小学生における生態系の理解に関するラーニング - 日本科学教育学会

日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 3(2014)
小学生における生態系の理解に関するラーニング・プログレッション:
学校の成績と理解の関係性に着目して
Learning Progression for Elementary Students’ Reasoning About Ecosystems:
Focusing on the Relation Between School Abilities and Understandings
鈴木一正、山口悦司
SUZUKI Kazumasa, YAMAGUCHI Etsuji
神戸大学
Kobe University
[要約]ラーニング・プログレッションズを鍵概念とする研究は、学習者の素朴な概念・思考が科学的
な概念・思考へと発達する比較的長期にわたるプロセスを解明しようと試みている。筆者らは、このラ
ーニング・プログレッションズ研究の立場から、小学生における生態系システムの理解の発達について、
日本とアメリカの国際比較を行ってきている。本研究の目的は、日本の小学生の調査結果を中心として、
生態系システムの理解の発達と小学校における理科および生活科の成績との関係性、生態系システムの
理解の発達と学年進行との関係性を検討することであった。小学校第 1 学年から第 6 学年の合計 54 人
を対象とした面接調査の結果、日本の小学生における生態系システムの理解の発達は、学校の成績との
間には有意に関係しないが、学年進行との間には有意に関係することが示唆された。これらの結果は、
アメリカの調査結果と同様の傾向であった。
[キーワード]ラーニング・プログレッション、生態系システム、小学生、学校の成績
本研究の目的は、これらの研究の一環として、
.目的
2000 年代後半からラーニング・プログレッシ
日本の小学生の調査結果を中心に、生態系システ
ョンズを鍵概念とする研究が活発に行われてい
ムの理解の発達と小学生における理科および生
る(Alonzo & Gotwals, 2012; 山口・出口, 2011)
。
活科の成績との関係性、理解の発達と学年進行と
ラーニング・プログレッションズ研究は、学習者
の関係性を検討することである。
の素朴な概念・思考が科学的な概念・思考へと発
達する比較的長期にわたるプロセスを解明しよ
.方法
う と 試 み て い る ( Duncan & Rivet, 2013;
()対象
対象は、国立大学附属小学校の第 1 学年から第
National Research Council, 2007)
。
筆者らは、こうしたラーニング・プログレッシ
6 学年の 54 人(男子 27 人、女子 27 人)であっ
ョンズ研究の立場から、小学生における生態系シ
た。各学年ともに、理科もしくは生活科の成績の
ステムの理解の発達について、日本とアメリカの
上位が 3 人、中位が 3 人、下位が 3 人であった。
国際比較を行っている。具体的には、アメリカの
()調査
調査研究(Hokayem, 2012; Hokayem & Gotwals,
筆者の 1 人が面接者となり、個別面接法による
2013)に基づいて、日本においても同様の調査課
調査を実施した。調査における回答は、ビデオカ
題ならびに分析フレームワークを使用した調査
メラ及び IC レコーダーですべて記録された。調
を実施し、それらの結果を比較してきている(鈴
査時間は、児童 1 人あたり約 30 分であった。実
木 ・ 山 口 , 2013; 鈴 木 ・ 山 口 , 2014; Suzuki,
施時期は、2013 年 11 月及び 2014 年 4 月から 7
Yamaguchi, & Hokayem, 2014; 鈴木・山口, 印
月であった。
調査課題の質問項目(計 13 項目)は、生態系
刷中)
。
― 1 ―
日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 3(2014)
システムの理解に関する 4 つの構成要素に基づい
表 段階のレベル(+RND\HP*RWZDOV)
て作成された。4 つの構成要素とは、システム論
レベル
1
的分析、システムの相互依存性、動的リサイクリ
ング、環状連結性であった。
「システム論的分析」
の質問項目は、生態系システムが機能するために
2
最も大切なものや不足しているものについて尋
ねるものであった。「システムの相互依存性」の
質問項目は、バッタやキツネ、カラスなどの 1 種
3
類の個体群が絶滅した場合に、他の個体群に与え
る影響を尋ねるものであった。「動的リサイクリ
4
ング」の質問項目は、キツネやネズミなどの 1 個
体が死んだ際の時間経過による死体の変化を尋
5
ねるものであった。
「環状連結性」の質問項目は、
生態系システムの中における個体群間の関係性
や個体群と環境との関係性などについて尋ねる
ものであった。
概要
・擬人化に基づく推論
・美的感覚に基づく推論
(人間の感情や自然の美観と関連付
けた個体群の推論)
・具体的推論
・実践的推論
(日常の経験や観察に基づいた推論)
・単純な因果推論
(現象と関連する外的メカニズムを
見出そうとすること)
・やや複雑な因果推論
(現象に影響する外的要因を 2 つ以
上考慮に入れた推論)
・複雑な因果推論
(生態系における複雑さを反映した
関係性のネットワークを考慮に入れ
た推論)
的な推論を行っている状態である。レベル 3 は、
()分析フレームワーク
表 1 および表 2 は、本研究で使用した分析フレ
「バッタがいなくなるとカエルのえさがなくな
ームワークである。この分析フレームワークにお
る」といった、バッタを捕食している個体群とバ
いては、4 つの構成要素ごとに 5 段階の理解のレ
ッタの 2 個体群間について考慮した推論を行って
ベルが設定されている。表 1 には、この 5 段階の
いる段階である。レベル 4 は、「バッタがいなく
レベルを示している。レベル 1 は、擬人化や美的
なるとカエルとクモのえさがなくなる」といった、
感覚に基づいて推論を行っているという最も低
バッタを捕食している複数の個体群について考
位な段階である。レベル 2 は、具体的推論などを
慮した推論を行っている段階である。レベル 5 は、
行っている低位な段階である。レベル 3 は、1 つ
「バッタがいなくなると、バッタを食べているク
の外的メカニズムを見出した単純な因果推論を
モの数が少なくなり、クモを食べているカラスの
行っている中位な段階である。レベル 4 は、2 つ
数が少なくなり、カラスを食べているキツネの数
以上の外的メカニズムを見出したやや複雑な因
が少なくなり、食物連鎖のバランスがおかしくな
果推論を行っている中位な段階である。レベル 5
る」といった、食物網を考慮した推論を行ってい
は、生態系システムの複雑なメカニズムを考慮し
る段階である。
た複雑な因果推論を行っている最も高位な段階
()分析の手続き
前述の分析フレームワークに基づいて、質問ご
である。
これら 5 段階のレベルが、表 2 のように 4 つの
とにレベルを同定した。その際に、記録を書き起
構成要素ごとに設定されている。例えば、システ
こしたトランスクリプトを利用した。レベルの同
ムの相互依存性の場合、レベル 1 は、個体群の変
定に際して、質的分析法(Erickson, 1986)を用
化がもたらす影響について、「バッタがいなくな
い、分析フレームワークとトランスクリプトを反
ると虫が好きな子どもが悲しむ」といった、個人
復的に往復することにより質問ごとにレベルを
的な兼好に基づいて推論を行っている段階であ
同定した。
る。レベル 2 は、
「バッタがいなくなるとバッタ
の赤ちゃんがもう見れなくなる」といった、具体
なお、4 つの構成要素ごとにレベルの中央値を
算出した。中央値は、全 13 の質問項目ごとに児
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日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 3(2014)
表 つの構成要素ごとの 段階のレベル(+RND\HP*RWZDOV)
レベル
1
2
3
4
5
システム論的分析
システムの相互依存性
・個人的な好嫌で要素を
見出す
・日常的によく見るとい
う理由から要素を見出
す
・1 つの理由を見出して
いるが、エネルギーと
関係していない
・1 つの理由で 2 つの要
素を見出す
・個体群の変化が与える影響について、美的感覚に関すること
を原因とみなす
・個体群の変化が与える影響について、具体的もしくは実践的
なことを原因とみなす
・日光や植物が、生態系
におけるエネルギーの
一次生産者になること
を見出す
・個体群が絶滅することについて、その個体群を捕食している
個体群、もしくは、捕食されている個体群に与える影響を見
出す
・個体群が絶滅することについて、その個体群を捕食している
2 種以上の個体群に与える影響を見出す
・個体群が絶滅することについて、その個体群に捕食されてい
る 2 種以上の個体群に与える影響を見出す
・個体群が絶滅することについて、その個体群を捕食している
個体群、かつ、捕食されている個体群に与える影響を見出す
・生態系に網のような関係性を見出す、1 つの個体群における
変化は生態系の個体群全体に影響を見出す
表 (続き)
レベル
1
2
3
4
5
動的リサイクリング
環状連結性
・死んだ個体はどうなるかについて、霊的な感覚や
人間の感情と関連付ける
・死んだ個体はどうなるかについて、日常生活で見
ることと関連付ける(消えた、腐った)
・死んだ個体はどうなるかについて、土や他の個体
の捕食といった 1 つの要因と関連付ける
・死んだ個体はどうなるかについて、ミミズと菌類
や土と空気といった 2 つ以上の要因と関連付ける
・死んだ個体はどうなるかについて、分解されたも
のが他の個体群に利用されたり、生態系でリサイ
クルされるという物質の分解と関連付ける
・人間関係や個人的な好嫌と関連付
ける
・日常的によく見ることと関連付け
る
・生息地と関連付ける
・何を捕食しているかと関連付ける
・生息地と関連付ける、かつ、何を
捕食しているかと関連付ける
・生態系における食物網を構成する
個体群の捕食被食関係のネット
ワークと関連付ける
童の中央値をそれぞれ算出し、その中央値の中央
.結果
値を構成要素ごとに学年別に求めた。
()生態系の理解と学年との関係
レベルの同定に際して信頼性を高めるために
4 つの構成要素の学年ごとの中央値、及び学年
第三者評定を行った。第三者評定は、Hokayem
とレベルの相関を表 3 に示す。4 つの構成要素の
(2012)や Hokayem and Gotwals(2013)と同
うち、システムの相互依存性と環状連結性の構成
様に、対象の 3 分の 1 にあたる 18 人の児童につ
要素において、学年が上がるほど生態系システム
いて実施した。レベルが一致しなかったものに関
の理解のレベルが高くなるという有意な中程度
しては協議によりレベルを決定した。第三者評定
。一方、システム論
の相関が見られた(p < .01)
の一致率は 96%と高い値であった。なお、κ係数
的推論と動的リサイクリングの構成要素では、学
は 0.94(p < .01)と高い水準であり、レベル同定
年進行と理解のレベルの間に有意な相関は見ら
の信頼性が十分に確保されていたと評価できる。
。
れなかった(p > .10)
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日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 3(2014)
()生態系システムの理解と成績との関係
表 学年別の中央値及びレベルとの相関
表 4 に学校の成績別の中央値及び成績とレベル
学年
SA
SI
DR
CC
との相関を示す。「下位」は理科もしくは生活科
1
3.00
2.00
2.50
3.00
の成績が下位、
「中位」は成績が中位、
「上位」は
2
2.50
2.75
2.50
3.00
成績が上位の児童の中央値である。すべての構成
3
3.00
3.00
3.00
4.00
要素において、成績と生態系システムの理解のレ
4
3.00
3.00
2.50
4.00
5
3.00
3.00
2.50
4.00
6
3.00
3.00
3.00
4.00
ベルに有意な相関は見られなかった(p > .10)
。
.考察
-.136
.423**
.183
.452**
N=54。**p < .01。SA はシステム論的分析、SI
はシステムの相互依存性、DR は動的リサイクリ
ング、CC は環状連結性の略称である。
相関係数
本研究の結果から、日本の小学生における生態
系システムの理解の発達は、学校の成績との間に
は有意に関係しないが、学年進行との間には有意
に関係することが示唆された。これらの結果は、
表 成績別の中央値及びレベルとの相関
アメリカの調査結果(Hokayem, 2012; Hokayem
& Gotwals, 2013)と同様の傾向であった。
附記
本研究は JSPS 科研費 25282038 の助成を受けたものである。
引用文献
Alonzo, A. C., & Gotwals, A. W. (Eds.): Learning progressions
SA
SI
DR
CC
下位
2.75
3.00
2.50
3.50
中位
3.00
3.00
2.50
4.00
上位
3.00
3.00
3.00
4.00
.254
.167
.242
.180
N=54。SA はシステム論的分析、SI はシステム
の相互依存性、DR は動的リサイクリング、CC
は環状連結性の略称である。
相関係数
in science: current challenges and future directions,
Netherlands: Sense Publishers, 2012.
成績
National Academies Press, 2007.
鈴木一正・山口悦司:生態学のシステム論的推論に関するラーニ
Duncan, R. G., & Rivet, A. E.: Science learning progressions,
ング・プログレッションズ:小学生を対象として,平成 25 年
Science, 339, 396-397, 2013.
度日本理科教育学会近畿支部大会発表論文集,94,2013.
Erickson, F.: Qualitative methods in research on teaching, In
鈴木一正・山口悦司:小学生における生態系の理解に関するラー
Wittrock, M. C. (Ed.), Handbook of research on teaching (3rd
ニング・プログレッション:構成要素間の関係性に着目して,
ed.), 119-161, New York, NY MacMillan Press, 1986.
Hokayem, H. A.: Learning progression of ecological system
reasoning for lower elementary (G1-4) students (Doctoral
日本科学教育学会年会論文集 38,419-420,2014.
Suzuki, K., Yamaguchi, E., & Hokayem, H. A.: Learning
progression for Japanese elementary students’ reasoning
dissertation), Retrieved from ProQuest, (MI 48106-1346),
about ecosystems, Paper session presented at IOSTE 2014,
2012.
Hokayem, H. & Gotwals, A. W.: Learning progression for early
2014.
鈴木一正・山口悦司:小学生における生態系の理解に関するラー
elementary students’ ecological systemic reasoning, Paper
ニング・プログレッション:性別と理解の関係性に着目して,
presented at the National Association for Research in
Science Teaching 2013 Annual Meeting, Rio Grande, Puerto
平成 26 年度日本理科教育学会近畿支部大会,印刷中.
山口悦司・出口明子:ラーニング・プログレッションズ:理科教
Rico, 2013.
National Research Council: Taking science to school: Learning
and teaching science in grades K-8, Washington DC: The
― 4 ―
育における新しい概念変化研究,心理学評論,54(3),358-371,
2011.