風力発電設備支持物の発電時最大荷重の評価手法の提案* - 東京大学

風力発電設備支持物の発電時最大荷重の評価手法の提案*
Extreme load estimation on wind turbine support structures during power production
山口 敦** プラサンティ ウィディヤシ サリ** 石原孟**
Atsushi YAMAGUCHI** Prasanti Widyasih Sarli** Takeshi ISHIHARA**
1.はじめに
風力発電設備支持物の設計に当たっては、
IEC61400-11)に規定されているように,発電時最大荷重
の 50 年再現期待値を考慮する必要がある。この荷重の
推定手法は IEC61400-1 Annex F に定められているが、
収束条件を満足した場合でも、不確実性が大きいという
問題がある。また、支持物に作用する最大荷重の簡易
な推定手法として、石原・石井 2)は、風車のタワー基部
荷重の最大値の平均値を推定するモデルと、最大値の
平均値から 50 年再現値を推定する外挿係数を提案し
た。しかし、この手法は風車タワー基部の荷重を推定す
ることを想定しており、風車のスラスト力に基づいてタワ
ーに作用するモーメントの最大値の平均値を推定して
いる.また、ためタワー頂部には適用できない可能性が
ある.
本研究では,風車発電時の 50 年再現期待値を推定
するための新しい収束判定手法を提案するとともに,従
来のモデルの問題点を明らかにする.
Annex C1)に規定されている Kaimal スペクトルを用い
た.また,平均風速の鉛直分布としては洋上風力発電
設 備 の 設 計 標 準 で あ る IEC61400-33) に 従 い ,
0.15のべき則を用いた.
ひずみゲージ
(基礎天端上61.5m)
ひずみゲージ
(基礎天端上28.7m)
ひずみゲージ
(基礎天端上0.8m)
図 1 本研究で対象とした風車
2.風力発電設備の荷重シミュレーションモデルと検証
本研究では,風力発電設備の応答解析ソフトウェア,
GH Bladed を用いて図 1 に示す銚子沖風力発電設備
を対象として応答解析を行った.本実証研究機では,
風車タワー下端から 62.9m,28.6m,0.7m の位置にひ
ずみゲージが設置されており,50Hz で測定が行われて
いる.本研究ではこれらのひずみゲージにより測定され
たタワーのモーメントを検証データとして用いた.なお,
本実証研究機は洋上風車であるが,重力式基礎上に
設置されており,波荷重が風車タワーに与える影響を無
視することができることから,固定基礎上に設置された
風車として解析し,波荷重は考量していない.
2.1 入力風のモデル化
本研究では,風速別の乱流強度の値を観測値と近
づける貯めに、IEC61400-1 の標準乱流モデルを用い、
乱れ強度の大きさを示すパラメータ として 7%を用い
た.また,乱流風速場を発生させる際には,乱流の長さ
ス ケ ー ル , ス ペ ク ト ル 等 に 関 し て は , IEC61400-1
2.2 風車のモデル化
GH Bladed では,風車タワーおよびブレードは梁要
素を用いてモデル化される.風車タワーについて,断面
2 次モーメント,断面積および質量が実際の筒身と一致
するようにモデル化した.また,塔内の踊り場や梯子な
どの付属物や,フランジは集中質量としてタワー質量に
加えた.また,タワーの 1 次および 2 次の構造減衰は実
測 4)から求め,3 次の構造減衰はレイリー減衰を仮定し
て推定した.
ブレードについては,標準風車モデルを参考に,1 次
固有周期が実測と一致するように断面 2 次モーメントを
微修正した.ブレードのねじり角,コーン角については
実際の風車の値を用いた.また風力発電設備の実際の
ブレードは,わずかに 3 枚の重量が異なるため,ロータ
重心はロータ軸上にはなく,ロータ回転時に風直角方
向の荷重に影響を与える可能性がある.このことを考慮
するために,本研究ではロータ軸から離れた位置に仮
想的な付加質量を配置し,ロータの重心偏差を考慮す
* 平成 26 年 11 月 27 日 第 36 回風力エネルギー利用シンポジウムで発表
** 会員
東京大学大学院工学系研究科 〒113-8656 東京都文京区本郷 7-3-1
- 474 -
についても、シミュレーションにより観測値がよく再現で
きていることがわかる.
Mean Fore-Aft Moment [MNm]
Tower base, z=0.8m
ることとした.付加質量の重量とロータ軸からの距離は,
ロータ全体の重量と重心位置が実機と一致するように設
定した.
ピッチ制御とトルク制御のモデルについては,吉田 4)
に従った.風ロータ回転数が定格未満の場合,ブレード
はロー
のピッチ角は 0 度に固定し,発電機のトルク
タの回転数が最適となるように,(2)式により計算される.
Ω
(2)
30
20
15
10
観測
シミュレーション
5
0
0
2
ここで,Ω は発電機の現在の回転角速度, はロー
タ直径,
は最大効率時の出力係数,
はその際
の周速比, は増速比, は増速機の効率である.また,
はロータのスラスト力を補正するための係数であり,本
研究ではC 0.75とした.ロータ回転数が定格に達した
とピッチ角偏差Δ
後は,発電機のトルク偏差Δ
の指令値は(3)式に示す PI 制御によって決定する.
Δ
(a)
25
 of Fore-Aft Moment [MNm]
(Tower base, z=0.8m)
10
5
(b)
6
4
2
0
0
5
10
1/3
1
,1
15
20
25
30
25
30
Maximum Fore-Aft Moment [MNm]
(Tower base, z=0.8m)
Mean Wind Speed (m/s)
ここで, および はそれぞれ発電機速度偏差と残差
,
と積分ゲイン ,
の値は
であり,比例ゲイン
吉田4)に従い求めた.ピッチ角制御については,ピッチ
角 に応じて,(4)式に示すゲインスケジューリングを適
用する.
1
30
8
(3)
min
10
15
20
25
Mean Wind Speed (m/s)
(4)
35
(c)
30
25
20
15
10
5
0
0
5
10
15
20
Mean Wind Speed (m/s)
図 2 風車タワー基部(z=0.7m)における風方向モーメ
ントの(a)平均値,(b)標準偏差,(c)最大値
(5)
ここで,
はカットアウト風速に対応するピッチ角(90
度)であり,
は設計ピッチ角(4.5 度)である.
この構築したモデルを検証するために,銚子沖洋上風
力発電設備における実測データを用いて,検証を行っ
た.検証データとしては,風車タワーでひずみゲージに
より計測された風車タワーのモーメントを用いた.風車タ
ワー設計において最も重要な荷重である風方向のタワ
ー基部モーメントを平均風速別にシミュレーションにより
求め,平均値,標準偏差,最大値を実測と比較したもの
を図 2 に示す.タワー基部モーメントの最大値は,定格
風速付近に見られる.これは,タワー基部モーメントは
主に風車ロータに作用するスラスト力に起因しており,
風速が定格風速を超えると,ピッチ制御によりロータに
作用するスラスト力が減少するためであると考えられる.
また,平均モーメント,標準偏差および最大値のいずれ
3.最大荷重推定のための収束条件の提案
IEC61400-1AnnexF では統計的外挿により発電時最
大荷重を求める際の収束条件として、シミュレーション
結果により推定された最大荷重の非超過確率の 84 パ
ーセンタイル値の、90 パーセント信頼区間の幅が推定
値の 15%以内であることが定められている。しかし、後
述するように、この条件を満たした場合でも 50 年再現期
待値の変動係数は大きく、IEC61400-1 の荷重係数設
定の際に仮定された、荷重の変動係数である 5%を大き
く上回る.
図 3(a)に風速 18m/s 時のタワー基部最大曲げモーメ
ントの分布を示す.プロットは 35 ケースのシミュレーショ
ンから求めたもので,IEC61400-1 Annex F の収束条件
を満たしている。また、実線はこれらのシミュレーション
結果から 3 パラメータワイブル分布により分布関数を近
似したものである.超過確率の低い方(図の下側)でシミ
- 475 -
ュレーション結果と分布関数の乖離が大きく、収束して
いない可能性がある。全ての風速について IEC61400-1
の収束条件を満たした場合に、タワー基部モーメントの
50 年再現期待値を求めたものを図 4(a)に示すが、シミュ
レーション結果によってばらつきが大きく、標準偏差を
平均値で割った変動係数(Coefficient of Variation)は
8.9%に達する.一方、によると IEC61400-1 で規定され
てる荷重係数は、荷重の変動係数が 5%であることを仮
定しているため、より不確実性の少ない手法が求められ
ている.
本研究では、(6)式に示すように、シミュレーションか
ら求めた最大値(
, )と 3 パラメータワイブル分布により
推定した最大値( , )との差の二乗平均値が最大値の
平均値(
)の 1%以内であれば収束したと判定する収
束条件を新たに提案した。
1%
,
,
(6)
また、この収束条件を満たさない場合、収束条件が満
足されるまでシミュレーションの数を増やすこととした.
1
Probability of Exceedance
Probability of Exceedance
1
0.1
0.01
0.1
0.01
fitting
simulation data
fitting
simulation data
0.001
0.001
15
20
25
30
15
35
20
25
30
35
Extreme Load (MNm)
Extreme Load (MNm)
50
50年再現期待値の変動係数 [%]
タワー基部モーメント(MNm)
図 3 風速 18m/s のタワー基部最大曲げモーメント(a)従
来の収束条件 (b)提案した収束条件
(a)
40
30
20
10
0
従来の手法
提案した手法
10
8
(b)
8.9%
6
5.6%
4
2
0
従来の手法 提案した手法
図 4 (a)タワー基部モーメントの 50 年再現期待値のばら
つきと(b)その変動係数
図 3(b)に、この収束条件を満たすようにシミュレーシ
ョンのデータ数を増やした、風速 18m/s の時のタワー基
部最大曲げモーメントを示すが、(a)と比較してシミュレ
ーション結果と推定した分布のばらつきが少なくなって
いることがわかる.また,全ての風速で、この収束条件を
満たすようにシミュレーションを行い、タワー基部風方向
曲げモーメントの 50 年再現期待値を求めたものを図
4(a)に示すが、従来の手法と比較してばらつきが小さく
なり、変動係数を 5.6%にまで低減することができた。
4.設計式の適用可能性の検証
石原・石井 2)はタワーに作用するモーメントの最大値
の平均値と 50 年再現期待値を推定するための外挿係
数のモデルを提案した.本節では観測データと提案し
た外挿のための収束判定条件を用いてこのモデルの適
用可能性を明らかにする.
4.1 最大モーメントの平均値
図 5 はタワー各高度に作用する最大曲げモーメント
の平均値を風速別に示したものである。プロットは 4 か
月の観測値の平均値を,実線は動解析 35 ケースの最
大値の平均値を,鎖線は石原・石井(2010)により提案さ
れたモデルによるものである.タワー基部ではどのモデ
ルもほぼ同じ値を示すが、タワー頂部では、石原・石井
(2010)のモデルは観測値およびシミュレーションを過小
評価している.これは石原・石井ではタワーに作用する
モーメントを風車に作用するスラスト力により求めている
ためである.図 6 にカットアウト風速時の風車タワーに作
用するモーメントのうち、風車に作用するスラスト力によ
る成分と風車に作用するモーメントによる成分を示した
ものである.タワー基部ではスラスト力によるモーメント
が支配的であるため、スラスト力による石原・石井の手
法が有効であるが、タワー頂部では風車に作用するモ
ーメントに起因する成分が支配的であるため、荷重を過
小評価していると考えられる.このことからタワー頂部に
おけるモーメントの最大値を適切に評価するためにはロ
ータに作用するモーメントを評価するモデルが必要であ
ると考えられる.
4.2 外挿係数
前節で提案した手法に基づき風車タワーの頂部と基
部に対して、年平均風速 6m/s から 10m/s の場合に最大
モーメントの 50 年再現期待値を求め、最大モーメントの
平均値との比(外挿係数)を求めた。図 7 に平均風速別
の外挿係数を示す。また、図 7 には石原・石井(2010)に
より提案された外挿係数もあわせて示す.タワー基部と
比較してタワー上部では外挿係数が大きくなっているこ
とがわかる.また、石原・石井(2010)によるモデルはタワ
ー基部の外挿係数は適切に評価できているが、タワー
頂部では過小評価となっている.このため、外挿係数に
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対してもタワー頂部に適用できるモデルが必要である.
Maximum tower moment (MNm)
10
(a)
観測値
シミュレーション
石原・石井(2010)
8
6
4
2
0
35
5
10
15
20
wind speed (m/s)
25
30
1.6
(b)
30
1.5
25
20
1.4
外挿係数
Maximum tower moment (MNm)
0
15
10
0
0
5
10
15
20
wind speed (m/s)
25
タワー頂部
タワー基部
石井と石原(2010)
1.1
30
1
(c)
5
6
7
8
9
10
11
年平均風速(m/s)
30
図 7 年平均風速別の外挿係数
25
謝辞
研究は,NEDO 新エネルギー・産業技術総合開発
機構の委託研究の一部として実施したものである.また,
風車のモデル化に際しては三菱重工業(株)に協力を頂
いた.ここに記して謝意を表する.
20
15
10
5
0
0
5
10
15
20
wind speed (m/s)
25
30
図 5 風車タワー各高度におけるモーメントの最大値の
平均値(a)タワー頂部 (b)中部 (c)基部
70
Tower height [m]
1.3
1.2
5
35
Maximum tower moment (MNm)
可能性を検証し,以下の結論が得られた.
1) 発電時最大荷重の 50 年再現期待値を推定するた
めの新たな収束条件を提案した。従来の収束条件
を用いた場合、タワー基部モーメントの 50 年再現
期待値の変動係数は 8.9%であったが、提案した
手法を用いた場合には 5.6%にまで減少した.
2) 従来の支持物の荷重を求める際の設計式はタワ
ー基部では高精度な予測が可能だが、タワー頂部
では荷重を過小評価することがあり、新たな設計
式が必要である.
60
ロータに作用するモーメントに
起因するタワーモーメント
50
ロータに作用するスラスト力に
起因するタワーモーメント
40
30
20
10
0
0
5
10
15
20
Fore-Aft Tower Moment [MNm]
25
図 6 カットアウト風速時のタワー各高度における
モーメントの成分
参考文献
1) IEC61400-1 Edition 3, Wind turbines - Part 1:
Design requirements, 2005.
2) 石原孟,石井秀和, 風車タワーに作用する発電時
最大風荷重の予測,第 21 回風工学シンポジウム論
文集,375-380, 2010.
3) IEC61400-3 Edition 1, Wind Turbines - Part
3: Design requirements for offshore wind
turbines, 2009.
4) 吉田茂雄,風車支持物の空力弾性シミュレーション
のための可変速・ピッチ制御パラメータ,風力エネ
ルギー,33, 4, 104-111, 2009.
5) 山口敦,福王翔,石原孟,常時微動と強制加振試
験に基づく洋上風力発電設備のシステム同定,第
35 回風力エネルギー利用シンポジウム,264-267,
2013.
5.結論
本研究では統計的外挿のための新しい収束条件を
提案するとともに,従来の支持物の荷重評価式の適用
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