利の侵害か
「在学契約に基づき大学が提供する義務を負う
うことはできないとした。また、一連の教育内
教育役務等の内容については、
(中略)
教育専門
容の変更を全体としても、アパレル産業コース
家であり当該大学の事情にも精通する大学設置
の目的に照らし、社会通念上是認できないとは
者や教員の裁量にゆだねられ
(中略)
諸般の事情
言えないとし、X1 らの Y に対する不法行為に
に照らし、(中略)
教育的効果や特定の教育内容
基づく損害賠償請求は、判断するまでもなく、
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理由がないとした。
した内容と異なる点が問題とされているが、具
体的には X1らの入学後2年時からカリキュラム
解 説
が学校側により一方的に変更されている。本判
学校における教育が、事前に入学説明会等に
決は、入学後でもカリキュラムを学校側が
「社会
おいて説明されていたものから変更された場合、
通念上是認することができないもの」ではない
学校は学生や親に対して不法行為責任また債務
限り、その自由裁量権に基づいて一方的に変更
不履行責任を負うかは、本判決も引用する参考
しても、債務不履行や不法行為にもならないこ
判例⑨が、基準を提示している。
とを認めている。あくまでも翌年度の変更であ
学校が生徒募集の際に行った教育内容等につ
り、既に決められた当該年度については、その通
いての説明・宣伝により、子にその説明・宣伝ど
りに実現する義務を負い、実現しなければ債務
おりの教育が施されるとの親の期待・信頼も、
不履行になる。これがさらに不法行為にもなる
「法律上保護される利益」
に当たるが、
「私法上の
ための要件の検討は必要であるが、過去の参考
権利」と言い得るような明確な実体を有するも
判例を見ると不十分な指導しか行えないのに、
のではない。学校教育における教育内容等の決
あえて十分な指導がされるかのような勧誘・広
定は、当該学校の教育理念や財政事情等の各学
告をした、契約締結段階に問題のある事例であ
校固有の事情のほか、諸法令や社会情勢等、諸
る。本件でも、債務不履行を不法行為として請求
般の事情に照らし、教育的効果や特定の教育内
するのではなく、募集宣伝の際の説明に対する
容等の実施の可能性、相当性、必要性等を総合考
「期待」
の侵害を問題にしたものである。
慮して行われるものであって、上記決定は、学
参考判例
校設置者や教師の裁量にゆだねられ、教育内容
等を変更することについても、学校設置者や教
①福 井地裁平成3年3月 27 日判決
(
『判例時報』
1397 号 107 ページ、( 大学受験予備校 ) ○*1)
師に裁量が認められるべきものと考えられる。
そのため、親の期待、信頼を損なう違法なも
②大 阪地裁平成5年2月4日判決
(
『判例時報』
1481 号 149 ページ、( 大学受験予備校 ) ○*1)
のとして不法行為を構成するのは、
「当該変更
③神 戸地裁平成5年3月 29 日判決
(
『判例時報』
1498号106ページ、
(トリミングスクール)×*1)
が、学校設置者や教師に上記のような裁量が認
められることを考慮してもなお、社会通念上是
④浦和地裁平成7年 12 月 12 日判決
(
『判例時報』
*1
1575 号 101ページ、( 幼稚園 ) ○ )
認することができないと認められる場合に限ら
れる」という。
⑤静 岡地裁平成8年6月 11 日判決
(
『判例時報』
1597 号 108 ページ、( 中学生の学習塾 ) ○*1)
本件はこの最高裁の判旨を適用した判決であ
⑥神戸地裁平成 14 年3月 19 日判決
(
『判例体系』
CD より、( 音楽塾 ) ○*1)
るが、先例としては見逃しがたい意義がある。こ
れまでの判例は、予備校・学習塾 ( 参考判例①、
⑦大 阪地裁平成 15 年5月9日判決
(
『判例時報』
1828 号 68 ページ、( 野球専門学校 ) △*1)
②、⑤、⑥ )、専門学校 ( 参考判例③、⑦、⑧ )、幼
稚園 ( 参考判例④ ) だけであり、参考判例⑨にお
⑧東京地裁平成 15 年 11 月5日判決
(
『判例時報』
1847 号 34 ページ、( 声優養成学校 ) △*1)
いて、初めて文科省の規制下の中学・高校の事
⑨最高裁平成 21 年 12 月 10 日判決
(
『民集』63 巻
10 号 2463 ページ、裁判所ウェブサイト
http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/
detail2?id=38246、( 中高一貫校 )×*1)
例についての判断が示された。それに次いで、本
件では大学教育が問題とされた初めての判決で
ある。予備校等では消費者側の請求を認める判
例が多いなか、参考判例⑨も本判決も学校側の
自由裁量をかなり広く認め、責任を否定してい
*1 〇:消費者(原告)からの請求が認められた。
×:消費者(原告)からの請求が認められなかった。
△:消費者(原告)からの請求が一部認容された。
る。債務の内容の認定について、説明会等で説明
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