-「看護教育」 の教育史的考 - 慶應義塾大学学術情報リポジトリ(KOARA)

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展望的記憶における想起形態に関する研究
梅田, 聡(Umeda, Satoshi)
慶應義塾大学大学院社会学研究科
慶応義塾大学大学院社会学研究科紀要 : 社会学心理学教育学 (Studies in sociology, psychology and
education). No.54 (2002. ) ,p.92- 96
Departmental Bulletin Paper
http://koara.lib.keio.ac.jp/xoonips/modules/xoonips/detail.php?koara_id=AN0006957X-00000054
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2
−「看護教育」の教育史的考
行に移せること(これを展望的想起と呼ぶ。)は,過去の
察一
出来事の単なる回想的な想起とは異なり,人が適応的な
第1012号山梨あや明治末期から大正中期にかけ
社会生活を営む上で必要不可欠な心的機能であり,かつ
ての社会教育構想
その機能に障害が起こった事態を考えると,その基礎的
−井上友一の「自治民育」と
メカニズムと臨床的応用に関する研究の必要性と意義は
読書政策を視点として一
大きいものがあると述べる。
博士(平成13年度)
博士(心理学)[平成14年2月22日]
甲第1982号梅田聡
展望的記憶における想起形態に関する研究
〔論文審査相当者〕
主査慶雁義塾大学名誉教授・
日本橋学館大学長
文 学 博 士 小 谷 津 孝 明
これに対し,ある時期,そもそも展望的記憶を回想的
記憶と区別するのは妥当でないとする論があった。しか
し著者は,その議論からは有益な示唆は何も得られな
い。展望的記憶はそれが後のある適切な時点で想起され
ねばならないという情報とともに符号化される。した
がって想起のメカニズムは時間ベースを主とする点,事
象ベースを主とする回想的想起とは基本的に異質である
とし,そのメカニズムの解明こそが重要であると主張す
る
。
また,時間ベースの想起には自己モニタリングや手帳
などの外的記憶補助を利用するメタ認知能力が欠かせな
副査慶膳義塾大学文学部教授
いとし,この面の実験的研究を精査する一方,かつて著
大学院社会学研究科委員
者自身が行った,1週間先および2週間先に予定してい
文 学 博 士 渡 辺 茂
副査放送大学教授
教育学博士波多野誼余夫
副査東京歯科大学
市川総合病院助教授・部長
医 学 博 士 加 藤 元 一 郎
論文審査の要旨
梅田聡君提出の博士学位請求論文『展望的記憶におけ
る行為を書かせた後,向こう2週間のうちに書き忘れた
行為に気づいたら記入しておくよう指示し,2週間経た
日に,予定していた行為を忘れず実行したかどうかを調
査した実験において,「壮年者は書き忘れは多いがし忘
れは少なく,逆に若年者は書き忘れは少ないがし忘れは
多い。」という結果を得たことなども勘案して,展望的想
起には,何か意図した行為があること目体を想起する
「存在想起」と,引き続いてその行為内容を想起する「内
容行為」とがあるのではないかと考えた。それが正しけ
る想起形態に関する研究』は,l)展望的記憶の想起形態
れば上記のし忘れ現象についても,「若年者は実行可能
が「存在想起」と「内容想起」に分離されること,2)そ
性を過大に見積もる傾向があるので,結果として存在想
れぞれの想起形態は独立した神経基盤を持つこと,3)
起それ自体が危うくなり,必然的に内容想起が伴わない
両想起形態の有り様がコルサコフ症候群やアルツハイ
ため,し忘れが多くなるが,壮年者は書き忘れは多いも
マー型痴呆症ならびに前頭葉損傷患者等の診断的指標と
のの,ひとたび書き留めれば(外的記憶補助),それが存
なりうること等を実験心理学的および神経心理学的両ア
在想起を促し,結果として内容想起も高まり,し忘れは
プローチを通じて実証したこと,そして,4)これらの知
少なくなる。」と理解できる。したがって展望的想起にお
見が従来の展望的記憶研究における緒論争を整理統合す
いて「存在記憶と内容記憶の分離が可能かどうか。」は検
る理論的枠組みを与え,さらには記憶障害者の機能回復
証を必要とする重要な問題であることを示唆した。
プログラム開発等,臨床応用への道を拓くものであるこ
とを論じかつ展望したものである。
また,「日常生活事態において展望的パフォーマンス
は加齢によって低下しない。」という報告があるが,それ
は,壮年者が社会生活を通して“時間経過に対する敏感
本論文の構成は3部よりなる。先ず第1部序論では,
ざ,と“時刻ベース”の想起スキーマを獲得してきてお
展望的記憶とは「今晩ある人に電話をかけよう。」など
り,それにのっとって自己モニタリングスキルを発揮し
と,未来に行う行為を意図したことの記憶で,これを何
ているためではないかと考え,それを検証する実験的研
の手がかりがなくともタイミングよく自発的に想起し実
究の必要性と重要性をも示唆した。
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さらに,そのような検証実験を通して得られるであろ
することがあったような気がするが(存在想起),それが
う結論をより確かなものにするには,対応する神経生理
何であったかは想い出せない(内容想起の失敗)という
学的基盤が明らかにされることが望ましい。そこで著者
訳で,そのこと自体,存在想起と内容想起が分離される
は脳損傷患者を対象とした神経心理学的研究を渉猟した
ことを示していると言える。壮年者がこのような内容想
ところ,例えば両側前頭葉梗塞患者が回想的記憶と事象
起の失敗を補完しようとするならば,手帳などの外的補
ベース課題ではよい成績を示したにもかかわらず,ある
助を活用すれば事足りる訳で,実際,前述のし忘れが壮
時間が経過したら次の行為に移るといった時間ベース課
年者に少ないという結果もこれに州当するものと言え
題では成績の低下が見られたという研究があり,展望的
る
。
記憶には前頭葉が関与することを知る。他方,視床背内
次に実験2では,刺激文記銘時に後で想起テストを行
側核,乳頭体を中心とする間脳と前頭葉の一部に損傷の
うことを予め教示しておく意図的学習事態をとっても,
見られるコルサコフ症候群患者では予想に反して展望的
上記の結果が変わらない(壮年群で内容想起の成績が上
記憶課題の成績が優れていたとする報告に出会ったりす
がらない),したがってそれほどに上述の結論が強固の
るが,この場合,事象ベース課題のみしか用いていな
ものであることを確認し,さらに実験3では,刺激文記
かったという方法論的問題があり,事実は未だIリlらかで
銘後,時刻から行為内容を想起させても内容から時刻を
ないと指摘する。加えて,展望的記'億に関するこれまで
想起させても同様に壮年群の方が若年群よりも成績が劣
の神経心理学的研究は数少なく,また殆どがケース研究
ることを明らかにした。以上を総合すると,壮年者はミ
であり,今後の組織的な研究が期待されると述べる。
ニデイとはいえ1日の時間の流れの中でタイミングを
とって展望的想起をするときには,時刻の想起一少な
以上を踏まえ,第II部実験と理論的考察では,壮年者
くともこの場合存在想起一だけは若年者に劣らぬ結果
と若年者に対して独自に開発した“ミニデー実験”によ
を出すことか出来る。よってこの事実を救術すれば,展
り存在想起と内容想起の分離可能性について検討し(実
望的記憶において存在想起と内容想起を分離することが
験l∼3),次いでさまざまな脳部位に障害をもつ複数の
できると結論できる。
症例患者を対象として新たな実験を行い,両想起形態の
神経生理学的基盤を明らかにする(実験4∼9)。
さて次に神経心理学的アプローチであるが,実験4∼
6は,記憶障害(コルサコフ症候群)患者,前頭葉眼嵩部
先ず実験lでは,最初にある時刻とその時に行う日常
損傷患者,ならびに痴呆症患者を実験群,健常者を対照
的行為からなる12個の刺激文(例えば,「午後7時に駅
群とし,一連の知能検査を実施する中に,ブザー課題と
で友人と会う。」)を記銘させ,その後テストとして,1
番号札課題という2つの展望的記憶課題実験を埋め込
時間を6秒で高速回転するアナログクロックが行為を
み,その結果から存在想起と内容想起に対応して,独立
実行すべき時刻を刻んだらキイを押してクロックを止
した神経基盤が存在することを示すことをl1的とする。
め,記銘時刻と行為内容を報告させる実験を行った。ミ
ここでブザー裸題とは,知能検査を開始する際に,「ブ
ニデー実験というのはこのクロックのもとでは1日が
ザーが鳴ったら手を叩いてください。」と教示し,20分
144秒で終わるからである。実験の結果は,クロックの
後にブザーを鳴らしても被験者が何もしようとしない場
停止回数すなわち時刻情報のタイミングを得た想起につ
合にはプロンプトAとして「何か忘れていませんか。」
いては壮年群と若年群との間で差がなかったが,行為内
と言語的手がかり情報を与え,それでも課題を遂行しな
容の想起は若年群が優れていることを示した。この結果
かったり誤った行為を遂行した場合にはプロンプトB
は,壮年者が長年の社会的経験を経て“1日の時間的ス
として「ブザーが鳴ったら何かしなければなりませんで
キーマ”を盤得し,‘‘時刻ないし時間経過に対する鋭敏
したね。」と言い,それでもダメなときは課題が何である
さ,,を高めてきた結果であると,著者は推察する《,事実,
かを説明して終わる。他方,番号札課題では,知能検査
壮年者に内観報告を求めると,「いつも朝8時から10時
開始に先立って一枚の番号札を手渡し,「検査が終わっ
の間は何か予定がはいるから覚えるのが簡単であった。」
たらこの部屋を出る前に忘れずにこれを返してくださ
とか,クロック回転中に「会社を出る前になにかあった
い。」と教示してポケットやハンドバックにしまわせ,検
なあ。」とか,「そろそろ何かやることがある感じだな
査終了時に番号札を返さない場合にはプロンプトAと
あ。」といった独りごとが鳴かれることがその推察を支
して「何か忘れていませんか。」と訊き,それでも課題を
持するものだと述べる。換言すれば,この時刻には何か
遂行しなかったり違った行為をした場合にはプロンプト
9
4
Bとして「ある物をお渡ししたはずですが。」と課題行為
の結果から,すくなくとも展望記憶における存在想起と
を促す。両課題実験とも反応行為の評価は,プロンプト
内容想起の独立存在性および対応する神経某購の存在に
が与えられないうちに何らかの行為を行った場合には
関してはかなりの程度確認ができたと言える。
"存在想起が可能であった。",プロンプトなしのうちに
次にアルツハイマー型痴呆症患者を対象とした実験6
正しい行為をした場合には“内容想起が可能であった",
では,手がかり想起型課題において存在想起が可能で
そしてプロンプトが与えられてから正しい行為をした場
あった患者は1名に過ぎず,内容想起が出来た患者は一
合にはその条件付で“内容想起が可能であった,,とする
人もいなかった。自発的想起型課題においても存存想起
ものである。
が出来た患者は少なく,したがって内容想起も出来た患
実験4は,この2課題を重篤な健忘症状を呈するコル
者は少なく,プロンプトBが与えられてはじめて内容想
サコフ症候群の患者に与えて反応を観察したものであ
起が可能となる患者が増える。また,プロンプトBによ
る。結果は,ブザー課題のように明白な手がかりが与え
り「ある物を渡した」という手がかり情報を与えられる
られる課題においては存在想起に失敗する患者はそれほ
と直ちに番号札をしまった場所を探し始める患者が多い
ど出ないものの内容錯誤が多く見られ,番号札課題のよ
ところからすると,アルツハイマー型痴呆患者において
うに自発的想起が求められる課題においては存在想起そ
は一部の潜在記憶(意図再認記‘億)は保たれていると推
れ自体に失敗する患者が顕著に認められる。再生・再認
察される。再生・再認テストの成績は健常者より低い。
課題に対する患者の記憶成績も低い。これらの結果か
これらの結果を総合すると,アルツハイマー型痴呆症と
ら,展望的想起の生理学的基盤について何が言えるであ
コルサコフ症候群のような健忘症を見分ける上で,展望
ろうか。被験者となったコルサコフ症候群患者の損傷部
的記憶課題の成績はその指標の一つとなりうるものと言
位は視床背内側核,乳頭体を中心とする間脳と前頭葉の
える。
一部である。したがって従来の知見を援用すれば,内容
さらに実験7では,実験4∼6の結果の信頼性を高め
想起の障害については間脳の情報処理機能と前頭葉の判
る目的で,実験4と同じ手続きでアルツハイマー型痴呆
断機能が関与し,存在想起の障害については,前頭葉の
症患者を対象に再生・再認課題,ブザー課題,番号札課
一部が関与していたものと理解出来る。
題を与える実験を行った。殆どの患者が存在想起も内容
これに対し前頭葉(眼嵩部)損傷患者を対象とした実
想起も出来なかったというものであったが,3ヶ月後に
験5では,ブザー課題(手がかり想起型課題)において
再び同じ検査を行ったところ,前回の検査と高い一致度
殆どの患者が存在想起,内容想起ともに可能であった
を得た。信頼性はきわめて高いと言える。実験8では,
が,番号札課題(自発的想起型課題)においてその数は
記憶処理への関与が少ないと考えられている頭頂葉と後
8名中4名に落ちるものの,可能でなかった患者もプロ
頭葉の損傷患者を対象として同様の実験を行ったが,存
ンプトを与えられると正しい内容を想起することが出来
在想起,内容想起,意図再認いずれも可能であった。こ
た。健常者でも両想起が可能であったものは8名中6名
れは実験4∼6の結果の信頼性を間接的にサポートする
であったことからすると,前頭葉損傷患者においては展
ものである。
望的想起に関し大方障害は認められないとするか,若干
そして最後の実験9では,実験5で浮上してきた前頭
の障害があるとするかは卵微妙である。再生・再認課題
葉損傷患者における“適切な時刻ベースの想起,,の問題
による記憶成績も健常者にひけをとらない。しかし,前
を検討する。この検討には,問題の性質上時刻の想起に
頭葉損傷患者は日常生活においてし忘れを頻発してお
直接かかわる課題実験が望ましい。そこで,実験lと同
り,タイミングよく意図した行為を想起できずに,しば
じミニデー課題を用いることにし,被験者は,実験5の
しば「先ほどやり忘れた。」と自己反省したりすることが
被験者と同じ前頭葉(眼嵩部)損傷患者である。その結
報告されている。適切な時刻ベースの想起に障害がある
果,予想通り時刻の想起成績は前頭葉損傷群の方が健常
可能性が高い。このことは,前頭葉眼寓部の損傷に伴い,
若年群や健常壮年群よりも劣っていることが分かった。
患者の意図を保持する緊張状態が低下し,“検索モード”
一方,内容想起については前頭葉損傷群と健常若年群の
が適切に誘起されなかったため,と解釈することができ
間には有意差が認められ,前頭葉損傷群の成績が低いこ
る。しかし現時点で詳細は明らかでない。さらなる実験
とが明らかとなったが,前頭葉損傷群と健常壮年群との
的検討が必要で,この点は後述の実験9で再びとり上げ
間には有意差が認められなかった。したがって,前頭葉
られることになる。それはそれとして,以上実験4∼5
損傷患者においては時刻と内容の記憶は確かに存在して
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いたが,そのタイミングを得た想起に障害があったので
あって,そこには“時間経過に対する敏感さ,,の低下,
る
。
そして最後に,今後の展望的記'億研究の展望として,
ひいては“1日の時間的スキーマ”の非活性化が関与し
研究面では総合的なモデル論的研究の必要性とそれを実
ていたのではないかと結論している。
現するために必要な新しい実験デザインの可能性につい
て,また,応用面ではこれまでの展望的記憶に関する成
最後に第III部総合考察では,上記9実験の成果を改
果と実験法を利用し,記憶障害患者に有効なリハビリ
めて概括した後,各実験で触れることの出来なかった幾
テーションプログラムを開発したり,服薬のし忘れ防止
つかの点を,存在想起に関する理論的考察と方法論的問
法を案出したりすることの可能性について,いずれも具
題点,意図の想起に影響を与える諸要因,ならびに今後
体例を提示しつつ論及し,本論文の結びとしている。
の展望的記憶研究,の各見出しの下で考察し,展望して
いる。
以上,本論文の概要を順を追って述べた。その中心を
先ず,存在想起に関する理論的考察と方法論的問題点
なす研究成果を改めて概括すれば,l)展望的想起は存
では,存在想起における前頭葉の役割について論じてい
在想起と内容想起に分離できる,2)両想起形態はそれ
る。実験5および9でみたように,前頭葉損傷患者にお
ぞれ独立した神経基盤をもつ,3)存在想起の基盤は前
いてはタイミングを得た展望的想起に困難がある。それ
頭葉(眼高部),内容想起のそれは視床背内側核,乳頭体
が緊張低下による“検索モード”の不発ということで説
を中心とする間脳(主として想起‘情報処理機能を担う)
明がつくとすれば,前頭葉はその一連の処理の一部に関
および前頭葉(判断機能を担う)と考えられる,4)向想
与しているのではなく,おそらくは活動全般に関与して
起形態のfjり様がコルサコフ症候群やアルツハイマー型
いる可能性か高い。他方,前頭葉眼高部は情緒に関する
痴呆症患者の診断的指標となりうる,というものであ
情報処理を担うとされる馬桃体と神経線維連絡か強い部
る。これらの実証的成果は,事実的発見としての意義の
分である。したがって前頭葉が存在想起の促進や抑制を
みならず,両想起形態の混同(非分離)のため兎角論点
制御する1情報処理に関与している可能性が高く,その意
にズレを起こしやすかった従来の展望記憶に関する諸研
味では存在想起や内容想起に及ぼす情緒的要因の効果に
究に一貫性を与える理論的枠組みを提供したこと,そし
ついて今後更なる研究が必要であると述べる。
てまた,記憶障害の診断や機能回復プログラムの開発に
ところで上の議論は脳機能の局在論的視点と全体論的
視点にかかわる。本研究の目的の一つが展望的記憶にか
有用な情報を提供したこと等,理論的,臨床応用的意義
を持つ。
かわる神経基盤の確定にある以上,前頭葉損傷はもちろ
このように意義ある研究成果をあげ,またその実現の
んコルサコフ症候群についてもその損傷部位である乳頭
ために独創的な実験課題をデザインし,各種脳描傷患者
体や視床背内側核の局在的関与を前提とする考察を行っ
には細心の配慮をしつつ,一連の実験的研究を精力的に
た。しかし,損傷部位の近傍領域による機能的代償もあ
展開した著者の力量と努力は十分に評価されてよいもの
り,全体論的視点も欠かせないという。
と考える。
次に,意図の想起に影響を与える要囚については,符
ただし,前半の心理実験とその考察において,“一日の
号化時の処理や検索方略の問題が頭要である。展望的記
時間的スキーマ',といった新しい概念をもちlllしながら
‘億は,後の適切な時点で自発的に想起されねばならない
その説明がなされなかったこと,「展望的記憶において
という情報とともに符号化されねばならないからであ
は想起のタイミングを逸すると意味がない。」という記
る。その意味では,作動記憶の役割の検討も忘れてはな
述かあったが,“後で想起できる,,ことには存在想起が自
らない。しかしそれ以上に看過できないのは,展望的記
己モニタリングやメタ認知と密接な関係があることから
'億の発達的側面である。これに関する本論文の扱いは,
して,看過できぬ重要な意1床があること,また,後半の
若年者と壮年者の横断的比較に限られている。展望的記
神経心理学的実験においては,脳損傷患者の診断あるい
憶がどのように発達してくるのか,その質的変化はどの
は損傷部位特定に関する記述が不足あるいは簡略に過ぎ
ようであるかを明らかにすることは,子供の自己モニタ
たのではないかなど,幾つかの反省すべき点はあった。
リングやメタ認知能力の発達の問題と絡んで,単に展望
しかし,論文全体を通じて見るとき,先行研究に関す
的記憶のメカニズム解明のためにだけでなく,認知発達
る文献の渉猟の仕方,実験の運びに関する理論展開,結
全体にかかわるものとして極めて重要であると指摘す
果の統計解析の技術,そして結果や考察に見られる論述
96
力等において,著者はかなりの水準に達している。それ
ら認められない点である。すなわち,この等価性の発生
は,本論文の一部が既に国内外の心理学会および神経心
はヒトとそれ以外の動物を分ける機能的相違であるとも
理学会等の学術誌にアクセプトされ刊行されていること
考えられるのである。
からも明らかであろう。
最後に,評価すべきもう一つの点は,著者が「展望的
論文では最初に等価性の理論的説明とこれまでの実験
の総説がなされている。等価性はA→BならばB→Aと
記憶における想起形態」という極めて認知心理学的色彩
いう対称性,A→B,B→CならばA→Cという推移性の
の濃いテーマを扱うなかで,心理学的アプローチと神経
上に成り立つ関係であることが述べられる。過去の研究
科学的アプローチの一体化を試み,その学術的意義と臨
例ではマッキンタイアらがカニクイザルでこれらすべて
床応用的有用性を主張しようとした点である。そこには
の関係の訓練が可能であったことを報告しているが,等
著者の視野の広さと実証的心理学の将来を見据えるフィ
価性の重要な点はそれが直接の訓練によらず,A→B,B
ロソフィーを観ることが出来ると思う。
→cの訓練のみで「創発」される点であり,その意味で
はこの研究は動物において等価性の創発を確認したこと
以上の所見から,本論文は著者が将来独立した研究者
にはならない。ヴォウガンはハトを用いて反復逆転の手
として斯界に貢献していくことの出来る力量を十分に備
怯によって機能的等価クラスの形成が可能であることを
えていることを示すものと判断する。よって,著者は本
報告しているが,手続き的な相違からシドマンのいう等
論文により博士(心理学)の学位を授与されるに値する
価性とは考えにくく,本論文の実験4では実際に反復逆
ものと認めるc
転による刺激等価クラスの形成とシドマンの等価性の関
係を実験的に検討している。現在,ヒト以外の動物にお
博士(心理学)[平成14年2月22日]
甲第1983号山崎由美子
Effectsofreinforcementhistoryonestab‐
lishmentofequivalencerelations
(等価関係の成立に及ぼす強化履歴の効果)
〔論文審査担当者〕
主査慶磨義塾大学文学部教授・
大学院社会学研究科委員
文 学 博 士 渡 辺 茂
副沓慶曜義塾大学名誉教授・
帝京大学文学部教授
文 学 博 士 佐 藤 方 哉
副査カリフォルニア大学(サンタ・クルス)教授
PhD.シュスターマンロナルド
論文審査の要旨
ける等価性の成立を示したほぼ唯一の例としてシュス
ターマンのアシカの研究があげられるが,著者は刺激の
数が極めて多いという特徴以外に,このアシカが身振り
言語による言語訓練を受けている点と,アシカの履歴が
不明であることを指摘している。刺激の数の問題は実験
5で取り上げられている。最後に真辺らによるセキセイ
インコの研究を概説し,この研究をめぐるシドマンらの
論争を述べ,等価性の直接的訓練の可能性を指摘しつつ
も,哨乳類以外での等価性創発を示唆するものとして評
価している。これらの文献研究を通じて著者はヒトでは
ほぼ自動的に成立する等価性が動物では,たとえそれが
可能な場合でも特別な訓練が必要であることを指摘して
いる。また,アシカ,インコ,ヒトはそれぞれかなり類
縁関係の離れた種であるので,等価性の成立は生物学的
類縁関係には必ずしも拘束されないと思われることも指
摘している。
著者は等価性に関するアプローチをl)生態学的問
題,すなわちどのような習性を持つ動物において見られ
るものか,2)どのような経験に基づくものか,3)どの
本論文は等価性確立における強化履歴の効果の実験的
ような神経機構によるものか,に分け,このうち特に個
研究である。等価性とはA→B,B→Cという関係があっ
体の経験である強化履歴に注目して,その実験的な検討
た場合にC→Aという関係が生ずることをさし,米国の
を5つの実験によって行っている。等価性研究では,そ
シドマン博士が提唱したものである。これが心理学的に
の削発,つまり直接の訓練なしで成立することが重要な
極めて重要であるのは言語における対象一音声一文字の
争点になっており,著者はどのような経験(強化履歴)
関係がこの等価関係で説明できることと,ヒト以外の動
が等価性創発にかかわるのかを広範囲に検討している。
物では後述するアシカの例を除いて,類人猿においてす