2 綜 説 統合失調症の分子病態解明を目指して 新潟大学医学部医学科 総合医学教育センター 医学教育推進部門 渡 部 雄 一 郎 1.統合失調症とは 新潟大学脳研究所分子神経生物学分野の那波ら 統合失調症とは、主に思春期から成人前期に陽 のグループは、後述する種々の研究成果に基づい 性症状や陰性症状と呼ばれる特徴的な精神症状を て、サイトカインのシグナル伝達異常が統合失調 呈して発病する疾患で、 人口の約1%が罹患する。 症の病態に関与しているとする「統合失調症のサ 慢性の経過をたどることが多く、患者や家族の精 イトカイン仮説」を提唱した(図1)1)。つまり、 神的・経済的負担に加え、社会的な損失も大きい。 何らかの遺伝要因が神経発達における脆弱性を形 統合失調症には多くの偏見や否定的なイメージが 成し、さらに脳損傷、感染、心理的ストレス因子 つきまとっており、そのことも患者や家族を苦し といった環境要因が加わることにより、正常な神 めている。現在では新たな治療法の開発により回 経発達が阻害され、青年期以降に統合失調症の発 復可能な疾患となってきているが、十分な効果が 症に至ると考えられる。 得られない一群の患者が存在することも事実である。 統合失調症は複数の遺伝要因と環境要因が相互 に影響し合って発症する複雑な脳疾患であると考 2-1.死後脳・末梢血におけるサイトカイン発 現異常 えられているが、その分子病態はいまだ明らかで 那波らのグループは、統合失調症患者の死後脳 はない。根治的な治療法を開発するためにも統合 や末梢血におけるサイトカイン発現異常を明らか 失調症の分子病態を解明する必要がある。本稿で にしてきた。例えば、代表的な炎症性サイトカイ は、その一端が明らかになりつつある統合失調症 ンである interleukin-1β(IL-1β)とその受容体 の分子病態について筆者らの研究成果を中心に概 の 内 在 性 ア ン タ ゴ ニ ス ト で あ る IL-1 receptor 説する。 antagonist(IL-1RA)のタンパク量を前頭前皮質、 海馬、頭頂皮質、被殻で測定し、IL-1βは対照群 2.統合失調症のサイトカイン仮説 と差がなかったものの IL-1RA は前頭前皮質での サイトカインとは細胞間の情報を伝達するタン み減少し、その mRNA レベルも同部位で低下し パク質の総称であり、細胞の増殖や分化、細胞死 ていることを示した2)。一方、血清の IL-1RA タ などに関与する。サイトカインの機能は、単一の ンパク量は、抗精神病薬を服用していない患者群 サイトカインが様々な生理活性をもつ多様性およ で増加していたが、慢性期の患者群では変化が認 び複数のサイトカインが同一の作用をもつ重複性 め ら れ な か っ た。 同 グ ル ー プ か ら は、 他 に も によって特徴づけられる。免疫系や血液系でよく brain-derived neurotrophic factor(BDNF)、 知られているように多種多様なサイトカインは相 epidermal growth factor(EGF)、neuregulin-1 互に作用し、複雑なネットワークを形成している。 (NRG1)の発現異常が報告されている3)、4)。 中枢神経系においてもサイトカインの生理機能に 関する研究が進められ、神経細胞の発生・分化・ 生存維持、シナプス可塑性など神経発達に重要な 役割を果たしていることが明らかにされている。 新潟県医師会報 H26.11 № 776 2-2.新生仔期サイトカイン投与動物モデルの 開発 さらに那波らのグループは、新生仔期サイトカ 3 図1 統合失調症のサイトカイン仮説 イン投与動物モデルを作製し、その妥当性を検証 clozapine の慢性投与により改善された。8週齢 した。具体的には、生後2~ 10日まで過剰量の における新奇個体に対する社会行動は増加してい サイトカインを実験動物に皮下投与し認知行動発 たが、恐怖条件付け学習などの記憶学習課題では 達を観察したところ、新生仔期にサイトカインを 異常は認められなかった。 投与された動物は性成熟後に統合失調症様の行動 他のサイトカインについても同様の解析がなさ 学的特徴を呈することが明らかとなった れており、その種類によって惹起される認知行動 。 5)、6) ここでは例として、IL-1α投与動物について述 発達の障害はそれぞれ異なることが明らかとなっ べる。120dB の音に対する驚愕反応については、 た(表1) 。統合失調症の動物モデルという観点 3週齢では異常はみられなかったが、8週齢では からみると、EGF や NRG1投与動物は PPI 以外 反応の増大が認められた。音などの強い感覚刺激 にも社会行動の低下やメタンフェタミンへの過感 (例:120dB)の直前(例:0.1秒前)にそれ自身 受性を示すなど表面妥当性が最も高く、IL-1α 投 では驚愕反応を引き起こさない程度の弱いプレパ 与動物がそれに続くと考えられた。また EGF、 ルス(例:75dB)を予め負荷することで主驚愕 NRG1、IL-1α投与動物では、PPI 低下が抗精神 反 応 が 減 弱 す る プ レ パ ル ス 抑 制(prepulse 病薬投与により改善されたことから一定の予測妥 inhibition, PPI)という現象が知られている。PPI 当性を有しているとみなせる。さらに EGF の発 低下は統合失調症やハンチントン舞踏病などの精 現異常が統合失調症患者の死後脳において認めら 神・神経疾患をもつ患者で報告されており、脳内 れていることから、新生仔期 EGF 投与動物は構 の感覚運動ゲート機構(sensorimotor gating)の 成妥当性の高い理想的な動物モデルといえる。 障害を反映していると考えられている。PPI はヒ トと動物でほぼ同じ試験デザインが適応できると 3.統合失調症のゲノム解析 いう利点があり、統合失調症動物モデルの評価法 統合失調症の遺伝率は、双生児研究のメタ解析 として汎用されている。IL-1αを投与された動物 では81%、スウェーデンの国民記録簿に基づいた では、8週齢で PPI 低下が認められ、さらに週 研究では64%と推定されており、遺伝要因の関与 齢が経過しても PPI の低下が持続し永続的な変 が大きい。このためゲノム解析は統合失調症の分 化 で あ っ た。PPI 低 下 は 抗 精 神 病 薬 で あ る 子病態解明における最も有力なアプローチとして 新潟県医師会報 H26.11 № 776 4 表1 新生仔期サイトカイン投与動物の認知行動発達 期待されている。統合失調症の発症には、頻度は が9)-11)、確定的なリスク多型を同定することはで 高いが相対危険度は低いリスク多型と頻度は稀だ きず、その主な理由はサンプル数とマーカー数の が相対危険度の高いリスク変異の両方が関与して 不足であった。 いるものと考えられている(図2) 。 最近では、ゲノム上に存在する多型を(半)網 羅的に解析するゲノムワイド関連解析が大規模サ 3-1.リスク多型 ンプルで行われるようになり、最新のメタ解析で 頻度は高いが相対危険度は低いリスク多型の同 は108のリスク座位が同定されている。日本人に 定を目指して、従来は、統合失調症の病態仮説に おけるゲノムワイド関連解析により見出された候 基づいた候補遺伝子解析が行われ、筆者らもサイ 補リスク多型の追試では、大規模サンプル(症例 トカイン関連遺伝子を中心に解析してきた 。 6,668・対照12,791)のメタ解析により、ゲノムワ しかし、関連を示す報告がなされると、追試によ イドに有意な関連が示され、これに筆者も貢献し り関連が否定されるということが繰り返されてき た12)。しかし、個々のリスク多型が統合失調症の た。そこで、メタ解析が行われるようになり、筆 発症に与える影響は小さいことから、ゲノムワイ 者らもいくつかの多型のメタ解析に取り組んだ ド関連解析の成果を分子病態の解明へとつなげる 7) 、8) ことには大きな困難が伴っている。 3-2.リスク変異 統合失調症の分子病態を解明するためには、頻 度は稀だが相対危険度の高いリスク変異を同定 し、患者由来の人工多能性幹細胞や変異ノックイ ンマウスを用いた研究へと展開することが重要で ある。 新潟大学大学院医歯学総合研究科精神医学分野 図2 統合失調症のリスク多型とリスク変異 新潟県医師会報 H26.11 № 776 の染矢らのグループは、統合失調症の発症に大き な効果をもつ遺伝子が存在すると考えられる多発 5 図3 統合失調症多発罹患家系の連鎖解析(A)とエクソーム解析(B) 罹患家系のゲノム解析を進めてきた。家系内で のグループは、統合失調症の血液検査キット開発 DNA サンプルの収集が可能であった15人★(罹 を目指して(科学技術振興機構 独創的シーズ展 • 患者◆6人、非罹患者◇8人、罹患状態不明者◇ 開事業・委託開発の開発課題「統合失調症の検査 1人)について、常染色体上の322個のマイクロ キット」 ) 、52の症例(抗精神病薬未投与あるいは サテライト・マーカーを用いた連鎖解析を行った 無投与)と49の対照サンプルについて、DNA マ ところ、候補領域として4番染色体長腕(ロッド イクロアレイ(54,847プローブ)による末梢全血 値1.69)と3番染色体長腕(ロッド値1.66)が同 の遺伝子発現解析を実施した15)。品質チェックを 定された(図3A 矢印)13)。しかし、陽性領域内 通過した19,129プローブの中で、両群間で発現の の3q13.3に存在するドパミン D3受容体遺伝子に 差があったのは729プローブであった。さらにシ ついて、多発罹患家系サンプルのエクソン・シー グナル強度や変動係数に基づいて127プローブを クエンスにより検索された変異を含め関連解析を 選択し、 学習例(症例35・対照33)についてニュー 行ったが、統合失調症との有意な関連は認められ ラルネットワーク解析を行い、14プローブを用い なかった 。このように、統合失調症のような多 た分類予測モデルを構築した。 このモデルにより、 因子疾患においては、連鎖解析から得られる広い 学習例では症例31/35(88.6%)および対照31/33 陽性領域からリスク座位を同定することに大きな (93.9%) 、試験例でも症例14/17(82.4%)およ 困難を伴っていた。 び対照15/16(93.8%)と高い感度と特異度をもっ 個々の候補遺伝子のエクソン・シークエンスで て両群を判別することができ、科学技術振興機構 は変異を網羅的に探索することができないことか はこの開発結果を成功と認定した(図4) 。これ ら、ゲノム中のすべてのエクソン(エクソーム) らの結果は大規模サンプルで追試される必要があ をシークエンスするエクソーム解析の実施が必要 るものの、統合失調症の血液検査キットが実用化 である。筆者らは、家系内の罹患者2人と非罹患 されれば早期診断の支援に役立つものと思われる。 14) 者1人についてエクソーム解析を行い、これによ り選択された候補変異の中から、 罹患者5/6人、 5.まとめ 非罹患者0/8人、罹患状態不明者0/1人がヘ 統合失調症のサイトカイン仮説に基づいて、患 テロ接合体である変異を同定した(図3B) 。 者の死後脳や末梢血におけるサイトカイン発現異 常を明らかにするとともに、新生仔期サイトカイ 4.統合失調症の末梢血遺伝子発現解析 ン投与動物が高い妥当性を有する動物モデルであ 死後脳研究は統合失調症の脳内分子病態を理解 ること示した。また、ゲノム解析では多発罹患家 するためには重要だが、実際の臨床現場で脳組織 系で疾患とよく共分離する変異を同定するなど、 を診断に利用することは現実的ではない。染矢ら ごく一部ではあるが遺伝要因を明らかにした。さ 新潟県医師会報 H26.11 № 776 6 図4 統合失調症の末梢血遺伝子発現解析 らに、統合失調症の血液検査キットの開発を目指 文献 して、末梢血遺伝子発現解析に基づく診断分類予 1)Watanabe Y, Someya T, Nawa H: Cytokine 測モデルを構築し、このモデルにより高い感度・ hypothesis of schizophrenia pathogenesis: 特異度をもって患者群と対照群を判別できること evidence from human studies and animal を示した。統合失調症の分子病態を完全に解明し、 models. Psychiatry Clin Neurosci 2010; 64: 妥当性の高い診断法や根治的な治療法の開発につ 217-230. なげるために、今後も研究を進めていくことが必 要である。 2)Toyooka K, Watanabe Y, Iritani S, et al: A decrease in interleukin-1 receptor antagonist expression in the prefrontal 謝辞 cortex of schizophrenic patients. Neurosci 筆者がこれまで取り組んできた研究課題である Res 2003; 46: 299-307. 「統合失調症の分子病態解明」に対して、平成26 3)Toyooka K, Asama K, Watanabe Y, et al: 年度新潟県医師会学術奨励賞を賜りましたことを Decreased levels of brain-derived 深謝するとともに、研究にご参加いただいた多く neurotrophic factor in serum of chronic の方々に謝意を表します。本稿で取り上げた研究 schizophrenic patients. Psychiatry Res 2002; は、科研費などによる支援を受けて、新潟大学大 110: 249-257. 学院医歯学総合研究科精神医学分野・染矢俊幸教 4)S h i b u y a M , K o m i E , W a n g R , e t a l : 授、新潟大学脳研究所分子神経生物学分野・那波 Measurement and comparison of serum 宏之教授をはじめとする多くの研究者と共同で実 neuregulin 1 immunoreactivity in control 施しました。利益相反はありません。 subjects and patients with schizophrenia: an influence of its genetic polymorphism. J 新潟県医師会報 H26.11 № 776 7 Neural Transm 2010; 117: 887-895. 5)Watanabe Y, Hashimoto S, Kakita A, et al: meta-analysis. Psychiatry Clin Neurosci 2013; 67: 123-125. Neonatal impact of leukemia inhibitory 11)Shibuya M, Watanabe Y, Nunokawa A, et factor on neurobehavioral development in al: Interleukin 1 beta gene and risk of rats. Neurosci Res 2004; 48: 345-353. schizophrenia: detailed case-control and 6)T ohmi M, Tsuda N, Watanabe Y, et al: family-based studies and an updated meta- Perinatal inflammatory cytokine challenge analysis. Hum Psychopharmacol 2014; 29: results in distinct neurobehavioral 31-37. alterations in rats: implication in psychiatric 12)I keda M, Aleksic B, Yamada K, et al: disorders of developmental origin. Neurosci Genetic evidence for association between Res 2004; 50: 67-75. NOTCH4 and schizophrenia supported by a 7)Watanabe Y, Muratake T, Kaneko N, et al: GWAS follow-up study in a Japanese No association between the brain-derived population. Mol Psychiatry 2013; 18: 636-638. neurotrophic factor gene and schizophrenia 13)Kaneko N, Muratake T, Kuwabara H, et al: in a Japanese population. Schizophr Res Autosomal linkage analysis of a Japanese 2006; 84: 29-35. single multiplex schizophrenia pedigree 8)Watanabe Y, Nunokawa A, Kaneko N, et al: reveals two candidate loci on chromosomes Lack of association between the interleukin-1 4q and 3q. Am J Med Genet B Neuropsychiatr gene complex and schizophrenia in a Genet 2007; 144B: 735-742. Japanese population. Psychiatry Clin Neurosci 2007; 61: 364-369. 14)Nunokawa A, Watanabe Y, Kaneko N, et al: The dopamine D3 receptor(DRD3)gene 9)Watanabe Y, Nunokawa A, Kaneko N, et al: and risk of schizophrenia: case-control Meta-analysis of case-control association studies and an updated meta-analysis. studies between the C270T polymorphism Schizophr Res 2010; 116: 61-67. of the brain-derived neurotrophic factor 15)Takahashi M, Hayashi H, Watanabe Y, et al: gene and schizophrenia. Schizophr Res Diagnostic classification of schizophrenia by 2007; 5: 50-52. neural network analysis of blood-based gene 10)W atanabe Y, Nunokawa A, Someya T. Association of the BDNF C270T expression signatures. Schizophr Res 119: 210-218, 2010. polymorphism ith schizophrenia: updated 新潟県医師会報 H26.11 № 776
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