99 更正処分の誤りと延滞税 立教大学教授 浅妻章如 あさつま あきゆき

租税判例百選 6 版 2016.1.12 4600 字±1 割
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99 更正処分の誤りと延滞税
立教大学教授 浅妻章如 あさつま あきゆき
最高裁平成 26 年 12 月 12 日第二小法廷判決(平成 25 年(行ヒ)第 449 号:延滞税納付債務不存在確認等請求事件)(判時
2254 号 18 頁)
Ⅱ租税実体法――(10)付帯税
事実の概要
Aが平成 20 年 10 月 25 日に死亡し、Xら(原告、控訴人、上告人)およびBが相続した。XらおよびBは相続税の法定申告
期限および法定納期限内に市川税務署長に対し相続税(X1 は 4185 万 1300 円、X2 は 4556 万 0600 円)の申告および納付
をした。
平成 22 年 7 月 12 日、Xらは本件相続土地の評価額が時価よりも高いとして更正の請求をした。同年 12 月 21 日、市川税
務署長は更正請求の一部を認め、X1 の税額を 3035 万 5500 円、X2 の税額を 3353 万 7100 円とする減額更正をした。平成
23 年 1 月 26 日、X1 に 1163 万 9200 円(過納金 1149 万 5800 円、還付加算金 14 万 3400 円)、X2 に 1217 万 3600 円(過納
金 1202 万 3500 円、還付加算金 15 万 0100 円)の過納金還付がなされた。国税通則法(以下「法」という)58 条 1 項 2 号よ
り、還付加算金の起算日は平成 22 年 10 月 13 日(更正の請求の日から 3 カ月経過日の翌日)、利率は特例基準割合である
年 4.3%(租税特別措置法 95 条)である。
平成 23 年 2 月 1 日、Xらは市川税務署長に対し、土地評価額がまだ時価より高いとして異議申立てをした。同年 4 月 27
日、市川税務署長は異議申立てを棄却した。同年 5 月 31 日、市川税務署長は、減額更正における土地の評価額が時価よ
りも低いとして、増額更正(X1 の納付すべき税額、増差本税額は 3071 万 5800 円、36 万 0300 円、X2 は 3391 万 1700 円、37
万 4600 円。以下「本件各増額更正」という)をした。同年 6 月 3 日、Xらは増差本税額を納めた。同年 7 月 27 日、市川税務
署長は、平成 21 年 8 月 26 日(相続税の法定納期限の翌日)から平成 23 年 6 月 3 日(増差本税額の納付日)までの期間
(法定申告期限の 1 年後の翌日たる平成 22 年 8 月 26 日から増額更正通知書発送日たる平成 23 年 5 月 31 日までの期間
を除く。法 61 条 1 項)に係る延滞税として、X1 に 1 万 5800 円、X2 に 1 万 6200 円の延滞税の催告書を送付した。
法 60 条 1 項 2 号および 2 項は、更正を受けた場合に、法定納期限の翌日からその国税を完納する日までの期間の日数
に応じ延滞税を課している(法 61 条 1 項は検討事項①に譲る)。
減額更正後に当初申告税額に満たない範囲で増額更正がなされた場合も、延滞税の起算日は法定納期限の翌日か、が
争点である。
Xらは、減額更正の遡及効といえども納税の事実まで消すと解すべきではない、本件での延滞税賦課は信義則違反である
(以上原々審)、著しく不合理な結果をもたらす規定または適用が憲法 29 条 1 項に違反する(以上原審)、と主張していた。
原々審(東京地判平 24・12・18 請求棄却)および原審(東京高判平 25・6・27 控訴棄却)は「国税の申告及び納付がされた
後に減額更正がされると,減額された税額に係る部分の具体的な納税義務は遡及的に消滅するのであり,その後に増額更
正がされた場合には,増額された税額に係る部分の具体的な納税義務が新たに確定することになるのであるから,新たに納
税義務が確定した本件各増差本税額について,更正により納付すべき国税があるときに該当するものとして,法 60 条 1 項 2
号に基づき延滞税が発生する」(最高裁判決文より)とした。
判旨 破棄自判
(ⅰ)「本件各相続税のうち本件各増差本税額に相当する部分については,それぞれ減額更正と過納金の還付という課税庁
の処分等によって,納付を要しないものとされ,未納付の状態が作出されたのであるから,納税者としては,本件各増額更正
がされる前においてこれにつき未納付の状態が発生し継続することを回避し得なかった」。
(ⅱ)「本件の場合において,仮に本件各相続税について法定納期限の翌日から延滞税が発生することになるとすれば,法
定の期限内に本件各増差本税額に相当する部分を含めて申告及び納付をしたXらは,当初の減額更正における土地の評
価の誤りを理由として税額を増額させる判断の変更をした課税庁の行為によって,当初から正しい土地の評価に基づく減額
更正がされた場合と比べて税負担が増加するという回避し得ない不利益を被ることになるが,このような帰結は,法 60 条 1 項
等において延滞税の発生につき納税者の帰責事由が必要とされていないことや,課税庁は更正を繰り返し行うことができるこ
とを勘案しても,明らかに課税上の衡平に反する」。
(ⅲ)「延滞税は,納付の遅延に対する民事罰の性質を有し,期限内に申告及び納付をした者との間の負担の公平を図ると
ともに期限内の納付を促すことを目的とするものであるところ……延滞税の趣旨及び目的に照らし,本件各相続税のうち本件
各増差本税額に相当する部分について本件各増額更正によって改めて納付すべきものとされた本件各増差本税額の納期
限までの期間に係る延滞税の発生は法において想定されていない」。
(ⅳ)「本件各相続税の法定納期限の翌日から本件各増額更正に係る増差本税額の納期限までの期間については,法 60
条 1 項 2 号において延滞税の発生が予定されている延滞と評価すべき納付の不履行による未納付の国税に当たるものでは
ないというべきであるから,上記の部分について本件各相続税の法定納期限の翌日から本件各増差本税額の納期限までの
期間に係る延滞税は発生しない」。
千葉勝美補足意見は、目的論的限定解釈を提唱しつつ、減額更正と理由を異にする増額更正は射程外と述べた。小貫芳
信意見は、「延滞税発生期間内に減額更正に伴う過納金の還付が行われ,その後増額更正がされた場合には,過納金の還
付後について,増額された部分の延滞税が発生する」が、本件の過納金還付後期間は延滞税発生期間外(法 61 条 1 項 1
号)なので、結論は法廷意見と同じであると述べた。
解説
1 本判決の意義と国税庁の対応
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財産評価を理由とする減額更正後に当初申告額に満たない範囲で財産評価を理由とする増額更正がなされた場合、延滞
税の起算日が法定納期限まで遡らず延滞税は不発生となる、ということを本判決は明らかにした。
本判決は、規範の定立と当てはめという体裁をとらず、事例判断の体裁をとった。最高裁は、結論を出すことだけ優先し、理
由については異なる見解の判事らをまとめるため意図的に曖昧に書くことがある。本判決もその一例である。そのため射程も
曖昧である。
平成 27 年 1 月 13 日、国税庁 HP で「最高裁判所判決に基づく延滞税計算の概要等について」が発表された。①「財産の
評価誤り等を理由に」減額更正がなされた後、②「同様の事由について」、当初申告額に満たない増額更正又は修正申告が
なされた場面を想定し、本判決の射程を狭く解している(狭く解すことの支持として後掲今本評釈参照)。
しかし、①「財産の評価誤り等を理由」とする場面に限るか、②「同様の事由について」の増額更正等に限るかについて、法
廷意見は意図的に曖昧にしていると読める。
原々審・原審のように文理解釈で押し通さず、本件で納税者を勝たせるには、次のような 3 つの筋が思い浮かぶ。第 1:信
義則で納税者を救う、第 2:千葉勝美補足意見のように目的論的に限定解釈するが減額更正と増額更正の理由の同一性を
要件とする、第 3:減額更正と増額更正の理由の同一性を要件としない(検討事項①との関係で小貫芳信意見によるならば
必ずしも納税者にとって法廷意見より有利とは限らないが)。
2 第 1 の筋:信義則不採用と「課税上の衡平」
判旨(ⅰ)(納税者の無帰責性・回避不能性)および(ⅱ)(税務署長側が原因)は信義則(または禁反言)を思わせるが、判旨
(ⅱ)は「課税上の衡平」と表現し、信義則という表現を避けた(税務職員との共謀の有無に関する本誌 97 事件:最判平成 18・
4・25 民集 60 巻 4 号 1728 頁と本誌 98 事件:最判平成 18・4・25 民集 60 巻 4 号 1728 頁も対比されたい)。判例は一般論と
して税務紛争でも信義則の適用可能性を肯定している(本誌 16 事件:最判昭和 62・10・30 判時 1262 号 91 頁。結論は不適
用)。しかし信義則は要件が確立しており適用範囲が狭い(固定資産税非課税通知に関する東京高判昭和 41・6・6 行集 17
巻 6 号 607 頁でも不適用)。原々審における信義則に関する判示がXらへの応答として成立してないように読めるが、それは
ともかく、本判決は要件が確立してない「課税上の衡平」という表現に頼らざるをえなかったと読める。
3 第 2 の筋:目的論的限定解釈と千葉勝美補足意見
原々審・原審は文理解釈の帰結として素直である。しかし文理解釈から外れた先例はある。本誌 18 事件:最判平成 17・12・
19 民集 59 巻 10 号 2964 頁は目的論的限定解釈のリーディングケースと位置付けられる。一般論として類推解釈の可能性を
認めた先例もあり(借地権設定の権利金に関する最判昭和 45・10・23 民集 24 巻 11 号 1617 頁。結論は類推解釈不適用)、
類推解釈で結論を出した例もある(都民税還付加算金起算日事件・最判平成 20・10・24 民集 62 巻 9 号 2424 頁)。
後掲酒井評釈は、平成 13・6・22 徴管 2-35「人為による異常な災害又は事故による延滞税の免除について」における誤指
導の場合の延滞税免除と、原審との均衡の欠如を指摘していた。この点、千葉勝美補足意見も強調するように、判旨(ⅲ)(ⅳ)
は、延滞税の趣旨・目的から、免除ではなく延滞税不発生という構成を採用した。不発生ということからも、本判決は目的論的
限定解釈の一例と読むのが素直である。なお、原々審・原審が「延滞税は履行遅滞に対する損害賠償としての性格を有し」と
述べたのに対し、本判決が「延滞税は,納付の遅延に対する民事罰の性質を有し」と述べたことが、目的論的限定解釈に影
響したか定かでない。
解釈によって不発生とするならば、解釈によって要件を明らかにすることが望ましい。とはいえ、目的論的限定解釈と事例
判断は背反でない。後掲須賀解説は、「本判決は……法 60 条 1 項 2 号の規定の趣旨からその文言を限定的に解釈したも
のである」と述べると同時に「事例判断であ」るとも述べる(本誌 18 事件も規範は定立していない)。要件について判事らの間
で見解の対立があったのであろう。とりわけ、千葉勝美補足意見のように減額更正と増額更正の理由の同一性を要件とする
かについて、法廷意見はブランクとしたかったものと読める。
4 第 3 の筋:減額更正と増額更正の理由の同一性の要否
減額更正と増額更正の理由の同一性を問わないとすることには、画一的処理の利点がある。他方、判旨(ⅰ)~(ⅱ)を強く読
むならば、減額更正と増額更正の理由の同一性が要求されよう。
法廷意見が射程を曖昧にしたのは、減額更正と増額更正の理由が異質であっても、判旨(ⅰ)~(ⅱ)に類する事情から「課
税上の衡平」の観点により延滞税を不発生とすべき場面が無いとはいえない、と考えたためであろうか。
なお、減額更正と増額更正の理由の同一性を問わないとする第 3 の筋を明言しているのは小貫芳信意見だけであるが、第
3 の筋が、過納金還付後に延滞税が発生するという処理(検討事項①に譲る)を、必然的に導くとまではいえないであろう。
●検討事項
①本件の経緯を時系列で図示し、還付加算金と延滞税の期間を確認し、どのような場合に法廷意見と小貫芳信意見との違
いが出るか確認しよう。
②当初申告税額に満たない範囲で減額更正後に理由を異にする増額更正がなされた場合、延滞税が発生するか、肯定説・
否定説の材料を考えよう。
●参考文献
○今本啓介・ジュリ 1486 号 103 頁
○酒井克彦・月刊税務事例 45 巻 12 号 8 頁
○柴由花・ジュリ 1481 号 10 頁
○須賀康太朗・ジュリ 1487 号 65 頁