A net Vol.18 No.3 2014 ABCD sonographyのすすめ ∼超音波による気道の評価:PEASプロトコール∼ 旭川医科大学麻酔・蘇生学講座 鈴木 昭広 鈴 木 昭 広 旭川医科大学麻酔・蘇生学講座 准教授 Akihiro Suzuki Clinical ultrasound team A (all round)統括責任者 プロフィール:1992年旭川医科大学卒業。麻酔・蘇生学講座入局。その後、天理よろづ相談所病院ほか市中 病院にて研鑽、米国Medical college of Wisconsinでの基礎研究、旭川医科大学病院救急救命セ ンターなどを経験。麻酔科医の魅力と可能性を追求し、麻酔、蘇生、ペイン・緩和、救急、集 中治療の楽しさを後輩に伝えるべく、関連領域全ての専門医タイトル制覇を目指す。ドクター ヘリ活動にも従事し、名刺の肩書は「空飛ぶ麻酔科医」。趣味はスライドづくり。自称“スラ イドクリエイター”。 はじめに 現在、麻酔科医にとって超音波装置は臨床における 年に第 3 回目の改訂を迎えた3)。ASA−GLの最大の特 徴は術前のリスク評価を重視し、不用意な麻酔導入に 関連する有害な転帰の防止を目的として構築されてい 最も重要なツールの一つである。各種の超音波ガイド ることである。麻酔科医は①マスクや用手的気道確保、 下の血管確保はルーチンの手技として定着した。術中 ②声門上デバイス、③気管挿管、④緊急・侵襲的気道 の経食道エコーは専門資格の設立から10年を経た。 確保の 4 つを正しく実践できるべきであるが、なによ 神経ブロックは今後、日本区域麻酔学会による認定医 り④に至らないような術前評価とプランを練ることが 制度が始まる。筆者は麻酔科医が今後、活躍の場を手 重要となる。その反面、④に関しては実際に挿管もマ 術室だけではなく周術期管理全般に拡大することを予 スク換気もできない現場に遭遇することは麻酔症例 5 想し、5 年間、救急・集中治療診療に専従する機会を 万例に 1 回程度と極めて稀であり4)、昨今のビデオ喉 得た。そこで、超音波の新たな役割として、麻酔科医 頭鏡の台頭による挿管困難事例の減少5)とも相まって が得意とする気道(airway)、呼吸(breathing)、循環 スキルを維持するどころか実践経験すらも積みようが (circulation)、中枢神経異常(dysfunction of central ないというジレンマがある。④の中で最もシンプルな nerve system)の診断・評価への応用を模索し、ABCD 手技は輪状甲状膜穿刺であるが、体表解剖に基づく触 sonographyとして確立してきた。その概要はインター 知で正しく穿刺部位を同定することは思いの外困難 ネット講義1)や書籍媒体2)でも紹介している。今回はそ で、ある調査では正しく部位を同定できたのは麻酔科 の中から、特に気道管理に特化した超音波検査による 医の 3 割に満たなかった6)。しかし、超音波を使えば気 周術期の気道評価 (perioperative evaluation of the air- 道解剖を描出、把握することは極めて容易であり、こ way via sonography : PEAS) プロトコールをとりあげる。 PEASの意義 気道の評価に超音波を用いる最大の意義は、緊急気 れが術前評価の一環として超音波による気道スクリー ニングを実施する理由である。なお、PEASプロトコー ルには残存胃内容の判断も含めている。理由は気道確 保時の誤嚥も一度発生すると時に致命的な転帰をきた 道確保への備えと利用である。アメリカ麻酔科学会に し得るもので、かつ超音波で評価が可能な重要な術前 よる困難気道ガイドライン(以下、ASA−GL)は2013 診察項目だからである。 20 臨床ワークブック ある。プローブを頭側に動かせば輪状甲状間膜と甲状 気道の描出 軟骨が、尾側に動かすと気管輪が描出される(Fig.1) 。 頚部気道の描出は高周波のリニアプローブが適する。 次に横断像を観察する(Fig.2)。プローブは頚部の皮 設定は軟骨がくっきりと見えるMuscleモードなどがよ 膚に対してではなく、その下にある気管に垂直にあて い。はじめにプローブを頚部正中に矢状断であて、目 ることを意識する。輪状軟骨は厚みのあるリング状に、 印となる輪状軟骨が低輝度の楕円形構造物として描出 気管輪は厚みがその半分以下で同じくリング状に見え されるのを確認する。正しく正中にあたっていれば、 る。軟骨がない部分 (気管輪間や輪状甲状膜) は高輝度 輪状軟骨の下縁に接する高輝度の線状陰影が画面を横 の線状陰影が際立って観察される。尾側に動かすにつ 切るように見える。これが空気との境界面となる気管 れて気管の周囲に甲状腺が取り囲むようになり、胸 内腔前面である。超音波は空気により99.9%が反射す 骨・鎖骨に接するあたりでは気管の左側で甲状腺下縁 るため、この白い線状陰影より深部にあるものは(気管 に接するように頚部食道が描出できる(Fig.3)。一方、 チューブなどが接していない限り)基本的にすべて虚像 輪状軟骨から頭側にプローブを移動していくと、輪状 (アーチファクト) となる。時に、この白い境界面をはさ 甲状膜を経て甲状軟骨が描出される。甲状軟骨は次第 んで軟骨が上下対称に見えることもあるが、深い方の に三角屋根のテント型に変化し、熟練すればその中に 軟骨は鏡面反射 (ミラーイメージ) のアーチファクトで 声帯ひだ、甲状披裂筋が観察できる(Fig.4) 。 Fig.1. 頚部気道の長軸像 プローブを頚部正中に矢状断であてた図。超音波の描出ルールに従 い、画面左が患者頭側、画面右が尾側となるように描出する。 上段は実際の超音波図。軟骨は低輝度に描出される。超音波は空 気で99.9%反射するため、空気との境界面は高輝度の線状陰影と なる。 下段は上の図を白黒反転させ軟骨の位置をわかりやすく表示したも の。甲状軟骨(Thy)と輪状軟骨(CC)の間が輪状甲状間膜で、部位同 定は非常に容易であることがわかる。1, 2, 3は気管軟骨。 Fig.3. 頚部食道の観察 プローブが鎖骨に接する位置では、多くの患者で気管の左側に頚部 食道が観察できる。このビューは挿管確認で特に重要であるほか、胃 管挿入時の観察にも利用できる。 ๓㠃 ྑ ᕥ ᚋ Fig.2. 頚部気道の短軸像 プローブを頚部正中に横断像であてた図。描出はCTと同じく、患者 を足から見上げるように画面左が患者右側、画面右が患者左側とす るのがルール。 CTM:輪状甲状間膜部。低輝度の軟骨成分はなく、空気との境界面と なる高輝度線状陰影が観察できる。 CC:輪状軟骨部。低輝度の軟骨の厚みは気管輪に比べて2倍ほどある。 Trachea:甲状腺に包まれた気管軟骨。高輝度の輪状陰影の上下に低 輝度の軟骨が二重に沿内するように観察できるが、内側の軟骨様 陰影はミラーイメージアーチファクトであることに注意。 Fig.4. 声門部 甲状軟骨から声門ひだに平行に超音波をあてることができれば声門 の開閉も観察できる。 上段左は声門開大時、右は閉鎖時。下段は白黒反転させ声門の状態 をわかりやすくしたもの。 21 A net Vol.18 No.3 2014 軟骨の描出に慣れてきたら喉頭蓋周辺の描出も試み てほしい。オトガイ直下にリニアプローブやマイクロ 外科的スキルを持たない者が実際に出血性合併症に遭 遇した場合、対応の誤りは致命的な結果となり得る。 コンベックスプローブを縦・横にあて、舌根部や喉頭 超音波は、気管切開を外科的に実施すべきかどうかの 蓋を観察することができる(上級者向け) 。 判断に利用でき、かつ穿刺時の安全性向上に貢献でき 胃の描出 胃内容の把握は気道管理を担う麻酔科医にとって重 ると考えられる10)。 3. 気管挿管の確認 要である。心窩部に矢状断で腹部条件下にコンベック 気管挿管の確認法にはチューブの声門通過を目視で スプローブをあて、肝左葉の尾側にある胃前庭部を描 確認することをはじめ、呼吸音の聴取、胸郭の拳上、 出し、断面積と内容の質(液体、固体、混合) を判断す チューブ内の呼気による曇り、食道挿管検知器 (EDD)、 る。Perlasら7)が考案している簡易評価として、①仰臥 カプノグラフィーなどがあるが、超音波で声門、気管、 位、右側臥位で胃前庭断面が空虚であれば胃は空、② 食道を観察することで食道挿管の検出・否定は換気を いずれかで断面積が空虚でなければ胃内容の残存はあ することなく直ちに実施できる。また、両側横隔膜の るが有意ではない、③両体位いずれも胃前庭部断面の 動きを観察することで片肺挿管の判定も行える。これ 拡大を認めれば安全域をこえた貯留、という 3 point は特にカプノグラフィーの配備が進みにくい病棟での grading systemがある。なお、実際には緊急手術に際 急変時など、手術室以外で役立つ。現在、院内急変対 して側臥位がとれない患者もおり、筆者は仰臥位で胃 応チームの配備が進んでおり、救急現場で挿管済みの 前庭部に貯留を認めた事例はリスク有りと判断してい 患者を引き継ぐ際にもごく短時間で挿管確認が行える る。描出法については原著 7)を参照願いたい。 ため、知っておくべきテクニックである11)。 PEASプロトコールの応用方法 1. 外科・侵襲的気道確保困難の予測 4. 胃管の誤挿入防止 頚部食道を観察することで、胃管が食道方向に進ん ASA−GLにあるところの術前気道確保困難度の予 でいるかどうかが分かる。特に喉頭展開ができない手 測において、超音波による輪状甲状膜へのアクセスを 術中などでは頚部食道の観察により気管への迷入リス 確認することの意義は大きい。事前に観察することで、 クを減少できる。 輪状甲状膜を同定できるか否か、穿刺に必要な深さ、 穿刺経路と経路上に存在する血管や異常構造の把握が 5. 声帯麻痺の評価 行える。超音波ガイド下に気管の表面麻酔などを実施 気管挿管後の合併症に嗄声があるが、短期間で改善 する経験があれば、真の緊急事態にも躊躇なく確実に せず持続する場合には声帯の麻痺や披裂軟骨脱臼など 実施できると考える8)。 がある。嗄声患者において両側声帯の対称的な動きを 観察できれば声帯麻痺や脱臼を否定できる。 2. 経皮的気管切開への利用 専門医制度の変化に伴い、麻酔科専門医の 2 階部分 は集中治療専門医が位置付けられ、今後麻酔科医の集 中治療領域への進出が拡大すると予想される。 6. 喉頭展開困難の予測 欧米では肥満患者において気管前面までの軟部組織 の深さを利用して喉頭展開困難の予測に役立つとした 重症患者の呼吸管理において気管切開は重要な手技 論文があるが12)、邦人でのデータはない。しかし、各種 であり、現在外科的気管切開に代わりセルジンガー法 のビデオ喉頭鏡を利用すれば喉頭展開困難の多くは容 を利用した経皮的気管切開がある。本法はメタアナリ 易に解決する時代の変化を考えると、Macintosh型喉 シスでも創感染、出血、死亡率いずれも外科的気管切 頭鏡による気管挿管は現在の本邦での利用は限られつ 開と比べて低い事が示され9)、海外の実施件数はすで つある。 に外科的気管切開を凌駕している。中心静脈カテーテ ルの挿入方法が静脈切開からセルジンガー法を用いた 7. その他 中心静脈穿刺に代わってきたように、今後、外科的ス 超音波を用いた気道評価等の報告には、小児で気管 キルを持たない者でも、経皮的気管切開を行う頻度は 径を計測して適切な挿管チューブを選択する、抜管後 増えることが予想される。経皮的気管切開で注意すべ の喘鳴の発生予測、分離肺換気チューブのサイズ選定 き合併症は①穿刺部位の間違い、そして②出血である。 への利用、ラリンジアルマスク挿入後に位置が適正か 22 臨床ワークブック どうかの判断、術中の喉頭けいれん発生時に laryn- 5 ) 鈴木昭広,岩崎 寛:気管挿管の新しい流れ: gospasm notchを刺激して解除されたことを確認した ビデオ, 内視鏡を用いた声門観察下挿管の進歩. 報告、巨大甲状腺腫瘍の患者で輪状甲状靭帯の場所を 把握した、など各種の報告がある。詳細は総説13)をご 覧いただきたい。 おわりに 麻酔 57:680−690, 2008. 6 )Elliott DS, Baker PA, Scott MR, et al.:Accuracy of surface landmark identification for cannula cricothyroidotomy. Anaesthesia. 65:889−894, 2010. 7 ) Perlas A, Davis L, Khan M, et al.:Gastric sonog- 麻酔科医は現在超音波装置を最も使いこなす医師で raphy in the fasted surgical patient:a prospective あり、超音波は重要な専門領域となっている。同時に、 descriptive study. Anesth Analg 113:93−97, 2011. 気道管理は麻酔科医が長年取り組み、他科医師に対し 8 )Suzuki A, Iida T, Kunisawa T, et al.:Ultrasound- て圧倒的な経験数を誇る専門領域である。この 2 つを guided cannula cricothyroidotomy. Anesthesiology 融合した気道超音波学とでも言うべき新たな専門領域 とPEASプロトコールが今後全国の麻酔科医によって 117:1128, 2012. 9 ) Delaney A, Bagshaw SM, Nalos M:Percutaneous 実践され、新たなエビデンス構築の場となり、安全な dilatational tracheostomy versus surgical tra- 患者管理に応用されていくことに期待したい。 cheostomy in critically ill patients: a systematic 引用文献 1 )project QQB.com http://www.projectqqb.com 2 )鈴木昭広,編:あてて見るだけ!劇的!救急エ コー塾. 羊土社, 東京, 2014. 3 )Apfelbaum JL, Hagberg CA, Caplan RA, et al.: Practice guidelines for management of the difficult airway:an updated report by the American Soci- review and meta-analysis. Crit Care 10:R55, 2006. 10)鈴木昭広,稲垣泰好,後藤祐也,他:超音波によ るプレスキャンを利用した安全な経皮的気管切開 術の試み. 日本集中治療学会雑誌 20:293−294, 2013. 11)Tanaka H, Suzuki A, Sasakawa T, et al.:Ultrasound Assessment of Tracheal Intubation. ASA annual meeting 2013, abstract A4149. 12)Ezri T, Gewürts G, Sessler DI, et al.:Prediction ety of Anesthesiologists Task Force on Manage- of difficult laryngoscopy in obese patients by ment of the Difficult Airway. Anesthesiology 118: ultrasound quantification of anterior neck soft tis- 251−270, 2013. sue. Anaesthesia 58:1111−1114, 2003. 4 )Kheterpal S, Martin L, Shanks AM, et al.:Prediction and outcomes of impossible mask ventilation: a 13)鈴木昭広,飯田高史,丹保亜希仁:気道管理におけ る超音波の新しい役割. 麻酔, 63:700−705, 2014. review of 50,000 anesthetics. Anesthesiology 110: 891−897, 2009. 23
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