魔法の世界のアリス ID:195

魔法の世界のアリス
マジッQ
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じます。
︻あらすじ︼
人形屋を営む両親の家に生まれたアリス・マーガトロイド。両親が
死去し、一人で生活をしていたある日、11歳の誕生日の夜に一人の
魔女がやってきた。
魔女の言う、魔法を教える学校ホグワーツへの入学を決意したアリ
スは、夢であった〟魂を持った自立できる人形〟を作るのを目指し
て、魔法の世界へと足を踏み入れる。
目 次 S STONE
魔法使いがやってきた日 ││││││││││││││││
PHILOSOPHES
魔法を知った日 ││││││││││││││││││││
1
第一の課題 │││││││││││││││││││││
三大魔法学校対抗試合 │││││││││││││││││
闇の始動 │││││││││││││││││││││││
GOBLET OF FIRE
偽りの真実 │││││││││││││││││││││
暴き │││││││││││││││││││││││││
考察 │││││││││││││││││││││││││
騒動 │││││││││││││││││││││││││
騒々しい日々 │││││││││││││││││││││
アリスのなつやすみ ││││││││││││││││││
PRISONER OF AZKABAN
秘密の部屋 ing∼after ││││││││││││
犠牲と疑惑 │││││││││││││││││││││
悪いこと・良いこと ││││││││││││││││││
Re:ホグワーツ │││││││││││││││││││
夏休み ││││││││││││││││││││││││
CHAMBER OF SECRETS
遭遇 │││││││││││││││││││││││││
アリスの魔法と平凡な日々 │││││││││││││││
ホグワーツでの生活 ││││││││││││││││││
ホグワーツ魔法魔術学校 ││││││││││││││││
5
18
37
57
73
136 126 115 109 102
228 209 190 174 158 150
292 268 251
ダンスパーティー ⇒ 第二の課題 │││││││││││
闇の帝王 │││││││││││││││││││││││
明かされる真実 ││││││││││││││││││││
ORDER OF THE PHOENIX
母より ││││││││││││││││││││││││
グリモールド・プレイス十二番地 ││││││││││││
波乱の新学期 │││││││││││││││││││││
反逆 │││││││││││││││││││││││││
嵐の前 ││││││││││││││││││││││││
戦場 │││││││││││││││││││││││││
終局 │││││││││││││││││││││││││
THE HALF│BLOOD PRINCE
逃げる者、捜す者達、追う者達 │││││││││││││
遊びでも訓練でもない │││││││││││││││││
終着、僅かな休息 │││││││││││││││││││
秘密 │││││││││││││││││││││││││
賢者の死、進む者達 ││││││││││││││││││
383 360 323
559 530 501 481 451 424 417
657 633 611 596 580
PHILOSOPHES
魔法使いがやってきた日
S STONE
洗った食器を拭き終わり、食器棚へと戻していく。全部の食器を戻
し終わると同時に、火に掛けていたポットから音が聞こえてきたので
火を止め、予め用意しておいたティーポットとカップに湯を入れ暖め
る。
湯を捨てて、ティーポットに葉を入れたあと、再びお湯を注ぐ。こ
のときティーポット内で葉をよく動かすために勢いよく注ぐのがコ
ツだ。
2∼3分の間、ティーポット内で葉を蒸らし、スプーンでひと混ぜ
した後、茶こしを使いながら、湯を捨てたカップに注ぐ。
部屋の中に紅茶の香りが充満し、その香りを堪能しながら最後の一
滴まできちんと注ぎ終える。
リビングに移動してソファーに腰掛け、入れたての紅茶をゆっくり
飲む。口に広がる紅茶特有の味と香りを堪能しながら、今回の紅茶の
出来に満足する。
やっぱりゴールデンルールで入れた紅茶は美味しい。
ソファーに置いてあった本を手に取り、しおりの挟んであるページ
を開く。世界の人形と銘打たれたその本は、その名の通り世界中の
様々な種類の人形について写真付きで解説されている本だ。ちなみ
に今見ているのは日本の人形で市松人形というもの。日本の人形は
独特の雰囲気があって面白い。特にこの人形なんか夜な夜な髪が伸
びるなんてどうやっているのか、とても気になるところだ。
本を読みながら今までのことを思い出す。人形屋を営む両親の元
に生まれた私は、幼い頃から多くの人形に囲まれて過ごしてきた。両
親の手作りの人形は多くの人に好評で、沢山の人がお店に訪れてい
た。
1
六歳の頃になると、私も人形を作り始めた。とはいえ、幼い子供の
作る人形だ。決して上手とはいえないし、両親の人形とはとても比べ
られない。でも、そんな私の人形を両親は上手だねって褒めてくれ
た。それが嬉しかった私は、人形作りに夢中になった。
七歳の頃になると、人形作りの腕も随分と上達し、両親の勧めで何
回 か コ ン ク ー ル に 出 展 も し た。そ し て そ れ ら の コ ン ク ー ル で 賞 を
とって、一部の人からは天才だなんて言われ始めた。
たぶん、この頃の私は純粋で無邪気だったんだろうな。その時は幸
せな時間が永遠に続くものだと疑ってすらいなかっただろう。
事実、その出来事は私の予想外のものだった。
八歳の誕生日の日に、出かけていた両親の帰りを、私はリビングで
人形に囲まれながら待っていた。もうすぐ両親が帰ってきて、お母さ
んの料理を食べて、お父さんからプレゼント貰って、ハッピーバース
デーって言われて。そんな時間が来るのを待っていた。
2
でも、いつまで経っても両親は帰ってこなかった。
十分過ぎた頃は、遅いなぁと思っていた。
二十分過ぎた頃は、道が混んでいるのかなと思っていた。
三十分過ぎた頃は、何か嫌な予感がしたが気のせいだと思った。
四十分が過ぎ五十分過ぎた頃は、嫌な予感が大きくなったが無理や
り無視した。
一時間が過ぎた頃、玄関のチャイムが鳴った。
ソファーで蹲っていた私は、両親が帰ってきたのだと思い、急いで
玄 関 ま で 向 か っ た。扉 を 開 け て 両 親 を 迎 え た ら 文 句 を 言 っ て や る。
それぐらいは許されるはずだ、と思いながら。
だが、玄関の外にいたのは両親ではなかった。黒いスーツを着た初
老の男の人。たしか、両親とよく話していた人だと覚えていた私は、
﹂と聞いた。細部は違った気がするが、大体こんな感じだったは
﹁お母さんとお父さんがまだ帰ってきてないんです。何か知りません
か
何か重大なことを言うべきか言わざるべきか迷っているような。
男の人は、すぐには口を開かず、思いつめた顔をしていた。まるで、
ずだ。
?
そして、私が感じていた嫌な予感の正体を口にした。
﹁君のお母さんとお父さんが事故に巻き込まれたんだ。二人は今病院
にいて、私は君を迎えにきたんだよ﹂
最初、男の人が何を言っているのか理解できなかった。言ってるこ
とは分かっていたと思う。でも、多分言葉の意味は理解できてなかっ
たのだろう。
男の人は。呆然としていた私の手を引いて、門前に止めてある車へ
と乗せ、病院へと向かった。車の中で私の頭の中はグルグル回ってい
て、現状を理解しようと必死になっていた。車が病院へと着くころに
は、ようやく両親が事故に遭い、怪我をして病院へと運ばれたという
ことを理解できていた。
車を降りて、男の人についていくように病院へと入っていき、医者
だろうか、白衣を着た人に案内されながら奥へと進んでいった。途中
男の人が医者と何かを話していたが、顔を蒼白にして俯き、話さなく
なった。
薄暗い通路を歩いてゆき、一つの簡素な扉の前に到着した。医者が
扉を開け部屋の中に入ると、部屋の奥にベッドが二つ並んでいて、そ
の上には人一人分の膨らみがあった。男の人に何か話しかれられて
いたが恐らく私の耳には入っていなかっただろう。そして、ベッドに
近付き、掛けられているシーツの端を持ってゆっくりと持ち上げられ
る。
そこにあったのは│││
キンコーン
玄関のチャイムが鳴る音で私の意識は現実へと戻ってきた。
嫌なことを思い出してしまった。自分の中では踏ん切りをつけた
つもりだったんだけど、そう簡単にはいかないか。
現在この家には私一人しか住んでいない為、玄関へと向かう。
3
あの日、両親が死んだ後、多くのところから養子の話がきていたが、
全部断った。この家を離れたくなかったし、同年代に比べてしっかり
していると自負している私は、一人でこの家に住みたいと言った。
とはいえ、私はまだまだ子供だ。そんなことが出来るはずもなかっ
たが、あの日家に来た男の人が色々手を回してくれたらしく、定期的
に生活支援の職員が様子を見に来るということで生活できるように
なった。正直、そんなことができる男の人は何者だろうと思っていた
が、去年に亡くなってしまったので、もう確かめようもなかった。
玄関に着き扉を開けると、そこにはエメラルド色のローブに同じ色
の三角帽子を被った老婆がいた。
4
魔法を知った日
﹁どうぞ﹂
キッチンからリビングへと戻り、入れたての紅茶を目の前のエメラ
ルド色のローブを着た老婆、マクゴナガル先生の前へと置く。
先ほど家にやってきたマクゴナガル先生は、自らを魔女と名乗り、
ホグワーツという魔法魔術学校で教師をしていると言った。最初は
ボケた老人かと思ったが、見せたほうが分かりやすいでしょうとい
い、目の前で手も使わずに物を空中へと持ち上げたのだ。そして、今
回家にやってきたのは、私にホグワーツへの入学を案内するためだそ
うだ。
私はソファーの対面に座り、紅茶を一口飲む。マクゴナガル先生も
紅茶を一口飲み、驚いたような顔をした。
5
﹁とても美味しい紅茶ですね。貴女の歳でこんなに美味しく入れる者
は見たことがありません﹂
どうやら、私の紅茶は魔女相手にも十分通用したようだ。
﹁どう致しまして。紅茶が好きで、毎日入れているからか自然上手く
なったんです﹂
その入学案内について訪問したと
そうして、暫く二人して紅茶を楽しんだ後、本題へと入った。
﹁そ れ で、ホ グ ワ ー ツ で し た か
仰っていましたが﹂
般人のことをそう呼ぶらしい︶でも入学できる事などを教わり、魔法
えあれば、過去魔法に関わってこなかったマグル︵魔法の使えない一
わけではなく、魔法を扱う資質のある者のみ入学でき、魔法の資質さ
ものを学ぶ為の学術機関ということ。ホグワーツへは誰でも入れる
から始まり、ホグワーツ魔法魔術学校は、その魔法やそれに関連する
まず、世界には魔法という一般には秘匿された神秘の業があること
そうしてマクゴナガル先生から色々な説明を受けた。
法について説明しなければならないでしょう﹂
﹁えぇ、その通りです。ですが、それについて話す前にホグワーツや魔
?
がどういうものなのかも実演してもらった。
﹁ミス・マーガトロイド。貴女が希望するならばホグワーツへと入学
す る こ と が で き ま す。で す が、も し 入 学 を 希 望 し な い 場 合 は、今 日
知った魔法に関する記憶だけ消させてもらうことになります﹂
﹁⋮⋮少し考えさせてください﹂
私は考える。魔法という科学技術とはことなる神秘の力。正直言
うと、とても魅力的な誘いだ。今まで知りえなかった未知の技術に触
れることができるのだから。それに、やはり魔法というものに憧れを
抱いていたというのもある。魔法を使えば、今まで唯の夢でしかな
かった自立する人形、それも考えたり話したりすることができる、ま
さしく魔法のような人形が実現可能なものになるかもしれない。
とはいえ、魔法についてのメリットばかり考えているわけではな
い。当然メリットがあればデメリットも存在するだろうことは理解
している。要するに、現在世界に普及している化学が魔法に置き換
6
わっただけだ。化学によるデメリットがそのまま魔法のデメリット
へと成り代る。むしろ、大掛かりな準備が必要ない分、魔法の方が危
険と言えるだろう。
とはいえ、それらを考慮しても魔法というものに惹かれるのは事実
だ。なにより、夢を夢として、このまま惰性に生きていくのは、私自
﹂
身我慢できそうにはない。なら│││
﹁決まりましたか
翌日、朝食の後片付けを終えた私は、入学案内を見ながら先生が
と行くことになった。
取り、学用品などの購入は、明日別の教師がやってくるので、その人
その後は、入学に関する資料と、学校行きの汽車のチケットを受け
﹁はい。私をホグワーツへ入学させてください﹂
?
やってくるのを待っていた。
入学に必要なもの│││ローブや呪文の教科書や杖などあるが、一
体 ど こ で こ れ ら は 売 っ て い る の だ ろ う か。そ れ に 通 貨 な ど も ど う
なっているのか。小さいながらも割と重要な疑問が出てきたころ、玄
関のチャイムが鳴った。玄関に向かい扉を開けた私の目に入ってき
たのは、黒いローブに身を包んだ、これまた黒い髪に鉤鼻をした男の
人だった。
﹂
﹁おはようございます。貴方が今日、学用品購入を手伝っていただけ
る先生でしょうか
﹁さよう、ホグワーツで魔法薬学を教えているセブルス・スネイプだ。
準備はできているな﹂
スネイプ先生は、表情を変えずに淡々と答えた。纏っている雰囲気
や話し方から、随分と威圧的な人だと思ったが、それがこの人に合っ
ていたし、私自身回りくどく話されるのは嫌いなので、スネイプ先生
に対する印象は割と良い方だった。
というより、この人の雰囲気で愛想よく話しているのは想像できな
い。
﹁はい先生。ただ、お金はどうすればいいでしょうか。とりあえず、マ
グルの通貨は持っていますが﹂
﹁それならば向こうで換金するので問題はない。では、我輩の腕を掴
みたまえ﹂
言われるままに私はスネイプ先生の腕の半ばを掴む。すると次の
瞬間、足が浮いたような間隔に包まれ、周りの景色もビデオを早送り
しているかのように移り変わっていった。
体感時間では数秒だろうか、気がつけば先ほどいた家の前ではな
く、どこかの裏路地に立っていた。何か移動用の魔法なのだろうか。
﹁着いてきたまえ﹂
言うや否や、スネイプ先生は足早に路地を抜け、人を避けながら進
﹂
んでいった。私も一瞬遅れながらもそれについてゆき、追いついたと
ころで先ほどのことについて質問した。
﹁スネイプ先生。先ほどのは移動用の魔法か何かですか
?
7
?
スネイプ先生は、チラリとだけこちらを見てから質問に答えてくれ
た。
﹂
﹁さよう。あれは〝姿現し〟の魔法で〝付き添い姿現し〟というもの
だ﹂
なるほど。体験した感じだと瞬間移動みたいなものね。
﹁便利な魔法ですね。魔法使いなら誰でも使えるんですか
﹁そういうわけではない。高度な魔法である〝姿現し〟は失敗すると
大変なことになるため、試験に合格した17歳以上の者にしか使用が
認められていない﹂
やっぱり、そうそう便利な魔法は誰でも使えるわけではないか。
私はポケットから手帳を取り出し、〝姿現し〟や質問について分
かった事をメモしていった。一瞬スネイプ先生に見られたが、何も
言ってこなかったので特に問題はないだろう。
5分ほど歩き、漏れ鍋というパブの前でスネイプ先生は立ち止まっ
た。お店を見ると、随分と年季が入っており、建物の隙間に入るよう
に立っているせいもあってか、道を歩く人々はパブには目もくれずに
左右の本屋やレコード屋に気を取られている。
でも、私から見たらいくらなんでも不自然すぎるほどだった。確か
に遠目から見てどちらが目立つかと言われれば左右の店で、一度そち
らに気を取られてしまえば目立たないパブなんて目に入らないだろ
う。でも、近付いていけば無視するにはあまりにも異様な雰囲気を
放っているパブだ。全員がそうでなくても何人かは必ず気付くだろ
う。それなのに気付けないということは、何かしらの魔法が掛かって
いるのではないだろうか。魔力を持つものにしか見えないとか、認識
を阻害しているとか、そんな魔法があるかは知らないが、知らないか
らこそ、そういう仮説を立てることができる。
私はそれらの考えについて再びメモをしながら、スネイプ先生に続
いてパブの中へと入っていった。
パブの中は多くの人で満たされていた。年寄りが多いが、若い人も
ちらほらといる。お客が吸っているパイプから出る煙やアルコール、
8
?
かび臭い臭いが混ざって異様な臭いを漂わせている。
﹁やぁスネイプ先生。先生がここにくるなんて珍しいじゃないか﹂
スネイプ先生に話しかけたのは、長テーブルの奥から出てきたバー
テンダーの老人だった。バーテンダーはボロボロの布でグラスを磨
きながらスネイプ先生と話している。
﹁我輩とてこのようなところには来たくなかったがな。今年入学する
生徒の手伝いをしているだけだ﹂
スネイプ先生がそう言うと、バーテンダーは私の方に向き直った。
﹁ほぉ、これはまた可愛らしいお嬢さんだ。ホグワーツ入学おめでと
うお嬢さん。私はここでパブを営んでいるトムといいます﹂
﹁ありがとうございます、トムさん。私はアリス・マーガトロイドとい
います﹂
私がお礼と挨拶を返すと、顔の皺を深くしながらも微笑んできた。
﹁いやはや、まだお若いのにお行儀の良いお方だ。おまけに聡明そう
だ。将来はきっと良い魔女になれますよ﹂
﹁ありがとうございます。お世辞でも嬉しいです﹂
﹁⋮⋮もういいかね。早く行くぞ﹂
﹁あっ、すみません。ではトムさん、失礼します﹂
トムさんに軽くお辞儀をしてその場を後にする。いつも間にか店
の奥に立っていたスネイプ先生のところまで向かうと、傍の扉を開き
外へと出た。
扉を出た先はレンガに囲まれた小さな空間だった。見たところは
バケツにちりとり、箒ぐらいしかないそこで何をするのかと疑問に
思っていると、スネイプ先生は袖口から杖を取り出し、杖先でレンガ
の壁のブロックを何回か叩いた。すると、レンガがどんどん回転しな
がら動いてゆき、瞬く間にレンガのアーチに姿を変えた。
﹁こ こ が ダ イ ア ゴ ン 横 丁 だ。大 抵 の も の は こ こ で 揃 え る こ と が で き
る﹂
見ると鍋を売っている店や色んな植物・茸を置いている店、梟や猫
を売っている店もあれば箒を売っている店もある。
ふと、箒を売っている店に掲げてあるクィディッチというものが目
9
に入った。ショーウィンドウには、数本の箒に人形が載って小さい
ボールを追いかけているミニチュアがある。ロゴや名前の入った色
んな旗を見る限り、恐らく魔法界でのスポーツか何かなのだろうか。
﹂
﹁スネイプ先生。あの箒屋にあるミニチュアで動いているのって、魔
法界でのスポーツか何かですか
いるのですか
﹂
﹁寮対抗⋮⋮ということは、ホグワーツではいくつかの寮に分かれて
だ。ホグワーツでも寮対抗杯を巡ってクィディッチが行われている﹂
﹁⋮⋮そうだ。クィディッチという魔法界で最も人気のあるスポーツ
?
﹂
?
﹂
関わると面倒な連中だ﹂
﹁あれは小鬼だ。礼節を持ってちゃんと接すれば問題ないが、無闇に
すよね﹂
﹁スネイプ先生、扉の前に立っていた小柄なのは人間⋮⋮ではないで
る警告のものだろう。
あり、そこには何か文字が書かれていた。内容からするに盗人に対す
柄な生き物が扉の左右に立っていた。扉を通ると中にもう一つ扉が
正面の階段を上がっていくと、扉の前に真紅と金色の制服を着た小
通貨を魔法界の通貨に換金する﹂
﹁ここがグリンゴッツ、魔法界で唯一の銀行だ。まずは君のマグルの
うに建っていた。
すと、そこには白い大理石で出来た巨大な建物が他を圧倒するかのよ
話している間に目的地に着いたのであろう。私は正面に視線を戻
れた際に自分で確かめたまえ。│││着いたぞ﹂
﹁4つの寮にはそれぞれ特色があるのだが⋮⋮それはホグワーツに訪
るんですか
﹁そうなんですか。でも、態々4つに寮を分けるなんて、何か意味があ
﹁我輩はスリザリンの寮監だ﹂
﹁先生はどこかの寮監を受け持っているのですか
スリザリンと4つの寮があり、教師が各寮の寮監を受け持っている﹂
﹁そうだ。グリフィンドール、レイブンクロー、ハッフルパフ、そして
?
スネイプ先生はそう小声で教えてくれた。中に入って横目に小鬼
10
?
を見る。金貨を秤で計ったり、宝石を片眼鏡で吟味したり、帳簿を書
き込んでいたりしている。どの小鬼も賢そうな顔をしていて、指先は
長く、肌は浅黒く顎鬚は尖っている。イメージとしては頑固な役所の
人って感じだ。
一番奥の高く設けられた机にいた小鬼のところまで進むと、小鬼は
こちらに気付いたのか、帳簿に書き込んでいた手を止めてこちらに視
線を移した。
﹁マグルの通貨を換金したい﹂
﹁換金ですね。では今係りの者を呼ぶので少々お待ち下さい﹂
受付の小鬼は手元にあった小さなベルを鳴らし、奥から別の小鬼が
やってきた。
﹁では、こちらのフルーラックに案内させます﹂
﹁こちらにどうぞ﹂
フルーラックと紹介された小鬼に着いてゆき、小さい部屋へと案内
された。
中央にテーブルがあり、テーブルを挟んでソファーが置いてある。
私はスネイプ先生と並んで座り、フルーラックは反対側に座った。
﹁で は こ ち ら に お 持 ち の お 金 を お 出 し 下 さ い。金 額 な ど を 確 か め た
後、換金致します﹂
私は出された真鍮で出来た皿に、鞄から取り出したお金を置いた。
スネイプ先生は驚いたような顔をしていたが、何だろうか。多過ぎた
のか、逆に少な過ぎたのかもしれない。
小鬼は、紙幣を一枚一枚ゆっくり確認し、硬貨も一枚一枚細かく
チェックしていった。
終わったのか、小鬼はお金を皿に戻し、手持ちの鞄から羊皮紙を取
り出して何かを書き込んでいく。
﹁今回お持ちいただいたものですと、このぐらいになります﹂
フルーラックが金額を紙に記入して見せてくれるが、正直魔法界の
通貨の基準が分からない為どう判断していいのかが分からない。
スネイプ先生に視線を向けると察してくれたのか代わりに答えて
くれた。
11
﹁それで構わん。それと、この子の金庫を作りたいのだが﹂
﹁分かりました。では換金と一緒に金庫開設の手続きも行ってきます
ので少々お待ち下さい﹂
フルーラックはお金の入った皿を持って部屋から出て行った。私
とスネイプ先生は残されたが、フルーラックが戻ってくるまでは暇だ
ろう。私は机の端に置いてあった魔法界とマグルの通貨について書
かれた冊子を見ていた。
﹁それにしても、まさかあれだけの金を持ってきていたとな﹂
時間を潰すためかスネイプ先生がそう話しかけてきた。
﹁はい、どれくらい必要なのかが分からなかったので、とりあえず持ち
出せる分だけ持ち出してきたんですけど、多かったでしょうか﹂
﹁十分すぎるぐらいだな。あれだけあれば、今学期分は心配する必要
はないだろう﹂
﹂
﹁そうですか。そういえばホグワーツでの学費はどのぐらいになるの
ですか
私はスネイプ先生に尋ねるが、帰ってきた答えには驚いた。それと
いうのも、私が想像していたよりもかなり安いのだ。机の上にあった
通過の換金表や凡その物価の値段が書かれた冊子を読んでいても、マ
グル界より魔法界の物価が安いというのが分かる。
魔法界の物価がマグル界と比べて何故こんなにも安いのかスネイ
プ先生に尋ねたところ、どうやらマグルと違って、魔法で大抵のこと
はできるから不要なお金が掛からないとか。まぁ、確かにマグルの世
界でお金が掛かっているのは人件費や光熱費、資材などと聞くし、そ
れが一気に解決できるのなら経費の削減も大幅に行えるのだろう。
でも、そうすると職人とかが少ない訳だから、魔法界の人はちゃん
と仕事に就けているのだろうか。
あの後、戻ってきたフルーラックにお金を貰い、説明を受けてから
金庫へと案内された。金庫に行くまでジェットコースターなんて目
じゃないくらいの速さで動くトロッコに乗って移動した。最初はそ
12
?
のスピードに驚いたが、慣れたら結構楽しめた。ちなみに金庫の番号
は777番だったのは偶然なのだろうか。縁起はよさそうだけど。
グリンゴッツを後にして、今度は学用品を買いに行こうかと思った
が、時間がちょうどお昼時になったので、せっかくだから近くにあっ
たお店で昼食を取った。
その時、今日のお礼を込めてスネイプ先生にご馳走しようかと思っ
たが、一言で断られた。むしろ、逆にお金を出されてしまった。
最初に制服を買う為に、マダムマルキンの洋装店に入り、ホグワー
ツ指定の制服を買った。寸法を測り、仕立て直している間、スネイプ
先生は本屋に行ってくると言って出て行った。ついでに私の教科書
も買ってきてくれるそうだ。
威圧的な話し方だけど、何だかんだいってスネイプ先生は意外と面
倒見がいい先生だと思った瞬間だ。
窓際の椅子に座って、新しく入ってきた子が寸法を測っているのを
見る。あの自動で計測している巻尺に興味がそそる。あれも魔法な
んだろうか。
そんなことを考えている間に仕立てが終わったらしい。早いなさ
すが魔法⋮⋮なのだろうか。こういうところはさすがに手作業だと
思いたい。
お店を出ると、ちょうどスネイプ先生が戻ってきた。先生から本を
受け取った私は、次に薬問屋や鍋屋、マントや望遠鏡のお店でそれぞ
れ必要なものを買った。薬問屋では、スネイプ先生が魔法薬学の先生
なので、良い材料の目利きのコツを教わりながら選んだ。薬瓶はクリ
スタル製のものを選んだ。なんでもクリスタル製の方が保存性に優
れているらしい。
一通りのものは購入したので、あとは杖だけになった。スネイプ先
生が言うには、杖はオリバンダーのお店がいいらしい。
お店に着いて中へと入る。お店の中は、入り口近く埃っぽいショー
ウィンドウと色あせた紫色のクッションに杖が1本だけ置かれ、あと
は壁という壁に細長い箱が、ギュウギュウに積み重なっている。
スネイプ先生がショーウィンドウに置いてあるベルを鳴らすと、お
13
店の奥から一人の老人が出てきた。
﹂
﹁いらっしゃいませ。これはこれはスネイプ先生。今日はどういった
御用で
﹁この者の杖を一つ選んでくれ。ホグワーツの新入生だ﹂
オリバンダーさんは私に視線を移す。
﹂
﹁これは可愛らしいお嬢さんだ。始めまして、オリバンダーと申しま
す。それではさっそく杖を選びましょう。杖腕はどちらですかな
﹁杖腕⋮⋮利き腕なら右です﹂
﹁腕を伸ばして。そうそう﹂
根、27cm、少々頑固﹂
﹁あまりよろしくないようじゃの。では⋮⋮これは。樫に不死鳥の羽
咲いた⋮⋮と思ったら、花は力なく床に落ちていった。
私は杖を受け取り、試しに軽く振ってみる。すると、杖先から花が
﹁柊にドラゴンの心臓の琴線、22cm、柔らかく柔軟﹂
持ってきた。箱から杖を取り出し、私に渡す。
寸法を測り終えると、オリバンダーさんは壁に向かい、一つの箱を
ず。やっぱり魔法の世界は奥が深そうだ。
ことが出来るなら、人形にも意識を持たせることも不可能ではないは
の構造がどうなっているのかは分からないけど、杖に意思を持たせる
ち主を選ぶということは、杖にも意思があるということだろうか。杖
なるほど、と私はオリバンダーさんが言ったことを考える。杖が持
です﹂
他の魔法使いの杖を使っても、決して自分の杖ほどの力は出せないの
してありません。さらに、杖は持ち主を選びます。なので、他の者が
も、ユニコーンも不死鳥もそれぞれが違います。故に同じ杖は一つと
ります。ユニコーンの鬣や不死鳥の羽根などですね。名前が同じで
﹁ここの杖は、杖の一本一本に強力な魔力を持った物を芯に使ってお
ていた。普通に売っているものだろうか。
の下、頭周りと寸法を取り始めた。ここでも自動で測る巻尺が使われ
オリバンダーさんは肩から指先、手首から肘、肩から床、膝から腋
?
杖を受け取り再び軽く振る。今度は何も起きない⋮⋮と思ったら、
14
?
天上近くまで積み上げられた箱の一部が崩れ落ちてきた。
﹁これもいかんな。それでは⋮⋮ふむ、これはどうでしょう。桃の木
にユニコーンの鬣、26cm、軽く振りやすい﹂
さっと同じように、杖を振る。すると今度は、杖先からピンク色の
小さな光が無数に飛び出し、飛び出した光が一斉に弾けて様々な花と
なって空中をふわふわと飛び回った。
﹁よさそうですな。この杖に使われている桃の木は、杖としては珍し
いものなのですよ。なんでも東洋の方では神聖な木として、邪気を祓
う力があるのだとか。今までこの杖に選ばれた者はいなかったので
すが、いやはや、私の代でお渡しすることができてよかったです﹂
邪気を祓う桃の木の杖か。金庫の番号といい杖といい、随分と縁起
のいいものに当たるな。これからの運気が逆に減ったりはしないか
心配だ。
﹁そうなんですか。ありがとうございます、オリバンダーさん﹂
とまぁ、そんな考えは一切出さずにお礼を言う。
杖の代金を払い、店を出て、買い残しがないかもう一度確かめる。
﹁これで、一通りの物は揃ったな。それでは帰るぞ﹂
どうやらこのまま〝姿現し〟で私の家に戻るようだ。私はスネイ
プ先生の腕に捕まり、来た時に感じた浮遊感に包まれた。次の瞬間に
は、ダイアゴン横丁ではなく、私の家の玄関前に立っていた。本当に
便利な魔法だ。
﹁では、我輩は帰らせてもらう。学校へ行く汽車の時間はチケットに
書いてある﹂
﹁はい。今日は色々とありがとうございました。新学期からよろしく
お願いします﹂
スネイプ先生が颯爽と帰ろうとしていたので、お礼を言い、お辞儀
をした。スネイプ先生は少しの間私を見ていたが、次には〝姿現し〟
でその場からいなくなった。
﹁ふぅ﹂
家に入り、ソファーに埋もれて息を漏らす。今日は新しいことばか
り体験して、随分と疲れた。荷物の整理は明日やることにして、今日
15
は早く寝てしまおう。
夕食は簡単にサンドウィッチで済ませ、シャワーを浴びてベッドに
潜った。
︻スネイプ︼
ホグワーツの地下、そこに構える自分の部屋で今日のことを思い返
す。
今年ホグワーツへと入学するマグルの娘。その者の入学準備を手
伝って欲しいとマクゴナガル先生に頼まれて行ったが、あまり乗り気
ではなかった。
なぜ我輩がマグルの娘なんかの手伝いなんかをしなければならな
いのか。その程度のことハグリッドにでも任せておけばよいものを。
アリス・マーガトロイド。人形屋を営んでいるマグルの元に生まれ
た者だが、高い魔力を持っており、昨夜マクゴナガル先生が直接赴い
た。
両親は既に他界しており、知り合いの手助けがあって幼いながらも
一人で生活をしている。人形作りに多大な才を持ち、マグルの世界で
大きなコンクールに出展し受賞。学校へは通っておらず、通信教育な
るもので勉強をしていたらしい。
一見すれば悲運を辿った少女だが、世界にはいくらだってそのよう
な者はいる。きちんとした生活を送っているだけ十分幸せであろう。
マーガトロイドの家に到着するまで資料を読んでいたが、到着した
ようなので資料をしまう。やはり、マグルの乗り物は好かん。
玄関のチャイムを鳴らし返事があるのを待つ。それ程時間を置か
ずに扉が開き、中から出てきたのは人形を思わせる少女だった。
我輩はマーガトロイドを連れ〝姿現し〟で漏れ鍋付近の路地へと
移動した。マーガトロイドの方を見るが、倒れたりせずにちゃんと
立っているようだ。初めて〝姿現し〟を体験する者は、大抵は体勢を
崩して転んだりするのだが。
16
漏れ鍋からダイアゴン横丁へと入り、グリンゴッツへと向かった。
その間の、我輩のマーガトロイドに対する評価は、礼儀正しく、分か
らないことを質問し、それについて自ら考察できる。また他者に対し
ての気配りもできるというものだ。
一瞬、リリーと重なったがすぐに消えた。マーガトロイドは他者の
ことを考えられるが、リリーとは違い自らを第一に考えるタイプだろ
う。推測に過ぎないが、恐らく間違ってはいまい。
グリンゴッツで換金した後は、学用品を買っていった。換金する際
にマーガトロイドが持ってきた金額には驚いた。両親の遺産と、本人
もコンクールなどで得た金があるのは知っていたが。
残りの学用品を全て買い終わり、マーガトロイドを家に送りホグ
ワーツへと戻ってきて、今に至る。部屋に戻って気付いたが、出かけ
る前の不快さが何時の間にかなくなっていた。
まぁ、今年は多少有望な者が来たからだろう、と思っておこう。
17
ホグワーツ魔法魔術学校
9月1日、10時にはキングス・クロス駅へと到着した。制服や教
科書などを詰め込んだトランクを積んだカートを押しながら、構内を
進んでいく。
﹁チケットには9と4分の3番線って書いてあるけど⋮⋮どこかしら
﹂
普通に考えて9と4分の3番線なんて中途半端なプラットフォー
ムは存在しないけど。だとしたら、これは何かの謎掛けかヒントなの
かしら。
﹁とりあえず、9番線と10番線に行ってみましょう。何か分かるか
もしれないし﹂
⋮⋮その前に、お昼ご飯と飲み物を買っていきましょう。どのぐら
い汽車に乗っているのか分からないし。
サンドウィッチと水を買った私は、九番線と十番線に到着した。ど
うやらプラットフォームを挟んで左右に分かれているため、一緒のプ
ラットフォームになっている。
﹁さて、来てみたはいいものの。これからどうしようかしら﹂
近くにホグワーツ行きの案内がある訳でもなければ、案内人がいる
わけでもなし。他にホグワーツに行く人がいればいいんだけど、残念
ながら見当たらない。
とりあえず、原点回帰とばかりに、もう一度チケットを見る。
ホグワーツ行き、十一時発。キングス・クロス駅、九と四分の三番
線。何度見てもそれしか書いていない。
さて困ったと溜め息をつきながら顔を上げると、ふと何かに気がつ
いた。もう一度ゆっくりとプラットフォームを見渡してみる。
﹁⋮⋮なるほど、そういうことね﹂
九と四分の三番線。まず場所はここ、九番線と十番線の間で間違い
18
?
はない。で、四分の三というのは文字通り、四つあるうちの三つ目と
いうこと。偶然、ここのプラットフォームには大きな柱が四本立って
いる。ここから出発する列車の進行方向は一緒。
つまり、プラットフォームの端、列車の最後尾から数えて三番目の
柱が入り口ということではないだろうか。
三番目の柱へ行ってみると、何人かの人か上手く隠れながら柱に向
かって消えていくのが見えた。それはそうか。魔法学校へと行く場
所なのだから、一般人に見つかるような仕組みにはなっていないだろ
う。たぶん、あの柱にも漏れ鍋と同じように、一般人に気付かれにく
い魔法か何かが掛かっているに違いない。
柱に近付き、身体で隠すようにして指で柱に触れる。すると、本来
感じる石の硬さは伝わらずに、柱の中へと指が沈んでいく。
私は辺りを見渡し、一般人の視線が外れたことを確かめてから、柱
に寄りかかるようにして入っていった。
柱を抜けた先には、先ほどとは違うプラットフォームがあり、赤い
汽車が蒸気を出しながら停車していた。上を見ると、﹁ホグワーツ特
急 十一時発﹂と書かれている。
プラットフォームは多くの人で溢れかえっていた。私と同年代く
らいの子もいれば、上級生だろうと思われる人もいる。それぞれがお
父さんやお母さんと話したり、別れを惜しんでいたりした。
その光景を少しだけ羨ましそうに見てたけど、時間を押している
し、汽車に乗り込んでいった。
汽車の後ろ辺りで空いているコンパートメントを見つけたので、本
を読みながら汽車が出発するのを待つ。あと十五分くらいだろうか。
呼んでいる本は〝日刊預言者新聞〟という魔法界の新聞で、この本
は過去数年分の記事をまとめたものだ。教科書は一通り読んで覚え
たし、ホグワーツや魔法界に関する本も読んである。ただ、情勢とい
19
うか日毎に変わっていくものに関してはまだまだ知らない事が多い
ので、こうやって新聞の記事を読んでいる。量が膨大なので、とりあ
えずは私が生まれた年からのものから始めた。
汽車がガクンと大きく揺れたのを感じ、出発するのかと思い、外を
見る。プラットフォームでは自分の子供と最後まで話している人も
いれば、静かに手を振っている人もいる。中でも目立ったのは、赤い
髪の毛をした家族で、小さな女の子が涙目になりながら走って手を
振っている。プラットフォームを抜けカーブに入ると、駅は見えなく
なり、変わりに草原が広がる景色に変わった。
⋮⋮あの壁を抜けた時に移動用の魔法でも使われていたのだろう
か。
暫く汽車に揺られながら本を読んでいると、ノックの音が聞こえ、
もしかして、人形作りで有名なアリス・マーガトロイド
ハーマイオニーってマグル出身
﹂
最年
﹁⋮⋮ 意 外 ね、こ っ ち に も 知 っ て い る 人 っ て い た ん だ。も し か し て、
!?
﹁えぇ、そうよ。魔法については最近知ったばかりなの。それにして
?
20
コンパートメントの扉が開いた。視線をそちらに向けると、栗色の長
他に空いているところがないの﹂
いふわふわした髪の毛をした女の子がいた。
﹁ここ、空いてる
あっ
﹁アリス・マーガトロイド⋮⋮どこかで聞いたことがあるような⋮⋮
自己紹介すると、ハーマイオニーは何か考えるように首を傾げた。
いわ﹂
﹁私はアリス・マーガトロイドよ。呼び方は好きにしてくれて構わな
ニーって呼んで﹂
﹁あ り が と う。私 は ハ ー マ イ オ ニ ー・グ レ ン ジ ャ ー。ハ ー マ イ オ
た。
私が場所を空けると女の子は嬉しそうに中に入り、椅子に腰掛け
﹁えぇ、空いているわ。どうぞ﹂
?
少でいろんなコンクールの賞を取っているっていう﹂
!
も、こんなところで貴女みたいな有名人に合えるなんてビックリ﹂
﹁私も知っている人がいてビックリしたわ。でも、確かに魔法族だけ
﹂
じゃなくてマグル出身の人もいるでしょうし、不思議なことではない
のかもね﹂
﹁アリスは前から魔法を知っていたの
﹁いいえ、知ったのは最近。生粋のマグル生まれよ﹂
﹁そうなの。なら私と一緒ね。私も両親はマグルなの。私が魔女だっ
て分かったときには二人ともビックリしていたわ。アリスのところ
は⋮⋮あ﹂
ハーマイオニーが語尾を低くして黙った。多分、私の両親のことを
聞こうとしたけど、もう死んでいるって思い出したのだろう。私のこ
と知っているみたいだし、いつか雑誌にも両親の事故について載って
いたから、それで知ったのかも知れない。
﹁ごめんなさい。私、そんなつもりじゃ⋮⋮﹂
﹁気にしないでいいわよ。もう前のことだし、その気持ちだけで十分
よ﹂
とはいえ、ちょっと空気が固くなってしまった。私としてはそこま
で気にしていないんだけど、ハーマイオニーからしたら気にしてしま
うのだろうか。
しばらく会話が途切れていると、場の空気を変えるためか、ハーマ
イオニーが話しかけてきた。
﹂
﹁すごい、そんな本まで読んでるんだ。私、学校の教科書や魔法界につ
いての本は読んだけど、そこまでは考え付かなかったわ﹂
﹁まぁ、普通はそうだと思うわよ。私の場合、知らないことは無理な範
囲でない限り知りたい性質だからね。固定された知識はいつでも取
﹂
れるけど、こういう流れが激しい知識は、ちょっと逃すと、どんどん
後ろに流れていくから﹂
﹁でも、過去の新聞なんて全部読んでいたらキリがないんじゃない
?
21
?
日刊預言者新聞の過去数年分のまとめ本よ﹂
﹁それ、なんの本を読んでいるの
﹁これ
?
表紙を見せるとハーマイオニーは驚いた顔をした。
?
﹁私もそこまで網羅しようとしている訳ではないわ。とりあえず、自
﹂
分が生まれた年からの新聞までね。それにもう読み終わるし、よかっ
たら次読む
そう言って本を薦めるけど、ハーマイオニーは苦笑いしながら断っ
た。
それからは、車内販売でやってきたおばさんからお菓子を何種類か
買い、それを二人で批評しながら食べていった。蛙チョコレートは
まぁまぁだったけれど、それ以外は⋮⋮カオスの一言に尽きる。バー
ティーボッツの百味ビーンズなんか、これほど混沌という言葉が相応
しいお菓子はないってくらいだった。ある意味、これらを作った人た
ちに尊敬の念を送りたい。同時に殺意も送りたい。
あんな味に当たってしまうなんて。
百味ビーンズのせいでテンションが下がり、椅子に深く座りながら
休んでいたら、コンパートメントの扉が小さくノックされた。見る
﹂
と、丸顔の男の子が泣きべそをかきながら入ってきた。
﹁ごめんね、僕のヒキガエルを見なかった
?
ながら﹁そう﹂とだけ答えて出て行こうとした。
でも、そんな、悪いよ﹂
﹁待って、一緒に探してあげるわ。どんなヒキガエルなの
﹁えっ
﹂
マイオニーも知らないみたいだ。そうネビルに言うと、ネビルは俯き
なったらしく、気車内を探しているらしい。私は見ていないし、ハー
どうやら、男の子│││ネビルの持ってきたヒキガエルがいなく
?
放っておくのも後味が悪いし、見つからなかったら困るでしょ﹂と言
うと、不安だったこともあってか、申し訳なさそうにしながらもお礼
を言った。
ハーマイオニーとネビルは汽車の後ろに向かって、私はネビルが来
た道をもう一度確かめる為に前へと向かった。
トレバー︵ヒキガエルの名前らしい︶は意外とすぐに見つかった。
22
?
私がそう言うと、ネビルは驚いた後に断ろうとするが、﹁このまま
?
一つ前の車両の隅でじっと隠れるようにしていたのだ。
トレバーを手に持ち、ネビルのところに向かって歩いていると、少
し前のコンパートメントが騒がしいのに気がついた。近付いて中を
⋮⋮喧嘩
﹂
覗いてみると、5人の男の子がそれぞれ睨みあっていた。
﹁どうしたの
﹁無理やり取ろうとしたんだ
﹂
なったから、分けてもらおうとしただけさ﹂
﹁い や、大 し た こ と じ ゃ な い よ。僕 た ち の 持 っ て い る お 菓 子 が な く
男の子のうち一人は手から血を流している。
コンパートメントの中を見るとお菓子が散乱しているし、三人組の
?
る友情っていうのもあると思うけど﹂
ね﹂
﹁こっちだって願い下げだよ
﹂
ありえない
まぁ、喧嘩から始ま
﹁おいおい、冗談はよしてくれ。僕がこんな奴と仲良く
私がそう言うと、どっちの子も嫌そうな顔をした。
?
血が出ていた傷口はきれいに塞がり、あとは血の跡を拭けば怪我して
ポケットから杖を出し、先を傷口へと向け呪文を唱える。すると、
﹁じっとしてて、〝エピスキー ー癒えよ〟﹂
う。
指を怪我したときに腕を引いて、その拍子にどこかにぶつけたのだろ
やっぱり、指先の傷だけじゃなくて手首にも傷が出来ている。多分、
く。男の子は腕を隠そうとするが、半ば強引に引っ張って袖を捲る。
プラチナブロンドの子の後ろにいた男の子を手を指しながら近付
﹁貴方、ちょっと手を出して。まだ血が出ているわよ﹂
まぁ、とりあえずは。
いうものなのか。
一体なにをしてここまで険悪になったのだろうか。犬猿の仲って
?
い間一緒に勉強する仲なんだし、仲良くしたら
﹁そう。私は現場を見ていないから何とも言えないけど、これから長
に対して、赤髪の男の子が異を唱える。
プラチナブロンドの髪をした男の子が何でもないと答えるが、それ
!
!
23
?
いたところは分からないだろう。
﹁はい、終わり。まだ痛むかしら
﹁⋮⋮いや、大丈夫﹂
ラッブだ﹂
﹂
﹂
﹁アリス・マーガトロイドよ。貴方たちは
﹁えっ、えっと、僕はハリー・ポッター﹂
﹁⋮⋮ロン・ウィーズリー﹂
﹂
僕はドラコ・マルフォイ。君が手を治したのがゴイル、こっちがク
﹁⋮⋮いや、遠慮しておくよ。│││そういえば君は何ていうんだい
ら、あげましょうか
れと貴方、お菓子が欲しいなら私のところに余っているのがあるか
﹁さてと、そろそろ到着するみたいだし、準備したほうがいいわよ。そ
グワーツに着くらしい。
トに戻ろうとしたところでアナウンスが流れた、あと三十分ほどでホ
ポカンとしている五人を横目に杖をしまい、自分のコンパートメン
きれいにまとまった。
軽く杖を振る。すると床や椅子に散乱していたお菓子が、一箇所に
よ。〝ムードゥス ー整頓せよ〟﹂
﹁そ、次からは怪我しないようにね。それと、お菓子も散らかし過ぎ
?
う﹂
その言葉を最後に、私はその部屋を後にした。ここに来るまでにネ
ビルに合わなかったから、もしかしたらどこかで行き違いになったの
かもしれないと思い、一旦コンパートメントへと戻る。ドラコたちと
は途中で別れた。
そういえば、あの眼鏡の男の子。ハリー・ポッターって言っていた
わね。名前を言ってはいけないあの人│││ヴォルデモートを打ち
破った男の子、生き残った男の子って言われているハリー・ポッター
に早くも会うとは思っていなかった。前髪の隙間から、額に稲妻形の
傷跡があるのも確認したし、間違いはないだろう。
﹁まぁ、個人的には必要以上に関わり合いたくはないわね。私とは相
24
?
﹁よろしくね、ハリー、ロン。それじゃまた、ホグワーツで会いましょ
?
?
性が悪そうだし﹂
特に確証があるわけではないが、何となくそう思った。
コンパートメントに着くと、予想通りにハーマイオニーとネビルが
﹂
いた。ネビルがさっきよりも落ち込んでいるように見え、それをハー
マイオニーが励ましている。
﹁お帰りなさい、アリス。どう、見つかった
﹂
﹁ありがとう、アリス
﹂
ルにトレバーを渡した私は、荷物に近付き中から制服を取り出した。
ネビルは椅子から勢いよく立ち上がり、私の方にやってくる。ネビ
﹁トレバー
﹁えぇ、この子で合っているかしら、ネビル﹂
?
しておきなさい﹂
!
を閉めてから制服に着替え始めた。
?
静させてきたわ﹂
﹁そうなの。怪我はなかった
あんまり危ないことしちゃ駄目よ﹂
﹁何かというほどではないけどね。喧嘩している男の子がいたから沈
﹁結構時間掛かったみたいだけど、何かあったの
﹂
私は手をヒラヒラ振りながら答える。ネビルが出ていき、カーテン
﹁うん、気をつけるよ。それじゃ、もう行くね。本当にありがとう
﹂
﹁もう逃げられちゃ駄目よ。自分のペットなんだから、きちんと管理
!
ト。
私もさっき会ったわ。眼鏡が壊れていたから直してあげ
買い換えるなり、魔法で直すなりしなかったのかしら﹂
杖に手帳、ハンカチ、ティッシュに、いつも持ち歩いている裁縫セッ
度チェックする。
どうやら汽車が速度を落としているようだ。忘れ物がないかもう一
制服に着替え終わり、脱いだ服をトランクにしまう。外を見ると、
﹁そうなの
たの﹂
﹁アリスも
﹁あの程度は平気よ。そうそう、そこでハリー・ポッターに会ったわ﹂
?
25
!
?
?
﹁それと、これを忘れちゃ駄目よね﹂
私はトランクの中から二つの人形を取り出す。取り出したのは小
さい人型の人形で、それぞれ青い服と赤い服に白いエプロンをつけて
い る。青 い 服 の 方 が 上 海 人 形 で、赤 い 服 の 方 が 蓬 莱 人 形 だ。ち な み
﹂
に、上海には赤いリボン、蓬莱には青いリボンが結んである。
﹁わぁ、それってアリスの作った人形
﹂
﹁すごい、まるで生きているみたい。でも、ここで出してどうするの
﹁えぇ、青い方が上海人形で、赤い方が蓬莱人形よ﹂
ハーマイオニーが上海と蓬莱を見ながら聞いてくる。
?
﹁もちろん、持っていくのよ﹂
そう言うと、ハーマイオニーは一瞬硬直して、控えめに話し出した。
﹁えっと、アリス。さすがに初日というか入学式だし。それ以前に学
校に持っていくのは拙いと思うのだけど﹂
﹁そうね。でも、こればっかりは譲れないわ。とはいえ、さすがにこの
まま持っていくわけではないわよ﹂
私は羽織ったローブの内側にあるポケットに上海と蓬莱をしまっ
た。ちなみに、このポケットは元から付いていたものではなく、私が
人形を入れておくために作ったのだ。
その後も、何回かハーマイオニーに置いてきたほうがいいんじゃな
いかと言われたが、それについては全部拒否した。
汽車が止まり、駅に降り立った私たちを迎えたのは、2m以上の身
長をした大男だった。離れたところからハリーの声が聞こえ、大男の
ことをハグリッドと呼んでいるのが聞こえた。
ハグリッドの案内で、湖の沿岸まできた私たちは、4人ずつに分か
れてボートに乗り、遠く見える城へと水面を静かに進んでいく。
私はハーマイオニーとネビル、それとドラコと一緒のボートに乗
り、途中、私が人形を持っているのに気付いたドラコが怪訝な視線を
﹂
?
向けてきた。
まぁ、ちょっとした実験⋮⋮かしらね﹂
﹁アリス、何で君は人形なんか持っているんだい
﹁ん
?
26
?
﹁実験
﹂
﹁えぇ。付喪神って知っているかしら
東洋にある日本って国の観念
でね、長い間大切にしたものに神様や霊魂が宿るんですって。だか
ら、こうやって肌身離さずにずっと持っていれば、魂が宿って動き出
さないかなっていう実験﹂
﹂
私の言葉に、ドラコだけじゃなくハーマイオニーやネビルも唖然と
した顔をしていた。
﹁君は、そんなマグルなんかの観念なんかを信仰しているのかい
ドラコは、そう言って軽蔑するような視線を向けてきた。
だけの価値はあると思わない
﹂
﹁別に信仰というほど程ではないわ。ただ、可能性があるならば、やる
?
﹂
?
んだろう
﹂
﹁そうさ。魔法族とは本来、純血であるべきなんだ。君だって純血な
そう聞くと、ドラコは当然とばかりに答えた。
く嫌っているみたいだけど、ドラコって純血主義
﹁そう、まぁ価値観の相違ね。ところで、さっきからマグルのことを酷
があるっていうんだい﹂
﹁僕はそう思わないね。マグルのやっていることに、どれだけの価値
?
湖を渡り終わり、城にはいって長い階段を登っていくと、上の方に
あと、ドラコは何で私が純血だと思っていたんだろうか。
と、一種の人種差別に近いと思った。
りにすると、相手への対応がここまで変化するのか。ここまでくる
魔法族の純血主義っていうは少し知っていたけど、実際に目の当た
てたけど、軽蔑するような目になって黙り込んだ。
り、次には信じられないという感じになった。しばらく私のことを見
私がマグル生まれだということを告げると、ドラコは表情が固ま
﹁⋮⋮私、マグル生まれだけど﹂
?
27
?
?
エメラルド色のローブを着た魔女がいた。確かあの日、私の家に来た
マクゴナガル先生だ。
﹁マクゴナガル先生。イッチ年生をお連れしました﹂
﹁ご苦労様ハグリッド。ここからは私が預かりますので、貴方は先に
向かっていてください﹂
マクゴナガル先生に引き継いだハグリッドは奥の扉に向かい出て
行った。それを見届けたマクゴナガル先生は、私たちの方に向き直
り、全体を見渡した後静かに、それでいて全体に響くように話し出し
た。
﹁ホグワーツ入学おめでとう。これから新入生歓迎の宴が行われます
が、その前に皆さんには、所属する寮を決めるための組分けを行って
いただきます。組分けはとても神聖な儀式です。これから皆さんが
七年間過ごす寮を決め、そこに所属する生徒は皆が家族のようなもの
です。教室でも寮生と共に勉強し、寝るのも寮、自由時間も寮の談話
室で過ごすことになります。﹂
マクゴナガル先生は一息入れ、もう一度全体を見渡して、再度話し
始める。
﹁寮は四つあります。グリフィンドール、レイブンクロー、ハッフルパ
フ、スリザリンです。それぞれに輝かしい歴史があり、偉大な魔法使
いや魔女が卒業していきました。ホグワーツにいる間、皆さんの行い
が寮の点数になります。よい行いをすれば所属する寮の得点になり、
反対に規則を破れば減点されます。学年末になれば、その年最も獲得
点数の高い寮には、大変名誉ある寮杯が与えられます。なので、どの
寮に入ることになっても、皆さん一人一人が寮にとって、またホグ
ワーツにとって誇りとなるように望みます﹂
マクゴナガル先生は話し終えると、準備をしてくるので身なりを整
えて待っていなさいと言い残し、奥の扉から出て行った。これから組
分けが始まるみたいだけど、一体どうやって決めるのだろうか。これ
だけの人数がいて、あとに宴が控えているなら、そこまで時間は割か
ないはずだけど。予め学校側が決めていて発表するのか、何か生徒を
効率よく分けるための道具があるのか。
28
離れたところで、汽車の中で会ったロンが、ハリーに試験で決める
んだと言っているが、それだと時間が掛かりすぎる。周りにも知って
いるのはいないみたいで、結局マクゴナガル先生が戻ってくるまで、
分からないままだった。
先生の案内で奥の扉を抜けると、そこはかなりの大きさをした大広
間だった。四つの巨大な長テーブルが並び、一番奥の壇上には同じく
長テーブルが横に一つ置かれている。四つのテーブルには多くの生
徒が座り、壇上のテーブルには若い人から長く髭を生やした人までい
た。恐らく教師陣だろう。
私たちは大広間の真ん中を通り、壇上前へと進んでいく。途中上を
見上げると、本来なら天井があるそこには、満天の星空に無数の蝋燭
がプカプカと浮かんでいた。確か〝ホグワーツの歴史〟という本に
書いてあったことを思い出す。魔法で本物の空が見えるようにして
29
いるのだとか。
壇上前に全員が並び、四つのテーブル│││上級生たちに向かって
立たされる。マクゴナガル先生が足長椅子に古ぼけた帽子を手に持
ち、全員に見えるようにして置いた。
しばらくは静かな時間が流れたが、突然、長椅子に置かれた帽子の
皺が深くなり、そこから歌が聞こえてきた。
歌の内容をまとめるなら、それぞれの寮の特色を現したものだっ
た。
グリフィンドールは、勇気と騎士道精神を持った者が集まる寮。
レイブンクローは、知識を追求する者が集まる寮。
ハッフルパフは、忍耐強く誠実な者が集まる寮。
スリザリンは、目的の為なら手段を選ばない者が集まる寮。
そして、組分けはこの帽子を使って行うらしい。マクゴナガル先生
﹂
が新入生のリストを持ち、帽子を持ち上げ、名前を呼び始めた。
﹁アボット・ハンナ
て椅子に座り、マクゴナガル先生が帽子を被せる。
ピンクの頬をした、金髪おさげの女の子が転がるようにして前に出
!
﹁⋮⋮ハッフルパフ
た。
﹂
!
﹂
﹂
!
﹁レイブンクロー
﹂
か高らかに宣言した。
組み分け帽子は2∼3分ほど悩んでいたが、とうとう結論が出たの
能性を求めるのはスリザリンにこそ相応しい。さてどうしたものか﹂
じゃな。ならばレイブンクローが相応しいが、目的の為にあらゆる可
れている。目的のためにはどこまでも貪欲に知識を掻き集めるよう
﹁ほーう、これはまた難しい者がきたな。ふむ、聡明でいて知識欲に溢
えてきた。
足長椅子に座り、帽子を被せられる。すると頭の中で低い声が聞こ
みたいに笑いかけてきて、ドラコには目を逸らされた。
ハーマイオニーとドラコと目が合った。ハーマイオニーは応援する
私 の 番 だ。列 か ら 出 て マ ク ゴ ナ ガ ル 先 生 の と こ ろ に 向 か う 途 中、
﹁マーガトロイド・アリス
ドール、ドラコはスリザリンに入った。
組分けは順調に進んでいき、ハーマイオニーとネビルはグリフィン
ら、先ほどのハンナの横に座った。
またしてもハッフルパフと帽子が叫び、歓声と拍手で迎えられなが
﹁ハッフルパフ
次の生徒が呼ばれて帽子を被る。
﹁ボーンズ・スーザン
﹂
と拍手が上がり、ハンナはハッフルパフのテーブルに向かっていっ
一瞬の沈黙の後、高々と寮の名を上げる。右側のテーブルから歓声
!
が一斉に静まり返り、あちこちで﹁ポッターっていった
﹂
﹁あれが例
その後も組分けは着々と進んでいったが、ハリーが呼ばれると広間
﹁こちらこそ、よろしくね﹂
れからよろしくね﹂
﹁おめでとう。僕はアンソニー・ゴールドスタインっていうんだ。こ
ブルの端に座ると、隣に座っていた男の子に話しかけられた。
レイブンクローのテーブルに、拍手で迎えられながら向かう。テー
!
?
30
!
のあの人を打ち破った﹂などと囁かれている。ハリーが帽子を被り組
分けをしている間、他の人はじっとそれを見ている。ハリーは何か
喋っているように口を動かしているが、ここからでは何を言っている
のかは聞き取れない。数分が経過し、いつまでかかるのだろうかと
﹂
思っていたが、唐突にそれは終わりを告げた。
﹁グリフィンドール
同時にグリフィンドールのテーブルは、今まで以上に歓声に包まれ
た。ハリーは嬉しそうにテーブルへと向かい、テーブルでは同じ顔を
した赤髪の二人が﹁ポッターを取った﹂と復唱している。
次に進んだ組分けを横目で見ながら、アンソニーに話しかける。
﹁一 生 徒 の 寮 が 決 ま っ た だ け で こ こ ま で の 騒 ぎ に な る な ん て、ハ
リーって随分と人気があるのね﹂
﹁それはそうだろう。ポッターは例のあの人を倒したっていうんだか
らな。しかも例のあの人はスリザリン出身なんだ。スリザリンと犬
猿の仲って言われているグリフィンドールからしたらなおさらだろ
う﹂
﹁ふーん。例のあの人を倒したっていうけど、当時ハリーは一歳そこ
そこでしょう。どうやったのかしらね﹂
﹁それは知らないさ。けど、魔法省やダンブルドアまでもが、ハリーが
例のあの人を打ち破ったと言っているんだ。僕たちが知らない何か
を知っているんだろう。その上で、それを公にするべきではないと判
断し、情報を秘匿しているのでは⋮⋮というのが僕の考えさ﹂
﹁なるほどね。まぁ、確かにそうとも考えられるわね﹂
アンソニーとハリー談義をしていると、レイブンクローに組分けさ
れた女の子が向かってきた。女の子は私の隣に座ると、人懐っこい顔
で挨拶してきた。
﹁私はパドマ・パチル。グリフィンドールに入ったパーバティ・パチル
の双子の妹よ。これから七年間よろしくね﹂
﹁私はアリス・マーガトロイドよ。こちらこそよろしく﹂
﹁僕はアンソニー・ゴールドスタイン。よろしく﹂
31
!!
組分けが終わり、ダンブルドア校長のよく分からない挨拶も終わっ
て、いよいよ宴に入った。最初何も乗っていなかった大皿には山盛り
の料理が盛られ、みんな思い思いに取り分けている。私もロースト
ビーフやポテトを取り食べ始めた。途中、サラダがないなぁと思った
が、次にはサラダが盛られた皿が出てきて驚いたのは秘密だ。
アンソニーやパドマとホグワーツでの生活や授業について話し合
い、次に先生について話し始めた。最初にレイブンクローの寮監であ
るフリットウィック先生について話し合う。フリットウィック先生
の身長の低さについて疑問に思ったが、正面に座っていた上級生によ
ると、フリットウィック先生はレプラコーンの血を引いているからら
しい。
マクゴナガル先生やスプラウト先生、クィレル先生に続いて話題に
上がったのは、ダイアゴン横丁で入学品を揃えるのを手伝ってくれた
32
スネイプ先生についてだ。
﹁スネイプ先生はスリザリンの寮監で、マクゴナガル先生に続いて厳
しいらしいよ。特にグリフィンドールやマグル生まれの生徒相手だ
と、特にそれが顕著らしい﹂
﹁あ、私も聞いた。逆にスリザリン生に関しては、多少のことなら注意
で済ませるらしいけど、それ以外の生徒だと容赦なく減点するんだっ
て﹂
アンソニーやパドマの話を聞いていると、スネイプ先生は随分と生
徒に厳しく、嫌いな生徒には容赦がないらしい。
﹁でも、私もマグル生まれだけど、入学品を揃えるときにはスネイプ先
生に付き添ってもらっていたわよ。まぁ、確かにちょっと威圧感は
あったけど、割と普通だったわ﹂
﹂
私が聞いたスネイプ先生の話だと、そんなこと絶対にしな
私がそう言うと、二人は驚いたような顔をした。
﹁本当に
さそうなのに。なんでかしら
すると、先ほどの上級生が話しに入ってきた。
﹁⋮⋮多分だけど、貴女が普通に接したからじゃないかしら﹂
?
!?
﹁スネイプ先生の生徒いびりも結構お互い様ってところがあるのよ。
新入生のスネイプ先生に対する印象の殆どが、上級生やスネイプ先生
をよく思っていない人からの又聞きでね、最初から悪い印象を持って
接するから態度が悪くなる。で、普通に人にも言えることだけど、相
手が悪い態度で接してきたら気分が悪くなるでしょ。だから、スネイ
プ先生の態度も高圧的なものになって、それに対して生徒が噂通りだ
と思って益々印象が悪くなる。あとは延々とそれの繰り返し﹂
﹂
﹁でも、いくら生徒の態度が悪くたって、それで贔屓するのは先生とし
てどうなんですか
﹁まぁ、そうなんだけどね。これはあくまで噂だけど、スネイプ先生が
学生時代にグリフィンドールの生徒と何回か衝突があったらしくて
ね。それが原因なんじゃないかって﹂
﹁それでも、先生になったんなら全部とは言わないけど、私事は止める
べきだと思うけどな﹂
﹁だから言ったでしょ、お互い様だって。で、そんな感じだから、貴女
みたいに普通に接して礼儀よくした場合は、スネイプ先生もそれなり
の 態 度 で 接 し て く れ る わ。そ れ な ら 他 の 生 徒 も そ う す れ ば い い ん
じゃないかって話だけど、先入観もあってしないのよね﹂
上級生の話を聞いて、スネイプ先生にも色々あるんだなと思ってい
ると、ダンブルドア校長が立ち上がり、それに伴って大広間が静かに
なる。
ダンブルドア校長が諸注意について話し終えると、私たちは寮に向
かうため、監督生の後についていき大広間を出て行く。私は寮に向か
う間、ダンブルドア校長の言った〝四階の右側の廊下に潜む死〟とい
うのが気になった。
そんな危険区域を学校に作るなと。
西塔の螺旋階段を登ると、木で出来た扉が見えてきた。扉にはブロ
ンズで出来たドアノッカーが付いている以外には、ドアノブも鍵穴も
付いていない。
33
?
﹁新入生の諸君、ここがレイブンクローの談話室の入り口だ。ただ、見
てのとおり、この扉にはドアノブが付いていない。扉を開けるには、
扉が出す謎解きに答えなければならない。答えが分からない場合は、
分かるものがくるまで談話室に入れないので頑張りたまえ﹂
なるほど。さすがは機知と叡智を求めると言うだけはあるか。合
言葉とかなら、それを忘れないようにすればいいだけだけど、謎解き
が鍵なら、談話室に入るたびに知恵を測られる。恐らくこれは、毎回
出題が変わったり、学年が上がるごとに難易度が上がるのだろう。
だが、セキュリティ的な問題で言えば、合言葉に比べて低いんじゃ
ないだろうか。合言葉なら寮生がバラさない限り知られることはな
いが、謎解きだと、分かるものなら誰でも入れることになってしまう。
それとも、寮生以外は入れないように識別機能でも付いているのだろ
うか。
監督生がドアノッカーを叩くと、ブロンズの鷲の嘴が開き、柔らか
﹂
﹁そうね。いくつかあるけれど、例えば水かしらね﹂
水は常温では液体であり、硬くもなく軟らかくもない状態。ただ
し、水が凝固し氷となれば硬くなるし、気化して水蒸気へとなれば軟
らかく︵触れないが︶なる。
氷と水蒸気はそれぞれが硬いものと軟らかいものだが、この二つは
34
に歌うような声が流れた。
﹁硬くも軟らかいものは
難しくはない。
?
パドマがお手上げとばかりに小声で聞いてくる。
﹁ねぇ、アリス。アリスは答え解る
﹂
いが、〝硬い状態もあれば軟らかい状態もある〟という風に考えれば
ポイントではないか。〝硬くもあり軟らかくもある〟というのはな
くも軟らかいとあるが、その状態が同時かそうでないか、というのが
らともかく、その二つを持っているものか。別々に考えてみよう。硬
硬くも軟らかいもの。矛盾した言葉ね。硬いか軟らかいかだけな
と、他の生徒も答えを考えているようだ。
監督生は手を顎に当てながら謎の答えを考えている。周りを見る
?
同じものから出来ているのだ。
﹁⋮⋮水だ﹂
その時、監督生が答え、正解だったのか扉が開く。中に入る監督生
に続いて他の生徒も中へと入っていく。
﹁どうやら正解だったみたいね。まぁ、水以外にも色々と答えはある
けど、案外答えに沿っていれば正解なのかもね﹂
﹁なるほど。さすがアリス、頼りになるわ﹂
﹁ここで頼られても困るけど⋮⋮﹂
談話室へと入ると、中は円形の部屋で、壁のところどころに優雅な
アーチ型の窓があり、壁にはブルーとブロンズ色のシルクのカーテン
が掛かっている。天井はドーム型で星が描いてあり、濃紺の絨毯も同
じ模様で作られている。テーブルや椅子、本棚がいくつかあり、扉の
反対側の壁の窪みには、大理石で作られた背の高い像が建っていた。
35
﹁ここがレイブンクローの談話室だ。像の左右にある扉から寝室に繋
がっている。左側が男子で右側が女子の寝室だ。各自の荷物はすで
に部屋へと運び込まれている﹂
説明を終えると、生徒たちは寝室へと向かっていく。今日は疲れた
のか、みんな早く寝たいようで、欠伸をしたり目を擦っている生徒が
殆どだ。
私も扉を通り、階段を登って部屋へと向かう。ここでも螺旋階段
で、一定の感覚で踊り場があり、別の階段に繋がっているところもあ
れば、そこに各部屋の入り口があるところもある。
部屋へと入ると、中にはベッド、本棚、机、衣装箪笥などの家具が
備えられている。見た感じ二人部屋のようだ。
﹂
自分の荷物が置かれたところに向かうと、扉が開かれ、パドマが
入ってきた。
﹁あ、アリス。アリスもここの部屋
﹁こっちこそ、よろしくね﹂
﹁えぇ。これから七年間は同居人ね。改めてよろしく﹂
?
パドマと明日の予定について話し合いながら、荷解きもそこそこに
して、私たちは眠りについた。
36
ホグワーツでの生活
翌日、朝食を食べながらアンソニーとパドマの二人と一緒に、今日
から行われる授業について話しあっていた。今日ある授業は〝妖精
の魔法〟〝魔法薬学〟〝闇の魔術に対する防衛術〟の三つだ。妖精
の魔法はグリフィンドールと、魔法薬学はハッフルパフと、闇の魔術
に対する防衛術はスリザリンと合同で行われる。やはり、これだけの
生徒を相手に授業するには、基本的に合同で行うらしい。
朝食を食べ終えた私たちは、妖精の魔法が行われる教室へと向か
う。
それにしても、このホグワーツの構造には驚きの連続だ。無数の動
く階段に現れたり消えたりする扉、何時の間にか通路が塞がり構造が
変わる道、特定の動きや合言葉を言わないと開かない絵に擬態した扉
など、とにかく生徒としてはこれ以上迷惑なものはないというものの
オンパレードだ。これらのパターンを早い段階で覚えろといいたい
のか、学校側はもちろん、創設した人たちに対して文句を言いたい。
﹁やっと着いたわ。まったく、なんだってあんなところで階段が動く
のかしら﹂
﹁まったくだね。お陰で授業開始ギリギリだ。﹂
﹁これだけ仕掛けが盛り沢山だと、学校のどこかに隠し部屋なんてい
うのもありそうね﹂
それぞれが文句を言いながら教室へと入っていく。教室の中には
数人がいるだけだった。どうやら他の生徒も道に迷っているらしい。
あと数分なのに大丈夫なのだろうか。
私たちは教室の前の方の席に座り、教科書を出して授業が始まるま
で学校に対する不満を吐露しあった。
授 業 が 始 ま る ま で に は 殆 ど の 生 徒 が 席 に つ い て い た。フ リ ッ ト
ウィック先生が本を積み重ねた台に立ち、出席を取り始める寸前、教
室の扉が音を立てて開かれる。教室内の全員が扉の方に視線を向け
ると、ハーマイオニーとハリー、ロンの三人が息を切らしながら教室
37
へ入ってきた。
﹁す⋮⋮すみません。道⋮⋮に⋮⋮迷って⋮⋮遅れました﹂
ハーマイオニーが息を落ち着かせようとしながらも、遅れた謝罪と
理由を述べた。フリットウィック先生は、特に叱ることもなく、席に
座るように促す。途中、席に向かうハーマイオニーと目が合ったの
で、軽く手を振って挨拶をする。
妖精の魔法では、基本的に基本呪文集の教科書に沿って行われるら
しい。今日の授業では、妖精の魔法についての解説と目的などの授業
方針が説明されたあと、簡単な実習として、机に置かれた石を動かす
魔法を行った。
基本呪文集の最初のページに載っているだけあって簡単な魔法で、
殆どの生徒が石を動かすことに成功していた。グリフィンドールの
方を見てみると、ネビルが石を動かせないらしく、ハーマイオニーが
す。
38
アドバイスをしている。ハリーとロンは、石が震える程度で動かせて
いないようだ。
私たちは、最初の方に成功していたので、残りの時間は雑談をして
過ごしている。
﹁へ∼。アリスってマグルの方じゃ有名な人形師だったんだ﹂
﹁有名という訳ではないわ。マイナーな世界だし、知っているのも一
部の人ぐらいよ﹂
﹁でも、有名なことには変わりないだろ。どんな人形を作っているの
か今度見せてくれよ﹂
﹁構わないけど、流石に現物は持ってきていないから写真になるわよ。
魔法界の写真じゃないから動きもしないしね﹂
﹂
﹁構わないわ。そういえば、昨日も人形を持っていたと思うけど、あれ
は
﹂
?
そう言って、私はローブの内側から上海と蓬莱を出して、二人に渡
いるのよ。見る
﹁あぁ、上海と蓬莱のことね。あの二つは特別だから常に持ち歩いて
?
これ本当に人形なの
小人とか妖精じゃなくて
﹁青い方が上海人形で、赤い方が蓬莱人形よ﹂
﹁すごい
﹂
!?
﹁︵私もやりましょうか︶﹂
書を見ながら羊皮紙に羽根ペンを走らせている。
いので焦っているのだろう。横を見るとアンソニーとパドマも教科
る音が聞こえる。時間を見ると授業が終わるまで、あと三十分しかな
スネイプ先生が言い終えると同時に、教室のあちこちで教科書を捲
提出﹂
出。出来なかった者は三種類以上の魔法薬を記載して次回の授業に
使って調剤することの出来る魔法薬を一種類、羊皮紙に記載して提
﹁授業を終えるまでに、ここに書いてある材料の特徴と効能、これらを
物や茸など、魔法薬で使う材料だった。
などを説明したあと。黒板に何かを書き始める。それは幾つかの植
り終わると、魔法薬とは如何なるものか、調剤する際の注意や危険性
そこで、スネイプ先生は言葉を切り、出席を取っていく。出席を取
していないウスノロだけであろうが﹂
多いかもしれん。最も、そのように感じるのは、この授業を真に理解
たいに杖を振るったりはしない。故に、これでも魔法かと思う諸君が
﹁この授業では魔法薬調剤の微妙な化学と厳密な芸術を学ぶ。馬鹿み
スネイプ先生は教室の前まで進むと向き直り、淡々と喋り始めた。
授 業 の 開 始 時 間 と 同 時 に。ス ネ イ プ 先 生 が 教 室 へ と 入 っ て く る。
にスネイプ先生が苦手なのかしら。
と座る。先に来ていた生徒は殆ど後ろの方に座っていたけど、そんな
魔法薬学の教室へは、思ったより早く着いた。中へ入り、前の席へ
ようなので、急いで向かう。
向かうため廊下に出る。次の授業は魔法薬学か。教室は地下にある
その後も雑談を続けていたけど、授業が終わったので、次の教室へ
思った以上に高評価を貰えて、思わず頬が緩む。
﹁確かにこれは凄い。見た感じ人形とは思えないよ﹂
!?
羊皮紙を広げ、羽根ペンをインクに浸してから羽根ペンを走らせ
39
!
る。教科書は開かない。この位なら十分に覚えているので、開いた分
だけ時間がロスしてしまう。
しばらく、教室内はカリカリと羽根ペンを走らせる音のみが響く。
スネイプ先生は教室の中を歩き、生徒の進行状況を見ていた。スネイ
プ先生が私のところにきたのは、授業終了の十分前で、ちょうど全部
の内容を書き終えたところだ。
﹁時 間 だ。出 来 た も の は 机 の 上 に 提 出。そ れ 以 外 の も の は 宿 題 と す
る﹂
私は書き終えた羊皮紙を丸めて、机の上に提出する。他に出来てい
る生徒はいないらしく、羊皮紙をしまいこんでいた。
﹁待ちたまえ、マーガトロイド﹂
パドマたちと教室を出ようとした私をスネイプ先生が呼び止めた
ので、私は何だろうと思いながらも先生の方へと向かう。その様子
﹂
﹂
スネイプ先生﹂
魔法薬を書いていたものです﹂
﹁なに
﹂
な雰囲気ではなかったので、羊皮紙に記載した以外の魔法薬について
書いていたのだ。
﹂
﹁復習も兼ねて書いていたのですが、いけなかったでしょうか
﹁⋮⋮それはもう書けているのかね
?
﹁ならば、それも提出していきたまえ。予想外に課題を終えた者がい
﹁はい、一応書けるところまで書いてありますけど﹂
?
それなら、お願いします﹂
ないのでな。ついでに採点しておいてやろう﹂
﹁いいんですか
?
40
を、パドマやアンソニー、まだ残っていた他の生徒が緊張した面持ち
で見ていた。
﹁なんでしょうか
あれは何かね
﹁君は提出した羊皮紙以外にも、授業中に何か書いていたがようだが、
?
﹁あぁ、あれは提出した羊皮紙に書いてある魔法薬以外の、調剤可能な
?
授業の十分前に課題は終わったが、とてもパドマたちと話せるよう
?
私はしまった羊皮紙を取り出し、それをスネイプ先生へと渡す。ス
ネイプ先生は軽く見た後、提出した課題の横に羊皮紙を置いた。
﹁では、これは預かっておこう。早く次の授業に向かいたまえ﹂
﹁では、失礼します﹂
私はパドマたちのところまで戻り、教室を出て行った。
次の闇の魔術に対する防衛術の教室へと向かう間、パドマとアンソ
ニーがさっきのことについて話してきた。
﹁さっきはビックリしたわ。いきなりスネイプ先生に呼び止められる
んだもん﹂
﹁呼ばれたのはパドマじゃなくてアリスだけどね。それにしても、ア
リスもよくあれだけの時間で課題以外のものを書けたね﹂
﹁まぁ、内容を覚えていた分、教科書を見る時間が短縮できているから
ね。魔法薬の成分や効果は変わらないし、殆ど暗記に近いから、貴方
たちも覚えておいたほうが後々楽よ﹂
41
﹁ははは、まぁ少しずつ覚えていくよ﹂
アンソニーは苦笑いしながら控えめに答えた。
﹁そんなことより、早く教室へ行きましょう。そろそろ始まってしま
うわ﹂
パドマに言われて、結構時間が経っていたことに気がついた私たち
は、道を間違えないように注意しながら、急いで教室へと向かった。
教室へと入った私たちを迎えたのは、強烈な大蒜の臭いだった。思
わず鼻を手で覆い、臭いの元を探す。
元凶はすぐに見つかった。教室前の教壇で授業の準備をしている
クィレル先生の周りに大量の大蒜があり、クィレル先生自身も、首か
ら大蒜を環にしてぶら下げている。
私たちは、なるべく臭いから離れる為に、教室の後ろの方の席に
座った。
﹂
﹁⋮⋮何でクィレル先生は、こんなに大蒜を置いているのかしら。授
業にでも使うの
?
﹁ううん、違うと思う。聞いた話なんだけど、以前ルーマニアで吸血鬼
に遭遇して、それ以降吸血鬼避けに身に付けているんだって。だか
ら、授業とは関係ないと思う﹂
﹁ホグワーツに進入してくる吸血鬼ってだけで、大蒜なんかでどうこ
うできる相手じゃないと思うんだけどな﹂
呼吸する息を最小限にするようにしていると、教室からドラコたち
が入ってくるのが見えた。ドラコと目が合ったので手を振る。でも、
ドラコは無視して教室の前に向かおうとしたけど、大蒜の臭いに晒さ
れたのか動きが止まる。
前に座るのは危険だと判断したのか、後ろの席で空いている席を探
しているけど、残念なことに全部の席が埋まっている。
そのとき、授業開始のベルが鳴り、ドラコたちは仕方なくといった
感じで、唯一空いていた私たちの隣の席に座った。
﹁こんにちは、ドラコ﹂
﹂
42
﹁⋮⋮話しかけないでくれるかい。マグルなんかと会話していると、
僕の品格が疑われてしまう﹂
﹁⋮⋮いきなりキツイわね。そんなにマグルが嫌い
に、身体をいつも以上に震わせていた。
いて話し出したときのクィレル先生は、見えない何かに怯えるよう
本的な魔法生物の紹介や特徴などを説明して終了した。吸血鬼につ
そのあとの行われた防衛術の授業では、クィレル先生が魔法界の基
手段にでることもありそうだ。
だから、大人の場合、もっと酷いのかもしれない。それこそ、強行な
純血主義のマグル排他は思っていた以上だった。子供でこれなの
私がそう言い終えると同時に授業開始の鐘が鳴った。
﹁そう。それじゃ、その日が来るまで学校生活を楽しんでおくわ﹂
もだ、マーガトロイド﹂
いる純血の者以外は、学校から追い出すべきだと思うね。もちろん君
﹁あぁ、嫌いだね。魔法使いとは本来純血であるべきなんだ。学校に
?
今日の授業は全部終わったので、残りの時間を図書室で過ごそうか
と思い、途中までパドマたちと歩いていく。
﹂
﹁そういえば、アリスは授業が始まる前に、マルフォイと何を話してい
たの
﹂
﹁ちょっと純血主義というのが、どの程度のものなのか確かめていた
のよ﹂
﹁そんなことやっていたのか
でいく。ちなみにこの本は、ダイアゴン横丁で買った羊皮紙を使った
本に目を通しながら、必要な部分、気になった部分を本に書き込ん
ある。さすが学校、品揃えは豊富なようだ。
思ったが、そうでもないようだ。見る限り、他にも様々な種類の本が
職人技だけに本などは無く、人づてに伝授されているものなのかとも
横丁にある本を取り扱っているところでは、目ぼしい本がなかった。
のを知ってから、杖について調べたいと思っていたけど、ダイアゴン
オリバンダーさんのお店で、杖には意思があり持ち主を選ぶという
百選〟などだ。
人まで∼杖作り全集〟〝杖と持ち主の結びつき〟〝杖の摩訶不思議
つか本を取り、空いている席へと座る。取ってきた本は〝赤子から老
案内図を見て、目的の場所を探し向かっていく。目的の本棚からいく
二人と図書室の前で別れた私は、図書室へと入った。受付横にある
私の言葉に、二人は不安の表情を浮かべた。
﹁ドラコが将来そうならなければいいけどね﹂
いう話は、過去に何回かあったよ﹂
﹁そうだね。実際、マグルを攻撃した純血の魔法使いが捕まったって
ら﹂
なんだから、大人だと直接的な方法を取る人もいるんじゃないかし
﹁えぇ。思っていた以上にマグルに対する排他的なのね。子供でこれ
?
厚めの本で、マグルでいうノートのようなもの。魔法界ではマグルの
43
?
使う上質紙などの紙が普及していないので、手に入りやすい羊皮紙タ
イプのものを使っている。
持ってきた本を一通り読み終わり、別の本を探そうと席を立つが、
壁に掛けられている時計を見ると、そろそろ夕食の時間が迫ってい
た。本を戻し、手早く一冊だけ本を抜き取り、貸し出しの手続きをし
たら大広間へと向かっていく。
さっき読んだ本によると、杖作りの技術自体は現在でも伝わってい
るが、杖がどういった原理で持ち主を選ぶかなどは伝えられていない
らしく、長年研究されているが未だに解明はされていないらしい。
夕食を食べ談話室へと戻り、今日の授業の復習と明日の予習を終え
た私は、しばらくパドマたちと雑談をしていたけれど、就寝時間が近
付いてきたので部屋へと戻っていった。
それからは、朝から夕方まで授業を受けて、空いている時間は図書
室へと向かい本を読む日々が続いた。ホグワーツで学ぶ授業はどれ
もが面白いもので、特に魔法薬学、薬草学、妖精の魔法の授業には夢
中になった。魔法史の授業については、教師であるゴーストのピンズ
先生が淡々と教科書を読み上げるだけで、他の生徒は授業開始五分で
夢の国へと旅立っている惨状だったが。私も最初の方は眠ってしま
いそうになったが、耳栓をして、自分のペースで教科書を読むことで
何とか回避した。
そんなある日、学校中で一つの噂が流れ始めた。何でもハリーがグ
リフィンドールのシーカーに選ばれたらしい。確か、一年生はクィ
デ ィ ッ チ に は 参 加 で き な い は ず だ っ た は ず だ け ど。パ ド マ が 姉 の
パーバディから聞いた情報によると、飛行訓練でドラコと一悶着あっ
たらしく、その時にハリーが箒でアクロバディックな動きをしたのを
マクゴナガル先生が目撃したらしい。それで、マクゴナガル先生の推
薦によって、特例としてハリーをクィディッチメンバーへと入れたの
44
だとか。
﹁でも、それって特別扱いもいいところじゃない
﹂
対象がハリー一人
﹁ハリーは特別に許可が出たのに、他の生徒は規則だから駄目ね。こ
たみたいだけど、そっちは規則の一言で駄目だったみたいだよ﹂
﹁スリザリンからも、一年生を選手として選抜する許可の申請があっ
いるのかもしれない。
あるのだろう。無意識に、ハリーなら仕方ないと心のどこかで思って
見は出ていない。それに、生き残った男の子というネームバリューも
抗杯でスリザリンに負け続けていることもあってか、目立った反対意
普通なら生徒から抗議が出るはずだけど、長年クィディッチや寮対
乱用だろう。
の特別扱いのようなものはあったが、ここまで露骨だと、もはや職権
ブルドア校長も絡んでいるのだろう。前々から教師陣によるハリー
部分を占めている。校則を曲げてまで許可されたということは、ダン
う。話を聞く限り、この一件はマクゴナガル先生の個人的な理由が大
それでも、一年でハリーだけをメンバーにするのはやり過ぎだと思
んかよりスリザリンが敗れることに期待しているみたい﹂
﹁それに、スリザリンは他の寮から嫌われているしね。みんな、規則な
らへんで雪辱を晴らしたいんじゃないか
に負け越しているみたいだからね。マクゴナガル先生としては、ここ
﹁ここ数年のクィディッチの試合で、グリフィンドールはスリザリン
なだけに、スネイプ先生の生徒贔屓より悪質だと思うけど﹂
?
こまでくると、純血主義のマグル差別と大差ないわね﹂
﹂
45
?
いつものように図書室で本を探していると、ハーマイオニーを見つ
けたので、話しかけた。
久しぶりね
﹁こんにちは、ハーマイオニー﹂
﹁アリス
!
﹁そうね、こうやって話すのは、ホグワーツ特急以来かしら﹂
!
﹂
﹁お互い別々の寮だから話す機会もないしね。時間があるならお話し
しない
﹁いいわよ。私も少し聞きたいことがあるし﹂
私とハーマイオニーは近くの、それでいて人目に付きにくい場所へ
と向かい椅子に座った。
それから、初日からこれまでの体験したことや、お互いの寮や談話
室、授業や普段の生活について話した。
﹁そうなの。噂には聞いていたけど、グリフィンドールに対してスネ
イプ先生は相当厳しいのね﹂
﹂
﹁うん。殆どはハリーに対してだけどね。もちろん他の生徒に関して
も厳しいけれど。アリスは大丈夫
私スリザリン以外にスネイプが点を与えているのなんて聞
﹁アリスは聞いた
ハリーがシーカーに選ばれたっていう話﹂
だけど﹂と前置きして尋ねてきた。
私が一人でそう納得していると、ハーマイオニーが﹁話は変わるん
し、これについてはしょうがないと思う。
まぁ、確かに頭で理解できても感情で納得できないのもあると思う
ハ ー マ イ オ ニ ー は、理 解 は 出 来 て も 納 得 は 出 来 な い ら し か っ た。
それでもスネイプのあれはいき過ぎだと思うわ﹂
﹁なるほどね。確かにそう言われると思い当たるところもあるけど、
マイオニーに説明する。
そう前置きして、私は新入生歓迎の宴で先輩に言われたことをハー
﹁⋮⋮これは、初日の日に先輩から聞いたことなんだけどね﹂
いたことがないわ﹂
﹁本当に
るのだろうか。
ていた。スネイプ先生は、どれだけグリフィンドールに辛辣にしてい
私がそう言うとハーマイオニーは信じられないといった風に驚い
ないわね。偶にだけど、点を貰えたりもするわ﹂
﹁えぇ、ハーマイオニーが言うように注意されたり、減点されたことは
?
だっけ
﹂
﹁聞いているわよ。学校中の話題だしね。百年ぶりの最年少シーカー
?
46
?
!?
?
﹁そうなの
みんな、今年のクィディッチカップはグリフィンドール
のものだって言っていて、フレッドとジョージ│││いつもハリーの
横にいるロンのお兄さんね、は毎日大騒ぎしているわ﹂
ハーマイオニーは若干興奮しながら話してくる。やっぱり、自分の
所属する寮が優勝する可能性があると熱が入るのだろう。
﹁スリザリンは別だけど、他の寮の生徒からも応援されているわ﹂
﹁そう⋮⋮でも、ハーマイオニー。スリザリンもそうだけど、レイブン
﹂
﹂
クローやハッフルパフの一部からは不満の声が上がっているのは
知っている
﹁⋮⋮それって、どういうこと
実際にグ
?
て話だけど、考えれば分かるでしょ
本来ならクィディッチに参加で
﹁勝てるかもじゃなく勝てる、ね。まぁいいわ。それで、不満が出るっ
リフィンドールだけじゃなくて、他の寮からも応援されてるよ﹂
ザリンに勝てるんだから、他の寮としてもいいことだろう
﹁何で僕がシーカーになると不満がでるのさ。今まで勝ち続けのスリ
機嫌そうにしながら立っていた。
後ろから声が聞こえ振り向くと、そこにはハリーとロンの二人が不
?
ハリーは偶然、マクゴ
?
チャンスを与えていれば不満は出なかったでしょうね。あっ、勘違い
選手にするための措置として、他の一年生にも選抜なり何なりして
けしか見ないで、ハリーのためだけに規則を曲げた。もし、ハリーを
﹁もちろん、その可能性もあるわ。でも、マクゴナガル先生はハリーだ
いよ﹂
ゴナガル先生にまで認められたんだぜ。ハリー以上なんている訳な
﹁そんなの、いないかも知れないだろ。それに、ハリーはウッドやマク
そ、ハリー以上の逸材もいる可能性はあるわ﹂
ていないだけで他にも才能がある生徒はいるかもしれない。それこ
ナガル先生に見られて才能が知られたのかもしれないけれど、知られ
﹁じゃぁ、他の才能があるかもしれない生徒は
﹁それがどうしたんだよ。ハリーに才能があったからだろう﹂
たんだから﹂
きないはずの一年生が、ハリーだけ特例として参加できることになっ
?
47
!
?
しないように言っておくけど、不満が出てるっていうのはハリーに対
してじゃなくて、一年全員にチャンスを与えない学校側に対してだか
ら。ハリーに対しては普通に応援されているわ﹂
﹁だったら、僕には関係がない話じゃないか。それに、選ばれなかった
人がいても、それはその人の問題だろう﹂
﹁選んで選ばれなかったのと、選ばずに選ばれなかったのでは違うん
だけどね。とはいえ、今更こんなことを話しても意味はないわね﹂
そう言って、私は話を打ち切った。しばらく無言の時間が流れ、ハ
リーたちもこれ以上話を続けるつもりはないのか、この場から離れて
いった。ちなみに、私の正面に座っていたハーマイオニーは終始戸
惑っていたわ。
時が経ち、ホグワーツへ来て始めてのハロウィーンを迎えた。この
日は、生徒全員が朝から浮き足たっており、城中にもパンプキンパイ
を焼くが匂いが充満していて、早くもお腹が鳴ってきた。
今日の妖精の魔法の授業はグリフィンドールとの合同で、物を飛ば
す魔法の練習に入った。先生が手本として、杖の動き、呪文の発音な
どを細かに説明しながら実演して、それからは、各自の前に置かれた
羽根を飛ばす実習になり、生徒はみんな杖を振り呪文を唱えている。
﹁ウィンガーディアム・レビオーサ⋮⋮やっぱり上手くいかないわ。
どうしてかしら﹂
私の隣でパドマが呪文を唱えるが、羽根はピクリともしていなかっ
た。
﹁パドマ、発音がちょっと違うのよ。レビオーサではなく、レヴィオー
サよ﹂
﹁えっと、ウィンガーディアム・レヴィオーサ │浮遊せよ﹂
パドマが再び呪文を唱える。すると、目の前の羽根が少しずつ上に
上がっていった。
48
﹁あ
出来たわ
アリス、ありがとう
﹂
!
いた上海の頭が持ち上がり、腕や足も動き出した。
?
これは素晴らしい
は無視する。
﹁おぉー
﹂
!
﹁いやー素晴らしい。ミス・マーガトロイド、いつの間に物体操作の呪
﹁ふぅ⋮⋮﹂
てくるのを手でキャッチする。
感じる視線に耐えたのも束の間、集中が切れてしまった。上海が落ち
フリットウィック先生の言葉で教室中の生徒が私を見る。一気に
文を使うとは
まさか、浮遊術に加えて物体操作の呪
パドマの言葉に釣られて私を見ている視線を感じるが、とりあえず
ので、返事をする余裕がなかったのだ。
いる為、返事はしなかった。というより、思っていたより難しかった
隣で見ていたパドマから声を掛けられるが、人形の操作に集中して
﹁⋮⋮すごい。いつの間にこんなこと出来るようになったの
﹂
すると、杖を少しだけ動かす。すると、ぶら下がるようにして浮いて
呪文を唱え終える。まず上海が少しずつ宙に浮かぶ。それを確認
せよ⋮⋮物体操作﹂
﹁ウィンガーディアム・レヴィオーサ⋮⋮フェルクシィバス │浮遊
机の上に上海を置き、杖を向ける。
練者だと殆ど無意識で動かすことも可能らしい。
右され、操る対象を制御する為に集中し続けなければならないが、熟
由に操るというものだ。とはいえ、自由に操れるかは術者の力量に左
動かす呪文の上位版で、生き物には使えないが、呪文を掛けた物を自
を組み合わせた魔法。物を操作する呪文は、最初の授業でやった物を
私がやろうとしているのは、物を飛ばす浮遊術と物を操作する呪文
をしているのだ。
え、私も浮遊術については成功しているので、自由時間を使って実験
パドマが成功したのを見てから、再び自分の作業へと戻る。とはい
﹁どういたしまして﹂
!
!
!
49
!
文を扱えるようになったのかね
﹂
﹁やったわね、アリス
﹂
﹂
それを聞いて内心ビックリした。まさか点数が貰えるなんて。
ローに五点
﹁新しい呪文の知識を集め、それを達成した努力を評して、レイブンク
る。
一緒に、それでいて無意識操作が出来るように目指そうと決意を固め
フリットウィック先生の言葉を聞きながら、上海だけでなく蓬莱も
とは練習次第で大きく伸びるでしょう﹂
難しい魔法だからね。初めての成功であれだけ操作できるならば、あ
﹁そうでしょう。物体操作の呪文は基本的な魔法だが、制御がとても
手くいかなくて﹂
﹁成功したのは初めてです。前から練習はしていたのですが、中々上
?
﹁アリス、どうしたんだ
﹂
テーブルにハーマイオニーがいないことに気がついた。
パドマたちと話しながら料理を食べていたが、グリフィンドールの
いるから学校側も学習したのだろうか。
使ったサラダが盛られている。いつも食事のたびにサラダを欲して
のかぼちゃ料理に、ポテトやチキンが並び、私の前にはかぼちゃを
ていく。パンプキンパイにパンプキンケーキ、かぼちゃジュースなど
席に座ると、金色の皿の上にご馳走が現れたので、取り分けて食べ
模といえる空間だった。
の蝋燭にくり抜いた沢山のかぼちゃ、蝙蝠が飛び交う、定番かつ大規
その日の授業を終え、大広間へと入った私たちを迎えたのは、無数
しばらくパドマと笑いあっていた。
魔法の成功と寮に貢献できたことで嬉しさがこみ上げてきた私は、
パドマが肩を叩きながら言ってくる。
!
﹁ハ ー マ イ オ ニ ー の 姿 が 見 え な い か ら 気 に な っ て ね。パ ド マ は 何 か
?
50
!
知っている
﹂
﹁あぁ、ハーマイオニー
聞いた話だと、女子トイレで一人泣いている
みたいよ。詳しくは分からないけど、ポッターとウィーズリーに何か
﹂
言われたみたい﹂
﹁つまり、喧嘩
﹁トロールが
地下室に
⋮⋮トロールが入り込みました
⋮⋮お知
!
往している。
﹁静まれーーーー
﹂
た。突如として騒がしくなる大広間では、生徒が悲鳴を上げて右往左
そこで言葉が途切れ、その場にクィレル先生は倒れこんでしまっ
らせしなくてはと思って﹂
!
が開かれ、クィレル先生が息を激しく乱しながら入ってきた。
あとで様子を見に行ってみようと思った次の瞬間、突然大広間の扉
になって料理を食べている。
ハーマイオニーがいないことに気がついていないのか、二人とも夢中
い だ し。グ リ フ ィ ン ド ー ル の テ ー ブ ル に 座 る ハ リ ー た ち を 見 る。
一体なにを言ったのかしらね。パドマもそこまでは知らないみた
﹁喧嘩というより、陰口言っているのを偶然聞かれた感じね﹂
?
危ないわよ、アリス
トロールがうろついているのよ
﹂
!
わ﹂
﹁えっ
!
﹁パドマ、ごめんなさい。私、ちょっとハーマイオニーを探してくる
とは、トロールが入り込んでいることも知らないはず。
いないことを思い出した。ここにハーマイオニーがいないというこ
た。私も他の人に混じって戻ろうとしたが、そこでハーマイオニーが
その言葉に、各寮の監督生が動き出し、寮生をまとめて移動を始め
﹁監督生よ、すぐさま自分の寮の生徒を引率して寮に戻りなさい﹂
かになった。
その時、ダンブルドア校長の声が大広間中に響き、みんな一斉に静
!!
もし、遭遇してしまったら危険よ﹂
﹁でも、何もアリスが行かなくてもいいじゃない。先生たちに知らせ
51
?
?
!
﹁でも、ハーマイオニーはトロールがうろついているのを知らないわ。
!?
れば﹂
﹁そうね。それじゃ、パドマが先生たちに知らせてくれるかしら。私
は一足先に探しに行くわ﹂
そう言って、私は生徒の列を抜け、女子トイレへと向かっていった。
﹁クアーリル │探索せよ﹂
呪文を唱え、杖から出てきた小さな光の後を追っていく。光はスル
スルと廊下を進んでいき、地下へと向かっていった。
﹁パドマはトイレにいるっていっていたわね。地下にあるトイレとい
うと、魔法薬学の教室の離れにあるところね﹂
私は目的地を確かめると、音をたてないように気をつけながら走り
出した。
あぁぁぁぁ
﹂やっぱり﹂
﹂
危険だよ
﹂
音を立てた。閉じ込めたんだから鍵を掛けていて当然か。そう考え
トイレに着き扉を開けようとするが、扉は開かずにガチャガチャと
リーたちも急いで走ってくる。
聞こえてきた。そこでようやく事態の深刻さに気がついたのか、ハ
私がハリーたちにそう言った瞬間、奥からハーマイオニーの悲鳴が
!!
52
地下に降り、トイレまであと少しというところで、反対側から二人
﹂
そっちにはトロールがいるんだ
!
レのことだ。
﹁待ってアリス
!
﹁貴方たちがトロールを閉じ込めた部屋にハーマイオニーが﹁きゃあ
!
閉じ込めたという部屋は、まず間違いなくハーマイオニーがいるトイ
それを聞いて、私はすぐさま走り出した。ハリーたちがトロールを
ロールを見つけて、この奥にある部屋に閉じ込めてきたんだ﹂
﹁僕たちもハーマイオニーを探しにきたんだ。だけど、その途中でト
?
の男の子が走ってくるのが見えた。
どうしてこんなところに
﹁ハリー、ロン﹂
﹁アリス
?
﹁ハーマイオニーを探しにきたのよ。貴方たちは
!?
ながらもローブから素早く杖を取り出して、扉へと向ける。
﹁アロホモーラ │開け﹂
ガチャリと音を立てて鍵が開いたのを確認すると、扉を開け中へと
入る。中には、四メートル近いずんぐりとした生き物が巨大な棍棒を
引き摺りながら立っていた。灰色の肌に木の幹ほどの太さを持つ足、
いる
﹂
長い腕を持つそれは、身体から異臭を放っている。
﹁これがトロールね。ハーマイオニー
!?
どうしてここに
ニーが這い出てきた。
﹁アリス
﹂
ハーマイオニーを呼ぶと、破壊された個室の残骸からハーマイオ
!
げて﹂
﹂
みてこちらにきなさい。ハリーたちはハーマイオニーを手伝ってあ
﹁貴女を探しにきたのよ。それより、そこにいると危ないわよ。隙を
!?
トロールを足止めするのよ﹂
﹁アリスはどうするんだ
﹁決まっているでしょ
?
呪文を放つと、身体を震わせていたトロールは、まるで石になった
﹁ペトリフィカス・トタルス │石になれ﹂
念のために、トロールに杖を向け呪文を放つ。
トロールは身体を支えきれなくなったのか、仰向けに倒れこんだ。
物にも脳震盪が起きるようで安心した。
トロールはフラフラと身体を左右に揺らしている。どうやら、魔法生
を、足ではなく顎目掛けて飛ばす。トロールの顎先へと石は当たり、
トロールが振り下ろしてくる棍棒を避けながら、今度は大き目の石
﹁皮膚が分厚いせいかしらね。それなら﹂
ているようには見えない。
飛ばす。破片はトロールの膝辺りに連続して当たったが、あまり効い
私は、浮遊術で浮かした大き目の木の破片をトロールの足目掛けて
で振り返った。
る。先ほどの会話でこちらに気がついたのか、トロールは緩慢な動き
そう言うと、私は破壊された個室の残骸へ向かって浮遊術を唱え
?
かのように動かなくなった。全身金縛り術の魔法なら、トロールとい
53
!?
えどしばらくは動けないだろう。
トロールが動き出さないことを確認した私は、ハーマイオニーたち
の方へと目を向ける。どうやら無事にハリーたちのところまでいけ
たようだ。
一段落していると、廊下から慌しく足音が聞こえてきた。扉の方へ
説明なさい
﹂
向くと、マクゴナガル先生、スネイプ先生、クィレル先生が息を切ら
しながら部屋に入ってきた。
﹁これは⋮⋮いったいどういうことですか
﹁え⋮⋮えっと、これはですね、その﹂
たんです﹂
﹁なんと⋮⋮それは本当ですか
ミス・マーガトロイド﹂
レに篭っていると夕食の前に聞いていたので、心配になって探しにき
ハーマイオニーがいなかったんです。それで、ハーマイオニーがトイ
﹁す み ま せ ん。ク ィ レ ル 先 生 が、ト ロ ー ル が 侵 入 し た と 言 っ た 場 に
いた。
いない。ロンも似たような感じで、ハーマイオニーはまだ呆然として
ハリーがどもりながら説明しようとしているが、上手く言葉が出て
!
に伝えるよう伝言を頼みました。ハリーたちとは、ここに来る途中に
会いまして、二人もハーマイオニーを探しにきていたようです﹂
私がそう言い終えると、マクゴナガル先生はハリーたちへと目を向
け、真偽を確かめている。ハリーたちは困惑していたままだったが、
私が目配せをし、ハリーは私の意図に気がついたのか、首を立てに何
度も振っていた。
﹁⋮⋮事情は分かりました。確かに場を見るに、急ぐ必要があったの
かもしれません。独走せずに、我々へ知らせたのも正しい判断です。
しかし、学生がトロールへと立ち向かうなど危険極まりません。危機
管理が無さ過ぎます﹂
そう言って、マクゴナガル先生は私とハリー、ロンの三人をきつく
睨んだ。
﹁ミス・マーガトロイド、ミスター・ポッター、ミスター・ウィーズリー。
54
?
﹁はい。流石に私一人で探しに行くのは危険だと思い、パドマに先生
?
貴方たちの寮からそれぞれ十点減点です﹂
マクゴナガル先生の言葉を聞いて、ハリーたちは落ち込んでいた。
私は、今回のことはしょうがないと思い、素直に受け止めた。
﹁⋮⋮ですが、友を心配し、窮地に駆けつけようとした姿勢は素晴らし
いものです。ミス・マーガトロイドは我々に知らせる判断力もありま
した﹂
﹁それだけじゃありません。アリスは一人でトロールを退治しました
﹂
ハーマイオニーが声を張り上げて言った言葉に、マクゴナガル先生
は驚いているようだった。冷静に立ち回ればハーマイオニーでも倒
せたと思うけど。
﹁トロールを相手に退治できる一年生はそうはいないでしょう。よっ
て、レイブンクローに三十点、グリフィンドールに十五点ずつ与える
ことにします﹂
マクゴナガル先生の言葉を聞いたハリーたちは、驚きと喜びを同時
に感じているような表情をしていた。そういう私も、減点されること
はあれ、点を貰えるとは思っていなかった。
﹁貴 方 た ち の 幸 運 に 対 し て で す。で は、急 い で 寮 へ と 戻 り な さ い。
パーティーの続きを寮で行っています﹂
その後、私たちは無言で廊下を進んでいき、グリフィンドールとレ
イブンクローとの分かれ道に着いたところで分かれた。
西塔に着いた時に、後ろから誰かが走ってくるのが聞こえ振り向く
﹂
と、ハーマイオニーが息を切らしながらやってきた。
﹁どうしたの
﹁そうね。後で二人にも言っておくわ。本当にありがとうね﹂
とを心配してたんだから、ちゃんとお礼を言っておきなさいね﹂
﹁どういたしまして。でも、私だけじゃなくてハリーたちも貴女のこ
とう﹂
﹁ハァハァ。まだお礼を言ってなかったから。アリス、今日はありが
?
55
!
ハーマイオニーは最後にもう一度だけお礼を言うと、来た道を戻っ
ていった。
私も早く戻ろうと塔を上り、談話室へと入って、パーティーの続き
を楽しんだ。とはいえ、パドマとアンソニーに今回の件について問い
詰められたので、十分に楽しめたかは微妙だったけど。
56
アリスの魔法と平凡な日々
トロール侵入の日から幾日かが経った。
あの日、談話室へと戻った私はパドマとアンソニーに捕まり、何で
一人危険なことをしたのか、トロールはどうなったのかを問い詰めら
れた。特に隠すことではなかったので、聞かれた事には答えていく。
話の途中で、私がトロールを倒したことを聞いたパドマとアンソニー
は驚いていた。
また、最近ハーマイオニーがハリーとロンと一緒にいるところをよ
く見かけるようになった。どうやら、あの日を境に仲直りをしたらし
い。図書室でハーマイオニーが楽しそうに二人について話してくる
ので、うまくやっているようだ。
57
大広間で朝食を食べながら周囲を見渡す。生徒たちは全員がどこ
か興奮していて、とくにグリフィンドールとスリザリンの寮生の熱気
がすごい。もちろん、レイブンクローやハッフルパフも負けず劣らず
といった感じだ。中には賭けをやっている生徒もいる。賭けの内容
﹂
は、グリフィンドールとスリザリンどちらが勝つかだ。
﹁ねぇ、アリスはどっちが勝つと思う
れだけ早くスニッチを見つけられるかに掛かっているでしょ﹂
﹁今年はハリーがグリフィンドールのシーカーだからね。ハリーがど
もスリザリンに負けてばっかりじゃ、やっぱり悔しいじゃない﹂
﹁でも、私はグリフィンドールに頑張ってもらいたいかな。いつまで
ンの二寮で、いつにもまして険悪な雰囲気を放っている。
ディッチの試合日だ。初戦を飾るのはグリフィンドールとスリザリ
今 日 は 私 た ち 一 年 生 が 学 校 に 入 っ て か ら 初 め て 行 わ れ る ク ィ
ら。ここ数年はずっとスリザリンが勝ち越しているみたいだし﹂
﹁そうね。勝つかは分からないけど、スリザリンが優勢じゃないかし
?
そう言って、私はグリフィンドールのテーブルに座るハリーを見
る。試合当日だというのに顔色が悪く、朝食も禄に食べていないよう
﹂
﹂
だ。ハーマイオニーとロンがハリーにしきりに声を掛けている。
﹁大丈夫かしらね
﹁う∼ん。ちょっと厳しそうかな
﹁本番に強いっていうパターンもあるよ﹂
パドマとアンソニーも、調子の悪そうなハリーを見て不安に思った
ようだ。ふと、ハリーたちの方に視線を向けると、スネイプ先生がハ
リーたちに何か話しかけていた。スネイプ先生はすぐに離れていっ
たけど、そのときの歩き方が少し不自然なのが気になった。右足を引
きずるようにして歩いているので、怪我でもしたのだろうか。
十一時になると、クィディッチ競技場の観客席が溢れるほどに人が
集まっていた。観客席は試合がよく見えるように高いところに設け
られている。外の空気が凍るほどに冷たく、吹き付ける風も刺すよう
な冷たさで、生徒はマントやマフラーを着込み、身を寄せ合うように
して試合が始まるのを待っている。
十分後、いよいよ試合が始まるのか、教員や来賓のいる観客席から
ア ナ ウ ン ス が 聞 こ え て き た。た し か、グ リ フ ィ ン ド ー ル の リ ー・
ジョーダンという男の人だ。どうやら彼が試合の実況をするらしい。
競技場に選手たちが箒に乗って入場してきた。グリフィンドール
は赤色のユニフォーム、スリザリンは緑色のユニフォームを着てい
る。ジョーダンが選手たちの紹介をしていく中、ハリーを見る。まだ
緊張しているようだけど、今朝に比べてずいぶんと落ち着いているよ
うだ。
選手の紹介が終わり地上を見ると、いつのまにかフーチ先生が立っ
ていた。手にはクアッフルを持ち、地面には木箱が置いてある。木箱
﹂
がガタガタと動いているのは、恐らく中でブラッジャーが暴れている
期待していますよ
!
のだろう。
﹁正々堂々と戦ってください
!
58
?
?
フーチ先生は木箱を蹴り、その衝撃で蓋が開かれる。中からブラッ
ジャーが勢いよく飛び出し、スニッチは上下左右に物凄い速さで動
き、すぐに見えなくなってしまった。
そして、いよいよクアッフルが高く放り投げられて試合が始まっ
た。最初にクアッフルを取ったのはグリフィンドールで、流れるよう
な パ ス ワ ー ク で ス リ ザ リ ン の ゴ ー ル へ と 向 か う。ス リ ザ リ ン は ク
アッフルを奪おうとするが、グリフィンドールはスリザリンをかわし
てクアッフルをゴールへと叩き込み先取点を取った。
そのまま
グリフィンドールがクアッフ
﹁さぁさ、早くもグリフィンドールが十点獲得です。クアッフルはス
リザリンへと移りました⋮⋮おっと
再び十点
﹂
この調子でグリフィン
絶妙なタイミングでフェイントを入
パスの隙を狙った素晴らしいプレーです
ゴールへと向かい⋮⋮ゴール
れて見事ゴールを決めました
﹂
るけれど、審判の目を掻い潜って相手の邪魔をするというのはマグル
利用して服を掴んだり肘を当てたりしている。悪質なプレーではあ
フーチ先生や実況は気がついていないようだが、接触した際に死角を
ま ぁ、ス リ ザ リ ン の プ レ ー も 過 激 過 ぎ と 言 え ば そ の 通 り だ け ど。
られない。
目立つ。マクゴナガル先生から注意を受けているが、懲りた様子はみ
したときやスリザリンが反則紛いのプレーをしたときは特にそれが
いくらなんでもやり過ぎだろう。グリフィンドールが良いプレーを
た。確かに自分の所属する寮を応援したい気持ちは分かるが、これは
私は実況の身内贔屓な解説を聞いていて、少し不愉快になってい
﹁随分とグリフィンドール贔屓な実況ね﹂
アッフルを│││﹂
﹁おっと、失礼しました。では実況を続けていきます、スリザリンがク
﹁ジョーダン
ドールにはスリザリンをボッコボコにしてもらいたいです
!
ルを奪った
!
の試合にだってある。反則はバレなければ反則じゃないとは、偉い人
59
!
!
! !!
!
!!
はよく言ったものだ。
その後も試合は進んでいき、五〇点対二〇点でスリザリンがリード
している。序盤はグリフィンドールが優勢だったが、キーパーであり
キャプテンのオリバー・ウッドが一時的に外れたのが痛かった。スリ
ザリンのキャプテンが打ったブラッジャーに当たったのが原因で、復
帰した今も痛そうに顔を歪めている。
スリザリンが再び得点したとき、ハリーが猛スピードで動き出し
た。一歩遅れて、スリザリンのシーカーもハリーを追って動き出す。
観客が一斉に沸いた。恐らくスニッチを見つけたのだろう。ハリー
は一直線に飛んでいくが、突然不自然な動きをし始めた。
﹁どうしたんだ、ポッターは﹂
アンソニーが不思議そうに言う。それもそうだろう。今のハリー
はスニッチを追うことを突如止めて、箒を滅茶苦茶に動かしているの
﹂
60
だから。箒の動きに耐えているのか、必死そうに箒にしがみついてい
る。
﹁箒が暴走しているように見えるけど、箒って暴走するものなの
だ。
ていた。その視線を追っていくと、どうやらハリーを見ているよう
も口を素早く動かしている。二人は視線を動かさずに、一点を凝視し
プ先生が口を動かしているのが見えた。後ろを見るとクィレル先生
た。手に持っている双眼鏡でもう一度教員席を覗く。すると、スネイ
ふと、視線を下に移す。すると教員のいる観客席で気になるのを見
いった感じだ。
さっきよりも激しくなっており、ハリーはしがみつくので精一杯と
アンソニーの説明を聞いて再びハリーに視線を戻す。箒の動きは
﹁そう﹂
し﹂
000だ。古い箒ならともかく、あの箒が故障を起こすとも思えない
ないはずだけど。それにハリーが使っているのは最新のニンバス2
﹁いや、箒は高度な魔法処理がされているから暴走なんてことは起き
?
以前読んだ本に書いてあった内容を思い出す。相手に継続的に呪
いを掛けるには対象のことを見続けなければならないと本には書い
てあった。二人が何を喋っているのかは分からないが、もし呪いだと
するならハリーの箒が暴走しているのはそれが原因である可能性が
高い。いくら魔法処理がされている箒とはいえ、強力な呪いにまで対
抗できるものかは不明だ。
だが、二人掛りで呪いを掛けているのだとしたら、ハリーはとっく
に箒から落とされていてもおかしくない。とすれば、一方が呪いを掛
け、一方が反対呪文で呪いに対抗しているとも考えられる。
私が考えていると、教員席が急に慌しくなった。再び双眼鏡で覗く
と、スネイプ先生の足元、というかマントの裾が燃えているようだっ
た。周りの観客は距離を取っており、押されたのかクィレル先生は席
の後ろで倒れていた。
何でいきなりスネイプ先生の服が燃えたのか疑問に思ったが、視界
の隅で何かが動いたのを見たので、そちらに視線を動かす。すると、
ハーマイオニーが急いで観客席の階段を下りて行くのが見えた。
私がハーマイオニーの行動に疑問に思っていると、観客が一斉に歓
声を上げた。どうやら、箒の暴走が収まり復帰したハリーが再びス
ニッチを追いかけているようだ。そのスピードは速く、先行していた
スリザリンのシーカーに僅か数秒で追いつく。二人は激しく肩をぶ
つけ合いながら急降下するスニッチを追っていたけど、スニッチが急
降下を止める気配がなく、地面にぶつかりそうになったため、スリザ
リンのシーカーは先に離脱をした。
ハリーはまだスニッチを追い続け、地面にぶつかる寸前に箒を水平
にもっていきスニッチに手を伸ばす。だが僅かに届かず、一旦仕切り
なおしかと思ったところで、ハリーが予想外の行動にでた。箒に二本
足で立ち上がったのだ。余りにも破天荒なプレーに驚いていると、ハ
リーは前かがみに落ちて、地面を数メートル転がっていった。ハリー
はすぐに立ち上がるも、お腹を押さえて気持ち悪そうにしている。ハ
リーが何かを吐き出すようにしていると、口から何か金色のものが飛
び出す。ハリーの手に落ちたそれを見ると、金色に輝くスニッチがハ
61
リーの手に収まっていた。
﹂
﹁グ リ フ ィ ン ド ー ル が ス ニ ッ チ を 獲 得
ドールの勝利
ん。アリスは嬉しくないの
﹂
一七〇対六〇でグリフィン
﹁それはそうよ。ようやくスリザリンに対して勝ち星を取れたんだも
﹁そんなにもグリフィンドールが勝ったのが嬉しいのかしらね﹂
ずもがな。
もがグリフィンドールを賞賛している。スリザリンに対しては言わ
いていると、やはりスリザリンが負けたことが嬉しいらしい。誰も彼
城へと戻る道中、道を歩く生徒は誰も彼もが興奮していた。話を聞
かった。
をしているが、グリフィンドールの勝利という結果が変わることはな
ブーイングの嵐で、スリザリンのキャプテンがフーチ先生に何か抗議
く、あまりの声量に思わず耳を塞いだ程だ。一方スリザリンからは
んばかりの大歓声が聞こえた。当然、私のいる席の周囲も例外ではな
に響くように声を上げる。同時にスリザリンを除いた寮生から割れ
フーチ先生はハリーの手にスニッチがあるのを確認し、競技場全体
!
してもそうだ。明日は我が身というのを知らないのだろうか。
時また勝てるとも限らないのに。ハッフルパフやレイブンクローに
一回勝っただけなのに暢気だと思う。これからも試合はあるし、その
態度といったら、視線だけで呪いを掛けられると錯覚する程だ。まだ
リザリンに聞こえるように話している。それを聞いたスリザリンの
過ぎではないだろうか。面と向かって言ってはいないが、明らかにス
それにしても、グリフィンドールのスリザリンへの態度は少しいき
差があるわけではない。
た。レイブンクローに点が入る訳でもないし、元の点数だって大きな
正直、クィディッチの試合はどっちの寮が勝ってもどうでもよかっ
﹁まぁね、結局は他寮同士の勝ち負けだし﹂
?
62
!!
ホグワーツへやってきて初めてのクリスマスが近付いてきた。城
の屋根や校庭、森のいたるところは雪で一面白銀の世界となり、湖は
その大きさにも関わらず凍り付いている。廊下は吹き抜けで外気に
晒されているため、防寒具なしではとても移動なんてできないような
寒さになっており、廊下を歩く生徒は防寒具に加えて身を寄せ合って
いる。
フリットウィック先生がクリスマス中に学校へ残る生徒のリスト
を作るために、申請用紙を談話室の掲示板下に設置した。私は家に
帰っても特にする事もないため、早いうちに申請を済ませた。パドマ
とアンソニーは実家へと帰省するらしい。お土産を持ってくるから
楽しみにしておいてと言われた。
みんなが帰省のため荷造りをしている中、私は物体操作の呪文を練
習している。以前成功させた時は全力で集中して僅かに動かすだけ
だったが、今では上海と蓬莱の二体を同時に動かす事ができるまで
な っ た。動 き も 若 干 ぎ こ ち な い が、基 本 的 な 動 作 は 十 分 で き る。ま
た、練習も兼ねて日常での作業を人形で行っている。とはいえ本や紅
茶のカップを運んだり荷物を整理したりする程度だが。授業に使う
教材も運ばせたいのだが、廊下でそんなことをやっていれば非常に目
立つし、悪ければ減点を喰らうだろう。そんな訳で、基本的には談話
室か寝室で練習しているのだ。
それと、最近になって新しく練習し始めたのが〝命令のプログラム
化〟だ。これは、物体操作における命令をマニュアルではなくオート
又はセミオートに出来ないかと思って取り組んだものだ。物体操作
の呪文は、操作中常に対象に対して命令を出さなければならないこと
と、呪文の使用中は他の呪文を使用できないという欠点がある。以
前、熟練者は無意識でも物体操作できるといったが、あくまで無意識
63
レベルでの操作であって完全な無意識操作ではないのだ。その点、予
め命令のパターンをプログラムとして人形に刻んでおき、呪文に必要
な魔力を充填させておけば、これらの問題点を解決できる。
欠点として、人形の動きをパターン化させるということはそれ以外
の動きが出来ず柔軟性に欠けるのだが、それは追々解決していこう。
﹁あ⋮⋮忘れてた﹂
椅子の背もたれに寄りかかり背筋を伸ばしたとき、ベッドの上に置
いてある本が目に入った。以前図書室から借りていた本だ。確か返
却日は今日だったはず。
﹁そろそろ夕食の時間だし、先に返してこよう﹂
私は机の上を片付けてから寝室を出て談話室を抜ける。廊下の寒
さに一瞬身振りしながら寮の階段を下りていく。吐く息は白く、階段
や廊下の隅には薄っすらと氷が張っているのが目に付いた。私は滑
らないように気をつけながら歩き、図書室へと向かっていった。
べているのかしら
﹂
64
﹁ありがとうございました﹂
マダム・ピンスにお礼を言いながら本を返却する。時計を見ると夕
食の時間までまだ余裕があったので、何か本を借りていこうかと思い
本棚の間を進んでいく。確か前に見つけた本で〝魂の在り方〟とい
う本があったはずなので、それを借りていこう。そう考えた私は目的
の本棚へ向かう。
目的の本を見つけ、受付に持っていこうと戻っていたら横から声を
掛けられた。声を掛けられた方を見ると、ハーマイオニーとハリー、
ロンがいた。あまり近付きたくはなかったが、声を掛けられてしまっ
﹂
た以上無視もできないので、ハーマイオニーたちのいるテーブルへと
向かう。
﹂
﹁こんにちわ、ハーマイオニー。三人で勉強かしら
﹁えぇ、そうなの。アリスも勉強
?
﹁そうよ。といっても趣味のようなものだけどね。貴方たちは何を調
?
ハーマイオニーたちの机の上を見ると、〝二十世紀の偉大な魔法使
?
い〟〝現代の著名な魔法使い〟〝近代魔法界の主要な発見〟〝魔法
でも、その本で調べるものってあったかしら
﹂
界における最近の進歩に関する研究〟といったものが積まれている。
﹁魔法史の勉強
?
﹂
ねぇアリス、ニコラス・フラメルって人物につ
錬金術関連の本で何回か見たけど、それがどう
﹂
﹁ニコラス・フラメル
?
いないかの違いだけで人形と大差がないのだ。
意味がない。それは唯生きているだけで意思はない。生きているか
思とは命ではなく魂に宿るものなので、いくら人形に命を与えようが
私は命というものより魂の方が重要だと考えている。そもそも意
不死を維持できないらしい。
ら死んでしまうということだ。命の水も定期的に飲まなければ不老
いない。それに命を与えるということは、与えた命を失ってしまった
ことができるのかなど色々な問題点があって、そこまで重要視はして
法は不明だし、不老不死となる命の水も、命のない人形に命を与える
石を利用できないかと考えた事があった。しかし賢者の石の精製方
⋮⋮というか賢者の石について考える。自立人形を作る上で、賢者の
う。その途中、先ほどの会話で出てきたニコラス・フラメルについて
三人を置いて、私は貸し出し手続きを行ってから大広間へと向か
ほうがいいわよ﹂
﹁それじゃ、私は先に行くわね。貴方たちもあまり根を詰めすぎない
ていたところで、夕食の時間を告げる鐘が響き渡る。
オニーだけじゃなく、ハリーとロンもだ。一体何なのかと疑問に思っ
私が答えると、ハーマイオニーは驚いたような顔をした。ハーマイ
になるのだとか。
る金属をも黄金に変える力を持ち、飲めば不老不死となる命の水の源
精製に成功した唯一の人物として知られている。賢者の石は如何な
ニコラス・フラメル。歴史的に著名な錬金術師であり、賢者の石の
かしたの
!
?
いて何か知らない
というか⋮⋮そうだ
﹁えぇっと、魔法史ではないの。どちらかというと個人的な調べもの
?
だが意思の宿る魂ならば、入れ物である人形を動かせるようにすれ
65
?
ば自立行動ができると考えている。もし、入れ物を動かすために命が
必要であるのならば、それはその時に考えればいいだろう。
ク リ ス マ ス 当 日。目 を 覚 ま す と 部 屋 の 中 央 に 幾 つ か の 箱 が 目 に
入った。パドマとアンソニーにハーマイオニーからのクリスマスプ
レゼントだ。
パドマからはインド産の糸と布、アンソニーからはお菓子の詰め合
わせ、ハーマイオニーからは世界の人形の最新号と紅茶の葉が贈られ
てきた。
もちろん私も三人にはプレゼントを贈っている。パドマにはユニ
コーンの人形とネックレス、アンソニーには鷲の人形とネクタイピ
ン、ハーマイオニーには不死鳥の人形とイヤリングを贈った。人形は
全て手作りで、それぞれの装飾品は、最近図書室で借りた〝素人から
蔵人まで∼魔法彫金師・装飾品編∼〟を参考にして作ったものだ。こ
れ は 魔 法 を 使 っ て 金 属 を 彫 金 す る も の で 錬 金 術 の 基 礎 に あ た る。
ちょっと作りたいものがあって借りたのだが、思ったより上手くでき
たのでプレゼント用に新しく作ったのだ。
大広間で朝食を食べた後は談話室へと戻り、貰った紅茶とお菓子を
準備して暖炉前の椅子に座る。ちなみに、これらの準備は全て人形で
行っている。
彫金の本を読みながら時折お菓子と紅茶を口にしていく。今見て
いるのは指輪加工と魔術的加工のページだ。作ろうとしているのは
私と人形の間にラインを作る指輪で、指輪を通すことにより人形が離
れていても魔力供給や命令の指示、今はまだ出来ないが視覚の共有な
どを目的としている。
⋮⋮のだが。
﹁⋮⋮ふぅ、ちょっと一度に手を出しすぎかしらね﹂
どうも最近、目的のために手段が先走り過ぎている気がする。時間
66
もあるし、少し整理しよう。
まず、最終的な目標は〝魂を持った自立できる人形〟の作成。これ
は人形に持たせる魂をどうするかを確立しなければどうにもならな
いので、いったん置いておく。
当面の目標はマニュアル操作又はオート・セミオートによる一定行
動の自立化。これに関しては、基礎は完成してきている。現在出来る
のは次の動作。
① 浮 遊 術 と 物 体 操 作 を 組 み 合 わ せ た 人 形 操 作。こ れ は 完 全 な マ
ニュアル操作で、上海と蓬莱の二体に基本的な行動をさせる程度の錬
度はある。欠点は自分の周囲又は目に見える範囲でしか操作できな
い。
②命令のプログラム化。これは①の操作をパターン化させること
で自立行動が可能になる。複雑かつ多くのパターンを組み込めばあ
る程度の状況には対応できるが、想定外のことになると対応ができな
い。自立であるため手元から離れても動けるが、貯蓄した魔力がなく
なると停止する。
③現在製作中の指輪により、手元を離れた人形に対しパスを繋げる
事で、魔力の供給、命令の指示、視覚・聴覚の共有︵検討中︶を可能
にする。また指輪で人形操作の呪文を使用できるよう魔術的処理を
行うことで、杖を完全に自由にする。パスの最大連結距離は未完成の
ため不明。
自ら操作することに拘るなら、これだけでも十分ではあるだろう。
①と②の切り替えによってマニュアルとオートを随時変更、サポート
は指輪を介して行い、使用できる呪文はこれから覚えていく。
だが、人形が自分の意思で考え判断し行動するとなると全然足りて
いない。やはり魂がネックだろうけど、図書室の一般書庫では簡単な
概念的なことが書かれた本しかない。より専門的な内容を求めるな
ら〝閲覧禁止の書庫〟にいくしかないだろう。だが、あの書庫の閲覧
は厳しく取り締まられており、上級生が先生の許可・管理の下、高度
な闇の魔術に対する防衛術を学ぶ際にしか見ることは出来ないこと
になっている。
67
﹁まぁ、今は出来る事からやっていきましょう﹂
まだ私は一年生なのだ。これからチャンスはいくらでも回ってく
るだろうし、今ここで危険を冒すこともない。今は人形の操作、プロ
グラム、指輪の製作、サポート呪文の習得、これらを完璧にしてから
次を考えよう。もちろん、学校の勉強も疎かにはできない。
﹁そういえば、変身術と魔法薬学から宿題が出ていたわね﹂
私は整理した内容を本│││研究書に書き込んでいく。それが終
わったら、新しく紅茶とお菓子を用意して、教科書と羊皮紙を広げて
宿題に取り掛かった。
クリスマス休暇が終わり、ホグワーツは新学期へとなった。休暇か
ら帰ってきたパドマやアンソニーは約束どおりお土産を持ってきて
くれた。休暇中の手紙のやり取りで紅茶が好きだと言ったからか、そ
れぞれの地元で珍しい葉を貰ったので、紅茶を入れて二人にご馳走
し、休暇中の事を話し合った。
また、新学期になり授業も忙しくなってきた。学期末には学年末試
験があるので、先生たちも張り切っているのか、日に日に授業の密度
が上がってきている。特に大変なのは変身学と魔法薬学で、毎回沢山
の宿題を出されるので多くの生徒が悲鳴を上げている。パドマとア
ンソニーもその例に漏れず、毎回悲鳴を上げては私のところに助けを
求めてくる。とはいえ、答えを丸々写すなんでことは当然してはいな
い。最終的には自分の力で解こうとするのは、さすがレイブンクロー
生といったところだろう。
明日は今学期初めてのクィディッチの試合がある。授業が忙しく
なっても選抜メンバーには関係ないらしく、どこの寮も日々競技場を
奪い合っては練習に励んでいる。
明日行われる試合はレイブンクローとグリフィンドールの対決だ。
68
現在、レイブンクローはグリフィンドールに対して勝ち越している
が、試合の結果次第では逆転されることもありえる。そうすると、一
位のスリザリンに対してグリフィンドールは二位、レイブンクローは
三位になる。
競技場は変わらずの熱気に包まれており、逆転のチャンスであるグ
リフィンドールの気合は一入だ。もちろん、レイブンクローもグリ
フィンドールに負けず劣らず気合が入っている。こちらとしてはグ
リフィンドールに逆転されるかもというプレッシャーがあるのだろ
う、試合前の選手たちの表情が僅かに固かったのを覚えている。
試合が始まる十分前にグリフィンドールの観客席で歓声が上がっ
﹂と、赤地に金字で
た。何かと思い視線を向けると、巨大な垂れ幕が広がっていた。垂れ
幕には﹁我らの星 ハリー・ポッターに勝利を
派手に書かれていた。
﹁うわぁ∼。あれはちょっと恥ずかしいね﹂
﹁そうね。あんなので応援されたら逆にモチベーションが下がると思
うけど﹂
﹁さすがに同情するな﹂
だが、私たちの考えとは裏腹に、競技場に入ってきたハリーは垂れ
幕を見ると箒で飛び回り、三回転を決めた。どうやらハリーにとって
あの垂れ幕はモチベーションを上げるに値するものだったらしい。
試合が始まり、今回もグリフィンドールのジョーダンの実況で進ん
でいく。スリザリンの時みたく贔屓な実況になるのではと思ったが、
思ったより普通の実況だった。どうやら彼の贔屓実況はスリザリン
に対してのみらしい。
試合は一進一退で進んでいった。グリフィンドールが点を取れば
レイブンクローも点を取り返し、ボールが奪われれば奪い返す。二十
分を過ぎると得点は決まらなくなってきて、ボール回しの応酬になっ
てきた。上空ではハリーとレイブンクローのシーカーがグルグルと
競技場を旋回している。まだスニッチは見つかっていないようだ。
69
!
さらに十分が経過し、レイブンクローが得点を決めたところで突如
ハリーが動き出した。観客が一斉にハリーに注目する。どうやら遂
にスニッチを見つけたようで、ハリーに続くようにレイブンクローの
シーカーが追う。
試 合 の 結 果 は グ リ フ ィ ン ド ー ル に 軍 配 が 上 が っ た。あ の 後 も ス
ニッチとシーカー二人の競争は続き、ハリーは何回かブラッジャーに
襲われて体勢を崩したが、すぐに体勢を直しスニッチ追う。途中レイ
ブンクローのシーカーに追い抜かれるも、最後の最後で急加速をして
スニッチを確保した。
今回の勝利でグリフィンドールは二位、レイブンクローは三位に落
70
ちた。レイブンクローの寮生は悔しがったりリベンジに燃えたりと
反応は様々だが、お互いのプレーを褒めあえるところを見る分には決
して仲は悪くないようだ。
現在、私は恒例の図書室での調べものをしているのだが、いつもは
人が少なく静寂な空間となっている図書室なのだが、数日前から溢れ
んばかりの人で埋め尽くされている。誰もが教科書や参考書を片手
にペンを走らせていること、鬼気迫った顔をしているところを見る
に、学業の方に本腰を入れ始めたのだろう。数日前まではクィディッ
チという嫌なことを忘れるには丁度いいイベントがあったが、いった
ん熱が冷めると試験に対する不安が出てきただろうことは予想がつ
く。
大体、ハーマイオニーなら今更根を詰めなくて
私の目の前で必死に本を読んでいるハーマイオニーもその一人だ。
﹁少しは休憩したら
わ。それにハリーやロンが勉強しない分、私が二人に教えないと本気
﹁駄目よ。初めての学年末試験なんだから。何が起きるか分からない
も十分上位に入れるでしょうに﹂
?
で落第しちゃうわ﹂
ホグワーツに落第なんて制度があるのか甚だ疑問だけど。
﹂
﹁ハーマイオニーは少し二人を甘やかし過ぎじゃないかしら
り肩入れし過ぎると彼らの為にもならないわよ
あんま
?
あれから随分と調べていたみたいだけど﹂
﹁⋮⋮いきなりどうしたの
﹂
﹁ねぇ、アリス。スネイプには気を付けたほうがいいわ﹂
フィンドール生に嫌われているのだろうか。
んだろう、スネイプ先生は名前を出すだけで嫌な顔をされるほどグリ
私がそう言うと、ハーマイオニーは顔を僅かばかり強張らせた。な
宿題を出しにいかないといけないからね﹂
﹁ならよかったわ。それじゃ、私はそろそろ行くわ。スネイプ先生に
﹁えぇ、それなりに進展はあったわ。アリスのお陰よ﹂
あったの
﹁そういえば、以前聞いてきたニコラス・フラメルについては何か進展
すぎるというのもどうなんだろうか。
始めた。面倒見がいいのはハーマイオニーの美点だけど、面倒見が良
ハーマイオニーは﹁そうなんだけどね⋮⋮﹂といって再び本を読み
?
中でダンブルドア校長がいるというのにそんなことをするだろうか。
冗談でもない気がするけど。それにしたって、学校という閉鎖空間の
まぁ、普段のハリーに対するスネイプ先生の態度を見ていると満更
てもスネイプ先生がハリーをねぇ﹂
﹁あぁ、だからニコラス・フラメルについて調べていたのね。それにし
としているとか。
あるとか、スネイプ先生はヴォルデモートの手先で賢者の石を盗もう
足を怪我させられたとか、そのフラッフィーが守る先には賢者の石が
されている四階の廊下にいるフラッフィー︵三頭犬のことらしい︶に
の試合中ハリーの箒に呪いを掛けてハリーを殺そうとしたとか、禁止
や自分たちが調べていたことを私に説明した。何でも、クィディッチ
ハーマイオニーはここ最近のスネイプ先生の動向を観察したこと
﹁ここだけの話よ。実は⋮⋮﹂
?
71
?
スネイプ先生が一年生相手に勘ぐられるような不手際をするとは思
えないし、一年生が気付くなら他の先生たちも気付くだろう。それに
ハーマイオニーは知らないかもしれないが、クィレル先生も状況的に
はスネイプ先生と同じく怪しいといえる。あのクィディッチの試合
でスネイプ先生が呪文を唱えていたのは間違いないだろうけど、同時
にクィレル先生も呪文を唱えていたことは確かだろう。
﹁そうなの。だから余りスネイプに近付くのは危ないわ﹂
﹁⋮⋮そう。まぁ程々に気をつけておくわ﹂
そう言って私はハーマイオニーと分かれ地下室へと向かう。クィ
レル先生のことを教えてもよかったけれど、正直面倒くさいし、あれ
以 上 話 し て い る と 厄 介 な こ と に 巻 き 込 ま れ そ う な 予 感 が し た の で、
早々と引き上げた。早く宿題を提出して魔法の練習でもしようと、急
ぎ足で進んでいった。
72
遭遇
ある日の朝、授業の準備を終えて談話室へと降りると掲示板の前に
多くの人が詰め寄っていた。いや、正確には掲示板横にある各寮の得
点が記された砂時計に注目していた。
何かと思って、上海に視覚共有の魔法を掛けて覗こうとしたときに
﹂
人ごみの中からアンソニーが出てきたので、上海を戻してアンソニー
へと近付いていく。
﹁おはよう、アンソニー。一体なんの騒ぎなの
ていたの
﹂
一体何があればそんなことが起きるのだろうか。グリ
﹁昨日まではグリフィンドールは確かに一位だったわよね。何点減っ
果、スリザリンを抜いて一位に躍り出たはずだ。
の数週間後に行われたハッフルパフとの試合でも勝利した。その結
フィンドールはクィディッチの試合でレイブンクローに勝利して、そ
位に落ちた
アンソニーの言葉に私は疑問に思った。グリフィンドールが最下
が最下位に落ちた﹂
﹁おはよう、アリス。騒ぎどころの話じゃないさ。グリフィンドール
?
本当に何をしたのだろうかグリフィンドールは。僅か一晩の間に
一五〇点の減点なんて。
朝食を食べる為に、私たちは大広間へと向かった。向かう途中だけ
でなく大広間でもグリフィンドールの失点について騒がれているよ
うだ。テーブルに向かいながらグリフィンドールのテーブルに視線
を向けるが、当事者のグリフィンドールでさえ何がなんだか分かって
いないようだ。
いや、よく見るとハリーとハーマイオニー、ネビルの三人は顔色が
アンソニー
﹂
悪いようだった。三人程ではないがロンも様子がおかしい。
﹁アリス
!
73
?
﹁一五〇点だ﹂
?
!
レイブンクローのテーブルからパドマが手を振りながら私たちを
呼んでいた。私たちはパドマの両隣に座りトーストとジャムを取り
ながら話し出した。
﹂
﹁パドマ、グリフィンドールについてパーバディからなにか聞いてな
い
﹁パーバディも詳しいことは知らないみたい。ただ、スリザリンから
﹂
噂が広がっているみたいよ﹂
﹁噂
パドマの言う噂とは、ハリーが何人かの一年生と一緒にバカなこと
をしたことが原因で減点されたらしいというものだ。最初はスリザ
リンの言うことなので誰もまともに聞いてはいなかったが、スリザリ
ンも一晩で二十点減点をされ、その当事者から広まったことから噂に
信憑性が増したようだ。それに当のハリーたちが挙動不審なことも
一晩で一五〇点も減点されるなんて聞
信憑性を高めている要因らしい。
﹁でも、何をやらかしたんだ
いたこともないよ﹂
﹁どういうことだ
﹂
﹁⋮⋮案外、その通りかもね﹂
んだろう﹂
﹁噂ではドラゴンの子供を匿っていたとか言われているけど、どうな
?
てはいけないとハグリッドと一緒にドラゴンを匿った。だが、ドラゴ
らかの手段でドラゴンを手に入れ、それを見つけたハリーたちがバレ
いうのは実のところ殆どの人が知っている。恐らくハグリッドが何
ていたというならば話は別だ。ハグリッドがドラゴンを飼いたいと
てことにはまずならないだろう。しかし、そこにハグリッドが関わっ
点もの減点にも納得がいく。だが、普通の学生がドラゴンを匿うなん
ない。それに、減点にしてもドラゴンを匿っていたというなら一五〇
いつもなら大口を開けて朝食を食べているのに、今日は手も付けてい
ハグリッドの顔は普段からは比べられないくらい暗くなっていた。
ているわ﹂
﹁ハグリッドを見てみなさい。ハリーたちに負けず劣らず暗い顔をし
?
74
?
?
ンをいつまでも隠し続けるなんてことができずに教師にバレてしま
い、それによって減点された。減点された原因の一端にハグリッドが
関わっているからあんなにも落ち込んでいるのではないか。
﹁ということなら筋は通っているわ。まぁ、ドラゴン自体が見つかっ
たなんて話はないみたいだから、逃がしたあとにバレたのかもね﹂
私がそう説明すると二人は﹁あぁ、ありえそう﹂と言い、半ば呆れ
たような顔をした。
その日から、生徒間でのハリーたちに対する態度が一変した。事件
前までは英雄のような扱いだったのが、今では学校中の嫌われ者と
な っ て い る。減 点 さ れ た グ リ フ ィ ン ド ー ル だ け で な く レ イ ブ ン ク
ローやハッフルパフの生徒までもハリーたちに対して侮蔑の視線を
向けている。逆に、険悪の仲だったスリザリンからは感謝の言葉を廊
狼男と
﹁ハグリッドが一緒に入るらしいわ。さすがに生徒だけで入れるわけ
にもいかないでしょうし﹂
﹁ハグリッドは禁じられた森の森番だしね。それに今回の罰は二度と
するなっていう警告の意味合いもあるんじゃないかしら﹂
そう言って私は談話室の窓から外を見る。外は日が完全に落ちて
月だけが輝く漆黒の闇となっている。恐らく、今頃ハリーたちは森に
75
下などですれ違う度に言われているようだ。
﹁自業自得といえばその通りだけど、ここまで態度が一変するとはね﹂
﹁期待が大きかった分の反動だろうね﹂
試験に向けて談話室で二人と勉強している間も、話題は専らハリー
た ち の こ と だ。私 と し て は グ リ フ ィ ン ド ー ル が 減 点 さ れ よ う が ハ
リーたちがどう評価されようがどうでもいいのだが、パドマがパーバ
ディから逐一情報を仕入れてくるので話題が尽きずにいた。
いくらなんでも危ないんじゃないか
﹁それでハリーたちの罰則なんだけど、今夜禁じられた森に入って何
かするみたいよ﹂
﹁禁じられた森だって
?
か大蜘蛛にミノタウロス、食人植物まで生息しているって噂だよ﹂
?
向 か っ て い る 最 中 だ ろ う か。私 は 気 休 め 程 度 に も な ら な い 無 事 を
願ってから勉強へと意識を集中させた。
いよいよやってきた学年末試験当日。いつもは騒がしい朝食の時
間も、今日ばかりはとても静かだった。生徒は誰もが朝食もそっちの
けに教科書を読んだり、杖を振りながらブツブツ言っている。パドマ
やアンソニーも教科書を開いたり閉じたりしながら内容を暗唱した
り、問題を出し合っている。
そういう私も朝食には手を付けずに教科書を読む⋮⋮⋮⋮という
ことはしていなかった。いつものように朝食を食べている私を見て、
パドマが血走った目で話しかけてくる。
﹁アリスは余裕そうね。昨日もよく眠っていたみたいだし、今も普通
ペースを乱す
それに⋮⋮いまさら詰め込んだところで付け焼刃よ﹂
詰め込み作業に戻っていった。別に二人は勉強をサボっていた訳で
はないのだが、最後に出された魔法薬学の宿題に梃子摺ってしまい、
結果他の教科の勉強が滞ってしまっていたのだ。寝る間も惜しんで
勉強していたらしいが、どうやら間に合わなかったらしい。
最初の試験は魔法史だ。カンニング防止用の羽根ペンが配られて
合図と共に目の前に置かれた用紙を捲る。
第一問:ホグワーツの創設者が学校を創設したのは何年か。
第二問:聖マンゴ魔法疾患障害病院が設立されたのは何年か。また
誰が設立したか。
第三問:一六八九年に制定された国際法は何か。
第四問:⋮⋮
76
に朝食食べているし﹂
﹁余裕っていうかいつものペースを保っているだけよ
ない
と本来の力も発揮できないし無理して体調を崩したら本末転倒じゃ
?
そう言うと二人は﹁うっ﹂と唸り気まずそうにしていたが、すぐに
?
問題は全部で五十問まであり、私はそれらを順に埋めていく。特に
悩むこともなく、全部の答えを書き終えたのは開始二十分後で、終了
まで半分以上も時間が余ってしまった。念の為に答案を見直すが特
に間違いは見当たらない。
私は時間を潰す為に上海と蓬莱の自立プログラムの内容を頭の中
で構築することにした。すでに様々なパターンについてプログラム
したが、これに関してはやりすぎて損ということはないので、暇さえ
あれば構築することにしている。コンピュータなどのプログラムと
違 っ て 容 量 な ど が な い た め 思 い つ く 限 り の こ と は 記 憶 さ せ て い る。
ただ、このプログラムで制御できるのは行動だけで喋らすことが出来
ないのは悔やまれる。
魔法史の試験が終わったら薬草学、闇の魔術に対する防衛術、天文
学の試験が続く。天文学に関しては事前に実技試験が行われている
ので、あるのは筆記試験のみだ。
77
妖精の魔法、変身術、魔法薬学の試験では筆記試験に加えて実技試
験 も 行 わ れ た。妖 精 の 魔 法 で は パ イ ナ ッ プ ル を 机 の 端 か ら 端 ま で
タップダンスさせるというよく分からないのを行い、変身術では鼠を
嗅ぎたばこ入れに変身させるというもので、魔法薬学は忘れ薬の調合
を行った。
全ての試験が終わり、結果が発表される一週間後までは完全な自由
時間となった。多くの生徒は試験が終わったと同時に晴れやかな顔
僕はそこそこ出来たと思うけど、あんまり自
をして、思い思いの時間を過ごしている。
﹁二人ともどうだった
信がないや﹂
﹁三人とも、どうし⋮⋮行っちゃったわ﹂
ら向かってくるのが見えた。
いうよりはハグリッドの家がある方からハリーたち三人が走りなが
校庭の草むらに座りながら二人と雑談をしていると、森の方⋮⋮と
﹁⋮⋮そこは形だけでも聞いてくれないかしら﹂
﹁私も似たような感じよ。アリスは⋮⋮問題なさそうね﹂
?
そんなに急いでどうしたのか聞こうとしたが、三人は私に気がつか
なかったのかスピードを落とさずに走り抜けていった。一瞬だけ顔
を見たけど、何か切羽詰っているようだった。
﹁どうしたのかしら。随分と切羽詰っていたみたいだけど﹂
﹂
﹁教室に忘れ物って訳でもないよな。そのぐらいで急ぐ必要もないだ
ろうし﹂
﹁試験でカンニングしたのがバレて呼び出されたとか
﹂
﹁さすがにそこまでバカじゃないだろう。それよりアリス、試験が終
わったら人形を動かすのを見せてくれる約束だろう
﹁そんなに急かさなくても覚えているわよ。上海、蓬莱﹂
三人が何を急いでいたのか気になったが、そこまで興味があるわけ
でもないので雑談に戻り、前から約束していた人形操作のお披露目を
することにした。
私が上海と蓬莱の名前を呼ぶと、ローブの内側から二体の人形が出
てきた。上海と蓬莱はスーと宙に浮かび、パドマとアンソニーの前ま
でいくとお辞儀をして手を出した。二人は恐る恐るといった感じで
手を握って握手をする。ちなみに杖は使っていない。呪文の発動と
魔力供給のパスしか出来ていないが、指輪を先日完成させたので、そ
の試運転も兼ねているのだ。
﹂
﹁すごいな、どうなっているんだ。杖でアリスが操っている訳じゃな
いんだろう
られた行動にそって動いているのよ﹂
﹁前に話してくれたプログラムだっけ
際に見るとすごいわね﹂
﹂﹂
﹁シャンハーイ﹂﹁ホラーイ﹂
﹁﹁うわぁ
私はよく分からないけど、実
?
いて後ろにひっくり返ってしまった。最初から見せるつもりだった
アリス
人形が喋ったよ
!
﹂
けど、まじまじと見すぎるのはよくないわね。
﹁しゃ、喋った
!?
!?
78
?
?
﹁えぇ、とはいえその子たちに意識があるわけでもないわ。予め決め
?
二人がまじまじと上海蓬莱を見ていると上海蓬莱が喋り、二人は驚
!?
﹁ど、どど、どういうこと
﹂
二人は余程驚いたのか、物凄い勢いで迫ってきた。
﹁落ち着きなさい。今のは予め記憶させていた言葉を私の合図で喋ら
しただけで、別に本当に喋った訳ではないわ。会話まで自立させるの
はまだまだ無理よ﹂
﹁な、なんだビックリした。脅かさないでよアリス﹂
﹁まったくだ。寿命が五年は縮んだよ﹂
﹂
﹁二人がまじまじと見すぎるからよ。特にアンソニーはパドマ以上に
熱心だったわね。実はそっち系
﹁うわぁ﹂
うな邪な感情があった訳じゃない
こら
パド
聞いているのかパドマ
!
﹂
﹁それはアリスの人形が珍しいからであって、決して君たちが言うよ
!?
てきた。
﹁そ、そんな訳ないだろう
﹂
!
﹁え∼、でも言われれば人形を凝視していた気もするし﹂
マもそんな引いた顔をしないでくれ
一体アリスは何を言っているんだ
だったが、私が言ったことを理解すると顔を真っ赤にさせて猛抗議し
した。アンソニーはというと、一瞬何を言われたのか分からないよう
私がそう言うと、パドマはアンソニーから距離を取り、引いた顔を
?
!?
﹁だから∼
﹂
﹁︵⋮⋮冗談だって分かっているわよね
︶﹂
﹁でも、思い返してみると結構心当たりがあるかも﹂
ばらく放置しておこう。
ああ言っているけど冗談だって分かっているだろうし、面白いからし
まった。アンソニーには悪いことをしたかな。まぁ、パドマも口では
冗談のつもりで言った一言で何やら修羅場っぽい空間ができてし
!
日ばかりは一人で談話室に残っていた。今までは決して行わなかっ
79
!?
!?
生徒が寝静まった夜。いつもなら私もベッドで寝ているのだが、今
?
!!
た夜間の外出を決行しようとしているのだ。
今日から一週間の間は先生たちの警備も甘くなると考えての行動
でもある。何せ全校生徒の試験結果を採点しなくてはならないのだ
から。一週間後までに終えなければいけないので、今日から手は抜け
ないはず。とはいえ、後々になるにつれて危険度は増すだろうし、採
点スピードによっては予想よりも早く終わるかもしれない。マクゴ
ナガル先生やスネイプ先生なんかは、明日には採点を終えていそうな
ので、夜に抜け出すのは今日だけにする。
談話室を出て廊下を進んでいく。目的地は図書室の閲覧禁止の棚
だ。一冊だけでも見ることが出来れば、夏休みの間も内容を思い出し
ながら研究が出来るかもしれない。
上海を先行させると同時に視覚共有させる。さらに〝目くらまし
術〟を掛ける。対象を周囲の質感・色彩に同化させることができるの
で滅多なことでは上海は見つからないだろう。本当なら自身に掛け
られればいいのだが、人間一人を覆うことはまだ出来ず、人形が精一
杯だったのだ。
音を立てず、気配を消しながら廊下を歩いていく。曲がり角があれ
ば上海を先行させて人がいないか確認をする。通ってきた方から誰
かがやってくる可能性もあるので、〝警戒呪文〟という一定空間を誰
かが通ったら私にそれを知らせる呪文を一定感覚で唱えている。
階段を登り、もう少しで図書室に辿り着くところで足元から鳴き声
が聞こえた。反射的に下を見るとフィルチの猫、ミセス・ノリスが私
のことをじっと見上げていた。どうやら前後の警戒に集中しすぎて
足元にまで気が回っていなかったようだ。
﹁こんばんは、ミセス・ノリス。いい夜ね﹂
他の生徒なら悲鳴を上げるか全力疾走して逃げるんだろうけど、私
は普通に挨拶をした。実のところ、ミセス・ノリスとは前々から餌を
あげたり遊んであげたりしているので、仲がよかったりする。
ミセス・ノリスは目を細めながら私を見上げている。まるで﹁何で
80
夜に出歩いているんだ﹂とでも言いたげな目だ。
﹁ごめんなさい。ちょっと好奇心を埋める旅に出ているところなの。
出来たら見逃してほしいな﹂
私がお願いすると、ミセス・ノリスは壁に寄って道をあけてくれた
が、まだじっと見上げてくる。﹁見逃してやるから何か寄越せ﹂とでも
﹂
言いたげな目だ。それなりに構っていたから言いたいことが何とな
く分かるようになっている。
﹁これで手を打ってくれないかしら
そう言って私はポケットから猫缶を取り出す。この猫缶、魔法界で
流通している中ではそれなりに値を張る高級品である。
猫缶を開き中身をミセス・ノリスの前に出す。お皿は近くにあった
小石を変身させて作って、餌がなくなったら消えるようにする。
ミセス・ノリスは餌のにおいを嗅いだ後、
﹁ニャー﹂と鳴いて尻尾を
フリフリと振る。これは﹁早くいけ﹂という合図なのだ。
﹁それじゃミセス・ノリス。いい夜を﹂
私はその場を後にして図書室へと向かっていった。途中、ハーマイ
オニーの声が聞こえた気がしたが、見渡しても誰もいなかったので空
耳かと思った。
図書室奥の一角にある閲覧禁止の棚。一定間隔に並ぶ本棚の間を
歩く。本棚に入っている本はどれも年季が入っていて、タイトルが擦
り切れているものや縁がボロボロになっているものある。
余り時間もないので、タイトルを流し読みしながら目的となる本が
ないか探す。〝魂の元素〟〝霊魂の始終〟〝不滅の魂〟など興味を
そそられる本が多くあったが、どれも簡単には閲覧できないように
なっていたので今回は見送ることにしている。途中、文字が掠れて読
めなかったが〝ネク○ノ○○ン〟や〝ルルイ○異○〟といった一目
で危険だと分かる本があったが気のせいだろう。教育機関にそんな
本があってたまるか。
81
?
その後も十分ほど回ったが目ぼしいものはなかった。いや、あるに
はあったのだが、どれもこれも今見ることは出来なさそうなものばか
りだったのだ。
ま ぁ 今 回 は こ の ぐ ら い で 切 り 上 げ る こ と に し て 出 口 へ と 向 か う。
閲覧禁止の棚を出て扉に手を掛けようとした瞬間、目の前に半透明の
物 体 が 現 れ た。ホ グ ワ ー ツ に い る 者 で 知 ら な い 者 は い な い だ ろ う。
大きい口に暗い瞳、帽子を被ってオレンジ色の蝶ネクタイを着けてい
どうしてこんな夜更けに生徒ちゃんが図書室にいるの
る小男のゴースト。ピーブズだ。
﹂
﹁おやおやぁ
かなぁ
﹂
?
生徒
?
スト相手には無意味だろう。
﹁それを気にしている余裕があるのかいぃ
は夜中に出歩いちゃいけないんだぞぅ﹂
知っているかなぁ
だが、前方後方を注意したところで壁を通り抜けることができるゴー
たのに、こうも簡単に見つかってしまったのだから。それに後の祭り
大の懸念であるピーブズに遭遇しないように細心の注意を払ってい
私はいつものように冷静に話しかけるが、内心では焦っていた。最
﹁こんばんは、ピーブズ。こんな夜更けにどうしたの
ピーブズは面白い玩具を見つけたかのように愉悦の顔をした。
?
﹂
?
くポルターガイストなのさぁ﹂
﹁チッチッチ。それは勘違いだなぁお嬢さん。ボクはゴーストではな
我をもっているのだから。
だ。触るものを選択できることもそうだけど、死んだ魂がここまで自
うとする。しかし、考えれば考えるほどゴーストとは不思議な存在
とりあえず、適当に話を繋げながらこの状況を脱する方法を考えよ
は、触るものの選択ができるということなのかしら
たけれど不思議ね。壁が取りぬけられて物にも触れるっていうこと
﹁もちろん知っているわ。それにしても、初めてゴーストを間近で見
と。
をぶつけても仕方ない。何とかこの場を切り抜ける方法を探さない
相手の神経を逆撫でするような喋り方に軽く苛立つが、ここで怒り
?
82
?
﹁具体的にどう違うの
﹂
﹁やれやれ、無知なお嬢さんだねぇ。親切なボクはそんなお嬢さんの
ために教えてあげるよぉ﹂
ピーブズによると、ゴーストとは生前生きた人間が何かしらの未練
を残したまま死んだことにより、魂が形を持って滞留している存在で
あること。ゴーストは生前残した未練を果たせば消滅するが、大抵の
ゴーストは未練なんてものは忘れているため、長い間残り続けている
のだそうだ。
ピーブズは広義的にはゴーストだが、狭義的にはポルターガイスト
と呼ばれる存在らしい。ポルターガイストといえば心霊現象として
有名だが、それらは本来形を持たない超常現象だ。しかし、ポルター
ガイストという超常現象にゴーストが巻き込まれた結果、二つの現象
が融合したのがピーブズというゴーストらしい。ポルターガイスト
という性質をもっているからこそ普通のゴーストとは異なり、物にも
触れるし触らないこともできる。
ちなみに、本来はポルターガイストとゴーストが融合するなんてい
うことは起こらないはずだが、何で融合したのかはピーブズ本人にも
分からないらしい。
﹁なるほどね。つまりピーブズは普通のゴーストより遥かに上位の存
在ということなのね﹂
﹁おいおい、そんなに褒めるなよぉ。上位の存在だなんて閣下の耳に
でも入ったら大変だろう﹂
そう言っているが、言葉とは逆にピーブズは非常に嬉しそうにして
いる。あんまり褒められたことがないのだろうかと思うが、ピーブズ
の行動を思い出して特に褒められることはしてないことを思い出し
た。
気がついたらピーブズと三十分も話し込んでいた。最初はピーブ
ズの話し方に苛立つところもあったが、話しているうちに対して気に
ならないようになってきた。慣れたともいえるが。
私としてはもう少し話していてもいいんだけ
﹁そういえば、私が出歩いていることを先生に言いに行くって言って
たけど、どうするの
83
?
?
ど﹂
﹁⋮⋮そこは普通、バラさないで∼とか言うところなんじゃないの
そんな満足したような顔しちゃってさぁ﹂
﹁実際に有意義な時間だったしね。それで、どうするの
﹂
﹂
﹁⋮⋮あぁ∼ぁ詰まんないの。必死に懇願する顔が見たかったのに、
う。
点位は私が得たものなのだから、それをどう使おうと私の自由だろ
のかは分からないが五十点を超えることは滅多にないだろうし、六〇
この対価が減点や罰則でも十分元は取れたと思う。何点減点される
そ れ に ピ ー ブ ズ と 話 し て い た 時 間 は 非 常 に 有 意 義 な 時 間 だ っ た。
わよ﹂
﹁まぁ、出歩いているのは事実だし悪いのは私だしね。しょうがない
?
を置いている。時々、私のことをチラチラ見ているが何なのだろう
ピーブズは空中でクルクル回りながら何かを考えるように顎に手
?
な予感がするからね。言わない代わりにお嬢さんに纏わり憑くこと
にしたんだよぉ﹂
どうやら、私はピーブズに楽しい玩具的な感覚で気に入られたらし
い。喜んでいいのか悪いのか。
それも面白そうだなぁ。早速今夜にでも試してみようか﹂
﹁はぁ⋮⋮別にいいけど身体を乗っ取るとかは止めてよね﹂
﹁おっ
﹁止めなさい﹂
本気でやりかねないと思ったので、ピーブズの脳天目掛けてチョッ
プを食らわす。とはいえ、ピーブズ相手に当たらないと思ったが、予
﹂
もう∼冗談だよ冗談。いくらボクでも身体を乗っ取るなん
想に反して私のチョップはピーブズに当たった。
﹁イテッ
て出来っこないよ︵動かすことはできるけどね︶﹂
﹁忠告しておくけど、もしやったらどうなっても知らないわよ
?
!
84
か。
﹂
お嬢さんのことはチクらないであげよう﹂
どういう心境の変化かしら
﹁決∼めた
﹁あら
?
!
﹁お嬢さんのことをチクるより、お嬢さんに憑いていた方が楽しそう
?
!
﹁ん∼
どうなるんですかぁ
﹁⋮⋮﹂
﹁ねぇ∼どうなるの∼﹂
﹁⋮⋮﹂
﹂
んでいった。
﹂
﹂
?
﹂
﹁お∼い、アリス∼。寮に戻るんじゃなかったのかい
てるのさ
何で校庭に出
震わせたあと﹁なんでもありません﹂と言って私の前をフヨフヨと進
微笑みながらピーブズに問い掛ける。ピーブズはビクッと身体を
﹁何か
﹁なんでボクがそんなことを﹂
ろしくね﹂
﹁それじゃ、そろそろ戻りましょうか。ピーブズ、人が来ないか警戒よ
勝った。
﹁⋮⋮⋮⋮すみません。二度と言いません。絶対にしません﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁あの、その⋮⋮冗談ですよ∼﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁⋮⋮あの∼、どうなるんでしょうか
?
く分からなくなるので、相手には気付かれずに察知することができる
たのだ。ゴーストというだけあって、気配を消せば何処にいるのか全
なったが、それら全部ピーブズのお陰で難なくやり過ごすことができ
校庭に来るまでに何回かフィルチや見回りの先生と遭遇しそうに
いだ。まぁ実際、ピーブズが優秀なのは本当なのだが。
そうは言うものの、見て分かるほどにピーブズは浮かれているみた
﹁褒めたって何もでないよ∼。ボクはそんなに安くはないからね∼﹂
ろうし﹂
ズっていう優秀なゴーストがいるから誰かに見つかることもないだ
﹁夜 の 学 校 を 探 索 す る 機 会 な ん て 滅 多 に な い か ら ね。そ れ に ピ ー ブ
?
85
?
?
?
のは大きい利点だ。
暗い校庭で空に輝く満月を眺める。魔法の世界といっても、地上か
ら見える月はマグルの世界と何も変わらないなと思うが、自然が多く
残る為かこちらのほうが鮮明に見ることが出来る。
五分くらい月を眺めていたが、外気はまだまだ冷たく、肌に刺すよ
うな冷たさの風が吹き始めたので、城に戻ろうと振り向く。すると少
ピーブズ。私の顔に何かついてる
﹂
し離れたところにピーブズがボーとした感じで私を見ていた。
﹁どうしたの
?
そろそろ帰るから先行よろしくね﹂
﹁アリス
逃げろ
﹂
ピーブズが叫びだした。
いる。何かと思い、私も森の方へ視線を向けようとしたところで突如
凝視し始めた。その顔はいつもと違い緊張しているように強張って
気だるそうに返事をしていたピーブズが突然静かになり、森の方を
﹁はいは∼い。分かりましたy⋮⋮﹂
﹁そう
とが一瞬女神でも降りてきたのかと思っちゃったよ︶﹂
﹁⋮⋮い∼や、何でもないよ︵月光に照らされる美少女。ボクとしたこ
?
⋮⋮くっ
!
だい﹂
﹂
?
﹁逃がす訳にもいかないし、逃げられるとも思えないわ。だから出来
﹁連れてきてって、アリスはどうするんだよ
﹂
﹁⋮⋮ピーブズ。貴方は急いで学校に行って先生を連れてきてちょう
き従った闇の従者。死喰い人だ。
預言者新聞で見たことがある。十年前、闇の帝王ヴォルデモートに付
からない。だけど一番の問題は身に付けている仮面だ。以前に日刊
黒いローブを頭から被り仮面を被っているそいつは、男か女かは分
きて、次第に形がハッキリと見えてくる。
だったが、森の方で黒い塊が動くのが見えた。塊は少しずつ近付いて
き た 方 へ 視 線 を 向 け る。先 ほ ど と 変 わ ら ず 暗 い 空 間 が 広 が る だ け
ることで閃光をかわす。すぐに起き上がって杖を抜き、閃光が襲って
ピーブズの叫びと同時に視界の端に赤い閃光が走り、反射的に倒れ
﹁なn
!? !
86
?
!?
る限り足止めしておくから、その間に救援を呼んできて│││あなた
だけが頼りなのよ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮分かったよ。アリス、死ぬんじゃないよ﹂
ピーブズは言い終えると同時に城に向かって全力で飛んでいった。
目の前の死喰い人はピーブズに向かって杖を向けるが、それに対して
妨害呪文を唱える。死喰い人はピーブズに向けていた杖を引き、杖を
﹂
振って私の妨害呪文を弾いた。恐らく反対呪文を使ったのだろう。
﹁さて、何で学校の敷地に貴方のようなのがいるのかしら
﹁⋮⋮﹂
やっぱり話しに付き合ってくれるほど甘くはないか。
│麻痺せよ﹂
│妨害せよ﹂
│裂けよ﹂
│護れ﹂
﹁ステューピファイ
﹁プロテゴ
﹁ディフィンド
﹁インペディメンタ
だ渡り合えているのは、恐らく死喰い人が手加減をしているからだろ
しているのか明らかに唱えている呪文に対して手数が多い。私がま
とはいえいつまでも持ちそうにはない。死喰い人は無言呪文を併用
死 喰 い 人 が 放 つ 呪 文 に 対 し て 護 り の 呪 文 や 妨 害 呪 文 で 対 抗 す る。
?
う。そのことに悔しさを感じるが根本的に実力差があるのだ。むし
│石になれ﹂
ろ手加減されていることに感謝するべきだろう。
レダクト
│護れ │粉々﹂
﹁ペトリフィカス・トタルス
﹁プロテゴ
!
信があったつもりなんだけど⋮⋮お手上げね﹂
﹁さすがは闇の帝王の僕と言われるだけはあるわね。魔法の腕には自
今まで沈黙を保っていた死喰い人が口を開く。
﹁⋮⋮終わりだな﹂
瞬で死喰い人の呪文が私を襲うだろう。
まった。そんなに遠くに落ちている訳ではないが、杖を取りに行く一
私に襲い掛かる。その衝撃で私は体制を崩し、杖が手から落ちてし
喰い人の呪文が襲ってきた。横にあった石が粉々に砕け、その破片が
私の放った全身金縛り呪文が護りの呪文で防がれ、間髪要れずに死
!
87
!
!
!
!
!
相手が口を開いたのを機に会話を繋げる。一秒でも長く時間を稼
ぐしか手立てはない。
﹁見たところ一年か二年生か。その年でここまで持たせることができ
たのだ。将来はさぞ良い魔女になっただろうな﹂
﹂
﹁死喰い人からのお墨付きなんて光栄と言えばいいのかしら。ついで
に、その有望な魔女の将来を見てみたいとは思わない
まだだ。もう少し。
﹂
﹁最後の言葉か
⋮⋮聞こう﹂
﹁こんな子供相手に大人気ないわね。なら最後に一言だけいいかしら
もう少し。もう少し。
よ。見られた以上、君にはここで死んでもらう﹂
﹁個 人 的 に は 見 て み た い が な。生 憎 と そ う い う 訳 に も い か な い の だ
?
﹂
﹂
﹁ありがとう。そうね⋮⋮短い人生だったけど最後の最後で充実した
⋮⋮ぐっ
!
時間を味わったわ。そして⋮⋮﹂
もう少し⋮⋮今
﹁なに
﹁これからもっと味わうのでしょうね
!
!?
│武器よ去れ﹂
!
もなしに次の呪文を放つ。
!
死喰い人の足に包帯が巻きつき、同時に身体にもロープが巻きつ
﹁インカーセラス⋮⋮フェルーラ │縛れ │巻け﹂
ても困るので包帯だけ巻いておくことにする。
する訳にもいかないので放置しようかと思ったが、出血多量で死なれ
には念を入れて拘束呪文で縛っておく。足から血が出ているが治療
呪文を唱えると、死喰い人は石にように固まり動かなくなった。念
﹁ペトリフィカス・トタルス
│石になれ﹂
油断は出来ない。相手は歴戦の魔法使いなのだから。息を吸う時間
杖から赤い閃光が走り、死喰い人の杖を遠くに弾き飛ばす。しかし
﹁エクスペリアームス
逃さずに素早く杖を拾い呪文を唱える。
死喰い人が苦痛の声を上げると同時に地面に倒れこむ。その隙を
?
88
?
?
く。さすがにここまですれば単独での脱出は困難だろう。
私は死喰い人の足元に近付き、傍に落ちている二つの人形、上海と
蓬莱を拾う。上海と蓬莱の手にはランスの形状をした武器が握られ
ており、先からは血が垂れている。あの時、死喰い人が倒れたのは、上
海と蓬莱に足を貫かれたからなのだ。上海と蓬莱には予め一つの命
令を与えていた。命令の内容は﹁死喰い人の背後に潜み一定の距離を
保つこと﹂というものだ。戦闘の間、上海と蓬莱は常に死喰い人の背
後に潜み続け、私の杖が飛ばされると同時にマニュアル操作へと切り
替える。会話で死喰い人の注意を私に引きつけながら上海と蓬莱を
少しずつ近づけ、一息で攻撃できる距離にまで近付いたら上海と蓬莱
を突撃させて死喰い人の足を貫く。
ぶっつけ本番過ぎて成功する確率は低かったが、運は私に味方をし
てくれたようだ。
死喰い人に杖を向け、ピーブズが先生を連れてくるまで待つことに
する。死喰い人は動けない為か、視線だけ私の方へと向けてくる。
﹁⋮⋮ 話 に 付 き 合 っ て く れ て あ り が と う。貴 方 が 問 答 無 用 で 襲 い 掛
かってきていたら今頃殺されていたわ﹂
﹁⋮⋮感謝される覚えがないな﹂
喋らないと思っていた死喰い人が喋ったことに驚き、思わず杖を握
る手に力が入る。しかし死喰い人は喋っただけで抵抗をしているよ
うなことはなかった。
こんな短時間で全身金縛り呪文を解除したことに対し冷や汗をた
らす。もしロープで縛っていなければ、この死喰い人はすぐさま反撃
してきたに違いない。
﹁君は自身が生き残るために策を弄したに過ぎないし、それにまんま
と乗せられてしまった私の落ち度だ﹂
﹁⋮⋮そう﹂
会話が途切れ再び警戒し始めた時に、城の方から何かが飛んでくる
のが見えた。半透明の白いそれを見てピーブズが戻ってきたのかと
思ったが、苦痛の声を響かせながらやってきたそれはピーブズなんか
89
ではなかった。ゴーストのようなそれは最初ここに向かってきたが、
三十メートルぐらいの距離で方向転換し、空へと消えていった。方向
転換する際、一瞬だけ目が合った気がしたのは気のせいだろうか。
﹁⋮⋮任務は失敗か﹂
死喰い人が小さな声で呟くが、それ以降口を閉ざしてしまったの
で、言葉の真意を聞くことは出来なかった。
疲労と緊張がピークに達してきた頃、城の方から何人かの人が近付
いてくるのが見えた。マクゴナガル先生、フリットウィック先生、ス
ネイプ先生がピーブズを先頭に走ってきている。
私はそれを見て緊張の糸が切れたのか、身体から力が抜けて目の前
が真っ暗になった。
︻マクゴナガルSide︼
しょう。最近のピーブズの演技は本当か嘘か見分けがつかなくなっ
ていますからね。とはいえ、九割以上は嘘なのでしょうけど。
﹁ど う し た の か ね ピ ー ブ ズ。ま た フ ィ ル チ さ ん を か ら か っ た の か ね
﹂
私と同じく答案の採点をしていたフィリウスとセブルスが適当と
このままじゃ死ん
いった感じでピーブズに答える。まぁ、私とて真面目に返答する気は
本当に大変なんだって
!
ありませんが。
﹂
﹁そうじゃないんだよぉ
じゃうよぉ
!
﹁死ぬとは穏やかではありませんね。ピーブズ、一体何があったので
!
90
学年末試験が終わり、多くの答案を相手に職員室で採点を行ってい
﹂
る時にそれはやってきました。日ごろから我々を騒がせているゴー
先生たち急いでボクに付いて来てよ
ストのピーブズが職員室に突撃してきたのです。
﹁大変だ大変だ
!
随分と切羽詰ったような顔をしていますが、いつものように演技で
!
﹁それはいかんな。きつく絞られてきたまえ﹂
?
す
﹂
ピーブズが頭を掻き毟りながら叫ぶのを見て、このままでは埒が明
﹂
かないと思い何が大変なのかを聞きます。それにしても死ぬとは、い
つもにも増して物騒ですね。
﹁校庭に死喰い人が現れたのさぁ
に死喰い人が現れるはずがありません﹂
?
だってぇ
﹂
そりゃいつも嘘ついているけど今回はマジなん
他に誰がいるんだよぉ
﹂
!
﹂
じゃないとアリスが死ん
アリスが死ぬ
いいから早く来てくれよぉ
﹁そうだよぉ
﹁ピーブズ、アリスというのはマーガトロイドのことですか
今ピーブズは何と言いましたか
じゃうよぉ
!
﹂
今
アリスが校庭にいて
!
!
女が夜の学校を歩くとは到底思えませんし。
﹂
﹁わからないのかなぁ
ているからだよぉ
!?
ピーブズ
すぐにマーガトロイドのところに案内しなさい
!
す。すると森に近い場所で光が弾けているのが見えました。
﹁な
﹂
!
きます。私も急いでそれに続き、私の言葉で事態の深刻さに気付いた
私の言葉にピーブズは職員室を出て廊下を猛スピードで進んでい
く
早
聞こえました。私は急いで窓に近付き目を凝らして校庭を見渡しま
ピーブズが叫び終えると同時に、校庭の方から何かがはじける音が
!
死喰い人と遭遇し
故校庭にいる死喰い人と死ぬということに繋がるのでしょうか。彼
績優秀で授業態度や生活態度も大変良い生徒です。そんな彼女が何
フィリウスがピーブズに問い掛けます。ミス・マーガトロイドは成
るのかね
﹁何で校庭に死喰い人がいるとミス・マーガトロイドが死ぬことにな
!
?
?
!
!
﹁嘘 じ ゃ な い よ ぉ
ウスも同意するように頷いている。
セブルスがピーブズに対して忠告を与えているのを聞いて、フィリ
﹁ピーブズ、あまり大げさな嘘は自身の為にならないぞ
﹂
﹁⋮⋮何を言い出すかと思えば、馬鹿馬鹿しい。ホグワーツの敷地内
!
?
!
?
91
?
! !?
フィリウスとセブルスも続きます。
廊下を駆け抜けている間もマーガトロイドと死喰い人がいると思
われる場所からは光が弾けています。恐らくマーガトロイドが死喰
い人と戦っているのでしょう。余りにも無謀すぎます。マーガトロ
イ ド は 確 か に 一 年 生 で ト ロ ー ル を 倒 す ほ ど の 力 量 を 持 っ て い ま す。
しかし、トロールと死喰い人では根本的に違うのです。死喰い人は例
のあの人が己の手足とした闇の魔法使い。いわば人殺しに長けた対
魔法戦のプロとも言える存在です。そんな死喰い人に一年生、まして
や魔法を知って一年も経っていない彼女が勝てる相手ではありませ
ん。
近道を抜け、もう少しで一階の扉に辿り着くというところで、校庭
から光が失われました。それを見て青ざめた私は形振り構わずに走
り続けました。
現場が見える距離まで近付いた私たちが見たのは、一人の立ってい
る人影と一人の倒れている人影でした。いよいよ私の脳裏に最悪の
展開が過ぎりました。フィリウスやセブルスも顔は見えませんが、恐
らく私と同じで蒼白にしているのでしょう。
二人の顔が見える距離に近付いたところで、私は信じられないもの
を見ました。私はマーガトロイドが倒れ、死喰い人が立っていると
思っていました。しかく事実はその逆、マーガトロイドが立ち、死喰
い人が倒れていたのです。まさか、死喰い人を倒したというのです
か。
マーガトロイドは私たちの方に顔を向けると同時に、力が抜けたよ
うに倒れこみました。地面にぶつかる寸前でフィリウスがマーガト
ロイドの身体を浮かせ、ゆっくりと下ろしていきます。セブルスは倒
れている死喰い人に杖を抜け警戒しています。私はマーガトロイド
に近付き、怪我がないか念入りに調べていきます。
92
﹁どうですか
マクゴナガル先生﹂
それはよいことを聞いた﹂
思ってもいなかった。将来有望なお嬢さんだね﹂
﹁そうだとしても、みすみすやられるほどお人好しではあるまい
?
なり死喰い人の身体が痙攣を始めました。
セブルスが死喰い人を連れて行こうと杖を振ろうとした瞬間、いき
ズカバンが賑やかになるだろう﹂
﹁ともかく、君を連行しよう。久しぶりの死喰い人捕獲だ。さぞやア
ますが、まさか戦闘で使用できるほどだったとは。
マーガトロイドが人形を動かしているのは何度か見たことがあり
がありました。
着しています。死喰い人の足を見ると、丁度ランスの大きさに近い傷
を向けました。人形の手にはランスが握られており、その先は血が付
死喰い人は、マーガトロイドの近くに落ちている二つの人形に視線
に不意を突かれてしまったのだよ。ほら、そこの人形だ﹂
﹁当然だ。魔法だけの戦闘なら私が勝っていたのだがね。思わぬ伏兵
ら死喰い人は﹂
君
価するべきだと思うがね。君の言うとおり一年生が私を倒すなんて
﹁おいおい、我々を過小評価しないでほしいな。むしろお嬢さんを評
かね
﹁ほぅ、最近の死喰い人は一年生の魔女に負けるほど腑抜けているの
ね﹂
でもご覧の通り何もできないさ。あのお嬢さんの呪文が強力なので
﹁教える気はないと言っているだろう。おっと、そんなに警戒しない
﹁もう一度聞く。何が目的でホグワーツに侵入したのだ﹂
う。問題はセブルスが尋問している死喰い人です。
マーガトロイドは後でマダム・ポンフリーに診せれば大丈夫でしょ
のせいでしょう﹂
﹁⋮⋮目立った怪我はないようです。倒れたのも、恐らく疲労と緊張
?
﹂
﹁ぐっ⋮⋮ふっ、素直に私が連行されると思ったのかね⋮⋮がぁっ
がはっ
!
93
?
死喰い人は血を吐きながら何回か痙攣したのを最後に動かなくな
!
りました。
﹁セブルス、どうなったのですか
﹂
﹁恐らく、何かしらの毒薬を飲んだのでしょう。予め歯にでも仕込ん
でいたのでしょうな﹂
﹁そ う で す か。と に か く、マ ー ガ ト ロ イ ド を 医 務 室 へ 連 れ て 行 き ま
しょう﹂
私たちはマーガトロイドと事切れた死喰い人を連れて城へと戻っ
ていきました。
︻マクゴナガルSide OUT︼
﹁⋮⋮ん﹂
目を開けると視界いっぱいに白い世界が見えた。視線を左右に動
かし周囲を見ると、私を中心に四方が白いカーテンで囲まれているよ
うだ。加えてツンとする独特の薬品のにおいがすることから、医務室
にいるのだろうと考える。
どうやら気を失っていたみたいだ。暗い校庭の中、ピーブズやマク
ゴナガル先生たちの姿を確認してからの記憶がない。
どれだけの間眠っていたのかと思い、身体を起こしてカーテンを開
目が覚めたの
﹂
まだ寝てなきゃだめだろう
﹂
ける。そのとき医務室の扉が開き、パドマとアンソニーが入ってき
た。
﹁アリス
ほしい。
﹁起きたのはついさっきよ。どのぐらい寝ていたのかしら
﹂
?
﹂
﹁二日よ。いきなりアリスが医務室に運ばれたって聞いて心配したん
だから﹂
﹁何があったんだい
?
94
?
﹁ていうか、何で起きているんだよ
!
!?
開口一番怒鳴られた。寝起きなのだから少しボリュームを下げて
!?
!?
何があったか。言ってもいいんだろうか。二人のことだから先生
たちにも聞きに行っているはず。なのに知らないということは先生
たちから教えられていないということか。
﹂
﹁ちょっと夜に出歩いてね。その途中で悪い魔法使いに遭遇しちゃっ
たのよ﹂
﹁悪い魔法使いって
﹁死喰い人﹂
れる
﹂
﹁死喰い人に夜中の校庭で遭遇しちゃったのよ﹂
﹁⋮⋮なんで学校の校庭に死喰い人が現れるのよ
死喰い人に勝っちゃうなんて凄いわ
!
思っていたのに意外だ﹂
﹁それより死喰い人よ
﹂
﹁ア リ ス が 夜 の 学 校 を 出 歩 く な ん て ね。校 則 違 反 は 絶 対 に し な い と
といった感じになった。
とは誤魔化して話したが、聞いていくうちに二人は驚愕半分呆れ半分
私はあの夜あったことを二人に話した。閲覧禁止の棚に入ったこ
そんなことは私が知りたい。
﹂
﹁ごめんアリス、私の耳がおかしかったのかしら。もう一度言ってく
していた。
隠さず告げた言葉に二人は理解が追いついていないようにポカンと
どうせ隠していてもこの手の話はバレる時にバレる。ありのまま
?
?
撃してきた。
﹁おぉ∼アリス。起きたのか∼いぃ
﹂
一通り話し終わり一息ついたところで、医務室に騒がしいものが突
たら、抗う術はなかったと思う。
い。もし最初から私を殺すつもりで強力な闇の魔術を使ってきてい
だろう。或いはちょっとした遊び程度のつもりだったのかもしれな
実際、あの死喰い人は相手が学生であることで完全に油断していた
ていたし、一歩間違えていたら今頃私は死んでいるわ﹂
過ぎ。勝ったなんていっても辛勝よ。実力では完全に相手が上回っ
﹁あら心外ね。私は自分の好奇心には正直なのよ。あとパドマは騒ぎ
!
95
!?
?
﹁ピーブズ
﹂
何かくれるの
﹂
?
よぉ﹂
何々
﹁そうね⋮⋮ならこっちに来てくれる
﹁おっ
?
﹁⋮⋮へっ
﹂
﹁ア⋮⋮アリス
﹂
?
﹂
!
﹁ん
別に深い意味なんてないわよ。あくまで感謝の印。とはいえ、
﹁アリス⋮⋮いまのって⋮⋮﹂
初心なのだろうか。
と思ったら、壁を抜けてどこかへと飛んでいってしまった。意外と
﹁な、なななななな⋮⋮何するんだよ∼
像できないぐらいに顔を真っ赤にさせて空中をグルグル回っていた。
いった顔をしていた。ピーブズはいち早く正気に戻り、普段からは想
ピーブズもパドマもアンソニーも何が起こったのか分からないと
﹁まじかよ
﹂
んの一瞬だけ、ピーブズの頬に唇を当てた。
そう言って、私はピーブズの顔を掴み手元に引き寄せる。そしてほ
﹁そうね、期待してくれていいわよ﹂
ピーブズはフヨフヨと私に近付いて期待に満ちた顔をする。
?
﹂
﹁ま ぁ ∼ ね ∼。ボ ク 頑 張 っ た か ら ね ∼。も っ と 感 謝 し て く れ て い い
れたのね﹂
﹁おはようピーブズ。あの時はありがとう、ちゃんと先生に伝えてく
から無理もないだろう。
まぁ普段から悪戯やり放題のピーブズが医務室に乱入してきたのだ
ピ ー ブ ズ が 壁 を す り 抜 け て 現 れ、そ れ を 見 た パ ド マ が 身 構 え る。
!?
?
?
マダム・ポンフリーに一通りの診察をしてもらい、問題はないよう
96
?
少し過ぎた感謝だったみたいね﹂
?
だったので医務室を後にする。医務室を出る途中、一つのベッドにハ
リーが寝ているのが見えたので、パドマに聞こうとしたら医務室の前
で待ち構えていたフリットウィック先生に捕まり、そのまま校長室へ
と連行されてしまった。
校長室ではダンブルドア校長にマクゴナガル先生、スネイプ先生が
いて、あの夜のことについてキツイ説教を受けたあと、あの夜に何が
あ っ た の か 聞 か れ た。あ る 程 度 は ピ ー ブ ズ か ら 聞 い て い た ら し く、
所々不明瞭な部分を私が答えるという流れだ。
﹁ふむ。では君は閲覧禁止の棚に入ったあと校庭に向かい、そこで偶
然死喰い人と遭遇してしまったというわけじゃな﹂
結局あの夜、閲覧禁止の棚に入ったこともバレてしまった。魔力の
残照が残っていたのだとか。次からはそこら辺の隠蔽も徹底しない
といけないな。
﹁はい。そこでピーブズに先生を呼びに行ってもらって、その間持ち
こたえていたというわけです。勝てたのは運が良かったからですね。
一歩間違えれば死んでいたと思いますし﹂
﹁そうじゃな。一年生が死喰い人に勝つというのは、まさしく奇跡に
も等しいことじゃ﹂
そ う 言 っ て ダ ン ブ ル ド ア 校 長 は 青 い 眼 で じ っ と 私 の こ と を 見 る。
心が見透かされているような不愉快な気持ちになるが、ダンブルドア
校長はすぐに視線を外して時計を見る。
﹁ふむ、もうこんな時間かの。話はここまでとしておこう。君は自分
の寮へ戻りなさい。それと今回の件に関する処罰は追って知らせる
ことにする﹂
﹁分かりました。失礼します﹂
先生たちにお辞儀をしてから校長室をでる。螺旋階段を下りなが
らダンブルドア校長が言った処罰について考える。
﹁もう学期は終わるから罰則も限られているだろうけど、減点だとし
たら事が事だし。一〇〇点から一五〇点は固いかしら⋮⋮どうしよ
うかしら﹂
私は、手っ取り早く点を稼ぐ方法はないかと考えらなら寮に向かっ
97
ていった。当然、そんな都合のいい方法は思いつかなかったが。
﹁また一年が過ぎた﹂
ダンブルドア校長が教師陣の座るテーブル前の演説台に立ち話し
始めた。学年度末パーティーが開かれている大広間はスリザリンを
象徴するかのように緑と銀の色で飾られている。寮対抗杯をスリザ
リンが獲得した証だ。
﹁宴 を 始 め る 前 に 少 し お 聞 き 願 い た い。早 く も 一 年 が 過 ぎ、最 初 は
空っぽだった諸君の頭にも多くの知識が詰まっていることじゃろう。
新学年を迎える頃に再び空っぽになっていないことを願っておる﹂
何人かの生徒がダンブルドア校長の言葉に渋い顔をする。ダンブ
ルドア校長はそれに気がついているのかいないのか、構わずに話を続
ける。
﹁さて、それでは寮対抗杯の表彰を行う。点数は次の通りじゃ。四位
グリフィンドール三一二点。三位ハッフルパフ三五二点。二位レイ
ブンクロー四二六点。一位スリザリン四七二点﹂
スリザリンのテーブルから歓声と足を踏み鳴らす音が大きく響き
渡る。それを見た他三寮の生徒の殆どは悔しさを顕わにしていた。
﹁よしよし、よくやったスリザリン。しかし、つい最近の出来事も勘定
に入れなくてはなるまい﹂
その言葉と共に大広間が一気に静寂に包まれる。
﹁駆 け 込 み の 点 数 を い く つ か 与 え よ う。ま ず は ロ ナ ル ド・ウ ィ ー ズ
リー﹂
グリフィンドールの席からざわめきが広がる。呼ばれた本人は困
惑の表情をしていた。
﹁近年、ホグワーツで見ることが出来なかった最高のチェス・ゲームを
見せてくれたことを称えて五〇点を与える﹂
グリフィンドールのテーブルからは先のスリザリンに負けないよ
98
うな歓声が上がる。ロンは顔を真っ赤にしながらも胸を張っていた。
﹁続いて、ハーマイオニー・グレンジャー。火に囲まれながら冷静な論
理を用いて対処したことを称えて五〇点を与える﹂
再びグリフィンドールから割れんばかりの大歓声が上がる。ハー
マイオニーは涙を流しているが、嬉し涙だろう。
﹁そして、ハリー・ポッター。その完璧な精神力と並外れた勇気を称え
て六〇点を与える﹂
瞬間、耳をつんざくような大騒音が響き渡る。その中で誰かが叫ん
だのか、スリザリンと並んだというのが聞こえた。あと一点でも入っ
ていればグリフィンドールがスリザリンを追い抜き優勝できていた
だろう。
﹁勇気にも様々なものがある。敵に立ち向かっていくのにも大いなる
勇気が必要じゃ。しかし、味方の友人に立ち向かっていくのにも同じ
くらい勇気が必要じゃ。よって、ネビル・ロングボトムに十点を与え
る﹂
大広間は大騒ぎとなった。スリザリンを除き全ての生徒が立ち上
がり、叫び、歓声を上げた。その中でもグリフィンドールは凄まじい
もので、ハリーたちを中心に人が集まっていった。
﹁結構結構。じゃが、話はまだ終わっておらんのでな。もう少しばか
り老人の言葉に耳を傾けてくれるかの﹂
ダンブルドア校長の言葉で大広間は次第に静かになっていくが、み
んなすぐにでも騒ぎたいのか、忙しなく身体が動いていた。
﹁さて、喜んでいるところに水を差すようで申し訳ないのじゃが、残念
なお知らせがある。試験が終わった夜にいくつかの校則違反をして
しまった生徒がおる﹂
大広間が先ほどより静かになった。
﹁無断で廊下及び校庭を歩き、図書室の閲覧禁止の棚に入ったアリス・
マーガトロイドを罰し、レイブンクローから一〇〇点減点﹂
多くの生徒の視線が私に集まるのを感じた。特にレイブンクロー
の生徒からの視線が一際強い気がする。周囲を見ると、困惑していた
り蔑むような視線を向けていたりしている生徒が多い。一位がグリ
99
フィンドールになったことで三位に落ちたレイブンクローが、さらに
四位に落ちてしまったのだ。いくらスリザリンを一位から引きずり
落としてもこれでは素直に喜べないだろう。まさしく、ダンブルドア
校長が言ったように水を差された感じだ。
とはいえ、私が校則違反をしてしまったことは事実なのでどうしよ
うもない。
﹁しかし、罰だけではなく同時に評価もせねばなるまい﹂
生徒の視線が再びダンブルドア校長に集まる。
﹁その夜、先生たちが答案の採点を行っているとき、薄くなった警備網
を抜けてホグワーツに侵入した賊がおった。彼女が賊と遭遇したの
は偶然であったが、自身の持てる力を最大限に駆使して、見事、賊を
捕らえることに成功したのじゃ。よって、その功績を称えて一五〇点
を与えることにする﹂
再び喝采が上がった。グリフィンドールのときほどではないが、特
に気にしてはいない。減点で終わると思っていたところに追加点を
貰ったのだからよしとしよう。
今の加点でレイブンクローの得点は四七六点になり四位から二位
へと上がった。一位から三位へと落ちてしまったスリザリンは他と
は変わって静かであり、多くのスリザリン生はグリフィンドールを睨
みつけていた。
﹁さて、得点に変動があったので、飾り付けをちょいと変えねばならん
のう﹂
ダンブルドア校長が手を叩くと、緑と銀で飾られていた大広間は赤
と金の飾り付けに変わり、スリザリンの象徴である蛇が消えてグリ
フィンドールの象徴であるライオンが現れた。
それから学年度末パーティーが始まり、生徒たちは思い思いに話し
食べていた。私もパドマとアンソニーと話しながら料理を食べてい
たが、ハリーたちのことが気になり、視線をグリフィンドールのテー
ブルへと向ける。
私が死喰い人を倒したことが一五〇点の評価だとするなら、三人
100
⋮⋮ い や 四 人 で 一 七 〇 点 を 得 た ハ リ ー た ち は 何 を し た の だ ろ う か。
ダ ン ブ ル ド ア 校 長 が 言 っ た 評 価 内 容 は 意 味 不 明 だ っ た。試 験 が 終
わった時はまだグリフィンドールは最下位だったはずなので、私と近
いタイミングで得点を得たはずだが。
短い時間で多くの点を獲得したハリーたちを不思議に思いながら
パーティーを過ごした。
101
CHAMBER OF SECRETS
夏休み
ホグワーツでの一年を終えた私は夏休みのために家へと帰ってき
た。久しぶりに帰ってきた家は長い間放置していたため埃が積もっ
ていて、帰って早々大掃除から始めることになった。
帰宅する前日には成績表が生徒に配られた。成績は六段階評価と
なっている。
﹁優・O︵大いに宜しい︶﹂
﹁良・E︵期待以上︶﹂
﹁可・A︵まあまあ︶﹂
﹁不可・P︵良くない︶﹂
﹁落第・D︵どん底︶﹂
﹁トロール並み・T﹂
102
以上の六つで評価される。私の成績は優と良で占められているの
で十分な出来だろう。ちなみに二つの良が優になれば、オール優と
なっていた。
二日掛けて家を掃除し終わり、一息ついたところで二階にある作業
場の部屋へと入る。この部屋には人形を作る道具や材料が置かれて
いて、基本的に人形の製作はここで行う。帰りの汽車の中で考えた新
しい人形の設計図を引くために机へと向かった。
今回作る人形は上海や蓬莱と同じタイプの人形だ。新学期まで時
間があるので、それまでに新しく一体の人形を作る予定である。作れ
たらもう一体作りたいが、時間的に全部は作れないので出来る範囲で
作り、学校で仕上げることにする。
│││ガシャン
机に向かっていると突然一階から何かが割れる音が聞こえた。私
!
は溜め息をつきながら一階へと向かいリビングの扉を開く。リビン
﹂
グでは花瓶が床で粉々に散らばっており、その上では半透明の物体が
フヨフヨと浮いていた。
﹁ピーブズ、一体何をやっているの
﹁いや∼、色々と漁っていたらついついぶつかっちゃってね。ごめん
ごめん∼﹂
気持ちが一切篭っていない謝罪を言って部屋の壁をすり抜けなが
ら逃げるピーブズを見て再び溜め息をつく。そう、このホグワーツを
騒がしているゴーストは何を思ってか帰宅する私に憑いてきたのだ。
気がついたのが家に帰ってきてからだったので追い返そうにも出来
ず、学校が始まるまで家に滞在させているのだ。どうやら、ホグワー
ツ憑きではなく私憑きになったことで学校の外にも行動範囲が広
がったらしい。
割れた花瓶を片付けてから部屋へと戻る。一応、ピーブズには無闇
に漁るな、物を壊すな、マグルの目につくなと言ってあるので、ある
程度は大丈夫だと思う。ピーブズとてマグルの世界のど真ん中で大
騒ぎをしたらどうなるか位は分かっているはず。それを防ぐ為なら
ある程度は大目に見てあげるつもりだ。もちろん、やり過ぎたらホグ
ワーツに戻った時にキツイお仕置きを与えることにしている。
部屋に入り机へと向かう。机の上には先ほどまで考えていた人形
の図面が書かれている。今回作る人形は〝露西亜人形〟という人形
だ。基本的な外見は上海や蓬莱と一緒だが、露西亜人形は黄色い服に
ピンクのリボンをつけている。
さらに、今回からは素材にも拘ることにする。今まではマグルの世
界でしか手に入らない素材で作ってきたが、これからは魔法界にある
素材を使って製作するつもりだ。魔法界なら魔術的に優れた素材を
あるだろうし、それを使うことでより高い性能の人形が作れるかもし
103
?
れない。もちろん、上海と蓬莱も一緒に魔法素材仕様に作り変える。
│││ガシャン
﹁⋮⋮﹂
!
立ち上がり音が鳴った場所に向かう。どうやら、あのゴーストには
忠告だけでは足りないみたいだ。今は口だけで済ますが、ホグワーツ
へ戻ったらどんなお仕置きを与えるかを考えておく。
数日後、ダイアゴン横丁に赴きグリンゴッツでお金を下ろした後、
人形の素材として使えそうな物を物色した。生地や小物に関しては
少し見つかったが、期待したほどの収穫は得られずにいた。今回は諦
め て 帰 ろ う か と し た 時 に ダ イ ア ゴ ン 横 丁 の 隅 に わ き 道 を 見 つ け た。
ダイアゴン横丁とは違って薄暗く、日が当たっていない為かじめじめ
としている。壁に打ち付けられた看板を見ると煤けた文字で〝夜の
闇横丁〟と書かれていた。
﹁何か⋮⋮いかにもって感じのところね。でも、行ってみる価値はあ
104
るかな﹂
ダイアゴン横丁とは違い危険を孕んでいる雰囲気の夜の闇横丁に
入っていく。ダイアゴン横丁とは違い人通りはなく、地面は湿ってい
て苔が生えている。建物はどこもカーテンで閉じられており生活感
がまったく感じられなかった。
奥へと入り過ぎないようにしながら歩いていると一軒の建物を見
つけた。他の建物と同じようにカーテンが閉められていたが、看板が
出ているのと入り口にランプが灯っていることから人はいるみたい
﹂
だ。看板には〝ヴワル魔法図書館〟と書かれていた。
﹁こんなところに図書館
期待を込めて私は図書館の中へと入っていった。
ワーツの閲覧禁止の棚にあるような本があるかもしれない。そんな
ると、ダイアゴン横丁では見つからなかったような、それこそホグ
管しているものが真っ当ではないかのどちらかぐらいだろう。とな
のいないところで図書館を構えているなんて、主人が相当な変人か保
るのだろうか。そんなことを思うが、同時に興味が沸いた。こんな人
こんな人の気配がしないところで図書館なんてやっていて意味あ
?
図書館の中へ入った私が見たのは、人一人が通るのがやっとの間隔
で並び立つ本棚だった。どの本棚も天井まであり、その全てに本が
ギッシリと並べられている。近くに受付らしきものも無かったので
奥へと進みながら本棚を見ていく。並べられている本は、フローリ
シュ・アンド・ブロッツ書店にあるものもあれば、ホグワーツの閲覧
禁止の棚で見た本も置かれていた。
奥へと進んでいくと大きなテーブルがあり、そこに一人の女性が
座っていた。薄紫色のネグリジェのような服に同じ色の帽子を着た、
﹂
紫色の髪をした女性だ。女性は本を読んでいた顔を上げて私のほう
へ視線を向ける。
﹁⋮⋮こんにちは。ここは図書館⋮⋮でいいんですよね
女性に向けられた視線に一瞬からだが強張りながらも挨拶をする。
一目見て分かった、というより感じたというほうが正しいか。ダンブ
ルドア校長と対面したときよりも重く感じる空気。この女性⋮⋮多
分私が今まで見た魔法使いの中で間違いなく最高峰の魔女だ。
﹁⋮⋮そうよ。図書館といっても相手を選んでいるけどね﹂
女性が口を開くと同時に、今まで感じていた重い空気が霧散する。
どういうことですか
﹂
もの、価値のあるものも多くあるわ。それをどこの馬の骨とも知れな
い者に見せるのは私のプライドが許さないの。だから、この図書館の
周囲にはここの本を見るに値する者を選定する魔法を張っているの
よ﹂
﹂
﹁ということは、私はここの本を見るのに値する⋮⋮ということです
か
ら貴女を見たときは驚いたわ﹂
あんまり驚いていたようには見えなかったが、とりあえず置いてお
105
?
私は軽く息を吐きながらも女性が言ったことに疑問を感じた。
﹁相手を選ぶ
?
﹁言葉の通りよ。ここにある本は一般的なものもあるけれど、危険な
?
﹁ここにいる以上はそうね。最も、ここ数十年は誰も訪れなかったか
?
く。それより、この女性は何と言った。数十年は誰も訪れなかった
﹁数十年⋮⋮ですか
失礼ですが、おいくつでしょうか﹂
ずにいるとでもいうのだろうか。
見た感じは十代後半ぐらいのこの女性は、その実何十年も年を取ら
?
だけど百年以上は生きているわ﹂
?
﹂
?
﹁いいえ、口には出してないわ。ちょっと貴女の中を覗かせてもらっ
﹁⋮⋮口に出てました
﹁あぁ、残念だけど賢者の石なんかじゃないわよ﹂
フラメルだけだと言われているけどもしかして⋮⋮︶﹂
﹁︵不老不死といえば最近聞いた事があるわね。現在持っているのは
い。まさか不老不死とでもいうのだろうか。
生きた魔女ならさっきの重圧も納得できるが、とてもそうは見えな
女性の言葉に私は驚いた。百年以上生きている
確かにそれだけ
﹁⋮⋮本当に失礼ね。まぁ貴女の疑問も最もかしらね。見た目はこれ
?
開心術⋮⋮確か本で読んだことがある。相手の心を覗き記憶や思
考を読み取る魔法。術者の力量のよっては相手が忘れていることで
すら引き出すことが可能で、これを防ぐには閉心術を使うしか逃れる
術はないというものだ。
﹁その通りよ。思ったより博識なのね﹂
﹁⋮⋮できれば覗かないでほしいのですが﹂
﹂
﹁あぁごめんなさい。そうそう、自己紹介がまだだったわね。私はパ
チュリー・ノーレッジよ。貴女は
﹁アリス・マーガトロイドです﹂
死なないが外傷などの物理的要因では死ぬかららしい。また、捨虫と
不老不死になった魔女らしい。半不老不死というのは寿命や病では
は〝捨虫の法〟〝捨食の法〟と呼ばれるものを身につけることで半
それから、私はパチュリーと色々な話をした。どうやらパチュリー
?
106
ただけよ﹂
﹂
﹁⋮⋮覗く
?
開心術という相手の心を覗く魔法よ﹂
﹁知らない
?
捨食の法はパチュリーが開発したものらしく他に知っている者はい
ないのだとか。
ちなみに、最初はノーレッジさんと言っていたがパチュリーでいい
と言われ、敬語も止めるように言われた。
﹁そう。魂を持った自立行動が出来る人形をね﹂
﹁えぇ、そのために色々魔法書を探しているんだけど、見つからなかっ
たり見れなかったりでね﹂
﹁そういうことならここの本を見ればいいわ。魂関連の本もあるし、
私がここの本を読んでも﹂
危険なのは封印してあるけど外すのは簡単よ﹂
﹁いいの
﹁構わないわ。ここに来れたというだけでも本を見る素質はあるし、
話していてアリスに興味がでてきたからね。ただ持ち出すのは止め
ておいてね。中には原典ものの本もあるから魔法省とかに目を付け
られると面倒だし﹂
﹁分かったわ。けど、そうなるとここにある本をどうやって読もうか
しら﹂
ここにある本の数は膨大だ。全部を読むには相当な時間が掛かる
だろう。九月からは学校が始まるため読める時間はさらに短くなる。
それをパチュリーに相談したところ、以外にも解決策がすんなりと
帰ってきた。
﹁そ っ か、ア リ ス は 学 生 だ も の ね。中 々 時 間 が 取 れ な い か ⋮⋮ あ っ。
アレまだあったかしら﹂
そう言ってパチュリーは椅子から立ち上がり奥へと進んでいき、数
分後なにやら大きなキャビネットを浮かしながら持ってきた。
﹁これは姿をくらますキャビネットといってね。対になっているもう
﹂
一つのキャビネットに呪文を唱えることで繋げることができるのよ﹂
﹁それが何の解決になるの
﹁以前私がホグワーツに通っていたときに、必要の部屋にこのキャビ
?
107
?
﹂
ネットの対となっているキャビネットを置いておいたのよ﹂
﹁必要の部屋
﹁ホグワーツにはいくつかの仕掛けがあるのは知っているわよね。必
要の部屋はそのうちの一つよ﹂
パチュリーの言う必要の部屋とは、ホグワーツの八階にある隠され
た部屋のことで、普段はただの石壁だが、石壁の前を三回歩き回りな
がら自身の目的を心に強く思い浮かべる事で、その目的に合致した部
屋が現れるというものらしい。パチュリーはこの部屋にキャビネッ
トを隠したとのことだ。
ちなみに、この部屋に入るためには〝誰にも邪魔されずに本を読め
る部屋〟と思い浮かべなければならないのだとか。
﹁分かったわ。ホグワーツに戻ったら探してみるわね。今日はありが
とう﹂
﹁気をつけてね。またいらっしゃい﹂
パチュリーと分かれて薄暗い路地を進み、ダイアゴン横丁へと戻
る。今日は思った以上に収穫があった。いや、収穫なんて言ったら失
礼か。
ともあれ、これで研究を随分進めやすくなった。危険を冒して閲覧
禁止の棚へ侵入する必要もなくなったし、必要の部屋の使用にさえ気
をつければ問題ないだろう。
私はダイアゴン横丁の上でフヨフヨ浮いていたピーブズを回収し
てから帰路についた。
途中、電車に揺られながら毎回ダイアゴン横丁に行くのには大変だ
と思い、煙突飛行ネットワークを家の暖炉に組み込もうと考えてい
た。
108
?
Re:ホグワーツ
時折揺れる椅子に座りながら手元の本に目を落とす。魔法の研究
を記述したこの本も、この夏で随分とその厚みを増した。
あの日、夜の闇横丁でパチュリーに出会ってからというもの、休み
の間はずっとヴワル魔法図書館に詰め掛けていた。ヴワル魔法図書
館にはホグワーツでは決して見ることの出来なかった多くの本が保
管されているので、とても夏休みの間だけでは全部を読むことは出来
なかった。最初は魂関連の本に絞って読んでいこうとしたのだが、基
礎は大事にしていきたいし一足飛びに魂を研究しても良い結果は出
ないと思ったので、簡単な部類の本から始めている。
﹁やっぱり、ホグワーツに戻ったら必要の部屋を探す事が第一ね﹂
パチュリーに言われた必要の部屋なら学校側に知られる危険性も
なく研究ができるらしいので、今後の研究を行っていく上で重要な部
109
屋になるだろう。とはいえ、入り口の壁を強力な魔法で無理やりに破
壊した場合は、使用者の部屋の入り口が破壊されるのと同義らしいの
で注意が必要とのことだ。
﹁お∼いぃ、アリスぅ。暇だよ∼﹂
ふいに上から声が聞こえてきたので顔を上げる。そこではピーブ
ズが手に知恵の輪をカチャカチャと弄りながらプカプカ浮かんでい
た。
﹂
﹁だったらそれを解いていたらいいじゃない。まだ解けていないんで
しょう
ピーブズがここにいるのがバレないように認識阻害の魔法を掛け
秘密なんだし﹂
﹁いいわけないでしょう。唯でさえ貴方が学校を抜け出しているのは
に悪戯してきていいでしょ∼﹂
﹁やだよぉ、これ全然解けないし飽きちゃったよ。ねぇねぇ他の部屋
ようだ。
買ったもので、最初は物珍しそうに弄っていたがもう飽きてしまった
この知恵の輪は、汽車での移動中ピーブズが静かにしているように
?
ているのに、それを台無しにするつもりだろうか。ちなみに、この認
識阻害の魔法はパチュリーから教わったもので、相手の意識に気付か
れないで干渉して術者のいる一定範囲の空間を認識できなくする魔
法だ。パチュリーオリジナルの魔法らしく、今までこの魔法を破った
魔法使いはいないらしい。この魔法を、コンパートメントを覆うよう
に掛けてピーブズを隠しているのだ。でなければピーブズの存在が
一発でバレてしまうだろう。
まぁ、車内販売の人もこの部屋に気付かないで通り過ぎてしまうと
いう欠点はあるが、それは汽車に乗っている間の欠点であって、普通
暇だ暇だ∼
﹂
に使う分には高い性能の魔法だろう。
﹁やだやだ∼
ブズに向かって飛んでいく。
ちょ
待って待って
分かった静かにs﹁シュカッ﹂うわぁ
!
今まで椅子に座っていた蓬莱は、私の声に反応すると動き出しピー
い。蓬莱﹂
﹁⋮⋮ そ ん な に 暇 な ら 学 校 に 着 く ま で 追 い か け っ こ で も し て い な さ
!
ぐ に ピ ー ブ ズ に 向 か っ て 距 離 を 詰 め る。蓬 莱 が 持 つ 剃 刀 は パ チ ュ
リーと一緒に開発した魔術処理が施してあり、ゴーストであるピーブ
ズにも触れる、つまり斬ることが可能な剃刀なのだ。注意して見れば
刃の部分に薄っすらと文字が彫りこんであるのが見える。
ピーブズが蓬莱から逃げ惑うのを見ながら、私は残りの二体の人形
にも指示を出す。
﹁上海、水筒から紅茶を入れて頂戴。露西亜は鞄からクッキーを出し
て頂戴﹂
指示を出すと上海と露西亜は浮かびながらそれぞれ準備を始めた。
夏 休 み の 終 わ り に 完 成 し た 露 西 亜 も 問 題 な く 動 い て い る。紅 茶 と
クッキーの準備が終わったのを見計らって、二体には蓬莱と一緒に
ピーブズの追いかけっこに参加させる。装備は上海がランスで露西
110
!
!
手に剃刀を持って。
﹁えっ
﹂
!?
ピーブズは蓬莱の振った剃刀をギリギリ避けて離れるが、蓬莱はす
!?
ギブギブ
﹁スパッ﹂ひゃぁ
ちょっアリス
た⋮⋮助けて∼
﹂
これ以上はm﹁シュカッ﹂ちょ
亜が鎌だ。当然蓬莱の剃刀と同じ魔術処理済みである。
﹁えっ
﹁ヒュッ﹂ひぃ
!?
﹁アリス
久しぶりね
﹂
﹂
﹂
アリスも元気そうでよかったわ。汽車の中を探したけど
見つからなかったから心配してたのよ
﹁もちろん
?
しばらく観察していると、後ろから聞きなれた声が聞こえてきた。
る。見たことはないけど。
目が白く、黒毛に骨ばった外見の馬だ。翼はドラゴンの翼に似てい
車に繋がれているのは普通の馬ではなかったが。
き開けた場所に出ると、そこには多くの馬車があった。とはいえ、馬
て行かれるのを見ながら去年とは違う道を歩いていく。五分ほど歩
汽車が停車したのを確認して降りる。一年生がハグリッドに連れ
とクッキーを片手に外の景色を眺めていた。
ピーブズの断末魔を無視しながら、ホグワーツに到着するまで紅茶
!
!
!?
!
!
﹁久しぶりパドマ。元気だった
!
とはいえ悪い事をした。
﹁やぁ二人とも。久しぶり﹂
﹁久しぶりアンソニー。いい夏休みだったかしら
?
﹂
?
﹁馬って⋮⋮どこにいるの
﹂
?
?
﹁どこといっても⋮⋮馬車の前にいるでしょ
ちょうど棒の間に﹂
そう尋ねると二人は首を傾げて不思議そうな顔をしていた。
﹁ねぇ、二人はこの馬がどういった生き物か知っている
見計らってか、馬車に繋がれている生き物がゆっくりと動き出した。
くなってきたのを見て私たちも馬車へと乗る。私たちが乗ったのを
久しぶりに会うパドマとアンソニーの二人と軽く話すが、人が少な
﹁まぁまぁだね。怪我もなくゆっくりできたよ﹂
﹂
そういえば認識阻害の魔法を張っていたな。ピーブズを隠すため
?
!
111
!?
!?
﹂
﹁⋮⋮いや、何もいないけど﹂
﹁何かいるの
セストラル
﹁⋮⋮セストラル﹂
﹁えっ
﹂
?
車を引いているのがそうなのかい
﹂
﹁⋮⋮聞いたことある。白い目に骨ばった外見の天馬がいるって。馬
るのはセストラルじゃないかしら﹂
き物よ。前に読んだ本に書いてあったのだけど、多分馬車を引いてい
﹁天馬の一種で〝死〟を見たことのある人しか見ることができない生
﹁なにそれ
﹂
物。本に書いてあった外見的特長も一致している。
た事がある人だけで、それ以外の人は決して見ることが出来ない生き
本には書いてあった。その天馬を見ることが出来るのは〝死〟を見
天馬の一種で、普通の人には見ることができない天馬がいるとその
読んだ魔法生物の生態について書かれていたことを思い出した。
なんで私にだけ見えているのだろうと疑問に思ったとき、ふと以前
まるで気付いてさえいないかのような態度だ。
見れば誰も馬車を引く馬に関心を抱いていないように見える。いや、
どういうことだろう。二人には見えていないのだろうか。周りを
?
門を通り城へと到着した私たちは新入生歓迎のために大広間へと
と認識できる必要がある。私の場合は両親の死だろうか。
トラルが見えるほどの死を見るというのは、自身がその死をはっきり
二人は残念がっているが普通は見えないほうがいいだろう。セス
﹁僕も駄目だ﹂
﹁駄目だわ。やっぱり見えない﹂
セストラルを見ようとしているみたいだ。
そう言うと、二人は身を乗り出して馬車の前を凝視する。どうにか
﹁外見的な特徴は合っているし、そうだと思うわ﹂
?
112
?
?
向 か う。ち な み に ピ ー ブ ズ は 城 に 到 着 し た 途 端 に ど こ か へ 消 え て
いった。
レイブンクローのテーブルに座り、雑誌を読みながら新入生が入っ
てくるのを待つ。ちなみに今読んでいる雑誌は〝ザ・クィブラー〟と
いうものだ。載っている記事は様々で、毎回欠かさずに載っている記
事もあれば一度しか載らない記事もある。時事関係の記事もあるが
日刊預言者新聞に比べて支離滅裂で荒唐無稽な内容が殆どという、一
種のゴシップに分類されても仕方がない雑誌だ。事実、愛読者以外に
はゴシップ雑誌としての印象が強いらしい。とはいえ、偶に確信めい
た事や全く新しい考え方が載っているときがある為、私は毎月欠かさ
ず読んでいる。
しばらくして大広間の扉が開き、マクゴナガル先生に引率された新
入生が入ってきた。恐らく大広間に掛けられた魔法に驚いているの
だろう。何人かの新入生はキョロキョロと周囲を見渡している。そ
れをテーブルに座っている生徒が微笑ましそうに見ている。スリザ
リンは例外だが。
そういえば、グリフィンドールにハリーとロンの姿が見えないな。
あの二人ならハーマイオニーと一緒にいると思ったんだけど、グリ
フィンドールのテーブルを端から端まで見渡しても二人の姿は見え
ない。
まぁ、あの二人のことだからホグワーツに来る途中で何かやらかし
て、スネイプ先生あたりに説教でもされているのだろう⋮⋮考えてお
いてあれだけど、非常にしっくりきたのは何故だろうか。
それからは去年と同じように組分け帽子による寮決めが行われた。
余談だが、組分け防止が去年歌った歌詞と今年の歌詞が異なってい
た。周りの話を聞いていると、どうやら毎年違うらしい。まさか一年
かけて歌詞を考えているのだろうか。一年で唯一の見せ場とはいえ
ご苦労なことだ。
歓迎会の宴も滞りなく終わり、一年ぶりにレイブンクローの寮へと
戻ってきた。途中、濁ったブロンド色をした髪の女の子がレイブンク
113
ローの列から離れて、フラフラとどこかに行きそうになっていたので
手を引っ張って連れてきた。私が手を引っ張っている間、女の子は特
に気にした様子もなくキョロキョロと視線を動かし、時にはじっと肖
像画や像を見ていた。
談 話 室 へ と 入 り、女 の 子 の 手 を 離 す。女 の 子 │ │ │ ル ー ナ・ラ ブ
﹂
グッドと言っただろうか。手を離した途端、目をパチパチと瞬かせて
⋮⋮いつここに来たのかしら⋮⋮ねぇ、貴女知ってる
周囲を見たあと私に視線を向けた。
﹁
んだけど⋮⋮もしかして気がついていなかったの
﹂
﹁貴女がフラフラ何処かに行きそうになっていたから引っ張ってきた
いなかったとでもいうのだろうか。
をして聞いてきた。まさか、ここまで引っ張ってきたのに気がついて
まるで談話室に来たのを今気がついたかのように不思議そうな顔
?
た。
﹁私、ルーナ・ラブグッド。貴女は
﹁⋮⋮アリス・マーガトロイドよ﹂
﹂
屋へと歩いていった⋮⋮と思ったら突然振り返り、駆け足で戻ってき
私が彼女の言動に疑問を感じていると、彼女は他の人に混ざって部
なら何で聞いたのかしら。
ビックリしちゃったわ﹂
﹁う う ん、気 が つ い て た よ。い き な り 手 が 引 っ 張 ら れ る ん だ も ん。
?
私は重く感じる足を動かしながら部屋へと向かっていった。
この短時間で随分と疲れた。今日はさっさと寝てしまおう。
た。その姿が見えなくなると同時に、私は短くも深い溜め息を出す。
そう言って、今度こそルーナは階段を登り部屋へと向かっていっ
﹁そう。ここまで連れてきてくれてありがとう。またね﹂
?
114
?
悪いこと・良いこと
ホグワーツへ戻ってきた翌日からさっそく授業が始まった。新学
期最初の授業ということもあって、やっているのは前学期の復習と
いったものが殆どだ。レイブンクローでは殆どの生徒が休みの間も
勉強をしていた為かそこまで苦に感じている生徒はいなかったが、他
の寮では勉強していなかった生徒が殆どらしく復習だというのに悪
戦苦闘していた。
そして、今日は今学期初めての闇の魔術に対する防衛術の授業があ
る日だ。時間割の都合上グリフィンドールとスリザリンとの合同授
業となった。
﹁はぁ∼ロックハート様。いよいよそのお姿を間近で見ることができ
るのね﹂
115
廊下を歩く私の隣では、パドマが闇の魔術に対する防衛術の新任教
師であるギルデロイ・ロックハートの写真を片手に恍惚の表情を浮か
べていた。あまりの態度に思わず一歩引いてしまったのは仕方がな
いと思う。
﹁まったく、あんな奴のどこがいいんだか﹂
そんなパドマを見てアンソニーが不機嫌そうにロックハート先生
の悪態をつく。それに反応したパドマがアンソニーをきつく睨んだ。
﹂
﹁ふん、ロックハート様の偉大さを理解できないなんてどうしようも
ないわね。アリスもそう思うでしょ
それに、いままでの業績を買われて教師への推薦︵主に週刊魔女の
象を感じてしまう。
かに美形だとは思うがあの言動で全て台無しどころかマイナスの印
が、どうにもあの作ったような中身がない言動が好きになれない。確
一度ダイアゴン横丁の本屋で撮影をしているのを見たことがある
えず、私はロックハート先生に対してはあんまり興味ないわね﹂
﹁人の好き嫌いはそれぞれでしょうから私からはなんともね、とりあ
そこで私に話を振られても非常に困るんだけど。
?
読者から︶を得たらしいが、正直それも怪しいと思う。彼が今まで発
行した著書の出来事を全て行ったというならば確かにすごいことだ
ろうが、私はどの本も中身が薄いように感じた。話に現実味がなく上
辺だけで書いている文章が殆ど、というより全部がそうだ。吸血鬼や
狼男と遭遇して﹁恐ろしかった﹂や﹁大変だった﹂という一言で済ま
しているのはどうなんだろう。本当に本で述べているように死闘を
演じたというならば、その時の気持ちや感じたこと、場の臨場感を
もっと細かに再現できるはずだし、本として出すならそうするべきで
ある。なのにあんな⋮⋮はっきり言えば幼稚な文章で書かれた本に
真実味なんて感じるわけもない。
少なくても私は、前学期に死喰い人と戦ったことを﹁恐ろしかった﹂
や﹁大変だった﹂の一言で済ますことはできないわね。
﹁そう⋮⋮でも心配しないでアリス。少数だけどアリスみたいに最初
は興味なかったけれど、本を読んだり話を聞いていくうちにロック
ハート様の偉大さに気付く人もいるわ﹂
別に心配なんてしていないのだけど。今のパドマに何を言っても
無駄な気がしたので適当に流してさっさと教室へと向かうことにす
る。
教室ではグリフィンドール、スリザリン、レイブンクローの生徒が
それぞれ別れるようにして座っていた。教室前方の左側がグリフィ
ンドールで右側がスリザリン、後ろ側の席がレイブンクローといった
感じだ。とはいえ、別にそうやって席が決められているわけではな
く、グリフィンドールとスリザリンの仲が悪い為自然とそういう風に
分かれているのだ。レイブンクローは残った席に座っているだけで
あるが、やはりスリザリン嫌いはどこの寮でも同じなのかグリフィン
ドール寄りに陣取っている。
ドラコの席の隣が空いていたのでそこに座ろうとしたが、ドラコに
嫌われているのを思い出して踏みとどまる。私は別に気にしないが
116
態々荒波を起こす必要もないだろう。私たちは若干スリザリン寄り
の真ん中近い机に座った。
授業の開始時間になると教室奥の階段上にある扉が開かれ、ファッ
シ ョ ン 誌 に で も 出 る か の よ う な 格 好 の ロ ッ ク ハ ー ト 先 生 が 現 れ た。
先生はグリフィンドールの席に近付き、ネビルの持っていた本を手に
取り、高々と掲げて表紙を教室全体に見えるようにしている。表紙に
は先生がウィンクしている写真が移っており、それに負けじと先生も
ウィンクをした。女生徒から黄色い声が上がり、男子生徒からは不機
嫌な視線を送られているが、先生は気にしていないのか気付いていな
いのか男子の反応には無反応だった。
﹁私だ。ギルデロイ・ロックハート。勲三等マーリン勲章、闇の力に対
する防衛術連盟名誉会員。そして、
﹃週刊魔女﹄五回連続﹃チャーミン
グ・スマイル賞﹄受賞。もっとも、私はそんな話をするつもりではあ
りませんよ。バンドンの泣き妖怪バンシーをスマイルで追い払った
訳じゃありませんしね﹂
⋮⋮多分、先生なりのジョークだったのかもしれないけれど、教室
で反応したのはごく少数だった。ちなみにその少数にパドマとハー
マイオニーが含まれているのは余談だ。
﹁全員私の本を揃えているね。よろしい。授業は始める前に簡単なミ
ニテストを行おうと思います。心配しなくてもいいですよ。君たち
がどのくらい私の本を読んでいるのかちょっとチェックするだけで
すからね﹂
そう言って全員に用紙を配り終えると、教室の前に戻り開始の合図
をした。一応指定された本は全て読んで覚えてはいるので問題はな
いと思うが、正直あれを読んだ時間を今からでもいいから返して欲し
いと思う。
問題のテストだが⋮⋮五問目で回答する気がなくなって思わずペ
ンを置いてしまった私は悪くないと思う。あまりに内容が幼稚すぎ
るし途中から問題ではなくアンケートとなってしまっているのだ。
とはいえ、空白回答で先生の不況をかうのも面倒なので、自分で自
117
分を奮い立たせながらペンを走らせていく。
﹁⋮⋮ふぅ、どうやら殆どの生徒が私の本を読んでいないようだね。
あんなにも分かり易い場所に書いてあったのにちっとも答えられて
いない。しかし、中にはとても読み込んでいる生徒もいるようだ。ミ
ス・ハーマイオニー・グレンジャーにミス・アリス・マーガトロイド
﹂
の二人は完璧に答えられている。二人とも満点だ。二人はどこにい
ますか
まったくもってすばらしい
グリフィンドールとレイ
ハーマイオニーが勢いよく手を上げるのに対して、私はしぶしぶと
手を上げる。
﹁すばらしい
気をつけて
れている。
﹁さぁ
﹂
魔法界の中で最も穢れた生き物と戦う術を授け
ように持って来る。中からキーキーと泣き声が聞こえガコガコと揺
教壇の前に置かれていた布を被せた籠のようなものを生徒に見える
先生は一先ず満足したのか、ようやく授業を始めるようだ。先生は
ここまで貰って嬉しくない得点というのもそうそうないだろう。
ブンクローにはそれぞれ十点あげましょう
!
!
!
精です
そこの君、今このピクシー妖精が本当に危険なのか疑問に持
﹁さぁどうです。捕らえたばかりのコーンウォール地方のピクシー妖
が、殆どの生徒は笑いを堪えるようにしている。
十匹と蠢いていた。それを見て何人かの生徒は小さく悲鳴を上げた
剥がした。顕わになった籠の中には小さい群青色をした生き物が何
そう言って先生は鳥かごに被せられた布に手を掛けて一気に引き
ようにお願いしますよ﹂
ないことを約束しましょう。君たちに願うのは一つ、落ち着いている
には私がいるのですから。私がいるうちは君たちに一切危害を与え
ないような経験をするでしょう。しかし心配には及びません。ここ
るのが私の役目です。この教室で君たちは今までに体験したことも
!
118
?
!
!
ちましたね。無理もない、こいつらは見た目がこんなですからね。し
かし油断は禁物です。ピクシー妖精は厄介で危険な小悪魔になりえ
﹂
ます。それでは、君たちがピクシー妖精をどう扱ってみせるか⋮⋮お
手並み拝見
言い終えると同時に先生は籠の蓋を開ける。その瞬間、多くのピク
シー妖精が飛び出してきた。というか本当にこの先生は何を考えて
いるのだろうか。普通こういうのは一人ひとり順番に対処させるも
のではないのだろうか。それを禄に対処法を教えないでただやって
みろなんて、教師として失格以前の問題だろう。
そんなことを考えている間にもピクシー妖精は教室中を飛びまわ
り、器物を破壊し生徒の服や教科書を破ったりしている。気がつくと
ネビルが天井のシャンデリアにぶら下げられていた。
私の方にも一匹向かってきたので、タイミングを見計らって手で払
い落とす。机に叩きつけたせいかピクシー妖精はそのまま動かなく
なった。仲間がやられて逆上したのか他のピクシー妖精が一斉に私
目がけで迫ってきた。さっきのテストの鬱憤を晴らす意味も込めて
ドールズ︵上海・蓬莱・露西亜をまとめた呼び方︶で一匹ずつ首を切
り落としてやろうかと思ったが、それをやると騒ぎどころではないの
で自重する。
﹁〝イモビラス │動くな〟﹂
私は杖をピクシー妖精に向けて動きを阻害する呪文を放つ。杖か
ら発せられる光に当てられたピクシー妖精は宙で静止してプカプカ
と漂っている。対象をピクシー妖精に絞ってこんどは教室全体に呪
文を放つ。全てのピクシー妖精が止まったのを確認した私は、先生に
﹂
後始末を任せようとするが教室のどこを探しても先生の姿が見えな
い。
﹁⋮⋮アンソニー、先生はどこにいったのかしら
後の一匹が入ると同時に授業終了の鐘が鳴った。私は教科書をまと
私は軽く杖を振って静止したピクシー妖精を籠へと押し込む。最
⋮⋮もうどうでもいいや。
﹁ピクシーが暴れだしてからすぐに別室に引っ込んでいったよ﹂
?
119
!
めて次の授業の教室へと重い足取りで向かっていった。
︻アリスが出て行ったあとの教室︼
﹁おい見たかよ﹂
﹁あぁ見た。レイブンクローのマーガトロイドだろ。前々から優秀な
﹂
はっきりとは
奴だと思ってたけど、休み明けてから一段と際立ってないか
﹁それ僕も思った。何ていうか雰囲気っていうのかな
?
ね﹂
﹁マーガトロイドさん格好良かったね。見た
賛されたが、ハリーはどこか納得がいかなかった。
仕方のないことともいえる。ネビルからお礼を言われ、ロンからは賞
いから言ってもらいたいと考えるのは、年齢や過去の境遇を考えれば
のアリスだけでなく同じ寮生である自分のことも凄いと一言でもい
ろしたぐらいだが。確かにアリスに比べて見劣りはするものの、他寮
たのだ。とはいえ退治したのは二匹で、ネビルをシャンデリアから降
実のところ、ハリーもアリス程ではないがピクシー妖精に対処してい
教 室 の 壁 に 移 動 し て つ ま ら な い 視 線 を 向 け て い る の は ハ リ ー だ。
﹁︵確かにアリスは凄かったけど僕だって︶﹂
盛り上がりを見せている反面、一部の生徒はそれに混ざらずにいた。
の行動を見てそれぞれが盛り上がっている。男子も女子も関係なく
教室に残った生徒│││主にグリフィンドールだが一連のアリス
かったよね﹂
﹁それもだけど、ピクシーを素手でバシンって叩き落としたのもすご
に向かって冷静に対処した杖捌き﹂
向かってきたピクシー
分からないんだけど、僕たちよりずっと上にいる感じがするんだよ
?
一方スリザリンではグリフィンドールとは異なり、あまりいいよう
に話されてはいなかった。
120
?
﹁ふんっ、なによあの女。相変わらずすかした態度して。穢れた血の
分際で﹂
そう言ってアリスの悪態をついているのはパグ犬のような顔をし
た女生徒パンジー・パーキンソンだ。彼女はグリフィンドールのハー
マイオニーと仲が悪いことで有名だが、アリスのことも非常に嫌って
いるのだ。とはいえ、グリフィンドールみたいに突っかかってきたこ
とはないので表だって行動はしていないが、マグル生まれのアリスを
相当嫌悪しているのはスリザリン生なら殆どが知っている。
﹁確かにそうだね。グリフィンドールの連中みたいに馬鹿じゃない分
﹂と言ってドラ
マシだけど、穢れた血であることに変わりはないからね﹂
とう言うドラコに対してパンジーは﹁そうでしょ
コに抱きつく。パンジーはドラコに好意を寄せており、そのドラコが
自分と同じことを考えていたのが嬉しいようだ。
しかし、口ではスリザリン生らしく語っているドラコだが、内心で
はアリスがマグル生まれであることを非常に残念がっていた。あれ
だけの才能に加えて容姿も良いし性格も悪くはない。ただ一点穢れ
た血であることが欠点であるのだ。もしアリスが純血であったなら
恐らくスリザリンに入っていたとドラコは考えている。そうなれば
純血としてよい関係を結べていたかもしれないが、考えても意味のな
いことだと切り捨てる。
﹁さて、僕たちも次の教室へ向かうか﹂
ドラコたちは教科書をまとめて、他の生徒に混ざって移動を始め
た。
︻OUT︼
新学期が始まってから初めての休日。私は前々から計画していた
必要の部屋の探索をしている。パチュリーによれば必要の部屋があ
るのは八階にある〝バカのバーバナスがトロールにバレエを教えよ
121
!
﹂
うとしている絵が描かれた大きな壁掛けタペスロリー〟の向かいに
ある石壁とのことだ。
﹁ピーブズ。近くには誰もいないわね
﹁オッケーオッケー。状況は全てオールグリーンてね﹂
必要の部屋に入るのを他者に見られたくはないので、ピーブズに周
囲の警戒をさせている。ピーブズなら壁をすり抜けられ姿も消せる
し、気配を察知するのにも優れているので探索させるのに適役なの
だ。
ピーブズのお陰で目的の場所まで人目に付かず辿り着けた私は、石
壁の前でパチュリーに教わったとおりに強く念じて三回往復する。
﹁︵誰にも邪魔されずに本を読める部屋⋮⋮誰にも邪魔されずに本を
読める部屋⋮⋮誰にも邪魔されずに本を読める部屋⋮⋮︶﹂
キッチリ三回往復して石壁に向き直ると、そこには人一人通れるぐ
らいの扉が現れていた。扉を開けて中へ入る。部屋の中は図書館の
ように本棚が一定の間隔で並べられていて、高さは大広間ぐらいあり
天井近くまで本棚が伸びている。部屋の中央にはC字の形をした机
が置かれていて、その上に小さな石版が置いてあった。
﹁パチュリーが言っていた石版っていうのはこれね﹂
私は石版に手を置き、適当に欲しい本を思い浮かべる。すると周囲
の本棚からいくつかの本が飛んできて机の上に置かれた。
この石版はこの部屋の中にある本の検索機能と出し入れを行うこ
とができる制御盤とのことだ。石版に手を置きながら欲しい本を思
い浮かべると、それに沿った内容の本が自動で手元へやってくるの
だ。これだけの量の本なので、こういった機能がないと本一つ探すの
も大変だろう。
そういえば、この部屋に入ってからピーブズがやけに静かだと思い
近くの本棚を探していると、本を十メートル近く積み上げているピー
ブズを見つけた。普通ならおしおきをするところだが、ここの本には
保護呪文が掛けられているので傷つく心配はないし、散らかっても勝
手に元あった場所へ戻る仕組みになっているらしいので、ここにいる
間は大目に見ることにする。
122
?
とりあえず、本命のキャビネットを調べることにする。キャビネッ
ト自体はさっきの机の横に置いてあったのがそうだろう。机に戻り
キャビネットをパチュリーに指示されたとおりに調べる。どうやら
壊れたりはしていないようだ。
私は予め書いておいた手紙をキャビネットに入れて、中のものを送
る呪文を唱える。
﹁〝ハーモニア・ネクテレ・パサス │そのもとに還れ〟﹂
呪文を唱えると、キャビネットの中からシュンという音が聞こえ
た。開 け る と キ ャ ビ ネ ッ ト に 入 れ た 手 紙 は な く な っ て い る。再 び
キャビネットを閉めてしばらく待つ。すると再びキャビネットから
シュンと音が聞こえた。開けると中には数冊の本と手紙が一通置か
れていた。私は送られてきたものを一度机に置いて手紙を読む。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
元気にしているかしら
部屋を見つけるのに随分時間がかかったようね。それとも単純に
時間が取れなかっただけかしら
手に取ったその本は黒の表紙に銀糸でタイトルが縫われているだ
﹁黒の本⋮⋮これね﹂
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
パチュリー
なさいね。何事も基礎は大事よ。
それじゃ失礼するわね。研究もいいけれど勉強の方もやっておき
もう使わないしね。
ば大抵のことは分かるわ。この前偶然発掘したからあげるわ。私は
ワーツにいたころに作った本よ。ホグワーツのことならそれをみれ
それと、送った本の中に黒色の本があるわよね。それは私がホグ
前にリストを送ってくれるかしら。探すのが面倒だから。
キャビネットで送ってちょうだい。それと欲しい本があるときは事
とりあえず、頼まれてた本を数冊送っておくわ。読み終わったら
?
け の シ ン プ ル な も の だ。大 き さ は 文 庫 本 程 度 で 厚 さ は 一 セ ン チ 程。
123
?
ちなみにタイトルは〝本の虫〟である。本の虫って⋮⋮
﹂
でもパチュリーが作ったというのだから、そんな意
タイトルを無視して本を開く。パラパラと捲っていく全ての頁が
白紙だった。
﹁なにかしら
唯の白紙の本
?
どざざざざざ
t﹁あっ﹂│││
くに何故かあったキッチンで紅茶を入れて、ゆっくりと本を読み始め
パチュリーからの予想外のプレゼントに気分がよくなった私は、近
﹁これはとんでもないわね。まぁ、ありがたく使わせてもらうけど﹂
となのか。
の中で動く点に校長の名前⋮⋮人の動きまでも調べられるというこ
の上には〝アルバス・ダンブルドア〟と書かれている。校長室の地図
さらによく見ると、浮かび上がった地図の上で点が動いていた。点
る仕組みになっているようだ。
ているようで、知りたい場所を言うことで地図や説明文が浮かび上が
この本⋮⋮恐らくホグワーツにあるあらゆる場所について書かれ
﹁パチュリー⋮⋮貴女なんてもの作ってるのよ﹂
いき校長室の場所と地図に合言葉が浮かび上がってきた。
今度は 〝校長室〟と本に向かって言う。すると再び本が捲れて
﹁これは⋮⋮﹂
もが書かれていた。
場所と談話室の地図、さらには今日出題されている入り口の問題まで
字や地図が浮かび上がってきた。見ると、レイブンクローの寮がある
ペラペラと本が捲れていきある頁で止まったかと思うと、その頁に文
試しに本に向かって〝レイブンクローの談話室〟と言う。すると
のか
について分かる。ということは何かを調べる為のものということな
そういえばパチュリーの手紙にはそう書いてあった。ホグワーツ
﹃ホグワーツのことなら大抵のことは分かるわ﹄
味不明なものじゃないと思うけど。
?
!
124
?
﹁⋮⋮﹂
先ほどピーブズがいた場所から何かが│││本だろうけど│││
崩れ落ちる音が響いた。その影響で埃が舞う。
﹁⋮⋮ドールズ。ピーブズと追いかけっこをしてあげなさい。ここは
広いからね、思いっきりやっていいわよ﹂
私が合図を出すとドールズはピーブズのいる場所に向かって飛ん
でいった。ドールズには当然武器を持たせている。
やばっ
﹂
私は埃を払って椅子に座り、紅茶を一口飲んでから本を読み始め
た。
あれは⋮⋮げっ
!
﹁あらら、やっちゃった⋮⋮んっ
﹁⋮⋮﹂﹁⋮⋮﹂﹁⋮⋮﹂
!?
ちょっとストップ ﹁スカッ﹂ひっ ﹁シュカ﹂﹁シュッ﹂ちょ
!
無 言 は 怖 い ∼ ﹁ス パ ッ﹂
!
!
せめて何か喋らして
﹂
!
﹁ひゃぁ
まっ
! !?
ぎゃぁぁぁぁぁぁ切れたぁぁぁぁ
125
?
!!
!
犠牲と疑惑
必要の部屋を見つけてからというもの、休日やまとまった時間が取
れれば部屋に篭りっぱなしの日々が続いた。とはいえ、パドマたちに
怪しまれても面倒なので平日はあまり使っていない。
部屋を使い始めた頃は、主に新しい人形作りとヴワル図書館の本を
読むことに集中していた。今回作る人形は〝京人形〟といって日本
の人形を参考にしたものだ。この京人形にはある特殊な仕掛けを施
すつもりであり、そのためにもパチュリーからさまざまな呪いに関す
る本を借りている。
また魂に関する研究だが、この間ある魔法について記述された興味
深い本を見つけた。〝ホークラックス〟または〝分霊箱〟とも呼ば
れている魔法である。自身の魂を引き裂き、引き裂いた魂を物質に込
めることで霊魂を分かち擬似的な不死になるというものだ。ここで
私が注目したのは〝魂を引き裂き物質に込める〟という部分である。
この本を読んだとき、私の頭の中ではバラバラだったパズルが次々
と組み合わさっていくような感覚を感じた。伊達に今まで本を読み
続けてきたわけではない。特にパチュリーに出会い数々の禁書もの
の本を読めたことも大きいだろう。
﹁理論に間違いがなければ⋮⋮人形に魂を宿す基礎は揃ったわ。あと
はより完璧にするために細部を修正していけば﹂
ホークラックスを参考にすることで恐らく魂を宿した人形を作り
出すことが出来る。ただし、二点だけ問題がある。恐らく大丈夫であ
ろうがパチュリーに相談してみたほうがいいだろう。万が一不具合
があった場合無事にはすまない可能性がある。
一点は魂を分ける方法。ホークラックによる魂の分割は〝殺人〟
を行う必要があるが、正直言って難しい以前の問題だ。これに関して
は別の方法を探さなければならない。
もう一点は魂を分割したとき私自身に影響がでないかどうか。魂
を引き裂くというのは壮絶な痛みを伴うというし、その影響は肉体に
126
まで響くらしい。このホークラックスを記述した魔法使いも分霊箱
を作った際には顔が醜く爛れ身体の一部が麻痺したらしい。さすが
にそこまでなってまでこの方法を試したくはない。
この問題については一度パチュリーに相談する必要があるため保
留にしておく。出来れば直接話したいのでクリスマス休暇のときが
いいだろう。それまでは人形作りと魔法の訓練を行うことにする。
1 0 月。ハ ロ ウ ィ ー ン の 日 に あ る 事 件 が 起 こ っ た。そ れ は ホ グ
ワーツの管理人であるフィルチさんの飼い猫ミセス・ノリスが石にな
るというものだ。それも全身金縛り術とは違う完全な石になってい
る。完全石化は恐ろしく強力な闇の魔術である。パチュリーやダン
ブルドア校長レベルなら出来るだろうが、並どころかそこらの強力な
闇払いとて扱えないほど高度な魔法だ。生徒は完全石化の魔法がど
れだけ強力か知らないだろうからそこまで警戒はしていないようだ
が、先生たちは明らかに警戒している。
だが、先生たちが警戒している理由はもう一つの方が大きいだろ
う。ミセス・ノリスが石となった現場の壁に残されたメッセージ。血
で書かれたそれは酷く不気味な雰囲気を放っていた。
〝秘密の部屋は開かれたり 継承者の敵よ、気をつけよ〟
秘密の部屋。継承者の敵。
今ホグワーツではこの話で持ちきりだ。秘密の部屋とは何なのか、
継承者の敵とは誰のことなのか。生徒たちはその謎を知ろうと調べ
ているが未だに判明したことはない。最近になって一つ進展したこ
とがあれば、ハーマイオニーが魔法史担当であるゴーストのピンズ先
生に尋ねたことであろうか。ゴーストとなって長く魔法史の教職に
立っていたピンズ先生ならば秘密の部屋について何か知っているの
で は、と 思 っ た の だ ろ う。事 実、ピ ン ズ 先 生 は 秘 密 の 部 屋 に つ い て
知っており、最初は話すのに渋っていたがハーマイオニーに説き伏せ
られ淡々と語りだした。
ピンズ先生が言うには、秘密の部屋とはホグワーツ創設者の一人で
あるサラザール・スリザリンが学校を去る前に残した隠し部屋のこと
127
で、彼の新なる継承者のみが秘密の部屋を解き放ち、そこに封じられ
た恐怖を解き放つことができる。そしてホグワーツからサラザール・
スリザリンが魔法を学ぶにふさわしくないと思う者を追放・排除する
のだとか。
それからもハーマイオニーや他の生徒があれこれと質問したが、秘
密の部屋は存在しないと思っているピンズ先生に無理やり打ち切ら
れてしまい、それ以上のことは知ることが出来なかった。
まぁ、それは一般生徒の話である。
本の虫。ものは試しと秘密の部屋について調べてみたら見事にそ
の詳細が記されていた。基本的にはピンズ先生が言ったように、秘密
の部屋はサラザール・スリザリンが作った隠し部屋であり継承者⋮⋮
サラザール・スリザリンの血を引く者のみその扉を開き、中に封印さ
れた怪物を操れるという。継承者とはスリザリンの血筋の者であり、
パーセルマウス│││蛇語を話せる者を指す。それは秘密の部屋に
続く扉は蛇語でなければ開けることができないからだと書かれてい
た。
しかし極端に言えば、蛇語さえ話せれば誰でも開けることは可能と
いうことになる。蛇語は殆どが先天的なものだが、後天的に習得する
ことは不可能ではない。試しに必要の部屋で蛇語についての本を探
してみたら〝鼠でも分かる蛇語入門∼初・中級編∼〟と〝最高峰の蛇
使い〟という本が見つかったのだ。
封印された怪物というのは毒蛇の王として有名な大蛇〝バジリス
ク〟のことらしい。体長は長い固体で15m程にもなり、牙には猛毒
が含まれている蛇だ。しかしバジリスクの最大の特徴は黄色の眼で
あり、この眼を直視した者は即死し、間接的に見た場合でも石化して
しまうという死の毒を宿している。継承者はこのバジリスクを蛇語
に よ っ て 操 り ホ グ ワ ー ツ か ら 魔 法 を 学 ぶ に 値 し な い 者 を 排 除 す る。
それが現在ホグワーツに伝わる秘密の部屋に関する伝説だ。
128
本の虫をさらに読み進んでいくと、秘密の部屋の入り口や部屋及び
学校と繋ぐ地図、入り口を開けるための蛇語と発音まで書かれてい
た。正 直、ど う や っ て こ こ ま で 調 べ た の か が 気 に な る。も う パ チ ュ
リーがスリザリンの継承者なのではと言われても納得してしまいそ
うだ。
今日は今シーズン初めてのクィディッチ試合がある日だ。組み合
わせはグリフィンドール対スリザリン。いつもならスリザリン以外
の三寮によるグリフィンドールの応援で賑わっているのだが、今日ば
かりは皆がスリザリンに注目していた。その中心は今年新しくシー
カーとなったドラコとメンバー全員が持つ最新型の箒〝ニンバス2
001〟であるのは明らかだろう。聞いた話だとドラコのお父さん
がスリザリンのメンバーに寄付したらしい。来賓席を見るとドラコ
に似た男性が姿勢正しく座っていた。多分、あの人がドラコのお父さ
んなのだろう。
試合はスリザリンの優勢で進んだ。スリザリンの実力が高いこと
もあるのだろうが、一番の原因はグリフィンドールのビーター二人が
試合から外れ、ハリーの傍に付き添っていることだろう。なぜグリ
フィンドールのビーター二人がハリーの傍から離れないのか。まぁ
答 え は 簡 単 だ。何 故 か 一 つ の ブ ラ ッ ジ ャ ー が ハ リ ー だ け を 執 拗 に
狙っているのだ。ブラッジャーからハリーを守るためにビーターが
付き添っているのだが、そうするとスリザリン側のブラッジャーによ
る攻撃を防ぐものがいないグリフィンドールはどうしても動きが制
限されてしまう。その影響は確実に出ており、すでにスリザリンに六
〇点もリードされている。
一旦グリフィンドールがタイムアウトを取ったのを境にグリフィ
ンドールのビーターはハリーから離れる。ハリーは未だ執拗に襲っ
129
てくるブラッジャーを避け続けていた。
それから数十分経っただろうか。右目の視界から気になるものを
見つけた。意識を試合から外し、右目の視界を共有しているドールズ
へと集中する。実は試合の観戦中ドールズを遠隔操作によって動か
していたのだ。これは日ごろやっている訓練の延長で、騒音の中で別
のことに意識を向けていてもドールズを動かせるようにしているた
めである。最近では始めの目的通りにほぼ無意識で操作ができるよ
うになっている。その訓練の最中にドールズと視界を共有させてい
る中で気になるものがあったのだ。
ドールズと視覚を共有した右目に移ったのは、スリザリン側の応援
席で高い位置にある場所。そこの席に骨組みの影にいたのは、蝙蝠の
ような長い耳に大きな目が飛び出している小さな生き物がいた。そ
の生き物はクィディッチの試合を見ながら左手の指を空に向けて指
揮者のように動かしている。視覚を共有していない左目で相手の視
線の先を見ると、どうやらハリーを見ているようだ。そしてハリーを
襲 っ て い る ブ ラ ッ ジ ャ ー と こ の 生 き 物 の 指 の 動 き が 一 致 し て い る。
ということは、あのブラッジャーはこの生き物が動かしているのだろ
うか。
私は離れた場所│││離れているのはドールズだが│││から相
手の様子を観察する。指の動きは収まることがなく逆に勢いが増し
ているが、それと同時にこの生き物の表情もどんどんと歪んでいって
いる。その顔はやりたくもないことをやっているといった感じだ。
ハリーを襲うブラッジャーの動きが激しくなっているのか、さっき
まで避けていたハリーに少しずつ当たってきている。そろそろ止め
させないとまずいかなと思った私はドールズに武器を持たせてゆっ
くりと相手に近づかせる。だが少し距離を詰めたところで私はドー
ルズを止めた。なぜなら視界に映る相手の正体を思い出したからだ。
屋敷しもべ妖精。魔法族の家に仕えている妖精の一種である。基
本的に温厚で、自身の主の命令には絶対服従の存在。だが、彼らしも
べ妖精が人間より下という訳ではなく、むしろ数々の魔法を杖もなし
に使用できるので、その実力は人間の魔法使いよりも上だろう。ただ
130
し、しもべ妖精としての生き方ゆえか人間に対して攻撃の姿勢を見せ
ることはないらしい。もしあるとしたら、仕える主によって命令され
たときぐらいである。
﹁︵あのしもべ妖精は誰かの家に仕えていて⋮⋮主人に命令されてい
るのだろう︶﹂
しもべ妖精が命令させられてハリーにブラッジャーを襲わせてい
るのは多分間違いない。しかし、そうなると迂闊に手は出せなくなっ
た。しもべ妖精は強力だ。今の私じゃ勝てないだろうし人形だけで
なんてなおさらだろう。それに主人に報告されても面倒だ。
私はドールズをその場から離れさせて戻ってくるように指示を出
す。残 念 だ け ど ハ リ ー に は 自 力 で ど う に か し て も ら う し か な い。
まぁ、本当に危なくなればダンブルドア校長が助けるだろう。
あの後、試合はハリーがスニッチを取ったことでグリフィンドール
の勝利となった。どうやらスニッチはドラコの頭上にあったらしく、
それに気づかなかったドラコがスリザリンのキャプテンから怒鳴ら
れているのが帰り際に見えた。ハリーはスニッチを取ったのはいい
ものの、ブラッジャーに当たってしまい腕を骨折したようである。こ
こでマダム・ポンフリーのところに行って治療をしていればよかった
のだろうが、いつもの如く自信満々に競技場に入ってきたロックハー
ト先生が治療をすると言い出した。ハリーは嫌がっていたが無視し
ているのか気づいていないのかロックハート先生は杖をハリーの腕
に向けて呪文を唱えた。
結果として骨折はなくなったが同時に骨もなくなるという珍現象
が起こり、気まずくなったのかロックハート先生はそそくさと立ち
去っていった。ハリーはというと、ロンとハーマイオニーに連れられ
て医務室へと向かっていった。
131
﹁静粛に﹂
暗い夜の大広間に自信に満ちた声が響き渡る。テーブルは壁際に
避けられ、中央に設けられた舞台の上に立っているロックハート先生
が集まった生徒を見渡しながら話し出す。
﹁この度、ダンブルドア校長から私が決闘クラブを開くお許しを得ま
した。私自身が数え切れないほど経験してきたように、自らを護る必
要が生じた場合に備えてしっかりと鍛え上げるためです。詳しくは
私の著書を読むように﹂
そう切り出したロックハート先生は助手として連れてきたらしい
スネイプ先生と模範演技を行うようだ。
そもそも、なぜこのようなイベントが設けられたのか。私的には
ロックハート先生が目立ちたい場を求めた結果な気がするが、これを
機に自衛する力を少しでも身に付けさせようという学校側の考えも
あると思う。
理由は数日前、クィディッチの試合があった日の夜に、グリフィン
ドールの一年生がミセス・ノリスと同じように石になる事件が起こっ
たのだ。生徒が襲われ、学校側として何か対策を取るべきだと話が上
がった際に、ロックハート先生が決闘クラブを進言したらしい。提案
自体は悪くなかったのですんなりと話は通ったようだ。教えるのが
ロックハート先生ということで不安の表情を隠しもしなかったよう
だが。
ちなみにこれはピーブズ情報。本当、間諜としては優秀なゴースト
だ。
先生たちによる模範演技はスネイプ先生の武装解除術によって一
瞬で決着がついた。何やらロックハート先生はわざとやられたみた
いなことを言っているが、あれを見て信じる人は相当の信者か現実逃
132
避者だろう。
それから集まった生徒たちは二人組みとなって練習を始めた。私
はパドマとやろうかと思ったが、パドマはアンソニーと組んでいたの
﹂
で別の人を探している。しばらくうろついていると、見覚えのある
濁ったブロンド色の髪の子が見えた。
﹁こんばんは、ルーナ﹂
﹁こんばんは⋮⋮アリスは練習しないの
﹂
﹁うん。別にいいよ﹂
うか。蛇語を覚えたとは思えない。ハリーは日々の勉強にさえ追い
接聞けたことはいい経験だったが、なぜハリーが蛇語を喋れるのだろ
喋っていたのがパーセルタング│││蛇語なのか。希少な蛇語を直
パーセルマウス。ルーナの言うことが正しいなら、さっきハリーが
いた。
ルーナはそう言って、ハリーが出て行った入り口の方をずっと見て
﹁びっくり。ハリーってパーセルマウスだったんだ﹂
いう音は蛇の声に似ているような感じがした。
かって何か喋っていたらしい。そういえば、先ほどのシューシューと
周りの話を聞いていると、どうやらハリーがドラコの出した蛇に向
とについて話しているようだ。
リーがいなくなると同時に周囲の喧騒が戻る。皆先ほど起こったこ
ロ ン と ハ ー マ イ オ ニ ー に 引 っ 張 ら れ て 大 広 間 か ら 出 て 行 っ た。ハ
その後はハッフルパフの男の子が怒ったように出て行き、ハリーも
言っているのかは分からない。
喋っているようだったが、シューシューとしか聞こえないので何を
上 に い る ハ リ ー に 視 線 が 集 ま っ て い る。ハ リ ー は 下 を 向 い て 何 か
が急に静かになった。どうしたのかと皆の視線の先を追うと、舞台の
練習の出来る広い場所へ移動しようとしたとき、騒々しかった周囲
﹁それじゃここは狭いし、もうちょっと広いところに⋮⋮何かしら
﹂
﹁相 手 が い な く て ね。も し 空 い て い る よ う だ っ た ら 一 緒 に や ら な い
?
ついていないとハーマイオニーから聞いたことがあるので、蛇語なん
133
?
?
てものを学んでいる暇はないだろう。それなら先天的に喋れるとい
うことだろうか。サラザール・スリザリンは千年以上昔の人物だから
僅かにでも彼の血がハリーに流れている可能性はあるし、そうでなく
ても血など関係なしに喋れる可能性もある。
理由は何であれ、ハリーが蛇語を喋れるというのはここにいる全て
の生徒が知った。正直、今の時期に蛇語が喋れるなんて知られるのは
悪いことしかないだろう。真実はどうであれ、これでハリーがスリザ
リンの継承者かもしれないという疑惑が出てきたのだから。
翌日、ホグワーツでは昨夜のことで話が持ちきりだった。たった一
晩だというのに、もうハリーがスリザリンの継承者だという話になっ
ている。マグル生まれの人はハリーに近づかず、それ以外の生徒も恐
﹂
うだ。
それからも二人の注意を受けながら大広間へと向かう。本来なら
ば こ の 時 間 は 薬 草 学 の 授 業 が あ る は ず だ っ た が 休 講 と な っ た の だ。
天候が崩れた影響でスプラウト先生がマンドレイクに付きっ切りに
なって世話をしているらしい。石化したミセス・ノリスやグリフィン
ドールの一年生を蘇生させるには成熟したマンドレイクが必要なの
で育成に気が抜けないのだろう。
134
ろしいものを見るかのようにハリーから距離を置いていた。それは
私の目の前で話しているパドマとアンソニーも例外ではないらしい。
﹁ア リ ス も 気 を つ け た ほ う が い い わ。何 さ れ る か 分 か ら な い ん だ か
ら﹂
﹂
﹁はぁ⋮⋮みんな気が早すぎないかしら。まだハリーが継承者だって
決まったわけではないでしょう
のさ
﹁でも、彼はパーセルマウスだよ。彼が継承者でなくて誰が継承者な
?
どうやら蛇語が喋れる=継承者という図式が出来上がっているよ
?
階段を降りて大広間へと近づいてきたところで誰かの騒ぎ声が聞
こ え た。声 が 聞 こ え た と こ ろ へ 向 か う と 人 垣 が 出 来 て い る。何 が
あったのか見ようとするも、唯でさえ狭い通路に大勢の生徒が集まっ
ているものだから見ることが出来ない。
﹁⋮⋮見えないわね。上海﹂
私は上海を飛ばして視覚共有を行う。右目には上海の視界│││
﹂
上から見下ろしている光景が映る。
﹁どうアリス
﹁⋮⋮ハリーがいるわね。それと床にフレッチリーが倒れているわ。
すぐ傍に⋮⋮グリフィンドールのゴーストもいる⋮⋮二人とも動い
てないわね﹂
私が状況を説明するとパドマの息を呑む音が聞こえる。ちなみに
フレッチリーというのはハッフルパフの二年生で決闘クラブの日に
ハリーに対して怒っていた生徒だ。
フレッチリーとゴーストが動かない様子はミセス・ノリスの時と
まったく同じだ。恐らく石化しているのだろう⋮⋮ゴーストの場合
は石化と言うのだろうか。
それにしても、一連の騒動を起こしているのが本当にバジリスクだ
としたら石化した者はどれだけ運がいいのか。バジリスクと遭遇し
て石化するということは直接眼を見ないで間接的に見たということ
になる。これまで4人︵内1匹︶も犠牲となっているのに誰も直接見
ていないというのはある意味凄いことだと思う。
その後は、騒ぎを聞きつけたマクゴナガル先生がやってきて生徒は
教室へ戻るよう指示を出し、先生はハリーを連れてどこかへ歩いて
いった。
135
?
秘密の部屋 ing∼after
スリザリンの継承者による3回目の事件。
あの日からホグワーツではパニックに近い騒ぎになっており、もう
すぐやってくるクリスマス休暇では殆どの生徒が実家へ帰るために
準備をしていた。
ハリーはというと、決闘クラブからそれほど時間を置かずに例の事
件が起きたせいでホグワーツ内では孤立状態になっていた。ハーマ
イオニーやロンとその家族は今まで通りに接しているようだったが、
それ以外の生徒はグリフィンドール生でも距離を置いているようだ。
そんな中、私はというといつものように必要の部屋に篭っていた。
とはいえ、あまり篭りすぎるとパドマたちが心配して探しにくるので
前より使用できる時間は短くなっている。
クリスマス休暇中にパチュリーと話し合う内容をまとめながら、京
人形の作成と〝双子の呪い〟の練習を続けている。今作っている京
人形は本来の使用方法をした場合消耗品となってしまうため、双子の
呪いによって数を増やさないと使えないのだ。
とはいえ、双子の呪いは上級呪文なので難易度も高い。練習用の人
形をコピーして練習しているが成功しないか不出来なものがコピー
されるかの繰り返しだ。
まぁ、この呪文は成功するまでひたすら繰り返すしか練習の仕方が
ないので、クリスマス休暇が明けるまで形だけでも成功すれば上出来
だろう。
それからクリスマス休暇が始まるまでは授業と宿題、必要の部屋で
練習の日々が続いた。
双子の呪文は未だに成功しないが、京人形に関してはほぼ完成して
いた。残る作業は京人形と私の間に特殊なラインを繋げるだけなの
だが、これが難しい。ラインの内容が内容なだけに仕方がないのだ
が。
136
パチュリーに相談すれば恐らく何かしらの解決策が見つかると思
う。しかし何でもかんでもパチュリーに相談していたのでは悪いし、
私としてもプライドがあるからできれば自分の手で完成させたい。
まぁ、そこまで急いで完成させる必要もないし、本の虫を見ていれ
ばバジリスクの位置も分かるから襲われて命を落とすなんていうこ
ともないだろう。秘密の部屋に侵入すれば別だが、態々バジリスクの
いる場所に出向く必要がない。
とはいえ研究素材としては非常に興味がそそられる存在ではある。
特にバジリスクの毒は一般には出回らず、アクロマンチュラの毒より
も希少価値が遥かに高い。何とかして手に入れられないだろうか。
クリスマス休暇に入り、私は大勢の生徒に混じってホグワーツ特急
に乗りロンドンへと戻ってきた。帰って早々漏れ鍋に部屋を取り、荷
137
物を置いてパチュリーのところへと向かう。
ダイアゴン横丁を抜けて夜の闇横丁に入る。暫くジメジメした狭
い道を歩いているとヴワル図書館が見えてきた。
扉に近づき軽くノックする。
﹁パチュリー、入るわよ﹂
﹂
扉を開けて中へと入る。
﹁⋮⋮は
散らかった本を戻しながら奥へと進んでいく。そしてパチュリー
いのか戻る気配がなかったのだ。
掛けた魔法で勝手に戻っていくはずなのだが、どうにも機能していな
を振るって本棚を直して本をしまっていく。本来ならパチュリーが
予想外の光景に戸惑っていたが、このままじゃ中に入れないので杖
だ。
なく収められていた本は全て放り出されて、足の踏み場がないほど
見る影もなく倒れており、中には折れている本棚もある。本棚に隙間
通り埋め尽くされている光景だった。均一に整頓されていた本棚は
中へと入った私の目に入ってきたのは、部屋の中が本によって文字
?
がいつも本を読んでいるスペースに辿りつくと、そこには一際高く積
み重なった本の山があった。その山も上の方から順番に片付けてい
﹂
き、ある程度片付いたところで紫色の何かが出てくる。
﹁ちょっとパチュリー、大丈夫
﹁むきゅ∼﹂
ある程度は予想していたが、本の下から出てきたのはパチュリー
だった。
どうやら気を失っているようで声を掛けても﹁むきゅ∼﹂としか言
わない。仕方がないのでパチュリーを寝室へと連れて行き、パチュ
リーが起きるまで部屋の片付けでもやっておくことにした。
結局、その日の内にパチュリーが目覚めることはなく、目を覚まし
たのは翌日の昼に差し掛かった頃だった。
﹂
﹁⋮⋮昨日は迷惑を掛けたみたいね﹂
﹁別にいいけれど、何があったのよ
﹁失敗
﹂
﹁たいしたことじゃないわ。ちょっと失敗しただけよ﹂
?
どうやら事の経緯を説明する気はないようだ。話を振るたびに視
クリスマス休暇に入るなりいき
線をずらしているが、よく見ると耳がうっすらと赤くなっている。
本当に何をやったのだろうか。
﹁それで、今日はどうしたのかしら
なりやってくるなんて珍しいわね﹂
﹁好奇心って怖いわよね﹂
通2年生が知るべき魔法ではないわよ
﹂
しょう。それにしてもよくホークラックスなんて見つけたわね。普
こ と は 可 能 だ と 思 う わ。問 題 点 に つ い て は 恐 ら く な ん と か な る で
﹁⋮⋮なるほどね。確かにホークラックスを使えば人形に魂を与える
私はホークラックスの件についてパチュリーに話す。
﹁ちょっとパチュリーに相談したいことがあってね﹂
?
?
138
?
﹁⋮⋮アリスが気にすることじゃないわ﹂
?
﹁言うようになったわね。まぁいいわ。それでさっき言った問題点に
ついてだけど﹂
パチュリーが言うには分霊箱の役割を持つほどに魂を分割するな
らば殺人が必要だが、人形の魂を形成するための核にする程度ならば
殺人の必要はなく、儀式によって分割する程度で十分らしい。
また、魂を分割したときに起こりえる肉体への影響については、そ
れなりの痛みを伴うのは避けられないが僅かに魂を分割する分には
影響はないだろうということ。ようは肉体の外傷と同じで、小さな切
り傷ならば時間を置けば自然と治癒するが、腕を切断した場合は元の
形には戻らないという風に考えていいらしい。
﹂
﹁とまぁ、このぐらいかしらね。この程度ならアリスでも分かると思
うけれど
﹁分かっても確証ができないから不安は残るのよ。場合によっては自
﹂
ら痛みを知って成長していくのも必要とは思うけれど、活用できるも
のがあるなら活用すべきと言ったのはパチュリーでしょ
らば魔法省の監視を気にすることなく魔法を使うことができるのだ
魔法使いにつけている匂いを無効化することが可能なのだ。ここな
のがあり、そこでは外部と完全に遮断されているため魔法省が未成年
していった。ヴワル図書館の部屋の一つに魔法の訓練部屋みたいな
てもらい双子の呪いの練習と京人形に繋げるラインについて研究を
それからは、クリスマス休暇が終わるまでパチュリーの部屋を貸し
更興味を引くものではないのだろう。
リーが作った本の虫に散々秘密の部屋について書かれてあったし、今
たが、特に何かを言ってくるといったことはなかった。まぁパチュ
継承者や秘密の部屋のことが話しに出てくると詳しく話しを聞かれ
それからはお互いの最近あったことを話し合った。スリザリンの
いわ﹂
﹁正面から私を活用したと言われても反応に困るんだけど⋮⋮まぁい
?
が、流石に無条件では使わせてもらえず、休暇中に本の整理や掃除を
やらされることになった。
139
?
クリスマス休暇が終わりホグワーツに戻ってきた私は早速必要の
部屋へと入ろうとしたのだが、ハーマイオニーがクリスマス休暇中か
ら医務室に泊まりっぱなしなっていると聞いたので一度お見舞いに
行ったが、面会謝絶となっているため直接会うことは出来なかった。
授業が再開してからはこれといって特別なことは起こらず、スリザ
リンの継承者による襲撃も落ち着きを見せていた。
そんな日々が続いたが、2月終盤に入るとホグワーツは独特の雰囲
気に包まれていた。原因は最早説明も不要といえるロックハート先
生だ。これまで何度も秘密の部屋の事件は解決したと言い張ってき
たが、今回は学校中の落ち込んでいる気分を盛り上げるためにバレン
タイン・イベントを催したのだ。
バレンタインの日は一部を除く生徒はもちろんのこと、先生たちも
表情を一切動かさずに淡々と過ごしていた。特にマクゴナガル先生
とスネイプ先生の剣幕は凄まじく、無表情で一言も喋っていないのに
も関わらず生徒を黙らせ、淡々と授業を進めていく。そんな中でバレ
ンタイン・カードを配達している小人には多くの人が同情の視線を向
けていた。
またこの時期になると迫る学年末テストに向けて宿題が大量に出
されるので、必要の部屋に行ける回数も随分と減った。
京人形の作成は寮の部屋でも出来るのですでに完成したが、肝心の
ラインが出来ていない。普通に動かす分には問題ないのだが肝心の
機能が実装できていないのだ。
双 子 の 呪 い に つ い て は 最 近 に な っ て 成 功 す る よ う に な っ て き た。
成功といっても形だけで、露西亜をコピーしてもその中身まではコ
ピーできていない。
今学期中は双子の呪いを習得することに専念し、人形に魂を込める
儀式は夏休みにヴワル図書館の部屋を借りて行うことにした。
140
今 日 は 久 し ぶ り の ク ィ デ ィ ッ チ の 試 合 が 行 わ れ る。空 は 快 晴 で
クィディッチには申し分のないコンディションだ。試合の組み合わ
せはグリフィンドール対ハッフルパフ。両チームとも普段以上に気
合が入っており、特にグリフィンドールはこの試合の結果によっては
優勝杯を手にすることができることもあり観客含めて異様な盛り上
がりを見せている。
両チームとも最後の作戦会議が終わったのか、箒に跨りいつでも開
始できる体勢だ。
フーチ先生が中央に入りクァッフルを構える。
そして、クァッフルを放り上げる瞬間、競技場に予想外の人物が
入ってきた。
入ってきたのはマクゴナガル先生で、フーチ先生と何か喋ってい
る。
そして話が終わったのか、マクゴナガル先生は手に持っていたメガ
﹂
141
ホンを構えて競技場全体に聞こえるかのように叫んだ。
﹁この試合は中止です
だろうか。
スリザリンの継承者が誰かは分からないけれど、一体何が目的なの
れるだろう。
は今までの犠牲者同様石になっただけらしいので近いうちに治療さ
私もハーマイオニーが襲われたと聞き心配になるが、話を聞く限り
がり、中にはすすり泣いている人もいる。
周りでは自分たちの寮の監督生が襲われたということで悲鳴が上
ンクローの監督生のクリアウォーター先輩とハーマイオニーらしい。
よる被害が出たというものだった。犠牲になったのは二人で、レイブ
寮へと戻った私たちに聞かされたのは、再びスリザリンの継承者に
いるが、先生は耳を貸さずに寮へと戻るようメガホンで叫び続けた。
グリフィンドールのキャプテンがマクゴナガル先生に詰め寄って
凄まじく、自分たちの寮監に対して野次や怒号を叫んでいる。
その言葉を聞いた会場は騒然となった。特にグリフィンドールは
!
バジリスクを使っているにも関わらず死者は一切出さずに石にす
るだけに留めている。殺すつもりはないのか、ただ単に偶然が重なっ
て死者が出ていないだけなのか。
伝説通りマグルを学校から追放するならば石にするなんて中途半
端なことはせずに殺したほうが効率がいいだろう。バジリスクの眼
で殺せなくても、石にしたあとに殺せば済む話なのだから。それとも
殺せない事情でもあるのか。あるいは別に目的があるのか。
翌日、朝食を取るために大広間へ行くと、スリザリンのテーブルか
らドラコが大きな声で話しているのが聞こえた。ドラコが必要以上
に大きな声で話すのは、話の内容を誰かに聞かせるためというのが殆
どだ。そしてその対象はグリフィンドールというのもほぼお決まり
となっている。
ドラコになるべく近い位置に座り話に耳を傾ける。
昨日の夜にドラコの父親と魔法省大臣がやってきてハグリッドを
アズカバンに送り、ダンブルドア校長を停職にしたのだとか。ハグ
リッドは前回秘密の部屋が開かれたときの容疑者としての前科から
今回も疑われ、ダンブルドア校長は一連の事件を防ぐことができな
かったのが原因みたいだ。
学年末試験が3日後に迫り、生徒たちは課題や勉強に時間の殆どを
費やしていた。
どうやら殆どの生徒は一連の事件があったため、学年末試験が行わ
れるとは思っていなかったようだ。まぁ、私もこの騒ぎの中試験なん
てやっている余裕があるのかと思っていたが、普段から予習復習だけ
は欠かさずやっていたお陰で他の生徒ほど切羽詰まってはいない。
また、マクゴナガル先生からマンドレイク薬が今夜にも出来上がる
という知らせも受けた。これでバジリスクによって石になった人た
ちは治療されるだろうと多くの生徒が安堵の息を吐いている。一部
の生徒はクィディッチの試合が再会されたとかスリザリンの継承者
142
を捕まえたとかを期待していたみたいだが外れたみたいで残念がっ
ていた。
午前の授業を終えて、昼食を食べるために大広間へと移動している
ときにマクゴナガル先生の声が学校中の廊下に響き渡った。
﹁生徒は全員それぞれの寮にすぐに戻りなさい。また教師は全員職員
室へと集まってください﹂
突然の出来事に生徒は呆然とするが、今までの経緯からしてすぐに
寮へと戻れということは、再びスリザリンの継承者による被害が出た
のだろうと簡単に想像がついた。
生徒は我先と寮へ向かって走り、私も生徒の流れに逆らえずにその
まま寮へと向かっていった。
寮へと戻った私たちが知らされたのは、予想通り再びスリザリンの
継承者による襲撃があったということだ。ただし、今回は今までの犠
牲者ように石になって見つかったのではなく、秘密の部屋へと連れ去
られてしまったらしい。
連れ去られたのはグリフィンドールの一年生であるジニー・ウィー
ズリーらしいのだが、ウィーズリー家は純血の家系のはずだ。その末
である彼女がなぜスリザリンの継承者に襲われたのだろうか。
周囲では純血であっても襲われると騒いでいて、純血非純血関わら
ず怯えていた。
その後、生徒は一歩たりとも寮を出ないようにと厳重に注意して先
生は寮から出ていった。
先生が出ていったと同時に談話室の中は喧騒に包まれる。怯える
もの、涙を流すもの、呆然とするもの、部屋の隅で縮こまっている人
など反応は様々だが皆パニックになっている。男子監督生のレイン
ス先輩が生徒を落ち着けようとしているが、あまり意味をなしていな
いようだ。
あの後、何とか混乱は落ち着き、生徒は全員寝室へと向かっていく。
一部の生徒は寝室へと戻らずに談話室で過ごしているようだ。その
143
殆どが男女のペアというのも分かりやすい。
ちなみにパドマとアンソニーも談話室に残っている組だ。
私はというと、寝室の机に向かいながら本の虫を見ている。この本
ならば秘密の部屋の中であろうと誰がいるかぐらいなら知ることが
出来る。
以 前 調 べ た 秘 密 の 部 屋 の 入 り 口 が あ る 三 階 の 女 子 ト イ レ を 探 す。
本がパラパラと捲れてゆき、一つの頁で止まるとインクが滲み出して
きた。
三階女子トイレ周辺の地図が浮かび上がる。一番奥のトイレには
〝マートル〟の文字と黒点が書かれている。
入り口を確認し、そこから秘密の部屋へ順番に調べていこうとした
ところで、地図の隅に三つの黒点が現れた。黒点は女子トイレへと入
り、中央にある洗面台の前で止まる。
黒点にはそれぞれ〝ハリー・ポッター〟〝ロナルド・ウィーズリー
〟〝ギルデロイ・ロックハート〟の名前が書かれている。
この状況で三人が女子トイレにやってくるのか分からずにしばら
く様子を見ていると、ロックハート先生の黒点が洗面台に向かった途
端に消えた。それに続くようにハリーとロンの黒点も消える。
あの洗面台は秘密の部屋の入り口になっているはず。そこで三人
の黒点が消えたということは、秘密の部屋へと入ったということか。
確かにハリーなら蛇語を喋れるので入ることは可能だろう。ハリー
が入り口を知っていたのには驚いたが。
三人を追いかけて本の頁を捲っていく。最近知ったのだが、地図に
浮かび上がった人物をマーキングすることでその人物を自動で追い、
それに合わせて地図も変化していくのだ。
今回はハリーにマーキングをする。女子トイレの地図は消えて、新
たに蟻の巣のように入り組んだ地図が浮かび上がった。
三 人 の 黒 点 は 広 い 空 間 に ま と ま っ て い た が す ぐ に 移 動 を 始 め た。
三人が秘密の部屋への道順を知っているのかは分からないが、確実に
秘密の部屋へ向かって移動をしている。
144
途中、道が狭くなっているところで三人は止まった。その中でハ
リーの黒点だけがゆっくり動いていたが、ロックハート先生の黒点が
ロンの黒点に向かって動きすぐに離れる。
すぐに三人の黒点は激しく動き回り、ハリーの黒点は道の奥へと進
み、ロンとロックハート先生の黒点は道を少し戻ったところで止まっ
ていた。
その後、ハリーだけの黒点だけが動き出して奥へと進んでいく。一
本道となった道を進んでいったハリーは秘密の部屋への扉に辿り着
き、中へと入っていった。
部屋の中では、奥へ進むハリーの黒点とは別に三つの黒点があっ
た。一つはジニー・ウィーズリーの名前が書かれていて部屋の奥で動
かずにいる。もう一つの黒点は部屋壁の中にある空間にいてバジリ
スクと書かれている。
だが最後の黒点には名前が書かれていなかった。最初は部屋の一
部かとも思ったが、黒点は確実に動いているので生き物であることは
間違いないはずだ。
ハリーはジニー・ウィーズリーへと近づき、少し時間を置いて名前
のない黒点が二人に近づく。名無しの黒点とハリーは話でもしてい
るのかしばらく動きを見せなかったが、少しずつ名無しの黒点が部屋
壁へと近づいていく。すると壁の中からバジリスクが出てきて、ハ
リーは部屋の入り口に向かって移動を始めた。バジリスクは名無し
の黒点とジニー・ウィーズリーを通り過ぎハリーを追っている。
バジリスクはこの名無しの黒点の人物が操っているので間違いな
いだろう。となると、この人物がスリザリンの継承者ということか。
さすがにハリーが逃げるよりもバジリスクが追う速度の方が速い
のか、すぐに追いつかれてしまう。ハリーとバジリスクの距離があと
僅かとなったところで、その場に新しく乱入者が現れた。物凄い速さ
で移動している黒点には〝フォークス〟と書かれている。フォーク
スはしばらくバジリスクの周囲を動いていたがすぐに離れていった。
145
ハリーは部屋の横から伸びている細道に入りバジリスクから逃げ
ている。途中で行き止まりに入って目の前をバジリスクが通ったが、
気づかれなかったのかバジリスクはハリーを無視して移動を続けて
いる。
しばらくしてハリーは部屋の中央へと戻り、ジニー・ウィーズリー
に近づいていく。だが、すぐにバジリスクがやってきてハリーは部屋
壁へと進み左右に動きながらバジリスクの突撃を避け続ける。
数秒か数分か。バジリスクがハリーへと突撃を続けるが、急に不規
則に動き回って動かなくなった。少し様子を見るもバジリスクが少
しも動かず、バジリスクの黒点が徐々に薄くなって、遂には完全に地
図上から消えてしまった。
この本で生き物の黒点が消えるというのは、範囲外から出るか死ぬ
かの二通りしかない。状況を考えるとハリーがバジリスクを殺した
と考えられるが、一体どうやってバジリスクを殺したのだろうか。
こういう時、その場の動きだけで詳しい状況が分からないのはもど
かしい。
ハリーはジニー・ウィーズリーに近づき、名無しの黒点はハリーに
近づいて移動している。ハリーがジニー・ウィーズリーのところに辿
り着くと、ハリーに近づいていた名無しの黒点が先ほどのバジリスク
と同じように薄くなっていき、数秒で完全に地図上から消えたのを確
認する。
これはハリーがスリザリンの継承者を倒したということなのだろ
うか。バジリスクと同じで詳しい状況が確認できないが、秘密の部屋
で今動いているのはハリーしかいないから、そうとしか考えられな
い。
その後は、再びフォークスというのがやってきて、フォークスを先
頭にハリーとジニー・ウィーズリー、合流したロンとロックハート先
生が城まで戻ったところで本の虫を閉じた。
146
ハリーたちが城へと戻ってから二時間程だろうか。寝室にまで届
くほど大きな叫び声が談話室から聞こえた。周囲の部屋から次々と
扉が開く音がして、いくつもの足音が下へと降りていくのが聞こえ
る。
何事かと思い談話室へと向かうと、生徒が喜び合いながらはち切れ
んばかりに声を上げている。周りの話を聞いていると、石になった人
たちが回復したこととスリザリンの継承者はいなくなり秘密の部屋
も閉ざされたという知らせがあったそうだ。
それに加えてこれからパーティーを開き、さらには事件解決を祝し
て学年末試験を中止するとの通知もあったらしい。
その日は夜通しパーティーが開かれ、途中にダンブルドア校長がハ
リーとロンに二〇〇点ずつ与えたことでグリフィンドールが二年連
続優勝となったことでさらに盛り上がり、パーティーが終了したのは
日が昇ってからだった。
147
﹁さて、行きましょうか﹂
事件解決パーティーから一週間後、私は秘密の部屋へと入るために
城の裏道を移動していた。なぜ秘密の部屋へと入るために裏道を移
動しているのかというと、三階女子トイレは現在封鎖されており入る
ことができないからだ。
とはいえ、三階女子トイレにしか入り口がないというわけではな
い。隠し部屋の構造上、出入り口を封鎖された場合に備えて別の出入
り口を用意しているものだ。隠し出入り口なだけにかなり見つかり
にくい場所にあったが、三日間調べてようやく見つけた。
隠し出入り口は学校の裏手側にある崖岩に隠されていた。岩が重
│││﹃開け﹄﹂
なり合うように隠されていた場所には蛇の彫刻が施されている。
﹁んっんん
今日までに練習してきた蛇語で合言葉を唱える。すると岩はズズ
!
ズと横に移動し暗い通路が現れた。
﹁ルーモス │光よ﹂
光源を確保して通路を進んでいく。長い間使われえていなかった
為か歩くたびに埃が舞い、所々には蜘蛛の巣が張っている。巣が張っ
てあっても蜘蛛がいないのは近くにバジリスクがいたせいだろうか。
一時間ほど歩いたか、ようやく通路の端に辿り着いた。
鉄の扉があり、本来ドアノブがあるべき場所にはとぐろを巻いた蛇
の像が取り付けられている。
﹁﹃開け﹄﹂
入り口同様蛇語で合言葉を唱える。取り付けられた蛇の像は複雑
に動き、ガチャリという音とともに鉄扉が開く。中へ入ったそこは小
さな部屋で、奥には上に続く螺旋階段があった。螺旋階段を上り、頭
上にある石を浮遊術で浮かしてどける。階段を上りきると、そこは広
い空間の隅で他からは見えにくい場所に出た。
部屋の中央に向かって移動すると、部屋の奥に巨大な何かが倒れて
いるのが見え、それに近づいていく。そこに倒れていたのは緑色体表
をした大蛇だった。
﹁これがバジリスクね。十メートル近くはあるかしら。本当、ハリー
はどうやって倒したのかしらね﹂
よく見るとバジリスクの眼は抉れており生々しい肉が露出してい
た。ハリーが潰したのだろうかと一瞬考えるが、移動する大蛇の眼を
的確に潰すなんて芸当が出来るのかと疑問に思う。
﹁そういえば、バジリスクがハリーに襲い掛かっているときフォーク
スっていうのが乱入していたわね﹂
フォークスが何者かは分からないが、本の虫の地図上で見ている限
りでもかなりのスピードで動いていたはずだ。なら、バジリスクの眼
を潰したのはハリーではなくフォークスと考えるのが妥当か。
現場検証も程ほどにして私はバジリスクの頭部に近づく。今回こ
こに来たのはバジリスクの毒を採取するためだ。
浮遊術でバジリスクの頭を浮かし、口を開く。血のように赤い口内
148
と黄色い牙が露出し、牙からはポタポタと黄色い液体が滴り落ちてい
る。死んだから毒腺が緩んでいるのだろうか。
私はローブの下からクリスタルの瓶を取り出し、牙から滴る毒を採
取していく。幾つかは研究用として小瓶で採取を行う。
毒の他に鱗や牙などを採取し終えた私はバジリスクから離れ、少し
離れた場所の岩を削っていく。岩を削り出来上がった大穴の中にバ
ジリスクを移動させて不恰好にならないよう岩を積み重ねていった。
最後に長方形に切り取った石を積み上げた岩の前に置き文字を彫っ
ていく。
︻偉大なる蛇の王者 ここに眠る︼
そう石に刻んだ私は、作り上げた墓標の前で軽くお辞儀をした。
バジリスクの墓標を作った後も秘密の部屋の探索をしていたが、サ
ラザール・スリザリンの残した隠し部屋という割にはこれといって目
を引くものはなく、バジリスクの毒や牙を手に入れただけで他に収穫
はなかった。
149
PRISONER OF AZKABAN
アリスのなつやすみ
蝋燭だけが灯る薄暗い部屋で、私は水銀の入った水差し片手に忙し
なく動いている。
場所はヴワル図書館の一室。水銀を床に垂らしながら描いている
のは今回の儀式に使用する魔法陣だ。
この水銀には私の血が少なからず含まれており、薄っすらと赤みを
帯びている。
直径二メートル程の魔法陣を描き終えると、魔法陣の要所に媒体を
置いていく。魔法陣は二重円の間に文字、内円部には三角形を組み合
わせる形で六亡星が描かれている。さらに魔法陣の中心には二つの
小円とそれを結ぶように二本の線が交差するようになっている、
私は二つの小円の片方に上海を置き、残りの小円に私自身が入る。
これで儀式の準備が整った。
﹁出来たようね。一応万が一に備えてサポートの準備はしておくから
限界だと思ったら迷わず言いなさい﹂
そう言いながら魔法陣の外で魔導書を開きながらパチュリーが構
えている。彼女には今回の儀式で不足の事態が起きた際に備えてサ
ポートに付いてもらっている。最初は一人で行おうと思っていたの
だが、初めて試みる魂なんていう高難易度の儀式なので失敗したらど
うなるか分からないし、最悪死んでしまう可能性もゼロではない。流
石にこんなところで死にたくはないので協力をお願いしたのだ。
その代わり、対価として学校で採取したバジリスクの毒を要求され
たが。
﹁分かったわ。まぁ、失敗する気は無いけれどね﹂
魔術儀式を行う際には心を強く保つことが重要で、何よりも儀式の
失 敗 を 恐 れ て い る の と そ う で な い の と で は 成 功 率 が 大 き く 異 な る。
たとえ準備が万全でも心が不安定であったために失敗した例は数多
150
くあるのだ。
一度静かに深呼吸をして気分を落ち着かせる。ゆっくりと目を開
き、左手を胸に当て、右手を上海へと向ける。そしてゆっくりと言葉
を紡ぐ。
﹁我が名はアリス・マーガトロイド 創造主として血と魂の契約を結
びし者﹂
最初の一文を紡ぐ。すると、魔法陣が赤く輝きだし薄暗い部屋の中
をてらしだした。
続く言葉をゆっくりと紡いでいきながら、魔法陣が輝きを増し、陣
を描く水銀が僅かながらに脈打ち始めていくのを感じる。
﹁我が魂 その一片を人の形せし物に与えん 其の名は上海 人の形
をせし人ならざる者﹂
いよいよ魂を分ける文に入ったことにより、先ほどまで赤く輝いて
いた魔法陣が色を変えて青色に輝きだす。そしてその変化と同時に
﹂
魔法陣は役目を果たしたかのように徐々に輝きを失っていき、部屋は
151
全身に鋭い痛みが走った。
﹁│││
﹂
!
最後の言葉を紡ぐと同時に身体中の力が抜けその場に崩れ落ちる。
其は上海 今こそ意思を持ちて目覚めよ
﹁其は人形 されど無にあらず 其は人形 有を内包した物にして者
外と余裕があるのか思った以上に我慢強かったのか。
ふと、身体を襲う激痛の中そんなことを考えている自分に驚く。意
したことはないがイメージ的にそんな感じだ。
変化していく。あえて例えるなら肉を削がれる感じだろうか。経験
うな鋭い痛みは、熱した鉄を当てた痛みと同時に形容し難い痛みへと
身体を襲う痛みに涙が溢れ崩れ落ちそうになる。刃物で切ったよ
る﹂
﹁魂は種 されど種は孤独 孤独の種は光を得て 大樹へと姿を変え
これからさらに襲うであろう痛みに備える。
瞬でも儀式に関係の無い言葉が入ったら失敗に終わってしまうため、
反射的に声を漏らしそうになるのを、歯を食いしばって堪える。一
!
元通りの薄暗い空間へと戻った。
私は身体を襲う痛みと疲労で気を失いそうになるが、歯を食いし
ばって何とか持ちこたえる。とはいえ、呼吸は荒く視界はグラグラと
揺れていて焦点が定まらない。気持ち悪さから吐気を感じるが、儀式
前に何も食べなかったのが幸いしたのか嘔吐はしなかった。
体調が最悪の中、儀式はどうなったのだろうと思い出した私はゆっ
くりと顔を上げていく。視界は戻ってきたが部屋が薄暗いためよく
見ることができない。そんな中、小さな光が視界に入り徐々に照らし
ていった。光が来た方に視線を向けるとパチュリーが指をこちらに
向けている。
小さな光で照らされた先に上海を見つけた。上海は儀式が始まる
儀式が完璧だったは
前と同じように置かれており一向に動く気配を見せない。
失敗
脳裏に浮かんだ言葉に眩暈が起こる。何故
ず。準備も万全に整えた。理論も術式も間違いはなかったはず。
│││しゅる
頭の中が色んなことでゴチャゴチャになっていったが、ふいに聞こ
え た 衣 擦 れ の 音 に 思 わ ず 顔 を 上 げ る。再 び 視 界 に 入 っ て き た 中 で
ゆっくりと動いているものがあった。いや、いた。
﹁上⋮⋮海﹂
いまだ落ち着かない呼吸の中、無理やり声を絞り出す。すると上海
は私の方に顔を向けて、ゆっくり、本当にゆっくりと私に向かって歩
いてきた。
一メートルも離れていない距離なのに、上海は十分以上の時間を掛
けて私のところに辿り着いた。私は静かに上海を持ち上げて同じ視
﹂
線の高さに持ってくる。上海の目は、儀式の前までは決して宿してい
なかった光を宿している。
﹁はじ⋮⋮おはよう上海。私のこと分かる
﹂
152
?
はじめまして。そう言おうと思ったが、この子は私の一部から生ま
?
れた存在だ。なら、言うべき言葉は〝おはよう〟が相応しいだろう。
﹁⋮⋮あ⋮⋮り⋮⋮す
?
上海の言葉を聞いた瞬間、涙が流れたのは仕方がないと思う。今こ
の子は、私に操られてもなく事前にプログラムされていたのでもな
く、自分の言葉で、意思で私の名前を呼んでくれたのだから。
﹂
﹁そう、アリスよ。偉いわね上海﹂
﹁しゃ⋮⋮ん⋮⋮はい
﹁そうよ。上海、それがあなたの名前よ﹂
上海は自分の名前を何回か繰り返し喋ったあと、目を閉じて動かな
くなった。一瞬不安になったが、よく見ると僅かに顔が動いている。
﹁おめでとう、アリス。儀式は無事成功したみたいね﹂
私が落ち着いたタイミングを見計らったのか、パチュリーが部屋に
明かりを灯しながら近づいてきた。
﹂
﹁なんとかね。これからはしばらく上海の様子を見ていかないといけ
ないけど﹂
﹁そうね。でも今は自分のことを気にした方がいいんじゃない
よ。さっさと歩く﹂
﹁⋮⋮もうちょっと気遣ってくれてもいいんじゃない
﹁そんなこと言えるうちは気遣いなんて無用よ﹂
﹁⋮⋮はぁ﹂
﹂
﹁ほらほら。傷の治療と身体に不調がないか調べるから部屋を出るわ
は地味に辛い。
み程でないにしろ、ズキンズキンと鈍い痛みがジワジワ襲ってくるの
一度気づいてしまうと切り傷から痛みが襲ってくる。儀式中の痛
﹁いった∼﹂
切り傷ができて血が流れていた。
せいだろうか。当然、服が切れるほどのものだったので身体に無数の
破れたりしている。儀式の途中で強い風が吹いた気がしたからその
汗を大量に吸ってぐっしょりしていて、その服も何故か所々切れたり
そう言われて、改めて自分の身体を見ると酷い有り様だった。服は
?
歩いていった。
私はパチュリーに急かされるままに部屋を出て、医務室︵仮︶へと
?
153
?
それからは上海の様子を見つつ休養を取ることになった。流石に
儀式の疲労が激しく、次の儀式を行おうにも身体を休めないともたな
いのだ。
予定では夏休みの間に蓬莱と露西亜の儀式を行い、京の儀式はクリ
スマス休暇に行う。それまでは双子の呪文、魔術ライン、人形の作成
を行っていく。とはいえ人形についてはどのような人形を作るかは
決まっていて設計図も完成しているからそれほど時間は掛からない
だろう。今も魔法は控えているので人形作りを行っている。
人形作りの他にもバジリスクの毒について研究も平行して行って
いる。前学期に学校で採取した毒だが、量も少なく不用意に触れただ
けで危険な代物なので取り扱いには十分に気をつけないとならない。
現在行っている研究はこの毒の成分を分析して人工的に精製する
ことだ。バジリスクは埋めてしまったので新しく採取ができなく新
しいバジリスクを創ることもできないため、この研究はそれなりに重
要なものとなっている。
普段は自分のことにしか興味がないパチュリーもバジリスクの毒
の人工精製には興味があるのか惜しみなく協力してくれているので、
研究も随分捗っている。
﹁と り あ え ず 毒 の 成 分 を 分 解 で き る だ け し て み た け れ ど ⋮⋮ 流 石 と
い っ た と こ ろ か し ら。判 明 し た だ け で 千 種 類 を 超 え る と は 思 わ な
かったわ﹂
﹁殆どがマイクロ単位での配分な上に、中にはナノ単位やヨクト単位
の成分まであるしね﹂
バジリスクの毒の成分を分解できるところまでしてみた結果、種類
は千種以上にのぼり、配分量は多くてもマイクロ単位、少ないとヨク
ト単位まで分けられた。しかも中には、数種類の毒が混ざっているの
に分解できず成分が不明のものまである。
﹁これは骨が折れそうね。アリスの夏休み中に解析するのは無理そう
だし、休みが終わったら一人でも続けてみるわ﹂
154
﹁お願いね。流石に学校でやるわけにもいかないし時間も取れないだ
ろうから﹂
﹁私は時間だけは無駄にあるからね。研究経過は定期的にふくろう便
で送っておくわ﹂
パチュリーと今後について話していると、茶器が置いてある場所か
ら上海がフヨフヨと危なげに紅茶を載せたトレーを持ってきた。
﹁ありす∼おちゃ∼﹂
まだ言葉はたどたどしいが、魂をもってから三日目と考えればかな
りの成長速度だろう。私の魂を基礎にしているので知識などもそれ
なりに宿っていることもあるのだろうか。
とはいえ、私の魂を使用しているからといって私と同じように成長
する訳ではない。与えたのは種のようなもので、芽吹き成長する間に
与える水や肥料が異なれば私とは異なる成長をする。そこに上海固
有の意識・自我が生まれるのだ。
﹁ありがとう上海。もう一人で紅茶を入れられるようになったのね、
偉いわ﹂
そう言って上海の頭を優しく撫でる。すると上海は嬉しそうに表
情を和らげた。
﹁ふむ、儀式は成功したとみていいかしらね。早くも感情が宿ってい
るみたいだし﹂
上海が持ってきた紅茶を飲みながら、パチュリーは上海を眺めて儀
式の結果を評価している。
﹁⋮⋮紅茶も美味しいし﹂
そこは関係あるのだろうか。
パチュリーの言葉に首を傾げながら私も紅茶に口をつける。
│││美味しい。
蓬莱の儀式を終えて露西亜の準備を行っていると窓が叩かれる音
がして振り向くとふくろうが窓の縁に捕まりながらこちらを見てい
155
た。
窓を開けてふくろうを腕に乗せると足に手紙が結ばれており、それ
を手に取る。ふくろうは手紙を取ったのを確認すると私の腕から離
れて机の上に移動し、置いてあったビスケットを咥えて飛び去って
いった。
最初は幾重にも認識阻害の魔法が掛けられているヴワル図書館に
よく辿り付けるものだと思っていたが、パチュリーによるとヴワル図
書館は表向き普通の図書館と認識するようになっているらしく、さら
には夜の闇横丁ではなくダイアゴン横丁に存在しているように惑わ
せているのだとか。
なので、夏休み中に私がいるのは〝夜の闇横丁にある謎の図書館〟
で は な く 〝 ダ イ ア ゴ ン 横 丁 に あ る 一 般 的 な 図 書 館 〟 と な っ て い る。
学生の身分である私としては夜の闇横丁にいることが知られるのは
避けたいから助かっているが、改めてパチュリーの規格外さを思い
知った。
それはともかく、ふくろうがもってきた手紙を開いて読む。中身は
ホグワーツからの新学期へ向けての案内と数枚のお知らせで、内容は
週末のホグズミード村へ行くための許可証だった。
﹁両親か保護者の同意署名⋮⋮ねぇ﹂
これはまた無理難題を言ってきたものだ。私の両親は死去してい
るし、保護者と呼べる人もいないのだ。強いて言えば、私が一人で暮
らせるようにしてくれたおじさんが保護者であったが、その人もすで
に死去。以前は定期的に生活支援の職員が様子を見に来ていたが、ホ
グワーツに入ってからは夏休みの間に近況状況を話しに行くだけで
終わっている。どちらにしろ、保護者といえるほどの関係性はない
が。
新学期が始まってからマクゴナガル先生にでも相談した方がいい
だろうが、規則に人一倍厳しい人だから多分無理だろう。抜け道を
使ってこっそりいってもいいが、ばれたらばれたで面倒だ。
そもそも、今の時期にホグズミード村への外出なんて行われるのだ
ろうか。そう考えながら机の上に置きっぱなしになっている日刊預
156
言者新聞に目を向ける。
﹃シリウス・ブラック アズカバンより脱獄﹄
アズカバンに収容中の囚人の中で最も極悪とされているブラック
が脱獄したということで、世間は大騒ぎしている。魔法界だけでなく
マグルの世界にも、多少内容がぼやかしてあるがそのことについて報
道されているということから事態の重さが伺える。
そんな凶悪犯がどこかにうろついている中、生徒を学校の外に出す
だろうか。
まぁ、外出が出来ない私には正直関係のない話だけど。
157
騒々しい日々
ホグワーツ特急が出発して三十分程。私は最後尾にあるコンパー
トメントで本を読み聞かせていた。相手はもちろん上海と蓬莱に露
西亜である。
この三体は夏休み中に魂を与えることに成功したことで自立行動
が出来るようになった。空中移動なんかはドールズ用に調整した魔
力を通すだけで魔法を発動できる指輪を装着させているので、それで
浮遊術を発動させている。魂を得て自前の魔力を生み出し扱えるよ
うになったドールズたちなら自分で魔法を使うことも可能となった
のだ。しかし使用できるのは指輪に術式を込めた魔法のみで、魔法も
一つしか込められないのが難点だが。
ちなみに今読んでいるのは〝グリム童話〟の初版である。来る前
に上海たちに何が読みたいと聞いたらこれを持ってきたのだが、なぜ
﹂
158
これをチョイスしたのだろうか
﹁どうしたのかしら
の豪雨となっていた。
感じがする。汽車が完全に停止する頃には、外の景色が見えないほど
汽車の速度が落ちるに比例して外の雨が勢いを増していくような
のだが、時計を確認すると到着まではまだ時間があった。
替える。そして着替え終わったと同時に汽車が速度を落とし始めた
上海たちにコンパートメントの掃除をさせながら、私は制服へと着
しい。
たのはしょうがないと思う。出来れば殺人ドールにはならないでほ
キリング
は何故だろうか。少しだけこの子たちの将来に不安を感じてしまっ
いる途中で、処刑や殺人の場面になるとドールズがはしゃいでいたの
魔されることなく本を読むことができた。それにしても本を読んで
となった。去年と同様に認識阻害魔法を使用していたため移動中邪
移動中は特に変わったことも起きずに、あと一時間で到着する時間
?
部屋に張ってある認識疎外魔法を解除してコンパートメントの扉
?
に手を掛ける。扉を開こうと手に力を入れると同時に周囲の異変に
気がついた。
ピキピキと水が物凄い勢いで凍りつく音が聞こえて、その音源へと
目を向ける。すると外とを隔てる窓が凍りつき曇りガラスのように
なっていた。さらには廊下へと続く扉に填め込まれたガラスも同じ
ように凍り始めている。
﹁なにかしら⋮⋮嫌な予感がするわね﹂
私は杖を構えてドールズを後ろに待機させる。ゆっくりと扉を開
いて外を確認すると、天井にまで届く黒いマントを全身に被った何か
がいた。それは私がいるコンパートメントの反対側にある部屋へと
ここから去れ
覗き込んでおり、ガラガラと不快感を感じる音を発している。
﹁ここにシリウス・ブラックを匿っている者はいない
﹂
?
る。
﹂
﹁失礼するわね。さっき黒い何かがいたけれど大丈夫だった
﹁アリス
﹂
私は杖をしまい、ドールズを部屋に待機させて向かいの部屋へと入
た。
の暖かい空間へと戻り、凍りついていたガラスも元通りとなってい
黒いのがいなくなると同時に冷たい空間となっていた場が元通り
物に追い出されるようにこの場から離れていった。
瞬間、部屋の中から銀白色の動物が飛び出して黒い何かは銀白色の動
気にも留めていないのか再びガラガラと音を発している。だが次の
突如として部屋の中から聞こえた声に驚くも、目の前の黒い何かは
!
にネビル、あとは若いが白髪混じりの男性だった。
?
ちゃって。先生、ハリーは大丈夫ですか
﹂
﹁そ れ が 部 屋 に 入 っ て き た 黒 い の が 音 を 立 て た ら ハ リ ー が 急 に 倒 れ
を見ているが、慌てていないところを見ると問題はないのだろう。
ハリーは床に倒れていて少し痙攣を起こしている。男性がハリー
﹁久しぶりねハーマイオニー。それで⋮⋮ハリーは大丈夫
﹂
部屋の中にいたのはお馴染みのハリー一行とジニー・ウィーズリー
!?
?
159
!
ハーマイオニーはハリーの様子を見ている男性へと問いかける。
﹂
﹁あぁ心配はいらないよ。少し気を失っているだけだ。しばらくすれ
というと今年から配属される新任の先生ですか
ば目を覚ますだろう﹂
﹁先生
生が放ったものですか
確か⋮⋮守護霊の呪文でしたよね﹂
﹁なるほど、防衛術の先生でしたか。ということは先ほどの魔法も先
ことになっている﹂
﹁そうだよ。リーマス・ルーピン、闇の魔術に対する防衛術を担当する
ハーマイオニーが男性のことを先生と言ったので聞いてみる。
?
﹂
?
アズカバンの看守の
﹂
﹁ちょ、ちょっと待って。ということはさっきの黒いのは吸魂鬼なの
めている。
ルーピン先生は笑いながら言うが、ハーマイオニーたちは少し青ざ
立場がないかな﹂
﹁本当に詳しいね。これじゃ闇の魔術に対する防衛術の先生としての
わ。そして吸魂鬼を退けられる唯一の魔法でもあるわね﹂
ディメンター
た守護霊を創り出せるのは相当の実力を持った魔法使いだと聞いた
﹁文字通り守護霊を創り出す魔法よ。かなり高度な魔法で、形を持っ
﹁アリス、守護霊の呪文って
友人とは言わずもがなパチュリーのことである。
﹁以前友人に守護霊を見せてもらったことがあるだけですよ﹂
﹁その通り、あれは守護霊の呪文だ。まだ若いのによく知っていたね﹂
かせたところで放しかけてきた。
表情で見てきたがすぐにハリーの看病に戻り、ハリーを椅子の上に寝
私が守護霊の名前を口にすると、ルーピン先生は少し驚いたような
?
?
ている。今回汽車を止めたのもその一環なのだろうが、いくらなんで
も非常識すぎる。私は今から運転手のところに行って話を聞いてく
る﹂
そう言ってルーピン先生は立ち上がり、部屋を出る前に全員にチョ
コレートを渡した。
160
?
﹁そうだ。奴らはシリウス・ブラックを追って捜査網をどんどん広げ
?
﹁食べるといい。気分が落ち着くよ。その子にも目が覚めたら食べさ
せてあげるといい﹂
チョコレートを配り終えたルーピン先生は、そのまま汽車の先頭へ
と向かって進んでいった。
﹁それじゃ私も戻るわ。もうすぐ到着すると思うから早めに着替えた
方がいいわよ﹂
私は部屋から出て自分のコンパートメントに戻り、再び認識阻害の
魔法を使ってから椅子に座る。
﹁あれが吸魂鬼か。初めて見たけれど確かにやばそうな生き物みたい
ね。幸福を吸い取り絶望を与える闇の生き物。最大の特徴は接吻と
呼ばれる行為によって魂を吸い取られて廃人同然にしてしまうこと
⋮⋮か﹂
吸魂鬼に対抗できる手段が守護霊の呪文しかない以上早めに習得
しておいた方がいいだろうか。吸魂鬼に襲われる可能性は高くはな
161
いが低くもないと聞く。過去、ヴォルデモートが猛威を振るっていた
時代には吸魂鬼はヴォルデモートの配下だったらしいし、何かの切欠
で人間を襲わないという保障もないだろう。
とはいえ、今のスケジュールで守護霊の呪文を練習している時間な
んて正直いってない。いや双子の呪文も完成度はかなり上がってき
た。十月⋮⋮十一月までに満足のいく出来になればいけるだろうか。
頭の中で組み立てた相変わらずのハードスケジュールに思わずた
め息を吐く。自業自得とはいえ疲れるのは確かだ。
﹂
﹁アリス∼﹂
﹁ん
はローブを着て、フードの部分にドールズを入れて汽車を降りていっ
そう言い、ドールズの頭を優しく撫でていると汽車が停止した。私
いわ﹂
﹁ごめんなさい。大丈夫よ、私だって自分が大事だもの。無茶はしな
なので、そういった表現が最も顕著である。
早く生まれたこともあってかドールズの中でも一番感情表現が豊か
横を見るとドールズが心配そうに見てきていた。特に上海は一番
?
た。
新入生歓迎会の翌日、早くも授業の時間割が配られて生徒は朝食後
それぞれの教室へと向かっていった。私の時間割には必須科目の各
教科の他に、選択科目である古代ルーン文字学、魔法生物飼育学、数
﹂
占い学の授業が入っている。今はパドマとアンソニーと一緒に呪文
学の教室へと向かっている。
﹁アンソニー、肌焼けたわね。夏休み中どこかへ旅行に行ったの
アンソニーは前学期と比べて明らかに肌が焼けている。まるで南
の島にバカンスへ行ってきたと言わんばかりだ。
﹁う、うん。ちょっとインド近くまでね﹂
﹁へぇ、インド近く⋮⋮ねぇ﹂
そう呟いてパドマを見る。するとパドマは顔を赤くしながら俯い
てしまった。
﹁楽しかったようで何よりだわ﹂
﹁は⋮⋮ははは﹂
アンソニーは苦笑いを浮かべながら頭を掻いている。
﹁リア充ばくはつしろ﹂
﹁むしろわたしがばくはつしてあげようか﹂
と、そんな二人を見て私の頭上をフヨフヨと浮いていた蓬莱と露西
亜がそんなことを言った。まったく、普段は良い子なのに時たま口が
悪くなるのだが、どうしてこうなったのだろうか。
﹂
﹁ねぇアリス。昨日から気になっていたんだけど。その人形、アリス
が動かして喋らせているのよね
よ﹂
﹁上海です∼﹂
﹁ホウライです﹂
162
?
﹁いいえ、違うわよ。動いているのも喋っているのもこの子たち自身
?
﹁ろしあで∼す﹂
ドールズがそれぞれパドマたちに挨拶をする。それを見てパドマ
は口を開けて固まっていて、アンソニーは目を見開いている。視線を
﹂
前々からアリスが言っていた、人形に魂を宿
感じて周りを見渡すと廊下にいる生徒もこちらを見ていた。
﹁え∼と、それはつまり
すっていう研究が完成した⋮⋮ていうこと
﹁まぁ、うん。そうなるわね﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁﹁え⋮⋮ええええええぇぇぇぇぇぇぇ
﹂﹂
うか早く行かないと授業が始まってしまうのだが。
私が肯定するとパドマは再び固まってしまい動かなくなる。とい
?
?
﹁ちょ、ちょっと待って
﹂
本当に
この人形たち本当に生きているの
!?
﹁え
いや、だって⋮⋮ええぇぇぇぇ
﹂
が、その説明だけで初回の呪文学の授業が終わってしまった。
式やそれに関する事柄は伝えずに、内容の殆どはぼかして説明した
うか、そんな感じの表情に変えて根掘り葉掘り聞いてきた。当然、儀
アンソニーから聞くと、普段は穏やかな表情を驚きというか驚愕とい
リットウィック先生が教室へと入ってきていまだ続く騒ぎの理由を
まぁ予想通り、呪文学の教室でもパドマたちの追及は続いた。フ
向かっていった。
私はいまだに混乱しているパドマたちを置き去りにして教室へと
﹁ほら、それより早く教室へ行くわよ。もうすぐ授業が始まるわ﹂
アンソニーは上手く言葉に出来ないのか〝え〟ばかり言っている。
!?
﹁細かくは違うけれど、まぁその認識で構わないわ﹂
!
ドールズもいきなりの大声に耳を押さえているようだ。
いきなりパドマとアンソニーが大声で叫んだので思わず耳を塞ぐ。
!?
!?
163
!?
それから数日は学校中の注目となってしまった。常に私の周りで
ドールズが動いているのも一因だが、噂の広がりが早いこと早いこ
と。あまりの騒ぎに、遂にはマクゴナガル先生やダンブルドア校長ま
で出てきたほどだ。二人にも色々聞かれたがフリットウィック先生
にしたのと同じように全容は明かさずぼかして話した。勿論二人は
納得していないだろうが、確かめる術など今の状況では存在しない
し、常に目を合わせないようにしているので開心術を使わせないよう
にしている。さすがに教師が生徒に対して開心術なんて使わないだ
ろうが、用心に越したことはない。
とはいえ、私を中心とした話題もそんなに長くは続かなかった。い
や、いまだに多くの視線は感じるが、それ以外にも生徒が気になって
い る こ と が 起 き た の だ。原 因 は 最 初 の 魔 法 生 物 飼 育 学 の 授 業 で 起
こった事件だろう。
初日の午後に行われた魔法生物飼育学の授業では、受講している人
数が少なかったのかグリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンク
ロー、スリザリンの四寮合同授業となった。教員は今年からこの教科
を担当することになったハグリッドだ。ハグリッドは生徒を禁じら
れた森の中へと引率していき、開けた場所まで案内するとどこからか
巨大な鳥のような生き物を連れてきた。ハグリッドによるとヒッポ
グリフという生き物らしく、詳しくは教科書の六十七頁に載っている
と言っていた。
ちなみにこの授業で使う教科書は〝怪物的な怪物の本〟というも
ので、本自体に魔法が掛かっているのか元々そういう生き物なのかは
不明だが、とにかく暴れるのだ。それはもう面白いぐらいに。あまり
にも面白すぎてドールズたちの運動も兼ねて戦わせてみた。
最初はドールズ総掛かりでも苦戦していたが、しばらくすると一体
だけでも鎮圧できるほどになり、そのころになると最初の凶暴さがな
くなり大人しくなったが、代わりに至るところに傷がついていて古本
とさえ形容し難い見た目になってしまった。
話を戻して、ハグリッドは生徒の中からハリーを選んでヒッポグリ
フに触れさせた後、他の生徒にも同じように触らせていた。ここまで
164
は順調だったのだが、何を思ったかドラコがヒッポグリフのことを侮
辱したことでヒッポグリフに襲われて怪我を負ってしまい、授業が中
断となってしまったのだ。
ドラコの注意不足や軽率な行動によって起こった事件だったが、客
観的に見れば授業において生徒の傷害事件が起こったことに変わり
はなく、ハグリッドは現在停職中、ドラコを傷つけたヒッポグリフは
鎖に繋がれることとなった。ハグリッドとヒッポグリフの処置は学
校の理事たちが話し合っているようだが、反応はよくないらしい。
ハ グ リ ッ ド の こ と が 好 き な 生 徒 も 嫌 い な 生 徒 も そ の 話 題 に 気 が
いっているのが、私の話題が引いていった理由だ。最も、殆どの生徒
はドラコとハリーの対立を眺めているみたいだが。
古代ルーン文字学や数占い学の授業ではハーマイオニーと会うこ
怪我をしている振
とは嫌いでもなければ好きでもない。時たま話しかけたりもするが、
それは挨拶的なものであって会話をしている訳ではない。ドラコの
方はマグル生まれである私のことは嫌いであっても良くは思ってい
ないはずだ。まぁハーマイオニー程嫌われている感じはしないが、あ
くまで主観なので当てにはならない。
﹁私が言っても止めないわね。そもそも他人に言われて簡単に止める
165
とが多く、授業が始まるまでは二人で話したりしている。
﹁ねぇ、アリスからマルフォイに言ってくれない
りは止めなさいって﹂
﹂
﹂
?
別に私とドラコは仲良しでも何でもない。確かに私はドラコのこ
﹁それは勘違いね﹂
リザリン生程ではなくてもマルフォイと仲が良いでしょう
﹁分かってるわ。でもアリス以外に頼める人がいないの。アリスはス
ることだけれど。
リーたちのことは相当嫌っているみたいだし。ハリーたちにも言え
そ ん な こ と は 自 分 で ⋮⋮ 言 っ て も ド ラ コ が 聞 く は ず な い か。ハ
﹁そこで何で私に頼むのかが分からないんだけれど
?
?
程度なら始めからしていないわよ﹂
ハーマイオニーには悪いけれど私からドラコをどうこうする気は
ない。下手にドラコを刺激して火の粉がこちらに飛んできても面倒
だからだ。
闇の魔術に対する防衛術の授業では多くの生徒が新任の先生につ
いて話し合っていた。一昨年去年と二期連続で担任が変わり、一昨年
は変わり者、去年は無能ということもあり、今年の先生に対しても不
安が出ている。
やがて時間になり、教室へと入ってきたルーピン先生は以前見たと
きと同じ年季の入った服装をしていた。
﹁みんな、はじめまして。これからこの学科を担当するリーマス・ルー
ピンだ。期待を裏切らないように精一杯やっていくのでよろしく﹂
生徒を指した。
﹁特定の相手が怖がるものにしか変身できないことです。こちらが複
数人いた場合、まね妖怪は誰にとって怖がるものに変身すればいいの
か分からず混乱します﹂
﹁すばらしい、よく勉強しているね。そのとおり、こちらが複数人いれ
166
そう言って授業を始めたルーピン先生は生徒に教科書を片付けさ
せて机をどかし、一つの箪笥を教室の前に持ってきた。
﹂
﹁こ の 箪 笥 の 中 に は 〝 ま ね 妖 怪 〟 が 入 っ て い る。ま ね 妖 怪 に つ い て
知っている子はいるかな
﹂
?
再度の問い掛けに数人の生徒が手を上げ、今度はレイブンクローの
思えるが欠点もある。わかるかな
いない。では、一見まね妖怪は私たちにとってとても厄介な生き物に
﹁そのとおり。だから箪笥の中にいるまね妖怪の姿を見たものは誰も
姿を変える生き物です﹂
﹁まね妖怪は形態模写妖怪と言われていて、相手が一番恐れるものに
らハッフルパフの生徒を選んで答えを促した。
その言葉に何人かの生徒が手を上げる。ルーピン先生はその中か
?
ば比較的楽にまね妖怪を退治することができる。それでは実際にま
ね妖怪を退治してみようか。今回はまね妖怪というものを体験する
ために一人ずつやってもらおう。まね妖怪を退治する呪文は簡単だ
が強い精神力が求められる。その真髄は笑いだ。まね妖怪に君たち
が滑稽だと思える姿をとらせる必要がある。呪文は〝リディクラス
│││ばかばかしい〟だ﹂
ルーピン先生の説明が終わり、何回か呪文の練習をした後に一人ず
つ前へ出てきてまね妖怪退治の実習が始まった。最初はみんな梃子
摺っていたものの、まね妖怪が変な姿に度々変化するのを見ていい具
合に力が抜けたのか後半になるにつれて順調に進んでいった。
﹁では次は、ミス・マーガトロイドにやってもらおうかな﹂
私の番が来たので前へと出る。杖を構えたのを確認するとルーピ
ン先生は箪笥の扉を開いた。まね妖怪が何に変身するのかは分から
ないが、私が恐れるものが何かは興味がある。そして箪笥が開き、中
167
から出てきたものは。
﹁⋮⋮これか﹂
私 の 前 に 現 れ た の は シ ー ツ を 被 せ ら れ た 大 き な 膨 ら み を 乗 せ た
ベッドだった。他の生徒は最初それが何か分からなかったのかざわ
ついていて、ルーピン先生もこんなものが出てくるとは思っていな
かったのか戸惑っているようだ。
﹁〝リディクラス │││ばかばかしい〟﹂
杖を構えて呪文を唱える。ベッドは組み合わさったパイプがバラ
バラになったあと再びくっついて、シーツと膨らみを覆う鳥かごのよ
うな形になる。そのあとパイプに覆われたシーツの中からシーツに
包まれたスネイプ先生がおどおどした表情で現れた。スネイプ先生
のそんな姿を見た他の生徒は指を刺しおなかを抱えながら笑ってい
ミス・マーガトロイドもよくやったね。それじゃ次はミス・
た。スネイプ先生、貴方の犠牲は忘れません。
﹁よーし
変身しているのを見ながらさっきのことを思い出す。まね妖怪が変
私は生徒たちの中に戻りパドマの前に出たまね妖怪が大きな蠍に
パチルにやってもらおう﹂
!
身したのは、幼い私が病院で見た両親の亡骸を乗せたベッドだろう。
まね妖怪は相手が一番恐れるものに変身するが、一番トラウマに感じ
ているものにも変身することもある生き物だ。
怖い。確かに両親の死は怖かったが、それは当時のことで今現在怖
がっている訳ではない。ということは両親の死がトラウマになって
いることなんだろうが、自覚はしていなかったので今回のことは不意
を突かれた。もう昔のことなので吹っ切っていたと思っていたのだ
が、両親の死は私が思っている以上に深い傷となっているのだろうか
﹁なんだかなぁ﹂
思わず溜め息を吐くも、それは周囲の笑い声に掻き消されていっ
た。
授業が終わった後、私はルーピン先生に残るように言われ、今は
ルーピン先生の教員部屋へとお邪魔している。
﹁お待たせ。キャラメルチョコレートだ。気分が良くなるよ﹂
テーブルの上に出されたカップからはキャラメルとチョコレート
の香りが立ち昇り鼻腔を擽る。カップを手にとって一口飲んでみる
﹂
とキャラメルの甘さとチョコレートの苦さが良い具合に合わさり絶
妙な味を出していた。
﹁美味しいですね。これは先生の手作りですか
るのだろう。まぁこちらとしては良くない過去を強制的に思い出さ
多分、先ほどのまね妖怪が変身した私の怖いものについて言ってい
るべきだと考えておくべきだった﹂
用意したのは配慮が足りなかったかもしれない。君のような子もい
﹁今回の授業ではすまなかったね。生徒のことを考えずにまね妖怪を
ン先生が口を開いた。
は無言でキャラメルチョコレートを飲む時間が続くが、ふいにルーピ
ルーピン先生は笑いながら言った後、自分も飲み始める。しばらく
﹁まぁね。僕が自信を持って作れる数少ないものだよ﹂
?
168
?
せられた感じだ。その切欠を作った教師が責任を感じるのも当然か
もしれない。
﹁別に気にしなくてもいいですよ。確かに吃驚しましたけれど、昔の
ことですしそれなりに整理はついていますので先生が気に病むこと
はないです﹂
﹁そう言ってもらえると助かるよ﹂
そう言ってキャラメルチョコレートを一口飲んで一息ついた先生
は、ふいに私の背後に視線を向けた。
﹂
﹁ところでさっきから気になっていたんだけれど、後ろの人形は君が
操っているのかい
私 の 後 ろ で は ド ー ル ズ が 部 屋 の 中 を 触 り こ そ し て い な い も の の、
チョロチョロと動き回っていた。元々人前では多く喋らないので気
にならなかったが、先生からしたら常に視界に入っていただろうから
相当気になったんだろう。
﹂
﹂
﹁いえ、私は何もしていませんよ。というか学校での噂は耳にしてい
るのではないですか
﹁細部は違いますけど、その認識でいいですよ﹂
どうやって人形に命を与えたんだい
﹂
﹁すごいね。いや、本当にすごい。こんな魔法見たこともない。一体
たり前の反応ではあるか。
まぁ普通は人形が生きているなんて信じようとしないでしょうし、当
噂 は 知 っ て い た が 本 当 だ と は 思 っ て い な か っ た と い う と こ ろ か。
?
﹂
れているんじゃないかって思っているんだ﹂
から聞いているよ。でも僕としては何か革新的な魔法か技術が使わ
﹁うん。ある程度のことはフリットウィック先生やマクゴナガル先生
ラックスを参考にしましたなんて言える訳がない。
前聞かれたときもそうだったが、闇の魔術の中でも筆頭のホーク
るのではないですか
話したぐらいしか話すことはないですよ。先生も予め話は聞いてい
﹁どうと言われても、フリットウィック先生やマクゴナガル先生にお
?
169
?
﹁⋮⋮じゃぁ、この人形は本当に生きているのかい
?
?
﹁それはまた、どうしてそう思ったんですか
﹂
﹁闇の魔術の防衛術なんて教科を教えていることもあって、魔法につ
いてはそれなりに詳しいと自負はしているんだ。でも人形に命を与
えるなんて魔法や技術は聞いたことがないからね。もしかして僕の
知らない未知の技術か何かがあって、君がそれを発見したのではと
思ったのさ﹂
﹁⋮⋮そうですか。でも期待を裏切るようで心苦しいですけど、そん
な大層な発明なんてないですよ。全部を教えられないのは確かです
が、どれも今ある魔法を組み合わせたものですし﹂
﹁そうかぁ、僕の早とちりだったかな。まだまだ勉強が足りないな。
おっと、もうこんな時間だ。長く引き止めてすまない。片付けは僕が
やるから君はもう帰りなさい﹂
﹁そうですね。それでは失礼します﹂
先生にお辞儀をしてから部屋を出て行く。寮へと続く廊下を歩き
ながらルーピン先生との会話を思い出す。先生は純粋に好奇心で聞
いてきたみたいだけれど、正直言って怪しい。マクゴナガル先生と比
べてあっさりと引き下がったのも気になったが、一番はこちらを見る
視線だ。上海の視界を通して見た先生の目はこちらの考えを見透か
そうとしている感じだった。さすがにあの場で開心術なんて使用は
しないかと思ったが念のため視線を合わせないでよかったかもしれ
ない。視線を直接合わせない時点で何か知られたくないことがある
と白状しているようなものだが、心を見られるよりかはマシだろう。
170
?
﹁ふむ、目新しい情報はなしか﹂
﹁えぇ、フリットウィック先生やマクゴナガル先生、ダンブルドア校長
が聞いたこととあまり変わらないかと﹂
﹁ふむ、ありがとうルーピン先生。嫌な仕事をやらせてしもうたな﹂
﹂
確かに他の生徒と比べて色々飛び抜けてはいます
﹁私のことはいいですが。しかし、それほどまで彼女を警戒する必要
があるのですか
が、校長が言うほど危険とは思えませんが
﹂
えておる﹂
?
以降はないのでしょう
﹂
かはあるでしょうが、彼女が忍び込んだのは一年生の一回だけでそれ
や秘匿度はかなり高いはずです。学校の禁じられた棚にならいくつ
す。魂に関する魔法もピンからキリまでありますが、それでも複雑さ
﹁しかし、それこそ無理ではないですか
彼女は優秀とはいえ学生で
魂か生命に関する高度な魔法が使われていることは間違いないと考
ならば過去多くの魔法使いが実現させているじゃろう。少なくとも
のぐらいであの完成度の人形を作るのは無理じゃ。もしそれが可能
の魔法を組み合わせた特別な術式を使用していると言っていたが、そ
﹁うむ。もう一つ、あの人形については注意が必要じゃ。本人は既存
﹁ですが⋮⋮﹂
た魔法使いはいたしの。深く考えることではないかもしれん﹂
るが、わしがホグワーツで一年生だったころにも彼女以上の力を持っ
にしたのじゃが⋮⋮いや、これはよかろう。確かに珍しいことではあ
﹁さよう。可能不可能で問われれば可能ではある。彼女はそれを可能
かったとしても僅か一年生にどうこうできる相手ではないはずです﹂
﹁普 通 に 考 え れ ば 無 理 で し ょ う。た と え 相 手 の 死 喰 い 人 の 実 力 が 低
ね
生、優秀とはいえ一年生が死喰い人を相手に勝ちを得られると思うか
生徒と比べていささか特異であるというのも事実じゃ。ルーピン先
﹁わしとて生徒を疑うようなことはしたくないが、しかし彼女が他の
?
?
いくらでも選択肢は存在するのじゃ。そのうちの一つとして秘匿度
﹁わしも最初はそう思っておったが、可能性だけを突き詰めるならば
?
171
?
の高い魔導書を所持している魔法使いと知り合いということも否定
はできん﹂
﹁彼女は魔法を知ってからまだ二年と聞きます。そんな短期間で都合
よくそのような魔法使いに出会えるとは思えませんが。たとえ出会
えたとしても、そのような魔導書をもっているのは闇に属する魔法使
いが殆ど。彼らが他人に魔導書を与えるとは思えない﹂
﹁何 か し ら の 取 引 を し た と い う の も 可 能 性 と し て は 存 在 す る が ⋮⋮
ふぅ、そのようなことを言っていてはどこまでいっても際限がない
の。今は分からないことが多すぎるのでな、とりあえずは不自然にな
らない程度に彼女のことを見ていてほしい。彼女は聡いのでな、気が
ついたとき程度の感覚で構わん﹂
﹂
﹁⋮⋮一つだけ聞かせてください。貴方ほどの方が彼女をそこまで警
戒する理由はなんですか
﹁⋮⋮似ているのじゃ。彼女の知識の探求のあり方じゃが、それが過
去に見たある者の姿に近く感じるのじゃ。細かいところで見れば明
確に異なっているのじゃが、全体を通して見ると限りなく近い。一歩
間違えれば重なってしまうぐらいには近いあり方じゃ。それに加え
て今回の人形の件じゃ。魂に類するもの魔法は総じて闇の魔術に関
するものが多い。彼女がそのような魔術に手を染めているとすれば、
あの者と同じようになってしまう可能性とてありえる﹂
﹁あの者というのは⋮⋮まさか﹂
﹁うむ、ヴォルデモートじゃ。あの者も在学中は表面上優秀で模範生
であったが、陰では闇の魔術の深くまで入り込んでおった。そして彼
女も表面上優秀な生徒であり、陰で禁忌に触れている可能性がある。
あ く ま で わ し の 推 測 に 過 ぎ な い が、か と い っ て 軽 視 は 出 来 ぬ 問 題
じゃ﹂
﹁しかし⋮⋮﹂
﹂
﹂
﹁それにルーピン先生。彼女と話していて何か違和感を感じなかった
かの
﹁違和感ですか
172
?
﹁そうじゃ。これはマクゴナガル先生やスネイプ先生にも確かめたこ
?
?
﹂
とじゃが、彼女は相手、特に我々大人と話す際には必ずといっていい
ほど視線を合わせんのじゃよ﹂
﹁それは⋮⋮まさか開心術を警戒しているということですか
﹁恐らくの。閉心術が使えぬ者にとって相手の開心術を回避するのに
最大の効果を発揮するのが視線を合わせないことじゃ。彼女は大人
と対面するときは視線を一度たりとも合わせようとわせん。少なく
てもわしの知る限りではの。それはつまり、視線を合わせることで心
を覗かれることを恐れているとも解釈できる﹂
﹁⋮⋮わかりました。必要以上に干渉するのは避けて、彼女のことを
見てみます﹂
173
?
騒動
闇の魔術に対する防衛術の最初の授業から幾日かが経った。ルー
ピン先生の授業は生徒たちの間で噂になり、瞬く間に一番の人気の授
業となった。反面、魔法生物飼育学は初回の授業での事件が尾を引い
ているのか、授業内容が〝レタス食い虫の育成〟というつまらないも
のが続いている。これが将来美しい蝶にでもなるというなら意欲も
沸くだろうが。
﹁では、今日の授業はここで切り上げようか。宿題を一つ、今日学んだ
ことについて羊皮紙一枚分のレポートを書いて来週に提出すること﹂
本日最後の闇の魔術に対する防衛術の授業が終わり、ルーピン先生
が出した宿題に呻き声を上げる生徒に混じって教室を出て行く。日
が進むごとに授業内容が難しくなっていくが、ルーピン先生の進め方
がいいのか生徒から不満が出ることはない。スリザリンを除いてだ
が。逆に魔法薬学の授業は多くの生徒から不満の声が上がっている。
内容が難しいのはいつもの通りだが、今年は生徒いびりが酷いらし
い。特にボガートの一件でスネイプ先生に妙な格好をさせたネビル
に対してはそれが顕著だとか。
そんなことを考えていると、どこからか見られている気がして思わ
ず振り向く。振り向いた先ではルーピン先生が教室奥にある部屋に
入っていくのが目に入った。
闇の魔術に対する防衛術の最初の授業の日、ルーピン先生と話をし
てからちょくちょく今みたいに視線を感じることがある。視線を感
じた方向に目を向けるとそこには必ずルーピン先生がいて、部屋に入
ろうとしているか床に落としたものを拾っているかなどをしている
のだ。
監視│││というには雑すぎる気がする。あの日話したことは多
分ダンブルドア校長にも伝わっているだろう。話した内容は同じだ
が、何か不審な点に気づきダンブルドア校長から注意を向けておくよ
174
うにでも言われたのかもしれない。まぁ、一日中見られているという
わけでもないし、最近やっているのも呪文の練習に人形の作成と見ら
れて困るものでもないから気にすることはない。
夕 食 を 食 べ に 大 広 間 へ 入 る と 部 屋 の 左 右 か ら 妙 な 気 迫 を 感 じ た。
何だろうと思い視線を向けるとグリフィンドールとスリザリンがお
互い睨み合っている。今度は何があったのだろうと考えるも、グリ
フィンドールはキャプテンのオリバー・ウッドが今年で最後だという
ことでクィディッチに相当な気合が入っていると聞いたので、そんな
グリフィンドールにスリザリンがちょっかいをかけたといった感じ
だろうと結論付ける。
夕食を食べた後談話室へと戻ると掲示板の前に人だかりが出来て
いた。何かと思って掲示板を覗き込むとホグズミード週末のお知ら
せが貼ってある。そういえばマクゴナガル先生に許可証について聞
くのを忘れていた。無理だとは思うけれど、明日マクゴナガル先生に
聞いてみるか。
﹁駄目です﹂
翌日、マクゴナガル先生に許可証のことで聞きにいったが、還って
きた答えは予想していた通りのものだった。取り付く島もないとは
このことを言うのだろうか。
﹁やっぱり無理ですか﹂
﹁えぇ。許可証に書いてある通りに保護者が署名をしなければホグズ
ミード行きを許可することは出来ません。ミス・マーガトロイド、貴
方は保護者を名乗り出た人たちの提案を悉く蹴ったと聞いています﹂
﹁はい﹂
マクゴナガル先生の言う通りだ。両親が死んで保護者もいない天
涯孤独というのなら話は別だろうが、私みたいに保護者を名乗り出た
人を断り続けたということなら、そんな言い訳は通用しないだろう。
﹁私としても出来ることなら許可したいですが規則は規則です。残念
175
ですが諦めなさい﹂
﹁いえ、私の方こそ無理を言ってすみません。では失礼します﹂
そう言ってマクゴナガル先生の部屋を出て行く。ホグズミード村
に行けないのは残念だがその分空いた時間で魔法の練習でもしてい
ればいいか。学生としては随分寂しい青春と思わなくもないが割り
切ろう。
﹁あ﹂
ふと声が聞こえたのでそちらに目を向けるとハリーが階段から降
りてくるのが見えた。いつも一緒にいるハーマイオニーやロンの姿
﹂
は見えずハリー一人だけのようだ。これからクィディッチの練習が
あるのか赤いユニフォームを着ている。
﹂
﹁こんにちはハリー。これからクィディッチの練習
﹁あ、うん。アリスは何してるの
たって
﹂
﹁その、マクゴナガル先生はホグズミード行きを許可してくれなかっ
うので今初めて知ったのかもしれない。
るわけじゃないし、ハーマイオニーが話したというのも多分ないと思
両親のことについて話していなかった気がする。そこまで接点があ
そう言うとハリーは驚いたような顔をした。そう言えば、ハリーに
ど、駄目だって言われたわ。予想はしてたけれどね﹂
は両親も保護者もいないからどうにかならないか聞いてみたんだけ
﹁ちょっとホグズミードのことでマクゴナガル先生のところにね。私
?
ど、昔から保護者に名乗り出てくれた人の話は断り続けていてね。今
回はそれが裏目に出てしまったわ﹂
﹁⋮⋮そうなんだ﹂
それっきりハリーは黙り込んでしまった。話は終わりかと思い、そ
の ま ま ハ リ ー の 横 を 通 り 過 ぎ よ う と す る。ち ょ う ど ハ リ ー の 横 に
立ったときに再びハリーが話しかけてきた。
176
?
﹁え ぇ。私 の 場 合 両 親 の 変 わ り に 保 護 者 が い れ ば よ か っ た ん だ け れ
?
﹁アリスは寂しくないの
﹂
両親がいないことに﹂
いおみやげ買ってくるからね
﹂
﹁アリス、ホグズミードに行けないのは残念だけど、その代わりいっぱ
ないと囁かれるレイブンクローとて例外ではない。
はホグズミードの話で盛り上がっている。それは勉強にしか興味が
ご馳走がでるのかところ構わず話し合っている。三年生以上の生徒
一・二年生はハロウィーンのパーティーが楽しみなのだろう。どんな
ハロウィーンの日、その日は朝から生徒みんなが騒ぎ立てていた。
か。
も覚えていないみたいだし。その分、両親への想いが強いのだろう
リーも両親を亡くしているんだったか。それも私とは違い両親の顔
ら両親云々で話を振られるとは思わなかったけれど、考えてみればハ
私は話を打ち切りハリーに構わず階段を登っていった。ハリーか
ない
ないしね。過去に縛られるくらいなら未来を向いた方が有意義じゃ
﹁⋮⋮昔は寂しかったわ。でもいつまでも落ち込んでいてもしょうが
?
談話室へと向かって歩いている途中人気のないところに差し掛か
の二人、人前でいちゃつく割には自分たちのことを話さないのだ。
どう過ごしたかを聞かせてもらえれば十分なのだが無理だろう。こ
二人の心遣いは純粋に嬉しいが、私としては二人がホグズミードで
なものは控えてね﹂
﹁ありがとうパドマ、期待しているわ。それとアンソニー、あまり過激
る。
気持ちは嬉しいけれど少しは抑えてほしい。周りからの視線が刺さ
朝からこんな調子でパドマとアンソニーが張り切っている。その
だろう﹂
﹁アリスは真面目だからな。ゾンコのいたずら専門店の物なんかどう
!
177
?
かり、歩く速度を緩めながら小声で呟く。
﹁それじゃ、三人とも行ってらっしゃい﹂
言い終えると同時にマントの下からドールズが出て行くのを確認
する。そのまま歩く速度を元に戻して私は談話室へと向かっていっ
た。今回ドールズには城の中や校庭をそれぞれ自由に動き回るよう
に言ってある。三人とも自由に動けるようになったとはいえ私を中
心に五〇メートルぐらいの範囲でしか動いたことがないのだ。なの
で、人が一気に少なくなるこの日を利用してドールズの行動範囲を広
げてみることにした。
ちなみに、ドールズには魔力を通すと〝目くらまし術〟を発動する
指輪を着けさせているので簡単には見つからないだろう。以前は私
が直接〝目くらまし術〟を掛けていたが、今のドールズにはその必要
もない。
そう言って、ルーナは机に教科書と羊皮紙を広げて宿題に取り掛か
り始めた。それを見て、私も自分の宿題の仕上げに取り掛かる。
三〇分後、全部の宿題が終わり背を伸ばす。ずっとテーブルに向
かっていたせいか背骨からパキと骨が鳴る音がした。テーブルに広
178
談話室へと戻った私は夜のパーティーの時間まで魔法薬学や変身
術の宿題を片付けながら時間を潰すことにした。談話室はいつもに
比べて人が少なく、一・二年生が課題であろうものに必死になって取
り組んでいるのがちらほらと見える。
二時間ほどが経ち、最後の変身術の宿題が終わりそうになったころ
に横から声を掛けられたのでそちらを向くと、ルーナが腕に教科書や
羊皮紙を抱えて立っていた。
﹁こんにちはルーナ。久しぶりね﹂
ルーナとは同じレイブンクロー生ではあるが、普段あまり接点がな
いので会話をするのは久しぶりだった。
他は全部取られてて﹂
﹂
﹁こんにちはアリス。席空いてる
﹁別にいいわよ。ルーナも宿題
?
﹁えぇ。魔法薬学が難しくってちっとも出来ないの﹂
?
がった教科書やインク瓶などを片付けながら向かいに座るルーナを
﹂
見る。あれから三〇分経っているにも関わらずルーナの前に広げら
れた羊皮紙は未だに何も書かれていなかった。
﹁ルーナ、どこか分からないところでもあるの
そう尋ねると、ルーナは教科書を穴が空くほど見つめていた視線を
上げた。
﹁えぇ、〝ふくれ薬〟についてなんだけれど﹂
ルーナが開いた教科書のページを向けながら答える。
﹁あぁ、これはね│││﹂
﹁ありがとうアリス。アリスのおかげで宿題が全部終わったわ﹂
あの後、ルーナの〝ふくれ薬〟を手伝ったついでに他の教科の宿題
も手伝うことになった。宿題の殆どが白紙の状態で、どう考えても宿
題の提出期限にまで間に合わないと思ったからだ。
﹁お礼はいいから、次からはこまめに宿題をやっておきなさい。マク
ゴナガル先生やスネイプ先生は一回の宿題の量が多いから後々に回
すと追いつかなくなるわよ﹂
﹁うん、気をつける﹂
本当に分かっているのだろうか。ルーナのぼんやりとした声で聞
いているとどうにも真偽の判断がしにくい。
壁に掛かっている時計を見るとずいぶんな時間が経過しており、あ
と一五分でハロウィーンパーティーが始まろうとしていた。宿題を
置きに寝室へと向かい、途中でルーナと別れる。大広間まで一緒に行
くかルーナに尋ねるが、部屋で少しやることがあるからと言われて先
に向かうことにした。
ハロウィーンパーティーは去年にも増して豪勢な料理でテーブル
179
?
が埋め尽くされていた。私はパドマたちと一緒にホグズミードの話
を聞きながらゆっくりと料理を食べている。よほど楽しかったのか
パドマのテンションが話を追うごとに高まっていって、流石に見かね
たのかアンソニーが押さえに入った。パドマは話を中断させられた
せいか不満そうな顔をしていたが、アンソニーが耳元で何かを呟いた
後、顔を真っ赤に染めて大人しくなった。そのパドマの変わりように
驚くも、いつの間にか二人だけの世界に入っていた二人に対して言葉
を挟めるわけもなく、溜め息を吐いて黙々とパンプキンパイを食べ始
めた。
パーティーが終わり、他の生徒と共に寮へと戻るために廊下を移動
する。ドールズとは予め寮の入り口前で落ち合うことになっており、
生徒が談話室へと入っていくのを見ながら周りに気づかれないよう
にマントの下へと潜り込ませる。だが蓬莱だけがマントの中に入ら
﹂
﹁⋮⋮とりあえず、詳しくは部屋に戻ってから聞くわね﹂
談話室へと入り、蓬莱の話を聞くためにそのまま寝室へと向かう。
だが、寝室へ続く階段を登ろうとしたときに勢いよく談話室の扉が開
さぁ急いで
監督生
かれたため、足を止めて入り口の方に振り向いた。見るとフリット
﹂
!
!
ウィック先生が息を荒くしながら入ってきている。
さぁ早く
﹁生徒はみんな大至急大広間へと集まるように
は生徒を誘導して
!
その夜、生徒たちは大広間での就寝を命じられた。何でも指名手配
の生徒の流れに乗って移動を始めた。
ぞろぞろと入り口に向かっていく。私も何だろうと思いながらも、他
フリットウィック先生が告げたことに戸惑いながらも、生徒たちは
!
180
ず、私の肩に乗り小さな声で話し出した。
学校の中で
﹁アリスアリス。さっき犬みつけた∼。おっきな黒い犬∼﹂
﹁犬
?
﹁うん。それでね、犬がおとこの人にへんしんしたの∼﹂
?
レ ディ
中のシリウス・ブラックが城内に入り込み、グリフィンドール寮の入
り口である太った婦人の絵画を切り刻んだらしい。寮へ侵入されそ
うになったこと、まだ城内に潜んでいることを考えて、生徒は一箇所
に集めて防備を固め、先生たちで城内を捜索するのだとか。
すでに消灯時間が過ぎて大広間は真っ暗になっている。残された
光 源 は 銀 色 の ゴ ー ス ト と 天 井 に 再 現 さ れ た 星 空 の 僅 か な 光 だ け だ。
主席の生徒が早く寝るよう促しているが、他の生徒たちは今回の事件
についてヒソヒソと話し合っている。話の中心はグリフィンドール
生がいる周辺で、他の寮生がグリフィンドール生に話を聞いているの
が聞こえる。
そんな中、私は寝袋に深く入りながら蓬莱を出す。先ほど聞きそび
れた事について尋ねるためだ。とはいえ、周囲に人が大勢いる中で
ペ ン シー ブ
堂々と蓬莱から話を聞くわけにもいかないので、蓬莱の記憶を見るこ
とにする。
本来、他者の記憶を覗くには開心術を使うか憂いの篩という魔法具
で見るしかない。だが、ドールズは独立した自我があるとはいえ元は
私の魂から生まれた存在なので、パスを繋ぎ意識を同調させることで
ドールズの記憶を見ることが可能なのだ。
蓬莱の頭を私の頭と触れ合わせて意識を合わせる。そして目を閉
じると今いる場所とは異なる光景が見え始める。
私の目には暗い城の廊下が映り、視界はどんどん移動していく。そ
してグリフィンドールの寮塔が近づいたところで蓬莱の言っていた
黒い犬を見つけた。犬は廊下の隅を隠れるように進んでいき、太った
婦人の近くに来たところで犬は一旦止まり、周囲を見渡した後その姿
を変えた。
さっきまで犬の姿をしていたものはぼろぼろの服を纏った長身の
男に変わり、次の瞬間には太った婦人目掛けて勢いよく走り出した。
男は太った婦人に扉を開けるように叫ぶ。だが太った婦人は合言葉
がなければ開けることはできないし、生徒でも教師でもない者を入れ
るわけにはいかないと断り続ける。怯えながらも断固として扉を開
けない太った婦人に業を煮やしたのか男は懐からナイフを取り出し
181
て 太 っ た 婦 人 の 絵 画 を 切 り 刻 み 始 め た。太 っ た 婦 人 は 流 石 に 限 界
だ っ た の か 別 の 絵 画 を 通 っ て 逃 げ 出 す。男 は 太 っ た 婦 人 が い な く
なった後も絵画を切り刻んでいたが、突如として聞こえた声に振り向
き、急いでその場から逃げていった。
聞こえた声で分かったが廊下の向こうからやってきたのはピーブ
ズだった。ピーブズは刻まれた絵画を見ながら笑っており、グリフィ
ンドール生がやってきたところで天井へと姿を消した。
その後は、切り刻まれた絵画を見た生徒がダンブルドア校長を呼
び、ダンブルドア校長が戻ってきたピーブズから話を聞いたあと先生
たちに指示を出して今に至る。
意識を切り離して目を開けたときには周囲は静まっており、静かな
寝息だけが聞こえてきた。私は蓬莱の頭を撫でながら今見たことに
ついて考える。
蓬莱が見た男の正体がシリウス・ブラックで間違いないだろう。薄
暗かったが、逃げていく際に松明の明かりで見えた顔は指名手配書の
ア ニ メー ガ ス
顔と同じものだった。さらに犬から何の呪文も無しに変身したとい
うことは、シリウス・ブラックは動物もどきである可能性が高い。動
物もどきは非常に高度で珍しい変身魔法であり、その殆どの使い手は
魔法省に登録されていて何時誰が何処で使用したかが監視されてい
るらしい。
殆どというのは、魔法省への登録を避けて自身が動物もどきである
ことを秘匿している魔法使いが少なからず存在しているからである。
そういった魔法使いは大抵その能力を悪用に用いているため、魔法省
が動物もどきを厳しく取り締まる原因となっている。
もしシリウス・ブラックが魔法省に登録されている動物もどきだっ
たらすでに捕捉されているはずなので、シリウス・ブラックは魔法省
に登録されていない非合法の動物もどきなのだろう。
だとしたら、シリウス・ブラックがホグワーツに侵入できたのもあ
り得なくはない。吸魂鬼は人間の幸福という感情を吸い取るが、動物
もどきによって変身した人間は感情が抑制されるらしいので吸魂鬼
182
では満足に対処できないだろう。アズカバンを脱走できた理由にも
なる。
だからといって城への入り口は全て吸魂鬼が見張りに当たってい
るので、いくら感情を吸い取られないとはいっても見つからずに侵入
するというのは困難なはずだ。
とすれば考えられるのは、シリウス・ブラックは吸魂鬼や学校側も
知らない侵入経路を知っているということだろう。そうでなければ
学校内へ侵入できたことが説明できない。確実なのは、今すぐ本の虫
でシリウス・ブラックを探すことだ。あれなら相手が動物もどきであ
ろうとも関係なく探し出すことができる。しかしこの暗闇で見るこ
とは出来ないし、かといって明かり灯すわけにもいかない。明日にな
ればシリウス・ブラックは城の敷地外へ逃げているだろうから本の虫
では探すことはできなくなるが仕方がないだろう。
明日以降は出来る限り本の虫を使ってシリウス・ブラックと遭遇し
ないように注意すること、それとピーブズをどうお仕置きするか考え
ながら眠りについた。
シリウス・ブラックがホグワーツに侵入したことで、ホグワーツの
警備は一層厳重になった。吸魂鬼は自分たちが知らぬ間に侵入され
たのが原因なのかは分からないが、遠目に見た感じでは以前にも増し
て活発に周囲を警戒しているようだった。
他に変わったところがあるとすれば、ハリーの周囲に必ず教師の誰
かが付き添うことになったことだろう。一日中見ているわけではな
いので違うかもしれないが、少なくても私が見ている限りは移動中の
ハリーが一人で歩いているのを見なくなった。
明らかにハリーが重点的に警護されている。理由はハリーがヴォ
ルデモートを破り、シリウス・ブラックがヴォルデモートの配下だっ
たからだろうか。シリウス・ブラックによるヴォルデモートの敵討
ち。まぁ、ハリーが狙われる理由としてはあり得なくはない。
あの日以降、本の虫でホグワーツの敷地内を見ているがタイミング
が悪いのか侵入していないのか未だにシリウス・ブラックは発見でき
183
ていない。しかし、どこから侵入しているのかはある程度予測はつい
ている。
吸魂鬼の警備によって正面から侵入することが出来ない以上は隠
れ道を使うしかない。現在ホグワーツと外を繋ぐ隠れ道は全部で七
つ。そのうち四つは吸魂鬼に加えてダンブルドア校長が直々に魔法
を掛けているらしいので除外。一つは道が崩壊し通行不可能。残る
二つは四階の廊下にある隻眼の魔女の後ろと庭に植えられている〝
暴れ柳〟の下が入り口となっている。それぞれの出口はホグズミー
ドにあるハニーデュークスという店の地下と観光スポットとなって
いる叫びの屋敷の地下。
かたや人気のお菓子の店、かたや人気のないボロ屋敷。どちらが怪
しいかなんて考えるまでもないだろう。
184
私が本の虫で調べている間にも時間は当然のように流れていき、今
学期初のクィディッチの試合の日が迫ってきた。天候は日を追うご
とに悪くなっていき、このままいけば試合当日にはもっと酷くなって
いるだろう。
悪天候のせいで普段より一層暗くなっている闇の魔術の防衛術の
教室でルーピン先生を待っていると、唐突に教室の入り口が勢いよく
開かれた。思わず後ろを見ると、そこにいたのはルーピン先生⋮⋮で
はなくスネイプ先生だった。生徒は突然のスネイプ先生の登場に動
揺しているのか近くの者とヒソヒソと話をしている。だが、それもス
ネイプ先生が教壇の前に立ち教室を一睨みすれば一斉に静まった。
﹂
﹁今 日 は 我 輩 が 臨 時 で 闇 の 魔 術 に 対 す る 防 衛 術 を 教 え る こ と に な っ
た﹂
﹁あの⋮⋮ルーピン先生は
﹁ルーピン先生は気分が優れないとのことだ。さて、では教科書の三
淡々と答えた。
ネイプ先生は目を細めてハーマイオニーを見た後すぐに視線を戻し
ハーマイオニーが手を上げて恐る恐るスネイプ先生に尋ねる。ス
?
九﹂
スネイプ先生が教科書を捲りページを言おうとしたところでまた
も勢いよく扉が開かれた。見るとハリーが息を切らしながら入って
きており、それを見たスネイプ先生の口元が攣りあがったのは見間違
いではないだろう。ハリーは教室の前にいたのがルーピン先生では
なくスネイプ先生だったのに驚いたのか目を見開いている。ハリー
は何故ルーピン先生がいないのかを尋ねるが、スネイプ先生は先ほど
と同じように淡々と簡潔に答えるのみだった。
グリフィンドールはハリーの遅刻によって十点減点され、さらにス
ネイプ先生は座れと言った言葉に素直に従わなかったハリーが気に
食わなかったのか、もう五点減点した。グリフィンドール生は隠そう
ともせずにスネイプ先生を睨んでいるが、スネイプ先生はそれを無視
して授業を始める。
スネイプ先生が今回取り上げたのは〝人狼〟についてだ。それに
ついて生徒たち、特にグリフィンドールが声を上げるがスネイプ先生
に黙らされる。
スネイプ先生が人狼と真の狼との違いが分かるか問いかける。そ
れに対して手を上げたのはハーマイオニーのみ。私も答えられるこ
とは答えられるが、明らかに不機嫌な今のスネイプ先生は絶対に生徒
に答えを求めてはいないだろうと思ったので止めた。
その後は教科書から人狼について写し書きを行い、最後に人狼の見
分け方と殺し方についてのレポートを書くよう宿題を出されて終
わった。
この後はもう授業はないので図書室へと向かう。今回出されたレ
ポートの提出期限が早く時間がないので今のうちからやっておきた
い。
クィディッチ前日ということもあり図書室にいるのは十人もいな
い。本棚に付けられているプレートを見ながら人狼について書かれ
ていそうな本を探す。十分ほど探した結果〝忌み嫌われる生き物〟
〝闇の魔獣〟〝夜の化生〟といった、それっぽい本をいくつか見繕い
空いている席に座って読み始める。
185
人狼については三つの本全部に書かれていたが、問題の見分け方と
殺し方について書かれていたのは〝闇の化生〟のみであった。本の
記述によると、人狼を見分けるには月との関係性から追うのが重要ら
しい。普段は人間と見分けがつかない人狼は月が満月へと近づくに
つれて獣としての性質が現れる。これは精神力の強いものならある
程度は自制出来るが、その代わりに身体への不調が現れるらしい。そ
して満月の時となると自制できないほどの獣の衝動が襲い、人狼とし
て覚醒・変身するのだとか。また、この獣への変身は〝脱狼薬〟とい
う魔法薬で抑えることが可能とある。とはいえ非常に複雑な調合が
必要で、脱狼薬を煎じることが出来る人は多くはいないらしく、買お
うにも当然のように高価であるため経済的に不利な人狼は中々手に
入れることができない。
多少話がずれたが、要するに人狼を見分けるには長期的に対象を観
察して生活習慣を見極める必要があるということだ。最も、人狼かど
うかを確かめるだけなら満月の夜に引っ張り出せばいいだけだと思
う。その後の命の危険は度外視する限定の方法だけど。
殺す方法については多く書かれていなかったが、魔法が使えるなら
上級以上の魔法で攻撃すること、魔法が使えないなら銀を使った武器
で攻撃することとある。人狼として覚醒した者は魔法に対する抵抗
力が非常に強くなり並の魔法では少しの間動きを止める程度にしか
効果がないので、必然的に人狼に対処できる魔法使いは限られてく
る。銀を使った武器は人狼に大して効果的ではあるが、武器である以
上は人狼に近づかなければならないのが問題だ。下手に近づけば人
間の身体能力を圧倒的に上回る人狼に殺されることは目に見えてい
る。
結局のところ、ゴリ押しなら魔法で弱点を突くなら銀製の武器を用
いるというのが人狼を殺す方法である。とはいえ、これは人間が人狼
に対処する場合である。人狼が人間よりも優れた身体能力を持とう
が、同じ魔獣同士であった場合はその優位性もなくなる。人間を人狼
へと変える毒も人間以外には一切効果がないので、人間以外と人狼が
戦う場合は純粋に身体能力や体格が優れる方が有利だ。ましてや猛
186
毒や特殊な力を持った魔獣であったなら人狼といえども危うい。極
端な話、人狼がバジリスクと戦って勝てるかということだ。
いよいよ最初のクィディッチの日がやってきた。試合の組み合わ
せ は グ リ フ ィ ン ド ー ル 対 ハ ッ フ ル パ フ。本 来 で あ れ ば グ リ フ ィ ン
ドールとスリザリンの試合だったのだが、スリザリン側がシーカーで
あるドラコの腕の怪我が治っていないことを理由に組み合わせを変
更 し た の だ と か。ド ラ コ の 怪 我 が 治 っ て い る こ と は 殆 ど の 生 徒 が
知っているので、所々で不満の声が上がっている。学校側もよくスリ
ザリンの要請を認めたものだ。マダム・ポンフリーの腕なら腕の怪我
程度すぐに完治させられるだろうに。
とはいえ、別にスリザリンが取った選択は卑怯ではないと思う。自
分たちに不利な状況であるなら、それを自分たちに有利な状況へ持っ
ていくことは立派な作戦だ。事実こういう勝利への狡猾さが他寮よ
りずば抜けているから過去の試合でも勝利してきたのだろう。
選手たちはみんな、クィディッチの試合は真剣勝負だと主張してい
る。真剣勝負に卑怯もなにも存在しない。
試合が始まるも吹き荒れる雨の所為で満足に見ることもできない
有り様だった。応援席も雨に晒されて、すでにマントの下半分や靴に
靴下はぐしょ濡れとなっている。試合はグリフィンドールがリード
しており、点数は五〇点の差ができている。そこで一旦グリフィン
ドール側がタイムアウトを取り、大傘の下で作戦会議をしている。
試合が再開するも雨はさらに強くなり、落雷の頻度も増してきた。
このままでは誰かが落雷に当たってしまうのではないかと周囲では
心配の声が上がっている。その数分後、ハッフルパフのキャプテンで
シーカーのセドリック・ディゴリーが猛スピードで移動を始めた。恐
らくスニッチを見つけたのだろう。ハリーもセドリックの姿を見て
その後を追っている。
187
会 場 に い る 人 間 が 言 葉 に な ら な い 程 の 大 声 を 上 げ て 二 人 の シ ー
カーを見守る。しかし、それは唐突に破られた。この暴雨の中でも聞
こえていた応援の声が一斉に止んだのだ。私の耳がおかしくなって
のでなければ雨の降る音さえも消えている気がする。
この感覚には覚えがある。ホグワーツ特急で感じたアレとそっく
りだ。ということは、と思い空を見上げる。雨と雲によって黒一色に
染まっている空しか見えないが、目を凝らすと何か黒い塊が大量に蠢
いているのが見えた。
吸魂鬼だ。ざっと見て百人は超えるだろう吸魂鬼の群れが競技場
を飛び回っていて、そのうちの何人かはハリーに向かって飛んでいっ
ている。吸魂鬼がハリーのところに辿り着いた瞬間、ハリーは箒から
滑り落ちて地面に向かって落下した。だが、地面にぶつかる寸前に声
が響き渡ったかと思うと、ハリーの落下速度が減速した。
競技場全体が突然の事態に混乱している中、ハリーの下にダンブル
ドア校長がやってきた。その途中で銀色の塊を空に放ち、それに追い
立てられるように吸魂鬼が競技場から立ち去っていく。恐らく守護
霊の呪文を放ったのだろう。
予想外のハプニングがあったが、試合はハッフルパフの勝利で決着
がついた。ハリーが落下している最中にスニッチを確保したディゴ
リーは、事態を把握した後試合のやり直しを求めていたが認められ
ず、その日はそのままお開きとなった。
その日の夜、ベッドに横になりながら試合中に起こったこと、正確
には競技場へと乱入してきた吸魂鬼のことについて考えていた。ダ
ンブルドア校長が吸魂鬼をホグワーツの敷地内に入れるのを反対し
ているのは誰でも知っている。当然、吸魂鬼に対しても厳重に言い含
めていたはずだ。加えて吸魂鬼は魔法省のよって管理をされている。
もし吸魂鬼が生徒を襲おうものなら一大事になるのは明白で、そんな
不祥事を魔法省としては断固として防ぎたいだろう。つまり吸魂鬼
は現在、ホグワーツと魔法省の二つの機関から行動を制限されている
188
と考えられる。それなのに無断でホグワーツへ侵入し、挙句の果てに
人が大勢集まるクィディッチ競技場へと乱入するという事態が発生
したのは大問題だ。ホグワーツや魔法省でさえ吸魂鬼の行動を完璧
に縛ることができないということの証明なのだから。
今回の件でダンブルドア校長が一層強く吸魂鬼に対して言い含め
るだろうが、それもどれだけ効果があるか分からない。今回のような
ことがまた起こるようであれば生徒に被害が及ぶのも時間の問題だ
ろう。私の考えすぎかも知れないが可能性がゼロでない以上は対策
を講じておく必要がある。
吸魂鬼に唯一対抗できる手段│││守護霊の呪文。
難 易 度 の 高 い こ の 呪 文 を 独 学 で 身 に つ け る に は 時 間 が 足 り な い。
できればパチュリーにでも教わりたいけれど学校は始まったばかり
なのでクリスマス休暇まではどうしようもない。
﹁⋮⋮通信教育でもしてみようかしら﹂
必要の部屋に置いてあるキャビネットを使えばパチュリーと連絡
を取ることも出来るし、習得に役立つ本も見つかるかもしれない。今
まではダンブルドア校長とかに目を付けられているかも知れないと
考えて使用してこなかったが、効率を考えると必要の部屋ほど役立つ
場所はない。
面倒くさいことにならなければいいなと思いながら、私は目を閉じ
た。
189
考察
タタンタタンと一定のリズムで響く汽車の走る音を聞きながら、私
は窓の外に流れる景色を眺めていた。コンパートメントはいつもの
ように私一人で、隣では上海と露西亜がチェスをしており蓬莱はそれ
を静かに眺めている。
時間が流れるのは早いもので、吸魂鬼がクィディッチの試合中に乱
入した日からもうクリスマス休暇へと入ろうとしている。
あの日、吸魂鬼が乱入したことでダンブルドア校長がかつてないほ
どに怒っていたようで、それ以降吸魂鬼がホグワーツの敷地を越える
ことはなくなった。それと試合中にハリーが落下した際、ハリーが持
つ箒が暴れ柳へと突撃してバラバラに壊されたということもあった
らしいが、正直それはどうでもいい。
吸魂鬼といえば守護霊の呪文についてだが、やはり万が一の事態に
備えて身につけることにした私は必要の部屋にあるキャビネットを
使いパチュリーへと事の経緯を伝え、アドバイスをもらいながら練習
を進めている。時間もないので長くは練習できなかったが、それでも
不完全な靄を出現させる段階までは成功している。とはいえ、これは
パチュリー式の練習法というか幸福なイメージの仕方をしているせ
いであり、一般的な方法でなら数秒だが形を持った守護霊を出現させ
ることができている。その際に確認した私の守護霊は一メートルほ
どの孔雀の姿をしていた。
パチュリーが言うには、単純に幸福なイメージを思い浮かべる方法
の場合はイメージが崩れやすく、少しでも精神を揺さぶられると守護
霊は脆くなってしまうらしい。とはいえ、強力な魔法使いならその限
りではないらしいが。
それに対し、パチュリー式のイメージの仕方は一つの幸福なイメー
ジで守護霊を作るのではなく、複数の小さな幸福と一つの大きな幸福
のイメージによって守護霊を作り出す方法らしい。一つの幸福なイ
メージを思い浮かべるのに対して複数の幸福をイメージするので当
然難易度は高いが、その分イメージの地盤が強固になり多少揺さぶら
190
れた程度では揺るがない守護霊を生み出すことが可能らしい。簡単
に言えば、長身の建物を建造するときに一つの柱で建てるのと、複数
の柱で互いを支えあうように建てる場合でどちらがより耐久性に優
れているかということだ。
そういう訳で、パチュリーのアドバイスにしたがって演習をしてい
るのだが冗談抜きで難しい。二つ三つなら問題ないのだが、パチュ
リーに言わせれば最低でも十以上のイメージを持たないと意味がな
いらしい。そのため、今も窓の外の景色を眺めていると見せかけて頭
の中ではイメージの構築に集中している。
◆
キングス・クロス駅へと汽車が到着したのを確認して、生徒の波に
乗りながらプラットフォームを出て行く。駅構内のお店で昼食を済
191
ませたあと、駅前でタクシーを捕まえて漏れ鍋の隣にある本屋へと向
かう。
タクシーの運転手に料金を払った私は目の前の本屋へと向かわず
に、その隣にある漏れ鍋へと入る。店内には二人三人の客とカウン
ターでコップを磨いているトムさんしかいなかった。扉を開けた音
でトムさんがこちらに振り返り、私を見ると笑いながら話しかけてく
る。
﹂
﹁いらっしゃい。久しぶりですね、ミス・マーガトロイド。ホグワーツ
はもうクリスマス休暇ですかな
ですよ﹂
うのにこの様です﹂
?
そう言ってトムさんは店内を見渡して溜め息をつく。
﹁そういえばミス・マーガトロイドは今日どうされたので
知っての
﹁えぇ、困ったものです。みんな外出を控えているせいか昼時だとい
﹁⋮⋮シリウス・ブラックですか
﹂
﹁いやいや、いくら身体が元気でもこうも不景気じゃ商売上がったり
﹁はい。トムさんもお元気そうでなによりです﹂
?
?
﹂
通り今は何かと物騒なご時勢ですし、早めに自宅に戻ったほうがよろ
しいのでは
﹁ちょっとダイアゴン横丁に用事がありまして。急ぎの用事なので早
めに済ませたいんですよ﹂
本当はパチュリーのところへ行くためだけれど。というか、自宅に
いるよりヴワル図書館にいたほうが安全であるのは確実なので、態々
自宅に戻る必要がない。
﹁そうですか。まぁ今の時間なら人も多いですし心配はないと思いま
すが。遅くなる前にお帰りになられたほうがいいでしょう﹂
﹁そうですね。あまり遅くならないように気をつけますよ﹂
トムさんに別れを言ってから店奥にあるダイアゴン横丁の入り口
へと向かい、杖で叩いてダイアゴン横丁へと入る。大通りから裏道へ
と進み、ところどころに張られている結界を抜けて、目的地のヴワル
図書館へと辿り着いた。ドアをノックしたあと扉を開けて中へと入
﹂
る。本棚の間を抜けて二階へと上がり、一番奥のある部屋の扉を開け
る。
﹁久しぶり。それともこんにちはかしら
﹁久しぶりでいいんじゃないかしら
﹂
パチュリーが視線をこちらへと向ける。
私が部屋へと入ると暖炉の前で椅子に座りながら本を読んでいた
?
違う気がする。
﹁まぁどっちでもいいけれどね﹂
?
﹁そっちから話を振ってきた割にはばっさりと切るわね﹂
﹁あら、アリスが思考に嵌りそうだから止めてあげたのよ
﹁⋮⋮どうもありがとう﹂
﹂
久しぶりというほど長い期間ではないけれど、こんにちはというのも
手紙でやり取りをしていたとはいえ直接会うのは三ヶ月ぶりだし。
?
﹂
失礼な。確かに少し考え込んでいたけれど言われるほどではない。
どうしたの
﹁ところで⋮⋮﹂
﹁ん
?
192
?
パチュリーが何か言いたそうに私へと非難の目を向けてくる。な
?
﹂
んだろう、着いたばかりだし文句を言われるようなことは何もやって
いないはずだが。
﹁あれ⋮⋮どうにかならないの
そう言ってパチュリーが横へとずらした視線の先を追う。
﹁⋮⋮はぁ﹂
思わず頭を抑えて溜め息をついてしまった私は決して悪くはない
と思う。視線の先では、どこからかお菓子を引っ張り出してきたドー
ルズが勝手に紅茶を入れてまったりと寛いでいるのだから
荷物を整理して一息ついたあと、紅茶とお菓子を用意してパチュ
リーと情報交換を行う。バジリスクの毒の分析については残りの成
ちゃんと守護霊出せたの
﹂
分が不明だった分の分析は終わり、今は分析結果を元に毒の精製をし
ている最中であるらしい。
﹁ところでアリスのほうはどうなのよ
?
りキツイわね﹂
﹁今は幾つぐらいのイメージをしているのかしら
﹁十個よ﹂
﹂
﹂
﹁そう⋮⋮それなら、もうその方法は止めていいわよ﹂
﹁⋮⋮は
﹂
一体何を言っているのだろうか、この魔女は。止めていい
﹁ごめんなさい。もう一度言ってもらえるかしら
何を
式の方だと靄が出る程度よ。複数のイメージを構築するのってかな
﹁一般的な方法ならね⋮⋮といっても数秒程度だけれど。パチュリー
?
﹂
わよって言ったのよ﹂
﹁⋮⋮何故
パチュリー曰く、一つではなく複数の幸福なイメージをさせていた
のは柔軟化のためであって、複数のイメージによる守護霊の強化なん
て事実は一切ないらしい。一つのイメージで練習し過ぎるとそれに
193
?
﹁だから、貴女の言うパチュリー式のイメージ方法はもう止めていい
?
?
?
?
?
若干顔が引き攣るのを自覚しながらパチュリーに説明を求める。
?
固執しすぎて、いざそのイメージが崩れた際に即座に代わりとなるイ
メージを構築することができないから、保険として幸福なイメージを
予め構築しておくということらしい。これなら一番の幸福のイメー
ジが否定されても、一番が否定された時点で二番目の幸福が一番に成
り上がるので多少の効果減少はあっても守護霊を生み出すことが容
易になる。その下地を作るためにあのような練習をさせていた、とい
うのがパチュリーによって説明された概要だ。
﹁だから、あとは単純に一つのイメージの強化だけやっていればすぐ
にでも安定した守護霊を作り出せるわよ。分割していた思考を一つ
﹂
に纏めるんだからかなり楽になるはずよ。アリスならクリスマス休
暇中には何とかなるんじゃない
﹁⋮⋮まぁ、そういうことならいいけれど﹂
正直、今までの練習法が冗談とか言われたらどうしようかと思っ
た。そのような意図があるなら最初に言ってほしい。
まぁパチュリーの言うことが確かなら、これまでの練習法によって
持続力と構築力が鍛えられたということなのだろう。少し思うとこ
ろもあるが話の筋は通っているのでよしとする。
﹁あっ、ちなみにアリスの場合は急いでいたようだから今回の方法を
取っただけで、長期的に身につける場合だったら一般的な方法で十分
事足りるということだけ言っておくわ﹂
﹁⋮⋮﹂
自業自得だったか。
◆
パチュリーに予想外の事実を告白されてから数週間、クリスマス休
暇も終わり学校へと戻ってきた。
クリスマス休暇の間、延々と守護霊の呪文を練習していた甲斐もあ
り何とか満足のいく守護霊を作り出すことに成功した。ちなみに満
足したというのはパチュリーなので間違えないように。守護霊とし
て形を保ち十分に効果を発揮する段階までは休暇が終わる一週間前
194
?
には出来たのだが、所々に安定しきっていない場所はあるもので、パ
チュリーはそれが気に入らなかったらしく何度も駄目出しを食らっ
た。自分が教える以上は生半可な守護霊は許さないといった感じだ。
まぁそのお陰でパチュリーも満足のいく安定さを身につけることが
出来たので文句はないが。
授業は月の一週目からさっそく行われ、休み明けにも関わらず多く
の宿題が出された。その中でも古代ルーン文字学、数占い学、魔法薬
学、変身術の宿題の量といったら投げ出したくなるほどだ。とはいえ
やらないという選択肢はないので宿題が出された日の内に取り掛か
るのだが。
週末には年明け初のクィディッチの試合が迫っている。対戦カー
ドはレイブンクロー対スリザリンだ。ちなみにグリフィンドールか
らしたら、この試合の勝敗によってグリフィンドールが優勝杯に手が
あそこでブラッジャーがこなければレイブン
195
届くかどうかが決定するので落ち着かないことだろう。グリフィン
くやしい
ドールが大嫌いなスリザリンが勝たないと勝ち目がなくなるのだか
ら。
◆
﹁あ∼もう
﹂
ドマを落ち着かせているアンソニーも態度こそいつも通りだが、内心
う状況だったので、パドマの態度もしょうがないのかもしれない。パ
にブラッジャーが向かってこなければ確実に取ることができただろ
れてしまい負けてしまったのだ。それもレイブンクローのシーカー
くスリザリンをリードしていたのだが、スニッチをスリザリンに取ら
互い一歩も引かない攻防を繰り広げ、後半からレイブンクローが大き
ンの試合は僅差ながらもスリザリンの勝利という結果となった。お
ているのか声高々に愚痴を言っている。レイブンクローとスリザリ
競技場からの帰り道、パドマが今日行われた試合の結果を思い返し
クローが勝てたのに
!
!
!
は悔しがっていると思う。当然、私だってレイブンクロー生の一員で
ある以上悔しくは思っている。あまり表にそういった感情を出さな
いので勘違いされやすいけれど。
夜、談 話 室 で ク ィ デ ィ ッ チ メ ン バ ー を 労 わ る 会 と で も い う の か、
各々が食べ物や飲み物を持ち込んで小さなパーティーを開いている。
これはレイブンクローの伝統のようなもので、勝敗に関係なく試合の
日の夜にみんなが集まっているのだ。
暖炉を中心に扇状に広がり、真ん中あたりにクィディッチメンバー
が座っていて、今日の試合についての反省点や良かった点、スリザリ
﹂
あそこでチョウにブラッジャーがこなけれ
ンに対する愚痴などを言っている。
﹁あ∼、やっぱり悔しい
ば絶対にレイブンクローが勝ってたのに
そんな中、少し大きな声が聞こえて思わずそちらに振り向く。振り
向いた先にはレイブンクローのシーカーを勤めるチョウ・チャンを中
心に女生徒と数人の男子が集まっていた。
一学年上のチョウ・チャンは吸い込まれるような鮮やかな黒髪をし
た女性で、女の私から見ても可愛いと思える。顔立ちや名前から多分
東洋の血筋なのだろう。今までは怪我をしていて試合を控えていた
らしいが、今回から復帰したらしい。箒の操作技能が高いらしいの
で、怪我によるブランクがなかったら今日の試合でもスニッチを取る
ことが出来たとはキャプテンの談だ。
﹂
﹁こんにちは、アリス﹂
﹁ん
ころで、後ろから声を掛けられる。振り向くといつものように奇抜な
格好をしたルーナがいた。
﹁こんにちは、ルーナ。今日も楽しそうなものを着ているわね﹂
﹁これ来週のラッキーアイテムなんだ。一週間かけてやっと完成した
196
!
!
チョウ・チャンから目を離し近くのお菓子に手を伸ばそうとしたと
?
の﹂
それはつまり、一週間前から次の週のラッキーアイテムを自作して
いたということなのか。その手の小道具が手作りというのも驚きだ
が、授業や宿題の方は大丈夫なのだろうか。
﹂
﹁大丈夫だよ。宿題が終わった後に作っていたから﹂
チョウ
﹁それならいいのだけれど﹂
﹁アリスは何を見ていたの
﹁
﹂
﹁そうそう、アリス﹂
口を付ける。
私もそろそろ寝ようかと思い、カップに残った紅茶を飲みきろうと
囲気には時たま戸惑うことがある。
ルーナとの会話も幾分慣れたとはいえ、あの独特の話し方というか雰
そう言ってルーナは欠伸をしながら寝室の方へと向かっていった。
眠くて。おやすみなさい、アリス﹂
﹁そろそろ寝るわね。これ作るのに夜遅くまで起きていたからとても
のように視線を外し、小さく欠伸をしながら立ち上がった。
そこで話を切ると、ルーナはチョウ・チャンに興味が無くなったか
もあるけれど、やっぱり可愛いからかしら﹂
﹁そうなんだ。いっぱい人に囲まれてるもんね。シーカーっていうの
それでちょっと見ていただけよ﹂
﹁えぇ、特に理由はないけれど彼女たちが話している声が聞こえてね。
別段隠すようなことでもないので、ルーナの問いに肯定で返す。
ル ー ナ は 私 が 見 て い た 方 を 見 な が ら 確 認 す る よ う に 聞 い て く る。
?
体が硬直する。その際に手に持っていたカップから紅茶が床へと零
寝室に戻ったんじゃないの
﹂
れてしまった。まぁ、噴出さずに済んだだけよしとしよう。
﹁⋮⋮どうしたのかしら
?
いるだけだった。
ける。ルーナは気づいていないのか気にしていないのか、首を傾げて
驚かされたこともあって、少し言葉に棘を含ませてルーナに問いか
?
197
?
寝室に向かったはずのルーナの声が背後から聞こえてビクリと身
!?
﹁一つだけ言い忘れたことがあって。さっきチョウのこと可愛いって
言ったけれど、アリスはチョウよりもっと可愛いよって。彼女の周り
にいる男の人たちは見る目がないんだね﹂
そう言って、ルーナは今度こそ寝室へと戻っていった。私はルーナ
に言われたことを一瞬理解できないで呆然としていたが、ルーナの言
葉を理解していくと共にそそくさと寝室へ戻る。
﹁まったく、ルーナも口が上手くなったわね﹂
ルーナへと小言を言いながら寝室へと入り、寝間着に着替えてベッ
ドへと入る。
その日は、いつもより気分良く眠れた気がした。
◆
今年二回目のクィディッチの試合が近づいてきた頃、ホグワーツ内
でとある噂が囁かれていた。その内容はハリーが新しい箒にファイ
アボルトを手に入れたというものだ。確かファイアボルトは去年に
発売された現在で最高峰の箒だったはず。その名に恥じない性能を
誇り、国際チームでも採用が決まっているとか。当然値段もそれ相応
で、500ガリオンというとんでもない高額となっている。
それをハリーが手に入れたというのだから生徒間で噂になるのも
仕方がないと思う。それにグリフィンドール生の反応を見ている限
り本当っぽいし。
気になるのはハリーがどうやってファイアボルトを手に入れたと
いうことだけれど。普通に買ったのだとしても500ガリオンなん
て大金をハリーが出せるのだろうか。いくら学費が低価格だとはい
え教材や学用品、日用品も含めると年間でかなりのお金を使うことは
間違いない。ハリーには両親がおらず叔父叔母の家で暮らしている
と聞いたことがある。その叔父叔母が非日常的なことを非常に嫌っ
ているということも。そんな叔父叔母では休暇中ならともかくマグ
ルにとって非日常の産物である魔法の箒なんて買うとは思えない。
つまりハリーは魔法関係の買い物に関して両親の遺産のみでやり
198
くりしないといけない環境に置かれているはず。ハリーの両親が残
した遺産がどの程度かは知らないが、魔法省の高官か大貴族でもない
限り莫大な遺産を残すということはないだろう。もしあったとして
も500ガリオンも使えば貯蓄が一気になくなることは確実。いく
らハリーが箒を欲しているからといって、そこまでして箒を手に入れ
るとは考えにくい。何か特別な収入源があるというのなら別だが、ま
ずないだろう。
とすると、考えられるのは誰かからの贈り物の可能性だろうか。ハ
リーは一年の頃にマクゴナガル先生から箒を贈られているのであり
えなくはない。最も、500ガリオンの箒をプレゼントできる人物な
んて誰だという話になるのだが、そこは考えたところでどうしようも
ないので捨てておく。
﹁まぁ、経緯がどうであれ箒が実際に存在するという事実があれば十
分だけれどね﹂
﹂
フィンドールの秘密だとか言って。まぁその時点で箒の噂は本当だ
と思うけれど、あの感じだとパーバディ自身も箒が誰から贈られたの
かは知らないみたいだったわ﹂
◆
199
﹁⋮⋮アリスって本当に色々考えているのね。で、アリスは本当にハ
リーがファイアボルトを手に入れたと思う
﹂
?
﹁そ れ が パ ー バ デ ィ に 聞 い て も 詳 し く は 教 え て く れ な い の よ。グ リ
うかパドマはお姉さんから何か聞いていないの
﹁そればかりはハリー本人に聞かないと分かりようがないわね。とい
して買ったとしても後々が絶対に苦しくなる﹂
ルフォイぐらいの家でもなけりゃ、まず買えない代物だぞ。もし無理
﹁でも、本当に誰がハリーにファイアボルトを送ったんだろうな。マ
いということでもあるでしょ﹂
これだけ大きな噂を否定もなにもしないということは、その必要がな
いれば分かると思うけれどあからさまに浮ついているもの。それに
﹁可能性は高いわね。ハリーやロン、グリフィンドールの態度を見て
?
いよいよ今日はレイブンクロー対グリフィンドールの試合の日だ。
ファイアボルトについては最早確定した。ご丁寧にもハリーが朝食
の大広間に箒を持ってきていたのだから。見せ付けるように箒を常
に持ち替えてアピールしていたが、あれだけの箒を手に入れたのがか
ら見せびらかしたくなるのもしょうがないだろう。それにハリー自
身、嫌みったらしくするのではなく純粋に自慢したいだけのようだ。
スリザリンに対してはそうでもなかったが、それに関しては今更だろ
う。
また別の話になるが、いつもならハリーやロンと一緒にいるはずの
ハーマイオニーの姿が見えない。この前、大広間で三人を同時に見つ
けたが、どうにもハーマイオニーがハリーとロンを避けているみたい
だ。いつもの喧嘩とも思ったが、それにしては長いし雰囲気も重々し
い。ハーマイオニーが近くに来たとき二人の態度からして、恐らくロ
からグリフィンドール⋮⋮というより今回は箒か。若干贔屓気味の
解説なのは恒例だろう。
試 合 は 基 本 グ リ フ ィ ン ド ー ル の リ ー ド で 進 ん で い っ た。や は り
ファイアボルトがあるということで士気が高いのか、グリフィンドー
ルのプレー一つ一つに力強さが見える。勿論レイブンクローが弱弱
しいというわけではないが、元々レイブンクローは冷静に確実に試合
を進めるスタイルなので比較対象にはならない。
200
ンと喧嘩をしているみたいだけれど何をやったんだろうか。
﹁さぁさぁ始まりました、注目のグリフィンドール対レイブンクロー
賢い箒の選び方によれば│││﹂
今回の見所は何と言ってもハリー・ポッターが乗るファイアボルト
でしょう
そのままゴールポストへと│││﹂
!
試合が始まり、実況のリー・ジョーダンの解説が響き渡る。出だし
がクァッフルをキャッチ
﹁おっと、失礼しました。では気を取り直して、まずはレイブンクロー
﹁ジョーダン﹂
!
!
ファイアボルトに乗るハリーはまさしく風になったという表現が
的確だろうか。競技場全体を縦横無尽かつ高機動に飛んでいる。妨
害があったが既にスニッチを取る寸前までいっているのだからグリ
フィンドールの士気は上がりっぱなしだ。
それから数十分。レイブンクローが何とか盛り返し、スニッチを取
りさえすれば逆転できるところまで迫る。その間、ハリーが二回目の
スニッチを補足したようだが、チョウ・チャンに妨害されて見失って
しまったのだろう、再び競技場を飛び回っている。チョウ・チャンは
自 ら ス ニ ッ チ を 探 そ う と は せ ず に ハ リ ー を マ ー ク し て い る よ う だ。
ハリーに付いていった方がスニッチを見付け易いと思ったのだろう。
それとも単純に点数を稼ぐまでの妨害目的か。
とはいえ、その方法ではいざハリーがスニッチを見つけて急加速し
た際に追いつくことが出来ないのは明らかだと思う。さっきの妨害
がハリーの視覚外から不意をついたことで成功したものだし、今のよ
うにハリーの後ろを飛んでいる形ではハッキリ言ってどうしようも
ない。
試合はグリフィンドールの勝利で決着した。あの後、チョウ・チャ
ンにマークされたハリーは急下降と急上昇でチョウ・チャンを振り切
り、進行方向の先にあったスニッチを見事捕らえた。
だが問題もあった。あのまま試合が終了すればよかったのだが、ハ
リーがスニッチを取る寸前に競技場に吸魂鬼│││の変装をしたド
ラコを含めたいつもの三人組とマーカス・フリントが乱入してきたの
だ。一瞬会場が騒がしくなるが、ハリーは箒に乗りながら杖を抜き、
いつの間に身に付けたのか守護霊の呪文を唱えたのだ。ハリーの守
護霊は大きな塊といったもので動物の形をしてはいなかったが、箒で
の高速移動中に守護霊を出したことを考えれば十分だろう。
試合の翌日、朝からホグワーツでは厳戒態勢が布かれていた。理由
201
はシリウス・ブラックが昨日の深夜にグリフィンドールの寮塔に侵入
したからだ。前回のように入り口で引き返したわけではなく生徒た
ちがいる寮内にまで入ったのだから事の重大さが伺える。
最初は何故部外者のシリウス・ブラックが寮内に入れたのか疑問の
声が上がっていたが、ネビルが一週間分の合言葉を書き記したメモを
無くしてしまっていて、入り口を守っていたカドガン卿の証言でシリ
ウス・ブラックがメモを読み上げていたことが判明したのだ。これに
はマクゴナガル先生も大激怒したようで、ネビルに罰則と一人での寮
への出入り│││つまり合言葉を教えることを禁じたらしい。
また、一連の事件で注目を浴びているのはハリーかと思われたが、
意外にもロンだった。何でもシリウス・ブラックはロンに馬乗りで覆
いかぶさりナイフを突きつけたのだとか。そこでロンは悲鳴を上げ
てシリウス・ブラックは逃走したということらしいが、そこが分から
ない。何故寮内にまで侵入しておきながら誰も殺さずに逃げたのか。
ロンが悲鳴を上げたにしても、その場にいた生徒を皆殺しにするだけ
の時間はあったはずだ。杖がなかったのだろうか。それなら確かに
時間は掛かるし、そのような状態で先生たちが集まってくれば逃げる
ことすら出来なかっただろう。
だが、それでもシリウス・ブラックからしたらハリーを殺すだけで
も十分だといえるはず。自らの主を倒した敵なのだから、むしろ何よ
りも優先して排除に掛かるべきであろうに。それでもシリウス・ブ
ラックは逃走を選んだ。ハリーを殺すにしても今はそのときではな
かったのか、それとも最初から別の目的があったのか。
◆
今週は珍しいことに魔法薬学以外の宿題が出なかったので、久しぶ
りに人形の制作と双子の呪いの練習に集中して取り組んだ。授業が
終わった後の時間を十分に使えたので京人形の仕上げも完了して儀
式を行うのみになった。双子の呪いもようやく中身まで完全に複製
できるレベルにまで身に付けることができたのは大きな進歩だ。以
202
前より双子の呪いの難易度が低く簡単になった気がしたのだが、他の
呪文を試してみたところ今まで少し梃子摺っていた魔法が全部無駄
なく使えるようになっていたのだ。
気になって調べてみたところ、高位の魔法を習得した場合それ以下
の魔法の習得の難易度が個人差はあれど低くなるらしい。双子の呪
いは習得難易度では守護霊の呪文よりも低いので、守護霊を完全に作
り出せるようになった今だからこそ、容易に完成させることができた
ということだ。それに加えて、練習してきて不完全ながらも呪文を身
に付けていたことも大きいだろう。
ともあれ、これで現状優先して行うべきことは終わった。私と京人
形を繋ぐラインにしても理論の構築は済んでいるので、あとは実際に
組み込んでテストをするだけ。
このまま順調に京人形が完成すれば、残るのは三体だけ。それも京
人形ほど複雑ではないから人形自体はすぐに出来る。
﹁あとは⋮⋮そうね。多くの人形をどうにか携帯できないかしら﹂
双子の呪いで人形を複製したところで持ち運べなければ意味がな
いし、その場で複製するにも魔力を消費しすぎていざというときに動
けなかったら本末転倒だ。とすれば、予め人形を複製しておいてそれ
を保管・携帯できるような何かが必要だろう。
﹁まぁそれは追々考えていきましょう。とりあえずこれからは人形作
りと量産ね。複製した人形はとりあえず必要の部屋に置いておきま
しょう﹂
週末はホグズミード行きの日だったので、学校内は朝から静まり
返っている、つい最近学校内にシリウス・ブラックが侵入したという
のに殆どの生徒が外出している。やはり危険だということがわかっ
てはいても偶のホグズミードには行きたいのか。
まぁ常に学校内で警戒態勢が布かれていたのでは息も詰まるし、学
校側もそれがわかっているからホグズミード行きを禁止にはしない
のだろう。
203
静まり冷え切った廊下を歩きながら必要の部屋へと向かう。階段
を登り廊下の突き当たりに辿り着いたところで、どこからか口笛が聞
こえてきた。思わず周囲を見渡すけれど人の姿はなく、口笛だけが聞
こえてくる。そして口笛を吹く音が大きくなったと同時に、私の頭の
上の壁から見覚えのあるゴーストが姿を現した。
﹁あら、ピーブズじゃない。最近全然見なかったけれど何していたの
﹂
壁 か ら 現 れ た の は こ こ 最 近 姿 を 見 て い な か っ た ピ ー ブ ズ だ っ た。
﹂
生徒の間でも最近ピーブズが姿を現さないどころか悪戯を仕掛けも
しないので、逆に不気味に思われていた。
﹁おや、その声は麗しのアリスじゃないか∼。元気だったかい∼
﹂
?
去年のハロウィーンの日にあの男がグ
﹁まぁそれなりね。で、ピーブズは何をしていたの
﹁それがさ∼、酷いんだよ∼
?
﹁はっはっはっ∼、ん
﹂
﹂
確かに私はいなかったしね。
とかなると思っているのだろう。
ようだ。まぁ、あの時あの場に私がいたわけではないので惚ければ何
ピーブズは明らかに動揺しているようだけれど、あくまで白を切る
﹁な⋮⋮何のことでしょうか∼。僕そんな酷いことしてませんよ∼﹂
いった感じで私の方に向き直る。
そ う 指 摘 す る と ピ ー ブ ズ は 僅 か に 身 体 を 硬 直 さ せ て 恐 る 恐 る と
笑っていたからじゃないの
﹁そ う な の ⋮⋮ そ れ っ て 貴 方 が 太 っ た 婦 人 の 絵 が 切 り 刻 ま れ た の を
ス∼﹂
あの爺さん。親切を仇で返されているんだよ∼、酷いと思わないアリ
に、その日から学校の敷地内をずっと見張っていろとか言うんだよ∼
リフィンドールのおばさんの絵を切り刻んだことを教えてあげたの
!
?
感じがしたからだろう。しかしそこには何もないので気のせいだと
惚けていたピーブズは不意に後ろを振り向く、何かが身体に触れた
?
﹂
思ったのかピーブズは再び私の方へと向き直る。
﹁んん
?
204
?
再びピーブズが後ろを振り向くがさっきと同じでそこには何もな
く、石壁が続いているだけだ。だが今回は一回目と異なりピープズの
目の前で何かが揺らめいたのが見える。
﹁⋮⋮げっ﹂
ピーブズがとたんに嫌な顔をする。それもそうだろう。そこにい
たのは毎回ピーブズを追い掛け回している蓬莱が剃刀を片手に現れ
たのだから。
﹂
﹂
﹁ち な み に、そ の 子 が 見 た も の を 私 も 見 る こ と が で き る ん だ け れ ど
⋮⋮言いたいことは分かるわよね
﹁⋮⋮はっはっは⋮⋮すみませんでしたー
あの後、謝罪したピーブズへのお仕置きをしようとしたけれど、あ
ることについて教えてもらうことを条件に控えることにした。最も、
私に謝罪したところで意味はないので、今度改めて太った婦人に謝り
にいきなさいと言い含めてておいたが点⋮⋮まず謝りにいかないだ
ろう。
私がピーブズに聞いたのはシリウス・ブラックについて。もしシリ
ウス・ブラックがホグワーツ出身であるのならば長年ゴーストとして
住み着いてきたピーブズなら彼がどんな学生だったか知っているは
ずだ。
それをピーブズに聞いたところ、やはりシリウス・ブラックはホグ
ワーツの生徒だったらしい。しかも当時ではかなり有名だったのだ
とか。
シリウス・ブラックの実家であるブラック家は昔から続く純血の一
族であり、多くの闇の魔法使いを輩出したことでも有名らしい。全員
が全員、闇の魔法使いであったわけではないみたいだが、それでも純
血主義らしく典型的なマグル排他的な思想ではあったようだ。有名
どころでは歴代校長の一人であるフィニアス・ナイジェラスや死喰い
人のベラトリックス・レストレンジがブラック家に連なる者らしい。
205
!
?
そんな家系に生まれたシリウス・ブラックは当然スリザリンへと入
るものだと当時の誰もが考えていたらしいが、予想外にも彼はグリ
フィンドールへと入ったらしい。
それだけでも話題性は十分だが、グリフィンドールでつるんでいた
三人の生徒と引き起こした悪戯でも話題を呼び、その三人を含めて知
らない者はいなかったとか。
ちなみにその三人の内の二人は、ハリーの父親であるジェームズ・
ポッターと現闇の魔術に対する防衛術の先生であるリーマス・ルーピ
ンなのだとか。最後の一人はピーター・ペティグリューという小柄の
男であり、シリウス・ブラックがアズカバンへと投獄されることと
なった事件で犠牲になってしまったらしい。
そういえば、ホグワーツに入りたての頃読んでいた日刊預言者新聞
過去集の一部にそのようなことが書かれていた気がする。
206
他にもシリウス・ブラックについてピーブズから色々聞いてみる
が、どうにも腑に落ちない。ピーブズの言うシリウス・ブラックの印
象からして、とてもではないが親友の殺害やマグルの虐殺をするよう
﹂
な人物とは思えない。ピーブズは大して興味もないのか深く考えて
はいないようだけれど。
﹁とまぁ、ざっとこのぐらいかな。もういいかい
﹁えぇ、ありがとうピーブズ﹂
下水管にまで至りそこには穴が空いていた⋮⋮﹂
残ったのは僅かな肉片⋮⋮指一本⋮⋮深く抉られたクレーター⋮⋮
ブラックへと挑むも敗れてしまう⋮⋮多くのマグルを道連れに⋮⋮
﹁ピーター・ペティグリューは勇敢にもかつての学友であるシリウス・
話室へと戻ることにした。
夕焼け色に染まっている。今日は必要の部屋に行くことは諦めて談
えていった。ピーブズから長いこと話を聞いていたので、廊下は赤い
私がお礼を言い終えるとピーブズは壁をすり抜けてどこかへと消
?
ピーブズに話を聞いてから、寝室の棚に置きっぱなしにしていた日
刊預言者新聞過去集でシリウス・ブラックが捕まった事件について調
べている。というよりは読み返しているといったほうが正しいか。
ピーター・ペティグリューがシリウス・ブラックに殺害されて残っ
たのは指一本のみ。それ以外の部分は粉々に吹き飛ばされたとある。
﹁でも、普通人間の身体が跡形も無くなるほど吹き飛ばされて、指一本
だけが運よく残るのかしら﹂
それに他にも不可解な点はある。
血だ。新聞には当時の現場の写真が載っているが、周囲のマグルが
死んだことによる血痕の量に対してピーター・ペティグリューの血痕
があまりにも少なすぎる。一番シリウス・ブラックの近くにいたピー
ター・ペティグリューだからこそ血すら残さずに吹き飛んだとして
も、その場合現場に指や血痕が残っているのが逆に不自然だ。身体が
粉々に吹き飛んだにしては血痕が少ないし、身体が跡形もなく消し飛
んだなら血痕が多い。
少し考えればこの不自然さに気づきそうなものだが、この時勢では
ヴォルデモートがいなくなりシリウス・ブラックによる大量虐殺とい
う重大事件が二つもあったのだ。緊張や恐怖、安堵が一度に降りかか
り細かな現場検証を見逃してしまった、というのが一番可能性の高い
仮定だろうか。
し か し、そ う な る と 別 の 問 題 が 出 て く る。不 可 解 な ピ ー タ ー・ペ
ティグリューの死が偽りだったと仮定するとして、ピーター・ペティ
グリューはどこに逃げたということだ。現場にはシリウス・ブラック
以外の生き残りは確認されていないのだから、シリウス・ブラックを
追い詰め魔法を放たれるまでの間に行動に移したということになる。
人ごみに紛れて逃げたのなら魔法省が保護しているだろう。魔法で
姿を消していても同様だ。血痕が出来ている以上は大なり小なり怪
我をしていることは間違いないのだから、どこかで痕跡が残るはず。
それなのに一切の痕跡を残さずに死んだことになっている。
怪我をしたにも関わらずあの場から誰にも気づかれずに逃げる方
法。可能性を上げてそれを消去法で消していくと残るのは。
207
﹁⋮⋮下水管、ね﹂
〝クレーターは地面を深く抉り、下水管には穴が│││〟
残る逃げ道は下水管しかなくなる。そして下水管に空いた小さな
穴を通るには身体の大きさを変えれば済む。縮小呪文か変身術か方
法は分からないが不可能ではないだろう。
そして誰にも気づかれずに下水管を使ってまで逃げる理由。いく
つか思いつくが考えてもしょうがない。いくら考えたところで私に
答えなんてだせないのだから。
208
暴き
ピーブズからシリウス・ブラックについて聞き出してから幾日かが
経った。現在はイースター休暇中であり、談話室には朝から多くの生
徒が集まっている。テーブルを寄せ合って広げた教科書や羊皮紙に
向き合っているグループや一人でいるのもいるし、テーブルを取れな
かった生徒は窓際やどこからか小さいテーブルを持ち込んでいる。
その原因は大量の宿題だろう。イースター休暇に入る際に、殆どの
教科から大量の宿題が出されたのだ。生徒たちは休暇もそっちのけ
で宿題の消化に全力で取り組んでいるのが現状。そうしなければ終
わらないからだ。
もちろん私もその中の一人だが、今回出された宿題は量こそ沢山あ
るものの内容事態はさほど難しいものではないので、順調に消化して
いき最後の一つに取り掛かっている。パドマやアンソニーも順調に
209
消化していっているが、まだ三分の二といったところだ。一度、パド
マに何でここまでの差が出るのか不思議に思われたが、私は大体の教
科書や参考書の内容を暗記しているので、その違いだと思う。
﹁ねぇ、アリス。ここがちょっと分からないんだけれど教えてくれる
﹂
目で見られている。ルーナは気にしていないようだけれど、ルーナの
だから、レイブンクロー内でも普段の態度と合わさって異質のような
そんな中でルーナは分からないことを遠慮無しに質問してくるの
分の力だけで問題を解くのがレイブンクローだ。
の質問は別だが、上級生にしろ同級生にしろ質問なんてしないで、自
合う事はあっても教えを請うということはまずしないのだ。先生へ
は大抵が勉強に関してプライドが高いことが多い。故に人と討論し
ローの特色は叡智を求める者が集まる傾向にあるのだが、その手の人
来るのだが、これはレイブンクロー内では実は珍しい。レイブンク
紙を抱えてきた。ルーナは私の手が休んだときを狙ってよく質問に
私が羽根ペンを置いて一息ついたところで、ルーナが教科書と羊皮
?
周囲に人がいるというのを入学当初以来は数回しか見たことがない。
﹁ふぅ、別にいいけれど、ちゃんと自分で調べてから来たのでしょうね
﹂
﹁もちろん。いくら私でも最初から人に聞こうとは思ってないもん﹂
つまり自分が他人と違うところがあるということを理解はしてい
る の か。そ れ で も 変 え よ う と し な い の は 変 え る 必 要 が な い か ら か。
それとも、他人と自分の見方や価値観が違っていても自分がそれに納
得していれば問題がないと考えているのだろうか。もしそうだとし
たら私もそれには同意だけど。
ル ー ナ に 勉 強 を 教 え 終 わ っ た 私 は 自 分 の 宿 題 の 仕 上 げ を す る。
元々そんなに残っていたわけではないので三十分程で終わった。パ
ドマの方を見るとアンソニーと頭をつき合わせて羊皮紙にガリガリ
と羽根ペンを走らせていたのでそのまま寝室へと戻ることにする。
イースター休暇は残り三日。特にやることもないので、作成中の人
形 〝 倫 敦 〟 〝 仏 蘭 西 〟 〝 オ ル レ ア ン 〟 の 三 体 の 制 作 を 行 っ て い く。
倫敦人形は橙色の洋服を着た人形、仏蘭西人形は緑色の洋服を着た人
形、オルレアン人形は紫色の洋服を着た人形だ。また、上海がランス、
蓬莱が剃刀を持っているように、この三体もそれぞれ武器になる物を
持たせる予定である。
倫敦には針、仏蘭西には剣、オルレアンには盾付のハルバートを持
たせる。当然これらは飾りではないので、ちょっとした処理を行う。
針には爆発呪文の効果を付与させて刺さったものに爆発呪文と同
じ効果を及ぼし、剣には錯乱呪文の効果を付与させて斬りつけた対象
に錯乱呪文の効果を及ぼし、盾には盾の呪文の効果を付与させて相手
からの攻撃に対する守りとする。
ちなみに上海や蓬莱や露西亜に持つものにも各々処理を行うつも
りだ。上海の持つランスには発光呪文、露西亜の持つ鎌には麻痺呪
文、蓬莱の持つ剃刀には研究中のバジリスクの毒を仕込ませる。
処理諸々の作業は大変だけれど、基本はドールズに持たせている指
210
?
輪と同じなので問題はないだろう。
まぁ正直いって物騒な装備品だとは思うが、人生なにが起こるか分
からないし死喰い人なんて連中が未だにいる世の中だし、備えあれば
なんとやらということだ。
◆
イースター休暇が終わり、最初の土曜日。今日はいよいよ今シーズ
ン最後のクィディッチの試合の日だ。対決するのはグリフィンドー
ル対スリザリン。グリフィンドールが二百点以上の差をつけて勝利
すれば優勝杯がグリフィンドールに、スリザリンが点数を縮められな
いうちに勝利すれば優勝杯はスリザリンの手に渡る。
グリフィンドールにとっては厳しい試合となることだろう。何せ
優勝杯を取りにいくにはスニッチを捕まえる前にスリザリンに五十
会
ながら空いている応援席に座る。彼の言うとおり応援席の熱気はす
ごいものがある。
211
点以上の差をつけなければならないからだ。それ以下の点数差では
たとえグリフィンドールがスニッチを掴んでも優勝杯には届かない。
試合には勝って勝負に負けるということだ。
グリフィンドールとスリザリンの牽制のし合いは一週間以上も前
か ら 続 い て い る。ス リ ザ リ ン 生 が グ リ フ ィ ン ド ー ル の チ ー ム メ ン
バー、特にハリーを狙って常々ちょっかいを出し続けてきた。それに
対して、グリフィンドール側は常に選手の傍には他の生徒が囲み、決
して危害を加えさせないように構えていた。そこにレイブンクロー
﹂
グリフィンドール対スリザリン
やハッフルパフまでも加わってきたのだから、試合前から両者の緊張
は最高潮となっていただろう。
﹁さぁさぁ遂にやってきました
場はかつてないほどに熱気に包まれております
!
リー・ジョーダンが試合前のパフォーマンスを行っているのを聞き
!
!
グリフィンドールの応援席では寮シンボルの獅子を描いた真紅の
旗や横断幕を振りながら空気が重く響くほどに声を発している。
対するスリザリンも負けてはおらず、全員が緑色のローブを身につ
けて乱れずに並び、銀色の蛇を描いた濃緑の旗や横断幕を振ってグリ
フィンドールに負けずと声を出している。その最前列ではスネイプ
先生がいつもの黒いローブではなく生徒と同じように緑のローブを
着て陣取っていた。
選手が入場し、競技場の中央で円を描くように整列する。両キャプ
テンが一歩前に出て握手をしているが、相手の手を握り潰してやると
最初にクァッフルを取ったのはグリフィンドー
いう狙いがここからでも分かるほどに殺気立っている。
﹁さぁ始まりました
﹂
そのままスリザリンを振り切ってゴールへと│││と、駄目だぁ
グリフィンドール、スリザリンにクァッフルを取られてしまう
ル
!
いけアンジェリーナ
﹁よし、そこだ
危ないブラッジャーだ
わしています
│││よしかわした
﹂
その
スリザリンの妨害を見事にか
ままゴールポストへ│││ゴォォォォル
リードした。ここでハリーがスニッチを取れば優勝杯はグリフィン
そ し て 点 数 は つ い に 七 十 対 十。グ リ フ ィ ン ド ー ル が 六 十 点 差 で
か、実際にスリザリン側からしたらそれが狙いかもしれないが。
しないで、選手を潰すことに力を入れていると思えるほどだ。という
レーに荒々しさが目立ってきている。もはやペナルティーなど気に
ドールがリードしているが、試合が進むにつれてスリザリン側のプ
そ こ か ら は 泥 仕 合 と い え る 展 開 が 続 い た。点 数 で は グ リ フ ィ ン
応援席から爆音と思える歓声が上がる。
先取点は見事グリフィンドールへと入った。グリフィンドールの
!
!
!
!!!
!
り、クァッフルは再びグリフィンドールへと渡る。
ンドールのビーターが打ち放ったブラッジャーがスリザリンに当た
害で失敗に終わった。そこからスリザリンの反撃に入るが、グリフィ
グリフィンドールが先取点を取るかと思われたが、スリザリンの妨
!
!
!
212
!
ドールのものとなる。
競技場が若干静かになり、応援席にいる全員の視線がハリーに集中
している。ハリーもそれが分かっているのか試合開始直後の控えめ
な飛行から一変して競技場を飛び回っている。
その数分後、ハリーがスニッチを見つけたのか身体を前に倒し急加
速しようと動き出す。競技場は一瞬湧き上がるが、次の瞬間スリザリ
ン側を除いてブーイングの嵐が巻き起こった。
その原因はドラコだ。ハリーが急加速する直前に自身の箒から乗
り出し、ハリーの箒の尾の握り締めながら引っ張っている。あまりに
マナーに外れた行為であろうドラコの行動に誰もが怒り狂っている。
選 手 や 生 徒 は 勿 論、マ ク ゴ ナ ガ ル 先 生 で す ら 罵 倒 を 怒 鳴 り 散 ら す
リー・ジョーダンを諌めもせずに自ら叫んでいる。
ドラコのプレーを境にグリフィンドールの動きは荒々しくなり、逆
にスリザリンの動きは活気付いている。そして、その隙をつかれたの
﹂
いたハリーが猛スピードで接近してきていた。思わぬハリーの乱入
にスリザリンは散り散りになり、そのチャンスを逃さずにグリフィン
ドールはゴールを奪った。
しかし、それとほぼ同時に上空を飛んでいたドラコが急下降を始め
る。ドラコの進行方向を見ると地上スレスレの場所に金色の何かが
見えた。恐らくスニッチだろう。
ハリーも急下降するドラコに気づき追いかけるが、いかんせんス
ニッチまでの距離の差がありすぎる。普通ならドラコがスニッチを
取ることを誰も疑いはしなかっただろう。そう思わせるだけの絶対
213
かスリザリンにゴールを決められてしまう。
点数差は五十点。ここでグリフィンドールがスニッチを取っても
その
スリザリンに勝つことは出来ない。先ほどまではドラコがハリーを
スリザリンからクァッフルを奪い返します
│││あれは
ハリー・ポッターだ
スリザリンが全員でブロックにきてやが
!
マークしていたが、今では逆転していた。
﹁アンジェリーナ
アンジェリーナ頑張れ
!
ままゴールへ│││くそ
る
!?
!
!
!
スリザリンが総出でブロックしている場所に、ドラコをマークして
!
的な差がついているのだから。
しかしそれも普通│││条件が同じ場合だ。ハリーが乗っている
のはドラコのニンバス2001を遥かに上回る性能を誇るファイア
ボルト。加速スピード・最高速度の両方で圧倒するファイアボルトの
性能か、それともそれを乗りこなすハリーの才能か、あるいは両方か。
ともかく、ハリーは大きく開いていた距離を圧倒的な速度で縮めて
ドラコに追いつき、手を伸ばした。
グリ
僅差でス
グリフィンドールの勝利
ハ リ ー・ポ ッ タ ー や り ま し た
二三十対二十
﹁│ │ │ や っ た ぁ ぁ ぁ ぁ
ニッチを捕らえた
﹂
!
!
定した範囲にいる全ての生物の黒点が浮かび上がっている。最も競
見たような広範囲の地図が浮かび上がった。地図には先ほど私が指
までの広範囲の地図〟を開く。頁が捲れ白紙だった紙に上空写真で
本の虫で〝クィディッチ競技場と禁じられた森及び暴れ柳に至る
かった。
さっきの場所に視線を向けるが、そこにはもう黒い犬の姿は見えな
入れていた本の虫を素早く引っ張り出して開く。その際に一瞬だけ
私は自分の周りに人がいないことを確認すると、制服のポケットに
そこに大きな黒い犬がいたことに。
上。
競技場の奥、学校から一番遠く禁じられた森に一番近い応援席の
そんな私だから気づけたのかもしれない。
ハリーや他の選手たちを眺めていた。
のほうに陣取りながら競技場の外へと肩車されながら運ばれていく
私は正直そんなもみくちゃの中には行きたくないので、応援席の前
こに応援の生徒も混じって大騒ぎしている。
リーを中心に抱き合い叫びながら下降していく。地面に降りればそ
競 技 場 は も は や 爆 音 の 嵐 だ っ た。グ リ フ ィ ン ド ー ル の 選 手 は ハ
フィンドールが優勝杯を手に入れたぁぁぁぁぁ
!!
!!
技場から校庭と学校までの道には大勢の生徒がいるため、黒い染みが
214
!!
!!
蠢いているようにしか見えないが。
だが、私が見ているのはそれとは反対方向。禁じられた森の中とそ
の周辺にはいくつかの黒点が記されていて僅かに移動している。広
域で移したから移動していたとしても微々たるものなのだろう。
その中で、猛スピードで移動している黒点を見つけた。黒点は禁じ
られた森を大回りしながら学校の中庭│││へは行かずに、そのまま
森の奥へと入っていく。
暴れ柳から叫びの屋敷へと向かうものと思っていた私は一瞬呆気
に取られたが、急いで禁じられた森の全体を映すように切り替える。
禁じられた森では数多くの黒点が蠢いていた。ポツポツと広がって
いる黒点もあれば多くの黒点が集まっている場所もある。猛スピー
ドで移動する黒点は常に森の生物に近づかないように動き回り、やが
てある一点で動きを止めた。
黒点が止まった場所を拡大する。すると黒点しか映っていなかっ
た場所に文字が浮かび上がってきた。そこに書かれていた名前は│
││
﹁シリウス・ブラック⋮⋮ビンゴね﹂
先 ほ ど の 黒 い 犬 は 太 っ た 婦 人 が 切 り 刻 ま れ た 夜 に い た 犬 と 同 じ。
そしてあの犬こそがシリウス・ブラックの変身した姿ということ。つ
まりシリウス・ブラックは推測どおり非登録の動物もどきであるとこ
が確定した。これでアズカバンの脱走やホグワーツへ侵入できたこ
とも理由付けられる。
◆
いよいよ学期末のテストが近づき、生徒はピリピリした空気を纏っ
ている。クィディッチの試合があった日から一週間は熱気に包まれ
ていたが、今はそれが嘘のように静まり返っている。少しでも時間が
空けば教科書を開き、夜は遅くまで復習や課題に取り組んでいる者が
殆どだ。
215
あの日、シリウス・ブラックを本の虫で捕捉してからは、マーキン
グによって常に動きをトレースしている。シリウス・ブラックはあの
日以降森からは動いていないようだ。
ちなみに、シリウス・ブラックが禁じられた森にいることは誰にも
教えていない。言えば本の虫のことを説明しなければならないし、そ
こ か ら パ チ ュ リ ー の こ と も 知 ら れ て し ま う 可 能 性 が あ る。パ チ ュ
リーは人に知られようが気にしないようなことを言っていたが、あん
なところに隠れ住んでいる以上は必要以上に知られたくはないと私
は思っている。パチュリーには色々と助けてもらっているので、でき
れば余計な迷惑はかけたくはない。
前々から思っていたが、改めて自分のことを冷たい人間だと思う。
シリウス・ブラックのことを教えないということはつまり、犠牲者が
出た際にそれを容認していたということと同義なのだから。
﹁まぁ、私の推測が当たっているなら犠牲者なんてでないでしょうけ
れど﹂
もしシリウス・ブラックが犠牲者を出すつもりならとっくに出てい
るだろう。シリウス・ブラックの犯罪の真偽がどうであれ彼自身は相
当実力の高い魔法使いである可能性は十分にある。いや、動物もどき
であるとはいえ吸魂鬼を出し抜けるほどだ。間違いなく魔法使いと
しては強者の部類のはず。その気になれば生徒から奪った杖でも十
分に戦えるだろう。
それなのに犠牲者を出していないということは、狙っている獲物が
いないのか別の目的があるのか。
最も運がいいのか悪いのか、私にはその心当たりがあるのだが。
﹁本当、偶然ってなにが起こるか分からないわね﹂
私の手にある本の虫には二つの場所が描かれている。左の頁には
禁じられた森にいるシリウス・ブラックを中心として広範囲の地図。
右の頁には禁じられた森の傍にあるハグリッドの小屋が映し出され
ている。小屋の中にはハグリッドと飼い犬のファング、小屋の外には
ヒッポグリフのバックビークの名前が浮かび上がっている。そして
もう一つ、小屋の中に一つの名前があった。
216
﹁ピーター・ペティグリュー⋮⋮ね。ハグリッドに気づかれていない
ということは小さい何かに変身しているのかしらね﹂
彼 の 名 前 を 発 見 し た の は 偶 然 と し か 言 い よ う が な い。本 の 虫 で
ピーブズを探して学校内を調べていた際に、大広間で彼の名前を見つ
けたのだ。最初は何かの間違いかと思ったが、近くにいたこともあり
確認にいったところ大広間の隅っこで一匹の鼠が残飯か何かを食べ
ていたのだ。鼠は私の姿を見た後すぐに外に走っていったが、本の虫
でピーター・ペティグリューの動きを追っていた私には、その動きと
鼠の動きが一致しているのを確認したのだ。そのまま彼を追跡した
ところハグリッドの小屋で止まり動かなくなった。
普通の変身術で長い間変身し続けるというのは熟練者でも難しい。
だが動物もどきなら、たとえ術者が気絶したところで変身が解けるこ
とはないので、長期間の潜伏にはもってこいだろう。そして公式で死
んでいるピーター・ペティグリューが動物もどきとして生きている以
上は、彼もシリウス・ブラックと同じ非登録の動物もどきということ
だ。でなければ魔法省がとっくに彼の生存を確認しているはず。
また、ピーター・ペティグリューが鼠の動物もどきだとすると、彼
が死んだとされる例の事件において下水管を通って生き延びたのは
間違いない。もし、その日以降ずっと鼠として生きてきたというのな
らある意味尊敬できるほどの忍耐力だ。
シリウス・ブラックがいまだ生徒に危害を加えていないということ
は、恐らく本当の目的がピーター・ペティグリューにあるからだろう。
二人の因縁は知らないが、シリウス・ブラックがアズカバン送りと
なった原因であるピーター・ペティグリューが生きているのだ。彼が
この真実を知っているのだとしたら是が非でも捕らえて話を聞くな
り殺すなりしたいはずだ。
◆
テストが全て終了し、生徒たちは各々が思い思いの時間を過ごして
いる。すっきりしている者もしればこの世の終わりとでも言いたげ
217
な者、教科書を開いてテストの解答を確かめている者など様々だ。
私も解答があっているか教科書やノートでチェックし終わったと
ころだ。実技系の試験も含めて、特に問題らしい問題はなかったので
テストに関しては大丈夫だろう。
ちなみにテストは四日間に渡って行われた。私のスケジュールは、
月曜日は〝魔法史〟〝変身術〟〝呪文学〟、火曜日は〝魔法生物飼育
学〟〝魔法薬学〟〝天文学〟、水曜日は〝古代ルーン文字学〟〝数占
い学〟〝薬草学〟、木曜日は〝闇の魔術に対する防衛術〟といった感
じだ。時間割は生徒によって必修と選択がバラバラなので、学校側で
上手く調整したのだろう。
それと、先ほどスリザリン生が話しているのを聞いたのだが、ヒッ
ポグリフのバックビークの控訴が今日行われ、その結果次第では今日
の内に処刑されてしまうのだとか。それに伴い魔法省大臣のコーネ
リウス・ファッジと危険生物処理委員会の執行人が来るらしい。
それを聞いていると、どうにも今回の控訴は茶番だと思う。魔法省
大臣はともかく死刑の執行人がいるという時点で処刑する気満々で
はないだろうか。
夕食を食べ終わった後、本の虫を開きながら寮へと戻ろうと進んで
いた。本の虫には人前でも人目では怪しまれないようにカバーを被
せている。シリウス・ブラックとピーター・ペティグリューの動きを
確認しようとしたところ、ピーター・ペティグリューを監視していた
頁 に 変 化 が あ っ た。ハ グ リ ッ ド と フ ァ ン グ と ピ ー タ ー・ペ テ ィ グ
リューの名前しかなかった小屋の中にハリーとロンとハーマイオ
ニーの名前が追加されたのだ。
何をやっているのかと疑問に思ったが、先ほどドラコがバックビー
クの処刑が決まったようなことを言っていたので恐らくそれに関係
したことだろう。あの三人は何かとバックビークに対して気に掛け
ていたようだし。
談話室へと戻り本の虫での監視をしていると、もう片方の頁に映っ
ているシリウス・ブラックに動きがあった。禁じられた森の中から
218
ゆっくりではあるが城のほうへと近づいているのだ。さらにその傍
にはクルックシャンクス│││確かハーマイオニーの持つ猫の名前
だったか│││が一緒に動いている。
シリウス・ブラックは暴れ柳近くの森の境目で止まり、クルック
シャンクスはそのままハグリッドの小屋の方へと向かう。それとほ
ぼ 同 時 に ハ グ リ ッ ド の 小 屋 か ら ハ リ ー た ち が 出 て き た。そ こ に は
ピーター・ペティグリューの名前もある。
その数秒後に小屋の中にダンブルドア校長とコーネリウス・ファッ
ジ魔法大臣、ワルデン・マクネアとエイビス・フォルマンの二人が入っ
てきた。
﹁この二人は⋮⋮魔法大臣と一緒にいるところを見ると危険生物処理
委員会の人かしらね﹂
いよいよバックビークが処刑される時間になったのだろう。少し
気になるけれどシリウス・ブラックやピーター・ペティグリューの動
リ ー と ハ ー マ イ オ ニ ー が 二 人 存 在 し て い る こ と に な る。な ら ど う
やって
タイムターナー
去年の長期休暇の際にパチュリーに一度だけ見せてもらった魔法
具を思い出した。逆転時計。鎖のついた砂時計のそれは、鎖で囲った
中にいる人物に限り砂時計をひっくり返した分だけ過去に戻す魔法
具 だ。あ ま り に も 貴 重 な 魔 法 具 ゆ え に パ チ ュ リ ー で す ら 一 つ し か
持っていないものをハーマイオニーがどうやって手に入れたのかは
219
きも気になるので意識から外す。
全体の動きを把握するために本の虫の地図をシリウス・ブラックと
ピーター・ペティグリューの両方が見えるように拡大させる。ギリギ
﹂
リ名前が見えるにまで拡大された地図を見て、思わず私は目を疑って
しまった。
﹁ハリーたちの後ろにハリーとハーマイオニーの名前
パチュ
?
リーに限ってそれはないだろう。とすると今この瞬間、ここにはハ
リ ー と ハ ー マ イ オ ニ ー の 名 前 が あ っ た。本 の 虫 の 誤 作 動
ハ グ リ ッ ド の 小 屋 か ら 出 て き た ハ リ ー た ち の 後 ろ の 森 の 中 に ハ
?
﹁│││そういえば、パチュリーに一度見せてもらったあれなら﹂
?
分からないが、逆転時計ならこの状況も作り出すことは可能だろう。
それに今期の授業、ハーマイオニーは明らかに時間が重なっている授
業を皆勤で受けている。その秘密がこれか。
そんなことを考えているうちに、地図ではいくらかの動きがあっ
た。
森に隠れていたハリーとハーマイオニーの二人がバックビークを
引き連れて暴れ柳付近の森に移動している。もう一組のハリー三人
組は城の方へと向かっているが途中でクルックシャンクスが混ざり、
ピーター・ペティグリューが離れ、それをクルックシャンクスが、さ
らにそのあとをロン、そしてハリーとハーマイオニーといった感じで
追いかけ始めた。
暴れ柳のところまでくると、森に潜んでいたシリウス・ブラックが
動き出しピーター・ペティグリューとロンを伴い暴れ柳の下にある隠
し通路へと進んでいった。やがてハリーとハーマイオニーもロンを
追いかけて隠し通路へと進んでいく。
﹁ふぅ⋮⋮行きましょうか﹂
ハーマイオニーは数少ない私の友人だ。多少の危険ならともかく
命が掛かっていそうな状況で見捨てるというのは目覚めが悪い。私
の予想通りならシリウス・ブラックが危害を加えるとは考えにくい
が、ピーター・ペティグリューの場合は分からない。
それに、去年のスリザリンの継承者のときみたいに廊下の隅々まで
学校側の目が光っているようならともかく、今はそこまでの警備はさ
れていないというのも理由の一つではある。
最も本の虫に映っていた森に隠れているハーマイオニーが未来の
彼女だとすると、特に問題もなくやり過ごせたのだと思うが。果たし
て彼女の経験した未来に私がいたのかどうか。
本の虫から顔を上げて談話室を見渡せば数人を残して生徒はいな
くなっていた。残った生徒もソファーで眠っているので、実質この部
屋で動いているのは私だけだ。私は自分の身体に目くらまし術を掛
けて音をたてずに談話室から出る。レイブンクローの入り口はグリ
フィンドールなんかと違って肖像画ではないので出入りしたところ
220
で知られることはない。便利だけどやっぱりセキュリティ的には問
題だろう。
人気のない廊下を走りながら城の門へと向かう。遮音呪文を使っ
ているので足音は響いていないはずだが、それでも周囲に気を配りな
がら進む。門に近づいたところで門が開く音が聞こえた。足を止め
て物陰に隠れながら本の虫で確認する。どうやらダンブルドア校長
一行が戻ってきたようだ。そこで彼らの動きを見ていると、ちょうど
ホールを挟んで反対側にルーピン先生がいるのに気がついた。
ダンブルドア校長たちがいなくなるとルーピン先生はホールを走
でもどうやって⋮⋮﹂
る抜け外へと出て行く。向かった先から考えて暴れ柳に行くのだろ
うか。
﹁今の状況を知っている
疑問に思いながらも私も暴れ柳へと向かって進んでいく。途中ハ
グリッドとすれ違ったが涙を流しながら雄叫びを上げていた。悲し
んでいるという感じではなかったから、バックビークの処刑がされず
にすんでの涙といったところか。バックビークが生きているのは確
認済みだし。
私が暴れ柳へと辿り着くと一度本の虫を開く。どうやらハリーと
ハ ー マ イ オ ニ ー の 二 人 組 み の 方 は 先 ほ ど か ら 動 い て い な い よ う だ。
念のため露西亜を二人の後ろにつかせておく。露西亜が二人の後ろ
に辿り着いたのを確認し暴れ柳の方へ向かおうとしたとき、学校の門
が開いたのでそちらに目を向ける。見るとスネイプ先生が血相を変
え て 走 っ て く る の が 見 え た。ス ネ イ プ 先 生 は そ の ま ま 暴 れ 柳 に 向
かって走り、暴れ柳の根元の瘤を押さえた。するとスネイプ先生が近
づくと同時に激しく動いていた暴れ柳が硬直し大人しくなる。
暴れ柳が止まっている隙に私も根元へと走って近づく。スネイプ
先生は地面から何かローブのようなものを拾いそれを頭から被ると、
その姿が見えなくなった。
﹁便利な物ね。被るだけで姿くらまし術と同様の効果が得られるなん
て﹂
221
?
スネイプ先生が瘤を離したのか再び暴れ柳が動き出すが、そのころ
には私も根元へと辿り着くことができた。下を覗くと木の根に隠れ
るようにして地面に穴が空いている。ここが隠し通路の入り口なの
だろう。
﹁さて、ここからは慎重にいかないとね。というか先生が二人も行っ
たのに私まで行く必要って本当にあるのかしら﹂
今更になって自分の行動が意味のあるものなのかに疑問を抱くが、
ここまできてしまった以上は後戻りするのも気持ち悪い。どうせな
ら事の経緯を全部知りたいというものだ。
隠し通路を通り辿り着いた先は、随分と埃っぽい部屋だった。この
隠し通路の先はホグズミードにある叫びの屋敷に続いているはずな
ので、この部屋はそこの地下ということになるか。パドマに叫びの屋
222
敷は随分と古びていたと聞いたが、これはもう廃墟といったほうが正
しいだろう。
部屋へと入り上へ続く階段を登る。ここからは本の虫も使えない
﹂
ので出来るだけ慎重に。一階のホールに出て二階へと続く階段を登
る。上からは誰かが言い合っている声が聞こえる。
﹁この声は⋮⋮スネイプ先生とルーピン先生ね。それと誰かしら
ター・ペティグリューだろう│││を大事そうに抱えていた。窓際に
曲がっている。そんな状態にも関わらず暴れる鼠│││恐らくピー
た。ロンは怪我をしているのか腕から血を流し、片方の足は変に折れ
と視覚と繋いで部屋の中を伺うと、まず壁際にハリーたち三人組がい
ないので私は完全に物陰に隠れて蓬莱に部屋の中を覗かせる。蓬莱
そして一つの開け放たれた部屋に辿り着いた。何があるか分から
二階の踊り場に着いたときに何かが倒れる音がしたのでより慎重に。
念のために目くらまし術と遮音呪文を掛け直しながら歩を進める。
グリューだとは思うが。
消去法で考えてこの声の主がシリウス・ブラックかピーター・ペティ
言 い 合 っ て い る 人 の う ち 一 人 だ け 聞 き 覚 え の な い 声 の 男 が い た。
?
あるピアノの傍には以前蓬莱の記憶でみた男、シリウス・ブラックが
両手を上に上げていた。そのシリウス・ブラックに杖を向けているの
はスネイプ先生だ。その顔は今まで見たことがないほどに愉快な表
情を浮かべている。最後に拘束されて床に倒れているルーピン先生
の七人が部屋の中で睨み合っている。
﹁復讐は蜜よりも濃く、そして甘い。お前を捕まえるのが我輩であっ
たらと、どれほど願ったか。今どれほど歓喜に満たされているか、お
前には分かるまい﹂
そう言うスネイプ先生の目には狂気とでも言うのだろうか。並々
ならないほどの感情が込められているように見える。
﹁さぞや愉快だろうな。最も、そこの鼠を含めたここにいる全員を城
へと連れて行くなら、私は抵抗せずに大人しくついて行くがね﹂
よほどシリウス・ブラックはピーター・ペティグリューに執着して
いるのか、スネイプ先生に杖を向けられながらも鼠に視線を向けてい
223
る。殺 さ な く て も 城 に 連 れ て 行 け ば 十 分 と 考 え て い る の だ ろ う か。
とするとシリウス・ブラックの目的はピーター・ペティグリューの生
存を知らしめることか
しで下水管へと逃走。客観的にはシリウス・ブラックが殺人を犯した
あり、ピーター・ペティグリューは大爆発の際に自らの指を切り落と
ていたのはシリウス・ブラックではなくピーター・ペティグリューで
大筋は私が予想していた通りだった。あの日、本当に追い詰められ
であることが説明されていく。
ラックとルーピン先生によって鼠の正体がピーター・ペティグリュー
体 を 暴 く と い う 話 に な っ た。事 を 上 手 く 運 ぶ た め か、シ リ ウ ス・ブ
ルーピン先生を解放し一旦落ち着きを取り戻したところで、鼠の正
られた。動かないところを見ると気を失っているのか。
リーの呪文がスネイプ先生に当たり、スネイプ先生は壁へと叩きつけ
だ。二人は何度か言い争いをした後、不意打ち気味に抜き放ったハ
ようとするが、ハリーが扉の前に立ちスネイプ先生の行く手を阻ん
スネイプ先生はシリウス・ブラックの言葉には耳を貸さずに連行し
?
ように見えただろう。アズカバンに送られたシリウス・ブラックは去
年の夏の日刊預言者新聞に載っていたロンの家族の写真を見て、そこ
にピーター・ペティグリューがいることに気がついた。そして今年に
なってアズカバンを脱走。ホグワーツへ侵入後はピーター・ペティグ
リューを狙うチャンスを窺いながら潜んでいたということだ。
さらに話は進み、ハリーの両親の死の真相にまで発展している。当
時、ポッター家には忠誠の術が掛けられており、その秘密の守人がシ
リウス・ブラックであった│││と見せかけて、本当はピーター・ペ
テ ィ グ リ ュ ー こ そ が 秘 密 の 守 人 だ っ た こ と。ピ ー タ ー・ペ テ ィ グ
リューがヴォルデモートに寝返り自身が抱える秘密をばらしたこと
で、ハリーの両親が死んだこと。それを知ったシリウス・ブラックが
ピーター・ペティグリューを追い詰めてまんまと逃げられてしまった
ということ。
﹁全ての真実を証明する道は一つだけだ。ロン、その鼠をよこしなさ
狙っていた獲物が逃げてしまうと思ったら、その相手が宙に浮かんで
いるのだから。
224
い。もし本当の鼠だったら決して傷つくことはない﹂
ルーピン先生がロンに手を伸ばし、ロンは渋々ながらも鼠を手渡
す。こ こ ま で く る と 鼠 の 暴 れ っ ぷ り に も 鬼 気 迫 る も の が 見 え る。
ルーピン先生とシリウス・ブラックの二人が鼠へと杖を向ける。その
瞬間、ルーピン先生の体勢が僅かに崩れた。苦痛の声を上げているこ
とから、さっき拘束されていたときにどこかを痛めていたのか。その
﹂
僅かな隙に鼠はルーピン先生の手から抜け出して廊下へと向かって
くる。
﹁捕まえろぉっ
放つ。
﹁│││は
﹂
れてしまう。そして鼠が扉を潜り廊下へと出た瞬間を狙って呪文を
文を放つが、対象物が小さい上に素早く動いているので悉く狙いが逸
ルーピン先生の叫びと同時にシリウス・ブラックが鼠に向かって呪
!
シリウス・ブラックが間の抜けた声を上げた。それもそうだろう。
?
﹁誰だ
﹂
ルーピン先生は杖をこちらに向けて声を張り上げる。もう隠れて
いる意味もないので素直に出て行くことにした。姿くらまし術と遮
﹂
音呪文を解いて部屋の中へと入る。
﹁え⋮⋮アリス
﹁ど、どうしてアリスがここに
一体いつから
﹂
?
さすがに見捨てるわけにもいかなかったし追って
?
に倒れていたわね﹂
﹁どうして一人で追ってきたんだい
た﹂
﹁どうやって私たちに気づかれずに
﹂
?
?
それにお二人とも随分と急いでいるみたいでしたし﹂
あったようだ。
私がそう説明するとルーピン先生は口を噤んだ。どうやら自覚は
かったのでは
﹁目 く ら ま し 術 と 遮 音 呪 文 を 使 っ て い ま し た の で、そ れ で 気 づ か な
ているのなら気がついたと思うが
私もセブルスも誰かが追ってき
ましたし、先生が二人もいるのだから問題はないだろうと判断しまし
プ先生も向かっていましたね。友達がどうなっているのか気になり
ルーピン先生が向かっているのが見えまして。さらにその後スネイ
﹁もちろんそうしようと思いましたよ。でも廊下を進んでいる最中に
?
?
なら、誰か先生に知らせるべきではなかったのかい
﹂
ロンが連れて行かれたというの
きたのよ。ちなみにここに着いたのはさっきよ。ルーピン先生が床
ているじゃない
おこうと思ったんだけれど、見ていたらロンが黒い犬に連れて行かれ
﹁貴方たちが校庭を歩いているのが見えてね。最初はそのまま放って
落ちないようにしながらハーマイオニーの方へと向く。
ハーマイオニーが声を震わせながら疑問を投げてくる。私は鼠が
?
こんにちは。貴方とは初めてですね、シリウス・ブラック﹂
﹁こんにちは、ハーマイオニー。ハリーとロンもね。ルーピン先生も
にしている。
口にする。他の面々も私の登場に驚いているのか口を開きっぱなし
ハーマイオニーが信じられないといった顔をしながら私の名前を
?
?
225
!?
これを逃がさず
﹁⋮⋮だが、それでも君は来るべきではなかった。どんな危険がある
かも分からないのに﹂
﹁でも、結果としては正解だったと思いますけれど
にすんだのですから﹂
ス・ブラックは冤罪ということでしょうか
それを確かめるために
﹁ピーター・ペティグリュー。彼が生きているということは、シリウ
そう言って杖を動かし、鼠をルーピン先生の傍まで持っていく。
?
話を聞いて確信に変わりました﹂
﹂
﹁どうしてそれを先生たちに言わなかったんだい
﹂
﹁所詮は可能性の話でしかありませんでしたが、先ほどの貴方たちの
加えておいた。
で、可能性としては考えていたが見事に的中してしまったことも付け
以前ハーマイオニーからロンの鼠がいなくなったと聞いていたの
どきだとして何が一番可能性としてありえるかなど。
やホグワーツ侵入の成功の理由、ピーター・ペティグリューが動物も
報、当時の日刊預言者新聞や現場の不自然な痕跡、アズカバンの脱走
グリフィンドール寮への侵入から目的の推察、ピーブズからの情
てきた考えを話していく。もちろん本の虫については触れないで。
シリウス・ブラックに凄い目で見られたので、私がこれまで推測し
﹁禁則事項です⋮⋮冗談ですよ。そんなに睨まないでください﹂
﹁⋮⋮君はどこまで知っているんだ
も、どうぞ。今度は逃がさないように気をつけてください﹂
?
だ。すまないが君、そのまま鼠を捕まえておいてくれ﹂
﹁そうだ。ルーピン、とりあえずはこいつの化けの皮を剥がすのが先
﹁それはそうと、いい加減この鼠をどうにかしてほしいのですが﹂
が嫌味っぽかったかな。
私が説明し終えるとルーピン先生は黙ってしまった。少し言い方
ね﹂
なら⋮⋮と思っていたのですが、報告したほうがよかったみたいです
はいえここまで考えられたのですから、より多くの情報を持つ先生方
﹁すでに知っているものだと思っていたんですよ。私一人でも仮説と
?
226
?
シリウス・ブラックの言葉にルーピン先生も気を持ち直したのか、
杖を構えて鼠へと向ける。私は鼠を二人の真ん中あたりに移動させ
﹂
て静止させる。鼠は激しく暴れているが、その姿ではどうしようもな
いだろう。
﹁では、いくぞ。一⋮⋮二⋮⋮三
二人の杖から閃光が走り鼠へと当たる。鼠がぼんやりと発光し、少
しずつその姿を変えていった。身体が伸び、頭が飛び出て、手足が生
える。発光が収まり、鼠がいた場所には頭が禿げかかった小柄の男が
現れた。
227
!
偽りの真実
﹁やぁ、ピーター。しばらくぶりだね﹂
ルーピン先生が気さくに声を掛けるも、ピーター・ペティグリュー
は酷く怯えたように体を震わせている。
﹁リ、リーマス⋮⋮シ、シリウス。お⋮⋮おぉ、なつかしの友よ﹂
ピーター・ペティグリューは二人の名前をどもりながら口にする。
シリウス・ブラックの腕が僅かに動いたが、ルーピン先生によって止
められた。
﹂
﹁さて、ピーター。今我々が何を話していたのか、そして君に何を聞こ
うとしているのか分かるね
さ、さっきの馬鹿げた、は、話を﹂
リューは言い訳を続けている。そして今度は私に近づいてきた。
ラックが怒鳴り散らしていたが、それに対してもピーター・ペティグ
るように懇願していた。それがハリーに至ったときにはシリウス・ブ
ピーター・ペティグリューはこの場にいる全員に自分を擁護してくれ
リューへ言葉が掛けられていく。尋問が進み、追い詰められていく
そ の 後 は 質 問 と い う よ り は 尋 問 に 近 い 形 で ピ ー タ ー・ペ テ ィ グ
そうとしている。と言いたいらしい。
ラックは自分の悪事の罪を自分に押し付け、殺すことで事実を闇に隠
つく間もなく叫んでいたが、要するに自分は悪くなく、シリウス・ブ
ラックは嘘をついて自分を殺しにきたのだとか。他にも色々と息を
ティグリューが叫びだした。誤解だとか勘違いだとか、シリウス・ブ
ルーピン先生が続いて話そうとしたとき、突如としてピーター・ペ
がある﹂
﹁それを確かめるためにもピーター、二つ三つ確認しておきたいこと
ていないだろうね
﹁わ、私には、何のことか、さ、さっぱりだ。リ、リーマス。君は信じ
篭っていない。ピーター・ペティグリューは振るえながら話し出す。
ルーピン先生が穏やかに話しかけるが、その目には一切の感情が
?
こ、これが、いかに、間違ったことか﹂
228
?
﹁お、お嬢さん。賢く、聡明なお嬢さん。き、君なら分かってくれるだ
ろう
?
﹁⋮⋮鼠のまま十二年間も過ごしてきた忍耐力はある意味尊敬できま
すけど、それ以外に私から貴方に言うことはないですね﹂
そう言って、床を這ってくるピーター・ペティグリューから離れて
ハリーたちの方へと向かう。ピーター・ペティグリューは未だに何か
﹂
言っているが、ここまできたら言い逃れなんて出来はしないだろう。
﹁ロン、ちょっと足を見せなさい。折れてるでしょ
ロンの返事を聞かずに、私はロンのズボンの裾を引き上げる。脛の
辺りが大きく腫れ上がり青紫色へと変色している。
﹁これは応急処置程度しか出来ないわね。〝エピスキー │癒えよ〟
│││後でマダム・ポンフリーに直してもらいなさい﹂
そのまま腕の怪我にも治癒呪文を掛けていく。完全には直りきっ
ていないが、それでも痛みは大分引いただろう。
﹁あ、ありがとう﹂
﹁どういたしまして﹂
ロンの応急処置が終わった私は立ち上がりルーピン先生たちのほ
うへと向く。私がロンの治療をしている間も話は進んでいき、最終的
にはハリーの一存によってピーター・ペティグリューは殺さずに吸魂
鬼へ引き渡すことになったようだ。ピーター・ペティグリューは未だ
に言い訳を続けていたが、ここまでくると呆れを通り越して感心して
しまう。私がピーター・ペティグリューに対して尊敬しているものが
二つになりそうだ。見習いたくはないが。
城へ向かうために全員が移動を始める。気絶しているスネイプ先
生はシリウス・ブラックが魔法で引っ張っていくようだ。ピーター・
ペティグリューは猿轡を噛ませられて簀巻きにされる。さらにルー
ピン先生とロンの腕に手錠で繋がれて連行されていく。
隠し通路は全員が一度に通れるほどに広くはないので、縦一列に並
びながら進んでいく。私は列の一番後ろ、ハリーとハーマイオニーの
三人で殿の形をとっている。しばらく歩いていると、ハリーとこれか
﹂
229
?
らのことについて話していたシリウス・ブラックが私に話しかけてき
た。
﹁君⋮⋮アリスといったかな
?
﹁そうですけれど。何か
﹂
﹁いや、そういえばお礼を言っていなかったと思ってね。ありがとう。
﹂
君がいたおかげでピーターを逃がさずにすんだ。それに私が無実と
認められればハリーと共に暮らせるかもしれない﹂
﹁それはよかったですね。ハリーの名付け親なんでしたっけ
り、見ればハリーも口元が緩んでいるみたいだ。
﹁ところで、君はハリーたちとは同級生なのかい
﹂
らも言葉を返す。シリウス・ブラックは本当に嬉しそうな顔をしてお
頭を下げながらお礼を言ってきたシリウス・ブラックに吃驚しなが
﹁⋮⋮どういたしまして﹂
リーにしてやることができる。本当にありがとう﹂
﹁あ ぁ。今 ま で 何 も し て こ れ な か っ た が、こ れ か ら は 色 ん な 事 を ハ
?
﹂
﹁そうか。いや、三年生にしては見事な魔法の腕だと思ってね。ここ
ンクロー生ですけれど。それがどうかしました
﹁えぇ、そうなります。まぁ、私はグリフィンドール生ではなくレイブ
?
?
あれはどちらもかなり高度な魔法のはずだが、その歳で使える
アリスったら、いつのまにあんな魔法を使えるようになっ
学校じゃ一度も教えていないはずなのに﹂
そこでハーマイオニーが若干興奮した様子で会話に割り込んでき
た。
﹁確かに高度な魔法だけれど別に闇の魔術とかではないし、普通に図
書室の本に載っていたからね。空いた時間とかに練習してただけよ﹂
これに関しては本当のことで、図書室には一般的な呪文集などの本
のほかにも色々な魔法についての本が置かれている。当然、闇の魔術
に関係するものは禁書庫に保管されているが。上級生でもそれらの
毎日の宿題
本を見て、独学で魔法を身につけている人が少なからずいる。
﹁そ ん な 空 い た 時 間 ぐ ら い で 身 に つ け ら れ る も の な の
だってあるのに﹂
﹁基本的に宿題はその日のうちか翌日には終わらせているからね。そ
?
230
?
に来るときに目くらまし術と遮音呪文を使ってきたと言っていただ
ろう
﹁そうよ
とは驚きだな﹂
?
てたの
!
?
もそも、毎日宿題が出ているのなんてハーマイオニーだけじゃないの
﹂
随分と無茶な時間割じゃない。来年からはコレは止めたほうがい
いんじゃない
そう言いながら、手で何かをひっくり返す動きをする。それを見た
﹂
ハーマイオニーは少しだけ身体を強張らせたあと、恐る恐るといった
感じで見てきた。
﹁え⋮⋮えっと。もしかして、アリスは知っているの
もういいだろうと思い露西亜との視界を断とうとする寸前、視界に
私を含めた一行は真っ暗な校庭を歩き城へと向かっている。
リウス・ブラックとハリー、ハーマイオニー、最後に私の姿が見えた。
ピーター・ペティグリュー、ルーピン先生と続き、スネイプ先生にシ
暴れ柳の根元からはクルックシャンクスが姿を現し、続いてロン、
森に隠れていたようだ。
の背中が映る。どうやらハリーとハーマイオニーはあれからずっと
切り替わった私の右の視界には暴れ柳にハリーとハーマイオニー
待機させていた露西亜と繋げる。
先頭が上の穴を抜けていくのを見ながら、右の視界を暴れ柳の外に
にまで来ていた。
ラックが声を掛けてくる。気がつけば隠し通路の端っこ、暴れ柳の下
ハーマイオニーが何かを言ってくる前に、前を歩くシリウス・ブ
﹁そろそろ地上にでるぞ﹂
ればいいものだが。
をするぐらいなら、ハーマイオニーの受講教科を減らさせるなりさせ
間割を通すために魔法省から借りてきたのだろう。態々そんな手間
ニーが持っているということは、学校側がハーマイオニーの無茶な時
特 異 な 例 を 除 け ば 魔 法 省 が 管 理 し て い た は ず。そ れ を ハ ー マ イ オ
ハーマイオニーが使っているだろう逆転時計はパチュリーなどの
誰にも言わないから安心していいわよ﹂
﹁幾つかの可能性の中ではソレを使うのが一番現実的でしょ。あぁ、
?
映るハリーとハーマイオニーの動きが慌しくなっていた。何やら私
たちの方と空を見比べている。
231
?
?
右の視界が元に戻った私は思わず二人が見ていた空へと視線を向
ける。そのとき、空を覆っていた雲が突然晴れ始め、暗い校庭に明る
﹂
い満月の光が降り注いだ。
﹁満月⋮⋮
空に浮かぶ満月を見た瞬間、あることを思い出した。
以前、スネイプ先生にある生物についての宿題が出された際に調べ
てから三ヶ月くらい経ってから気がついた違和感。その生物の生活
習慣や特徴がルーピン先生と似ていたのだ。それと、ルーピン先生が
以前まね妖怪の授業を実演した際にまね妖怪が変身したもの。光り
輝く丸いものに、その周囲を漂う靄のようなもの。
それらのことから知り得たルーピン先生の秘密。決して人には知
られたくなかったであろうこと。
ルーピン先生が狼人間であるということ。
﹂
もちろん確証があるわけではなかったが、それは今私の前で確証に
変わった。
﹁逃げろ│││逃げるんだぁ
﹁│││インカーセラス
│縛れ
﹂
に狼人間へと変身しようとしていた。
シリウス・ブラックが叫ぶ。私たちの前では、ルーピン先生がまさ
!
!
早くここから逃げるんだ
体を捩っている。
﹁何をしている
﹂
!
﹁逃げるにしても時間を稼がなければ無理でしょう
裕があるなら呪文を唱えてください﹂
怒鳴っている余
いた。ルーピン先生は地面に倒れながらもロープから抜けようと身
ていき、ちょうど狼人間へと変身し終わったルーピン先生へと巻きつ
私は杖を抜き呪文を唱える。杖からは何本もの太いロープが伸び
!
う。シリウス・ブラックはルーピン先生の肩に噛み付き、ルーピン先
飛び出ていったのは黒い大きな犬だった。シリウス・ブラックだろ
構えるが、横から黒い何かが飛び出たのを見て動きを止める。
き千切って起き上がろうとしていた。私がもう一度呪文を放とうと
そう言っている間にルーピン先生は身体に巻きついたロープを引
?
!
232
!?
﹂
│││に噛み付いてい
?
ペティグリューが逃げた
生もシリウス・ブラックの腕│││前足か
やつが
!
る。
﹁シリウス
!
しっかりして、ロン
﹂
!
ている。
﹂
ロンが
﹁どうしたの
﹁アリス
﹂
!
?
の方へと走り去っていった。
突然そう言ったハリーはハーマイオニーの制止の声も聞かずに森
﹁│││僕、シリウスのところへいく﹂
今起きてもやることはないのだから放っておくことにする。
反対呪文を使えばすぐにでも目を覚ますことはできるが、怪我人が
でしょう。放っておいてもそのうち目を覚ますわ﹂
﹁心配しなくても気絶しているだけよ。多分、失神呪文を使われたん
り、ただ単に気絶しているだけのようだ。
しているようだがこちらの呼びかけに一切の反応がない。というよ
ハーマイオニーの言葉を聞きながらロンの様子を確認する。息は
いの
ロンがペティグリューに呪文を掛けられて動かな
いて、ハリーとハーマイオニーがロンの肩を揺さぶりながら声を掛け
が聞こえた。ハーマイオニーの方へと近づくとロンが地面に倒れて
これからどうするか考えていたところに、ハーマイオニーの叫ぶ声
﹁ロン
くなったことで一気に静かになった。
ら狼の遠吠えが聞こえる。シリウス・ブラックとルーピン先生がいな
いった。ルーピン先生の方を見るが既に姿はなく、代わりに森の方か
そう考えていた私の横をまたもやシリウス・ブラックが通り抜けて
場所にはいないだろう。
能だ。いくら本の虫で探したところで、捕捉するころには追いつける
だとすると、この暗闇の中小さな鼠一匹を見つけ捕らえるなんて不可
テ ィ グ リ ュ ー の 姿 は 見 え な か っ た。鼠 に な っ て 逃 げ た の だ ろ う か。
ティグリューが逃げたらしく、周囲を探すがどこにもピーター・ペ
少し横に離れた場所からハリーの叫ぶ声が聞こえる。ピーター・ペ
!
!
233
!
!
﹁ハリー
待って
ハリー
﹂
!!
耗してしまう。一般的に守護霊は一体しか出せないと思われている
ないわけだが、守護霊を同時に複数出すというのはかなり精神力を消
というのも、私が吸魂鬼に襲われた際に守護霊を出さなければなら
だろう。
あまり守護霊を多用するのは避けたかったが、この場合仕方がない
守護霊の背中に乗っていった。
る。私の杖から出た孔雀の形をした守護霊が空を飛んでいき、蓬莱は
れと、いざというときに状況が分かるように蓬莱も一緒に向かわせ
やむを得ないので、守護霊を出して二人の場所へと向かわせる。そ
﹁エクスペクト・パトローナム │守護霊よ来たれ﹂
し吸魂鬼がやってきても一切の抵抗ができない状況である。
ネイプ先生が横たわっている。気絶している無防備の状態でだ。も
そこまで考えて足を止める。さっきの場所には気絶したロンとス
出せないハリーには非常に難しいことだ。
魂鬼から三人を守らなければならない。それは完全な守護霊を作り
いので使えないものと考える。とすると、最悪ハリー一人で数多の吸
い。もしかしたらハーマイオニーも使える可能性もあるが、確証もな
らかだ。現状、杖を持ち守護霊の呪文を使えるのはハリーしかいな
吸魂鬼が誰かを狙っているのだとしたら非常に危ない状況なのは明
シリウス・ブラックかルーピン先生か他の誰かは分からないが、もし
獲物とする誰かがいるのだろう。それがハリーかハーマイオニーか
まってきたのかは分からないが、森へ向かっていることから吸魂鬼が
そ れ を 見 た 私 は 森 へ と 駆 け 出 し て い く。な ん で 吸 魂 鬼 が 急 に 集
が見えた。
の方へ目を凝らすと、色んな場所から森に向かって飛んでいる吸魂鬼
上を見上げると多くの吸魂鬼が森へ向かって飛んでいっている。森
面に一つ二つと影が増えながら森の方へ進んでいるのに気がついた。
その場に一人取り残されてしまいどうしようかと考えていたら、地
ハーマイオニーもハリーを追って森の方へと走り去っていった。
!
が、実際は術者の精神力次第で複数の守護霊を出すことが可能なの
234
!?
だ。だが、たとえ守護霊を複数出すことが可能な人がいて普通はそん
なことはしない。
先ほども言ったように複数の守護霊を出すということはかなりの
精神力を消耗するので、そんな状態ではとてもではないが他の呪文を
使う余裕がないからだ。もし守護霊を使っている途中、何かに襲われ
たり不慮の事故が起こった際に呪文が使えないというのは致命的だ。
すぐ守護霊を消しても呪文が使えるようになるまでは休まなければ
ならないことを考えると、守護霊を同時に出すのは決していいことで
はない。
﹁そういえば、もう一人のハリーはどうしたのかしら﹂
露西亜をつけていたハリーたちのことを思い出し視覚を露西亜へ
と繋げる。視界が変わり露西亜の見ている視界へとなる。そこには
﹂
!
235
ハーマイオニーの姿はなくハリーだけが湖を眺めているのが映った。
ハリーの眺めている先、湖の反対側の岸辺にはもう一人のハリーと
ハーマイオニーとシリウス・ブラックがいる。シリウス・ブラックは
地面に倒れておりハリーとハーマイオニーが上に向かって杖を上げ
ていた。杖からは白い靄が出ている。
﹁まずいわね﹂
私は急いで湖のへと向かう。最後に見た視界には数え切れないほ
どの吸魂鬼が空を覆っていた。つまり、ハリーたちは大量の吸魂鬼に
襲われていて守護霊もまともに出せない状況にある。形を持った守
護霊を出せるはずのハリーが守護霊を出せていないのは、精神的に限
界が来ているのか吸魂鬼の影響を深く受けているのか。
私が湖へと辿り着くと、すでにハーマイオニーは地面に倒れてお
り、ハリーも腕が下がっている。吸魂鬼は今にも三人へ襲い掛かろう
としていた。
│守護霊よ来たれ
﹁あっちのハリーは何をしているのよ│││エクスペクト・パトロー
ナム
!
私の杖から二体目の守護霊が飛び出す。その瞬間、身体から力が一
気に抜けて立ち眩みを起こしたときのように身体がふらつく。一瞬
意識が遠退きそうになるが唇を食いしばって堪えた。口の端から僅
かに血が流れる。
湖を見ると三人に襲い掛かろうとしていた吸魂鬼を始め、この場に
いる全ての吸魂鬼が離れていっていた。逃げていく吸魂鬼に向かっ
ていっているのは私の守護霊と、もう一体の守護霊だった。もう一体
の守護霊は大型の四足動物│││牡鹿だろうか│││の形をしてい
る。
吸魂鬼を追い払い守護霊を消すと同時に、さっきハリーがいた場所
へと目を向ける。そこにはハリーとハリーに近寄る牡鹿の守護霊が
見えた。
﹁出せるんなら、もっと早くに出しなさいよね﹂
牡 鹿 と 向 き 合 っ て い る ハ リ ー に 文 句 を 言 い な が ら ポ ケ ッ ト か ら
ロンとスネイプ先生は
﹂
﹂
る。恐る恐る振り向くと、案の定そこにはスネイプ先生がいた。傍に
は担架が浮いており、未だ気を失っているロンが乗っている。
236
チョコレートを取り出して口に放り込む。吸魂鬼に襲われたわけで
はないが、甘いものを食べると幾分か気持ちが落ち着き精神力の回復
に役立つのだ。とはいっても、消耗具合に対して微々たるものでしか
ないが。
チョコレートを飲み込み気絶している三人のところへ向かう。あ
の守護霊を出したハリーが未来のハリーならこの時間のハリーに接
触するわけにはいかないだろう。ハーマイオニーも同様だ。吸魂鬼
が戻ってこないとも限らないので三人を城へ運ぶためにも私が行く
しかないか。
﹂
﹁ア∼リス∼﹂
﹁ん
﹁どうしたの
﹁我輩を呼んだかね
?
蓬莱を抱き寄せながら聞くと、背後から聞き覚えのある声が聞こえ
?
?
歩いていると森の奥から蓬莱が私のほうへ向かって飛んできた。
?
﹂
﹁こんにちは、スネイプ先生。目が覚めたんですね﹂
﹁さきほどな。で、なぜ君がここにいるのかね
﹂
﹁そうですね。お話はしますけれど、歩きながらでもいいでしょうか
スネイプ先生は目を鋭くさせながら聞いてくる。
?
﹁│││よかろう。とりあえずは、あの凶悪犯を捕らえるのが先決で
あろうからな。話は後でじっくりと話を聞かせてもらおう﹂
そう言って、私は岸辺に地面に倒れている三人を見る。スネイプ先
生も三人を見て状況を察してくれたのか歩き出した。シリウス・ブ
ラックを凶悪犯と言うあたり、彼が冤罪ということには気がついてい
ないのか。いや、あの場ではスネイプ先生は気を失っていたから当然
か。それに、スネイプ先生なら個人的な恨みだけでシリウス・ブラッ
クを凶悪犯呼ばわりしそうな気がする。
シリウス・ブラックを拘束したあと三人を担架に乗せて城へと戻っ
ていく。もう一人のハリーたちはどうなったのか気になるが、今の状
況では知りようもないので放っておこう。とてもではないが、スネイ
プ先生の横で露西亜と視覚共有する気にはなれない。それよりも、城
﹂
についてから追求されるであろうことについてどう説明したものか。
﹁あの孔雀の守護霊は君が出したものかね
た。
?
ちには話してある。それ以外のことは予測の範囲でしかないが、全部
知っていることは直接聞いていたし、私が知っていることもハリーた
少 し 考 え て そ う 答 え る。別 に 嘘 は 言 っ て い な い。ハ リ ー た ち が
﹁│││ハリーたちやルーピン先生が知っている程度でしたら﹂
﹁│││君は今回の事についてどれだけ知っているのかね
﹂
く。スネイプ先生は一瞬だけ私の方を一瞥するが、すぐに視線を戻し
まぁ、特に知られて困るというものではないので素直に答えてお
﹁はい、そうですけど﹂
がこちらを見ずに尋ねてきた。
私がこれからのことを考えていると、横を歩いているスネイプ先生
?
237
?
を知っているとは言っていないし間違ってはいないだろうから惚け
ておく。
﹁なんということだ。誰も死ななかったのはまさに奇跡だ。前代未聞
⋮⋮いや、君が居合わせたのは幸運としかいえない。それに生徒とは
いえ、君にも助けられてしまったな﹂
﹁恐れ入ります、大臣閣下﹂
ホグワーツの保健室。そこではファッジ魔法大臣とスネイプ先生
に私を含めた三人が今回の事件について話し合っていた。ハリーた
ちはベッドで寝ており、マダム・ポンフリーは部屋の奥で薬を調合し
ている。シリウス・ブラックは西塔に閉じ込められているようだ。
ファッジ魔法大臣の言葉から分かるように、今夜の事件はスネイプ
先生と私によって終息したということになっている。真実からはか
なり捻じ曲がっているのだが、ピーター・ペティグリューがいない以
上真実を言っても信じてはもらえないだろうし、シリウス・ブラック
を自らの手で捕らえ吸魂鬼に引き渡したいスネイプ先生は、ハリーた
ちが気絶しているのをいいことに脚色した経緯を話している。スネ
イプ先生としてはシリウス・ブラックが刑に処されれば多少のことは
見逃す腹積もりのようで、嫌っているハリーたちもシリウス・ブラッ
クに操られていたと庇っているほか、自らの話に真実味を含ませる目
的で事前に私へ口裏を合わせるように言い含めてきたほどだ。
状況的にシリウス・ブラックを擁護するのは無理があるので仕方な
くスネイプ先生の話に合わせたが、内心では短い時間で親密になって
いたシリウス・ブラックとハリーに対して申し訳なく思う。ハリーに
とっては両親の親友といえる相手であり、シリウス・ブラックにとっ
ては親友の忘れ形見なのだから。二人にとって掛け替えのない者同
士。それが失われるとなるとどれだけの絶望か。
238
スネイプ先生に言われた全体の流れとしては、談話室から外を眺め
ていた私がシリウス・ブラックに攫われる三人を偶然見つける。友達
が凶悪犯によって連れていかれたのを見た私は談話室を抜け出して、
シリウス・ブラックを追いかけながらドールズの一体に先生に知らせ
るよう伝言を頼む。それを聞いたのがスネイプ先生であり、暴れ柳の
近くで隠れていた私と合流。スネイプ先生は私に隠れて、自分が戻ら
ないようであれば城へ戻りこの事を知らせるように指示したあと暴
れ柳の下にある隠し通路へと潜っていく。
一時間以上経ったあと、暴れ柳からでてきたのはシリウス・ブラッ
クとルーピン先生とハリーたち三人だけでスネイプ先生の姿は見当
たらなかった。シリウス・ブラックを除いた四人は焦点が定まってい
ないかのようにフラフラしていたのを見た私は、スネイプ先生に指示
されていたとおり城へと戻ろうとする。そのときに雲が晴れて満月
が顕になり、それを見たであろうルーピン先生が狼人間へと変身して
暴れだしたことで場は混乱し、シリウス・ブラックは大きな黒い犬へ
と変身してルーピン先生を取り押さえようと森へと移動していった。
ロンはその混乱の中で気を失ってしまい、恐らく錯乱していたであ
ろうハリーとハーマイオニーはシリウス・ブラックを追って森の中
へ。私はハリーたちのことが気になり森へと向かおうとしたが、空を
吸魂鬼が森に向かって移動しているのを見て、ロンの傍に守護霊と
ドールズの一体を置いてから森へと入っていった。
私が森を進んで見たものは、地面に倒れているシリウス・ブラック
とハリーとハーマイオニーの三人に加えて、その上を漂う無数の吸魂
鬼の群れ。私は守護霊を放って吸魂鬼を追い払おうとするも、どこか
らか別の守護霊がやってきて共に吸魂鬼を追い払ったが、術者の姿は
見えなかったため誰の守護霊だったのかは分からなかった。その後、
戻ってきたスネイプ先生と合流して今に至るということだ。ここま
でならスネイプ先生は目立ったことをしていないようだが、守護霊を
出した私では到底四人を城へと連れて行くことができなく、スネイプ
先生が来てくれたおかげでシリウス・ブラックが目覚める前に捕らえ
連行することができたということだ。
239
﹁我輩は最初にマーガトロイドに寮へ戻るよう言ったのですが、彼女
の友達が心配であるという思いを汲んで待機することを許しました。
教師の立場で言えば、無理にでも戻らせるべきだったのでしょうが、
結果としてマーガトロイドがいたお陰で無用な犠牲が出ることもな
く事を終えることが出来たのです﹂
﹁そうか。いや、そういうことなら彼女にも相応の何かを与えねばな
るまい。校則は破ったかもしれんが、今回のことはそれを帳消しにし
て有り余るほどの功績だ﹂
﹁│││恐れ入ります、ファッジ魔法大臣﹂
正直そんなものはいらないが、ここで無理に断ってもややこしくな
るだけだろうし素直に貰っておこう。ファッジ魔法大臣にも面子と
いうものがあるのだろうし。それにしても、仕方がなかったとはいえ
スネイプ先生と口裏を合わせた結果こうなってしまったけれど、どう
しようか。真実七割嘘三割といった内容だが、ハリーたちが知ったら
240
絶対に苦情の嵐が飛んでくるだろう。
スネイプ先生はシリウス・ブラックを捕らえることが出来て上機嫌
なのか、ハリーが攻撃したことを言わないどころかシリウス・ブラッ
クに呪文を掛けられていたので責任はないとまで言っている。それ
でも怨みはあるのかハリーたちの停学を進言しているが、ファッジ魔
法大臣はそれをのらりくらりと流している。
﹂
﹁ところで、ミス・マーガトロイド。本当に吸魂鬼を追い払ったもう一
つの守護霊を出した術者は見なかったのかね
は驚きを隠せないよ。それも守護霊二体の同時使役など、にわかには
は酷というものだ。とはいえ、三年生の君が守護霊を扱えることに私
だろう。守護霊で吸魂鬼を追い払ってくれた君にそこまで求めるの
﹁いやいや、構わない。聞けば相当切羽詰まっていた状況であったの
ている余裕がなく│││﹂
心の守護霊の形も、自分の守護霊を保つのに集中していたので確認し
﹁はい。私のいたところから見た限り周囲に人はいませんでした。肝
つくなったのか、唐突に私へ話を振ってきた。
ファッジ魔法大臣はスネイプ先生のしつこい進言をかわすのがき
?
信じられんことだ﹂
もし君さえよかったら卒業後は魔法省に勤めてみないか
﹁│││恐れ入ります﹂
﹁どうだね
君ならきっと優秀な闇祓いになれると私は思うよ。勿論これか
﹂
!
﹁おや
目が覚めたのですか
にならないように保留の意を伝えておく。
いだろう。割と本気で言っているのかもしれない。とりあえず、失礼
流されているだけかもしれないが、それでも魔法大臣の言葉は軽くな
まさか魔法大臣直々の誘いとは正直驚いている。この場の空気に
﹁│││ありがとうございます﹂
ら専門的なことを学ぶ必要はあるが、それも早い方がいいだろう﹂
ね
?
﹂
大臣が早歩きでハリーに近づいていく。
シリウス・ブラックは無実なんです
大人しく寝ていないといけないよ﹂
聞いてください
!
﹁ハリー、何事かね
﹁大臣
!
?
﹁ね ぇ
アリス
﹂
アリスも知っているわよね
ス・ブラックが無実だと説明して
アリスからもシリウ
!?
くれるように話を振ってきた。分かっていたこととはいえ、面倒くさ
一向に言葉を聞いてもらえないハーマイオニーは、私にも援護して
!
!
かかっていなくても錯乱していると思われてしまうだろう。
入れてはもらえていない。まぁ、あれだけ慌しく話していたら呪文に
はハリーをやんわりと窘めている。ハーマイオニーも加わるが聞き
いるが、ハリーがいまだ錯乱していると思っているファッジ魔法大臣
ハリーがシリウス・ブラックの無実をファッジ魔法大臣に説明して
ピーターを│││﹂
今夜、
今度はハリーの声が保健室内に響く。突然の大声にファッジ魔法
﹁えっ
があるな。
難しい顔をしているので、起きていながら寝た振りをしていた可能性
リーとハーマイオニーが目を覚ましていた。ただ、ハーマイオニーが
マダム・ポンフリーの声に全員が振り向くと、ベッドに寝ていたハ
!
!?
!
!
241
?
い。
﹂
﹁ハーマイオニー、気が動転しているのは分かるけど少し落ち着きな
さい﹂
﹁アリス
﹁だから落ち着きなさい。慌てたって何にもならないわよ﹂
私の言葉にハーマイオニーがさらに捲くし立てようとするが、部屋
の扉が開いた音で全員がそちらへと意識を向ける。シリウス・ブラッ
クと話してくるといっていたダンブルドア校長が戻ってきたようだ。
ハリーたちは、今度はダンブルドア校長へシリウス・ブラックの無
実を説明している。そのたびにマダム・ポンフリーが注意している
が、二人は聞く耳持たずといった感じだ。
﹁すまないが、わしはこの二人と話があるのじゃ﹂
そう言って、ダンブルドア校長は全員に席を外すよう促す。それに
対して、マダム・ポンフリーとスネイプ先生がダンブルドア校長と口
論するが、ダンブルドア校長の言外の譲らないという態度に折れたの
か、渋々引き下がった。
﹁さて、私はこれから吸魂鬼を迎えに行かなければならない。ミス・
マーガトロイド、君は寮へ戻りなさい。褒賞についてはまた後日通達
しよう﹂
﹁│││ファッジ魔法大臣。もしよければ、吸魂鬼のキス執行に立ち
合わさせてはもらえないでしょうか﹂
﹁なんと。いやいや、それは駄目じゃ。あんなモノは人に見せられる
ようなモノではない﹂
﹁それがどれだけおぞましいモノなのか知るためにも見ておきたいの
です。普通ならまず見ることが叶わないものを、今なら限りなく安全
に見ることが出来ます。ファッジ魔法大臣が仰ったように、将来闇祓
いとして働くことになったときにこの経験は少なからず役に立つと
思うんです﹂
242
!!
﹁いや、だが。しかし⋮⋮﹂
│││もう少し引き伸ばせるか。スネイプ先生との話を見ていた
限り、ファッジ魔法大臣は予想通り押しに弱い。相手にもよるだろう
が、感情的に話しかける相手には一歩引いてしまうみたいで、明確な
拒否の言葉がでてくる気配はない。
あの二人がどんな方法を取るのかは知らないが、時間が多くあって
困るものはないだろうし、伸ばせるなら出来るだけ伸ばしておこう。
時間にして数分程度だろうか。私とファッジ魔法大臣の話に痺れ
を切らしたのか、スネイプ先生が苛立った様子によって話を中断させ
られた。
﹁マーガトロイド、いい加減にしたまえ。いくら今夜の功労者として
も、大臣閣下に対してその物言いは不敬過ぎる﹂
﹁あぁ、いいんだスネイプ。はっきりと断らなかった私に非があるの
だからな。残念だがミス・マーガトロイド。学生の君に吸魂鬼のキス
を見せることはできん。いくら将来のための経験としてもだ﹂
ここまでか。私にできるだけの時間稼ぎはしたのだから、あとは二
人次第だ。
﹁今夜のことで疲れているのだろう。寮へは遠いだろうから保健室へ
今日は休むといい。先生方には私のほうから言っておこう﹂
﹁⋮⋮わかりました。無理を言って申し訳ありませんでした、ファッ
ジ魔法大臣﹂
﹁気にしなくていい。君のような積極的な向上心は大切なことだ。時
と場合は選ばなくてはならないが、それは大切にしておきなさい﹂
そう言って、ファッジ魔法大臣はスネイプ先生を連れて城の門へと
向かっていった。私はファッジ魔法大臣に言われたとおり保健室へ
と向かう。
果たしてどんな結末になるのか。
あの後、保健室へと向かって歩いていた私は階段から息を切らしな
がら現れたハリーとハーマイオニーを発見した。ロンがいないとこ
ろを見ると、この二人は戻っていた二人なのだろう。随分急いでいる
243
ようだし、ここで話しかけてもややこしくなるだけと思い影に隠れて
二人の死角に入る。
二人は廊下を見渡した後保健室のほうへと走っていき、曲がり角を
曲がり姿が見えなくなったのを確認する。
﹁あれだけ急いでいれば鉢合わせることもないでしょう﹂
私は静かに廊下を歩いていく。そして曲がり角へ差し掛かったと
﹂
きに、向こうから歩いてきたダンブルドア校長と鉢合わせた。
﹁おや、君は確か寮へと戻ったのではないのかね
ダンブルドア校長は髭を撫で下ろしながら不思議そうに聞いてき
た。
﹁思ったより疲れていまして。ファッジ魔法大臣が気をきかせてくれ
て保健室で休むよう取り計らってくださったんです﹂
﹁ほぅ、コーネリウスが﹂
ダンブルドア校長は、今度は愉快そうに声を弾ませながら呟く。ダ
ンブルドア校長は話していくごとに会話のテンポを変えてくるので
話しづらい。
﹁それなら早く休まないといかんの。引き止めてすまなかった﹂
﹁いえ、では失礼します﹂
ダンブルドア校長と別れて保健室へと向かう。一度後ろを振り向
いたけれど、そこにはもう誰もおらず、煙が吹いて撒かれたかのよう
にダンブルドア校長はいなくなっていた。
保健室へと入ると、先ほど廊下で見たハリーとハーマイオニーの視
線が私のほうへと向く。二人は一瞬驚いた顔をするも、すぐに戻り話
しかけてきた。
﹁ねぇ、アリス。どうして│││﹂
ハーマイオニーが言いかけたところで廊下から誰かの怒鳴り声が
聞こえてきた。それはどんどん大きくなり、やがてその声の発し主が
保健室の扉を勢いよく開いて現れた。
現れたのはスネイプ先生で、米神に血管を浮かび上がらせながら部
屋の中を見渡していた。そのすぐあとにファッジ魔法大臣やダンブ
244
?
﹂
ルドア校長もやってきて、何だと思う前にスネイプ先生の重く響く声
が発せられた。
﹁どうやって奴を逃がしたのだ
話を聞くに、シリウス・ブラックが牢屋として使っていた部屋から
逃げ出していたらしい。シリウス・ブラックが自力で逃走するのは不
可能だということで、スネイプ先生は現在城で動ける人物│││スネ
イプ先生はハリーだと確信しているみたいだが│││が手引きをし
たはずだと考えているようだ。
とはいえ、当事者やある程度事情を把握している私以外からしたら
荒唐無稽な話でしかなく、スネイプ先生も段々とヒートアップしてき
て言っていることが支離滅裂になっていた。
最終的にファッジ魔法大臣に諌められて出て行ったが、最後の最後
までその顔から怒りが消えることはなかったようだ。
﹁│││シリウス・ブラックは逃げたみたいね﹂
﹂
保健室からダンブルドア校長とファッジ魔法大臣がいなくなった
のを見計らって二人に声をかける。
﹁アリス。どうしてシリウスが無実だって言ってくれなかったの
リーも口には出していないが私を睨んでいる。さっき目覚めたロン
﹂
だけは事態が飲み込めていないようで首を傾げているが。
﹁ねぇ、一体どうなってるの
﹂
ピーター・ペティ
﹁黙ってて、ロン。あとで説明するから。ねぇアリス、どうして
﹁│││シリウス・ブラックも言っていたでしょう
ていると思うが、多分感情で認めたくないのだろう。
私は淡々とハーマイオニーへ伝える。ハーマイオニーも理解はし
クの無実を証明することなんてできないわ﹂
ティグリューがいない以上はダンブルドア校長でもシリウス・ブラッ
できないということよ。あの場で何を言ったところで、ピーター・ペ
ター・ペティグリューがいない限りシリウス・ブラックの無実は証明
グリューの生存が知られれば自由になれるって。それはつまり、ピー
?
245
!
ハーマイオニーが若干険しい口調で私へと問いただしてくる。ハ
?
?
?
﹂
もしかしたら私たちの言葉を確かめるために刑の執行
﹁それでも、たとえ受け入れてもらえなくても真実を言うことはでき
たでしょう
が延期させられるかもしれないじゃない
﹁無理よ。あの時、貴方たちはシリウス・ブラックによって錯乱の呪文
落ち着き
あんなに取り乱しながら
を掛けられていたとファッジ魔法大臣に思われていたわ。そんな状
況で言ったことが信じてもらえると思う
一方的に叫んでいるだけじゃなおさらよ。言ったわよね
ているが、下手に口を出してくるよりはよほどいい。
いかないのか二人の顔は険しいままだ。ロンは相変わらず首を傾げ
余計に言葉を挟まれないように一気に言ったけれど、やはり納得が
り越してしまっていたの﹂
するほどにね。つまり、あのときにはもう言葉で解決できる事態は通
決を図っていたわ。それこそ、準備が整い次第に吸魂鬼のキスを執行
なさいって。それに、ファッジ魔法大臣はできるだけ早急に事件の解
?
?
﹂│││えっ
﹂
﹁でも、それでも﹁だから貴方たちは言葉ではなく行動に移したのでは
ないの
?
は時間的にも物理的にも無理だわ。それにあの時に保健室から貴方
たちがいなくなれば、すぐに怪しまれてしまう。でも、もしあの時間
アリバイも時間的猶予も十分過ぎるほどだわ﹂
に保健室にいる貴方たちと別の場所にいる貴方たちが同時に存在し
ていたら
ていた。
?
﹁ま、今言ったのは後付の理由だけどね。確信を持てたのは、私が暴れ
ような感じだ。ロンは相変わらず首を傾げている。
ハーマイオニーは呆然とした感じで固まっている。ハリーも似た
うするか。それを考えれば分かるわ﹂
うもない事態になったときに過去へと戻れる道具を持っていたらど
るってのは伝えたわよね。直接的には言ってないけど。で、どうしよ
﹁隠し通路でハーマイオニーが逆転時計を持っていることを知ってい
﹁な、なんでアリスがそれを知っているの
﹂
私がそう説明すると二人は訳が分からないといった感じで戸惑っ
?
246
!
!
﹁私たちが保健室から出て行ってからシリウス・ブラックを逃がすに
?
柳下の隠し通路へ入る前に森に隠れている二人を見つけたからよ﹂
﹂
その言葉に二人は僅かに体を震わせる。
﹁き、気づいてたの
﹁えぇ。安心なさい。スネイプ先生は気が付いていないようだったか
ら。知っていたらもっと追求してただろうしね。まぁ色々言ったけ
れど、私は貴方たちなら過去に戻ってでもシリウス・ブラックを逃が
﹂
すと思っていたから、あの場では何も言わなかったのよ。下手に混乱
を広げるのは貴方たちだって嫌だったでしょう
ていたハリーが話しかけてきた。
ろうとハーマイオニーたちに背を向ける。そのとき、今まで口を閉じ
以上長居するとマダム・ポンフリーに注意されるだろうから寮へと戻
そこまで言って、ようやく二人は黙りこんでベッドに座った。これ
?
﹂
﹁アリス、一つだけ聞きたいんだ。湖で大量の吸魂鬼が襲ってきたと
きに鳥の守護霊を出したのは君なのかい
?
牡鹿かしら
﹂
その、守護霊の呪文を﹂
臣への批評を上げていた。折角シリウス・ブラックを捕らえたのに刑
表された事の顛末を知った人々は揃って魔法省、特にファッジ魔法大
シリウス・ブラックが逃亡した夜から数日後、魔法省から世間に発
り占めをしている。
ツ特急に乗りながら、私は恒例となりつつあるコンパートメントの独
今学期最後の日も終わりロンドンへと帰る日となった。ホグワー
◆
かっていった。
く。話はもう終わりみたいなので、今度こそ保健室を出て寮へと向
本当はそうでもないが、態々説明するのも面倒なので誤魔化してお
﹁それは秘密よ。あんまり人に知られるのを嫌がる人だからね﹂
?
﹁そうよ。ちなみに、あれは孔雀ね。ハリーだって守護霊を出してい
たでしょう
?
の執行目前に逃亡されてしまうなど、危機管理能力が欠落していると
247
?
﹁うん⋮⋮ねぇ、アリスは誰に教わったの
?
まで言われていたほどだ。日刊預言者新聞では連日そのことで一面
を飾っていたが、ファッジ魔法大臣が新たに警備・追跡体制を見直し・
強化してシリウス・ブラックの再逮捕に全力を尽くすなど諸々を発表
したことで一応は沈静化された。
また、シリウス・ブラックの確保に貢献したことでスネイプ先生に
はマーリン勲章が授与されるはずだったが、シリウス・ブラックの逃
亡と同時に取り消しとなってしまったらしい。スネイプ先生はあの
夜以降かなり機嫌が悪そうだったが、あれはマーリン勲章が取り消し
になったというよりはシリウス・ブラックが逃亡したことが原因では
ないかと思っている。あの夜のスネイプ先生の言い分からするに、ス
ネイプ先生はハリーがシリウス・ブラックを逃がしたと確信している
ようだ。実際その通りなのだが証拠がないので、積もりに積もったス
トレスの捌け口がなく、それがあの機嫌の悪さの原因となっているの
だろう。
ちなみに、私にも特別褒賞として魔法大臣特別功績勲章なるものが
授与されるみたいだったが、それも取り消しとなった。仕方ないとい
うより当然というか、正直貰えようが貰えまいがどちらでも構わな
かったが。最も、ファッジ魔法大臣が勲章の代わりとして個人的に褒
賞を与えると言っていたので少しだけ気になっている。夏を楽しみ
にしていなさいと言っていたけれど何なんだろうか。
事件以外のこととしては学期末テストの結果発表とルーピン先生
の退職ぐらいだろうか。
学期末テストの結果は、学年別に順位が張り出される仕組みになっ
ている。寮内だけの順位は各談話室に、全寮を含めた順位は大広間前
の大ホールの壁に掲示されるのだ。
基本的にはどの教科もレイブンクローが上位を占めていて、他の寮
は十人程が食い込む程度なのだが、今年は闇の魔術に対する防衛術の
上位陣にグリフィンドールが多めに入っている。特にハリーやハー
マイオニーは最高得点を取っていた。
私の成績は一つの教科を除いて全てが最高得点であり、ハーマイオ
248
ニーと同点という結果になった。あれだけの教科を受けて全てが最
高得点のハーマイオニーは素直にすごいと思う。ちなみに、一つの教
科とは魔法生物飼育学のことで、唯一ハーマイオニーやハリーたちよ
り下の順位となっている教科だ。途中から真面目に取り組んでいな
かったから別に順位が下だとか上だとかで何か言ったりはしないが、
ハグリッドはあの授業内容からどうやって成績を決めていたかが唯
一気になることではある。
ルーピン先生については、狼人間であることが公になってしまった
ことにより、生徒の保護者から苦情が来る前に自主的に退職したよう
だ。本来なら一部の者が秘密にしていれば公になることはなかった
だろうが、スネイプ先生が朝食時の大広間でうっかり漏らしてしまっ
たのだ。うっかりというか、あれは絶対に故意だと思うが。
一昨年と去年の闇の魔術に対する防衛術の教師がアレだったので
多くの生徒はルーピン先生が退職することを残念がっていた。スリ
ザリンは例外だったが。
今年の夏の予定は、京人形と倫敦人形と仏蘭西人形の三体の人形に
魂を与えるつもりでいる。その合間にはパチュリーに頼みっきりに
なっているバジリスクの毒の研究を予定しているが、最後の朝食時に
来たふくろう便で送られてきた手紙によるともう成分の解析は終
わってしまったらしく、私が戻ることには試作品が出来ているよう
だ。たかだか十数年しか生きていない学生と百年は生きているだろ
う魔女を比べるのが間違いだと思うが、何も手をつけずに終わってし
まったことに悔しく思う。私がしたことなんてバジリスクの毒を採
取してきた程度だろう。
時計を見ると、ロンドンまではまだ五時間は掛かりそうだ。人形の
作成も魔法の練習も読みかけの本も何もないので、パドマたちのコン
パートメントへ遊びに行こうと席を立つ。
入り口の扉を開け、通路を進みながら一つの懸念事項だけを呟く。
249
﹁二人が仲睦まじくしているようだったら速攻で退散しましょう﹂
あの二人の惚気に付き合うのは心底疲れるのだ。
250
GOBLET OF FIRE
闇の始動
﹂
﹁私、ここから出て旅に行くことにしたから﹂
﹁⋮⋮は
パチュリーの言葉に自分でも間抜けと思えるような声を出してし
﹂
まう。この魔女はまた、唐突に何を言い出すのか。頭に手を当てなが
ら溜め息を吐く。
﹁あー、うん。また何で唐突に
﹁極東の地に世界から失われた神秘が眠っているという情報を手に入
?
﹂
れてね。それを確かめに行くのよ。場合によってはそこに住むこと
になるわ﹂
﹁ここはどうするのよ
﹂
﹁アリスにあげるわ﹂
﹁はい
?
倒だし。出来るだけ最低限の荷物で済ませたいのよ。だから、本や魔
法具を含めて貴女にあげるわ。まぁ、大事なものや必要なものは持っ
ていくけどね﹂
ここ最近荷物を整理していたのはそういうことか。いきなり図書
﹂
館を丸ごとくれると言われても正直どう反応すればいいのか迷う。
﹁まぁ、くれるというのなら貰うけれど。本当にいいの
家とは違う魔法的なことを行える家が手に入るというのは今後を考
正直とてもありがたい。まだまだ私が読めていない本は多いし実
﹁⋮⋮そう。そういうことなら有難くいただいておくわ﹂
で終わるのは私としても本意ではないわ﹂
しょ。仮にも貴女は私の弟子ともいえる立場なんだし、生半可な実力
だったら後輩に与えて魔女として成長してもらったほうが有意義で
﹁え ぇ。私 が 持 っ て い っ た と こ ろ で 殆 ど は 死 蔵 し ち ゃ う と 思 う し、
?
251
?
﹁貴女にあげると言ったの。持っていってもいいんだけど邪魔かつ面
?
えるととてもありがたいことだ。しかも、ここはパチュリーが使用し
ている家であることから、その防衛能力はとても高い。いくつかの防
衛機能はパチュリーが維持しているようなので私ではそれらを使用
することは出来ないだろう。だが、それを差し引いても十分すぎるほ
どの機能を持っているのは確かだ。
そ の 後 は 他 愛 も な い 世 間 話 を し な が ら 私 は 今 後 の 計 画 を 立 て て
いった。計画とは勿論ドールズのことである。本体はすでに全部作
り終えているので、あとは魂を吹き込む工程だけだ。
まず京人形から魂を吹き込み、次に倫敦人形と仏蘭西人形に魂を吹
き込む。残るオルレアン人形は冬休みを予定している。そして時間
﹂
の合間にドールズに持たせる魔法具を作っていくつもりだ。
﹁ん
窓の方からコンコンと音が響き、そちらに視線を向けると二羽のふ
くろうが飛んでいた。近寄り窓を開けるとふくろうは部屋へと入り
机の上に着地する。
﹁ふくろう便ね。一つはホグワーツから、もう一つは魔法省からだわ﹂
パチュリーがそう言いながらふくろうから手紙を取る。魔法省か
らの手紙を持ってきたふくろうは足に細い筒を付けていて、筒ごと受
け取っている。
ふくろうは机の上に置かれたお皿からビスケットを数枚咥えたあ
と、用は終わったと言わんばかりに飛び立っていった。これは別にふ
くろうが急いでいたとかではなく、早く帰るように意識誘導されてい
るのが原因だろう。
パチュリーから手紙を受け取り、まずはホグワーツからの手紙を開
く。手紙には四年生で使用する学用品のリストが書かれていた。明
日にでも買いに行こうと思いながら読んでいくと、普段なら見慣れな
い単語が目に入った。
﹂
﹂
﹁パチュリー、ドレスローブってどういうのを持っていけばいいかし
ら
﹁ドレスローブ
?
252
?
?
﹁えぇ、ドレスローブよ。必ず持ってくるようにと書かれているわ﹂
一体何に使うのだろうか。いや、ドレスローブというんだからパー
ティーか何らかで着るのだということは分かるが。昔、コンクールで
表彰されたときに着ていたようなものでいいのだろうか。
﹁ふぅん。まぁ、あまり派手過ぎないほうがいいんじゃないかしら。
特に指定がないってことは各々の判断に任せるってことでしょ。な
﹂
ら下手に突飛なものよりシンプルなものを選んだほうが当たり外れ
もなくていいんじゃない
なるほど。それならそこら辺の洋装店で十分かしら。前見たとき
にそれっぽいのが置いてあったと思うし。
﹁ち な み に、ド レ ス ロ ー ブ な ん て の は ど の 家 で も オ ー ダ ー メ イ ド で
作っているのが一般的よ。洋装店なんかでもいいんだけど、そういう
ところで買うと誰かと被ってしまうことがあるから切羽詰っていな
い限り既存品を買うのはお勧めしないわ﹂
﹁まぁ、そうよね。一着一着別物を作っていたんじゃ大変だろうし。
当然被るっていうこともありえるか﹂
どうするか。別に魔法界で買わないといけないなんてルールはな
いしマグルの世界で買えば問題はないだろうけど。マグルの世界な
ら魔法界より多くのドレスローブがあるだろうし、学校に通っている
のは魔法界出身が多いから零と言わずとも被るなんてことは滅多に
起こらないはず。
でも、折角なんだし少し気合入れてみてもいいだろうか。今回だけ
じゃなくてこれからも着る機会は増えるだろうし、現状は数が必要で
アリスなら既存品で済ませるかと
もないのだから質を求めてもいいだろう。
﹁⋮⋮よし、作りましょう﹂
﹁あら、オーダーメイドにするの
思ったけれど﹂
﹁学生でも名家だと質と数が求められるけれどね。まぁ、いいんじゃ
いは質を求めてもいいかなってね﹂
だろうけど、学生の間はそうそう着る機会はないだろうし。今回くら
﹁まぁ折角だしね。将来的には質は勿論、数も揃えないといけないん
?
253
?
ないかしら
マダムマルキンの店かしら
作るって﹂
どこに注文するの
﹁違うわよ。言ったでしょ
?
﹂
?
い。
?
の│││ファッジ魔法大臣
﹁へぇ、大臣直々の手紙だなんて凄いわね。何をやらかしたの
﹁それで
中身は何だったの
﹂
内容は予想通り、個人的な褒賞とやらについてだった。
中の手紙を読む。
﹂
とにかく中を見れば済む話なので、ペーパーナイフで封筒を開けて
いたのを思い出す。ならきっとそれに関してではないだろうか。
そういえば、三年生の終わり頃に個人的に褒賞を与えるとか言って
はあったはずだ。
らあのときに直接言ってくるはず。そうでなくとも何かしらの注意
一瞬言いよどんだのは少しばかり心当たりがあるからだが、それな
﹁⋮⋮別になにもなってないわよ﹂
﹂
筒の蓋を開けて中に入っていた手紙を取り出す。差出人は魔法省
﹁と、それはともかく。魔法省の手紙って何かしら
﹂
いんだし、生地を探して選ぶのが特に時間掛かるから無駄にはできな
となると、早速取り掛からないと。時間はあるとはいえ無限ではな
う﹂
し、他のドレスローブを参考にすれば夏休み中には何とかなるでしょ
﹁昔、何回か作ってみた程度だけれどね。まぁ周りの評判はよかった
人形の服のみならず自分用のドレスローブまで作れるの
﹁だから、どこの店で作るのか聞いて﹁自分で作るのよ﹂⋮⋮貴女って
?
?
?
?
ンド対ブルガリアの観戦チケット。大臣が言うにはいい席みたいね﹂
﹁あら、よかったじゃない。確か開催地がイギリスになるのは三十年
まぁ折角貰ったんだし見に行こうかしら⋮⋮パチュリー
ぶりじゃなかったかしら﹂
﹁そうなの
チケットが二枚入っているわ﹂
手紙にも友達と楽しみなさいと書いてあるし。ていうか私以外に
も行く
?
254
?
?
﹁チケットみたいね。クィディッチ・ワールドカップ決勝戦、アイルラ
?
?
一人だけって場合によってはかなり面倒なことになるのでは。尤も
交友関係が豊かとはいえないし、夏休み中はずっとここにいるわけだ
から問題ないといえば問題ないんだけれど。
﹂
﹂
﹁そうね⋮⋮折角だから行きましょうか。それにしても貴女│││﹂
﹁ん
﹁友達いないの
﹁⋮⋮うるさいわね﹂
◆
﹁すごい人の数ね﹂
手紙がきてから数週間後、私とパチュリーはクィディッチ・ワール
ドカップが行われる会場近くのキャンプ場にいた。ここの経営者か
管理人の男性に料金を払い、指定された場所へと向かう。
﹁確かにすごい数だけど、それ以上にテントの作り方もすごいわね。
到底真似したくはないわ﹂
パチュリーの言う通り、ここに立てられている多くのテントはどれ
も普通とはいえないようなものばかりが並んでいる。煙突や屋根が
付 け ら れ て い る テ ン ト、三 階 建 て の 家 の 如 く 高 く 作 ら れ た テ ン ト、
様々な家畜が近くに繋がれているテント、噴水や時計塔が設置されて
いるテントなど、およそマグルが建てるテントとはかけ離れたものが
あちらこちらに作られている。さらに着ている服も奇天烈なもので
あり、この場の異様な雰囲気をよりいっそう際立てている。
﹁さっきのマグルの管理人が訝しげな目で見ていたけれど、これを見
たら納得ね﹂
まぁ、私たちのように年若い女性二人組みというのも目立つだろう
が、この人達ほどではないだろう。
﹁秘匿の秘の字もあったものじゃないわ。昔からだけど、どういう神
経をしているのかしら。マグルがどんな格好でどうキャンプしてい
るかなんてある程度観察していれば判るでしょうに﹂
パ チ ュ リ ー と 周 り の 光 景 に つ い て 話 し な が ら 目 的 の 場 所 へ と 向
255
?
?
かっていく。二十分程歩くとマーガトロイドと書かれた立て札が打
ち込まれた空き地に辿り着いた。
荷物を降ろして用意してきたテントを張っていく。何回か練習し
ていた甲斐もあって、特に問題もなくテントは張り終わった。
﹁ちょっと待ってなさい﹂
そう言って、パチュリーは先にテントの中へと入っていき、二言三
言なにかを唱えると再び外へ出てきた。
﹂
﹁出来たわ。私は試合が始まるまで中にいるけれど、アリスはどうす
るの
﹁そうね。出店も出てるみたいだし、ちょっと見回ってみるわ﹂
﹁そう、行ってらっしゃい﹂
パチュリーは素っ気なく言うと、そのままテントの中へと入って
いった。
私は周囲の奇抜な光景を無視しながら出店で賑わっている一角へ
と向かう。
出店には食べ物や飲み物だけでなく、様々なクィディッチ用品が置
かれている。アイルランドやブルガリアの国旗に大から小までの旗、
各選手のミニチュアにユニフォームや箒など凡そスポーツ競技に関
するあらゆる商品が揃っているのではと思うほどの品揃えだ。
幾つか食べ物を買い、食べ歩きしながら人ごみを進んでいく。行儀
が悪いとは思うが、今日くらいはいいだろう。
食べ終わったゴミを近くのゴミ箱へと入れて、そろそろ試合が始ま
る頃だと思いテントへ戻ろうと歩を進める。その途中、見知った後姿
を見つけた。
﹁ルーナじゃない。こんばんは﹂
﹂
﹁あらアリス。こんばんは。アリスもワールドカップの観戦に来たの
﹂
﹁えぇ、そうよ。ルーナは一人
どこかにはいるかもしれないが。
﹁ううん、パパと一緒だよ。アリスは
﹂
?
256
?
そう言うが、一人で着ている学生なんて普通いないだろう。いや、
?
?
﹂
﹁私は友達とね。ルーナのお父さんってザ・クィブラーの編集長なん
だっけ
﹂
﹂
﹁⋮⋮もしかしなくても、チケットに書かれている指定席って貴賓席
た。
すると、確かに以前日刊預言者新聞などで見たことのある人が多かっ
パ チ ュ リ ー の 言 葉 を 聞 い て 周 囲 に い る 人 た ち を も う 一 度 見 渡 す。
役に就いているのが多いみたいだし、当然じゃないかしら﹂
﹁みたいね。まぁ、ここら辺にいるのはそれなりに地位があったり重
の人たちがおかしいだけなんだけど﹂
﹁ここら辺の人たちはまともな格好をしているわね。といっても、他
ているようだ。
対に魔法使い的にしろマグル的にしろまともな格好の人が多くなっ
が少なくなるにつれ奇抜な格好をした人もいなくなっていった。反
を確認しながら進んでいくと、奥に進んでいくにしたがって周囲の人
入り口を通り、チケットに書かれている指定席の場所まで壁の標識
んでいく。
は大勢の人で溢れかえっており、歩くたびに誰かとぶつかりながら進
テントでパチュリーと合流して試合会場へと向かう。会場への道
人だった。
話してみた感想としては、この親にしてこの子ありといえるような
迫ってきたので、きりのいいところで話を切り上げる。
や気になった記事は何かと事細かに質問されたが、試合開始の時間が
さん│││ゼノフィリアス・ラブグッドと話をして、面白かった記事
前にはルーナによく似た男性が立っていた。少しの間、ルーナのお父
ルーナに続いてテントの合間を進んでいく。辿り着いたテントの
﹁そうね、折角だし挨拶していきましょうか﹂
る
よ。一度話してみたいっていってたんだ。すぐそこなんだけれど来
﹁そうだよ。アリスが定期購読しているって言ったらとても喜んでた
?
か何かかしら
?
257
?
﹂
﹁もしかしなくてもそうでしょう。よかったわね、随分魔法大臣に気
に入られているわね﹂
﹂
﹁⋮⋮分かってて言っているわよね
﹁さぁ
﹁あれ
もしかしてアリス
﹂
かれた雑誌を開いて時間を潰すことにした。
はまだ少し時間があるため事前に買っておいた両チームの解説が書
私達は後列の手前から四つ目と五つ目の席に座る。試合開始まで
地が悪くなってしまう。
と隣に座っている人と小声で話しているのを見ると、どうしても居心
ちの何人かは新しくきた私たちへ視線を向けている。私達を見たあ
れた席へと向かう。貴賓席には既に何人かの人が座っており、そのう
パチュリーのファッジ大臣に対する評価を聞き流しながら指定さ
等席だわ﹂
﹁へぇ、さすが魔法省大臣ね。試合を観戦するのにこれ以上はない特
場所だった。
間地点になり最上階ということもあって、競技場全体がよく見渡せる
に分かれて並んでいた。位置としては両チームのゴールポストの中
そこは小さなボックス席になっており、高級そうな椅子が二十席二列
階段を登り観客席の最上階まで登っていく。最上階に辿り着くと、
いたかった。
りたいと考えている人もいるかもしれないが、私は是非ともご遠慮願
席近くになんて誰が好んで座りたがるのか。いや、中には積極的に座
思わず溜め息を吐いてしまう。魔法界でも重要な人物たちが座る
?
?
んでおり、不思議そうに私とハーマイオニーを見ている。
﹁こんにちは、ハーマイオニー。あなた達も観戦にきたの
﹂
の周囲にはハリーやロン、それにロンと同様に赤毛をした人たちが並
ニーが驚いたような顔をして私のことを見ていた。ハーマイオニー
名前を呼ばれたので雑誌から視線を上げる。そこにはハーマイオ
?
258
?
?
﹁えぇ
﹂
ロンのお父さんに誘ってもらったの。アリスは一人で来たの
いだろう。
?
いうのは中々に難しいので仕方ないだろう。
﹁ところで、そちらの人たちはロンのご家族かしら
﹂
ぶっきらぼうに挨拶│││とは呼べないか│││されて戸惑うなと
ハ ー マ イ オ ニ ー は 若 干 戸 惑 っ た よ う に 返 事 を し た。ま ぁ こ う も
﹁そ、そうなの﹂
﹁気にしないで。あんまり人と話をするのが好きじゃないのよ﹂
しまった。
パチュリーは顔を僅かに上げて一言言うと、すぐに雑誌へと戻して
﹁⋮⋮パチュリーよ﹂
マイオニー・グレンジャーです﹂
﹁そうなの
始めまして、アリスと同じホグワーツに通っているハー
無難に友達にしておいた。パチュリーも何も言わないから問題はな
に詰まったのは私とパチュリーの関係を何て言うか迷ったからだが、
そう言って隣に座っているパチュリーに視線を向ける。途中、言葉
﹁いいえ、今日は⋮⋮友達ときたのよ﹂
!
だけだが。
﹁それにしても、どうやって貴賓席のチケットを手に入れたんだい
この席のチケットはかなり入手困難だったはずなんだが﹂
?
徒なので実際に紹介されたのは長男と次男、ウィーズリーさんの三人
ウィーズリーさんの家族を紹介された。まぁ、殆どはホグワーツの生
挨拶を交わしながら握手をする。その後は簡単に自己紹介をして、
﹁はじめまして。アリス・マーガトロイドです﹂
べると十分マグルの服装といってもいい格好をしている。
とジーンズを着た人だ。ここにきて見た魔法使いの奇抜な格好と比
そう言って握手を求めてきたのは少し薄くなった赤髪にセーター
ニーから聞いているよ﹂
﹁はじめまして。アーサー・ウィーズリーだ。君のことはハーマイオ
﹁えぇ。こちらの人が今回招待してくれたロンのお父さんよ﹂
?
259
?
そういうウィーズリーさんも魔法省の魔法ゲーム・スポーツ部の部
長との伝手で手に入れることができたようで、普通なら魔法省や魔法
界で重要な立場の人たちにしか回らないらしい。
少し迷ったが、別段隠すことでもないので話そうとしたところで、
入り口の方に見覚えのある人物が現れた。
﹁さぁさ、こちらです。絶好の席ですぞ│││駄目だな、ちっとも伝わ
らん﹂
入り口に現れたのはファッジ魔法大臣だった。両脇にいる豪華な
ローブを着た男性に大声で話しているが、とても言葉が伝わっている
ようにはみえていない。ファッジ大臣は貴賓席にいる人たちと会話
をしながら男性を案内している。
途中、ハリーに気がついたファッジ大臣は挨拶を交わし、両脇にい
る男性を紹介していた。それを聞いていると、どうやら両脇にいる男
性はブルガリアとアイルランドの魔法大臣らしい。言葉が通じてい
来ないのに、今年は一大行事が重なっているからね。落ち着いたら半
年はバカンスに行きたいくらいだ﹂
ファッジ大臣は少しおどけながら気さくに話してくる。先ほどか
らファッジ大臣の話している様子を見ていたが、どんな人に対しても
260
ないようなのでハリーのことは伝わっていないみたいだが、ブルガリ
アの魔法大臣がハリーの額を指差して騒いでいたので、ハリーが誰か
というのは伝えられたみたいだ。
ファッジ大臣たちの話が落ち着いたようなので、挨拶するために近
づいていく。他国の魔法大臣や各方面の重要人物がいる中で一介の
学生でしかない私が魔法大臣に話しかけていいものか迷ったが、招待
してもらった以上はこちらから挨拶するのが礼儀というものだろう。
ホグワーツ以来だね、元気にして
﹁こんにちは、ファッジ魔法大臣。本日はお招きいただいてありがと
﹂
おぉ、ミス・マーガトロイド
うございます﹂
﹁ん
いたかね
!
﹁いやいや、そうでもないよ。ただでさえ仕事柄休みを取ることが出
﹁はい、大臣もお元気そうで﹂
?
?
こうなんだろうか。目上の人目下の人に関わらず気さくに話してい
る姿は、親しみやすいといえば親しみやすいのだろう。
﹁この前はすまなかったね。本来であれば勲章をあげられたものを、
我々の不手際で台無しになってしまった﹂
﹁そんなことありません。私がしたことなんて微々たるものですし、
このような場に招待してもらえただけでも身に余るほどです﹂
﹁そんな自分を卑下するものじゃない。あの日君がいたことで人の命
﹂
が救われたのだ。もっと胸を張りたまえ。ところで、そちらのお嬢さ
んは君のお友達かね
ファッジ大臣の視線が私の後ろに向いたので思わず振り向くと、さ
きまで雑誌を読んでいたパチュリーが後ろに立っていた。
﹁はじめまして、ファッジ魔法大臣。アリスの友達でパチュリー・ノー
レッジと申します﹂
そう挨拶しながら頭を下げたパチュリーに対して、私は内心驚いて
いた。パチュリーの性格からして、相手が魔法大臣だとしても敬語は
おろか頭を下げるとは予想していなかったからだ。まぁ私としては
不敬な態度をされるより助かるのだけれど、違和感があるといえばそ
のとおりだ。
﹁あぁ、ファッジ﹂
その後は、ファッジ大臣も忙しいだろうと思い再度お礼を言ってか
﹂
臣へと近づいてくる。その途中で見えた男性の後ろにはホグワーツ
でも見覚えのある男子、ドラコの姿が見えた。ということは、この人
がドラコの父親か。見れば顔がそっくりだし間違いはないと思う。
母親らしき女性と話していたドラコが私に気づいたのか驚いた顔
をしている。まぁ、ドラコみたいに魔法界の貴族の家系でなく、マグ
ル生まれの私が貴賓席にいたりしたら驚くのも無理はないか。ドラ
コの家は純血主義だと聞くし、ドラコ自身もあまり私と関わり合いに
261
?
ら失礼しようとしたのだが、突如として聞こえた声にそちらに視線を
ルシウス
向ける。
﹁おぉ
!
ルシウスと呼ばれた男性は背筋をピンと伸ばしながらファッジ大
!
なりたくないのは知っているので、声はかけずに目礼だけしておい
た。
マルフォイさんはファッジ大臣と話が終わったようで歩き出した
が、ウィーズリーさんの傍までくると足を止めて話しかけている。そ
の話し方や態度はドラコのハリーやロン、ハーマイオニーに対する姿
勢を冷静かつ陰湿にした感じで、ドラコも将来はこうなるのだろうか
と思わず考えてしまった。
マルフォイさんは早々に話を切り上げて席に向かおう歩き出し、通
行の邪魔になっていたので道をあけるように横にずれる。その際に
君のような子供がこんなところにいるとは。保護者はどこか
マルフォイさんと目が合ってしまった。
﹂
﹁おや
ね
﹁ファッジが
失礼ですが、彼女とはどういった間柄で
﹂
たファッジ大臣が戻ってきてマルフォイさんに声をかけた。
マルフォイさんが再度何か言おうとしたときに、他の人と話してい
﹁あぁ、ルシウス。彼女は私が招待したのだよ﹂
うと思っているのだろうか。
と、私もハリーたち同様にウィーズリーさんにお呼ばれされたのだろ
とはいえ、その視線がウィーズリーさんに向いているところをみる
マルフォイさんは私を保護者と逸れた子供として話しかけてきた。
?
?
あれば納得です。さぞや彼女は優秀な魔女なのでしょうね﹂
﹁それはそれは。シリウス・ブラックの捕縛に貢献したということで
び私へと視線を向けてきた。
ファッジ大臣がマルフォイさんに説明すると、マルフォイさんは再
今大会のチケットを送ったのだよ﹂
することもできなくなってしまってね。代わりといってはなんだが
だが、不覚にもシリウス・ブラックに逃げられてしまったことでそう
に貢献してくれたのだよ。本来であれば勲章を与える予定だったの
﹁彼女はホグワーツでシリウス・ブラックが発見された際に奴の捕縛
臣に向き直る。
マルフォイさんは訝しげな視線を私に向けるも、すぐにファッジ大
?
262
?
マルフォイさんは値踏みするような目で見てきた。正直あまり気
分のいいものではなかったが、表情には出さずにマルフォイさんを見
返す。
それはそうだとも。何せ彼女はその年で守護霊を作り出
﹁⋮⋮それに気丈でもあるようだ﹂
﹁はっはっ
すことに成功しているのだからな。これで優秀でないとしたら何が
優秀だというのだね﹂
ファッジ大臣は気分よく話しているようだが、私としては出来れば
止めてもらいたい。今でも非常に目立っているのに、これ以上目立つ
ことは遠慮願いたい。
﹂
﹁ほう、守護霊をですか。それは素晴らしい。将来有望といったとこ
ろですかな
﹁そうだな。私としては彼女には将来、是非とも闇払いに入ってもら
いたいと思っている﹂
ファッジ大臣とマルフォイさんの会話はどんどんとヒートアップ
﹂
していっている。というか、闇払い云々の話はあの場のノリではなく
本気の話だったのか。
﹁大臣、そろそろよろしいか
どこなのかね
﹂
﹁ルシウス・マルフォイだ。四年生というとドラコと同い年か。寮は
生になります﹂
﹁アリス・マーガトロイドといいます。ホグワーツの生徒で今度四年
﹁では、我々も失礼するよ。ミス・あー⋮⋮﹂
には人がいるのだが。
とマルフォイ一家だけが残された。残されたとはいっても周囲の席
ファッジ大臣はバグマンと呼ばれた人についていき、この場には私
するよ。楽しんでくれたまえ﹂
﹁おぉ、すまないバグマン。もうこんな時間か。では私はこれで失礼
?
そこでマルフォイさんは話を打ち切り席の間を進んでいく。その
﹁そうか。学校ではドラコとよくしてくれたまえ﹂
﹁レイブンクローです﹂
?
263
!
?
際ドラコとすれ違うが、ドラコは一瞥するだけでそのまま歩いていっ
た。ドラコとよくしてくれなんて、マルフォイさんは私がマグル生ま
れだと知らないのだろうか。まぁ、帰ったらドラコから話を聞くんだ
ろうけれど。
その後、すぐに試合が始まり会場は割れんばかりの歓声で包まれ
る。そんな中、パチュリーが私に話しかけてきた。
﹂│││あら、気がついていたの
﹂
﹁アリス。気がついているか知らないけれど、さっきの男﹁闇の魔法使
い
﹂
?
パチュリーの性格からして大臣だろうと絶対に
?
﹂
巻き返すことが可能と思えるが、私の目から見てもブルガリアのチェ
ブルガリアはスニッチを取っても点数差が十点あって、十点差なら
トール・クラムがスニッチを取って終わったのだ。
始アイルランドの優勢で進み、ブルガリア側のシーカーであるビク
獲得して逆転勝ちしたように思えるだろう。だが実際には、試合は終
数だけ見るとブルガリア優勢のところをアイルランドがスニッチを
点数はブルガリアが一六〇点でアイルランドが一七〇点であり、点
試合はアイルランドの勝利で終わった。
◆
うなら嬉しく思う。
チュリーはそれ以降黙ってしまったので真意は分からないが、もしそ
つまり、言い方を変えれば私のためということなのだろうか。パ
スも変に荒波立たなくていいでしょう
たことになっているのだから挨拶くらいするわよ。そのほうがアリ
﹁一応、私はアリスに誘われたとはいえ、間接的にファッジに招待され
頭は下げないと思っていたから﹂
げていたじゃない
﹁ファッジ大臣と話しているとき自分から自己紹介した上に頭まで下
﹁何がかしら
ていたし。それより、私はパチュリーに驚いたわよ﹂
﹁何となくだけれどね。以前会ったことのある死喰い人と雰囲気が似
?
?
264
?
イサーよりアイルランドのチェイサーの方が上手いというのが分か
る程に選手の実力に差があった。故に、あのまま試合を続けていても
点数差は広がるばかりで、後になればなるほどに圧倒的点数差で終わ
ることになるのは予想できたことでもある。
ビクトール・クラムは優秀な選手だと聞くし、多分あのまま続けて
も試合に勝つことが出来ないとわかっていてスニッチを取ったので
はないかと予想つける。圧倒的点数差かつ相手にスニッチを取られ
﹂
て終わるくらいなら、少しでも早いうちに自分の手で終わらせたい。
そんな感じだろうか
﹁と、私は思うけれど、パチュリーはどうかしら
﹁⋮⋮さぁね。スポーツ選手の考えなんて理解できないわ。理解以前
にどうでもいいし﹂
なんともパチュリーらしい言葉に思わず苦笑する。
今は試合会場からテントに戻り、中で紅茶を飲みながら静かに休ん
でいる。一応、外の様子が分かるように遮音ではなく静音の魔法を掛
けているので、テントの外で試合の興奮が収まらず騒ぎ散らしている
音が僅かに聞こえる。
ちなみにテントの中は空間拡大呪文が掛けられており、小さいテン
トには到底収まりきらないであろう数と大きさの家具や物が置かれ
ている。内装はログハウスのように木で組まれたデザインをしてお
り、とてもテントの中とは思えないほどの快適さを作り出していた。
しばらく私もパチュリーも本を読み続け、時間も遅くなりそろそろ
就寝しようかと思ったところで、突如として外が騒がしくなってき
た。
﹂
何かと思い静音呪文の効果を弱めると、叫ぶ声や悲鳴が聞こえてく
る。
﹁何かあったのかしら
テ ン ト の 入 り 口 を 少 し だ け 捲 り 外 の 様 子 を 窺 う。外 は 走 り 回 る
人々で溢れかえり、遠くでは少なくない数のテントが燃えているのが
見えた。さらに断続的に赤や緑の光が空に向かって放たれ、時折大砲
の発砲音のような重く響く音も聞こえる。
265
?
?
?
近くで叫び合うように話し合っている人たちの会話を盗み聞くと、
どうやら仮面を被った黒いローブの集団がマグルの一家を捕らえな
がら暴れているらしい。一団はこちらに向かって行軍しているよう
なので、直にここにやってくるだろうことも話していた。
﹁パチュリー、仮面を被った一団が魔法を放ちながら暴れているみた
﹂
いよ。こっちに向かっているらしいし、面倒になる前に逃げましょう
│││パチュリー
テントに入りパチュリーに逃げるように声を掛けるが、当の本人は
呼んでいた本を机の上に置いて、ゆっくりと椅子から立ち上がり、こ
れまたゆっくりとした足取りでこちらへと近づいてくる。外の騒ぎ
はさらに大きくなってきて、人の悲鳴も何かが壊れる音も耳障りなほ
どに増えてきていた。
パチュリーが私の横を通り過ぎたとき、僅かに聞き取れたパチュ
リーの呟きを理解した私は、この騒ぎの襲撃者に思わず同情の念を
送ってしまった。
﹁│││ドンドンギャーギャーと、煩いのよ﹂
まぁつまり、パチュリーが苛立っているということだ。
﹁イネシェタ・ウオネァラ・パティプラフナグ │沸き立ち、襲え、苦
痛の牙よ﹂
パチュリーは杖を持った腕だけをテントの入り口から突き出して
呪文を唱える。初めて見る呪文だけれど、一体どのような魔法なのだ
ろうか。
パ チ ュ リ ー の 邪 魔 に な ら な い よ う に テ ン ト の 隙 間 か ら 外 を 窺 う。
すると、ちょうどテント前の地面から何か小さいものが吹き出ている
のが見えた。近くの明かりによって僅かに照らされたそれらの正体
は二センチ程の大きさの蟻であり、無数の蟻は地面から吹き出ると物
﹂
凄い速さで騒ぎの中心地へと向かっていく。
﹁⋮⋮あれは何かしら
﹁⋮⋮そう﹂
いレベルだけれど。パラポネラって言えば分かりやすいかしら
﹂
﹁見ての通り蟻よ。尤も、噛まれることによる痛みは冗談ではすまな
?
?
266
?
パラポネラ。別名、弾丸アリ。
この蟻に噛まれるとありとあらゆる痛みを集中させたような激痛
に襲われ、二十四時間以上もそれが治まることなく継続するという凶
悪な蟻だ。刺されたときの痛みの指標では、どんな蜂に刺されてもこ
れ以上のいたみはないとされるほどに恐ろしい激痛とされている。
ちなみに、パラポネラは〝痛み薬〟を作る際の材料の一つでもあ
る。一部の昆虫や動物は魔法界でも様々な材料に使用したりするの
で、マグルだけでなく魔法界の間でも比較的広く知られているものも
存在している。
ともあれ、この騒ぎを引き起こしている人たちは運がなかったとい
うほかない。この場にパチュリーさえいなければ、耐え難い激痛に襲
われることもなかっただろうに。
その後は、パラポネラの襲撃に遭ったためなのか襲撃者は次々と逃
げていったようだが騒ぎが収まることはなかった。その原因は空に
突如として現れた髑髏。空に現れた緑色をした髑髏は口部分から長
い舌のように蛇を模した煙が伸ばされて、その動きは獲物を狙ってい
るようにも見えた。
現れた髑髏は闇の印と呼ばれるものであり、闇の魔法使いヴォルデ
モートの印として有名な印である。それが正体不明の襲撃者たちの
騒ぎに乗じて現れたのだから、騒ぎの一つや二つ起こっても不思議で
はないだろう。それに、クィディッチのワールドカップでこのような
事件が起こったのだから、騒ぎは今日だけに留まらず暫くはニュース
一面を飾ることは間違いない。
267
三大魔法学校対抗試合
ホグワーツ四年目の新学期。
ホグワーツ特急からセストラルの引く馬車へと移り学校へと進ん
でいく。馬車の外はバケツをひっくり返したかのような土砂降りの
雨が降り続けており、馬車の屋根がバチバチとけたたましい音を鳴ら
している。
クィディッチ・ワールドカップの日に起きたことは、当然のように
日刊預言者新聞に取り上げられた。闇の印が撮影された写真が貼ら
れ、その周りや後ろ何頁にも渡って様々な憶測や意見、事件の経過、今
後の魔法省の対策方針などが記されていた。
その中で、他の記事と比べると異彩を放っている内容の記事があっ
た。リータ・スキーターという女性記者が書いた記事のようで、内容
268
は魔法省への中傷が殆どであったのだ。一部特定人物を取り上げて
いる記事もあったがそれも中傷的な内容であり、随分と遠慮なく書き
連ねていたので印象的な記事だった。
そして今日から三日前、ついにパチュリーが旅に出る日がやってき
た。
どこにどう片付けたのかは不明だが、パチュリーは小さな布袋一つ
だけを手にしている。
﹂
﹁│││よ。これで必要なことは全部伝えたわ。所有権なども貴女に
移譲したし。何か質問はあるかしら
要塞といえるだろう。尤も、〝忠誠の術〟によって既に存在そのもの
の防御というのを体現しているかのようなヴワル図書館は、まさしく
に排除することにこそ真の性能を発揮することである。攻撃は最大
こともさることながら、敷地内に侵入した外敵の逃げ道をなくし確実
そう。この図書館の恐ろしいところは外敵からの防衛能力が高い
この図書館の防衛能力って随分と物騒だったのね﹂
﹁大丈夫よ。それにしても所有権諸々を持って改めて知ったけれど、
?
が気づかれなくなっているので、防衛機能が発揮されるまで侵入でき
る者もいないだろうが。
﹁それでも幾つかの魔法は封印してあるけれどね。今この図書館に備
わっているのは貴女でも使える防衛機能と自立発動する機能だけよ。
それ以外の機能は大部分が使えないからそのつもりでいなさい﹂
あとは自分で勝手に拡張するといいわ。
そう言ってパチュリーは図書館から離れていく。
離れていくその背中を見つめながら、私は頭を深く下げた。
﹁│││今までありがとうございました、お師匠様﹂
﹁⋮⋮⋮⋮頑張りなさい、アリス﹂
バチン。
姿くらましをする独特の音が聞こえて、ゆっくりと頭を上げる。
だが、そこには既に誰もいなくなっていた。
269
そんな感じでパチュリー別れたのが三日前。
今思い返してみると、三年間近く付き合っていた間柄にしては随分
とあっさりとした別れだと思う。尤も、パチュリーとの涙流れる感動
﹂
の別れなんていうのが想像も出来ないというのも確かではあるが。
﹁⋮⋮ところで、ロンは何でそんなに不機嫌なのかしら
いた。
その後は城に到着するまで沈黙が続き、雨が屋根を打つ音だけが響
言わないが無闇にちょっかいを出すのは止めたらどうだろうか。
言っても無駄だろうけれど、ロンたちもドラコたちも認め合えなんて
何となく予想はついていたけれど、やっぱりドラコ関係か。今更だし
ハ ー マ イ オ ニ ー が 気 ま ず そ う に し な が ら も 律 儀 に 答 え て く れ た。
﹁汽車の中でマルフォイとちょっとね﹂
されると気が散ってしまう。
しいかと言ったらそうでもないのだが、密閉空間でこのような態度を
さっきから苛立ちを隠そうともせずに振り撒いているのだ。別に珍
私 と 一 緒 の 馬 車 に 乗 っ て い る ハ リ ー 三 人 組 の 一 人 で あ る ロ ン が
?
馬車が正面玄関前に到着するころにはますます雨足が強くなって
いき、落雷の頻度も増えてきている。傘なんてものは誰も持っていな
いので、生徒達はみんな馬車から降りると一目散に石段を駆け上がり
玄関へと飛び込んでいく。
私は正直、この雨の中急いだところでびしょ濡れになるのに変わり
はないのだから急ぐ必要なんてないと思ったのだが、急いでいる人ご
みの中で一人ゆっくりしているというのも邪魔であるので、みんなに
合わせて急いで玄関へと入っていった。
﹁さて諸君。よく食べよく飲み、はち切れんばかりに満腹となったこ
とじゃろう﹂
新入生の組み分けが終わり、夕食最後のデザートがなくなったとこ
ろで教職員テーブルの中央に座るダンブルドア校長が立ち上がった。
﹁満腹になった君らがベッドに潜りたいという気持ちは十分に分かる
が、いま少しだけ耳を傾けてもらいたい。まずは管理人のフィルチさ
んからのお知らせじゃ。学校内への持込禁止の品が新たに追加され
た。禁止品のリストはフィルチさんの事務所で閲覧可能なので、見た
いと思う生徒は確認するように﹂
その後も例年通りに禁じられた森への立ち入り禁止とホグズミー
ド村についての諸注意が伝えられた。だが、最後にダンブルドア校長
が発した言葉に大広間にいる生徒全員がざわめきに包まれる。
今学期の寮対抗クィディッチ試合の中止。
こればかりは容易に聞き流すことができないのか多くの生徒、特に
各寮のクィディッチ・メンバーが唖然としている。いや、よく見ると
ドラコとその周りだけはいつも通り落ち着いているみたいだ。とな
るとドラコは今年のクィディッチが中止になることを知っていたと
いうことだろうか。
反発の声が上がりそうになる生徒を手で制したダンブルドア校長
が、クィディッチを中止にする理由を説明しようとしたとき、突如と
270
して大広間の扉が音をたてて開いた。
開 い た 扉 か ら 入 っ て き た の は 黒 い マ ン ト を 纏 い 長 い 杖 に 寄 り か
かっている男性であった。男性はマントを取り払うと身体を大きく
上下させながら大広間を教職員テーブルに向かって進んでいく。
﹁あれは⋮⋮﹂
蝋燭の光と雷光によって照らされた男性の顔には見覚えがあった。
たしか〝近代の闇払い名鑑〟に載っていた人物だ。
アラスター・ムーディ。マッド│アイ・ムーディとも呼ばれる彼は
かつて魔法省で闇払いとして従事し、数多くの闇の魔法使いを逮捕し
たということで有名な魔法使いだ。なんでもアズカバンに投獄され
ている囚人の半数は彼が埋めたというのだから、その実力は凄まじい
ものがあるのだろう。
ムーディはダンブルドア校長と言葉を交わしたあとは空いていた
席に座り、持参した酒瓶を傾けながら残っていた夕食をもそもそと食
271
べていた。
﹁さて先ほども言いかけていたのじゃが、これから数ヶ月に渡り我が
校では心躍るイベントが開催される。この開催を発表するのはワシ
としても大いに喜ばしい﹂
﹂
そこで一息いれたダンブルドア校長は再度口を開く。
ト ラ イ ウ ィ ザ ー ド・ ト ー ナ メ ン ト
﹁今年、ホグワーツにて三大魔法学校対抗試合を行う
﹁ボーバトンとダームストラングの校長が代表選手最終候補生を連れ
がこのたび再開されることになったそうだ。
ることによって競技そのものが中止にされていたらしいのだが、それ
今まで行われてこなかったのは、競技の最中に夥しい数の死者が出
ものらしい。
手が一人選出されて三つの競技を競い合う、いわば親善試合のような
│││ホグワーツ、ボーバトン、ダームストラングの三校から代表選
三大魔法学校対抗試合とは、約七百年にヨーロッパの三大魔法学校
よって否定される。
らは冗談だろうという叫びが響いたが、それはダンブルドア校長に
瞬間、大広間が先ほど以上の騒ぎに包まれる。グリフィンドールか
!
て十月にホグワーツへと来校される。その後、ハロウィーンの日に三
校の代表選手が選ばれるのじゃ。そして、見事優勝した暁には優勝杯
と栄誉、さらに選手個人には一千ガリオンの賞金が与えられる﹂
だたし。
ダンブルドア校長の語る話に興奮が収まらないといった生徒に対
して、それを抑制するように間を空けずに続ける。
﹁いかに我々が予防措置を取ろうとも試合の種目は難しく危険である
ことから立候補できる生徒に基準を設けることにした。その基準は
年齢制限であり、十七歳以上の者にしか参加資格を与えないというも
のじゃ。参加資格を持たぬ者が参加できぬようにワシ自らが目を光
らせることとなる﹂
ダンブルドア校長の言う参加資格に一部の生徒が強く反発してい
たが、校長はそれを無視しながら話を進め、ボーバトンとダームスト
ラングや来校した際の注意事項などを話したあと解散となった。
﹂
てきているのが見えた。二人は私の隣までくると息を整えながら先
やっぱり参加してみるの
ほどの対抗試合について語りだした。
﹁ねぇアリス。アリスはどうするの
?
法が上手な人って上級生でもそうそういないわ﹂
﹁アリスは優秀なんだから絶対に参加するべきよ
アリスよりも魔
もがどうやって参加するか必死になって考えているよ﹂
﹁確かにそうだけれど、それをどうにかしてクリアしてだよ。今や誰
﹁参加って、十七歳以下は参加不可でしょ﹂
?
!
それに私はあんまり興味ないから参加できたとしても遠
﹁パドマ、それは買いかぶりというか上級生に対してかなり失礼な言
い方よ
慮しておくわ﹂
?
272
大広間から出て寮へと戻る間では、あちらこちらから不満の声が上
がっている。中には十一月中旬に十七歳になる人がいるらしく、どう
にかして参加できないか話し合っているのもいた。
﹂
あぁパドマ。それにアンソニーも﹂
﹁いたいた、アリス
﹁ん
!
名前を呼ばれて振り向くとパドマとアンソニーが小走りに近づい
?
私が不参加の意思を伝えると二人は驚いたように目を見開く。と
いうより驚いているのだろうけれど、そんなに意外なんだろうか。
その後も二人に参加しないか説得されたが、私の答えが変わらない
と分かったのか談話室に着く頃にはどんな方法で参加資格のある人
ない人を分けるのか、どういった方法でなら掻い潜って参加すること
が出来るかといった話に移っていた。
談話室を通り寝室へと入る。パドマは部屋に入ると一目散に荷物
が置いてあるベッド脇へと向かいパジャマに着替え始めた。
私も自分の荷物が置いてあるベッド脇へと向かい、そこに置いて
フー
﹂
あったトランクの一つを開ける。中には六体の人形が入っており、ト
ランクが開かれると待っていたとばかりに飛び出した。
ロン
﹁上海、蓬莱、露西亜、お疲れ様。何か問題はなかった
キョウ
﹁特に何もなかったよ﹂
﹁しいて言えば、 京ちゃんが倫ちゃんと仏ちゃんのことを脅かしてい
たくらいかな﹂
﹁でも大丈夫。私がしっかりメッしておいたから。あんまり効果なそ
うだったけど﹂
トランクに入っていたのは上海、蓬莱、露西亜に加えて、今年の夏
に誕生した京、倫敦、仏蘭西の計六体のドールズである。三体までな
らローブの中に入れて一緒に行動できるのだが、さすがにここまで増
えるとそうもいかないので、今回からトランクに詰め込んで寝室へと
直行してもらうことになった。狭いトランクに詰め込むので反発が
この子たちって新しいお人形
﹂
あったり大変かとも思ったが、三体の話を聞く限りでは大丈夫なよう
アリス
新しく見る人形に興奮しているパドマに説明しながらパジャマへ
と着替える。パドマはというと、京や倫敦や仏蘭西と会話を試みてい
るのか向かい合って喋っている。
﹁パドマ、今日はもう遅いから早く寝ましょ。その子達と話すのはま
た明日ね﹂
273
?
!?
だ。
﹁ねぇねぇ
!
﹁えぇ、そうよ。上海たちの妹ってところね﹂
!
﹁そうね、分かったわ│││ねぇ、アリス。本当に対抗試合に参加しな
いの これだけ凄い魔法が使えるんだから絶対大丈夫だと思うん
だけど﹂
﹁しないわ。下手に参加して余計な注目を受けるのも嫌だしね﹂
そこでパドマとの会話を打ち切ってベッドへと潜り込む。パドマ
もベッドへと入ったのを確認すると部屋の明かりを消した。
◆
ボーバトンとダームストラングがホグワーツに来校するまで一ヶ
月。ホグワーツでは授業を受ける傍らで対抗試合に参加できる方法
を模索している生徒がちらほらと見られた。
ちなみに私の履修する科目は去年同様であり、パドマやアンソニー
は魔法生物飼育学をやめたらしい。なんでも去年のヒッポグリフみ
たいに危険な生物が出てきたら嫌だとか。
私も今年は履修するか迷っていたが、ヒッポグリフは珍しい生物で
あることは確かだし、これからもそういった珍しい魔法生物が見られ
るかもしれないという可能性に賭けて履修することにした。
│││結局は、尻尾爆発スクリュートというよく分からない生物の
飼育という結果になったが。
﹁まぁ、あれはあれで確かに珍しくはあるから⋮⋮うん、よしとしま
しょう﹂
・・・
それ以外の授業は概ね去年通りであったが、去年と異なる教師を据
える闇の魔術に対する防衛術だけは今までにないくらいらしい授業
であるらしい。
というのも、闇の魔術に対する防衛術の教師であるムーディ先生が
色んな意味で抜きん出た先生であるのだ。この先生、何と授業が始
まった一日目に魔法を使った体罰を実行したのだ。事の発端はドラ
コがロンの家族を中傷していたのが原因である。ドラコの物言いに
ハリーが突っかかり、ドラコの家族を中傷したことでドラコがハリー
に対して背後から魔法を放ち、それを見たムーディ先生が激怒してド
274
?
ラコをイタチに変身させたあと床へ叩きつけるという行為に及んだ。
幸い、マクゴナガル先生がすぐにやってきたので大事にならずにすん
だが、あれ以来ドラコはムーディ先生が近くにいるときには目立った
行動をしないようになった。
そして今日の午後には今噂のムーディ先生の授業がある。いつも
のように真ん中寄りの席に座り授業が始まるのを待っていると、パド
マとアンソニーが揃って入ってくるのが見えたので手を振り呼びか
ける。
﹁二人とも、こっちよ﹂
﹁ありがとう、アリス﹂
あらかじめ確保しておいた前列の席に二人が座ったところで、教室
奥にある扉からムーディ先生がコツコツと義足を鳴らしながら入っ
てきた。ムーディ先生は黒板の前に立つと一度部屋を見渡してから
チョークを手に持つ。
﹁アラスター・ムーディだ。元闇払いであり、魔法省に勤めていた﹂
それだけを言い、ムーディ先生はチョークを机の上に置く。出席簿
を手に取り生徒の名前を呼んでいく間、ムーディ先生の左目の位置に
ある魔法の目がグルグルと忙しなく動いているのが見えた。どうや
ら、あの魔法の目は物を透かして見ることができる目であるらしく、
たとえ本人が後ろを向いていても魔法の目が正面を見ていればそれ
が見えるという代物らしい。現に、今まで何人かがムーディ先生の視
界に入らないようにふざけていたが、後ろを向いていたはずのムー
ディ先生に正確に言い当てられたという話が出ている。
﹁さて、まずは教科書なんぞしまってしまえ。そうだ、そんなものは必
要ない。教科書に載っていることなぞ綺麗に型に収まった児戯でし
かない。そんなものでは本物の闇の魔術には到底太刀打ち出来ん﹂
そう言ってムーディ先生は矢継ぎ早に言葉を続ける。
﹁魔法省によればワシが教えるのは闇の魔法に対する反対呪文という
ことだが、それだけでは駄目だ。反対呪文はいい、だがそれを唱える
べき闇の魔法とは何か。それをお前達は知る必要がある。闇の魔法
というのがどのようなものなのか、実際に見て体験し覚えない限り、
275
たとえ反対呪文を何十何百と覚えていたところで意味はないのだ﹂
そう断言するムーディ先生の目は、今まで見たどの先生よりも真に
迫っているように感じられた。いや、あえていうならスネイプ先生が
近い目をしているだろうか。
﹂
﹁では、お前達が向かい合う闇の魔法において尤も忌み嫌われている
呪文とは何か。それを知っているものはいるか
ムーディ先生の問いに対して何人かの生徒が恐る恐る手を上げる。
ムーディ先生はその中から一人ずつ指名していき、指された生徒は自
信がないとも怖がっているともとれる面持ちで答えていった。
その中で出てきた呪文は二つ、〝磔の呪文〟と〝服従の呪文〟であ
る。
この二つにもう一つ〝死の呪文〟を加えた三つの呪文は許されざ
る呪文と呼ばれていて、人に対して使用するだけでアズカバンでの終
身刑を受けるほどの罪になる。
ん
マーガトロイド、お前はどうだ
﹂
?
そんなことを考えながらムーディ先生へ簡潔に答える。
﹁│││アバダ・ケダブラ。死の呪文です﹂
私がそう答えると何人かの生徒が身体を震わせているのが分かっ
た。
﹁他にも知っている者が何人かいたようだな。そうだ、死の呪文。尤
もおぞましく尤も恐ろしい呪文だ。扱うには高い魔力が必要だ。並
の魔法使いには到底扱うことの出来ない呪文であるが故に、その力は
強力である。死の呪文を受けたものは誰であろうと死から逃れるこ
とはできない。何の外傷もなく静かに眠るようにして死に至るのだ﹂
ムーディ先生の重く響く言葉に教室中が静まり返っている。
﹁今一度言う。この呪文を受けて生き残ったものは誰もいない⋮⋮た
だ一人の例外を除いてな﹂
死の呪文を受けて生き残っている例外の人物。ムーディ先生は誰
とは言わなかったが、恐らく誰もが一人の人物を思い浮かべているだ
276
?
﹁そうだ。だが、もう一つ足りない。誰か答えられるものはいないの
か
?
手も上げていないのに指名されるとはどういうことなんだろうか。
?
ろう。
ハリー・ポッター。ヴォルデモートの魔の手から唯一生き残り、打
ち倒したと言われる生き残った男の子。近年で尤も死の呪文を使用
し て い た と 言 わ れ れ ば 殆 ど の 人 が ヴ ォ ル デ モ ー ト と 答 え る だ ろ う。
そして、そのヴォルデモートから生き残ったハリーこそがまさしくそ
の例外なのだろう。
﹁さて、これら三つの呪文は禁じられた呪文と呼ばれ、魔法法律で尤も
厳しく罰せられる。これらの呪文を同類である人に対して使用した
場合アズカバンで終身刑を受けるに値するほどの呪いだ。だが、闇の
魔法使いどもはこれらの呪文を当然のように使ってくる。故にお前
達は知らねばならん。禁じられた呪文がどういったものなのかを﹂
その後、ムーディ先生は蜘蛛や鼠を実験台にして〝磔の呪文〟〝服
従の呪文〟〝死の呪文〟を実演してみせた。蜘蛛や鼠が〝服従の呪
文〟でダンスを踊っていたときは生徒達の間で笑いがこぼれたが、〝
す る だ け で ア ズ カ バ ン で 終 身 刑 を 受 け る に 値 す る と 言 っ て ま し た。
﹂
それなら人間以外、例えばトロールや人狼に対して使用した場合はど
うなるんですか
なぜそんなことを聞く。お前はトロールや人狼に呪文
﹂
なるのか知っておいて損はないと思いまして。勿論、そういうことを
﹁いえ、ただ単に気になっただけといいますか。魔法法律的にもどう
を使う気なのか
﹁なんだと
?
?
?
277
磔の呪文〟で蜘蛛が苦しむ様子や〝死の呪文〟で鼠が死んだときは
流石に静まっていた。
授業が終わり、生徒が出て行く中で私は一つ気になったことがあっ
﹂
たので、奥の準備室へ入っていくムーディ先生を引き止めた。
﹁先生、一つ質問があるんですけれどいいでしょうか
た。
﹁何だ
﹂
ムーディ先生は振り向くと魔法の目を二回三回と回した後に答え
?
﹁先ほどの│││許されざる呪文についてですが、先生は人間に使用
?
生徒に言ってはならないというのであれば結構ですが﹂
﹁⋮⋮はっきりとは言えんな。そもそも許されざる呪文を使えること
が前提条件となっているが、そのときの状況によって左右される。同
胞である人間に対して使用した場合にアズカバンでの終身刑を受け
るのであって、それ以外のものに使用しても罪に問われないというこ
とはない。アズカバンへの短期投獄というのもありえるし、なんらか
の厳罰だけで済んだケースを存在する。だが、総じて軽い罪に問われ
ているのは術者が生命の危機に瀕している場合だ。ただ人狼を見つ
けたから呪文を使用したでは投獄は免れないだろうが、人狼に襲われ
生命の危機に瀕していたということなら情状酌量の余地がある﹂
尤も、禁じられた呪文を使用する者は使用したことを気取られぬこ
とがないように徹底して、陰湿に身を隠しながら使用しているがな。
そう締めくくってムーディ先生は準備室へと入っていった。
結局のところ、使用する者たちにとってバレなければ問題ないとい
うことなのか。バレないイカサマはイカサマではないのと同じ感覚
で語るのもどうかとは思うが、つまりそういうことなのだろう。
いまやホグワーツの中でムーディ先生はこれまでにないほどの型
破りな先生ということで有名になっていた。学校で教えるものに禁
じられた呪文を取り入れたのはムーディ先生が初めてではないだろ
うか。現在ホグワーツに尤も長くいる七年生がそう話していたのを
小耳に挟んだ。
さらに、翌週の闇の魔術に対する防衛術の授業で行われたことで、
ムーディ先生の名が一段と大きくなったのは当然ともいえるだろう。
何せ、実際に生徒に〝服従の呪文〟を掛けると言い出したのだから。
何人かの生徒からそれは違法だと言ったが、ダンブルドア校長には
許可は取ってあるということで誰もなにもいえなくなってしまった。
一人ひとりが教壇の前までいき、ムーディ先生が〝服従の呪文〟を
掛けていく。呪文を掛けられた生徒は誰一人として抵抗することな
く、ムーディ先生の命令する通りの動きを披露していた。聞いた話で
は、この授業で〝服従の呪文〟に完全に破ることができたのはハリー
278
だけらしい。
﹁駄 目 だ な、ど い つ も 闇 の 力 に 抗 え る ど こ ろ か 素 直 に 受 け 入 れ て し
お前だ、さぁ
まっている。自身を包み込む闇の力には限界まで抗わなければ到底
破ることなぞ出来んぞ。では次は、マーガトロイド
来い﹂
いよいよ私の番が回ってきたため席を立ち前へと歩いていく。
だが、はっきり言って素直に〝服従の呪文〟に掛かるつもりはまっ
たくない。それに、ムーディ先生は生徒が〝服従の呪文〟を破るか抵
抗できるまで続けると言っているので、私が抵抗しても問題はないだ
ろう。
そんなことを考えていると、ふと去年の夏休みの出来事を思い出し
てしまう。実のところ、禁じられた呪文についてはかなり前から知っ
てはいた。ホークラックについて調べていたときに闇の魔法という
ことで偶然知ったのだ。当時はそれほど関心を持っていなかったの
だが、去年の夏にどんなものなのかパチュリーに聞いてみたことがあ
る。
今思えば、それが黒歴史の始まりだった。
私は純粋に気になっただけでパチュリーに質問したのだがタイミ
ングが悪かった。そのときパチュリーが読んでいた本は〝日本の諺
大辞典∼メジャーからマイナー、造語までより取り見取り〟。見てい
た頁には〝百見は一体験にしかず〟。
それからは〝服従の呪文〟を掛けられては抵抗できるまで醜態を
晒すという繰り返しだった。〝磔の呪文〟まで使用してきたときに
は本気で復讐してやると誓った私は決して悪くはないはずだ。
結局、それが叶うことはなかったのだが。
というわけで、そんな黒歴史を持つ私からすれば〝服従の呪文〟に
│服従せよ
﹂
呪文が掛けられると同時に全身を何ともいえない幸福感が包み込
んでくるが、生憎とパチュリーのそれに比べると劣っているのが分か
279
!
掛かるなんでいうことは到底許容できるはずもなく。
﹁インペリオ
!
全力で抵抗させてもらうのは当然といえる。
!
素晴らしいな
まさか一回目で完全に〝服従の呪文〟を
るので、多少眩暈を起こしたが抵抗することができた。
﹁ほう
破ることができるとは
﹂
見たかお前達。マーガトロイドは闇の力
それも完璧にだ
!
の﹂
﹁ア リ ス
ち ょ う ど よ か っ た わ。ア リ ス に も 是 非 入 会 し て ほ し い
も、運が悪いと言うべきかハーマイオニーに捕まってしまった。
何か嫌な予感がしたので素知らぬふりをして通り過ぎようとする
バッジを見せながら熱く語っている。
マイオニーがハリーやロン、ネビルやロンの兄である双子に小さな
ドールの席の一角で何やら白熱した声が聞こえてきた。見るとハー
午前中の授業を終えて昼食を食べに大広間へと入りとグリフィン
れることになっている。
伴い、生徒は城の前に立ち二校を出迎えた後、歓迎パーティーが開か
ンとダームストラングの二校が来校することになっている。それに
十月三十日。ハロウィーンの前日である今日の夕方にはボーバト
◆
ていったが、破ることができた生徒はいなかった。
その後も授業は続きムーディ先生は生徒に〝服従の呪文〟を掛け
いだろうし、いたとしてもほんの僅かだろう。
ろで〝服従の呪文〟を掛ける。そこまでされて抗えるのはまずいな
肉体と精神の両面から根こそぎ剥ぎ取り、抵抗する力をなくしたとこ
文〟は対になっているともいえる。〝磔の呪文〟で抵抗する意思を
尤も効率がいい。そういう意味で言えば、〝磔の呪文〟と〝服従の呪
不意をつくか、抵抗できないほどに精神を追い詰めてから掛けるのが
の呪文の力を真に発揮したいのであれば、呪文を掛ける相手に対して
きたのは予め〝服従の呪文〟に対する準備が出来ていたからだ。こ
ムーディ先生はそう言うが、実際私がここまで簡単に破ることがで
に抗ったぞ
!
そう言ってバッジを突きつけてくるハーマイオニー。バッジには
!
280
!
!
!
﹂
S・P・E・Wと書かれているが、正直何のことだか分からない。
﹁⋮⋮S・P・E・W。何これ
いるの
S・P・E・Wはそんな不遇な扱いを受けている屋敷しも
休暇も福利厚生も何も与えられないで奴隷のように強制労働されて
グワーツで働いている多くの屋敷しもべ妖精たちはお給料も年金も
﹁S・P・E・W。屋敷しもべ妖精福祉振興協会よ。魔法使いの家やホ
?
的よ
﹂
﹁そんな活動をしている組織なんて聞いたこともないけれど
私が最近設立したんだから。メンバーは今のところ数人
﹂
入会費は二シックルで、これはS・P・E・Wの活動資金に
?
会
?
屋敷しもべ妖精はあたりまえのように奴隷として
﹂
強制労働されているのよ。アリスはなんとも思わないの
自分達は
﹁まずそこなんだけど、彼ら屋敷しもべ妖精が言ったの
彼らが自分達の
!
主張を言うことができないのなら、それを代弁する人物が必要だわ
﹁彼らはそう言えないように洗脳されているのよ
不当に働かされています、どうか助けてくださいって﹂
?
﹁ど、どうして
は当然のような顔をしていた。ネビルだけはオロオロとしていたが。
している。ハリーたちの顔を窺ってみたが、ハーマイオニー以外の人
そう言うと、ハーマイオニーは心底信じられないというような顔を
﹁悪いけど、断るわ﹂
のだろうか。
長はハーマイオニーだとしても何で私が二番目の位置に据えられる
痛が起こったのは決しておかしくはないはず。しかも副会長
面倒だなとは思っていたけれど、予想の斜め上をいく内容に軽い頭
│││ちょっと頭が痛くなってきた。
当てていく予定。ちなみにアリスには副会長をやってもらいたいの﹂
﹁そう
﹁⋮⋮で、私にも入会してほしいと
リーが書記担当でロンが財務担当となっているわ﹂
しかいないけれど、これからどんどん増やしていくわ。ちなみにハ
﹁当然よ
﹂
して彼らにも一定の権利と主張が与えられるように活動するのが目
べ妖精にちゃんとした労働条件と正当な報酬、将来的には法律を改正
!
!
?
!?
281
?
!
!
﹂
﹂
﹁その洗脳されているっていうのは、どこからきたの
証言したとか
誰かがそう
なのに彼らは誰よりも働いてい
﹁だって普通に考えておかしいわ。私達は労働すればそれに見合った
報酬を受け取るのが当然でしょ
﹁そんな訳ないじゃない
それとこれとは話が別でしょう
だから羽を毟って飛べなくしてあげるべきだとでもいうの
﹂
のよ。鳥が空を飛ぶのと同じよ。貴女は鳥が飛びすぎるのは可哀想
彼らは奉仕活動を行いたいという種族的な本能に従って動いている
﹁ハーマイオニー、それは私達の常識であって彼らの常識とは違うわ。
はまらない。
だ。小鬼のような例外もあるが、この場合は屋敷しもべ妖精には当て
確かにハーマイオニーの言うことは正しいが、それは人間同士の話
るのにその報酬が一切与えられないのよ﹂
?
﹂
!? ?
ハーマイ
?
﹂
私、別にそんなつもりじゃ 本当に彼らへの待遇が酷
いと思ったから
﹁そんな
マイオニーが言っているのはそういうことよ﹂
神は間違っているから私達が信じる宗教や神に改宗しなさい。ハー
履修内容を減らしてあげよう。または、あなたの信仰している宗教や
オニーが多くの授業を履修しているのは心身ともに負担だろうから
う意味ではまったく同じ。別の言い方をしましょうか
﹁同じよ。相手の本能や考えを否定して自分の考えを押し付けるとい
!
!
しかうつらないわ﹂
付けの善意でしかなく、自分達の存在意義を奪おうとする⋮⋮悪意と
持っている屋敷しもべ妖精からしたら、ハーマイオニーの考えは押し
を 善 意 と 受 け 取 る か は 相 手 し だ い な の よ。奉 仕 す る こ と に 誇 り を
かっているわ。でもね、どれだけ善意からくる行動だとしても、それ
﹁ま ぁ、ハ ー マ イ オ ニ ー の 考 え が 邪 な 感 情 が 一 切 な い と い う の は 分
てそういうことが出来るとは思えない。
んだろう。そもそも、ハーマイオニーが本当に善意以外の感情をもっ
確かにハーマイオニーのそう考える気持ちは本当に純粋なものな
!
!?
282
?
?
!
そう言うと、ハーマイオニーは俯いてゆっくりと席に着く。肩が少
し震えているのを見ると、少し言い過ぎたかと反省する。これは何か
しらフォローをした方がいいんだろうが、何て言ったものか。
﹁⋮⋮でもまぁ、試しに活動してみることはいいんじゃないかしら
ら考えようぜ
﹂
﹁そうそう、よく言うじゃん
﹂
当たって砕けろってさ
﹁⋮⋮砕けちゃ意味ないんじゃないかしら
﹂
俺達
だった気もしなくないが、やるだけやってみて小難しいことはそれか
﹁そうだぜ、ハーマイオニー。確かにストレート過ぎてキツイ言い方
いかしら﹂
入れてもらえなくても、そのときは別の手段を考えればいいんじゃな
も現れるかもしれないしね。もしこの活動が屋敷しもべ妖精に受け
まで行われてこなかったんだろうし、賛同してくれる屋敷しもべ妖精
否定的なこと言ったけれど、ハーマイオニーの言うような活動は今
?
水色の薄い絹のようなローブを着ており、ボーバトンがある地域と気
れはた巨大な船を潜水させながらやってきた。ボーバトンの生徒は
馬車を天馬に引かれながら空を飛んで来校し、ダームストラングはこ
し、大広間にて歓迎会が開かれた。ボーバトンは大きな館ほどもある
夕方、ボーバトンとダームストラングの二校がホグワーツへと到着
皆さん﹂
﹁こんばんは、紳士淑女の諸君。そしてホグワーツへようこそ、客人の
◆
場の空気がこれ以上悪くならずに済んだ。
とフレッドだったか│││がフォローを入れてくれたお陰か、何とか
私のフォローとも言えない言葉にロンのお兄さん│││ジョージ
いことじゃないよ﹂
だって何回も失敗して悪戯用品を作っているんだ。失敗するのは悪
﹁あ∼、うん。そうだな。まぁ、とにかく頑張ってみなって
!
候が違うためか非常に寒そうにしていた。ダームストラングはボー
283
!
?
?
!
バトンとは逆に分厚そうな毛皮のマントを纏い、寒さを感じていない
かのように身体を張っていた。
さ ら に そ れ ぞ れ の 校 長。こ れ ま た 正 反 対 と も い え る よ う な 人 物
だった。
ボーバトンの校長であるオリンベ・マクシーム。女性だが、巨人の
血でも引いているのかホグワーツ一の巨体であるハグリッドと同等
かそれ以上の体格をしており、沢山の真珠か何かを身につけていた。
ダームストラングの校長であるイゴール・カルカロフ。こちらはマ
ダム・マクシームとは異なり小さく│││とはいえ一般的には高身長
である│││細い体格をした男性で先の縮れた山羊髭をしている。
﹁ボーバトン、そしてダームストラングの皆さんの来校を心より歓迎
いたしますぞ。本校での滞在が皆さんにとって有意義かつ快適で楽
しいものになることを、ワシは希望、また確信しておる﹂
ダンブルドア校長の言葉に何人かのボーバトンの女生徒が声を押
284
し殺しながら笑う声が聞こえる。まぁ、ダンブルドア校長の挨拶は面
白おかしいというのは周知の事実だが、今回は割りと普通だったと思
う。何が彼女たちのツボに入ったのだろうか。
ちなみに、ボーバトンの生徒はレイブンクローのテーブルに着席し
ており、ダームストラングの生徒はスリザリンのテーブルへと着席し
ている。
挨拶が終わると同時に大量の料理がテーブルの上に現れる。来校
した二校のことも考えられているのか、それぞれの学校がある国の料
理が振舞われている。ボーバトン生が多いためか、他のテーブルより
レイブンクローのテーブルにはフランス料理が多めに出されていた。
しばらくはパドマやアンソニーと話しながら食事をしていたが、い
つの間にか隣に座っていたボーバトン生が話しかけてきた。
﹂
﹁はじめまーして。わたーし、フラー・デラクールいいまーす。あなー
たのお名前はなんでーすか
語で自己紹介をしてくる。間近で彼女の顔を見て思ったのは、美女と
フラー・デラクールと名乗ったボーバトン生はフランス語訛りの英
?
いう言葉がこの女性のためにあるのではということだった。ボーバ
トンの女生徒は殆どが美人美少女と言える容姿をしていたが、その中
でも彼女は突出しているように思える。
﹃初めまして、ミス・デラクール。私はアリス・マーガトロイドよ﹄
英語で話すのが酷く窮屈そうにしていたので、彼女に合わせてフラ
﹄
ンス語で自己紹介をする。すると、彼女は目を見開いて驚いた顔をし
ていた。
﹃ビックリしたわ。貴女、フランス語が喋れるの
私がフランス語を喋れると分かると、今度は英語ではなくフランス
語で喋ってくる。
﹃えぇ。両親がフランス人でね。生まれはイギリスだけれど一応両方
の言葉が喋れるの﹄
﹃そうなの。確かに、顔立ちが私達と似ているわ﹄
﹃ミス・デラクールみたいに整った顔ではないけれどね﹄
﹃私はヴィーラの血を引いているから他の子よりはね。でも、ミス・
マーガトロイドも十分綺麗だわ。私までとはいわなくても、ボーバト
ンの中でも上の方に入ると思うわ﹄
﹃ありがとう。それと、私のことはアリスで構わないわよ﹄
﹃それなら、私のこともフラーと呼んでください﹄
その後は、歓迎会が終わるまでフラーと話し込んだり、パドマやア
ンソニーを紹介したりしていた。テーブルの上から料理がなくなっ
たところでダンブルドア校長が立ち上がり、対抗試合について話し出
す。
まず三大魔法学校対抗試合の開催に尽力したという人物からの紹
介から入った。一人はクィディッチ・ワールドカップでも見たルー
ド・バグマン。もう一人は魔法省の国際魔法協力部部長のバーテミウ
ス・クラウチ。この二人と各学校の校長五人で審査委員会に加わるら
しい。次に対抗試合についての概要が説明されて、最後に代表選手を
どうやって選ぶかという話になった。
ダンブルドア校長が杖で開いた木箱に入っていたのは、大きな荒削
りの木のゴブレットであり、衆目に晒されると同時に青白い炎が燃え
285
?
盛った。このゴブレットに羊皮紙で名前と所属校名を記入して入れ
ることで代表選手に立候補できるらしい。期限は二十四時間で、翌日
のこの時間にゴブレットが各校より一人だけ代表選手を選び出すと
いう流れである。
また、予め言ってあるように十七歳未満の生徒が参加できないよう
にダンブルドア校長直々に〝年齢線〟を張るらしい。
宴が終わり、ホグワーツ生は各寮へ向かい移動していく。ボーバト
ン生とダームストラング生はそれぞれ来校した際に乗ってきた乗り
物で寝泊りするようだ。
フラーとも別れ、パドマたちと寮へ戻る最中では〝年齢線〟を超え
る方法はどのようなのがあるかという話をしていた。
翌日は土曜日ということもあり、多くの生徒が朝から炎のゴブレッ
トが置かれている玄関ホールへと集まっていた。殆どの生徒は野次
286
馬であったが、時折ゴブレットへ羊皮紙を入れる生徒が現れ、そのた
びにホールにいる生徒は拍手を送っている。
ダームストラング生は朝一番でゴブレットに羊皮紙を入れたらし
く、既に寝泊りしている船へと篭っている。何人かの生徒がビクトー
﹂
ル・クラムと接触できないか相談していたが、こうも船に引き込まれ
ていては無理だろう。
﹁ありすぅ、みんななにしてるのぉ
のだ。私の周囲をふわふわと浮かびながら喋っているドールズを見
ているのだが、土曜など授業のない日にはドールズ全員を連れている
髪の毛を櫛で丁寧に梳いていく。普段は一体だけを連れて授業に出
アンソニーの言葉は半ば無視しながら私の膝に座っている上海の
スも、こんな中で落ち着いて髪の毛を梳かしたりしないでよ﹂
﹁本当にね。おかげでさっきから物凄い注目されてるよ。そしてアリ
﹁アリスの人形達も随分賑やかになったわよね﹂
﹁⋮⋮︵こくん︶﹂
﹁京ちゃん。昨日も言ったけど、夜中に脅かしちゃ駄目でしょ﹂
﹁あのそっくりなフタリ、ヒゲがもじゃもじゃだったね﹂
?
た生徒は大抵が似たような反応をするのだが、それも既に慣れたため
殆ど無視するようにしている。
ちなみに、仏蘭西が言っている髭もじゃというのは、ウィーズリー
の双子のことだ。〝年齢線〟を越えようと〝老け薬〟を飲んで挑戦
したのだが失敗。無駄に歳をとって老人のごとく立派な髭を生やす
結果となっていたのだ。
昼食を食べ終わった後も、午前同様に玄関ホールに居座って過ご
す。
私としては外で日に当たりながら本を読みたいのだが、誰が立候補
するのか知りたいけど一人でいるのは寂しいとパドマが言うので、半
ば強制的につき合わされている。私がいなくてもアンソニーがいれ
ば十分じゃないだろうかと思うのだが、どうもパドマはドールズと遊
びたいらしい。ドールズの中では若い倫敦と仏蘭西の二体と今も遊
んでいるのだ。
﹄
何をしているのか思ったが、まさか私を探していたとは思っていな
かったので少し驚くも、呼ばれた以上は返事をしないわけにもいかな
﹄
いので近づいてくるフラーへ手を振り返す。
﹃こんにちは、フラー。どうしたの
もらえないかしら
﹄
﹃こんにちは。お願いがあるんだけど、私達にホグワーツを案内して
?
そう言ってフラーは後ろにいる数名のボーバトン生を紹介してき
?
287
ふと、ホールがざわめき始める。
視線を向けると、校庭の方からボーバトン生が列をなしてホールへ
と入ってきていた。生徒の後にはマダム・マクシームがホールへと入
る。ボーバトン生はマダム・マクシームの合図と共に一人ずつゴブ
レットへ羊皮紙を投じている。
ボーバトン生が全員羊皮紙を投じ終えると、来たときと同じように
ホールを出て行こうとする。だが、その中で何人かの生徒が残りキョ
アリス
ロキョロとホールを見渡している。その中にはフラーの姿も見えた。
﹃見つけた
!
フ ラ ー が 私 の 方 を 見 る と 同 時 に 声 を 上 げ な が ら 手 を 振 っ て き た。
!
た。そのうちの一人はフラーの妹でガブリエールというらしい。
﹃この学校でフランス語が話せるのアリスしか知らないから、出来れ
ばお願いしたいんだけれど﹄
﹃まぁ、今日はこれといった用事もないし構わないわ﹄
﹁二人とも、私
これからフラーたちに学校を案内してくるわ。また後でね﹂
﹁あ、うん。分かったわ﹂
﹁また後で﹂
二人はフラーたちがいきなり来たかは知らないが少し慌てながら
も返事を返してくる。それを確認した私はフラーたちと並んでホー
ルを進んでいった。
各寮塔や教室、天文台、温室、クィディッチ競技場、ふくろう小屋、
中庭、禁じられた森、湖などを直接または見渡せる塔の上から案内し、
暴れ柳や肖像画、隠し階段や通路を含めた面倒くさいホグワーツの仕
288
掛けなどを案内していく。
﹃助かったわ。実はアリスが見つからなかったら他の人に頼もうかと
思っていたのだけど、女性には避けられるし、男性は視線がちょっと
ね﹄
﹃まぁ、フラーたちは同姓から見ても美人だしね。そういった反応は
しょうがないんじゃないかしら﹄
﹃美しさは罪というけれど、まさしくそれを実感しているわ﹄
話しているうちに分かったことだが、フラーは若干自画自賛すると
ころがある。しかも本人は自分の容貌を自覚して言っているのだか
ら凄い。確かにそれに見合った容貌をしていることは事実なのだが。
﹄
﹃ところで、ずっと気になっていたんだけど。アリスの周りに浮いて
いる人形は何なの
ていた。しかし慣れたとはいえ、毎回こういう反応をされるのは少し
私がドールズについて簡単に説明するとフラーたちは非常に驚い
内が終わるまで待っていてくれたのだろうか。
きた。実のところもっと早い段階で聞いてくるかと思ったけれど、案
一通り説明し終わったところで、フラーがドールズについて聞いて
?
疲れる。
フラーに説明したのは、ドールズについて知られてもまったく困ら
ない本当に簡単なものだったため随分と質問されたが、曖昧に答えた
り 禁 則 事 項 の 一 言 で 答 え た り し て か わ し た。そ う し て い る 内 に フ
ラーも深く話せないこちらの事情を察してくれたのか、別れる頃には
質問もされずに済み、お礼と共にボーバトンの馬車へと戻っていっ
た。
﹁さて、ゴブレットは誰が試練に挑むべきかほぼ決定したようじゃな。
代表選手に選ばれた者は前まで来た後に隣の部屋へと向かいなさい。
そこで最初の指示が与えられることじゃろう﹂
ダンブルドア校長が杖を振り大広間の明かりを僅かばかり残して
消し去る。暗闇の中で尤も光を放つのはゴブレットのみとなった。
と、その長い髪を流しながら歩いていく。選ばれなかった他のボーア
トン生の反応は様々で、フラーに拍手を送っている者もいれば顔を伏
289
そして次の瞬間、ゴブレットはこれまで以上に勢いよく燃え盛り、
青白い炎は真っ赤な炎へと変わる。
﹂
全員がその様子を見守っている中、一枚の焦げた羊皮紙が炎の中か
ら吐き出された。羊皮紙はダンブルドア校長の手に収まる。
﹁ダームストラングの代表選手は│││ビクトール・クラム
る。
﹁ボーバトンの代表選手は│││フラー・デラクール
﹂
燃え盛る炎から羊皮紙が吐き出されて、ダンブルドア校長の手に渡
まり返った。
が赤く燃え盛る。すると、先ほどの熱気なんてなかったかのように静
ビクトール・クラムが隣の部屋へと消えていくと、再びゴブレット
るのではと思うほどの音量だった。
クィディッチ・メンバーやカルカロフ校長の声など拡声器を使ってい
その名が出た瞬間、大広間は拍手と歓声に包まれた。特に各寮の
!
再び大広間は拍手と歓声に包まれる。フラーは席から立ち上がる
!
せて泣いている者もいる。
﹁最後じゃ﹂
フラーが隣部屋へいなくなると、ダンブルドア校長はゴブレットに
﹂
手を翳しながらそう言い放つ。同時にゴブレットが燃え盛り、最後の
羊皮紙を吐き出した。
﹁ホグワーツの代表選手は│││セドリック・ディゴリー
さて、これで三人の代表選手が決まった。選ばれな
その名が出た瞬間、大広間にいる全ての視線がハリーへと注がれ
﹁⋮⋮ハリー・ポッター﹂
た。
か数分か。緊張に包まれる中、ダンブルドア校長はついに口を開い
皮紙を無言で手に取り、それをじっと見つめている。時間にして数秒
ダンブルドア校長はゴブレットから新たに吐き出された二枚の羊
﹁⋮⋮﹂
態には驚いているといって信じてくれる人は│││いなさそうだな。
淡々と周りの状況を確認している私だけれど、さすがの私も今の事
ものを見ているように唖然としている。
生、クラウチ氏やバグマン氏、ダンブルドア校長でさえ信じられない
ずのゴブレットが再度燃え盛った。その予想外の出来事に、生徒や先
ダンブルドア校長が締めの言葉を遮るかのように、役目を終えたは
味で彼らに貢献でき│││﹂
とを信じておる。代表選手へ真摯な声援を送ることで、君らは真の意
かった者も含め、全員が代表選手にあらん限りの応援をしてくれるこ
﹁結構、結構
けながら進んでいき、隣部屋へと入っていった。
名前を呼ばれたセドリック・ディゴリーはハッフルパフ生に笑いか
まうほどだった。
鳴らし、手でテーブルを叩いている様は何かのデモか何かと思ってし
ルから今までに負けないほどの拍手と歓声が響き渡った。足を踏み
ダンブルドア校長が言い終える前に、すでにハッフルパフのテーブ
!
た。私もハリーを見るが、当の本人は今まで見たことがないほど混乱
している様子だった。
290
!
だが、何人かの生徒はダンブルドア校長の手に未読の羊皮紙がある
ことを思い出したのか、ハリーからダンブルドア校長へと視線を移し
ている。
恐らく、あの羊皮紙には間違いなくもう一人の代表選手の名前が書
かれているだろうことは誰でも想像できたことだろう。各校から代
表選手は一人だけのはずが│││ハリーの年齢はこの際置いておく
として│││ホグワーツから二人も選ばれてしまったのだ。
ならば、次はボーバトンかダームストラングから二人目の名前が出
てくるのだろう。だが、どちらの名前が出てきても問題となるのは確
実だ。三校のうち二校が二人の代表選手をだして、残る一校は一人だ
けという状況になってしまうのだから。
沈黙と戸惑いに包まれる大広間。ダンブルドア校長はハリーに向
けていた視線を残る羊皮紙に戻して、それを読み上げた。
﹁⋮⋮アリス・マーガトロイド﹂
291
│││││││││はい
?
第一の課題
﹁│││えっ
﹂
いま、ダンブルドア校長は何て言った
と
が私の名前を入れた
誰が
私が代表選手に選ばれた
何のために
?
?
﹂
!
﹂
アリス
あっ⋮⋮パドマ
﹁│││ス。│││リス
﹁│││
?
!
意味ということではないか。大体│││
か。もしそれが通ってしまうなら年齢線なんて処置はまったくの無
というか、他人が他人の名前を入れてそれが適応されるのだろう
?
ないのに何でゴブレットから私の名前が出てくるのだろうか。誰か
にせずに叫びたい。そもそも私はゴブレットに名前を入れてすらい
いやいや、ありえない。そんなのありえて堪るかと恥じも外聞も気
?
?
﹁アリス・マーガトロイド
﹂
が隠せないが、それでも気持ちを落ち着かせようと深呼吸をする。
ついた。大広間中から身体に突き刺さるような視線を受けて戸惑い
うに顔を上げる。そこでようやく自分に注がれる多くの視線に気が
隣でパドマが大声で呼んでいるのにようやく気がつき弾かれるよ
!?
に視線を向けるとサムズアップをした。
に視線を向けた。その視線の意味に気がついたのかアンソニーは私
そう言ってパドマは隣に座るアンソニーにも確認を取るかのよう
﹁うん、気をつけてね⋮⋮大丈夫、私はアリスのこと信じてるわ﹂
﹁はぁ│││それじゃパドマ。いってくるわ﹂
顔は戸惑いや焦りといった感情が見て取れる。
押されながらノロノロと大広間の前へ進んでいるのが見えた。その
私より先に呼ばれたハリーの方を見る。ハーマイオニーに背中を
校長も冷静とはいえないのだろう。
目五人目の代表が自分の学校から選ばれたというのもあって流石の
ダンブルドア校長が声を荒げながら呼んでいる。まぁ、こんな四人
!
292
?
﹁ありがとう、二人とも﹂
大広間の前へと歩を進める。最初に感じた驚きや混乱といったも
のは二人の励ましもあってか随分落ち着いてきた。進むごとに突き
刺さる視線はいまだに気になるが、それも最初ほどではない。
大広間の前へと辿り着きハリーと合流して、他の代表選手が向かっ
た扉に入っていく。扉の先はゆるい螺旋の階段で下へと向かってい
るようだ。階段を下りる途中ハリーの様子を窺ってみるが、先ほどと
﹄
変わらず表情が固まっていた。
﹃あら、アリス。どうしたの
階段先の部屋へと入ると多くの肖像画に描かれた人からの緯線が
集中し、そして先に入っていた代表選手も少し遅れて私とハリーに気
﹄
がついた。その中でフラーだけは話しかけてきてくれたが、他の二人
はなんともいえない表情をしている。
﹃どうしたの、アリス。私達に何か伝言でもあるの
をはじめとする対抗試合の関係者が部屋へと入ってきた。
いよく扉が開かれる音が響く。そして足並みも荒くして校長や教員
私がフラーの言葉を否定しようと口を開く前に、後ろの階段から勢
できれば私もメッセンジャーの役割でここにきたかった。
うだが。
てきましたなんて想像もできないだろうから仕方がないといえばそ
識されているようだ。まぁ、四人目と五人目の代表選手として選ばれ
どうやら、この三人の中では私達は完全にメッセンジャーとして認
づいてくる。
かだと思っているようだ。その言葉を聞き、残る二人もこちらへと近
フラーは私達が代表選手に伝言を伝えにきたメッセンジャーか何
?
まったく驚きだ
諸君驚きたまえ その中で、誰よりも先んじて近寄ってきたのは、バグマン氏だった。
﹁いやいや、これは凄い
選ばれた
四人目と五人目の代表だ
﹂
!
!
!
し出す。バグマン氏の言葉を聞いた三人は目を見開いて私達を見て
293
?
信じがたいことかもしれないが、たったいま新たに二人の代表選手が
!
そう声高に叫んだバグマン氏は私とハリーの背を押して前へと押
!
いた。
﹃どういうことなの
﹄
﹃どういうこと
アリス。この人特有のジョークか何かかしら
アリスもこの子も十七歳ではないわよね﹄
わけでもないのよ﹄
﹃│││私もジョークだと思いたいんだけれど、残念ながらそういう
?
﹁二人とも、炎のゴブレットに名前を入れたのか
﹁﹁いいえ﹂﹂
ハリーと私の否定の声が重なる。
﹂
﹁上級生に頼んで炎のゴブレットに名前を入れたのかね
﹁いいえ﹂
ハリーが再度否定の言葉を言う。
﹂
ドア校長はフラーと入れ替わるようにハリーと私に近づいてきた。
校長と共にダンブルドア校長へと激しく詰め寄っている。ダンブル
シームのところへ向かっていった。マダム・マクシームはカルカロフ
私がそうフラーに言うと、フラーは遅れて入ってきたマダム・マク
とハリーの名前がゴブレットから出てきてしまったのよ﹄
﹃えぇ。フラーの言うとおり何だけれど、その上で入れてもいない私
?
﹂
?
ね﹂
貴方の言葉に私もそこの女生徒と同じ
﹂
もあと二人選手が選ばれるまで選考を行うべきだと私は思いますが
﹁であれば、ホグワーツから選手が三人も選ばれた以上、残る二校から
﹁そうじゃの、カルカロフ⋮⋮ワシの不備じゃ﹂
たい光を宿していた。
寄っていく。口元は笑っているようだが、目は笑ってなどおらずに冷
カルカロフ校長が私の言葉に反応してダンブルドア校長へと詰め
疑問を抱いたのですが、どうなんでしょうかね
﹁なるほど。ダンブルドア
に対して先ほどまで考えていた可能性についての疑問を尋ねる。
ハリー同様否定の言葉を口にして、さらにダンブルドア校長の言葉
ブレットに名前を入れることが出来るということなんですか
﹁いいえ。というより、その言い方だと上級生に頼めば下級生でもゴ
?
?
?
?
294
?
﹁君の言いたいことは分かる。しかし、ゴブレットの炎は先ほど完全
﹂
では今回の試合にホグワーツは三人の選手で挑むと仰るか
に消えてしまった。次の試合が訪れるまで再び火が灯ることはない﹂
﹁ほう
﹂
対し我々は一人の選手で挑まなくてはならないと
﹁そんなのは、とてーも認められませーん
﹂
?
﹂
?
てはいかがでしょうか
私は書いていない以上、そこに書かれてい
﹁│││そこまでお疑いなら、羊皮紙に書かれている筆跡を調べてみ
るに内心はカルカロフ校長と同じようだ。
長に問う。マダム・マクシームも言葉にこそしていないが、表情を見
カルカロフ校長が私達の言葉に対してその真偽をダンブルドア校
ブレットに名前を入れていないとどう証明する
﹁と、本人達は言っておりますが。ダンブルドア、この二人が本当にゴ
﹁私も入れていません﹂
﹁入れてません﹂
ンブルドア校長が話を切り上げて確認してきた。
しばらくカルカロフ校長とマダム・マクシームと話し合っていたダ
いないのじゃな
﹁さて、再度確認するが。二人とも自らゴブレットに名前を入れては
言っていたし望み薄だろう。
来るなら辞退をしたいのだが、ゴブレットによる選考は魔法契約だと
して他は一人だけなどあまりに不公平すぎるだろう。私としては出
る。まぁ、二人の気持ちも理解はできる。開催校から三人の選手に対
カルカロフ校長の言葉にマダム・マクシームも同調して声を荒げ
?
?
それで私達が嘘をついているかどうか
?
ついては後ほど調べさせてもらうがの。それに、自らに真実薬を使え
﹁いや、そこまでする必要はなかろう。無論、羊皮紙に掛かれた筆跡に
私がそう言うと、ダンブルドア校長が真っ先に反応した。
一発で判るはずです﹂
なってはどうでしょうか
でしょう。それでも納得が出来ないようであれば、真実薬をお使いに
ベリタセラム
る筆跡は私のものではないはずです。それはハリーにも言えること
?
295
!
?
﹂
と言う者が隠し事をするはずもなかろう。お二人とも、この件に関し
ては一先ずよろしいか
予定とは違うが、ここに五人の選手が選ばれた では
!
﹃アリス﹄
﹃⋮⋮フラー
﹄
らへ来たため立ち止まっている。
いてきた。一目散に帰ろうとするマダム・マクシームはフラーがこち
私も寮へと戻ろうとして入り口へ向かおうとすると、フラーが近づ
グマン氏が部屋から出て行った。
クラウチ氏が説明を終えるとこの場は解散となり、クラウチ氏とバ
えられる﹂
第一の課題が終了した時点で第二の課題についての情報が選手に与
むに当たって誰からの援助を得ることは許されない。武器は杖だけ。
二十四日に全生徒及び審査員の前で行われる。選手は課題に取り組
は、魔法使いにとって非常に重要な資質であるからだ。課題は十一月
いことは伝えない。なぜなら、未知のものに遭遇したときの勇気と
﹁よろしい。最初の課題は君達の勇気を試すものだ。この場では詳し
バーティ、早速第一の課題について説明をお願いしたい﹂
﹁決定だ
表選手だ﹂
思に関わらず試合で競い合う義務がある。今この瞬間より、二人も代
﹁⋮⋮規則は絶対です。炎のゴブレットに選ばれた以上、本人達の意
﹁では、二人の処遇に関してバーティ、君の判断を仰ぎたい﹂
講義をしても意味がないと思ったのか口を噤んだ。
取ると、納得はしていないと態度で表しながらも、この場でこれ以上
ダンブルドア校長がカルカロフ校長とマダム・マクシームに確認を
?
みましょう﹄
?
選手が選ばれるのは不公平だし、私達は十七歳にすらなっていないの
﹃⋮⋮怒ってないの
あなた達からしたら、ホグワーツから三人の
﹃驚いたけれど、こうなってしまった以上はお互い頑張って試合に挑
ラーは手を差し出してきた。
話しかけてきたフラーになんて言おうか迷っているところに、フ
?
296
!
よ
﹄
﹃確かに最初は怒っていたわ。私達が長い日をかけて選手に選ばれる
努力をしてきたのに、本意にしろ不本意にしろあなた達は学校の名誉
と賞金を得るチャンスが得られているのだから﹄
でもね、とフラーは続け。
﹁わたーし、考えまーした。オグワーツが何人選手をだーしても、わ
たーしがみんなに勝てば問題あーりません。もーともと、わたーしは
優勝するためーにやってきたーのですかーら﹂
最後だけフランス語ではなく英語でそう言い放ったフラーは、今度
こそマダム・マクシームと部屋を出て行った。英語で言ったのは私だ
﹂
けでなく、ハリーや先生達にも自分の考えを伝えたかったからだろう
か。
﹁いいですか
のです﹂
﹁よくぞ言ったぞ、クラム
のだから、相手が何人いようとも関係がない
﹂
そうとも、優勝杯を手にするのはお前な
何人いても関係ありません。ヴぉくの力を一番に示せばそれでいい
るつもりはありません。優勝できるのが一人だけなら、あなたたちが
﹁ヴぉくもあなたたちに言っておきます。ヴぉくもあなたたちに負け
いる。
ろにはカルカロフ校長も立っており、威圧するように見下ろしてきて
たので振り向く。そこにはビクトール・クラムが立っていた。その後
フラーが出て行った先を見ていると、今度は後ろから声を掛けられ
?
からのう﹂
う。せっかく大騒ぎする口実があるのにダメにしてはもったいない
い。他の生徒たちが君達のことを祝いたくて待っていることじゃろ
﹁ほっほっ、青春じゃの。さて、三人とも今日はもう寮へと戻りなさ
ら部屋を出て行った。
はカルカロフ校長の後ろについていき、一度だけ私とハリーを見てか
先ほどまでの不機嫌さもどこかに去っていった。ビクトール・クラム
カルカロフ校長はビクトール・クラムの宣言に感極まっているのか
!
!
297
?
そうして急かされた私達は部屋から出て大広間への階段を登って
いった。
大広間にはもう誰も残っておらず、宙に浮かぶ蝋燭とくり抜きかぼ
ちゃだけが光を放ちながらふわふわと浮かんでいた。
﹁それじゃ﹂
大広間の出口近くにまで来たところで、今まで喋らなかったセド
ミス・マーガトロイドと
リック・ディゴリーが微笑みながら話しかけてきた。
﹁僕とハリーは、またお互いに戦うわけだ
は初めて競い合うことになるかな。よろしくね﹂
﹁そうだね﹂
﹁こちらこそ、よろしく。それと私のことはアリスで構いわ﹂
もし入れたのなら、どう
﹁なら、僕のこともセドリックって呼んでくれ。それで、君達はゴブ
レットに名前を入れてはいないんだよね
やって入れたのかコッソリ教えてもらおうかなと思ったんだけど﹂
﹂
﹁残念だけど、本当に私達は入れてないわ⋮⋮当然のように否定して
きたけれど、ハリーも入れてなはないわよね
さっきから言ってる真実薬って何なの
?
ないだろうからね﹂
﹁⋮⋮ひとついい
﹂
﹁まぁ、もし入れてたら真実薬を使って真偽を確かめたらなんて言わ
﹁うん。僕も本当に入れていない﹂
事の真偽を確認していなかったことを思い出して尋ねる。
さっきからハリーのことも含めて否定してきたけれど、当の本人に
?
出させる魔法薬よ。使用は魔法法律で厳しく制限されているんだけ
﹂
ど、使用した場合たった三滴でどんな相手でも隠していることを洗い
そんなのを使えなんて言ったの
浚い自白させることができるわ﹂
﹁えっ
!?
も隠してるの
﹂
嘘下手だな、というのが今のハリーを見て正直に思った感想だ。
﹁いや、その⋮⋮うん、別に何もないよ﹂
?
298
!
?
﹁真実薬。その名の通り、服用者に一切の嘘を吐かせずに真実を曝け
?
﹁何をそんなに驚いているのよ。それとも、何かバレたら拙いことで
!?
まぁ実際問題、真実薬を使われないで安心しているのは私も同じ
だ。ハリーもそうだが、私にも当然バレたくない秘密というものがあ
る。特にドールズ、ヴワル図書館、パチュリーの三つに関しては最た
るものといってもいい。前々からダンブルドア校長は私のドールズ
のことについて探っていたみたいだし、どさくさに紛れてドールズに
ついて追求してこないとも限らない。
選手として試合にでることが決定してしまっている以上は、名前を
入れたかどうかなんてことの真偽は意味ないだろうし、ダンブルドア
校長は何かとハリーを擁護している節があるので、ハリーも服用する
可能性がある以上はダンブルドア校長が止めるだろう。事実、あのと
きに誰よりも早く反応したのはダンブルドア校長だ。
つまり、ダンブルドア校長はハリーが不用意に危ない状況になる
と、手助けをする可能性が高い。逆に言えば、ハリーさえ巻き込んで
しまえばある程度はダンブルドア校長が擁護してくれるということ
299
でもある。もちろん例外はあるだろうし限度というのもあるだろう
が、ダンブルドア校長がハリーを助けるという傾向にあるのは間違い
ではないだろう。
その後は途中でハリーとセドリックの二人と分かれてレイブンク
ローの寮へと向かっていく。寮の入り口へと到着して談話室への扉
を開くと中から喝采が響いてきた。
予想していた通りに面倒なことになりそうだなと、憂鬱になりなが
ら談話室へと踏み入れていった。
昨 夜、レ イ ブ ン ク ロ ー の 談 話 室 で は 散 々 質 問 攻 め に 合 わ さ れ た。
﹂ということだけではあったが。
散々と言っても聞かれているのは実質﹁どうやって名前をゴブレット
に入れたのか
からフラーに学校の案内をしていたときを除けば、殆どの時間パドマ
いるようで正直ホッとしている。とはいえ、ゴブレットが設置されて
だろう。唯一、パドマとアンソニーだけは私の話を信じていてくれて
聞いていたかは分からないし、聞こえていたところで信じてはいない
聞かれるたびに懇切丁寧に否定していったが、あの騒ぎでどこまで
?
と一緒にいたのでアリバイはあるのだが。夜中にこっそり抜け出し
てという可能性があるので、そのアリバイを盾に他の人を説得するこ
とができないのが悔やまれる。
ハリーも同じ寮生から応援されているようだ。だが、それは同寮の
生徒からだけであって、それ以外の寮からも同じように応援されてい
るわけではない。
まず、一番反応が強いのがハッフルパフの生徒だ。言い方は悪い
が、ハッフルパフは滅多に脚光を浴びるということがなく、今回セド
リックが代表に選ばれて注目を浴びれたというのにグリフィンドー
ルとレイブンクローからも同じように代表が現れたことで、ハッフル
パフが得た栄光のチャンスを横取りされたと思っているのだろう。
次に反応が強いのがスリザリンだ。ホグワーツの四つの寮の内、ス
リザリンだけが代表選手に選ばれなかったのだから、まぁ気持ちは分
かる。当事者たちからしたら傍迷惑以外のなにものでもないのだが、
300
スリザリンにとっては関係がないのだろう。
残るグリフィンドールとレイブンクローについてはハッフルパフ、
スリザリンほど他に対する反感があるわけでもなく純粋に興奮し
あっていた。とはいえ、ハッフルパフやスリザリンからのあからさま
なやっかみについては思うところがあるようで、時たま口論している
のを見かける。
そして月曜日。この日は代表選手の杖を調べるとかで、一同が一つ
の部屋に集められていた。部屋に入るとハリー以外の選手はみんな
集まっており、バグマン氏と記者│││確かリータ・スキーターだっ
たか│││が並べられた椅子に座って話している。
部屋に入った私に気がついたのか、セドリックと話していたフラー
﹄
が軽く手を振ってきた。私も手を軽く振り返しながらフラーへと近
づいていく。
﹃こんにちは、アリス﹄
﹃こんにちは、フラー。お邪魔だったかしら
そうフラーに言いながら傍にいるセドリックを横目で見る。セド
?
リックは私達が話している内容が分からないのか首を傾げているが、
それでも笑みを絶やさないのは流石だと思う。
﹃そんなんじゃないわよ。まぁこの学校で見てきた男の中ではそれな
りだけれど、私の好みではないのよね﹄
フラーの好みか。セドリックは私が知る限りでもかなりの優良物
件だと思うが、それでもフラーのお気に召さないとなると、どういっ
た人がフラーの好みなのか。セドリックがフラーをどう思っている
かは知らないけれど、このことは黙っておこう。
暫くフラーとセドリックと雑談をしていると、先ほどまでバグマン
ほんのちょっとでいいの﹂
ミス・マーガトロイド、少しだけお話の時間
氏と話していたリータ・スキーターが話しかけてきた。
﹁ちょっといいかしら
をいただいてもよろしいかしら
﹁はぁ、いいですけれど﹂
リータ・スキーターの勢いに押されて思わず了承してしまう。私の
返事を聞くや否や、リータ・スキーターはそそくさと部屋の入り口へ
向かい、こちらに手招きをしている。
この短いやり取りで分かってしまった自分が嫌になるが、あれはこ
ちらが了承するまで粘るつもりだったな。最悪、こちらの返答関係な
しに強行してきそうな感じだ。
﹁ごめんなさい。そういう訳だから少し行ってくるわ﹂
﹁あぁ、頑張ってね﹂
﹃気をつけてね。あの女、嫌な感じがするわ﹄
二 人 の 言 葉 を 聞 き 部 屋 の 入 り 口 へ と 向 か う。廊 下 に 出 て 近 く に
あった柱の影に入ると、リータ・スキーターは手提げバッグから羊皮
紙と羽ペンを取り出した。
﹁自動速記羽ペンQQQを使っていいざんしょ こちらのほうが速
く取材ができるしね﹂
﹁珍しいペンを持ってますね﹂
に反比例するように扱いづらいということで製造中止になったもの
かつ精密に動く魔法の羽ペンだ。確か一時期流行したけれど、便利さ
自動速記羽ペンQQQ。持ち主の性格や癖、言動に合わせて素早く
?
301
?
?
私が記者としてデビューした年に運よく見つける
だったはず。いまでは骨董屋でも見つけるのが困難だとか。
﹁そうざんしょ
ことができたの。それ以来私が取材するにあたって必要不可欠な最
高のパートナーなのよ﹂
﹁羨ましいです。私もこの羽ペンのことを知ってから色んなお店を探
しているんですけれど、いまだに見つからないんですよ﹂
嘘ではない。実用品としてはともかく私用として使うならかなり
便利な羽ペンなので、いつかは手に入れたいと思っていた品だ。
﹁そうなの。まぁ今では見つけるのが大変だろうから、根気よく探し
﹂
てみるのがいいざんすわ。さて、それじゃまずは⋮⋮どうして三校対
抗試合に参加しようと決めたのかしら
﹂
?
さそうだ。
﹁後には引けない
それはどういうことざんすか
いが、いまの問答で得られる以上の内容を書いていることは間違いな
うに動いていった。視界に端に映っただけなので細かくは分からな
私がそう言い終える前に、自動速記羽ペンが羊皮紙の上を流れるよ
うか﹂
﹁どうして⋮⋮ですか。あえて言うなら、後には引けないからでしょ
?
﹂
?
次の質問なんだけれど│││﹂
﹁素晴らしい心構えざんすね。私も応援しているざんすわ。それじゃ
せんが﹂
の私が正規の代表選手たち相手にどこまで対抗できるかは分かりま
﹁もちろん、参加する以上は優勝を目指していきます。とはいえ、若輩
かせてもらえるざんすか
﹁あらあら、そうなの。それじゃ、そんな貴女が試合に挑む心構えを聞
まったんです﹂
で。規定年齢に達していないにも関わらず参加することになってし
全に引かれていればよかったんですけど、どうにも穴があったよう
をゴブレットに入れたらしくて。ダンブルドア校長の予防措置が十
﹁私自身は参加するつもりはなかったんですが、他の誰かが私の名前
?
302
?
時間にして五分くらいだろうか。リータ・スキーターの取材を終え
た私は部屋へと戻り思わず溜め息を吐いた。本心と嘘を混ぜて無難
かつ彼女の好みに合いそうな答えを返したつもりだが、果たしてどこ
まで効果があるか。
リータ・スキーターの記事は事実か嘘かは分からないがかなりの酷
評で書かれている。それも大部分の記事がだ。残りの記事は普通の
内容に見えるが、その実不自然なほどに美化され過ぎている。私が思
うに、彼女は内容に関係なく相手のことを中傷したり美化することで
逆に中傷する記事を書く人物だ。つまり、こちらがどんな風に答えて
も、最悪彼女の中で曲解されてあることないこと書かれてしまうこと
が考えられる。これは彼女の取材を受けてしまった時点で回避不可
能だろう。
となれば、私に出来るのは可能な限り私に被害が及ばないように、
彼女の好みに合いそうなことに意識を向けるように答えていくこと。
303
幸いにも、私が対抗試合に参加することになった原因についてはダン
ブ ル ド ア 校 長 の 非 と い う こ と に も で き る の で 利 用 さ せ て も ら っ た。
事実、ダンブルドア校長の引いた年齢線は上級生に頼めば下級生でも
名前を入れられるという穴があり、逆にいえば十七歳以上の人物なら
誰の名前でも勝手に入れられるということになる。年齢線以外にも
ゴブレットに入れた名前が本人かどうか判断する措置を取ったり、教
員の誰かを最低一人でもゴブレットの見張りにしておけば今回のよ
うな事態は防げたはずだ。
つまり、私が対抗試合に参加することになったのは学校側が悪い。
なので、リータ・スキーターの記事の中傷されるであろう矛先を学校
側に向けても悪くはないはず。
リータ・スキーターが学校側の非を無視してまで私のことを書いて
﹄
きたらどうしようもないが。
﹃アリス、大丈夫だった
?
アリス。随分疲れているようだけど﹂
﹃えぇ、多分ね﹄
﹁大丈夫かい
?
﹁なんとかね。セドリックは彼女のことについて何か知ってる
も素晴らしいものじゃ﹂
﹄
﹂
﹂
忠誠と最高の力を発揮する。この杖は今まで手入れをしてきた中で
﹁とてもよいことじゃ。杖は自分の大事にしてくれる主人には最大の
﹁はい。定期的に手入れをしています﹂
りやすい。杖の状態は上々じゃな。手入れはしておるのかね
眠っていた杖じゃ。桃の木にユニコーンの鬣、二十六センチ。軽く振
﹁おぉ、そうじゃとも。この杖のことはいまだに覚えておる。長い間
呼ばれ、部屋の中央に立ちオリバンダーに杖を渡す。
﹁最後に、ミス・マーガトロイド﹂
が終わり最後に私の番となった。
べていく。フラーから始まりセドリック、ビクトール・クラム、ハリー
オリバンダーは部屋の中央に立ち、選手を一人ひとり呼んで杖を調
ダーが行うようだ。
長、マダム・マクシーム、クラウチ氏、バグマン氏の前で、オリバン
杖調べの儀式は五人の審査員、ダンブルドア校長にカルカロフ校
なのだろう。
りダンブルドア校長の評判というのはフラーの国でもかなりのもの
き、口を手で覆っていた。いくら今回のような不備があっても、やは
そうフラーに言うと、フラーは信じられないという風に目を見開
遺物〟って書いてあったかしらね﹄
﹃夏に彼女が書いた記事には、ダンブルドア校長のこと〝時代遅れの
﹃あの人、そんなに酷い記事を書くの
の問答でどんな記事を書いてくるのか﹂
﹁やっぱりそんな感じか。数日後の日刊預言者新聞が楽しみね。私と
いだろうけれど﹂
もかなりでっち上げの内容で。もちろん、それが全部という訳じゃな
﹁あぁ、うん。彼女は中傷的な記事を書くことで有名だからね。それ
リータ・スキーターを指して尋ねる。
少 し 前 に 部 屋 へ と 入 っ て き た ハ リ ー を 引 っ 張 っ て 外 へ 向 か っ た
?
?
304
?
オリバンダーが軽く杖を振ると杖先から桃色の花びらが部屋中に
広がり、再度杖を振るうと花びらは一斉に消えた。
﹁完璧な状態を保っておりますよ。これなら今後も貴女の力を最大限
に引き出してくれるでしょう﹂
その後は選手と審査員の集合写真と、選手個別の写真を撮影して解
散となった。
◆
杖調べの日から幾日かが経った土曜日。
来週の火曜日にはいよいよ第一の課題が行われるということもあ
り、学校中がそれに関する話題で盛り上がっている。第一の課題で何
が行われるか、当日になるまで生徒はもちろん代表選手にも一切知ら
されないので、余計にみんなの想像に拍車を掛けている。
私も考えられる事態に備えて出来る限りの準備はしているが、課題
内容が不明なのでどこまで意味があるかはわからない。日も迫って
いる状況で出来ることといえば、当日に備えてコンディションを整え
ておくぐらいだろう。
また、話は変わるが杖調べの日に行われたリータ・スキーターによ
る代表選手の取材。その記事は取材を行った四日後に発行されたの
だが、それはもう酷いものだった。主にハリーにとって。
実際にハリーの取材現場を見たわけではないので真相は不明だが、
新聞発行後のハリーの様子を見るに相当脚色されて書かれているだ
ろうことは分かった。スリザリン生はそんなハリーの内心を知って
か知らずか、新聞片手にハリーをからかっているのがよく見られた。
スリザリンほどではないにしろ、ハッフルパフでもハリーにちょっか
い出している生徒がいるようだ。
ちなみに、ハリーほどではないが私の記事についても脚色が施され
ていた。脚色といっても私が言った内容を拡大解釈したような誇張
表 現 が 殆 ど だ っ た の で ハ リ ー ほ ど 実 害 は 受 け て い な い の は 幸 い だ。
取材前のご機嫌取りや話の内容が功を成したのだろうか。
305
記事の割合としては全体の八割はハリーについての内容で、一割が
私、残る一割がセドリックとフラーとビクトール・クラムの内容と
なっていた。本来の正規代表選手である三人が申し訳程度に書かれ
ているのに対してイレギュラーの私達の記事が大きく│││ハリー
の記事が目立つので私の記事はそれほど目立っている訳ではないよ
うだ│││取り上げられているのは、生徒たちからしたら気分のいい
ものではないだろう。
そんなこともあり、生徒からの他の選手に対する反応は全体的に好
評といった感じとなっている。フラーとビクトール・クラムの二人に
対しては純粋に応援の声が上がっているし、本来なら正規のホグワー
ツ代表であるセドリックに対しても非難の声など上がらずに応援を
受けている。
そしてハリーに関しては先に言ったようにスリザリンとハッフル
パ フ を 中 心 に 中 傷 の 言 動 が 目 立 っ て い る。グ リ フ ィ ン ド ー ル は ハ
リーの所属寮なので当然非難など上がらず、レイブンクローからも私
のこともあってか非難は出ていない。
私についての他寮の反応は、グリフィンドールはハリーほどではな
いにしろ声援をくれている。ハッフルパフからは隠れて中傷せずと
もいい顔をしていないのが殆どだろうか。スリザリンからは一部の
生徒からはハリー同様に中傷されることもあるが、大部分の生徒はハ
リーを標的にしているようなので、気にするほど被害を被っているわ
けではない。
殆どの生徒がホグズミードへ出払っている中、私は寝室で趣味の人
形作りをしながら過ごしていた。人形作りといってもドールズのよ
うな人形ではなく姿かたちが似ているだけの人形だ。とはいえ、魔法
を書ければ魂を吹き込む以前のドールズ同様に動くことも可能では
あるが。
ドールズは寝室に私しかいないこともあり各々好きなことをして
いる。露西亜は静かに窓の外を眺めており、倫敦と仏蘭西と京は鬼
ごっこをしている。蓬莱は京が鬼ごっこの最中に姿を消して倫敦と
306
仏蘭西を驚かしているのを見て注意していて、残る上海は私の隣で一
冊の本を読んでいる。
日が暮れ始め、階下の談話室が騒がしくなってきた頃。七体目の人
形を作り終えて夕食まで休んでいようと片づけをしているときに、ふ
いに上海が本から目を離さずに話しかけてきた。
﹁ねぇ、アリス。学校の敷地内に誰かが入ってきたよ﹂
そう言う上海の言葉につられて、上海が読んでいた本│││本の虫
│││を覗き込む。すると上海の言うとおり、学校の敷地の境界線に
大勢の人が入ってくるのが書かれていた。集団は禁じられた森沿い
に進んでいき、少し森に入ったところで立ち止まっている。
﹁誰かしらね。ここまで大勢で入っているってことは、侵入者とかで
はなさそうだけど﹂
﹁拡大してみるね﹂
上海が本の虫に書かれている地図を拡大していくと、一人ひとりの
307
名前が確認できるようになってきた。アベル・マクベス、モリス・マッ
ケンジー、ライナス・アトウッド⋮⋮聞いたことのない名前ばかりな
﹂
ので、この集団が一体どういったものなのかは分からない。
﹁ん
で扱いに困るときがあったのだが、今回ばかりは素直に助かったと思
外のことを名前で表したり種族名で表したりとコロコロ変動するの
本の虫に書かれている名前を見て驚愕する。この本の虫は人間以
﹁ちょっと⋮⋮これ全部ドラゴンの種族名じゃない﹂
ウクライナ・アイアンベリー〟の五つの名が書かれている。
ウェーデン・ショート│スナウト〟〝ハンガリー・ホーンテール〟〝
〝ウェールズ・グリーン〟〝チャイニーズ・ファイヤボール〟〝ス
集団に囲まれている黒点は、よく見ると人の名前ではなかった。
集 団 は 五 グ ル ー プ に 分 か れ て 半 円 を 組 む よ う に し て 並 ん で い る。
ことには変わらない。
ロンの家族だろうが、どちらにしても何をやっているのか分からない
チャーリー・ウィーズリー。ウィーズリーという名前から察するに
そんな中、一つだけ見覚えのある名前が目に入った。
?
う。種族名で書かれていなければ、この黒点がドラゴンだなんて想像
もできなかっただろう。
﹁それにしても、この時期にドラゴンが五体やってくるっていうのは
⋮⋮やっぱり、そういうことよね﹂
間違いであって欲しいが、まず間違いなく第一の課題はドラゴンに
関する何かだろう。本物を人数分連れてきている以上、選手一人に一
頭のドラゴンが割り当てられて何かをやらされると考えるのが妥当
か。
﹁さて⋮⋮そうなると、どうしたものかしら﹂
ドラゴンを相手に何をするのかは不明だが、流石に一人でドラゴン
を倒せということはないと思いたい。尤も、過去の競技では死者が出
たということと本来であれば十七歳以上の参加に限定されていたこ
と。このことを考えると絶対にないとは言い切れない。
とはいえ可能性的に低いだろうから、考えられるのはドラゴンから
逃げ続けるか出し抜くか⋮⋮といったところか。可能性としては、こ
の二つが尤も有力だと思う。
﹁となると、どちらにしてもドラゴンの足を止めるか制限する必要が
あるわね。ドラゴン唯一の弱点が目だから〝結膜炎の呪い〟が有効
だといわれているけれど、盛大に暴れるらしいし。逆に危険かしら﹂
その後は、一番隠れるのが得意な蓬莱に本の虫を預けてドラゴンを
見てきてくれるように頼み、蓬莱が戻ってくるまでどうやってドラゴ
ンに対処するか思案していった。
月曜の昼。翌日に試合を控えた私は校庭の木陰で何をするでもな
く座っていた。次の授業まで時間が空いているので、明日に備えて身
体を休めているといったところだ。
ドラゴンの対処については一先ず目処が立った。目処といっても、
やることは単純なのだが運の要素が強いことも確かである。実際に
成功するかは分からないが、蓬莱が教えてくれたドラゴンの体長や特
徴、図書館で調べた各ドラゴンの行動や身体能力を考慮すれば、成功
率は良く見積もって七割といったところか。ドラゴン相手に不十分
308
過ぎるとは思うが、そもそも準備期間が短いのだからこれでも上出来
だろう。
念のため、最初の策が駄目になったときに備えて次策も考えている
が、できれば最初の策でクリアしたいところである。
そんな感じで、内心不安に感じながらも身体だけはベストコンディ
﹂
﹂
ションで挑もうと休んでいたのだが、同じように木陰で休んでいた露
﹂
西亜と京が、人が近づいているのを教えてくれた。
﹁こんにちは、ハリー。元気かしら
近づいていたのはハリーだった。
﹁あぁ、うん。それなりにね。アリスは何をしているの
﹁明日に備えての心身のリフレッシュ﹂
若干茶化して言ったが、まぁ間違ってはいない。
﹁リフレッシュって。アリスは明日の課題が不安じゃないの
﹁そんなわけないわ。これでも不安もあるし緊張もしている。だから
﹂
﹂
こうして、気持ちを落ち着かせているのよ。いざ試合に臨むときに体
調最悪じゃ何もできないでしょ
﹂⋮⋮えっ
?
べた。
﹁ど、どうして知っているの
に﹂
けではなく、マダム・マクシームやカルカロフ校長までもあの近くに
ドと一緒にいるのを確認していたので知ったのだが。しかも二人だ
ハリーの事情については、ドラゴンを確認した夜に蓬莱がハグリッ
くわ﹂
れど課題内容についてはある程度予測がついているとだけ言ってお
﹁それを言ったらハリーもでしょ
まぁ、情報源は教えられないけ
選手には秘密にされているはずなの
ハリーの言葉に先んじて言うと、ハリーは驚きと疑問の表情を浮か
?
いたというのだから、フラーとビクトール・クラムにもドラゴンのこ
とは伝わっているとみていいだろう。
﹂
309
?
?
?
﹁⋮⋮アリス。第一の課題はド﹁ドラゴン
?
?
?
﹁そうなんだ⋮⋮ねぇ、アリスはどうやってドラゴンを出し抜くつも
りなの
?
出し抜くね。こうも確信を持って聞いてくるということは、課題は
や は り ド ラ ゴ ン を 出 し 抜 く と い う こ と で 間 違 い は な い の だ ろ う か。
あの夜、ハリーはハグリッドとドラゴンを確認している。教員のハグ
ハグリッドはハリーに対して非
リッドならドラゴンが課題にどう使用されるかは知っているだろう
から、ハグリッドから聞いたのか
﹂
よ。決して冷静な心を乱しては駄目です﹂
﹁ミス・マーガトロイド。大変だと思いますが、落ち着いていくのです
行われるらしく、校庭を横切って歩いていく。
かっていく。第一の課題は禁じられた森の近くに作られた競技場で
フリットウィック先生に連れられて代表選手が集まる天幕へと向
翌日、ついに第一の課題の日がやってきた。
た。
しの間見ていたが、すぐに視線を戻して脇に置かれた本を手に取っ
に何も言わず城のほうへと歩いていった。そんなハリーの背中を少
ハリーは黙ったまま俯きながら立っていたが、一分ぐらいたった頃
言っておくわ﹂
関わるのも憚れるし。ただ、ハーマイオニーが辛そうに見えるとだけ
﹁深くは聞かないわ。二人の間に何があったのか知らない私が不躾に
くなっていた。
が選ばれた日│││を境にハリーとロンが一緒にいるところを見な
顔から不機嫌な顔へと変わった。最近│││正確にいえば代表選手
話題を変えてハリーに聞くと、ハリーは先ほどまでの不安と緊張の
喧嘩でもしたの
﹁それなら、この話はこれでお終いね。話は変わるけれど、最近ロンと
﹁まぁね﹂
いでしょ﹂
﹁それは秘密よ。というより、私が教えるなんてハリーも思っていな
常に友好的なはずなのでありえなくはないだろう。
?
天幕に辿り着くとフリットウィック先生が足を止めて話しかけて
310
?
きた。
﹁君は私が教えてきた生徒の中でも特に優秀な生徒だ。ですが、そん
な君でも今回ばかりは⋮⋮とにかく、危険だと感じたならすぐに赤い
花火を上げなさい。そうすれば我々がすぐに救助に向かいます﹂
﹁ありがとうございます、先生。安心してください。私だって死にた
くはないですからね。駄目だと思ったらすぐに逃げますよ﹂
フ リ ッ ト ウ ィ ッ ク 先 生 の 忠 告 に 返 し な が ら 天 幕 へ と 入 っ て い く。
中にはハリーを除く三人の選手がすでに集まっており、それぞれが不
安そうな顔をして静かに椅子に座っていた。セドリックは私が入っ
ていたのを見ると少しだけ微笑んでいたが、フラーは私のほうには顔
も向けずに俯いて何かを呟いている。
私も空いている椅子に座り、目を閉じて時間まで気持ちを落ち着か
せていった。
311
手持ちの武器は杖一本のみとされているのでドールズは連れてき
ていない。とはいえ、競技場の近くに隠れながらフル装備で待機させ
てあるので、いざとなれば呼び寄せることも可能だ。ただドールズを
呼び寄せたとしても、それに対して審査員がどう反応するかが判らな
い。杖以外のものを持ち込んだとして罰を受けるのか、試合中に呼び
寄せたものなので黙認されるのか。できるなら、ドールズを呼び寄せ
ることもなく作戦通りに終えることができればいいのだが、課題クリ
アのための目的が分からない以上は用意しておいた作戦自体が潰れ
てしまうことも考えられるので、そうも言っていられないだろう。
しばらくの間天幕に沈黙が流れていたが、バグマン氏とハリーが天
﹂
もう全員集合したな。では、いよいよ第一の課題につい
幕に入ってきたことで破られた。
﹁よーし
て話して聞かせる時がきた
取る。模型の種類は様々だ。そして肝心の課題は│││選び取った
﹁諸君はこの袋にはいっている自分が立ち向かうもの模型を順に選び
さな袋を取り出して選手の前に持ってくる。
バグマン氏は選手をグルリと見渡した後、懐から紫の絹でできた小
!
!
模型のものを出し抜いて金の卵を取ることだ
﹂
恐らく模型は五種のドラゴン。課題はそのドラゴンを出し抜いて
金の卵を取ることか。
バグマン氏が言った課題の内容に一先ず胸を撫で下ろした。勿論
本当に撫で下ろすのではなく、そういう気持ちということだが。
この内容であれば、考えていた作戦が使えるだろう。競技場の地形
の問題もあるが、それはどうにでもなる。とはいえ、作戦が絶対に成
功するとは限らないので油断は禁物だ。
﹁レディーファーストだ﹂
そう言ってバグマン氏はまずフラーに袋を向ける。フラーは恐る
恐る袋に手を入れるが、すぐに手を引っ込めてしまう。だがその手に
はしっかりと小さな模型が摘まれており、バグマン氏に手渡す。
﹁ウェールズ・グリーン普通種、競技は二番手だな。次はミス・マーガ
トロイドだ﹂
差 し 出 さ れ た 袋 に 手 を 入 れ る。袋 の 中 で 模 型 が 動 い て い る の か
中々掴めない。思い切って袋の底まで手を入れて掬い上げるように
模型を取り出した。
掌の乗っているドラゴンはフラーが取ったウェールズ・グリーン普
通種よりも大きく、鈍く光る銀色の鱗をしていた。ドラゴンの首には
⑤と書かれた首輪をつけている。
﹁ウクライナ・アイアンベリー種、競技は五番手だな。よしよし、では
次は│││﹂
その後は、セドリックがスウェーデン・ショート│スナウト種を取
り一番手、ビクトール・クラムがチャイニーズ・ファイヤボール種│
││別名中国火の玉種または獅子龍│││を取り三番手、ハリーがハ
諸君はそれぞれが立ち向かうドラゴンを引き
ンガリー・ホーンテール種を取り四番手という結果となった。
﹁さぁ、これでよし
に向かいたまえ。次のホイッスルが聞こえたら次の選手だ﹂
バ グ マ ン 氏 は 必 要 事 項 を 伝 え る と そ の ま ま 天 幕 の 外 へ │ │ │ ハ
リーを連れて出て行った。他の人はバグマン氏が話を終えたところ
312
!
当てた。ホイッスルが聞こえたら、一番手のディゴリー君から競技場
!
で再び俯いていたので、気がついたのは私だけみたいだ。何故ハリー
が連れ出されたのか考えていたが、一分も経たないうちにハリーは
戻ってきたので思考を中断した。
それから五分ほど経ったとき、天幕の外からホイッスルの音が聞こ
え て き た。そ の 音 に セ ド リ ッ ク は 過 敏 に 反 応 し な が ら も 足 取 り は
しっかりと天幕を出て行く。
セドリックが出て行って程なくすると、観客であろう生徒達の悲鳴
⋮⋮うまい
いけるか
⋮⋮残念、駄目か
﹂
⋮⋮これは危険な賭けに出てきまし
や叫びが聞こえてきた。それに平行してバグマン氏の解説も聞こえ
てくる。
どうなる
!
﹁おぉっと、今のは危なかった
た
!?
!
!
﹁大胆な
﹂
なんと⋮⋮いい度胸を見せます⋮⋮いくか
⋮⋮やった
に座っている。沈黙の中、観客とバグマン氏の声だけが響いている。
天幕には私とハリーだけが残されるが、お互いに会話もなしに静か
うか。
た。クィディッチの国家代表ともなると胆の据わり方も違うのだろ
く。セドリックやフラーと比べると随分落ち着いているように見え
三度目のホイッスルが鳴ると、ビクトール・クラムが天幕を出て行
え、約十分後に大歓声が聞こえた。
暫くの間、先ほどと同じように観客の声とバグマン氏の解説が聞こ
全身を震わせながら天幕を出て行った。
数分後、ホイッスルが響き渡る。フラーは顔を真っ青になりながら
のだろう。
てきた。恐らくセドリックがドラゴンを出し抜いて金の卵を取った
そのまま十五分ほどが経った頃、競技場のほうから大歓声が聞こえ
!?
卵を取りました
!
!
!?
の バ グ マ ン 氏 の 解 説 は 先 の 二 人 よ り い い も の だ っ た し 時 間 も 短 い。
恐らく現在はビクトール・クラムがリードしているのだろう。
少しの間のあと、ホイッスルが響く。ハリーを見るとゆっくりと椅
子から立ち上がって競技場へ向かおうとするが、その足取りは覚束な
313
!
バグマン氏の声と同時、大歓声が響き渡り空気を震わせる。競技中
!
く目の焦点も合ってないように見えた。
﹁ハリー﹂
流石に見かねたので声を掛ける。だが、聞こえていないのか返事を
する余裕がないのか、ハリーは返事をせずにいる。
思わず溜め息を吐きながら立ち上がりハリーに近づいていく。ハ
リーが天幕の出口に着いたところで追いついた私は、ハリーの後ろか
らフラフラと揺れる頭目掛けて振り上げた手を叩きつける。私が近
づいていることに気づいてすらいなかったハリーは避けることも出
なっ⋮⋮なにするんだ
﹂
来ず、手は吸い込まれるようにハリーの後頭部を直撃した。
﹁痛
うわよ
﹂
﹂
壊れた機械は四十五度で叩けば直るって﹂
それに、それは迷信だよ
﹁誰のせいだと思っているのさ
﹂
ハリーの顔を窺う。まだ硬いけれどさっきよりはマシか。
?
そうだった ていうか、アリスが変なことするからだよ
﹁私のせいね。そんなことより、早くいかないと不味いんじゃない
﹁あっ
﹂
﹂
﹁まぁまぁ、落ち着きなさい。これから競技だっていうのに疲れちゃ
!
て。よく言うじゃない
﹁壊れた機械みたいにグシャグシャしてたから治してあげようと思っ
を荒げる。
ようやく私に気がついたのか、ハリーは頭を抑えながら振り向き声
!?
﹁僕はテレビじゃないよ
!? ?
!
てきなさい﹂
そう急かすと、ハリーはまだ何か言いたげだったが何も言わずに天
幕を出て行った。その足取りはさっきとは違いしっかりとしている。
どれくらい効果があるかは分からないけれど、あのままドラゴンの相
手をするよりはマシになっただろう。
ハリーが出て行ったから数分。バグマン氏の解説と観客の声が聞
こえていたが、突然それが聞こえなくなった。卵を取ったというのは
聞こえないので、まだ競技は続いていると思うが何があったのだろう
314
!?
!?
?
!
﹁はいはい、ごめんなさい。文句は後で受け付けるから、さっさといっ
!
か。
少しの時間、ザワザワとした声しか聞こえてこなかったが、突如と
一人だけだ
最 短 時 間
上手くドラゴンを撒いたようです
して割れんばかりの歓声が響いてきた。
﹁戻ってきた
﹂
!
洞窟を出ると、そこは大小の岩が乱雑に置かれた空間だった。円状
く。
メートルほど先にあるのでそれほど暗くはなく、ゆっくりと進んでい
簡易的に作られた道を進み、洞窟のような穴へ入る。出口が二十
分の番になると流石に緊張が強くなる。
いよいよ私の番だ。天幕を出て競技場へと向かっていくが、いざ自
えた。
そんな風にハリーの競技について考えているとホイッスルが聞こ
卵を取れるかもしれない。
追求している様子はなかった。ならば、考えていたよりも幾分か楽に
ことだ。聞こえてきた解説を聞いていてもバグマン氏が箒について
たということは、競技中に外からものを取り寄せることも有りという
それに判ったことがもう一つ。ハリーが箒を取り寄せて卵を取っ
られるだろう。
たはず。確かにあれならドラゴンとも空中デットヒートを繰り広げ
で箒を取り寄せたのだろう。ハリーの持つ箒はファイアボルトだっ
シーカー│││だったことを思い出す。恐らく、呼び寄せ呪文か何か
ば、ハリーはクィディッチ選手│││それも速さと飛行技術が売りの
ハリーの行動について考えていたところで思い出した。そういえ
けるほどに│││あぁ﹂
﹁でも、どうやって競技場から離れたのかしら。それもドラゴンを撒
から競技場に戻り卵を取ったということ。
やらハリーは一旦会場を離れて、それを追ってきたドラゴンを撒いて
バグマン氏の叫ぶ声が響く。その声を拾って分かったことは、どう
で卵を取りました
も う 阻 む も の は な に も な い。そ し て ⋮⋮ 取 っ た ぁ ぁ
!
に囲むように観客席が設けられており、高さは十メートル以上ある。
315
!
!
!
足場はゆるく斜面になっていて、全体を見渡すとお皿のようになって
いる。
歓声に包まれながらも、その声は一切無視して競技場の中央を見つ
める。というより、耳を傾けている余裕もなければ中央に佇むドラゴ
ンから目を外すこともできない。
鈍い銀色の鱗に覆われた身体は、全長十五メートル近くはあるだろ
ー人形たちよ、来い
﹂
うか。暗赤色の目を光らせながら威嚇するように唸り声を上げて周
囲を見渡している。
﹁アクシオ、ドールズ
﹁ギュデート・イトゥムプパ
│踊れ、石人形
﹂
│││ちょっかいをかけてくる相手にはその限りではないが。
要以上に近づかなければ自ら襲ってくることはない。
推測する。この時期の雌ドラゴンは確かに凶暴だが、卵があるので必
ているということと、体長の大きさから考えて営巣中の雌ドラゴンと
える卵は複数あり、その中の一つに金の卵があるのだろう。卵を護っ
最低限の準備が出来たので改めてドラゴンを観察する。時たま見
てと遮音呪文と消臭呪文も掛けておく。
るが、これも難癖を付けられないようにするためだ。さらに念を入れ
見えなくする。ドールズなら自前で目くらまし術を使うことも出来
指示を終えると、上海と蓬莱、露西亜に目くらまし術を掛けて姿を
に上がってドラゴンの動きを見ていて頂戴﹂
あったら卵を取りにいきなさい。細心の注意を払ってね。上海は上
﹁蓬 莱 と 露 西 亜 は 姿 を 消 し て 待 機。ド ラ ゴ ン が 卵 か ら 離 れ て 合 図 が
西亜の三体だけである。
ドールズといっても全員ではなく、一番成熟している上海、蓬莱、露
ドールズは一分も経たないうちに観客席を飛び越えてやってきた。
ないようにするためでだ。
呼び出すのは、武器は杖一本だけということを考えて難癖を付けられ
場外に待機させていたドールズを呼び寄せ呪文で呼び出す。魔法で
ドラゴンは威嚇しながらも中央に留まっているので、その隙に競技
!
!
まずはドラゴンを卵から引き離す。卵の傍にいる状態で結膜炎の
!
316
!
呪いを掛けても無意味に暴れるだけだし、卵が壊されでもしたら目も
当てられない。
杖を向けた先にある岩を簡易的な石人形に変身させていく。石人
形は成人男性ほどの身長があり、それらを複数作成。ある程度作り終
えたら一斉にドラゴンへとけしかけていく。
ドラゴンが石人形の相手をしているのを離れて観察しながら次々
と石人形を作り出していく。石人形は近づく傍から長い爪や牙、尻尾
によって引き裂かれて砕かれていくものの、最初の時点で多くの石人
形を作ったので、破壊より作成の方が上回っており上手い具合に撹乱
できている。
身体に石人形が這い登ってきた頃、ドラゴンは大きく口を広げて息
﹂
を深く吸い込み始めた。
﹁
咄嗟に近くにある大きな岩の陰へと身を隠す。その瞬間、岩の反対
﹂
側に炎が襲い掛かり、裏側にいるにも関わらず岩から伝わる熱と炎の
│耐熱せよ
余波が襲い掛かってきた。
﹁アエスチーユス
!
﹂
!
掛かっている。
﹁ギュデート・イトゥムプパ
│踊れ、石人形
はないのか、ドラゴンは炎を吐くのを止めて石人形を爪や牙で壊しに
にダメージを与えられてはいない。それでも鬱陶しいことに変わり
当然、ドラゴンの鱗に対してそんな攻撃が通用するはずもなく一向
いるだけなのだが。
へと攻撃を仕掛けていく。攻撃といっても拳でひたすら殴り続けて
だがその間にも、ドラゴンの側面や背後に回った石人形がドラゴン
炎を吐いているようだ。炎に煽られた石人形は黒ずみ崩れていく。
ら、ドラゴンは首を僅かに動かして私と正面にいる石人形に向かって
右目を閉じて、宙に浮いている上海の視界を通して確認する。どうや
身体に耐熱呪文を掛けて迫る炎の熱に耐える。ドラゴンの様子は
!
されてしまったが石人形はまだまだ沢山いるし、岩もごろごろ転がっ
炎が止んだので、再び石人形を作り出していく。随分ドラゴンに壊
!
317
!?
ているので次々と作り出してはドラゴンへとけしかける。
﹁│││ようやく、来たわね﹂
・・・・
ドラゴンは一際大きく咆哮すると、石人形がやってくる元│││つ
まり私│││に向かって予想通り突進してきた。まぁ、効かない攻撃
をチマチマと続けられていれば誰だって苛立つし、元凶を潰してやろ
うと考えるだろう。私だってそう思うし、ドラゴンとて例外ではない
はずだ。
石人形を作る手を止めて杖先を慎重にドラゴンへと向ける。ドラ
│炎症せよ
﹂
ゴンは進行方向にある石人形を容易く踏み潰しながら咆哮を上げて
近づいてくる。
﹁インファルア・メティオム
一瞬だけ杖先を発光させる。蓬莱と露西亜への合図だ。
﹁ルーモス ノックス │光よ │闇よ﹂
く暴れもがいている。
そしてドラゴンは唯一の弱点ともいえる目を攻撃されたことで激し
かってきて、呪文は吸い込まれるようにドラゴンの左目に当たった。
つ。頭 に 血 が 上 っ て い る だ ろ う ド ラ ゴ ン は 避 け る こ と も せ ず に 向
真っ直ぐに近づいてくるドラゴンの目を狙って結膜炎の呪いを放
!
│肥大せよ
﹂
後は蓬莱と露西亜が卵を確保するまでドラゴンの足止めに専念す
る。
﹁エンゴージオ
!
│鎖になれ﹂
なった石人形はドラゴンへと殺到して身体中に纏わりついていく。
﹁エムイベート
そのうちの一体、ドラゴンの首にしがみついている石人形を鎖へと
変身させる。ドラゴンの首に巻かれるように変わった鎖の端を、背中
に乗っている石人形に持たせることで手綱のようにする。同じよう
に手足と翼、尻尾に纏わりついている石人形を鎖へと変えて、それぞ
れを残った石人形に持たせる。
ここまでくれば、そうそう抜け出すことは出来ないだろう。成人男
性の倍ほどある石人形に身体中を鎖で拘束されている上に、結膜炎の
318
!
壊されていない石人形に肥大呪文をかけて大きくする。倍ほどと
!
!
呪いによって激痛が襲う。もし痛みが引いてきても、拘束を解く前に
残る右目へと結膜炎の呪いを掛けるには十分間に合う。加えて、効果
は薄いだろうが失神呪文を掛ければさらに動きは鈍るだろう。
ドラゴンの様子を見ながらも、蓬莱へと意識を向ける。目くらまし
術や消音呪文を掛けているため、繋がりを通じて意識を向けないとど
こにいるのか私にもわからない。
どうやら、蓬莱たちはドラゴンとは逆方向に大回りしながら近づい
てきているようだ。距離もあと二十メートルもない。ドラゴンをギ
リギリ視界の端に置きながら、蓬莱たちがいるであろう場所を見る。
すると、岩に隠れるようにフヨフヨと金の卵が浮かびながらも少しず
つ近づいてきていた。
杖を振って蓬莱と露西亜、降りてきた上海にかけた呪文を解除し
て、蓬莱と露西亜から金の卵を受け取った。
巧みにドラゴンを撹乱し
同時に、周りの音が鼓膜を伝い頭の中を響かせる。
﹂
﹁やりました ミス・マーガトロイド
て見事卵を手に入れました
じった爆音が鼓膜を震わせるのを感じながら、身体に力を入れて競技
場の出口へと向かっていく。正直、身体の疲労がとてつもなくキツ
イ。精神的な疲労が特にやばい。周囲の音が聞こえないほどドラゴ
ンの動きに集中した上に魔法の多用。出来ることならば今ここで大
の字に寝てしまいたいが、そんなことは出来ようはずもないので気合
を入れて足を動かす。
あれだけの魔法を
出口まで辿り着くと、フリットウィック先生とパドマ、アンソニー、
何故がルーナに出迎えられた。
﹁素晴らしかったですぞ、ミス・マーガトロイド
!
マクゴナガル先生も貴
﹂
巧みに使いこなすとは本当に素晴らしい
﹂
女の変身術の腕に感心しておりましたぞ
凄かったわ、アリス
!
うそういないよ
﹂
﹁あんなにドラゴンを手玉に取るなんて、プロのドラゴン使いでもそ
﹁本当
!
!
319
!
バグマン氏の叫ぶ声と、それに負けないほどの観客の声。入り混
!
!
!
!
三人の次から次へと出てくる褒め言葉は嬉しいが、出来ればいまは
静かにさせてほしい。
﹁先生、二人も。アリスは疲れてると思うから静かにさせてあげよう﹂
私の心でも読んだのか、これ以上ないタイミングでルーナが三人を
落ち着かせて話を中断させてくれた。相変わらず人の内心を察する
のが上手い子である。
フリットウィック先生は教員席の方へと戻り、ルーナも観客席へと
戻っていった。パドマとアンソニーはふらつく私が心配だったのか、
救急テントまで付き添ってくれることになった。
救急テントではセドリックがベッドの上で休んでおり、どうやら寝
ているようだ。テントに入ると同時にマダム・ポンフリーが駆け足で
近づいてきて、私を椅子に座らせた後身体中を診察していく。
﹁ふぅ、怪我はなさそうですね。極度の精神疲労でしょう。これを飲
んでいきなさい﹂
たように静まり返る。
皆が皆、審査員席にいる審査員の方を見つめていた。
最初にマダム・マクシームが杖を宙に掲げる。その杖先から銀色の
320
そう言って、濁った緑色の薬を手渡される。マダム・ポンフリーが
言うには疲労回復を促進する薬ということだが、色といい匂いといい
飲む者の根性が試されそうな代物だ。
少しの間休んで、三人で再び競技場へと向かう。その間に、二人か
ら他の選手がどのように卵を取ったかを聞いていく。
幾分か体調が戻り闘技場へ向かうと、ちょうど審査員が点数を発表
するところだった。
﹁点 数 は 審 査 員 が そ れ ぞ れ 十 点 満 点 で 採 点 す る の よ。今 の 一 位 は ハ
リーとクラムが四十点の同点ね﹂
﹁正直、誰もがハリーがクラムを抜いて一位だと思っていたんだけれ
﹂
ど、カルカロフ校長が露骨に贔屓したせいで同点になったんだ﹂
始まるぞ﹂
﹁でも、今回はアリスが一番に違いないわ
﹁しっ
!
アンソニーがパドマを静かにさせると同時、競技場全体も水を打っ
!
リボンのようなものが噴出して形作っていき、〝9〟を描いた。
続いて、クラウチ氏が杖を掲げる。杖先から黄色い光が噴出し〝9
〟を描く。
ダンブルドア校長は赤い光の帯を出して〝10〟を描いた。
バグマン氏はクラウチ氏と同じ黄色の光を噴出させて〝10〟を
描く。
残るカルカロフ校長の杖先に競技場中の人間の視線が集まるのが
わかった。カルカロフ校長は自分に集まる視線など気にしていない
﹂
あの人、ハリーに続いてアリスにまでこんなこと
かのような平然とした動きで杖から灰色の光を噴出させて、〝4〟の
数字を描いた。
﹂
﹁四点ですって
するなんて
﹃アリス、無事でよかったわ
﹄
いく。天幕内には他の代表選手が全員集まっていた。
その後、バグマン氏が呼んでいるというのを聞いて天幕へと戻って
あったもののこれ以上何かを言うということはなかった。
当事者の私が気にしないよう言ったのもあってか、二人は不満顔で
るものでもない。
ら二の次だ。得点が高いに越したことはないが、安全と引き換えにす
うものなので、言ってしまえば得点なんてものは自身の安全と比べた
私の元々の目標がルールに抵触しない範囲で安全にクリアするとい
本当は少しばかり不満はあるが、それは表に出さないようにする。
﹁いいわよ、二人とも。一位には変わりないんだから﹂
が上がるが、カルカロフ校長は目を閉じて少しも反応していない。
パドマやアンソニーだけではなく、観客席のあちこちから不満の声
﹁クラムには十点をやったのに、アリスが四点っておかしいだろ
!?
ないか
﹂
﹁凄かったよ、アリス。なんていうか、僕よりも魔法の腕は上なんじゃ
﹃フラーもね、無事で何よりだわ﹄
!
クの方が断然上だと思うわ﹂
321
!
!
﹁得意分野で攻めたら上手くいっただけよ。総合的な腕ならセドリッ
?
﹁全員、よくやった
﹂
では、解散
﹂
か、必要な準備は何かを教えてくれる
丈夫か
何か質問はあるかな
大
?
いていった。途中、ハリーがリータ・スキーターに絡まれているのを
天幕を出てパドマたちと合流したあとは、城へ向かって一直線に歩
!
!
の中にあるヒントを解き明かすんだ。それが第二の課題が何である
だ。よく見てもらうと開くようになっているのがわかると思う。そ
前九時半だ。そして、第二の課題のヒントは君達が獲得した金の卵
な休みが与えられる。第二の課題が行われるのは二月二十四日の午
﹁さて、では手短に話してしまおうか。第二の課題まで君達には十分
足取りで天幕へと入ってきた。
フラーとセドリックと話してしていると、バグマン氏が弾むような
!
見つけたが、気にすることでもないと思い見なかったことにした。
322
?
ダンスパーティー ⇒ 第二の課題
第一の課題をクリアしたあと、レイブンクローの談話室では盛大な
パーティーが行われた。どこから持ってきたのか大量の料理と飲み
物が用意されていたそれは、ハロウィンパーティーや学年度末パー
ティーにも負けてはいないほどだった。
後から聞いた話によれば、グリフィンドールとハッフルパフでも同
様のパーティーが開かれていたようで、料理や飲み物もジョージとフ
レッドの伝手で手に入れたのだとか。
パーティーの目的が対抗試合第一の課題突破を祝ってのものだっ
たので、必然的に私がパーティーの主役となった。多くの生徒から賞
賛の言葉が送られて、同時に同じだけ質問攻めにもあった。日を跨ぐ
時間が近づいても熱気は収まらず逆に増しているようでもあり、普段
のレイブンクロー生からは想像できないくらいのテンションだった。
そんな中、一人の生徒が金の卵の中身を見てみたいと言い出し、そ
の言葉に他の生徒も同調して場は一気に卵公開ショーへと成り代
わった。その雰囲気に断れるはずもなく、その理由もないことから卵
の蝶番を開けた。
│││瞬間、ガラスか黒板を鋭い爪で掻き毟った騒音を何倍にもし
たかのような、甲高く鋭い音が談話室中に響き渡る。
その耐え難い音に生徒達は溜まらず耳を押さえて蹲った。無論、私
もそのうちの一人である。騒音によって一気にテンションが普段値
まで下がったのか、パーティーはそこでお開きとなった。
◆
十二月に入り、ホグワーツは一面真っ白の雪で覆われている。とは
いえ、雪が降る勢いは緩やかで過ごしやすい日々が続いている。
第二の課題が行われるのは二月二十四日。それまでに代表選手は
第一の課題で手に入れた金の卵に隠されたヒントを入手しなければ
いけない│││のだが。
323
﹁⋮⋮どうしようかしら﹂
初めて金の卵を開けた日から毎日のように卵を調べているものの、
未だに成果が得られないでいる。第二の課題がどんなものにしろ、準
備諸々も含めて最低でも一ヶ月は時間が欲しいところなのだが。
だが調べるというものの、開かなければ目立つ特徴のない玉、開け
ば騒音を奏でる音爆弾となる金の卵に対して既にお手上げといった
﹂
感じである。何度か遮音呪文を掛けて調べてみたが、音が聞こえなく
なっただけで得るものはなかった。
﹁ねぇ、アリス。アリスは誰とダンスパーティーにいくの
パドマが昼食時の大広間でそのようなことを聞いてきた。という
のも、午前中に行われたマクゴナガル先生による特別授業が原因であ
ることは明白な訳であるが。
マクゴナガル先生によれば、十二月二十五日のクリスマスの夜にダ
ンスパーティーを行うのが三大魔法学校対抗試合の伝統なのだとか。
夏休みに送られてきた学用品のリストに書かれたドレスローブをい
つ使うのかと思っていたが、この話を聞いた瞬間に理解した。
﹁さぁ⋮⋮分からないわ。特別気になっている相手もいないしね﹂
とは言うものの、当日までには誰かしら相手を見つけておかなけれ
ばならない。これまた伝統とやらで、代表選手とそのパートナーは
パーティーの最初に踊るらしいのだ。故に相手がいませんでは冗談
にもならず、必ずパートナーを連れてきなさいと念を押されてしまっ
た。
﹁パドマはアンソニーと踊るのよね﹂
﹁えぇ。授業が終わったあと、アンソニーに正式に申し込まれたわ﹂
﹂
!
について答える。
﹁全然。開けば騒音、閉じれば何もなし。ちっとも進んでいないわ﹂
324
?
そ れ よ り 卵 の 方 は ど う
﹁へぇ、脇目も振らずに申し込むなんてやるじゃない﹂
何か進展はあった
﹁ま っ、ま ぁ そ の 話 は 一 旦 置 い と い て さ
なったんだい
?
アンソニーのあからさまな話題転換に笑いながらも、振られた問題
?
﹁大丈夫なの
アリス﹂
﹁⋮⋮このままでは問題ね﹂
﹁やっぱり、僕達も手伝おうか
﹂
﹁ありがとう、アンソニー。でも、もう暫く一人で調べてみるわ⋮⋮で
も、そうね。今年中に卵の謎が解明できなかったら、二人にも協力し
てもらうかもしれないから、その時はよろしくね﹂
それからは、時間が空けば図書館に篭って本を漁る日々を過ごして
いる。そして調べていく内に一つだけ思いついたことがあった。
卵を開くと響き渡る騒音。最初は卵の謎を解くための妨害手段と
して発せられるものだと考えていたのだが、あの騒音こそがヒントな
のではないかという可能性だ。騒音自体はカモフラージュであり、そ
の音の中からヒント足りえる何かを拾い上げる。例えるなら、無数の
乱雑に並べられた言葉の羅列から正しい言葉を抜き出して答えを得
る。この卵もそういったものではないのだろうか。
そう考えて本を漁っているのだが、卵の謎を解明できそうなものは
見 つ け ら れ ず に い る。〝 苦 行 の 暗 号 と 解 読 〟 〝 不 叫 〟 〝 音 解 〟 と
いった暗号と音に関する本を中心に調べていたが気になるような記
でも、あの音が無関係
述はなく、残った本は当たればラッキーといった程度で選んだものし
かない。
﹁はぁ⋮⋮駄目ね。着眼点が違うのかしら
とも思えないけど⋮⋮﹂
これは本格的に自分からパートナーを見つける必要がありそうだ。
﹁受け身の姿勢がいけないのかしらね﹂
私でもショックを受ける。
だが、未だに誘いの声を掛けてきた者はゼロ。ここまでくると流石の
正直、余程嫌な相手でもない限り誘われたら応じるつもりだったの
に決まっていないのも焦りの原因だ。
た。卵のこともそうだがダンスパーティーで一緒に踊る相手が未だ
ダンスパーティーの一週間前にまで迫り、そろそろ焦りが出てき
?
325
?
?
卵の問題が片付いてはいないが、まずは目先の問題を解決するほうが
重要である。
とは言うものの、もうダンスパーティー一週間前。殆どの生徒は既
に パ ー ト ナ ー を 見 つ け て い る 時 期 だ ろ う。こ こ に き て 未 だ パ ー ト
ナーのいない者となると、誘いたい人がいるのに誘えていないか、な
にか原因があってパートナーがいないか、下級生のどれかではなかろ
うか。
﹁パドマに相談してみましょうか﹂
他寮にも友好の幅が広いパドマなら誰かしらいい人を知っている
かもしれない。そんな淡い期待を持って本を片付けたあと、夕食のた
めに大広間へと向かう。
長い時間図書室にいたため時間も遅く、夕食の時間も終わりに近づ
いていたので駆け足で廊下を進んでいく。階段を下りて玄関ホール
あれは⋮⋮ネビル
﹂
へとついた頃には夕食の時間終了の三十分前となっていた。
﹁ん
た顔で見ている。
﹁こんばんは、ネビル。こんな時間までどうしたの
風邪でもひいているの
﹂
﹂
?
しまわないと時間がなくなってしまう。
これ以上気にすることでもないだろう。それに、早く夕食を済ませて
やっぱり挙動不審ね。まぁ、本人が大丈夫と言っているのだし私が
﹁そう、ならいいけれど﹂
いつも通り健康だよ﹂
﹁そ、そうなんだ。あっ、ううん、大丈夫。風邪じゃないから。身体は
それより、ネビル大丈夫
﹁えぇ、ちょっと図書館で調べ事をしていたら遅くなってしまってね。
うしたのだろうか。
なり流している。目もキョロキョロと忙しなく動いているし、一体ど
何やら、ネビルがいつも以上に挙動不審だ。顔は真っ赤だし汗もか
?
?
﹁こ、こんばんは。ア、アリスも遅いね。これから夕食
﹂
立っていた。近づく私にネビルも気がついたのか、何故かやたら驚い
大広間の入り口へ近づいていくと、扉の壁に隠れるようにネビルが
?
?
326
?
﹁時間も押しているし行くわね。それじゃ、ネビル。念のため、マダ
ム・ポンフリーのところに行ったほうがいいわよ﹂
﹁あっ⋮⋮うん。それじゃ⋮⋮﹂
ネビルと分かれて大広間へと入りテーブルに着く。大広間には私
の他に四人しかおらず、いつもは騒がしい大広間は静寂に包まれてい
た。
十五分ほどで夕食を終えて席を離れる。私が食べている間に他の
生徒は出て行ったので、残っているのは私一人だ。
ダンスパーティーのパートナーをどうするか悩みながら大広間を
﹂
出ると、扉の横に人影を見つけて思わず視線を向ける。
﹁ネビル
そこには先ほど別れたはずのネビルが立っていた。
﹁ア、アリス⋮⋮あ∼、その⋮⋮こんばんは﹂
﹁⋮⋮こんばんは﹂
一体何がしたいのだろうか。ネビルの目的が分からず、思わず首を
傾げる。ネビルはネビルで、頭を手で抱えながらブツブツと何かを呟
いている。言っては何だが、正直不気味だ。
﹂
﹂
﹁すぅ⋮⋮はぁ⋮⋮ア、アリス。その⋮⋮一つ、聞きたいんだけれど、
いいかな
﹁えぇ、構わないけれど
自信なさげな顔を引き締めてゆっくりと口を開いた。
﹁アリスはさ⋮⋮その、パートナーは、もう見つかった
?
だけどね﹂
﹁いいえ、まだよ。そろそろ誰か見つけないと不味いと思っているん
パーティーの﹂
⋮⋮ダンス
そう返すと、ネビルは意を決したとでもいうのだろうか。いつもの
?
何か言った
﹂
﹁そ、そうなんだ。そうなんだ⋮⋮よかった﹂
﹁ん
?
327
?
?
最後の方の言葉が聞き取れずに、思わず聞き返してしまう。
?
﹁ううん
何でもない
何でもないよ
﹂
!
﹁うぇ
﹂
﹂
﹁喜んで。よろしくね、ネビル﹂
手を握り返す。
私はネビルの顔を見ながらゆっくりと手を伸ばして、差し出された
顔に浮かぶ感情は不安や恐怖といったものか。
ネビルは壊れたブリキ人形のようにゆっくりと顔を上げる。その
﹁ネビル、顔を上げて﹂
反響している。
ない玄関ホールにネビルの最後の言葉は大きく響き渡り、今も僅かに
そう言い切ったネビルは頭を下げながら手を出してきた。誰もい
ティーで踊ってください
﹁ぼ⋮⋮僕と、ダンス、パーティーで⋮⋮お、おど⋮⋮僕とダンスパー
ら、余計な口を挟まずに、ネビルが言葉にするまでは何も言わない。
流石に、ここまでくればネビルが何を言いたいのかは分かる。だか
繰り返しているのを、私は黙って見ている。
そこでネビルは口を閉じてしまう。何度か口を開いては閉じてを
んだけど⋮⋮﹂
﹁すぅ⋮⋮はぁ⋮⋮そ、その。もし⋮⋮もし、アリスさえよければ、な
ネビルは手をバタバタと振って何でもないを繰り返している。
!
!
分の奇声を自覚したのか、慌てて取り繕っている。尤も、それが成功
しているかは別問題であるが。
あと、そこの肖像画の中で微笑みながら静かに拍手している男はど
こかへ行きなさい。
◆
一週間という時間はあっという間で、ダンスパーティー当日となっ
た。
今まではクリスマスの日となると殆どの生徒が実家へ帰省してホ
328
!
ネビルが妙な奇声を上げたので、思わず笑ってしまう。ネビルも自
!?
グワーツに残るのはほんの僅かになるらしいが、今年は一大イベント
があるということもあってか逆に殆どの生徒が残っているようであ
る。
朝から夕方にかけては特にやることもなく、寒いので外に出る気も
なかった私は談話室の暖炉前に陣取って読書をしていた。卵の謎は
相変わらず解けていないが、休むことも大事だと思い今日だけは手を
つけてはいない。
ちなみに、クリスマス・プレゼントは五人から貰った。パドマとア
ンソニー、ハーマイオニーにルーナの四人に加えて、パチュリーから
という予想外の人物からだ。四人については去年も貰っていたし私
もプレゼントを贈っていたから分かるが、世界のどこかで旅している
パチュリーからプレゼントが届くとは思ってもいなかった。
送 り 主 が あ の パ チ ュ リ ー な の で 恐 る 恐 る プ レ ゼ ン ト を 紐 解 い て
いったが、中身は至って普通のものだった。いや、希少価値からした
着ているのはいつもの制服とローブではなく、この夏に作ったドレス
ローブだ。
僅かに光沢のある群青の生地をメインとしたドレスに同色のロン
ググローブ。派手過ぎない程度にフリルで飾られているそれは、我な
がら満足の出来栄えだ。肩の部分は大きく開かれており大胆に露出
329
ら結構なものではあるのだが。
パチュリーから贈られたのは一本の羽根ペン。それもただの羽根
ペンではなく、インクに浸さないでも書くことができ、羽根の部分で
書いたところを掃うと消しゴムで消したみたいにインクが消えると
いったものだ。この羽根ペンを使えばレポートや物書きをする際に
書き間違えたとしても、最初から書き直す必要がなくなるという実用
性に優れたものなので、かなりありがたい。来年のクリスマスにはこ
﹂
ちらからも何かプレゼントを贈るつもりでいるが、それがパチュリー
準備できたかしら
に届くかは不明だ。
﹁アリス∼
?
カーテン越しにパドマの声を聞きながら姿見で身嗜みを確かめる。
?
しているが、パーティー用ならばこのくらいでも問題はないだろう。
ドレスやフリル、ロンググローブは金糸で僅かながらに彩っている。
それは光を浴びると、生地の色と相まって夜空に輝く無数の星を思わ
せるようになっている。
また、装飾品としてラピスラズリの石がついたイヤリングとネック
レスを身につけている。このラピスラズリはダイアゴン横丁の宝石
店で購入した天然物の原石を魔法で加工したものだ。小さいながら
も高品質のラピスラズリは相応に値も張ったが、貯蓄を大きく響かせ
るほどではなかったというのと、滅多にない機会ということで思い
切って購入した。加工し辛い石であるが、そこは魔法を使うことでマ
グルの職人顔負けの精度で加工することができた。こういうところ
では魔法は本当に便利だと思う。
最後にいつも着けているヘアバンドを外して、髪を櫛で梳いて準備
は終わり。姿見でおかしなところがないかを一回転して確認する。
330
﹁よし。ごめんなさい、パドマ。今行くわ﹂
﹁も∼、アリスってば遅いわよ⋮⋮﹂
壁に掛けられた鏡を見ていたパドマが振り向いて私を見ると、言葉
が尻すぼみとなっていった。パドマの姿は明るいトルコ石色のドレ
スに長い黒髪を三つ編みにして金糸を編みこんでいる。両手首には
金のブレスレットが輝いている。
﹁よく似合っているわよ、パドマ。とても可愛いわ﹂
﹁│││そんなことないわ。アリスの方が綺麗よ。本当、贔屓目無し
でそう思うわ﹂
﹁そう言われると照れるわね。でも、ありがとう。さ、パドマのお相手
も待っているだろうし早く行きましょう﹂
そう言って、パドマと一緒に談話室へと向かう。階段を下りて談話
室へ入ると、ドレスローブを着た生徒で溢れかえっていた。アンソ
﹂
ニーは階段のすぐ横で待っていたらしく、談話室へ下りてすぐに合流
できた。
﹁ごめん、アンソニー。待ったかしら
﹁いや、僕も今来たところだよ﹂
?
パドマに軽く手を振って答えたアンソニーはパドマを見て、次に私
を見てから再度パドマへと視線を戻す。
﹁似合っているよ、パドマ。とても綺麗だ。それにアリスも、凄く似
合っているよ﹂
最初にパドマを褒めてから私を褒める。褒め言葉も、パドマに二つ
と 私 に 一 つ と い う 采 配。流 石 は レ イ ブ ン ク ロ ー 同 期 で の 優 等 生 と
いったところか。自分の彼女を一番に立てながらも他の相手に対し
ても気を配るとは。
│││て、私は何を分析しているんだか。
そのまま三人で談話室を出て玄関ホールへと向かう。その途中、す
れ違う生徒の殆どがこちらを見てくる視線を感じながら、極力気にし
ないように歩く。中にはパートナーのいる人もいるのだろうに、そち
らを蔑ろにしていてもいいのだろうか。
玄関ホールは三校の生徒が一挙に集まっており、流れはあるものの
多くの人で溢れかえっている。私はパドマとアンソニーと別れて、自
分のパートナーであるネビルを探して玄関ホールを見渡す。
なお、ドールズについては完全に自由行動としている。学校の敷地
外に出たり、人気のない場所や危ない場所に近づかない限りは一切の
制限をしていない。尤も、ドールズたちは全員がダンスパーティーに
参加するらしく、既に大広間へと向かっている。上海や露西亜は踊る
気満々らしく、今日までダンスの練習をしていたほどだ。
階段を下りながら見渡していると玄関ホールの扉が開き、ボーバト
ンの生徒が入ってきた。先頭にはマダム・マクシームとフラーが歩い
ている。フラーはシルバーグレーのドレスを着ており、その容姿と相
まって全身が輝いているような印象を受ける。フラーの横には見た
ことのある人物が並び立っている。ロジャー・デイビース、レイブン
ク ロ ー の ク ィ デ ィ ッ チ チ ー ム の キ ャ プ テ ン を 任 さ れ て い る 人 物 だ。
そういえば、談話室で彼が凄い人とパートナーを組むことができたと
話しているのを聞いた気がする。フラーとロジャー・デイビースが大
広間の扉横で待機して、マダム・マクシームと他のボーバトン生はそ
のまま大広間へと入っていった。
331
そして、少し間をおいてから再度玄関ホールの扉が開き、ダームス
トラングの生徒がカルカロフ校長とビクトール・クラムを先頭に進ん
でいく。ビクトール・クラムは赤い軍人が着るような礼服をきっちり
あの子⋮⋮ハーマイ
と着込み、その隣には淡い紫色のドレスを着た女性が並んでいる。
﹁フラーもだけど、あの子も綺麗ね│││ん
オニーかしら﹂
ビクトール・クラムと並ぶ女性は随分雰囲気が違うが、間違いなく
ハーマイオニーだ。普段とは違い、絹のような滑らかな髪を頭の後ろ
で捻ってシニョンにしている。立ち振る舞いもいつもの活発な感じ
ではなく、優雅なお嬢様のような気品さが窺える。正直な感想では、
フラーに負けず劣らずに綺麗だ。
ビクトール・クラムとハーマイオニーが大広間の扉横に向かうのを
見送ってから、ネビルはどこにいるかと辺りを見渡す。今更だが、レ
イブンクローかグリフィンドールの談話室の入り口か、二つの寮の道
が交わる場所を待ち合わせ場所にしたほうがよかったかもしれない。
そんなことを内心愚痴りながら見渡し、ようやく見つけることがで
きた。大階段の影に被さるようにして立っていたので、もう少し見つ
けやすい場所にいて欲しいと愚痴りながら近づいていく。どうやら
一体誰がお前なんかと踊ってくれるって
﹂
私のネビルは誰かと話しているらしく、四人の生徒に囲まれていた。
﹁で
?
でいる四人の内一人はドラコのようだ。あとはクラッブとゴイル、ド
ラコの隣で腕を組んでいるのはドラコのパートナーか。
ドラコの相変わらずな言動に溜め息を吐きながらもそのまま近づ
いていくが、その前にドラコたちは大広間へと向かっていった。一
人、その場に取り残されたネビルに近づいて声を掛ける。
﹁こんばんは、ネビル﹂
声を掛けると、ネビルは驚いたように肩を揺らしてこちらを向く。
ネビルは燕尾服に近い服を着ており、よくも悪くも普通といった感じ
だった。
まぁ無理に挑戦するよりは断然いいし、ある意味ネビルに合ってい
332
?
近づいていくと五人の会話が聞こえてくる。声で分かったが、囲ん
?
るので、この選択は間違っていないだろう。
﹁こ、こんばんは。とても⋮⋮うん、凄く、似合ってる。綺麗だよ、ア
リス﹂
﹁ふふ、ありがとう。ネビルも似合っているわよ﹂
﹁あ、ありがとう。ごめんね、本当なら僕から迎えにいかなくちゃいけ
なかったのに﹂
﹁別に気にしなくてもいいわよ。まぁ、もう少し見つけやすい場所に
その、見てたの
﹂
いては欲しかったけれどね。ドラコに絡まれて大変だったんでしょ﹂
﹁えっ
﹂
?
た。
﹂
!
へと入っていった。
﹁ネビル、君のパートナーって、アリスだったの
﹂
この場を纏めていたマクゴナガル先生は、一言で言い切ると大広間
では、準備が整うまで皆さんはここで待機していてください﹂
﹁あぁ、ミス・マーガトロイド。こちらへ。全員集まりましたね。それ
へと向かうと、私達以外はすでに集まっているようだった。
が少なくなった玄関ホールを歩き、他の代表選手が集まっている扉横
ネビルの横に並び立ち、差し出された腕に手を回して腕を組む。人
﹁そう。なら、早く行きましょう。人も少なくなってきてるわ﹂
が僕のパートナーだぞって﹂
﹁それに、マルフォイには言葉じゃなくて直接見せたいんだ。この人
﹁そ、そう。ありがとう﹂
ど、それでも一生の思い出物だよ
く嬉しい。確かに、僕とアリスとじゃ全然釣り合わないと思うけれ
﹁そ、そんなことないよ
アリスと踊れるなんて最高っていうか凄
冗談交じりでネビルにそう言うと、ネビルは勢いよく否定してき
というパートナーがいるって。それとも、私じゃ不満
﹁途中からね。ていうか、言い返せばよかったじゃない。自分には私
?
!
を知らなかったということは、グリフィンドールの誰にも言っていな
きた。ネビルと比較的仲のいいハリーがネビルのパートナーのこと
マクゴナガル先生がいなくなると、ハリーがネビルへと話しかけて
?
333
!?
いのかもしてない。
﹁こんばんは、アリス。アリスがネビルのパートナーだったのね。ネ
ビルったら最近ずっとハイテンションだったから、いったい誰が相手
なのか気になっていたのよ﹂
﹂
﹁そ の 様 子 だ と、ネ ビ ル っ た ら 誰 に も 自 分 の パ ー ト ナ ー が 誰 な の か
言っていなかったの
﹁えぇ、当日までは秘密にしておくんだって。ハリーとロンは、ネビル
はパートナーがいないからそう言っているだけだって言ってたけれ
ど、見当違いだったわね﹂
そう言いながら、ハーマイオニーはハリーに僅かに視線を向ける。
その横ではビクトール・クラムがじっと私達を見ていた。
﹁ほら、ハーマイオニー。パートナーを放っておいちゃ駄目よ﹂
ハーマイオニーにそう言ってからネビルの隣に並ぶ。途中フラー
と目が合ったが、お互い軽く手を振るうだけで済ませた。
数分後、扉がゆっくりと開き順番に大広間へと入っていく。大広間
は普段とは異なり、例えるなら氷と雪の城のような幻想的な空間へと
変貌していた。生徒が左右に分かれて拍手を鳴らし、その間に出来た
道を進んでいく。私達が進んでいく中、周囲からは感嘆や驚愕といっ
た声が囁かれていた。自意識過剰でなければ、多くの生徒の視線が私
に集まっているような気がする。というのも、視線が突き刺さるチク
チクした独特の感覚がするからだ。あるいは、私ではなく前を歩く
ハーマイオニーか隣を歩くネビルを見ているのかもしれない。ハー
マイオニーは普段とは異なり美しく着飾っているし、ネビルもこう
いった目立つ舞台に立つという印象はないからかもしれない。
そのネビルは見て分かるほどに緊張しており、ガチガチに固まった
身体を無理やり動かしているといった感じだ。途中、何度か躓いたこ
とからもネビルの緊張度合いが窺える。
審査員の座るテーブルへと近づき代表選手とそのパートナーも空
いている席に座る。その際に気がついたが、審査員のうちクラウチ氏
が居らず、代わりにロンの兄弟のパーシー・ウィーズリーが着席して
334
?
おり、近くに座ったハリーに熱心に話しかけているようだ。確か魔法
省に勤めているというのを、以前ハーマイオニーたちが話していたの
を聞いた気がする。ということは、今日ここにいるのはクラウチ氏の
代理ということだろうか。魔法省に勤め始めてからまだ長くはない
はずだが、代理を任せられるほどに重要なポジションにいるのだろう
か。
テーブルには一人ひとりの前に小さなメニュー表が置かれている。
ダンブルドア校長がメニューに書かれている料理を言うと目の前の
皿に料理が現れたのを見て、皆が次々に料理を注文していく。私もメ
ニューを一通り流し読み、七面鳥のローストチキン、ノンアルコール
の白ワインを注文して食べていく。隣に座るネビルはローストビー
フにポテト、ノンアルコールのカクテルを注文しているが、料理には
ネビル。美味しいわよ﹂
手をつけずに身体を強張らせている。
﹁食べないの
あ、あぁ、うん。食べるよ。うん、食べる﹂
﹁大丈夫
﹂
然見ていたのか、何人かの生徒が笑っているのが見えた。
料理が口から噴出してしまい、ネビルの服を汚してしまう。それを偶
は気管に入ってしまったらしく咽込み始めた。その際にカクテルと
うとしたのか、カクテルを口に運び一気に飲み込むネビルだが、今度
ど食べたところで手を止めて胸を叩き始める。詰まったものを流そ
ら詰まらせなければいいがと思うが、案の定とでも言うべきか半分ほ
ネビルはそう言うと、慌てて料理を食べ始めた。その勢いを見なが
﹁え
?
﹁ねぇ⋮⋮アリスは、どうして僕なんかをパートナーに選んでくれた
続けた。
ネビルは身体を小さく縮こませて沈黙したあと、呟くように言葉を
ちゃって﹂
﹁ゴ メ ン、ア リ ス。折 角 の パ ー テ ィ ー な の に み っ と も な い 格 好 を し
か申し訳なさそうに謝ってきた。
顔についたものを拭う。ネビルは暫く咽ていたが、幾分落ち着いたの
ネビルに声を掛けながらテーブルの下で杖を振るい、ネビルの服や
?
335
?
の
凄い人や格好いい人は沢山いるのに、僕なんかが選ばれるなん
て、正直今でも信じられないんだ。僕は勉強も出来ないし、魔法も全
然上手くない。良いところなんて一つもないって自分でも分かって
る。僕がアリスのパートナーに相応しくないなんて、自分が一番分
かってるんだ﹂
自虐するようにネビルはポツポツと話していく。
﹁僕がアリスに声を掛けたのも、アリスのパートナーが決まったって
いうことを聞かなかったからなんだ。ダンスパーティーのことを聞
かされたときから、アリスと踊りたいって思ってたけれど、僕なんか
が 選 ば れ る は ず な い っ て 思 っ て て。誰 か ア リ ス の パ ー ト ナ ー が 決
まったら諦めようと思ってたけど、そういった話を聞かなかったから
諦め切れなくて﹂
膝の上で手を強く握りこみながら話すネビルを静かに眺めながら、
﹂
パーティーの喧騒に消えそうな言葉を聞き漏らすまいと耳を傾ける。
﹁アリスは、どうして僕なんかをパートナーに選んでくれたの
いたら、その場で断っていたわ。パートナーが自分のことを〝僕なん
﹁でも、もしあの時、ネビルが自分のことを〝僕なんか〟なんて言って
声は酷く暗く沈んでいる。
そう返すと、ネビルは視線を外して俯いてしまう。搾り出すような
﹁そう⋮⋮なんだ﹂
というのが、あの時の私の気持ちよ﹂
嫌いではなかったし、一番に声を掛けてきてくれたから誘いを受けた
相手でもなければ、最初に声を掛けてきた人でもね。ネビルのことは
﹁⋮⋮正直に言うと、パートナーなんて誰でもよかったの。余程嫌な
ているのは解った。
ビルの目にどんなことを言われても受け止めるといった決意が宿っ
を見て人の考えが全て解る│││なんて自惚れる気はないけれど、ネ
最後に最初と同じ問い掛けをして、ネビルは私の目を覗き込む。目
?
か〟なんて言っていたら、私まで〝私なんか〟ということになってし
まうからね﹂
﹁⋮⋮﹂
336
?
まぁ、内心していたというのは今聞い
﹁でもね、ネビル。あの夜に私に申し込んできた貴方は、今みたいに自
分を卑下していたのかしら
たけれど、それでも貴方は私を誘ったでしょう。それはつまり、自分
﹂
を卑下する気持ちより、パートナーになりたいという気持ちが上回っ
たということではないのかしら
うになるが、堪えて言葉を続ける。
ネビルは顔を真っ赤にしてあたふたしている。それを見て笑いそ
│ありがとう、ネビルがパートナーでよかったわ﹂
もいいじゃない。それ以上にネビルは勇気のある人なんだから││
﹁格好悪くてもいいじゃない。優秀でなくても、魔法が上手くなくて
笑みを浮かべ、ネビルの顔を見ながら言葉を続ける。
かえる人は、勇気がある人だと思ってる﹂
それは私にだって当てはまるわ。だから、恐れながらも自分に立ち向
人 は 自 分 の 醜 い と こ ろ や 弱 い と こ ろ を 見 た が ら ず 逃 げ る 生 き 物 よ。
も、本当に勇気が必要なのは誰でもない、自分自身に立ち向かうとき。
﹁確かに誰かに立ち向かうのには覚悟だけじゃなく勇気も必要よ。で
一度言葉を区切って、揺れるネビルの目と視線を合わせる。
かうのに必要なのは勇気ではなく覚悟よ﹂
﹁私は、そうは思わないけどね。それに、ドラゴンに限らず敵に立ち向
な勇気は持てないよ﹂
立ち向かう勇気もない。ううん、ドラゴンじゃなくても、きっとそん
﹁勇気なんて⋮⋮ないよ。僕は、アリスやハリーみたいにドラゴンに
ない、でも勇気のある人よ﹂
かったわ。だからこそ私は思うの。ネビルは優秀ではないかもしれ
れど、ネビルなりに思い悩んでいたというのは今のネビルの言葉で分
は、ネビルがどんな気持ちで申し込んできたのかは分からなかったけ
中、ネ ビ ル だ け は 声 を 掛 け て き て く れ た わ。そ れ も 一 番 に。そ の 時
しいわ。まぁ、結局は誰も声を掛けてはこなかったけれどね。そんな
﹁あとで聞いた話だけれど、私を誘おうとしていた人は何人かいたら
ネビルは僅かに顔を上げて視線をこちらへと向ける。
?
﹁ネビル⋮⋮ごめんなさい。知らなかったとはいえ、貴方の勇気を蔑
337
?
ろにして、軽率な気持ちで誘いを受けたことを申し訳なく思うわ。本
当に、ごめんなさい﹂
そう言い、頭を下げる。尤も、このような場で頭を下げたりなんか
すれば余計な注目を集めてしまうことは確実なので軽く下げる程度
だが、謝罪の気持ちは十分に込める。
ネビルは口をパクパクさせながら言葉にならない何かを洩らして
いるが、段々と形を成した言葉が聞こえてきた。
﹂
﹁そ⋮⋮それなら⋮⋮今夜、その⋮⋮僕とずっと踊ってくれるんなら
⋮⋮ゆ、ゆるして、あげる⋮⋮よ
声が裏返り、どもりながら言ったネビルの言葉に一瞬呆ける。その
言葉の意味を理解すると同時に笑いが込み上げてきた。
﹁ふふ、あははっ│││言うじゃない、ネビル。そういうことなら、喜
んでお相手させてもらうわ﹂
その後、妖女シスターズ│││魔法界で指折りのバンドらしい││
│がステージに上がり音楽が奏でられると代表選手たちは立ち上が
﹂
りダンスフロアへと上がっていく。五組のパートナーで円を描くよ
うに並ぶと、音楽に合わせて踊り始めた。
﹁上手ね、ネビル。ダンスの経験があるの
を堪えながら着替える。そのままベッドへと倒れるように寝転がる
かかって眠っているといった感じだ。寝室へと入り、襲ってきた眠気
談話室には僅かな生徒しかおらず、残っている生徒も椅子にもたれ
てからその日は別れた。
かなかったのでお言葉に甘える形で送ってもらい、寮前でお礼を言っ
最初は遠慮したのだが、ネビルがどうしても寮まで送ると言って引
のを待って寮へと足を向けた。
するまで踊り続け、少しの間大広間の隅で休んでから人が少なくなる
それからは校庭に作られた庭園で休憩しながらパーティーが解散
﹁まぁ、子供の頃に踊る機会があってね﹂
﹁練習したんだ。アリスも、とっても上手だね﹂
が取れたのか慣れてきたのか、動きがよくなっていった。
初めは緊張して動きが固かったネビルだが、暫く踊っていると緊張
?
338
?
と一気に疲労が押し寄せてきて、何かを考える間もなく意識を手放し
た。
◆
﹁⋮⋮ふぅ﹂
クリスマスから数日、卵の謎を解くために図書館に篭っているが、
やはり有益な情報は見つけられない。もう第二の課題まで二ヶ月を
切ったので流石に焦りが出てきている。昨日は必要の部屋に赴いて
まで調べたが、あの図書館を以ってしても謎を解くことが出来なかっ
た。
昼食を食べ終え、中庭に置かれているベンチに座って休憩する。雪
は降っていないものの城も地面も一面白銀に覆われており、吐き出す
息は白い。踏み荒らされていない雪原に反射した太陽の光に目を閉
339
じ、そのままベンチの背もたれへ寄りかかる。
太陽が出ているため気温はそれほど寒くはないが、時折吹く風が運
んでくる冷気は肌を刺すほどに凍てついている。とはいえ、酷使した
頭にはその冷気が心地よいので、身体の力を抜いてベンチへ身を預け
た。
﹁⋮⋮﹂
目を閉じているためか、いつも以上に聴覚が敏感になっている気が
する。城の中から聞こえる生徒の声、遠くで流れる風、ふくろうは羽
ばたく音、草が揺れる音、自分の心音。普段なら気にもならない様々
な音が聞こえてくる感覚に身を委ねていると、ふと気になる音が聞こ
えた。普段から聞いている音であるのだが、こうして自然体でいるこ
とで過敏に反応したのだろうか。ベンチから立ち上がり近くの植木
へと近づいていく。
植木に顔を寄せると、葉の上で二匹の虫が向かい合って鳴き声を鳴
﹂
らしているのを見つけた。虫は羽を細かく震わせながらキーキーと
威嚇か⋮⋮あるいは求愛かしら
?
鳴らしあっている。
﹁何かしら
?
一緒に飛んでいっ
暫く二匹の虫を観察していたが、虫は唐突に鳴き声を止めると同時
に飛び出していき森のほうへと消えていった。
﹁行っちゃったわね。結局なんだったのかしら
たところを見ると威嚇しあっていた訳でもなさそうだけれど﹂
森へと飛んでいった虫のことを考えながら城へと入る。長居し過
ぎた所為か身体が随分と冷え込んでしまった。マフラーを空気が漏
れないように巻きなおしながら冷たい風が流れてくる廊下を歩いて
いく。
﹁もし求愛していたのだとしたら何て言っていたのかしら。虫の告白
⋮⋮興味はあるわね。まぁ、興味があったところで虫の言葉が解るわ
けでもないし、考えるだけ無駄│││﹂
そこまで言って口を閉じ、動かしていた足も止める。そして、一瞬
前に自分が言った言葉を頭の中で繰り返し再生していく。
│││虫の言葉が解らない│││
虫が鳴らしていた鳴き声。さっきは好奇心からさほど気にはして
いなかったが、本来虫の鳴らす独特の鳴き声というものを心穏やかに
聞いていられるものだろうか。まぁ、世界のどこかにはそういう人も
いるかもしれないが少数派だろう。私だって全部ではないものの甲
高い虫の鳴き声というものは好きではない。
パドマなんかは全く駄目だろう。別に虫自体が嫌いというわけで
はないのだが、虫独特の鳴き声というものに関してだけ鳥肌が立つほ
どに嫌悪を露わにしているのだ。それこそ、〝鳴き声を聞いた瞬間に
距離を置いて耳を塞ぐ〟ぐらいには。
そして原因は異なれど、そういった一種の回避行動を私は最近よく
している。
そう。あの金の卵を開いた瞬間にだ。
そこまで思い至った私は再び歩き出し必要の部屋へ向かっていく。
廊下を進み階段を登って必要の部屋の入り口へ辿り着くと、特定の言
葉を思い描いて三往復する。そして現れた扉を開けて中へと入る。
無数の本棚が高く並び立つ中、中央に配置された机へと近づき、そ
こに置かれている石版に触れながら欲しい本を思い浮かべる。する
340
?
と本棚から幾つかの本が抜き出され、机の上に積み重なっていった。
﹁⋮⋮﹂
その中の一冊、〝世にも不愉快で馴染みない言語〟という本を手に
とってパラパラと手早く、しかし内容は読み取れる速さで頁を捲って
いく。
﹁違う⋮⋮これは⋮⋮いや⋮⋮﹂
半分ほど頁を捲っていくが目ぼしい情報はない。いくつか気にな
る記述はあったが、恐らく違うだろう。
マーピープル
さらに読み進めていき、二十頁ほど捲ったところで指を止める。
﹁水中人。水中に生きる魔法生物⋮⋮湖の底に暮らし、集団で狩りを
行う⋮⋮水魔を飼いならしているものも確認されている⋮⋮音楽を
好み、その歌声は美しく⋮⋮ただし│││﹂
ただし、水中人の話すマーミッシュ言語は水中でしか聞き取ること
ができない。この言語を理解できる者同士であれば地上でも話し合
うことが可能であるが、取得難易度が高いため水中人以外で話せるの
は多くはない。マーミッシュ言語を理解しない者が水中以外でマー
ミ ッ シ ュ 言 語 を 聞 く と 耐 え 難 い 騒 音 と し て 聞 こ え て し ま う。故 に、
マーミッシュ言語を話すことができない者が水中人の声を聞こうと
するならば、水中に潜るほかはない。
﹁⋮⋮なるほど、ね﹂
もし卵から聞こえてくる騒音がマーミッシュ言語によるものだと
したならば謎は解けたも同然だ。確証はないが、試す価値は十分にあ
る。卵を水に沈めて潜れば、騒音ではなくちゃんとした言葉として聞
き取ることが出来るだろう。
一度寮へと戻り、卵を持って再び必要の部屋へとやってくる。ただ
し、今回はいつもの図書館ではなくお風呂に入れる部屋を思い浮かべ
る。水の中で聞こえるのだからお湯の中で聞こえないということは
ないだろう。というより、この季節に水に入ろうなどとは思わない。
念入りにイメージをして現れた扉を通っていく。部屋の中は木板
341
の小屋のような作りをしていて、壁際に幅広の棚と大き目の籠が置か
﹂
れており、入り口から正面の壁に作られたガラスの扉が白く曇ってい
る。
﹁上手くいった⋮⋮かしら
籠の置かれた棚に近づきながら部屋を観察していく。この部屋は
日本の温泉を参考にして思い浮かべたものだ。目的を果たすだけな
らば普通のバスルームを思い浮かべれば済む話だったが、こういった
機会も中々ないので、以前に知ってから入りたいと思っていた温泉と
いうものを試してみたのだ。尤も、いくら必要の部屋とはいえ異国の
文化にまでは対応していないだろうと駄目元であったのだが、予想に
反して再現できているようである。
服を脱いで籠へと入れていく。そして籠に入っていたバスタオル
を手に取り、身体を隠しながらガラス扉を開く。途端に中の熱気が溢
れ出てくるが、構わずに中へと入っていった。
中は大きさの異なる石畳が敷かれ、その中央に大き目の石で囲われ
た窪みが出来ている。窪みには薄く濁ったお湯が溢れるほど注がれ
ており、近くにある穴から今もお湯が流れ出ている。
温泉の周りには緑豊かな木々が植えられており、どういう原理か天
井から降り注ぐ日の光を遮ることで宝石のような輝きを床に落とし
ていた。
本で読んだことを思い出しながら準備をして温泉へと入っていく。
温度の高いお湯に徐々に身体を沈めていき、肩まで浸かったところで
ゆっくりと息を吐き出す。
﹁はぁ∼⋮⋮気持ちいいわね﹂
初めて体験する異国のお風呂の気持ちよさに感動した後、上を見上
げる。熱を持つ身体に心地いい少し冷えた風が緩やかに流れ、それに
よって木々が動き、降り注ぐ光が変化しながら降り注ぐ。本当にどう
やってこのような空間を作り出すことが出来るのか不思議に思いな
がらも、本来の目的を思い出して考えを切り替える。
温泉の淵に置いておいた卵を手に取りお湯の中へと沈める。息を
吸い込み、足から滑るようにして全身をお湯の中へと沈めた。熱いお
342
?
湯が全身を覆う中、手に持つ卵を開く。すると、今まで耳を劈く騒音
を発していた卵から美しい旋律と共に歌が流れ込んできた。
│││探しにおいで 声を頼りに│││
│││地上じゃ歌は 歌えない│││
│││探しながらも 考えよう│││
│││我らが捕らえし 大切なもの│││
│││探す時間は 一時間│││
│││取り返すべし 大切なもの│││
│││一時間のその後は もはや望みはありえない│││
│││遅すぎたなら そのものは もはや二度とは戻らない││
│
﹁ぷぁ﹂
お湯から顔を上げて息をする。思ったより長い時間潜っていたよ
うで、呼吸を整えるまでに少しの時間を要した。
﹁大切なものを取り返せ、ね﹂
頭の中で今聞いた歌の内容を繰り返しながら考察をする。
地上では歌えない歌を頼りに探す。地上で歌えない歌というのは、
まず間違いなくマーミッシュ言語によるものだろう。声を頼りに探
し出せということは、つまり水中人が声│││歌を歌える場所を探せ
ということ。ということは、探すべき場所は水の中か。
そして、水中人が捕らえた大切なものが何かを考えて一時間以内に
取り返せ。大切なものというのが何かは解らないけれど、水中人を探
し 出 す と い う こ と は そ の 近 く に 取 り 戻 す も の が あ る 可 能 性 は 高 い。
制限時間が一時間というのは、探す範囲の広さにもよるが競い合いで
ある以上は短くはあっても長いということはないだろう。
最後に、時間を過ぎたら大切なものは二度と戻らない。気になると
ころはあるが、この大切なものを取り返すことが第二の課題のクリア
条件なのだろう。
そうなると、問題は水の中でどうやって息をするかということにな
る。まぁ、まだ時間はあるし追々考えていこう。というより、のぼせ
てきて上手く考えがまとまらないというのが本音だが。
343
温泉から上がり、身体を拭いて制服に着替える。本の虫で必要の部
屋の外に人がいないことを確認してから退出し、夕食の時間が近づい
ていることもあって大広間へと向かっていった。
◆
卵の謎が解けてからの日々はあっという間に過ぎていった。
その間、ハグリッドが巨人の血を引いていることが日刊預言者新聞
で持ち上がり一時騒然としたが、以外にもスリザリンを除く寮やその
家族からの苦情がなく、日を追うごとに沈静化していった。
第二の課題をクリアする上で欠かせない〝一時間水中で活動する
方法〟については目処がついたものの、その習得に幾分梃子摺ってい
る。尤も、水の中で酸素を確保する方法だけであれば問題はないの
が。
第二の課題の場所は恐らくホグワーツの敷地内に広がる湖。どこ
か特別に用意した場所に行くならば、その分大勢の人を動かさないと
いけない手間があるので間違いはないだろう。そして、もし広大なホ
グワーツの湖で課題を行うとしたら水中を移動するのも大変な労力
となるのは確実。いくら酸素が確保できて歌を頼りに進めるとして
も、冬の凍てついた水の中を移動し続けるというだけでも大変なこと
だ。目的を達成する前に体力が尽きるのがオチである。さらに水圧
のことも考えておかないといけないだろう。
つまり、最低でも〝酸素の確保〟〝防寒〟〝水圧の克服〟〝水中を
素早く移動する〟という四つの手段が必要となる。酸素と防寒と水
圧については解決済みだが、残る移動に関しては訓練中だ。形には
なっているものの持続時間が四十分しかない。故に、課題当日までは
只管に訓練のみである。
﹁とはいえ、こうも毎日訓練していると、疲れるわね﹂
肩を軽く回しながら図書館へと向かう。動かすたびに肩からコキ
コキという音が鳴り、身体の疲労を訴えてくる。ちょっと息抜きで図
書館へと来たが、身体も調子が悪いし、今日のところは適当な本でも
344
読んでゆっくりしようかと考える。課題までは二週間を切っている
が、焦って無理をしても逆効果でしかないだろう。
図書館へ入ると軽く深呼吸をする。紙やインクや埃といった書庫
特有の匂いを心地よく感じながら何冊か本を見繕って空いている席
を探す。
﹂
﹁│││かしら﹂
﹁ん
本棚の間を移動していると聞き覚えのある声が聞こえてきたので、
何となしにそちらへと足を向ける。向かう先ではハーマイオニーが
﹂
ハリーとロンに何か言っているようであり、中々に白熱しているよう
だった。
﹁│││あっ。おい、ハーマイオニー、シー
﹁何しに来たのさ
﹂
ロンが私に気がつくと同時に、ハーマイオニーの言葉を止める。
!
﹁ち ょ っ と ロ ン ご め ん な さ い ア リ ス。ロ ン っ た ら ち ょ っ と 気 が
ということで頭の中から流しだす。
言い方をされる覚えはないのだが、人間機嫌が悪いときもあるだろう
ロンは若干棘のあるような口調で話を振ってきた。正直、棘のある
?
いよく開いていた本を閉じて私から見えない位置へと押しやった。
?
﹁邪魔しちゃ悪いし、もう行くわね﹂
まぁ一応ね﹂
﹁あっ、ねぇアリス。アリスはもう次の課題の対策は見つかったの
﹁対策
﹂
視線がハーマイオニーから机へと向かった瞬間、ハリーとロンが勢
マイオニーたちは⋮⋮別に隠さなくても覗かないわよ﹂
﹁別に構わないわ。ここには気分転換に本を読みにきただけよ。ハー
立っているのよ﹂
!
﹂
傾げるが、続いてハーマイオニーが尋ねてきたので、そちらへと意識
を向ける。
﹁えっと、それはその本と何か関係があるの
そう言ってハーマイオニーは私が手に持つ本〝ヴァルキリーとエ
?
345
?
そう答えると、ハリーはじっと見つめてきた。ハリーの行動に首を
?
そもそも、神話が関係する課題ってどん
インフェリア〟〝ノアと神の血族〟を指差す。
﹁まったく関係ないわよ
なのよ﹂
とりあえず、もう行くわね﹂
そして、課題が始まるまで後二分前になったところで遂にハリーが
の椅子に座っていた。
その中で、ダンブルドア校長だけは慌てる様子もなく静かに審査員
を見ており、フラーとクラムは静かに揺れる水面を眺めている。
着きなく歩いている。バグマン氏やセドリックは心配そうに城の方
り、クラウチ氏の代理で出席しているパーシー・ウィーズリーは落ち
カルカロフ校長とマダム・マクシームはチラチラと時計を見てお
めているようで、会場は騒然としている。
開始十分前になっても現れないハリーに大勢の人が疑問を持ち始
│││ハリーを除いて。
代表選手や審査員、観客は湖に建造された舞台に集まっていた。
第二の課題当日、時間は九時二十分。
◆
し聞きながら本を読み進めていった。
空いている窓側の席に座って、時折聞こえてくる三人の話し声を流
と二週間もないのに、未だ調べ事というのは大丈夫なのだろうか。
のだろうことは分かった。卵の謎が解けているにしても、課題まであ
ハーマイオニーの言葉から察するに、第二の課題について調べていた
ハーマイオニーに手を振りながらその場を離れる。ロンの行動や
﹁そう
﹁その二冊もどうかと思うけれど﹂
かったんだけど、流石に軽々と読める文量じゃないからね﹂
﹁ないない。ただの読み物よ。本当は〝エヌマ・エリシュ〟を読みた
思って﹂
﹁そ、そうよね。こんな時期に読む本だから、何か関係があるのかと
?
現れた。城から全力疾走してきたのか、到着するなり荒い呼吸を繰り
346
?
返している。
ハリーは普段から来ている制服のままで、とてもではないが、これ
から水の中へ入ろうという人の格好をしていない。水着の上にマン
トを羽織っているのかと思っていたが違うようだ。
ハリー以外は、私を含めて他の選手は全員が水着を着用している。
クラムとセドリックはランニングシャツに短パンの水着、フラーは競
泳水着のような水着、私はビキニタイプの水着を着用している。本
来、こういった課題内容で水の中を泳ぐならフラーのような水着の方
が適しているのだろうが、私がこれからやろうとしていることを考慮
するとビキニの方が都合がよいのだ。
﹁さて、全選手の準備が整いました。課題は私のホイッスルを合図に
﹂
始まります。選手達は一時間以内に奪われたものを取り返さなけれ
ばなりません。では⋮⋮一⋮⋮二⋮⋮三
ホイッスルの高い音が鳴り響き、一気に湖へと飛び込む。湖へ入る
と途端に刺すような冷たさが肌を覆っていく。
予定通りに、杖を振るって魔法を使用する。使用する魔法は〝泡頭
呪文〟と〝耐寒呪文〟と〝水圧軽減呪文〟の三つ。〝泡頭呪文〟で
空気を確保して〝耐寒呪文〟で寒さから身を護り、〝水圧軽減呪文〟
で身体への負荷を少なくする。
魔法を掛け終えると、先ほどまで感じていた息苦しさと冷たさはな
くなっており、水中の浮遊感を覗けば地上にいるのと大差がなくな
る。
﹁ソレバァト・シルエミニ │人魚になれ﹂
続けて魔法を唱える。杖先を自分の下半身へと向けて魔法を唱え
ると、両足が一つにくっつき、境目がなくなると鱗が現れ始める。身
体の変化が終わると、私の身体はまさしく人魚のような姿となってい
た。
これが、私が考えた水中での移動方法。発想は単純で、水の中を素
早く自由に動きたいのなら水の生物に変身すればいい。とはいえ、一
言に水の生物に変身といっても簡単ではない。そもそも、人の身体を
別のものに変身させるという魔法は変身術の中でも難しい魔法であ
347
!
ることに加えて、人の姿から離れるほどに比例して難易度が上がって
いくのだ。もし、魚にでも変身しようとして失敗すれば、中途半端に
魔法が発動して不完全な変身となってしまい、場合によってはまった
く別のものへ変身してしまうこともありえる。
当然そういった難易度の高い変身術を四年生が習うわけもないの
で、今回は自力で覚える必要があった。そして変身術の本を漁り、難
易度が低く有効な魔法を探して見つけたのがこの人魚への変身術で
ある。
人魚への変身というと魚に変身するより複雑で難しく考えてしま
うが、その実そこまで難しい魔法ではない。何せ下半身を魚に変身さ
せるだけなのだから。まぁ、完全な魚みたいに鰓が出来るというわけ
ではないので、呼吸のための手段を別に容易しなければいけないのが
欠点だが、完全変身と比べると手間と難易度は雲泥の差である。
卵の謎が解けてから今日までずっと必要の部屋でこの変身術の練
習をしてきた。そのお陰で、何とか目標の一時間まで変身を維持する
ことができるようになった。
準備を終えると、下半身を動かして水中を進んでいく。下半身を一
回動かすだけで何メートルも進むことができ、湖底へ向かって急降下
していく。
海面から届く光がどんどん少なくなっていき、湖底へ辿り着いたと
きには一メートル先も見えなくなっていた。
﹁ルーモス │光よ﹂
杖先に明かりをつけて注意深く周囲を見渡すと同時に耳もすませ
ていく。卵のヒントによれば歌が聞こえてくるはずなので、聞き漏ら
さないようにゆっくりと水中を移動する。
しばらく移動すると大きな岩が乱雑に散らばっている場所に辿り
着いた。今までは湖底を這うようにして移動してきたが、こうも障害
物が多いといざというときに対処がしにくので、少し浮上してから再
度進みだす。湖底や周囲の様子を見ながら泳いでいると、ふと湖底に
暗い影が差した。最初細長かったそれは、どんどん大きくなってい
く。
348
﹁
│││ッ
﹂
﹁ステューピファイ
│麻痺せよ
﹂
時にそれは大イカに捕まってしまうということだ。
を見て本気で危機感が湧いてきた。直線距離では追いつかれる。同
その場を離れると同時に、大イカが猛スピードで通過していく。それ
らへと向けてくる大イカを見た瞬間、再び全力で水を蹴りだす。私が
全長十数メートルもある巨体をユラユラさせながら頭の先をこち
│││普段餌付けしている餌が自身に代わってしまうくらいには。
るのとでは意味合いがまったく異なる。
といって決して油断はできない。陸から相対するのと水中で相対す
く、この湖に住まう大イカだ。普段から生徒に餌付けされているから
前にいるのは、時折湖面に出てきては生徒の投げた食べ物を掴んでい
そう言って杖を構えて、前方に浮かぶ〝大イカ〟を睨む。私の目の
れはないでしょう﹂
﹁そりゃ何かしらの妨害はあるだろうと思っていたけれど、流石にこ
本気で審査員に殺意の念を送った私は決して悪くないはずである。
先ほどまで私がいたところを白く太く長い足が通過するのを見て、
ルほど進んだところで止まる。
めた瞬間に全力で水を蹴りだす。一気に加速した身体は二十メート
疑問に思って身体を反転させて上を向く。そして、それを視界に納
!?
!
いるようには見えない。
﹁タトゥーム・スピティアム
│消身せよ
﹂
!
戒を続ける。
界を遮るものはなく、大イカが近づいていてもすぐに分かる位置で警
どより湖面に近づいたので光は十分に降り注いでいる。周囲には視
どのぐらい移動しただろうか。一旦止まって周囲を見渡す。先ほ
左に前にと縦横無尽に動き回り極力直線移動を控えて移動する。
姿くらまし術で姿を消して一気にこの場を離れる。上に下に右に
!
イカのど真ん中に命中するが、大イカは少し仰け反っただけで効いて
杖を大イカへ向けて失神呪文を放つ。杖から放たれた赤い光は大
!
349
?
﹁│││何とか、逃げ切ったかしら﹂
大イカの姿が見えないことに安堵の息を漏らす。そこで課題のこ
とを思い出した。どれだけ大イカから逃げ回っていたかは分からな
いが、悠長にしていられるほど時間は残ってもいないだろう。
﹁ポイント・ミー │方角示せ﹂
杖がクルクルと回った後ピタッと停止する。
﹂
﹁北がこっちとなると、城はあっちね。なら、まだ探していないのは│
││
杖を掴んで水を蹴る。それと同じタイミングで水底の藻の中から
何
何でこのイカは私をしつこ
逃げ切ったと思っていた大イカが突進してきた。
﹂
﹁本当│││冗談じゃないわよ
く狙うわけ
!
?
デ ィ フ ィ ン ド
│ 妨 害 せ よ
!
│ 裂 け よ
!
しれない。
﹁イ ン ペ デ ィ メ ン タ
﹂
!
に悪態をつく。今なら本気で〝許されざる呪文〟を唱えられるかも
普段なら言わないような荒れた口調も気にせずに目の前の大イカ
!?
とす。が、大イカは何事もなかったかのように突進してきた。それを
全力で逃げながら、軟体動物には痛覚がないなんて話をどこかで聞い
たのを思い出した。実際どうなのか知らないが、少なくても目の前の
大イカにはないのだろう。
﹂
こうして、私の逃走劇は第二幕を迎えた。
﹁ん
あることがわかった。
!
上から襲ってきた大イカを横に動いて避けて、同時に失神呪文を放
﹁ようやく見つけたわ│││とっ
﹂
なる音が聞こえた。思わず耳をすましてみると、それは綺麗な歌声で
諦める様子のない大イカから逃げていると、今までの水の音とは異
?
350
!?
方向転換しようとする大イカの動きを阻害して足を何本か切り落
!
つ。最初に切り落とした足は既に新しい足が生えてきており、足を切
り落とすのは無駄だと判断した。それからは失神呪文を集中してぶ
つけている。一発一発は効果がなくても、それが重なればいつかは効
果が現れるだろうと信じて放っているのだが│││十五発当てても
未だに動きが衰えないとはどうしたものだろうか。
大イカに注意を向けながらも歌が聞こえる方へ向かって進んでい
く。
進む先に湖底から伸びる水草の壁を見つけるも、その中には入らず
に迂回していく。大イカ相手に身動きが取りづらい水草の中を進む
なんて自殺行為にしかならない。
進む、避ける、呪文を放つ。それを只管に繰り返しながら進むと、微
かにしか聞こえてこなかった歌がハッキリと聞こえてきた。目的地
まで近いことが分かると同時に焦りも出てきた。聞こえてくる歌に
よると、残る時間は十分を切っているらしい。そして残り時間が十分
に来た道を戻っていく。そして、先ほど目に入ったものの場所へと辿
ディフィンド
│裂けよ
﹂
り着いた。そこには、フラーが水草に絡まっており、気を失っている
しっかりしなさい
!
のか身動きせずにいた。
﹁フラー
!
はり大イカが迫ってきた。急いでさっきの道へと戻るが、人一人を抱
水草を引き裂いてフラーを抱える。急いでその場から離れれば、や
!
351
ということは、変身術が維持されるのも十分ということにもなる。
﹁ヤバイわね。変身術が解けたら、大イカから逃げるなんてできない
わ﹂
もし時間までに課題をクリアできずに湖から出ることが出来なけ
れば、確実に大イカの餌食になってしまう。そんなことになって堪る
か。
疲労も激しいが、身体に活をいれてより強く水を蹴りだす。だが、
もう
﹂
視界の光景が流れていく中、現状においてマイナスにしかならないも
たくっ
!
のを見つけてしまった。
﹁│││
!
一旦停止して下に移動。大イカが通り過ぎるのを確認すると同時
!
!
えていることもあって随分と減速している。それでも何とか大イカ
の突進は避けることができているが、かなり際どくなってきている。
それに、大イカも突進だけではなく通り過ぎる際に足を動かしてきた
ので、冗談抜きに危険になってきた。
ここまでくると、リタイアすることも視野に入れ始める。元々事故
で選ばれたのであって、無理をしてまで勝ちに固執する必要はないの
だから。唯一、取り返すべき宝物というのが気がかりではあるが、こ
の際仕方がない。
ドールズは今朝の時点で全員確認済みだし、決して寮からでないよ
うに完全武装で立て篭もられてあるから、ドールズのことではないは
ずだ。ドールズ以外の物であれば捨てる。万が一、宝物というのが親
しい人という場合であっても、ダンブルドア校長や魔法省が取り仕
切っている以上は本当に命を奪うということはないはずだ。代表選
目的を果たしたんなら早く上が
へと姿を現した。呪文を放ち、大イカの進行上にネビルたちが入らな
352
手でもない者が死んだりでもしたらクレームどころの問題ではない。
そこまで考えて、大イカへと視線を向ける。次、大イカの突進を避
﹂
けたら浮上しよう。そう決めた私の考えをあざ笑うかのように事態
が急変した。
﹁│││なんでリタイアを決めた瞬間に到着しちゃうかな
ことか。
ガブリエールがフラーの宝物だとするなら、私の宝物はネビルという
れていることから、セドリックとクラムは既にクリアしたのだろう。
とガブリエールに、ロンを抱えたハリーがいたからだ。縄が三本切ら
地点だと理解した。周囲に水中人、広場の中心に縄に繋がれたネビル
急に視界が開けて今までより明るい空間に出た瞬間に、ここが目標
!
どういう基準でネビルたちが選ばれたのか気にはなるが、それは後
で考えればいい。
﹂
﹁ソノーラス │響け。 ハリー
りなさい
!
魔法で声を響かせてハリーへと声をかける。同時に、大イカが広間
!
いように動いて周囲を見渡す。水中人は突如現れた大イカに慌てた
ように群がっている。槍で牽制して鎖で拘束していることからも、大
イカの出現は彼らにとって予想外のことなのだろう。
大イカのことは水中人に任せて、広間の中央へと向かう。だが、こ
こで変身術が解けてしまい、下半身は二本の足へと戻ってしまった。
一時間だ。
格段に落ちた動きで中央へと向かうと、そこには浮上したと思って
いたハリーがまだ残っており、私は苛立ちを隠しきれずにいた。
﹁何でまだ残っているのよ。ロンを取り返したんだから早く行きなさ
い﹂
荒い口調でハリーにそう言うも、ハリーはボコボコと泡を吐くだけ
で離れる様子がしない。これはお互い相手の言葉が通じていないと
│裂けよ
﹂
判断して一旦ハリーを無視することにする。
﹁ディフィンド
﹂
!
が響いた。
﹁あぁ、そうですか。 エネルベート
活きよ
水中の中でも水中人の声だけは普通に聞こえるのか、しわがれた声
﹁自分の人質だけを連れていけ。他の者は放っておけ﹂
しまう。
にガブリエールの縄も裂こうとするが、残った水中人に邪魔をされて
ネビルを縛っている縄を引き裂いて空いている腕に抱える。一緒
!
いく。私もそれに続き、ハリーも一緒に浮上を始めた。チラリと下を
頭を離すや否や、フラーはガブリエールの縄を引き裂いて浮上して
けない。分かったら早く行って﹄
れば課題はクリアできる。残り時間はまったくない。質問は受け付
失っていて私がここに連れてきた。貴女はガブリエールと一緒に戻
﹃フ ラ ー、混 乱 し て い る と こ ろ 悪 い け ど 黙 っ て 聞 い て。貴 女 は 気 を
なったところでフラーに一方的に話しかける。
る。フラーが被っていた泡頭に自分の泡頭をくっつけて泡が一つに
ンと身体を震わせると、目を開いてキョロキョロと周囲を見渡してい
フラーに対して失神呪文の反対呪文を唱える。フラーは一度ビク
!
353
!
見ると、大イカは何十という水中人に鎖で引かれて拘束されている。
視線を戻して浮上を続ける。フラーとハリーは既に辿り着いたよ
うで、下半身だけが見えている。水を蹴る足に激しい疲労と痛みを感
じながらも泳ぎ続けて、何とか湖面へと這い出ることができた。
空気に触れたことで、頭部を覆っていた泡が弾けてなくなる。代わ
りに、観客の大騒ぎする声が聞こえてきた。
﹁ごほっ﹂
腕に抱えるネビルが咳き込んで水を吐き出す。ゆっくりと目を開
けて目を泳がせた後、私へと視線を合わせた。
﹁一時間水の中にいた割には、元気そうね﹂
杖から小さな浮き袋を出して、それに捕まりながらネビルに話しか
ける。ネビルも呼吸を落ちつけると浮き袋に捕まってきた。
﹁あぁ、うん。ダンブルドアのお陰でね。何か僕達の負担が最小限で
済むようにしてくれたみたい﹂
354
﹁⋮⋮あぁ、そうなの﹂
思わず溜め息を吐きながらも、舞台へと向かっていく。耐寒呪文が
切れ掛かっているのか、じわじわと身体が冷え込んできているのだ。
完全に切れる前に水から上がりたい。
そこまでして助けてくれて、本当、ありがとう﹂
﹁あの、その。ありがとう。今のアリスを見れば分かる、本当に、大変
だったんだろう
ブリエールを失うところだったわ﹄
﹃アリス、ありがとう。もし、アリスが助けてくれなかったら、私、ガ
ルを連れて話しかけてきた。
物を手渡された。それをチビチビ飲んでいると、フラーがガブリエー
げられる。マダム・ポンフリーに毛布を被せられて、湯気の立つ飲み
舞台へ辿り着くと、先に上がっていたフラーとセドリックに引き上
うん、きっとその方がいい。
だろうか。
見つける直前にリタイアを決意したことは黙っておいた方がいい
﹁⋮⋮どういたしまして﹂
?
﹃一時間過ぎても死ぬことはなかったみたいだけどね﹄
よかったわ
﹂
一言二言話して、フラーはガブリエールを連れてマダム・マクシー
アリスも無事だったのね
ムのところへと歩いていった。
﹁アリス
!
点だと呟いている。
く、独力では失敗していたということが原因なのだろう。本来なら零
バグマン氏の結果発表を聞いても、フラーは喜ばずにいた。恐ら
たが、独力では助けだせなかったと判断したため、得点は二十八点﹂
ドの手によってゴールへと辿り着き人質を取り返すことができまし
まいました。途中、ミス・デラクールを見つけたミス・マーガトロイ
水圧によって動きが悪くなったところ水魔に襲われて気を失ってし
﹁まずはミス・デラクール。素晴らしい〝泡頭呪文〟を使いましたが、
バグマン氏は一息おいてから結果を発表した。
りました﹂
それを踏まえて、五十点満点として各代表選手の得点は次のようにな
あるマーカスが湖底でなにがあったのかを仔細に話してくれました。
﹁レディース&ジェントルメン。審査結果が出ました。水中人の長で
バグマン氏だけが立ち上がって声を上げた。
審査員は協議内容が纏まったのか順次席へと戻っていき、その中で
もらった。
しかけられたが、ハーマイオニー同様に疲れていると言って後にして
査員の協議が行われた。その間、セドリックやフラー、ハリーにも話
その後は、水中人と何かを話していたダンブルドア校長によって審
るのも億劫なので後にしてもらった。
私の言い方に首を捻ったハーマイオニーは追求してきたが、今は喋
﹁えぇ、本当。よく無事だったと自分でも思うわ﹂
上に元気だ。
ハーマイオニーもネビル同様何らかの措置がされていたのか、予想以
今 度 は、ハ リ ー と 話 し て い た ハ ー マ イ オ ニ ー が 話 し か け て く る。
!
﹁続いてセドリック・ディゴリー君。やはり見事な〝泡頭呪文〟、そし
355
!
て水圧を軽減した〝水圧軽減呪文〟を使って、見事最初に人質を連れ
て帰ってきました。ただし制限時間を一分オーバーしてしまいまし
た。得点は四十七点﹂
観客席、特にハッフルパフ生からの歓声が鳴り響く。チラリとセド
リックを見る│││が、普段と変わらずの微笑みを浮かべているの
で、今一内心が分かりづらい。隣のチョウ・チャンが熱心に視線を向
けているのは無視しておこう。
﹁次にビクトール・クラム君は変身術を用いてクリアしました。変身
術が中途半端ではありましたが、効果的であることに変わりありませ
ん。水の生き物に変身することで水圧を軽減したというのも評価す
べき点です。人質を連れ戻したのは二番手でした。得点は四十三点﹂
ダームストラングの生徒が雄叫びのように活性を上げている。カ
ルカロフ校長も大きく手を叩いていた。
﹁ハリー・ポッター君の〝鰓昆布〟は特に効果が大きい。人質の下へ
は最初に辿り着きましたが、制限時間は大きくオーバーしてしまいま
した。水中人の長によれば、ポッター君は一番最初に人質を連れて帰
ることができたはずですが、自分の人質だけでなく全部の人質を安全
に戻そうと決意したせいだとのことです。殆どの審査員が│││こ
れこそ、道徳的な力を示すものであり、五十点満点に値するとの意見
でしたが│││得点は四十五点です﹂
大きな歓声と同時にブーイングの声を聞こえてくる。多分、ハリー
の得点を著しく削ったであろうカルカロフ校長へ向けたものだろう。
バグマン氏が先ほど言葉を濁らせたときにカルカロフ校長を見てい
たことから間違いはないと思う。
というか、ハリーがいつまでも浮上しないと思ったらそういう訳
か。
ハーマイオニーとロンがハリーを褒め称え、観客の冷めない歓声が
続くが、バグマン氏が再び口を開いたことで静かになった。
﹁最後にミス・マーガトロイドについてですが│││彼女の場合は他
の選手に比べて非常に特殊な条件での挑みとなってしまいました﹂
バグマン氏は一旦間を置いて、この場にいる全員の注意を引くかの
356
ようにしてから続きを話す。
﹁まず、彼女が使った魔法は素晴らしいものでした。本来四年生では
習わないような〝泡頭呪文〟や〝水圧軽減呪文〟。ディゴリー君も
同様の魔法を使っていますが、彼女の魔法は彼に比べても勝るとも劣
らない技量でした。加えて、彼女は変身術も併用して水中での高い運
動能力を身に付け、極寒の水によって体力が必要以上に削られること
を防ぐのに〝耐寒呪文〟を使うという、実に四つの魔法を持って挑み
ました﹂
│││もう手遅れかもしれないが、出来るならこれ以上目立つ言い
方は止めて欲しい。
内心でバグマン氏へと嘆願するが、当然届くはずもなくバグマン氏
の口は止まらない。
﹁最 低 限 の 効 率 で 最 大 限 の 効 果 を 発 揮 す る と い う 面 で 評 価 す れ ば、
ポッター君の使った〝鰓昆布〟が尤も優れた方法ではあります。〝
鰓昆布〟を服用するだけでミス・マーガトロイドが使用した魔法の全
ての効果が得られるのですから。しかし、逆にそれだけの魔法を年若
い彼女が行使したという技量を我々は評価しました﹂
持ち上げ過ぎなんですが、バグマンさん。
本当に勘弁してほしい。
﹁本 来 で あ れ ば ポ ッ タ ー 君 同 様 に 早 く 人 質 へ と 辿 り 着 け た は ず で す
が、一つの問題が発生してしまいました。第二の課題を行う上で、あ
まりにも危険だと判断し隔離していた大イカが逃げ出してしまい、開
始から数分後にミス・マーガトロイドへと襲い掛かっていたのです﹂
あの大イカ。本当なら課題中には出てこないはずだったのか。周
囲がザワザワとするのを聞き流しながら、バグマン氏の言葉に耳を傾
ける。
﹁これは、我々も水中人の長が水魔などから聞いた話を聞かされたこ
とで知ったことです。大イカは普段なら必要以上に他の生物を襲わ
ないはずなのですが、隔離されていたためか酷く興奮状態にあり執拗
に彼女を狙っていました。その勢いは、彼女が変身術によって水中を
素早く移動出来ていなかったら│││捕食されていたほどであった
357
と﹂
でしょうね。もし、あれで捕食する気がなかったとでも言ったら最
悪にもほどがある。
いや、捕食の気があっても最悪なんだけれど。
﹁それでも、彼女は魔法を駆使しながらも逃げ続けた。その際に、水魔
に襲われて気を失っていたミス・デラクールを発見し、人質がいる場
所へと辿り着きました。残念ながらこの時点で制限時間が過ぎてし
まいましたが、無理もないことだと思います。その後、水中人が大イ
カを取り押さえている間にミス・デラクールを起こして人質を救出し
たあと戻ってきた│││というのが今回起きた事の経緯です﹂
バグマン氏は話し終えると身体を私の方へと向けた。見れば、他の
審査員│││渋々とだがカルカロフ校長も含めて│││も席を立ち
こちらへと向いている。その中で、ダンブルドア校長が一歩前に出て
きた。
﹁命の危険が付きまとうこの対抗試合にて、不慮の事後での怪我、ある
いは命を失うという事態はありえることじゃ。しかし、今回は我々が
管理し除いておいた必要以上の危険に晒されてしまったことは、我々
の重大な管理責任となる。故に、この場での謝罪をさせてほしい。無
論、後に正式な謝罪も行わせていただく│││申し訳ない﹂
ダンブルドア校長が頭を下げて、他の審査員の頭を下げていった。
カルカロフ校長は少し頭を揺らしただけだが。
﹁いえ、幸い怪我人はでていないですし。頭を上げてください﹂
本当に上げてほしい。校長や魔法省の役人に頭を下げさしている
というのは、面倒を呼び込みそうで避けたい事態だ。彼らの立場上は
頭を下げざるを得ないのだろうが。
数秒の時間が流れて、頭を上げた審査員たちは席へと着席する。そ
れを確認するとバグマン氏が再度口を開いた。
﹁では、ミス・マーガトロイドの得点です。四つの魔法を使った技量や
不慮の危機への対処、ライバルを見捨てない道徳心。制限時間は選手
の中で尤もオーバーしてしまいましたが、その原因を考慮いたしまし
て、我々は四十九点を与えます﹂
358
反射的に耳を塞ぐ。そんな動きをしてしまうほどに聞こえた歓声
は凄まじかった。湖面が明らかに波とは違う動きをしていることか
らも、どれだけの衝撃であるかが窺える。
客席から降りてきた生徒に背中を叩かれたり声を掛けられたりと、
気だるい身体には決して優しくない状況に晒される。マダム・ポンフ
リーが群がる生徒を諌めてくれなければ、いつまで続いていたかわか
らないぐらいだ。
最後にバグマン氏が、最後の課題について説明したことで解散と
なった。私を含め代表選手はマダム・ポンフリーに先導されて城へと
向かっていく。その途中でパドマとアンソニー、ネビルにルーナが集
まってきて、マダム・ポンフリーに怒られても騒ぎとおしてした。
359
闇の帝王
第二の課題が終わってから数日。レイブンクローを中心に多くの
生徒に質問攻めにあった。どのように課題をクリアしたのかを何度
も聞いてきたり、湖の底がどうなっているのか、大イカとの対決はど
んな感じだったか。
最初のうちは丁寧に説明していたが、それも何度も同じ事を聞かれ
ると流石にうんざりしてきたので、今では軽く流したり他の人に聞く
ように促している。
第三の課題については六月二十四日に行われ、その一ヶ月前に課題
の内容が知らされるらしい。課題の内容が一切分からないというこ
とはそれに向けての対策も出来ないというわけで。つまり五月二十
四日まではこれといって特にやることがないのだ。
代表選手は期末試験が免除されているので、普段の授業内容にだけ
気をつかっていれば問題はないし、宿題も速やかに片付けているので
溜まってすらいない。
﹁そ う ね ⋮⋮ チ ビ 京 に ⋮⋮ ド ー ル ズ の 武 器 強 化 で も し て い よ う か し
ら﹂
最後のドールズであるオルレアンへ魂を吹き込むことは学校では
できないので却下。チビ京は京の力を発揮するために必要不可欠な
人形で、制作するのに長い時間が掛かってしまう。今から作っていけ
れば、夏休み中には一体は作ることが出来るだろう。ドールズの武器
については魔法が込められていないので、見た目相応の効果しかな
い。蓬莱の鎌にはバジリスクの毒を含ませる必要があるためヴワル
でないとできないが、それ以外であれば必要の部屋を使うことで作る
ことも可能だろう。
今後の予定を頭の中で組み立てながらパドマと大広間へと向かい
朝食を食べる。途中でやってきたふくろうから日刊預言者新聞を受
け取り、見出しを流し読みしていくと三校対抗試合についての記事を
見つけた。試験の簡単な概要から関係者や代表選手のインタビュー
360
が書かれている。そういえば第二の課題が終わった翌日に取材を受
けたな。
﹂
﹁そういえば、アリス。今度ホグズミードへ行ったときに欲しいもの
とかある
ニーは散々だったみたいだが│││平日は授業や宿題、休日は必要の
今 日 ま で は こ れ と い っ て 変 わ っ た こ と も な く │ │ │ ハ ー マ イ オ
づいてきた。
イースター休暇も終わり、いよいよ第三の課題が知らされる日が近
◆
予感がする。
ここ最近パドマのスイッチが入っていないので、そろそろきそうな
耶無耶にされてしまった。
ニーにも同意されてしまい、授業が始まる寸前の出来事だったので有
に﹁アリスにはユーモアが足りない﹂と言われ、その場にいたアンソ
うのだ。一回そのことでパドマに文句を言ったことがあるのだが、逆
上断ることもできずに受け取ってしまい、パドマの罠にかかってしま
れたことが何回かあり、直感的に怪しいと分かっていても、貰う立場
一見まともそうに見えて、実はネタに走っているお菓子や小物を渡さ
悪 乗 り し た と き だ け は 普 段 と は 違 う も の を 買 っ て く る こ と が あ る。
ビールが中心で偶に悪戯道具を買ってきたりもするのだが、パドマが
きてくれるのだ。二人が買ってきてくれるのは主にお菓子やバター
いるので、二人がホグズミードへ行くときは何かしらお土産を買って
私がホグズミードに行けないことをパドマやアンソニーは知って
﹁⋮⋮あまり変なのは買ってこないでよ﹂
﹂
ん∼そうね。いつも通りバタービールとお菓子をお願いでき
﹁ん
?
﹁分かったわ。チョイスはいつもな感じでいい
﹂
る
?
部屋に引きこもっての繰り返しをしていた。必要の部屋へ引きこも
361
?
?
るといっても毎週ではなくて二∼三週間に一回程度である。パドマ
たちに不自然に思われない程度に使用しているので効率は悪いが、武
器強化については既に方法の分かっている作業をしているだけなの
で予定通りに作れている。チビ京については集中して継続的に作業
をしないといけないので、平日も時間があれば手を動かしていた。幸
い、見た目的には小さい人形を作っているようにしか見えないので、
談話室や寝室で作っていても不思議には思われずに済んだ。
ある日、古代ルーン文字学の授業後にハーマイオニーに呼び止めら
その⋮⋮リー
れる。人目がつくところでは話しづらいということで、人気のない一
﹂
角の物陰まで移動してハーマイオニーと向き合う。
﹁それで、どうしたのかしら
﹁アリスは、週刊魔女に乗っていたことは知ってる
タ・スキーターが書いた私の記事のついてなんだけれど﹂
知らな
あれだけ派手に吼えメールが響い
﹁あぁ、ハリーとクラムの三角関係が云々ってやつでしょ
い人の方が少ないんじゃない
たんだから﹂
第二の課題が終わったあたりだろうか。週刊魔女にリータ・スキー
タ ー が 書 い た 記 事 が 一 時 期 ホ グ ワ ー ツ 内 で 話 題 と な っ た。何 で も、
ハーマイオニーが有名人好きで、ハリーとクラムの純情な気持ちを弄
んでいるとか何とか。それについて週刊魔女を読んでいる読者から
の嫌がらせが連日ハーマイオニーに送られてきていたのを朝食の席
で何度か目撃した。その中には吼えメールが入っており、それが切欠
で多くの生徒に一気に広がる原因となった。
﹁はぁ⋮⋮そうよね。ちゃんと否定しているんだけれど、今でも影で
コソコソと言われているのよ。まぁ、それについてはもうどうでもい
﹂
いの。そのうちなくなるでしょうし﹂
﹁で、本題は
の。絶対におかしいわ。ハグリッドの件も私の件も、リータ・スキー
タ ー は そ の 場 に い な か っ た の に ど う や っ て 知 る こ と が で き た の か。
362
?
?
?
?
﹁リータ・スキーターがどうやって情報を集めているのかが知りたい
?
週刊魔女に書かれていたクラムに招待されたっていう話、確かに事実
よ。第二の課題が終わって点数が発表される前にクラムに言われた
の。でも、そのときにはリータ・スキーターはそこにいなかったはず
﹂
なのに、どうやって知ったのか。それを突き止めたいの﹂
﹁で、何でそれを私に
盗聴や消身か変身といった魔法を使っているか、内通者み
﹂
?
まっていた。
﹁ハーマイオニー
﹂
﹁⋮⋮ぅよ。そうよ、その手があったわ
これであいつの秘密を暴
だし辻褄も合う ありがとうアリス
五月二十四日。いよいよ第三の課題が知らされる日がやってきた。
◆
広間へと歩き出した。
誰もいなくなった廊下で既にいないハーマイオニーに返答して、大
﹁⋮⋮どういたしまして﹂
へ走り去っていった。
一息に言い切るとハーマイオニーはあっという間に廊下の向こう
くことができるかもしれないわ
﹂
!
!
うん、確かにそれなら可能
そう思いハーマイオニーを見ると│││何故か口を開いたまま固
ニーのことだ、このぐらいのことは考えているだろう。
一応、パッと思いついた限りのことを言う。とはいえ、ハーマイオ
てこのぐらいしかないんじゃない
たいな情報提供者がいるか、魔法具を使っているか。考え付くのなん
だっけ
﹁そう│││で、どうやってリータ・スキーターが情報を集めているか
か、私のそんなこと相談されても困る。
そういうのは先生に相談すればいいんじゃないだろうか。という
リスなら何か考え付くかなって思って相談したの﹂
ないの。色んな可能性を考えたけれど、どれも現実的じゃなくて。ア
﹁あれから一人でずっと考えていたんだけれど、どうやっても分から
?
!
?
!
363
?
呪文学の授業が終わった後、フリットウィック先生に夜の九時にクィ
ディッチ競技場へと向かうように言われたので、校庭を横切りながら
向かっていく。私の前方に黒い二つの人影が見えるが、多分ハリーと
セドリックだろう。
二人の背中を追いながらクィディッチ競技場へと辿り着く。そこ
には見慣れたクィディッチ競技場の姿はなく、生垣が複雑に組み合い
ながら見渡す一面を覆い尽くしている。
生垣へと近づき、既に集まっていたバグマン氏と他の代表選手のと
ころへと向かう。バグマン氏は全員が揃ったのを確認すると、両腕を
大きく開きながら話し出した。
﹁よく集まった。それでは早速だが、第三の課題について説明しよう。
まずこの生垣だが、こいつは今も育ち続けており課題当日までには六
メ ー ト ル 程 の 高 さ に ま で 成 長 し て い る は ず だ。二 人 と も 大 丈 夫 だ。
競技が終われば生垣は綺麗さっぱりなくなって元通りの競技場へ戻
﹂
﹁迷路を一番早く抜けるだけなんですか
﹂
しかし、当然だが迷路を抜けるまでには様々な障害が君
﹁そしてスタートする順番だが、これは現在までの獲得点数が高い順
知っているだけに余計な不安が駆り立てられる。
が 一 番 不 安 だ。ハ グ リ ッ ド が ど う い っ た 趣 向 の 持 ち 主 で あ る か を
呪いや魔法具もそうだが、何よりハグリッドが放つ生き物というの
がある﹂
具といった障害も配置される。君達はこれらの障害を全て破る必要
達の行く手を阻む。ハグリッドが様々な生き物を放つし、呪いや魔法
﹁そうだ
?
364
るから安心しなさい。さて、我々がこの生垣で何を作っているかはわ
かるかな
第三の課題は極めて明快、この迷路の中心に置かれる
!
優勝杯を最初に獲得した選手が優勝者だ﹂
﹁その通り
いこともない。
んでいるが生垣同士の間に隙間があるところを見ると迷路に見えな
バグマン氏の問いにクラムが簡潔に答える。確かに、複雑に入り組
﹁⋮⋮迷路﹂
?
!
にスタートしていく。一番はミス・マーガトロイド、二番はミスター・
ポッターとミスター・ディゴリー、三番はミスター・クラムに最後に
ミス・デラクールだ。順番が違えど優勝するチャンスは全員が持って
﹂
いる。如何に障害を切り抜けられるかが勝敗の分かれ目だ。どうだ、
面白かろう
必ずしも先にスタートしたからといって有利になるわけではない
と。い や、確 か に 有 利 で あ る こ と は 確 か だ ろ う が、遭 遇 す る 障 害 に
よっては一気に逆転されることもありえるということだ。
﹁質問がないようであれば、今夜は解散だ。皆、残り一ヶ月、悔いのな
いように頑張りたまえ﹂
解散となったので、フラーと軽く挨拶をした後城へと戻っていく。
途中、ハリーとクラムが禁じられた森の方へと向かうのを見たが、悪
い雰囲気ではないようなので放っておいた。帰り道が一緒であるた
めセドリックと並ぶようにして校庭を進んでいく。
﹁最 後 の 課 題 が 巨 大 迷 路 と は ね。ア リ ス は ど ん な 障 害 が あ る と 思 う
﹂
うのに対してはいい予感はしないわね﹂
﹁あぁ⋮⋮うん。やっぱり、そう思うよな﹂
セドリックも似たようなことを考えていたのか、返す言葉には脱力
が感じられる。
その後は、短いながらも寮の分かれ道までセドリックとどんな障害
が出てくるかを話し合った。
課題までの残り一ヶ月間は思ったよりも早く過ぎ去っていった。
選手以外の生徒は迫る期末試験に向けての勉強に躍起になってお
り、授業と食事の時間以外では談話室か図書室に篭って勉強をしてい
た。パドマやアンソニーは最後の課題が近いということもあって何
かと気を遣ってくれていたが、第二の課題みたいに慌てることがある
わけでもないし、二人の勉強に差し支えてもいけないので気持ちだけ
受け取っておいた。
365
?
﹁さぁ、何があるのかしら。少なくても、ハグリッドが放つ生き物とい
?
それに、二人が試験勉強に集中することで私にも利点が生まれる。
今までは少ない頻度で使用していた必要の部屋の使用回数を増やす
ことができるということだ。
使用する必要の部屋の中はいつもの図書館ではなく、魔法の訓練が
可能な部屋を使った。部屋の中には魔法の訓練に使えそうな様々な
道具が置かれており、その中でも魔法で攻撃してくる自動人形にはお
世話になっている。
何せ魔法の修得は一人で出来ても、それを実践的に鍛えるためには
やはり相手がいたほうが、効率がいいからだ。実践で使えそうな魔法
は大体覚えているので、課題当日までは身につけた魔法の発動速度や
精度を高めることに費やした。
勿論、チビ京を作ることも忘れてはいない。というより、一度作り
始めた以上は中断するわけにはいかないというのが実態である。尤
も、チビ京は少しずつ丁寧に時間をかけて作る必要があるだけなの
で、夜に時間を割く程度で済んでいるから支障がでるほどではない
が。
◆
遂にやってきた第三の課題当日。
課題の開始時刻は夕暮れからであるが、代表選手は招待された家族
への挨拶をするということで朝食後に大広間脇の小部屋へと集合す
ることとなっている│││のだが。
﹁私にどうしろというのかしらね⋮⋮﹂
パドマとアンソニーを試験に送り出してからというもの、テーブル
に頬杖をついてこれからどうしようかと悩む。
両親と死別の保護者なし。友達はいれどこの場に呼べそうな人は
いないという。ホグズミードに続いてこのようなところでも保護者
を断り続けてきた弊害が起こるなんて。
生徒がどんどん大広間から出て行き、セドリックやクラムにフラー
が小部屋へと入っていくのをぼんやりと見ていた。最後の生徒が大
366
広間から出て行き、残ったのは私と│││ハリーの二人だけとなっ
た。思わずハリーへと視線を向けると、ちょうどハリーもこちらを見
ていたのか視線が重なった。ハリーもどうするか考えているのだろ
うか。
重なった視線にどう反応したものかと考えていると、小部屋の扉が
開きセドリックが中から出てきた。
﹁ハリー、来いよ。みんな君を待ってるよ。アリスも早くおいでよ﹂
セドリックに声を掛けられたハリーはゆっくりとだが立ち上がり
小部屋へと進んでいく。私も呼ばれたから一応行ってはみるが、私を
呼んだところでどうしようというのだろうか。
ハリーに続いて小部屋へと入ると、セドリック、クラム、フラーは
それぞれの両親だろう人と話し合っており、ハリーは長髪の男性とふ
くよかな女性のところへと向かった。近づく際にハリーがウィーズ
リーおばさんと呼んでいたので、恐らくロンの家族なのだろう。
それはともかく、呼ばれたから来たものの知り合いが一人もいない
この状況をどうしろというのか。まぁ、知り合いがいないなんてこと
は予想ついていたことではあるが。
セドリックに文句の一つでも言おうかと思い彼の方を見ると、ちょ
うど父親らしき人物を連れてやってきた。
﹁アリス、紹介するよ。僕の父さんだ﹂
﹁初めまして、ミス・マーガトロイド。エイモス・ディゴリーだ。魔法
省の魔法生物規制管理部に勤めている﹂
﹁始めまして、アリス・マーガトロイドです﹂
差 し 出 さ れ た 手 を 握 り 返 し な が ら エ イ モ ス さ ん と 挨 拶 を 交 わ す。
エイモスさんはハキハキと喋る人で、マシンガントークというのが
しっくりくる程に話を進めてきた。まぁそれも、最初の挨拶以降は息
子がいかに自慢なのかという話であったが。
﹁君は現時点で一位みたいだが、最後の課題では優勝杯はセドリック
がいただいていくぞ。魔法の腕はセドリックに並ぶかもしれないが、
年季も経験も違うからね。悪く思わないでほしい﹂
そう言って、エイモスさんはセドリックを連れて部屋から出て行っ
367
た。その際、セドリックが振り返り片手を立てて謝罪のポーズをして
きたので、手を振り気にしないでと伝える。そのままセドリックたち
を見送ると、今度はフラーが話しかけてきた。
﹃ア リ ス。今 夜 の 課 題 で は 負 け な い わ よ。前 回 の 課 題 で は 助 け て も
らったけれど、それとは別だからね﹄
﹃優勝するのはお姉ちゃんだけど、貴女のことも応援しておいてあげ
る﹄
フラーに続いてガブリエールも話してくる。ガブリエールの中で
は姉が一番なのだろうが、それでも応援してくれるその姿に思わず笑
みが零れる。
フラーの母親とも挨拶を交わして雑談に興じる。その途中で、フ
ラーがチラチラと私の後ろの方を見ているのに気がついて視線を
追って振り向くと、その先にはハリーと話しているロンの家族がい
て、長髪の男性を見ているようだった。
368
フラーを見ると、私の視線に気がついたのか僅かに慌て始めて話題
を逸らし、母親とガブリエールを連れて部屋を出て行った。
さて、どうするか。部屋を見渡せばクラムとその両親も既にいなく
なっており、残っているのはハリーたちだけだ。別段、ロンの家族と
知り合いでもないので、このまま部屋を出ようと歩を進めるが、歩き
出したと同時にウィーズリーおばさんと呼ばれていた人に声を掛け
られた。
﹁初めまして、貴女がマーガトロイドさんかしら。ハーマイオニーか
ら話を聞いているわ。私はモリー・ウィーズリー。ロンの母親よ﹂
﹁どうも、初めまして。アリス・マーガトロイドです。﹂
一体ハーマイオニーから何を聞いているのか気になるが、一先ず置
いておいて出された手を握って握手を交わす。モリーさんの後ろに
いた男性│││ビル・ウィーズリーと言ってロンの兄弟の長男らしい
│││とも挨拶を交わして、少しの間だが話を続けた。とはいえ、お
是非ご挨拶を
互いが初対面なので双方と知り合いのハリーを間に挟む形ではある
が。
﹁そうえいば、アリスのご両親はどうしたのかしら
?
したいのだけど﹂
モリーさんがそう言うと、横にいるハリーが僅かに困ったような顔
を浮かべる。ハーマイオニーから私のことを聞いていたといったが、
そこまでは聞いていないのか。まぁ、ハーマイオニーが無闇に人の事
情を話すとは思っていないが。
﹁ウィーズリーおばさん。その、アリスの両親は⋮⋮﹂
﹁両親とは八歳の頃に死別しているんです﹂
そう言うとモリーさんは驚き、気まずそうな顔をする。
﹁そうだったの⋮⋮ごめんなさい。嫌なことを思い出させちゃったわ
ね﹂
﹁いえ、気にしないでください﹂
何回も同じような問答をしていると慣れてしまうので、本当に気に
しなくて構いません。
その後はハリーと一緒にホグワーツを案内してくれないかと言わ
369
れたが、夜の為に身体を休めておくと伝えると素直に引いてくれた。
大広間での夕食が終わった夕暮れ時。
代表選手はクィディッチ競技場に作られた迷路の入り口の広間に
集まっており、生徒や来賓の観客は広間の周囲を囲うようにして作ら
れたスタンドに隙間なく座っている。
審査員の席にはクラウチ氏の代理であるパーシー・ウィーズリーで
はなく、ファッジ大臣が座っていた。夕食の席にもいたが、まさか大
臣自ら審査員として参加するためだったとは。
競技開始の十分前になると、マクゴナガル先生、ムーディ先生、フ
リットウィック先生、ハグリッドが広間に入ってきた。
﹁私たちが迷路の周囲を巡回しています。何か危険に巻き込まれた場
﹂
合や助けを求めたいときには空に赤い火花を打ち上げなさい。そう
すれば私たちの誰かが救出に向かいます。よろしいですか
いった。その後、選手は聳え立つ生垣の壁に開いた隙間の前へと進
私たちが頷くのを確認すると、四人はバラバラの方向へと向かって
?
第一位、九十一点で
ここで、代表選手たちの現在の
第三の課題、そして三大魔法学校対抗試合
み、全員が配置についたところでバグマン氏が声を張り上げた。
﹁紳士淑女のみなさん
最後の課題がまもなく始まります
獲得点数をもう一度お知らせいたしましょう
﹂
!
﹂
!
﹂
ミー
﹂
﹁そして第五位、七十五点でフラー・デラクール嬢。ボーバトンアカデ
ルカロフ校長の声がまた一段とデカイ。
今度の声援はダームストラング校から大きく響き渡る。そしてカ
校
﹁第四位、八十三点でビクトール・クラム君。ダームストラング専門学
多いように感じるのは、上位三人が全員ホグワーツだからだろうか。
再びスタンドから拍手が鳴り響く。特にホグワーツからの声援が
ゴリー君。両名ともホグワーツ校
﹁続いて第二位、同点八十五点でハリーポッター君とセドリック・ディ
ニーが手を振っているのが見えたので手を振り返す。
スタンドから拍手が鳴り響く。見ると、ちょうどパドマとアンソ
アリス・マーガトロイド嬢。ホグワーツ校
!
!
!
﹂
!
程しか照らすことができない。正面は勿論、地面や両脇に聳える生
杖で明かりを灯すが、霧によって遮られているため僅か五メートル
ように警戒しながらも早足で進んでいく。
迷路といえ、目の前に広がるのは未だ一本道。何が出てきてもいい
﹁さて、と。とりあえず行きましょうか。 ルーモス │光よ﹂
で聞こえていた歓声が一切聞こえなくなった。
入ってきた隙間を埋めるように生垣が動き、完全に閉じられると今ま
中は薄暗く、薄っすらと霧が出ている。五メートル程進んだところで
ホイッスルの音が聞こえると同時に迷路へと入っていく。迷路の
きます。それでは│││一│││二│││三
﹁それでは、ホイッスルの音が鳴ったら順番に迷路へと入っていただ
振っているようだ。
フィンドールの、それもロンの家族が座っている場所に向かって手を
歓 声 に 合 わ せ て フ ラ ー は 優 雅 に 手 を 振 り 返 す。よ く 見 る と グ リ
!
370
!
垣、時には後ろにも注意して進んでいく。感覚的に五十メートル程進
んだあたりで、一本道が三つに分かれているところへと辿り着いた。
進んできた道から真っ直ぐ伸びるように続く道と、直角に左へ伸びる
道、鋭角に右へと伸びる道だ。
﹁ポイント・ミー │方角示せ﹂
四方位呪文を唱えて方角を確認する。杖は掌でクルクル回ると左
を示した。ということは、左の道が北で真っ直ぐの道は東、右の道は
南西ということか。
﹁迷路の中心は北西だから、左の道ね﹂
杖を手に取り左の道へと進んでいく。迷路の中心が北西だと分か
るのは、天文台から迷路を見渡して、スタート地点からどの方角へと
進めばいいかを予め予想していたからだ。
だが、四方位呪文は北を示すだけの呪文であるので、あまり頼りす
ぎるのもよくない。スタート地点から近いうちはいいが、迷路の中心
371
地を越えてしまっても北を示し続けるため進めば進むほどに当てに
ならなくなってしまう。最悪、中心地を大きく越えた迷路の最奥へと
進んでしまうこともありえる。
とはいえ、現状では四方位呪文を使って進んでいくしか手段がない
のも事実。星の位置を元に現在地を確認するという方法もあるが、こ
れは大まかな位置は分かれど細かい位置までは特定できないので、こ
の課題では使いようがない。
﹁また分かれ道ね﹂
再びの分かれ道。今度は四方向へと分かれている。
﹁│││あっちね﹂
四方位呪文で方角を確認して一番北西に近い右の道を進んでいく。
道に入り走り出したところで重く響く音が地面の揺れと共にやって
﹂
きた。何かがいると思うと同時に後ろへ下がる。
﹁
突然の事態に焦るも、こちらの都合など関係ないとばかりにそれは
どまであった道がなくなっており、生垣の壁が出来上がっていた。
だが、後退した身体が何かにあたり止ってしまう。振り返ると先ほ
!?
姿を現した。
﹁⋮⋮﹂
言葉に詰まる。
薄暗い道から姿を現したのは五∼六メートル程もある巨体に、ゴツ
ゴツとした灰色の肌をした不細工な生き物。手には身の丈ほどとま
ではいかないが、それでも長く太い棍棒を持ち、私を見ながらフゴフ
ゴと荒い鼻息を漏らしている。
﹁⋮⋮大きい⋮⋮わね﹂
道奥から姿を現したのはトロールだった。全体像が確認できる距
離まで近づくと酷い悪臭が鼻を刺激する。服の袖で鼻を覆いそうに
なるが、無理やりそれを押し留める。
﹂
トロールの最大身長は四メートル程だったはずだが、このトロール
│麻痺せよ
は明らかにそれよりも大きい。
﹁ステューピファイ
振り上げながら近づいてくる。
│粉々
﹂
!
けでなく、攻撃されて私を敵だと認識したのか雄叫びを上げて棍棒を
仰け反って身体を一瞬硬直させただけで倒れはしなかった。それだ
から伸びる赤い光は狙い通りにトロールの顔に当たるが、トロールは
トロールが襲い掛かってくる前に顔に向けて失神呪文を放つ。杖
!
この狭い道で巨体のトロールを近づけたら拙い
﹁レダクト
!
放つ。狙い通りに棍棒の根元に命中した魔法は棍棒を砕き割る。砕
けた先の棍棒は回転しながら生垣の向こうへと飛んでいく。トロー
ルは棍棒の重みが急に無くなったためか、バランスを崩して前のめり
に倒れこんだ。重く響く音を立てて倒れたトロールは手足をバタつ
かせながらも立とうとするが、それを大人しく見ているほど私はやさ
しくはない。
﹁ギュデート・イトゥムプパ │踊れ、石人形﹂
地面に転がる石から石人形を三体作り出してトロールへと向かわ
せる。この魔法を習得したときから、小石程度の大きさから成人男性
372
!
トロールの持つ棍棒の根元、持ち手の上の部分目掛けて粉々呪文を
!
程の石人形を作り出せることに疑問を持っていたが、よくよく考えれ
ば変身術の大半は物理法則やら質量保存の法則に喧嘩を売っていた
のを思い出して疑問に持つことを止めていた。
石人形は起き上がろうとしていたトロールの上半身にしがみつく。
トロールは石人形を振り落とそうと身体を揺らすが、仮にもドラゴン
の身体にもしがみついていた石人形はその程度では振り落とせない。
私もただ見ているだけではなく失神呪文を放っているが、巨体相応に
魔法抵抗力も強いのか動きを阻害する程度にしか効果がない。
トロールが立ち上がり両手を使って石人形を引き剥がそうとした
│爆発せよ
﹂
ときには、石人形はトロールの顔まで登り終えていた。
﹁コンフリンゴ
尻尾爆発スクリュートが待ち構えていた。スクリュートは私を視界
分かれ道を右に進むと目の前には迷路に入ってから三匹目となる
﹁│││また来たわね﹂
に遭遇する頻度が多くなっている気がする。
ゴーレム、進むのが困難なほどの突風など。とにかく進むごとに障害
超える尻尾爆発スクリュート、エルンペント、落とし穴、様々な呪い、
メートルを超える大蜘蛛、まね妖怪、形を変える生垣、三メートルを
で、触れると天地が逆さになる煙、地面から伸びて絡まりつく蔓、一
ら迷路を進んでいく。迷路に配置されている障害はまさに多種多様
常に方角と位置を確認しながら右へ左へ、時には来た道を戻りなが
たようで嬉しい誤算だ。
形と爆発呪文を合わせた即席爆発人形だが、思った以上に威力があっ
トロールが死んだのを確認すると急いでその場を後にする。石人
ルは風に押させる形で力無く倒れ伏す。
上の身体をぽっかりと無くしたトロールの無残な姿だった。トロー
構える。風が吹き、爆発による煙が流れることで現れたのは、肩より
人形が爆ぜる爆風で身体に衝撃を受けるが踏み止まり注意深く杖を
爆発呪文でトロールの頭にいる石人形三体を全て爆発させる。石
!
に納めると尻尾を地面に叩きつけながら威嚇をしてくる。尻尾が叩
373
!
きつけられるたびに地面が爆発を起こし、それに比例して大きな穴が
作られる。私が杖を構えると、スクリュートは両の鋏をバチンバチン
と鳴らしながら尻尾を爆発させると同時に襲い掛かってきた。
﹁ギュデート・イトゥムプパ │踊れ、石人形﹂
三匹目ともなると対応にも慣れてきて冷静に呪文を唱える。元々、
ハグリッドが生き物を放つと聞いたときから出てくるだろうと予想
してだけになおさらだ。
石人形を前列五体と後列六体の合計十一体作り出す。前列の石人
形に互いを支えあうように組ませて、迫るスクリュートの壁にする。
体格差と力の差から石人形は砕けてしまうが問題はない。控えてい
た残りの石人形をスクリュートが止まった隙を狙って飛びつかせて
尻尾や脚に纏わりつかせる。
﹁エムイベート │鎖になれ﹂
スクリュートに纏わりついた石人形と砕けた石人形を纏めて鎖へ
と変身させて、スクリュートを雁字搦めに拘束する。
短時間だがドラゴンを拘束した合わせ技だ。いくらスクリュート
といえど拘束を解くのは容易ではないだろう。
﹁ギュデート・イトゥムプパ │踊れ、石人形 エンゴージオ・マキシ
マ │大きく肥大せよ﹂
新たに一体の石人形を作り出して、それを巨大化させる。普通の肥
大化呪文よりも強力な呪文で巨大化させたため、その大きさは第一の
課題のときよりもさらに一回り大きい。拘束されてバタバタともが
いているスクリュートへ近づかせ、右肘を曲げて右手を左手で支えて
肘 打 ち の 体 勢 を と ら せ る。そ し て、そ の 体 勢 の ま ま 石 人 形 を ス ク
リュートの身体目掛けて倒す。石人形の肘がスクリュートの身体に
めり込むと、スクリュートは水気交じりの鳴き声を上げる。いかに堅
い甲殻を持っていても、衝撃の逃げ道が無い上からの大質量による一
点攻撃は耐えがたかったようで、身体中の穴から腐臭のする体液を噴
出させた。
﹁コンフリンゴ │爆発せよ﹂
石人形をスクリュートに覆い被らせて爆発呪文を唱える。石人形
374
に鎖の全てが爆発を起こし、強い爆風と衝撃が一帯を襲う。私は曲が
り角の生垣に身を隠していたが、それでも身に感じる衝撃は大きい。
生垣から顔を出して爆心地の様子を窺う。まぁ、結果がどうなった
かは過去二匹の犠牲によって分かっているのだが。
煙が風に撒かれると、そこにあったのは予想通りの光景だった。先
ほどまで拘束されていながらも激しく動いていたスクリュートは、脚
の大半を根元から吹き飛ばし、堅い甲殻は壊れるまではいかずとも大
きな亀裂が入り所々欠けている。尻尾は根元から吹き飛び生垣の上
に引っかかっている。
だが、そこまでの姿になってもスクリュートは生きているらしく、
ギチュギチュと奇声を鳴らしながらのたうっていた。
﹁インカーセラス │縛れ﹂
杖から伸びる縄が幾重にも重なってスクリュートを拘束する。本
来であればこの程度でスクリュートを拘束なんて出来ないが、ここま
で負傷させれば十分に拘束可能だ。
無力化したスクリュートの脇を駆け抜けて、迷路の奥へと進んで
いった。
スクリュートを倒した後は目立った障害に当たらずに迷路を進む。
これまで結構な数の障害を突破してきたし、他の選手もそれぞれが障
害をクリアしているだろうから数自体がもうないのかもしれない。
とはいえ、現在迷路に残っている選手は私を含めて三人だけだろ
う。ここに来るまでに、空に赤い火花が打ち上げられたのを二回確認
した。つまり、誰かは分からないが二人の選手が脱落したということ
だ。
突き当りから直角に伸びる道を曲がる。先ほどと同じように真っ
直ぐと伸びる道が続くが、その先に今まではなかった光る何かを見つ
けた。
今までとは違い勢いをつけて走り出す。左右の生垣が後ろへと流
れている中、残りの距離が百メートル程となったところで、光を放つ
375
ものの正体が分かった。
│││優勝杯。
優勝杯を視界に納めると、さらに脚に力を入れて走り出す。
だが、優勝杯との距離が残り四十メートル程となったところで、視
界の隅に黒い何かが見えた。見ると生垣の上を勢いよく動いている
﹂
大蜘蛛がいた。大蜘蛛は生垣下を並走する私には目もくれずに、生垣
│麻痺せよ
の向こう側を見ている様子だ。
﹁ステューピファイ
で、幾つかの小さな墓石と大きな像が建てられている墓石が乱雑に並
も、それを堪えてすぐに立ち上がる。立ち上がったそこは墓場のよう
身体が地面へと叩きつけられる。その衝撃で身体に痛みを感じる
◆
│││お腹から引っ張られるような感覚と共に。
第三の課題は三人による引き分けという結果に終わった。
優勝杯を手に取ったのは│││三人同時。
そして、三人による競争は決着がついた。
ると有利ということはない。
距離は私とハリーがセドリックよりリードしているが、体格差を考え
お 互 い が お 互 い を 認 識 し 合 う と 全 員 が 優 勝 杯 へ 向 け て 駆 け 出 す。
リックが飛び出してくる。
と入った。そして私が広場に入ると同時に別の道からハリーとセド
と、今まで一本道だった道がなくなり、優勝杯が置かれている広場へ
残りの距離を急いで詰める。残りの距離が二十メートル程となる
いった。
たった大蜘蛛は短く声を上げながら生垣の向こう側へと吹き飛んで
迷惑なので、余所見をしているうちに失神呪文を放つ。失神呪文が当
今は私に関心がないようだが、このタイミングで襲い掛かられても
!
んでいた。素早く視線だけを動かすと暗闇の向こうに大きな屋敷が
376
!
見える。辺りに生えている木は枯れ果てて葉の一枚もついていない。
ここが何処なのか。それは分からないが、少なくてもホグワーツで
はないことだけは確かだ。
正直、何が起こったのか分からない。何故優勝杯を手にしたら、こ
ポー ト
んな見知らぬ場所へと移動するのか。優勝杯に手にした者を移動さ
せる│││つまり移動キーとしての機能が備わっていたのだとして
もしこれが課題の続きだとしても、こんな場所で
も、それならば優勝者として審査員のいる会場へと移動するのが正し
いのではないか
何をやるというのか。
│││不可解なことがあれば警戒せよ。思考を止めるな。冷静さ
を失うな。
昔、パチュリーと戦闘訓練をしたときによく言われたことだ。
魔法を扱う者にとって不可解なことや理解できないことは良くな
い結果をもたらす。故に、何が起きても対処できるように警戒を怠ら
ず、情報を収集しながら冷静に思考を巡らせろ。それが己の身を護る
ことに繋がる。
一回しか言われたことのない言葉だったが、印象深かったことも
あってかよく覚えている言葉だ。
杖を手に周囲を見渡す。すぐ近くにいたハリーとセドリックも既
﹂
﹂
二 人 は 優 勝 杯 が 移 動 キ ー
に立ち上がって辺りをキョロキョロと見渡している。
﹁どこなんだろう
﹁優 勝 杯 が 移 動 キ ー に な っ て い た の か
だっていうこと、誰かから聞いていたかい
ている。
棺のようで、その上にフードを被り、鎌を持った骸骨の石像が鎮座し
くりと歩きながら一際大きい墓石の前へと辿り着く。墓石は大きな
セドリックの言葉にハリーも杖を取り出して構える。三人でゆっ
な﹂
﹁そうか。とりあえず、杖を出しておこう。何があるか分からないし
﹁僕も知らない﹂
セドリックの言葉に首を振って返答する。
?
?
377
?
?
﹁何か書いてあるぞ。 ルーモス │光よ﹂
│││ハリー
﹂
セドリックが杖先に明かりを灯し、屈んで墓石に書かれている文字
を読み上げる。
﹁トム・リドル。誰なんだろう
?
が声を掛けるも、ハリーは反応しない。
﹂
﹁⋮⋮そんな、まさか⋮⋮二人とも、急いでここから離れよう
キーを早く
!
﹁あぁあぁぁぁあ
﹂
らしく、身体の前で腕を組んでいる。
ら、黒いフードを被った何者かが現れた。フードは何かを抱えている
音の聞こえた方│││近くに建っていた古びた教会に空いた穴か
私の行動に反応して杖を構える。
微かだが草を踏む音が聞こえ、その音の方へ杖を向ける。二人も、
﹁待って。誰かいるわ﹂
移動
身体をビクリと震わせて固まった。それを疑問に思ったセドリック
セドリックが墓石の書かれた名前を読み上げると同時に、ハリーは
?
﹃余計なやつは殺せ
﹄
深くフードへと杖を向ける。
その声にセドリックが何事かとハリーへ声を掛けているが、私は注意
フードが現れると、突然ハリーが額を抑えながら呻き声をあげた。
!!
﹂
リックを狙っていた。
│護れ
!
の存在しない死の呪文に対して盾の呪文が通用するのか分からな
さい閃光となって弾け飛び、辺り一帯へと拡散した。本来、反対呪文
呪文は盾の呪文に当たると霧散│││したかと思ったら、幾つもの小
咄嗟に緑の閃光│││死の呪文に対して盾の呪文を唱える。死の
﹁プロテゴ
﹂
フードの杖から緑色の閃光が走る。それは真っ直ぐに│││セド
﹁アバダ・ケダブラ
には杖が握られている。
こえた。その声に従うかのようにフードは腕を振り上げる。その手
フードから⋮⋮いや、フードが抱える何かから甲高く冷たい声が聞
!
!
378
!
!
かったが、どうやら防ぐまではいかずとも弾くことはできたようだ。
だが、弾かれ拡散した死の呪文はそれだけでも相当の威力を持つよう
﹂
で閃光が当たった墓石や木を破壊している。
﹁あぐッ
﹂
﹄
│縛れ
やつらを捕らえろ
﹁インカーセラス
!
る。
﹁お前だったのか
ピーター・ペティグリュー
﹂
!
﹃さぁ⋮⋮始めろ﹄
﹁ご主人様、準備ができました﹂
ツグツと沸騰する音と共に湯気を立ち昇らせている。
の中身はここからでは見えないが、煮えくりたっているのだろう、グ
リューは小さな包みを持ち上げて、用意した大釜の前へと進む。大釜
そうこうしている間に準備が終わったのか、ピーター・ペティグ
から良からぬ気配を感じているため実行には移せないでいた。
出すこと自体は難しくない。だが、ハリーの前に置かれた包み。あれ
から抜け出せるようにしておく。幸いにも杖は手元にあるので抜け
いていく。ピーター・ペティグリューを目で追いながら、いつでも縄
リューは息を荒くしながらもハリーの言葉には反応せずに淡々と動
た ヴ ォ ル デ モ ー ト の 家 来、死 喰 い 人 の 一 人 だ。ピ ー タ ー・ペ テ ィ グ
一年前、叫びの屋敷で捕らえるも不測の事態によって逃がしてしまっ
そう、フードを被っていた者の正体はピーター・ペティグリュー。
!
きた。それはハリーも同じようで、フードへ向けて怒りを露わにす
付けた。その際に月明かりによってフードの中の顔を見ることがで
ハリーに近づいて石像の前まで引っ張ると、縄で石像にハリーを縛り
フードの杖から縄が伸びて、私とセドリックを拘束する。フードは
!
﹃今だ
痛みと衝撃で地面へと倒れてしまった。
のか地面に倒れて動かなくなる。私も大きめの破片が背中へ当たり
けた破片が私達に降りかかった。セドリックは破片が頭へ当たった
そのうちの一つの閃光が私達の背後にある骸骨の石像へと辺り、砕
!
冷たい声と共に、ピーター・ペティグリューは包みを開いて中身を
379
!
!
大釜の中へと入れる。一瞬だけ見えたそれは、酷く醜い奇形の赤ん坊
のような姿をしていた。
ピーター・ペティグリューは杖を再度取り出して振るう。ハリーを
父親は息子を蘇らせん
﹂
拘束している足元、石の棺の蓋が開き、中から一本の骨が出てくる。
﹁父親の骨、知らぬ間に与えられん
!
﹂
だが│││思考に反して身体は動こうとはしないで静観を選んで
現状、動けるのは私だけだ。
は拘束されていて、セドリックは気絶している。
できる可能性は高い。それを実行できるのも私だけだろう。ハリー
今ここで妨害すれば儀式は失敗してヴォルデモートの復活を阻止
せるための儀式だろう。
しているのかは分かる。この儀式は恐らく、ヴォルデモートを復活さ
ここまでくれば、ピーター・ペティグリューが何の儀式をやろうと
釜の底。
えて、今は片手がない状態だ。唯一の不安要素だった存在は、今は大
ピーター・ペティグリューは何かの儀式に集中していていることに加
べきなのだろう。杖は手元にあり、縄からはすぐにでも抜け出せる。
│││本当ならば、ここでピーター・ペティグリューの邪魔をする
る。
いき、ピーター・ペティグリューは手を切り落とした激痛に呻いてい
首から短刀で切り落とした。切り落とされた右手は大釜へと落ちて
言い終えるや否や、ピーター・ペティグリューは伸ばした右手を手
││ご主人様を│││蘇らせん
﹁しもべの肉│││よ、喜んで│││差し出されん│││しもべは│
ざめながら過呼吸を起こしそうなほどに息を荒げる。
次にピーター・ペティグリューは懐から短刀を取り出すと、顔を青
ら四方八方へと青い火花を散らしている。
と、先ほどまで白かった湯気は毒々しい青へと変化した。大釜の淵か
ピーター・ペティグリューは取り出した骨を大釜へと入れる。する
!
いる。実際、何度か呪文を唱えようとしたが、それが口から発せられ
ることはなかった。
380
!
それは何故か│││いや、私自身理由は分かっている。そして、こ
のような状況でも自身の性分が出てしまうあたり、私はどうしようも
ないのだと心底呆れてしまう。
先ほど見た醜い存在。あれが本当にヴォルデモートだとするなら
ば、今の彼は何の力も持たない小さな存在だ。身体は当然ながら宿す
魔 力 も 高 い と は い え な い。赤 ん 坊 よ り は マ シ と い っ た 程 度 だ ろ う。
唯一持つ力といえば、先ほども感じた良からぬ気配ぐらいだろう。
そのような状態からどうやって復活を果たすのか。闇の魔術を知
り尽くした魔法使いの生命を操る技とはどのようなものなのか。魂
や命という分野を研究している私としては、是が非でもその分野の先
達たるヴォルデモートの技を見てみたい。思考では止めるべきだと
訴えているが、身体は本能が抱える欲望に忠実で動こうとしない。
先 ほ ど ま で 青 色 だ っ た 湯 気 は 燃 え る よ う な 赤 へ と 変 化 し て い る。
ピーター・ペティグリューは呻きふらつきながらも、ゆっくりとハ
いほどの白い湯気を立ち昇らせる。
役目を果たしたと言わんばかりに、ピーター・ペティグリューはそ
の場に崩れ落ちて、手を抱えながら呻いている。
大釜はダイヤモンドのような閃光を周囲に放ち、その輝きは夜の闇
を照らすほどに輝いている。
381
リーへと近づいていく。
ピーター・ペティグリューは残った手で短刀を持ち上げ、ハリーの
右腕へと近づいていく。ハリーは逃げようと必死にもがいているよ
﹂
うだが、拘束は解けずにハリーを縛り続ける。
﹁ああぁぁああぁああぁ
に入った赤い液体│││ハリーの血を大釜へと流し込む。
!
燃えるような赤い湯気を発していた大釜は、ハリーの血が入ると眩
﹁敵の血│││力ずくで奪われん│││汝は│││敵を蘇らせん
﹂
小瓶を手にピーター・ペティグリューは大釜へ近づいて、小瓶の中
押し付ける。
リューは短刀をしまい、代わりに取り出した小瓶をハリーの傷口へと
ハ リ ー の 右 腕 の 内 側 に 短 刀 が 突 き 刺 さ る。ピ ー タ ー・ペ テ ィ グ
!!
どのくらい時間が経っただろうか。閃光を放っていた大釜は急に
静まり、煮える音も風の音も、全ての音が消えたかのように無音の世
界が訪れた。
静かに、音を発せずに輝く湯気は立ち昇る。やがて、大釜の中の液
体がなくなったのか、立ち昇る湯気は段々と濃度を薄くしていく。
﹁│││ッ﹂
誰かが息を飲む音が聞こえた。無音の世界にその音はやけに響く。
僅かに湯気を上げる大釜から何かが出てきた。骸骨のようにやせ
細り、背の高い影だ。
﹁ローブを着せろ﹂
大釜から出てきた者が足元で蹲るピーター・ペティグリューにそう
命令する。ピーター・ペティグリューは身体を震わせながらも、命令
に忠実な機械のように傍に置いてあったローブを手に取り、声を発し
た者へと被せる。
ローブを纏ったそれはゆっくりと歩き出す。大釜は既に役目を果
たしたのか一筋の湯気も出さずにいた。
強い風が吹く。それと共に空にあった雲も動き、月明かりが墓場全
体を照らした。そして、月明かりに照らされたことで目の前の存在の
顔が露わになる。
骸骨よりも白いのっぺりした顔、細い切れ込みのような鼻、蛇のよ
うな細く赤い目。
﹁│││ヴォルデモート﹂
闇の帝王、ヴォルデモートが復活した。
382
明かされる真実
ヴォルデモートは周りの者に構わず、ペタペタと自分の身体や顔を
触っている。まるで、この身体が自分のものであるかを確かめるよう
に。
それが終わると、ヴォルデモートは自分の足元に蹲っているピー
ターへと顔を向けて冷たく撫でるような声で命令する。
﹁立て、ワームテール。俺様の杖をよこせ﹂
ヴォルデモートに命令されたピーターは足を震わせながら立ち上
がり、ポケットから取り出した一本の杖をヴォルデモートに手渡す。
ヴォルデモートは手に持つ杖をゆっくりと愛しむように撫でてい
たが、不意に杖を振るうとピーターを浮かしてハリーが拘束されてい
る石像へと叩きつけた。地面へと落ち、痛みで呻くピーターをヴォル
デモートは高笑いをあげながら見ている。そして、ピーターへと近づ
くと再度の命令を告げる。
﹁腕を出せ、ワームテール﹂
﹁あ、お⋮⋮おぉ、ご主人様⋮⋮ありがとうございます﹂
ヴォルデモートにお礼を言いながら手を切り落とした右腕を差し
出す。治療してもらえると思っているのだろう。
﹁違うぞ、ワームテール。もう一方の腕だ﹂
だが、ヴォルデモートは腕の怪我を無視して無傷の腕を差し出せと
言う。その言葉にピーターは泣きながらも許しを請うが、ピーターの
言葉に一切の反応をしないでヴォルデモートはピーターの左腕を
引っ張る。そして乱雑に捲られた右腕へと杖を突き刺した。
その瞬間、ピーターは歯を食いしばり、目を強く瞑りながら痛みに
堪えるようにしている。
時間にして数秒か。ヴォルデモートがピーターから杖を離すと顔
を空へと向ける。
﹁全員が気づいたはずだ。それを知り、俺様の下に戻る勇気あるもの
が何人いるか。そして、離れようとする愚か者が何人いるのか﹂
ヴォルデモートは顔を戻すと、今度はハリーへと向ける。
383
﹁ハリー・ポッター。お前が何の上にいるか知っているか
な末路を辿ったか。
﹁だが、今この瞬間
俺様の真の家族が戻ってきた
﹂
俺様の
ヴォルデモートは語る。自分がどのように生まれ、両親がどのよう
役立ったかは│││見ての通りだ﹂
のために死んだように、俺様が殺した父親も役に立った。どのように
父親の遺骸の上だ。愚かなマグルだったが│││お前の母親がお前
?
ヴォルデモート卿は、助ける者には褒美を与える﹂
﹁その腕の苦痛は報いだ│││だが、お前が俺様を助けたのも事実。
﹁は⋮⋮はぃ⋮⋮ご主人様﹂
では足りない。分かっているだろうな、ワームテール﹂
いたことに変わりはない。今回の一件で幾分かツケは返したが、それ
に立った、ワームテール。だが、お前も他の者同様に俺様から逃げて
た十三年間。その分のツケを払ってもらう。その点│││お前は役
﹁俺様はお前たちを許しはしない。お前達が俺様の信頼を裏切り続け
許さないと言わんばかりに〝磔の呪文〟を唱える。
その言葉に死喰い人の一人が跪き許しを請うも、ヴォルデモートは
﹁俺様は失望した│││そうだ、失望させられたと告白しよう﹂
とかという憤怒に満ちた言葉だった。
葉は、絆を保ち永遠の忠誠を誓ったご主人様を何故助けにこなかった
との絆が固く結ばれているという歓喜の言葉だった。だが後半の言
喋りだす。その言葉は、前半は呼びかけに応じて馳せ参じた死喰い人
ヴォルデモートは死喰い人の顔を一人ひとり見渡しながら饒舌に
ころどころ隙間が空いている場所があった。
ブの裾にキスをしていく。死喰い人は円を描くように整列するが、と
死喰い人は一人ずつヴォルデモートに近づくと、足元に傅いてロー
﹁よく来た。よくぞ戻ってきた│││死喰い人たちよ﹂
異なる仮面をつけている。
現れた。黒いローブを頭からすっぽりと被り、顔にはそれぞれ意匠の
その言葉と同時に墓場のいたるところから姿現しをした者たちが
!
そう言って、ヴォルデモートが杖を一振りすると、杖先から液体金
384
!
属のようなものが噴出し、手の形を形成するとピーターの右腕の切断
面へとくっついた。
﹁おぉ⋮⋮ご主人様、ありがとうございます﹂
﹁お前の忠誠心が二度と揺るがないことを期待するぞ、ワームテール﹂
その後も、ヴォルデモートは死喰い人一人ひとりに詰め寄り仮面を
剥がしていった。その中にはドラコの父親のルシウス・マルフォイも
含まれていた。集まらなかった者の中では、アズカバンに収容された
ものには栄誉を、逃げた者には報いを与えると宣言する。
﹁そして、最も忠実な僕であり続けた者は既に任務に就いている。そ
う、ホグワーツでだ。その者の尽力によって、今夜、我らは若き友人
を迎えた。尤も、一人余計な者が一緒ではあるが﹂
最も忠実な死喰い人がホグワーツで暗躍
そこでヴォルデモートはハリーへと、そして私へと視線を向ける。
だが、どういうことだ
しているとヴォルデモートは言った。今年のホグワーツは三大魔法
学校対抗試合が開催されることもあり、例年以上に警備が厚くなって
いるはずだ。そんな中を死喰い人は暗躍を続けていたというのか
ピーターによって思わぬ好機を得たこと。蘇りの魔法を執り行うの
け な く な っ て し ま っ た こ と。ヴ ォ ル デ モ ー ト を 探 し て や っ て き た
れようとしたがハリーによって失敗したこと。僅かな希望さえも抱
│クィレル先生のことらしい│││に取り付いて賢者の石を手に入
のか、どのようにして生き延び在り続けたのか。一人の魔法使い││
した日から始まり、どうして自身が放った呪いが自らに降りかかった
それに対し、ヴォルデモートは饒舌に語りだす。ハリーを殺そうと
活したのかと。
進み出て頭を下げながら問う。一体、どのような奇跡を以ってして復
ヴォルデモートが一旦言葉を切ると、ルシウス・マルフォイが一歩
ポッターだ。この度、俺様の復活パーティーに列席してもらった﹂
や英雄として持て囃されている〝生き残った男の子〟│││ハリー・
﹁皆も知っているだろうが紹介しよう。かつて俺様の手から逃れ、今
?
に 必 要 不 可 欠 な ハ リ ー の 血 を 求 め て 死 喰 い 人 に 暗 躍 を 命 じ た こ と。
そして、今夜それを達成したこと。
385
?
﹁クルーシオ
│苦しめ
﹂
!
この小僧がただの一度でも俺様より強かったと考えるこ
当たりなんて│││まぁ、なくはないが。
﹁我が君。一体、この娘が何なのでしょう
﹂
ハリーが主賓だというのは分かるが、何故私までが主賓なのか。心
ヴォルデモートの言葉に死喰い人たちから疑惑の目が向けられる。
﹁もう一人の主賓を紹介しよう﹂
直ぐ見据えてくる。
ここで、ヴォルデモートが再び私を見た。赤く光る目が、私を真っ
すれば、愚かなお前達にも俺様の力が理解できよう│││その前に﹂
﹁今夜、ハリー・ポッターを殺そう。他ならぬ俺様の手によって。そう
かっている。
が、今度は荒い呼吸と脂汗を流しながら自身を拘束する縄にもたれか
そこで、ヴォルデモートは杖を下ろす。ハリーの叫びは終わった
幸運に過ぎない。こやつ一人では何にも出来はしないのだ。﹂
とは愚かしいことだ。ハリー・ポッターが俺様から逃れたのは偶然と
﹁見たか
言わんばかりに笑みを浮かべている。
が墓場中に響き渡り、それを間近で見ているヴォルデモートが愉悦と
ヴォルデモートがハリーに〝磔の呪文〟をかけた。ハリーの絶叫
!
まずは
?
はないものの、マグル出身としてはかなり優秀な魔女だと言っており
とか。息子と同学年でしたので息子にも話を聞いたところ、認めたく
ラックのホグワーツ侵入事件の際に、奴を捕らえるのに貢献したのだ
例で招待していたようです。なんでも、去年に起こったシリウス・ブ
二人で貴賓席にいたので疑問に思ったのですが、どうも魔法大臣が特
のはクィディッチ・ワールドカップの時です。友人と思わしき魔女と
﹁はい、我が君│││この娘、アリス・マーガトロイドに初めて会った
それを聞かせよ﹂
が、お前はこの娘のことは他の者よりは知っているだろう
﹁良い質問だな、ルシウス。それについては今から教えてやろう。だ
トに問いかけた。
困惑する死喰い人を代表してルシウス・マルフォイがヴォルデモー
?
386
!
ました│││私が知るのはこのぐらいです﹂
ルシウス・マルフォイの話を聞いて僅かに驚いた。無いも同然な交
友関係だったドラコが私のことをそのように思っていたとは。
﹁その通りだ│││だが、一つだけ俺様が知っていることと食い違っ
ているな。俺様がワームテールに聞いた話だと、マーガトロイドは
ワームテール﹂
ワームテールを捕らえるのにシリウス・ブラックと協力をしたらしい
が。どういうことだ
ご、ご主人様⋮⋮私は、決して嘘は申しておりません﹂
﹂
イド。下手な芝居は勧めないぞ お前がいつでも拘束から逃れら
ことなのか。ここは本人に聞こうではないか│││立て、マーガトロ
﹁嘘は言っていないようだな。だがそうなると、この齟齬はどういう
る。その目は相手の心の奥深くまで探るかのように光って見えた。
ヴォルデモートはピーターとルシウス・マルフォイを交互に見や
ツにいた魔法大臣が直々に申したことですので信憑性は確かかと﹂
﹁我が君。私も決して嘘は申しません。それに、事件の日にホグワー
﹁ルシウス
﹁ひっ
ヴォルデモートの冷たく細められた視線がピーターを見据える。
?
﹂
れるということは分かっている。先ほどから杖は手放しておるまい
?
だったが、いつから見抜かれていたのか。
﹁ディフィンド │裂けよ﹂
〝引き裂き呪文〟で身体を拘束している縄を引き裂く。急いで立
ち上がるが、杖は構えずに手に持つだけに留める。
﹁良い判断だ。杖はそのままにしておくがいい。そうすれば、今は危
害を加えはせぬ。さぁ、では聞かせてくれ。去年のあの晩、本当は何
があったのかをな﹂
今は危害を加えないか。殺す宣言しているハリーと比べれば随分
と穏やかな対応だけれど、今後の展開しだいでは変わってくるだろ
う。
│││今更過ぎるが、やはり儀式を妨害していた方が良かったのか
387
?
!
思わず杖を握る手の力が強まる。見えないようにしていたつもり
?
もしれない。
﹁│ │ │ 二 人 の 言 っ て い る こ と に 間 違 い は な い わ。事 実、私 は ピ ー
ター・ペティグリューを捕らえる手助けをしたし、シリウス・ブラッ
クを捕らえるのにも協力したわ﹂
﹂
﹁だが、ワームテールはここにいて、シリウス・ブラックが捕まったと
いう話は聞かないが
したのよ﹂
﹂
ヴォルデモートとスネイプ先生は、常々という
?
ほどの付き合いがあったということなのか
常々言っていた
いては触れなかったのか
はワームテールのことも嫌っていたはずだったが、こやつのことにつ
ラックをアズカバンに放り込みたいと言っていたな。だが、セブルス
﹁なるほど、セブルスの差し金か。確かにあやつは、常々シリウス・ブ
ヴォルデモートが手を上げると一斉に静かになった。
スネイプ先生の名を出すと死喰い人たちがざわざわと騒ぎ出すが、
﹁│││スネイプ先生﹂
﹁それは誰だ
﹂
に唯一動けた人が関係者を運んだ後、大臣に事実を少し曲げた報告を
グリューが逃げた時点で無実を証明することができなくなり、その時
ス・ブラックについては、彼の冤罪の証拠でもあるピーター・ペティ
それに乗じることでピーター・ペティグリューは逃げたわ。シリウ
シリウス・ブラックや他の人と協力して捕まえた後に一騒動あって、
﹁最終的に二人とも逃げたからね。最初、ピーター・ペティグリューを
?
喰い人に沿うようにして一周回った後、再度口を開いた。
ヴォルデモートは一度頷くと、ゆっくりと歩き出す。円陣をとる死
﹁│││なるほど、よく分かった﹂
見逃したのだと思うわ﹂
事実がシリウス・ブラックを捕らえる理由に必要だったから、あえて
際に彼が生きていることを伝えはしたけれど、彼が死んでいたという
プ先生は気絶していたのよ。一応、事の顛末をスネイプ先生に伝える
﹁ピーター・ペティグリューが姿を晒してから逃げるまでの間、スネイ
?
?
388
?
﹁マーガトロイドよ、所属寮はどこだ
﹁│││レイブンクローよ﹂
はないか
﹂
│││そう、スリザリンをな﹂
何故俺様がお前の勧められた寮を知っているの
?
どういうことだ
│││血筋的にもだ﹂
血筋的
とてもスリザ
マグル生まれの私の血筋は、スリザ
リンからは最も縁遠いものではないのか
﹁恐れながら、我が君。この娘はマグル生まれでは
リンに相応しき者とは思えませんが⋮⋮﹂
な﹂
私への接し方が、ハリーや死喰い人と比べて幾分と穏やかに感じるの
どうでもいいが│││いや、よくはないか│││ヴォルデモートの
﹁そう慌てるな、マーガトロイドよ。一つずつ教えていってやろう﹂
ヴォルデモートの言葉に思わず反応してしまう。
﹁⋮⋮何を知っているというのかしら
﹂
ているのは俺様だけだ。ダンブルドアでさえ知り得ていないだろう
員に言えることだろう。恐らく、こやつの素性について完全に把握し
﹁お前ならばそうであろう。いや、お前だけでなく、こやつを含めた全
ヴォルデモートへと投げかけた。
ルシウス・マルフォイが、私が疑問に思っていることをそのまま
?
?
?
リンにこそ相応しいと思っただけのことだ。才能的にも思考的にも
か。答えは単純だ。俺様の経験、そして得た知識から、お前はスリザ
﹁不思議そうだな
モートの耳に入るとは思えない。
由で組み分け帽子から情報が漏れたのだとしても、それがヴォルデ
の組み分け帽子の言葉は当事者にしか聞こえないはず。何らかの理
何故│││それをヴォルデモートが知っているのだ
あのとき
は組み分けのときにレイブンクローともう一つ、寮を進められたので
が真にお前に相応しい寮であるとは思わん。マーガトロイドよ、お前
ンクローに相応しい者なのだろう│││だが、俺様はレイブンクロー
﹁英知を求める者が集う寮か。なるほど、話に聞く限りお前はレイブ
質問の意図が分からずに首を傾げる。
?
?
389
?
?
?
は気のせいだろうか。
﹁一つずつ説明してやろう。まず才能についてだ。こやつは十一歳に
て死喰い人の一人を倒している。倒されえた死喰い人にも油断や慢
心があったのは確かであろうが、それでも死喰い人を破ったという事
実は変わらない。さらには十三歳、去年には百体を超える吸魂鬼を有
体守護霊にて退けている。その場には他のものが放った守護霊もい
たようだがな。しかし重要なのはそこではない。こやつはそのとき、
守護霊を同時に二体作り出していたのだ。十三にて守護霊を使役で
きる魔法使いは多くはないが、いないわけではない。だが、守護霊を
聞こえない
複数使役するというのは異例だ。少なくとも、俺様はその歳でそれほ
どの技量を持つ者を知らぬ﹂
守護霊のことを何故ヴォルデモートが知っている
ほどに小さな舌打ちをして考えを巡らす。あの夜のことを知ってい
てヴォルデモートに伝達できるような存在は限られるはずだ。
まず│││ファッジ魔法大臣。魔法大臣が直接漏らしたというこ
とは無いだろうが、ルシウス・マルフォイが魔法大臣と親しいことを
考えると、彼から伝わった可能性もある。だが、ルシウス・マルフォ
イとヴォルデモートは今日この場で再会したようなので、事前に伝え
ていたということはないだろう。
次に│││スネイプ先生。さっきのヴォルデモートの話から、ヴォ
ルデモートとスネイプ先生は何かしらの関係があるようなので、スネ
イプ先生がスパイとして情報を漏らしていた場合だ。だが、ヴォルデ
モートと関わりの可能性がある者をダンブルドア校長がホグワーツ
の教員として採用するかと考えると、ないだろうと思う。仮にもハ
リーがいるホグワーツに、そのような不安要素は置かないだろう。
最 後 に │ │ │ ピ ー タ ー・ペ テ ィ グ リ ュ ー。あ の 夜 に い て、前 か ら
ヴォルデモートの傍にいたであろう者。ピーターはルーピン先生が
ヴォルデモートの元へ戻るのだか
人狼に変身した歳に逃げ出したが、すぐにホグワーツの敷地外に出ず
に情報を集めていたとしたら
えないことではないだろう。
390
?
ら何かしらの手土産が必要だと考えて行動したというのならば、あり
?
可能性としてはピーターが最も高いだろうと結論付ける。
﹁そして、今回の三大魔法学校対抗試合だ。俺様はこやつの実力を測
ると同時にこの場へと連れてくるよう、死喰い人に命じてこやつを代
表選手として参加させた。試合の経過はホグワーツに潜入させてい
る死喰い人によって逐一伝えられていた。第一の課題、ドラゴンから
卵を奪い取るというものでは、変身術を巧みに使い、自立稼動という
妙な人形を用いることで目立った怪我もなくクリアした。俺様とし
てはこやつが使った人形というのにも興味があるが、それは一先ず置
いておこう。第二の課題、湖の底から人質を助けるというものでは、
四年生では教わらないような呪文を複数使用してクリアした。その
際にホグワーツの湖に住む大イカを襲わせたのだが、水中であるにも
関わらず見事に逃げ切ってみせたようだ﹂
あの大イカ│││執拗に私を狙ってきていたと思ったら、ヴォルデ
モートの差し金だったのか。どうやって大イカを差し向けたなんて
391
この際関係はない。死喰い人の手によるものであるなら〝服従の呪
文〟でも使ったのだろう。それよりも、ドールズに興味を持たれたの
が面倒だ。
﹁最後に、第三の課題。様々な障害を乗り越えて迷路を抜け優勝杯を
掴む。その過程で再び死喰い人にこやつの実力を測るように指示を
出した。こやつとハリー以外の選手には直接妨害させ、それによって
残った障害を嗾けたのだ。そして、こやつはそれを見事に突破してこ
の場へとやってきた。見たところ大きな怪我もしてはいない│││
﹂
これだけの力を持っているのだ。未熟な部分はあれど才能は十分と
言えよう。そうは思わんか、ルシウス
トを見ながら考える。あの迷路ではやたらと障害が多かったと思っ
一旦話を切ってルシウス・マルフォイへと話しかけるヴォルデモー
は、そうはおるまい﹂
か教わったのかは分からんが、若くして戦いを知る動きを出来る者
り乱した様子もなく、冷静に事態の把握をしていた。独自によるもの
﹁加えて言うならば、こやつはこの場へ来てから常に周囲を警戒し、取
﹁それは、はい。我が君の仰る通りです﹂
?
ていたが、まさか人為的によるものだったとは。ということはフラー
とクラムは死喰い人の妨害によってリタイアしたのか。セドリック
が無事なのは、多分だがハリーがその場に居合わせて助けたのだろ
う。ハリーが一緒にいれば死喰い人も易々と妨害行為は出来なかっ
たはずだ。
だが気になるのは、死喰い人はどうやって迷路にいる選手達を妨害
したのかということだ。迷路は当然中からも外からも見えないよう
になっているし、迷路の外は先生たちが見回っている。その中で迷路
の中を把握して妨害する│││いや⋮⋮そうか。
あの人なら一連の行為を行うことが出来る。迷路に加えて、水中で
動き回っていた私の位置も正確に把握できただろう。
﹁これで、こやつの才能は貴様らにも分かったと思う。次に思考につ
いてだが、知識を求める者は二通りに分けられる。目的│││即ち知
識を得るために手段を選ばないか否か。欲を満たすために犠牲を払
392
うか否か。それがスリザリンとレイブンクローの違いだと俺様は考
えている。そして俺様が見たところ、こやつは前者│││手段を選ば
ず必要とあらば犠牲も払う│││と、俺様は見ている﹂
│││直接会ってからそう時間もそう経っていないのによく見て
いる。確かに、ヴォルデモートの言うことは正しいと思う。さっきの
で私も確信した。私は自分の知識欲を満たすためなら手段を選ばな
いのだろう。事実、ドールズを生み出すために闇に属する魔法を使っ
ているのだから。
限度は│││あると思いたいが。
﹁最後に、血筋についてだが。結論から言えば、マーガトロイドはマグ
ル生まれ│││穢れた血ではない。尤も、魔法使いの血筋なのは母親
﹂
だけであって、父親はマグルであるがな。つまりは、半純血というこ
とだ﹂
﹁お母さんが⋮⋮魔女
ポワポワとしていて、子供の私より子供のようだったお母さんが魔女
母さんが魔女だというのは驚きのことであるからだ。あの普段から
ヴォルデモートから告げられたことに、呆然となる。それほど、お
?
だなんて予想もしていなかったことだ。
﹁そうだ、マーガトロイドよ。お前の母親は魔女なのだ。だが、それも
普通の魔女ではない。俺様の祖先たるサラザール・スリザリン。その
血筋に勝るとも劣らない高貴な血を引く魔女よ﹂
ヴ ォ ル デ モ ー ト の 言 葉 に 周 囲 を 囲 む 死 喰 い 人 全 員 が ざ わ め い た。
それもそうだろう。ヴォルデモートは純血を尊ぶとはいえ、サラザー
ル・スリザリンの血を引く自らの血筋こそ至高だと考えていることで
有名だからだ。そのヴォルデモートが自らと同等と言う血を引くと
言っているのだ。
﹁俺 様 が こ の 事 実 に 辿 り つ け た の は 偶 然 と 言 っ て も い い。ま だ 学 生
だった頃、そのときから永きに渡って集めていた様々な知識があれば
こその結果だ﹂
﹁し、しかし、我が君。マーガトロイドなどという家名は純潔の魔法族
にはないはずですが。それも、我が君と並ぶ血筋ともなると│││﹂
﹂
393
﹁単純な話だ、ルシウスよ。こやつの母親はマグルの男と結婚する際
に、自らの家名を捨てたのだ。マーガトロイドはマグルの父親の家名
だ﹂
確かに、マーガトロイドはお父さんの家名だ。お母さんの家名は、
お母さんの家名を﹂
昔に聞いたことはあるけれど教えてもらえたことはなかった。
﹁貴方は知っているの
﹁わ、我が君。ベルンカステル家は遥か昔に無くなった家です。その
一歩前に出てきて、うろたえながらヴォルデモートへ問いかけた。
ずに愉快そうに放置している。そんな中で、ルシウス・マルフォイが
が今まで以上に騒ぎ出した。ヴォルデモートは、それを止めることせ
ヴォルデモートがお母さんの本当の名前とやらを言うと、死喰い人
者だ﹂
ルンカステル家最後の当主にして世界最高の奇跡の魔女と称された
の名は│││シンキ・ベルンカステル。千年も前に滅んだとされるベ
﹁勿論だ。そして教えてやろう、母親の本当の名前をな。お前の母親
?
家の当主がどのようにして、この娘の母親などと仰られるのでしょう
か
?
﹁お前の疑問も尤もだ、ルシウス。確かに、ベルンカステルの家は千年
の昔に滅んだとされるが、最後の当主であるシンキはその後も幾度か
目撃されている。とはいえ、当時のことを記した文献自体が少ない上
に、殆どの者は信じていないような情報だったがな。しかし、スリザ
リンの者は執拗にシンキを追っていたらしく、それについての文献が
スリザリンの家に受け継がれていた。俺様はかつて集め、そして隠し
ていたそれらの文献を漁ることで、シンキが隠れながらも生存してい
ると考えた。文献によれば、シンキは独自の不老不死の魔法を生み出
し、永い時を生き続けてきたとされている。それがどのような魔法か
は不明だが、現代にも限りなく不老不死に近い魔法があることを考え
ればありえない話ではない。シンキは奇跡の魔女の名に相応しく、今
も受け継がれる魔法では到底不可能な魔法を使用したとサラザール・
スリザリンの手記に書かれている。そのような魔女なら真の不老不
死を会得していたとしても、ありえないことではない│││ありえな
394
いということは、ありえない│││文献に記されたシンキの言葉だ。
俺様はこの言葉に深く感銘を受けたものだ﹂
ヴォルデモートは饒舌に語るが、その話では不自然なところがあ
る。
﹂
﹁ちょっと待って。私の両親は事故で死んだわ。仮に貴方の話が本当
だとしても、それなら何故お母さんは死んだのかしら
りえないということは、ありえない。故に、俺様は理解できないなが
たはずだ。普通ならば、魔法を手放すことなどありえない。だが、あ
ば、交通事故などというくだらないことで死ぬことなどあり得なかっ
魔法の一切を手放したことなど理解できん。最低限の魔法でも使え
だ。不老不死の魔女とマグルでは添い遂げることなどできんからな。
ンキはマグルの男と恋に落ちたことが切欠で魔法との縁を断ったの
いが、恐らく間違ってはおるまい。全く以って理解できないがな。シ
もある。近年になるほど情報が少なくなっているので予想でしかな
﹁それも簡単な話だ。同時に、俺様がシンキを愚かだと思うところで
ずだ。
不老不死だというならば、事故などというもので死ぬことはないは
?
らも、最も可能性が高いだろうそれに結論付けた﹂
ヴォルデモートの言葉を聞きながら、昔、お母さんが言っていたこ
とを思い出す。
﹁お母さんは昔色んなことをしていたんだけど、お父さんと出会って
添い遂げると決めてからは、全部捨てちゃった。だって、そんなもの
より、お父さんとアリスの方が大事なんだから﹂
そう言ったお母さんの顔はとても綺麗だった。当時は、お母さんが
何を言っているのか深く理解はしてなかったが、今にして思えば、お
父 さ ん と 私 の 為 に 魔 法 を 捨 て た と い う こ と な の だ ろ う。ヴ ォ ル デ
モートの話を信じるとするならの話だが。
﹁ベルンカステルの血はスリザリンよりも古い。つまり、お前は魔法
界において俺様と並ぶに値する血を持っているのだ。俺様がかつて
のシンキを超える力を持っているとは言わん。だが、現存する魔法使
いの中で最も近い場所にいることは確かだ。お前の血と才能、そして
いか﹂
こ、このような小娘を
﹂
ヴォルデモートが死喰い人を見渡しながら問いかけるも、誰一人と
返答は
?
して異を唱えようとする者はいなかった。
アリスよ﹂
﹁ふむ。どうやら誰も反対の者はいないようだな。それで
どうだ
?
395
俺様の力と知識があれば、お前はかつてのシンキに迫ることが出来る
やもしれん。それは俺様にとっても様々な利点を生み出す│││俺
﹂
様の下へこい、アリス・ベルンカステルよ﹂
﹁は
突然なにを仰られます
ならば言うがい
!
た言葉に驚いている。
﹁わ、我が君
﹁あ、いえ⋮⋮滅相もありません﹂
いい。その全てを残らず聞いてやろう﹂
﹁黙れ、ルシウス。俺様の言葉に文句があるのか
!
﹁他にも異議のあるのもは前に出ろ。その全てを聞いてやろうではな
?
!?
はまる言葉だろう。私もハリーも、死喰い人もヴォルデモートが言っ
呆然。それがヴォルデモートを除く、この場にいる全ての者に当て
?
﹁│││何で私なんかが欲しいのかしら
﹂
私が貴方の言うとおりの
存在だとするならば、力を得たときに貴方を殺すかもしれないわよ
?
﹁そういうところも俺様は評価しているぞ。最近の若造は殺すことに
妙な禁忌感を持っているからな。それに、俺様にそこまで言える者も
少ない。やはり、お前が欲しいな﹂
│││いきなり何を言いだすのか、この帝王様は。
理由はある。上に立
﹁あら、そんなに直接的に言われると照れるわね﹂
﹁思ってもいないことは言うものではないぞ
﹂
それに、まとめ役ならルシウス・マルフォイがいるのでは
ないかしら
けれど
﹁その言い方だと、まるで私を貴方と同格として扱うように聞こえる
た意味でも、俺様に代わるまとめ役が必要だ﹂
復活できても、勢力を再結集するというのは手間がかかる。そういっ
なった時に、勢力を纏め上げる者がいないのは欠点だ。今回のように
つものが俺様一人だと、万が一にも十四年前のように俺様がいなく
?
ても、素直に貴方の考えどおりにすると思っているの
﹂
立場を利用
﹁│││万が一、仮に私が貴方の勢力を引き受ける立場になったとし
を任せるには値しない﹂
﹁俺様が視線を向けただけでこの有様だ。こいつらでは、とても勢力
かに震わせていた。
を噤んでしまっている。ヴォルデモートが視線を向ければ、身体を僅
開こうとした死喰い人がいたけれど、続くヴォルデモートの言葉に口
私を同格として迎い入れると言ったヴォルデモートに対して口を
のばかりだ﹂
いている。真に忠誠を捧げる者は、まとめ役とするには気性の荒いも
だ。こやつらは俺様に忠誠を捧げてはいても、自らの保身を念頭に置
ルシウスだけではない、この場にいる死喰い人の誰一人として駄目
て認めよう。お前にはそれだけの価値がある。ルシウスでは駄目だ。
﹁その通りだ。お前を我が陣営に迎い入れた際には、俺様と同格とし
?
?
して闇祓い達に一網打尽にさせるとは考えないのかしら
?
?
396
?
﹁それはないな。俺様はそこらの者よりも人を見る目がある。多くの
心を覗いてきた。誰が何に、怯え、恐怖し、畏怖し、尊敬し、敬愛し、
同調しているのか。どんなことを考えているのか。味方につくのか
裏切るのか。全てとは言わないが、限りなく全てのことを見通せる。
そんな俺様が見たお前は、一度味方になれば決して裏切りはしない。
自らの保身は考えようとも、必ず味方を助ける│││そういう女だ﹂
随分とまぁ、高評価だと思う。少し間違えれば陣営内に不和の火種
を招くことだというのに、それらを無視してでも求められるというの
﹂
は悪い気はしない。尤も、火種といってもヴォルデモートがいる限り
力で抑えるのだろうが。
﹁では、答えを聞こうか
性もある。
トの知識と比べても遜色ないだろう。下手すれば上回っている可能
ラックスという深い闇の魔法まであったヴワルならば、ヴォルデモー
把握していないヴワルの蔵書には多くの知識が眠っている。ホーク
しいけれど、知識に関してはこちらも負けてはいない。未だに全部を
ヴォルデモートの話が本当ならば、彼の持つ魔法の知識をくれるら
し、合間の息抜きや遊びも必要だ。
や研究に専念できても、永遠にそれだけをやっているわけではない
い。活気のない町に行って何が楽しいのかという話だ。いくら魔法
恐怖政治。大多数の人が排他される世界。そんな世界は楽しくはな
しいかと問えば、確実に楽しくはないだろう。恐らく待っているのは
実に影に生きる生活だ。それに、ヴォルデモートが支配する世界が楽
ヴォルデモートが魔法界を支配すれば見れるだろうが、それまでは確
誰が好き好んで日の目を見れない場所に立とうというのか。いや、
﹁折角のお誘いだけれど、遠慮しておくわ﹂
とはいえ、私の返す答えは決まっている。
ということか
うのに開心術を使っていないというのは、ヴォルデモートなりの誠意
そう言って、私の顔を真っ直ぐと見てくる。目を合わせているとい
?
﹁何故だ│││と、問うのは止めておこう。俺様も簡単にお前が首を
397
?
縦に振るとは思っておらん。今日は引き下がっておこうではないか。
だが覚えておけ、俺様は確かにお前が欲しいが絶対ではない。お前が
俺様の下にこないときは、お前が死ぬときだということをな﹂
随分と簡単に引き下がったヴォルデモートに首を傾げながらも、話
は終わったとばかりに私から離れていく。これからも勧誘を続ける
ということは、この場は殺さずに生かして返してくれるということか
﹂
まぁ、その勧誘も回数制限があるようだが。
﹁ところで、私はどうすればいいのかしら
﹁慌てるな。事が済めば移動キーでホグワーツへ返してやる│││さ
て、いよいよ本題だ﹂
そう言って、ヴォルデモートはハリーへと近づいていく。ヴォルデ
モートはピーターにハリーの拘束を解かせると決闘と行うと言い出
して、死喰い人が囲う円の反対側へと歩く。だが、その途中で何かを
思い出したかのように足を止めた。
﹂
﹁あぁ、そうだった。俺様としたことがすっかり忘れていた。この場
には相応しくないものが招かれていたな│││アバダ・ケダブラ
!
﹂
ヴォルデモートが振り返り〝死の呪文〟を放った。その呪文の先
│踊れ、石人形
にいるのは│││セドリック。
﹁ギュデート・イトゥムプパ
!
い。流石に嘘を言うわけにもいかないから、正直にヴォルデモートが
だろう。となれば当然、何があったのかと聞かれることは間違いな
迷路内部からいなくなっているのだ。いくらなんでも気づいている
たとして、間違いなく今回のことで問い詰められる。課題中に選手が
も、セドリックには生きて戻ってもらいたい。私がホグワーツに戻っ
杖を構えながらセドリックの傍へと近づく。正直言って私の為に
﹁悪いけれど、セドリックを殺させる訳にはいかないわ﹂
気を払っていたのだが、予想は的中といったところか。
想がついていた。だから、いつでも石人形を作って盾とできるように
と私が主賓と言ったことから、セドリックを始末するだろうことは予
石人形を作り出す。ヴォルデモートは余計な者がいると言い、ハリー
ヴォルデモートが〝死の呪文〟を放つと同時にセドリックの前に
!
398
?
?
復活したと言うしかないが、果たしてそれをどれだけの人が信じてく
れるか。自慢ではないが、私は交友関係が広いとは決していえない。
そんな私がヴォルデモート復活と言ったところで信じてもらえると
は思えない│││パドマたちなら信じてくれるだろうか
その点、セドリックなら交友関係も広く人望もある。さらに父親が
魔法省に勤めているから、そちらへも働きかけることが出来るかもし
れない。それに短い期間ではあるけれど、セドリックとは結構親しく
なっているので、見捨てることもできない。
│ │ │ あ ぁ、確 か に。ヴ ォ ル デ モ ー ト が 言 う と お り、私 は 親 し く
なった相手には甘いのかもしれない。
﹁│││まぁ、よかろう。そいつが生きようが死のうが関係はない。
だが、これから始まることまで邪魔されては堪らんからな﹂
ヴォルデモートが手を振るうと、死喰い人二人が近づいてきて私と
﹂
まずお辞儀をするのだ。
セドリックの横に立ち杖を構えた。余計なことをしたら殺す、という
ことか。
﹁ハリーよ、決闘のやり方は学んでいるな
格式ある儀式は守らねばならん│││お辞儀をするのだ
ヴォルデモートが杖を振るって、ハリーを無理やりにお辞儀させ
る。それを見て、ヴォルデモートだけでなく死喰い人もハリーを嘲
笑っていた。
﹂
﹁よろしい。今度は背筋を伸ばして向かい合うのだ│││さぁ、決闘
だ
リーは何の防衛も出来ずに〝磔の呪文〟によって苦しみだす。
﹂
お前にはたっ
│苦しめ
﹁苦しいか、ハリー。この程度まだまだ序の口だぞ
ぷりと俺様の力を教えてやる。 クルーシオ
!
?
﹂
お前の父親でもそ
由緒正しき決闘なのだ。
お前は由緒ある戦いに泥を塗ろうというのか
のようなことはしなかったぞ。お前は父親にも劣る腰抜けか
?
﹁ハリーよ、これは隠れんぼではないぞ
で呪文を避け、墓石の裏へと身を隠した。
ヴォルデモートが再度〝磔の呪文〟を放つも、今度は横に動くこと
!
?
?
399
?
!
?
決闘の開始と同時にヴォルデモートは〝磔の呪文〟を唱えた。ハ
!
﹂
ヴォルデモートの挑発とも取れる言葉に激昂したのか、ハリーは勢
│武器よ去れ
いよく墓石から飛び出してきた。
﹁エクスペリアームス
﹂
!
れている。何人かは墓石に身体をぶつけて気を失ったようだ。ヴォ
弾け飛んだ。その衝撃に近くを徘徊していた死喰い人は吹き飛ばさ
金の光が生まれてから僅かな時間が経ったとき、突然光のドームが
数秒か、数分か。
人は何かを見て驚愕しているように見える。
外からでは何が起きているのか分からないが、ドームの中にいる二
来上がった。
成する。やがて、ハリーとヴォルデモートを覆う半球状のドームが出
の杖を結んだ。金の光は杖を結びながら細い糸を放出して囲いを形
変が起きた。鬩ぎ合っていた二つの閃光に代わって金色の光が両者
私がハリーを助けるか、それとも静観しているかを考えていると異
リーが死んでしまう。かといって、手を出せば全滅の可能性が大だ。
さなければ私とセドリックはホグワーツへと帰れるが、それではハ
をすれば間違いなく激昂して殺しにかかってくる。このまま手を出
い人とヴォルデモートをどうするか。ヴォルデモートは決闘の邪魔
だが、その後どうするかだ。この死喰い人を倒しても、残りの死喰
せるだろう。
決闘に気を取られているのか、こちらには無警戒だ。不意を突けば倒
傍にいる死喰い人を見る。死喰い人はハリーとヴォルデモートの
﹁⋮⋮﹂
文〟に貫かれて死んでしまうだろう。
ルデモートに押されている。このままでは確実にハリーは〝死の呪
はりというべきか。魔力も呪文の威力も劣るであろうハリーがヴォ
ら伸びた赤と緑の閃光は中心でぶつかり、鬩ぎ合っている。だが、や
トは待ち受けていたように〝死の呪文〟で迎え撃った。二人の杖か
ハリーは飛び出すと同時に〝武装解除術〟を放つが、ヴォルデモー
﹁アバダ・ケダブラ
!
ルデモートには人の形をした金の光が纏わりついていて、振り払うよ
400
!
うに抵抗している。ハリーは、そんなヴォルデモートに目もくれず
﹂
に、一直線にこちらへと走ってきた。
﹁アリス
﹁セドリック
た
﹂
起きていたの
﹂
﹁あれだけ時間があれば流石にね
!?
│優勝杯よ、来い
起きるタイミングを見計らって
!
で、こちらには気づいていない。
﹁アクシオ
﹂
い人の妨害をする。ヴォルデモートは未だに金の光を払えないよう
セドリックに問いかけながらも、二人でハリーを攻撃している死喰
!
!
喰い人の背後に現れて気絶させたからだ。
た。死喰い人の足元で気絶していたセドリックが消えたと同時に死
呪文を唱えようとした死喰い人だが、それが放たれることはなかっ
﹁ステューピ│││﹂
戻ったのか杖を向けてきていた。
にいる死喰い人へ呪文を放とうとするが、私が動いたことで正気に
た隣の死喰い人に〝失神呪文〟を放って気絶させる。急いで反対側
ハリーが叫ぶと同時に行動を起こす。突然の展開に呆然としてい
!
﹁どうやら、無事に戻ってこれたみたいだね﹂
が急いで近づいてきていた。
声を上げている。それに対して、審査員の席からはダンブルドア校長
ていた。スタンドに座っている生徒は誰もが興奮している様子で歓
囲を確認すると、迷路の開始地点であるスタンドの中央へと戻ってき
地面に足が着く感触と同時に歓声が聞こえてくる。顔を上げて周
なった。
そして、お腹が引っ張られる感覚と共に私達はその場からいなく
を確認して優勝杯を掴む。
移動キーである優勝杯を呼び寄せる。お互いに身体に触れているの
ハリーが私達の場所まで辿り着いたと同時に〝呼び寄せ呪文〟で
!
401
!
﹁そうみたいね﹂
セ ド リ ッ ク の 呟 き に 相 槌 を 打 つ。若 干 放 心 し て い た 感 じ の セ ド
リックは頭を軽く振るった後、地面に寝転がって荒く息を吐いている
ハリーに手を伸ばして起き上がるのを手伝い始めた。ハリーだけ着
地に失敗したようだが、ヴォルデモートと魔法を撃ち合って逃げてき
たのだから仕方ないだろう。
ダンブルドア校長に続いてファッジ魔法大臣やマクゴナガル先生、
ム ー デ ィ 先 生 た ち が 駆 け 寄 り 迷 路 で 何 が あ っ た の か と 尋 ね て く る。
だが、ムーディ先生がハリーの怪我に気づいて医務室へ連れて行くべ
きだと提案し、私達をダンブルドア校長たちに任せてハリーを連れて
城へと向かっていった。
私とセドリックは迷路での出来事を話すために城へと連れていか
れた。同伴しているのはダンブルドア校長にマクゴナガル先生、スネ
﹂
イプ先生の三人だ。残りの先生や大臣を含めた魔法省関係者は生徒
アリス﹂
プ先生もこちらへと振り向く。セドリックはチラチラと城の方へ視
線を向けながら落ち着きなくしている。
﹁迷路での経緯を話す前に、ムーディ先生の後を追う必要があります。
それも一刻も早く﹂
﹁何故じゃ ムーディ先生はハリーを医務室へと連れて行っておる
﹂
る死喰い人です﹂
私がそう告げると、マクゴナガル先生が息を呑み、スネイプ先生は
目を鋭く細めた。ダンブルドア校長は何も聞かずに一直線に城へと
402
や来賓の対応に回るためにスタンドに残っている。
﹁校長先生、城に行く前に一つだけよろしいですか
﹁どうしたのじゃ
動する必要がある。
と話しかけた。ムーディ先生がハリーを連れて行った以上は、早く行
私は周囲に人がいなくなったのを確認すると、ダンブルドア校長へ
?
ダンブルドア校長へ話しかけたことで、マクゴナガル先生やスネイ
?
﹁詳しくは後で話します│││ムーディ先生の正体は、姿を偽ってい
のじゃぞ
?
?
駆け出していく。それに続くように、私達はダンブルドア校長の後を
追って走りだした。
城へと入り、医務室に向って廊下を駆ける。階段を登り、突き当た
﹂
りにある医務室の扉を勢いよく開ける。だが、そこにはハリーやムー
ディ先生の姿はなかった。
﹂
﹁いない│││二人は一体何処に
﹁部屋じゃ
﹁ステューピファイ
│麻痺せよ
﹂
いる部屋へと近づくと、部屋の中から言い争う声が聞こえてきた。
する。医務室から離れ、階段を登り、ムーディ先生に割り当てられて
マクゴナガル先生の焦る声にダンブルドア校長が声を荒げて反応
!?
!
ていた。
﹁ポッター
大丈夫ですか
﹂
でも言うべきか、呪文は寸分の狂いなくムーディ先生へと突き刺さっ
リーに当たってしまうのではと思ったが、流石はダンブルドア校長と
てて吹き飛んでいく。部屋の中を確認しないで呪文を放ったのでハ
屋の中に向って放った。扉は赤い閃光に当たるとバキバキと音を立
部屋の扉前に着くと同時に、ダンブルドア校長が〝失神呪文〟を部
!
﹁〝失神呪文〟じゃ。〝服従の呪文〟も掛けられておるな。非常に衰
衰弱している様子のムーディ先生が倒れている。
き込むと、トランクよりも深い穴が広がっていた。穴の底には、酷く
なっており、全ての段は開け放たれている。そのうち一番上の段を覗
がらダンブルドア校長に声を掛けた。そのトランクは七段の作りに
スネイプ先生が部屋の隅に置かれた大きなトランクの前に立ちな
﹁校長、いましたぞ﹂
ンブルドア校長に止められてしまう。
マクゴナガル先生がハリーを医務室へと連れて行こうとするが、ダ
流れを見ながら、走って乱れた呼吸を落ち着かせている。
を掴み上げながら椅子へと拘束している。私とセドリックは一連の
づき、ダンブルドア校長とスネイプ先生は気絶しているムーディ先生
マクゴナガル先生は真っ先に部屋の壁に寄りかかるハリーへと近
!?
403
!
!
弱しておる│││セブルス、どうじゃ
﹁│││ポリジュース薬です﹂
﹂
スネイプ先生が、ムーディ先生が日頃口にしていた酒瓶の蓋を開い
て中身を確認している。それを聞くと、ダンブルドア校長は杖を振
り、穴の底で気を失っているムーディ先生に毛布を掛けさせる。
ダンブルドア校長は、マクゴナガル先生にウィンキー│││誰のこ
とかは分からないが│││を連れてくるように、スネイプ先生には最
も強力な真実薬を持ってくるように指示を出す。
﹁実に単純であり見事な手口じゃ。アラスターは専用の酒瓶からしか
飲まないことで有名じゃ。それを上手く利用された。この偽者はポ
リジュース薬を作り続けるために、アラスターを拘束した上で手元に
置いておく必要があった。完璧な成り代わりじゃ﹂
マ ク ゴ ナ ガ ル 先 生 が 一 匹 の 屋 敷 し も べ 妖 精 を 連 れ て 戻 っ て き た。
セドリックに聞くと、このウィンキーは、クラウチ氏の家に仕えてい
た屋敷しもべ妖精らしい。スネイプ先生も戻ってきて、その手には小
さな小瓶が握られている。
そのとき、椅子に拘束されているムーディ先生がブルブルと震えだ
した。どうしたのかと見れば、身体が形を変え、膨張と収縮を繰り返
しながら別の姿へと変化していっている。ポリジュース薬の効果が
﹂
切れたのだろう。
﹁この者は
ている。ウィンキーはそれを見て泣き叫び、ハリーは目を見開いてい
る。
﹁セブルス、真実薬を﹂
﹂
スネイプ先生が偽者に真実薬を飲み込ませると、ダンブルドアは杖
を振るって偽者を起こした。
﹁バーティ・クラウチ・ジュニアじゃな
﹁│││そうだ﹂
ラウチ・ジュニアは素直に肯定する。これが真実薬の効果か。ヴォル
ダンブルドア校長の問いにムーディ先生の偽者│││バーティ・ク
?
404
?
マクゴナガル先生が変化したムーディ先生の偽者の姿を見て驚い
!?
デモートが信頼する死喰い人があっさりと白状するとは。
それからは、ダンブルドア校長の問いにクラウチ・ジュニアが淡々
と答えていく時間が過ぎていった。マクゴナガル先生が連れてきた
屋敷しもべ妖精のウィンキーは、監禁されていたクラウチ・ジュニア
の世話係をしていたらしい。質問に答えるクラウチ・ジュニアに縋り
付いては泣き喚いていることから、解雇されてもクラウチ家に忠実な
屋敷しもべ妖精なのだろう。
死喰い人として父親に裁かれてアズカバンへ投獄されたのにどう
やって抜け出したのか。今まで何処にどのようにして隠れていたの
か。クィディッチ・ワールドカップでの一連の行動、ヴォルデモート
によって監禁から開放されたこと、ムーディ先生に成り代わって暗躍
したこと、父親を殺して隠蔽したこと、ハリーと私をヴォルデモート
の下へ送った手段など。
洗いざらいのことを自白させられたにも関わらず、クラウチ・ジュ
405
ニアは晴れやかな笑顔で、自分はご主人様より最大の栄誉を与えられ
るだろうと言い切った。
﹂
﹁│││ハリーだけならばまだしも、何故アリスをもヴォルデモート
の下へ送ったのじゃ
が眠っていた。本で見たことしかないが、恐らくこの鳥が不死鳥なの
机の上に置かれている止まり木には紅と金の羽根をした美しい鳥
る。
た私達を堂々と見ているのもいれば、薄目を開けて見ているのもい
肖像画にはホグワーツの歴代校長が描かれていて、部屋へと入ってき
校長室に入ると、まず目に入ったのは壁一面に飾られた肖像画だ。
セドリックを校長室へと連れて行った。
後、マクゴナガル先生とスネイプ先生に指示を出して、私とハリーと
ダンブルドア校長は手を長い髭に当てて考えるような仕草をした
﹁ふむ﹂
としか仰らなかった﹂
﹁それは知らない。ご主人様はアリス・マーガトロイドを連れて来い
?
﹂
だろう。
﹁ん
全員が部屋の中へ入ると、部屋の奥から一匹の大きな黒い犬が現れ
た。それを見たハリーは驚きダンブルドア校長、そしてセドリックを
見る。セドリックはハリーが何を慌てているのか分からないようで、
首を傾げている。
まぁハリーが慌てるのも分かる。何せ、あの犬は世間的には殺人者
で通っているシリウス・ブラックが変身している姿なのだから。あの
犬の正体を知らないのは、この部屋ではセドリックだけだろう。
﹁セドリックよ。話を聞く前に、お主に教えておかねばならぬことが
ある。同時に、このことは誰には明かさずに真実を知る者だけの秘密
としてほしい﹂
ダンブルドア校長がそうセドリックに言うと、セドリックは誰にも
喋らないと固く約束して応えた。セドリックの言葉を受けたダンブ
ルドア校長は一度頷いてシリウス・ブラックを見る。その視線を受け
たシリウス・ブラックは変身を解いて、元の人間の姿に戻った。その
﹂
姿を見た途端に身構えたセドリックに、ハリーが簡単に事情を説明し
ている。
﹁君とは凡そ一年振りとなるのかな
ニアの暗躍から始まり、移動キーで辿り着いた墓場でピーターとヴォ
こったのかを説明することとなった。迷路内におけるクラウチ・ジュ
その後は、セドリックも落ち着きを取り戻したことで、今夜何が起
けるシリウス・ブラックは去年とは随分と雰囲気が違って見えた。
それに結果的にはピンピンしているから問題ない。そう軽くおど
逃げてしまった以上は私の無実を証明することは無理だっただろう﹂
も混乱していると思われてしまっただろうからな。ピーターの奴が
﹁構わないさ。スネイプもいたあの状況では、無理に事情を説明して
を見捨てるようなことになってしまって﹂
﹁そうね。それと、去年はごめんなさい。仕方なかったとはいえ、貴方
しかけてくる。
ハリーがセドリックを落ち着けている間にシリウス・ブラックが話
?
406
?
ルデモートに遭遇したこと、ヴォルデモートが何らかの儀式によって
復活したことやハリーの血を取り込むことで力を増したこと、死喰い
人が現れヴォルデモートへ再びの忠誠を誓ったこと、ヴォルデモート
が語った私の母親の正体や味方へ引き込もうとしたこと、ハリーと
ヴォルデモートの決闘、突如現れた金の光のこと。
ハリーとヴォルデモートの杖を繋いだ金の光については、ダンブル
ドア校長は〝直前呪文│││呪文逆戻し効果〟と言った。両者の杖
に使われている芯は同じ不死鳥の尾羽が使われた兄弟杖であり、それ
が戦い合うと稀に起こる現象の一種らしい。外からでは見えなかっ
たが、その現象によってヴォルデモートが過去に殺した者が木霊とい
う存在として現れて、ハリーを助ける力となったようだ。ハリーの両
親の木霊も現れたと聞いたシリウス・ブラックは俯き、顔に手を当て
ていた。
ちなみに、両者の杖に使われた尾羽は、部屋の中で止まり木に止
まっている不死鳥│││フォークスの尾羽であるらしい。ハリーは
フォークスの尾羽ということに驚いていたが、私はとある事を思い出
していた。
二年生の学期末、本の虫を使って秘密の部屋を見ていた際に現れた
フォークス。あれの正体がずっと謎だったのだが、今の話を聞いてよ
うやく疑問が解けた。
﹁ハリーよ。今夜、君はわしの期待を遥かに超える勇気を示した。闇
の時代に生きた魔法使いにも劣らぬ勇気でヴォルデモートと真正面
から向かい合った。それはハリーだけではなく、アリスやセドリック
も同じじゃ。君らは今夜起こった我々が知るべきことを全て話して
くれた│││さて、三人とも。今日はもう休むといい。医務室へ向お
う﹂
ダンブルドア校長が立ち上がるのに続いて私達も席を立つ。シリ
ウス・ブラックは再び黒い犬へと変身してハリーの傍へと並ぶ。校長
室を出て医務室へと向うと、段々と騒がしい声が聞こえてきた。医務
室へ入ると、部屋の中にはモリーさん、ビル、ロン、ハーマイオニー、
407
パドマ、アンソニー、チョウ、ディゴリー夫妻がいて、マダム・ポン
フリーに何か問い詰めている様子だった。私達が部屋に入るのを全
員が見ると、真っ先にモリーさんが駆けつけてきてハリーへと抱きつ
いた。パドマとアンソニーも私へ駆け寄ってきたが、その前にダンブ
ルドア校長が詰め寄る全員に静止をかけた。
﹁皆、すまないが質問をするのは待ってくれんかの。この三人は今夜、
恐ろしい試練を潜り抜けてきた。三人に今必要なのは安らかに眠る
ことじゃ。無論、三人が皆にここにいて欲しいというならば構わない
が、一切の質問はしないで欲しい﹂
ダンブルドア校長がそう伝えると、パドマとアンソニーは気遣うよ
うに話しかけてくる。
﹁アリス。私達は一旦戻るわね。アリスも疲れているだろうし、今日
はゆっくり休んで。明日お昼頃にもう一度くるから﹂
パドマの言葉にありがたく思いお礼を言うと、二人は気にしないで
408
と言って部屋を出て行った。隣を見ると、セドリックがチョウに今日
は寮へ戻るように言っており、チョウは若干渋っていたものの最後に
は頷いていた。
パドマとアンソニー、チョウが出て行くのを見送って部屋に戻る
と、三人を除いた全員が残っていた。その中にはロンとハーマイオ
ニーも含まれている。
﹁では、わしはファッジと話をしてくる。三人とも、今日は寮へと戻ら
ずここにいるように﹂
ダンブルドア校長が出て行き、私達は着替えてからベッドへと入っ
て、マダム・ポンフリーから薬を貰う。それを飲むと瞬く間に眠気が
﹂
襲ってきて、身体が相当疲労していたのか、眠気に誘われるままに眠
りについた。
﹁ダンブルドアはいるか
覚醒する。何事かと思い顔を動かすと、寝る前にはいなかった上海が
扉が勢いよく開かれたような音で目覚め、次に聞こえた声で意識が
!?
すぐ横で寝ているのが視界に入った。よく見ると、上海だけでなく
ドールズ全員が私を囲むようにして眠っている。いや、蓬莱だけは起
きているようで、武器を持っていないものの、浮かびながらカーテン
の外を睨みつけていた。
﹂
﹁大臣、ここは病室です。少しお静かに│││﹂
﹁何の騒ぎじゃ
マダム・ポンフリーが騒がしく入ってきたファッジ大臣に注意しよ
うとしたところで、戻ってきたのかダンブルドア校長の声が聞こえ
ファッジ。そんなに騒いでは寝ている者達に迷
た。その音で起きてしまったのか、ドールズがのそりと身体を起こ
す。
﹁どうしたのじゃ
惑じゃろう﹂
﹂
ダンブルドアよ、ク
隠し持っていた杖を使って逃げ出したのだ
﹁そのようなことを言っている場合ではない
ラウチが脱走した
に 忠 実 な 一 人 じ ゃ。ヴ ォ ル デ モ ー ト は す ぐ に 勢 力 の 回 復 に か か る
は多くない。あやつは自由な死喰い人の中でも、最もヴォルデモート
﹁ファッジよ。クラウチが逃げたとあっては悠長にしていられる時間
していた通り逃げられてしまったらしい。
プ先生が戻ってきた。すぐさまファッジ大臣が話を聞くが、半ば予想
ファッジ大臣が話し終えると、ちょうどマクゴナガル先生とスネイ
うということだ。
ル先生とスネイプ先生が追跡しているが、恐らくは無駄に終わるだろ
た杖を使い吸魂鬼と三人を退けてそのまま逃亡。現在はマクゴナガ
が、マクゴナガル先生が吸魂鬼に気を取られた一瞬で、隠し持ってい
ファッジ大臣の制止を無視してクラウチ・ジュニアへと襲い掛かった
る部屋へと入った瞬間に事が起きたらしい。部屋に入った吸魂鬼は
その護衛として連れてきた吸魂鬼を伴って、クラウチ・ジュニアのい
子で目を見開いている。話を聞くと、スネイプ先生がファッジ大臣と
て様子を窺う。ファッジ大臣の言葉にダンブルドアは驚いている様
蓬莱をカーテンの上まで上がらせて、覗き込むように視界を共有し
!
!
?
!
じゃろう。我々も、対抗するための措置を取らねばならん﹂
409
?
ヴォルデモートという言葉に過敏に反応しながらもファッジ大臣
はダンブルドアへと言葉を返す。
セブルスから聞いてはいたが
﹁おいおい、ダンブルドア。その言い方では、例のあの人が復活したの
だと⋮⋮そういう風に聞こえるが
﹂
⋮⋮よもや、本気でクラウチの言うことを信じている訳ではあるまい
?
﹁間 違 い な く │ │ │ ク ラ ウ チ は ヴ ォ ル デ モ ー ト に 命 令 さ れ て い た の
じゃ。そして今夜、ヴォルデモートは復活を果たした﹂
ダンブルドア校長の断言するような言葉にファッジ大臣の表情が
固まる。それは、今聞いた話が嘘であって欲しいといわんばかりのも
のだ。
﹁馬鹿馬鹿しい。クラウチは例のあの人に命令されていたと思い込ん
でいただけだ。奴が狂っているのは誰もが知っている﹂
﹁真実薬を使ってクラウチに自白させたのじゃ。疑いようもない。加
えて、ヴォルデモートが復活した場には三人の目撃者がおる。三人
は、今夜何があったかをわしに話してくれた。わしの部屋に来てくだ
されば、一部始終をお話いたしますぞ﹂
そこからは、ヴォルデモートの復活が確かだと言うダンブルドア校
長 と、全 て は ク ラ ウ チ・ジ ュ ニ ア の 狂 言 と 妄 信 で し か な い と 言 う
ファッジ大臣とで意見が分かれた。話は平行線で、私達の証言やスネ
│ │ │ を 見 せ た に も 関 わ ら ず
イプ先生の左腕に刻まれている闇の印│││スネイプ先生はかつて
死喰い人だったということか
の話は全て本当のことです﹂
﹁│││ファッジ大臣。私からも言わせていただきます。今回の一連
いでファッジ大臣と向かい合っている。
セドリックが声を発した。ベッドから降りて毅然とした立ち振る舞
会話が僅かに途切れたところで、私の向かい側のベッドで寝ていた
﹁大臣、ハリーやダンブルドア校長が言っていることは全て本当です﹂
なった者の名前を羅列しているだけだと切って捨てた。
ジ大臣に墓場で見た死喰い人の名前を言うも、その全ては過去に公と
ファッジ大臣は信じようとしなかった。話の途中でハリーがファッ
?
410
?
起きていて、ハリーとセドリックが立ち上がったのに一人だけ高み
の見物をしているのも憚れるので、カーテンを開けて会話に加わる。
何人かの人は私たちが起きていたことに驚いている様子だ。
だが、私たちが加わってもファッジ大臣は考えを変えずに頑なに否
定した。終いには、私達全員が狂っている、魔法省が十三年間築いた
ものを覆し大混乱を引き起こそうとしていると言った。ダンブルド
ア校長は最後通牒とでも言うかのように、ファッジ大臣が行うべき必
要な措置を進言したが、それも受け入れられることはなかった。
最終的には、ファッジ大臣│││いや、魔法省はダンブルドア校長
と袂を分かつこととなり、ファッジ大臣は最後にダンブルドア校長へ
忠告をした後、対抗試合の賞金を置いて出て行った。
﹁やることがある﹂
﹂
少しの沈黙の後、ダンブルドア校長が残った者に振り向いて口を開
ことは協力させてもらう﹂
﹁助かる。魔法省内部で真実を知り、先を見通せる者と接触するには
君とアーサーが格好の位置にいる。まずは、アーサーに伝言を送らね
ばならぬな﹂
﹁僕が父のところにいきます﹂
ビルがダンブルドア校長に申し出て、幾つかの伝言を受けると部屋
を出て行く。ディゴリー夫妻もビルに続くように部屋を出て行った。
ダンブルドア校長は、マクゴナガル先生にハグリッドとマダム・マ
クシームを校長室へ連れてくるようにと伝え、マダム・ポンフリーに
はウィンキーの介抱を頼んだ。
二人が出ていくのを見届けてから、ダンブルドア校長はシリウス・
ブラックに元の姿に戻るように言う。人間の姿になったシリウス・ブ
411
く。
﹂
﹁モリー、あなたとアーサーは頼りに出来ると考えてもよいか
﹁勿論ですわ﹂
﹁エイモス、あなた方も頼りにしてもよろしいか
?
﹁勿論だとも。何かとファッジに警戒されるだろうが、出来る限りの
?
ラックを見てモリーさんやスネイプ先生が騒ぎ出す。特にスネイプ
先生は憎しみの形相でシリウス・ブラックを見ているが、ダンブルド
ア校長の仲介によって二人は握手を交わした。しぶしぶ⋮⋮仕方な
く⋮⋮一時的に⋮⋮この瞬間だけはという感情が滲み出ていたが。
その後、ダンブルドア校長から指示を得たシリウス・ブラックとス
ネイプ先生は部屋を出て行き、ダンブルドア校長もやることがあると
言っていなくなった。残った私達は、二言三言話してから薬を飲ん
で、再びベッドで眠りについた。
◆
学期末パーティーまでの一ヶ月間は何かと憂鬱に感じる時間だっ
た。
翌日の昼に医務室を出た私は真っ先にパドマとアンソニーに捕ま
り、迷路で何があったのかを聞かれた。ムーディ先生の正体は成り代
わった死喰い人であったこと、その死喰い人によってヴォルデモート
の下へ連れて行かれたこと、ヴォルデモートが復活したこと、勧誘さ
れたこと、ダンブルドア校長とファッジ魔法大臣が袂を分かったこと
などを話した二人の反応は、恐怖と困惑が入り混じっているようだっ
た。特 に ヴ ォ ル デ モ ー ト が 復 活 し た と い う こ と に つ い て は、酷 く
ショックを受けていたようだ。勧誘についてはショックというより
困惑といった感じだったが、理由である血筋については私自身確証を
得ていないので、今は曖昧にだけ伝えておいた。
とはいえ、正直荒唐無稽な話だと思うので、私の言った話を信じる
のかと尋ねたが、二人は信じたくはないけれど、私が嘘を言っている
ようには見えないと言って信じてくれた。
他にあったのは、一週間が経過した頃にダンブルドア校長に話があ
ると呼ばれてことか。校長室で話したことは予想通りと言うべきか、
ヴォルデモートが語った私のお母さんについてだ。とはいえ、お母さ
んが魔女であったというのはヴォルデモートに言われたことで初め
412
て知ったことなので、これといって話せることもなかったのだが。
一旦話が途切れたのでベルンカステル家について尋ねたが、ダンブ
ルドア校長も詳しくは知らないらしい。だが、お母さん│││シン
キ・ベルンカステルという魔女が実在したことは確かなようだ。ヴォ
ルデモートが語った、奇跡とも思える魔法の使い手ということが書か
れた文献があることも確かだと言った。今は失われたが、ゴドリッ
ク・グリフィンドールの手記にも同様のことが書かれていて、ダンブ
ルドア校長はそれを読んだことがあるらしい。
ヴォルデモートの誘いを断った理由についても尋ねられたが、これ
についてはあのとき思ったことをそのまま伝えた。勿論、ヴワルに関
することは伏せてだが。
その後、ダンブルドア校長に提案されたことには驚いた。ダンブル
ドア校長は、かつて闇の時代に結成した反ヴォルデモート組織〝不死
鳥の騎士団〟を再び集めると言い、それに私も加わって欲しいと言っ
たのだ。理由を尋ねたが、ヴォルデモートが狙っている者を目の届か
ないところで放置するより、手元に置いておいたほうが守りやすく対
処もし易いからとのことだ。加えて、ベルンカステルの血は光の陣営
にも闇の陣営にも無視することはできない存在である、ということも
あるらしい。
│││簡単に言ってしまえば、危険な爆弾は相手に渡すよりも自分
で管理していた方が良い、ということだ。
遠慮というものが取れたダンブルドア校長の言葉に驚いていたが、
そんな私を見てダンブルドア校長は﹁下手に隠し通すより、包み隠さ
ずに明かした方が君と話す上で一番だと判断したのじゃが﹂と言っ
た。
ちなみに、ヴォルデモートにも言ったような質問もぶつけてみた。
味方したと思わせて、ヴォルデモートに寝返るかもしれないと。それ
に対するダンブルドア校長の言葉はヴォルデモートの言った言葉と
同じものだった。ダンブルドア校長もそれを分かっていて言ってい
るのか、理由が同じならどれだけの利益を与えられるかが分かれ目と
言った。私の望みはこちら側に付いた方が叶いやすい、それは私もそ
413
う思っているはずだという言葉も付け加えて。
│││本当に、包み隠さないようになっていた。
そこまで多くを話したわけではないが、ダンブルドア校長は相手に
本心や考えを全ては教えないタイプだと思っていたのだが。
結果としては、私は不死鳥の騎士団に参加することとなった。私の
参加に反対する者もいるだろうが、それはダンブルドア校長の方から
説得しておくとのことだ。
拠点が決まり、落ち着いた頃を見計らって迎えに向かうと言ってき
たが、私としては休みの間はヴワルから離れたくないので、どうしよ
うかと悩んでいた。ダンブルドア校長にもそれが伝わったのか理由
も聞かれるも、正直に答えるわけにもいかないので、ある程度はぐら
かして伝えた。あまり情報は漏らしたくはなかったが、騎士団に参加
する上で拠点を離れるからには、ある程度の情報漏洩はやむを得ない
だろう。
伝えたのは、知り合いから譲り受けた住処があること、普段の生活
などはそこでしていること、住処と同時に譲り受けた魔法書や実験器
具があるので勉強をする上では欠かせないこと、その住処には〝忠誠
の術〟が掛かっている│││守人が誰かは教えていない│││ので
見つかることはないこと。
ダンブルドア校長はこの件について少し追及してきたが、私として
もこれ以上は譲れないので教えはしなかった│││特に譲り受けた
知り合いについて│││。最終的に、拠点を離れる際には騎士団のメ
ンバーにそのことを伝えること、三日以内に帰ってくることを条件に
認めさせた。移動についてはフルーパウダーを使ってダイアゴン横
丁まで飛び、そこから向かう方法を取った。煙突飛行ネットワークは
魔法省に監視されているが、直接ヴワルに飛ぶわけではないので問題
はない。唯一、ヴワルへの行き来の最中にヴォルデモート側に見つ
かってしまう可能性だが、透明マントや隠蔽の魔法具を使うことで回
避する。
最後に、ハリーを騎士団の拠点で匿うことになるが、ハリーを含め
て学生の者は騎士団の活動には参加させないので、何かを聞かれても
414
秘密にしておくように言い含められた。
監視するにしても何故私だけを騎士団のメンバーに加えるのかと
尋ねたところ、私が並みの魔法使いよりも強いだろうということと、
マグル出身故の魔法界特有の固定観念に縛られない考えや感情に流
されない冷静さを持っているかららしい。本当かどうかは知らない
が、ヴォルデモートにしてもダンブルドア校長にしても随分と高く評
価してくれるものだ。
学期末パーティーでは、執り行えなかった対抗試合の授賞式が行わ
れた。とはいえ、正式なものではなく学校主催として開かれたもので
あったが。
優勝者は私とハリー、セドリックの三人が同立一位ということと
なった。優勝杯は三人がホグワーツの生徒であるため学校に飾られ
ることとなり、優勝賞金については全員がいらないと言ったことで一
時保留となったが、ハリーからフレッドとジョージの二人がバグマン
氏との賭けで悲惨な目に遭い、全財産を失ったことを聞くと満場一致
で二人に賞金を譲ることに決まった。これから皆に必要なのは笑い
であり、あの二人が作る悪戯道具がそれにきっと役立つと言ったハ
リーの言葉に同調したということもある。魔法省の役人が起こした
損害に、魔法省からの賞金を当てても構いはしないだろう。
授賞式が終わると、ダンブルドア校長からヴォルデモートが復活し
たことが告げられた。生徒はその言葉を聞いて騒然としていたが、続
くダンブルドア校長の言葉に再び静まり返る。ダンブルドア校長が
ヴォルデモート復活を話すことで、私達三人の名前も上がり一気に視
線が集中するのを感じた。
最後に、ホグワーツ生のみならずボーバトン生やダームストラング
生に結束を呼びかけて、訪れるだろう困難な時代を皆で乗り越えよう
という言葉で締めくくられた。
翌日、パドマとアンソニーと一緒に玄関ホールから出るとフラーと
クラムの二人を見かけたので、二人には先に行っていてもらい二人へ
と 近 寄 っ て い く。二 人 と 軽 く 挨 拶 し て 話 し て い る と セ ド リ ッ ク も
415
やってきて、話へ加わった。
少しの間言葉を交わしてから別れを告げると、フラーとクラムはハ
リーを探しに人ごみに紛れていき、セドリックはチョウの下へと戻っ
ていった。
パドマとアンソニーと合流して馬車からホグワーツ特急へと向か
い、空いているコンパートメントを占領してからは、ロンドンへ到着
するまで三人で雑談に興じた。
416
ORDER OF THE PHOENIX
母より
親愛なるアリスちゃんへ
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
はぁ∼い
ゴン
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
ママが愛を込めて作ったお手紙を読んでくれてありがとう
!
│││アリスちゃんまで届いて、ママの愛
かれていた。
手紙を手に取り確かめると、そこには昔に見慣れた筆跡で文字が書
れていた。
ある机の上。今まで何もなかったはずのそこには一通の手紙が置か
あっさりとそれを見つけてしまった。お母さんとお父さんの寝室に
・・
もしれない。そう思って家の中を隈なく調べていた私は、予想外にも
たら、魔法に関わることで初めて見つけることができる何かがあるか
するものなんて見たことはなかった。でも、内容が内容だ。もしかし
ホグワーツに行くまでずっと暮らしてきた家だけれど、魔法に関係
きた。
デモートから聞いたお母さんの正体。それを確かめるために戻って
夏休みに入った翌日、私はヴワルではなく自宅の方にいる。ヴォル
現実とは非情だ。
む。当然ながら、一字一句たりとも変わってはいない。
念のため、私の読み間違いではないか手に持つ手紙の書き出しを読
が。
│││単に、体が脱力して頭をテーブルに叩きつけただけなのだ
固い物に何かをぶつけたような音が鈍痛と共に身体を駆け巡った。
!
!
⋮⋮嫌な予感しかしない。
!
417
!
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
あぁ、これを書いている今から想像できるわ。手紙を読んでいるア
リスちゃんが笑顔いっぱいで喜んでくれているのが、予知のように思
い浮かべられる
ご飯はちゃ
学校は楽しい︵学生じゃなかっ
おやつもちゃんと食べてる
糖分はしっかり補
お友達は百人ぐらい出来たかしら
アリスちゃんは今何歳なのかな
たらゴメンね︶
んと食べてる
お仕事は何をしているのかな︵大人じゃなかっ
あと│││
給しなきゃだめよ
?
いや、多分これは素でやっているんだろ
?
ているに違いない。
まったようだ。二人が止めてくれなければ、この手紙は今頃炭と化し
どうやら、無意識のうちに近くにあったマッチ箱を手に取ってし
私を見ている。
そう言いながら上海と蓬莱を腕から離すが、二人は不安そうな顔で
﹁│││上海、蓬莱。大丈夫よ⋮⋮えぇ、大丈夫﹂
│││手にマッチ箱が握られていた。
ずらす。
上海と蓬莱の突然の行動に不思議に思いつつも右腕の先へと視線を
見ると、上海と蓬莱が全身を使って私の右腕へとしがみついていた。
に映った。次の瞬間に右腕が引っ張られる感覚がしたのでそちらを
妙なタイミングで﹁ママの愛に不可能はないんだよ﹂という一文が目
まぁ、手書きでここまでの文量を書いたものだ。そう思ったときに絶
││がお母さんのハイテンションな内容で埋められている。よくも
何枚かある手紙のうち、三枚│││A3用紙で裏表に五十行ずつ│
うから言っても無駄か。
てこなくてもいいのでは
られる。というよりお母さん、常日頃のテンションを手紙にまで持っ
どうしよう。手に持つ手紙を跡形も残さずに燃やしたい衝動に駆
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
たらゴメンね︶
?
気合を入れて、再び手紙を読んでいく。冷静に、冷静にクールに挑
め、私。
418
?
?
!
?
?
?
心構えも新たに手紙を読むが、遊びは終わったのかテンションが落
ちたのか、次からは普通の文章に戻っていた。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
とまぁ、最低限のアリスちゃんラブリーコールを終えたところで本
題ね。
この手紙を読んでいるっていうことは、私は死んでいて、そしてア
リスちゃんは魔女になっているということね。
どうしてアリスちゃんが魔女になったのか分かるかというと、この
手紙には魔法を掛けてあるから。アリスちゃんが杖を持っているこ
とで認識することができるような魔法ね。付け加えるなら、私│││
ベルンカステルについて強く知りたいと思うことも重要。
ここまで話せば分かると思うけど、私も魔女なの。正確には魔女
だった、ね。私は魔女を廃業しちゃったし。
それで、アリスちゃんが魔女になったことについては、正直に言う
と嬉しくなかったかな。勿論嬉しいという気持ちはあるよ。廃業し
たとはいえ私も魔女だったからね。本当の意味で私の血を引き継い
でくれたということだから。
でも魔法に関わっていたからこそ、アリスちゃんには魔法には関わ
らないで普通に人生を歩んで欲しかったかなって思う。
魔法はね、深く関われば関わるほどに深い闇が見えてくるもの。勿
論、闇だけじゃなくて明るく陽気な魔法もあるわ。絵本にあるような
メルヘンチックな魔法とかね。でも、そういった魔法も深く追求して
いけば大なり小なり闇の一面が見えてくるの。
例えるなら地と空かしら。地面に奥深く空いた穴の底は光が届か
ないくらい暗いでしょ│││それが魔法の闇。そして空は太陽の光
によって明るく綺麗なもの│││これが魔法の光。でも、明るく綺麗
な空も夜が訪れれば闇に染まってしまう。明るい空を昇り続けても、
果ては宇宙の闇。夜空に輝く星のように全てが闇という訳ではない
けど、それも全体の一部に過ぎない。
何かが少しでもずれただけで、光はあっという間に闇に染まってし
まう。そして闇は、容赦なく人を侵してしまう。昨日まで誰かを傷つ
419
けることが嫌いだった人が、明日には殺人者になっているかもしれな
い。そういった、人を容易く闇に堕としてしまう力を持つのが魔法。
書き続けるとキリがないけど、つまり魔法というものはとても危険
だということ。そんな世界にアリスちゃんを関わらせたくはなかっ
た、というのが正直な気持ち。それに、アリスちゃんが引いている魔
女の血は魔法界においては良い意味でも悪い意味でも有名だから。
最初は、私が魔法を使ってアリスちゃんを魔法に関わらせないよう
にしようかと考えたの。でも、アリスちゃんの人生はアリスちゃんの
もの。私の一方的な気持ちだけで決め付けたくはなかった。
だから、二つの選択肢を作ったの。
アリスちゃんは、間違いなく十一歳の誕生日に魔法へと関わること
になる。魔法界では十一歳で魔法学校に通うのが慣例だからね。強
い魔力を持っているアリスちゃんには入学のお知らせがやってくる
はず。そこが最初の選択肢。魔法へと関わるならアリスちゃんの望
420
むままに、関わらないなら家に残した魔法がアリスちゃんにあらゆる
魔法の手が及ばぬように守ってくれる。
二つ目の選択肢はこの手紙。この手紙を読んでいる時点で、アリス
ちゃんがどこまで魔法について学んでいるかは分からないけれど、手
紙を読んで魔法と関わり合いになりたくないと思ったなら、この手紙
をすぐに破いて。そうすれば手紙に仕掛けた魔法が貴女を魔法から
遠ざけて守ってくれるわ。
│││アリスちゃん、貴女はどっちを選ぶ
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
が、ここで手紙を破れば魔法のしがらみから開放される。これから魔
魔法から遠ざけ守る魔法というのがどういうものか想像つかない
かった。だから、ここに書かれていることは全部本当のことだろう。
文にしても、お母さんが真剣に話しているときに嘘を言ったことはな
お母さんの言葉は疑わない。幼い頃の記憶だけれど、言葉にしても
点になるだろうからだ。
りはしない。お母さんの言葉通りなら、ここが私の人生における分岐
そこで、手紙は一体途切れている。手紙はまだ何枚があるけれど捲
?
法界で起こるだろう、ダンブルドアとヴォルデモートを頂点とした戦
争すら遠い御伽噺のような事になるのだろう。確かに今の私の立場
からしたら、それはとても魅力ある未来だ。
│││でも。
魔法に一切関わらないということは、親しくなった人とも別れるこ
ととなる。なにより、ドールズとの関わりすらも失ってしまうかもし
れない。
それは耐えられない。ドールズは私の魂の一部から生まれた存在。
個性的な成長をしているが私自身でもあり、私の子供でもある。ドー
ルズは私の家族だ。魔法に関わらないということは、自身を否定し、
子供を、家族を捨てることになる。とてもではないが、そんなことは
認められない。
それに、今この場で魔法から遠ざかれば、私は魔法から逃げたとい
う こ と に も な る だ ろ う。関 心 の な い こ と で 逃 げ る の は 気 に し な い。
けど、自身にとって大切なことから逃げるのは嫌だ。
加えていうならば、一度魔法というものを知ってしまった以上は、
自身が満足するところまで知り尽くしたいという気持ちもある。
だから私は│││手紙を捲る。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
そっかぁ。
魔法からは離れたくないかぁ。
うん。アリスちゃんなら、きっとそう言うだろうと思ってた。アリ
スちゃんのことなら世界中の誰よりも分かってるからね。負けず嫌
いで、意地っ張りで、可愛いものが好きで、興味をもったものはとこ
とん追求して、責任感が強くて、一度決めたことは決して諦めない。
そんなアリスちゃんを、ママは誇りに思うよ。
そうなると、アリスちゃんには色々と教えておくことがあるわね。
とりあえず、アリスちゃんも気になっているだろうベルンカステル
について教えるね。家名はベルンカステル。今まで教えたことがな
かったママの家名。ベルンカステル家自体は千年も前に滅んでいる
の。その生き残りがママで、アリスちゃんは末裔。
421
千年前に滅んだ家の生き残りであるママがどうして今の時代に生
きているかなんだけど、話としては単純で、魔法で不老不死になった
だけの話。
一つ忠告だけど、不老不死って夢のような魔法に見えるけど現実に
は面白くも何ともないから、余程の目的がない限りは目指すのは止め
なさい。不老ならまだしも、不死なんてなるものじゃないわ。もし、
いつの日か不死を目指す者と出会ったら警戒しなさい。かつての私
もそうだったけど、その者は間違いなく人として大切なものが破綻し
ているわ。
⋮⋮
⋮⋮⋮⋮
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
そこから手紙は、ベルンカステル家や初代ベルンカステル当主につ
いて、魔法や知識、一族の土地についてなどが書かれていた。魔法や
知識と言っても、こういう魔法があったというだけで使い方が書かれ
ている訳でもないし、一族の土地も千年前のものだから原形を保って
いるかどうかも怪しいという前提の話だった。魔法について詳細を
書いていないのは、私自身の力で自分だけの魔法を身につけてほしい
かららしい。一応、魔法についてはヒントというかアドバイス的なこ
とは書いてあるが、正直これだけで解明していくのは無理だろう。
お母さんとお父さんの馴れ初めから始まる話には色々と疲れたが、
手紙の最後に書かれていたことには驚いた。
お母さんには昔、まだ魔女だった頃に一人だけ弟子がいたらしい。
その弟子も不老の魔法によって永い時を生きている魔女で、もし魔法
について本格的に学びたいのならその弟子を頼るといいと書いて
あった。お母さんの名前を出せば、最低でも話を聞いてはもらえるは
ずだということだが、こちらが名乗らずとも弟子の方が気づけば、話
を聞いてくれるかもしれないと書いてある。肝心の弟子の居場所だ
が、いなくなってなければ夜の闇横丁のどこかに隠れ住んでいるよう
だ。名前は明かせないが、紫が特徴の十代半ばの魔女らしい。
│││これは⋮⋮まぁ、間違いなく、パチュリーのことではないだ
422
ろうか。
夜の闇横丁に住む紫が特徴で凄腕の不老の魔女。そんな特徴的過
ぎる魔女は一人しか知らないし、似た存在がそうそういてたまるかと
いう話だ。
パチュリーがお母さんの弟子だということには驚きだが、パチュ
リーが私とお母さんの関係を知っていて何も言わなかったのかとい
うことも気になる。確かに、パチュリーの性格からして簡単に事実を
明かすとは到底思えないが、最後に別れた時くらいには教えてくれて
もよかったのではないだろうか。
今もどこかで旅しているだろうパチュリーに内心で文句を言いつ
つ、手紙を折り畳んで部屋を出て行った。
家の中を片付けて荷物を手に持ち、暖炉の前へと立つ。一度振り返
りを家を見渡してから、子袋の中からフルーパウダーを掴み出す。
423
多分、これからはこの家に戻ってくることは殆どないだろう。普段
の生活基盤をヴワルに置いていて、〝忠誠の術〟で守られているヴワ
ルから離れるメリットはない。この家自体にも〝忠誠の術〟が掛け
られているが、元々不在時におけるセキュリティ目的で掛けてもらっ
たものだし、これからのことを考えれば思い出の詰まった家を危険な
﹂
ことに巻き込みたくはない。
﹁ダイアゴン横丁
ン横丁へと飛んでいった。
フルーパウダーによる緑の炎に包まれて、家を眺めながらダイアゴ
!
グリモールド・プレイス十二番地
﹁│││よし﹂
トランクの中身を再度確認し終わり蓋を閉める。中には生活必需
品や学校の教材を含めて必要なものを詰め込んである。本来なら、そ
こまで大きくない一つのトランクに沢山の物を収納することはでき
ないが、このトランクには〝検知不可能拡大呪文〟の呪文が掛けられ
ているので、外見とは裏腹に内部空間は相当な広さをもっている。
ここまで大掛かりな荷物を持っていくのは、残りの夏休み中にヴワ
ルへと戻ってくる暇はないだろうと予想してのことだ。ダンブルド
アに本部にいる間もヴワルへ戻る許可を貰ったが、実際にはそう簡単
に戻れるとは思っていない。いくらダンブルドアが認めても、周りの
人が反対することは目に見えている。だから、戻ってこれなくても問
・・
題ないように、必要なものを持ち出しているという訳だ。
﹁みんな、そろそろ行くわよ﹂
ベッドの上で何やら駄弁っていた七人のドールズへと呼びかける。
フヨフヨと飛んでくるドールズの中には、この夏で新たに加わった人
形の姿がある。
名前は〝オルレアン〟。他のドールズ同様に洋服を着ているが、唯
一異なる部分がある。それは服の各部に甲冑のようなものが付けら
れていることだ。甲冑といってもフルプレートメイルのような全身
甲冑ではなく、間接部などを覆う程度のもの。持たせている武器はハ
ルバートで、甲冑含めて〝盾の呪文〟が施されている。まぁ、持たせ
ているといっても、普段から持ち歩かせているわけではないが。
上海、蓬莱、露西亜、京、倫敦、仏蘭西、オルレアン。計画してい
た七人のドールズ全てが生まれたことで、魔法を知った日に抱いた夢
は叶ってしまった。
魂を持ち、自立行動する人形を生み出す。あの頃は、在学中に達成
することなんて出来ないだろうと思っていたが、四年という短い時間
で達成できたのはパチュリーの助力があればこそだろう。二年にな
る前の夏休み、あの日にパチュリーと出会っていなければ今の私は存
424
在していないと言っても間違いではないと思う。今更だが、パチュ
リーにはいくら感謝してもしきれない。
最も、予想よりも早くに夢を叶えることが出来たので、これから先
何を夢見ていこうかと絶賛考え中であるのが悩みの種だ。まぁ、この
ご時勢だから碌な夢は叶えるのも一苦労だと思うので、とりあえずは
﹂
無事に生き延びて平和な日常を手に入れるぐらいを目標にしている
のが現状である。
◆
﹁そろそろかしら
現在いる場所はダイアゴン横丁の大通りから少し外れた横道。こ
こでダンブルドアと合流して〝付き添い姿現し〟で騎士団の本部へ
と向かうことになっている。人目につかないよう透明マントを使っ
て姿を消し、この道を通るダンブルドアの手を掴んだ瞬間に移動する
というのが、事前に打ち合わせておいた計画だ。
凡そ一分後。微かに聞こえた足音に視線を道の奥へと向ける。す
ると、脇道奥の曲がり角からダンブルドアが現れた。ダンブルドアは
周囲を見渡すことなく真っ直ぐと歩いており、歩みに釣られるように
して両手がゆっくりと振られている。その歩みは緩やかで、まるで何
かの式典で壇上に向かって歩く者のようだ。
ダンブルドアが近づいてくるのを音を立てずに待ち、目の前を通る
ときを狙って左手へと触れる。その瞬間、〝姿現し〟特有のお腹が
﹂
引っ張られる感覚と景色が高速で回るのを感じ、次の瞬間にはダイア
ゴン横丁とは異なる狭い道路の影に立っていた。
﹁久しぶりじゃな、アリス。夏休みは楽しめたかの
﹁えぇ、それなりに充実した日を送れましたよ﹂
はそこまで離れた場所ではなく、二十メートル程歩いたところで足を
そう言って、歩き出したダンブルドアの後ろをついていく。目的地
よう﹂
﹁それは重畳じゃ。さて、あまり長話も出来ないのでな。向かうとし
?
425
?
止めた。
﹁アリスよ。これを読み、内容を覚えたらわしに渡すのじゃ﹂
ダンブルドアが手渡してきた羊皮紙の切れ端を受け取り、手の中で
広げて中身を確認する。羊皮紙には〝不死鳥の騎士団の本部は、ロン
ドン、グリモールド・プレイス十二番地に存在する〟と書かれていた。
二度読み直し羊皮紙をダンブルドアへと渡すと、ダンブルドアは羊皮
紙に火をつけて完全に燃え散るまで羊皮紙を見つめた。
羊皮紙が燃え散るのを確認するとダンブルドアは前に出て、正面に
建っている二軒の家の間に立った。羊皮紙の内容を読んだ時点で、こ
れ一連の行動がどういったものであるかを理解した私もダンブルド
アの横に立ち、先ほどの羊皮紙の内容を頭に浮かべる。すると、正面
の家、恐らくグリモールド・プレイス十一番地と十三番地に建つ家が
﹂
左右へと移動していき、新たに出来た空間に年季のはいった黒塗りの
家が現れた。
﹁忠誠の術ですか。守人はダンブルドア先生ですか
﹁アリスはこの魔法については知っているのじゃったな。左様、わし
がこのグリモールド・プレイス十二番地│││不死鳥の騎士団本部の
守人じゃ﹂
話しながら敷地内に入り、扉の前へと進んでいく。ダンブルドアが
扉を杖で叩くと鍵が外れるような音が数回響いた。ダンブルドアが
扉を開けて中に入り、私も続いて入っていく。家の中は真っ暗だった
がすぐに明かりが点いたので、目だけで内装を見渡していく。所々剥
がれかけた壁紙の張られた壁には旧式のガスランプが一定間隔で取
り付けられており、その明かりが天井に無数に張られている蜘蛛の巣
を照らしている。一つだけあるシャンデリアにも蜘蛛の巣が張られ
ており、巣の中にいる五センチ程の蜘蛛が明かりを避けるように巣の
端に移動しているのが見えた。壁に掛けられた肖像画は黒ずみ、手入
れが一切されていないことが窺える。肖像画の裏側から聞こえるゴ
ソゴソという音は無視した。床に敷かれたカーペットもボロボロで
大部分が擦り切れ磨耗しているので、歩くたびに固い床板の音が響い
ている。それに、見渡す限りの家具には全て蛇の形をしているのが見
426
?
えた。
﹁この家の持ち主は熱心なスリザリン信者か何かですか
﹁│││私だよ﹂
﹁先生、現在の持ち主というのは
﹂
だが、現在の持ち主は違うというのは
﹂
にもこの家出身の魔法使いや魔女がいる可能性もあるということか。
闇の魔法使いを多く輩出したということは、ヴォルデモートの陣営
主に限ってはそうではない﹂
使いや魔女として有名な者ばかりじゃ。じゃが、現在のこの家の持ち
しておった。この家から出た魔法使いや魔女はほぼ全てが闇の魔法
﹁確かに、この家に代々住んでいた者はスリザリンの思想に強く傾倒
アから返ってきた答えは予想通りのものだった。
に縁のある者の家であるのは間違いないと思う。案の定、ダンブルド
ここまで蛇を取り入れている家ともなると、スリザリン信者かそれ
?
﹂
ているのだろう。まぁ、ブラック家の名が出たときの嫌悪感丸出しの
嫌っているようだし、だからこそ騎士団の本部としてこの家を提供し
出 し て き た 家 と し て 有 名 だ か ら だ。そ れ に シ リ ウ ス は 純 血 主 義 を
きる。ブラック家といえば純血の一族では多くの闇の魔法使いを輩
なるほど、ブラック家の家というならダンブルドアの言葉も納得で
﹁その通りさ。最も、見ての通り今やボロ家屋だけどね﹂
こはブラック家の家ということですか
﹁なら⋮⋮シリウスと。この家の持ち主がシリウスということは、こ
クの名は好きじゃないんだ﹂
﹁ブラックさんは止めてくれ。背中がゾワゾワする。それに、ブラッ
・・
﹁お久しぶりです、ブラックさん﹂
﹁久しぶりだね﹂
きた男性│││シリウス・ブラックだった。
私の言葉に答えたのはダンブルドアではなく、階段の上から下りて
?
?
427
?
顔を見るに純血主義というよりブラック家そのものを嫌っているの
﹂
かもしれないが。
﹁アリス
!
﹁ハーマイオニー、それにロンも久しぶり﹂
階段を駆け下りてくるハーマイオニーと、それに引きずられるよう
にして下りてくるロンに声を掛ける。
﹁あぁ、久しぶり﹂
何か変わった
ロンの声に元気がないが、やってきた状況からしてハーマイオニー
元気だった
に引っ張られてきたのが原因だろうか。
﹂
﹁久しぶり、アリス。夏休みはどう
ことはなかった
?
ダンブルドアがそう言うと、ハーマイオニーとロンは見て分かるほ
なければならぬのじゃ﹂
﹁すまないが、ハーマイオニー。アリスには一緒に会議に出てもらわ
がそれを遮った。
ハーマイオニーが私の手を取ろうとするが、その前にダンブルドア
﹁アリス、行きましょう。この家のこと案内してあげるわ﹂
│││一悶着ありそうだなぁ。
メンバーには入っていないということか。
う。ハーマイオニーたちが会議に参加しないということは、騎士団の
ダンブルドアが言う会議とは、当然騎士団のことに対するものだろ
に戻っていなさい﹂
してくれんかの。これからすぐに会議があるのでな。二人とも部屋
﹁三人とも、久々の再会で積もる話があるのも分かるが、一先ずは後に
いてきそうだったが、その寸前にダンブルドアが声を挟んだ。
ドールズが増えたということでハーマイオニーが興味深そうに聞
いは余裕だ。
に答えておく。ハーマイオニーの早口には大分慣れたので、このぐら
矢継ぎ早にハーマイオニーが質問してくるが、とりあえずその全て
とも│││ドールズが一体増えたわね﹂
﹁それなりね、いつも通りに過ごしていたわ。特に大きく変わったこ
?
でも、ダンブルドア先生。アリスは私達と同じ未成年です。
どに驚いた顔をしている。
﹁えっ
428
?
先生は以前、私達未成年は騎士団の活動に参加できないと仰られてい
!?
ました﹂
﹁確かにその通りじゃ。君達は優秀な生徒ではあるが年若い。闇の魔
術に最低限抵抗できるだけの経験がない。であれば、非常に危険が付
きまとう騎士団には加えることは出来ぬのじゃ。無論、アリスも同世
代 の 者 よ り も 経 験 が あ る と は い え 未 熟 で あ る こ と に 変 わ り は な い。
しかし、アリスの抱える事情を考慮すれば騎士団に加えるほうが安全
を確保できるのじゃ﹂
ダンブルドアの言葉にハーマイオニーは納得できていないようだ。
まぁ、同世代の私が騎士団に参加できてハーマイオニー達が参加でき
ないというのは不満を抱えるのも当然だろう。
友達が危険な事情を抱え
﹁アリスの抱える事情って何なんですか
端、部屋の中から何人かが話し合う声が聞こえる。シリウスが入った
見送ると、シリウスが先に廊下奥の部屋に向かい扉を開けた。その途
ハーマイオニーが未だに不満顔のロンを連れて上へと向かうのを
している│││深く読みすぎかな
手の急所を狙っている。さらに直接頼むと言うことで反論し辛くも
対して、その友達を守るためと言って引かせるとは。何というか、相
というより、言い含め方があれだ。友達が心配なハーマイオニーに
じた。
ダンブルドアがそう二人に頼むと、流石のハーマイオニーも口を閉
覚えるじゃろうが、アリスの安全の為にも納得してもらいたい﹂
スをより近い場所で保護することにしたのじゃ。無論、君達は不満を
リスの血は是が非でも手に入れたいものなのじゃ。故に、わしはアリ
リスを取り込もうとヴォルデモートが暗躍しておる。奴にとってア
は魔法界にとって大きな意味を持っておる。そして、その血を引くア
言してはならぬぞ。アリスの母親のことは聞いておるな。その血筋
﹁君達は既に知っているじゃろうから伝えるが、他の者には決して他
いかということだろうから頷いておく。
ダンブルドアが一瞬私に視線を送ってきた。多分、話しても構わな
﹂
ているなら、私達も力になりたいんです
?
ことで部屋の中の人は話を中断してこちらへと顔を向けてきた。私
429
!
?
もダンブルドアに続いて部屋の中へと入っていく。部屋の中には見
知った顔もあれば、初めて見る顔も幾つかあった。ルーピン先生││
│もう先生と呼ぶのはおかしいか│││、スネイプ先生、ムーディ、
ウィーズリー夫妻にビル、黒人の男性、酔っ払っている男性、紫色の
髪をした女性がテーブルを囲うようにして座っていた。そして、その
全員は私が部屋に入るのを驚いたような顔で眺めている。ダンブル
ドアは話を通していないのだろうか。
﹂
﹁皆、待たせたの。早速ですまないがわしの話を聞いてほしい。あぁ、
アリスよ。好きな席に座りなさい﹂
﹁ダンブルドア、本当にこの子を騎士団に加えるおつもりですか
そう言ったのは黒人の男性だ。彼は私を見ながらもダンブルドア
を同時に見て話している。
﹁そうだとも、キングズリー。騎士団を結成する際にも言ったが、アリ
スには騎士団へと参加をしてもらう。勿論、学生である以上は任務な
どに就くことはないが、騎士団が持ちえる情報などは聞かせることと
なる﹂
それを聞いて、キングズリーと呼ばれた男性は渋い顔をした。そし
騎士団に参加させるには若すぎ
合いが続いた。途中、ウィーズリーさんやルーピンにモリーさんが同
意を求めていたが、他の人はダンブルドアの考えに従うということ
で、最後にはモリーさんが折れることとなった。モリーさんは最低限
の条件として、騎士団で得た情報は騎士団以外の者には決して漏らさ
ないこと、直接的な活動には参加しないこと言い、話が進まないので
頷いておく。最も、その程度は予想していたことでもある。情報の秘
匿はダンブルドアに言われていたことでもあるし、学生の身で騎士団
の活動を行えるとは思っていない。
│││実際問題、私が騎士団に入る意味があるとは思えない気がす
430
?
て、ダンブルドアが言い終えると同時にモリーさんが抗議の声を出し
た。
﹂
﹁この子はまだ十五歳なんですよ
ます
!
そこからは抗議するモリーさんと説得するダンブルドアとの話し
!
るが。
その後、ダンブルドアは用事があるということで部屋を出て行っ
た。残った人たち未だ戸惑っているのか何も喋らないし、何人かは私
をチラチラと見ている。そんな中、ムーディが杖を床に一突きしてか
ら口を開いた。
﹁何をやっとるか。マーガトロイドが参加することになった以上、必
要な情報を話してやれ。我々には悠長にしていられる時間はないの
だぞ﹂
﹂
﹁そうは言いますがねアラスター、私はまだ納得した訳ではないんで
すよ﹂
﹁ならば、今からまたダンブルドアに抗議をしてくるか
ムーディが睨みをきかせながら言うと、モリーさんは口を噤んで押
し黙った。ムーディの魔法の目がギョロギョロと動き、私に視線を合
わす。
﹂
﹁ダンブルドアからはお前が中々に出来る魔女だと聞いている。最初
に聞いておくが〝閉心術〟は使えるのか
﹁えぇ、出来ますよ﹂
﹂
目を見開いたのが見えた。この二人は表情筋が固まっているのだろ
うか。
﹁え、でも、貴女はまだ五年生よね。本当に〝閉心術〟が使えるの
﹁本当ですよ。嘘を言っても意味ありませんし﹂
先生が杖を取り出し構えるのを見て、私も心を閉じ、覗かれないよう
スネイプ先生に指示されたとおりに先生の正面に立つ。スネイプ
﹁⋮⋮よかろう。マーガトロイド、そこに立ちたまえ﹂
う。
ムーディが魔法の目で私を、普通の目でスネイプ先生を見ながら言
〟を掛けろ﹂
﹁ふむ、ならばテストをしよう。セブルス、マーガトロイドに〝開心術
態々それを言う必要もないだろう。
紫髪の魔女の疑問に答える。本当は一年以上前から使えるのだが、
?
431
?
ムーディの問いに答えると、ムーディとスネイプ先生の除いた人が
?
集中する。スネイプ先生の〝開心術〟がどれ程のものかは分からな
いが、この場で任せられるあたり高い開心術師である可能性は高い。
│││開心
﹂
念のため、パチュリーを相手にする時と同じレベルで〝閉心術〟を使
う。
﹁レジリメンス
﹁どうだ
セブルス﹂
子が全く思い浮かばない。
〝閉心術〟ならパチュリーの〝開心術〟でも│││駄目だ、防げる様
ルなので、少しでも防げるように研鑽を積んできた賜物だ。今の私の
パチュリーの〝開心術〟は防ぐ間もなく心を覗かれてしまうレベ
心術〟を掛けられることはないだろう。
い可能性もあるが、半分も突破されないで防げたことから完全に〝開
リーの〝開心術〟には劣っているようだ。スネイプ先生が本気でな
イプ先生の〝開心術〟は強力だったが、正直に言ってしまうとパチュ
〟を構築することでようやく防ぎきることに成功する。確かにスネ
少しでも気を抜くと一気に突破されそうだが、さらに強く〝閉心術
スルと突破してくる。既に三分の一程が突破された。
〟が強い。〝閉心術〟で構築した壁と呼べるような心の防壁をスル
り抜けるように入ってくる。思った以上にスネイプ先生の〝開心術
と入ってくる感覚がやってくる。それは僅かな隙間を見つけてはす
スネイプ先生が〝開心術〟を使うと同時に、私の中に何かがスルリ
!
らく、闇の帝王ですらそう易々と破ることは出来まい﹂
スネイプ先生の評価に、今度こそ部屋にいる全員が驚きの声を上げ
﹂
た。ムーディですら目を大きく見開き、魔法の目はその動きを止めて
いる。
﹁セブルス、それは本当なのかい
﹂
?
プ先生の言葉が真実ならば、先ほどの〝開心術〟は本気のものだとい
ルーピンの問いに、スネイプ先生は落ち着き払って答える。スネイ
心術〟がどの程度のものかは、君もよく知っていると思うが
﹁左様。少なくとも、我輩は本気で〝開心術〟を掛けた。我輩の〝開
?
432
!
﹁ふむ⋮⋮問題なかろう。我輩の〝開心術〟を完璧に防ぎきった。恐
?
うことだ。スネイプ先生と周りの反応から察するに、スネイプ先生の
開心術師としての力量はかなりのものなのだろう。それを十五歳の
魔女が防ぎきったというのだから、驚くのも当然なのだろうか。
﹁なるほど、それならば聞かせても問題はあるまい。キングズリー、話
してやれ﹂
ムーディの言葉を受けてキングズリーが現在の情勢や状況を話し
てくれた。途中、スネイプ先生は用事があるということで退出してい
き、モリーさんは夕食の準備に取り掛かった。
ある程度の情報を聞き終えると、遅れながら自己紹介を行った。闇
祓いのキングズリー・シャックルボルト、〝七変化〟のニンファドー
ラ・トンクス│││ニンファドーラの名前が好きじゃないということ
でトンクスと呼ぶように言われた│││、ならず者に詳しいならず者
のマンダンガス・フレッチャー。この場にいないメンバーでマクゴナ
ガル先生やハグリッド、ディゴリー夫妻も騎士団のメンバーであるら
しい。
﹁さて、最後にハリーの護送についてだ﹂
話が落ち着いたところで、ウィーズリーさんがそう話を切り出し
た。
﹁移動手段は箒でいいとして、誰が護衛に就くかだが﹂
﹁アラスターは必要だろう。それとキングズリーにリーマス。あとは
│││﹂
﹁私も行くわ﹂
﹁では、トンクスもだな。シリウス、そう怖い顔をするな。君がハリー
の傍にいたいと思っているのは知っているが、ダンブルドアの指示な
んだ﹂
﹁⋮⋮あぁ、わかってるさ﹂
﹁では、固定メンバーはこの四人で、残りはその時に動ける者で対応し
よう。マンダンガス、今週は君がハリーの見張り役だったな。しっか
り頼むぞ﹂
﹁わかってるよぅ﹂
各々の役割が決まったのを最後に会議は終了となった。私は夕食
433
の前に荷物を部屋へと持っていくために、シリウスの案内で階段を上
が っ て い く。シ リ ウ ス は 三 つ 目 の 踊 り 場 の 左 側 の 扉 の 前 で 立 ち 止
まった。
﹁ここだ。安全が確認できている部屋の数が少なくてね。ハーマイオ
ニーとジニーとの相部屋になってしまうが我慢してくれ。ハリーと
ロンは一つ下の右側の部屋で、ジョージとフレッドは左側の部屋だ。
荷物を置いたら皆を呼んで食堂まで来てほしい﹂
ハーマイオニーと相部屋というのは構わないが、不穏な言葉が聞こ
というより、ここはシリウス
えたな。安全が確認できている部屋ということは、逆に安全が確認で
きていない部屋もあるということか
の家なのだからどこが安全でどこが安全でないか分かりそうなもの
だが。
私の疑問を察したのか、シリウスは﹁あぁ﹂と呟いてから理由を話
し出した。
﹁私は学生の頃にこの家を出てね。それ以来、一度も戻っていないの
だよ。直系の親族がすべて死んでしまっているので所有権こそ私に
あるが、長年空家だったせいか色んなものが巣くっていてね。少しず
つ除染してはいるものの、追いついていないんだ。だから、君も無闇
に家の中のものには手を触れないほうがいい﹂
そう言って、シリウスはそのまま階段を下りていった。私は部屋を
空けて中に入ると、空いている場所に荷物を置く。部屋は剥がれかけ
た濃緑の壁紙に三つのベッド、一つのテーブルに三つの椅子が置かれ
ただけの簡素な部屋だった。一つを除いて、ベッドにはバッグや本が
置かれているので、そこがハーマイオニーとジニーのベッドなのだろ
うと判断する。
空いているベッドの傍にトランクを置き、蓋を開ける。それと同時
に、トランクの中からドールズが勢いよく飛び出してきた。ドールズ
はそれぞれが﹁疲れた﹂
﹁息苦しかった﹂
﹁窮屈だった﹂などと愚痴を
漏らしている。
ドールズに一言謝り、これから夕食にいってくるので各々自由に過
ごしているように伝える。念のため、ハーマイオニーの荷物などやこ
434
?
の家にあるものには触れないように注意するが、そこらへんはドール
ズも分かっているのか、最近覚えた敬礼で元気よく返事をした。
│││こういうのを一体どこで覚えてくるのだろうか。
部屋を出て階段を下り、騒がしい部屋の前に立ってノックをする。
待ってたわ
さっ、部屋に入って入って
﹂
少し間をおいて扉が開き、中からハーマイオニーが出てきた。
﹁アリス
!
﹁よっ
久しぶりだな、アリス﹂
同時に肩に手を置かれる。
ンで最後のようだ│││と思ったら、背後でバチンという音が鳴ると
ジョージとフレッドの双子も部屋の中にいると思ったが、どうやらロ
ハ ー マ イ オ ニ ー に 続 い て ロ ン が 出 て く る。聞 こ え て く る 声 か ら
ことは出来ないので、どうやって言い含めるか悩む。
それは別に構わないが、聞きたい話と言うのが騎士団関連なら話す
に来てね。色々話を聞きたいの﹂
﹁あっ、そうなの。それなら、夕食を食べ終わってからでいいから部屋
さんからの伝言よ﹂
﹁その前に、ハーマイオニー。夕食だから下りてくるようにと、モリー
!
﹂
背後に〝姿現し〟で現れたジョージとフレッドに振り向きつつ、フ
レッドの言った女王様発言に首を傾げる。
﹁お久しぶり。ところで、女王様って何かしら
て切り返すとは思っていなかったのか、返した内容が予想外だったの
らと汗が浮かんでいるのは見逃さなかった。私が女王様発言に対し
ジョージはふざけた感じで発言を訂正していたが、その額に薄っす
別の意味で女王様になられても困るからね﹂
﹁それは怖い。そういうことなら、残念だけど女王様は撤回しよう。
うだい。じゃないと、鞭で叩きつけるわよ﹂
﹁⋮⋮色々言いたいことはあるけど、とりあえず女王様は止めてちょ
いう風に称えようかと思っている﹂
を称える称号さ。ちなみにハリーには王子様、セドリックには王様と
﹁才色兼備、容姿端麗、冷静沈着、そして我らが恩人の一人でもある君
?
435
!
﹁我らが女王様は今日もクールビューティーだな﹂
!
かは知らないが、まぁ撤回するというのなら踏み込まないでおこう。
◆
この家に来てからの数日は、何かと騒がしい日が続いた。一番は
やっぱりと言うべきか、ハーマイオニー達の質問だ。私だけ会議に参
加していることもあり、会議で何を話しているのか、騎士団は今どん
な活動をしているのか、ハリーはどうなっているのかなど、執拗に質
問してくるのだ。当然、内容を話すわけにもいかないので質問は一切
受け付けていないが、それで諦める訳もなく、時間があれば質問をし
てくる。ハーマイオニー達の気持ちは分かるがいい加減しつこかっ
たので、どうしようかと考えていたときに一つの知らせが騎士団に届
いた。
知らせの内容は、ハリーがホグワーツを退学及び杖を破壊されると
436
いうものだ。この知らせを受けた途端、騎士団に限らずハーマイオ
ニー達も騒然となった。報告によると、原因はハリーがマグルの面前
で守護霊の呪文を使ったためらしいが、どうにもその場には吸魂鬼が
いたらしい。アズカバンにいるべき吸魂鬼がロンドンにいることも
疑問だったが、とにかくハリーの件をどうにかするのが急務というこ
とで騎士団が慌しく動いた。
続いて送られてきた報告によると魔法省にダンブルドアが到着し、
今回の一件について収拾をつけようとしているらしい。また、ダンブ
ルドアから急ぎハリーの監視役を増やすように指示があった。監視
﹂
役の増員としてルーピンとエメリーン・バンスという魔女が向かうこ
ととなった。
﹁ねぇ、アリス。ハリーは大丈夫よね
片側の視覚と聴覚を共有しているため、話を聞くことは出来る。
ないという訳でもなく、会議が行われている食堂に置いてきた上海と
ニー達と一緒に待機することとなった。とはいえ会議に参加してい
ハーマイオニー達が騒ぎ立てるので、私が抑え役としてハーマイオ
?
﹁法律的には無罪放免となるはずだけどね。未成年でも生命の危険が
ある状況であれば魔法の行使は認められているはず。法律を作った
魔法省がそれを理解していないとは思えないわ﹂
﹁そうよね。法律はハリーを守ってくれるはずだわ﹂
﹁⋮⋮でも、生命の危険がある状況に限るということは、その状況を証
明できないと適応されないということでもあるわ。その場にいたの
はハリーと親戚のマグル、アラベラ・フィッグというスクイブの老婆。
マグルやスクイブには吸魂鬼を見ることは出来ないし、ハリーは尋問
の対象。状況的にはあまり有利とはいえないわ﹂
私がそう言うと、ハーマイオニーは反論したそうに口を開いては閉
じていたが、結局その口から言葉が出てくることはなかった。吸魂鬼
があの時あの場にいたことをどう証明するか。それがこの件に関す
る重要な点であるというのはハーマイオニーも理解しているのだろ
う。
﹂
次に記録が残っていた場合というのは、つま
てしまう。魔法省としてはそんな事実は決して認めないだろうし、証
拠となるものは全て抹消しているでしょう﹂
ロンの質問に答え、それを聞いたロンはハーマイオニー同様に口を
噤んだ。
翌日、ハリーからふくろう│││ヘドウィグというらしい│││が
送られてきて、今がどうなっているのか、何時ここ│││親戚の家か
ら出られるのか知りたいという旨が書かれていた。受け取ったハー
マイオニーやロンは手紙を書きたそうにしているが、ダンブルドアか
らハリーには一切の情報を与えないようにと言われているため、手紙
を返すことが出来ないでいる。そんな二人に反して、ヘドウィグは手
437
﹁でもさ、吸魂鬼の行動は全部魔法省で管理されているはずなんだろ。
だったら、その記録を見ればいいんじゃないか
言うまでもないわね
在しないわ。この場合、誰が指示しているのが可能性として高いかは
勝手に、あるいは外部の者に指示されていた場合は記録そのものが存
﹁それも難しいわね。まず、吸魂鬼がそもそも魔法省の管理を外れて
?
り吸魂鬼は魔法省の指示でハリーを襲ったと言うことの証明となっ
?
紙の返信を急かしているのか、執拗に嘴で二人のことを突いていた。
そして、ヘドウィグがやってきてから三日後。ハリーを騎士団本部
へと護送するためのメンバーが出発していった。メンバーは以前決
めたムーディ、キングズリー、ルーピン、トンクスに加えて五人の魔
法使いが護衛に就くことになった。
全員が出発するのを見送ると、残ったメンバーは会議の続きに入っ
た。私 も 食 堂 に 入 っ て 話 を 聞 い て い る。最 近 に な っ て フ レ ッ ド や
ジョージ達が会議の話を盗み聞きしようとしているので、蓬莱と露西
亜と仏蘭西に扉の前を見張らせることにしている。残りのドールズ
は、京は私と一緒にいて、残りは部屋で荷物の見張りをさせている。
態々人の荷物を覗き見る人はいないと思うが、まぁ念のためだ。
会 議 は 久 々 に 戻 っ て き た ス ネ イ プ 先 生 を 交 え て の も の と な っ た。
議題はやはりハリーのことについて。今回の一連の事件、魔法省や
ファッジ魔法大臣の動き、どう収拾をつけ、万が一の場合にはどのよ
うにするかなど。議題が議題だけに皆の言葉に熱が入っているのが
分かる。
会議に参加している以上は私も何か発言をしたほうがいいだろう
かと思ったが、思ったこと言いたいことは他の人が大体代弁している
ので、これといって話しに入り込むところが見当たらない。というよ
り、モリーさんとシリウスが白熱しすぎて介入の隙がないというべき
か。
どのぐらい時間が経ったか、モリーさんとシリウスは未だに熱が冷
めることなく話し合っている。扉の外では、ジニーが階段から覗き込
んで何かを投げつけていたが、あれは一体何なのだろうか。
夕食の時間が近づき、モリーさんが準備に取り掛かり始めた頃、蓬
莱から見える視界に家の扉が開くのが映った。開いた扉から入って
くるのは、ハリーを迎えにいったメンバーとハリーだ。
﹁│││ハリーが到着しましたよ。今、玄関から入ってきました﹂
ハリーがやってきたことを食堂にいる人に伝える。私の言葉にい
ち早く反応したのはモリーさんだ。モリーさんは夕食の準備を一旦
438
止めて、廊下へと向かっていった。
自立して動く人形だけでも驚きなの
﹁いやぁ、それにしても凄いな。確か、人形の見ている視界と自分の視
界を繋げているだったかね
﹂
今度、そこらへんの話を詳しく聞か
誤魔化すこと│││勿論全部ではないだろうが│││を止めた以上
考にしていることは伝えてある。ダンブルドアが私に対して下手に
うな魔法かは流石に言わなかったが、少なくても闇に類する魔法を参
は全部と言わずともある程度の情報は教えることとなった。どのよ
ルドアからもドールズのことを聞かれたのだが、ダンブルドアにだけ
ドールズについてと言えば、騎士団の参加への話が出た際にダンブ
ずだ。
に関しては秘密だと言ったので再び聞いてくるということはないは
て、ドールズのことでないだろう。前にも一度聞かれたが、ドールズ
ちなみに、ウィーズリーさんの言う話とは純粋に物作りの話であっ
せるというのはやり過ぎかもしれないが。
ではないと思っている。まぁ空飛ぶ車を作って、それを街中まで走ら
としてはウィーズリーさんのような人がいることは決して悪いこと
で、魔法に傾倒している魔法使いからの印象は良くないらしいが、私
たりしているそうだ。マグル文化に関心を抱く魔法使いということ
持っているようで、ガラクタを拾ってきてはそれを修理したり分解し
ウ ィ ー ズ リ ー さ ん は マ グ ル の 機 械 類 に 対 し て 非 常 に 強 い 関 心 を
﹁そうですね。時間があれば構いませんよ﹂
せてくれんかね
は是非見習いたい。どうだね
﹁いや、素晴らしい。自分の作りたいものを作るために努力する姿勢
らですからね。それを叶えるために沢山勉強しましたから﹂
﹁まぁ、魔法に関わろうと思ったのがドールズを作りたいと思ったか
感じはなくなっている。
リーが無事到着したことで安心したのか、先ほどまでのピリピリした
そう興奮したように話しかけてきたのはウィーズリーさんだ。ハ
にそんなことまで出来るなんて、こりゃ話に聞いていた以上だな﹂
?
?
は、こちらもそれに応える必要があると判断したからだ。その結果、
439
?
闇祓いや教師陣、騎士団メンバーからの質問がなかったのは助かっ
た。ダンブルドアが、自分がある程度の事実を把握しているため警戒
恩をきせて自分を裏切
する必要はないと伝えたのが大きいのだろう。
│││これって借りになるのだろうか
れなくするという意味ではそれなりに効果有りであることは否めな
いが。
こんなことを考えてしまう自分が酷く捻くれていると思い、軽い自
己嫌悪に陥ってしまいそうだと溜め息を吐く。
◆
夕食の準備が出来たので会議を一時中断し、一同は食堂で食事を進
める。スネイプ先生だけは帰っていったが、スネイプ先生が夕食の席
に加わらないのはいつものことなので特に気にはしない。ハーマイ
オニー達が食堂に入ってくる際に、廊下から騒音のような叫び声が聞
こえてきた。恐らく、肖像画に描かれているシリウスの母親がまた騒
いでいるのだろう。モリーさんとルーピン、次いでシリウスが飛び出
していったことからも間違いはないはずだ。
食事中、話題として上がるのはハリーの護送についてだ。何か異常
はなかったか、敵は現れなかったかなど、護衛メンバーから話を聞い
ている。
そして、話題の中心となっているハリーはというと、酷く不満気な
顔をしている。最初こそシリウスと普通に話していたが、全体の話題
に騎士団のことが混じってくるにつれて口数が少なくなってきた。
まぁ、ハリーがこのようになるのも分かってはいた。何せ、ロンの
部屋に行ったハリーが大声で数々の不満を暴露していたからだ。最
も私が直接聞いたのではなく、部屋に待機していた倫敦から聞いたこ
とだ。モリーさんがハリー達を呼びに行ったときに扉を潜ってきて、
私の耳元で教えてくれたのだ。
そしてデザートを食べ終わり、就寝の時間だとモリーさんが言った
が、シリウスがそれを遮りハリーへと向かい合って話し出した。
440
?
﹁驚いたよ、ハリー。てっきり私は、君がここに着いたら真っ先にヴォ
ロンとハーマイオニーに聞いた。でも、二人は騎士団
ルデモートの事を聞いてくるだろうと思っていたんだが﹂
﹁聞いたよ
に入れてもらえないから詳しいことは何も知らないって﹂
﹁二人の言う通りですよ。あなた達はまだ若すぎるの﹂
シリウスの疑問にハリーは憤慨といった感じで答えたが、そのハ
リーに応えたのはシリウスではなくモリーさんだった。
ハリーはあのマグルの家で一ヶ月も閉じ込められ
﹁モリー、騎士団に入っていなければ質問してはいけないと、いつから
決まったんだ
何でハリーだけが質問に答えてもらえるんだ
ていたんだ。何が起こっているのかを知る権利がある﹂
﹁ちょっと待った
?
?
﹂
!
アリスだって僕達と同じ未成年だ﹂
僕が駄目だっていうなら、どうしてアリスは騎
士団に参加できているの
ヴォルデモートは僕の命を狙っている
?
ヴォルデモートに取り込まれるのを恐れている。そして、それを防ぐ
異 な る ん だ。ダ ン ブ ル ド ア は ア リ ス の 持 つ ベ ル ン カ ス テ ル の 血 が
﹁ハリー。君の言いたいことも分かるが、ハリーとアリスでは事情が
んだ﹂
て条件は同じはずでしょ
﹁それはロンとハーマイオニーから聞いたよ。でも、それなら僕だっ
﹁それは、この子は、この子の場合は、ダンブルドアの指示です﹂
に出してくるとは思っていたが。
が騎士団として会議に参加していることは聞いているはずなので、話
ついにハリーがそのことを出してきたか。ハーマイオニー達に私
?
﹁ちょっと待って
が、シリウスはそれに一歩も引かずに反論している。
いと主張している。モリーさんはダンブルドアの言葉も出している
成年で騎士団にも入っていないのだから不用意に教えるべきではな
ヴォルデモートのことを教える必要があると主張し、モリーさんは未
ウスへと向かい合っている。シリウスはハリーにも騎士団のことや
ジョージが大声で文句を言うが、モリーさんはそれを無視してシリ
えてくれなかったじゃないか
僕達だってこの一ヶ月間、皆に散々質問してきたのに誰も何一つ教
!
!
441
!
為には騎士団の情報を知り、いざという時に動けるよう騎士団に入っ
ていたほうが守りやすいとお考えなのだ﹂
﹁ハリー。この事については変更することはできない。彼女はすでに
多くの情報を知っているし、ダンブルドアがそれを認めない。それ
に、彼女は情報をヴォルデモートに盗まれないよう防ぐ手段を持って
いる。だがハリー、勘違いしないでほしい。それは君に情報を教えな
いということではない。勿論、彼女ほどではないが、私はある程度の
情報を君に教えるべきだと思っている﹂
ルーピンの言葉に反論しようと口を開きかけたハリーだが、それを
シリウスが制した。だが、最後にシリウスが言った言葉に今度はモ
リーさんが反応するが、それはウィーズリーさんによって遮られた。
﹁モリー、ダンブルドアは立場が変化したことをご存知だ。ハリーが
本部にいる今、ある程度の情報は与えるべきだと認めていらっしゃ
る。それに、私個人としても、全体的な情報をハリーは知っておくべ
き出すかのようにそれらは出てきた。ヴォルデモートは何処にいる
のか、何を企んでいるのか、何か事件は起こっていないのか、騎士団
442
きだと思っている。他の誰かから、歪曲された話を聞いてしまうより
はね。ハリーも自分で物事を判断できる年齢だ。このことで意見を
何が起こっているのか﹂
言うのを許されるべきだろう﹂
﹁僕、知りたい
開いた。
?
ハリーは多くの質問をした。一ヶ月間、溜まりに溜まったものを吐
﹁さて、ハリー。何を知りたい
﹂
連れて行かれた。そして、静かになるのを待ってからシリウスが口を
ことを許されて、ジニーだけはモリーさんによって強制的に部屋へと
最終的に、ハーマイオニー、ロン、ジョージ、フレッドは話を聞く
るとそれぞれが主張する。
てだめなのかと、ロンはもし今聞けなくてもハリーが後で教えてくれ
そこでまた反論が起こる。双子は自分達は成年しているのにどうし
は無理だと思ったのか、ハーマイオニー達に出て行くように言うが、
ウィーズリーさんの言葉にハリーは即答した。モリーさんは説得
!
は何をしているのか。そして、それに騎士団のメンバーが答えてい
き、その答えに対して再度ハリーの質問が飛ぶ。
﹁目先の問題は魔法省だ。ファッジが頑なにダンブルドアの事を否定
している。例のあの人は戻ってきてなんかいない、全てはダンブルド
アの虚言だと言ってね﹂
﹁ファッジはダンブルドアを恐れているんだ。ファッジはダンブルド
アが自らの失脚を企み大臣職を狙っていると思っている。魔法省を
乗っ取ろうとしていると思い込んでいるんだ。勿論、ダンブルドアは
そんなことを考えてはいない。だが、ヴォルデモートが戻ってきたと
いう事実に向き合えないファッジは、ダンブルドアを敵かなにかと思
い込むことで平静を保っているんだ﹂
﹁魔法省がヴォルデモートの復活を認めない以上、我々が多くの魔法
使いに真実を信じ込ませるのは簡単なことじゃない。それでも、何人
かの者を味方につけることはできた。それに、信じてもらえずとも
443
ヴォルデモートが復活したという情報をまったく流していないとい
うわけではない。最も、それによってダンブルドアが苦境に立たされ
ているのも事実だが﹂
ウィーズリーさん、ルーピン、シリウスと順番に話が進んでいく。
ハリーは時折質問を挟みながらも、静かに聞いていた。
﹁国際魔法使い連盟の議長職とウィゼンガモット法廷の主席魔法戦士
から降ろされてしまったのも魔法省の手引きだ。勲一等マーリン勲
章 を 剥 奪 す る と い う 話 も 聞 く。ダ ン ブ ル ド ア は 日 刊 預 言 者 新 聞 で
﹂
散々叩かれているよ。ダンブルドアだけじゃない、ハリーやアリスに
セドリックもだ。新聞は読んでいたかい
もハリーは集中して叩かれていた。
がハリーの抱える事情がそうさせるのだろう。私やセドリックより
元にしている部分も多いようで、元ネタが豊富というのもあるだろう
リーの記事に関しては去年のリータ・スキーターが書いていた記事を
い込みが激しい﹂だの﹁目立ちたがり屋﹂などと書かれていたのだ。ハ
私やダンブルドア、ハリー、セドリックを含めて﹁嘘吐き﹂だの﹁思
ルーピンの言葉に夏休み最初の事を思い出す。日刊預言者新聞に
?
最後に、ヴォルデモートが前回猛威を振るっていたときには持って
い な か っ た も の。そ れ を 求 め て 極 秘 に 動 い て い る と シ リ ウ ス が ハ
リーに告げた。だが、ハリーがそれは何かと追求するもモリーさんに
よって遮られてしまう。これ以上の情報を教えることをモリーさん
は許容できないのだろう。
これ以上の情報を教えるなら、騎士団に入れてはどうかというモ
リーさんの半ばヤケの言葉にハリーは真っ先に賛同したが、それは
ルーピンによって遮られた。その際に言った﹁成人した学校を卒業し
た者しか騎士団に入れない﹂という言葉で、ハリーが私を引き合いに
出したことで再び問答が起こった。
﹁アリス﹂
モリーさんがハリーたちを寝室へ追いやっているのを見送り、私も
部屋に戻ろうと席を立ったところでルーピンが声を掛けてきた。
﹁分かってますよ﹂
特に何を言っている訳ではないが、先ほど話題に上がってしまった
〝モノ〟について、ハリー達に教えないようにということだろう。正
直、私としては教えてもいい気がするが、今教えてもどうにかなるも
のでないことも確かなので、騎士団の方針通りに情報を漏らさないこ
とにする。
◆
ハリーが騎士団本部に来てから数日、いよいよ尋問の日がやってき
た。ハリーは朝早くからウィーズリーさんと魔法省へ向かっている。
時間的にはそろそろ尋問が始まっているはずだ│││本来であれば。
一時間程前にウィーズリーさんの同僚の人からふくろう便が届き、
尋問の時間と場所が変更になったらしい。話を聞くと、変更になった
場所は魔法省の神秘部という部署のさらに地下にある古い法廷で行
われるということ。だが、問題なのは時間だ。元々余裕を持って早く
出発していたハリー達だが、変更された時間は随分と早まっており、
444
順調に魔法省に到着していたとしてもギリギリか遅刻かという時間
だったからだ。
突然の変更に知らせを知った全員が憤慨したが、変更されてしまっ
たものはどうしようもない。尋問における主導権はあちらにあるの
だから、尋問を受ける側は魔法省の決定に従う他はないのだ。
﹁⋮⋮﹂
﹁⋮⋮﹂
現在、本部にいる者は全員食堂に集まって、尋問の結果がどうなっ
たかの知らせが届くのを無言で待っている。シリウスは腕を組んで
指を叩いており、ハーマイオニーは本を持っているものの一度も頁が
捲られていない。ロンやジニーは机に突っ伏しているが、寝ているわ
け で は な い だ ろ う。ジ ョ ー ジ と フ レ ッ ド は 部 屋 の 隅 で 何 や ら 話 し
合っており、モリーさんは昼食の準備をしている。
それからさらに三十分後、一羽のふくろうが食堂の窓から入ってき
﹂
ハーマイオニーは互いに抱き合い、双子とジニーは腕を組みながら踊
り始めた。
数時間後にはハリーとウィーズリーさんが帰ってきて、改めてハ
リーが無罪放免になったことを伝えられる。それを聞いて双子とジ
ニーが再び踊り始めた│││今度は変な掛け声付きで。
ハリーの尋問も終わり新学期が近くなったところで、ホグワーツか
らの必要な学用品が書かれた手紙が届いた。例年よりも手紙が送ら
445
てテーブルの上に静かに降り立った。瞬間、モリーさんはふくろうが
咥えている手紙を奪い取り封を開け始める。全員の視線が手紙に集
中するのをふくろうが恨めしげに見ているが、誰もふくろうのことに
は目を向けてはいなかった。とりあえず、近くにあったビスケットを
一枚取りふくろうの前に持っていく。ふくろうはビスケットを咥え
無罪放免
ると、ホーと一鳴きしてから入ってきた窓へと飛び去っていった。
﹁│││無罪よ
!
モリーさんが叫んだその言葉に、それぞれが声を上げる。ロンと
!
れてくるのが遅かったが、まぁ教科書を二冊買うだけなので、支障は
ないだろう。
テーブルの上に手紙を置いてトランクの中身を整理していると、部
アリスも貰った
﹂
屋の扉が音を立てて開いたので、反射的に扉の方へ視線を向ける。
﹁アリス
!?
﹁貰ったって、何をかしら
﹂
嘘、アリスなら絶対に貰ってると思ったのに﹂
監督生は二人だし、あの二人なら相性もいいだろうし
食事中は何人かのグループに分かれて雑談に興じながら過ごして
勢な料理が大皿で並べられていた。
らしく、椅子が隅に避けられている。テーブルの上にはいつもより豪
ていた。お祝いの席でもあるためか、今日に限っては立食形式の食事
おり、
﹁おめでとう ロン、ハーマイオニー 新しい監督生﹂と書かれ
ら夕食の為に食堂へと下りる。食堂には真紅の横断幕が掲げられて
モリーさんが買ってきてくれた教科書などの学用品を整理してか
ハーマイオニーも納得した様子で頷いた。
﹁そう。確かに、あの二人なら監督生になってもおかしくはないわね﹂
う。
ペアということを考えれば、あの二人ほど適している者はいないだろ
内では三本の指に入っているし、学年全体でも五本には入っている。
それに、あの二人は同学年の中では優秀な生徒だ。レイブンクロー
ね﹂
いかしら
﹁レイブンクロー生なら⋮⋮パドマとアンソニーが貰ってるんじゃな
﹁えっ
いないわ﹂
﹁あら、おめでとう、ハーマイオニー。それと、残念だけど私は貰って
選ばれるんだったか。
色で彩られたバッジがあった。そういえば、監督生は五年生から二人
そう言ったハーマイオニーの手には〝P〟と書かれた赤と金の二
!
?
﹁これよ、これ。監督生バッジ
私だけじゃなくてロンも貰ったわ﹂
と、開口一番そのようなことを尋ねてきた。
ハーマイオニーが興奮冷めぬといった感じで入ってきたかと思う
!
?
446
!?
いる。ロンは近くにいる人にお祝いで貰った箒の自慢話を、ハーマイ
オニーはルーピンに屋敷しもべ妖精の権利についての話を、モリーさ
んはビルと髪型についての論争を、ムーディやキングズリーやウィー
ズリーさんは魔法省についての話をそれぞれしている。その中で、私
﹂
は部屋の端っこでコソコソと話し合っている双子とマンダンガスの
所へと向かった。
﹁何を話しているの
声を掛けると、マンダンガスは肩を大きく揺らして振り返った。マ
ンダンガスは口ごもって何かを呟いている。
﹁大丈夫だ、ダング。アリスは俺達のスポンサーの一人だ﹂
スポンサーということは、先学期にハリーとセドリック同意の下あ
げた金貨についてだろうか。確か、二人は悪戯専門店を作りたいと
﹂
いっていたので、それに関する話なのだろう。
﹁何か材料の取引か何かかしら
大丈夫なの
﹁それ、取り扱い要注意の品じゃなかった
﹂
﹁まぁ、うん。多分、大丈夫じゃないかな
?
﹁⋮⋮あまり無茶はしないようにね﹂
?
﹂
ないけど材料に使えそうだと思ってな。ダングに調達を頼んだんだ﹂
﹁ビンゴだ、アリス。見ろよこれ、マンドレイクの根だ。試したことは
?
二人の言葉に軽く苦笑して返しながら、ポケットから二つの品を取
たほうがしっくりくるもんな﹂
いって言うつもりじゃないけど、やっぱりアリスが監督生って言われ
﹁あぁ、それ僕も思った。別にアリス以外の人が監督生に相応しくな
じゃないなんて﹂
﹁ありがとう、アリス。でも、本当に意外だったわ。アリスが監督生
﹁ハーマイオニー、ロン。監督生就任おめでとう﹂
ズリーさんが話をしている。
ろにいたので手間が省けそうだ。二人の近くでは、トンクスとウィー
とハーマイオニーのところへと向かう。ちょうど二人とも同じとこ
替わる形でハリーが双子のところに向かうのを横目で見ながら、ロン
ジョージの安心できない返事を聞きながら、その場を離れる。入れ
?
447
?
り出す。
﹁はい、これ。監督生の就任祝いよ﹂
そう言って二人に手渡したのは二つのアクセサリー。二つとも細
かい彫刻を施した銀のペンダントで、ハーマイオニーのは猫、ロンの
は犬の意匠をしている。ハーマイオニーを猫にしたのはペットのク
ルックシャンクスを元にしているのだが、ロンを犬にしているのは特
﹂
に理由はない。強いて言えば猫に対してしっくりくる動物を選んだ
可愛い。それに綺麗。本当に貰っていいの
結果だ。
﹁わぁ
!?
﹂
﹁あら。似合ってるわよ、ハーマイオニー。これアリスの手作りなの
けた。
イオニーの着け方を見ながらか、ゆっくりした動作でネックレスを着
ハーマイオニーはすぐにネックレスを首に着け始め、ロンもハーマ
﹁勿論。というより、貰ってくれないと作り損だから困るんだけどね﹂
!
トンクスがハーマイオニーの首に掛かったネックレスを見ながら
聞いてくる。
﹁えぇ。といっても、作り置きしていたものを少し弄っただけですけ
どね。魔法が使えればもう少し調整できたんですが﹂
﹁いや、それにしても中々の出来じゃないか。この犬なんか、どことな
くロンに似ていなくもない﹂
トンクスと一緒にやってきたウィーズリーさんがロンのネックレ
スを覗き込みながらそんな感想を漏らす。それに対してロンが反論
しようとするが、それは横から割って入ってきたムーディによって遮
られた。
﹁ほぅ、これは⋮⋮なるほど。これは、マーガトロイドが作ったのか
﹂
﹂
ムーディは魔法の目でネックレスを覗き込むように見たあと、普通
の目を私の方へ向ける。
﹁そうですよ│││気づきました
私の言葉の意味が分からなかったのか、ムーディ以外の人は首を傾
?
448
?
?
げている。
﹂
﹁無論だ。このネックレスには魔法が掛けられているな。恐らくは、
〝盾の呪文〟か
材料など必要な物があれ
?
﹂
﹂
けたネックレスを手で持ち上げながらマジマジと見ている。
?
﹁えぇ、そうよ。ただ、注意してね。それは何度も呪文を受けたりする
﹁アリス。本当に、このネックレスに呪文がかかっているの
﹂
たハーマイオニーとロンは、今の話を聞いて驚いているのか、首に掛
言った後、ルーピンに呼ばれて二人はその場から離れていった。残っ
トンクスの驚きの声に続いて、ウィーズリーさんが冗談めかして
リ箱か何かかね
やぁ、あの人形にも驚かせられたが、これも驚いた。君は人間ビック
﹁私 も だ。だ が、ア ラ ス タ ー が 言 う の な ら 間 違 い は な い だ ろ う。い
聞いたことないわ﹂
掛けるっていうのはあるけれど、〝盾の呪文〟の効果を持たせたのは
﹁凄いわね。ネックレスに呪文の効果を持たせるなんて。物に呪文を
そういい残して、ムーディは食堂を出て行った。
ば、身に着けておいて損はないだろう﹂
いが、これがあることで助かる命があるかもしれないことを考えれ
﹁構わん。正直、死喰い人に対して何処までの効果があるか分からな
か
ら騎士団に入っている先生の誰かに届けてもらうかたちでいいです
﹁構いませんよ。学校でないと魔法が使えないので、学校で作ってか
ば調達もしよう﹂
同じようなのを作ってやってくれんか
ぞ。マーガトロイド、もし余裕があるようであれば、騎士団の者にも
なる。二人とも、そのネックレスは常に身につけていたほうがいい
﹁だが、僅かにでも身を守ることが出来るならば、それは大きな助けと
力よりもずっと低いですけどね﹂
ます。といっても、ネックレスが壊れたら効果ないですし、本来の効
て、これを身につけている間は襲い掛かる呪文を少しだけ防いでくれ
﹁その通りですよ。このネックレスには〝盾の呪文〟が掛けられてい
?
?
449
?
と壊れてしまうから。呪文の練習などをするときは外しておいたほ
うがいいわよ﹂
他にも注意する点を二人に説明したあとちょうどお開きとなり、モ
リーさんに急かされる感じでそれぞれが部屋へと戻っていった。
450
波乱の新学期
ホグワーツ特急に乗り、監督生が集まる車両へ向かうハーマイオ
ニーとロンを見送った後、ハリーとジニーの二人に並んで空いている
コンパートメントを探していく。
去年までなら一時間近く前には到着していたので探すことなく座
﹂
ることができたのだが、今年はハリー達と行動を共にしていたことに
よってギリギリの時間となってしまった。
﹁あなた達、いつもこんなにギリギリの時間なの
今日は偶々遅かっただけ
ハリーがネビルに挨拶し、ネビルも挨拶を返す。
﹁やぁ﹂
﹁やぁ、ネビル﹂
足元に置きながら暴れるヒキガエルを握るネビルの姿が見えた。
そんな視線に晒されながらも最後尾まできたところで、トランクを
リーも気がついているのか、チラチラと周囲を忙しなく見ている。
夏 休 み 中 に 新 聞 で 叩 か れ た 内 容 に つ い て 話 し て い る の だ ろ う。ハ
るようだ。何人かの手には日刊預言者新聞が握られている。恐らく、
線だけで周囲を見渡すと、すれ違う殆どの生徒が私とハリーを見てい
いく最中、周囲からの視線を感じると共に話し声が聞こえてきた。視
空いているコンパートメントを探しながら車両の後ろへと進んで
るのだろうか。いや、知っているから取り繕っているのだろうけど。
り少し早い程度では大して変わりがないということに気がついてい
ジニーが目を泳がせながらそう言っているが、ギリギリの時間帯よ
で、いつもはもう少し早いし﹂
﹁えっと、いつもという訳ではないのよ
り準備が終わっていなかったりというのはどうなのだろうか。
や警備体制を確認していたのもあるのだろうが、起床時間が遅かった
というのも、今朝は随分と慌しかったのだ。ムーディが執拗に安全
?
﹁この⋮⋮暴れるな、トレバー⋮⋮どこも一杯だ。僕、席が全然見つか
らなくて﹂
451
?
﹁ここが空いているじゃない﹂
ネビルが言い終えるのと同時に、ジニーがネビルの横をすり抜けな
がらコンパートメントの中を覗き見る。私も近づいて中を見ると、中
はルーナが一人座っているだけだった。
﹁ルーナしかいないみたいだし、ここに入れると思うわよ﹂
﹂
そう言いながらコンパートメントの扉を開く。
﹁こんにちは、ルーナ。相席いいかしら
﹁こんにちは、アリス。ジニーもこんにちは。別に構わないよ﹂
ルーナの許可も貰ったので中へと入り、トランクを荷物棚へと上げ
る。全 員 の 荷 物 を 棚 に 上 げ 終 わ り 一 息 つ い た と こ ろ で、ル ー ナ、ハ
リー、ネビルの紹介が行われた。
それからは、ハーマイオニーとロンが戻ってくるまで適当に雑談を
していたが、ネビルが〝ミンビュラス・ミンブルトニア〟を出してき
たときは驚いた。この植物はかなり希少なもので、市場には滅多に出
回らないものだ。恐らく、ホグワーツの温室にもないだろう。〝ミン
ビュラス・ミンブルトニア〟は、その見た目からは想像も出来ないが
上質な魔法薬を作る際に使われることもあり、中でも治療薬として使
用した場合は大抵の外傷を治すことができる材料となる。
そこで、私が〝ミンビュラス・ミンブルトニア〟の樹液を貰えない
かネビルへ聞こうとしたのと、ネビルが羽根ペンで〝ミンビュラス・
ミンブルトニア〟を刺激したのは同時だった。〝ミンビュラス・ミン
ブルトニア〟の樹液は〝臭液〟と呼ばれ、その名の通り悪臭を放つ液
体だ。〝臭液〟はちゃんとした手順で取り出せば問題がないが、〝ミ
ンビュラス・ミンブルトニア〟の防衛機能を刺激するようなやり方で
採取しようとすると、全身のおできから〝臭液〟を勢いよく噴出させ
てしまう。
﹁│││けほッ﹂
つまり、今のような結果になってしまうのだ。
私達がいるコンパートメントは暗緑色の〝臭液〟があちこちに付
着しており、私達の身体にも大量の〝臭液〟が付着してしまってい
る。そして運の悪いことに、喋ろうとした瞬間に〝臭液〟が噴出した
452
?
ため口の中にまで〝臭液〟が入ってしまった。口の中に入った〝臭
液〟を吐き出すも、苦さと臭さが抜けずに顔を顰める。
﹁スコージファイ │清めよ﹂
杖を振って〝臭液〟を取り除く。まだ臭いが残っている気がする
が、窓を開けて換気すれば大丈夫だろう。
﹁ご、ごめん。僕、試したことなくて⋮⋮こんなに勢いよく〝臭液〟が
出るなんて﹂
﹁まぁ、別にいいけれど。今度からは、ちゃんと特性を理解してから試
してね﹂
ネビルに一言そう言いながら窓を開ける。ハリーとジニーもネビ
ルに声を掛けているが、ネビルはひたすらに謝り続けている。まぁ、
今回は仕方がない。知らなかったとはいえ、自分の不注意が招いたこ
となのだから。臭いだけで毒性のない〝臭液〟だからよかったもの
の、これが有毒物など身体に害のあるものだったら、大変なことに
なっていただろう。
その後、ネビルに〝臭液〟を分けてもらえないか言ったら、即答で
了承をもらった。先ほどのお詫びに好きなだけ採取してもいいと言
われたので、遠慮なく〝臭液〟を正しい方法で採取していく。被害を
被ったのは事実なので、別に構わないだろう。
ハーマイオニーとロンが戻ってきたのは、それから一時間以上経っ
てからだった。二人は酷く疲れた様子で座り込み、ロンはハリーのお
菓子を奪うように貰っている。
二人が今までのことを話し出し、全員がそれを聞いていく。どうや
ら、レイブンクローの監督生は予想通りアンソニーとパドマだったよ
うだ。また、スリザリンの監督生はドラコにパンジー・バーキンソン、
ハッフルパフの監督生はアーニー・マクミランとハンナ・アボットの
ようだ。ハリー達はスリザリンの監督生がドラコであることに不満
らしく愚痴を言っていた。
﹁ルーナ、このルーン文字を逆さにすると耳を金柑の実に変える呪文
453
﹂
が判明するっていう記事だけど、実際にやってみたら金柑の実じゃな
くて銀杏の実になったんだけど
うん、そういうこともあると思うよ。金柑の実に変える呪
﹁あらそう
あたしのパパが編集してるんだけど﹂
そうな顔を見たことでそれを抑えた。
の言葉には文句を言ってやりたい気持ちになったが、ルーナの不機嫌
ニーが辛辣にそう言ってきた。ザ・クィブラーの愛読者としては、今
ルーナとザ・クィブラーの記事について話していると、ハーマイオ
皆こう言っているわ。ザ・クィブラーは屑雑誌だって﹂
﹁そんなことないわよ。ザ・クィブラーって雑誌としては全く駄目よ。
秀逸だわ﹂
﹁ザ・クィブラー程じゃないわよ。いつも思うけど、この雑誌の出来は
文を銀杏の実に変える呪文にしちゃうなんて、アリスは凄いね﹂
﹁そう
?
﹂
?
る。
﹁何か用かい
﹂
﹁挨拶は礼儀正しくだ、ポッター。さもないと罰則を与えるぞ
﹂
視線を扉へと向けると、ドラコがクラッブとゴイルを連れて立ってい
切り別の話に変えようとしたとき、コンパートメントの扉が開いた。
ハーマイオニーが本当に申し訳なさそうにしていたので、話を打ち
﹁そうね⋮⋮ごめんなさい﹂
だから、言葉は選んだほうがいいわよ
﹁ハーマイオニー、貴女にとっては駄目でも愛読している者もいるん
界に入ってしまった。
何とか弁解しようとしていたが、ルーナが雑誌で顔を隠して自分の世
ルーナがそう言うと、ハーマイオニーは一気に気まずそうになり、
?
にも一つ言うことがあったんだ﹂
うに追い掛け回すだろうからね│││そうそう、マーガトロイド。君
﹁気をつけることだな、ポッター。僕は君が規則を破らないか、犬のよ
ドラコの言い合いが行われる。
いを浮かべている。そして、私が特に何かを喋る暇もなくハリー達と
ハリーがドラコに突っかかり、ドラコはそんなハリーを見て薄ら笑
?
?
454
?
﹂
出て行こうとしたドラコが急に足を止めると、そのようなことを言
い出して私へと向き直った。
﹁言いたいことって、何かしら
﹁父上からの伝言だ。〝後悔したくなければ、よく考えることだ〟│
││僕も、君が賢い選択をすることを祈っているよ﹂
それだけを言い終えると、ドラコは今度こそ立ち去っていった。
ドラコの言う伝言。ルシウス・マルフォイからだと言っていたが、
多分違うだろう。正確にはルシウス・マルフォイよりもさらに後ろに
いる人物│││ヴォルデモートからの伝言と考えるのが正しいか。
﹁ねぇ、アリス。今のって⋮⋮﹂
ハーマイオニーが困惑したように話しかけてくる。恐らく、ハーマ
イオニーもドラコの言葉の意味を理解したのだろう。ヴォルデモー
トが私を狙っているというのは、ハーマイオニー達も知っていること
だ。ハリーとロン、それにジニーも何とも言えない顔で見てくる。ち
なみに、ルーナとネビルの二人は事情が分からないためか、首を捻っ
ている。
﹁│││ま、今考えたところでどうにもならないでしょ﹂
現状、私がヴォルデモート側につくことはありえない。メリットよ
りもデメリットの方が大き過ぎるのだから当然だ。
コンパートメント内が少し暗く重い空気になったが、ネビルが到着
まで遊ぼうと言って〝絵柄の変わるトランプ〟を取り出したことで
僅かながらも空気が和らぎ、ホグワーツへ到着する頃には重苦しい空
気はなくなっていた。
大広間では新入生歓迎の宴が例年通りに執り行われた。組み分け
帽子が去年までとは違う内容の歌を歌ったときは生徒の間でざわめ
きが起こったが、次の瞬間に豪勢な料理が現れると、殆どの生徒の頭
﹂
から歌についての話題が抜け落ちたようだ。
﹁ねぇ⋮⋮さっきの帽子の歌、どう思う
隣に座るパドマがフライドチキンを食べながら話し、それにアンソ
?
455
?
ニーが答える。
﹂
﹁どうも何も│││危険が迫っている、団結し合え、油断するな、警戒
しろ。聞いたままじゃないか
ここに来るまでの様子からすると、あまりよく
立った事件が起こっていないことが一因だろう。だが、ヴォルデモー
ないというのも、ヴォルデモートが復活したと言われているのに目
いたよりは完全な否定派というのは少ないみたいだ。信じきれてい
二人の話を聞きながら生徒たちの諸事情を整理していく。思って
分かれているらしい﹂
る人と、年老いて耄碌したため妄言を言っていると考えている人とで
親たちは、ダンブルドアが無闇に混乱を起こすわけがないと考えてい
いといった感じかな。ダンブルドアについては⋮⋮半々かな。特に
合は〝生き残った男の子〟というのと、魔法省が叩きすぎて逆に怪し
﹁アリスやセドリックは嘘を言うタイプじゃないからね。ハリーの場
いようなの﹂
嘘を言っているとは思えないけど、内容が内容だけに信じきれていな
﹁アリス達のことを知っている人は戸惑っているみたい。アリス達が
汽車に乗ってからずっとこんな感じだ。
周囲へと視線を向けると、何人かの生徒が顔を逸らすのが見えた。
思われてはいないみたいだけど﹂
な感じなのかしら
﹁まぁ、そういった親の反応も理解できるけどね。生徒の反応はどん
た。理由は│││まぁ、新聞を真に受けているらしいよ﹂
人もいるみたいだよ。汽車の中で何人かがそう話しているのを聞い
﹁親の中には、今年ホグワーツに子供を行かせたくないと考えている
る。
ルドアやハリー、私やセドリックに対する批評が書き連ねられてい
放った。今日発行された記事には、今年の夏から変わらない、ダンブ
そう言いながら、パドマは片手に持った日刊預言者新聞を机の上に
しようってことか﹂
﹁そうよね。魔法省がこんな感じだし、ホグワーツの中だけでも団結
?
ト側もこれからは影に隠れないで、表立ったことも少なからずやって
456
?
くるはずだ。
一番起こりえる可能性としては、アズカバンに収容されている死喰
い人の開放だろうか。現在、アズカバンに入っている死喰い人と言え
ば、ヴォルデモートがハリーに倒された後にも忠誠を違えなかった者
達だ。それはつまり、ヴォルデモートにとっては最も取り戻したい戦
力であることは間違いない。当然、アズカバンに収容されている死喰
い人が再びヴォルデモートの元に集うのを防ぐために、ダンブルドア
が魔法省へと何度も説得してはいたようだが、魔法省が何らかの対策
を取ることはなかった。
その後は、ある意味毎年の恒例とされている新教員の紹介が行われ
た。恒例というのも、闇の魔術に対する防衛術の教師が一年毎に変
わっているからなのだが。
今年に新しくなった教師は二人。騎士団の任務で長期不在してい
るハグリッドに変わって、前任の魔法生物飼育学の教師であるグラブ
リー・プランク。空席になっていた闇の魔術に対する防衛術にはド
ローレス・アンブリッジという魔女が就いた。
このアンブリッジという魔女は魔法省の人間らしく、ダンブルドア
の話に横槍を入れる形で行った演説によって、魔法省がホグワーツの
教育や運営に干渉していくというのが分かった。
先ほど、組み分け帽子が団結せよと言ったところで魔法省の干渉と
いう事態。見越していたのかは不明だが、恐らく魔法省はホグワーツ
の内部│││自分たちの手の届かない場所で内々に団結されるのを
恐れたが故に、今回のような手段に出たのだろう。闇の魔術に対する
防衛術の担当が空席になっていたのも都合が良かったのかもしれな
い。ファッジはダンブルドアが魔法省、ひいては自身の立場を脅かす
と思い込み、それを恐れている。今はまだ魔法省が組織力や権力とい
う点で優位に立っているが、個人で卓越した力を持つダンブルドアが
生徒とはいえ組織を築き上げるというのは、ファッジからすれば看過
できない問題なのだろう。それに今は子供ということは、将来的には
魔法界の中心を担う人材ということでもある。
457
小さくない波乱の種が撒かれた宴から解散した後、パドマとアンソ
ニーは監督生の仕事として新入生を寮へと案内しに向かった。在校
生は新入生の後から寮に戻るため、少し遅れてから大広間を出て行
く。
私が一人になると、周囲からの視線が強くなったのを感じる。とは
いえ、その視線の殆どは疑惑のような感情が込められているだけのよ
うだったので、別段気にしないで寮へと向かっていた。
談 話 室 へ と 入 る と 多 く の 生 徒 が 暖 炉 を 中 心 に し て 集 ま っ て い た。
殆どは五年生のようだが、上級生や下級生もちらほらといるようだ。
私が談話室へ入った音で振り向いた彼らは互いに顔を見渡してい
﹂
る。それを横目で眺めながら寝室へと向かうも、暖炉を通り過ぎるあ
たりで一人から声を掛けられた。
﹁ねぇ、アリス。少し聞きたいことがあるんだけれど、いい
﹂
話しかけてきたのは六年生の女生徒で、クィディッチではシーカー
を勤めているチョウ・チャンだ。
﹁別に構わないけれど、何かしら
た生徒達の視線に正面から晒されることになったが、その程度で狼狽
することもないのでチョウの話へと意識を向ける。
﹁ありがとう│││その、去年の対抗試合が終わった後、ううん、学年
その│││例のあの人が、復活したっていうのは﹂
末パーティーのときにダンブルドアが言った事なんだけど│││本
当なの
る生徒の殆どが不安と疑惑の感情を顔に浮かべていた。チョウの言
葉は彼ら全員の代弁といったところか。
﹁信じたくない気持ちも分かるけどね、紛れもない事実よ﹂
私がそう答えると、全員の顔が恐怖で染まった。何人かは信じきれ
ないのか私を睨んでくるが、その目はあからさまに揺らいでいるのが
見て取れた。
﹁そう、なんだ﹂
458
?
チョウと向かい合うために振り返る。そうすることで集まってい
?
チョウの問いに答える前に周囲を見渡す。私へと視線を向けてい
?
﹂
﹁えぇ│││それを聞いてくるということは、ここにいる人は魔法省
の話よりも私達の話の方が本当だと思っているってことかしら
﹁│││うん、そうね。最初は魔法省の話を信じていたけど、最近の魔
法省や日刊預言者新聞を見ていると、どうもね。嘘を言っているアリ
ス達を非難しているというよりは、本当の事を言っているアリス達を
信用させないように非難しているように思えてきたの。といっても、
私はセドリックに言われて気がついたことなんだけれどね﹂
言い終えると、チョウはそのまま階段を登り寝室へと向かっていっ
た。残った生徒達は、それぞれが聞きたいことを尋ねてきて、私はそ
れに全て偽りなく答えていった。
◆
毎年のことだが、新学期が始まった翌日にはもう授業は始まり、多
くの生徒がうめき声を上げていた。レイブンクローではそういった
者は少数だが、他の寮では大多数がそのような感じである。特に、五
ふくろう試験
年生は一際大変な授業内容になることは間違いない。なぜなら、五年
生にはOWLという一つの関門が立ち塞がるからだ。
OWLは五年生の生徒全員が受けるもので、マグルの世界でいう国
家試験に近いかもしれない。この試験の成績によって、将来どのよう
な進路に進めるのかの大部分が決定してしまうぐらいには重要な試
験だ。六年生以降の学科にしても、このOWLで一定以上の成績を取
らないと受講できない学科が出てくる。そのため、教師達はこのOW
Lに対する準備に余念がなく、毎回の授業毎に大量の宿題を出してく
﹂
る。過去四年間とは比べ物にならないその量には、流石の私でも手間
取っている。
﹁アリス、今どのぐらいまで終わった
459
?
僕なんてこれから取り掛
?
﹁私なんて数占いも終わってないわ。本当、アリスの宿題を片付ける
かろうとしているのに﹂
﹁うわ、もう魔法薬学が終わったのかい
﹁魔法薬学は終わったから、あとは薬草学と変身術ね﹂
?
スピードは異常よ。何か秘訣でもあるの
﹂
どうやら、私が手間取っていると思っていても、二人からしたらそ
んなことはないらしい。新たに羊皮紙を取り出して薬草学の宿題へ
﹂
と取り掛かる私を、パドマが恨めしそうに見てきた。
﹁ところで、アンブリッジについてどう思う
で﹂
ンブリッジと比べたらまだまだ良い方よ│││扱いやすさ的な意味
﹁そうよ。いくら教師として底辺にも入れないロックハートでも、ア
性格的な意味で﹂
レな教師だったけど、アンブリッジよりは全然マシだと思うよ│││
﹁アリス、それはロックハートに失礼だろ。ロックハートもかなりア
陥っているファッジならばやりかねないというのも否定できない。
と指示されている可能性がある。随分と強引な手段だが、疑心暗鬼に
うとするということは、魔法省によってそういう風に教育するように
い訳がない。であるにも関わらず、理論だけを学習する授業を進めよ
ものだ。仮にも魔法省に属するアンブリッジがそれを理解していな
にしない限り、意味のないものとなってしまう。宝の持ち腐れという
くまでも土台に過ぎない。どんな高度な理論も実際に魔法という形
になるほど、理論というものは不可欠になってくる。だが、それはあ
確かに、魔法を使用する上で理論というものは重要だ。高度な魔法
の目的から随分と逸脱してしまっているのだ。
に教科書で魔法理論を学ぶだけで、〝防衛術〟を学ぶという学科本来
というのも、アンブリッジの行う授業においては、杖を一切使わず
は十分でしょうけど、実践的に考えれば不十分過ぎるわ﹂
る教師としてはロックハートに並ぶぐらい狂ってるわね。知識面で
﹁意図してやっているにしてもそうでないにしても、闇の魔術を教え
にも苦々しい表情が浮かぶ。
話し出した。アンブリッジという言葉が出たことで、アンソニーの顔
宿題に一区切りがついたところで、パドマが嫌悪感を滲ませながら
?
﹁│││あなたたちも相当だと思うけれどね﹂
460
?
とりあえず、アンブリッジ主導で行われる闇の魔術に対する防衛術
の授業には何も期待することはない。正直、授業に参加するだけでも
時間の無駄だが、ボイコットしたらしたで難癖を付けられるのが目に
見えている。あの手の輩は、付け入る隙を与えてはいけない部類の人
種だ。隙を見せたが最後、己の力│││アンブリッジの場合は権力だ
ろうか│││を使って、相手を容赦なく切り伏せてくる。
﹁一応二人に言っておくけど、アンブリッジに対して難癖を付ける口
実を与えちゃ駄目よ。癇に障ることがあっても知らぬ存ぜぬで通し
なさい。あの手の輩は、こっちが逆上して突っかかってくるのを嬉々
として待っているのだから。食虫植物と同じよ﹂
﹁分 か っ て る さ。僕 は も う、ア ン ブ リ ッ ジ と 相 対 す る と き は 聖 人 に
なったつもりで向かい合う気だよ﹂
﹁同じく。聖母になったつもりで生温く見守ってあげるわよ﹂
│││なんだろう。去年と今年で二人の精神が非常に成熟してい
461
る気がするのだが。夏休みの間に何かあったのだろうか。それとも、
監督生になるとこうなるものなのだろうか。
数日後、大広間の一部│││グリフィンドールのテーブルでハリー
とアンジェリーナ・ジョンソンが言い争いをしていたのが目立った。
内容は、ハリーがアンブリッジに罰則をもらったせいでクィディッチ
メンバーの選抜に参加できなくなったことを責めているようだ。
ハリーが授業中に、アンブリッジに対して反抗したと噂になってい
たが、この話を聞く限りでは本当らしい。ハリーも今の自分の立場は
理解していて、ハーマイオニーも近くにいただろうに、どうしてその
ようなことになったのか。
食事が終わり、ハリーが席を立つのを見計らってそれを追ってい
﹂
く。大広間を出た階段前でハリーに追いつき、呼び止めた
﹁ハリー﹂
﹁今度はなんッ│││あぁ、アリスか。何か用
振り向いたハリーは、誰が見ても分かるほどの不機嫌な顔を浮かべ
?
ていた。こんな状態のハリーに言っても逆効果になりそうだが、言わ
ないよりはいいだろうと判断して話を続ける。
﹁少しね。アンブリッジに罰則をもらったらしいけれど、その原因が
﹂
アンブリッジの言動に対して反感したからというのは本当なのかし
ら
﹁そうだよ。でも、僕は間違ったことは言っていない﹂
﹁そうね。又聞きだけど、ハリーが言ったことは間違ってはいないわ。
でもね、態々それをアンブリッジに向かって敵意剥きだしで言うのは
そのアンブリッジにこちらから
軽率よ。アンブリッジが魔法省から来ている以上は、こちらの粗を探
そうとしているのは明白でしょ
の立場を危うくしてでも主張しなくちゃいけないことなのかしら
このぐらいのことは、ハーマイ
﹂
僕達が真実を語らないで誰が真実を語るって言うん
オニーにも言われているんじゃないかしら
﹁それが何だ
?
法省が信じるはずもないでしょう
けれどね。そんな中で、ハリー一人が声高に真実を語ったところで魔
掛かった内部戦力が出来るのを恐れている│││ファッジの妄想だ
デモートの復活を否定している。それどころか、ダンブルドアの息が
今までダンブルドアが主張してきたにも関わらず魔法省はヴォル
?
﹁勿論知っているわ。その場にいたんだから。でも、それは今の自分
たんだ。アリスだって知ってるはずだ﹂
﹁でも、僕は本当のことしか言っていない。ヴォルデモートは復活し
餌を与えるのは得策じゃないわね﹂
?
?
﹂
それとも、アリスはアンブリッジに好きに言わせ
ておいて、それを黙って聞いていろなんて言うつもりか
?
かは、その時間を本当に役に立つことに使ったほうが有効的でしょ。
放っとけばいいのよ。下手に罰則なんか受けて時間を潰されるより
﹁まさしく、その通りよ。言っても状況が悪くなるだけなんだから、
これは駄目だなと若干諦めに入ってしまう。
ハリーが先ほどよりも声を荒げてくる。その興奮した様子を見て、
?
しかないだろう
に本当のことを言ってくれるなんて思えない。だったら、僕達が言う
だ。ここには騎士団のメンバーはいないし、いても全員が教師だ。皆
!?
462
?
事 実、ハ リ ー が 自 制 で き て い れ ば 罰 則 を 受 け る こ と も な か っ た し、
クィディッチにも問題なく参加することができたんだから﹂
言い終えると同時にハリーの顔が赤くなり、ハリーは何かを言おう
としたのか口をパクパクさせていたが、そのまま何も言わずに階段を
駆け足で登っていった。
その後姿が消えるまで見ていた私は、後ろの物陰に隠れている二人
へと声を掛ける。
﹁二人とも、ハリーに自制させないと取り返しのつかないことになる
わよ﹂
物陰から出てきたハーマイオニーとロンへ話しかける。二人は近
付きながら、ハリーの向かった先をチラチラと見ている。
﹁分かってるわよ。でも、ハリーはどうしても我慢できないみたいな
の﹂
﹁そりゃ僕だって、アンブリッジのババアに無闇に突っかかっていっ
463
たら拙いとは思うけどさ。ムカつく気持ちは抑えられないって││
│いや、うん、そうだな。ハリーはもうちょっと落ち着いたほうがい
いな﹂
ロ ン の 言 葉 に ハ ー マ イ オ ニ ー が 睨 み つ け る。ロ ン は 向 け ら れ た
ハーマイオニーの視線に物怖じしたのかハリー擁護から一気に手の
ひらを返した。
﹂
﹁でも、ハリーみたいになれとは言わないけれど、アリスはアンブリッ
ジに対して何とも思っていないの
闇の魔術に対する防衛術。アンブリッジは教室の正面に置かれた
をされるのは心外だ。
もが思っているだろうことを口にしただけであるのに、そのような顔
私がハッキリとそう言うと、二人は口元を僅かに引き攣らせる。誰
の話なんて半分以上は流して聞いているわ│││聞く価値ないもの﹂
とに一々反応していたら時間の無駄じゃない。だから、アンブリッジ
﹁勿論、思うところはあるわよ。でも、さっきも言ったけど、そんなこ
?
椅子に座り、教室全体を舐めまわすように眺めている。対して生徒
は、一切の言葉を喋らずに黙々とアンブリッジに指示された教科書の
頁を眺めている。眺めていると言ってもその態度は様々で、教科書を
読む振りをしながら器用に寝ている男子や、教科書の一点を見続けて
ぼんやりしている女子などがいる。本来であればそのような授業態
度ならば先生に注意を受けること必死であるはずだが、アンブリッジ
は明らかに気がついていながらそれを黙認している。
というのも、最初の授業の際にアンブリッジが言っていた、不真面
目にやって将来泣きを見るのは自分自身であるという言葉があるか
らこそだろう。不真面目な生徒は初めから切り捨てるつもりである
という考えが伝わってくる。さらに言えば、生徒に力を付けさせない
という意味では、現状は好都合であることに違いない。
パラパラと、既に何十回と読み直した頁を読んでいる振りをしなが
ら捲っていく。内容は理解する必要はない。既に理解しているもの
を理解し直すなんて労力の無駄極まる。
故に、頭の中では授業とはまったく異なることを思考する。ドール
ズが完成したため、次の目標としているのは人形の大規模操作や魔法
具、魔法薬の貯蔵だ。現状、私が自身の意思で動かせる人形の最大数
は、大きさにも左右されるが多くて数十体。精度に拘らなければもっ
と多くの人形を操作できるものの、実用性に欠けるために一定以上の
精度を基準にしている。
私の当面的な目標は、一度に百を超える人形を操ることだ。私の人
形の最大の利点は〝数〟であるため、その絶対数が多いほど望まし
い。とはいえ、百を超える人形を操るというのは極めて難しい。簡単
な動きをプログラムして動かすだけならばどうとでもなるが、それで
は出来損ないのロボットレベルの動きしか出来ない。可能な限り精
密に、かつ一体でも多くの人形を操る。これを達成するには、理論や
知識よりも経験が重要だ。
﹁│││はい、では授業はここまでです。皆さん、今日読んだ章を自分
なりにまとめてきなさい。次の授業に提出です﹂
授業が終わり、長く沈黙を続けていた教室に音が戻ってきた。生徒
464
たちは教科書を仕舞うと、足早に教室から出て行く。私もパドマとア
ンソニーの二人と共に教室から出ようとするが、見計らったようなタ
イミングでアンブリッジが声を掛けてきた。
﹁あぁ、ミス・マーガトロイド。ちょっとお待ちなさい。確か、貴女は
次の時間に授業はないはずよね。少し私とお話しましょう﹂
そう言って迫ってくるアンブリッジの顔は、自分の誘いが断られる
とは思ってもいないかのように自信に満ちている。一体、何がこの女
に自信を与えているのだろうか│││魔法省の権力か。
正直、断りたい気持ちで一杯である。だが、よくよく考えてみれば、
今までにアンブリッジと直接話したことはなかったので、これを機会
に一度だけでも話してみるのもいいのかもしれない。ものは試しと
言うし、直接話すことで今まで見えなかった部分が見えるかもしれな
い。
﹁えぇ、構いませんよ。私も、先生とは一度話してみたいと思っていま
したから﹂
心にもないことをよく言うと、自分で自分に呆れる。そんな私の内
情を知らずに、誘いに乗った私に気分を良くしたのか、アンブリッジ
の口角が釣りあがる。それを見て察する。この女、間違いなく何か仕
掛けてくる。
﹁悪いわね、二人とも。そういう訳だから、また後で会いましょう﹂
﹁そ、そうね。じゃぁ、私たちは先に行っているわ﹂
﹁話し込みすぎて、次の授業に遅れないようにね﹂
そう言って、二人は教室を出て行った。これで教室に残ったのは私
とアンブリッジの二人だけだ。そこから二人で教室を出て向った先
は、アンブリッジに与えられている教員部屋だ。アンブリッジが先に
部屋に入るようにと言ったので、何を言うでもなく部屋へと入ってい
く。
以前この部屋に入ったのは三年生の時、ルーピンが防衛術の教師で
あった頃だが、部屋の内装は私の記憶にある面影を一切残さずに変
わっていた。
まず、最初に目に入るのはピンクである。部屋のどこを見渡しても
465
ピンク、只管にピンク。机や石壁は流石に違うものの、絨毯やカーテ
ン、ティーセット、花瓶やそれに添えられた花、クローゼットに掛け
られたコートなど、その全てがピンク色に染まっていた。
その光景に一瞬眩暈がするものの立ち直り、次に視界に入ってきた
のは部屋のいたるところに飾られた絵柄付のお皿。お皿の中央に描
かれているのは猫であり、様々な種類の猫が部屋に入ってきた私たち
へと視線を向けている。
﹁ようこそ、私の部屋に。歓迎するわ﹂
相変わらずの撫でるような声で話すアンブリッジは、扉を閉めると
ティーセットの置かれている棚へと向う。
﹁さぁさ、どうぞお座りなさい。貴女はお客さんなんだから、気楽にし
てていいのよ﹂
アンブリッジはそう言うと、こちらに振り向いたっきり動かない。
その視線はじっと私へと向けられている。あまり向けられていたく
はない部類の視線であるため、アンブリッジの勧め通りに椅子へと座
る。私が椅子に座ったことで満足したのか、軽く頷いた後にお茶の準
備へと入った。
アンブリッジが完全にこちらを見ていない隙を見計らって、袖口か
ら一本の小針を取り出す。取り出すと言っても、袖口の中に縫い付け
てあった小針を押し出して、針先を出しただけだが。取り出した針を
腕に押し付けて突き刺す。小針とはいえ皮膚に刺さる痛みはあるも
のの、今となっては慣れたものであり、表情一つ動かさずに済ます。
この一連の行動を、膝上で手を重ねる過程の動きの中で完了させ
る。傍目に見ても、椅子に座った後に手を膝上で重ねたようにしか見
えないはずだ。
何故学校でこんな工作員染みた行動をしなくてはならないのかと
溜め息を吐きたくもなるが、原因はこの部屋の壁に飾られているお皿
│││正確にはそれに描かれた猫だ。部屋に入ってからというもの、
視線を一度も逸らさずに私を見続けている。猫が好奇心旺盛で、この
絵の猫もそのような習性があるとしても、明らかに異常な光景だ。ま
ず間違いなく、この猫達は何らかの意図があって私を見ている。そし
466
て、その意図を辿った先にあるのはアンブリッジであることは確かだ
ろう。というより、この状況でそれ以外の可能性が思い浮かばない。
・・・・・
﹁さぁ、紅茶が入ったわ。生徒とお話できる機会なんて滅多にないか
ら、とっておきの葉を使ってみたの。お口に合えばいいのだけれど﹂
アンブリッジは慣れた動作でテーブルへとソーサーに乗ったカッ
プを置く。同時に漂ってきた香りに思わず笑みを浮かべる。
﹁│ │ │ 確 か に、良 い 葉 を 使 っ て ま す ね。と っ て お き と 言 う だ け は
﹂
あって素晴らしい香りです。当然、先生の腕の良さもあるのでしょう
が﹂
﹁ふふ、ありがとう。貴女も紅茶には詳しいのかしら
﹁まぁ│││それなり、とだけ言っておきます﹂
﹁まぁ、それなら今度またお茶をする機会があれば、是非貴女の入れる
紅茶を飲んでみたいわ﹂
﹁そうですね。機会があればご馳走しますよ﹂
そう言ってお互いに声に出さずに笑い合う。傍から見れば、今の私
達はさぞ仲の良い紅茶飲み同士に見えることだろう。
﹁貴女とは良い友達になれそうだわ。さぁさ、冷めないうちにお飲み
になって﹂
そう言って、アンブリッジは再び私へと視線を固定する。先ほどよ
りも深い笑みを浮かべながら。私は、特に何を言うでもなくカップを
持ち、口をつけ紅茶を含み、飲み込む。その瞬間、アンブリッジの笑
みが一層深まったのが見えた。それも先ほどまでと違い、ハッキリと
・・・・
あまり人に振舞ったことがないから、是非感想を聞
悪意を感じ取れるような薄っぺらい笑みだ。
﹁どうかしら
きたいわ﹂
すね﹂
・・・・
確かに美味しい。それは嘘ではない。
・・・・
そして、その手のお店に出せるレベルというのも嘘ではなく本当の
こ と だ。最 も、その手の お 店 と い う の は 極 め て 限 ら れ る も の で あ る
が。
467
?
﹁│││とても美味しいですよ。その手のお店に出せるレベルの味で
?
﹁あら、お世辞でも嬉しいわ。そう言ってもらえると、貴重な葉を使っ
た甲斐があるというものだわ﹂
確かに貴重だろう。最も、本当に貴重であるのは葉ではなく、この
﹂
お茶に含まれているモノであるのだろうが。
﹁それで、お話とは一体なんでしょうか
ブルドアは何を隠しているのかしら
﹂
﹁それで、お話というよりは貴女に聞きたいことがあるの│││ダン
する。
アンブリッジは欠片も悪く思っていなさそうな表情で謝罪を口に
﹁あぁ、そうだったわね。ごめんなさいね、すっかり忘れていたわ﹂
?
ルドアと繋がっていると知っている、ということか
ダンブルドア校長が何かを隠し
﹂
﹂
ルドアの仲間にはどんな人物がいるのかしら
﹁│││
﹂
﹂
?
すみません。やっぱり先生の仰る意味が、よく分からな
ダンブルドアが秘密を共有するような仲間は誰がいるの
﹁│││いいえ、いいえ。違うわ。もっと結束している仲間のことよ。
合った人物も仲間と言えるのではないですか
ツの教員は全員が教育に携わる仲間と言えるでしょうし、仕事上知り
でしたら、ホグワー
﹁仲間というと、教師陣ということでしょうか
﹁そう、貴女は何も知らないの│││なら、別のことを聞くわ。ダンブ
飲み干した。
る紅茶を飲むように勧めてくる。私はなにも言わずに素直に紅茶を
アンブリッジはすぐにいつも通りに持ち直すと、カップに残ってい
い。折角の紅茶が冷めてしまったらもったいないわ﹂
﹁そうね、変な質問をしてごめんなさい。ほらほら、紅茶を飲みなさ
だったのかは知らないが。
らなかったのが予想外なのか、本当の事を喋らなかったことが予想外
のように目を見開いた。アンブリッジにとって私が質問の答えを知
アンブリッジの問いにそう返すと、アンブリッジは予想外というか
ているなんて、私が知っているわけないですよ
﹁仰る意味がよく分かりませんが
?
いきなり本命の話題がきたか。こう聞いてくる以上は、私がダンブ
?
?
?
468
?
?
?
?
いのですが
﹂
アンブリッジの顔が見る見る内に苦虫を噛み潰したようなものへ
と変わっていく。
それはそうだろう。経緯はともかく、今回のアンブリッジの行動は
私がダンブルドアと繋がっていると判断したが故のものあり、アンブ
リッジの中では私が洗いざらい全てを白状しているというのが、本来
望んでいた展開であるのだろうから。
その後は、アンブリッジが新しく入れ直した紅茶を飲み、アンブ
リッジの問いに対して適当に答えていく時間だけが過ぎた。部屋の
中に沈黙が包まれる頃、授業終了を知らせる鐘が鳴り、廊下がざわざ
わと騒がしくなる。
﹁それでは、次の授業があるので失礼します。紅茶ありがとうござい
ました。とても美味しかったですよ﹂
﹁│││そう、それは良かったわ﹂
私がお礼を伝えると、アンブリッジもいつもの笑みを浮かべて返事
を返す。
部屋を出て、生徒の波に乗りながら次の授業がある教室へと向か
い、歩きながらアンブリッジの行動を思い返す。
アンブリッジ│││というよりは魔法省が私とダンブルドアの関
連性を疑っているのは構わない。先学期にファッジに対して堂々と
ヴォルデモート復活を宣言したのだから、疑って掛かるのは当然だろ
う。それでも、まさか〝真実薬〟まで使って尋問をするとは。魔法省
│││ファッジも形振り構っていられないといったところか。
杖を取り出して、先ほど取り出した小針へ〝消失呪文〟を使い、小
針を消し去る。この小針には極めて強力な解毒薬が含まれており、皮
膚に刺すことで一時間の間だけ解毒作用をもたらす魔法薬だ。これ
によって、アンブリッジが紅茶に仕込んだ〝真実薬〟を解毒・中和す
ることが出来た。
紅茶に含まれていたのが〝真実薬〟であると判別できたのは何の
こともない。ただの状況判断に過ぎない。
469
?
夕食を終えた私は、寮へと戻らずに天文台へとやってきた。という
﹂
のも、朝のふくろう便で送られてきた手紙によって呼ばれたからだ。
﹁こうして話すのは先学期以来かな。元気にしていたかい
そして、天文台の壁に寄りかかる私の横には呼び出した張本人││
│セドリックが、相変わらずの爽やかフェイスで同じように壁に寄り
かかっている。
﹁そうね。夏休みは会う機会自体なかったし、学校でも話せるタイミ
ングがなかったしね﹂
セドリックは騎士団に入っておらず、加えて夏休みの間は実家で過
い も り 試 験
ごしていたために会うことはなかった。新学期が始まってからも、私
はOWL、セドリックはNEWTで忙しく、かつアンブリッジがいる
せいもあって話す機会がなかったのだ。
﹂
日刊預言者新聞で色々言われている
レイブンクロー内でも何か言われていないか
﹁アリスは、その、大丈夫かい
だろう
﹂
ヴォルデモートが復活したことを信じていない人もいるけれど、何人
かは信じてくれているみたいだし。ハッフルパフではどうなの
もいるらしい﹂
る。ヴォルデモートの一件とは別に、魔法省内で不満の声が上がって
ることは間違いないようだよ。今のファッジは昔とは大分違ってい
らしい。詳細な内容は分からないけれど、アンブリッジに関係してい
﹁お父さんが言うには、ファッジはかなり無茶な改革を準備している
ちなみに、スリザリンに関しては語るまでもないので割愛する。
る意味感謝してもいいかもしれない。
レイブンクローと似たような感じか。ここまでくると、魔法省にはあ
それとなく聞いてはいたが、ハッフルパフやグリフィンドールでも
大きいみたいだし﹂
実味を持たせてくれている。グリフィンドールではその影響が特に
﹁こっちも似たような感じかな。魔法省の中傷が逆に僕達の言葉に真
?
470
?
?
?
﹁多分チョウから聞いてはいると思うけれど、今のところは大丈夫よ。
?
﹁それもある意味では当然かもね。いくらハリーの魔法不正使用によ
る裁判をするといっても、刑事事件の大法廷を開くなんて明らかに度
が過ぎているわ。裁判を行っているその場で、法律は変えられるなん
て言っていたみたいだし。魔法省大臣としては明らかな問題行動よ﹂
それこそがファッジの失態の始まりだろう。不満を抱くとはいえ
法律を変えられる権力を持つファッジは、大法廷を召集するよりもそ
ちらを固めてから裁判に取り掛かるべきだった。法律さえ変えてし
まえば、たとえ最小規模の法廷であってもハリーの有罪は逃れられな
かっただろうに。裁判の日程を決定するのは魔法省なのだから、ハ
リーの魔法不正使用が発覚してから準備をしても、こちらに文句を言
うことは出来ない。
尤も、それを行ったら今度はハリーを有罪にするために法律を変え
た、とうことで批判を受けてしまうのだが。
﹂
﹁アンブリッジといえば、セドリックの学年では防衛術はどんな感じ
なの
﹁他の学年と同じさ。始まりから終わりまで只管に教科書を読み続け
るだけだよ﹂
今年はOWLじゃないか﹂
﹁七年生はNEWTがあるのに大変ね﹂
﹁それを言ったらアリスもだろ
﹁﹁│││はぁ﹂﹂
が怒るわよ
﹂
﹁│││あ、情報交換とはいえ夜中に他の女性と会っていると、チョウ
まうが、何も言わずに寮へと帰っていった。
吐いてしまう。それがセドリックと重なってしまい思わず笑ってし
魔法省とアンブリッジに振り回されている現状に、思わず溜め息を
?
についてのレポートを羊皮紙二巻き分宿題として出し、生徒が呻き声
で消す授業が行われた。授業が終わり、マクゴナガルが〝消失呪文〟
翌日の変身術の授業では、ゴブレットに注がれた水を〝消失呪文〟
﹁│││気をつけるよ﹂
?
471
?
を上げながら教室から出て行く。午前最後の授業であったため生徒
は皆が大広間へと向かい、私もパドマとアンソニーの二人と大広間へ
向おうとするが、教室から出ようとしたところでマクゴナガルから声
を掛けられた。
﹁ミス・マーガトロイド。お待ちなさい﹂
似たような展開が昨日もあったなぁ、と思いながら振り返る。マク
先生﹂
ゴナガルがいつものように背筋を伸ばしながら近付いてきていた。
﹁何でしょうか
﹁少し話しておくことがあります。時間は取らせないので昼食には十
分間に合うでしょう﹂
﹁│ │ │ 分 か り ま し た。と い う わ け で、後 で 向 う か ら 先 に 大 広 間 へ
行っていて﹂
﹁分かったわ。あまり遅くならないようにね﹂
昨日のアンブリッジの時とは違い、軽い感じて返事をしたパドマは
アンソニーの腕を引っ張って教室を出て行った。昨日と違うのは、今
回がマクゴナガルだからだろうか。
教室奥にある準備室へと入り、マクゴナガルに勧められたソファへ
と座る。マクゴナガルも対面に座ったところで、ローブの中から小さ
な袋を取り出してテーブルの上に置く。
﹁頼まれていたものです。一応、事前に頼まれていた分は作ってあり
ます﹂
マクゴナガルは袋を手に取り、中を軽く確認した後にローブの中へ
としまった。
﹁ご苦労様です。それにしても、このような魔法具を自作するとは、貴
女の才能には舌を巻くばかりです。正直に言うと、貴女がどこでこの
ような技術を身に付けたのか聞きたいのです。ダンブルドアが信用
なさっているのですから、それが無粋なことだと分かってはいるので
すが﹂
マクゴナガルはそのまま口を閉ざし、僅かな沈黙の時間が流れる。
一分か二分か経った頃、立ち上がったマクゴナガルは仕事机の引き出
しから一つの細長い箱を取り出して、私へと渡してくる。
472
?
﹁アラスターから今回の魔法具作成に対する報酬です。アラスターは
こういったことには非常にシビアなので、相応の報酬が入っているで
しょう﹂
マクゴナガルから箱を受け取り、フック状の留め金を外して中身を
確認する。箱の中にはガリオン金貨が綺麗に一列に並べれて収納さ
れていた。
﹁│││流石にこれだと貰いすぎな気がするのですが﹂
﹁貰っておきなさい。闇と戦うための道具にはいくらお金をつぎ込ん
でも足りないというのが、アラスターの考えなのです﹂
﹁│││そうですか。それなら、遠慮なく貰っておきます﹂
返すのもどうかと思うし、あって困るものではないので、ありがた
く貰っておくことにする。
﹂
﹁ところで、昨日アンブリッジ先生に呼ばれたと聞きましたが、何かあ
りましたか
﹁耳が早いですね。安心してください、別にハリーみたいに反抗した
貴女なら、今の状況で彼
わけではありませんから│││まぁ、別の意味で反抗はしてしまいま
したけどね﹂
﹁│││それは一体どういうことですか
﹂
﹂
?
思いますが
﹁なっ│││それは本当なのですか
〝真実薬〟を使われたと
そうになったんですから、それを回避した代償としては安いものだと
﹁勿論、それは分かっていますよ。ですが、危うく〝真実薬〟を盛られ
ずです﹂
女に何かすることは、付け入る口実を与えるだけだと分かっているは
?
リッジの表情の変化、質問の内容を説明した。それを聞いたマクゴナ
そう言って、昨日アンブリッジに紅茶を飲まされたことからアンブ
から察するに間違いはないと思いますよ﹂
﹁〝真実薬〟だという確証はありませんが、アンブリッジ先生の言動
うく騎士団の秘密が暴かれようとしたのだから。
然だろう。〝真実薬〟をアンブリッジが使ってきたということは、危
マクゴナガルが酷く慌てたように身を乗り出してくる。それも当
?
473
?
?
ガルは顔から血の気が僅かに引いた様子だった。
﹂
﹁なんと│││では、貴女はアンブリッジに秘密を晒してしまったと
いうことですか
﹂
﹁それこそまさかです。アンブリッジが秘密を知っていたら、今頃魔
法省が色々と介入してきているでしょう
﹂
高の魔法薬です。それを中和したと、本当に貴女はそう言うのですか
なものの一つです。こと自白剤としての効力に関しては、まさしく最
﹁そんな、馬鹿な│││〝真実薬〟は数ある魔法薬の中でも特に強力
まる顔をした。
そう説明すると、マクゴナガルは絶句という言葉がピッタリ当ては
たんです﹂
る魔法薬を、紅茶を飲む前に接種することで、〝真実薬〟を無効化し
毒と言ってもこの場合は魔法薬ですが。〝真実薬〟の効果を中和す
﹁毒をもって毒を制する。東洋の言葉ですがそれを用いました│││
出来る者などまずいない。
は可能とされるが、あくまで理論上での話であって実際に防ぐことの
困難なのだ。理論上であれば、〝閉心術〟でも〝真実薬〟を防ぐこと
様するレベルの薬なので、防ぐ以前に〝閉心術〟を使うことが極めて
底防ぐことが出来ないほどに強力だ。あれは服用者の深層意識で左
マクゴナガルの言うとおり、〝真実薬〟の効果は〝閉心術〟では到
〟は〝閉心術〟で防げるほど簡単なものではありませんよ﹂
す。貴女が〝閉心術〟を使えるというのは聞いていますが、〝真実薬
﹁それはそうですが│││では、貴女はどうやって秘密を守ったので
?
イプ先生やムーディに検証してもらってはどうでしょうか
当然、
騒ぎの種になりえる代物だ。もしこれが流出でもしてしまえば、これ
〟を中和することができる魔法薬が存在するというのは、間違いなく
今まで強力な自白剤として、犯罪者の尋問に役立ってきた〝真実薬
すよ﹂
その際には無闇に情報が漏れないように取り扱い厳守でお願いしま
?
474
?
﹁そうです。お疑いのようでしたら調合法をお教えしますので、スネ
?
からの尋問や捜査に多大な支障が出ることは確実である。
だが、デメリットだけでなくメリットも確かにある。今回のよう
今まで存在しなかった新薬です。秘密にし
に、敵対している相手への重大な情報の流出を防ぐことが可能である
のだから。
﹁│││よいのですか
ておけば、将来的にも様々な状況で、貴女にとって有益になりえるの
ですよ﹂
﹁構いませんよ。いくら有効に使えるものでも、使う機会がこなけれ
ば宝の持ち腐れですからね。それなら、ヴォルデモートと戦う上で
使ったほうがより有効的です﹂
それに、中和剤と言っても私にとっては無意味な代物だ。調合法を
理解している製作者にとって、それを無効化する方法を知っていると
いうのは当然のこと。魔法薬の中には無効化出来ないものも存在す
るが、この魔法薬に関してはそれが存在する。
尤も、それを作るには私しか知りえない上に、必要な材料も一つし
か存在しないことに加えて、それを手に入れられるのは私だけ。故
に、この調合法が流出したところで私にデメリットはない。
﹁│││分かりました。では、スネイプ先生に検証してもらいましょ
﹂
う。一応、このことはダンブルドアにも報告しておきますが、よろし
いですね
その後は、羊皮紙に調合法を記してマクゴナガルへと渡し、思った
以上に話し合いが長引いてしまったために、大広間へと急ぎ足で向
かっていった。
◆
本の虫を片手に持ち、近くに誰もいないことを確認しながら廊下を
歩いていく。廊下から見える外は赤く染まっており、あと数十分後に
は夕食の時間になるだろう。私の肩には上海と京が乗っており、私の
475
?
その程度のことは承知済みだ。
﹁構いません﹂
?
死角となっている後ろや視線の反対側を注意深く見渡している。
そうやって辿り着いたのは必要の部屋がある壁の前だ。本の虫で
近くに誰もいないことを確認して、ポケットから一つの砂時計を取り
出す。砂時計にはチェーンが付いており、それを首に掛けてから手の
中で砂時計をクルクルと回していく。砂時計を回し終えると、私を中
心とした周囲の光景が急速に変化していく。暗くなっていた廊下は
明るくなっていき、廊下を歩く人は前を向きながらも後ろへと移動し
ていく。ビデオを巻き戻すようなその光景は続き、朝へと近付いたと
ころで景色の逆再生は停止した。
朝日が廊下へと入り込むのを眺めながら砂時計│││逆転時計を
ポケットへと仕舞う。そして壁の前で規定の回数を往復し、現れた扉
を開けて必要の部屋へと入っていく。
この逆転時計は、ヴワル図書館の保管庫に眠っていた魔法具の一つ
だ。非 常 に 貴 重 な 魔 法 具 で あ る 故 に パ チ ュ リ ー が 持 っ て 行 っ て し
まっていると思っていたのだが、予想に反して残っていたのには驚い
た。
まぁ、残っていたものは仕方がないので、ありがたく使わせてもら
うことにした。幸いにも、今年は逆転時計のお陰で非常に有意義な時
間を過ごせている。何せ、授業がある日でも夕方に使って朝まで戻れ
ば、本来授業で縛られる半日を自由に過ごすことが出来るのだから。
新学期が始まってからは、余裕のある時間を見つけてはちょくちょく
逆転時計を使っているので、今までとは段違いに作業を効率よく行う
ことが出来ている。
尤も、戻した時間に比例して歳を重ねていくということでもある
が、たかだか数時間、数日の差でしかないので気にすることはない。
必要の部屋に入り、本棚の間をすり抜けて〝姿くらましのキャビ
ネット〟の前へと立つ。扉を開けて、キャビネットの中へと入り呪文
を唱えると、ヒュンという音とキャビネットの中に付けた目印によっ
て移動を終えたことを確認する。そして、扉を開くとそこは必要の部
屋の中ではなく、ヴワル図書館の寝室へと移っていた。
﹁よっと﹂
476
キャビネットから出て、軽く伸びをする。その際に背骨がポキとい
う小気味いい音を出した。壁に掛かっている時計を見て時間を確認
し、戻るまでの時間とそれまでに行う作業を考えていると寝室の扉が
﹂
開く。入ってきたのは倫敦と露西亜であり、二人は空中を滑るように
移動しながら近付いてきた。
﹁久しぶりね、二人とも。元気にしていたかしら
﹁大丈夫、何も、問題ない﹂
たくらいかな﹂
﹂
﹁お疲れ様、蓬莱。オルレアンのこと以外で何が問題はあったかしら
へと戻っていった。
し、そのまま作業に戻るように指示すると人形は再びそれぞれの作業
て作業を中断させて、挨拶をしてくる。それに片手を上げることで返
私が部屋に入ってきたことに気がついた蓬莱が一部の人形を除い
ドールズの指揮を中心として多くの人形が作業を行っている。
に 並 べ ら れ た 様 々 な 器 具 を 前 に し て 材 料 を 調 合 し て い る 人 形 な ど、
に動いて本を運んでいる人形、散らかった床を掃除している人形、机
見なかった光景が広がっている。無数の本棚の間をすり抜けるよう
廊下を抜けて大書庫へと入ると、そこにはパチュリーがいた頃には
う少し穏やかに育たなかったものかと悩んでいる。
も個性と呼べるものが確立されて嬉しく思う反面、一部のドールはも
露西亜は一見普通に話すけれど性格に癖がある。その他のドールズ
ては話し方や性格に差が生まれている。倫敦は言葉を切って話すし、
ドールズは全員が異なった成長をしており、分かりやすい違いとし
倫敦と露西亜の報告に溜め息を吐きながら部屋を出る。
﹁⋮⋮それは、問題ありじゃないの
﹂
﹁強いて言えば、オルレっちがファランクスに失敗して訓練室を壊し
?
てきた蓬莱へと声を掛ける。蓬莱はドールズの中では上海に続く年
│││あ、確か魔法薬の材料が少なくなってき
長者なので、私がいない間の指揮を任せている。
﹁特にはないかな
?
477
?
持ち場に向っていく倫敦と露西亜と入れ替わるようにして近付い
?
たから、近いうちに補充する必要があるって仏ちゃんが言ってたか
な﹂
魔法薬に使う材料は夏休みの間に結構買い込んでいたはずだけど、
それがもう無くなりそうとは。気合入れて作っているのか、はたまた
失敗しているのか。後者はないと思うが、直接聞いた方がいいだろ
う。
﹁ありがとう。そのことは仏蘭西に直接聞いてみるわ。蓬莱も疲れて
﹂
休憩の時間ですよ∼
﹂
いるでしょうし、休憩にしましょう。紅茶とクッキーの用意をしても
らっていいかしら
﹁うん、分かった│││は∼い、皆∼
なって身体を蝕んでしまうのだ。少量ならば大丈夫だが、大量の魔力
魔力の質に変化が起こってしまい、人間がその魔力を取り込むと毒と
だが、魔力結晶の場合は結晶という媒介を経由してしまうためか、
たと言われている。
おいて偉大な魔法使いと呼ばれる者は全員がこれを行うことが出来
るかで使用できる魔力の強弱というのもが分かれるとされ、歴史上に
に、大気からも魔力を取り込んで運用している。これを意識して行え
用が非常に危険だからだ。魔法使いは、自身が生み出した魔力の他
有効価値のある物ではないのが実情だ。というのも、蓄えた魔力の利
これだけ聞くと何やら便利そうな物と思えるが、実際にはそれほど
晶は大気に満ちている魔力を吸収して蓄えるというものだ。
よって生み出した魔力結晶を用いることでクリアした。この魔力結
動かすためには魔力を随時供給する必要があるのだが、錬金術研究に
指示することで荒い部分を修正しているのだ。本来であれば、人形を
に組み込んであるプログラムによって動き、それをドールズが細かく
に使っていた半自立操作によって動かしている。普段の動きは事前
この人形たちはドールズみたいに魂が宿っているわけではなく、昔
じて動かなくなった。
椅子やらソファー、テーブルの上にまで移動すると座り込み、目を閉
蓬莱の声に人形達は一斉に動きを止める。そして各々近くにある
!
を結晶から取り込んでしまうと内臓器官に障害が起こり、最悪の場合
478
!
?
では死に至ってしまうほどの猛毒となる。これは〝魔力中毒〟と呼
ばれ、過去にこの症状に陥った者で生きている者は、聖マンゴ病院の
隔離病棟に入院しているらしい。
それ故に、現在では魔力結晶を作り出す者は存在しなくなった、失
われつつある知識だ。
だが、私にとってはこの魔力結晶というのは非常に利用価値のある
ものだ。確かに人間が使うと毒にしかならない代物だが、人形に対し
て使うのであればメリットしか残らない。何せ毒に侵されることな
く、純粋に魔力源として活用出来るのだから、その重要性は大きい。
﹁ありがとう﹂
近くのソファーに座り、蓬莱が持ってきた紅茶を受け取る。一緒に
持ってきたクッキーを一枚齧り紅茶を飲むと、随分と腕が上がったな
﹂
と思い笑みがこぼれた。そうやって一息をついていると、作業が一段
落したのか仏蘭西がやってきた。
﹁お疲れ様。調子はどういかしら
﹁あ∼、いい感じだよ∼、うん。結構調合できたし∼、ストックは十分
じゃないかな∼﹂
仏蘭西は他のドールズとは違って、生まれた当初の間延びした声を
今も引きずっている。成長していないということはないので、多分こ
れが仏蘭西の個性なのだと思う。
それはともかく、ストックが確保できるほどに順調ということは、
材料が不足しているというのは単純に魔法薬の作り過ぎということ
か。
魔法薬は仏蘭西の指揮の下に、人形が役割を分担して行っている。
複雑なプログラムが組み込みにくい人形達には複雑な作業を要する
魔法薬調合は難しいかと最初は思っていたが、予想に反して良い成果
を上げている。人形達はプログラムに従って動くために、一定の動き
を忠実かつ正確に再現するのだが、その正確な動きこそが魔法薬の調
合に適していたのだ。人間では集中力に限界があり、どうしても気の
緩んでしまう瞬間というのが存在する。対して、人形にはそういった
ことはないので、常に安定して魔法薬を作ることが出来るのだ。これ
479
?
が分かってからは、プログラムに魔法薬調合法を組み込んで人形達に
魔法薬の調合を一任している。とはいっても、全部が全部任せっきり
というわけではないが。
﹁ご苦労様、ありがとうね。それだけ作ったのなら材料も少なくなっ
ているでしょうし、暫くは魔法薬の調合はお休みでいいわ│││そう
ね、オルレアンの方を手伝ってあげて﹂
仏蘭西に指示を出すと、仏蘭西は早速と言わんばかりにオルレアン
がいるだろう別室へと向かっていった。この様子だと、そのままオル
レアンの訓練を再開させてしまいそうなので、十分に休憩してから手
伝うようにと言い含めておく。
オルレアンは私の護衛│││親衛隊のリーダーの役割を担うドー
ルだ。親衛隊には当然、オルレアン一人だけでなく、オルレアンを含
めた複数の人形で構成されている。この人形は、制作には他の人形よ
りも手を掛けているものの、魂を宿すドールズと比べると自立行動の
可否の差がある。それはどうしようもないことだが、私を守る人形を
私が操っても大した意味はないので、親衛隊の人形にはオルレアンの
命令に従い行動するというプログラムを組み込んだ。これによって、
オルレアンの指揮の下に親衛隊が機能することになったのだが、生ま
れたばかりのオルレアンに複数の人形を同時に指揮し、かつ自分自身
も状況を判断し動くというのは非常に難しい。それ故に、オルレアン
には他のドールズとは別に、訓練を繰り返して経験を積み上げること
が最優先だと言ってある。
ちなみに全ての人形が手作りと言うわけではなく、ここにいる人形
は 〝 双 子 の 呪 文 〟 に よ っ て 生 み 出 し た 人 形 が 大 多 数 を 占 め て い る。
流石に時間があるとはいえ、これだけの人形を一体ずつ手作りで作り
出すのは骨が折れてしまうからだ。
暫く休憩した後、オルレアンの訓練を手伝ったり、仏蘭西と一緒に
魔法薬の出来栄えを確認したり、蓬莱や倫敦や露西亜の調整などを
行った後、いくつかの道具や魔法薬を手にしてホグワーツへと戻っ
た。
480
反逆
魔法省は、ホグワーツに新たな職務を取り入れた。
〝ホグワーツ高等尋問官〟。それが新たに加わった職務であり、高
等尋問官はホグワーツの教師を査察し、場合によっては停職・解雇す
る権利を持つという役職だ。そして、その高等尋問官に選ばれたのが
アンブリッジである。
アンブリッジは尋問官になってからというもの、時間が許す限り他
の教師の授業へと足を運び続け、偏見と悪意に溢れた査察を行って
いった。その影響を最も受けたのは、占い学のトレローニー先生だろ
う。私は占い学を取っていないため、アンブリッジがどのように査察
を行ったかは又聞きに過ぎないが、他の教師に比べて相当印象が悪
かったらしい。魔法生物飼育学にしても、本来の教師であるハグリッ
ドは長期休暇ということで査察から外れているが、もしも教師に復職
し た 場 合 に は ア ン ブ リ ッ ジ の 査 察 を 受 け る こ と に な る。ハ ッ キ リ
言ってしまえば、ハグリッドはトレローニー先生同様に厳しい評価を
受けるだろうことは想像できる。それは授業内容がどうこうではな
く、ハグリッドの教師としての責任感が問題だろう。ハグリッドはど
んなに危険な生物であろうと、面白いや楽しいという理由だけで生徒
の前へと持ってきてしまう。それが十分に安全対策を行った上での
ことならば問題はないが、ハグリッドはその安全対策を軽視し過ぎて
いるのだ。去年の尻尾爆発スクリュートがいい例だろう。自身も満
足に生態が把握できていない生物を生徒に育成させたのだから。
ともかく、アンブリッジは魔法省という権力を背に、ホグワーツで
大きな顔をしているのが現状だ。特に自身に反する生徒への対応は
厳しく、十点以上の減点や一週間の罰則は当たり前といった風だ。こ
のような状況になると、フレッドやジョージといった愉快犯以外の生
徒は被害を受けないように大人しくしていようとするものだが││
│
﹁│││で、ハリーは懲りずにまた罰則をもらったと﹂
図書室で宿題を片付けていた私の元へハリー達三人がやってきた
481
後、そのようなことを聞いたので確認がてら尋ねてみたのだが、ハ
リーの反応で事実だと言うのは分かった。
﹂
﹁罰則をもらうことが分かっていてやるなんて⋮⋮本当は罰則を受け
﹂
たくて態と反発しているんじゃないでしょうね
﹁そんなわけないだろう
?
﹂
るマダム・ピンズすら無反応であることに、三人も疑問におもったよ
ハリー。だが、周囲にいる生徒はおろか図書室の守護者とまで言われ
の声を上げた後、しまったと言わんばかりに顔を歪めて周囲を見渡す
ハリーが大声を上げて抗議の声を上げた。図書館に響き渡るほど
!?
みんな、私たちのことに気がついていない
﹂
?
うだ。
﹁どうして
﹁どうなってるんだ
?
魔法で認識を阻害していなければマダム・ピンズが飛んでき
の者からは認識できない。
すごい、これ相当高度な魔法じゃない
?
﹂
?
!
│で頷いている。
?
││
?
考えているの。アンブリッジの授業は塵ほども役に立たないわ。そ
﹁あのね、実は私たち闇の魔術に対する防衛術の自習活動をしようと
﹁一体、何の話かしら
﹂
二人も何か納得顔│││いや、ハリーは渋々といった感じか
そう言ってハーマイオニーはハリーとロンへと視線を投げかける。
スに声をかけて正解だったでしょう
﹁やっぱりアリスは凄いわ、こんな魔法が使えるなんて。ね アリ
あって、精度の話となると別問題になるわけだが。
ハーマイオニーの問いにそう答える。尤も、魔法自体の難易度で
易度的にはそれほどでもないわ﹂
﹁そうでもないわ。確かに学校では習わない系統の魔法だけれど、難
﹁アリスの魔法なの
﹂
ハリー達がきてから展開している。これによって、私たちの会話は他
以前、ホグワーツ特急でも使っていたのと同じ認識阻害の魔法を、
て、図書館から追い出されているところよ﹂
しら
﹁│││からかった私も悪いけれど、もう少し声を小さく出来ないか
?
?
482
?
いいんじゃないかしら。良案だと思うわよ﹂
れなら、自分たちで積極的に身を守る術を磨こうと話し合ったの﹂
﹁そうなの
﹂
それでね、何人かの有志を募ってやろうと思っているん
ら飛び出て行った。その際に、マダム・ピンズが三人へと非難の声を
そう言って、ハーマイオニーはハリーとロンを引っ張って図書室か
﹁それじゃ、詳しい会合の場所や日時が決まったら連絡するわ﹂
ようだが、まぁ全く違っている訳でもないので、よしとしておこう。
してくれたようだ。とはいえ、理由に関しては若干のすれ違いはある
私がそう告げると、ハーマイオニーは難しい顔をしながらも納得を
せないといけないわね﹂
﹁そう、ね。アリスは騎士団に入っているから、そっちとの都合も合わ
限らないわ。それでもいいなら、出来る範囲で協力してあげる﹂
﹁ただし、私にも都合というものがあるから、必ずしも参加できるとは
抑える。
了承の返事と共に喜びを露わにしたハーマイオニーを続く言葉で
﹁そう│││引き受けてもいいわ。ただし﹂
ちを除いてよ﹂
リックくらいしか思いつかないわ。勿論、ダンブルドアといった人た
と、私の知る中で一番腕の立つ人と聞かれたらアリスやハリー、セド
するんだけど、アリスにも先生として協力して欲しいの。正直言う
﹁勿論、ハリーにも協力してもらうわ。この後セドリックにもお願い
限っていえば十分の技量は持っているといえる。
優れているのは確かだ。精神的に問題はあるものの、教師という役に
ハリーは同世代│││いや、上級生と比較しても技量、経験ともに
ら
応確認しておくわ。先生役ならハリーでも十分なんじゃないのかし
﹁│││何となく、ハーマイオニーの言いたいことは分かったけど、一
だけど、肝心の防衛術を教えてくれる先生がいなくて困っていたの﹂
﹁でしょ
ら、自分たちで自習したほうがいいというのは至極真っ当な考えだ。
確かに、アンブリッジの授業には何の期待も出来ないのは明白だか
?
!
上げていたが、そのときには既に三人は図書室から出て行った後だっ
483
?
た。
﹁先生、ね﹂
まさか、私が誰かに教えることになるとは。確かに、魔法の腕には
相応の自信は持っているが、それが誰かのために使われることになる
とは思ってもいなかった。今まで呪文を習得し、知識や技術を磨いて
きたのは全部自分の為であったから。
まぁ、身に付けた知識や技術を広めるというのも悪くはないだろ
う。広められない知識や技術というのも多分にあるが、それを差し引
いても教えられることはあるはずだ。それに、私が防衛術を教えるこ
とでハーマイオニー達が身を守り、死ぬようなことにならずに済むか
もしれない。自分自身が一番優先するべきことだと考えてはいても、
友人がみすみす死んでいくような事態は御免だ。どうしようもない
事態というのもあるだろうが、回避できるものならば手を貸すのも悪
いことではないだろう。
﹁さてと、そうとなればアレを作っておきましょうか。もし密告でも
されたら面倒だからね│││一応、ダンブルドアにも伝えておいた方
がいいかしら﹂
万が一、アンブリッジに知られた場合に最初に被害を被るのはダン
ブルドアだろう。アンブリッジなら、生徒の学生生活の監督不行届き
という理由だけで校長職から引きずり落とすことくらいはやりそう
だ。だが、予めそういうことが起こりえる可能性を知っていれば、ダ
ンブルドアなら何とかするだろう。
﹁マーガトロイド﹂
どのようにして、ダンブルドアに話を伝えようかと考えながら寮へ
向って歩いていると、人気がなくなったところでスネイプに呼び止め
られた。
﹁話がある、着いてきたまえ﹂
それだけ言って、スネイプは音も立てずに歩き出した。突然のこと
に一瞬呆けるも、とりあえず着いていくために、スネイプの後を追っ
ていく。暫くの間無言で歩いていると、スネイプは校長室へと続く
484
ガーゴイルの石像の前で立ち止まった。
﹁フィフィ・フィズビー﹂
スネイプがそう言うと、ガーゴイルは生きているかのように動き出
し、その背に隠していた階段への道を開いた。階段を登り校長室へと
入ると、奥の机にダンブルドアとマクゴナガルが立っていた。
﹁よく来たの、アリス。今回君を呼んだのは、君がマクゴナガル先生に
出した魔法薬について聞きたいからでの﹂
そう言ってダンブルドアが視線を向けたのは、机の上に置かれてい
る一つの小瓶。小瓶には淡い金色の液体が半分ほど詰められたもの
│││真実薬の解毒薬だ。
﹁一 連 の 事 情 は マ ク ゴ ナ ガ ル 先 生 に 教 え て も ら っ た。よ く ぞ ア ン ブ
リッジ先生の仕込みを防いだ。あの時、もし君がアンブリッジ先生に
騎士団の秘密を明かしてしまっていたら、わしらは少なからず窮地に
陥っていたじゃろう。じゃが、彼女の思惑が大きく外れてしまった以
上、より強引な手段で君に秘密を明かさせようとするかもしれん。用
心するのじゃ﹂
そこで、ダンブルドアは一度話を打ち切り、机の上に置かれていた
小瓶を手に取る。
﹁君 が 用 い た と い う こ の 解 毒 薬 じ ゃ が、ス ネ イ プ 先 生 に 分 析 し て も
らったところ、本当に〝真実薬〟に対する解毒作用を含んでいるよう
じゃ。さらには〝真実薬〟だけではなく、〝生ける屍の水薬〟や〝狂
乱薬〟、〝愛の妙薬〟、〝安らぎの水薬〟、〝退化の化け薬〟、〝血
霧の毒薬〟、〝針刺しの呪薬〟、その他数多くの魔法薬に対しての解
毒作用があるというのが、スネイプ先生の分析結果じゃ﹂
マクゴナガルに解毒薬の調合法を渡してからそう日にちは経って
いないはずだが、既に分析を終えたとは。流石はスネイプ先生といっ
たところだろうか。
﹁〝真実薬〟の解毒薬ということでも驚きのことじゃが、一つの薬に
これほどの魔法薬に対する解毒作用を持たせるとは。知ったときに
は年甲斐もなく驚いてしもうた。なにせ、どの薬も一つだけで非常に
強力な魔法薬だからの﹂
485
﹁│││見事な薬だ﹂
一旦話を終えたダンブルドアが解毒薬を机の上に置き、今度はスネ
イプがそれを手にとって話し始めた。
﹁実に見事な薬だ。素直に賞賛を送ろうではないか。既存にはない薬
でありながら、既存の薬を遥かに上回る力を秘めている。この薬を生
み出したという事実だけで、歴史に名を刻み込むだろう。この薬が世
に広まれば、今までの常識を変化させ得るものだ﹂
普段は決して言わないだろう賛辞を言うスネイプに内心驚きなが
らも、だが、という言葉に気を持ち直す。
﹁これほどの薬⋮⋮学生の身で作り出せるとは到底思えん。豊富な材
マグル生まれ
料、充実した環境、資料、時間。どれも一介の学生では得難いものだ
│││聞くが、この薬は本当に一人で作ったのかね
りなく少ない。
加えて言えば、君の持つ人形だ。あ
﹂
とって最も深いところにあるであろうスネイプが知らない情報は限
報を騎士団へと流している、所謂二重スパイである。その、両陣営に
騎士団の情報をヴォルデモートに流しながらも、ヴォルデモートの情
もそうだが、スネイプはヴォルデモート陣営にも属しているからだ。
ることは、スネイプも当然知っている。騎士団の一員であるというの
いのかと、そう言っているのだろう。ヴォルデモートが私を狙ってい
属する者。飾らずにいえば、ヴォルデモートの手の掛かった者ではな
を言いたいのかは理解できる。私に魔法の知識を与えたものは、闇に
無言の応酬も何時までも続けるわけにはいかない。スネイプが何
が、正直言って煩わしいと思わざるを得ない。
るようだ。当然、私も〝閉心術〟でスネイプの介入を防いではいる
掛けてくるあたり、スネイプにとってこの問答はかなりの重要性があ
スネイプが疑心に満ちた視線で見てくる。隙あらば〝開心術〟を
えた存在がいると思っているのだが⋮⋮どうかね
皆が知るところ。我輩の考えでは、その時期に君へと魔法の知識を与
の人形が急激な進化をしたのは、二年から三年にかけてだというのは
何者かがいるのではないかね
である君が、これだけの薬を作れるだけの力と知識と場所を提供した
?
?
486
?
スネイプが本来属している陣営は騎士団側なので、ヴォルデモート
に不要な情報を与えないよう、騎士団の不利にならないように、出来
る限りの情報を把握しておきたいのだろう。スネイプは常に生と死
の境界線に立っているのだから、当然といえることだろう。
│││尤も、この解毒薬に関しては本当に自作である。ヴワルとい
う環境を除いて。
﹁セブルスよ。そのことについては、詮索は無用と申したはずじゃが
﹂
私がスネイプの事情を考えて、少しの情報を明かす必要があるかと
考えていると、ダンブルドアがスネイプに視線を向けながら、私を庇
うように割り込んできた。
﹁ですが校長。この一件には、非常に強力な力を持った魔法使いが関
﹂
わっている可能性があります。闇の帝王が復活した今の状況におい
て、このような不確定要素は見過ごすべきとは思えませんが
そ重要ではないですか
│││尤も、校長がそれを把握していると
﹁その通りです。故に、マーガトロイドの背後関係を把握しておくこ
ておるのじゃな﹂
それ故に、自らの陣営に引き入れる為に策を講じておるのではと考え
念していることもじゃ。ヴォルデモートは彼女のことを欲しておる。
物が、ヴォルデモートに与する、君も知らぬ何者かという可能性を懸
﹁君の言いたいことも解る。君が、アリスに協力しているであろう人
?
てはおらんのじゃがな。まだ、君の師については教えてもらえぬのか
﹁さて、スネイプ先生にはああ言ったものの、実際には完全に把握でき
部屋には私とダンブルドアだけが残された。
た。マクゴナガルも仕事があるらしく、スネイプに続いて出て行き、
がそうおっしゃるならば、信じましょう﹂と言って校長室を出て行っ
ダンブルドアの言葉にスネイプは暫し沈黙を保っていたが、﹁校長
とは一切繋がってはおらんと保障しよう﹂
者の中では、最も事情を把握しておる。故に、彼女はヴォルデモート
﹁うむ、それならば問題はないじゃろう。わしは今彼女と接している
いうのであれば、これ以上私からは何も言いませんが﹂
?
487
?
の
﹂
ダンブルドアは椅子に座りながらそう尋ねてくる。
﹁│││いえ、そろそろ大丈夫でしょうし。教えても構いませんよ﹂
今まで秘密にしていたことを、教えても構わないと言われるとは
思っていなかったのか、ダンブルドアは目を見開いた。
確かに、私の師であるパチュリーは人に知られることを嫌う。とは
いえ、その理由は静かな時間を邪魔されるかもしれないということが
大部分で、絶対に邪魔されないとなれば知られようがどうなろうが興
味はないのだ。そして、今回ダンブルドアに教えても構わないと言っ
たのは、パチュリーが旅に出てから既に一年以上が経っている。パ
チュリーといえど、相手がダンブルドア並みの魔法使いであれば逃げ
続けられるものの追跡を振り切るということは難しいらしい。返り
討ちにしてしまえばその限りでもないようだが、それはそれで色々と
面倒があるらしいので、自分には一切関わっては欲しくないようなの
だ。だが、一年も時間が経てば、パチュリーを探すことなど不可能に
近い。僅かに残っているだろう魔法の痕跡すら消滅しているだろう
し、色々と工作を施すことも十分に可能な期間だ。
故に、今回ダンブルドアへと教えることは問題ないことと判断し
た。知られようとも、それを嫌がっていたパチュリーに接触不可能な
らば、教えても教えなくても同じなのだから。
なお、これはパチュリー本人に言われたことなので、弟子が師匠の
情報を売っていることにはならない。
そして、私は話した。二年生になる前にパチュリーと出会ったこ
と。パチュリーに気に入られ、その知識を学ぶ機会を得られたこと。
パチュリーの協力によってドールズを生み出したこと。彼女が去年
に旅立ち、今の行方は知れぬこと。その際に、彼女が所持していた住
処であるヴワルを受け継いだこと。そのパチュリーが、私の母の弟子
であったことなど。
ヴワルの存在自体は夏前に言ってあったが、それでも今回私が教え
た事実に対して、少なからず驚きを感じているようだ。特に、一番に
食いついてきたのはパチュリーのことについてだ。
488
?
﹁│││なるほどの。君の年齢離れした力や知識を得た経緯は、こう
いうことじゃったか。確かに、これだけの条件が揃っていれば、あり
えんということではない。いや、むしろ今の時代に君が生まれたこと
を含めると、運命というべきなのか。出来るならば、ヴォルデモート
に対抗するために彼女の力を借りることができたならばよかったの
じゃが﹂
﹁それは無理でしょうね。パチュリーは基本的に、他人のことには無
関心ですから。今まだイギリスにいても、ヴォルデモートを倒す力に
なってくれる可能性は皆無ですね﹂
私も自分のことが第一主義で他人のことは三の次だが、パチュリー
のそれは私以上だ。極論すれば、自身の目的を果たすためならば他の
一切の犠牲にすることすら厭わない。幸いにも、今までにそういった
行動に移す事態にはなってはいなかったようだが、必要があれば躊躇
いなく実行できる。パチュリーとはそういう存在である。なので、例
489
えパチュリーに助力を願い出たとしても門前払い、運が悪ければ逆に
殲滅させられるだろう。そう考えると、パチュリーが旅に出たことは
都合がよかったのかもしれない│││世間の安寧的な意味で。
﹁そういえば│││﹂
ハーマイオニーに提案された防衛術の訓練についてダンブルドア
へと話す。
結果としては、防衛術の訓練は快く承認された。今のご時勢、生徒
が結束して一つのことに取り組むのは良いことらしい。活動は無理
﹂
の起こらない範囲で行い、安全を第一にするようにと言われただけ
で、あとは自由にやるようにとなった。
◆
﹁なぁ、本当にその人形で大丈夫なのかい
﹁仕方がないでしょ。アリスはホグズミードに来ることが出来ないん
対して、私を腕に抱えるハーマイオニーがロンの言葉に反論した。
ロンがいぶかしむような顔で私を指差しながら見てくる。それに
?
だから。アリスが言うには、この子はアリスと一番長く付き添ってき
た子らしいから、アリスと同じ価値観で同じ判断が出来るって言って
たわ。それに、後で記憶の共有っていうのも出来るって言っていたか
ら問題はないって﹂
﹁│││改めて考えると、アリスの人形って常識離れしてるよね﹂
ハリーの言う言葉にロンとハーマイオニーの二人は無言で頷いて
いた。ハリーの言った失礼な発言に、暇つぶしに作っていた雪玉を眼
鏡目掛けて投げつける。雪玉は見事ハリーの眼鏡に命中し、視界を悪
化させることに成功した。ハリーが文句を言ってくるが、失礼な発言
をしたハリーにこそ非があることは明白なので、抗議の言葉を全て無
視する。
現在、私│││ドールズの長女こと上海は、ホグズミードへ行けな
いアリスに代わり、代役として向かっている。というのも、ハーマイ
オニー達が企画している防衛術の訓練を行うための会合が今日、ホグ
ズミードの一角で行われるからだ。学校では、あのピンクルクル蛙の
おばさんの目があるということで、ホグズミードを選んだそうだ。
だけど、アリスはホグズミードへ行くことが出来ない。保護者に記
入してもらうべき許可証がないからだ。でも、教師として参加するア
リスも今回の会合の詳細は知っておく必要があり、どうするかとなっ
たところで私へと白羽の矢が立ったというわけだ。私ならドールズ
の中で一番アリスに近い考え方が出来るし、記憶の共有だって出来
る。何より、自分で話して意見を言えるということもあって、この場
にはもう一人のアリスがいると言っても過言ではない。
ハーマイオニー達の話を聞きながら、初めて見るホグズミードの景
色を眺めていると、いつの間にか目的地である会合の場所へと到着し
ていたようだ。パブみたいだけれど、さっき見た三本の箒っていうお
店と比べて、ずいぶん古ぼけている建物だ。窓ガラスは曇っている
し、壁に蔦は生え伸びているし、お店の顔と言うべき看板は何とか文
字が読めるといった感じにまでボロボロとなっていた。
古ぼけた建物│││ホッグズ・ヘッドへと入ると、外の澄んだ空気
と異なりカビと埃の充満した空気が襲ってきた。アリスが作ったこ
490
の身体は優れたもので、食べ物の味を感じることも出来れば音も聞こ
えるし、匂いだって感じ取ることが出来る。つまり│││
﹁│││嫌な臭い﹂
このお店のカビと埃の空気の臭いも感じ取れてしまうのだ。お店
の扉が閉じると、臭いは一層と強くなり、カウンター席に座っている
﹂
男の吸っているものが原因なのが、妙な異臭が漂ってきた。
﹁ハーマイオニー。本当にここで会合をするの
いた後、失敗したというような顔をした。
ハーマイオニー。今回の会合は中止するか
?
﹁これは
﹂
﹁ハーマイオニー、これ使って﹂
ら、アリスが自分で作ってしまったけれど。
は市販でも流通しているものだ。尤も、希少らしく値は張るらしいか
ている道具の殆どはアリスの手作りによるものだが、この魔法具自体
周囲には雑音にしか聞こえないようにするものである。私達が持っ
今回取り出した魔法具は、置いておくだけで一定範囲内の会話を、
色々な道具が収納してあるのだ。
にどこかは秘密│││には〝検知不能拡大呪文〟が掛けられており、
から一つの魔法具を取り出す。私達ドールズの服の中│││具体的
ハーマイオニーが頭を抱えながら唸っているのを見ながら、服の下
から移動したんじゃ、かえって目立ってしまうわ﹂
も場所を変更しようにも、それを皆に伝える手段がないし。集まって
﹁駄目よ。今日を逃したら、次いつ集まれるかわからないわ。あぁ、で
﹁どうするんだ
﹂
そうハーマイオニーに伝えると、ハーマイオニーはハッと目を見開
ださいと言わんばかりだ。
み聞きが出来る。これでは、これから行う話し合いをどうぞ聞いてく
所だからだ。人は少なく静まり返っているここは、小声であろうと盗
かける。というのも、この場所は明らかに密会をするには不適切な場
バーテンから飲み物を貰い席に着いたハーマイオニーへそう問い
?
の。置いておくだけで効果を発揮するから、テーブルの上にでも置い
491
?
﹁魔 法 具。私 達 の 会 話 を 周 囲 に は 雑 音 に し か 聞 こ え な い よ う に す る
?
ておけばいいよ﹂
﹁そんな魔法具があるの
﹁アリスから預かった﹂
で、でも、こんな魔法具どうしたの
﹂
今回の会合で、訓練に参加する人には羊皮紙に名前を書いてもった
なら問題はない。
﹁うん。ちゃんと全員、用意した羽根ペンで羊皮紙に書いたよ。﹂
ンを使ったのね﹂
﹁上海、訓練に参加することになった人たちは、間違いなくあの羽根ペ
らったのだが。
│││尤も、そのようなことをさせないために、一工夫させても
定はできない。
その場合、不満を感じていればアンブリッジへと密告する可能性も否
したことが切欠で、離反してしまうことが容易に考えられるからだ。
そのような反応をした人は注意しておかないといけない。ちょっと
が参加するから仕方なく、雰囲気的に断れないといった感じである。
人はこの訓練への参加を渋っているようすだった。一緒に来た友達
防衛術の訓練をするということでまとまったようだ。ただ、何人かの
会合では、途中話が何回か脱線しかけたようだが、集まった全員で
手いことやってくれたようだ。
所で秘密の話し合いをすることに危機感を覚えたが、そこは上海が上
ヘッドでの話し合いの内容を得る。最初、ホッグズ・ヘッドという場
ホグズミードから戻ってきた上海と記憶の共有を行い、ホッグズ・
﹁そう。一応、会合は何事もなく終わったのね﹂
ることにした。
るかを確認してから、話し合いが始まるまで机の上で静かに座ってい
にも留めずに魔法具をテーブルの上へと置き、ちゃんと効果が出てい
というか呆れというか、そんな感じの顔をしていた。そんな三人を気
この魔法具がアリスからのものだというと、三人はどことなく達観
!?
のだが、その羊皮紙及び使用した羽根ペンは私の特別製だ。一種の魔
492
!?
法契約書として作ってあるそれは、名前を書くことで対象を縛るも
の。その契約書に記入をしたが最後、その人は生涯に渡って、あるい
は解約の条件が満たされるまで契約を破ることが出来なくなる。契
約の媒介には契約者本人の血を用いているので、その拘束力は最高ク
ラスといっても過言ではない。
学生が行う秘密の会合に、そこまでする必要があるかという問題も
あるだろうが、やるからには徹底的にやるべきだ。ここで中途半端な
呪い程度で抑えていれば、何かしらの裏をかいて密告者が現れる可能
性も十分にありえる。それに、元々秘密にすることを誓って参加して
いるのだから、最初から秘密を曝け出そうとしない限り問題などない
はずだ。
数日後、アンブリッジによる新教育令による団体活動への規制で一
騒動あったが、防衛術の訓練に関しては続行するということとなっ
493
た。その際に、訓練を行う場所をどこにするかでハーマイオニー達が
頭を悩ませていたが、ネビルが必要の部屋を発見したようで、そこを
活用することになった。
﹁最初にリーダーを決めましょう。リーダーは勿論ハリーとアリス、
セドリックだけど、皆でちゃんと投票して決定することで権利が明確
になるわ。それに名前も必要ね。いつまでも防衛術の訓練じゃ話し
辛いし、格好がつかないもの﹂
第一回目の訓練では、ハーマイオニーが言ったようにリーダーの公
式な選出と会合の名前を決めることから始まった。リーダーに関し
ては予め全員が承知していたことなので、揉めることもなく私とハ
リー、セドリックに決定した。名前に関しては多少揉めたものの、〝
防衛協会〟と〝ダンブルドア軍団〟を掛けた〝DA〟に落ち着いた。
﹁それじゃ、早速始めようか。最初に君達に教えようと思ってるのは
﹂
〝武装解除〟の呪文だ。基本的な呪文だけれど、これは本当に役に立
つ│││アリスとセドリックはどう思う
﹁うん。僕もそれでいいと思うよ。杖を奪うということは、相手の戦
?
力を丸ごと封じるに等しいからね。勿論、杖を奪っただけじゃ絶対に
安心というわけではないけどね﹂
﹁私もいいと思うわよ。〝武装解除〟は相手の杖を奪うという単純な
呪文だけれど、術者の力量によっては、杖を奪う際に衝撃を与えて吹
き飛ばすことも可能になる優れた呪文だしね。難易度的にもそこま
で難しいものじゃないし│││なにより、相手の杖の忠誠心を勝ち取
ることもできる﹂
私の最後の言葉が理解できなかったのか、ハリーを含めて全員が首
を傾げた。セドリックだけは知っていたのか首を傾げずにいる。そ
の中で、ハーマイオニーが杖の忠誠心について質問をしてきた。
﹁杖というのは、その全てが持ち主に忠誠を誓っているの。杖作りの
間では、杖には意思があり杖が魔法使いを選ぶと言われているわ。実
際に試してみるとわかるけど、自分が持つ杖と他人が持つ杖では、使
﹂
用者や使用する呪文が同じでもその威力や精度に大きな差が生じる。
い。
﹁あぁ、それについては大丈夫よ。杖が奪われても、奪った側が杖の持
494
自分の杖と違い、相手の杖から忠誠を得ていないからね﹂
﹁それじゃ、武装解除で奪われた杖は使うことができないの
﹂
必然的に相手
ちょっと待って。奪われることで杖の忠誠心が移ってしま
の杖を奪ってしまうんじゃない
うなら、武装解除呪文の練習なんかして大丈夫なの
﹁あれ
ら、杖の忠誠心に関しては知らなかったようだし。
とだから、皆が知らないのも無理はないだろう。ハーマイオニーです
杖職人から聞くか、杖に関する専門書を読んでいないと知りえないこ
私の説明に全員が﹁ほ∼﹂と声を漏らしている。ここら辺の知識は
うね﹂
ないから、それまでと同様の力では呪文を扱うことは出来ないでしょ
といっても、それは義理立てのようなものであって本来の忠誠心では
忠 誠 心 は 前 の 持 ち 主 に 対 し て あ る 程 度 は 残 っ て い る ら し い か ら ね。
﹁まったく使えないというわけではないわ。たとえ奪われても、杖の
?
パドマの疑問に全員が不安な表情をするが、それについては問題な
?
?
?
ち主であることを放棄するか、忠誠心を相手に戻すよう強く念じれ
ば、杖の忠誠心は再び本来の持ち主へと戻るから。でなければ、武装
解除呪文の練習なんて出来ないわよ﹂
それからも幾つかの質問に答えていき、残った時間は全部呪文の練
習へと当てた。練習法は単純で、只管に実践あるのみである。二人一
組になって交互に相手の杖を奪い合うものだ。
時間ギリギリまで呪文の練習をし、一通りの片付けを終えた順に各
自寮へと戻っていく。その際に、ハリーが指示を出していたので尋ね
てみたところ、それは〝忍びの地図〟というものらしい。ホグワーツ
内の地図が描かれており、地図の上を名前が書かれた足跡が動くとい
うのもだ。私の持つ〝本の虫〟と同じ力を持つ〝忍びの地図〟をハ
リーが持っていることには驚いたが、話を聞く限りでは〝本の虫〟程
の機能満載というわけではないようだ。どこで手に入れたのかと聞
いてみたが、昔にフィルチの没収棚からパクッたらしい。とはいえ、
この地図を作ったのがハリーの父親やシリウス、ルーピン、ピーター
四人組であるらしいので、ハリーが持つこと自体には問題はないだろ
う。
それからも決して多くの時間が取れているとは言えないものの、何
回 か の 訓 練 を 行 っ た。訓 練 を 続 け て い く う ち に、私 と ハ リ ー、セ ド
リックで役割が決まっていき、ハリーが身に付けるべき呪文の知識と
基礎を教え、ある程度上達した人、あるいは上達が芳しくない人にセ
ドリックがコツや応用、修正などを行うこととなった。私は二人のサ
ポートという形になり、ハリーの手が足りなければハリーを、セド
リックの手が足りなければセドリックをといった感じだ。
教師役が三人ということもあって効率も上がり。殆どの人が〝武
装解除〟〝妨害呪文〟〝失神呪文〟〝盾の呪文〟を中心とした呪文
を身に付けることが出来た。その中でも特に秀でていたのはルーナ
とジニー、それにネビルで、特にネビルは今までの成績から考えると
かなりの上達ぶりを見せていた。これには当の本人も驚いているよ
うで、呪文が成功するたびにはしゃいでいた。
495
とはいえ、全てが順調に進んでいるというわけでもない。今シーズ
ン初めて行われたクィディッチの試合であるグリフィンドール対ス
リザリンでのことだ。グリフィンドールは、前キーパーであったオリ
バー・ウッドが抜けた穴にロンを加えて試合に臨んだのだが、スリザ
リンのロンを狙った悪質な応援によってロンの動きが固まってしま
い、スリザリンに容易く得点を奪われてしまったのだ。それだけなら
初試合ということもあるだろうし、状況が状況であるので問題はな
かっただろう。問題は、ハリーがスニッチを取って試合が終了した直
後 に 起 こ っ た。ス リ ザ リ ン の ビ ー タ ー と し て 今 年 か ら チ ー ム に 加
わったクラッブが、試合終了後にハリーを狙ってブラッジャーを当て
たのだ。そこからマルフォイが挑発で畳み掛けて、ハリーとジョージ
がマルフォイへと暴行するに至ってしまう。この件で、二人に罰則を
与えようとしたマクゴナガルの処置にアンブリッジが新たな教育令
を携えて介入し、ハリーとジョージ、さらにフレッドの三人をクィ
デ ィ ッ チ の プ レ イ か ら 永 久 禁 止 と い う 処 罰 に さ れ て し ま っ た の だ。
対してスリザリン側には、罰則は与えられたものの、書き取りという、
あってないような罰則だった。
また、ハグリッドが騎士団の長期任務から帰還したことでホグワー
ツを騒然とさせた。というのも、ハグリッドの全身│││特に顔に重
度の怪我をしていたからだ。私はハグリッドが騎士団の任務で巨人
族の集落へと赴いていたということを知っているために、ハグリッド
の怪我の理由もある程度はわかるのだが、そうでない生徒は新学期が
明けても姿を見せなかったハグリッドが怪我を負って現れたという
ことに驚きを隠せないようであった。
ホグワーツに戻ってきた以上は職務に復帰するということでもあ
り、今まで魔法生物飼育学の代理を務めていたグラブリー・プランク
に替わって授業を行った。当然、その授業にはアンブリッジが査察
に訪れたようで、そのとき授業を受けていたスリザリン生からあるこ
とないことを聞き出していたらしい。
クリスマス休暇前の最後のDA会合では、今までやってきたことの
496
復習を行った。次は休暇が明けてからになるので、三週間も空いてし
まうことを考えれば、新しい呪文を習得するよりも、今までに身につ
けた呪文を確実なものとすることの方が有効的だという判断だ。
訓練は滞りなく終わり、メンバーが順番に帰っていく中部屋の片づ
どうしたの
﹂
けをしていると、背後に気配を感じたので振り返る。
﹁ネビル
?
﹂
じものであるとはいえない。それならば、最初から最後まで一人に指
いえる。ハリーに教わった魔法行使のコツや注意が、セドリックと同
がいない以上、魔法一つ使うにもその人特有の感覚があるのは当然と
ら体系化されていようと、それを使うのは人間だ。この世に同じ人間
されているので誰が使っても技術に大きな差は生じない。だが、いく
なるほど。確かにネビルの考えは正しい。魔法というのは体系化
その、効率よく上達できると思って﹂
うと思って。それなら、出来るだけアリスに教えてもらったほうが、
もセドリックもとても魔法が上手だったけど、魔法を使う感覚とか違
ら、それなら出来るだけアリスの指導で教わりたかったんだ。ハリー
﹁うん。アリスはハリーとセドリックの両方のサポートをしていたか
ると私のところへと来ていた気がする。
の呪文を習うにあたって、常にというほどではないが、他の人と比べ
ネビルの言葉に訓練風景を思い返しながら答える。ネビルは一つ
セドリックの方にはあまりいっていなかったわね﹂
﹁そういえば、ネビルってよく私のところへ来ていたけれど、ハリーや
う﹂
の中では、やっぱりアリスに教えてもらえたことが大きいんだと思
思ってる。勿論、ハリーやセドリックにも感謝しているよ。でも、僕
﹁う ん。僕 が こ ん な に 魔 法 を 身 に つ け ら れ た の は ア リ ス の お 陰 だ と
﹁お礼
﹁えっと│││アリスにお礼が言いたくて﹂
も残っておらず、私とネビルしかいないようだ。
振り返ったところにいたのはネビルだった。部屋を見渡しても誰
?
導を受けることで感覚を統一するというのは、間違いなく賢いやり方
497
?
だ。それに加えて、私も出来るだけ相手に合った感覚を見つけ出して
教えていたので尚更だろう。
﹁ふふっ│││そう、そういうこと。ネビルもよく考えているのね﹂
思わず笑みがこぼれる。今までの訓練を思い返しても、ネビルと同
じ考えを持った人は誰もいない。あれだけの人が集まった中で、普段
劣等性として認識されているネビルだけが、誰よりも効率のよい訓練
をしていたというのは、実に面白いことだ。
﹁うん。本当、僕にしてはよく考えたことだと思う。でも、そのせいで
アリスに余計な負担を掛けてしまったんじゃないかと思ってたんだ。
でも、それで謝るのは、ちょっと違うかなって思って。だから、お礼
を言いたかったんだ│││ありがとう﹂
﹁どういたしまして﹂
本当にネビルは成長したものだと思う。初めてホグワーツ特急で
会った時は、ペットのトレバーが逃げただけで半泣きだったのに、今
﹂
│││ん
﹁雪
?
くりと降ってくる。不思議と冷たさを感じないのは、この雪が恐らく
ヤドリギが生えた次には雪が降ってきた。ふわふわした雪がゆっ
?
498
では誰よりも早く力を身につけている。といっても、それは今まで身
につけてこれなかったことを急速に身につけているだけであって、早
いうちから力を身につけていたハリーやハーマイオニーと比べると
まだまだであることは確かだ。でも、このままの成長速度で力を身に
つけていけば、そう遠くないうちにハリーやハーマイオニーを超える
﹂
ことも出来るのではないかと思う。
﹁ん
!?
る。
﹂
﹁│││ッ
﹁
﹂
れはよく見るとヤドリギで、私とネビルを囲むように垂れ下がってい
話が一旦途切れると、頭上から植物の枝や蔦が生えてきていた。そ
?
何かネビルが顔を真っ赤にして固まったけど、どうしたのだろうか
?
必要の部屋によって再現されただろう雪だからだろうか。
﹁ア│││アリスッ﹂
ネビルに話しかけられて上に向けていた視線を戻す。何やら決意
をしたような覚悟を決めたような、そんな雰囲気を感じさせる顔をし
ているけれど│││そういえば、クリスマスの日にヤドリギの下では
異 性 に 対 し て キ ス し て も い い、何 て こ と を 聞 い た こ と が あ っ た が。
てっきりマグルだけのものだと思っていたが、まさか魔法界でもそう
なのだろうか
あれ
違う
これはむしろ│││。
﹁││││││好きなんだ
﹁│││ふぇ
﹂
すきなんだ
﹂
!
スキナンダ│││数寄│││隙│││好き
?
事はしないといけないんだろうけど。
﹁へ、返事は今すぐじゃなくていいから
おや
ぼ、僕の気持ちだけ知って
いった反応をすればいいのか分からない。とりあえず、何かしらの返
なんて答えたものか。生憎とこういう経験が一切ないために、どう
﹁あー、えー、まぁ。その│││うん﹂
アリス、君のことが好きなんだ﹂
アリスと踊って、話して。やっと自分の気持ちに気づいたんだ│││
﹁それからは、あんまり話す機会もなかったけど、去年のパーティーで
グを逸してしまったせいで、止めるに止められない。
何かネビルが恥ずかしい独白を続けているけれど、止めるタイミン
リスのことを考えてると胸が熱くなって﹂
を探してくれて。その時からアリスのことが目から離れなくて。ア
﹁あの日、汽車の中で君に初めて会って、嫌な顔一つしないでトレバー
?
てっきり、状況的に考えてキスをしてくるのかと思ってたけれど、
?
﹁ア、アリス。その│││前から、き、君のことが│││す、す⋮⋮﹂
ということは│││。
?
?
いてくれれば、今はそれだけでいいから│││そ、それじゃ
!
!
499
?
すみ
﹂
私が何て答えるか思考をフル回転させている間に、ネビルは物凄い
速さで部屋から出て行った。残された私は呆然としながらも、とりあ
えず時間も時間なので寮へと戻っていった。
│││気温は凍えるほど寒いのに、顔だけはやたら熱を持っていた
が、それは出来るだけ気にしないようにした。
500
!
嵐の前
﹃アーサーが負傷した。子供達とハリーは急遽ロンドンへ戻る。君は
ホグワーツで待機していてほしい﹄
DA最後の日の夜にダンブルドアから受け取ったメッセージには
そう書かれていた。メッセージと言っても手紙などではなく、一枚の
カードに〝変幻自在術〟を掛けたものによる伝達方法だ。伝達方法
が一方通行ではあるが、万が一私のカードがアンブリッジに奪われた
場合のことを考えればしょうがないだろう。また、〝変幻自在術〟に
よる連絡手段は私用に作られたようで、他の│││マクゴナガルやス
ネイプ、シリウスやムーディなど、騎士団の正式な│││つまり大人
は、これより安全で確実な方法を持っているらしい。ここら辺の扱い
の差に、メンバーとはいえ子供として扱われていると感じるが、まぁ
実際に子供ではあるので気にしないようにしている。現状、これで特
に困ったことはないのだから。
余談だが、〝変幻自在術〟はDAの連絡方法としてハーマイオニー
も使用している。だが、この魔法は本来N.E.W.Tレベルの魔法
であり、普通なら七年生になって扱うことの出来る魔法なのだ。それ
を五年生の身で完璧に扱っているハーマイオニーは、やはり他の生徒
と比べると一歩も二歩も進んでいると、改めて思う。
クリスマス休暇に入り、ハーマイオニーやネビルを含む殆どのDA
メンバーが帰省していることもあって、何かと手持ち無沙汰になって
いる。休暇前に出された宿題は既に大部分を終わらせてあるし、ヴワ
ルに戻っても至急手を加えなければならないこともない。
ならばと、今年の休暇くらいはのんびり過ごそうかと図書室で読書
をしたり、ドールズと縫い物をしたり、アクセサリーを作ってみたり
としていた。
﹁マーガトロイド﹂
夕暮れ時、天文台に登って茜と白銀に染まった景色を眺めている
501
と、後 ろ か ら 声 を 掛 け ら れ た。振 り 返 っ た 先 に い た の は、今 学 期 に
﹂
﹂
なってから度々話しかけてくるようになったドラコだ。
﹁こんにちは、ドラコ│││また、例の話かしら
﹁まぁね。いい加減、良い返事をもらいたいんだけど
﹁はぁ│││何度来ても答えは同じよ﹂
てきてくる内容がこれだ。
る。
﹂
姿が完全に見えなくなる前に一度立ち止まり、顔だけをこちらへ向け
脈なしと判断したのか、踵を返して階段を下りていった。だが、その
その後も、ドラコは様々な誘いの言葉を言ってきたものの、今回も
のだろうが、圧倒的に少数派であることは間違いないだろう。
はなく、マグル同様に蓄積と研鑽によって未来へと歩む人も存在する
去を追及しており、かつての栄光や力しか見ていない。全員がそうで
積を元に未来へと歩んでいるのだ。逆に、魔法使いは未来ではなく過
昔ながらの伝統を重んじながらも、日々進化し続けている。過去の蓄
巧さは、魔法使いには決して再現できない技術の結晶だ。その技術は
と思っている。マグルの、魔法を使えないからこその手作りによる精
ることもそうだが、一人の人形師としてマグルの存在は必要不可欠だ
それに、私はマグルの世界が嫌いではない。元々がマグル出身であ
くない未来に滅びることが分かりきっているのだから。
らない。純血以外の魔法使いやマグルを排除する。そんな世界は遠
ヴォルデモートの掲げる純血思想は、はっきり言って害悪にしかな
る世界よりも、そうでない世界の方が暮らしやすいのよ﹂
﹁何度も言っているでしょう
私的には、ヴォルデモートが支配す
るルシウスにでも命令されているのだろう。ドラコが度々話しかけ
ヴォルデモートへの従属。恐らくヴォルデモート本人か父親であ
れが君にとって、最善であると分からないのか
いかないんだ│││マーガトロイド、例のあの人の下にくるんだ。そ
﹁だがこちらとしても、はいそうですかと言って引き下がるわけにも
?
?
?
﹁言っておくぞ。君に残された時間は少ない。最後には、あの人自ら
502
?
が君を訪ねるそうだ。その時が最後の選択だろう。君が頷けば手厚
い歓迎を受けることが約束されている。が、首を振ればあの人の手に
よって殺されてしまうぞ﹂
その言葉を最後に、ドラコは階段を降りていった。私は視線を僅か
に青く染まってきた景色に戻し、ドラコの言葉を頭の中で考察する。
ドラコの言う通りであれば、そう遠くないうちにヴォルデモートが
直々に私の元へと訪れるみたいだが、まさかホグワーツに直接乗り込
んでくるなんていうことはないだろう。となると、考えられるのは夏
休みの間になるか│││私がホグワーツを出ざるを得ない状況にす
るかのどちらかだろうか。少なくても、六年へと進級する前までには
何からの接触をしてくることは間違いなさそうだ。
となれば、ヴォルデモートが接触してくるまでに、今以上の対抗策
を講じておく必要があるだろう。ヴォルデモートに恭順する意思が
ない以上は、ヴォルデモートとの戦いは避けられない。直接戦ったこ
とはないのでヴォルデモートの実力がどれ程なのか分からないが、今
の私がヴォルデモートよりも上などということはないだろう。それ
こそ、真正面から戦うならばダンブルドア級の力が不可欠だ。であれ
ば、私が出来るのはあらゆる可能性を考えて、多くの絡め手を駆使す
ること。実力が劣るならば策で覆せ。どこかの歴史的人物が言って
いたようなそうでないような言葉が、今の私には当てはまるだろう。
﹁さて│││そうと決まれば、残りの休みを無駄に過ごす訳にはいか
ないわね﹂
これから先に起こりえるだろう様々な可能性を思い描きながら、天
文台の階段を降りて必要の部屋、そしてヴワルへと向う。
クリスマス休暇が終わると、騒がしい日々が戻ると同時に面倒事も
沸いてきた。中でも特筆するべきは〝アズカバンでの集団脱獄〟だ
ろう。朝食の場でその記事が書かれた日刊預言者新聞を読んでいた
生徒の多くが、その事件に言葉を失っていた。というのも、脱獄した
囚人の殆どは死喰い人│││つまりヴォルデモートの配下であるか
503
らだ。アズカバンに投獄されていた死喰い人というのは、かつてヴォ
ルデモートが死んだとされた時に魔法省へと屈せずにいた者達であ
る。ルシウスのような中途半端な忠誠心の死喰い人とは違い、アズカ
バンへ投獄されると理解していながらもヴォルデモートを裏切らな
かった彼らは、それだけで忠誠心の高さが窺える。そして、闇の陣営
において忠誠心が高いというのは、実力が高いということとほぼ直結
しているのだ。ヴォルデモートは自らに忠誠を誓う者を手厚く扱う。
それは地位然り、知識然り、魔法然りだ。
その死喰い人が脱獄したとあっては、流石の魔法省も現実を理解す
るだろうと思ったのだが│││ここまで来ると、魔法省は一度綺麗に
なくなったほうがいいのではと思ってしまう。記事を読んでいると、
魔法省がこのような事態になったにも関わらずヴォルデモートと脱
獄を結び付けていないことが見て取れる。もしかしたら│││それ
こそファッジ自身も現実を理解している可能性はあるが、それを表に
504
出さない以上意味のないことだ。
この話題は近日に行われたDAでも取り上げられた。今までDA
メンバーでもヴォルデモート復活を信じきれていない者は何人かい
たようだが、今回のことで全員が信じるようになったようだ。それに
﹂
伴って、皆がクリスマス休暇前以上に訓練へと気合を入れていたのは
良いことだろう。
﹁ネビル、ちょっといいかしら
﹁う、うん。そ、そうだ、ね﹂
﹁さて│││ようやく話す機会が出来たわね﹂
た。
が、そこは今日の訓練で気になることがあるということで納得させ
の二人だけとなる。ハリー達は残る私達に疑問を持っていたようだ
しかけた。ハリー達が出て行ったのを最後に、部屋の中は私とネビル
ているようだったので、今回は逃げられないように先回りしてから話
ながら、ネビルを呼び止める。あの日以降、ネビルは何かと私を避け
その日のDAが終わり、メンバーが順番に部屋から出て行くのを見
?
﹁│││というのも、ネビルが何かと私を避けていたのが原因なんだ
けれどね﹂
誰が見ても落ち着かない様子を見せているネビルへと、皮肉交じり
に話していく。少しの間、適当な雑談でネビルを落ち着かせた後、一
息入れて本題へと入る。
﹁それでね、クリスマス休暇前の話の件なんだけれど﹂
﹁う、うん﹂
そう切り出すとネビルはまた緊張し始めたが、目だけは私から逸ら
さずにしっかりと見返してきた。私もネビルと目を合わせて、あの日
から考えて出した結論を伝える。
﹁│││ごめんなさい﹂
言うと同時に頭を下げる。
これが、私が出した結論。あの日から色々と考えてはみたが、現状
ではネビルの想いには答えられないという意思で固まった。結論が
出てからも幾度か再考してみたものの、変わることはなかった。
﹁ッ│││﹂
頭を上げて、ネビルへと再度向き直る。ネビルは、平静を保とうと
しているようだけれど、見て分かるほどの落ち込みようだった。
﹁ごめんなさい、ネビルが嫌いというわけではないの。ネビルの気持
ちは嬉しいわ。けれど、正直今は誰かと恋仲になろうという気にはな
れないの﹂
魔法の勉強や研究に専念したいというのもあるが、何よりヴォルデ
モートに付け狙われているというのが一番面倒な理由だ。今も色々
と策を講じてはいるが、それが全てヴォルデモートに有効的とは限ら
ないので、可能な限りの備えをしておきたい。でも、それには時間が
圧倒的に不足しているので、これ以上他のことで時間を浪費したくは
ない。加えるなら、親しい人を増やすことで弱点を増やしたくはない
というのも一因だ。親しければ親しいほどに人質となったり、〝服従
の呪文〟で操られて敵の手中となる可能性が高まるということもあ
り得る。それは考えうる限りで最も厄介な弱点の一つだ。
今ならまだ、そのような状況になっても切り捨てることは出来る。
505
自分でも非情かつ外道とは思うが、自らの命には代えられない。たと
え、天秤に掛けられるのがパドマやアンソニーだとしても、秤は私に
傾くだろう。
私は、自分の命を引き換えに誰かの命を助けられるような聖人でも
ヒーローでもないのだ。
では、恋仲となった相手ならどうかと言えば、正直分からない。今
までそのような関係を経験したことはないし、そのときに私がどのよ
うなことを考えているかが想像できない。付き合いたてならば切り
捨てることも出来るだろうが、そうでない場合は切り捨てることが出
来ないかもしれない。そのときに一瞬でも隙が生じれば、容易く殺さ
れてしまうことも考えられる。最悪なのは〝服従の呪文〟によって、
意思もなく操られることだ。
私はまだまだ死にたくないし、世にある未だ見知らぬ知識を求める
と同時に人形作りの腕も磨いていきたい。その為には、不確定要素は
506
可能な限り取り除く必要がある。このような理由でネビルの想いを
断るのは不謹慎だと思うが。かといって付き合うとなったら、それは
それで不謹慎だろう。
流石に、この考えをそのままネビルに伝えることはできないので、
出来るだけ言葉を選んで話した。ネビルは視線がフラフラとしてい
たようで、ちゃんと聞いていたかは分からなかったが、最後の別れ際
に﹁今は駄目でも、僕、諦めないから﹂と言っていたので、聞こえて
はいたのだろう。出来れば他の人をネビルには探して欲しかったが、
﹂
これ以上は私から言うことは出来ないので、何も言えず仕舞いに終
わった。
◆
﹁閉心術のコツ
きた。いきなりのことに驚きながらも理由を尋ねると、ハリーがスネ
マイオニーが、開口一番に〝閉心術〟のコツを教えて欲しいと言って
ネビルへと返事をした数日後、ハリーとロンを引っ張ってきたハー
?
イプに〝閉心術〟を習っているが成果が思わしくなく、辛辣な評価を
言われている際に、スネイプが私の名前を引き合いに出したようなの
だ。それを三人で話し合っていたところ、実際に聞いてみようという
ことになったらしい。
﹁きっとスネイプはハリーに〝閉心術〟を身に付けさせる気がないん
だわ。だって、やり方が悪辣過ぎるもの﹂
ハーマイオニーがやたらスネイプのことを酷評するので、どのよう
な訓練方法をしているのか聞いてみたところ、ハリーに碌な説明もし
ないで、一方的に、ハリーが覗かれたくない心を覗かれているとのこ
とだ。ハーマイオニーはもっと理論だとかコツだとか、説明をきちん
とするべきだと主張している。
﹁貴方たちの期待を裏切るようで悪いけれど、スネイプがやっている
方法は間違っていないわよ﹂
そう言うと、三人は信じられないというような顔をした。
﹂
そんな相手から
していくが、見ていた感じでは理解はしても納得はしていないよう
だった。一応、いくつか参考になりそうなコツは教えておいたが、今
のハリーの様子では活用しきれないだろう。スネイプの代わりに私
が教えてくれないかとも言われたが、私がやったところで手段は変わ
らないし、何よりハリーに〝閉心術〟を身に付けるように言ったのは
ダンブルドアのようなので、素直にスネイプに教わるようにと言って
断った。
507
﹁確かに、基礎的な理論を説明しないでいきなり本番というのは問題
だけれど、身に付ける為の訓練方法としては有効的なやり方よ。そも
気づいていない
そも、覗かれたくない心を護る為の〝閉心術〟なんだから、まったく
危機感のない訓練をしても意味がないでしょう
思える理由はないと思うんだけれど
心を護るために心を閉ざす。これほど〝閉心術〟を身に付けたいと
のことをこれ以上ないほどに嫌っているわよね
イプ程の閉心術師は滅多にいないし、なにより、ハリーってスネイプ
だろうけど、ハリーがやっている訓練環境はかなりの好条件よ。スネ
?
?
その他にも、スネイプに〝閉心術〟を習うメリットを一つずつ説明
?
その後数日間は、特別慌しいこともなかったが、翌々週になるとま
たしても騒動が発生した。トレローニーとハグリッドの解雇、ダンブ
ルドアの校長職解任及びアンブリッジの校長就任 尋問官親衛隊の
設立、ザ・クィブラーに掲載されたハリーの記事などだ。
トレローニーとハグリッドの二人がアンブリッジによって解雇と
なった後、占い学の後任にはケンタウルスのフィレンツェが、魔法生
物飼育学の後任にはグラブリー・プランクが就任した。トレローニー
に至っては、解雇処分と同時にホグワーツから出て行くようアンブ
リッジに言われていたが、それはダンブルドアによって防がれ、引き
続きホグワーツに在住することとなっている。
ダンブルドアの校長職解任は理事会の決定によるものらしく、聞い
た話だとファッジとルシウスが理事会へと圧力を掛けたようだ。尤
も、元々理事会の中でもダンブルドアの解任の話は出ていたようで時
間の問題だったらしい。ダンブルドアは解任に伴ってホグワーツに
いることも出来なくなり、現在は姿をくらませている。そのため、騎
士団のメンバーであっても連絡が取れない状況となっているようだ。
余談にもならないが、ダンブルドアに代わり新たな校長にはアンブ
リッジが就任している。
尋問官親衛隊というのは、アンブリッジが設けた魔法省を支持する
者達で構成されたグループのことだ。監督生同様に生徒から減点で
きる権限を持っているが、その権限が監督生に対しても有効というこ
とで少なからず生徒間で不満が募っている。尋問官親衛隊は主にス
リザリンのメンバーで構成されており、それによってレイブンクロー
やハッフルパフもそうだが、スリザリンと犬猿の仲であるグリフィン
ドールが最も被害を被っている。
ザ・クィブラーには、ハリーが受けたインタビューに関する記事が
掲載されており、去年のヴォルデモートが復活した時のことについて
詳細に語った内容が公開された。それによって、世間でのハリーを筆
頭にする批評が幾分かなくなり、ハリーを支持する人が増えるように
なった。その代わりとして、アンブリッジの不興を存分に買ってもし
508
まったようだが。
DAでの訓練は順調に進んでいる。最近では殆どの人が最初に目
標として掲げた呪文を身につけ、今はそれぞれが個別に身につけたい
呪文の練習に取り組んでいる。その中でもハリーやハーマイオニー
は他の人よりも随分と進んでおり、特にハリーは一度だけだがセド
リックとの真っ向勝負で勝利を収めるほどの成長をみせた。
DAといえば、最近になってついに密告者が現れた。密告者が現れ
た場合、私の持つ契約書を写したカードに記されたメンバーの名前が
赤く変色するようになっている。それによって、密告者が現れた場合
にはすぐに察知することが出来る仕組みだ。今回名前が赤くなった
のは、チョウの友達でレイブンクローに在籍するマリエッタである。
彼女は最初からDAに乗り気ではないようだったけれど、今までの訓
練でそれが改善されればいいと思っていたのだが、そうはならなかっ
たようだ。
尤も、密告者が出たといっても特に問題があるわけではない。この
ような事態を防ぐために契約で縛ってあるのだから当然だ。しかも、
密告しようとした意識を別の事へと誘導し薄れさせて、最終的には密
告しようとしたことを忘れさせるオマケ付き。というよりは、覚えら
れていたら問い詰められることは明らかなので、オマケこそがこの契
約の本命である。
﹁進路面談ねぇ﹂
O.W.L 試 験 が 差 し 迫 っ た イ ー ス タ ー 休 暇 前。談 話 室 の 掲 示 板
には夏学期最初の週に進路指導の個別面談を行う旨が書かれていた。
同時に、掲示板の前に置かれたテーブルには様々な職業紹介の雑誌や
パンフレットなどが積まれている。談話室のあちこちで職業紹介の
資料を広げる五年生が溢れており、私もそんな周りに漏れずに暖炉前
の椅子に座って資料を眺めていく。隣ではパドマやアンソニー、それ
に何故かルーナも資料を漁っている。
509
﹁パドマはどんな職業を希望するとかは決まっているの
﹂
がある仕事だと思うよ。アリスはどう
﹂
﹂
﹁魔法省の国際魔法協力部か魔法ゲーム・スポーツ部かな。やりがい
ソニーは
﹁うーん。銀行関係に興味があるんだけれど、職場環境がなぁ。アン
?
﹁自営業かしら
﹂
だ。趣味と実益と時間と研究を全て満たす労働条件となると│││
そうではあるけれど、基本その地への超長期的居住というのがネック
ドラゴンなどの魔法生物の生態調査及び保護・研究なんかは結構面白
い。グ リ ン ゴ ッ ツ は ブ ラ ッ ク 企 業 も 真 っ 青 な 労 働 条 件 な の で 論 外。
魔法省関係は面倒極まりなさそうだし、医術関係も乗り気はしな
﹁そうねぇ│││興味があるのはないのよね﹂
?
もったいないわよ
でまずないでしょう﹂
﹁えぇ
なら実力でも知識でも十分狙えると思うよ﹂
アリス
アリスの成績なら就けない職業なん
でもやっていけそうだ。兼業で人形屋を営むのもいいかもしれない。
弱めた魔法の力を込めたアクセサリーなんかにすれば、マグルの世界
なんかにすれば趣味と実益と時間と研究の全てを確保できるだろう。
し、魔法道具の作成などは得意だから、それを中心に取り扱う雑貨屋
自営業ならば労働条件は自分で好きなように決めることが出来る
?
﹁そうだよ。ほら、これ。闇祓いなんかいいんじゃないか
!
いや、分か
ますって感じがするわ。なにより魔法省勤めというのが嫌﹂
﹁│││アリスって、そこまで魔法省のことが嫌いなの
らなくはないけどね﹂
る気がするんだけど︶﹂
﹁︵ねぇ、アンソニー。年々、アリスの言葉に容赦がなくなってきてい
わないわね﹂
もっとまともな人が大臣にならない限り、魔法省に就職しようとは思
いところを一つも感じないわ。最低限、ファッジが大臣職を退いて
﹁去年まではそうでもなかったけれどね。今の魔法省の在り方には良
?
510
?
﹁闇祓い│││ないわね。堅苦しそうだし、いかにも激務に追われて
?
!?
﹂
﹁︵パドマ、そういうのは思っていても言葉にしては駄目だよ︶﹂
﹁│││なにかしら
パドマとアンソニーが小声で話しながらこちらをチラチラと見て
いるので、どうしたのかと問いかけるも、二人はなんでもないと首を
横に振って、職業資料を読む作業へと戻った。私はそんな二人に疑問
を感じながらも、手に持つ資料を読み進めていった。
イースター休暇が終わった三日目の昼食後、私は進路面談をするた
めにフリットウィックの部屋へとやってきた。初めて入った部屋に
は本が隙間なく納められた棚が壁一面に置かれており、部屋の隅には
蓄音機とレコードの収納ケースがあった。窓の傍に机があり、フリッ
トウィックは足の長い椅子に座りながら、机に散乱している資料へと
手を伸ばしている。
あと、何故ここにいるのかは知らないが、アンブリッジが部屋の入
り口│││私の背後にボードを手に持ち、ピンクにフリルのついた椅
子に座っている。後ろにいるために、何をしているかは知らないが、
カリカリという音から察するにボードへと何かを記入しているのだ
ろう。まだフリットウィックと話してもいないのに、何を記入するこ
とがあるのかは不明だが。まぁ、アンブリッジの行動を理解できる人
なんてそうそういないだろうから問題はない。むしろ、理解してし
まったらそれこそ問題だ。
﹁さて。今日は君も知ってのとおり、将来の進路について話すために
﹂
来てもらいました。とりあえず、今君がどのような職業に将来就きた
いと考えているかを聞かせてもらえますかな
﹂
君の成績ならば大抵の職業には就けると思う
んだが│││よければ、理由を聞かせてもらってもいいかね
?
﹁そ、そうなのかね
きを繰り返している。
トウィックは考えもしなかったかのように目を見開き、パチパチと瞬
フリットウィックの質問に用意しておいた考えを伝えると、フリッ
ないので、自営業を考えています﹂
﹁そうですね│││今は特にこれといって就きたい職業がある訳では
?
511
?
?
﹁それは構わないですが│││理由と言っても、興味のある職業がな
いとしか答えられないんですよ。銀行は職場環境がアレですし、魔法
生物の研究職は拘束期間が長すぎですし、病院関係は私には向いてい
ないと思うので。だったら、自分の好きなことを自分のペースで行え
る自営業が最適かと考えたんです﹂
﹁そうなんですか│││まぁ、そういった理由で自ら職を立ち上げよ
君ならば闇祓いになるのも十分可能だと思うが﹁ェヘンェヘ
うとする生徒もいますがね。魔法省関係の職業は考えていないのか
ね
ン﹂│││﹂
フリットウィックが話している最中に、背後に控えているアンブ
リッジが咳払いを行ったことで話が中断された。フリットウィック
はアンブリッジへと視線を向けるものの、直に戻す。
﹁一口に魔法省と言っても、何もイギリスの魔法省だけには限りませ
んよ。経験を積むためや国同士の友好を築くために、国外の魔法省へ
と就職した例もあります﹁ェヘンェヘン﹂│││どうかしましたか
校長先生﹂
は早いうちに伝えておいたほうがよいと思ったの。本来であれば、こ
﹁お話を遮ってしまってごめんなさい。でも話を聞いていて、彼女に
きたことで、余計な手間が省けた。
リッジへと振り向こうとしたが、その前にアンブリッジが前へと出て
る よ う に ア ン ブ リ ッ ジ へ と 向 け る フ リ ッ ト ウ ィ ッ ク。私 も ア ン ブ
二度の妨害に嫌気が差したのか言葉は丁寧に、表情は嫌なものを見
?
﹂
﹂
のようなことは言いたくはないのよ。でもね、叶わない希望は早いう
一体どういうことですかな
ちになくなったほうが、この子の為ではないかしら
﹁叶わない希望
?
?
﹂
?
アンブリッジはそう言って私へと顔を向ける。その顔は、いつもの
許可することは出来ませんの。なぜだかお分かりになるかしら
すが、残念なことですが魔法省としては今の彼女にそのようなことを
を行うには魔法省へ届出をした後に許可を得る必要があります。で
この子の希望では自営業を営もうとしているようですが、個人が商い
﹁どうもこうも言葉通りの意味ですよ、フリットウィック先生。まず、
?
512
?
ように歪んだ笑みを携えていた。
﹁分からないですね。どうしてでしょうか
﹂
はマグル生まれでしょ 魔法省は魔法界に属する者の身分証明の
とをするには、明確な身元の証明が必要となります。でも、確か貴女
﹁簡単なことですよ。個人が商いという、一種の取引・契約と呼べるこ
?
ん
﹂
﹁そんな無茶苦茶な
そのようなことが認められるはずがありませ
〟という証明が必要となるのよ﹂
身分証明│││〝純血または両親のどちらかが魔女・魔法使いである
なのですが、個人が商いによる取引・契約を行うには、〝B〟以上の
歴の証明〟しか適応されないのです。そして、これも改定される予定
ル育ちの魔女・魔法使いの身分証明は〝D〟│││〝自身の出生と学
ているでしょう。その基準に則る場合、魔法族との関わりのないマグ
基準を大きく改定する予定です。貴女が卒業するまでには施行され
?
﹁そうでしょう、貴女なら理解してくれると思っていたわ。でも、安心
ではと思うほどの表情をした。
私が納得したことを伝えると、アンブリッジは耳まで口角が届くの
﹁そうですか│││なら、仕方がありませんね﹂
ている以上は知っている可能性もあるか。
とではあるが。いや、死喰い人であるルシウスが魔法省に深く関わっ
はずだ。とはいえ、その事実を魔法省が知らない以上は意味のないこ
際のところ、私の母親は純血の魔女であるのだから〝B〟に該当する
は〝D〟のようなので店を構えることは出来ないらしいが│││実
アンブリッジの言った新たに作られる法律によれば、私の身分証明
ジは、その全てを聞き流しているようだ。
が普段見られないほど口荒くして抗議している。対するアンブリッ
アンブリッジの一方的かつ暴権に満ちた言動に、フリットウィック
のだから、何も問題はないのよ﹂
浸透していたことですよ。それを明確に法律として区別するだけな
﹁いえ、いえ、いえ。これは今までも、暗黙の了解として長く魔法界に
!?
して。魔法省は賢く理解ある者には相応の対応をしますわ。よけれ
513
!
﹂
ば、そのことに関して今度、じっくりとお話を﹁では、卒業したらマ
グルの世界で自立することにします﹂│││なんですって
アンブリッジの言葉を遮って告げた言葉に、アンブリッジは表情を
強張らせた。
﹁魔法界でお店が出せないのであれば、マグルの世界でお店を出すと
言ったんです。マグルの世界であれば魔法界での身分証明は関係あ
りませんしね。あぁ、確か魔法省はイギリスの首相と繋がりがあるん
でしたか。でしたら国外│││フランスか日本とかに国籍を移すと
いうのも手段の一つではありますね。フランスの国籍は元々持って
いますし、日本の文化には前々から興味がありましたから、ちょうど
良いかもしれないですね﹂
結局のところ、アンブリッジの言っていることはイギリス魔法界の
支配が及ぶ範囲内でのみ有効なものに過ぎない。フリットウィック
も言っていたように、魔法省というのは規模に差はあるものの、魔法
文化を有する全ての国に存在する機関だ。世界各地の魔法省同士に
よる交流は行われているが、必要以上の干渉は行われないし出来るも
のでもない。下手をすれば国際的な信用を失うこともあり得るのだ
から当然だ。そして万が一、国際的信用を失った場合にその負債を最
も受けるのは魔法大臣│││イギリス魔法省であればファッジであ
る。ファッジが大臣の座に固執している以上は、自らの立場を危うく
するようなことを行うとは考えられない。
﹁ですが、その場合はとてつもない苦労をすることになりますよ。生
まれ住んだ国を離れるということは、言葉で言うほど簡単なことでは
ありませんし、若いうちから独立するというのは、そうそうできるこ
とではないですよ﹂
フリットウィックの言うことは当然理解している。もし本当にイ
ギリスを離れると言うことになったら、それ相応の苦労があるだろ
う。
﹁勿論、わかっています。幸い、フランスの方には知人もいますし、日
本にもお世話になった人がいます。昔、困ったことがあれば遠慮なく
頼ってくれと言われたので、そのときになれば頼ろうと思います﹂
514
?
﹁│││そのようなことが認められると思っているの
﹂
ト支配の政治よりはまだマシである│││はずだ。
﹂
ことを必要以上にしてくる無能の役立たずではあるが、ヴォルデモー
害がどれほどのものかは、想像するに難くない。今の魔法省も余計な
純血主義による差別。それらが合法化されることによって生じる被
ていた活動が合法化されるということだ。人殺し、人攫い、闇の魔法、
ト率いる闇の陣営が権力を握るということは、今までは取り締まられ
尤も、そうなった場合に今度は別の問題が出てくる。ヴォルデモー
する必要がないということだ。
とも出来なくなる。余計なのがいなければ、私も必要以上に労力を労
盾もなくなるということであり、先ほどアンブリッジが言っていたこ
そして、ファッジが魔法大臣の座から降りればアンブリッジの後ろ
デモートが力を蓄えていることを鑑みるに時間の問題である。
組織力という点で優位にあるために過干渉はされていないが、ヴォル
ヴォルデモート率いる闇の陣営によって陥落するだろう。今はまだ
ファッジを魔法大臣とした現在の魔法省は、そう遠くないうちに
﹁そもそも、私が卒業するまでに今の魔法省があるとは思えないしね﹂
気にすることではないだろう。
私の希望│││特に国外へと行くことに難色を示してはいたが、まぁ
営業ということでフリットウィックに伝えた。フリットウィックは
に教室へと向う。とりあえず、今回の話し合いでは私の第一志望は自
アンブリッジが足早に部屋から出て行き、私も次の授業があるため
﹁少し長居し過ぎたようね。次の授業の準備があるから失礼するわ﹂
でそれも終わった。
アンブリッジと視線を交差させていたが、廊下が騒がしくなったこと
アンブリッジの言葉に対して、皮肉を込めた言葉を返す。僅かな間
ませんが
﹁この件に関してはアンブリッジ先生や魔法省の許可が必要とは思え
?
一番の展開は、魔法省の膿を全て一掃したあとに、ダンブルドアを
大臣に据えることなのだが。
﹁ま、無理でしょうね﹂
515
?
◆
﹁ねぇ、アリス。アリスからもハリーに言ってちょうだい﹂
試験も一ヶ月先に迫り、多くの生徒で溢れかえる図書室の一角。い
つもの指定席で勉強をしていると、ハーマイオニーがハリーとロンを
引き連れてやってきた。この二人はいつもハーマイオニーに引っ張
﹂
られているなという、比較的どうでもいい感想はさておき。
﹁いつもいつも唐突ね。今度は何をやったのかしら
﹁今度はって、どういうことさ﹂
﹂
ついこの間、アンブリッジの部屋に潜り込んでシリウスと
のかしら
﹂
リー、この件が貴方一人だけの問題ではないというのを理解している
﹁は ぁ │ │ │ あ れ か ら ど れ だ け の 時 間 を 無 駄 に し て い る の や ら。ハ
の態度なので痺れを切らしたようだ。
言っても返事をするだけで行動に移そうとせず、ロンもどっちつかず
な っ て き た 夢 に の め り 込 ん で い る ら し い。ハ ー マ イ オ ニ ー が 何 を
にスネイプとの〝閉心術〟の訓練に戻っておらず、頻繁に見るように
ニーへと視線を向ける。ハーマイオニーの話を聞くに、ハリーは未だ
反論してきたハリーに対して一言言って黙らせた後、ハーマイオ
話していたのは、誰だったかしら
﹁あら
?
と言っても、抵抗の意思までなくしてはいないわよね
精神的な干
めの〝閉心術〟であるわけだけど。一つ聞くけれど、自由がきかない
言ったところで意味はないわね。尤も、そのような状況にならないた
﹁そう│││まぁ、自由意志がきかない状況のことについて、どうこう
直ぐ私へと向けてくる。
私の言葉に僅かにでも苛立ったのか、語気を荒げながら視線を真っ
関係なしに動いているんだ﹂
けじゃないんだ。少しでも夢の中に入っちゃったら、自分の意思とは
﹁言われなくても分かってるさ。僕だって、いつも好きで見ているわ
呆れを含ませてハリーへと問いかける。
?
?
516
?
?
渉は完全に精神を支配されていても、強く抵抗の意思を続けていれば
僅かに緩み、干渉者に隙が生じた瞬間に支配から抜けることが可能な
のだから。これは、前にも言ったわよね﹂
﹂
﹁あぁ、うん。ちゃんとやってるよ。でも、相手の隙なんて見つからな
いんだ﹂
﹁│││嘘ね﹂
本当に夢の中じゃどうしようもないんだ
ハリーの言葉を一言で叩き切る。
﹁う、嘘じゃないよ
!
﹂
ハリーだって頑張ってる
最初は抵抗していたみたいだけど、今となっては夢の続きを
﹁アリス、それってどういうこと
﹂
言えるかだけど│││勿論、確信しているからよ﹂
かれないようにしたほうがいいわよ。あと、何で確信しているように
﹁ロンが助けに入ってきて安心するのは勝手だけれど、するなら気づ
の際に、ハリーが微かに安堵の息を吐いたのを私は見逃さなかった。
ハリーの言葉を全て否定していると、ロンが横槍を入れてくる。そ
何でそこまで確信しているように言えるんだよ﹂
んだぜ。夢を見ていたときはいつも苦しそうな様子なんだ。それに、
﹁おい、アリス。流石に言いすぎだろう
見ることを自ら望んでいるわよね
しょ
けど、ハリーはそんな状況に陥っていても抵抗する気なんてないんで
﹁いいえ、嘘ね。夢の中では本当にどうしようもないのかもしれない
!
を覗かれるときは嫌な圧力みたいなのが押しかかってきたんだ。ス
﹁〝開心術〟を使ったって│││で、でも、スネイプとの訓練じゃ、心
ものだけど、ハリーはそれ以前の問題﹂
心術〟を疑って、〝閉心術〟を使うなり視線をずらして逃れたりする
すら気がつかないレベルね。僅かにでも違和感を感じ取れれば〝開
﹁これが今のハリーの実力よ。相手が〝開心術〟を使っていることに
る。
その一言で理解したのか、三人は驚愕といった感じで目を見開かせ
ね﹂
﹁簡単なことよ│││ハリーって、本当に〝開心術〟対して無防備よ
?
517
?
?
?
そんなスネイプからだって覗かれているって感じることが出
ネイプは、その、〝閉心術〟にしろ〝開心術〟にしろ、優秀なんだろ
う
来たのに﹂
﹁それはスネイプがハリーにも感じ取れるように、わざと荒く〝開心
優秀な術師は、相手に一切気づ
術〟をかけていただけね。そもそも、〝開心術〟に気づくこともでき
なければ訓練も出来ないでしょう
た場合は、どちらもそれを感じ取ることが出来る。
?
しょう
﹂
めるわ│││自分の意固地で、周りの人達を危険に晒したくはないで
を教わるように言ったのだろうから、素直に訓練を再開することを勧
れるわよ。それを防ぐために、ダンブルドアがスネイプに〝閉心術〟
リーはヴォルデモートとの繋がりがあるみたいだし、余計に過干渉さ
﹁自 分 が ど れ だ け 無 防 備 に 心 を 晒 し て い る か 分 か っ た か し ら
ハ
合は気づかれずに出来るが、私とスネイプが互いに〝開心術〟を掛け
の限りではない。私やスネイプがハリーへと〝開心術〟を掛けた場
尤も、それは実力に開きがある場合であり、拮抗している場合はそ
かれずに心を覗くことが出来るものよ﹂
?
れ程のものかが窺える。
ブズの悪戯に手を貸しているのだから、アンブリッジの嫌われ様がど
るどころか逆に支援しているほどだ。あのマクゴナガルでさえピー
リッジと、アンブリッジに与する者達に絞られているので、取り締ま
教師によって取り締まられているのだが、悪戯の対象がほぼアンブ
通りに暴れ回っている。普段以上に暴れ回っているので、いつもなら
戯にピーブズは尊敬の念か何かを抱いていたのか、二人の残した言葉
役割を引き継ぐように発破をかけたのだ。二人が行った数多くの悪
学した際に起こした騒動が原因であり、二人がピーブズへと自分達の
出来ない。というのも、数日前にフレッドとジョージの二人が自首退
以前にも増して悪戯への熱が上がっているので、中々捕まえることが
で、久しぶりにピーブズにでも会いに行こうか。最近のピーブズは、
いが、勉強をする気分にはなれない。適当に気分転換でもしたいの
もう話すことはないと、荷物を手に持って席を立つ。とてもではな
?
518
?
そんなことを考えながら歩いていると、玄関ホールへと続く階段の
上に浮かんでいるピーブズを見つけた。手には特大の如雨露を持っ
ており、階段に向けて中身を撒き散らしているようだ。ピーブズは如
雨露の中身を巻き終えたのか、その場から離れて移動し上階へと登っ
ていった。
一体何を巻いていたのか近付いて確認してみると、階段には水とは
違う光沢をした液体が巻き散らかされている。それを指先で掬い取
り確かめると、どうやら油のようだ。このことから、ピーブズは大量
の油を如雨露に入れて階段に撒き散らかしているということだが│
││。
﹁これは悪戯にしては危なすぎるわね﹂
アンブリッジだけが引っかかるならともかく、この階段は多くの生
徒が使用するので、このままでは非常に危険だ。杖を一振りして油を
消し去ると、ピーブズを追って上階へと登っていく。ちょうどいいの
で、折檻ともっと効率のいい特定人物をピンポイントで狙える悪戯を
教えるとしよう。
◆
六 月 に 入 り、つ い に O.W.L 試 験 の 日 が や っ て き た。こ こ 数 日
間、五年生と七年生はかなり神経質になっており、食事も満足に取ら
ずに復習に時間を割いていた。談話室は夜遅くまで明かりが灯り、時
には夜通しで勉強をしていた生徒もいたらしい。
朝食が終わり、一旦玄関ホールへと出されてから再び大広間へと入
ると、四つある寮テーブルは片付けられており、一人用の机が等間隔
で並べられていた。試験官の指示通りに次々着席していき、準備が
整ったところで始まりの合図が告げられた。合図と共に一斉に羊皮
紙を捲る音がし、次には羽根ペンを走らす音が静かに響き渡る。
私も羽根ペンを手に取り、インクに浸しながら羊皮紙に書かれてい
る問題を読んでいく。最初の試験は呪文学の筆記試験で、午後には実
技試験が控えている。
519
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
︻Ⅰ│ⅰ︼
︵a︶物体を飛ばすために必要な呪文を述べよ。
︵b︶さらにそのための杖の動きを記述せよ。
︻Ⅰ│ⅰⅰ︼
︵a︶閉じられた鍵を開錠するために必要な呪文を述べよ。
︵b︶またその呪文の反対呪文を述べよ。
︵C︶またその呪文では開錠することの出来ない場合はどのようなと
きか述べよ。
︻Ⅰ│ⅰii︼
︵a︶光を灯す呪文とその反対呪文を述べよ。
︵b︶この呪文で灯すことの出来る平均的範囲はどの程度か述べよ。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
一通り問題を眺めてから、一つずつ問題を解いていく。全部で五十
問あるが殆どは基本的なもので、最後の十五問が応用問題という構成
だ。試験時間は二時間だが、全ての問題に淀みなく答えられたこと
で、一時間後には全ての回答を埋め終えた。
午前の筆記試験が終わり、昼食と休憩を挟んだ後に実技試験が行わ
れた。何人かのグループごとに、待機している小部屋から大広間へと
呼ばれて試験が行われていく。
開始から一時間程経ったころに私の名前が呼ばれ、大広間へと出て
行く。どうやらドラコも同じグループであるらしく、部屋を出て私を
一瞥したあと試験官が座っているスペースへと進んでいった。
呪文学の実技試験は〝浮遊呪文〟や〝変色呪文〟、〝開錠呪文〟、
〝閉錠呪文〟、〝成長呪文〟、〝呼び寄せ呪文〟、〝燃焼呪文〟、〝
凝結呪文〟といった指示された呪文と、試験官が提示した中から選択
する呪文を行った。結果は順調で、これといった問題もなく全ての呪
文をこなしていった。
正直なところ、O.W.Lとしての試験がこんなに簡単でもいいの
かと思ったが、パドマ曰く、私のような意見は限りなく少数派である
ようなので、口には出さずに心の内に留めておいた。
520
火曜日は変身術の試験が行われた。午前の筆記試験では、学科自体
の難易度の違いなのか、呪文学よりも難しい問題となっていた。変身
術における様々な定義や法則、禁忌とされる事柄を正確に記述しない
といけない上に、問い一の答えを元に問い二の答えを求めるという、
最初で躓いたら連鎖的にそれ以降の答えも不正解となる厄介な問題
も多数あった。
実技は、マッチ棒をゴブレットに変身させるような基本的なものか
ら、鼠を小型以上の動物に変身させるもの、〝消失呪文〟で自らが変
身させたものを消失させることなどだ。
水曜日は薬草学の試験で、筆記試験は各種薬草や魔法植物の効能や
生息域、それぞれの飼育法や注意することなど。実技試験は用意され
た薬草を分別することと、同じく用意された魔法植物のおかしな部分
を見つけ、それを治すにはどうすればいいかを考察するというもの
だ。
木曜日には闇の魔術に対する防衛術の試験が行われた。筆記試験
は特徴が記述された魔法生物の名前を答えるものから始まり、魔法生
物の対処法と必要な呪文、杖の振り方、特定魔法生物の特徴など。そ
の中でも、最後の問題である﹁これまでの問題で取り上げられた魔法
生物以外の魔法生物について自由に記述せよ﹂というのが多くの生徒
を苦しめた。明確な答えが求められているわけではなく、何をどう答
えるかが全て自身で判断しなければならない問題だ。一つのことに
ついて詳細に答えるのが正しいのか、詳細でなくとも多くの答えを出
すのが正しいのか。はたまた両方なのか。
実技は魔法薬と同じように、小部屋から何人かのグループごとに呼
ばれるかたちで行われた。試験官が放つ呪文を防衛呪文で防ぐ、魔法
が掛けられた道具に正しい対処を行う、人形相手に指示された呪文を
ぶつける、ボガートを初めとする魔法生物と実際に相対して退治する
など。
それら全てを間違えることなく達成して退出しようとしたその時、
銀色の光が大広間の端から放たれた。反射的に振り向いてそれを見
521
ると、牡鹿の守護霊が大広間を大きく旋回しており、ほどなくして霞
みとなり消えていった。同時に守護霊が放たれた場所から拍手と褒
め称える言葉が聞こえ、そちらに視線を向けるとハリーが杖を構えて
立っている。ハリーは試験官と一言二言話してから退出し、扉前で様
子を見ていたアンブリッジへと一瞬だけ顔を向けて出て行った。
試験官に一言声を掛けてから私も退出し、大広間から出て行く。何
でハリーは守護霊を出したのか気になったものの、大方どこかでハ
リーが守護霊を創り出せることを聞いた試験官が、見せてくれないか
と で も 言 っ た の だ ろ う と 結 論 付 け る。守 護 霊 は N.E.W.T 以 上
の呪文なので、五年生のハリーが使えるとなれば、試験官としては気
になるのだろう。
その後も、金曜日に古代ルーン文字学、土日を挟んで月曜日に魔法
薬学、火曜日に魔法生物飼育学、水曜日の午前に天文学、午後に数占
い学、その日の夜に天文学の実技が行われた。あとは、今日の午後か
らの魔法史の試験が終わればO.W.Lも終わりだ。
しかし、問題というものは起きるものらしい。
水曜日の夜、天文学の実技を行っている最中にそれは起こった。ア
ンブリッジが四人の魔法使いを率いてハグリッドの小屋を襲撃した
のだ。その結果、ハグリッドは襲い掛かる魔法使いを気絶させての逃
亡、騒動を止めに来たマクゴナガルは同時に放たれた〝失神呪文〟を
胸に受けて意識不明の重態となり、現在はマダム・ポンフリーが治療
に当たっている。この一件についてアンブリッジを非難する声が上
がるも、校長に対して不敬な物言いをした者は退学という言葉を盾に
されてしまい、黙殺されてしまう。
翌日、魔法史の試験を行っている時にも問題が発生した。問題と言
うよりはちょっとした騒ぎだが。というのも、試験が終わるかという
時に、突如としてハリーが大声を上げながら椅子から転落したのだ。
大広間は騒然とし、誰もがハリーへと視線を向けていたが、ハリーが
試験官の一人に連れて行かれると共に、残った試験官の声に従って試
験へと戻っていった。
試験が終わり、解散が言い渡されると同時に、ハーマイオニーとロ
522
ンが大急ぎで大広間から出て行った。恐らく、ハリーのところへと
行ったのだろう。一応、私も二人に続いてハリーを探しに向うことに
する。これでも、一応は騎士団に入っている身なので、ハリーの異常
を見過ごすことは出来ないのだ。以前に、ハリーが激しい頭痛を引き
起こしているときは、ヴォルデモートが何かしらの干渉をしてきてい
る可能性が高いということは聞かされている。ならば、今回のもヴォ
ルデモートの干渉によるものである可能性が高い。
とりあえず、体調不良ということで連れ出されたため保健室へと
向ってみるものの、そこにハリーはおらず、何故か怒っているマダム・
ポンフリーがいるだけだった。マクゴナガルがベッドにいないので
尋ねてみると、昨日の夜のうちに聖マンゴへと移されたらしい。
﹁さて、と。保健室にいないとなると、どこを探したものやら﹂
当てもないので、混雑し始めた廊下を適当に歩いていると、すれ違
う生徒が気になることを話していた。話の内容は、誰かが廊下に〝首
523
絞めガス〟を散布したから、その通路一帯が通行禁止になっていると
いうものだったが、その場所というのが気になったのだ。そこはアン
ブリッジの部屋がある廊下であり、急いでもいない限りは滅多に生徒
は通らない場所である。そんな場所に、試験が終わってすぐに〝首絞
めガス〟なんてものを流す者が、はたしているのだろうか。いたとし
ても何のために
ジの部屋目指して階段を登っていった。
恐らく避けられないだろう事態に溜め息を吐きながら、アンブリッ
﹁嫌な予感しかしないわね﹂
だという可能性が十分にあり得る。
い。であれば、〝首絞めガス〟が散布されているという情報自体が嘘
本人であれば分かるだろうが、犯人が現場に留まっているわけもな
あった者がいるならば保健室に運び込まれているはずだ。散布した
害にでも合わない限り、本当にあるのか分かりようがないし、被害に
無色のガスという話だが、そんなものは実際に〝首絞めガス〟の被
﹁│││誰も近付かせたくない、ということかしら﹂
?
﹁やっぱりね﹂
アンブリッジの部屋から僅かに離れた柱の影、そこに〝目くらまし
〟をしながら様子を窺う。アンブリッジの部屋の扉は閉じられてい
るものの、アンブリッジの声が大きいために会話は丸聞こえだった│
││アンブリッジの声のみだが。
来る途中に上海を呼び出して、城の外からアンブリッジの窓を通し
て部屋の様子を窺わせることで、部屋の様子は把握できている。部屋
にはアンブリッジとハリーの他に、ハーマイオニー、ロン、ルーナ、ジ
ニー、セドリックと、ドラコを初めとする尋問官親衛隊がいるようだ。
恐らく、騒ぎを起こしてアンブリッジの部屋で何かをしようとした
が、失敗に終わって現在にいたるといったところだろう。セドリック
がいながら、何でこのような危険な行動に出たのかは分からないが、
アンブリッジのヒートアップぶりを聞いていると、そう悠長に考えて
いる暇もなさそうだ。
﹁│││ドラコ、スネイプ先生を呼んできなさい﹂
アンブリッジの言葉が聞こえ、少しの間を置いてドラコが部屋から
出てくる。ドラコは扉を閉めると、地下室に向って走り出した。今こ
こでドラコを気絶させて、隙を見て部屋を制圧しようかとも考えた
が、狭い部屋の中では乱戦になる可能性があるし、ハリー達を盾にさ
れても面倒なので、この案は見送ることにする。
少しして、ドラコがスネイプを引き連れて戻り部屋へと入る。どう
やら、アンブリッジはスネイプに〝真実薬〟を寄こすように言ってい
るようだが、どうにも上手く事が運んではいないようで、癇癪を起こ
している。スネイプがアンブリッジの言葉に素直に従って部屋を出
ようとする瞬間、ハリーが突如として叫んだ。アレが隠されている場
所で、パッドフットが捕まったと。
アンブリッジは、ハリーが何を言っているのか分かっていないよう
だが、スネイプも私も、ハリーが何を言っているのかが理解できた。
パッドフット│││つまりシリウスがヴォルデモートに捕まったと
524
いうことだ。あの場所、というのが私には分からないが、この際場所
は関係ない。問題はシリウスが捕まったということだ。もしそれが
事実であれば、騎士団の秘密の殆どがヴォルデモートに知られてしま
う可能性があり得る。シリウスは、騎士団本部に滞在している時間が
最も多いため、必然的に多くの情報を知りえる立場にあるのだ。
﹁さて。ポッターが何を言っているかなど、皆目見当もつきませんな﹂
スネイプはハリーの言葉を切って捨てているが、それは仕方のない
ことだろう。態々アンブリッジの前で、馬鹿正直に受け答えするはず
がない。
スネイプは部屋から退出し、少し歩いたところで足早に走り出し
た。
﹁│││スネイプ先生﹂
スネイプに併走しながら小声で話しかける。スネイプは僅かに顔
を強張らせるが、すぐにいつも通りの表情に戻る。
525
﹁マーガトロイドか。いまここにいるということは、凡その事情は把
握しているな。我輩は事の真偽を確認する。お前はポッター達を見
﹂
張れ。トチ狂ってホグワーツを抜け出されては面倒だ﹂
﹁ハリーの自制がきかない場合は
﹁気絶させてでも行かせるな﹂
三人が見えなくなったのを確認して、ローブの裏に作った隠しポ
のまま、ハーマイオニーが先導する形で移動していった。
ジの部屋の近くに戻ると同時に、三人が部屋から出てくる。三人はそ
ニーを連れてどこかへと行こうとしているようだ。私がアンブリッ
上海を通してみる様子だと、アンブリッジがハリーとハーマイオ
が。
がこのまま大人しくしているとも思えないので、概ね同意見ではある
抜け出すことが分かっているかのような言葉だ。まぁ、私もハリー達
ワーツから出て行かないか見張れとは。まるで、ハリーが今の状況を
リッジがハリーに何かしないか見張れ│││ではなく、ハリーがホグ
の場で引き返し、アンブリッジの部屋に戻る。それにしても、アンブ
そう言いきると、スネイプはいっそう足早に去っていった。私はそ
?
ケットからカードが収納してあるホルダーを取り出す。ホルダーを
捲り、その中から一枚のカードを取り出すと同時に呪文を唱える。呪
文を唱えると、カードに描かれた魔法陣が僅かに発光して、〝姿現し
〟をしたような音と共に蓬莱が現れた。
﹁アンブリッジとハリー、ハーマイオニーの三人を追って頂戴。気づ
かれないようにね﹂
蓬莱は了解の意を返すと、姿を消しながら廊下の向こうへと消えて
いった。
今回私が使ったカードは、離れた場所にいる人形や道具を呼び出す
魔法具だ。これは、〝呼び寄せ呪文〟と同系統の呪文が込められてい
るカードを使って、そのカードに対応するものを呼び出すものであ
る。一見すると難しそうな呪文と思えるが、実際にはそこまでのもの
ではない。魔法具として使用できるようにする加工が手間であって、
呪文そのものは低学年生でも使用できる。上海のことも、このカード
526
を使って呼び出したのだ│││ヴワルから呼び出せるようにするま
で、かなりの試行錯誤をしたものだが、その甲斐はあったと思ってい
る。
改めて、上海を通してみる部屋の中を確認する。ロンとネビルが抵
抗しているようだが、完璧にホールドされているため効果はなさそう
だ。セドリックは冷静に隙を窺っているようだが、ジニーとルーナが
杖を突きつけられている現状では行動に移し辛いか。
扉の前まで音をたてないように移動し、杖を出して奇襲の準備をす
る。上海は一度窓から離れさせて、ランスを持って待機するように指
示した後、タイミングを見計らい全力でランスを部屋目掛けて投擲さ
せた。
硝子が砕ける音と同時に部屋へと侵入。素早く杖を振るい、〝失神
呪文〟を無言呪文として放つ。連続で放ったそれは、寸分の狂いなく
﹂
﹂
ドラコ達に当たり、全員がその場に崩れ落ちた。
﹁えっ、アリス
﹁こんにちは、ジニー。怪我はなかったかしら
最初に私に反応したジニーへと適当に返答しながら撃ちもらしが
?
!?
﹂
ないかどうかを確認する。
﹁ど、どうしてここに
﹂
﹂
急いでハリーとハーマイオニーを追わないと
も暴れられることはないだろう。
﹁そうだ
ネビル、大丈夫
リッジの奴が何する前に助けなきゃ
﹁待ってロン
!
﹂
?
視覚を繋いだままでいるのは危険が大きかったので、大まかな場所を
ないと生い茂る植物の蔓や棘に引っかかってしまう。流石に、蓬莱と
く、木々の間から零れる僅かな光しか光源がないため、注意して進ま
途中で上海と合流し、森へと入る。森の中は校庭よりもずっと暗
暗くなっており、もうすぐで夜になるだろう。
な声がする大広間の前を通り過ぎ、校庭へと飛び出す。外はすでに薄
ル、ルーナ、ジニーが追ってきている。階段を降り、夕食中の賑やか
森へと向う。私の後ろにセドリックとロンが続き、その後ろをネビ
ハリー達を追っている蓬莱と視覚を繋ぎながら廊下を駆け出して
うなので治療はいいだろう。
我をしているようだが、軽症のようだし、本人も気にしてはいないよ
セドリックの問いに答えつつも、ネビルの治療を終える。ロンも怪
たいだし、早めに追いかけた方がよさそうね﹂
﹁三人なら、今は禁じられた森にいるわね。結構奥まで行っているみ
と視線を向ける。
くる。ネビルの顔にできた痣と鼻血を治療しながら、禁じられた森へ
ネビルが立ち上げるのに手を貸しながら、セドリックがそう聞いて
達がどこへ向ったか分からないかい
﹁だけど、追うにしても三人がどこに向ったのか│││アリス、ハリー
へ﹂
﹁だ、大丈夫。ありがとうジニー。僕なんかより、早くハリーのところ
?
アンブ
気絶しているドラコ達を縄で縛り上げていく。これで目が覚めて
いるから別にいいけれど。 インカーセラス │縛れ﹂
﹁それは寧ろ、私が聞きたいことだけどね。まぁ、大体の予想は出来て
?
確認してから視覚共有を切る。
527
!
!
!
こうも植物が鬱陶しいと魔法で一気に焼き払いたくもなるが、この
﹂
﹂
森でそのようなことをするのは非常に危険であるため考えるだけに
留める。
﹁│││え
﹁どうしたんだ
う。
﹂
﹂
│││はぁ
一体どうしたの
﹁何があったの
てる
﹁アリス
止めなさッ│││もう飛んでいっ
!?
﹁アリス
﹂
ていたからだ。
にいた。というのも、蓬莱から教えられたことに対して、非常に呆れ
ジニーが何があったのかと尋ねてくるが、私はそれにすぐに答えず
?
?
る蓬莱から連絡が入っきて、その内容に思わず疑問の声を上げてしま
暫く歩き、倒れた大木の隙間を通り抜けた時、ハリー達を追ってい
?
?
!
から。
﹁ちょ、ちょっと待ってくれよ
﹂
どうしてそんなことが分かるんだ
ジに連れて行かれた二人が、いつの間にか魔法省へと向っているのだ
そう伝えると、全員が驚きを露わにする。無理もない、アンブリッ
イオニーも一緒よ﹂
﹁│││ハリーが魔法省に向って行ったらしいわ。ちなみに、ハーマ
?
﹁アンブリッジはどうしたの
それにどうやって魔法省に
﹂
?
なくちゃ
﹂
﹁そんなこと話している場合じゃないだろう
早く二人を追いかけ
ということは、近くにアンブリッジはいないでしょう﹂
ないわね。まぁ、二人でセストラルに乗りながら魔法省へ向っている
﹁セストラルで移動しているみたいよ。アンブリッジのことは分から
?
!
リ ウ ス が 捕 ま っ て い る 場 所 と い う の は 魔 法 省 で あ る 可 能 性 が 高 い。
確かに、ロンの言うとおりだろう。今ある情報から推察するに、シ
!
528
?
!?
﹁二人の後を蓬莱が追っていたのよ。その蓬莱から連絡が入ったの﹂
!?
もしそれが事実であれば、今の魔法省には死喰い人が潜入しているだ
ろう。そんなところにハリーが乗り込んでいったら、どうなるかなど
考えるまでもない。
ハリー達と同様に、セストラルで追いかけるために分かれてセスト
ラルを探す。幸いにも、そう時間を掛けずにセストラルの群れを見つ
けることが出来た。私やルーナが、手伝いながら全員をセストラルの
背に乗せていく。そうして、全員の準備が終えたところでセストラル
が一斉に羽ばたき空へと舞い上がった。
﹁エクスペクト・パトローナム │守護霊よ来たれ﹂
本格的に移動を始める前に、守護霊に伝言を乗せてスネイプへと飛
ばす。こうなってしまった以上は、何とかスネイプに騎士団へと連絡
を繋いでもらって応援を送ってもらうしかない。魔法省にて、最悪死
喰い人と戦いにでもなったら私達だけで切り抜けるのは困難である
し、ヴォルデモートが加わりでもしたら目も当てられない。
ハリーが飛び立つ前に合流できていれば、力尽くでも取り押さえる
ことが出来たのだが、いない以上はそれも出来ない。本音を言えば、
敵の巣穴に向うなんていう真似をしたくはないのだが、簡単に見捨て
る訳にもいかない。
﹁はぁ﹂
これから訪れるであろう事態に溜め息をつきながら、暗闇に覆われ
る空を掻き分けるようにロンドンへと向っていく。
529
戦場
長い間セストラルの背に乗り続け、眼下のロンドンから光の大部分
が失われてきた頃に、私達は魔法省の入り口に到着した。そこは古臭
い電話ボックスが通りに隠れるようにして置かれている場所だった。
﹂
一つだけある街灯だけが道を照らしているのみで、道の奥へと行くほ
どに闇に包まれている。
﹁ハリーとハーマイオニーはどこだ
ふらつきながらも一番に降り立ったロンが路地周辺を見渡すも、ハ
リーとハーマイオニーの姿はどこにも見当たらず、疑問の声を上げ
る。そんなロンを尻目にして、私は一直線に電話ボックスへと進んで
いく。そして、電話ボックスの後ろにハリー達に付けていた蓬莱が寝
かせてあるのを発見した。
それを目にした瞬間、急いで、そして優しく蓬莱を抱きかかえる。
﹂
目立った外傷もなく、意識を失っていることから〝失神呪文〟によっ
て気絶させられたのだと判断した。
﹁アリス、その人形はどうしたんだい
る。
﹁〝 失 神 呪 文 〟 で 気 絶 し て い る の よ。恐 ら く、や っ た の は ハ リ ー か
ハーマイオニーのどちらかね﹂
蓬莱には、二人が魔法省へと入らないよう足止めをしておくように
と伝えていた。それなのに、こうやって蓬莱がここにいる以上は、足
止めは失敗してしまったということだろう。であれば、二人は既に魔
法省の中へと入っている可能性が高い。
﹁エネルベート │活きよ﹂
ロン達を集めるようセドリックに頼んでから、反対呪文を唱えて蓬
莱を目覚めさせる。そうして、覚醒した蓬莱から話を聞いていると、
ハリーが電話ボックスへと無理やり入ろうとしたところまでは覚え
ているようであり、気がついたらこの現状というわけだ。
ハリーとハーマイオニーが魔法省の中へと入ったことを知り、後を
530
?
セドリックが私の横へと回りこみ、腕の中の蓬莱を見て尋ねてく
?
追 う た め に ロ ン と セ ド リ ッ ク の 案 内 の 元 に 電 話 ボ ッ ク ス へ と 入 る。
私の位置からは見えないが、電話のダイヤルを回して名前と来訪目的
を告げるようだ。そうしてエレベーターのように下へと下がってい
き、暗い空間が暫く続いた後に明かりが灯る場所へと出た。そこは広
い廊下のような場所であり、床板は光を反射するほどに磨き上げら
れ、壁にはいくつもの暖炉が設置されている。道の先には広くなって
いるホールがあり、その中央には白い水盆の上に黄金の像が置かれて
いる噴水があった。
﹁へぇ、ここが魔法省ね﹂
既に業務を終えたのか、本来であれば人が溢れているのだろうと思
いながら辺りを見渡す。そこで、ふとした違和感に気づいた。
﹂
﹁ねぇ、セドリック。魔法省というのは、業務が終われば全く人がいな
くなるような場所なの
そう、仮にもイギリス魔法界を牛耳る政治機関であるにも関わら
ず、人の気配がまったく感じられないのだ。もし業務時間外に無人に
なるならば、その間魔法省には入れないようにするだろうし、入れる
ならばすぐ傍にある守衛室に誰かがが待機しているのが普通だ。政
治機関が鍵開けっ放しの入場自由とか、無用心以前の問題だろう。
﹁いや、そんなはずはない。魔法省には二十四時間対応している部署
もあるし、夜は人が少ない分、警備の人が増えるようになっている。
もし何らかの理由で魔法省に人がいない場合は、誰も入れないように
完全に封鎖されるはずだ﹂
﹁まぁ、普通はそうでしょうね。ていうことは、今のこの現状は、まず
起こりえない異常事態ということね﹂
魔法省の奥へと走り出したロン達を追いかけながら、注意深く辺り
を見渡す。ここからでも多くの部屋を見ることができるが、そのどれ
もが明かりがあるにも関わらず、人影が見当たらない。もしかした
ら、死喰い人によって制圧されているのかとも考えたが、それにして
は争った形跡が一つも見当たらないし、制圧されているとしたら、入
り口に待ち伏せされていて終わりだろう。
念のため、この先なにがあるかわからないので、万が一に備えて一
531
?
枚のカードを目立たない場所に張り付けておく。
ホール奥にあるエレベーターに乗り込み、下の階へと降りていく。
ロンが押したボタン横には〝神秘部〟という曇った金のプレートが
打ち込まれている。ロンが言うには、ハリーが夢で度々見ていたとい
う場所が神秘部らしい。神秘部といえば、去年の冬にウィーズリーさ
んが負傷した場所でもあったはずだ。そこで今度は、シリウスが負傷
しているかもしれないという状況は、確かにハリーが落ち着いていら
れる状況ではないだろう。実際の真偽はどうであれ、ハリーにはそれ
が本当か嘘か判断することが出来ない以上、止むを得ないのかもしれ
ない。学校にダンブルドアかマクゴナガルがいれば、また違ったかも
しれないが。
貴方なら捕ま
﹁│││あ、そういえば一つ気になっていたんだけど、どうしてセド
﹂
リックまでアンブリッジに捕まっていたのかしら
る以前に、ハリー達を止めると思ったんだけど
﹁誰もいないわね﹂
かがやってくるような気配はない。
でも魔法を放てるように身構えながら薄暗い廊下の先を見渡すも、誰
けの音が響けば、聞き逃すなんてことはないだろう。そう思い、いつ
シャガシャと音を響かせながら格子扉が開く。静寂な空間にこれだ
暫くの沈黙の後、エレベーターは神秘部のある九階で止まると、ガ
﹁│││気休めでもうれしいよ﹂
﹁まぁ│││そのうち良いことがあるわよ﹂
故か胸を張り、目を見開いているが。
込めてロン達を見れば、全員が一斉に視線を逸らす。ルーナだけは何
つまり、セドリックは巻き添えを食っただけと。そういった感情を
戻ってきてね。現行犯ということで一緒に捕まってしまったんだ﹂
遅かったのか、僕が気づいて止めようとした瞬間にアンブリッジが
﹁あぁ、それか。いや、僕も止めようとはしたんだ。ただタイミングが
?
ジニーの呟きに同意しながらも、慎重に進んでいく。ロンによれ
532
?
ば、黒く取っ手のない扉というのが、ハリーが夢で見ていた場所らし
いので、それを探していく。意外にもその扉はすぐに見つかり、扉を
開けて奥の部屋へと入り込んだ。
〟の焼印が押してあり、僅かな明かりし
そこは円形の部屋で、いくつもの扉が等間隔で並んでいた。そのう
ち、四つくらいの扉には〝
かない部屋の中で赤く輝いている。全員が部屋の中に入り扉を閉め
ると、部屋の壁が回転を始めだした。回転は徐々に速くなっていき、
明かりが点から線となる頃合を境に、今度は減速を始める。やがて回
転が収まると、先ほどまで見ていた扉の位置が変わっていることに気
がつく。
﹁なるほど。こうやって無断で入った者を迷わせるわけね﹂
幸いにして、最初に確認した焼印の位置から入ってきた扉の位置は
分かったので、そうと分かるよう〝○〟の焼印を押して目印とした。
先にあった焼印は、恐らくハリー達が付けたものだろうと考え、どの
扉を進んでいこうかと話していると、ちょうど私達の左隣にある扉が
﹂
開いた。咄嗟に杖を扉へ向け警戒するも、そこから出てきた人物を見
ハーマイオニー
て杖を下ろした。
﹁ハリー
それにみんなも、何でここにいるんだ
だろう。
﹁ロン
れたと思ったら、なんでこんなことになってるわけ
﹁それは│││﹂
パンパンという音が響く。
﹂
二人とも、アンブリッジに連れて行か
!?
﹂
?
﹁アリス│││そうか、アリスがみんなを連れてきたんだね。ここは
おきなさい。今は他にやるべきことがあるでしょう
﹁はいはい。お互い言いたいことはあるだろうけど、それは後にして
せたのだ。
ハーマイオニーが何かを言おうとしたのを、私が手を叩いて中断さ
!?
﹁それはこっちの台詞だよ
﹂
二人は振り向き、驚いたような顔をする。いや、実際に驚いているの
扉から出てきたのはハリーとハーマイオニーだった。ロンの声に
!
533
×
!
!
!?
﹂
それに、私が関与し
危険なんだ。なんでみんなを連れてきたりなんかしたんだ
﹁貴方達が二人で勝手に先走ったからでしょ
?
﹂
?
こういう時の為じゃなかったの
が置かれた部屋など。
ハリーがシリウスを
希少な魔法具が置かれた部屋、用途がわからない名状しがたいナニカ
置かれた部屋、封鎖され開けることのできない扉、初めて見るような
水槽の置かれた部屋、盆地のように窪んだ中心の台座に石のアーチが
回転が収まるごとに次々と扉を開けていった。脳が浮かんでいる
そうなので、ハリー達と同様の方法で探索を続けることとなった。
い。扉の外見が同じである以上、虱潰しに探していくしか方法がなさ
らしく、このうちの一つにハリーが夢で見た部屋が続いているらし
ておく。扉にある焼印はやはりハーマイオニーがつけたものである
先へと進む前に、ハリーとハーマイオニーの二人と情報の共有をし
ハリーの言葉に全員が応える。
│││みんな、シリウスを助ける為に力を貸してくれ﹂
﹁わかったよ。どのみち、ここまで来たんじゃ後戻りなんて出来ない
パクさせていたが、諦めたのか溜息を一つ吐く。
同意を示す。そんな彼らを見て、ハリーは何か言いたそうに口をパク
ネビルの言葉にロンやジニー、ハーマイオニー、セドリックなどが
たいんだ。君一人を危険な場所へなんか置いておけない﹂
助けたいと思う気持ちは分かるよ。でも、僕達だってそんな君を助け
為だい
﹁ハリー、だったら尚更だよ。今までDAで訓練をしてきたのは何の
│﹂
しれないんだ。だから、本当なら僕一人で来るつもりだったのに││
い。でも、もしかしたらヴォルデモートや死喰い人と戦いになるかも
﹁僕はヴォルデモートに捕まっているシリウスを助けなくちゃならな
と分かっている場所に、態々飛び込む貴方もどうなの
なくても、貴方達を探して追いかけていっただろうし。大体、危険だ
?
?
繰り返される作業に全員の顔に焦りが出てきた頃、次の扉を開けた
この部屋だ
﹂
ところでハリーが叫んだ。
﹁ここだ
!
534
?
!
その部屋は、これまでに入った部屋の中では最も煌びやかな部屋
だった。ダイヤのように輝くシャンデリアが無数に配置され、並べら
れた棚に置かれた懐中時計や砂時計、置時計、壁掛け時計、腕時計な
ど様々な時計が、その光を受けて宝石のように輝いている。
﹁へぇ、これは中々の光景ね﹂
その幻想的な空間に、思わず見入ってしまう。棚に置かれている時
計はいったい何だと見渡し、すぐにこれが何かを理解する。
逆転時計。現在から過去へと戻ることが可能な魔法具。私みたい
な例を除いて、全ての逆転時計は魔法省が管理していると聞いていた
立ち止まらないで
﹂
けれど、ここに保管されていたのか。
﹁こっちだ
どころか人の気配すらもしない。すでにシリウスが殺されてヴォル
ないし、いるであろう死喰い人かヴォルデモートの声もしない。それ
静かすぎるのだ。シリウスが拷問されているにしては叫び声もし
この状況に眉を顰めている。
歩を進める。その中で最後尾を歩いている私だが、明らかにおかしな
動をしている。全員が杖を構え、棚の列の間を一つ一つ警戒しながら
流石に目的地が近いためか、これまで急いでいたハリーも慎重に移
﹁もっと奥のはずだ。たしか、九十七列目だったはず﹂
られており、人の名前と思わしきものが書かれている。
晶の中で白い煙が渦巻いているようだ。各水晶の下にはラベルが貼
える数があるだろう。水晶玉を近くで観察すると、どうやら透明な水
る。その数は数えるのすら億劫になるほど膨大で、千、いや、万を超
それぞれの棚には、白く濁った掌に乗る程度の水晶玉が置かれてい
届きそうなほどの高さを持つ棚が等間隔かつ無数に並べられている。
到着したようだ。これまで見たどの部屋よりも高い天井、その天井に
部屋の奥へと進み、そこにあった扉を通ると、ようやく目的地へと
言っているが、聞き流して先へと進む。
急 か す。さ っ き は 自 分 が 足 を 止 め て い た く せ に と ジ ニ ー が 文 句 を
部屋の奥へと進んでいくハリーが、足を止める私達へと声を荒げて
!
デモート達が撤収している可能性もあるが、ハリーはシリウスが殺さ
535
!
れた場合それがわかるようなので、まだ殺されてはいないとしてお
く。
しかし、そうすると最悪の予想が的中してしまう可能性が非常に高
い│││いや、確定した。四十列目の棚を通り過ぎる瞬間、視界の端
に黒い何かが掠めたのだ。声に出ないように溜息を吐く。
嵌められた。
まぁ、予想していたことではあるのだが、できれば外れて欲しかっ
た。
ハリー達に、今の状況に気づいた様子は見られない。私にしても殆
ど偶然のようなものであるから、仕方がないのかもしれないが。
既に六十列目の棚を超えているので、目的の九十七列目はもうすぐ
だろう。そこについてしまったら、恐らく死喰い人が現れるはずだ。
であれば、それまでに何かしらの先手を打ち、逃走できるだけのもの
を用意しておかなければならない。とはいえ、打てる手など限られて
536
いる。
服の中に隠れている蓬莱に〝あるカード〟を持たして、目的地の九
十七列目まで先行させる。蓬莱同様に上海も姿を消した上で、私の背
後を見張るように動かす。できればもう少し対策を用意しておきた
いが、時間がないし、あまりに大規模な混乱を生じさせるものだと、ハ
リー達にも影響がいってしまう。
いよいよ九十七列目へと到着する。だが、そこにはシリウスの姿は
影も形もなく、そのことに酷く焦った様子のハリーが隣の列、その隣
の列と調べるも、探していた姿はなかった。
﹁ハリー、これ。君の名前が書いてある﹂
ハリーが顔を俯かせて黙っているのを、気にした様子も見せずにロ
︶ ンが声をかける。ロンの声にハリーが近づき、ロンが指差したものを
見る。私も警戒は怠らずに横目で覗き込んだ。
〝S.P.TからA.P.W.B.Dへ 闇の帝王そして︵
ハリー・ポッター〟
ラ ベ ル に は そ う 書 か れ て い た。S.P.T と A.P.W.B.D
?
というのは分からないが、闇の帝王、そしてハリーの名前があるよう
に、両者にとって何かしらの関わりがあるものであることは予想がつ
く。
ハリーがその水晶を手に取ろうとして、ハーマイオニーやネビルが
静止の声を出す。だがハリーは二人の静止の声を振り切り水晶を手
に取った。
その瞬間、通路の端に黒い影が幾つも現れた。反射的に杖を影へと
向け、同時に影の一人から赤い閃光が放たれた。それが何の呪文なの
か不明であったので、反対呪文ではなく〝盾の呪文〟を展開。盾に当
たった閃光は床へと跳ね返り、床を砕いて消えた。
﹁止せ。まだ攻撃はするな﹂
呪文を放った影に静止をかけた影が一歩進み出て、自らを覆ってい
﹂
たマントと仮面を外した。
﹁ルシウス・マルフォイ
その姿を見て、ハリーが声を荒げる。ハリーの声に反応してかどう
かは知らないが、残りの影達もローブと仮面を剥ぎ取り、その姿を晒
した。
﹁へぇ、闇の帝王から聞いていたけど、思ったよりやるじゃないか﹂
先ほど呪文を放ったルシウスの隣に立つ魔女が、私を見てそう口に
する。こいつは確か、ベラトリックス・レストレンジだったか。
﹁ふぅん。その言い方だと、さっきのは挨拶代りといった感じかしら
﹂
随分と高く買っているみたいだったからねぇ。どの程度のものか見
てみたかったのさ﹂
ベラトリックスは嫌らしい笑みで顔を歪めながらそう語る。それ
を見ながら同時に思う│││こいつ、面倒くさい奴だ、と。絶対に粘
着質な性格をしている。
﹁ベラトリックス、遊びはそこまでにしておけ。さて、ポッター。大人
﹂
しく手に持つ予言を渡したまえ。さもなければどうなるか、その程度
は教えなくとも理解できるであろう
?
537
!
﹁随分と強気だねぇ。あぁ、その通りさ。闇の帝王はあんたのことを
?
ルシウスはベラトリックスを諌めた後、ハリーに手を差し出しなが
ら単調に話し出す。とりあえず、ルシウスの言葉からここにある水晶
が予言であることは分かった。正直、私にとって予言なんてものはど
!?
シリウスはどこだ
﹂
お前たちが捕らえたということは分
うでもよかったが、死喰い人にとっては重要なものであるらしい。
言え
!?
﹁シリウスはどこにいるんだ
かっている
!
なハリーを見て静かに、あるいは大声で笑い返す。
﹁ポッター。いい加減、夢と現実の違いがわかってもよい年頃だぞ
﹂
子供だから、存分に英雄ごっこが出来るじゃない
!
んで杖を下ろさせる。
あいつ等からシリウスの居場所を聞き出
調子に乗ってるんじゃないよ
!
違いはなさそうね﹂
小娘が
!
戦を伝える。作戦と言っても、隙を作った瞬間に逃げるという単純な
予言を盾に出来ている間に、姿を消している上海を伝って全員に作
ことが第一らしい。
動きを止めた。口では何だかんだ言っていても、予言を壊さずに奪う
ベラトリックスが杖を向けてくるが、その射線上に予言を動かすと
﹁チッ
﹂
﹁なるほど。あなた達にとって、この予言は壊されたら困るもので間
を見た死喰い人が、僅かに息を飲んだのがわかった。
そう言ってハリーから予言を取り、杖を予言へと突きつける。それ
だから、それを有効に使うべきよ﹂
に見えているわ。それよりも、折角こちらにアドバンテージがあるの
﹁少しは落ち着きなさい。今攻撃したところで返り討ちに合うのが目
!
昂して呪文を放とうとするが、今はまだその時ではないため、腕を掴
ルシウスとベラトリックスの馬鹿にするような言葉に、ハリーが激
か
﹁よかったねぇ
け許される特権だ│││あぁ、お前はまだ子供だったな﹂
自分の見た夢が全部正しいと勘違いして、真に受けるのは子供にだ
?
ハリーがシリウスの居場所を聞き出そうとするが、死喰い人はそん
!
邪魔するな
﹁アリス
!
﹂
してやる
!
!
538
!
ものであるが。だが、予め言っておかないと、隙を作るためにやるこ
とで全員の動きも止めてしまうかもしれないのだ。
﹁マ ー ガ ト ロ イ ド。君 は も う 少 し 賢 い と 思 っ て い た ん だ が ね。確 か
に、予言を盾にされれば我々とて迂闊には手を出せない。だが、周り
﹂
を見てみたまえ。その予言を守り、盾にしながら、我ら全員と戦える
と思っているのか
わかりきったことを言うものだ。そんなの無理に決まっているだ
ろうに。
軽く見積もっても、死喰い人の数はこちらの倍。手っ取り早い方法
で、誰かが捕まり人質にでもなってしまえば、その時点でアウトだ。
﹁まぁ、無理でしょうね。流石に、多勢に無勢が過ぎるわ﹂
﹁理解しているのならば、予言を渡したまえ。素直に渡せば、私から闇
の帝王に進言して、お仲間の命だけは助けてもらえるよう取り計らお
う。無論、ポッターは別だがね﹂
﹁命だけは、ね。それだと、〝服従の呪文〟や〝磔の呪文〟は使われな
い、という保障にはならないわね﹂
﹂
﹁│││相変わらず、よく頭が回ることだ。だが、君たちに選択肢があ
ると思っているのかね
そろそろ限界か。
!
撃に備える。
そ ん な に 死 に た い な ら │ │ │ な ん ッ
反対側の死喰い人が放つ呪文はセドリックが〝盾の呪文〟で防ぎ、衝
スが呪文を放ってくるが、もう遅い。ベラトリックスの呪文は私が、
言い終えると同時に、指を鳴らす。それに反応して、ベラトリック
パチン。
のはね、与えられるものじゃなくて、自分で作るものよ﹂
﹁│││知らないようだから、教えておいてあげるわ。選択肢なんて
たような感じだろう。
のように強張っている。雰囲気からして、反対側にいる死喰い人も似
トリックスが頻りに杖を揺すっているし、表情も苛々が募っているか
ルシウスは気が付いているのかどうか知らないが、奴の後ろでベラ
?
539
?
﹁ハ ッ 馬 鹿 な 小 娘 だ よ
!
﹂
ベラトリックスが急に言葉を切り、驚愕の表情を浮かべる。ルシウ
﹂
スも他の死喰い人も同様だ。全員が自身の上、天井を見て口を開いて
いる。
﹁に、逃げろッ
﹁走りなさい
﹂
投げつけながら入口への道を開いていく。
ら立ち上がると周囲の棚や予言を死喰い人のいる方向へ蹴り飛ばし、
ズズン、という重い質量が落下した衝撃が響く。人形は着地体制か
水晶を破壊しながら降ってきた。
トリックス達もそれに続き、次の瞬間には、巨大な人形が棚と予言の
ルシウスが叫び、跳ねるように通路の向こう側へと駆け出す。ベラ
!?
り出した。
!?
部屋の端にまで辿り着き、飛び込むように扉を抜けていく。最後尾
や落下する水晶に当たるばかりで、私達までは届いていない。
いるようで、後ろから呪文が放たれてくる。だが、それらは倒れる棚
死喰い人の何人かは、ゴリアテ人形を潜り抜けて私達を追いかけて
しまった経緯がある人形だ。
〝G・上海〟という案があったのだが、上海から駄目出しをくらって
│││余談だが、名前を決める際に〝ゴリアテ人形〟ともう一つ、
を施してあるので、簡単にはやられないだろう。
回る大きさと質量を持った特性人形である。簡易だが〝盾の呪文〟
は上海と同じだが、その大きさは全長八メートル。並の巨人を軽く上
〝試作ゴリアテ人形〟。それが、今暴れている人形の名前だ。外見
果たせそうだ。
だけ、暴れ続ける人形を見てみるが、試作段階にしては十分に役割を
ロンの叫びを無視して、呪文を後方に適当に放ちながら走る。一瞬
﹁あれはいったい何なんだよぉ
﹂
ハリー達へと声をかける。それに反応して、全員が入口へ向かって走
事前に言っていたにも関わらず、目の前の人形を前に固まっている
!
の私が入ると同時にハーマイオニーが扉に呪文を掛けて封鎖した。
540
!?
﹂
﹁よし、これで暫く時間を稼げるはずだ。みんな、急いで│││みんな
はどこだ
は見えなかった。
﹁ど、どうしよう
きっと、道を間違えたんだわ
﹂
!
ズドォン
きてくれればいいが、奥へと進んでいったとなると厄介極まりない。
がどの道を通って、どの部屋へと行ったのかは不明。出口近くに出て
がら、内心でこの状況をどう打破するかに考えを巡らす。他のみんな
ハーマイオニーが顔を青ざめ、震えるように声を荒げるのを聞きな
!?
いるのは、私とハリー、ハーマイオニーの三人のみで、それ以外の姿
ハリーが疑問の声をあげて、つられるように周囲を見渡す。ここに
?
軋んだ。
こ、今度は何なの
!?
アロホモーラ
│開け
﹂
いや、デストロイはしないが。仮にも死喰い人、殺す気でやったと
見 敵 必 殺。
サーチアンドデストロイ
﹁同意見ね。こちらは、先手を打てる立場にいるわけだしね﹂
なら、それを利用するんだ﹂
﹁この部屋に入ってくる奴は、ここで倒そう。奴らが別れるというの
﹁│││相手は別れて行動するようね﹂
てしまった私達を追うために、手分けして当たるようだ。
扉の向こうから聞こえてくる。どうやら、死喰い人はバラバラに逃げ
ないか。少しの時間をおいて、ルシウスを中心とした死喰い人の声が
これで死喰い人がやられてくれればいいが、現実はそんなに甘くは
なると自爆するようにしてあるから﹂
﹁ゴリアテ│││さっきの人形が爆発したんでしょうね。行動不能に
﹁ッ
﹂
扉の向こうから、先ほどよりも大きな音が聞こえ、扉がギシギシと
!
!
ころで死にはしないだろう。
﹁どけ
!
二人、新聞で見たことはあるが名前を思い出すのも面倒なので、ハ
リーと挟み込むようにして呪文を放つ。
541
!
開錠呪文により扉が開いた途端、死喰い人が滑り込んできた。数は
!
﹁﹁ステューピファイ
る。
﹁アリス
﹂
│麻痺せよ
│封鎖せよ
﹂﹂
﹂
かってきているのを見た瞬間、進むのは諦めて右の扉へと進路を変え
る。だが、黒い回転するホールから四人の死喰い人がこちらへと向
予言をハリーへと返し、壁を破られないうちに先へと進もうとす
なのだ。
という点で、普通の扉よりも頑丈にバリゲートを構築することも可能
手を迷わせることに使う呪文だが、周囲の壁と同じように変えられる
壁に同化するように姿を変える。本来は、道を塞いで迷路のように相
扉に向けて呪文を唱える。開いていた扉は勢いよく閉まり、周囲の
﹁シブ・オブディワン
しまったようだ。怒号をあげながら向かってきている。
まったせいか、予言の部屋に残っていた死喰い人に、異常を知らせて
まずは二人。だが、部屋に入った瞬間に死喰い人を気絶させてし
死喰い人を部屋の隅に放り、縄で幾重にも縛り上げる。
﹁インカーセラス │縛れ﹂
い人は身体の力を失い、その場に倒れこんだ。
赤い閃光は寸分違わずに、二人の死喰い人の胸に突き刺さる。死喰
!
!
は反対側の扉へと入っていくのが見えた。しまったと、内心で舌打ち
無事でいるのよ
﹂
をする。だが、今更引き返すわけにもいかない。
﹁後で合流しましょう
!
﹂
め、杖を振るうと、扉の向こうの部屋で爆発する音が響いた。爆発の
い人も部屋に入ったのが、床を荒く踏み鳴らす音が聞こえる。扉を閉
そのうち三体の人形を掴み、扉の向こうへと放り込む。同時に死喰
﹁それッ
に露西亜に似た人形が六体現れた。
ダーを取り出し、一枚のカードを手に取る。次の瞬間には、私の周囲
杖を振るい、向こう側の扉を無理やりに閉める。同時に懐からホル
ハーマイオニーがこちらへと向かおうとしているのが見えたので、
!
542
!
!
ハーマイオニーの声に振り向くと、ハリーとハーマイオニーが私と
!
!
規模こそはゴリアテに及ばないが、至近距離で食らったのなら十分に
ダメージは与えられたはずだ。
扉を封鎖し、この部屋から出るために奥の扉へと向かう。部屋の中
を見渡すと、ここに来るまでに入った、名状しがたいナニカが置かれ
ている部屋だとわかった。赤黒く、青黒く、紫で、緑の色が渦巻くよ
うに動いているナニカは、まるで蛸のような軟体生物を連想させる。
害はないようなので、極力視界に入れないようにしながら、奥にある
扉へと向かう。視界に入れれば、何かが削り取られる予感がするの
だ。おぞましさで言えば、吸魂鬼すら生温く感じるほどである。
﹁扉は一つだけで、ほかの部屋に繋がってはいないか﹂
扉まで近づき、耳を扉に押し当てて向こう側の様子を伺う。物音一
つ聞こえないが、この部屋が外と音を遮断しているという可能性もあ
るので、最悪死喰い人が待ち構えているという覚悟で扉を勢いよく開
﹂
﹂
﹂
〝盾の呪文〟で防ぎながら、ハリーと共にロン達が開いている部屋へ
と入る時間を稼ぐ。全員が入ったのを確認すると、ハリーの言葉に甘
えて先に部屋へと入ると同時に、残った三体の人形に〝目くらまし〟
を掛けた。
ハリーが部屋に入り、扉を閉める。そして、〝封鎖呪文〟で扉を閉
じてから一拍置いて、部屋の外に置いてきた人形を爆発させる。
ズッ。
543
いた。人形を盾にして円形のホールへと躍り出る。左の視界の隅に
中央ホールだ
!
ベラトリックスが叫び、杖から赤い閃光を立て続けに放ってくる。
﹁いたぞ
を含めた死喰い人がやってきたことで中断せざるをえなくなった。
ために近づくが、今いる場所から真反対の扉が開き、ベラトリックス
文に当たったぐらいしかわからないようだ。ロンの様子を確かめる
ロンの様子がおかしいので、どうしたのか聞いてみるも、何かの呪
?
影が映り杖を構えるも、そこにいたのはハリーとハーマイオニー、ロ
無事だったのね
ン、ジニー、ルーナの五人だった。
﹁アリス
!
﹁あなた達もね│││ロンはどうしたの
!
!
扉を完全に塞いでいるためか、僅かな爆発音のみが聞こえる。負傷
﹂
でもしていてくれればいいが、そう甘くもないだろう。
﹁アリス│││君って、爆弾が好きなの
﹂
!
する。
﹁すぐ後ろに奴らが追ってきている
扉を塞ぐんだ
が、入ってきたのがセドリックとネビルだとわかると杖を下ろそうと
唐突に右側の壁にある扉が勢いよく開かれ、全員が杖を向ける。だ
ダンッ
入った水槽の置かれている部屋へと入ったようだ。
ハリーの言葉に簡潔に答えて、部屋の様子を伺う。どうやら、脳の
よ﹂
﹁別 に そ う い う 訳 じ ゃ な い け ど ね。単 に 攻 撃 手 段 と し て 便 利 な だ け
?
│麻痺せよ
﹂
﹂
!
﹂
!
│最大の防御
﹂
﹂
!
正面と右の扉から死喰い人が雪崩れ込んできた。傷を負っているの
拍おいてルーナとネビルが扉を塞ごうと動く。だが、時すでに遅く、
すぐに行動に移ったのは私とハリー、ハーマイオニーの三人で、一
!
が多いが、数は減っていないようだ。
﹁ステューピファイ
粉々
﹁プロテゴ・マキシマ
﹁レダクト
!
ている。
けないロンやジニーを狙ってきたためそれを防ぐしかなく、その隙に
リーを追って次々と扉を通っていく。行かせまいと呪文を放つが、動
げ な が ら 唯 一 開 い て い た 左 側 の 扉 に 入 っ て い っ た。死 喰 い 人 は ハ
この窮地をどう切り抜けるかを思案していると、ハリーが予言を掲
﹁こっちだ
﹂
すでにルーナとネビルが気絶させられ、セドリックも腕と足を負傷し
ところ直撃は避けているが、それもいつまでも続きはしないだろう。
無言呪文まで使われているので、打ち漏らしが多くなっている。今の
両者の間で呪文が飛び交う。だが、やはり手数で負けている上に、
!
!
!
│裂けよ
﹁ディフィンド
!
│爆破
﹁エクスパルソ
!
544
!
!
!
死喰い人全員が扉の向こうへと消えて行ってしまった。しかも、ご丁
寧に扉を封鎖しただけでなく、水槽に入った脳をこちらに向けて倒し
てきたのだ。異臭を放つ水槽の水はともかくとして、近くに転がって
きた脳が触手のようなものを伸ばしてくるのが厄介だ。
〝切断呪文〟で切り裂こうにも、妙に弾性があるせいで中々切れな
いし、切ったとしてもすぐに新しいのが生えてくるためキリがない。
燃やすにしても、火力不足なのか燃えるような気配はない。
﹁チッ、いい加減にしなさい﹂
数を増した触手に嫌気が差し、一気に最大火力で焼却することに決
│厄災の獄炎よ
﹂
める。魔法省内部で使うのはどうかと思って使ってこなかったが、こ
の際仕方がない。
﹁エト・フラーマ・ラーディス
﹂
﹁はぁ、はぁ│││アリス、今のって、もしかして〝悪霊の火〟なのか
え盛る炎へ杖を振るって消し去る。
完全に燃え尽き、再生する気配がないことを確認した後、いまだ燃
力が嘘かのように炭と化していく。
る。炎は生きているかのように脳へと絡みつき、脳はこれまでの耐久
呪文を唱えると共に、杖から灼熱というのも生温い獄炎が噴き出
!
絶え絶えに聞いてくる。
﹂
﹁えぇ、そうよ。闇の魔術がどうこうっていう話なら後で聞くから、後
回しにしてちょうだい。それよりも、怪我はどう
かなくはないけど、感覚がない﹂
﹁はぁ、くぅ│││すまない。足の骨が折れているみたいだ。腕も、動
?
私はハリーを追ってくるわ﹂
﹁そう│││仕方ないわね。それじゃ、ロン達のことを任せていいか
しら
﹁エクスパルソ
│爆破
!
﹂
セドリックの言葉に返事はせずに、杖を扉へと向ける。
﹁すまない。ハリーを頼む﹂
そう言って、封鎖された扉へと向かう。
?
!
545
!
足に絡まった触手の燃え残りを引き剥がしながらセドリックが息
?
爆発と共に、扉が向こう側へと吹き飛んでいく。煙を飛ばしなが
ら、素早く視線を動かして部屋の中を確認する。扉の先は石のアーチ
がある部屋で、ハリーが中央の台座付近に、死喰い人が部屋全体に広
がるように陣取っている。さらに、いつやってきたのか、シリウス、
﹂
ルーピン、キングズリー、ムーディ、トンクスがハリーを守るように
無事だったか
して円陣を組んでいた。
﹁アリス
君は他のみんなを連れて逃げるんだ
﹁アリス
ここは我々が何
しているので、僅かに負けているといったことろか。
数の差で互角、いや│││トンクスやルーピン、キングズリーが負傷
いるのだろうが、死喰い人の方に目立った外傷がないみたいなので、
やられた様子がないところを見るに、死喰い人よりも実力で上回って
ルシウスの言葉を無視して状況把握に努める。騎士団メンバーが
なのだが、流石は闇の帝王が目をつけるだけはあるということか﹂
﹁ほぅ、もうやってきたか。あの脳はそう簡単には対処できないはず
取っているルシウスが口を開いた。
ルーピンの言葉に軽く手を上げる程度で答える。そこで、右側に陣
!
!
いは見ればわかります﹂
?
こいつらに交じって、一緒に戦う
﹁へぇ、賢い賢いお嬢ちゃん。それでぇ
﹂
は、どうしようっていうんだい
気かぁ∼い
それがわかったお前さん
﹁戦局が読めないほど馬鹿ではないですよ。劣勢か優勢か、そのぐら
﹂
とかする
!
?
﹂
リックスを見て、シリウスが笑い声をあげる。
ろ う。現 に ベ ラ ト リ ッ ク ス の 顔 が 固 ま っ て い る し。そ ん な ベ ラ ト
一瞬場の空気が凍り付いたような気がしたが気のせいではないだ
しら
﹁貴女│││いい歳して、そんな話し方していて恥ずかしくないのか
にする。
るが、それに対して否定するでも肯定するでもなく、思ったことを口
キャハハッ、とベラトリックスが相変わらずな口調で話しかけてく
?
546
!
!
?
﹁はははッ
﹂
﹂
その通りだ、我が憎き従姉よ。お前もいい加減、自分の
歳を自覚するべきだな
﹁こッ│││この小娘がぁ
﹁顔を赤くしているということは、多少は自覚があったのかしら
ほら、そんな貴女にプレゼントをあげるわ﹂
現れる。
らへと向かってきている。だが、杖を私へと向けて呪文を口にしよう
点はある。現に死喰い人の一人が人形を防ぎ、撃ち落としながらこち
当然、人形を操作しているために私自身が無防備になってしまう欠
るほうが効率よく動かせる。
の中だと、数よりも正確な動きの方が優先されるので、私自ら操作す
の大雑把な動きならば自律操作でいいのだが、ここのように狭い部屋
その光景を見ながら、人形を操る杖を振るい続ける。開けた場所で
が、その隙を狙う騎士団によって劣勢に立たされている。
死喰い人は迫る人形に呪文を放ったり、避けたりして対応していた
い、待機していた人形が一斉に動き出し、死喰い人へと襲い掛かった。
言い終えると共に杖を大きくかつ複雑な動きで振るう。それに伴
けることをお勧めするわ﹂
くけど、人形達の持つランスには麻痺毒が仕込んであるから。気を付
﹁さて、これで単純な数の差では逆転したわね。あぁ、一つ忠告してお
いる。
身をガード出来る程の盾が付いたランスを手に、軍隊宛らに整列して
れ続け、最終的には三十体を超える四十センチ程の人形が出揃い、全
死喰い人の一人がそんなことを叫んでいたが、その間にも人形は現
﹁なんだ
﹂
私の声と共にカードが光を放ち、次の瞬間には無数の人形が光から
﹁〝ドールズウォー〟﹂
う。
ていき、ちょうど部屋の中央、アーチの真上にきたところで杖を振る
言うと同時に一枚のカードを放り投げる。全員がそれを目で追っ
?
!
!
!
と し た 瞬 間 に、そ の 場 へ と 崩 れ 落 ち た。何 が 起 き た の か、本 人 は わ
547
!?
かっていないだろう。
﹁ファインプレーよ、蓬莱﹂
無防備だからとて、無警戒という訳ではない。私の周囲では、姿を
消している蓬莱と上海が常に警戒をしているのだ。この死喰い人は、
蓬莱の攻撃によって倒れ伏しているということ。本来ならば、蓬莱の
本当の武器である〝バジリスクの毒仕込みの鎌〟で攻撃していると
ころだが、騎士団に所属している以上は無暗に殺すわけにもいかず、
こうして麻痺毒で済ませている。
殺す気で襲ってきているのだから、こちらが殺したところで因果応
報だと思うのだが│││私だけの価値観なんだろうか。
戦局は圧倒的に騎士団側の優勢となっている。死喰い人も麻痺毒
でやられたり、呪文でやられたりと数を着実に減らしている。だが、
ベ ラ ト リ ッ ク ス を 始 め と し た 一 部 の 死 喰 い 人 は 流 石 と い う べ き か。
548
死角から攻撃している人形を正確に呪文で撃ち落とし、かつ騎士団の
攻撃を捌いた上で、反撃までしている。質では騎士団が上回っている
と思っていたが、死喰い人同士の実力に差がありすぎていただけで、
そうでもないらしい。
人形が残り五体となったことで余裕が出てきたのか、死喰い人は部
屋の出口へと後退を始めている。騎士団も逃がさないとばかりに攻
撃をしているが、最初の時点で疲労が溜まっているのか、杖捌きにキ
レがなくなってきている。そして、ついに死喰い人が出口へと辿り着
いて扉を開けたとき、扉の奥から一筋の緑の閃光が迸り、戦線に加
わっていたハリーへと向かってきた。それを見て、最後の一体となっ
た人形をハリーの前へと動かし、閃光の盾にする。閃光が当たった人
﹂
形は粉々に破壊され、その残骸がバラバラと床に落下する。
﹁よくもハリーを
シリウスは一瞬だけ身体を痙攣させたあと、その場へ崩れ落ちてい
れ、緑の閃光が脇腹を掠めた。
放つも、ベラトリックスと姿を見せない相手の同時攻撃に杖を弾か
ハリーが狙われたことで激昂したのか、シリウスが前に出て呪文を
!
く。ルーピンがシリウスに駆け寄っているが、私はそれほど心配して
いない。たとえあれが〝死の呪文〟でも、身体を掠めた程度ならば死
に は 至 っ て い な い は ず だ。悪 く て も 骨 折 と 内 臓 損 傷 で 済 む だ ろ う。
重症には違いないが、十分に治療可能な範囲だ。
だが、ハリーはシリウスが死んでしまったと思っているのか、先ほ
どのシリウス以上に激昂して死喰い人の後を追って行ってしまった。
動かせる人形が残っていれば麻痺毒を使ってでも止めたが、最後の人
形は先ほど破壊されてしまっている。
このままでは、ハリーが殺されてしまうことなど容易に想像がつく
ので追うことにするが、その前に準備と片付けだけはしていく。ホル
ダーから、今までのカードとは異なる様式のカードを取り出し呪文を
唱える。軽い音を立てて現れたものは一本の瓶。マグルのコンビニ
やスーパーで売っている栄養ドリンクのようなものだ。コルク栓を
開けて、中の液体を一気に飲み込む。これは一種のドーピング剤で、
栄養剤の効果を数倍かつ素早く吸収されるように配合した特別性で
ある。といっても、思考速度が上昇したり、魔力が回復したり、傷が
完治したりといった、ファンタジー小説にあるようなものとは違い、
単純に栄養補給を目的としているだけである。たかが栄養補給と侮
るなかれ。これをするのとしないのとでは、長期戦における持久力に
雲泥の差が出るのだ。
空になった瓶を杖の一振りで消し、部屋中に散らかっている人形や
武器の残骸も杖の一振りで跡形もなく消し去る。元々、今回の〝ドー
ルズウォー〟で使用していた人形は、全て〝双子の呪い〟で量産した
人形であるので、〝終息呪文〟を使えば簡単に片付けられるのだ。そ
れはつまり、先ほどの戦いで〝終息呪文〟を使われていれば人形は消
えていたわけだが。
一息ついたところで、ハリーを追うために必要なカードを取り出
す。先ほどルーピンがハリーを追いかけていったが、途中に回転する
部屋がある以上、足止めをくらうことは確実だろう。それでは間に合
わないだろうと思い、私は別手段で追うことにする。
取り出した一枚のカード。これは〝姿くらまし〟の呪文を応用し
549
て作ったもので、対となる〝姿現し〟を応用して作ったカードの場所
へと移動することが可能なものだ。それだけなら普通に呪文を使っ
てもいいだろうが、このカードの利点はホグワーツや魔法省内部な
ど、〝姿現し〟が出来ない場所でも移動が出来るという点だ。対と
なっているカード以外や、長距離の場所には移動出来ないが、それを
補って余りある有用性はあると自負している。
移動を終えた場所は、一階にあるエレベーターホール手前の柱の
影。カードを回収し、柱から顔だけを出すと、ちょうどハリーとベラ
トリックスが向かい合っているのが見えた。他の死喰い人の姿が見
えないので、先に逃げていったのだろう。いつも間にか明かりの殆ど
﹂
それも一人で追い
が消えており、僅かな明かりと月の光のみが二人を照らしている。
﹁よくも│││よくもシリウスを
│苦しめ﹂
﹂
!
﹂
ためか、その声は遠くまで響き渡り、反響して幾重にも重なりあって
いる。
﹁本気になる、ね。こういうことかしら
ていたベラトリックスだ。私は杖をベラトリックスに向けながら近
悲鳴を上げているのはハリーではなく、ハリーに呪文を放とうとし
?
550
﹁おやおや、私の憎たらしい従弟の敵討ちかい
かけてくるなんて、泣かせるじゃないか﹂
死んではいないんだけどね。
﹁クルーシオ
思うのがコツさ。折角だ、私が手本を見せてやるよ
甘いよ。本気になる必要があるのさ。相手を苦しませようと本気で
﹁許されざる呪文を使ったことがないみたいだねぇ、小僧。まだまだ
ぐに態勢を整える。
使った。ベラトリックスは悲鳴を上げるが、威力が甘かったのか、す
葉が琴線に触れたのか、ハリーがベラトリックスに〝磔の呪文〟を
内心でそう呟きながら状況を観察していると、ベラトリックスの言
?
!
先ほどとは比較にならない悲鳴が響き渡る。高く広い空間である
!
ハッ
ハッ
﹂
づいていく。ハリーの傍まで来たところで、呪文を止め様子を見る。
﹁ハッ
!
!
る。
!
リーへと視線を向ける。
?
﹂
な細く赤い目│││ヴォルデモートだ。
骸骨よりも白いのっぺりした顔、細い切れ込みのような鼻、蛇のよう
向けると、闇の中から一人の男がゆっくりとした歩調で姿を現した。
冷たく撫でるような独特の声が静かに響く。声のする方向へ顔を
まったということか﹂
﹁そうか、そうなのだな、ハリー・ポッター。お前は予言を壊してし
文は弾かれ、近くにあった噴水の一部を破壊した。
ので、そちらの対応に気を取られてしまう。〝盾の呪文〟で防いだ呪
けようとするも、今度は先ほどとは違う方向から閃光が飛来してきた
トリックスが立ち上がり、駆け出していく。逃がさないために杖を向
距離があったため余裕をもって防ぐことができたが、その隙にベラ
﹁ふっ﹂
光が真っ直ぐ飛来してくる。
てハリーが額を押さえながら苦痛の声を漏らし、同時にどこからか閃
沈黙がなによりの肯定だった。思わず溜め息を漏らすが、突如とし
﹁│││﹂
ね
﹁まさかとは思うけど│││壊してしまった、なんてことはないわよ
がらも聞いてみる。
歯切れの悪いハリーに嫌な予感がしつつ、外れているように願いな
﹁えっ、あ、いや、予言は、その│││﹂
﹁ハリー、予言は無事なの
﹂
再び響き渡る悲鳴。ベラトリックスを視界の隅に捕らえたまま、ハ
﹁アアアァァァアアァァアァァァアッ
﹂
上体を起こし、杖を向けてくるが、その前に再度〝磔の呪文〟を唱え
ベラトリックスは荒く呼吸を繰り返しながら私を睨みつけてくる。
!
﹁嘘は言っていないようだな。お前の心が俺様に全てを語ってくれて
551
?
いる│││何か月もの準備、苦労│││それら全てが水の泡となった
訳だ│││俺様に忠実な僕であるはずの死喰い人達は、ハリー・ポッ
ターが俺様の思惑を見事挫くのを防げなかったという訳だ﹂
そう言って、ヴォルデモートは自らの足元で膝をついているベラト
リックスを、目を細めて見下ろす。その視線にベラトリックスはビク
リと身体を振るわせて、恐る恐るといったようにヴォルデモートを見
上げる。
﹁も、申し訳、ありません、ご主人様。私は、知らなかったのです。騎
士団と戦っていたので、気が付かなかったのです﹂
﹁黙れ、ベラ。貴様らの処罰は後でつけてやる。俺様は、お前の女々し
い言い訳を聞くために魔法省に来たのではない﹂
ヴォルデモートの言葉にベラトリックスは黙り込み、ヴォルデモー
トの歩みの邪魔にならないよう道を開ける。
﹁さて、俺様がここに来た目的を果たす前に│││ハリーよ、お前の始
│息
の呪文〟。命中さえしてしまえば、相手を確実に死に至らしめる呪
い。反対呪文は存在しない最強の呪文。
だが、防ぐ手段が全くないという訳ではない。どの呪文にもいえる
ことだが、当たらなければ如何に強力な呪文とて意味はないのだ。近
くに転がっている噴水の破片を使って〝死の呪文〟を防ごうとする
が、その前に噴水に残った像の一体が動き出し、ハリーの前に盾にな
るよう躍り出た。
﹁ほぅ│││ダンブルドアか﹂
ヴォルデモートがゆっくりと振り返る。その視線の先では、ダンブ
ルドアが杖を構えながらゆっくりと歩いている。
ヴォルデモートが杖を振るい〝死の呪文〟をダンブルドアに放つ。
だが、ダンブルドアはマントを翻したかと思うと姿を消し、ハリーを
挟んで私の反対側に姿を現した。
552
末 を つ け て や ろ う。お 前 は 長 き に わ た っ て 俺 様 を 苛 立 た せ て き た。
﹂
もはや、お前に言うことは何もない│││アバダ・ケダブラ
絶えよ
!
ヴォルデモートの杖からハリーへ向かって緑の閃光が走る。〝死
!
﹁今夜、ここに現れたのは愚かじゃったな、トム。じきに闇祓い達が
やってこよう﹂
﹁その前に俺様はいなくなる。貴様を殺してな。だがその前に、俺様
がここに来た本来の目的を果たそうではないか﹂
ヴォルデモートはそう言うと、ダンブルドアから視線を外し、私へ
と向ける。まさかとは思ったが、やっぱりか。
﹁アリスよ。一年前の返事を聞こうではないか。俺様の下にくるか否
か﹂
﹁│││答えは変わらないわ﹂
﹁ふむ│││まぁ、お前ならばそう言うだろうとは思っていたがな。
やはり、俺様の評価は間違ってはいなかったようだ。お前は一度味方
をすれば、決して裏切りはしない﹂
そういえば、去年にそんなことを言われた気もするな。
﹁お主にしては寛大な対応じゃな、トム。昔のお主ならば、有無を言わ
﹂
愛すべき生徒の一人として守っているつもりじゃ﹂
ダンブルドアとヴォルデモートが舌戦を繰り広げている中、それに
耳を傾けながら、ヴォルデモートの背後で徐々に後退っているベラト
リックスを見やる。どうやら、隙をみて逃げようとしているようだ
が、ヴォルデモートの忠臣としてそれでいいのかと疑問に思うが、こ
のまま逃げるのを黙って見ているのは愚策だろう。
ヴォルデモートから見えないよう、ローブの下で人形を一体取り出
す。姿を消し、ローブの裾から出して、大きく迂回させながらベラト
リックスへと向かわせる。
553
さずに〝服従の呪文〟で操るか、殺すかのどちらかであろうに﹂
﹂
﹁こやつにはそれだけの価値があるということだ。貴様とて、それを
わかっているからこそ、自分の手元に置いておるのだろう
いるのか
﹁ふん、白々しい。貴様は、自分がそこまで清廉潔白な人間だと思って
間として迎えておるのじゃ﹂
﹁それは違うぞ、トムよ。わしはアリスをお主の手から守るために、仲
?
﹁そうは思っておらんよ。じゃが、わしはアリスを一人の仲間として、
?
﹁抜け目がないな、アリスよ﹂
だが、ヴォルデモートが放つ無言呪文で人形は破壊されてしまっ
た。そう簡単にはいかないと思っていたが、こうも簡単に壊されると
は。
﹁俺様がダンブルドアに気を取られている間にベラを狙うとはな。実
に合理的な行動だ。まったく、お前のような合理さが死喰い人達にも
あれば、俺様もこれほどの苦労はしないであろうものを﹂
自分の配下が闇討ちされようとしたにも関わらず、ヴォルデモート
は上機嫌だ。いくら私が欲しいと言っていても、流石に寛大過ぎはし
ないだろうか。
﹁神秘部での戦いでもそうだ。俺様は見ていたぞ。お前は誰よりも周
囲を警戒していたな。そして、死喰い人がいることに気が付いたお前
は、それに備えるために行動に移した。あのカード、恐らくは〝呼び
寄せ呪文〟の効果が秘められているのだろう。それを使い様々な人
554
形を取り出しての立ち回りは見事なものだ。あの容赦のなさも実に
良い。極めつけは〝悪霊の火〟と、先ほど使った〝磔の呪文〟だな﹂
ヴォルデモートがそう言ったところで、ダンブルドアの視線が私へ
注がれるのが何となくわかった。まぁ、闇の魔術の禁術に許されざる
呪文を使ったなんて言われたら無理もないのかもしれないが。
というより、ヴォルデモートはどうやって見ていたというのだろう
か。そろそろ本気で、ストーカーのレッテルを張り付けてもいいかも
しれない。
﹁その歳で〝悪霊の火〟を操るに留まらず、ベラをも苦しめる〝磔の
全く、お前はどこまで俺様の興味を引けば気が済むの
呪文〟。その気になれば、〝服従の呪文〟や〝死の呪文〟も使えるの
ではないか
だ﹂
で練習すればいいだけの話だ。杖から呪文の使用履歴を調べる方法
えられない限りは証拠などないのだから、人目が付かない場所と時間
いうことはない。許されざる呪文なんて言っているが、現行犯で捕ま
笑っている。確かに、〝服従の呪文〟も〝死の呪文〟も、使えないと
クックックッと、ヴォルデモートは心底面白いというかのように
?
も存在しているが、使用履歴自体を改竄することも可能である以上、
意味はないことだろう。
﹁気が変わったぞ。今回の誘いで断られたならば殺そうと思っていた
が、それは止めだ。俺様は何としてもお前が欲しくなったぞ﹂
﹁傍迷惑なこと、この上ないわね﹂
﹁ふっ、その尊大な物言いも許そうではないか。だが、今まで通りのや
り方では、お前が首を縦に振らないことは理解している。そこでだ、
﹂
一つ、俺様と賭けをしようではないか﹂
﹁賭け
﹁アリスよ、耳を貸すでない﹂
﹁お前は黙っていろ、ダンブルドア。なに、そう難しいものではない。
お前にはこれから、死喰い人の一人と戦ってもらう。その者にお前が
勝てば、俺様はお前を諦めよう。今後俺様の邪魔をしなければ、一切
の危害を加えることもしない。だが、もしお前が負ければ、俺様に忠
誠を誓うのだ﹂
ヴォルデモートが提示してきた賭けの内容の真意を探ろうと思考
を巡らそうとするが、その前にダンブルドアが一歩前に進み出て、私
の思考を遮るように話しかけてくる。
﹁アリスよ。そのような賭けに乗る必要などない。奴が約束を守るか
どうかという以前に、話を聞く必要もない戯言じゃ。│││トムよ、
若者を闇の道へ招くものではないぞ﹂
﹁心外だな、ダンブルドアよ。この件に関して、俺様は一切の虚偽をす
るつもりなどない。約束は守ろうではないか。ヴォルデモート卿が、
偉大なる祖先サラザール・スリザリンの名において誓おう﹂
ここでサラザール・スリザリンの名を出してくるとは。ヴォルデ
モートも本気だということが伝わってくる。純血主義を掲げるヴォ
ルデモートは、祖先にして先駆者でもあるサラザール・スリザリンを
崇拝している。その名に誓うということは、ヴォルデモートなりの最
大の誓いともいえるのかもしれない。
﹁それに、貴様が何を言おうと既に遅い。これは│││強制参加だ﹂
ヴォルデモートが言い終える寸前、私の視界ギリギリの場所から、
555
?
何かが投げられるのが見えた。反射的に杖を向けて呪文を放つも、ソ
レを投げたであろう人物も同時に呪文を放ち、ソレは同時に当たった
今のは
﹂
双方の呪文によって粉々に砕け散った。
﹁なッ
での防御をしてしまった過去の自分を呪いつつ、契約文書として現れ
は、互いの呪文で同時に破壊した時点で効力を発揮してしまう。呪文
確かに相手の言う通り、もう引き返すことは出来ない。あの魔法具
んだから﹂
え。もう意味のないことだけどね│││引き返すことなど出来ない
様の誘いを断ってきたからだ。恨むのならば、過去の自分を恨みたま
﹁だが、こんな方法を取らざるを得なくなったのも、君が頑なにご主人
すら湧いてきたわ﹂
﹁そう│││そこまでして私が欲しいなんてね。正直言って、憎しみ
だよ﹂
用が発覚したら裁判無しでの死刑が言い渡されるほどの、呪いの一品
まで達成させようとする。所持しているだけでアズカバン終身刑、使
契約を確実に履行出来るように、敗者の記憶はおろか、魂まで弄って
は不明で、現存している数も僅か。だが、その効力は凄まじくてね。
違えることが出来ないようにする目的で作られた魔法具だ。製作者
﹁〝審判秤〟。かつて無法者同士が決闘をする際に、お互いの契約を
ろうものを掲げながら口を開いた。
紙│││恐らくは私が持っているものと同じ内容が書かれているだ
長い杖をクルクルと弄びながら姿を現した人物は、立ち止まると羊皮
られており、借り物の服は小奇麗な服へと変わっている。手に持つ細
へと歩いてくる人物を見る。その顔は、去年見た時よりも清潔に整え
やってくれた。苛立ちによる舌打ちを隠そうともしないで、こちら
﹁│││チッ﹂
に虚空から現れた羊皮紙を手に取り、目を素早く通していく。
ダンブルドアが声を荒げ、私はしまったと後悔の念に駆られる。次
!
た羊皮紙に再度目を落とす。
556
!?
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
以下の契約者は、提示された契約を遵守するものとする
契約を破ることは許されない
契約が遵守されるため、魔術的処置を受け入れることに同意するも
のとする
契約は、決闘者のどちらかが戦闘不能又は敗北を宣言することで履
行される
決闘者の生死は問われない
敗者=決闘者=契約者である場合にのみ、契約は履行されずに破棄
されるものとする
契約の履行までは、予め定められた時間の猶予が与えられる
契約履行までの猶予時間
三十秒
決闘者
アリス・マーガトロイド・ベルンカステル
バーテミウス・クラウチ・ジュニア
契約内容
決闘者バーテミウス・クラウチ・ジュニアが決闘者アリス・マーガ
トロイド・ベルンカステルに勝利した場合、契約者アリス・マーガト
ロイド・ベルンカステルは、契約者トム・マールヴォロ・リドルへ対
し絶対の忠誠を誓うものとする。
決闘者アリス・マーガトロイド・ベルンカステルが決闘者バーテミ
ウス・クラウチ・ジュニアに勝利した場合、契約者トム・マールヴォ
ロ・リドルは契約者アリス・マーガトロイド・ベルンカステルに対す
る傷害・殺害の意図、及び行為を永久に禁則とする。これは契約者ト
ム・マールヴォロ・リドルの仲間、配下、協力体制にある者全てに適
応される。ただし、契約者アリス・マーガトロイド・ベルンカステル
が自ら干渉してきた場合に限り、上記の契約を無効とすることができ
る。
契約者
557
アリス・マーガトロイド・ベルンカステル
トム・マールヴォロ・リドル
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
558
終局
契約文が書かれた羊皮紙を投げ捨て、炎によって燃えカスにする。
お主はなんということを
﹂
見れば、クラウチも同様に羊皮紙を燃やしていた。
﹁トム
ダンブルドアはそれを防ぐも、次々と襲い掛かるヴォルデモートの呪
ヴォルデモートはそう言い終える前にダンブルドアへ呪文を放つ。
のも興醒めだ﹂
続けるしかない。だが│││折角の決闘に無粋な横槍を入れられる
﹁しかし、既に賽は振られたのだ。もはや二人は決着がつくまで戦い
ダンブルドアの怒りの言葉も、ヴォルデモートは涼しげに流す。
おれば、このような事態は避けられたであろうに﹂
はなく、無理やりにでもアリスを遠ざけるべきだったのだ。そうして
﹁残念だったな、ダンブルドアよ。お前は律儀に俺様の話を聞くので
!
﹂
エクスペリ│││くっ
﹂
文に対して集中を割かれる結果となった。
﹁先生
﹁お前の相手は私だよ
!?
﹂
?
している余裕があるならば、少しでも勝率を上げるために小細工を弄
いって、私が相手の調子に合わせる必要はない。そんな余計なことを
去年にあの墓場で見たヴォルデモートの姿を彷彿させる。だからと
そう言って、クラウチは直立の姿勢からお辞儀をした。その姿は、
る作法は知っているだろう
応の作法に乗っ取って執り行われるべきだ。魔法使いの決闘におけ
﹁さて、無粋な契約に縛られてはいるが、これは決闘だ。であれば、相
後ろへ放り投げる。
うように向かい合った。ローブを脱ぎ、それを両手で少し弄りながら
クラウチの言葉に二人への視線を切り、十メートル程の感覚で向か
﹁さて、僕達も始めようか﹂
ながら互いに呪文を放ち続けている。
よって遮られてしまう。二人はそのまま戦闘となり、少しずつ移動し
ハリーがダンブルドアに加勢しようとするも、ベラトリックスに
!
559
!
!
するほうが何倍も有意義である。
クラウチは頭を上げて私をじっと見てくるが、私にお辞儀をする様
子がないとわかると、肩を竦めた。
﹁やれやれ│││折角の舞台なんだ。少しは付き合ってくれてもいい
と思うけどね﹂
﹁生憎と、貴方達の重視する作法とやらには興味ないのよ﹂
﹁興味とか、そういう問題ではないのだけどね│││まぁ、いい。周り
も盛り上がっていることだし、僕達も始めようか﹂
クラウチが杖を構えると同時に、私も杖を構える。私もクラウチも
構えた姿勢から微動だにしない。相手の僅かな隙を見逃さないよう
観察しているからだ。
﹂
!
﹂
まさか君が〝死の呪文〟を使うなんてね
﹂
悪いけれど、負けられない以上形
!
文を放ってきた。
﹁驚いたよ
幕早々ときた
﹁使わないなんて言ったかしら
﹂
?
!
言葉を交わしながらも杖を振るう腕は止まらずに動き続ける。最
振り構ってはいられないのよ
しかも開
クラウチは横に飛び退くことで回避し、そのまま流れるようにして呪
〝死の呪文〟が〝失神呪文〟を弾き、クラウチへと向かう。それを
﹁くっ
減する必要がない。
決闘において、相手を殺してはいけないという制約がない以上、手加
対して私が放ったのは、奴ら死喰い人お得意の〝死の呪文〟。この
妥当と言える選択だろう。
で決闘に勝利するという条件が枷となっているクラウチからしたら、
〟。私をヴォルデモートの部下にする│││言い換えれば、殺さない
ぶつかり合う、赤と緑の閃光。クラウチが放ったのは〝失神呪文
を放つ。
横から飛んできた呪文が壁を砕き、それを合図に私達は同時に呪文
│麻痺せよ
﹁ステューピファイ
│息絶えよ
!
﹂
﹁アバダ・ケダブラ
!
!
!
560
!
!?
初は〝死の呪文〟による奇襲によって互角にもっていけていたが、ク
エクスパルソ
﹂
﹂
│爆破
﹂
│妨害せよ ペトリフィカス・トタルス
│武器よ去れ
ラウチが態勢を整えてくるにつれて劣勢に立たされていく。
﹁エクスペリアームス
﹁インペディメンタ
﹂
│護れ
│石になれ
﹁プロテゴ
チッィ
!
﹁チョロチョロと邪魔なッ
﹂
クラウチが呪文を唱えようとして、突如横に横転する。
﹁クルーシッ
!
!
!
わからないという感じだな。簡単だよ│││これが見えるかい
﹁ふん。その顔、僕がどうやってこの人形の攻撃を察知しているのか、
うやって姿を消す二人の攻撃を察知しているというのだろうか。
いるようだ。だが、こちらとしては疑問が生じている。クラウチはど
る二人に幾度となく態勢を崩されているクラウチは、苛立ちが募って
から度々襲い掛かっている上海と蓬莱によるものだ。姿を消してい
クラウチが横転し、虚空に呪文を放つ理由。それは決闘が始まって
クラウチが虚空に呪文を放つが、それは床を砕くに終わる。
!
!
!
半可な腕しか持たない者ではやられてしまうだろう。だが、一度タネ
いったものだ。なるほど、確かに初見では対応出来ないだろうし、生
見えないものを使い分けることで相手の油断を誘い、その隙を突くと
﹁君の戦術は、呪文と人形による混合攻撃。人形は目に見えるものと
なのか。
の決闘では余裕を保てるという余裕の表れなのか、挑発するための策
くピアスを見せる。それにしても、よく喋る口だ。それほどに、私と
そう説明しながら、クラウチは自分の耳につけられた翡翠色に煌め
来ているのさ﹂
よって、僕は見ることが出来なくとも姿形を感覚で捕らえることが出
このピアスは、付けている者の知覚能力を補助する魔法具さ。これに
?
561
!
!
!
!
!?
!
さえ割れてしまえば容易に崩せる。それに│││根本的に実力に差
﹂
があるね﹂
﹁ッ
!?
クラウチの呪文が一気に苛烈になった。それは私だけに留まらず、
姿を消している上海と蓬莱をも正確に襲っている。何とか迎撃を試
みるも、先ほどの段階で撃ち漏らしがあったのだから、対処しきれる
出し惜しみはしないほうが身の為だぞ
君の周りを守っ
はずもない。防御を抜け、襲い掛かる閃光を左右に動きながら躱して
いく。
﹁ほら
﹁なにッ
﹂
﹂
文を跳ね返す鏡で、クラウチへと呪文を跳ね返した。
加されたハルバートで弾き、京は〝呪詛返し〟という一部を除いた呪
回したのは京とオルレアンの二人。オルレアンは〝盾の呪文〟が付
を防御するために配置していたドールズによって防御する。防御に
そう言って放たれる二つの赤い閃光を、周りの戦闘で生じた流れ弾
いるのだろうが、そんな余裕なんてあるのかい
ている人形│││向こうの戦いによる余波を防ぐために待機させて
?
?
﹁君は大量の人形を召喚するとき、その物量による制圧を狙っている
よって起こった現象などの効果を終わらせる呪文だ。
ク ラ ウ チ が 杖 を 振 り な が ら 唱 え た 呪 文 は 〝 終 息 呪 文 〟。魔 法 に
お見通しだ﹂
﹁ふん│││御大層な人形を出してきみたいだが、それの弱点は既に
ないかつ瞬時に防御を敷けるように構えている。
を現すように各人形は大型の盾と細身の槍を持ち、視界の邪魔になら
ならば、〝リトルレギオン〟は防御を主においている人形達だ。それ
戦列を組んで現れた。〝ドールズウォー〟が攻撃を主においている
それを開放する。そして、総数五十体を超える人形が私を守るように
後ろに控えていた露西亜から一枚のカードが目の前に投げ込まれ、
﹁〝リトルレギオン〟﹂
防がれるものの、僅かに生じた隙を逃す手はない。
ていなかったのか、驚愕の声を発する。跳ね返した呪文自体は容易に
流石のクラウチも防がれた呪文が自らに跳ね返ってくるとは思っ
!?
であれば、至極簡単に対処ができる﹂
562
!
ようだが、その数を確保するために〝双子の呪い〟を使っているだろ
う
?
クラウチの放つ〝終息呪文〟が〝リトルレギオン〟を襲う。
確かに、クラウチの言っていることは間違っていない。私の人形の
大部分が〝双子の呪いで賄われている以上、その効果を終わらせる〟
終息呪文〝が弱点となるのは明白である。今後は、その弱点をなくす
ために対策を練る予定であるが、現状では対策が出来ていないため〝
終息呪文〟を防ぐことができない。
﹁│││この場合に限っては違うのよ﹂
〝終息呪文〟が放たれたにも関わらず、〝リトルレギオン〟は数を
減らさずにいて、その隊列に一切の乱れはない。クラウチは、予想に
なぜ消えない
〝双子の呪い〟であれば〝終息呪
反して消えない人形に驚愕と疑問の声を漏らす。
﹁な、何故だ
﹂
か、受ける攻撃は重大な影響を及ぼさないものに限定し、〝死の呪文
が、流石はヴォルデモートが最も信頼しているというだけはあるの
に集中出来るようになった私の呪文はクラウチへ通りつつある。だ
クラウチの呪文は〝リトルレギオン〟によって防がれ、防御から攻撃
ギオン〟の召喚に成功したので、今までとは戦局が変わりつつある。
そこで、僅かな間止まっていた戦闘が再開される。だが〝リトルレ
に破壊することね﹂
﹁〝リトルレギオン〟の人形は全てが本物。対処というなら、物理的
ン〟程の手間はかけられない。
が、あれらは最終的に自爆前提での運用であるため、〝リトルレギオ
クリファイス〟などの人形にはそういった処理が施されてはいない
が施されている。攻撃用の〝ドールズウォー〟や〝アーティフルサ
は、その全てが複製ではなく手作りのものであり、数多の対魔術処理
るような脆弱なものにするはずがない。〝リトルレギオン〟の人形
身を護るために用意した人形が、〝終息呪文〟程度で簡単に対処出来
〝リトルレギオン〟は防御を主とする人形の隊列である。自身の
た人形ならね﹂
﹁えぇ、その推察は間違っていないわ│││〝双子の呪い〟で増やし
文〟で無力化することが可能なはずだ
!
〟やドールズの攻撃は一度も受けることなく対処している。今まで
563
!
!?
の私の戦いを見ていたというのだから、ドールズの武器に何かしらの
仕込みがあることに気が付いているのだろう。
どれ程の時間が経ったのか。体感的には一時間は戦闘を続けてい
る気になっているが、下にいる騎士団が未だ来ていないことから、数
分しか経っていないのかもしれない。
これまでの戦いによって、私もクラウチも疲労によって荒く呼吸を
繰り返している。お互い限界が近いのか、最初のような呪文の応酬は
なくなり、隙を見て攻撃するという地味なものへと移行している。
五十体以上いた〝リトルレギオン〟は全てが残骸と化し、床に散ら
ばっている。ドールズも魔力に限界があるため〝目くらまし術〟が
解けて姿を晒し、殆ど動けなくなっている。正直、ここまで粘られる
とは思っていなかった。〝リトルレギオン〟を召喚した時点で勝て
564
ると思っていたのだが、予想以上にクラウチに粘られてしまった。
﹁はぁ│││はぁ│││ははッ。やはり│││素晴らしいよ│││そ
の若さでこれほどとは│││血の恩恵なのか│││君自身の才能な
のか│││まったく、本当に素晴らしい│││そして│││危険だ﹂
一言ごとに息をしながら、クラウチが口を開く。その顔は、汗と傷
で汚れているものの、どこか子供のような明るさが見えた。
﹁あぁ、ご主人様の仰った通りだ│││君は味方にあれば心強いが│
││敵対すれば危険極まりない。ダンブルドア以上に危険だと言わ
れたときには、それを理解できなかったが、今なら理解できる│││
君は危険な存在だ﹂
段々と落ち着いてきたのか呼吸は落ち着き、言葉も流暢になってい
く。
それにしても、何かあればご主人様ご主人様と。こいつら死喰い人
のヴォルデモートに対する心酔は一体なんなのだろうか。
それは結
﹁│ │ │ 何 が 言 い た い の か し ら ま さ か、私 が ヴ ォ ル デ モ ー ト に
とって危険になるから、今のうちに殺しておこうとでも
構だけれど、果たして貴方の大好きなご主人様は、そんな命令に反す
?
?
ることを許すのかしらね
﹂
﹂
﹂
?
などという手段を用いてまで手に入れようとしたアリスが、他ならぬ
に見ていた。ヴォルデモートがあれほど執着し、魔法具を用いた決闘
それを、ダンブルドアとハリーは信じられないものを見るかのよう
アリスが四本の緑の閃光に貫かれる姿。
◆
も出来ずに、白く飲み込まれていった。
〝死の呪文〟が身体に突き刺さった瞬間、私の意識は抵抗すること
﹁│││﹂
ず、迫りくる〝死の呪文〟から逃げることは出来なかった。
元々肉体的に限界が近かった私に、倒れた体勢から動くことは出来
ク ラ ウ チ か ら 放 た れ た 呪 文 に よ っ て、そ の 場 で 転 倒 し て し ま う。
﹁残念だったね。その隙は致命的だよ﹂
いため避けようとする。
できた。それがら全て〝死の呪文〟だと理解した瞬間、防ぐ手段がな
左右前後、天井まで伸びる部屋から四本の緑の閃光が私目がけて飛ん
クラウチの言葉にどういうことなのか聞き返そうとしたところに、
﹁なんですッ
がご主人様の命令に反していないとなれば、どうなるかな
そも反する気すら起きないというのが正しいけどね│││だが、それ
﹁あぁ、確かにご主人様の命令に反することは出来ないさ。いや、そも
れるというのもありえるだろう。
えられることは明らか。あるいは弁明する時間も与えられずに殺さ
ど出来る訳がないはずだ。それをすれば、ヴォルデモートから罰を与
ヴォルデモートを心酔している死喰い人には、その意を反することな
るというのは正しいが、そのヴォルデモートが欲しているのだから、
死喰い人として、ヴォルデモートにとって危険な存在は全て排除す
?
死喰い人の手によって殺されてしまったのだから、その驚きも当然な
のかもしれない。
565
!?
ダンブルドアは、これが死喰い人による独断の行動かと思いヴォル
デモートを見るも、ヴォルデモートは残念な素振りこそ見せている
が、命令に反した部下に怒りを抱いている様子はみられない。
クラウチと周囲の部屋から出来てきた死喰い人はヴォルデモート
の前まで進み、その場で跪き、頭を垂れる。いつの間に移動したのか、
ベラトリックスの姿もそこにあった。
﹁ご主人様、ご命令通り、アリス・マーガトロイドを排除いたしました﹂
﹁ご苦労│││もう少し粘れなかったのか、とは聞かぬ。お前たちの
戦いは、俺様も見ていた。奴があそこまで力をつけていようとは、俺
様の予想をも超えていた。もし、この場で奴を逃がしてしまえば、何
﹂
時の日か必ずや俺様を脅かす存在へと成長していただろう﹂
﹁│││どういうことじゃ
ヴォルデモートとクラウチの会話に、ダンブルドアが疑問の声を漏
らす。
﹁簡単なことだ、ダンブルドア。俺様は、予めクラウチに二つの命令を
し て い た。一 つ は 審 判 秤 を 用 い て ア リ ス を 打 ち 負 か せ と い う も の。
もう一つは│││負けそうになり、アリスの力が今後脅威となるもの
ならば敗北する前に殺せ、という命令だ。決闘がアリスの勝利で決着
してしまえば、俺様は一切の干渉が出来なくなる。そうなれば、奴は
十分な期間を用いて策を巡らせることが出来る。万が一、その策に
よって俺様が破れないとも言い切れない。故に、後顧の憂いを断つた
めにも、ここで殺しておく必要があったのだ﹂
奥のエレベーターホールから床を踏み鳴らす音が響く。神秘部で
死喰い人を拘束した騎士団のメンバーが上がってきたのだ。やって
きたのは、ルーピン、キングズリーの二人。二人は破壊され尽くした
現状と、倒れているアリスを見てある程度の経緯を推察し、ハリーま
でも殺させないために前に立ち、杖を構える。
﹁│││潮時か。ハリーを殺せなかったのは残念だが、それは次回に
持ち越そう。今お前らと闇祓い共を相手にするのは面倒極まるので
な﹂
魔法省入口に置かれた暖炉からファッジを始めとする魔法省の役
566
?
人や闇祓いが現れるのを見て、ヴォルデモートは撤退の姿勢を見せ
る。ダンブルドアは、今の状況で戦いを続けるのは悪戯に被害を広げ
るだけと判断して、ヴォルデモートの撤退を引き留めようとはしな
い。ファッジ達は、散々否定してきたヴォルデモート復活が現実とし
て目の前に現れたことで放心しており、動くこともしないで只々視線
だけでヴォルデモートを見ている。
そして、ヴォルデモート達が暖炉へと辿り着き、魔法省より去ろう
ご主人様
﹂
としたところで│││緑の閃光が襲い掛かった。
﹁ッ
﹂
?
﹂
答えろ、アリス・マー
!
!?
なのに、何故お前は生きているんだ
ガトロイド
た
﹁何故だ│││何故生きている 〝死の呪文〟は確かにお前を貫い
しきれていないせいか、呆然と立っている。
グズリー達も同様の反応をしている。ファッジ達だけは、現状を把握
ベラトリックス、死喰い人、ダンブルドア、ハリー、ルーピン、キン
している。それはヴォルデモートに限ったことではなく、クラウチや
かに響く。目を見開き、信じられないものを見ているかのように驚愕
今起きたことに静まり返っていた空間に、ヴォルデモートの声が静
﹁│││どういう、ことだ
チへ何も言うことなく、その意識を閉ざした。
見開くも、緑の閃光は目の前まで迫っており、自身を盾にしたクラウ
掴み、緑の閃光の射線上へと押しやる。死喰い人は突然のことに目を
それに逸早く反応したクラウチが、自身の横にいた死喰い人の腕を
!
◆
杖を構えながら悠然と立ち上がっていた。
先ほど、〝死の呪文〟をその身に受けたアリス・マーガトロイドが、
﹁│││さてね。それを貴方達に言う必要はないわね﹂
く。そこで倒れているはずの人物へと向けられる。
クラウチの叫ぶ声の矛先は、先ほどまで自身がいた場所にすぐ近
!
567
!?
!
殺せなかったか。
内心でそう愚痴りながら、杖をヴォルデモート達へ向ける。尤も、
既に魔力が尽きかけているため、これはハッタリに過ぎない。もし
今、呪文の一つでも放たれたら、防ぐことなくくらってしまうだろう。
だからこそ、戦闘の姿勢を崩さない。相手に、自分はまだ戦えると
いう印象を植え付ける。この状況なら、よほど我を忘れていない限り
は攻撃してこないだろう。
﹁│││﹂
激昂するクラウチとは反対に、ヴォルデモートは表情を能面のよう
﹂
にして、静かにこちらを見てくる。赤い目が私の目を捕らえると同時
に、何かが私の中に侵入してくる感覚に襲われる。
﹁女の子の心に土足で入ってくるなんて、男としてどうなのかしら
尤も、〝開心術〟が使われることなど、こちらとしては予想の範囲
内であり、既に〝閉心術〟で心を閉ざしている。〝閉心術〟は、殆ど
精神力に依存するものであるので、魔力が少ない今でも使うことが出
来る。
﹁│││その秘密、必ず暴いてみせるぞ﹂
その言葉を最後に、ヴォルデモートは完全に姿を消した。他の死喰
い人もヴォルデモートに続いて姿を消していった。
﹁はぁぁ⋮⋮﹂
張りつめた緊張がなくなり、ゆっくりと長く息を吐き、その場にへ
たり込む。同時にとてつもない疲労感が身体を襲い、一気に意識を手
放しそうになるが、舌を強く噛むことで何とか意識を保つ。
少し離れた場所で誰かの話し声が聞こえてくる。視線を向けるの
も億劫なので声だけの判断だが、ファッジがダンブルドアに何があっ
たのかを聞いているのだろう。二人の会話や周囲の雑音を聞き流し
ながら、すぐ傍に落ちている小さい人形│││チビ京を手に取る。全
身に細かい亀裂が入ったチビ人形は限界だったのか、私が手に取ると
同時に粉々に砕け散ってしまった。
﹁アリスよ﹂
すぐ近くでダンブルドアの声が聞こえ、視線だけを向ける。私のす
568
?
ぐ傍に膝をついているダンブルドアは手に黄金の像の頭部を持ち、そ
れを私の前に置いた。
﹁お 主 は こ の 移 動 キ ー で 先 に ホ グ ワ ー ツ へ と 戻 る の じ ゃ。暫 く し た
ら、わしも戻るからの、それまでは休んでいるとよい﹂
﹁│││それでは、お言葉に甘えて、先に失礼します﹂
このままここにいて面倒事に巻き込まれるのは嫌なので、素直にホ
グワーツへと戻ることにする。移動キーに触れる前にゆっくりと立
ち上がり、いまだ動けないでいるドールズへと近づく。そして、ホル
ダーから取り出したカードをドールズへと当てて、ヴワルへと転送す
る。ヴワルならば魔力が充実しているので、回復も早くなるだろう。
最後に、残骸と化した〝リトルレギオン〟の人形を消し去ることで、
ようやく帰る準備が完了した。
ふらふらと左右に揺れながら移動キーへと近づき、そして手を触れ
る。次には、移動キー特有の引っ張られる感覚と共に景色が高速で回
最後に、ポケットから出した一本の瓶の中身を喉に流し込み、飲み
込むと同時に意識を手放した。
569
転を始め、回転が収まると私がいる場所は魔法省からホグワーツの校
長室へと移動していた。
﹁あっ│││と﹂
着地のタイミングがずれて転びそうになるも、近くにあったテーブ
ルに手をついて逃れる。腕に力を入れて身体を起こし周囲を見渡す
﹂
と、部屋の中央にいるようだ。
﹁アリス
なものは無視だ。
﹁アリス、その、大丈夫かい
│││私、少しの間寝ているから││
?
?
│何かあったら、起こして頂戴﹂
﹁│││そう見えるかしら
﹂
転がる。何やら校長室一面にある肖像画からの視線を感じるが、そん
で、部屋の奥にある応接用と思われるソファーに近寄り、仰向けに寝
とは言うものの、正直ハリーがここにいることなどどうでもいいの
﹁あぁ、ハリー。先に来ていたのね﹂
?
◆
﹁│││ん﹂
何か、騒がしい音に反応して目が覚める。耳に入ってくるのは、硝
子や陶器が割れ、金属が甲高い音を立てて叩きつけられるような││
│一言でいえば、手当たり次第に破壊行動をしている音だ。耳障りな
音に眉を顰めながらも、身体の調子が動けるほどに回復していないの
で、視線だけを音の発生源へ向ける。
そこでは、ハリーが部屋にあるものを手に取り、壁や床に叩きつけ
ていた。そんなハリーを、椅子に座っているダンブルドアは静かに見
ている│││正直、現状がどうなっているのか理解できない。
疲れたのかどうなのか、ハリーは暴れるのを止めると、ダンブルド
アの対面に置かれている椅子へ腰かける。そこで、ダンブルドアから
ハリーへの話が始まった。ハリーの額に刻まれた傷跡の意味、去年の
夏より続くハリーを遠ざけていた行動の真意、クリーチャーの嘘とシ
リウスの過ち、ダンブルドアの過ち、ハリーを守ってきた魔法の力、こ
れまでハリーがホグワーツで乗り越えてきた苦難苦行、ヴォルデモー
トが欲した予言の内容など。
ダンブルドアの話と、ハリーの反抗│││というにはアレな話を聞
きながら、覚醒してきた頭で情報を整理していく。
今聞いた話で重要なのは、やはり予言の内容か。〝一方が生きる限
り、他方は生きられない〟〝一方が他方の手によって死ななければな
らない〟│││つまり、ハリーとヴォルデモート。この二人はどちら
かの手によって相手を殺さなければならないということ。ハリーよ
り卓越した魔法使いであるダンブルドアでは殺せないとある以上は、
両者にしか互いを殺すことが出来ないような特別な要素が存在する
のだろう。それがどういったものなのかは分からないが、今考えても
どうしようもないか。
二人の話は日が完全に上るまで続き、ハリーが医務室へと連れてい
かれた後、戻ってきたダンブルドアは私が寝ているソファーまで近づ
570
き、椅子へと腰を掛けた。
﹁おはよう、アリス。調子はどうかね
﹂
﹂
?
﹂
﹂
悪霊の火〟や〝許されざる呪文〟を使ったことは小さきことと言え
﹁お主が〝死の呪文〟を受けて生きている秘密。それに比べれば、〝
ることが出来ないだろう。それが〝死の呪文〟である。
なっている。当たったが最後、ヴォルデモートすら対策なしに生存す
ら現在に至るまで衰えることなく、あらゆる魔法使いの恐怖の対象と
うな例外を除いて、死の代名詞とされるものだ。その脅威は、過去か
それも当然といえばそうだろう。なにせ、〝死の呪文〟はハリーのよ
ルドアとしては私が死ななかった理由の方が気になるようだ。まぁ、
〝許されざる呪文〟を出すことで話をずらそうと思ったが、ダンブ
やっぱり、そうくるか。
かけられておらぬ﹂
こそじゃ。じゃが、お主には〝死の呪文〟を防ぐほどの護りの魔法は
から生きながらえたのは、ハリーの母による護りの魔法があったから
を受けて何故生きていられるのかじゃ。過去、ハリーが〝死の呪文〟
﹁それもあるが、それ以上にわしが気になるのは、お主が〝死の呪文〟
﹁│││〝許されざる呪文〟、ですか
終えられぬ大きな点があることも事実じゃ﹂
怪我を負わずに済んだのは喜ばしいことじゃ。じゃが、話を聞かずに
﹁│││そうじゃの。お主の行動で、ハリー達やルーピン達が重大な
か問題でも
﹁無茶をしなければならない状況でしたからね。そのことに関して何
﹁それは重畳じゃ。魔法省では随分と無茶をしたようじゃの
が原因でしたから、薬を飲んで寝て休めば、ある程度は回復します﹂
﹁普通に過ごす分には問題はないですね。元々、魔力枯渇と精神疲労
付いているだろう。
も言わないが、私が二人の話を聞いていたということは、恐らく気が
アはゆっくりと落ち着いた声で話しかけてくる。ダンブルドアは何
ハリーと話していた時のような疲れた様子は見せずに、ダンブルド
?
?
る│││無論、倫理的には問題があるがの。過去、どのような魔法使
571
?
いですら〝死の呪文〟を克服することは出来なかった。〝死の呪文
〟はヴォルデモート達にとって絶対の優位性を保てる武器じゃ。そ
の優位性をなくすことが出来れば、これからの戦いにおいて、無用な
死者を出さずに済むかもしれん﹂
﹁│ │ │ 話 は 分 か り ま し た。流 石 に、こ こ ま で き て 隠 し 通 せ る と は
思っていないですし。教えますよ。私が何で生きていられるのか﹂
ここで黙秘を貫いたところで、事が事である。ダンブルドアは何と
しても秘密を聞き出そうとするだろう。強引な手段には走らないと
思うが、人から秘密を聞き出す方法なんて無数にある。もしかした
ら、ダンブルドアは私が知らないような聞き出し方を知っているのか
もしれない。その場合、必要以上の秘密を暴かれる危険性も否定でき
ない。それならば、自発的に話して必要以上追及を避けるべきだろ
う。
校長室にある肖像画に聞こえないようにしてもらい、それを確認し
たのち、姿勢を正してダンブルドアと向き合う。
﹁とりあえず、最初にドールズのことから説明する必要がありますね。
といっても、大方の予想はついていると思いますけど﹂
そこで僅かに間をおいてから、再度口を開く。
﹁通常、人形に限らず無機物を動かすには、物体操作や変身魔法に類す
る魔法を使用する必要がありますが、これらの魔法で動くものは酷く
脆いものです。長い時間動くことも出来ないし、意思の疎通も出来な
い。与えられた命令を忠実にしかこなせず、魔法の力が無くなってし
まえば消えてしまう。元々、私が魔法の世界に踏み込んだのは、考え、
話せ、感情を現せる、文字通り魔法のような人形を作りたかったから
です。一時の命ではなく、半永久の命。その結果として生まれたのが
上海や蓬莱を始めとするドールズ│││魂を持った人形です﹂
﹁魂を持った人形、の。確かに、お主の人形には魂に関する魔法が使わ
れているとは考えておった。尤も、それがどのようなものなのかは思
い至ってはいないがの﹂
﹁多分、聞いたことならあると思いますよ│││ホークラックスとい
う魔法です﹂
572
ホークラックスという言葉を出したとき、ダンブルドアの顔に僅か
な険しさが現れた。
﹁とはいっても、ホークラックスをそのままという訳ではなく、あくま
で参考にですけどね﹂
﹂
﹁アリスよ。それがどれだけの禁忌される魔法であるのか、分かって
おるのかの
﹂
﹂
?
に ホ ー ク ラ ッ ク ス を 使 用 す る 際 の デ メ リ ッ ト も あ り ま せ ん。そ う
で、ドールズにはホークラックス特有のメリットはありませんし、逆
ホークラックスを参考にしたのは、魂を切り分けるという部分なの
﹁ドールズは、私の魂の極一部を切り分けて生まれた存在です。私が
続ける。
に話の続きを促してきた。態々掘り返す気もないので、そのまま話を
ダンブルドアは何かを言いたげにしているが、最後には何も言わず
殺されることを素直に受け入れろと言っているのと同義ですよ﹂
殺されるという状況で相手を殺すなというのは、自己防衛を認めず、
りで襲ってきたら、同じく殺すつもりでやり返します。殺さなければ
﹁それは、状況によると思いますよ。少なくても私は、誰かが殺すつも
してほしくはないのじゃが﹂
﹁そうか│││出来るならば、君達には人を殺めるということを経験
ね﹂
生き残る為に、クラウチやヴォルデモートを殺そうとしましたけれど
んてことは、極力したくはありませんし│││まぁ、魔法省では今後
﹁していませんよ。私だって、自分の目的の為に誰かを犠牲にするな
ておらぬのじゃな
﹁│││一つ、嘘偽りなく答えてほしい。お主は、人を殺めることはし
んか
れば、残る殺人という過程を無くせば、殆どの問題はないと思いませ
要があるということ。自身への傷事態は、所詮は自己責任です。であ
を分かつ結果襲い掛かる自身への傷と、魂を分ける際に殺人を行う必
﹁勿論です。ですが、ホークラックスが禁忌とされる最大の要因は、魂
?
やって生まれたドールズは魂と心を持ち、日々様々なことを経験し成
573
?
長することで、私とは違う、個としての人格を育んでいます。それが
上海、蓬莱、露西亜、京、倫敦、仏蘭西、オルレアン│││ドールズ
の正体です﹂
﹁ふむ│││なるほど、の﹂
﹁それで、ここからが本題ですね。ドールズの一人である京、この子は
日本にある人形を参考に作りましたが、その際にある機能│││と言
うのは嫌ですけど、他のドールズにはない力を加えたんです﹂
﹁それが│││﹂
﹁えぇ、それが〝死の呪文〟を受けて私が生存できた理由。日本人形
には、持ち主に降りかかる厄災を代わりに引き受ける、身代わりのよ
うな力が宿ると言われています。京にはそれと同じ、私に襲い掛かっ
た呪文を代わりに受けて流す〝呪写し〟としての機能があり、それに
よって、私は死なずに済んだという訳です﹂
﹁そのようなことが本当に│││いや、現にお主はこうやって生きて
574
おるのじゃから、事実なのじゃろう。呪写し│││その原理は分から
んが、恐らく元を同じくする魂による繋がりを利用したといったとこ
それに、身代わりとなった人形も無事で済むとは
ろかの。しかし、〝死の呪文〟程のものをそう簡単に無傷で流すこと
が可能なのかの
考えにくいが﹂
見ている。尤も、込められた魂は砕け散ったときに霧散しているの
ダンブルドアは砕けたミニ京の破片を手に取って様々な角度から
は死なずに済んでいるんです﹂
の、私の魂を長い時間かけて込めたミニ京が呪いを受けることで、私
﹁見ての通り、〝死の呪文〟を受けた影響で粉々に砕けています。こ
に置く。
ポケットから、あの時砕け散ったミニ京を取り出してテーブルの上
は│││これです﹂
くまで呪いを受け流すための中継点です。写された呪いが向かう先
ね。恐らく、仮死状態にでもなっていたんでしょう。それに、京はあ
流せなくなります。実際、あの時は意識が全くありませんでしたから
﹁簡単ではありませんよ。流石に〝死の呪文〟ともなると、無事には
?
で、ただの破片に過ぎないのだが。
﹁そのようなことが本当に可能とはの。俄かには信じられぬが、お主
﹂
が生きているという事実もあるしの│││つまり、このミニ京とやら
がある限り、お主には〝死の呪文〟は効かぬということかの
﹁間違ってはないですが、無制限というわけではないので、無暗な乱用
は出来ないですね。仮にも私の身代わりとなる人形ですから、少なく
ない量の魂が注がれているんです。魂が無理に削られない範囲で、長
期間に渡って魂を注ぎ込まないと作れないものですから、半年に一つ
作るのが限界です。それに、どういう訳なのか二つしか同時に作成、
保管出来ないので、防げるのは実質二回まで。とまぁ、こういったも
のですから、誰にでも使えるものではないですね﹂
あとは僅かな補足を加えて説明を終える。ダンブルドアは椅子の
背もたれに深く寄りかかり、天井を見上げながら目を閉じている。多
分、私の話を整理、熟考しているのだろう。
﹁│││アリスよ﹂
五分か十分か、沈黙していたダンブルドアは元の姿勢に戻ると、静
かに声を掛けてくる。
﹁お主の魔法は、闇の深淵にまで踏み入れておる。普通であれば、見過
ごすことは出来ないところまでじゃ。本来であれば、わしはお主を拘
束して然るべき措置を取らねばならぬ。じゃが、出来るならばそのよ
うな手段は取りたくはない。お主はヴォルデモートとは違い、その知
識を悪用することはないと信じておるからじゃ。故にアリスよ、約束
してほしい。お主の持つ知識と技術を決して悪用しないことを。誰
かを傷つけるためには使わないと。自身と友を守るために使うと﹂
﹁改めて言われるまでもないですよ。好き好んで追われる立場になろ
う な ん て 思 っ て な い で す し、誰 か を 傷 つ け る 理 由 も あ り ま せ ん。
﹂
まぁ、ヴォルデモートや死喰い人みたいに襲ってくる相手にはその限
りではないですけど、そこらへんは自己防衛ですよね
ん。世の中には、話し合いではなく力でしか解決できないことがある
もの事実じゃ。逆に、力ではなく話し合いでしか解決出来ないことも
575
?
﹁そうじゃの。脅威を退けるために戦うというのは、わしも否定はせ
?
ある│││これだけは覚えておくじゃ、アリスよ。必要以上の力は、
同時に必要以上の力を引き寄せてしまう。何をするにしても、その結
果は善かれ悪かれ全て己に帰結するのじゃ。そして、自らの意思で選
んだ道は、誰にも責任を委ねることは出来ん﹂
つまりは、何をするにも全てが自己責任。自分の行動によって生じ
ることは自分で責任を取る│││ということだろうか 普通に常
識だと思うが、ダンブルドアが言うと格言のように聞こえるのはなぜ
だろうか。
それから数分ほど話が続いた後、しもべ妖精が用意したであろう軽
めの食事をして、医務室へと向かった。医務室に入ると、待ち構えて
いたかのようにマダム・ポンフリーに捕まり、何を言う前にベッドへ
と寝かされてしまった。他に埋まっているベッドではハリーやハー
マイオニー達が寝ているようで、大小様々な寝息が交わっている。マ
ダム・ポンフリーから濁った青紫色の液体を渡され、毒ではないだろ
うと言い聞かせながら飲んだ後、静かに襲ってきた眠気に逆らうこと
なく意識を手放した。
◆
魔法省での戦いから数日。今までヴォルデモート復活を否定して
きた世間は、一転して肯定へと意見を変えた。というのも、最も否定
していた魔法省が認めたというのが大きいのだろう。魔法省が認め
たことで日刊予言者新聞も手のひらを返すように、報道内容を変えて
いる。今まで散々非難中傷していたハリーやダンブルドア│││つ
いでに私やセドリックを褒める記事に始まり、真偽が分からない独占
インタビューやら、今までヴォルデモート復活を否定してきた魔法省
に対する疑問等など。それらの記事をハーマイオニーは喜び半分憤
り半分といった感じで読んでいて、ブツブツ言いながらも新聞を読ん
でいた。また、〝死の呪文〟を受けて生きていることを追及された
が、無暗に話を広げることは出来ないので、頑なに黙秘を貫いた。尤
も、それで素直に引き下がる訳もなかったけど。
576
?
ロン達は怪我の具合と養生するということで医務室に缶詰状態と
な っ て い た。ハ リ ー は 比 較 的 軽 症 で 済 ん で い た た め 翌 日 に は 回 復。
私は疲労こそあるものの、目立った怪我はないため二日目には完全に
回復をした。医務室の奥では、ベッドをカーテンで閉め切った状態で
アンブリッジが寝ており、見た目的には落ち着いているものの、あの
夜にケンタウルスの群れと衝突、連行されたことで強いショックを受
けたようだ。ロンがケンタウルスの蹄の音を真似るとガタッとベッ
ドを鳴らして、カーテンの隙間から顔だけを出してはキョロキョロと
見渡し、何もないとわかると安心したように引っ込んでいく、という
のがハーマイオニーに止められるまで繰り返し続いていた。
また、魔法省の戦いで捕まった死喰い人を親に持つスリザリンの生
徒は、その報道のこともあって学校中から白い目で見られるように
なった。死喰い人の一件に限らず、今は無き尋問官親衛隊にもスリザ
リン生が所属していたことも無関係とは言えないだろう。
とはいえ、元々スリザリンとそれ以外の寮では一線を引いた状態な
ので、実際にはいつもより関係が悪化した程度に収まっているよう
だ。
一度、廊下を気ままに歩いているときに、クラッブとゴイルを引き
連れたドラコと会ったことがあった。父親が投獄された要因の一つ
であるだろう私へ恨み言でも言われるかと思っていたが、予想に反し
てドラコは何も言わずに、すれ違いざまに一瞬視線をよこしただけ
だった。その後、玄関ホールに降り立った際に、壁際に置かれている
各寮の得点を示す砂時計を見ると、先日まで空っぽだったグリフィン
ドールの砂時計にルビーが溜まっていることに気が付いた。よく見
れば、レイブンクローとハッフルパフの砂時計も増えているようだ。
誰が入れたのかは分からないが、この土壇場でかつ増えた寮と量から
察するに魔法省での一件が理由だろう。それ以外にあったら教えて
ほしい。
577
ホグワーツ特急に揺られながら、これからのことを考える。
あの日、魔法省にいた死喰い人はアズカバンへと投獄されたが、既
に吸魂鬼が看守を放棄している以上は、脱獄されるのも時間の問題だ
ろう。なにしろ、ヴォルデモートに加えて、最大の忠臣であろうベラ
トリックスとクラウチがいるのだから、アズカバンを真正面から攻略
できてもおかしくはない。
クラウチとの決闘は文面上で判断するならば私の負けということ
になるはず。とはいえ、それは私が仮死とはいえ死んでの負けである
ので、契約自体は破棄されているだろう。私のヴォルデモートに対す
る感情が変わってない以上は、契約の履行はされていないはずだ。
その代り、ヴォルデモートにはこれまで以上に付け狙われるだろう
ことが容易に想像できる。仕方がないとはいえ、呪写し│││〝死の
呪文〟への対策があることを知られたのが痛い。原理は知られてい
ないが、それだけにそれを突き止めようと相手も躍起になるだろう。
ていうか、去り際に必ず暴くって言っていたし。
決闘の契約が破棄になった以上、ヴォルデモートが私に手を出すこ
とに制限は存在しない。なら、それに抗えるだけの力を付ける必要が
あ る。ダ ン ブ ル ド ア は 話 し 合 い で し か 解 決 で き な い こ と も あ る と
言っていたが、これに限っては力以外での解決はあり得ない。
まずは、ヴワルへ戻ったらすぐにミニ京の制作へと取り掛かる。今
回一つ壊れてしまったため、残るは一つ。これからのことを考えると
あまりにも心許ない。それと、散々破壊された人形の補充に加えて〝
双子の呪い〟をどうにか改良出来ないかも研究する必要がある。〝
終息呪文〟が弱点というのは大きすぎる欠点だ。あとは多くの人形
を効率よく動かすための戦術や戦略、指揮系統とその伝達方法など。
正直、時間が圧倒的に足りないが、やらなければ殺されるか操られ
る以上はやるしかない。学校に行かないで、ヴワルで朝から晩まで研
究していたい気もするが、ずっとヴワルにこもるわけにもいかないだ
ろうし、外に出るとなるとそれも危険だ。であれば、今まで通りに、ホ
グワーツにいながら研究するのが無難な道だろう。
﹁まったく│││嫌な世の中ね﹂
578
ロンドンの駅に到着するまでは現実逃避しようと本を取り出し、栞
の挿んである頁を開いた。
579
THE HALF│BLOOD PRINCE
逃げる者、捜す者達、追う者達
霧が漂うロンドンの大通りを魔法省の車で進み、キングズ・クロス
駅 へ と 向 か う。車 内 に は、私 の 他 に ウ ィ ー ズ リ ー 家 と ハ ー マ イ オ
ニー、魔法省から派遣された護衛役の闇祓いが二人乗っている。普通
ならば車一台には到底乗り切れない人数だが、拡大呪文が掛けられて
いるのか、車内は十分すぎる程の広さをしている。
なぜ魔法省の車で移動しているのかといえば、ヴォルデモートの復
活が公式発表されたことが理由だ。魔法省での戦いを境に、魔法界に
留まらずマグルの世界でも暗澹とした空気が流れている。その影響
の一つが、今なおイギリスを覆う霧。この霧は自然発生したものでは
なく、ヴォルデモート配下となった吸魂鬼がイギリスの上空を徘徊し
ていることによる魔法的な霧だ。吸魂鬼は人の幸福を吸い取り、マグ
ルなどの魔法的な素質を持たない者には近くにいるだけで活力を
奪ってしまう。ロンドンの暗澹とした空気の大部分の原因がコレだ。
さらに死喰い人や、巨人も一部地域では出回っているようで、この地
における安全地帯は僅かといってもいいだろう。尤も、それもいつま
で保てるか分からないが。
そんな状況で、騎士団や魔法省が重要人物であるハリーを危険に晒
すわけもなく、外出時には騎士団と闇祓いが必ず警護することになっ
ているのだ。それは私も例外ではなく、抱えている事情の都合で騎士
団がメインだが、ハリーと同じように警護されている。
こういった警戒措置の所為かは分からないが、この夏休み中はとく
に大きな問題が起きることもなく過ごしていた。といっても、私がハ
リー達と合流したのは夏休みの後半、新学期が始まる一週間前なの
で、それほど警護の意味があった訳でもないのだが。
ちなみに、今年の夏に魔法省大臣がファッジからルーファス・スク
リムジョールという元闇祓い局局長へと変わった。流石にこれまで
の失態があった以上、ファッジが大臣職に留まることは無理だったよ
580
う だ。ス ク リ ム ジ ョ ー ル だ が、元 闇 祓 い と い う こ と も あ っ て か、
ファッジとは違いヴォルデモートに対して正面から渡り合う政策を
とっている。その上で、市民の安全にも気を配っていることもあり、
魔法界から熱烈な支持を得ている。
キングズ・クロス駅に到着し車から降りると、駅前に待機していた
数人の闇祓いと思われる男達が私達を囲い、周囲を警戒する。その
物々しい光景にマグルの人達が何事かと目を見開いているが、彼らは
そんなのは関係がないとばかりに私達をホームへ誘導していった。
ホグワーツ特急が停車しているホームへと入り、人込みを掻き分け
て車内へと乗り込んでいく。去年もそうだったが、何でこの一団は
もっと早く来ることをしないのだろうか。人が多くいたほうが隠れ
やすく、万一の襲撃を避けやすいとかいう理由だろうか。それはそれ
でいろいろと問題はあるけれど。
今の世の中、備えておいて損を
がった。DAメンバーの中でも一際成長著しかった二人だけに、今学
期もDAを続けたいらしい。
﹁続けてもいいんじゃないかしら
することはないんだし。アンブリッジがいない分、コソコソとしなが
らではなく、堂々と出来るのは大きな強みだと思うわよ﹂
581
ウィーズリーさんと話していたらしいハリーが私達に遅れて乗り
込むと同時に、汽車が動き出す。ホームが見えなくなってから、監督
性であるハーマイオニーとロンと別れてコンパートメントを探して
いく。ちなみに、ジニーは付き合っている男子と待ち合わせているら
しく、ホームが見えなくなると一声掛けていなくなった。途中、合流
﹂
したネビルとルーナと共に空いているコンパートメントを探して、汽
車の後方へと進んでいく。
﹁ねぇ、今年もDAの会合はするの
めて私とハリーに聞いてきた。
?
ハリーの言葉にネビルだけじゃなく、ルーナからも不満の声が上
﹁もうアンブリッジはいないんだし、必要ないだろう
﹂
空いていたコンパートメントに入り一息つくと、ネビルが期待を込
?
?
私がDA継続に賛成の意見を出すと、ネビルとルーナは嬉しそうに
する。ハリーもDAを続けるメリットはあると考え付いたのか、今年
はどのようなことをやろうかと、熱心に話し出した。
DAの話はハーマイオニーとロンが戻ってから再開することにな
り、O.W.Lの結果についてネビルと成績を教え合った。私の成績
は全ての科目で﹁優・O﹂であり、それを聞いたネビルに尊敬の眼差
し を 向 け ら れ た と き は、ど う 反 応 し た も の か と 苦 笑 い を 浮 か べ た。
ルーナは、今年O.W.Lを受けることもあってか勉強を教えてほし
いと言ってきた。今年は忙しくなりそうだが同寮ということもある
し、夕食が終わってから就寝時間までならということで了承した。
それからも四人で雑談を続けていると、ハーマイオニーとロンがコ
ンパートメントへ入ってきた。監督性としての仕事は終わったよう
で、疲れたように椅子へと深く腰掛ける。
いつもな
﹁腹減ったぁ。早くカート来ないかな│││ところでさ、マルフォイ
の奴が監督生の仕事をしていないんだ。妙じゃないか
ら、威張り散らしながら下級生を苛めているのに、コンパートメント
にずっと引き籠ったまんまだ﹂
去年あれだけ見栄を張っていたん
﹁マルフォイにとっては、監督性よりも尋問官親衛隊の方がお気に入
りだったんじゃないのかしら
んでしょ﹂
ハーマイオニーの言葉にハリーが口を出そうとしたとき、コンパー
トメントの扉が開いて下級生の女の子が緊張したように入ってきた。
﹂
﹁あ、あの。わたし、これを届けるように言われて。そ、それじゃ、失
礼します
﹂
回すと、お辞儀をして走り去っていった。そのことに一瞬呆けながら
も、受け取った羊皮紙を開く。
﹁招待状だ﹂
﹁スラグホーン教授ね。教授ということは、新しい先生かしら
﹁うん、闇の魔術に対する防衛術の先生。夏休みの最初に、僕とダンブ
?
582
?
だもの。今更、監督生として見栄張ったって、情けないと思っている
?
女の子は私とハリー、ネビルに紫のリボンで結わえられた羊皮紙を
!
ルドアが会った人だ﹂
羊 皮 紙 に は 私 達 を ラ ン チ に 招 待 し た い と い う 旨 が 書 か れ て い た。
どうして私達三人なのかという疑問はあるものの、特に断る理由もな
いので参加することになった。
お昼時の混み合う通路を進みながら先頭車両へと進んでいく。相
変わらずジロジロと視線が向けられるが、もう慣れたもので見向きも
﹂
せずに通り過ぎていく。
﹁│││
ちょうど汽車の中間車両ぐらいに入ったところで、汽車の中が急に
暗くなった。外を見ると、先ほどまで見えていた草原は見えず、代わ
りに濃霧とも言えるほどの霧が見える。急な暗さに車内が騒々しく
なるが、天井のランタンが灯ることで落ち着きを取り戻しつつあっ
た。
﹁すごい霧だね﹂
ネビルの呟いた声に同意しようと口を開こうとしたとき、汽車が大
きく揺れだした。汽車がガタガタガリガリと、脱線し地面を走ってい
るかのような音と振動を響かせる。そのあまりの衝撃に、通路にある
手摺を掴んでいても倒れてしまいそうになる。
﹂
﹂
﹁うわぁああぁぁぁあああぁッ
﹁きゃああぁぁぁぁああぁッ
!?
ろ、大小様々な怪我を全員が負っているようだが、命に関わる程の重
あちらこちらから生徒の痛みに呻く声が聞こえる。見渡したとこ
﹁いッ⋮⋮痛い、よぉ﹂
﹁あ、あぃあぁぁ﹂
の影が飛び交い、閃光が煌めくのが見えた。
いつつも状況を把握しようと視線を動かすと、窓から見えた外で多く
な衝撃と音を響かせることで、ようやく静止した。突然の事態に戸惑
慣性によって地面の上を滑っていた汽車は、何かにぶつかったよう
混乱へと陥る。硝子が割れ、柱が拉げ、床板が剥がれる。
かって横転したのだ。人も荷物もごちゃ混ぜになり、車内はさらなる
阿 鼻 叫 喚 と 化 し た 車 内 に さ ら に 襲 い 掛 か る 衝 撃。車 両 が 左 に 向
!?
583
?
傷者はいないようだ。ネビルは通路の後ろまで飛ばされているもの
の、すでに起き上がって近くの怪我人に手を貸している。ハリーも怪
我はないようだが、眼鏡をなくしたようで、床となった壁に手を這わ
せている。
﹁ハリー、眼鏡よ﹂
ちょうど私の足元に転がっていた眼鏡を拾い、レンズの罅を直して
﹂
ハリーへと渡す。眼鏡を掛けたハリーは足場の不安定さによろめき
ながら立ち上がった。
﹁一体、何が起こったんだ
﹁窓の外を見てみなさい。霧で見えにくいけれど、魔法を打ち合って
いるわ。汽車を護衛しているのは闇祓いよ。護衛の闇祓いが戦って
﹂
いる以上、魔法を打ち合っている相手は死喰い人の可能性が高いわ﹂
﹁そんな│││死喰い人が襲撃してきッムグ
た。
﹁いたぞぉぉぉおぉぉおおぉッ
﹂
そこまで考えついたところで、通路の端にある扉が勢いよく開かれ
が目的ということか。となると、必然的に奴らの目的は絞られる。
ホグワーツ特急を襲撃するということは、この汽車に乗っている誰か
以上は、こちらを上回る戦力を投入していると見るべきだろう。態々
うことはあり得ない。闇祓いが護衛するホグワーツ特急を襲撃する
いの死喰い人がいるのか分からないが、影の数から察するに少数とい
ハリーから手を離し、杖を取り出して窓から外を眺める。どのぐら
うでコクコクと頷く。
ハリーの口を押さえ、声を荒げるのを止める。ハリーも理解したよ
れを早めるのは危険よ﹂
騒動が大きくなったらパニックになるわ。時間の問題だとしても、そ
﹁大声を出すのは止めなさい。唯でさえ混乱しているのに、これ以上
!?
のような声を張り上げた。その声量に思わず耳を塞いでしまう。普
車内に入ってきた黒いローブの魔法使いは、私達を見るや否や爆音
!!
│麻痺せよ
﹂
!
584
?
通の人間が出せる声量を超えている。恐らく〝拡声呪文〟だろう。
﹁ステューピファイ
!
死喰い人が〝失神呪文〟を放つ。それは真っ直ぐに私へと向かっ
てくるが、上級生と思われる生徒が立ち上がったことによって、偶然
│麻痺せよ
﹂﹂
にも〝失神呪文〟の射線上へと入ってしまい、呪文は彼に当たってし
まった。
﹁﹁ステューピファイ
!
﹂
!?
﹂
│麻痺せよ
│護れ
﹂
!
﹁アリス、ここじゃ皆を巻き込んでしまう
﹂
後ろを見れば、ハリーも死喰い人を倒したようで、縄で拘束していた。
た死喰い人は続けて放った〝浮遊呪文〟で汽車の外へと放り投げる。
り呪文〟を放つ。〝金縛り呪文〟は死喰い人に命中し、身体が硬直し
喰い人が放つ〝失神呪文〟を〝盾の呪文〟で防ぎ、無言呪文で〝金縛
前の死喰い人には私が、後ろの死喰い人にはハリーが対峙する。死
﹁プロテゴ
﹁ステューピファイ
人で、前後の入口からそれぞれ入ってくる。
碌に話す時間もなく、別の死喰い人が車両に侵入してきた。数は二
﹁奴らの狙いは私達みたいねッ
り、その衝撃で死喰い人は一つ先の車両へと飛ばされていった。
様に〝失神呪文〟を放ったことで、二本の閃光が死喰い人へと当た
とで僅かに動揺した死喰い人へと〝失神呪文〟を放つ。ハリーも同
幸運だった。当たると思っていた呪文が予期せぬ方法で防がれたこ
唯立ち上がっただけだろう彼には災難であろうが、私達にとっては
!
!
!
のも早いかもしれない。
ように頼んだ。一人でも冷静に動ける人がいれば、混乱から立て直す
についてこようとしたが、未だ混乱状態にある生徒達を落ち着かせる
うだ。すでに扉を抜けて後ろの車両へと移動している。ネビルは私
ハリーは外に出る前にハーマイオニー達の安全を確かめにいくよ
に動けるという意味で。
くの生徒、障害物の多さから外の方が僅かとはいえ安全だろう。自由
実際、中にいても外にいても危険なのは変わらない。狭い通路、多
しょうし。危険だけれど、外に出た方が動きやすいわね﹂
﹁そうね、それに身動きもし辛い。死喰い人もどんどんやってくるで
!
585
!
扉 の 影 か ら 外 の 様 子 を 伺 う。濃 霧 は 先 ほ ど 同 様 に こ こ ら 一 帯 を
覆っており、空を飛び交う人が影としてしか認識できない。人形を出
すか一考するが、状況把握が満足にできず、何が起こるか予想できな
い以上、動きが制限される人形は出さないほうが得策か。
死喰い人の目的が私やハリーならば、最初の死喰い人の発した声で
私達がこの車両にいることは知られているだろう。ハリーは後方の
車両に移動しているが、それを死喰い人は知らない。ここで私が見つ
からないように移動すれば、私達がここにいると思っている死喰い人
はこの車両を襲撃してしまうだろう。先ほどのように一人ずつ乗り
│麻痺せよ
﹂
込んでくればいいが、車両ごと攻撃された場合、他の生徒に危害が及
んでしまう。
﹁ステューピファイ
﹂
!
いだろう。
﹁ラミナス・ヴェナート
│風の刃よ
それがどういった魔法なのかは分からないが、今気にすることでもな
た。よく見れば、死喰い人の何人かは箒を使わずに空を飛んでいる。
予想通り、私が攻撃したことで死喰い人の何人かが襲い掛かってき
いるはずだ。
くるだろう。何十人の闇祓いがいるのだから、襲撃の知らせは発して
いでいれば、この事態を知った魔法省やホグワーツから援軍がやって
の近くにいる方が万が一の安全を確保し易い。そうやって時間を稼
する必要はなくなる。この濃霧の中に飛び込むのは危険なので、汽車
がら時間を稼ぐのが最上手か。私が外にいると分かれば汽車を攻撃
であれば、死喰い人に私の存在を知らせつつ、汽車の傍を移動しな
!
〝ラミナス・ヴェナート〟│││〝風刃呪文〟と名付けたこれは、
に、身体に深い斬り傷を刻んで地面へと落下していった。
撃は防がれるものの、無言呪文で放った残りの攻撃までは対処出来ず
動きながら、残る死喰い人にも同様に呪文を放つ。〝盾の呪文〟で初
にも大きな斬り傷を刻んだ。宙に飛び散る血飛沫に当たらないよう
瞬間には、襲い掛かってきた死喰い人の杖を持つ腕が切断され、身体
空より急降下してくる死喰い人目がけて杖を大きく振るう。次の
!
586
!
対人戦での手札として開発したオリジナル呪文だ。振るった杖の軌
跡に沿って不可視の風の刃を放つ呪文で、その威力と速度、射程はか
なりのものだと自負している。
地面に落ちた死喰い人を拘束しつつ移動していく。空では未だに
無数の呪文が飛び交っているものの、どちらが優勢なのかは判断でき
ない。あまり移動しすぎるのも危険かと思い、少しその場に留まった
護れ
﹂
後に後方へ戻ろうかと考えたところで、車両の上から黒い塊が落下し
てきた。
﹁ッ、プロテゴ
進してきた。
?
﹁あぐッ
﹂
本格的に危険だと思い、汽車の中へと戻ることを検討し始める。
ですら霞んでしまうほどにまでなっていた。これ以上外にいるのは
濃霧はますます深くなっていく。最早、すぐ背後にあるはずの汽車
いがどれだけいるかも分からない。
ので根本的な解決にはならない。それに守護霊を創り出せる魔法使
攻撃することができる上に、守護霊で迎撃しても倒せるわけではない
勢に立たされるだろう。吸魂鬼はその場にいるだけで相手の精神を
死喰い人だけでなく吸魂鬼までが襲撃に来ているとなると、一気に劣
〝 守 護 霊 の 呪 文 〟 で 吸 魂 鬼 を 追 い 払 い つ つ 状 況 の 悪 さ を 考 え る。
﹁チッ│││吸魂鬼までいるの
﹂
文〟に弾かれて僅かに仰け反るものの、すぐさま体勢を立て直して突
反射的に〝盾の呪文〟を唱える。落下してきた黒い塊は〝盾の呪
!
を上った時、突然前方から襲い掛かった衝撃に呻き声を出してしま
う。そのすぐ後に襲ってくる風を切る音と風圧に浮遊感。首を強い
力で捕まれている状況を理解したところで、最悪の事態が脳裏を過っ
た。襲い掛かる風圧で杖を飛ばされないように強く握り締めながら、
﹂
前方の襲撃者を視界に捉える。
﹁│││ッ、くッ
襲撃者の正体は吸魂鬼だ。吸魂鬼は私の首を掴んでいる手とは別
!?
587
!
僅かに考えた後、汽車へと戻ろうと車両後部に取り付けられた梯子
!?
の手で、杖を手に持っている腕の手首を押さえている。この強い風圧
の中でも頭部を覆うフードは捲れておらず、開きっぱなしの口だけが
覗けた。吸魂鬼は地上と戦場となっている空間の間を滑るように飛
んで行き、その周囲をさらに二体の吸魂鬼が囲う。視界の隅でこちら
へと向かってくる闇祓いと思われる魔法使いがいたが、後方から襲い
﹂
掛かる呪文に無防備に当たってしまい、そのまま垂直に落下していっ
た。
﹁引けっぇぇっぇぇぇぇぇッ
空間一帯に野太く高い声が響き渡ると、あれだけ激しかった呪文の
応酬が止まり、大量の影が一つ二つと消えていく。
﹁│││ッ、│││ッ﹂
何とかして吸魂鬼の拘束から逃れようともがくも、より強く首を絞
めつけられてしまう。守護霊を出そうとするも、握り締められること
で骨に響く痛みで杖を落とさないようにすることで手一杯なので、そ
れも出来ない。それに加えて、吸魂鬼特有の幸福の感情を吸い取る能
力を使っているのか、先ほどから身体中を倦怠感が襲い始めている。
本 格 的 に 不 味 い と 思 う と 同 時 に 霧 を 抜 け て 明 る い 空 間 へ と 出 る。
眼下は、汽車が通っていた草原と違い大きな湖と森が広がる麓だっ
た。湖を見て、ここが脱出するチャンスだと考え、最後の抵抗を試み
る。
﹁││││││ッ﹂
私を拘束している吸魂鬼が声にならない声を上げている。その原
因は、私の服の下に隠れていた蓬莱であり、飛び出すと同時に吸魂鬼
の 顔 面 を バ ジ リ ス ク の 毒 を 仕 込 ま せ た 鎌 で 大 き く 斬 り 裂 い た の だ。
バジリスクの毒があるとはいえ、吸魂鬼相手に物理的な攻撃がどこま
で通用するか分からなかったが、思ったよりダメージを与えることは
出来たようだ。弛んだ腕の拘束を振りほどき、吸魂鬼の顔目がけて〝
爆破呪文〟をぶつける。爆発の衝撃で首の拘束が完全に解け、爆風に
より吸魂鬼との距離を取ることに成功する。とはいえ、至近距離での
爆発に晒されたので、私自身にも少なくないダメージが襲い掛かっ
た。
588
!
吸魂鬼はすぐさま体勢を立て直して、私へと向かってくる。残る二
│守護霊よ来たれ
﹂
体の吸魂鬼も同様に急下降して私へと手を伸ばしている。
﹁エクスペクト・パトローナム
!
﹂
魂鬼の影響による疲労感を感じながら、木々の間を進んでいく。
周囲を警戒しながら森へと入る。水を吸った服が重く、これまでの吸
水中を進み、湖の反対側に辿り着いたところで慎重に陸に上がり、
追跡されないようにするのが先決だ。
使用し、一気に移動した後に姿を晦ますのがいいだろう。とにかく、
呪文を使ってしまっている。であれば、ここで使える呪文だけすぐに
ための呪文も使わないほうがいいのだが、既に吸魂鬼を撃退するのに
いが、楽観視していては痛い目を見るだろう。本来なら、水中移動の
も同然だ。死喰い人が魔法省のどこまで潜り込んでいるかは知らな
ろう私の魔法の使用記録でも見られれば、私が現在いる位置は筒抜け
い人は私を探そうとするはず。その際に、魔法省に記録されているだ
ら逃れたというのは、恐らくすぐに知られるだろう。であれば、死喰
四つの呪文を使い、水中を全力で移動していく。私が吸魂鬼の手か
ニ │人魚になれ﹂
トアクア・プレスィリア │水圧よ軽くなれ、ソレバァト・シルエミ
﹁エオスキューマ │泡よ覆え、フリジアチーユス │耐寒せよ、ノゥ
う痛みと、湖の冷たい水に数秒硬直するも、すぐさま水面へと上がる。
身体に打ち付ける着水の衝撃に、目を瞑りながら堪える。身体を襲
﹁んッ
出来る限りなくしたほうがいい。
うこともありえる。それに、着水後すぐにでも動けるように、衝撃は
死にはしないだろうが、落下スピードがスピードなので、万が一とい
動かし、落下のスピードを少しでも緩めさせる。落下位置は湖なので
やがて三体の吸魂鬼を追い払った後、守護霊を操作して私の下へと
いく。
らぶつかっていき、車が人を撥ねるかのように吸魂鬼を吹き飛ばして
杖から飛び出た孔雀の守護霊は、襲い掛かる吸魂鬼に対して正面か
!
﹁確か、予備の着替えを入れておいたはず﹂
589
!
一見して見え辛くなっている隙間を見つけ、〝拡大呪文〟が掛けら
れている巾着から仕舞ってある着替えを取り出す。濡れたままでは
動き辛いし風邪をひいてしまう。落ちた水滴によって死喰い人に辿
られる可能性もあるので、早急に着替える必要がある。呪文が使えれ
ばすぐに乾かすことも出来るのだが、痕跡が残ってしまう以上は迂闊
に呪文を使うことは出来ない。
リボンを解いてケープとワンピースを脱いでいく。水で重くなっ
ているので脱ぎ辛いものの、文句は言っていられない。ヘアバンド代
わりにしているリボンも外し、肌着も脱いでいく。巾着から取り出し
たタオルで身体を拭いていき、取り出した着替えを着ていく。保温性
の高いインナーを着て、その上に青いジーンズと黒いロングTシャ
ツ、緑のパーカーを着る。靴は歩きやすくしっかりしたものを履き、
最 後 に 薄 手 の 手 袋 と 新 し い リ ボ ン で 髪 の 毛 を ま と め れ ば 終 わ り だ。
非常用として収納していた着替えなので、基本的に動きやすいものを
選んでいる。非常用ということで追跡妨害や匂い消しを予め施して
はあるが、どの程度効果があるのか実験できたことはないので、不安
を感じつつも贅沢は言っていられない。
脱いだ服を片付け、ホルダーや巾着、ミニ京をズボンのベルト通り
穴に括り付ける。そして、ホルダーから抜いておいた六枚のカードを
取り出し、周囲を警戒していた蓬莱へと渡す。これから何が起こるか
分からない以上、ドールズを全員呼び出して対応していくしかない。
私は呪文を迂闊に使えないので、敵と遭遇した際にはドールズに戦っ
てもらうしかなくなってしまうからだ。幸いにも、生まれが特殊な
ドールズは呪文を使っても魔法省に感知されることはない。これは
ムーディやキングズリーに聞いたことなので間違いはないだろう。
﹁蓬莱、代わりにお願い﹂
﹁うん、みんなを呼べばいいんだよね﹂
カードを受け取った蓬莱が呪文を唱えると、バチンという音と共に
上海、露西亜、京、仏蘭西、倫敦、オルレアンが現れる。上海達に今
の状況を手早く説明し、全ての準備が整ったところで北へと歩き出
す。
590
現在の位置がどこなのか正確には分からないが、少なくてもロンド
ンとホグワーツの間であることは間違いない。であれば、非常に大雑
把ではあるが北へと向かっていけばホグワーツへと辿り着くことが
出来るだろう。
本来であれば、学校の教員か騎士団の誰かに連絡を取り、迎えが来
るまで身を隠すのが正しいのだろうが、連絡を取る手段がなく見つか
る可能性も高い以上は適しているとは言えない。汽車へと戻ろうに
も、濃霧の中を吸魂鬼によって連れ回されたので位置が分からず、分
かったとしても戻る際中に死喰い人に見つかる可能性がある。理論
上、最も安全で確実な方法は、〝姿現し〟でホグワーツの城門前へと
移動することだ。ホグワーツ内には直接〝姿現し〟することが出来
ないので敷地外への移動となるが、一歩進めばホグワーツの敷地に入
れること、試験を受けていない学生が〝姿現し〟を使ったことも事情
が事情なので黙認される見込みもある。
﹁でも、それは出来ないのよね﹂
〝姿現し〟が使えないという訳ではない。これまでも、ヴワルの中
でやってみたことがあるし成功もしている。ただ、それはヴワルの中
での話であり、ヴワルの敷地を超える距離を移動したことはないの
だ。経験を積めば、ロンドンからホグワーツの距離を移動することも
出来るだろうが、今の私には長距離の移動経験が無いので、リスクの
ことを考えるならば〝姿現し〟による移動はしないほうがいい。場
合によっては、移動先に猟奇的な死体を作ってしまうことになりかね
ないのだから。
﹁地道に行くしかないか﹂
後退も待機も魔法による短縮も駄目となると、残された手段は徒歩
による前進のみ。頼りになるのはドールズと巾着にホルダーに保管
されているもののみ。吸魂鬼のように魔法を使わざるを得ない相手
に遭遇しないことを祈りながら、闇に染まり始めた森の中を進んで
いった。
│││足跡を辿られたら元も子もないので、ドールズの〝浮遊呪文
〟でだが。
591
◆
﹁なんじゃと
それは確かかッ
﹂
は吸魂鬼に魂を吸い取られたようです﹄
?
﹂
﹁│││アリスはどうなのじゃ
﹂
行ったようですが、怪我は負ったものの無事です﹄
﹃ハリー・ポッターは友人と共に、何人かの死喰い人や吸魂鬼と戦闘を
は無理のない話だろう。
要度として軽視出来ない以上、その他の者よりも気がいってしまうの
ダンブルドア自身そのような気は一切ない。だが、両陣営における重
ダンブルドアが最も気にかける二人。生徒の安否に優劣などなく、
なったのじゃ
﹁あの二人│││ハリー・ポッターとアリス・マーガトロイドはどう
話を続ける。
だが、問題はそれだけに留まらないため、すぐに気を引き締め直して
生徒達に大きな怪我がないことに安堵の息を漏らすダンブルドア。
マンゴから癒者が派遣され、治療を受けているとのことです﹄
﹃何人かの生徒は汽車が横転した際に怪我を負ったようです。今は聖
﹁なんということじゃ│││生徒達は無事なのか
﹂
﹃えぇ、護衛に当たっていた闇祓いの半数以上が重軽傷を負い、何人か
襲撃されるという、前代未聞のことなのだから。
う。知らされた内容が、学生を乗せた汽車が死喰い人および吸魂鬼に
ドアは驚愕と怒りを露わにしていた。だが、それも無理ないことだろ
校長室にて、肖像画経由で魔法省から知らされた内容に、ダンブル
!?
も愚かなことじゃ﹂
﹁いや、まだそうと決まった訳ではない。希望を自ら捨てることは最
いた死喰い人が撤退の指示と共に離脱したことを考えると﹄
交戦したであろうことは分かっているのですが。ただ、交戦を続けて
ターとネビル・ロングボトムの証言で、汽車から外に出て死喰い人と
﹃│││アリス・マーガトロイドは、消息が掴めません。ハリー・ポッ
?
592
!?
?
﹁分かりました。では捜索隊を組み、襲撃地点からホグワーツにかけ
ての経路を捜しましょう﹂
﹁頼 む。わ し か ら も 何 人 か 派 遣 す る。ア リ ス が 囚 わ れ て い な い な ら
ば、間違いなく死喰い人も捜索の手を伸ばしているはずじゃ。なんと
しても、奴らより先に見つけなければならん﹂
その後、アリスの捜索にあたり幾つか話し合った後、ダンブルドア
は椅子に深く座りながら長く息を吐き出す。新学期早々に起こった
一連の騒動に加えて、消息不明になったアリス。本来ならダンブルド
ア自ら捜索に加わりたいが、このような事態になった以上、迂闊にホ
グワーツを留守にするわけにはいかない。元々計画していた予定も
あるが、ヴォルデモートが汽車を襲った以上、ホグワーツに攻め入ら
ない保証は存在しないのだ。ホグワーツには例年以上に護りの魔法
を幾重にも施してあるが、完全無欠が世に存在しない以上は、護りが
破られないなどとは言い切れない。
593
アリスの無事と、一刻も早く見つかることを祈りながら、ダンブル
グレイバック﹂
ドアは騎士団に指示を出すべく立ち上がった。
◆
﹁どうだ
しを行っている。
は、出鼻を挫かれたことでイラつきを露わにしながらも計画の練り直
ば、その匂いを辿ってアリスを追跡しようと計画していた死喰い人
鳴らしながら辺りの匂いを嗅いでいる。アリスの匂いが残っていれ
い人が集まっていた。グレイバックと呼ばれた男は、鼻をスンスンと
数時間前まで、アリスが着替えをして居た場所。そこに数人の死喰
しちゃいねぇしよ﹂
﹁チッ、ここから虱潰しに探すしかないってのか。ご丁寧に足跡も残
とは間違いないだろう﹂
﹁ここだけが、他の地面と比べて湿気が多い。この付近に上がったこ
﹁駄目だな│││湖に落ちたからなのか、匂いが残っちゃいねぇ﹂
?
﹂
﹁奴が行くとしたら北だ。ホグワーツはここから北にある﹂
﹁ロンドンに戻るという可能性も否定は出来ないだろう
﹁ふんッ
あんなクソガキの言うことなんざ信用出来るか。闇の帝
けと言っていたぞ﹂
がらに相当頭のキレる奴らしいからな。疑えることは全て疑ってお
﹁その裏をかくということも考えられる。クラウチの話じゃ、子供な
てみろ。ホグワーツに向かう方が圧倒的に距離は短い﹂
﹁それはあり得ないと思うがな。ここからロンドンまでの距離を考え
?
﹂
!?
な
﹂
﹁へぃへぃ、分かってますよ。でもよ│││殺さなければいいんだよ
レイバック、お前だ﹂
﹁よし、そうと分かればすぐに追うぞ。見つけても殺すなよ。特にグ
しか匂わねぇが、人の匂いがする﹂
﹁あぁ、ここから北に向かってだな。時間が経っているからか僅かに
める。
葉の意味に気が付いた死喰い人は、先ほどと一転して歓喜に表情を歪
から周囲を歩き回っていたグレイバックからの声がかかる。その言
数人の死喰い人が剣呑な雰囲気で話し合っていたところで、先ほど
﹂│││マジか
王に気に入られているからって、調子に乗りやがって﹁見つけたぞッ
!
愉悦の表情であり、この男がどういった者なのか否応なく理解してし
まう顔だ。
﹁人狼にするのはやめておけよ。純潔を奪うのもだ。帝王様は奴の血
を望んでいるのだからな。下手に扱って血が変質してしまったら殺
されるぞ﹂
﹁へへッ、そいつぁ勘弁だな﹂
本当に分かっているのか、死喰い人がグレイバックの態度に不安と
苛立ちを感じる。だが、今は少しでも早くアリスを捕らえるのが先な
ので、出かけた言葉を飲み込み、グレイバックを先頭にして森の奥へ
と進んでいった。
594
!
グレイバックが歪んだ表情を浮かべる。それは残虐性を滲ませた
?
│││アリスがホグワーツまで逃げ果せるか。
│││騎士団・魔法省がアリスを保護するか。
│││死喰い人がアリスを捕らえるか。
今、それを知る者はいない。
595
遊びでも訓練でもない
一筋の汗が頬を伝い顎先まで滑り落ちた後、音もなく地面へと落ち
ていき土に吸収される。
カタカタカタ。
木々に囲まれた空間に木を打ち鳴らす乾いた音が響き渡っている。
森の闇に姿を隠しているドールズが操る人形。それらの人形に組ま
れている仕掛けによって、人形が動くたびに音を発しているのだ。
﹁⋮⋮、⋮⋮﹂
茂みの中に息を殺して潜み、ドールズと共有する視覚で周囲の状況
を 観 察 す る。木 の 枝 か ら 覗 く 先 に 見 え る の は 数 人 の 死 喰 い 人 の 姿。
どこにいやがる
﹂
一人ひとりの距離は離れているが、全部で四人はいる。全員が杖を手
うるせぇッ
にし、時折呪文を虚空へと放っている。
﹁くそッ
﹁│││ッ﹂
!
﹂
針が刺さった死喰い人は短く声を漏らして倒れ伏す。それを確認
﹁あがッ
針が二本飛び出し、死喰い人の首筋へと正確に突き刺さった。
かす。次の瞬間、指の動きを糸によって伝達された人形の腕から細い
右の視界に映る死喰い人が背後を向けた瞬間、右手の指を細かく動
く、ドールズとは異なる別の目的を追求して作った人形である。
な黒に染まる人形だ。尤も、ドールズのようなタイプの人形ではな
不可視の糸が伸びている。その糸の先にあるのは、闇に溶け込むよう
く。それぞれの指には金の指輪が嵌められており、そこから幾本もの
に動かす。くっ、くっと、両手の五指を繊細にかつ大胆に動かしてい
右の視界に呪文を放った死喰い人を捕らえながら、指先のみを僅か
│││くぃ
へ向けて呪文を放つ。
木片が私へと降りかかる。呪文を放った死喰い人は、今度は違う場所
赤い閃光が、私の隠れる茂みのすぐ傍にある木へと当たり、砕けた
!
すると同時に人形を移動させる。この人形は構造上、移動する際に音
596
!
!
を発してしまうので、それを隠すためのカモフラージュがドールズの
おいッ
│││くそ、死んでやがるッ﹂
操る人形の鳴らす音だ。
﹁どうした
てくれないと困る。
調子に乗ってんじゃねぇぞぉッ
!
カタカタカタ。
﹁くそがぁッ
﹂
めて四人の死喰い人を│││相手の半分を殺しているのだから、焦っ
いるのを確認すると、苛立ちと焦りの顔を浮かべる。まぁ、今のを含
倒れた死喰い人に散開していた死喰い人達が集まり、仲間が死んで
!
﹁なッ
しま│││﹂﹁あぁぁ﹂﹁くそッ﹂
ないまでも傷をつけた。
く落下する大針は、散開しようとしていた死喰い人達の頭部に刺さら
の大針が重力に引かれて落下する。人形の鳴らす音によって音も無
張った仕掛けの糸を切る。糸が切れたことで、糸に括られていた無数
黒い人形が狙い通りの位置に辿り着いたのを確認すると、移動中に
死喰い人が周囲を警戒している間も、指を忙しなく動かしていく。
﹁チッ、何体いやがるんだ﹂
カタカタカタ
散っていく。
らしていた人形の一体へと当たり、砕けた人形の破片がパラパラと
もなく放った呪文の殆どは闇へと消えていくが、一つの閃光が音を鳴
大柄の死喰い人が唾を散らしながら叫び、呪文を乱雑に放つ。狙い
!
を続け、五分程経った頃に隠れていた茂みから這い出る。
﹁ふぅ﹂
短く吐いた息と共に、張りつめていた緊張を解いていく。散開させ
ていたドールズを呼び出し、指を動かして影に隠れていた人形も呼び
出す。ドールズに遅れて現れた人形は、月の光をも吸い込むように黒
く染め上げており、黒い布を纏った姿は吸魂鬼を彷彿とさせる。指を
動かし人形の稼働に問題がないか確かめた後、身体の各所に仕込まれ
た仕掛けをチェックしていく。
597
!
短い言葉を最後に、死喰い人達は地面に倒れて息絶えた。暫く観察
!?
絡繰人形〝夜人〟。
私が好んで制作する人形とは違う製法で作られた人形だ。一言で
言えば木製球体関節の絡繰り人形。頭の天辺から足の先まで艶消し
された黒一色に染められており、これまた漆黒のマントを纏ってい
る。絡繰りの名の通り、全身のいたるところに多種多様の仕掛けが施
されており、先ほど死喰い人を殺したのもこの仕掛けによるものだ。
基本的に小型サイズの飛び道具が多いが、それに反して威力は凶悪で
あると、作った自分ですら思っている。何せ、仕込まれているもの全
てにバジリスクの毒を含ませているのだから。このバジリスクの毒
も昔より大分性質を変えており、毒性と毒の浸透速度を徹底して強化
してある。もはや秘薬と呼んでも過言ではないだろうレベル。尤も、
死喰い人を致死に至らしめるこの毒をもってしても、吸魂鬼には牽制
程度にしかならないのはショックだったが。
﹁│││大分、ガタがきてるわね﹂
五体あった夜人も既に四体は死喰い人によって壊されており、最後
の一体も各駆動部分にガタがきてしまっている。仕込みも残り僅か
だし、あと一、二回の戦闘が限界か。
﹁そろそろ満月か﹂
木々の間から見える空に浮かぶ月を見上げる。殆ど円に近い月は、
あと数日で満月になるだろう。そうなると人狼│││フェンリール・
グレイバックが一気に襲い掛かってくる可能性が高い。最初の戦闘
の際に不意打ちで深手を負わせたが、満月が近いこともあってそろそ
ろ回復しているかもしれない。
﹁身を隠すか、それとも戦うか﹂
正直、隠れることを選びたい。満月時の人狼に加えて死喰い人多数
なんていう状況は、万全のフル装備かつ自分のテリトリーでもない限
り遠慮したい。だが、隠れるとなると痕跡を消すために罠を仕掛ける
ことも出来ない。下手に罠を仕掛けてしまえば、近くに潜んでいると
自白しているも同然だ。逃走の為の足止めと思ってくれれば助かる
けど、賭けるには危険が大きすぎる。もし見つかってしまったら、ほ
ぼ無防備の状態で戦わなければならないのだから。
598
それなら│││。
◆
満月が輝く夜。
闇に包まれる森の中を十人もの死喰い人が進んでいる。一人を除
いて全員が死喰い人特有の白い仮面を着けており、黒いローブを纏っ
ている様は幽鬼のようだ。その先頭を歩く、唯一仮面を着けずにいる
グレイバックは、普通の人間ではあり得ないだろう硬い体毛を全身に
纏っている。満月が現れてからそれなりに時間が経っているため、既
﹂
に人狼本来の獣の姿へと変身を果たしているのだ。
﹁どうだ
死喰い人の一人がグレイバックに短く問う。グレイバックは頻繁
に鼻を鳴らし、森の奥の闇を見据えながら答える。
﹁あぁ、間違いねぇ。この先にいるぜ。こりゃ、俺達を誘っているな。
今までは徹底して痕跡を消していやがったのに、今日は匂いも足跡も
残したままだ。あのお嬢ちゃん、今夜ばかりは正面からやり合うつも
りなのかねぇ﹂
グ レ イ バ ッ ク は 舌 を 出 し 呼 吸 を 荒 く し な が ら 口 角 を 釣 り 上 げ る。
風上から漂ってくるアリスの匂いを感じ取り、以前味わった怪我と屈
辱を晴らせる機会がようやく巡ってきたことで興奮しているのだろ
う。他の死喰い人も、グレイバック程ではないにしろ、全員が歪んだ
笑い声を低く漏らす。
﹁それにしてもあの小娘、魔法を使っているはずなのに、なぜ魔法省で
﹂
感知が出来ないんだ。この前なんか〝失神呪文〟を使ってきたし、人
形なんかは魔法を使わないと動かせんだろう
知出来るはずもないんだと。あとは、魔力を通すだけで使える魔法
うのが、クラウチの意見だ。魔法が使えても所詮は人形、魔法省で感
えるんだと。今までのは、その人形が魔法の行使を代行しているとい
ものが七体あるそうだ。その人形は自律して動けるうえに魔法も使
﹁あぁ、お前は聞いてなかったっけな。奴の持つ人形には特別仕様の
?
599
?
具って線も濃厚らしいぜ﹂
﹁帝王のお気に入りか。確かに優秀だとは思うが、どうにも好きには
﹂
なれねぇな。あれだな、優秀な魔法使いが優秀な上司になれる訳では
ないってやつだ﹂
﹁お前がそれを言うか
どうした、グレイバックぁ⋮⋮ぁが、ぉ﹂
危険がある。
わってしまえば即アウトという、一歩間違えれば自身が死んでしまう
握しなければならず、たとえ風上にいたとしても散布中に風向きが変
まえば即アウト。今回のように散布した場合は風の向きを正確に把
厳重極まるものでもある。揮発性が高い故に手元で小瓶が割れてし
る。極めて殺傷性の高い毒であるが、それに比例するように取扱いは
器官に重大な損傷を与え、二呼吸分も吸い込めば致死に至る代物であ
あるが、こちらは揮発性が高く、極微量でも吸い込んでしまえば内臓
の毒を用いたものだ。〝夜人〟に仕込まれている毒と同様のもので
この毒の正体は、最早アリスの専売特許となりつつあるバジリスク
倒れていく。
布された毒からは簡単に距離を取ることは出来ず、一人二人と次々に
だろうと当たりをつけたからだ。しかし、風上から広範囲に渡って散
二人の様子を見た際に、今しがた話していた毒にやられてしまったの
死喰い人はその場から一気に散開し左右へと広がっていく。倒れた
泡を零しながら仰向けに倒れて動かなくなった。それを見た残りの
イバックへと近寄り声を掛けるも、その死喰い人も痙攣と共に口から
グレイバックのすぐ後ろを歩いていた死喰い人が倒れこんだグレ
﹁おいッ
たグレイバックの身体が痙攣しだし、地面へと倒れこんでしまった。
死喰い人の数人が軽口を叩きながら歩いていると、先頭を歩いてい
ンだろうよ。実際、それが目的で奴も待ち伏せてるんだろ﹂
﹁わーってるよ。こんな暗闇だ、奴にとっては格好のシチュエーショ
まで多くの仲間が奴の毒で殺されてるのを忘れるな﹂
﹁おい、話し込むのは勝手だが、不意打ちにやられるんじゃねぇぞ。今
?
だが、条件さえ整えばこれほど強力なものもない。何せ、対象が毒
600
!?
の存在に気が付いた時には既に手遅れなのだから。分霊箱の不死、賢
者の石による浄化と再生、不死鳥の涙や最上級の解毒薬による解毒と
いった手段でもない限り、生き残る術は存在しない。
現状、小瓶一つしか存在しない、まさに切り札と呼べる代物である。
それをアリスは、グレイバック率いる死喰い人を確実に殲滅するた
めに躊躇なく投下した。
﹁あ⋮⋮げぉ﹂
﹁ぎぃ⋮⋮ぐぎッ﹂
何人かの死喰い人は、襲い掛かる毒が気体によるものだと判断し、
魔法によって突風を巻き起こすことで致命的なダメージは回避した
が、既に毒が身体に侵入してしまっている以上、全身を襲う激痛と苦
しみによって倒れてしまう。
│││ザシュッ
倒れる死喰い人の首を、暗闇より現れた夜人が手に持つ剣にて刎ね
601
ていく。既に毒で死んでいるのが殆どだろうが、生き物というものは
死に際こそが最も危険といわれるので、念を押して遠距離から夜人で
確実に始末しているのだ。
動くもののいなくなった森の中に、暗闇からアリスがそっと姿を現
す。アリスは倒れ伏す死喰い人全員の首が切断されているのを確認
すると、静かにその場を後にする。
﹁│││﹂
無表情。
﹂
それが、立ち去るアリスの浮かべる表情であった。
◆
﹁まだ捕らえられないのか
イが仕える主│││ヴォルデモート。
の主ではなく、今はアズカバンに幽閉されているルシウス・マルフォ
マルフォイ邸の書斎、そこで優雅に椅子に座っているのは本来の家
?
ヴォルデモートは無表情で静かに座っているものの、その眼には苛
立ちが募っているのは誰が見ても明らかであった。
﹁魔法が使えず、疲労していて、騎士団への連絡もなく、満足な物資の
補給もままならない。いくら俺様が認める魔女とはいえ、十六の少女
﹂
に対しこの条件で、これだけの死喰い人を動員してなお捕まえられん
とは│││教えてくれ、お前達はそこまで無能なのか
ヴォルデモートの問いかけに、床に跪く死喰い人達は身体を振るわ
せる。死喰い人は額から汗を流し、床には僅かに水溜りを作ってい
た。
﹁この任務│││クラウチやベラに任せれば、恐らく達成することが
出来るだろう。だが、奴らは別の任務で動かすことが出来ない。それ
に、重要な案件に固定の者だけで対応し続けるというのは、組織の堕
落と脆弱を招きかねない。吸魂鬼では目立ちすぎる。故に、俺様はお
前達に任せようと思ったのだ。俺様に忠誠を捧げる死喰い人たるお
前達に期待したのだ。暴れるしか能のないお前達でも、俺様の為なら
ば知恵を働かせ、身を粉にして任務を果たしてくれるだろうと﹂
ヴォルデモートは椅子から立ち上がり、跪いている死喰い人の間を
滑るように歩く。コッコッという足音が自分の近くで鳴る度に、死喰
い人はより一層身体を振るわせる。
﹁しかし、お前達は俺様の期待には応えてはくれなかった。正直に言
おう│││俺様は、酷く失望した﹂
死喰い人からの言葉はない。今この場で不用意に発言してしまえ
ば、命はないと理解しているからだ。
﹁本来であれば、お前達には相応の罰を与えるのだが、今は大切な時期
だ。無暗に死喰い人を減らすわけにもいかない。嘆かわしいことだ
が、お前達のような無能の手を借りねば計画は達成できないことも事
実だからだ﹂
ヴォルデモートは再び椅子に座ると、杖を指で撫でながら視線を向
けずに死喰い人へ通達する。
﹁最後だ。これ以上仕掛け続けて死喰い人を減らされてもかなわん。
あと一回、アリスを捕縛または殺すために仕掛けるのだ。その一回で
602
?
果たせぬようであればもういい、お前達は以前までの任務に戻ってい
ろ﹂
﹁か、畏まりました、我が君。必ずや│││﹂
先頭にいた男が代表してヴォルデモートへと返事をし、すぐさま部
屋を退出していった。他の死喰い人もその男へと続き、十秒と経たず
に部屋に残るのはヴォルデモートだけとなる。ヴォルデモートは椅
子に座ったまま後ろの窓へと向き、そこから見える暗雲とした空を見
ながら呟く。
﹁それにしても、悉く俺様の予想を超える奴よ。これだけの悪条件が
揃ってなお、迎撃したうえで逃げ続けるとはな﹂
ヴォルデモートの顔には、先ほどまで死喰い人に向けていたものと
は違う、愉悦という感情が現れていた。
﹁痕跡を警戒するあまり、奴は魔法を使用していない。魔法省に俺様
のスパイがいることは想定済みといったところか│││面白い。こ
603
れから訪れる極寒の冬に、魔法も使わずホグワーツへ辿り着けるか、
それはそれで見物だ。﹂
ヴォルデモートは、空から降り始めた雪が徐々に多くなるのを見つ
﹂
めながら〝姿現し〟でその場から消えた。
◆
﹁まだ見つからないのですか
しているのも厄介じゃ﹂
コインがないのかもしれん。加えて、死喰い人がこちらの捜索を妨害
旨を幾度となく伝えておるが、反応がないところからアリスの手元に
インで、彼女が移動する可能性の高い場所へアラスターを向かわせる
果は芳しくないようじゃ。わしがアリスに持たせていた連絡用のコ
﹁残念じゃが、まだ見つかっておらん。アラスターが探しているが成
誰の目から見ても明らかだ。
る。その言葉と表情から、マクゴナガルが不安に駆られていることは
ホグワーツの校長室でマクゴナガルはダンブルドアへと問いかけ
?
ダンブルドアは後ろに手を組んで校長室をゆっくりと歩く。だが、
すぐにダンブルドアは立ち止まり、この場にいるもう一人の人物へ問
う。
﹁セブルス、ヴォルデモートがアリスを捕らえてはいないというのは
確かじゃな﹂
﹁はい、闇の帝王は幾度となく死喰い人を捜索に駆り出していますが、
彼女の確保には至っていません。しかし、何回かの接触は行われてい
るようで、争った痕跡も確認されています。とはいえ、闇の帝王は吾
輩から情報が漏れる危険性から、彼女の発見場所の情報を教えはしな
かったですが﹂
﹁アルバス、彼女は無事なのでしょうか。〝臭い〟に痕跡がないとい
﹂
うことは、彼女は魔法を使っていないということです。魔法も使わず
に本当に逃げ続けられているのでしょうか
﹁その点は現状、問題はなさそうですな。彼女と争った死喰い人の半
数以上が死体で発見されている。最近行われた争いでは、フェンリー
ル・グレイバックの死体も確認されている。それでも確保に至ってい
ない以上、彼女の逃亡は続いているとみていいでしょう﹂
スネイプの告げた情報にマクゴナガルは目を見開く。魔法を使っ
ていない学生が、悪名高い人狼であるフェンリール・グレイバックを
いえ、事実だとしても、いっ
死亡していたようじゃ。彼らの身体には切り傷や針のようなものが
刺さっている以外には目立った痕跡がない以上、毒の類であるのは間
違いあるまい﹂
﹁真実薬の解毒薬を作れる彼女であれば、致死性の極めて高い毒薬を
作るのも不可能ではないでしょう。それを彼女お得意の人形を使っ
て死喰い人に打ち込む。あるいは、揮発性を高めたものを散布するな
どですかな﹂
確かに、魔法を使わない以上は毒物を使用するのが相手を倒すうえ
604
?
含めた死喰い人を多数迎撃しているなど、想像すらできないだろう。
﹂
﹁まさか│││それは本当なのですか
たいどうやって
?
﹁セブルスの情報によれば、死喰い人の全員が何らかの毒物によって
?
で確実な手段であるだろう。マクゴナガルはそう理解するも、心の中
では深い悲しみを抱いていた。まだ成人にもなっていない教え子が、
四面楚歌の状況で戦い、そして人を殺してしまっているのだ。いや、
成人になっていたといても、人殺しなんていう業を教え子には背負っ
てほしくはない。そう思えば思うほど、何もしてやれない自分の無力
さに怒りすらこみ上げてくる。
﹁とにかく、一刻も早くアリスを見つけなければならん。捜索隊には
リーマスとシリウスにも加わってもらう。アズカバンからロンドン、
そしてホグワーツへの逃亡を成し遂げた経験のあるシリウスも加わ
れば、より発見できる可能性が上がるやもしれん﹂
﹁しかし、校長。我らの手の数は死喰い人と比べて大きく劣っていま
す。こちらが一人で行うことを奴らは十数人で行える。加えて、死喰
い人は彼女だけでなく、我ら同様多くの味方を引き入るべく動き、マ
グルの世界を侵し、魔法省の深くにまで侵入しています。これ以上の
﹂
プは然したる焦りもせずに反論する。
﹁それも選択の一つでしょう。彼女が消息を絶って大凡三か月。最近
までは生存が確認できているが、捕まっていないだけで無事とは言い
切れない。もしかしたら、誰にも見つからぬ場所で死んでいる可能性
もある。であれば、そのような不確定要素の為に貴重な時間と労力を
﹂
割くのは、来るべき闇の帝王との決戦を考えれば│││このような言
い方は憚れますが、無駄というものでは
に騎士団としての利を考慮していないとは言わん。じゃが、それ以上
彼女を見捨てることは避けるべきじゃと考えておる。あぁ、この考え
﹁セブルス、確かに君の言うことにも一理あるのは確かじゃが、わしは
られた。
だが、その動きは目の前に置かれたダンブルドアの手によって押さえ
その言葉を聞いた瞬間、マクゴナガルは杖へと手を伸ばし掛ける。
?
605
人員を騎士団の任務から外すことは、得策とは言えないのではないで
すか
﹂
!?
スネイプの言葉にマクゴナガルが声を荒げる。それに対し、スネイ
﹁なんと、では貴方は彼女を見捨てるべきだとでも言うのですか
?
にわしは一人の教師として、生徒を見殺しにはできんよ。君もそう思
﹂
うからこそ、ヴォルデモートに偽の情報を流し続けてくれておるの
じゃろう
﹂
た雪は日々降雪量を増やしており、明日か明後日には銀世界が生まれ
ダンブルドアは窓辺に近づき、外の様子を伺う。先日から降り始め
その為の布石としてハリーの訓練を怠ることもできない。
デ モ ー ト の 不 死 の 秘 密。そ れ を 解 き 明 か さ な け れ ば な ら な い の だ。
ている問題が、他の誰にも替わることができないこともある。ヴォル
いるため、ダンブルドアは行動に出ることができない。自身が今抱え
果せられるだろう。しかし、アリスは徹底して魔法の使用を制限して
自負している。逃げるだけならば、ヴォルデモートが出てきても逃げ
ともすぐさま向かい、彼女を救出できるだけの力はまだ残っていると
いる。もしアリスが魔法を使用してさえくれれば、例え後手になろう
正直な話、ダンブルドアは自らがアリスの捜索を行えればと思って
﹁信じるのじゃ。アラスター達を。アリスを﹂
﹁アルバス⋮⋮﹂
が流れてしまう﹂
じゃろう。そうなれば、魔法界のみならずマグルの世界でも多くの血
ルデモートはわしらの手が出せないところまで力をつけてしまう
ブルスの言葉を全面肯定する訳ではないが、そうなってしまえばヴォ
モートの手を阻むことも妨害することも出来なくなってしまう。セ
﹁君の気持ちも分かるが、これ以上の人員を割いてしまえばヴォルデ
うか
﹁アルバス。彼女の捜索の手をもう少し増やすことは無理なのでしょ
マクゴナガルはダンブルドアへと尋ねる。
ま急くようにして校長室を出ていった。その後ろ姿を見送ったあと、
ダンブルドアの言葉にスネイプは一拍置かずに否定すると、そのま
﹁買いかぶりですな﹂
?
るだろう。
◆
606
?
﹁│││はぁ、│││はぁ﹂
白い息を吐き、ザクザクと音を鳴らしながら、厚く降り積もってい
る雪原を進んでいく。森を出るころに降り始めた雪は、瞬く間に世界
を白く染めあげていった。大きな山越えがないとはいえ、一歩一歩足
を取られてしまうことによって、私の体力はガリガリと削られてい
く。
唯一の救いは、数日前にあった襲撃以降、死喰い人と遭遇しなく
なったことだろう。森を出て平原で襲われたので不意打ちが出来ず、
真正面から戦うことになってしまった。夜人は出会い頭に破壊され、
やむを得ず残る人形の総出しすることで、何とか死喰い人全員を殺す
ことができた。この時ばかりは、よく魔法を使わずに凌げたと自分を
褒め称えたほどだ。
だが、〝ドールズウォー〟も〝リトルレギオン〟も〝ゴリアテ〟も
607
出し切ることになってしまい、もうヴワルから呼び出せる人形はノー
マルタイプが十体にも満たない。正直、これ以上襲撃されたら、〝臭
い〟とか関係なしに魔法を使わざるをえない状況だ。もう、一か八か
魔法を行使して騎士団に見つけてもらう手段を取ろうとも思うが、騎
士団が来る前に大勢の死喰い人が来たらアウトだ。少人数なら時間
も稼げるかもしれないが、物量戦を仕掛けられたら捌ききれない。ク
ラウチやベラトリックスが来てしまったら尚更だ。
理想は、私が隠れながら進んでいる状況で、騎士団のメンバーが死
喰い人よりも早く私を発見してくれること。実際ムーディやシリウ
スならば死喰い人よりも早く私を発見できると考えていたのだが、一
切の音沙汰なしときた。いい加減見つけてほしいと本気で思う。魔
法の眼を持っていたり、ホグワーツへの逃亡経験のある二人なら十分
いやいや、そんなことはないだろう。仮にも騎士団に所属し
可能だろうと内心で愚痴る。それとも大穴で、捜索すらされていない
とか
サイドに乗り換えてしまおうかと考えてもおかしくないレベルだ。
けを寄越さないとか外道もいいところだ。コロッとヴォルデモート
ていて、ホグワーツ特急が襲撃されたことに起因するこの逃亡劇で助
?
│││落ち着こう。疲労と寒さで考えが変な方向にいっている。
去年にダンブルドアから預かった連絡用のコイン。あれが手元に
あれば、何らかの情報を得られていたと思うが、その存在に思い至り
探してみるも、見つかることはなかった。あれは汽車に乗っている時
から持っていて、その時着ていた服のポケットに入っていた。その服
を探しても無いということは、吸魂鬼によって移動していたときか、
湖に落下したときに落としてしまったのだろう。
きゅるぅぅぅ。
お腹が鳴る。それを聞く人はいないので恥ずかしくもなんともな
いが、襲い来る空腹感は耐え難い。動物か木の実でも見つかればいい
んだけど、こんな雪の中では到底見つかりはしないだろう。この際、
冬眠中の熊でも何でもいいから見つからないだろうか。麻痺薬は多
吹雪いてきたわね﹂
少残っているから、それで生け捕りにできるのに。
﹁ッ
一際強い風が前方から吹いたのを境に、徐々に風が強まってきた。
この調子では、十分も経たないうちに吹雪となってしまうだろう。日
も暮れてきたので、このまま吹き曝しの場所で夜を迎えることになる
のは回避したい。
﹂
そう考えたところで、周囲を探索していた露西亜と倫敦、仏蘭西が
戻ってきた。
﹁どうだったかしら
﹂
?
すぐに案内してちょうだい
!
あった﹂
﹁本当
﹂
﹁バッチリ。ここから、五百メートル先、森の中に大量の岩、空洞が
﹁倫敦はどうだったかしら
を撫でながら残る倫敦へと視線を向ける。
仏蘭西と露西亜が申し訳なさそうに報告する。気にしないでと、頭
﹁私も駄目だった。吹雪いてきたし、見つけるのはもう無理かも﹂
﹁だめだった∼。休めそうな場所なかったよ∼﹂
?
雪を掻き分けて進んでいく。その際に、倫敦が露西亜と仏蘭西にドヤ
608
!
倫敦の報告に一気に気を持ち直した私は、吹き荒れる吹雪の中を、
!?
顔を向けたことで、二人が苛立ったことを感じ取るが、今は下手なこ
とに時間を弄するのも惜しいので、二人を他のドールズと同じように
コートの下へと潜り込ませる。ドールズは、この極寒の気温でも問題
無く動けるように〝耐寒呪文〟と〝発熱呪文〟で懐炉のような熱を
持っている。私が極寒の中動き続けていられるのも、ドールズが懐炉
の役割をしてくれているからだ。でなければ、とうの昔に凍死してい
る。
ハァッ
﹂
いや、流石にそこまで危なくなったら魔法を使っているが。
﹁│││ハァッ
な気分も若干和らいだ。
﹁はぁっ、はぁっ、倫敦、はぁっ、どのあたり、かしら
﹁こっち。少し、道が急。みんな、アリスを手伝って﹂
﹂
なる前に目的地の岩場へと到着することができた喜びで、そんな憂鬱
な自慢である髪が面影もなく固まっている。だが、急いだことで夜に
ので、外気に晒されている顔が痛い。髪も凍りついているのか、密か
乱れている。マフラーなどといった物は流石に準備していなかった
ペースを上げて降雪量を増す雪を掻き分けてきたので、呼吸が酷く
!
に崩れ落ちた。起き上がろうとするも、足がプルプルと震えてしま
た足場のところまで辿り着くと、足の力が抜けたかのように、その場
ていった。気温は低いものの、雪と風を凌げることは大きく、安定し
る。少しして二人が戻り、危険がないとわかると、すぐに中へと入っ
た。倫敦とオルレアンが中へと入り、危険がないかを確認してくれ
そうして辿り着いたのは、岩と岩が積み重なってできた空洞だっ
もってもいないので、雪に足を取られることもなかった。
倫敦の先導で岩の間を抜けていく。ここらへんは、雪がそれほど積
が倒れないようにしてくれる。
る。ドールズは私の腕や身体を支えてくれ、足元がふらついている私
倫敦の言葉に、コートの下にいたドールズが反応して外へと出てく
?
609
!
い、立ち上がることができない。
﹁はぁ、はぁ、はぁ﹂
乱れた息を整えながら身体の状態を確認していく。顔が相変わら
ず痛いが、それも足の末端に比べると些細なものだ。手は魔法薬調合
にも使える汎用性の高いドラゴン皮の手袋を着けていたのでそれほ
ど問題ではないが、足全体、特に指先が真っ赤になっている。凍傷こ
そしていないが、酷い霜焼けだ。京と仏蘭西がしがみつき、一旦熱を
下げた状態からゆっくりと温度を上げて、温めてくれる。
二人の処置を受けながら蓬莱から渡された食料│││チョコレー
トとカ○リーメイトを食べ、白湯を飲み身体を温める。非常食として
ヴワルに貯蓄していた食料も、この道程で随分と消費してしまった。
ヴワルに戻した上海の計算では、今の調子で消費していけば残り一か
月 分。食 べ る 量 を ギ リ ギ リ ま で 制 限 し て も 一 か 月 半 が 限 界 ら し い。
雪さえなければ、一か月もかけずにホグワーツまで行けるだろうが、
この天候ではホグワーツに辿り着く前に食料が尽きてしまうだろう。
本当に限界がきたら、ヴォルデモートに捕まる危険性を無視してで
も魔法を使用するつもりだが。
人生初のサバイバルが、ここまで命をかけたギリギリのものになっ
てしまったことに、内心で呪詛を吐きながら眠るための準備を始め
た。
610
終着、僅かな休息
太陽の光に照らされるホグワーツとホグズミードを繋ぐ道。そこ
から横に逸れた獣道とも言えない道なき道を、おぼつかない足取りで
進むアリスの姿があった。その姿は凄惨であり、服は破け、全身が土
や泥で汚れ、顔や腕、足など至る所に大小の傷ができている。左腕は
特に酷い怪我をしているのか、右手で支えるように押さえている。
アリスは、ふらふらと左右に身体を揺らしながら、朦朧とした意識
で眼前に迫るホグワーツの門を視界に入れる。早朝ということもあ
り、ホグワーツの入口たる門は未だに固く閉じられたままだ。日にち
の感覚が薄れているアリスは知る由もないが、この日はクリスマスで
あり、あと数時間もすれば実家へと帰宅する生徒が通るために開門さ
れることとなっている。だが、それを知らないアリスは、ホグワーツ
の門が不用心に開いている訳もないかと納得するも、偶然開いていた
りしていないかと期待していただけに、僅かに意気消沈してしまう。
だが、ホグワーツには護りの魔法が掛けられているはずなので、乱
雑に門を弄っていれば教師の誰かが様子を見に来てくれるだろうと
いう算段があった。故に、最後の意地とでもいうかのように、身体に
力を入れて前へと進んでいく。
どのような状況でも少女をサポートしてきたドールズがいれば、ア
リスの歩みも多少は楽になっただろうが、現状ではそれは不可能で
あった。各々が魂を内包することで自律活動を可能とするドールズ
も、決して万能という訳ではない。身体自体は作り物であるため、人
間のように肉体的負荷による影響はほぼ無いのだが、その反面、活動
のほぼ全てを魂に依存しているため、人間よりも精神的な負荷をより
大きく受けてしまうのだ。アリスが彷徨い続けたこの三か月以上の
時間で、休む暇もなくサポートし続けていたドールズに、とうとう限
界がきてしまったのだ。今から三日前に限界がきてしまったドール
ズは、アリスの指示によって最後の力でヴワルへと帰還することと
なった。精神に依存するドールズが効率良く回復するには、空気中の
魔力濃度の濃いヴワルで休むことが必要だ。尤も、限界まで擦り減っ
611
た精神が動けるほどまで回復するには、長い時間を掛けなければなら
ない。恐らく、動けるまでに一週間、通常状態に戻るまで二週間は要
するだろう。
門までの距離は残り十メートル。
あと少しでこの強行軍も終わると思うと気が抜けてしまうが、歯を
食いしばって一歩足を進める。
残り五メートル。
襲いくる眠気に抗い、門へと右腕を伸ばして触れようとする。だ
が、力の入らない身体では腕を伸ばすことも満足にできず、ぷらぷら
と身体の少し前で揺れるだけだった。
残り三メートル。
雪 と 泥 に 足 を 滑 ら せ て し ま う。べ し ゃ っ と 泥 水 に 倒 れ こ ん で し
まったアリスは、さらに汚れてしまう。倒れた際に左腕を身体で潰し
てしまったため、襲いくる痛みに呻き声を上げるが、一緒に意識も覚
醒したので差引ゼロとした。
立ち上がる力はもうないので、右腕だけで身体を引きずりながら少
しずつ進む。地面の泥水が氷のように冷たいが、段々とそれも感じな
くなってきた。
残り一メートル。
│││そこで、アリスの意識は闇に落ちた。
大広間で朝食が終わり、諸々の注意を受けた後。実家へと帰る生徒
達は荷物を持って校庭を歩いていた。最近になって落ち着いた雪は
疎らに振っており、一か月程前の吹雪とはうって変わって生徒達の心
を穏やかなものにしていた。今のご時勢で心を休める機会があると
いうのはありがたいことで、校庭を歩く生徒のみならず、学校に残る
生徒も窓から美しい雪景色を眺めていた。
﹁はぁ│││雪は落ち着いたけれど、やっぱり寒いな﹂
﹁毎年のことだろ。てか、寒くない冬があったら異常だろ﹂
612
﹁ねぇ、冬休みの予定って何かある
﹂
﹁おい、大丈夫か│││ッ
﹂
前方へと倒れこんでしまう。
﹂
体勢を崩した男子生徒は、左手に持っていた荷物の重みもあって左
﹁うわっ
││何かに躓いてしまった。
開いていく。男子生徒は止まることなく門を通り過ぎようとして│
先頭を歩いていた男子生徒が門へと近づいたことで、自動的に門が
ての朝食をとっている。
なお、陽が昇る前から除雪していたフィルチは生徒や教師陣に遅れ
をサクサクと踏み鳴らしている。
よって門までの道の雪が退けられているため、僅かに積もっている雪
定を話し合いながら門へと向かって歩いていた。予め、フィルチに
校庭を横切る生徒達は、気温の低さに愚痴を言ったり、冬休みの予
﹁う∼ん、どこか旅行にでも行きたいけど⋮⋮﹂
?
来なかった。
?
﹁う、うわぁ
﹂
がら歩いていないと素通りしてしまうそうである。
からでは地面と同化して見えるだろう。近くへ寄っても、下を向きな
れこんでいる女子の姿だった。身体の上には雪が積もっており、遠目
へと視線を向ける。そうして目に入ったものは、うつ伏せの状態で倒
倒れた男子生徒が頭を振って雪を落としながら、自分が躓いた何か
﹁痛ッ│││くそ、一体何なんだ
﹂
とするも、同じく視界に入ったもののせいで喉から声を出すことが出
体が硬直してしまう。何事かと思った後ろの女生徒が声を掛けよう
男子生徒の友達が声を掛けるも、視界に入ってきたもののせいで身
!?
﹁ひ、人
﹂
し、死んでる│││のか
﹂
もう一度倒れている女子へと視線を向ける。
尻もちをついてしまう。そのまま友達のところまで後ずさった彼は、
驚きのあまり、男子生徒は立ち上がろうとしていた足を滑らせて、
!?
?
613
!?
?
﹁あ、あれ
?
後続の生徒が倒れている女子を見て言った呟きは、この場にいる全
員の心の内を代弁していた。そんな中、何かに気がついたらしい女生
徒が疑問の声を上げる。女生徒は倒れている女子に近づき、身体に積
﹂
もっている雪を落としていく。
﹁マ、マーガトロイドさん
を上げるのも無理ないだろう。
先生を、先生を呼んできてッ
!
彼女を医務室へと運びます
﹂
からマクゴナガルが息を切らして駆けつけてきた。
﹁マーガトロイドッ
貴方達は一旦
他の生徒も介抱に加わりながら、拙い知識で処置を行っていると、城
女 生 徒 は 荷 物 か ら タ オ ル を 取 り 出 し て ア リ ス の 身 体 を 拭 い て い く。
物を放り投げて城へと駆け出していく。男子が駆け出したのを見て、
女生徒の裂くような叫びに、先ほどアリスに躓いて倒れた男子が荷
﹁だ、誰か
﹂
アリスが、目の前で雪に埋もれて発見されたのだから、そのような声
げる。あのホグワーツ特急襲撃事件から行方が分かっていなかった
倒れている女子│││アリスを知っている女生徒が、悲痛の声を上
!?
汽車の出発は遅らせます
! !?
﹁辿り着けたのね、私﹂
ことは、ここはホグワーツということか。
そこでようやく、いま私がいる場所が医務室だと理解した。という
﹁あぁ、医務室、か﹂
の横には色々なお菓子や飲み物が置かれている。
だけを横へずらすと、白いカーテンで囲まれているのが分かった。頭
天井だ。どこかで見た覚えはあるが、微妙に思い出せない。次に視線
鉛のように重い瞼を僅かに開く。最初に目に映ったのは石造りの
﹁│││っん﹂
◆
ないよう慎重にかつ迅速に浮かせて、城へと駆けていった。
マクゴナガルは手短に生徒へ指示を出すと、アリスの身体を揺らさ
城へとお戻りなさい
!
!
614
!
ここ最近の記憶が曖昧で、自分が何をやっていたのか覚えていない
が。まぁ、こうして生きているのだから、今は考えなくてもいいだろ
う。ていうか、そんな気力がない。
シャッ。
そんな音と共に勢いよく開かれたカーテンへと視線を向ける。そ
こには、大小様々な瓶を載せた銀トレーを持つマダム・ポンフリーと、
マクゴナガルがいた。二人は私を見た途端に目を見開いて、次の瞬
﹂
間、マクゴナガルが急接近してきた。
﹁マーガトロイド
﹁ぐっ﹂
﹁よかった。無事で、本当によかった﹂
私に抱き着くマクゴナガルの震える声を聞き、本当に心配してくれ
ていたんだなと思ったが、抱き着かれた際の衝撃によって全身に鈍い
痛みが走っているので、素直に感謝する気になれない。ていうか冗談
抜きで痛い。
痛みを訴えたくとも、顔を身体で押さえられているのでくぐもった
気持ちは分かりますが、彼女は重症の身なのですよ
﹂
声しか発せず、振りはらう気力がないのでなすがままになるしかな
い。
﹁ミネルバ
!
から解放される。
その後は、とにかく身体を休めることと栄養を取るということで、
しもべ妖精が持ってきた料理を食べた後に薬を飲んで、休むことと
なった。
それからは、起きては食べて、薬を飲んでは寝てを繰り返す。ここ
に運び込まれた時の私の状態は、左腕の骨折に全身に至る大小の切り
傷や擦り傷、栄養不良、疲労、凍傷など。他にも細かいのを上げてい
けば幾つかあるようだが、大きいのはこの五つ。普通なら一か月以上
は療養する必要があるのだろうが、流石はマダム・ポンフリーと言う
べきか。私が目覚めてから三日が経つ頃には、ベッドから出られるま
で回復することができた。これがマグルの病院であればどれだけの
615
!
マダム・ポンフリーがマクゴナガルを引き離してくれることで痛み
!
時間が必要とされるか│││そもそも、厄介になることがないか。
念のため、あと一日休むように言われ、ベッドで横になっていると、
医務室の扉が静かに開かれた。
﹁身体の調子はどうかね、アリス﹂
現れたのはダンブルドアだった。ダンブルドアはベッドに近づき
椅子に座ると、枕元に置いてあるお菓子の山へと視線を向ける。私へ
の見舞い品ということだが、マダム・ポンフリーに食事制限させられ
ていた私が食べられるはずもなく、未だに手つかずで置いてある。
﹁君へのお見舞いの品じゃな│││おぉ、百味ビーンズもあるの。わ
しは常々不思議に思っておったのじゃが、どのような人であれ、お見
舞いの品の中には必ず百味ビーンズが入っているのじゃよ。わしは
どうでしょうね。中には喜ぶ人もいるかもしれないですけ
嫌いなのじゃが、これはお見舞いの品として喜ばれるものなのかの
﹂
﹁さぁ
ど、大抵はネタとして置いていっているんじゃないでしょうか﹂
前 に ハ リ ー に 送 ら れ た も の を 食 べ た と き は 耳 く そ 味 が 当
﹁やはり、それが一番濃厚かの。物は相談じゃが、開けてもいいじゃろ
うか
別に構いませんけど﹂
?
襲撃の時にコインを無くしてしまいましたし、魔法を使えば位置を特
﹁│││まぁ、確かに早く見つけては欲しかったですけどね。汽車の
苦難をすることはなかったじゃろうに。本当に、すまなかった﹂
﹁すまなかった。わしらが君を早く見つけられていれば、これほどの
きたダンブルドアは一息吐くと、頭を下げだした。
度は外れを引いたのか顔を顰めて、一旦席を外した。少しして戻って
ダンブルドアは気分をよくしてもう一つビーンズを手にするが、今
想像できん味じゃが、これは当たりじゃな﹂
﹁ん、むぅ│││おぉ、これはグレープ味じゃな。見た目からはとても
へ放り込んだ。
ズを選び始める。やがて、金色のビーンズを一つ取りだすと迷わず口
私が許可を出すと、ダンブルドアは箱の包装を開けて慎重にビーン
﹁嫌いじゃなかったんですか
たってしまったが、今度は良い味が当たりそうな気がするのじゃよ﹂
?
616
?
?
定できたのでしょうから、私にも原因はあるとは思います。出来る限
り見つかりにくい移動をしていたことも、死喰い人の妨害や動かせる
人がなかっただろうことも考えると、そう簡単にできなかったので
しょうが﹂
﹁じゃが│││﹂
﹁いいですよ。それに、何も悪いことばかりじゃないですし。こうし
て生きていられる以上、今回のことは貴重な経験になりました。百の
訓練より一の実践と、どこかの誰かが言っていましたけど、まさにそ
の通りですね。私自身の魔法が使用できずに生き延びるというのは、
肉体的にも精神的にも随分と成長できたと思ってます。なにより│
││死喰い人を殺した経験は貴重ですね﹂
次から躊躇しなくてすみますから。
そう告げると、ダンブルドアは若干険しい表情を浮かべるも、頭を
振って元に戻す。
617
﹁大 丈 夫 で す よ。あ く ま で 躊 躇 し な い の は 死 喰 い 人 に 対 し て で す。
あぁ、ヴォルデモートも含みますけど。彼らはこちらを殺す気で来る
のですから、自分が同じ道を辿る覚悟はあるはずです│││誰でも彼
でも殺そうなんて危険思考はありませんから﹂
﹁アリスよ。今回の場合は事情が事情じゃ。彼らを殺めてしまうこと
も仕方なしかもしれん。じゃが、わしは罪を犯した者には正しき道に
戻る機会が与えられるべきと考えておるのじゃ。無理にとは言わん。
強制もせん。じゃが、もしできるならば│││いや、止めておこう。
これは押しつけにすぎん。君はわしではないのじゃからな﹂
﹁ダンブルドア。貴方のその考えは大切だと思いますし、後の事を考
現にルシウス・マルフォイはこれまでに多くの暗躍をしてき
えるなら有効かもしれません。ですが、それも時と場合、人によりま
すよ
た。ダンブルドアが退出する際に、今回の罪滅ぼしというものではな
その後は、情報を交換したり今後のことについて話し合ったりとし
﹁わかっておる。わしも、考えるべきなのかもしれん﹂
が、過ぎると自分の首ならず、仲間の首も絞めてしまいますよ﹂
ましたし、前学期には魔法省の一件です。甘さが駄目とは言いません
?
いが、望むことがあれば出来る限り叶えようと言ってきたので、図書
室の禁書棚を自由に閲覧できる許可と、魔法薬の材料になる各種材料
を貰えるだけ貰う約束を取り付けた。何せ今回の件では随分と物資
を消費してしまったので、補充する必要があるのだ。加えて、失った
人形を量産する訳だが、諸々を改良する必要もあるので、その資料と
して禁書棚の本は必要になる。大抵の本は揃っているヴワルだが、流
石に一冊しかない本や、超希少な物となると蔵書されていないことも
あるのだ。
翌日、朝食が始まる前に医務室を出た私は、そのまま真っ直ぐに大
広間へと向かった。ここ最近は栄養を重視した病人食しか食べてい
なかったので、久々に思いっきり食べたい気持ちが逸り、心なしか歩
くのが速くなっている気がする。病人食とはいえ、そこはホグワーツ
勤めのしもべ妖精が作った料理である。不味くないどころか十分に
﹂
618
美味しいのだが、それとこれとは別問題だろう。
クリスマス休暇真っ最中のホグワーツは静寂に包まれており、廊下
く猛威と化すのだから油
から見える校庭では雪が綿のようにふわふわと舞っている。この美
しい景色も、状況が変われば生き物に牙を
寮関係なく一つのテーブルに着席しており、テーブルの奥にはドラコ
のある人達であり、四割程は去年のDAに参加していたメンバーだ。
音に引かれたのか、一斉にこちらを見る生徒達。その殆どは見覚え
かせた。
音を立てないようにしたつもりだが、年代物の扉は高い軋みの音を響
歩を緩めることなく扉へと近づき、ゆっくりと扉を開く。なるべく
がいるようで賑やかな声がしている。
ば、休暇中に残る生徒はそう多くないはずだが、今年はかなりの人数
大広間へと近づくにつれて、声が聞こえ始める。例年通りであれ
とのように思ってしまう。
断できない。自分がこうやって五体満足でいれることが不思議なこ
?
を始めとしたスリザリン生が何人か座っている。
﹁アリスッ
!
私から見て右側手前に座っていたパドマが、勢いよく駆けつけて抱
き着いてくる。それを切っ掛けに他の生徒も駆け寄ってきて、四方八
方から声をかけられた。尤も、声が混ざり過ぎて誰が何を言っている
のか理解不能だったが。
﹁皆さん、気持ちは分かりますが、そんなに騒がしくしては彼女も混乱
してしまうでしょう。今はまず席について、それからお話しなさい。
ただし、彼女は病み上がりなのですから、節度は守るように﹂
マクゴナガルの声で全員が渋々と席に着く。私はパドマに手を引
かれて、パドマとアンソニーに挟まれる形で着席した。
﹁さて、皆も知っておろうが、この三か月の間消息の掴めなかったアリ
スが、先日ホグワーツの門前で救助された。その際深い傷を負ってい
た彼女も、治療に専念したことで回復することができ、こうして皆と
共にテーブルを囲うことができた。治療に尽力してくださったマダ
ム・ポンフリーには、今一度感謝の言葉を送りたい﹂
ダンブルドアの言葉に、マダム・ポンフリーは軽く頭を下げること
で答える。アリスにしても、彼女の医療の腕には大いに助かったと
思っている。あれほどの重症に関わらず後遺症もなく完治させてく
れたことはとてもありがたい。
﹁積もる話もあるじゃろうし、年寄りの話は早々に打ち切るかの。今
まで会えなかった分、沢山語り合うといいじゃろう。ただし、マクゴ
ナガル先生は言ったように彼女は病み上がりじゃから、落ち着いて話
すように﹂
それからは、食事をしながら次々と飛び交う質問に答えていく時間
が続いた。答えるといっても、具体的なことは言わず、中途半端な事
実を伝えるようなものだ。ここにはスリザリン生│││特にドラコ
同様、家族に死喰い人がいる生徒もいるので、あまり事細かに細部を
教えるわけにもいかない。DAのメンバーであれば、後ほど集まるで
あろうDAの会合の時間に話せばいいだろう。
食事が終わったあとは、予想通りというかハリー達によって必要の
部屋へと連行された。どうやら汽車の中で話していた通り、DAは去
619
年のように隠れずに、大々的に行われているようだ。それによって参
生徒による防衛術の相互研究という名目で、今年
加者も大幅に増えて、今では去年の五倍以上にまで規模を増してい
た。
﹁すごいでしょ
るわ
﹂
が正式に許可されて、先生達の協力で色々な訓練方法が確立できてい
から正式に活動が認められたの。それに合わせて必要の部屋の使用
!
﹂
に上回る時間で突破したのよ
﹂
でクリア出来たのは二人だけ、しかも先生が目標としたタイムを大幅
協力で作った訓練用の迷路を突破するっていう訓練をしてね。DA
圧巻よ。この前なんか、マクゴナガル先生とフリットウィック先生の
ンバーの誰よりも呪文の制御や精度が高いし、咄嗟の状況判断なんか
﹁そうね、確かにハリーとジニーの伸びは凄いわよ。二人ともDAメ
はないが、何となく雰囲気で分かるものだ。
腕が上達したと理解できる。別に、目に見える変化があるという訳で
にハリーやハーマイオニー、ジニー、ネビル、ルーナの五人は一目で
から参加した人は分からないが、去年から参加しているメンバー、特
そう言って部屋の中にいるDAメンバーを見まわしていく。今年
い
実しているようだし。これだけの条件なら、随分と成長したんじゃな
ば、随分な進展よ。教員の手が加えられているのか、設備もかなり充
﹁あら、凄いじゃない。去年あれだけ四苦八苦していたことからすれ
に語る。
ハーマイオニーが両手を広げながら部屋のバックにして嬉しそう
!
﹂
?
突然のお願いに思わず首を傾げると、話しかけてきた子とは別の女
に魔法を教えてもらえないでしょうか
﹁あ、あの。マーガトロイド先輩。もし、もしでいいんですけれど、私
内の一人が遠慮がちに話し出す。
いてきた。見た感じ二年生か三年生といったところだろうか。その
暫く、ハーマイオニーから話を聞いていると、二人の女の子が近づ
﹁それは興味深いわね。時間があったら、私も挑戦してみようかしら﹂
!
620
?
の子が、やや高飛車な態度で口を挟んでくる。
﹁チェリー、先輩は病み上がりなんだから無理言ったら駄目でしょう。
それに、そんなことしてもらわなくても、先輩よりハリー先輩の方が
上手いんだから、ハリー先輩に教えてもらえばいいじゃない﹂
﹂
﹁で、でも。去年からいる人は、みんなマーガトロイド先輩の方が上手
いって言ってるよ
﹁あくまで去年は、でしょ。ハリ│先輩だって謙遜しているだけよ。
ハリー先輩は時間ができたら、DAでずっと練習をしてきているの
よ。それに自分の練習だけじゃなくて、私達の練習にも丁寧に付き
添ってくれているわ。そんなハリー先輩を間近で見ている私は、先輩
が誰かに劣っているなんて思わないわ﹂
│││何やら目の前で口論を始めた二人を放置しつつ、隣にいる
ハ ー マ イ オ ニ ー へ と 事 情 を 求 め る べ く 視 線 を 向 け る。ハ ー マ イ オ
ニーはそんな私に対して苦笑い気味に口を開くも、背後からの声で制
されてしまう。
﹁あ∼あ、またこの口論か。懲りないねぇ﹂
パドマが後ろから私にしがみ付きながら、そう愚痴を零す。
﹂
﹁最近、DAの中ではこれが専ら話題のネタなの。簡単に言っちゃえ
ばアリスとハリーのどちらが強いかっていう話﹂
﹁あら、ハーマイオニーやジニーは入っていないの
われている。去年からいるメンバーは、ハリーを含めその話に興味は
うだ。耳を澄ませば、確かにそこかしこで私とハリーの強さ論議が行
どうやら、私がいない間にDAは随分と愉快なことになっているよ
が現れたことで再びDA最強論争が勃発│││ていう感じ﹂
│││戦局はハリー派が優勢。そこで話は沈静化したものの、アリス
スこそ最強だっていう人もいるんだけど│││あっ、私もその一人ね
ら、暫定的にハリーがDA最強ということになったんだ。中にはアリ
判のアリスで対立したんだけど、その時アリスは行方不明だったか
のがハリーなの。そこに、ハリー以上の魔法の腕と知識を持つって評
強すぎる要望で総当たり戦をやったのよ。そこで最終的に勝利した
﹁最初は二人も候補に入っていたんだけどね。一度、他のメンバーの
?
621
?
﹂
ハリ│先輩の方が強いというのが分からな
絶対アリス先輩の方が強いよ
ないようで、騒ぐメンバーを諌めている。
﹁│││そんなことない
﹁聞き分けのない子ね
﹂
!
動き出す。
!
だが、それは僅かに遅かったようだ。
﹂
﹁そこまで言うなら、先輩達に勝負してもらいましょう
﹂
それでいいよ
てハッキリするわ
﹁わかった
!
!
﹂
!
│││なんだこれ
?
ンソニーとハーマイオニーは苦笑している。
﹂
﹁だよね。僕はいいけれど、アリスは大丈夫なの
日をおいてからでもいいんじゃないかな
?
に比べたら問題無いわ﹂
﹁それに関しては大丈夫よ。確かに本調子とは言えないけど、不調時
?
病み上がりだし、
へと入っている。パドマに視線を向ければサムズアップで返され、ア
今年の新メンバーのみならず、去年からのメンバーすら観戦モード
﹁どうするもなにも│││今更、断れる空気じゃないでしょ、これ﹂
﹁えっと、どうしよう、か
﹂
白地帯に向かい合う私とハリー。周囲から飛ばされる応援の声。
引っ張られていくハーマイオニーとパドマ。部屋の中心にできた空
瞬く間に、場は一気に決闘モードへと移行。押されてくるハリーと
﹁ハリー先輩、頑張って
﹁マーガトロイド先輩が勝つに決まってるだろ﹂
﹁ハリー先輩の勝利は揺るぎないわ﹂
﹁そうだよ、そうすれば白黒ハッキリする﹂
き、何ともいえない手遅れ感を察した。
私も断ろうとするが、二人の大声で言ったことが部屋中に浸透してい
当事者を無視して勝手に勝負を決められる私とハリー。これには
!
それで全
上は流石によくないと判断したハーマイオニーが二人を止めるべく
と、放置していた二人が随分ヒートアップしてきたようで、これ以
いの
!
!
?
622
!
本調子じゃない私に負けたら、立つ瀬
不調時とは言わずもがな、ここ三か月に及ぶ逃走劇の時のことだ。
﹂
﹁ハリーこそいいのかしら
がないんじゃない
今の貴方、まるでセドリックみた
?
うだ。
どうやら、ハリーが変わったというのは口先だけのことではないよ
みは見られない。
切の油断をしないで杖を構える。その姿からは、これまでのような歪
そう言って、ハリーは苦笑しながらリラックスして、それでいて一
は、君に散々言われ続けてきたことが殆どだったけどね﹂
足りなかったもの、これからの僕に必要なこと。足りなかったこと
﹁まぁ、ね。あの襲撃があってから、色々と考えたんだ。今までの僕に
になっていた。
用しなかったのだ。そのおかげで、勝負をする際には実力で戦うこと
い│││死喰い人のことだが、彼らにはかなり効果的だったことが通
ていた。最初は歳の差かと思ったが、セドリックよりも大人の魔法使
セドリックは、私がどれだけ挑発をしても柳に風というように流し
いよ﹂
余りの間に何があったのかしら
﹁│││へぇ、少し見ない間に随分と変わったじゃない。この三か月
しているのだから。
ていた直情的な言動がなりを潜め、冷静にこちらの動きを細かに観察
きた。これには僅かばかり驚く。何年にも渡って周囲から注意され
私の考えとは裏腹に、ハリーは気にした様子もなく涼しげに流して
んだ。僕だって学習するよ﹂
を奪い、隙を露呈させる。これでも、アリスの戦いは何度か見ている
﹁悪いけれど、その手には乗らないよ。挑発することで相手の冷静さ
な挑発より直球の挑発の方が効果的だと考えていたのだが。
ハリーはあからさまな挑発行為に過敏に反応する性質だ。遠回り
に常套手段。相手が冷静でなくなれば、それだけ私の勝率が上がる。
僅かに笑みを浮かべてそうハッキリと告げる。戦う前の舌戦は既
?
﹁面白いわね。今の貴方、今までで一番面白いわ。勿論、良い意味で
623
?
ね﹂
言いながら、私も杖を構える。精神を集中させていき、ハリーに意
識を、されど周囲にも気を配っていく。私達二人の雰囲気が変わった
ことを感じ取ったのか、先ほどまでざわついていたギャラリーが静ま
り返る。十秒か一分か、体感する時間は曖昧なれど、何時までも続く
│爆発せよ
﹂﹁レダクト
│粉々
﹂
と思える静寂は、誰かが出した靴擦れの音で終わりを迎えた。
﹁コンフリンゴ
!
!
﹂
!
させられている。
﹁ステューピファイ
│麻痺せよ
と素早く察したハーマイオニー達古参のDAメンバーによって避難
周囲にいるギャラリーにも及び、私達が態勢を整え、再度呪文を放つ
呪文が私の足元に当たり、互いに盛大な破壊をもたらす。その衝撃は
私の放った爆発呪文がハリーの頭上の天井に、ハリーの放った粉砕
!
﹃│││ッ
﹄
た瞬間、視界の左端で動いたモノへと反射的に呪文を放つ。
次の手に移ろうと使用する呪文を複数思い浮かべながら移動をし
して壁にさえなれば十分だ。
変身術で石人形に変えて突撃させる。精度は必要ない。数だけ用意
ハリー目がけて勢いよく飛ばされた石を見つつ、天井や床の破片を
石を蹴り飛ばした。
ぶり、同時に腰の捻りを加えることで、最小限の動きで最大の威力の
硬化呪文を掛ける。硬化呪文によって強化された足を小さく振りか
ハリーの失神呪文を無言呪文で発動した盾の呪文で防ぎつつ、足に
!
ル近くはありそうな蛇が呪文に当たり吹き飛ぶ。思わぬ伏兵に驚い
てしまったことで僅かに身体が強張ってしまった。その隙を狙って
いたのか、右端から一匹、正面から二匹の蛇が同時に襲い掛かってく
る。
﹁甘いわね﹂
杖を短く鋭く振り上げる。その動きに従い、蛇が移動している床が
針の山へと姿を変える。数多の針によって全身を貫かれた蛇は断末
624
!
死角から襲い掛かろうとしていたのは蛇だった。全長は一メート
!
魔を上げた後、赤い光を散らして姿を消す。
蛇事態の対処は何の問題もなく終えたが、私が出した石人形も全て
破壊されてしまっていた。
﹁│││﹂
開幕早々の搦め手は既に意味ないものと判断し、真正面からの勝負
に切り替える。無言呪文を多用した呪文の応酬だ。ハリーは無言呪
﹂
文を得意とはしていないので、この勝負で優勢になるだろう。
﹁ふッ
だが、私の予想とは裏腹に、ハリーは私が放った無言呪文と同じ数
の呪文を無言で放ってきた。呪文は吸い寄せられるようにして互い
に衝突し、私とハリーの間で火花を咲かせる。
驚きが休まる間もなく、ハリーが続けざまに放つ無言呪文を捌いて
いく。数秒か数分が経った頃、示し合わせたかのように杖を振る手を
﹂
止め、お互い相手へと構えたまま微動だにせず観察する。ハリーは息
を切らした様子もないようだ。
﹁随分と腕を磨いたわね。正直、去年とは比べものにならないわよ
人を亡くしてしまうところだった﹂
ハリーは自身を自虐し、言葉を続ける。
﹁ほら、僕ってよく自信過剰とか言われてただろ
特に、スネイプと
をしていたんだ。その所為で、あと一歩というところで、僕は大切な
いたから、アリスが出来るなら僕にだって│││ていう、馬鹿な考え
てね。でも、僕は一人で死喰い人に立ち向かっていったアリスを見て
ていったんだ。まぁ、当然というか何というか、ロン達には止められ
﹁あの襲撃のあった時、僕はロン達と合流した後で死喰い人に向かっ
そう言って、ハリーは杖を下げながら静かに語りだす。
撃で痛感したんだ﹂
﹁力がないのは辛いからね。それを、あの魔法省の戦いと、新学期の襲
したくもなるのも分かる。
れが十分すぎる程に理解できた。これなら、あの女の子がハリーを押
お世辞抜きで、本当にハリーは成長している。この短い応酬で、そ
?
かマルフォイとかにさ。あの二人を認める訳じゃないし、今も普通に
?
625
!
大っ嫌いだけど、その言葉だけは正しかったんだと思った﹂
今日は驚くことが多い日だ。ハリーが、スネイプやドラコの言葉を
受け止める日がやってこようとは。
﹁正直、これまでの僕は己惚れていたんだ。〝生き残った男の子〟な
んて言われて、口では嫌がっていたけど、内心では特別な存在だとい
うことに興奮していた。だから、アリスやハーマイオニーに散々注意
されても、特別な僕には必要ないって、どこかで思っていたんだ。実
際はそんなことはないのに、必要以上の過信から事件の中心へと飛び
込んでしまう。その最たる例が魔法省だよ。冷静に考えれば罠だっ
て分かるのに、僕は、意味のない過信で大切な仲間を、大切な人を永
遠に亡くしてしまうところだった﹂
ハリーは再び杖を構え直す。
﹁大切な人や仲間を守るには力がいる。でも力だけじゃ駄目だ。心が
なくちゃ、力は味方にとっても暴力となってしまう。かといって、心
大切な人が誰だとか、何で私を目標にだとかが思考の外に飛ぶくらい
に驚愕している。
何か、まだ色々とハリーが語っているが、そのどれを聞いても私の
記憶にあるハリーと関連付けることができない。まだ、ポリジュース
薬でハリーに変身している詐欺師と言われた方が納得できる。
﹁だから、アリス。お願いだ。今出せる範囲でいい、僕と本気で戦って
くれ﹂
﹁│││いいわ、相手してあげましょう﹂
思考放棄。
考えても理解出来ないことなら、さっさと頭からなくしてしまう方
626
を養っているだけじゃ、敵の暴力には抗えない。僕は未熟だから、力
も心も両方を得られるほど器用じゃない。でも、得られなくても求め
ることは出来る。そして、僕の身近には力と心の両方を持っている人
ハリー・ポッター
がいた│││そう、君だよ、アリス。僕はこの三か月間、君を目標に
これ、本当にハリー
?
して鍛えてきたんだ﹂
│││えっ
?
何か私の知っているハリーと全然違うんだけれど。正直、ハリーの
?
が有益だ。とりあえず、本気の戦いが望みだということさえ分かれば
問題無い。
私達は仕切り直すために距離を取る。周囲で観戦していた者には、
コインを打ち上げてくれるだけで
邪魔にならないよう壁際まで下がってもらった。
﹁パドマ、合図をお願いできる
いいわ﹂
﹁わ、わかった﹂
パドマに開戦の合図を託し、お互い杖を構える。私達の準備が整っ
たのを確認したパドマは、親指で勢いよくコインを上へと弾いた。
﹁シリティエル │流砂よ﹂
指がコインを弾く音と同時に呪文を唱える。足場がいきなり流砂
へと変貌したハリーは体勢を崩し、倒れてしまう。誰かが卑怯だの何
だのと言っているが、誰もコインが床についたら開始だとは言ってい
﹂
ないので、非難される云われなんてない。勝負なんてものは勝てば官
│守護霊よ来たれ
軍なのだ。さらに言えば生き残った者勝ちだ。
﹁エクスペクト・パトローナム
﹁防げ
﹂
るくらいだろう。
いので、威力は押さえている。直撃したところで、精々筋肉を切断す
杖を二度三度振り、風の刃を飛ばす。流石に手足を切断する気はな
﹁ラミナス・ヴェナート │風の刃よ﹂
の域に到達しているようだ。
と物理的な威力を持たせることが出来るが、ハリーの守護霊は既にそ
を出して流砂から脱出を果たした。守護霊は熟練の魔法使いが扱う
このまま一気に決めることが出来るかと思ったが、ハリーは守護霊
!
﹂﹂
された守護霊は霧散したが、消える寸前の守護霊を足場にすること
│麻痺せよ
で、ハリーは床へと足を付けた。
﹁﹁ステューピファイ
!
ハリーの近くで衝突している。威力は私の方がやや上といったとこ
互いに失神呪文を放つ。私の方が唱えるのが速かったので、呪文は
!
627
?
!
ところが、ハリーは守護霊を盾にすることで風の刃を防いだ。盾に
!
ろか。このまま打ち合っていてもいいが、それだと疲労が激しいので
早々に打ち切る。足元にある石を蹴り飛ばし、赤い閃光が火花を散ら
す場所へと当てる。赤い閃光は石が当たったことで軌道が逸れ、天井
と床を砕くに終わる。衝突地点の近くにいたハリーは、呪文が弾ける
│鎖になれ
﹂
衝撃に煽られて床に倒れてしまっている。
﹁エイムベート
換し合っている。
卑 怯 よ
姑
この人は、開始のコインが落ちる前に呪文を
使 っ た。そ れ っ て ル ー ル 違 反 の 不 意 打 ち じ ゃ な い
﹂
正面からじゃハリー先輩に勝てないからって、貴女には魔女
!
﹁だってそうでしょ
私を睨んできていた。
ると、今回の勝負を行う切っ掛けともなった少女が顔を赤くしながら
そんな中、幼い声が響き渡ったことで場が静まり返る。声の元を辿
﹁│││やっぱり納得いかない
﹂
集まり、皆して私とハリーの戦いについて感想を述べたり、意見を交
私の方にもパドマやアンソニー、ネビル、ルーナを始めとして人が
けた。
リーが言っていた大切な人というのはジニーのことかと当たりをつ
てきたジニーに手を借りて起き上がっている。それを見て、先ほどハ
から拍手喝采が送られる中、ハリーの拘束を解く。ハリーは駆けつけ
ハリーの負け宣言によって勝負は決着した。勝負を見ていた人達
﹁ッ│││はぁ。駄目だな、うん。僕の負けだよ﹂
リーに抵抗できる道はなく、数秒で鎖の簀巻きハリーが完成した。
装解除呪文で杖を手放すと同時に体勢をさらに崩す。そうなればハ
る。ハリーは鎖が巻き付く寸前で逃れようと動くも、続けて放った武
この隙を逃さずに、ハリーの周囲にある石を鎖に変身させて拘束す
!
ンが床に着いたら始まりとは一言も言っていないわよ﹂
﹁卑怯とは心外ね。確かにコインで合図をすると言ったけれど、コイ
ど、さっき何やら叫んでいたのはこの子だったのか。
少女は一息に言い切ると、息を荒げてさらに睨んでくる。なるほ
としての誇りがないんですか
息よ
!
!
628
!
!
!?
!
﹁そ、そんなの言いがかりよッ
﹂
﹁えぇ、そうね。で、言いがかりだとして、何か問題はあるかしら
DAに参加している以上は遠慮なく言うけど、戦いなんてものは究極
的に、相手を殺すか自分が殺されるかの二択しかないものよ。殺して
くる相手に対して一瞬でも躊躇すれば、次の瞬間には自分か自分の大
切な人が死んでいる。死人に口なし、どれだけ悪辣非道な行いだろう
と、最後に残るのがその手の連中だけになれば、結局はそれが正義に
なってしまうわ│││人はね、勝ったものを正義と呼ぶのよ﹂
﹁あ、う⋮⋮で、でも、今回のは、試合でしょ。そんな、戦い、なんて﹂
少女は私の言葉にショックでも受けたのか、狼狽した様子を見せ
る。現実のほんの一部だけとはいえ、目の前の少女に言うようなこと
ではないと思うが、DAに参加している以上は、今の情勢を判断でき
るだけの頭はあるということ。であれば、この子に掛ける言葉は甘い
言葉ではなく非情の言葉を伝えるべきだ。現実なんてものは、一寸先
は闇なのだから。
﹁ただの試合ならフェアプレーに乗っ取るべきでしょう。でも、これ
は闇の魔術に対抗するための、試合という名の模擬戦闘。であれば、
限りなく実戦に近い状況を考慮するべきだわ。それに、ハリーからも
本気で戦ってほしいと言われているしね。ハリーは私の本気の姿勢
﹂
がどういったものか理解しているはずよ。実際、私が不意打ちをする
ことは予想ついていたんじゃないかしら
減していただろ
﹂
﹁さて、なんのことかしらね
﹂
たよ。ていうか、いくら不調で人形もないとはいえ、君、随分と手加
足場を崩されることは予想外だったけどね。その分、いい経験になっ
ほしいといえばあの手この手と仕掛けてくるとは思ってたよ。尤も、
﹁ははっ、まぁね。アリスは敵には本当に容赦ないから、本気で戦って
たハリーだが、話を振られると苦笑しながら静かに進み出てくる。
そう言って、ハリーへと視線を向ける。一連の会話を黙って見てい
?
るハリーなのに、中身がセドリックそっくりなチグハグ具合が違和感
629
?
!
やっぱり、どうにもこの爽やかハリーに慣れない。見た目は良く知
?
?
を増長させる。
﹁アリスの話はちょっと過激だけれど、確かにDAで行う試合は実戦
を想定したものだ。今までは基礎の向上や呪文の熟練度を上げるこ
とに重点をおいていたけど、これからはこういった戦いが多くなって
くる。僕とアリスの試合はその第一幕といったところかな。﹂
ハリーは少女に近づいて、その頭に手を乗せる。それを見たジニー
の眉がピクリと動いたのが見えたが、私は見なかったことにした。
﹁でも、君のその考えもとても大事なことだ。確かに、今の情勢では通
用しないものかもしれない。でも、闇の魔法使いがいなくなって、本
当に平和な世の中になったときには、君の考えこそが必要になってく
る。だから、その考えを捨てようなんてことは思わないでほしい。胸
の中に大切にしまって、必要になったときに取りだしてほしい﹂
そう言って少女へと微笑むハリー。元々整った顔立ちではあった
ので、その笑みを相まって好青年のように見えなくもない。いや、今
のハリーの性格を考慮すれば、間違いなくセドリックに匹敵する好青
年だろう。それを証明するかのように、周囲にいる女生徒の大半がハ
リーへと熱い眼差しを向けている。当然、それには件の少女も含まれ
ている│││ジニーだけは憤怒の表情を浮かべているが。よく見れ
ば、長い髪もザワザワと蠢いているようにも見えなくもない。ジニー
の周囲にいた者は、その異常というか危険を察知したのか、距離を離
している。
その後は、これからのDAの方針を説明したことで一時解散となっ
た。方針説明の際に、実際の闇の魔法使いとの戦闘がどういったもの
なのか、魔法省で死喰い人と戦ったメンバーや新学期早々から死喰い
人に追われていた私が、DAのメンバーに話を聞かせるというものが
あり、結構な時間を取ってしまった。
私の話をしている際に、死喰い人を何人も殺したことを言ったとき
は、殆どのメンバーが顔を蒼白にしていたが、まぁ仕方がないことだ
ろう。どういった方法で殺したのかまでは聞きたくなかったようで、
話そうとしたところをパドマに口を塞がれてしまった。
昼食を終え、再びDAに集まる生徒達から離れ、私は必要の部屋の
630
前に一人残った。ハリー達は何か聞きたそうにしていたが、事情を説
明することで引き下がってくれた。
扉が完全になくなるのを待ってから、壁の前を三度往復する。現れ
た扉を潜り、久々に眺める本の山を暫し眺めてから、中に配置されて
いるキャビネットへと近づく。軽くキャビネットをチェックして壊
れていないことを確認してから、中へと入って呪文を唱えた。
﹁ふぅ。ここも、随分懐かしく感じるわね﹂
キャビネットを通じて、ホグワーツからヴワルへとやってきた私
は、まず休息を取っているだろうドールズの様子を見にいくことにす
る。ヴワルの中であればドールズの回復速度は増すとはいえ、まだ十
分に動けるほど回復はしていないだろうと思っていた。
﹂
﹁あっ﹂
﹁えっ
動きが止まる。それは私だけでなく、大書庫で忙しなく動いていた
ドールズも同様だ。
目の前の光景に、思わず目頭を揉むような仕草をする。別に目が付
かれた訳ではないし、頭痛を感じたわけでもない。ただ、目の前の光
﹂
景が唖然とするものであれば、思わずこのようなことをしてしまうの
は、仕様がないだろう。
﹁私、休んでいなさいって言ったわよね
﹁あ、えっと∼﹂
のでしょう
なら、感謝こそすれ怒ることなんて出来ないわ﹂
らいいわ。貴方達のことだから、私のことを想ってやってくれていた
﹁はぁ│││まぁ、貴方達が何で休まずにいたのかは、大体予想つくか
海だ。手を胸の前で弄りながら視線をキョロキョロとさせている。
私の問い詰めるような、呆れたような言葉に曖昧な反応したのは上
?
﹁さ、とりあえず休憩しましょう。これからは今まで以上に忙しくな
になったが何とか堪えた。
を作ろうと奮戦していた。その行動は嬉しかったし、少し涙も出そう
ドールズは、殆ど無人状態となってしまったヴワルで、失ったもの
?
631
?
るから、しっかりと計画を練らないとね﹂
久しぶりのゆっくりした時間なので、少し凝ったお菓子を作ろうと
レシピを考えながら、ドールズを連れてキッチンへと向かった。
632
秘密
クリスマス休暇が終わり、ホグワーツへと戻ってきた多くの生徒か
ら、行方不明だった間のことを色々と聞かれるということがあった
が、あまり重要なことでもないので割愛する。
休暇明けの最初の授業、つまり私にとって六学年になってから初め
ての授業は闇の魔術に対する防衛術だった。なお、グリフィンドール
とスリザリンの合同である。
恒例と化した教師の入れ替えによって、今年は誰が就任したのかと
吾輩が指示をするまで杖を出
思って教室で待っていると、奥の準備室の扉が勢いよく開かれた。
﹁│││何度言えば理解するのかね
それすらも理解できないのかね。グリフィンドール
教壇に立っている訳だが│││諸君らの腑抜け顔を見るに、休暇中に
君らがそれらを十全に理解しているだろうという、儚い期待を持って
﹁吾輩は今学期が始まって以来、多くのことを諸君へと教授した。諸
イミングで、スネイプが口を開いた。
十秒か一分か、全員の意識がスネイプへと完全に集まっただろうタ
﹁さて﹂
を見渡す。
席を取り始めた。全員の名前を読み上げた後、暫しの間、無言で教室
スネイプは教室が静かになるのを見渡し、授業が始まると同時に出
いのにその理由で減点とか、無茶ぶりが過ぎるだろう。
行った手腕にも驚いてしまった。というか、まだ授業開始の合図もな
なって就任したということを聞いた時には驚いたが、早々に減点を
プだった。長年、この教科の担当にならなかったスネイプが、今年に
教室に現れると同時に流れるような言葉でそう告げたのはスネイ
十点減点、レイブンクロー五点減点﹂
たはずだが
さず、教科書を机の上に置いて待っているようにと、幾度となく申し
?
それらが抜け落ちているものが多くいるようで、大変嘆かわしく思
う﹂
開始早々、良く回る毒舌だ。
633
?
ハリー達から聞いた今期の授業は、無言呪文を主軸にした授業らし
い。他の生徒は知らないが、少なくともDAのメンバーに限れば無言
呪文は一定レベルで習得していたので、心配はいらないだろう。
﹁あぁ、この教室には今日初めて授業を受ける者もいたな。尤も、その
者は長い期間、闇の魔法使いから逃げ続けてきた猛者のようなので、
吾輩が一から教えを繰り返す必要はあるまい﹂
いや、死喰い人から逃げ続けることと、無言呪文がどうこうは関係
がないと思うのだが。精々が、相手の無言呪文に対しての対応程度だ
ろう。
﹁しかし、いくら必要がないとはいえ、どの程度の練度なのかは把握し
なければなるまい│││マーガトロイド、前に出たまえ﹂
何となく話の流れからくるだろうとは思っていたので、素直に教室
の前へと向かう。
﹁君にはこれより、呪文の打ち合いをしてもらう。ただし、使用する呪
文は全て無言呪文で行うのだ。相手は│││ほぉ、君がやるのかね、
マルフォイ﹂
スネイプが対戦相手を指名する前に、ドラコが高く手を上げた。そ
れを見たスネイプは目を見開くも一瞬で直し、続く言葉でドラコの自
薦を認めた。
ドラコが前へと進み出て、最前列の机が動かされることで出来た空
間で私と向かい合う。ドラコは何も言わず、只々、私のことを見つめ
てくるだけだ。
﹁では、両者とも準備はいいな。他の者は、二人の無言呪文を観察し、
それぞれがどのような呪文を使用しているのか探りたまえ│││で
は﹂
スネイプの言葉と同時に私とドラコは杖を構える。私のいない間
にドラコがどれほど腕を上げたのか分からない以上、警戒を最大にし
て待ち構える。ハリーという前例があるので、油断はできない。
﹁始め﹂
開始の合図と共に杖を素早く振るう。まずは様子見で速さ重視の
呪文を放つ。その数は三つ。一呼吸足らずの間で放った呪文はドラ
634
コへと真っ直ぐに向かっていくが、ドラコは動く様子を見せずに立っ
たままだ。
何の妨害もないため、私の放った呪文は吸い込まれるようにドラコ
へと向かう。しかし、ドラコまで十センチ程となったところで、三つ
の呪文全てが弾かれるように霧散した。
﹁なっ﹂
そのことに驚き、硬直こそしないものの確かな驚きに包まれる。私
が見ていた限り、ドラコは呪文を使っていない。手に持つ杖はピクリ
とも動かず、ドラコ自身も直立したままだ。始める前に盾の呪文を
﹂
使っていたという可能性ならあり得るが。
﹁
不可思議な出来事について考察していると、背中を悪寒が走った。
私は危険を知らせる直感に従って横に移動する。その瞬間、私がいた
場所を何かが通過していくのを感じた。続けて襲った悪寒から逃れ
るために反射的に盾の呪文を前面に構築する。盾の呪文が何かを防
いだというのは確認できたものの、一体何を防いだのかは分からな
い。
間違いない。ドラコは呪文を使っている。それが一体どういった
原理で成立しているのかは知らないが、ドラコは〝杖を振るうという
呪文を使う上での絶対条件を破棄した上で、最低限でも必ず発する呪
文の反応光を完全に無くしている〟のだ。
その本来ありえない現象に懐疑的になるものの、この不可思議を説
明できるのはそれしか思い浮かばない。盾の呪文によって不可視の
呪文は防げている。その隙にドラコの全身の動きを観察するも、ドラ
コは杖を下げたまま動かずに立っている。
数秒間、不可視の呪文を放つドラコと盾の呪文で防ぐ私とで出来て
いた膠着状態も、ドラコが行動に出たことで崩れた。ドラコは今まで
の不動から一転、流れるように杖を振り赤い閃光を放つ。失神呪文
だ。加えて、失神呪文を放つまでの間に不可視の呪文が途切れる様子
がない。私は盾の呪文を重ねて発動し、私を半ドーム状に覆うように
五重の盾の壁を築く。
635
!?
ドラコの放った失神呪文は、不可視の呪文を防ぎ続けたことで脆く
なった盾を難なく破壊し、さらに重ねて張った盾を三枚破壊したとこ
ろ で 霧 散 し た。そ の 威 力 に 驚 き つ つ も 反 撃 す る た め に 杖 を 振 る う。
最初よりも速く鋭く力強く振るったことで放った呪文の威力や速さ
は、先ほどの非ではない。これにはどう対処するのか。
ドラコは杖を大きく振るい、光と闇が入り混じっているような斑模
様の壁を構築した。その間にも不可視の呪文が止まることはなく、破
壊された盾を再度構築することで対応する。一体どのような呪文が
襲ってきているのか分からない以上、盾の呪文で防ぎ続けるしかな
い。
私の呪文が斑模様の壁に衝突する。それにより発生した衝撃が、前
列にいた生徒を煽り、机の上に置いてあった教科書を吹き飛ばしてし
まった。呪文が当たった斑模様の壁は、大きな亀裂が走っており、も
う一度同じ呪文を当てれば破壊できるだろう。そう思って再度呪文
を放つが、斑模様の壁の亀裂が瞬く間に修復されていったことで、破
壊するには至らなかった。
そこからは、これの繰り返しだ。ドラコが不可視の呪文と高威力の
呪文を放ち、私が多重の盾で防ぐ。私が呪文を放ち、ドラコが斑模様
の壁で防ぐ。互いの護りが壊されかけても、私は張り直し、ドラコは
復元して護りを固める。
﹁そこまでだ﹂
私とドラコの応酬は、スネイプの介入によって終わりを迎えた。私
とドラコは同時に動きを止めて、杖を下ろす。予想外の連発で僅かに
だが冷や汗が頬を伝う。尤も、目の前のドラコよりは大分マシだろ
う。ドラコはかなりの量を発汗しており、呼吸も荒い。頭痛もするの
か手で頭を押さえている。
﹁ご苦労。二人共、席に着くのだ│││さて、今マーガトロイドが使用
していた呪文を書き出すのだ。時間は鐘が鳴るまでだ。マーガトロ
イドとマルフォイの二人は、鐘が鳴るまで休んでいてよろしい﹂
スネイプの言葉に従って、私達はそれぞれの席へと戻っていく。そ
の際に一瞬だが視線が交差する。同時に、私はドラコの内面へと意識
636
を潜り込ませた。その際に僅かな抵抗があったものの、私の侵入を阻
める程のものではなかったので、そのまま心へと入り込んでいく。
時間にして一瞬。されど、断片的であれ確かに情報を引き出すこと
が出来た私は、そのまま自分の席へと戻った。ドラコは苦虫を噛み潰
したような顔をしていたが、気にしないことにする。
午後の最初の授業は魔法薬学だが、一限分の時間が空いていたの
で、先ほどのドラコとの勝負を思い出す。
開心術で心を覗いたことで僅かに読み取れたことがある。僅かと
いうのも、ドラコの閉心術は障害ではないものの時間がなかったから
だ。
ドラコが用いた、予備動作の一切ない不可視不動の呪文行使。どの
ような経緯で習得したのかも手法も不明だが、どうやらドラコが自ら
編み出した技術らしいというのは分かった。形にしたのは最近。現
状では長い時間は使えず、時間に比例して頭痛が増すという欠点があ
る。無言呪文にも関わらず、呪文の威力が減少しないこと。本来の無
言呪文とはまったくの別物ということで、不可視不動の呪文、無言呪
文、通常の呪文の最大三つの呪文を同時に繰り出せるということだ。
さらに、不可視不動の呪文の技術の影響なのかは定かではないが、威
力が下がるはずの無言呪文が、通常の呪文相当かそれ以上に強化され
ている。このことから考えるに、通常の呪文の威力はさらに強化され
ていると考えた方がいいだろう。
一通り整理をして思う。なるほど、確かに驚異的な技術だ。単純な
手 数 だ け で い え ば 数 い る 魔 法 使 い の 中 で も 上 位 に 食 い 込 む だ ろ う。
一転に集中した際の火力も相当なものだ。研鑽を続けていけば、ダン
ブルドアやヴォルデモートに匹敵、いや、両者以上の魔法使いとなる
ことも夢ではないかもしれない。そう思えるだけの可能性を秘めた
技術だ。
ハリーにしろドラコにしろ、少しの間見なかっただけで随分な成長
を果たしている。単純に実力では二人よりも上であるという自信は
あるが、特定条件下に持ち込まれてしまえば、敗北することもありえ
637
そうだ。いや、物事は常に最悪を想定して臨むべきであるし、正面か
ら堂々と戦った場合でも負ける可能性があると考えておこう。
そこまで情報を整理したところで、授業の終わりを告げる鐘が鳴
る。魔法薬学の教室へと向かいながら、ハリーとドラコの思わぬ上達
ぶりに対抗心が溢れ、私の今ある戦力戦術をどう強化していくかを考
えながら魔法薬学の教室へと入った。
﹁さて、では授業を始める前に。このクラスには。この授業を始めて
受ける生徒がいるね。まぁ知っているかも知れんが、一応紹介しよ
﹂
う。今年から魔法薬学を教えることになった、ホラス・スラグホーン
だ。ミス・マーガトロイドでよかったかな
魔法薬学の教室は、今までの地下牢や拷問室を思わせる部屋ではな
く、少し散らかった実験室という感じに変わっていた。薬品の匂いが
充満しているのは同じだが、教師の雰囲気や十分な光源によるもの
か、冷たいというより暖かい空気を醸し出す部屋だ。正直、私として
はこちらの方が好みである。
﹁は い、先 生。汽 車 で の こ と は 申 し 訳 あ り ま せ ん。せ っ か く 食 事 に
誘っていただいたのに﹂
﹁いやいや、気にすることはない。あのようなことが起こったのだか
ら、君が責任を感じることは一切ないよ﹂
君の優秀
スラグホーンという新しい教師と始めて言葉を交わすが、雰囲気通
り陽気で気さくな人物のようだ。
﹁君さえよければだが、今度お茶に誘っても構わんかね
るので、それを参考にしなさい﹂
験は問題なかろう。調合のポイントや必要な材料は黒板に書いてあ
はともかく、時間内に目立った失敗なく調合できるようになれれば試
N.E.W.T 試 験 で ほ ぼ 必 ず と 言 え る ほ ど 出 題 さ れ る も の だ。質
﹁今 日 は 愛 の 妙 薬 を 実 際 に 調 合 し て も ら お う。こ の 魔 法 薬 は 毎 年 の
会話もそこそこに切り上げ、スラグホーンは授業に移った。
﹁そうですね、その時はお邪魔させていただきます﹂
さは常々聞いているからね。是非とも一度、ゆっくり話がしたいよ﹂
?
638
?
スラグホーンの合図と共に、生徒が一斉に動き出す。教室にいる目
立った知り合いはハリー、ロン、ハーマイオニー、ドラコ、パドマ、ア
ンソニーで、他にはそれぞれの寮から疎らに出席している。割合的に
はレイブンクローとスリザリンが多いだろうか。
材料棚や器具棚からそれぞれ必要なものを取りだして調合を始め
る。愛の妙薬程度であれば教科書を見ることなく作ることが出来る
ので、教科書を開くことなく作業を進めていく。
鍋の中身を混ぜ終わり、あとは時間まで煮込むだけとなったので、
周りの様子を伺う。パドマとアンソニーは全行程の半ばあたりだろ
うが、特に危なげなく慎重かつ確実に進めているので、時間までには
完成できるだろう。ハーマイオニーはパドマ達よりも進んでおり、鍋
の中身を混ぜている。ドラコはハーマイオニーに若干遅れている程
だ。ロンは│││残念としか言えない。
残るはハリーだが、驚いたことに煮込みの作業へと入っていた。去
年までのハリーであればドラコと同じ作業速度だと思ったが。どう
やら、戦闘や考え方だけでなく勉学の方でも著しい成長をみせている
ようだ。ハリーの手元に置かれている魔法薬学の教科書も随分とボ
ロボロで書き込みも多くしてあるのを見るに、よほど勉強しているの
だとわかる。
﹁そこまで﹂
スラグホーンの声で一斉に作業を終える。中には瓶詰作業をこっ
そりやっているのもいるが、スラグホーンは気づいているだろうに、
特に注意はしないまま教室を回っていく。
﹁どれどれ│││ふむ、まぁまぁだな。君のは、もうちょっと頑張りな
さい。君は、うむ、休み時間にもう一度教科書を読み直したほうがよ
いな﹂
各テーブルの上に置かれた薬を順に見渡し、効能を確かめて評価し
ていくスラグホーンは、成功と失敗における反応が分かれている。教
師としてそれはどうかと思うが、スネイプも大概だったことを思い出
し、今更かと思考を打ち切る。
﹁うむ、ミス・グレンジャーの妙薬の出来はいいね。ただ、これだと相
639
手を虜に出来る時間が短くなってしまうな。次に調合するときはも
う少しゆっくりと鍋を混ぜるといい﹂
ハーマイオニーの薬を見終わったスラグホーンは、次に私のところ
へとやってきた。
﹁さてさて、ではミス・マーガトロイドの薬を見せてもらおうかな。ス
ネイプ先生から、君は一年の頃から魔法薬の調合に秀でていたと聞い
ているのでね。授業を始める前から楽しみにしていたよ﹂
スネイプはそんな高評価をしていたという事実は正直どうでもい
これは素晴らしい 完璧、まさ
いが、教室のど真ん中で周囲に聞こえるようにそういうことを喋るの
は止めてもらいたい。
﹁ありがとうございます﹂
﹁それではさっそく│││ほぉ
見ていたが、誰よりも早く完成させたにも関わらずこの
!
﹂
最後となったハリーのところへと向かった。
!
だ
彼女より多少時間はかかっていたが、この程度は問題ともいえ
らしい。完成度でいえばミス・マーガトロイドにも劣らない出来栄え
﹁では、最後に本命といこうかね│││ほっほーッ
こっちも素晴
こうなるとは思わないので適当に流していく。やがて満足したのか、
興奮した声を上げる。その反応に思うところはあるが、言ってもどう
スラグホーンは私の薬の出来を確認すると、声を大きく張り上げて
ようだね
出来栄えとは恐れ入る。うむ、やはり聞いていた通りの優秀な生徒の
に完璧だ
!
れぞれ五点を上げよう
﹂
なった。変身術の教室へ入る前にトイレに行くと言って一人になっ
でも思うところだが、最近のドラコが纏う氷のような雰囲気が気に
のが視界に入った。普通に考えるなら、次の授業のない自由時間だと
授業へと向かうが、その途中でドラコが一人だけ別方向に歩いていく
の授業の教室へと向かっていく。私もパドマと一緒に次の変身術の
ろで鐘が鳴り響く。それと同時に生徒は次々と教室から出ていき、次
スラグホーンが私とハリーに点を与え、材料や器具を片付けたとこ
!
640
!
!
ない誤差だ。よしよし、見事な完成度で妙薬を調合した二人には、そ
!
た後、本の虫を開いてドラコの様子を伺う。ペラペラと頁を捲ってい
くと、八階の廊下にいるようだ。少しすると、壁のある場所に部屋が
現れ、ドラコはその部屋へと入っていった。
﹁必要の部屋ね﹂
別におかしいということはない。私だってよく使用しているし、D
Aメンバーは言わずもがな。知らないだけで、他にも使用している生
徒はいるだろう。今更ドラコが必要の部屋を使っているというのは
特筆するべきものでもない。恐らく、午前中に見せたあの技術の磨く
ために訓練をしているのだろう。
その日の夜、夕食が終わった後にハーマイオニーに呼び止められ、
話したいことがあるということで図書館へとやってきた。途中でハ
話したいことって何かしら
﹂
リーとロンの二人とも合流し、四人掛けのテーブルへと座る。
﹁それで
思う
﹂
﹁ねぇ、アリス。誰が書いたかも分からない呪文が書かれた本をどう
す。
会話を聞かれないように呪文を張り、ハーマイオニーへと問いだ
?
や、今も強張っている。ある程度話を聞いてから、私の意見を伝える。
﹁別にどうとも思わないけれど。ハーマイオニーが言っているのはつ
そ ん な も の 沢 山 あ る
まり、過去誰かが使っていた古本に書き込みがしてあり、それが自分
達の知らない呪文だということでしょう
じゃない﹂
あるかもしれないわ﹂
る以上、警戒するべきだと思わない
もしかしたらっていうことが
﹁でも、アリス。以前にも話したけど、リドルの日記っていう前例があ
辺は、去年までのハリーを連想させるな。
にハリーは、我が意を得たりとばかりに得意顔になっている。ここら
私がそう言うと、今度はハーマイオニーの顔が僅かに強張った。逆
?
﹁あの日記は一際特殊な物だけれどね。確かに、可能性だけで言えば
?
641
?
ハーマイオニーがそう言うと、一瞬ハリーの顔が強張った│││い
?
﹂
ハーマイオニーの言うことも一理あるわ。何事も取り返しのつかな
いことになってからでは遅いからね。その本、今も持っているの
﹁うん、これだよ﹂
ハリーもこの呪文を使ったりはしていないでしょう
﹂
知識は
これを怪しいとしてハーマイオニーが危惧するのは納得できるけど、
文も書かれているわね。私も見たことも聞いたこともない呪文だわ。
﹁尤も、魔法薬の知識に関してはということだけど。この本、所々に呪
しかし、所々に気になる部分もある。
出来るだけ正確な情報から得られた方が、いいのだからね﹂
り。正直、教科書としてこれを得られたのは運がいいわよ
けられている様子もない。書いてある内容も理にかなったものばか
﹁見たところは、書き込みのしてある普通の教科書ね。特に魔法が掛
たのは、こういう訳か。
的な考えだった。なるほど、ハリーがあれほど上手に妙薬を調合でき
の妙薬の頁にも多くの書き込みがしてあり、その全部が事実かつ合理
込みがしてあり、余白が真っ黒と化している頁もある。偶々開いた愛
のものだ。ペラペラと頁を捲って中身を見ていく。いたる所に書き
の教科書だ。というより、魔法薬学の授業中に見たハリーの教科書そ
ハリーから手渡された本を見る。見た目は使い古された魔法薬学
?
ていたかもしれないが、今のハリーならばそんなことはないだろう。
﹁勿論だよ。失敗したら授業で散々になるだけの知識とは違って、呪
文は下手したら取り返しのつかないことになるかもしれないからね。
﹂
使うにしても、アリスの意見を聞いてからにしようと思っていたさ﹂
﹁ダンブルドアやマクゴナガルには聞かなかったの
どんな反応が
﹁ダンブルドアは忙しいし、僕も別のことに取り組んでいるから、聞け
る感じじゃないんだ。マクゴナガルは、分かるだろ
返ってくるか﹂
﹁まぁね﹂
苦笑しながらマクゴナガルの反応を想像してみる。マクゴナガル
にこのような相談をしたら、ハーマイオニーの数段上の詰問と説教が
642
?
去年までのハリーならば、本に書かれている呪文を興味本位に使っ
?
?
?
襲ってきそうだ。
﹁とりあえず、ハーマイオニー。この本に書かれている魔法薬の知識
だけなら問題はないと思うわ。私もそういった本は多く持っている
し、例え間違っていても、授業で使う分にはスラグホーンが訂正して
くれるわ。呪文に関しては何とも言えないから、適当な的に対して
使ってみるしかないわね﹂
ハーマイオニーはまだ仏頂面だが、一応は私の言葉に納得してくれ
たようだ。話はこれで終わりなのかと思ったが、どうやらまだ続きが
あるようだ。
﹁マルフォイがヴォルデモートから指示を受けて何かをやっているん
だ。それが何なのかは分からないけれど、よく必要の部屋の前で姿を
消すのを見るから、隠れて何かをやっているというのは間違いないと
思う﹂
なるほど、今日の魔法薬学が終わった後にドラコが必要の部屋へと
643
向かったのはそういう訳か。
﹁まぁ、事実がどうであれ、現状私達にどうこうできる問題でもない
し。何があっても対処出来るように自力を上げることに専念したほ
うがいいと思うわ﹂
﹁そうだね。出来ることと言っても忍びの地図で行動を見張るぐらい
か。マルフォイが何を考えて動いているか分からない以上、必要の部
屋に突入することもできないし│││そうだ、アリス、今度の土曜の
﹂
夜だけど、ちょっと付き合ってほしいんだ﹂
﹁別にいいけれど、どこへ
予想だが、ダンブルドアが言うように予言にどう関係していくのかは
モートの過去に関わることについて知っていくというのがハリーの
した孤児院の二つを知ったという。今後の授業でも恐らくヴォルデ
デモートの出生に関わるゴーント家、ヴォルデモートが幼少期を過ご
記憶を探っていくというものらしい。ハリーはその記憶から、ヴォル
ハリーに呪文などを教えるのではなく、憂いの篩によって様々な人の
個別授業を行っているらしい。授業と言っても、ダンブルドアが特別
聞けばハリーは、不定期ではあるが土曜の夜にダンブルドアによる
?
未だに分からないようだ。
それで、次の授業では私にも関係がある、というよりは私の意見を
聞きたいというらしく、ダンブルドアに連れてくるよう言われたのだ
とか。
﹁よう来てくれた、アリス﹂
ダンブルドアと、先に訪れていたハリーと視線が交わる。
夜に訪れた校長室では明かりがついておらず、月の光のみで光源を
取っていた。机の上には憂いの篩が置かれ、その傍には二つの小瓶が
﹂
置かれている。一つは中身がなく、もう一つには白い靄のような気体
とも液体とも表現できるものが入っている。
﹁こんばんわ、先生│││その右手はどうしたんですか
ダンブルドアの右手は黒く萎びており、どう贔屓目に見ても正常と
休暇中に手痛い失敗をしてしまっての。わしの愚かさ
は言えないような有様だった。
﹁これかの
る。
﹁│││見たところ、相当強力な呪いに侵されているみたいですが
﹂
思う。今も、ハリーと共にヴォルデモートの過去に関わる記憶を追体
﹁さて、この授業で何を行っているかはハリーから聞き及んでいると
と計画があるのだろうから、とりあえずはそれに集中しておこう。
とでもあるのかもしれない。ダンブルドアにはダンブルドアの考え
優先順位を覆すとは思えないし、負傷が本当に些事と思えるようなこ
きことでもないだろう。ここで何か言ってもダンブルドアが自身の
ダンブルドアがそれを問題視していないと言う以上、どうこう言うべ
正直、私からしたらダンブルドアの負傷の方が気にかかるが、当の
きことは他にある﹂
﹁大丈夫じゃ。今は呪いを押さえ込めておる。それよりも、優先すべ
何が原因でそうなったのかは聞きませんが。何かしらの処置は
?
?
644
?
そう言って、ダンブルドアは右手を隠すように袖の中へと引っ込め
が招いてしまったものじゃ﹂
?
験しておったところじゃ﹂
そう言って、ダンブルドアは憂いの篩から白い靄│││記憶を取り
出し、小瓶へと入れて栓をする。それを脇に置いて、残る瓶を手に取
ると中身を憂いの篩へと落とす。
﹁アリスに見てもらいたいのは、この記憶じゃ。これはスラグホーン
先生の記憶での、ヴォルデモートの不死の秘密の一端に触れることが
できる﹂
私が知っていること程度なら、
﹁不死の一端ですか│││何となく私が呼ばれた理由は分かりました
﹂
が、力になれるかは知りませんよ
先生も知っていると思いますが
元々終わり間際だったのだろう。交流会は記憶に入ってから程な
がそっくりだ。
今とはかけ離れてしまっているが、その身に纏う雰囲気、何よりも目
ダンブルドアに言われるまでもなく、一目見て分かった。容姿こそ
じゃ﹂
生の右の席に座っているのが若き日のヴォルデモート、トム・リドル
行っていたのじゃ。おう、もう気がついたじゃろう。スラグホーン先
分のお気に入りの生徒を呼んでは交流会のようなものを定期的に
﹁スラグホーン先生は優秀な生徒を囲うのが好きでの。こうやって自
中心に談笑していた。
のテーブルが広がり、幾人かの当時の生徒が着席し、スラグホーンを
これまた豪奢な椅子に腰かけている。スラグホーンを中心に半円状
記憶の中では、今よりも若いスラグホーンが豪奢なローブを着て、
様がないので、素直に憂いの篩へと近づき、記憶の中へと入った。
私に記憶へ入るよう促す。とりあえず、ここで何かを言っていても仕
行った訳ではないのだが。ダンブルドアがハリーを最初に促し、次に
触れたと言っても、あくまで私は参考にしただけであって、実際に
見なのじゃ﹂
のは単なる知識によるものではなく、実際に触れたことのある者の意
﹁無論、知らないということはないじゃろう。じゃが、わしが知りたい
?
くして終わり、生徒が次々と部屋を出ていく。その中で、トム・リド
645
?
トム、夜間外出の罰則を貰いたくはないだろう
ルだけが部屋に残り、スラグホーンと二人きりになった。
﹁どうしたね
い﹂
﹁ほう。君でも解き明かせないものなのかね
﹂
どれ、言ってみなさ
法使いであれば、それのことも知っているのではないかと﹂
たものなのですが、読んでも要領を得ないものでして。先生ほどの魔
﹁先生、お伺いしたいことがあるんです。この前、とある文献で見かけ
?
絶対にない
聞きたくない
さ ぁ
﹂
そ の よ う な 話 は 二 度 と
知っていても教えることなど
出 て い き た ま え
!
!
ない。
い外法とされるわ﹂
だ、それを得るための代償の大きさから、闇の魔術の中でも相当に深
長くなるけど、簡単に言ってしまえば不死を得られる方法の一つ。た
を指す言葉で、別名は分霊箱と呼ばれるものよ。小難しく説明すると
﹁ホークラックスっていうのは、切り分けた魂を封じ込めておくモノ
い闇の魔術だから無理もない。
ここで、ハリーから疑問の声が上がる。まぁ、普通は知ることのな
﹁あの、ホークラックスっていうのは何ですか
﹂
ず分霊箱を破壊しなければ永遠にヴォルデモートを殺すことはでき
ホークラックス│││分霊箱を本来の使い方で運用しているなら、ま
まったく、随分と厄介なことになったものだ。ヴォルデモートが
ホークラックスのことを教えてしまったようですね﹂
らさまな改竄がされている以上、スラグホーン先生はトム・リドルに
﹁│││予想はしていましたが、ホークラックスですか。記憶にあか
そこで記憶は終わり、私の意識は現実へと引き戻された。
!
!
﹁ホークラックスのことなど知らん
染め上げられ、次にはスラグホーンの怒鳴り声が響き渡った。
トム・リドルがそこまで言ったところで、記憶は濃霧のように白く
﹁はい、その、ホークラックスというのですが│││﹂
?
?
﹂
646
?
!
﹁不死って│││それじゃぁ、ヴォルデモートは死なないっていうの
ことなの
?
﹁いや、必ずしもそうではない。この世には完全というものは存在し
ないのじゃよ。分霊箱は極めて強力な魔術じゃが、その名の通りモノ
に依存している以上、それが壊れてしまえば不死性は失われる﹂
﹁ということは、ヴォルデモートを殺すには、奴が作った分霊箱を破壊
そもそも、分霊箱はどんな形のものなんですか
﹂
することが不可欠ということですか。でも、どうやって分霊箱を探し
出すんです
か
﹂
﹁いくつかって、分霊箱なんてものがそう何個も作れるものなんです
ルデモートがいくつの分霊箱を作りだしたかが最も重要なのじゃ﹂
と、わしは考えておる。しかし、問題なのはそこではない│││ヴォ
の性格を考えれば、それ相応のものが分霊箱として使用されている
え難い。自らの生死の要ともなる重要なものじゃ。ヴォルデモート
﹁じゃが、ヴォルデモートが小石や野生の動物を分霊箱とするとは考
十分だし、その気になれば野生の動物を分霊箱とすることも出来る﹂
でも分霊箱足り得るわ。それこそ、そこら辺に転がっている小石でも
﹁形は様々よ。大凡、モノと判別出来るものであれば、どのようなもの
?
て代償も大きくなる。分霊箱は自身の引き裂いた魂を封じ込めるも
﹂
のだけど、魂を引き裂くなんて行為を行っておいて、肉体が無事に済
むと思う
じゃ。一つは四年前にハリーが破壊した日記、もう一つはこの指輪
﹁分霊箱についてじゃが、現状で判別していると思われるものは二つ
いうのは期待できないわ﹂
や魔力は変わらないから、ヴォルデモートが昔より弱くなっていると
ず。とはいえ、その影響を受けるのは肉体や精神だけであって、知識
わね。少なく見積もっても、三回か四回以上は魂を引き裂いているは
と現在とであれ程変化していることから、一度や二度の影響じゃない
モートの魂はズタズタになっているはず。恐らくだけど、容姿が過去
﹁代償でしょうね。あそこまでの変化が起こっている以上、ヴォルデ
わってしまったのは﹂
﹁│ │ │ そ う か、昔 の 面 影 が な い ほ ど に ヴ ォ ル デ モ ー ト の 容 姿 が 変
?
647
?
﹁理論上は不可能ではないわ。とはいえ、数を増やせばそれに比例し
?
じゃ﹂
ダンブルドアは机の引き出しから黒表紙の本と黒い石の嵌った指
輪を取り出す。
﹁トム・リドルの日記。確かにあの時、トム・リドルは十七歳の頃の記
憶を日記に封じたと言っていた。あの言葉の本当に意味はこれだっ
たのか│││先生、その指輪は記憶で見たゴーント家の指輪ですか
﹂
﹁如何にも。去年の夏に廃屋となったゴーントの家で発見した後に破
壊したものじゃ﹂
そう言うダンブルドアがさりげなく右手をなぞるのが視界の隅に
映った。あの右手の有様は、指輪を破壊する際に負ったものか。
そう考え指輪から目を離そうとしたところで、ふと気になるものが
目に映った。気になり、もう一度指輪をよく見てみる。
﹁さて、二人共に事の重大さを分かってもらえたと思う。そこでじゃ、
ハリーにはこの授業で初めての宿題を出す。スラグホーン先生の本
当の記憶を引き出すのじゃ。これはわしにもアリスにも出来ん、ハ
リーにしか出来ないことじゃ。少なくともわしはそう思っておる﹂
﹁わかりました、先生﹂
﹁アリスには分霊箱について知ってることを全て教えてもらいたい。
無論、わしもある程度のことは知っておるが、全容を把握しているわ
けではないのじゃ﹂
﹁まぁ、仕様がないですよね。わかりました、私が知っている限りのこ
とは教えましょう﹂
その後は、私の分霊箱の知識を明かしたのを最後にお開きとなっ
た。ダンブルドアに促されハリーが校長室から出ていくが、私はダン
ブルドアに確認したいことがあったので、残ることにした。
﹁どうしたのかね、アリス﹂
﹂
ダンブルドアの問いにすぐには答えず、未だテーブルの上に置かれ
た指輪を手に取る。
﹁この指輪、いえ、この石は〝蘇りの石〟ではないですか
私がそう告げると、ダンブルドアの顔が僅かに揺らいだように見え
?
648
?
た。
﹁なぜ、そう思うのかね
﹂
﹁指輪にペベレル家の紋章が刻まれているのを見て、そこから推測し
ました。吟遊詩人ビードルの物語の一つである〝死〟と三人の兄弟
の話。これに出てくる兄弟は実在しており、それがペベレル三兄弟と
されています。そして、〝死〟が三兄弟に与えし三つの宝であるニワ
トコの杖、蘇りの石、透明マント。三兄弟が実在し、これほどに有名
な話ともなっているなら、入手経路は異なれど三つの宝は存在すると
いう仮定も十分に成り立ちます。ゴーント家はスリザリンにも連な
る程の古い家系です。それほど古ければペベレルの血が流れていて
も不思議ではありません。その一族が家宝として扱っていたとなる
と、その石の価値も相当でしょう。改めて見ると引き寄せられるよう
な不思議な魔力を感じますしね。物語のモデルともなったペベレル
三兄弟、ペベレル家の紋章、不可思議な魔力を秘めた石、何世紀も続
く純血の血筋であるゴーント家。これだけの要素があれば、その石が
秘宝とされる蘇りの石というのも、的外れとは思えません﹂
私が立てた推測を述べると、ダンブルドアはゆっくりと息を吐き、
近くにある椅子へと座りこんだ。
﹁今ほど、君の知識と推察力に驚いたことはない。そうじゃ、これは蘇
りの石と呼ばれるもので間違いはない﹂
﹂
﹁死んだ人と再び会える石ですか│││ダンブルドア、貴方はこの石
の誘惑に負けたんですか
ダンブルドアの黒く萎びた右手を見ながら尋ねる。
﹁実に愚かしいことじゃが、その通りじゃ。﹂
ダンブルドア程の魔法使いが何を思って蘇りの石の誘惑に屈した
のかは知らないが、今私が考えたところでどうにかなるわけでもない
し、とりあえずは思考の外に追いやっておく。
﹁それにしても、ヴォルデモートは何で態々、死を超越すると言われる
﹂
秘宝の一つである蘇りの石を、不死の依代たる分霊箱にしたんでしょ
うね
649
?
?
﹁わしが思うに、死の秘宝という存在自体を知らなかったのじゃろう。
?
吟遊詩人ビードルの話は、魔法界で育った者であれば子供でも知って
いるものじゃが、反面マグルの世界で過ごしていたものには馴染みの
ないものでもある。余程、魔法界の物語に興味を持って調べでもせぬ
限り、知る機会は早々あるまいて。幼少期をマグルの孤児院で過ごし
﹂
たヴォルデモートが、子守歌にも使われる魔法界の物語に興味を示す
と思うかね
﹁ないですね﹂
タイトルと概要くらいは知っていたのかもしれないが、態々手に入
れてまで読もうとはしなかったことは容易に想像できる。
◆
授業やDA、ヴワルでの作業や研究、ハリーの訓練と実験などに付
き合っている内に、すっかりと月日が過ぎていった。授業について
は、スネイプが闇の魔術に対する防衛術の担当となったことで波乱が
起こると多くの生徒が予想していたがそんなことはなく、比較的平穏
に馴染んでいった。スリザリン贔屓や理不尽な減点は多々あれど、授
業内容自体は過去の教師のなかでも一番で、経験と理に適った理想的
なものだった。これまで、スネイプへの反抗態度体現者筆頭であった
ハリーが、ちょっとやそっとの挑発では怒りすら見せない│││少な
くても表面上は│││ことで安定している感じだ。ハリーへと罰則
を与える口実が得られない苛立ち故か、宿題の量がやたらと多いのが
ネックだが。
DAでは、一対一や一対多という実戦を想定した戦闘訓練が行われ
ている。上級生は上級生同士、下級生は下級生同士で戦い、時には一
人の上級生に対して多数の下級生でというのもある。ドールズも完
全に復活し、人形も質と数が揃ってきたので、何人かには罠や不意打
ち闇討ちといった搦め手の特訓も行っている。
ついでに、姿現しコースを受講している生徒に限り、課外授業のよ
うなものも行っている。本来ホグワーツの敷地内では姿現しは出来
ないが、必要の部屋の中でのみ使用できるのだ。尤も、部屋の中を移
650
?
動するだけで、外に出ることが出来ないが、それでも十分だろう。
ちなみに、私は姿現しを既に習得しているので受講はしていない。
十七歳以下の魔法使いの使用制限などは今更なので、もはや無視だ。
ヴワルでは、ダンブルドアから得られた材料を元に魔法薬を調合し
貯蔵するほか、禁書庫を閲覧して得られた知識とヴワルの魔導書の知
識によって、新たな呪文の開発が終息に向かいつつある。開発したの
は、双子の呪いの上位互換と言える〝影法師の呪い〟と名付けた魔法
だ。双子の呪いで複製したものは、その効力が無効化されると消滅し
てしまうという欠点を持っている。影法師の呪いは、対象の構成する
あらゆる要素を完全に複製し固定する魔法なので、たとえ終息呪文を
受けたとしても消滅することはない。影とは実体の動きに従って動
くものだが、これは逆に実体が影によって動かされているとも解釈す
ることもできる。実体は同時に影であり、影は同時に実体でもある。
片方が片方によって生まれたにも関わらず、双方が実体としての、影
としての役目を持っている。影法師の呪いは、そういった依存存在の
繋がりを利用した魔法であるのだ。
ただ、思わぬ誤算もあった。と言っても、嬉しい誤算ではあるが。
影法師の呪いで複製した人形の耐久度や精度をチェックしていたと
きに発覚したことで、当初の構想では物理的になら破壊できたはずの
人形が、時間を巻き戻すように壊れた部分を復元していったのだ。何
故そのようなことが起こったのかを追及した結果には、大声上げる程
に驚愕した。影法師の呪いは相互依存の関係を利用したものだが、こ
の〝双方が同時に在ることでしか存在できない実体と影の依存関係
〟が〝片方が存在するために片方を存在させる〟という結果を招い
たようだ。これによって、例え片方の人形が壊れても、片方の人形が
存在している限り、何度壊れても復元してしまう異常な自動復元機能
を得るに至ってしまった。つまり、影法師の呪いで人形を増やし続け
ていくと、最終的には人形の総体をまとめて破壊しない限り、時間は
かかろうが何度でも復元するという恐ろしいことになるのだ。
どことなく分霊箱に似ているように思えるが、まぁ分霊箱ほど道を
外している訳ではないし、出来てしまったものは仕様がない。気にし
651
たら負けだ。
ハリーとの訓練は、ハリーが閉心術を本格的に学び直したいという
ので手を貸している。まぁ、今更スネイプに頼み辛いだろうし、自発
的に学びたいという意欲を見せている以上、無碍にも出来ないだろ
う。また、例の魔法薬学の教科書に記されている呪文の検分にも付き
添っている。今のところ、これといって問題視するような呪文はな
く、精々が〝セクタムセンプラ〟という強力な切断呪文ぐらいだろ
う。これにしたって、使いどころを間違えなければ強力な武器にな
る。ハーマイオニーはあまりいい顔はしていなかったが、それでも横
槍は入れずに見守っていた。
そんなある日、夕食を食べ終わり寮の談話室の暖炉前で研究ノート
を読んでいると、ふとした違和感に気がついた。談話室には多くの生
徒がいるが、また就寝時間には時間があるにも関わらず、順に寝室へ
と向かっているのだ。別に寝室に行くのが早いだけで気にすること
などないはずだが、不自然なく流れるようにという一種の統率された
ような行動は無視できない。
やがて、私以外の生徒が寝室へ向かって、談話室が静寂に包まれた
頃に姿現し特有の音が鳴った。
﹁マーガトロイド様、校長先生の指示でお迎えにあがりました﹂
現れたのは屋敷しもべ妖精だった。恐らく、ホグワーツで働いてい
るしもべ妖精の一人だろう。
﹁わたしの手にお触れください。校長室へと姿現しいたします﹂
しもべ妖精は恭しくという表現がピッタリな動きで、私へと手を差
し出す。私は一言断ってから、その手に触れる。態々しもべ妖精を寄
越すということは、急ぎの用事なのだろう。
﹁校長先生、マーガトロイド様をお連れいたしました﹂
﹁ありがとう。持ち場に戻ってよいぞ﹂
ダンブルドアの言葉を受け取り、しもべ妖精はお辞儀をした後、姿
652
﹂
現 し で 退 出 し て い っ た。残 さ れ た 部 屋 に は、私 と ダ ン ブ ル ド ア、ハ
リーだけとなる。
﹁急に呼び出してすまなかったの、アリス﹂
﹁それは構いませんけど、何があったんですか
そう問いかけると、ダンブルドアはテーブルの上に置かれていた小
瓶を手に取る。
﹁ハリーがスラグホーン先生から真実の記憶を得ることに成功したの
じゃ。ヴォルデモートが過去、何を知り得たのか。それを君にも見て
もらいたいのじゃ﹂
私が見
ダ ン ブ ル ド ア は 小 瓶 に 入 っ た 記 憶 を 憂 い の 篩 へ と 落 と し て い く。
それを見ながら、隣にいるハリーへと声を掛ける。
﹁やるじゃない、ハリー。どうやって記憶を手に入れたの
トム、夜間外出の罰則を貰いたくはないだろう
?
ム・リドルだけが残る。
﹁どうしたね
﹂
記憶は前回と同じ場面から始まり、解散の後にはスラグホーンとト
ダンブルドアの声を合図に、私達は記憶の中へと入っていった。
﹁では、行こうかの﹂
りと渦巻いていた。
で、意識を記憶へと向ける。注がれた記憶は、憂いの篩の中でゆっく
一計を講じたのだろうとは思ったが、今重要視することではないの
そう言って、ハリーは僅かに口角を上げる。それを見て何かしらの
の勇気が恐怖に打ち勝った。それだけさ﹂
﹁特別なことはやってないよ。ただ運がよかったのと、スラグホーン
ど﹂
た感じ、スラグホーンは殻に籠って出てこないタイプだと思ってたけ
?
たものなのですが、読んでも要領を得ないものでして。先生ほどの魔
どれ、言ってみなさ
法使いであれば、それのことも知っているのではないかと﹂
﹁ほう。君でも解き明かせないものなのかね
い﹂
﹁はい、その、ホークラックスというのですが│││﹂
?
653
?
﹁先生、お伺いしたいことがあるんです。この前、とある文献で見かけ
?
﹁│││、闇の魔術に対する防衛術の課題かね
﹂
﹁何と│││、トム、今何と言った
﹂
分霊箱を七つだと
﹂
?
あり得な
個の分霊箱というのが、より強力な不死を得られるのでは
は最も強力な魔法数字とされています。魔術的な意味も含めると、七
な不死を得られるのではないでしょうか。例えば、〝7〟という数字
しまいます。それなら、複数個の分霊箱を作っておく方が、より確実
﹁一つの分霊箱では、それを失った場合、自身を守るものはなくなって
ることは確かだろう。
たのかという事実。全容がわかるとは限らないが、大きなヒントにな
私達が最も気にしていた、ヴォルデモートはいくつの分霊箱を作っ
きた。
しょうか
えてくれるのだとしても、その、一つだけの分霊箱に意味はあるので
﹁でも、先生。気になったことがあるのですが、分霊箱が不死の力を与
儀に答えていっている。
今ではトム・リドルの問いに対して気が乗らない風を装いながらも律
直に感嘆してしまった。最初は言うのを渋っていたスラグホーンも、
く。流れるように相手をその気にさせて情報を引き出す話術には、素
と言う。そして言葉巧みに、ホークラックスのことを聞きだしてい
トム・リドルはスラグホーンの言葉を否定し、本を読んで見つけた
高いが。
ら教えるとは思えない。寧ろ、知っている者自体いない可能性の方が
からだ。闇の魔術を積極的に取り入れているダームストラングです
学生の授業なんかでホークラックスを取り扱うなどまずありえない
そう言うスラグホーンだが、内心では違うと断定しているだろう。
?
?
﹂
に、七度も繰り返すなど│││あくまで学問的な、仮定の話だろうね
い、一つの分霊箱を作るだけでも許されない罪深き行いだというの
?
654
?
﹁│││勿論です、先生﹂
?
記憶が終わり、私達は現実へと戻る。全員が椅子に腰かけ、場には
重苦しい空気が漂う。
﹁ヴォルデモートは、分霊箱を七個作っている﹂
そんな中、ハリーが呟くように言葉を漏らす。それに反応したのは
ダンブルドアだ。
﹁いや、正確には六個じゃ。記憶の中でヴォルデモートが言っていた
〝7〟という魔法数字を元にしていると考えるならば、分霊箱│││
魂の一つは自身でなければならない。であれば、分霊箱として作られ
たのは全部で六個となる﹂
﹂
﹁それが正しいと仮定して、日記と指輪を破壊したことで残りは四個
ですか。心当たりはあるんですか
どのようなものでも分霊箱とすることができ、どこにでも隠すこと
ができるそれを見つけ出すのは困難極まる。手がかり無しで探し出
せるほど甘いものではない。
﹁恐らく、といったものじゃが、今までハリーにも見せた記憶で分霊箱
足りえるモノの目星はついておる﹂
ダンブルドアが言うには、過去にヴォルデモートはサラザール・ス
リザリンの遺産のロケットと、ヘルガ・ハッフルパフのカップを手に
入れたようで、その二つが分霊箱とされた可能性があるようだ。とい
うのも、ヴォルデモートは純血や魔法、伝統、権威、歴史といったも
のに重きを置く性格をしており、自身の不死の要たる分霊箱にも、そ
れ相応の代物を選んでいるということ。
﹁わしの推測は正しければ、ヴォルデモートの分霊箱は日記に指輪、ス
リザリンのロケット、ハップルパフのカップ。そして、ロウェナ・レ
﹂
イブンンクロー縁の品、ヴォルデモートが傍に置いている蛇のナギニ
じゃ﹂
﹁グリフィンドール縁の品が除外されているのは
つ銀色の剣が安置されていた。あれが、ハリーがバジリスクを殺す際
ダンブルドアが振り返った先には、暗闇の中でも確かな煌めきを放
今もここに保管されておる﹂
﹁現存するグリフィンドール縁の品は一つのみじゃ。そして、それは
?
655
?
に用いたというグリフィンドールの剣か。
﹁ナギニが分霊箱の可能性があるというのは、ヴォルデモートがナギ
ニを常に傍に置き、死喰い人にすら向けない確かな愛情を抱いている
からじゃ。蛇を分霊箱とすることでスリザリンの関係性を際立たせ、
同時に神秘的な印象を得られるだろうとも考えておるのじゃろう﹂
ヴォルデモートがナギニという蛇を大事にしているということを、
どうやって知り得たのか疑問に思ったが、かつてヴォルデモートと意
識を共有していたハリーの言葉と、スパイとして潜入しているスネイ
プの情報によるものらしい。
﹁幸いにも、分霊箱の一つが隠されているであろう場所の候補がある。
それらを検証しだい、ハリー、君の力を貸してほしい﹂
﹁勿論です、先生﹂
﹁アリス、君には何かをしてもらうということは指示せぬ。君は君の
思うように、自由に動いてもらって構わん。特例として、君には夜中
﹂
656
の外出を許可しよう。城の中と、離れ過ぎなければ校庭へと出ても不
問とする﹂
﹁それはまた│││私をそんなに自由に動かしていいんですか
となった。
からない以上、何時でも万全の状態で動けるように心掛けておくこと
のは変わらないが、何時分霊箱の情報が手に入り動くことになるか分
霊箱についての有力な情報を得るまでは、これまで通りに動くという
後、私とハリーはそれぞれの寮へと戻っていった。ダンブルドアが分
時間も遅くなっていたので、今後のことについて軽く話し合った
それはそれで色々と都合がいい。
用しているが故の放任として受け止めておこう。自由に動けるなら、
ダンブルドアのその考えは今一分からないが、まぁ、私のことを信
えておるのじゃ﹂
動してもらった方が良いように物事が動く。何となく、わしはそう考
﹁構わんよ。君には下手に指示を与えておくより、君自身の判断で行
?
賢者の死、進む者達
今学期最後のクィディッチの試合も終わり、優勝杯はグリフィン
ドールが他寮に大差をつける形で獲得した。その後は特に目立つよ
うな出来事もなく、迫る学年末試験が近づいた六月。
﹁結局、これまでマルフォイが何をしているのかは、分からずじまい
だったな﹂
﹂
貴方はそん
今学期最後のDAが終わり、談話室へと戻る道すがらロンが呟く。
それに反応したのはハーマイオニーだ。
﹁ロンったら、まだマルフォイのこと気にしているの
なことより、もっと気にするものがあるんじゃないかしら
﹁それを言うなよ、ハーマイオニー﹂
ロンが嫌なことを思いだしたかのように顔を顰める。DAではそ
﹂
れなりに腕を上げているロンだが、相変わらず座学には弱いようで、
学期末試験を親の仇のようにみている。
﹁ハリー、マルフォイは今日もずっと籠りっぱなしかい
﹁そうみたいだ。僕らが必要の部屋を使っているときに入ってきてか
ら、一度も出ていないよ。何度かマルフォイが入っている部屋に入れ
ないか試してみたけど、無駄骨だったな﹂
ドラコはここ最近、時間の許す限り必要の部屋へと籠りっきりに
なっている。時には授業をサボることもあるほどだ。そこまでして、
部屋の中で何をしているのかは確かに気になるが、知ることが出来な
い以上あれこれ考えていても仕方がないことではある。
﹁それじゃ、私はこっちだから﹂
未だドラコのことで話し合う三人に一言断ってから、レイブンク
ローの談話室へと別れる階段を進んでいく。時間も既に遅く、あと一
時間もすれば外出禁止の時間になるだろう。私はそれを気にする必
要もないのだが、特に差し迫ってやることもないので、意味もなく夜
中を出歩くこともない。
談話室へと入り、それなりに埋まっている席から空いている場所を
657
?
?
?
見つけ、就寝時間まで本を読んで時間を潰す。そうして時間を潰して
いき、本を読み終わったと同時にルーナが話しかけてきた。
﹁はい、アリス。ダンブルドアから頼まれたの。渡してくれって﹂
そう言って手渡されたのはメモ用紙程度の羊皮紙の巻紙だった。
﹁ありがとう、ルーナ﹂
本を机に置き、受け取った羊皮紙を開いて書かれている文章に目を
走らせる。
﹁│││、ちょっとダンブルドアに呼ばれたから出かけてくるわ﹂
﹁そうなんだ。いってらっしゃい﹂
﹁えぇ。それと、多分ハリーかハーマイオニーから連絡がくるかも知
れないけれど、低学年を除いたDAメンバーに警戒を促しておいて。
恐らくだけど、今夜は一波乱あるかもしれないわ﹂
﹁うん、わかった﹂
緊張感を持って言った言葉にも相変わらずの調子で答えるルーナ
に苦笑しつつ、少しの指示を出してから談話室を出ていく。ダンブル
ドアに呼ばれたのは、使われていない空き教室の一つだ。人気のない
暗い廊下を歩き、目的の空き教室に着いて扉を開ける。
教室の中にはダンブルドアの他に、キングズリーやトンクス、ムー
ディ、ルーピン、シリウスといった騎士団のメンバーがいた。
﹁マーガトロイド、お前も来たか﹂
ムーディが杖を床に打ちつけながら近づいてきて、力強く肩を叩い
てくる。
﹁お前はそこらの闇祓いより余程優れているからな。頼りにしている
ぞ﹂
﹁ちょ、痛、痛いんですけどッ﹂
遠慮なく叩いてくるムーディから逃げるように距離を取り、他のメ
ンバーと軽く挨拶してからダンブルドアの話を聞く。ダンブルドア
はこれからハリーと外に出るということと、場所や目的は語れない
が、その間ダンブルドア不在のホグワーツの警護を任せるというこ
と。尤も、他の人はともかく私は目的を知っている。このタイミング
でハリーと共にやることと言えば、分霊箱の捜索及び破壊しかないだ
658
ろう。
ダンブルドアが出ていき、空き教室に騎士団のメンバーのみとなっ
た後、校内巡回の打ち合わせを行い、それぞれの担当する巡回区域へ
と向かっていった。
私も巡回に向かい、その途中でドールズを全て呼び出すと同時に何
体かの人形も呼び出す。その内の二体の人形に小袋を持たせて、ルー
ナかハーマイオニーかジニーに渡すように向かわせる。小袋の中に
はフェリックス・フェリシスの小瓶が複数入っている。直感というか
予感というか、とにかく今夜は一波乱起こるような気がする以上、そ
れに巻き込まれるかもしれない彼女達には出来る限りの護りを施し
ておくべきだ。その点では、フェリックス・フェリシスによって齎さ
れる幸運はかなりの効果を発揮してくれるだろう。今回の分でヴワ
ルに貯蔵していたフェリックス・フェリシスのほぼ全てを使ってしま
659
うことになるが、所詮は魔法薬。また作ればいいだけのことだ。
暗闇に包まれる廊下を巡回しながら手持ちの装備を確認していく。
杖、ドールズ、人形数体、カードホルダー、各種魔法薬、魔法具のア
クセサリ。身軽に動ける範囲での万全の装備は整っている。
﹁さて、あとは﹂
人形をさらに二十体程呼び出し、魔力糸で繋いでから城内へと散開
させる。もし人形が壊されたり呪文を掛けられたりすれば、魔力糸を
伝って私へと伝達するようになっている。私から散開させた人形の
見ているものが分かるという訳ではないが、相手からしたらそんなこ
と分からないので、廊下の真ん中を進む人形と遭遇したら何かしらの
アクションを起こす可能性が高い。
﹂
城の中を見回り始めてから大凡一時間。
﹁ッ
内 を 索 敵 さ せ て い た 人 形 の 一 体 の 反 応 が 途 絶 え た の を 感 じ た。伝
これといって異常の起こらないことに少し気が緩んでいたとき、城
!?
わった感覚からして恐らく破壊されたのだろう。反応があった場所
は、ここからそう離れてはいない。魔法で足音を消しながらそこへ近
折角気づかれずに侵入できたのに、無駄にするつ
づいていくと、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
﹁気をつけろッ
もりかッ﹂
﹁落ち着きなよ、悪かったって。あれを見ていたら、あのクソガキを思
いだしちまってねぇ﹂
片方の声はドラコのものだ。もう一方の声は思い出すまで一瞬間
が空いたが、ベラトリックスのものだと気がつく。他にも多くの人間
の声が聞こえる。ドラコとベラトリックの会話からして死喰い人だ
ろう。
いったいどうやったのか知らないが、ホグワーツに死喰い人の集団
が侵入したということは間違いないので、予め渡されていた連絡用の
魔法具でムーディ達へ連絡する。
連中がどんな目的で侵入してきたのかは不明だが、このまま見てい
クソガキ﹂
るだけということはありえないので、隙をみて奇襲をかけられるよう
戦闘態勢に入る。
﹂
﹁│││で、いつまで隠れているつもりだぃ
﹁
?
放ってきた。私が隠れていた壁を破壊し、飛び散る破片が襲ってく
る。
﹁久しぶりだねぇ、クソガキ。元気そうでなによりだよ﹂
ベラトリックスの放った呪文は相当に強力だったようで、壁が大き
く抉れている。まるでドラゴンが噛み砕いたかのような破壊痕から、
エクスパルソ以上の威力を持った呪文だと想像できる。
﹁い い の か し ら こ ん な に 大 き な 音 を 出 し て は、す ぐ に 他 の 人 が
﹂
すでに連絡はしているので数分と経たずにやってくるため、音を立
やってくるわよ
?
?
下手な芝居はお止め。お前のことだ、どうせもう知らせて
てようが立てまいが関係ないのだが。
﹁はッ
!
660
!
私が戦闘態勢に入った途端、ベラトリックスが振り向き様に呪文を
!?
いるんだろう
﹂
こっちは端から気づかれずに事を進められるとは
考えちゃいないんだよ﹂
﹁だから、僕が止めるのも無視して呪文を使ったのか
ドラコがベラトリックスに横目で睨みながら杖を取りだす。尤も、
杖先が私へと向いていることから、ベラトリックスに何かをするとい
う訳ではないだろう。
﹂
前までの貴方なら、死喰い人を前にしてそこま
﹁それにしても、ドラコ。貴方随分と彼女達の中での地位が上がった
んじゃないかしら
で強気な態度はとらなかったと思うけど
﹁前は、だろう 過去は過去、今は今だ。それに、僕は別に命令して
?
?
いる訳でも強制している訳でもない。ただ、計画を遂行するに適した
進め方を進言しているだけさ﹂
そう言って、ドラコは杖を振らずに呪文を放ってくる。例の技法に
よるものだろう。前回と違い、今回はベラトリックスの奇襲から盾の
呪文を重ね掛けしているので、焦る必要はない。ドラコの放った呪文
は、全て盾の呪文に弾かれて霧散していった。
﹁ドラコ、お前はやるべきことがあるだろう。先に行きな。ここは私
達が相手しておいてあげるよ。ちょうど、向こうの連中も到着したよ
うだしね﹂
後ろから慌ただしく近づいてくる足音を耳にし、振り向くことなく
彼らを迎える。直接見てはいないが、後ろを警戒している露西亜とオ
﹂
ルレアンが構えていないので、敵ではないことは確かだ。
﹁ベラトリックス
おっと、失礼。駄犬はあんたの方だったねぇ
﹂
﹁おや、一族の面汚しかい。ついでにお友達の駄犬も一緒のようだね
!
!
﹂
れたことで血が上ったのか、シリウスが飛び出しそうになるが、それ
ここで冷静を欠いたら、奴らの思う壺だ
!
は嫌味を言われた本人であるルーピンによって止められる。
﹁落ち着けシリウス
﹁何、気にするな親友﹂
﹁│││ッ、あぁ、そうだな。すまない親友﹂
!
661
?
?
?
ベラトリックスの言葉に死喰い人の中で笑いが響く。親友が笑わ
?
シリウスはすぐに冷静さを取り戻し、改めて死喰い人と向き直る。
それに合わせて他の人も戦闘態勢へと入るが、死喰い人は構えこそす
るものの、どこか余裕の表情をしている。
いや、あれは余裕というより、愉悦に歪んでいると言うべきか。
﹁お涙を誘うねぇ。出来の悪い芝居を見ている気分だよ﹂
﹁ふん、何とでも言えベラトリックス﹂
﹁お ー 怖 い 怖 い。そ ん な 怖 い 顔 を 向 け ら れ ち ゃ あ、こ ち ら も 手 が 出
ちゃうじゃないか﹂
ベラトリックスの口が三日月のように歪む。何を企んでいるのか
は知らないが、余計なことをされる前に先手を打つ。
﹂
そう考え、杖を振るおうとしたその時だ。
﹂
﹁きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁッ
﹁何だ
馬鹿なッ、何故奴らがホグワーツに
﹂
!?
なぜ吸魂鬼がいるんだ
﹂
﹂
馬鹿な生徒が運悪く吸魂鬼に出会っちまっ
﹁まさか、さっきの悲鳴は﹂
ムーディが信じられないといった様子で叫ぶ。
﹁吸魂鬼だと
死喰い人の背後の曲がり角から大量の吸魂鬼が現れたからだ。
そう言葉を漏らすも、それは途中で遮られた。何故なら、視線の奥、
﹁いったいなにを│││﹂
﹁おやまぁ、お行儀悪く夜中に出歩いていた生徒でもいたのかねぇ﹂
絶望と恐怖に怯えているのがわかる程のものだ。
どこか離れた場所で甲高い悲鳴が響いた。その声は聞いただけで
!?
僕はそんなこと聞いていな
この城の中はとっくに吸魂鬼の巣窟になってるんだよ
﹁そのまさかだろうよ
たのさ
!
﹁どういうことだッ、ベラトリックス
いぞ
!
!?
ようとも、その安全は絶対ではない。もし寮内に侵入されでもした
対応すべく場を離れていく。如何に生徒が寮内にいて保護されてい
ドラコとベラトリックの口論を他所に、騎士団の何人かが吸魂鬼に
ドラコが吸魂鬼の存在を知らなかったであろうことが伺えた。
ドラコがベラトリックスに詰め寄る。その様子は鬼気迫るもので、
!
!
!
662
!?
!
ら、逃げ場のない密室で吸魂鬼に襲われることとなってしまう。DA
メンバーであれば守護霊を出せるので対抗は出来るだろうが、やがて
│麻痺せよ
﹂
は時間の問題となってしまうだろう。
﹁ステューピファイ
!
にはなり得ないのが痛い。
さっさとお行き
!
戦場の中でもこのようなことを冷静に考えてしまう自分に呆れを
方法を完成させないといけないかもしれない。
がないので、正直キリがない。これはいよいよ本気で、吸魂鬼を殺す
はいえ死喰い人は兎も角、吸魂鬼には追い払う以外の決定的な対処法
私も移動しながら、目に入った敵を片っ端から叩き伏せている。と
数の死喰い人と戦っている。
多くの死喰い人を相手取り、数人の騎士団と戦える生徒が吸魂鬼と少
いまやホグワーツの中は戦場となっている。私と騎士団の殆どが
を追跡していった。
呪文を避け続ける。そのまま蓬莱は、廊下の奥へと去っていくドラコ
人形はドラコによって瞬く間に破壊されてしまうが、蓬莱はドラコの
私は、走り抜けていくドラコへと蓬莱と数体の人形を向かわせる。
害によって防がれてしまう。
れを見たルーピンがドラコを止めるべく杖を向けるも、死喰い人の妨
リックスを睨んでから、戦場の隙間を縫うようにして駆け出した。そ
ベラトリックスがドラコへ叱咤を飛ばし、ドラコはそんなベラト
﹁ドラコ
﹂
人形では吸魂鬼相手に出来ることは限られてしまう。決定的な戦力
数には数を。こちらも戦力の頭数を増やして対抗する。とはいえ、
﹁〝ドールズウォー〟﹂
ならないこちらは、かなりの苦戦を強いられることとなった。
り、襲い、徘徊していく。死喰い人と吸魂鬼の両方に対処しなければ
た。騎士団と死喰い人が呪文を打ち合い、吸魂鬼が縦横無尽に飛び回
シリウスの放った呪文が開戦の合図となり、場を一気に混戦となっ
!
感じつつ、何体目かわからない吸魂鬼を守護霊で叩き伏せて遠くへと
663
!
﹂
追いやる。これだけしても数分後には戻ってきてしまうだろうこと
│爆破
を考えると嫌気がするな。
﹁エクスパルソ
!
﹁プロテゴ
﹂
│苦しめ
│護れ
﹁クルーシオ
﹂
たりそうなものだけを呪文で弾き、体捌きのみで抜けてきた。
落石の下敷きにする。だが、相手もそう簡単にはやられてくれず、当
階下から上がってきた死喰い人の上にある天井を爆破して、相手を
!
!
﹁ステューピファイ
│麻痺せよ
﹂
﹂
│風の刃よ
│妨害せよ
﹁ラミナス・ヴェナート
﹁インペディメンタ
﹂
!
!
!
り過ぎる。
﹁ぉ、あ│││えぁへ
﹂
の手練れだ。倒せない相手ではないが、正面から倒すのは時間がかか
この死喰い人、クラウチやベラトリックス程ではないにしろ、かなり
呪文を打ち合い、その余波によって壁のいたる所が砕かれていく。
!
!
!
体は難しくないものの、混戦の中においてはその限りではない。
厄介だ。杖先から一直線にしか呪文が飛んでこないので防ぐこと自
の呪文は服従の呪文と同様に、呪文使用時の発光現象が起きないのが
死喰い人の磔の呪文に対し、前面に防御膜を張ることで逸らす。磔
!
!
光したことで足を止める。カードを取りだすと、淡く光りながら魔法
次の敵を捜しに走りだそうとしたとき、懐に入れていたカードが発
ないだろう。
る。こうしておけば、たとえ拘束から逃れたとしても、戦力にはなら
倒れ伏す死喰い人を拘束した後、忘却呪文で余計な記憶を消去す
﹁オブリビエイト │忘れよ﹂
は調整中なので出すことができない。
たのだ。バジリスクの毒の武器を持つ蓬莱シリーズも存在するが、今
てが麻痺毒を浸透させた武器を持っており、それで死喰い人を攻撃し
方からは蓬莱に似た人形が数体、姿を現す。蓬莱シリーズの人形は全
であれば、裏をかけばいいだけの話だ。倒れ痙攣する死喰い人の後
?
664
!
陣を浮かべている。このカードは以前に魔法省で使用したものと同
じで場所に関係なく姿現しが可能なもの。そして、このカードと対に
なるものは、ドラコを追った蓬莱に持たせている。
﹁発光してから十五秒で転移だから、そろそろね﹂
蓬莱のことだから、いきなり敵の面前に呼び出したりはしないだろ
うが、念の為に出来る限りの隠蔽呪文を施しておく。最後に姿を消
し、咄嗟の攻撃に対応できるようにし終わると同時に、私はその場か
ら転移した。
﹁│││﹂
転移を終えた私を迎えたのは、強く冷たく吹き抜ける風だった。周
囲は暗く、空の星から注ぐ僅かな光だけが光源だ。
﹁天文台の上かしら﹂
消音呪文により声が周囲に聞こえることはないが、つい小声で喋っ
やら誰かと話しているようだ。
﹂
﹁わし一人じゃよ、ドラコ。君の方こそ、一人なのかね
﹁吸魂鬼もかね
﹂
こへとやってくるだろう﹂
﹂
﹁一人じゃない。今夜、この城には死喰い人が侵入している。直にこ
ブルドアの声だ。
様子を伺える位置にまで移動している間に聞こえてきたのは、ダン
?
り着く。
そこで見たのは、ドラコが無防備のダンブルドアに向けて杖を構え
ているというものだ。ダンブルドアに杖を隠し持っているような素
振りは見えない。無防備でドラコと相対している。如何にダンブル
ドアといえど、杖を持たない無防備な状態でドラコに抵抗できるとは
665
てしまう。周りにある物と此処より高い建物が見えないため、ここが
他に誰かいるのか
天文台の上だと当たりをつける。
﹁貴方一人だけか
?
周囲の状況を把握しているとき、ドラコの声が聞こえてきた。どう
?
慎重に移動し、ドラコとダンブルドアの二人が見える位置にまで辿
?
思えない。
そこで、この場にハリーがいないことに気が付いた。ハリーは今
夜、ダンブルドアと分霊箱の捜索と破壊に行っているはず。まさか置
き去りにしてきたということもないだろうし、間違いなくこの場にい
ると思うのだが。ハリーがいるのなら、ダンブルドアに杖を向けるド
ラコに対して何もアクションを起こさないのは不自然だ。
ドラコとダンブルドアの会話を注意深く聞きながら、懐より〝地図
帳〟を取りだす。ちなみに、〝地図帳〟というのは、パチュリーより
頂戴した〝本の虫〟の新たな名前だ。昔はそれほど気にしなかった
が、最近になって本の虫と呼称することに抵抗を感じてきたために改
名したのだ。上海達に言わせれば、どちらでも大差ないみたいだが。
地図帳を開き、天文台を拡大して映し出す。浮かび上がる地図には
ドラコとダンブルドアと私の他に、私が今いる位置から僅かに離れた
場所でハリーの名があった。そちらへと視線を向けるが、ハリーがい
﹂
﹂
らへ向ける。階段からはベラトリックスの他に、有名どころの死喰い
人の多くが昇ってきた。数は│││10人か。
﹁ベラトリックス│││下の連中はどうしたんだ
めたのを感じる。
る。ドラコは表情こそ変えないが、纏う雰囲気には殺気が混じりはじ
ベラトリックスの諭すような言葉に、ドラコは眉一つ動かさずにい
に認められて、より高い地位に登りつめられる﹂
示を十分にこなした。あとはダンブルドアさえ殺せば、お前はあの方
﹁さぁ、おやり。やるんだよ、ドラコッ。お前はここまで、あの方の指
く。
ベラトリックスはドラコへと近づき、傍までくると両肩に手を置
る階段も封鎖しておいたからね、時間はたっぷりある﹂
﹁馬鹿共の相手なら、他の連中や吸魂鬼が相手しているさ。ここへく
?
666
ると思われる場所には何もない。ハリーは透明マントを持っている
ドラコッ、よくやったよ
し、恐らくそれで姿を消しているのだろう。
﹁おやまぁ
!
階下への階段からベラトリックの声が聞こえたことで、視線をそち
!
仕込みは済ませてある。そろそろ介入するべきか、否か。その判断
随分とのんびりしていた
に迫られている時に、階下から新たな人物が現れた。
﹁おや、セブルス。ようやくご到着かい
んだねぇ﹂
による麻痺毒で倒れ伏した。
﹂
﹁│││ダンブルドア先生、これってどういう状況ですか
﹂
の半数を不意打ちで倒し、残った死喰い人は姿を消していたドールズ
の体勢になり、ドラコはベラトリックスを、スネイプは残る死喰い人
透明マントを脱ぎ棄てたハリーがダンブルドアの前面に立ち守り
の意識が向かったところで、それ以外の全員が一斉に動き出す。
が起こった。暗闇にいたことで、突如現れた光源にベラトリックス達
を出す。その瞬間、天文台にいる者達の頭上で眩しくない程度の発光
ベラトリックスがドラコへとより強く行動を促したのを狙い、指示
﹁さぁ、ドラコッ やるんだッ
を顰めるも、何も言わずにドラコへと再度声を掛ける。
で話す。ベラトリックスは、そんなスネイプの態度に苛立ったのか眉
スネイプはこの場をぐるりと見渡して、いつものねっとりした口調
ていたようだな﹂
﹁│││未だに事を終えていないとは。お前達とて随分とのんびりし
?
﹁お疲れ様、ハリー﹂
時に私も姿を現し、ハリーへと近づいていく。
上げるベラトリックスに杖を向けるドラコへと近づいていった。同
ダンブルドアはハリーへ答えとも言えない答えを返すと、呻き声を
よ、ハリー﹂
じゃが、一つ言えることは、我らが有利に立っているということじゃ
﹁はてさて、この状況は複雑怪奇過ぎて理解が追い付くのにも一苦労
流石というべきか。
かける。その間も、杖を下ろさず、視線を死喰い人から離さないのは
ハリーが現状に戸惑いながら、背後のダンブルドアへと疑問を投げ
?
667
!
ねぇ、この状況っていったい│││﹂
?
私にも何が何だか。それより、ダンブルドアの杖はどうし
﹁あ、あぁ。アリスもお疲れ
﹁さぁ
?
たのかしら
﹂
﹁ダンブルドアの杖は、マルフォイの武装解除の呪文で飛ばされてし
まったんだ﹂
そう言って、暗闇に覆われた校庭を見やるハリー。杖を校庭へ向け
て呼び寄せ呪文でダンブルドアの杖を拾おうとするが、杖は現れず不
発に終わった。
﹁認識が違うんじゃないかしら ダンブルドアは武装解除で杖を飛
ばされたのでしょう
だとしたら、杖の忠誠がドラコに移っている
?
てきた。
こいつだけは絶対に許さない
﹁ドラコよ、杖を下ろすのじゃ﹂
﹁断る
﹂
ありったけの苦痛を与え
さえるダンブルドアという光景が入ってきた。
ると、倒れるベラトリックスに杖を向けるドラコと、ドラコの手を押
たドラコが語気を荒げるのが聞こえた。声から二人へと視線を向け
私がダンブルドアの杖を分析していると、ダンブルドアの話してい
のない強い魔力が滲み出ている。
流石ダンブルドアの使用する杖というだけあって、今まで感じたこと
いているものだ。どういう素材を使用しているのかは分からないが、
ダンブルドアの杖は一般的な杖よりも長く、小さな瘤が等間隔に浮
﹁うん、間違いないよ﹂
﹁はい、これかしら
ダンブルドアの杖は﹂
で行った呼び寄せ呪文は、すぐさま校庭の先から一本の杖を引っ張っ
今度は私が杖を校庭へ向けて呪文を放つ。ドラコの杖という認識
だろうから、それで呼べないのかもね﹂
?
?
て、生まれてきたことを懺悔させながら殺してやる
!
ドラコはここまで激昂する人間だったか
確かに前々から頭に
﹁ドラコよ、落ち着くのじゃ。何故君がそこまで憎しみに囚われてい
いるのは初めて見る。
いただろう。それでも、ここまで怒りを露わにして、冷静さを欠いて
血が上りやすい性格ではあった。怒りに任せて短絡的なこともして
?
668
?
あまりの剣幕に、私もハリーも目を見開く程に驚いてしまった。
!
!
るのかはわからん。じゃが、それはしてはいけないことじゃ。それを
僕はこいつを殺す
その邪魔を
してしまったら、君は君が憎む者と同じになってしまう﹂
﹁そんなの知ったことじゃない
するというのなら、たとえ貴方でも│││﹂
情する。
?
﹁ふん│││やるつもりか
ポッター。強くなっているのが自分だ
を出すというのなら、僕も黙ってはいない﹂
﹁マルフォイ、君に何があったかは知らない。けど、ダンブルドアに手
でいる。
着いたようだが、それでもハリーを睨みつける眼光には、殺気が滲ん
ドラコがハリーへと振り向きながら問い出す。先ほどよりは落ち
﹁│││ポッター、何のつもりだ
﹂
武装解除だと感心すると同時に、コロコロと主が変わる手元の杖に同
は、ハリーの手に握られた。流石、長年使っているだけあって綺麗な
かれ、こちらへと飛んでくる。くるくると回転しながら飛んできた杖
ドラコがダンブルドアに杖を向けた瞬間、ドラコの杖が手元より弾
!
﹂
﹁これでも身の程は弁えているつもりだよ。そのうえで、君を止める
と言っているんだ。その意味すら分からないのかい
﹁はぁ、はぁ│││ドラコ、こんなことを仕出かして、どうなるか分
クスは嘲笑を浮かべている。
蹴りを入れたことで物理的に止められたものの、それでもベラトリッ
リックスは醜く笑い続けている。ドラコがベラトリックスの脇腹に
静かながらも殺気の籠るドラコの言葉を気にも留めずに、ベラト
﹁何がおかしい、ベラトリックス﹂
れているベラトリックスが不意に笑いだした。
ドラコをスネイプが、ハリーを私が諌めようと近づいた時、床に倒
なっている。
た、というものだ。むしろ、なまじ実力が付いている分、性質が悪く
一つ。この二人、成長したと思ったら根っこの部分は相変わらずだっ
淡々と挑発する両者に一触即発の空気が流れる中、私が思ったのは
?
669
!
けだと思わない方が身の為だぞ﹂
?
かっているのかい
﹁黙れ﹂
﹂
そう言い、ドラコが再度蹴りを入れようとするが、それはスネイプ
によって防がれる。
﹁セブルス、やはりお前は裏切っていたわけかい。いや、あんたにとっ
ては最初から仲間でもなんでもなかったんだろうけどねぇ﹂
出来ておらずとも関係な
﹁よく理解しているではないか。さて、これからは素晴らしい尋問の
時間となろう。覚悟は出来ているかな
いが﹂
﹁はッ、根暗な陰険小僧が
だがねぇ、一つ腑に落ちない。どうして
ら困る。いや、スネイプ本人は本気なんだろうが。
スネイプが口角を上げながらそう言うと、割と洒落に聞こえないか
?
﹁│││なぜ
﹂
﹁ははッ、確かにそりゃそうだ
﹂
﹁それを貴様に話す必要などないな﹂
るのは到底賢いとは思えないからねぇ﹂
このタイミングで我々を裏切った。お前にしろドラコにしろ、今裏切
!
!
進み出たところに、言葉を被せてしまう。ダンブルドアの出鼻を挫く
﹂
ようなことになったが、正直あまり気にしてはいられない。
﹁なぜ貴方は、この状況でそんなにも余裕なのかしら
リックスはこれだけの余裕をみせていられる
がそれだ。絶対的に不利な状況であるはずのこの場で、なぜベラト
ベラトリックスがドラコやスネイプと話している間に抱いた疑問
?
﹁嘘ね﹂
さ﹂
るのかい
流石にそりゃ無理があるさ。つまり開き直っているの
﹁はん、何故もどうも、今の私のこの状況が打破できるとでも思ってい
?
﹁貴方、自分の性格を振り返りなさい。私が知っている貴方は、死の淵
に立たされようと潔さをみせる奴じゃないわ。泥と屈辱に塗れよう
670
?
スネイプが会話を打ち切り、ダンブルドアがベラトリックスの前に
?
ベラトリックスの言葉を即座に否定する。
?
が、命尽きるまでヴォルデモートへの忠誠と相手を殺すことだけを考
えて生きている狂人よ﹂
それが、過去の記事や魔法省で直接相対したことで抱いた、ベラト
キャハハハッハハッ
﹂
リックスという魔女への認識だ。この女は、性根どころか魂から狂っ
ている。
﹁│││あは、きひゃ
!
﹂
こんな下らないお
まさかこんなところに私を理解
している奴がいるとはねぇ その通りだよ
遊びをしているのは、それだけの理由があるからさ
!
!
向けたのはスネイプだ。
どうせお前はこう考えているんだろう
?
り安心はできない。常々あの方も仰っていた﹂
ベラトリックスは、今度はドラコを見る。
﹁ドラコ。私達を罠に嵌めて勝ったつもりかい
?
筒抜けさ﹂
﹁これは﹂
えていっている。
の身体が不規則に脈打っており、隆起と萎縮を繰り返しながら形を変
からゴキッという音が鳴る。そちらへと視線を向けると、死喰い人達
ベラトリックスが言い終えると共に、拘束している死喰い人の身体
﹁なんだとッ
﹂
ねぇ│││帝王は全てを見抜いているんだ。お前程度の浅知恵など
だとしたら滑稽だ
り、私への復讐達成の一歩を踏んだつもりかい
闇の帝王の力を削
王が負けるとは思わないが、ダンブルドアという不確定要素がいる限
確かに、そこまで戦力が削られれば我々とて危ういだろうさ。闇の帝
まえば、残るは闇の帝王と雑兵な死喰い人、闇の生物くらいだとねぇ。
喰い人の多くが小娘によって殺されたいま、ここで私達を捕らえてし
﹁セブルス
実力ある死
ベラトリックスの嘲りは止まらない。次にベラトリックスが目を
!
!
﹁よく解っているじゃないか小娘
行にそれぞれが警戒する中、ベラトリックスが甲高い声で叫ぶ。
た。突然のことに目を細める。追い詰められているとは思えない奇
少しの間をおいて、ベラトリックスが突然奇声を上げて笑いだし
!
?
!?
671
!
ダンブルドアが小さく呟くと同時に、死喰い人達の変化が治まる。
いや、正確には死喰い人〝だった〟もの達だ。
変化を終えた元死喰い人は、今や見知らぬ他人へと成り替わってい
た。
﹁スタン﹂
﹂
その内の一人の男にハリーが近寄り声を漏らす。
﹁知り合い
﹁│││うん。夜の騎士バスの車掌だ。死喰い人の疑惑を掛けられて
アズカバンに収監されていた﹂
アズカバンに収監と聞いて、もう一度スタンと呼ばれた男を見る。
これはどういうことだ
﹂
確かに、やつれ衰えてみえるが、以前に日刊予言者新聞で見たことが
ベラトリックス
!
ある顔だった。
﹁なんだ、これは
!
ながら途切れ途切れに言葉を漏らしていく。彼女の言葉通りなら、今
声帯にも変化が起きているのか、ベラトリックスの言葉は声を変え
信をおいてなど、いないんだ、よ﹂
けの皮を剥がす、為に行われたのさ。お前らの、ことは⋮⋮帝王、は、
﹁キ、キヒヒ⋮⋮見誤った、ねぇ⋮⋮今夜の⋮⋮作戦は、お前らの、化
上、それは揺るぎない事実として叩きつけられた。
法が存在し得るのかと。だが、現実として目の前に存在している以
ベラトリックスの語る事実に私達は驚きを露わにする。そんな魔
姿、力、人格を植え付ける呪文、さ。﹂
﹁これは、生きている人間を贄にして、魔力尽きるまで、元となる者の、
帯にも変化が及んでいるのが、途切れ途切れに話す。
ベラトリックスにも変化が起こり始め、その姿形を変えていく。声
論、私もね﹂
自ら編み出した禁呪によって作られた、操り人形なんだよ│││勿
﹁どうもこうも、見た通りさ。こいつらは本物じゃぁない。闇の帝王
をあげる。それに対し、ベラトリックスは変わらずのにやけ顔だ。
ドラコが文字通りに変わり果てた死喰い人を見て困惑と怒りの声
?
夜の襲撃はダンブルドアの殺害ないし戦力の消耗を狙ってのことで
672
?
はなく、スパイとしてヴォルデモートの配下に扮していたスネイプ
と、最近の動きが怪しいドラコの仮面を壊す為だけのものらしい。
﹂
﹁我らに⋮⋮損害は、ない│││組織の膿、を取り除き⋮⋮ホグワーツ
への侵入を、成した│││ざまぁないね
そう捨て台詞を吐き捨てて、ベラトリックスは姿を完全に消した。
残ったのは禁呪の生贄にされたという人達の亡骸だけだ。耳を澄ま
せば、終始聞こえていた戦闘音も聞こえなくなっている。ドールズと
視界を繋げても戦闘の様子はないことから、奴らは完全に撤退したの
が分かった。
﹁話してくれるかの、ドラコや﹂
一時間後、先の戦闘による被害の対応を指揮していたダンブルドア
と共に、騎士団の者や戦いに参戦していたDAメンバーは医務室へと
場所を変えて集まっている。負傷者はベッドに横たわり医療を受け、
それ以外の者は椅子やベッドの端に腰かけたり、壁に背を預けたりし
ている。
その中心にいるダンブルドアが、同じく中心にいるドラコへとゆっ
くり話し掛けた。
﹂
﹁どのようなことがあって今回の襲撃に手を貸し、ベラトリックスに
向けてあれほどの殺意を抱いていたのじゃ
ホグワーツへ侵入させる方法を確立しろと﹂
﹁それは、死喰い人としてヴォルデモートに命令されたのかね
命令に従えと﹂
﹁ルシウスが、死んだ
﹂
﹂
﹁違う⋮⋮脅されたんだ。母上や父上のように殺されたくなければ、
さえるように言葉を漏らす。
ダンブルドアの問いに、ドラコは拳を強く握り締めながら感情を押
?
ていた椅子から腰を上げて、信じられないとばかりに目を見開いてい
673
!
﹁│││命令されたんだ。ヴォルデモートに。今学期中に死喰い人を
?
声を上げたのは応援に駆けつけてきたウィーズリーさんだ。座っ
?
る。
﹁あのルシウスが
ルシウスが⋮⋮本当に死んだのか
﹁ベラトリックスだ﹂
シウスを殺したのじゃ
﹂
﹂
﹁君にとって辛いことを聞くことを許しておくれ。ドラコや、誰がル
クということなのだろうか。
たが│││互いをよく理解している同士であろうからこそのショッ
関係らしいから、そこまでショックを受けるようなものなのかと思っ
と聞いている。お互いがお互いを嫌い、相手の弱みを探り合うような
たしかウィーズリーさんは、ルシウスとは昔からの犬猿の仲だった
力なく崩れ落ちて俯いた。
コのその様子に嘘ではないと思ったのか、ウィーズリーさんは椅子に
と問いかける。だが、ドラコはそれに答えず、沈黙したままだ。ドラ
ウィーズリーさんは嘘だと言ってくれと懇願するようにドラコへ
?
﹁セブルス、どうじゃった
﹂
ミングを見計らったかのようにスネイプが医務室へと入ってきた。
はこれ以上この場でドラコに質問する気はないらしい。その時、タイ
そう言って、ドラコは俯いて口を閉ざしてしまった。ダンブルドア
できるよう機会を伺っていたんだ│││結果はこの有様だけどね﹂
を決して許さない。その為に力をつけて、今回の計画中に奴らを始末
たと言ってだ。僕は両親を殺したヴォルデモートとベラトリックス
﹁ヴォルデモートがベラトリックスに命じたんだ。極秘任務に失敗し
こまでの憎しみの感情を抱いていたのは、それが原因か。
ベラトリックスがルシウスを殺した。ドラコが彼女に対してあそ
?
がら、ポケットに入ったままのダンブルドアの杖をいつ返そうか考え
スネイプがダンブルドアへと被害者の報告をしているのを聞きな
の魔法ですな﹂
の情報が得られないことから、戦略的にみても有効かつ悪辣極まる闇
作を施したにも関わらず、肉体にも何ら損傷は見つかりません。一切
は全て死亡。遺体からも魔法の痕跡は見つからず、あれだけの肉体操
﹁流石は闇の帝王、といったところでしょうな。贄にされていた者達
?
674
?
る。天文台で渡せればよかったのだが、医務室に入るまでそんな暇が
なく、医務室に入ってからも諸々の報告やドラコとの話が始まってし
まったことで、今も渡せずじまいでいる。
まぁ、この話し合いが終わってから返せばいいかと適当に考えてい
ると、ちょうどスネイプの話も終わり、この場は解散ということに
なった。怪我人は医務室に残り、そうでない者は校長室へと向かい話
し合いの続きをするようだ。私やハリー達は寮へと帰寮し、ドラコは
怪我こそないが精神的にかなりの疲労をしているとされ医務室に泊
まっていくこととなった。
﹁ダンブルドア、杖をお返しします﹂
﹁おぉ、すっかり忘れておった。ありがとう、アリス﹂
ダンブルドアへと近づきポケットから出した杖を渡す。本当に忘
れていたのかは知らないが、深くは気にしない。私がダンブルドアへ
と杖を返しているのを見て思いだしたのか、ハリーもドラコへと近づ
いて杖を渡している。ドラコはハリーを見ようとはしなかったが、杖
は受け取りしっかりと握り締めた。
﹁ほれ、君達も早く寮へ戻りなさい﹂
ダンブルドアは両手を振りながら、私やハリー、私達を待っていた
丶
丶
丶
ロン達に向けてせっせと帰寮を促す。私達もそれに逆らう気はない
ので、何も言わずに次々と医務室から出ていった。
最後に私が退出し、扉を閉めようとしたとき、背後から緑の光が溢
れたのが視界の隅に映った。次いで、ドサリという重いものが床に落
ちたような音が聞こえる。
振り向き様に閉じかけた扉を乱暴に開け放つ。暗い廊下から明る
い医務室に入ったことで少し目が眩むが、それも僅かですぐに視界が
クリアになる。
ウィーズリーさんやスネイプを始めとする大人達は目を見開き固
まっている。ただ、視線だけは同じ場所に向けており、その先を凝視
している。
視線の先には二人がいた。
一人はドラコだ。ベッドに向かおうとしたのか先ほどより部屋の
675
奥におり、こちらに背を向けている。それはいい。なんの不思議もな
い。唯一違和感があるのは、手にした杖を背後に向けて動きを止めて
いることだろうか。
もう一人はドラコの足元にいるダンブルドアだ。俯せに床に寝て
おり、ドラコと同様に動く気配がしない。しかし、ドラコと違うのは、
﹂
ダンブルドアからは生きている気配すらもしないこと。
﹁ダンブルドア
なに
り上げている。
﹁え⋮⋮
どうしたの
﹂
?
﹂
ムーディがドラコを魔法で雁字搦めに、念入り深く拘束し終わる
口にしようとしないからだ。
者はいない。別に説明できない者がいない訳ではなく、それを誰もが
パドマの困惑した声とロンの疑問の声が耳に入るが、それに答える
﹁マルフォイの奴、なんで押さえつけられているんだ
?
ウィーズリーさんはダンブルドアへと駆け寄り必死の形相で声を張
キングズリーがドラコへと飛びかかり、床へと押し倒す。ルーピンや
私は無言呪文の武装解除でドラコの杖を弾き飛ばす。シリウスと
まったような空気が動きだした。
後ろから聞こえたハリーの声を切っ掛けに、部屋の中の時間が止
?
アーサー
ダンブルドアの容体は
﹂
と、ダンブルドアに声を掛けている二人へと急いで近づいていく。
﹁ルーピン
!
!?
ら横に振られる。
﹁│││死んでいる﹂
ルーピンの言葉が遠くに聞こえる。泣く者や崩れ落ちる者など反
応は様々だが、全員に共通している思いは信じられないというものだ
ろう。ダンブルドアは紛れもなく最高峰の魔法使いであり、どのよう
な手段を使われても死ぬことなどないだろうと、誰しもが思ってしま
う存在だ。私だって、パチュリーといった規格外の存在を除けば、寿
命以外でダンブルドアが死ぬとは思えないと考えてしまう。
﹁どうして⋮⋮どうしてダンブルドアが。さっきまで、あんなに⋮⋮
676
?
?
ムーディの言葉に二人が振り返るが、その顔は悲壮感に包まれなが
!
何があったんですかッ﹂
ハリーは今の状況が理解できないのか、絞りだすように声を漏らし
て、視線を忙しなく動かしている。誰がどう見ても冷静な状態ではな
いが、そもそもこの場で冷静でいられる者などいるのだろうか。
│││内心溜め息を吐くと共に、自分がどうしようもないほど性格
が破綻しているなと、何度目になるかわからない再認識をする。
ダンブルドアとはそれなりに短くない時間を接してきたし、彼が持
つ膨大な知識とそれを活かす頭脳にはパチュリーとは別に敬意を抱
いていた。確かに優しすぎるところも多々あるものの、それは彼なら
ではの人間性であるし、私には持ちえないものだったから羨ましいと
思っていたのも事実だ。
なのに、私はダンブルドアの死を悲しむことが出来ない。感情でも
理性でも悲しみを抱いてはおらず、突然の事態による動揺が収まって
!?
ルドアの死体に直面し、僅かな硬直のあとにドラコへと憤怒の形相で
問い詰める。その様子はまさに鬼のようで、咄嗟にシリウスがハリー
を押さえなければドラコへ何をしたか分からない程だ。
だが、ハリーを止めたもののシリウスの顔も怒りに染まっており、
危険な気配を漂わせている。そもそも、この事態を認識できた者でド
ラコへと怒りを向けていない者などいない。
私は別として。
﹁││││││﹂
だが、ドラコは多くの怒りの視線と感情に教われていてもピクリと
も表情を変化させずに、しかし決して視線は合わせようとせずにい
る。ハリ│やシリウスはそんなドラコの態度にさらに激昂するが、今
度はリーマスとウィーズリーさんによって押さえられた。
677
からは、ダンブルドアの死によって起こる今後の事態に対しどう対応
どうしてダンブルドアを殺
していくか。そんなことを淡々と考えている。
﹂
﹁マルフォイッ どうしてッ、何で
したぁッ
!
そして、この惨状を起こった瞬間のことを聞いたハリーは、ダンブ
!
﹁あ、あぁ⋮⋮そんな、なんで⋮⋮どうして、こんなことが﹂
﹁う、くぅ⋮⋮あぁ⋮⋮ああぁぁぁあ﹂
マクゴナガルは床に崩れ落ち、現実を認めたくないかのように言葉
を漏らす。ウィーズリーおばさんはマクゴナガルの傍で泣き崩れる。
それを皮切りにトンクスやハーマイオニー、パドマ達も泣き崩れた。
ドラコから引き離され、椅子に座ったハリーが頭を抱えて俯く。ぼ
そぼそと呟く声が聞こえてくる。途切れ途切れに聞こえた中に、僕が
杖を渡さなければと言っているのが聞こえた。確かに、ハリーがドラ
コに杖を渡さなければこの事態は防げたのかもしれないが、それを予
﹂
想しろというのは無理な話だ。ハリ│を責めることは出来ないだろ
う。
﹁│││ん
私は形だけでも悲しそうな顔を作り、なおかつドラコを警戒すると
いう建前で近づき、ドラコを観察する。すると気になる点が見つか
り、思わず疑惑の声が漏れた。
﹁どうした、マーガトロイド﹂
どこかと連絡していたムーディが私の疑問の声を聞きとり、問いか
けてくる。
﹁いえ⋮⋮﹂
そう言って濁そうとするが、言うなら今しかないだろうと思い、閉
じかけた口を開いた。
﹁⋮⋮ムーディ、ドラコが服従の呪文に支配されている可能性がある
かもしれないわ﹂
﹂
私の言葉に医務室にいる全員の視線が集まる。
﹁服従の呪文だと
に深く触れている人達は気がついたようだ。特にスネイプは、自身が
ムーディやキングズリー、シリウスやスネイプといった、闇の魔術
みたいにね。目を開いたまま気を失っている状態に近いかしら﹂
われても表情を少しも変えていない。まるで言葉が聞こえていない
なんて、あまりにも突拍子がなさすぎるわ。それに今だって、何を言
﹁えぇ。正直言って、ドラコがいきなりダンブルドアを殺そうとする
?
678
?
管理する寮の生徒であり、接している時間を多いのだから尚更気にか
かっただろう。
﹁正直、私の知るドラコはこれだけのことをしておいて、ここまでの能
面面なんかしていられないわ。態度に反してメンタル弱いから││
│まぁ、私の主観によるものだから、そうでない可能性もあるけど﹂
﹁いや⋮⋮なるほどな。確かにこの小僧、精神面は未熟だったやもし
れん。それに親が親だ。いざというときに臆病風に吹かれることも
ありそうだ。そんな奴が、己を取り巻く事情を吐露した相手を殺して
無感情でいられるとは⋮⋮確かに不自然か﹂
ムーディはそう言って何度か頷くと、拘束したままのドラコを魔法
で浮かせる。
﹁とにかく、今はこやつを厳重に隔離するべきだ。時間をおかずに魔
法省がやってくる。それまでに、今後の対策を話し合う必要がある。
ミネルバ、わしがこやつの状態を調べ終えるまで、話し合いを進めて
679
おいてくれ﹂
﹁│││わかりました。それでは、各寮監はそれぞれの生徒を寮へと
送り届けた後、校長室へときてください。ポピーは怪我人の治療をお
願いします。ハリ│とマーガトロイドは一緒に校長室へ。魔法省が
くる前に聞いておきたいことがあります。ハグリッド、申し訳ありま
せんが、私の代わりに生徒をグリフィンドール寮へと連れていってく
ださい﹂
マクゴナガルは目を泣き腫らしながら、それでもいつものようにキ
ビキビと指示をだしていく。魔法省がくるまで時間がないため、各々
は速やかに動きだした。私とハリーはマクゴナガルに連れられて、校
長室へと向かうこととなる。
校長室へと入り、マクゴナガルとテーブルを挟んで向かい合うと、
一瞬の静寂のあとにマクゴナガルが口を開いた。
﹂
﹁ハリー、ダンブルドアと今夜、ホグワーツを離れどこへ行っていたの
か、何をしていたのか教えてくれませんか
﹁いいえ、お話できません﹂
?
マクゴナガルの問いに、ハリーは間を開けずに答えた。その返答を
﹂
マクゴナガルも予想はしていたのか、驚いた様子は見せずに言葉を続
ける。
﹁重要なことなのかもしれないのですよ
我々が貴方の助
?
﹂
貴女がハリーやダンブルド
以上、貴女も話すことは出来ないということですか
﹂
人が何をしていたのか知っていると思いますが、ハリーがこうである
アの勉強会に度々加わっていたことは知っています。当然、貴女は二
﹁マーガトロイド、貴女はどうですか
のは無理だと察したのか、今度は私へと向き直る。
かずに話すことは出来ないと言い放つ。ハリ│の顔を見て話を聞く
マクゴナガルの半ば問い詰めるような言葉にも、ハリーは一歩も引
﹁そうです﹂
のですか
もしれない。それらの可能性を踏まえた上で秘密にするべきことな
けになれるかもしれない、あなたや皆の危険を減らすことが出来るか
ておかなければならないほどのことなのですか
﹁それは、ダンブルドアが死んだこの状況において、それでも秘密にし
ダンブルドアは誰にも話してはならないと僕に言いました﹂
﹁その通りです、先生。とても重要なことです。重要であるからこそ、
?
?
ですから、私も貴方達を信じましょう﹂
﹁│││ふぅ、わかりました。ダンブルドア自身が貴方達に託したの
う。
合、砂漠から一粒の砂金を探し当てるような事態になってしまうだろ
にくい場所に隠すか、総数を増やしてしまうかもしれない。その場
ヴォルデモートへと渡ってしまった場合、分霊箱を今以上に見つかり
不 明 だ が、そ の 総 数 は 判 明 し て い る。だ が、下 手 に 情 報 を 拡 散 し て
実際その通りだ。ヴォルデモートの抱える分霊箱の保管場所こそ
ね﹂
めされている訳ではないですが、今後のリスクを考えると話せません
お考えの通りお話することはできません。私はハリーのように口止
﹁そうですね。確かに二人が何を隠しているのかは知っていますが、
?
680
?
それからは、生徒を寮へと連れていった寮監やハグリッドが集ま
り、時間をおいてムーディもやってきた。ドラコを調べたムーディに
よると、確かにドラコは服従の呪文によって支配されていたらしい。
ということは、今学期私が会った時には既に呪文の影響下にあった
ということか。あの時にみせた戦闘術は果たしてドラコ自身が身に
つけたものなのか、それとも操られることで与えられたものなのか。
もしあれが与えられたものであり、与えたのがヴォルデモートだとす
るならば、ヴォルデモートの戦闘力で呪文の不可視不動化による戦闘
術が可能ということになる。ドラコが使用した場合でも厄介だった
というのに、ヴォルデモートが使ってくるとか考えたくもない。ダン
ブルドアなら対処も可能だったかもしれないが、彼は死んでしまっ
た。
私が今後に起こり得るヴォルデモートの戦いについて考えている
間に、マクゴナガル達は来年度の授業を行うべきか否か、ダンブルド
アの葬儀はどのようにするかなどを話していた。そして魔法省の役
人がホグワーツへ到着したと知らせが届き、マクゴナガルは出迎える
為にこの場は解散という流れとなる。
私とハリーは魔法省の役人と鉢合わせないよう急いで寮へと戻さ
れた。途中でハリーと別れ、レイブンクロー寮の入口へと辿り着く。
合言葉を唱えながら、談話室にいるだろう大勢の生徒から飛び交う質
問 を ど う 流 し て い く か。疲 労 し た 頭 を 回 転 さ せ な が ら 談 話 室 へ と
入っていった。
◆◆
数日後、ダンブルドアの葬儀はホグワーツにて行われた。魔法省が
最後まで渋っていたようだが、先生や生徒が言った〝ダンブルドアな
ら大好きなホグワーツで眠りたいと思うはずだ〟という言葉によっ
て最後には折れた。
広いホグワーツの校庭を埋め尽くさんとばかりに葬儀の参列者が
集まり、静かに行われていく式を見守っている。私も生徒達が集まっ
ている場所の一角に座り、ダンブルドアが入れられた白い大理石の墓
石を見つめる。生徒の中には両親によって、パドマやアンソニーのよ
681
うに今朝の内に実家へと連れて帰られた者もいたが、それでも参列し
ている生徒は多い。他の参列者の中には著名な魔法使いや魔女、ダイ
アゴン横丁やホグズミードの商売をしている店主、大臣を始めとした
魔法省の役人、ハグリッドの弟のグロウプや水中人、禁じられた森か
らはケンタウルスもいる。
それから式が終わり、それぞれが自由にダンブルドアの墓石へ向け
て思い思いの言葉を送っている中、私達生徒は荷物を持ちホグワーツ
﹂
特急へと向かう。去年の登校時に襲撃され破壊された汽車はすっか
り元通りになっているようでなによりだ。
﹁帰りまで襲撃があるとか⋮⋮流石にないわよね
い や、一 度 襲 撃 し て き た 連 中 だ。二 度 あ っ て も 不 思 議 で は な い。
ヴォルデモートの目的だろう私とハリーは、この時だけは確実にこの
汽車に乗っているのだからいい的だ。
まぁ、だからこそこれだけ多くの魔法使いが汽車の護衛として配備
されているのだろう。
汽車に搭乗し、適当に空いているコンパートメントを探して座り、
出発までの時間を静かに過ごす。数十分程か、汽車が大きな汽笛を鳴
らして動き出した。窓から覗く景色が速くなり、周囲を箒で旋回しな
がら警戒している魔法使いを何となしに眺めていると、コンパートメ
﹂
ントの扉が静かに開かれた。
﹁アリス、いいかしら
﹂
各々自由に座っていく。ハーマイオニーが杖を振り、一通りの防諜呪
文を張るとハリーが口を開く。
﹁マルフォイがどうなったか聞いたかい
ゴナガル達が反対したらしいわね﹂
?
﹁えぇ。何せ、ヴォルデモートの服従の呪文によって無茶に操られて
﹁マルフォイの容体って、そんなに酷いのかい
﹂
したかったようだけれど、容体が思わしくないからということでマク
﹁聖マンゴの特別病棟に入院するそうよ。魔法省はアズカバンに投獄
?
682
?
ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人がコンパートメントに入り
?
いたんだからね。身体能力を身体の負担を無視して動かされ、精神構
造を組み替えて別人格に作り替えて、二年に渡って偽りの記憶を植え
付けて、殺人を強要されて、最後には捨てられる。これで精神が病ま
ないのなんて、それこそ元から精神が破綻している人ぐらいじゃない
かしら﹂
﹁待って。二年間もマルフォイが操られていたって⋮⋮それじゃあ、
﹂
五年生の時にはすでにヴォルデモートによって操られていたってこ
となの
﹁そうなるわね﹂
﹁僕、マルフォイのことは嫌いだけど⋮今回のことは流石に同情する
な。ダンブルドアが殺されたときは本当に憎かったけど、それも操ら
れていたと思うとな﹂
﹁そうだね。多分、本当のマルフォイならダンブルドアを殺せる状況
になっても、ヴォルデモートに命令されていても、実行なんてできな
かったと思う。確証はないけど、多分間違ってはいないと思うんだ﹂
ロンとハリーがそう呟く。いつもはドラコを嫌っている二人でも、
今回のことは流石に思うところがあるようだ。特に父親から服従の
呪文の恐ろしさを聞かされていたロンにとっては、今回の件は重いも
のとなっているだろう。
暫くの間沈黙が続いたが、車両販売が回ってきたこともあり小休憩
に入ることになった。
小腹を満たし話し合いを再開したところで、ハリーがそういえばと
前置きして疑問を口にした。
﹁服従の呪文って、その人が支配されているかどうかもわからないよ
﹂
う な 呪 文 だ よ ね。ど う や っ て ド ラ コ が 操 ら れ て い た 間 の こ と が わ
かったんだ
自身が喋ったのよ﹂
﹁マルフォイが喋った
おいおい、それってどういうこと
﹂
?
文の支配が残っていてね。ムーディがあれこれ調べている時に、急に
﹁勿論、ドラコが自分の意思で喋ったんじゃないわ。その時はまだ呪
?
﹁それなんだけどね⋮⋮ムーディがドラコを調べている際中にドラコ
?
683
?
ドラコ喋りだしたの⋮⋮ヴォルデモートの声でね﹂
﹁それって﹂
﹁ヴォルデモートが仕込んでいたものらしいわ。ドラコの身体で喋り
だしたヴォルデモートは、今回の事件についての経緯を詳細に話した
わ。ネタばらしっていう前置きと共にね﹂
今回ドラコに降りかかった事態を知ることはできたのは、ヴォルデ
モートが自ら経緯の説明を行ったからだ。でなければ、一切の情報を
得ることはできなかっただろう。
﹁どうしてヴォルデモートはそんなことをしたんだろう﹂
﹁それも暴露していたわ。簡単に言うと嫌がらせと煽り、ドラコを精
神的に追い詰めるっていうのが目的らしいわ。それ以外に目的もな
いただの挑発行為よ﹂
そう説明すると、ハリー達はあからさまに嫌悪感を丸出しにした。
それもそうだろう、普通なら情報を渡さない為にも秘密にしているべ
を破壊する必要があるんだ﹂
﹂
ハーマイオニーに賛成の意を示したハリーは、ポケットからロケッ
トを取り出して、中から紙切れを取りだす。
﹁それがダンブルドアと見つけたっていう分霊箱
ど、R・A・Bが本当に分霊箱を破壊したのかがわからないんだ﹂
A・Bっていう人物がすり替えたらしい。破壊するって書いてあるけ
﹁偽物だけどね。本物はずっと前に、ヴォルデモートを裏切ったR・
?
684
き計画や、それにともなう手段を態々敵対している相手に明かしたの
だから。これでは、ヴォルデモートはこちらのことを取るに足らない
相手と認識していると示しているようなものだ。
﹁これからどうなるのかな。ヴォルデモートは狡猾だし残忍だ。どん
な手段でも使ってくるだろうし、今この瞬間にも僕達にとって致命的
﹂
勝てるのかじゃなくて、勝たなくちゃい
な計画を実行しているかもしれない。ダンブルドアもいなくて⋮⋮
勝てるのかな
﹂
﹁ロン、何を言っているの
けないのよ
?
?
﹁ハーマイオニーの言う通りだ。そのためにも、なんとしても分霊箱
!
﹂
R・A・Bか│││R・A・B
﹁どうかしたの、アリス
?
のかしら
﹂
ということは、もうホグ
﹂
闇雲に探しているだけじゃ、まず見つから
?
ろうから、実質三つね﹂
﹁アリスは何か心当たりとかないのか
ホグワーツ創始者の縁の品
﹁ナギニに関してはヴォルデモートとセットと考えて間違いはないだ
いるかだ﹂
﹁破壊する品は分かっているけど、問題はそれらがどこに保管されて
ニね﹂
ブンクローの縁の品、サラザール・スリザリンのロケット、蛇のナギ
測が正しいならば、ヘルガ・ハッフルパフのカップ、ロウェナ・レイ
﹁確かにそうね。さて、となると探し出すべき分霊箱は残り四つ。推
ならないよ。やれるかやれないかじゃなく、やるしかないんだ﹂
﹁あてなんてないさ。けど、だからといってそれが探さない理由には
ないわよ﹂
﹁あてはあるのかしら
﹁そうだね。準備ができたら、すぐにでも探しに行くつもりだ﹂
ワーツへは戻らないということかしら
?
?
﹁それで、ハリーは分霊箱を探すのよね
とりあえず、R・A・Bについては思いだしたら教えることとする。
ことは一瞬、多分チラッと目にした程度の認識だと思うが。
い出せない。大抵のことは忘れないけど、こうも記憶が曖昧だという
どこかで見たのは間違いないと思うのだが、それがどこなのかが思
ど、それがどこで見たのかは覚えていないわ﹂
﹁わからないわ。R・A・Bっていう言葉はどこかで見た記憶があるけ
える。
ハリーが身を乗り出してくる。それを手で押し戻し、首を振って答
﹁知ってるのかいッ
﹂
﹁いえ⋮⋮R・A・B。どこかで聞いたような気が⋮⋮いや、見た⋮⋮
見てハーマイオニーが訪ねてくる。
ハリーが言うR・A・Bについて、顎に指をかけて考えていた私を
?
?
685
!?
?
とか、君が興味を持ちそうな代物じゃないか﹂
﹁あのね、ロン。確かに私はそういった物に興味を持っているけど、だ
精々、レイン
からって現物がどこにあるかなんて把握はしていないわ。よく勘違
いされているけど、私は万能でもなんでもないのよ
﹂
ロンの割と俗な考えをハーマイオニーが一蹴する。それに対して
﹁ロン、これが本物なら値段なんてつけられるものじゃないわ﹂
﹁これがロウェナ・レイブンクローの髪飾りかぁ。すっげぇ高そう﹂
う。
る。記憶を頼りに書いたが、まぁまぁ近いものにはなっているだろ
そう言うハリーに、口で説明するのは手間なので絵に書いて見せ
髪飾りはどんな形だった
てことは、それの元となった髪飾りが必ずあるはずだ。アリス、その
﹁そっか⋮⋮でも、一つの手がかりにはなったね。レプリカがあるっ
プリカを分霊箱にするとは考えられないわ﹂
ルデモートが髪飾りを分霊箱にするとしても、それは本物の場合。レ
﹁言っておくけど、それは分霊箱じゃないわ。調べてみたし、もしヴォ
ハリー達は目を見開くが、何か言いだす前に考えを否定する。
いる程度の知識にすぎない。
これにしたって、レイブンクロー寮に属するものなら誰でも知って
飾りのレプリカが飾ってあるということぐらいよ﹂
クローの談話室にロウェナ・レイブンクローが持っていたっていう髪
?
何か気になることでも
﹂
何か文句を言っているロンとは別に、ハリーは一人黙り込んで何やら
考え事をしていた。
﹁どうしたのかしら
?
がするんだよ﹂
﹁ロウェナ・レイブンクローの髪飾りを
﹂
違うだろうし、かといって外でそういったものを見る機会はないか
う。レイブンクローの談話室に入ったことはないからレプリカとは
﹁それと同一のものかはわからないけど、似たようなものは見たと思
これまた、意外なところから新情報が出てきたものだ。
?
686
?
﹁あぁ、うん。この髪飾り⋮⋮似たようなのをどこかで見たような気
?
ら、あるとしたらホグワーツだと思うんだよな﹂
ハリーの言う髪飾りが本物かは不明だが、もし本物であればヴォル
デモートが分霊箱としている可能性は非常に高い。
﹁でも、レイブンクローの髪飾りって大昔に紛失して行方不明よ。本
当にあるのかしら﹂
﹁さぁね。でも、見逃すには大きすぎる情報だから、徒労に終わるにし
ても調べる価値は十分にあるわ﹂
髪飾りが存在し、それが分霊箱であり、隠し場所が敵対組織である
ホグワーツにある。なるほど、まさに灯台下暗し。騎士団側からした
ら予想外もいいとろだろう。敵の生死に関わる代物が自分達の膝元
にあるというのだから。
尤も、騎士団で分霊箱を知っているのは私達以外にいないのだが
⋮⋮いや、スネイプなら知っているか
﹁それじゃあ、ホグワーツで髪飾りを探す必要があるけど、さっきも
言ったように僕達は学校へ戻らない。だから、アリスに捜索をお願い
したいんだ﹂
﹁わかったわ。ただ、万が一に備えて協力者がいたほうがいいかもし
﹂
れないわ﹂
﹁協力者
いに私がホグワーツに来れない事態になるかもしれないし、何らかの
事情で捜索が出来なくなる可能性もある。その時に私に変わって髪
飾りを探してくれる人がいた方がいいと思うわ﹂
﹁だけど、それは危険過ぎる。誰に頼むにしても、他の人を危険には合
わせられない﹂
﹁とはいえ、そうも言っていられないわ。私がホグワーツにいなかっ
たら捜索することができなくなるのだから、どうしても人手は必要
よ。勿論、協力者には捜索するものの危険性を十分に説明して、見つ
けたら監視のみに留めて決して触れないようにする必要はあるわ﹂
当然、分霊箱という存在についても秘密にする。ヴォルデモートの
687
?
﹁そう。私がホグワーツにいればいいけれど、もしかしたら去年みた
ハリーが疑問を露わにする。
?
力に大きく関わる闇の魔道具という説明にすれば危険性についても
十分に伝えられるだろう。あとは、誰に協力してもらうかという人選
だが。
﹁ルーナとネビル、それとジニーに協力してもらいましょう、彼女達な
﹂﹂
ら十分任せられるわ﹂
﹁﹁駄目だッ
私が言い終えるや否や、ハリーとロンが声を張り上げて反対の声を
﹂
上げた。まぁ、それを予想していなかった訳ではないので、特に驚き
もしないが。
﹁ジニーを危険な目に合わせることなんてッ、そんなの駄目だ
│それに、本人達もやりたがっていると思うわよ
﹂
もある。そういった実力含めてこれ以上の人選はないと思うわ││
んなことも言っていられないわ。彼女達は力もあるし咄嗟の判断力
に合わせたくないという気持ちは認めるけど、だからといって今はそ
﹁貴方達の気持ちもわかるわよ。恋人や妹、友達をこれ以上危険な目
ないッ﹂
﹁そうだッ。ネビルやルーナだってこれ以上危険なことには巻き込め
!
分霊箱といった肝心の単語だけ別の言葉に聞こえるようにしたが。
とはいえ、ジニーが防諜呪文を破った瞬間に別の防諜呪文を使い、
方がいいと思って放置していたけど、正解だったわね﹂
ね。すぐに気がつけたわ。話の流れ的に彼方達にも聞いてもらった
﹁ジニーは静かに解除したつもりだと思うけど、まだ粗があったから
にはバレていたみたいだけど﹂
てね。防諜呪文の一部を解除して話を聞いていたのよ。まぁ、アリス
﹁ちょうどコンパートメント前を通ったら、貴方達の話し声が聞こえ
れたのだから仕方ないだろう。
ハリーが戸惑いの声を漏らす。まぁ、秘密に話していた場に突然現
﹁ジニー、どうして⋮⋮﹂
る。
ネビル、ジニーの三人がおり、コンパートメントに入っては扉を閉め
私がそう言うと、コンパートメントの扉が開く。そこにはルーナ、
?
688
!
難航するかと思った説得も、ジニーやネビルが負けじと反論してい
るおかげでハリー達が今にも折れそうである。やはり、こういうのは
当事者に意見を言ってもらうに限る。
長くない論争の末、ハリー達が折れる形で決着した。とはいえ、ジ
ニー達が動くのは私が捜索できなくなった場合なので、去年のような
ことがない限りジニー達に捜索が回ってくることはないだろう。
内緒で動く可能性は当然あるが、そこまでいったら自己責任だろ
う。
協力の話がまとまってからは、六人で今後の詳細を決めていった。
ロンドンが近づいてきたところで解散となり、フラーとビルの結婚式
について教えられたのを最後にホームで別れた。
689