著作物性(1) - 国民生活センター

誌
座
学
上法 講
第
2
著作権法を知ろう ― 著作権法入門・基礎力養成講座
著作物性(1)
回
野田 幸裕
Noda Yukihiro
弁護士、弁理士
N&S 法律知財事務所設立所長。著作権法・商標法等の知的財産関連のビジネスコンサル・契約・訴訟等が専門。
前東京都知的財産総合センター法律相談員、一般社団法人日本商品化権協会正会員等。講演・著作等多数。
では要求されませんが、表現に何らかの創意工
著作物とは何か
夫が認められるなど著作者の個性が表現に表れ
ていることが必要です。そのため表現がありふ
著作権法を学ぶうえでまず初めに、そもそも
「著作物とは何か?」
ということを理解する必要
れたもの、平凡なもの、一般的・日常的なもの、
があります。例えばある土地の所有権を考える
ごく短く表記されたものなどは創作性の要件を
場合に、誰が所有権者かという権利の帰属を考
欠くので著作物とは言えません。要するに、誰
える前にそもそもその所有権の対象となる土地
が表現しても同じになるような平凡でありふれ
がなくては話が始まらないのと同じことです。
たものは、特定の者に著作権を独占させるだけ
著作権も同様で、ある著作者が著作権法上の保
の価値が無いので、そのようなものには著作物
護を受けるためには、そもそも保護の対象とな
性は認められないのです。
る著作物があることが前提となります。
この点、
◦著作物の
「表現」
とは
著作権法は、著作物について
「思想又は感情を
次に著作物とは
「表現」
である必要があります。
創作的に表現したものであつて、文芸、学術、
「表現」
とは外部に思想または感情を表すことで
美術又は音楽の範囲に属するものをいう」と定
す。したがって、人が思ったこと考えたことが
義しています(著作権法 ( 以下、法 ) 2条1項)
。
内心にとどまっているだけでは表現したことに
著作物は「思想又は感情」
を表現したものです
なりません。またアイデア自体は思想や感情そ
が、これは人が知的精神活動に基づき表現した
のものであり、表現それ自体ではありません。
ものであることを意味します。そのため単なる
著作権法はあくまで表現を保護する法律であっ
事実
(例えば何年にどのような歴史的事実が発
て、アイデアを保護する法律ではないので、そ
生したかといった客観的事実)
やデータ
(例えば
のアイデアがいかに高度の独創性があろうとも
血液の組成成分やある都市の人口の推移データ)
アイデアにとどまる限りは著作物ではありませ
は、それ自体は何らかの思想や感情などが反映
ん。
逆に、
アイデアそれ自体は平凡なものであっ
されたものではないので著作物とは言えません。
ても表現に創作性が認められれば著作物となり
◦著作物の
「創作的」とは
得ます。このようにアイデアと表現を区別しア
次に著作物とは
「創作的」
表現でなければなり
イデアには著作物性を認めない理由は、アイデ
ませんが、「創作的」
とは著作者の知的精神活動
アはその内容の特定が不十分で範囲も不明確で
により著作者の個性が表れていることをいいま
あるにもかかわらず特定の者に著作権という強
す。他に例を見ないほど高度な独創性・芸術性ま
い独占権を認めることは妥当性を欠くこと、ま
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国民生活
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誌上法学講座
たアイデア自体を特定の者に独占させると他の
著作物性の発生時期
者はそれ以外のアイデアに従わざるを得ず人類
の精神活動の発展が阻害されるからです。
ではこのような要件を具備した著作物はいつ
さらに著作物とは「文芸、学術、美術又は音
生まれるのでしょうか。著作物性の発生時期の
楽の範囲に属するもの」
であるとされますが、著
問題です。結論からいえば、思想または感情の
作物の定義からだけでは、その内容はあまりに
創作的表現がなされた瞬間です。特許権や商標
抽象的です。そのため、法は著作物の例を以下
権などは特許庁で権利性の有無について実質的
のように列挙しています
(法 10 条1項各号)
。
審査がなされ権利性があれば登録を受け、登録
を受けたときに権利が発生します
(特許法 66 条
「小説、脚本、論文、講演その他の言語の
1項・商標法 18 条1項)
。これに対し、著作権
著作物」
(1号)
は権利の発生に登録などの一定の方式を必要と
「音楽の著作物」
(2号)
しません
(法 17 条、このような方式を
「無方式
「舞踊又は無言劇の著作物」
(3号)
主義」
といいます)
。
「絵画、版画、彫刻その他の美術の著作物」
確かに著作権法にも土地や建物の登記と同様、
(4号)
著作権の移転等についての登録制度はあります。
「建築の著作物」
(5号)
しかし、その登録は権利の発生要件ではなく、
「地図又は学術的な性質を有する図面、図
著作権が A から B と C に二重に譲渡されたとき
表、模型その他の図形の著作物」
(6号)
に B、C どちらが優先するかの基準として登録
「映画の著作物」
(7号)
を先に備えたほうが優先するという意味の対抗
「写真の著作物」
(8号)
要件でしかないのです(法 77 条)
。登録の対象
「プログラムの著作物」
(9号)
には権利の移転のほか、実名
(法 75 条)や著作
これらの著作物は著作物の例示と考えられて
物の第一発行年月日
(法 76 条)などが登録対象
おりますので、これら以外にも、思想や感情の
になりますが、このような登録をしたから著作
創作的表現であれば著作物となります。
物性の存在が公的に認められるなどという効果
逆に著作権法が明文で著作物性や保護を否定
はありません。あくまで著作物性の有無は上記
するものとして、
「事実の伝達にすぎない雑報」
の要件を実質的に具備するか否かにあり、その
および「時事の報道」
は誰が書いてもありふれた
要件を満たすものであれば創作時に直ちに著作
表現にならざるを得ないため言語の著作物には
物性が認められることになるのです。実際にそ
該当しません(同2項)
。またプログラムの著作
のものに著作物性があるのかないのかが争点に
物の作成のための
「プログラム言語」
は表現手段
なった場合、最終的には裁判所で判断されるこ
に過ぎず、また「規約」
や
「解法」
は原理や約束事
とになるわけですが、著作物性の判断には微妙
であり表現そのものではないためプログラムの
な点も少なくありません。そのため、実務では
著作物としては保護されません
(同3項)
。
客観的には著作物性に疑義があるものに著作物
以上のとおり、著作権法は、文芸その他、文
性があることを前提にした著作権譲渡契約や使
化の範囲に属するもので、表現者が知的精神活
用許諾契約が締結されているような事例も少な
動に基づき創意工夫するなど表現者の個性がア
くありません。
イデアにとどまらず外部に表出され、平凡であ
著作物性の有無と裁判例
りふれたものとはいえない程度に表現されたも
のを著作物として認めるものと考えられます。
そこで、ここからは著作物性の有無が問題と
なるケースを具体的に見ていきましょう。
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誌上法学講座
⑴解剖実習の手引きの著作物性に関する
く、そのような構成を有する衣服を作成する抽
裁判例
象的な構想又はアイデアにとどまるものと解さ
「本件書籍に記載されているような、人体の
れるから、上記構成を根拠として原告編み物に
各器官の構造、各器官と動静脈及び神経叢との
著作物性を認めることはできず、原告編み図に
各位置関係等についての客観的な事実はもちろ
ついても著作物性を認めることはできないと判
ん、解剖の手順・手法も、これらに関する考え
断する」
と判示し
(知財高裁平成 24 年4月 25 日
( アイデア ) も、それ自体は、本来、誰に対しても
判決、裁判所ウェブサイト)
、その理由は概ね
自由な利用が許されるべきものであって、特定
原審同様としています。
原審の理由では、
「図面の著作物については、
の者に独占させるべきものではないことは、当
然というべきである。したがって、解剖実習書
図面としての見やすさや、編み方の説明のわか
である本件書籍についていえば、著作権法上の
りやすさに関する創意工夫が表現上現れている
著作物となる根拠としての表現の創作性となり
か否かによって創作性の有無を検討すべきもの
得るのは、表現された客観的事実自体、手順・
と解されるところ、原告編み図は、原告編み物
手法自体やアイデア自体の有する創作性ではな
の作成方法に関し、その材料、用具、ゲージ、
く、これらの創作性を前提にし、これを当然の
出来上がり寸法等を品番、用具名、目数、段数
出発点としてもなおかつ認められる表現上の創
等を文字及び数字で摘示することにより説明し、
作性に限られるものというべきである」と判示
かつ、編み方を
『身頃は、キュービックとエジ
するものがあります。要するに解剖の手順や手
プトスーパーを引きそろえて編みます。
』
などの
法はアイデアでありこれらの表現に創作性がな
文章で説明するとともに、原告編み物の正面図
ければ個々の文章としての著作物性は認められ
や展開図、各モチーフ図を表示し、各図の中に、
ないということです
(東京高裁平成13 年9月27
色、目数、段数、編む方向、作り目の位置、と
日判決、『判例時報』
1774 号 123 ページ)
。
じ位置、寄せ目位置、ボタン穴位置などを、文
⑵編み物の編み図の著作物性に関する
字、矢印、波線、丸印、
『ト』
様の記号などを用
裁判例(図 1、図2)
いて表示しているものであり、①材料、用具、
「『形の最小単位は直角三角形であり、この三
ゲージ、出来上がり寸法等を記載することは、
角形二つの各最大辺を線対称的に合わせて四角
編み物の作成方法の説明に当たり当然必要とな
形を構成し、この四角形五つを円環的につなげ
るものであると解される上、上記説明を、品番、
た形二つをさらにつなげた形』と表現される原
用具名、目数、段数等の摘示によってすること
判決最末尾別紙図面記載の構成は、表現ではな
はありふれたものであると解される。また、②
図1 原告編み図
図2 被告編み図
(
『判例時報』
2159 号 132 ページから抜粋)
(『判例時報』2159 号 132 ページから抜粋)
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矢印を用いて編む方向を指示することや、寄せ
性を認めませんでした
(東京地裁平成 15 年1月
目の位置を『ト』
様の記号を用いて表示すること
31 日判決、
『判例時報』
1820 号 127 ページ)。
などは、毛糸編み物技能検定試験受験の手引き
⑷本のレイアウト・フォーマットの
著作物性に関する裁判例
においても同様の表示がみられるとおり、編み
図における一般的な表示方法又は一般的ルール
「
『著作権法にいう著作物とは、思想又は感情
であると解される。さらに、③編み図中に、編
を創作的に表現したものであるが、控訴人が知
み物の正面図や展開図、
各モチーフ図を表示し、
恵蔵の素材であると主張する柱
(版面の周辺の
各図の中に詳細な説明を加える手法は、他の編
余白に印刷した見出し)
、ノンブル
(ページ数を
み図でも採用されているものであると認められ
示す数字)
、ツメ
(検索の便宜のために辞書等の
る上、④編み方の具体的説明内容をみても、編
小口に印刷する一定の記号等)の態様、分野の
み物における基本的な技法を簡潔な表現で説明
見出し、項目、解説本文等に使用された文字の
したものにとどまるものであって、原告編み図
大きさ、書体、使用された罫、約物
(文字や数字
は、編み図における一般的な表示方法又は表示
以外の各種の記号活字の総称)の形状などが配
ルールに従い、他の編み図でも一般的に採用さ
置される本件レイアウト・フォーマット用紙及
れている構成によって、原告編み物の作成方法
び控訴人が知恵蔵の素材であると主張する柱、
を説明したものであると認められ、図面として
ノンブル、ツメの態様、分野の見出し、項目、
の見やすさや、説明のわかりやすさに関し、特
解説本文等に使用された文字の大きさ、書体、
段の創意工夫を加えたものということはできず、
使用された罫、約物の形状は、編集著作物であ
図面の著作物としての創作性を認めることはで
る知恵蔵の編集過程における紙面の割付け方針
きない」として、結論としては、本件の編み図
を示すものであって、それが知恵蔵の編集過程
や説明文章の著作物性は認めませんでした
(東
を離れて独自の創作性を有し独自の表現をもた
京地裁平成 23 年 12 月 26 日判決、裁判所ウェ
らすものと認めるべき特段の事情のない限り、
ブサイト、『判例時報』
2159 号 121 ページ)
。
それ自体に独立して著作物性を認めることはで
⑶プログラム著作物の著作物性に関する
きない』
『年度版用語辞典である知恵蔵のような
裁判例
編集著作物の刊行までの間には、その前後は別
裁判所は「プログラムは、その性質上、表現
として、企画、原稿作成、割付けなどの作業が
する記号が制約され、言語体系が厳格であり、
複合的に積み重ねられることは顕著な事実であ
また、電子計算機を少しでも経済的、効率的に
るところ
(中略)
本件レイアウト・フォーマット
機能させようとすると、指令の組合せの選択が
用紙の作成も、控訴人の知的活動の結果である
限定されるため、プログラムにおける具体的記
ということはいえても、それは、知恵蔵の刊行ま
述が相互に類似することが少なくない。仮に、
での間の編集過程において示された編集あるい
プログラムの具体的記述が、誰が作成してもほ
は割付け作業のアイデアが視覚化された段階の
ぼ同一になるもの、簡単な内容をごく短い表記
ものにとどまり
(中略)
編集著作物である知恵蔵
法によって記述したもの又は極くありふれたも
とは別に、本件レイアウト・フォーマット用紙
のである場合においても、これを著作権法上の
自体に著作権法上保護されるべき独立の著作権
保護の対象になるとすると、電子計算機の広範
が成立するものと認めることはできない』」
(括
な利用等を妨げ、社会生活や経済活動に多大の
弧内筆者)として著作物性を認めませんでした
支障を来す結果となる」として汎用設計ソフト
(東京高裁平成11年10月28日判決、
裁判所ウェ
ブサイト)
。
上で使われる電車線設計用プログラムの著作物
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