「らせん結晶構造」磁石で多進数情報処理が可能に

平成27年12月17日
科学技術振興機構(JST)
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らせん結晶構造を持つ磁石のひねりの数を制御・検出に成功
~電子デバイスのメモリー密度の飛躍的な向上が期待~
ポイント
 現在使われている電子デバイスでは、「2進法」に基づいた情報処理を行っている。
 らせん状の結晶構造を持つ磁石でひねりの数を自在に変化させることで、1つの磁石に多
数の情報を埋め込むことに成功した。
 巨大な情報処理能力を持つ磁気メモリーや磁気センサーなどへの応用が期待される。
JST戦略的創造研究推進事業において、大阪府立大学 工学研究科の戸川 欣彦 准
教授らは、キラル(対掌性)な磁石単結晶注1)において、数十から数百もの多段階のらせ
んのひねり構造が現れ、それらを電気的に検出できることを発見しました。
従来の磁気メモリーや磁気センサーなどの磁石を用いた電子デバイス注2)では、磁石の
向きを利用して“0”と“1”の「2進法」に基づき電気的に情報処理を行っています。
本研究では、キラルな結晶構造をもつ新しい磁石で、磁場の強さを変更すると、らせん
構造のひねりの数を段階的に1つずつ変えることができ、一つの磁石に多数の磁気情報
を埋め込むことに成功しました。さらに、らせん構造がほぐれる様子を、電気信号の変
化として検出することに成功し、これまでにない多進数情報を制御できる磁石を実現し
ました。このような「多進法」による情報処理が可能となれば、磁気メモリーや磁気セ
ンサーなどの電子デバイスの情報処理量やメモリー密度が大幅に向上する可能性があり
ます。
本研究成果は、2015年12月17日(米国東部時間)にアメリカ物理学会誌「P
hysical Review B(Rapid Communication)」のオ
ンライン速報版で公開されます。
本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)
研 究 領 域:「 素 材 ・デ バ イ ス・ シス テ ム 融合 に よる 革 新 的ナ ノ エ レク ト ロニ ク ス の創 成 」
研 究 総 括:桜井 貴康 東京大学生産研究所 教授
研究課題名:カイラル磁気秩序を用いたスピン位相エレクトロニクスの創成
研 究 者:戸川 欣彦(大阪府立大学 准教授)
研究実施場所:大阪府立大学
研 究 期 間:平成25年10月~平成29年3月
JSTはこの領域で、材料・電子デバイス・システム最適化の研究を連携・融合することにより、情報
処理エネルギー効率の劇的な向上や新機能の実現を可能にする研究開発を進め、真に実用化しイノベー
ションにつなげる道筋を示していくことを目指しています。上記研究課題では、カイラル磁性体におい
て固有に現れる“巨視的スピン位相秩序”を用い、スピン位相エレクトロニクスの創成に取り組んでお
ります。
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<研究の背景と経緯>
現在の情報処理に使われている電子デバイスでは、磁気メモリーや磁気センサーなどの
磁石が使われています。磁石を用いた電子デバイスはデバイス内にある2つの磁石の向き
(平行配置と反平行配置)を“0”と“1”の2値化(2進数)された電気信号として情
報処理を行います(図1)。今後ますます膨張すると予想されるビッグデータ注3)社会に対
応するには、従来の「2値動作注4)」とは異なる革新的な電子デバイスの動作原理の開発が
望まれています。
本研究グループは、物質の“キラリティ(対掌性)”を鍵として、キラルな結晶構造を持
つ磁石単結晶に注目して研究を進めています。“キラリティ”とは、「左手-右手」や「左
ねじ-右ねじ」のように、鏡の中では互いに映り合うが実際には重ね合わせることができ
ない関係のことを言います。研究グループは2012年に片巻きらせん状に配列した磁気
構造で、その周期が磁場に応じて変わり試料全体に渡って一様に現れる状態(キラル磁気
ソリトン格子注5))を世界で初めて見出しました(図2)。
“キラル磁気ソリトン格子”は巨
視的に位相のそろった磁気秩序とみなすことができ、さまざまな量子機能を持つと期待さ
れています。アメリカ物理学会の解説雑誌Physicsにおいて“A New Sta
te of Matter(物質の新しい状態)”として紹介されるなど、国内外で“キラ
ル磁気ソリトン格子”に関する研究開発に注目が集まっています。
<研究の内容>
研究グループは、
“キラル磁気ソリトン格子”が示す“らせん構造のひねりの数”に着目
し、キラル磁石の中には多数の磁気情報があるとみなすことができると考えました(図3)。
この仮説を検証するために、キラルな磁石であるCrNb3S6単結晶を用いた微小な(マ
イクロメーター(マイクロは100万分の1))磁気電子デバイスを作製し、電気抵抗を計
測し、その様子を電気的に検出しました(図4)。さらに、透過型電子顕微鏡注6)を用いた
高空間分解能観察を行い“ひねりの数”が変化する様子を直接数え上げました(図5)。
その結果、微小な磁気電子デバイスには数十から数百もの磁気状態が形成されており、
その磁気状態は磁場を用いて1つずつ多段階に変えることができることを発見しました。
さらに、それらの多段階の磁気状態を多値的かつ離散的な電気信号の変化として検出でき
ることを明らかにしました。具体的な研究内容は次の通りです。
 【結晶合成】
:化学気相輸送法を用いて、高品質で数mm径のキラル磁石単結晶CrN
b3S6を育成しました。
 【デバイス作製】
:微細加工技術を用いて、数十マイクロメートルサイズの微小単結晶
デバイスを作製しました。
 【電気計測】:精密電気計測を行い多値的で離散的な磁気抵抗の検出に成功しました。
 【透過型電子顕微鏡法を用いた直接観察】
:共同研究を行っている英国グラスゴー大学
で稼働する透過型電子顕微鏡(日本電子社製ARM-200CF)を用いて、世界最
高性能を誇るローレンツ電子顕微鏡法注7)による超高空間分解能観察を行いました。微
小単結晶デバイスにおいて“キラル磁気ソリトン格子”が離散的に変化する振舞いを
直接観察し、離散信号の発現機構である「ソリトン閉じ込め効果注8)」を発見しました。
 【理論研究】:ロシアウラル連邦大学との共同研究により、「ソリトン閉じ込め効果」
の発現機構を理論的に解明しました。
物理的には、
「ソリトン閉じ込め効果」や「電気的特性の離散化(量子化)効果」は“キ
ラル磁気ソリトン格子”に特有のトポロジカルな性質(ソリトン数を数えることができる)
やスピン位相が巨視的に揃った性質(コヒーレント状態)を反映して現れる稀有な物理現
象です。このような効果が数十μm以上もの試料全体に渡って発現するのは大変興味深い
ことです。
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研究グループは、
“キラリティ”というキーワードのもとに、計測や理論を専門とする物
理学者と物質合成を専門とする化学者が国際的に連携する研究コンソーシアムを日本・英
国・ロシア間に形成して研究活動を行っています。英国はグラスゴー大学物理天文学科、
ロシアはウラル連邦大学自然科学研究所、日本は広島大学キラル物性研究拠点がこのコン
ソーシアムの拠点機関となっています。国をまたがり、それぞれの専門知識・技術を結集
させながら研究を進めることで本研究を達成することができました。このような研究活動
はこれからの国際共同研究の在り方のロールモデルの一つになると考えられます。
<今後の展開>
キラル磁石単結晶を用いた磁気電子デバイスでは多値化された電気信号を扱うことがで
き、原理的に「多値的なデバイス動作」を可能にすると考えられます。このようなデバイ
スを配列化して集積すれば、情報処理量やメモリー密度の飛躍的向上が見込まれます。例
えば、10段階の状態を取扱えるデバイスを10ケ集積すれば1010の情報量を扱うこと
ができ、情報処理量は従来の210とは桁違いに大きくなります。膨大な情報量を処理する
ビッグデータ時代に対応するには、デバイス動作原理の抜本的な発想の転換が必要である
と言われています。キラル磁石単結晶を利用した「多値的なデバイス動作原理」はまだ基
礎研究の段階にあります。動作条件やデバイス形状の最適化などその潜在能力を検証して
いくとともに、市場ニーズを踏まえその応用分野を開拓していくことは重要な研究開発課
題です。研究グループは、キラル磁石単結晶に関する基盤学術を確立するため、実験研究
と理論研究を両輪として研究開発を進めていきます。
<付記>
本研究は、広島大学の井上克也教授や高阪勇輔特任助教や秋光純特任教授、放送大学の
岸根順一郎教授らの研究グループと共同で行ったものです。また、英国グラスゴー大学の
スティーブン マクヴィティ上級講師、ロバート スタンプス教授、および、ロシアウラル
連邦大学のアレキサンダー オプティニコフ准教授らとの国際的な共同研究により得られ
た研究成果です。本研究成果の一部は、基盤研究S「化学制御Chiralityが拓く
新しい磁性」、頭脳循環を加速する若手研究者戦略的海外派遣プログラム「ナノ材料科学に
おける国際的研究コアの形成」、研究拠点形成事業 先端研究拠点型「スピンキラリティを
軸にした先端材料コンソーシアム」の支援を受けました。
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<参考図>
図1.従来の磁気電子デバイスにおける情報処理の原理
磁気電子デバイス内に配置する2つの磁石の向きの配列を“0”と“1”の2値
に対応させて「2進法」で情報処理を行っている。
図2.キラルな磁石CrNb3S6の結晶構造とキラル磁気ソリトン格子
キラルな磁石であるCrNb3S6単結晶では周期的ならせん磁気構造である“キ
ラル磁気ソリトン格子”が結晶のc 軸方向に沿って現れる。その周期Lは、磁場
を加えると、磁場を加えないゼロ磁場状態より徐々に大きくなる。
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図3.キラル磁気ソリトン格子の磁場依存性の模式図
キラル磁気ソリトン格子の周期は磁場を加えると徐々に長くなるが、それにとも
なって“らせん構造のひねりの数”が変わる。例えば、黄色で塗った領域では最大
で5ケのひねり(赤矢印)が数えられる。この場合、ひねりの数に応じて6値まで
の多値的状態を対応づけることができる。
図4.(左)微小CrNb3S6単結晶デバイス(右)電気信号(磁気抵抗)データ
数mmサイズのキラル磁石単結晶CrNb3S6から数十μmサイズの微細な試
料を切り出し、電気特性計測用の微小単結晶デバイスを作製した。電子信号(磁気
抵抗:抵抗の磁場依存性)がステップ状かつ多段階に変化していることがわかる。
磁気抵抗の変化量は最小ステップ(~26±7μΩ)の整数倍に離散化している。
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図5.透過型電子顕微鏡像法を用いたキラル磁気ソリトン格子の直接観察
(左)キラル磁気ソリトン格子のねじれの数(白線で図示)がある磁場で16ケ
から15ケに変化する様子が観察されている。試料は微小CrNb3S6単結晶デバ
イス。ゼロ磁場では20ケのねじれをもつ。(右)ねじれの数(正確には、ねじれ
の密度)の磁場依存性。20ケから0ケまで1つずつ多段階で離散的に変化してい
ることがわかる。
<用語解説>
注1)キラルな磁石単結晶
“キラリティ(対掌性)”を持つ磁性単結晶のこと。キラル結晶軸が単数の六方晶Cr
Nb3S6やCsCuCl3、三方晶YbNi3Al9、また、複数本のキラル結晶軸をも
つ立方晶MiSiやFe1-xCoxSiなどが知られている。
注2)磁石を用いた電子デバイス
磁気テープやハードディスクドライブ(HDD)などの磁気メモリー、磁気ヘッドな
どの磁気センサー、フィルターなどの磁気電子デバイスなどが知られている。最近では、
電子が有する2つの特性(電荷とスピン)の両方を活用するスピンエレクトロニクス研
究が注目を集めている。不揮発性などの優れた特性を持つ磁気電子デバイスへの期待は
大きく、論理回路用の高速大容量メモリーや論理回路の研究開発が進められている。
注3)ビッグデータ
情報のデジタル化が進み情報処理技術が向上しているが、その反面、社会情勢や自然
現象を解析するためにより膨大な情報量を扱う重要性が認識されるようになっている。
将来的には、従来技術では扱えきれない、極めて膨大な情報量が解析対象になると考え
られる。ハードウェア・ソフトウェアの広範囲にわたるさまざまな技術革新が必要であ
ると言われている。
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注4)「2値動作」と「多値動作」
従来の電子デバイスでは、デバイス内に発生する電圧の大きさを“0”と“1”の2
値化した状態とみなして、
「2進法」にもとづき、電気的に情報処理を行っている。磁気
電気デバイスでは、図1に示すように、2つの磁石の向きの配列を利用することが多い。
一方、
「多値動作」では多段階の信号を利用して、
「多進法」にもとづき情報処理を行う。
注5)キラル磁気ソリトン格子
キラル結晶軸が単数の(単軸性の)キラルな磁石では、磁石が片巻きのらせん状に配
列したキラルならせん磁気秩序が現れる。特に、キラル結晶軸に垂直な方向へ加えた磁
場中では、キラルらせん磁気秩序のねじれが周期的にほぐれ、
“キラル磁気ソリトン格子”
と呼ばれる非線形で周期的な磁気秩序が現れる。
注6)透過型電子顕微鏡
電子線を用いた顕微鏡のひとつ。高速に加速した電子線を薄片化した試料に照射し、
試料を透過してくる電子線を用いて観察する。電子の波長は光の波長より十万倍短いた
め、電子顕微鏡の空間分解能は光学顕微鏡より格段に高い。原子構造や磁場分布、電場
分布を観察することができる。
注7)ローレンツ電子顕微鏡法
電子線を用いた観察方法のひとつ。電子が磁場中でローレンツ力を受けてその進行方
向をわずかに変えることを利用して磁気構造を観察する。英国グラスゴー大学では1
nmの極めて高い空間分解能でローレンツ電子顕微鏡法観察を行うことができる。
注8)ソリトン閉じ込め効果
キラル磁石のサイズを小さく制限する、キラル磁気ソリトン格子の両端を固定するな
どの効果を導入すると、その範囲にふくまれるらせん構造のねじれ(ソリトン)の総数
が制限され、その変化が離散的になる。そのため、キラル磁気ソリトン格子に関連して
発現する物理現象の離散化(量子化)が起きる。
<論文タイトル>
“Magnetic Soliton Confinement and Discretization Effects Arising from Macroscopic
Coherence in a Chiral Spin Soliton Lattice”
(キラルスピン磁気ソリトン格子の巨視的コヒーレンスにより発現する磁気ソリトン閉じ
込めおよび離散化効果)
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
戸川 欣彦(とがわ よしひこ)
大阪府立大学 大学院工学研究科 電子物理工学分野
〒599-8570 大阪府堺市中区学園町1-2
Tel:072-254-8216 Fax:072-254-8216
E-mail: [email protected]
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准教授
井上 克也(いのうえ かつや)
広島大学 大学院理学研究科 化学専攻 教授
広島大学 キラル物性研究拠点 拠点リーダー
〒739-8526 広島県東広島市鏡山1-3-1
Tel:0824-24-7416 Fax:0824-24-7416
E-mail: [email protected]
岸根 順一朗(きしね じゅんいちろう)
放送大学 自然と環境コース 物質・エネルギー領域
〒261-8586 千葉県千葉市美浜区若葉2-11
Tel:043-298-4186 Fax:043-298-4186
E-mail: [email protected]
教授
<JSTの事業に関すること>
鈴木 ソフィア沙織 (スズキ ソフィア サオリ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーション・グループ
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s 五番町
Tel:03-3512-3525 Fax:03-3222-2063
E-mail:[email protected]
<報道担当>
科学技術振興機構 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
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公立大学法人 大阪府立大学
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玉城 舞
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広島大学
学術・社会産学連携室広報グループ
三戸 里美 主査
E-mail:[email protected]
TEL:082-424-3701、FAX:082-424-6040
放送大学
総務部広報課
座間 直樹
E-mail:[email protected]
TEL:043-298-4200、FAX:043-297-2781
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