景気循環研究所 嶋中雄二の月例景気報告 No.68 2015 年 12 月 22 日 2016 年の日本経済は、金・銀・銅のトリプル上昇局面に ●複合循環論で考える日本経済の現局面 やや停滞気味だった2015年を終え、2016年という新しい年を迎えるにあたって、景気循環論の観点か ら、改めて現在の日本経済が位置する局面について考察してみたい。 その前に、私が用いる複合循環論という分析手法について簡単に説明しよう。この手法はもともと、 「長期波動の下降(上昇)局面では、中期循環上の不況(好況)が多い」といった形で、オランダのフ ァン・ヘルデレン、デ・ヴォルフ、それにドイツのシュピートホフ、ロシアのコンドラチェフ等が唱え た考え方を、米国のシュンペーターやハンセン等の経済学者が命題として一般化したものである(表1)。 表1.複合循環論の系譜 (注)下線は嶋中。 巻末に重要なお知らせを記載、ご参照ください。 1 複合循環論の世界では、3つないし4つの異なる種類と周期の景気循環が同時に進行しており、より長 期の循環は、より短期の循環の不況(好況)の長さや深さに影響を及ぼしやすいと考える。例えば、長 期波動の下降(上昇)局面では、前述のように、中期循環の不況(好況)は長く、強度も大きくなる傾 向が認められるとするのである。 そこで、まず日本の景気循環にはどのような種類の循環があるのか。波長の長い順に、①コンドラチ ェフ・サイクル(超長期循環または長期波動:周期56.5年の社会的インフラ投資循環)、②クズネッツ・ サイクル(長期循環:周期21.8年の建設投資循環)、③ジュグラー・サイクル(中期循環:周期9.6年 の設備投資循環)、④キッチン・サイクル(短期循環:周期4.6年の在庫投資循環)、と4つの循環の存 在が指摘されており、これらは、資本ストックのトライアングルという藤野正三郎・一橋大学名誉教授 のアイディアをもとにすれば、より長いサイクルを下に、より短いサイクルを上にして、ピラミッド状 に連なっているとみることもできる(図1)。 図1.複合循環のピラミッド (藤野説:「ストックのトライアングル」) (注)藤野正三郎・一橋大学名誉教授のアイディアをヒントに描いたもの。藤野正三郎「体制不況」 景気循環学会第 9 回大会記念講演『景気とサイクル』景気循環学会、1993 年 12 月、5~6 ページ。 (資料)嶋中雄二他『実践・景気予測入門』、東洋経済新報社、2003 年、34 ページをもとに三菱 UFJ モルガン・スタンレー証券景気循環研究所作成。 次に、これら4つの循環はどのように抽出されるのか。2006年頃までは、私自身も、4つの循環をそれ ぞれ、①コンドラチェフ・サイクル(公定歩合ないし国内企業物価指数のトレンドラインからの乖離幅)、 ②クズネッツ・サイクル(建築着工床面積の水準ないし6大都市市街地価格指数の前年比)、③ジュグ ラー・サイクル(名目設備投資の対GDP比率)、④キッチン・サイクル(前年比ベースの出荷・在庫バ ランス)、といった形で、バラバラな指標を用いて表示しようとしてきた(図2)。複数の種類の循環 について、可能な限り各々の個性を目立たせようとしたものだった。だが、逆に循環相互の関係が不明 瞭になったりして、うまく行かなかった。それに、個々の景気指標1つ1つに、短・中・長・超長期のサ イクルが存在しているとみられるために、例えばキッチン・サイクルが、特に在庫投資比率や出荷・在 庫バランスによって表され、またジュグラー・サイクルが設備投資比率によって、という具合に別々の 指標によって表示されなければならないという必然的な理由は、もともとないのである。 巻末に重要なお知らせを記載、ご参照ください。 2 図2.「黄金循環」へ向かう4つのサイクル (出所)嶋中雄二『ゴールデン・サイクル』東洋経済新報社、2006 年、40 ページ。 但し、これに至る問題意識は、嶋中雄二『複合循環』東洋経済新報社、1995 年の中に既にあった。 2012年、村田治教授(現在、関西学院大学学長)は、私のような複合循環的アプローチに注目しつつ、 キッチン、ジュグラー、クズネッツの3つのサイクルを、移動平均法を用いながら、おそらく世界で初 めて、同一の指標(累積一致DI、実質GDP成長率)によって導出することに成功した(図3、4)。 これを受け、私は13年、名目設備投資の対GDP比率という、通常は専らジュグラー・サイクルにのみ 使われてきた指標を、トレンドからの偏差で捉えて、コンドラチェフ、クズネッツ、キッチンといった 他の3つのサイクルにも使用し、バンドパス・フィルターという統計解析法を用いて、初めて単一指標で 4つの循環を同時に、同じ指標で描くという試みを行った(図5、6、7、8)。バンドパス・フィルターと は、時系列データを様々な周波数の変動に分解する手法であるが、これらの周波数の範囲を選択して、 それ以外の周波数の振幅をゼロとして、選択した周波数の基調部分を抽出する作業を行う(表2)。 巻末に重要なお知らせを記載、ご参照ください。 3 図3.累積DIのサイクル分解 (筆者注)村田氏は、月次の累積一致 DI の全変動=不規則変動+キチンサイクル+ジュグラーサイクル+クズネッツサイクル +トレンドと定義し、①不規則変動=残差変動-残差変動の 15 カ月移動平均、②キチンサイクル=残差変動の 15 カ月移動平均-同 49 カ月移動平均、③ジュグラーサイクル=残差変動の 49 カ月移動平均-同 85 カ月移動平均、 ④クズネッツサイクル=残差変動の 85 カ月移動平均、として計算している。 (出所)村田治『現代日本の景気循環』日本評論社、2012 年、24 ページ。 図4.GDP成長率のサイクル分解 (筆者注)村田氏は、四半期ベースの GDP 対数値を GDP 成長率の全変動=不規則変動+キチンサイクル+ ジュグラーサイクル+クズネッツサイクル+トレンドと定義した上で、①不規則変動=残差変動同 5 期移動平均、②キチンサイクルは、残差変動の 5 期移動平均-同 6 期移動平均、 ③ジュグラーサイクル=残差変動の 16 期移動平均-同 28 期移動平均、④クズネッツサイクル= 残差変動の 28 期移動平均、として計算している。 (出所)村田治『現代日本の景気循環』日本評論社、2012 年、35 ページ。 4 図5.日本の短期循環(在庫投資循環) (%) 1944 3 1911 1939 1918 2 1934 1924 1 2017? 1974 1905 1897 周期3~8年の波 (キッチン・サイクル:4.6年) 1957 1961 1930 1889 1950 1953 1948 1901 1969 1985 1991 1980 1964 2007 1997 2001 2004 2012 1927 0 1926 1894 -1 1886 1899 1903 1922 -2 1909 1900 1983 1965 1955 1915 1941 1915 1962 1978 1987 1999 2002 1994 2009 2015 1936 -3 1885 2005 1952 1949 1928 1932 1930 1946 1945 1959 1960 1972 1975 1990 2005 2020 (年) (注)暦年、直近は 2015 年 1-3 月期~7-9 月期平均値。3-8 年の波はバンドパス・フィルターにより抽出。 (資料)嶋中雄二『これから日本は 4 つの景気循環がすべて重なる。ゴールデン・サイクルⅡ』東洋経済新報社、2013 年、 大川一司他『国民所得』(長期経済統計1)東洋経済新報社、1974 年、内閣府『国民経済計算』をもとに三菱 UFJ モルガン・スタンレー証券 景気循環研究所作成。 巻末に重要なお知らせを記載、ご参照ください。 4 図6.日本の中期循環(設備投資循環) (%) (%) 30 4 3 1918 周期8~12年の波(左目盛) (ジュグラー・サイクル:9.6年) 1951 1928 1908 2 25 1971 1897 1 名目設備投資/GDP比率(右目盛) 1961 1941 20 1981 1999 1990 2008 1887 2017? 15 0 10 -1 1985 1892 1934 1902 -2 1913 1923 1956 -3 1885 1900 1915 1930 2004 5 1966 1960 1975 1990 0 2020 (年) 2005 図7.日本の長期循環(建設投資循環) (%) 7 6 5 4 3 2 1 0 -1 -2 -3 -4 -5 -6 1945 1994 1976 1946 2013 1940 周期12~40年の波 (クズネッツ・サイクル:21.8年) 1894 2026? 1990 1918 1968 2004 1999 1903 2011 1980 1930 1885 3 1900 1915 1930 1950 1945 1960 1975 1990 2005 2020 (年) 図8.日本の超長期循環(インフラ投資循環) (%) 周期40~70年の波 (コンドラチェフ・サイクル:56.5年) 2 2031? 1974 1917 1 0 -1 1946 2002 -2 -3 1885 1900 1915 1930 1945 1960 1975 1990 2005 2020 (年) (注)図 6-8:暦年、直近は 2015 年 1-3 月期~7-9 月期平均値。8-12 年、12-40 年、40-70 年の波はバンドパス・フィルターにより抽出。 (資料)図 6-8:嶋中雄二『これから日本は 4 つの景気循環がすべて重なる。ゴールデン・サイクルⅡ』東洋経済新報社、2013 年、 大川一司他『国民所得』(長期経済統計1)東洋経済新報社、1974 年、内閣府『国民経済計算』をもとに三菱 UFJ モルガン・スタンレー証券 景気循環研究所作成。 表2.『バンドパス・フィルター』とは (資料)Baxter and King(1995)などをもとに三菱 UFJ モルガン・スタンレー証券景気循環研究所作成。 巻末に重要なお知らせを記載、ご参照ください。 5 こうして導き出された循環は、超長期の40~70年の周波数のコンドラチェフ・サイクルが56.5年、長 期の12~40年の周波数のクズネッツ・サイクルが21.8年、中期の8~12年の周波数のジュグラー・サイ クルが9.6年、そして短期の3~8年の周波数のキッチン・サイクルが4.6年の周期を、各々持っているこ とがわかるのである。 次に、それぞれの景気循環の現在の位相を推定してみよう。まず超長期のコンドラチェフは2002年を 谷にして現在上昇局面にあり、平均周期から見て2031年近辺まで上昇して行くとみられる。長期のクズ ネッツは2011年を谷にして次の山の2026年まで上昇して行く。したがって、超長期と長期の双方が上昇 しているのは2012~26年である。この2つの曲線が共に上昇する状況を、私は「ブロンズ・サイクル」と 呼んでいる。金・銀・銅の「銅」であるが、この銅は、根底から他のサイクルを支える、非常に有力なも のである。 1885年以降の日本経済で、このブロンズ・サイクルが記録されているのは、日露戦争時の1905年から 第1次世界大戦中の1917年までの「坂の上の雲」の時代と、第2次大戦後のサンフランシスコ講和条約締結 後の1951年からいざなぎ景気時の1968年までの「ALWAYS三丁目の夕日」の時代、そして今回の東日本大震 災後の2012年から2026年までの「第3の歴史的勃興期」の僅か3回しかない(図9)。 図9.日本の名目設備投資/GDP比率から見た長期循環と超長期循環 (%) 6 1940 5 周期40~70年の波 (超長期循環=コンドラチェフ・サイ クル:56.5年) 周期12~40年の波 (長期循環=クズネッツ・サイクル:21.8年) 4 2013年 伊勢神宮:式年遷宮 出雲大社:平成の大遷宮 1990 3 「ALWAYS 三丁目 の夕日」の時代 1918 2 1968 1894 1917 1 2026? 1974 0 第3の 歴史的勃興期? -1 1946 1903 -2 -3 2002 「坂の上の雲」 の時代 「復興から 高度成長」の時代 1904-1917年 -4 1904年日露戦争 1951-1968年 1950 -5 1885 1900 1915 1930 2011年東日本大震災 12年アベノミクス 14年消費税率8% 16年伊勢志摩サミット・参院選 17年消費税率10% 19年ラグビーW杯 20年東京五輪 1980 1951年サンフランシスコ講和条約 1930 1945 1964年東京五輪 1960 1975 2011 1990 2005 (年) (注)暦年、直近は 2015 年 1-3 月期~7-9 月期平均値。12-40 年、40-70 年の波はバンドパス・フィルターにより抽出。 (資料)嶋中雄二『これから日本は 4 つの景気循環がすべて重なる。ゴールデン・サイクルⅡ』東洋経済新報社、2013 年、 大川一司他『国民所得』(長期経済統計1)東洋経済新報社、1974 年、内閣府『国民経済計算』をもとに三菱 UFJ モルガン・スタンレー証券景気循環研究所作成。 橋本脩一『企業者精神と長期景気循環-「平成の坂の上の雲」は始まっている-』日本経済新聞出版社/日経事業出版センター、2014 年。 一方、このブロンズ・サイクルに中期循環の上昇局面を加えた「シルバー・サイクル」は、アベノミク ス第1ステージの旧・第1の矢(異次元金融緩和)が始まった2013年を底に、2017年までの局面となる。 しかし、2015年まではキッチン・サイクルが下降局面にあったため、短期・中期・長期・超長期の4 つのサイクルがすべて上向くというゴールデン・サイクルではなかった。実は、2014年3月時点で利用 可能であった名目設備投資の対GDP比率のトレンドラインからの偏差の統計データは、短期循環のキッ チン・サイクルが13年から上昇していることを示していたのだったが、その後のGDP統計の改定により、 巻末に重要なお知らせを記載、ご参照ください。 6 キッチン・サイクルは15年まで下降していることになってしまったのである。しかし、短期循環の4.6 年周期(個々には6~7年もある)から言って、15年までの下降は、逆に16、17年での上昇を意味する(図 10)。結論としては、2016年の日本経済は、ブロンズ・シルバーのサイクルに、キッチン・サイクルの 上昇が加わって、金・銀・銅のトリプル上昇局面であるゴールデン・サイクルとなることが期待できる。 図10.日本の名目設備投資/GDP比率の複合循環~2016~17 年にゴールデン・サイクル?~ 6 (%) 1940 5 周期3~8年の波 (短期循環=キッチン・サイクル:4.6年) 周期12~40年の波 (長期循環=クズネッツ・サイクル:21.8年) 4 1990 3 1918 2 2016~17? 1968 1894 1974 1 1917 0 1916~17 2026? 2017? 2031? 1960~61 1967~68 1957 -1 1946 1904~05 2002 1903 -2 -3 周期8~12年の波 (中期循環=ジュグラー・サイクル:9.6年) -4 2011 1980 周期40~70年の波 (超長期循環=コンドラチェフ・サイ クル:56.5年) 1930 1950 -5 1885 1900 1915 1930 1945 1960 1975 1990 2005 (年) (注)暦年、直近は 2015 年 1-3 月期~7-9 月期平均値。3-8 年、8-12 年、12-40 年、40-70 年の波はバンドパス・フィルターにより抽出。 (資料)嶋中雄二『これから日本は 4 つの景気循環がすべて重なる。ゴールデン・サイクルⅡ』東洋経済新報社、2013 年、 大川一司他『国民所得』(長期経済統計1)東洋経済新報社、1974 年、内閣府『国民経済計算』をもとに三菱 UFJ モルガン・スタンレー証券 景気循環研究所作成。 (以上) 三菱UFJモルガン・スタンレー証券 景気循環研究所 東京都千代田区丸の内 2-5-2 三菱ビルヂング 景気循環研究所長 嶋中 雄二 03-6213-6571 [email protected] 巻末に重要なお知らせを記載、ご参照ください。 7 本資料は信頼できると思われる各種データに基づいて作成されていますが、当社はその正確性、完全性を保証するものではありません。本 資料で直接あるいは間接に採り上げられている有価証券は、価格の変動や、発行者の経営・財務状況の変化およびそれらに関する外部評価 の変化、金利・為替の変動などにより投資元本を割り込むリスクがあります。ここに示したすべての内容は、当社の現時点での判断を示している に過ぎません。本資料は、お客様への情報提供のみを目的としたものであり、特定の有価証券の売買あるいは特定の証券取引の勧誘を目的と したものではありません。本資料にて言及されている投資やサービスはお客様に適切なものであるとは限りません。また、投資等に関するアドバ イスを含んでおりません。当社は、本資料の論旨と一致しない他のレポートを発行している、或いは今後発行する場合があります。本資料でイン ターネットのアドレス等を記載している場合がありますが、当社自身のアドレスが記載されている場合を除き、ウェッブサイト等の内容について当 社は一切責任を負いません。本資料の利用に際してはお客様ご自身でご判断くださいますようお願い申し上げます。 当社および関係会社の役職員は、本資料に記載された証券について、ポジションを保有している場合があります。当社および関係会社は、 本資料に記載された証券、同証券に基づくオプション、先物その他の金融派生商品について、買いまたは売りのポジションを有している場合が ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― あり、今後自己勘定で売買を行うことがあります。また、当社および関係会社は、本資料に記載された会社に対して、引受等の投資銀行業務、 その他サービスを提供し、かつ同サービスの勧誘を行う場合があります。 三菱UFJモルガン・スタンレー証券の役員(会社法に規定する取締役、執行役、監査役又はこれらに準ずる者をいう)が、以下の会社の役員 を兼任しております:三菱UFJフィナンシャル・グループ、三菱倉庫。 債券取引には別途手数料はかかりません。手数料相当額はお客様にご提示申し上げる価格に含まれております。 本資料は当社の著作物であり、著作権法により保護されております。当社の事前の承諾なく、本資料の全部もしくは一部を引用または複製、 転送等により使用することを禁じます。 c 2015 Mitsubishi UFJ Morgan Stanley Securities Co., Ltd. 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