日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 3(2014) 能動的な美術作品鑑賞のためのタブレット端末用アウェアネス共有システムの開発 Development of an awareness sharing system for a tablet terminal for active appreciation of artistic works 宮田和美*1,赤間彩織*1,堀舘秀一*1,舟生日出男*1 MIYATA, Kazumi*1, AKAMA, Saori*1, HORITATE, Hidekazu*1, FUNAOI, Hideo*1 創価大学教育学部*1 Faculty of Education, Soka University*1 〔要約〕座学における美術作品の鑑賞において、学生の感じた事柄を言語化し表明することで主体的 に参加することができる。また言語化することで、鑑賞方法が構造化され定着し、教師も学生の理 解状況を把握することが可能になると考えられる。しかし、座学においては一般的に、学生は消極 的・受動的であり、そうした活動は難しい。そこで本研究では、美術作品の注目箇所をアウェアネ スとして外化・共有し、それに基づいて、学生が何を感じ、考えたのかを全体に表明することを促 すことで、教師・学生間のインタラクションを活性化することを目的として、 「タブレット端末用ア ウェアネス共有システム」を開発した。 〔キーワード〕美術作品、鑑賞教育、アウェアネス、外化、共有、タブレット端末 った過程を通し、言語化される(向角, 2013)。 1. はじめに 美術作品の鑑賞は、美術教育における領域の 1 しかしながら、一般的に座学において、学生は つである。教室において行われる座学では、一斉 受動的・消極的な受講態度に陥りやすい。まして、 授業で作品のレプリカを学生に提示したり、作品 美術に対する関心の低い学生にとっての座学は、 をプロジェクターに投影したりするなどの工夫 なおさらそのような受講態度になると考えられ がなされる。その際、教師から、作者や年代、文 る。その上、美術に関心があったとしても、その 化的背景や関連作品など作品についての情報の ような受動的・消極的な学生の多い教室の雰囲気 他、視点や角度、作品との距離の取り方など、鑑 内では、自身が作品に対し、感じたことや考えた 賞する上でおさえるべきポイントが示される。例 ことを表明することは難しいと考えられる。 えば 4 つの作品要素(主題、表現性、造形要素、 このような状況下において教師は、自身の指導 スタイル)と 6 つの鑑賞行為(連想、観察、感想、 内容を学生らがどれだけ理解しているのか判断 分析、解釈、判断)からなる鑑賞レパートリー(石 することは困難である。学生が作品に対し、どの 崎・王, 2006)や、仏像鑑賞における「迎角」 (水 ように感じ、また考えたのかを表明することがで 野谷, 2010)のように、観る方法や観るべきポイ きれば、その内容から教師も、学生の理解状況を ントは美術作品ごとに様々である。 つかむことができるだろう。 また、美術作品を鑑賞して終わるのではなく、 また、言語化し意見を表明することにより以下 観るべきポイントに沿い、そこから感じた内容を の点が期待される。曖昧な感覚であった違いが明 言語化し、表明することも重要である。作品を通 確になり、より作品の理解・鑑賞も進むと考える。 して感じたことや考えたことなどを言語化する そして、それが鑑賞の一方法として生徒に定着い ことで、それらが明確になる。 できれば、生徒は今後、鑑賞した美術作品を自分 どのような実践で言語化を行うことが可能だ で分類整理し、自分の美術作品趣味体系を作りあ ろうか。例えば、中学生を対象に、「スパイダー げる事も不可能ではない。(有田, 2009)そして、 チャート」を用いた実践では、事物や事象の発見、 鑑賞の方法が生徒に定着すれば、それが構造化さ それらから感じるイメージの想起、想像の理由や れ保有される。発達者は基盤となる知識を幅広く 根拠づけ、作品への同化、作品鑑賞のまとめとい 保有しているだけではなく、それぞれが構造化さ ― 37 ― 日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 3(2014) れているために、知識にアクセスする能力が非常 や、自身が異なる個所が着目されていること に高い。 (王・石崎,2009)そこから美術作品鑑賞 が分かり、新たな気づきにつながる。 c. 教師は共有したアウェアネスを活用して、感 のための下地が完成する。また、意見を表明する ことで、学生は主体的に講義に参加できるだろう。 じたことや考えたことの意見表明を、学生に 以上のことから、本研究では、美術教育の座学 促す。このようにすることで、自主的には発 における美術作品の鑑賞において、学生が作品に 言できなかった学生にとって、言及すべき対 対し何を感じ、考えたのかを表明することを促す 象や内容が明確になる。またそのことによっ ために、アウェアネスの外化に着目した。 て、発言しやすくなる、もしくは、発言しな アウェアネスの外化の先行研究として、理科実 ければならないという感覚を与えることが 験の指導場面を描写したマンガ教材をタブレッ できる。また、コンピューターの学習プログ ト端末上に表示し、着目した箇所(アウェアネス) ラムには、多くの情報へのアクセスやインタ にピンを打つように外化した後、他の学習者と共 ラクティブな学習を通して、個人の自主的な 有するシステムが開発されている。 学習ができることが期待される。(石崎・王, 2004) 初任教師や教職課程の学生を対象としたこの システムの活用により、対話活動は活性化され、 アウェアネスを外化する手段は他にもあるだ 理科実験を指導する上での着眼点が育成される ろう。例として、美術作品のコピーを拡大して張 ことが示されている(Daikoku, et al., 2013)。こ りだし、そこに付箋紙を貼ったり、書き込んだり の成果から、美術作品上でも、着目箇所をアウェ するという手法も考えられる。しかし、そのよう アネスとして外化・共有することで、対話活動や、 な紙メディアによる手法では、事前の準備が面倒 それ以前の学生の意見の表明が活性化されるこ であるだけでなく、授業中の活動が繁雑になって とが期待できる。 しまう。そこで本研究では、先に記した活動を実 アウェアネスの外化を考えた際、タブレット端 末は、美術教室にも気軽に持ち込むことができる、 現するためにタブレット端末で動作するアウェ アネス共有システムを開発した。 手元で操作できる、ノート PC に比べ前方の視界 を妨げないなど、座学の美術鑑賞の場面において 2. 本システムの概要 も、有効性が高いと考えられる。 本研究では、「タブレット端末用アウェアネス 美術教育におけるタブレット端末を利用した 事例としては、博物館におけるガイドシステムが 共有システム」を開発した。具体的には、次の 2 点を支援する。 開発されている例(宮内・中川, 2012)があるが、 1)学生は、タブレット端末上の学習者用シス 本研究で目指すようなアウェアネスの共有を目 テムの中で表示された美術作品について、自身が 的とした開発例は未だ見られない。 着目した箇所に印をつけることでアウェアネス そこで本研究では、学生の意見表明を促し、教 を外化する。 師-学生間のインタラクションを活性化するた 2)教師は、教師用の共有システムを用いて、 め、以下のような美術作品の着目箇所の外化、共 学生らが外化したアウェアネスを重ね合わせて 有、表明を支援するためのシステムを開発した。 表示しすることで、全体の状態を共有する。 a. 作品上で着目した箇所をアウェアネスとし 本システムは、iPad の Safari 上での表示に最 て、学生に外化させる。この外化によって、 適化された Web アプリケーションであり、無線 自身がどこに着目したのか、より明確に意識 LAN ネットワークを介して、サーバに接続して できる。 利用する。後で説明するように、作品とクラス ID b. 学生が外化したアウェアネスを教室全体で 共有する。皆で共有することで、自身と同じ は事前にサーバに登録しておく必要がある。 2.1. 開発環境と動作環境 個所に着目している学生が他にもいること ― 38 ― まず、開発環境について説明する。Windows 7 日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 3(2014) 上に Apach he 2.2.22、PHP P 5.3.16、MySQL 5.5 5.27 が自 自身の割り当 当てられた IID を選択し しタッチする でアプリケ ケーションサーバの環境を構築し、統 統合 こと とでアウェア アネスを共有 有する準備が が整う。 開発環境の の Eclipse 上で 上 PHP 部分 分を開発した た。 作品が表示さ 作 されるので( (図 1)、画面 面右上のカー ー 同様の環境 境であれば、他の 他 OS 上で でも運用でき きる。 ソル ル a~c をス スワイプ操作 作で動かし、漫画の吹き 次に、動 動作環境について説明する。クライア アン 出し しのように左 左上のとが った部分で注目したい い ト(学生用 用システム、教師用システ テム)のユー ーザ ポイ イントに合わ わせる。この の時カーソル ルはユーザー ー インターフ フェースは、iPad の Saffari 上で無駄 駄な ID と同色である。カーソル ルは a~c と 3 種類用意 意 く表示され れるように最 最適化されて ている。しか かし、 され れているので で、使用の例 例を表すなら らば、目に留 留 HTML、Ja avaScript、Ajax で構成 成されている るた まっ った部分が a、講義内で a で説明を受け けた鑑賞ポイ め、他の多く くの OS や Web W ブラウザ ザでも動作可 可能 ントを b のよう うに意味を持 持たせ、全体 体で共有する である。 際に に活用する。この機能に によって 1.で で示した「a.. 2.2. 学生用 用システムの のユーザイン ンターフェー ース 作品 品上で着目し した箇所をア アウェアネス スとして、学 学 iPad にお おいて、システムの URL L を Safari に に入 力し、システムを起動する。作品選 選択の画面が が表 生に に外化させる る」ことが支 支援される。 2.3 3. 教師用システムのユー ーザインター ーフェース 示されるの のでアウェア アネスを共有 有する作品を を選 教師用のイン 教 ンターフェー ースにおいて ても、作品と 択しタッチ チする。次にクラス ID の選択ページ の ジが クラ ラス ID の選 選択までの過 過程は、先述 述した学生用 現れるので で、同様に選 選択しタッチす する。 イン ンターフェー ースと同様で である。しか かし教師用で で 先に述べ べた通り、作 作品とクラス ID は事前に にサ は、クラス ID の選択後に に作品の画像 像が現れる。 ーバ上で設 設定する必要 要がある。ここでは作品は は5 の画面上では は、全ユーザ ザーID のカ カーソルは重 重 その つ、クラス ス ID は 2 つ表示されてい いるが、実際 際に ねて て表示されて ている。カー ーソル上では は a~c の後 後 はさらに多 多くの作品とクラス ID を設定するこ こと にユ ユーザーID が記されて ており、カー ーソルの色と が可能であ ある。続いて てユーザーID D の選択ペー ージ とも もにユーザー ーを判別する る基準となる る。そのため め が現れる。ユーザーID D として色の の違う 1~30 0の どの の学生が置い いたカーソル ルなのか判別をつける 数字が表示 示されている るので予め教 教師が各学生 生に こと とが可能であ ある。これに によって教室 室全体で、着 着 ユーザーID D を割り当て てておく必要 要がある。学 学生 目箇 箇所としての のアウェアネ ネスを共有できるとと も もに、特徴的 的なアウェア ネ ス を 示して ている学生 を を指名し、意 意見の提示が が 容 容易になる。 カーソルの の状態は、画 画 面 面下側にある る「更新」ボ ボ タ ン を タッチ チすること で で、最新の状 状態に更新さ れ れる。自動で で更新されな な い い理由として ては、学生用 イ ン タ ーフェ ェースで行 わ れ る 修正が がその都度 反 映 さ れる こ と を 防 ぐ た ためである。 にある a~cc 画面下側に の チ ェ ックボ ボックスの 図 1 学生用のユ ユーザインタ ーフェース ― 39 ― 選 択 状 態を切 切り替える 日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 3(2014) ことで、a~ ~c のカーソ ソル の表示・非表 表示を切り替 替え ることも可 可能である。カー カ ソルに意味 味づけした事 事柄 について説 説明するため めに それだけを を表示し、カー ーソ ルが重なり りすぎて見え えづ らい時に表 表示数を減ら らす など、この機 機能によって て調 整できる。 これらの の機能や操作 作に よって、1.で で示した「b.. 学 生が外化し したアウェア アネ スを教室全 全体で共有す する。 皆で共有す することで、自身 自 と同じ個所 所に着目して てい る学生が他 他にもいるこ こと 図 2 教師用 用のユーザイ インターフェ ェース や、自身が異 異なる個所が が着 リーの考察 察, 美術教育 育学: 美術科 科教育学会誌 誌 目されてい いることが分 分かり、新たな な気づきにつ つな がる」こと とと、「教師は は共有したア アウェアネス スを 活用して、感じたことや考えたことの意見表明 明を、 (27) , 29-4 41, 2006, 王文 文純, 石崎和 和宏: 鑑賞ス スキルの熟達 達化と転移に に 関する一考 考察 美術教 教育学: 美術 術科教育学会 会 す」ことが支援される。 学生に促す 誌 (30) , 465-476, 4 20009, 向角 角典倫: 対話 話による意味 味生成的な美 美術鑑賞教育 育 3.まとめと今後の課題 における美 美術鑑賞シン ンキングツー ール「スパイ 本研究で では、座学における美術作 作品の鑑賞に にお ダーチャー ート」の開発 発及び活用に関する研究,, いて、学生 生が何を感じ、考えたのか かを全体に表 表明 日本教育工 工学会研究報 報告集 13(1 1), 283-288,, することを を促し、教師・学生間のイ インタラクシ ショ ンを活性化 化することを目指し、美術 術作品のアウ ウェ アネスとし して外化し共 共有すること とが可能なシ シス 2013, Daikoku, Funaoi, H., Kussunoki, F.,, a, M., & Inaagaki, S.: De evelopmentt Takenaka テムを開発 発した。今後は、授業実践 践で活用して て評 and Evalu uation of C Case Metho od Teaching g 価し、改善 善を行う予定 定である。 Materials Using Maanga on Tab blet PCs: A ntry-type Trial. ESERA A Scene Awareness En 引用・参考 考文献 n Science Education n Research h (European 有田洋子:美 美術作品の美 美的理念を比 比較抽出させ せる 鑑賞教 教育方法-菱 菱田春草「黒き き猫」 「柿に猫 猫」 を教材 材例として- -, 美術教育学: 美術教育 育学 Associatio on) 2013. 野谷憲郎: 日本の美術鑑 日 鑑賞学習メソ ソッドの開発 発 水野 研究 : 仏像 像鑑賞におけ ける「迎角」, 淑徳短期 期 会誌(3 30), 53-64, 2009, 石崎和宏, 王文純: 美術 術鑑賞のマル ルチメディア ア教 材「ア アート・リポ ポーター」に に関する一考 考察, 宇都宮大学教育学部紀要,第一部 T., 大学研究紀 紀要 49, 1233-139, 2010,, 宮内 内泰明, 中川 川祐治: Andrroid タブレ レットによる 54, 115-13 30, 2004, 石崎和宏, 王文純: 美術 術鑑賞文にお おけるレパー ート ― 40 ― ガイドシス ステムの構築 築, 電子情報 報通信学会技 技 術研究報告 告. PRMU, パターン認 認識・メディ ア理解 112(225) , 41--45, 2012,
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