日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 3(2014) 動物園来園者の科学的観察を支援する紙芝居の改善:観察行動の評価 Improvement of Supporting Zoo Visitors' Scientific Observation Through the Picture-Story Show: Evaluations of Visitor Behaviors 山橋知香 *,山口悦司 *,稲垣成哲 *,奥山英登 **,田嶋純子 **,田中千春 **,坂東元 ** YAMAHASHI Chika*, YAMAGUCHI Etsuji*, INAGAKI Shigenori*, OKUYAMA Hideto**, TAJIMA Junko**, TANAKA Chiharu**, BANDO Gen** * 神戸大学,** 旭川市旭山動物園 * Kobe University, **Asahikawa Asahiyama Zoological Park 【要約】筆者らは,動物園来園者の科学的観察を支援するため,紙芝居を用いて観察の視点を提供する という試みを行っている.これまでの研究を通して,紙芝居は科学的観察を支援しうるものの,その 効果は限定的であるという課題が明らかとなった.この課題を克服するために,紙芝居の改善を行った. 本研究では,改善版紙芝居の評価の一環として,紙芝居で提供した視点に基づいて動物を観察できた のかを検討するために,計 14 組の家族を対象として,来園者の観察行動を分析した.その結果,すべ ての家族が紙芝居で提供した複数の視点を用いて動物を観察できていたことが明らかとなった. 【キーワード】動物園,科学的観察,紙芝居,観察行動 1.問題の所在と目的 ことのできるメディアだということである(子ど 学校外における科学教育は,重要視されている. もの文化研究所,2011).動物園には,子どもか それは,子どもから大人まで幅広い年齢の人々に ら大人まで様々な年齢の人が来園する.そこで, 科学的知識・思考の獲得や科学に対する興味・関 幅広い年齢の人々にとって親しむことのできるメ 心の向上といった学習の機会を提供することがで きるからである(Bell, Lewenstein, Shouse, & Feder, ディアが必要である.2 点目は,伝えたい内容を 2009).動物園は学校外における科学教育の場の 1 つであり,同様の効果が期待できる(Patrick & である(鬢櫛・種市,2012).動物園の教育担当 者が伝えたい動物の生態や形態などを紙芝居に入 Tunnicliffe, 2013).しかし,来園者が動物に対し れることで,来園者に明確に伝えることが可能で て求めていることは「かわいらしさ」であり,動 ある.3 点目は,紙芝居は,演者と聴衆がコミュ 物園で飼育されている野生動物に対しても「かわ ニケーションを取りながら,物語を展開させてい いらしさ」を重視しているのが現状である(石田・ くメディアだということである(まつい,2012). 濱野・花園・瀬戸口,2013). 動物園における学習には,コミュニケーションが このような「かわいい」という感情だけでな 必要であると指摘されている(並木,2005).演 明確に伝えることのできるメディアだということ く,野生動物の本来の特徴を理解するためには, 者と聴衆のコミュニケーションによって展開され 科学的に観察することが必要であると指摘されて ていく紙芝居は,動物園における学習に効果的な いる(羽山・土居・成島,2012).科学的な観察 メディアである. とは,科学の学問領域と関連づけられた観察であ これまでの研究を通して,紙芝居は,動物園来 る (Eberbach & Crowley, 2009).動物園においては, 園者の科学的観察を支援しうることが示唆され 動物の生態や形態など生物学と関連づけられた観 た.しかし,紙芝居で提供した観察の視点のうち, 察である. 多くの家族によって利用されなかった視点があっ そこで筆者らは,紙芝居を利用して観察の視点 たことなどから,その効果は限定的であるという を提供することで,来園者の科学的な観察を促進 課題が明らかとなった(山橋ら,2013a;山橋ら, させるという試みを行っている(奥山ら,2013). 2013b; 山 橋 ら,2013c;Yamahashi, Yamaguchi, 紙芝居を利用した理由は,次の 3 点である.1 点 Inagaki et al., 2014). 目は,紙芝居が幅広い年齢の人々にとって親しむ このような課題を克服するために,筆者らは紙 ― 5 ― 日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 3(2014) 解答を提示する 習成果の評価と来園者による改善版紙芝居の評価 予想を検討する た.この改善版紙芝居の評価として,来園者の学 観察をする 探究のプロセスに基づいて実演することであっ 予想を立てる 問題を提示する 芝居を改善した(Okuyama, Tajima, Hirano, Tanaka, & Bando,2014) .具体的には,紙芝居を科学的 を行ってきた(山橋ら,2014a;山橋ら,2014b; Yamahashi, Yamaguchi, & Inagaki, 2014). 図 1 改善版紙芝居実演の流れ 本研究では,改善版紙芝居の評価の一環として, 紙芝居で提供した視点に基づいて動物を観察でき たのかを検討するために,来園者の観察行動を分 析した. 2.方法 (1)改善版紙芝居 改善版紙芝居で提供した観察の視点は,ペンギ ンに関する以下の 4 つの特徴であった.①水中で の泳ぎ方(泳ぎ方),②瞬膜の役割(瞬膜),③旭 山動物園で飼育されている種類(種類),④足跡 図 2 紙芝居実演の様子 の形態(足跡).改善版紙芝居の実演は,科学的 探究のプロセスの一部を取り入れた方法で行われ た.図 1 に,改善版紙芝居実演の流れを示す.ま 語的行為をビデオカメラと IC レコーダーで記録 した.観察行動の全体傾向を検討するために,言 語的・非言語的行為の記録データに基づいて,ペ 立てさせた.次に,ペンギン館内を自由に観察し, ンギンに関する 4 つの特徴のそれぞれが各家族に 予想を検討させた.最後に,紙芝居において解答 よって観察されたか否かを同定した.あわせて, ず初めに,紙芝居において問題を提示し,予想を を提示した.図 2 には,紙芝居実演の様子を示し ている.動物園職員 2 名が演者となり,舞台を用 観察行動の内容を検討するために,典型的な観察 いて行われた.来園者は,舞台の前に座って紙芝 ソードを作成し,その質的分析を行った. 行動の言語的・非言語的行為を書き起こしたエピ 居を鑑賞した. 3.結果・考察 (2)対象 対象は,一般公募による家族 14 組(大人 21 名, (1)観察行動の全体傾向 子ども 20 名)であった.子どもの平均年齢は 7.3 表 1 は,観察行動の全体傾向として,各家族の 歳(SD=1.6)であった.家族構成については,半 観察・会話の有無を示したものである.特徴別の 数が大人 1 名と子ども 1 名であった.他にも,大 傾向については,泳ぎ方,瞬膜,種類が全ての家 人 2 名と子ども 2 名,大人 2 名と子ども 1 名など 族によって観察されていることが明らかとなっ た.足跡は,14 組中 9 組の家族によって観察され の家族構成が見られた. ていることがわかった.家族別の傾向については, ワークショップは,約 2 時間かけて実施された. 14 組中 9 組の家族が,すべての特徴を観察してい 初めに 50 分かけて,改善版紙芝居の実演を行っ ることが明らかとなった.残りの 5 組の家族は, た.次に,10 分間ペンギン展示を自由に観察さ 3 つの特徴について観察していることが明らかと (3)ワークショップ せた.その後 30 分間で,ペンギンの散歩を観察 なった. し,最後の 30 分でまとめの活動を行った.時期は, (2)エピソード 1:家族 No.11 における泳ぎ方の 観察 2014 年 2 月上旬であった. 図 3 には,家族 No.11 における泳ぎ方の観察の (4)分析 ワークショップ中,各家族の言語的行為と非言 エピソードを示している.家族全員が,泳いでい ― 6 ― 日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 3(2014) 表 1 観察行動の全体傾向 家族 No. 泳ぎ方 瞬膜 種類 足跡 1 ○ ○ ○ 2 ○ ○ ○ ○ 3 ○ ○ ○ ○ 4 ○ ○ ○ ○ 5 ○ ○ ○ 6 ○ ○ ○ 7 ○ ○ ○ 8 ○ ○ ○ ○ 9 ○ ○ ○ ○ 10 ○ ○ ○ ○ 11 ○ ○ ○ 12 ○ ○ ○ ○ 13 ○ ○ ○ ○ 14 ○ ○ ○ ○ 14 14 14 9 合計 ○:観察有,—:観察無 のに対して,C1 も,C2 の動作と同じ動作をして いる(4C2n,5C1n).以上のことから,この家族は, 合計 3 4 4 4 3 3 3 4 4 4 3 4 4 4 観察行動において,ペンギンの水中での泳ぎ方と ペンギンの生物分類の知識を結びつけていること がわかる. (3)エピソード 2:家族 No.4 における泳ぎ方の観察 図 4 には,家族 No.4 における泳ぎ方の観察の エピソードを示している.この家族は,水中トン ネルで泳いでいるペンギンの方を向いている(図 4a,1Aln).その後も家族全員で,泳いでいるペ ンギンを目で追っている(図 4b,2Aln).M の「飛 んでいる鳥を追いかけているみたいだね」(2Mv) という発言に対して,C が「昔,空を飛んでいた るペンギンの方を向いている(図 3a,1Aln).M からね」(3Cv)と発言している.この子どもは, が C1 に対して,「どうやって泳いでいた」(2Mv) 翼を上下に動かすというペンギンの泳ぎ方を観察 と問いかけている.それに対して,C1 は,「あれ することで,ペンギンが昔は空を飛んでいたとい で,あれで,羽で」(3C1v)と返答しており,視 点の 1 つである翼を上下に動かすというペンギン う進化の過程を思い出している.以上のように, の泳ぎ方を観察している.さらに,この家族の母 での泳ぎ方とペンギンの進化の過程に関する知識 親や子どもたちは,ペンギンの泳ぎ方とペンギン を結びつけていることがわかる. この家族は,観察行動において,ペンギンの水中 は鳥類であるという生物分類の知識とを結びつけ ている.C2 が「つめかき(水かき)はあるけれど, 4.結論 鳥やから」(4C2v)と発言して,手をパタパタさ 本研究における観察行動分析の結果から,来園 せながら,ペンギンが水の中を泳いでいる様子を 表現している(図 3b).C2 が手をパタパタさせな 者は紙芝居で提供した視点を用いてペンギンに関 がら,ペンギンが鳥類であることを解説している したがって,本研究の結果は,改善版紙芝居が来 通し番号 1 する特徴を観察していたことが明らかとなった. 言語的行為 非言語的行為 Aln:((泳いでいるペンギンの方を向いている))【図 3a】 2 Mv:どうやって泳いでた? 3 C1v:あれで,あれで,羽で. 4 C2v:つめかき((水かき))はあるけれど,鳥やから. C2n:((手をパタパタする))【図 3b】 5 C1n:((手をパタパタする))【図 3b】 Al:家族全員,C1:子ども 1,C2:子ども 2,M:母親,(( )):非言語的行為・注釈 C1 C2 図 3a 図 3b 図 3 エピソード 1:家族 No.11 における泳ぎ方の観察 ― 7 ― 日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 3(2014) 通し番号 1 言語的行為 非言語的行為 Aln:((水中トンネルで泳いでいるペンギンの方を向い ている))【図 4a】 Aln:((泳いでいるペンギンを目で追っている))【図 2 Mv:飛んでいる鳥を追いかけているみたいだね. 3 Cv:昔,空飛んでたからね.ペンギンは. 4 Mv:こっからだと飛んでいるようにしか見えないね. Al:家族全員,C:子ども,M:母親,(( )):非言語的行為・注釈 4b】 図 4a 図 4b 図 4 エピソード 2:家族 No.4 における泳ぎ方の観察 園者の科学的観察を促進させるということを示唆 している. 附記 本研究は,JSPS 科研費 24240100 の助成を受けたもので ある. 引用文献 Bell, P., Lewenstein, B., Shouse, A. W., & Feder, M. A. (Eds).: Learning science in informal environments: People, place, and pursuit. Washington, DC: National Academies Press, 2009. 鬢櫛久美子・種市淳子:手作り紙芝居の可能性−キッズ紙 芝居コンテストの取り組みを通して−,名古屋柳城短期 大学研究紀要,34,77-86,2006. Eberbach, C., & Crowley, K.: From everyday to scientific observation: How children learn to observation the biologist's world. Review of Educational Research, 79(1), 39-68, 2009. 羽山伸一・土居利光・成島悦雄:野生との共存 行動する 動物園と大学,地人書館,2012. 石田戢・濱野佐代子・花園誠・瀬戸口明久:日本の動物観— 人と動物の関係史,東京大学出版会,2013. 子どもの文化研究所:紙芝居—子ども・文化・保育,一声社, 2011. まついのりこ:紙芝居・共感のよろこび,童心社,2012. 並木美砂子:動物園における親子コミュニケーション,風 間書房,2005. Okuyama, H., Tajima, J., Hirano, K., Tanaka, C., & Bando, G. : Integration of scientiffic inquiry with the picture-story show toward informal learning at a zoo. Poster session presented at the meeting of ASERA 2014, Melbourne, 2014, July. 奥山英登・田嶋純子・堀田晶子・田中千春・坂東元・山橋 知香・山口悦司・稲垣成哲:旭山動物園のペンギン展 示における紙芝居を利用したワークショップ,日本理 科教育学会全国大会発表論文集,11,474,2013. Patrick, P. G., & Tunnicliffe, S. D.: . Zoo talk. Netherlands: Springer, 2013. Yamahashi, C., Yamaguchi, E., & Inagaki, S.: Evaluation of an inquiry-based picture story show for supporting zoo visitors' scientific observations. Poster session presented at the meeting of ASERA 2014, Melbourne, 2014, July. 山橋知香・山口悦司・稲垣成哲・奥山英登・田嶋純子・平 野京子・田中千春・坂東元:動物園来園者の科学的観 察を支援する紙芝居の改善:描画法を利用した学習成 果の評価,日本理科教育学会全国大会発表論文集,12, 483,2014a. 山橋知香・山口悦司・稲垣成哲・奥山英登・田嶋純子・ 堀田晶子・田中千春・坂東元:動物園来園者の観察を 支援する紙芝居の評価:質問紙調査を通して,平成 25 年度日本理科教育学会近畿支部大会発表論文集,100, 2013a. 山橋知香・山口悦司・稲垣成哲・奥山英登・田嶋純子・堀 田晶子・田中千春・坂東元:動物園来園者の観察を支 援する紙芝居の評価:面接調査を通して,日本科学教 育学会研究会研究報告,28(2),85-88,2013b. 山橋知香・山口悦司・稲垣成哲・奥山英登・田嶋純子・堀 田晶子・田中千春・坂東元:動物園来園者の観察を支 援する紙芝居:旭山動物園のペンギン展示を事例とし た予備的分析,日本理科教育学会第 63 回全国大会発表 論文集,11,238,2013c. Yamahashi, C., Yamaguchi, E., Inagaki, S., Okuyama, H., Tajima, J., Horita, A., Tanaka, C., & Bando, G.: Supporting zoo visitors' scientific observations through the picture-story show. Paper session presented at the meeting of IOSTE 2014, Kuching, Malaysia, 2014, September. 山橋知香・山口悦司・稲垣成哲・奥山英登・田嶋純子・田 中千春・坂東元:動物園来園者の科学的観察を支援す る紙芝居の改善:来園者の主観的評価,日本科学教育 学会年会論文集,38,543-544,2014b. ― 8 ―
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