(社)日本機械学会誌 2009 年 4 月号 低炭素社会特集 原稿 1.2 世界の風力発電の導入状況 風力発電装置 世界の風力発電の導入量は、 2008 年末に累積で121GW (約 12 万台)に達した。これは 100 万 kW の大型原発 121 基分 に相当する。2008 年の新規分は 27GW(約 1.7 万台)/年で、 市場規模でみると約4兆円/年である(4)(図1) 。 発電設備全体に占める割合は、累積ではまだ約 3%にすぎ ないが、成長率は 20%以上/年(5年で3倍増)と高く、特に 欧米では新設電源の 40%以上を風力発電が占めている。 米国では数百台の風車からなるウィンドファーム(図2) が続々と建設されている。2008 年には 8.4GW(約 5 千台) が新規に運転を開始して、世界の 31%を占めた(図3) 。 Wind Turbine Generator System 是松 康弘 Yasuhiro Korematsu 1977 年 3 月生まれ 1999 年 早稲田大学理工学部機械工学科卒業 2001 年 早稲田大学理工学研究科機械工学専攻修了 ■主担当業務 ・風力発電装置の設計開発 勤務先 ・三菱重工業㈱ 原動機事業本部 再生エネルギー事業部 風車事業ユニット 量産推進課 (〒220-8401 横浜市中区錦町 12) E-mail:[email protected] 1.3 電力需要に占める風力発電の比率 各国の発電設備容量と発電量に占める風力発電の比率を推 定した結果を図4に示す。 世界全体では約 1.5%の電気が風車 によって供給されている。デンマーク、スペイン、ポルトガ ル、ドイツの5ヶ国では、既に設備容量で 10%以上、発電量 で 5%以上を風力発電で賄っている。風力による発電量の将 来の目標も、世界では 2020 年に 12%(7)、EU では 2020 年に 20%(8)、米国では 2030 年に 20%(9)、と非常に大きい。 1. 風力発電の導入状況 1.1 米国の「新・エネルギー革命」 米国大統領バラク・オバマは、就任前の 1 月 16 日にオハ イオ州の風車部品工場を訪問して、 「代替エネルギーで 50 万 人の緑の雇用が生まれる」と力説した(1)。 さらに「代替エネルギーの国内生産を3年間で倍増する」 「今後 10 年間に 1500 億ドルの資金を投入して 500 万人の 雇用を生む」と続く。クリントン時代の「IT 革命」に倣って、 「新・エネルギー革命」と称されるであろう動きである。 2008 年夏の石油高騰、秋に顕在化した金融危機、冬以降の 不況とそれに伴う雇用不安は、米国ばかりでなく、世界経済 の将来に暗い影を落としている。 その中で、風力発電は、市場規模が太陽光発電の約 10 倍 と大きいため(2)、 「グリーン・ニューディール」構想の中心 を担う技術として、大きく期待されている。 350 50 新規導入量 雇用人数 累積導入量 300 250 40 200 30 150 20 100 10 50 0 0 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 年 ポルトガル 3% 累 積 導 入 量 (G W ) 新 規 導 入 量 (G W / 年 ) 雇 用 人 数 (万 人 ) 70 60 図2 米国の大型ウィンドファームの例 英国 3% その他 12% 米国 31% フランス 4% 2008年新規 27GW/年 イタリア 4% 図3 新規導入量の各国比(4) スペイン 6% ドイツ 6% 図1 世界の風力発電の導入状況(3)~(5) カナダ 2% インド 7% 中国 23% 図3 新規導入量の各国比(4) 25% 設備容量比 20% 発電電力量比 15% 10% 5% 日本 フランス 米国 英国 イタリア オランダ アイルランド ドイツ ポルトガル スペイン デンマーク 0% これらの対策により、スペインの風力発電の貫入率は既に 年平均で約 10%、瞬間値では 40%を超えている。 コンピュータによる気象予報を元に、風力発電所の翌週~ 翌日の発電量を予測し、それに応じて予備電源をスタンバイ させる運用も行われている。 3) 欧州の Supergrid 計画(11) 英国・ドイツと北欧諸国を北海・バルト海経由の海底高圧 送電線で結び、そこに数十 GW の洋上風車を連系して、欧州 全体で送電系統の安定化を図る構想が検討されている。 4) 米国の Smart grid 計画(12) 変動電源(風車)と末端需要(プラグインハイブリッド車) を含む送電網全体を IT 技術で一括管理して、風力発電の出 力変動を車載蓄電池の充放電で吸収するという、一種の Demand Side Management 技術の試行が始まっている。 (3)(6) 図4 各国の電力需要に占める風力発電の比率 (2007 年) 1.5 系統安定化のための風車の技術開発 1.4 系統安定化のための各国の工夫 風車の発電量は、風の強弱に従って増減する。このような 変動電源を、大量に既存の送電網で受け容れるために、各国 では以下に示すように送電網インフラを工夫している。 1) デンマーク 風力発電の送電系統への貫入率(風車電力/送電電力容量) が平均で約 14%(夜間は 50%以上)と世界で最も大きい。こ れは同国の送電網が北欧諸国と繋がっており、スカンジナビ ア半島の山岳氷河由来の豊富な水力発電に負荷調整を委ねる ことで達成されている。 2) スペイン(10) 同国では発電と送電が分離されており、国内送電網は単一 の送配電会社が所有している。国内風車の 70%以上が遠隔監 視装置経由で単一の給電司令室に繋がれており、風力発電の 貫入率や電圧などの変動率が一定値を越えると、一部の風車 の運転を停止させて、送電網の安定性を確保している。 1) 可変速運転 最近の風車では、瞬間的な風速変化をロータ回転数の増減 で吸収して平滑できるようになっている。これは風車機器の 疲労荷重の低減にも役立つ。 2) 同期風車 同期式発電機と定格容量の電力変換装置(インバータ/コン バータ)を組合せて、発電した電気の品質(電圧・電流・周 波数・位相・力率など)を完全に調整してから送電する方式 の風車も開発されている。 3) 瞬停対策 小規模な停電を引き金に、 風車が次々に停止してしまうと、 電力供給量が減って停電範囲が拡大する恐れがある。そこで 最近の風車では、送電系統に軽微な擾乱(瞬間的な電圧低下) が生じても、風車を停止させずに運転を継続できるように、 風車内部の電気機器のバックアップ電源を確保する工夫が施 されている。 図5 風車の構成部品 1.6 産業と雇用 2. 風車の動向と課題 7 世界 試験機 洋上実証機 6 出力 MW 風車は、ブレード(GFRP:ガラス繊維強化プラスチック) 、 ロータヘッド(鋳物) 、主軸(鍛鋼) 、増速機(歯車) 、軸受、 発電機、電力変換装置、変圧器、制御装置、油圧装置、電動 モータ、ブレーキなど、約1万点の機械部品と電気機器から 構成されている(図5) 。 風車は自動車と同様の量産組立製品なので、製造には多く の労働力と多様な部品産業の裾野が必要である。このため、 半導体と同様に自動的にプロセス生産される太陽電池よりも、 部品産業への波及や雇用促進の効果が大きい特長がある。 例えば2MW 級風車を年間 500 台(1GW)量産するには、 ナセル組立工場で約 800 人、設計等の間接作業も含めると、 風車メーカでは約 1000 人の労働力が必要である。さらに、 ブレード、増速機、発電機などの部品を製造する労働力も含 めると、その数倍~15 倍の雇用が生まれることになる。 世界の風力産業では既に約 40 万人が働いている(図1) 。 これは風車年産 1MW 当り約 15 人の雇用創出に相当する。 風力産業が雇用対策として各国政府の熱い期待を集め、産業 育成策が採られているのはこのためである。 日本の世界シェアは、風車建設や風車製造はまだ 2~5%と 小さいが、大型軸受、発電機、パワーエレクトロニクスなど の部品産業は 10%以上のシェアがあり、欧米風車メーカにも 機器を納入している。従って風力発電の導入拡大は、日本の 産業と雇用にとっても、大きなメリットがある。 5 4 3 2 1 0 1980 1979 1985 1990 1995 2000 2005 2009 年 図6 風車の大型化(3) 図7 風車の大きさ 2.1 風車の大型化 風車は、経済性向上と市場拡大のために、定格出力のアッ プ、低風速域対応、洋上風車、などの動きがある。共通して いる動向と課題は「大型化」である。 風車は自然の風の力を動力源とするので、開発初期は荷重 を正確に見積るのは困難だった。このために、欧米研究機関 が初期に挑戦した大型風車試験機は、全て失敗に終わった。 1980 年代に、デンマークで地道に小型風車の普及が進み、 その実証研究を糧にして、風の挙動の解析技術が進歩した。 こうした技術の蓄積を元に、1995 年から急速に風車の大型化 が進んだ(図6) 。 現在、世界では、機器開発は 7~10MW、洋上実証機は 3.6 ~6MW(ロータ径 107~126m) 、陸上商用機は 2.3~3.3MW (ロータ径 82~104m)まで大型化が進んでいる(3)。 日本国内では、定格出力では 2.5MW(ロータ径 88m) 、ロ ータ径では 95m(定格出力 2.4MW)の風車が最大である。 2.2 大型化に伴う課題(13) 風車は原理的に、発電量はロータ面積(寸法の2乗)に、 強度と重量(コスト)は寸法の3乗に比例する。このため、 大型化に伴って 1.5 乗分だけ、強度とコストが厳しくなる。 さらにブレードの風切り音による騒音レベルの制約から、 翼先端速度に上限があるため、ロータ径の増大に反比例して 回転数が抑制されるので、トルクも 1.5 乗分だけ厳しくなる。 これは増速機などの主軸系の強度に響いてくる。 2MW 級風車は、 ジャンボジェットの 1.5 倍以上も大きい。 ①このような巨大な機械製品を、②旅客機の約 1/100 のコス トで、③台風に耐える強度を持たせて、④年間何百台も量産 する、という4種類のハードルを同時に越えなけばならない 点に、風車の設計と製造の難しさがある(図7) 。 2.3 大型化に対応した技術開発 大型化に伴う強度とコストの制約に対抗する技術として、 以下の4種類の対策方法が挙げられる。 ① 機器の高性能化・小型化(発電機、電気設備) ② 構造設計の改良(ブレード、主軸) ③ 材料の比強度向上(ブレード用複合材料、製造方法) ④ 空力荷重の低減(高度な制御技術) ①~③は風車以外の機械製品と共通した方法なので、ここ では風車固有の技術開発の例として、④の空力荷重の低減に ついて、技術開発事例を2件、紹介する。 2.4 台風時の停電対策(SmartYaw)(14) 2003 年の台風 14 号による沖縄県宮古島の風車倒壊の原因 調査で、停電で風車のヨー制御(風向追従)が失われ、強度 設計では想定外だった横風を受けた事が判明した。この反省 から停電時の突風対策が注目されている。停電中でも確実に 風車の風向制御を行なう工夫が SmartYaw である。 風車のナセル(発電機を納めている箱型の部分)とタワーの 間には軸受があり、電動モータでロータを常に風上に向けて いる(ヨー制御) 。停電中はモータが動かないので、ヨー制御 が利かなくなり、台風接近に伴って風向が変化した時に横風 を受けてしまうことになる。 SmartYaw では、台風接近時には風車の運転を停止させ、 ロータを風下側に置くことによって、 風見鶏と同様の効果で、 風の力自体を利用して風車を風下側に風向追従させる工夫で ある(図8) 。 図8 SmartYaw による電源不要な風下追従 2.5 タワーのアクティブ制振(15) タワー上部に加速度センサーを設置し、 その情報を元に、 フィードバック制御を行い、翼(ブレード)のピッチ角を タワー変位を減少させるように微小制御して、タワーに働 く荷重(スラスト力)を軽減し、その疲労寿命を延ばす技 術も開発されている(図9) 。 3. まとめ 風力発電は今や「普通の発電設備のひとつ」である。石油 の枯渇(ピークオイル仮説)と地球温暖化は、既に政治と社 会を動かす大問題になっており、再生可能エネルギーの導入 がますます加速するものと思われる。 風力発電は、短期間・経済的・大量に導入が可能なため、 世界では年間 20GW(約1万台)を越える風車が導入されて いる。さらに風車産業は、地域の産業と雇用に大きく貢献す ることから、欧米各国は競って積極的な導入拡大と産業育成 に努めている。まさに今、伸び盛りの新産業である。 風車の設計開発は、機械と電気、複合材料と鉄鋼、空力と 強度、 などの複数の工学分野にまたがる総合的な仕事であり、 構造などの見た目でわかるマクロなスケールから、軸受の油 膜設計などのミクロなスケールにいたるまで、幅広い機械工 学の知識と経験を必要とする。 風力発電の抱える課題を解決することは、エネルギーとい う社会を支えるインフラを担う弊社に与えられた使命のひと つであると認識している。 この小文が目に触れたことにより、多くの若い会員の方々 に大型風力発電に興味をいだいていただき、この使命をとも に完遂できれば幸いである。 文献 (1) 朝日新聞、フジサンケイビジネスアイ、日本経済新聞他の記事、 2009 年 1 月 17 日 (2) 富士経済研究所、海外 27 カ国の新エネルギー市場の 調査報告、2009 年 1 月 13 日 (3) BTM Consult Aps., International Wind Energy Development World Market Update 2007 (4) GWEC(Global Wind Energy Council) 、2009/2/2 の速報、http://www.gwec.net/ (5) GWEC、GLOBAL WIND ENERGY OUTLOOK 2006 & 2008 (6) (社)海外電力調査会、海外電気事業統計 2006 (7) GWEC、WIND FORCE 12、2005 年 6 月 (8) EWEA、20% renewable energy by 2020、2008 年 (9) 米国 DOE、20% Wind Energy by 2030、2008 年 (10) 今村博、斉藤哲夫、スペインにおける風力発電と電力 系統制御、風力ネネルギー 通巻 88 号、2009 年 2 月 (11) Airtricity、Supegrid、 http://www.airtricity.com/ireland/wind_farms/supergrid/ 図9 タワーのアクティブ制振 (12) Smart Grid News、 http://www.smartgridnews.com/index.html (13) 上田悦紀,柴田昌明、次世代2MW 級大型風車の開発、 三菱重工技報 Vol.41,No.5、2004 年 9 月 (14) 柴田昌明、林義之、荷重低減のための新コンセプト、 第 25 回 風力エネルギー利用シンポジウム、2003 年 11 月 (15) 若狭強志,井手和成、林 義之,柴田昌明、タワーのアク ティブ制振の実機検証、第 27 回 風力エネルギー利 用シンポジウム発表論文、2005 年 11 月 初学の方のための参考 三菱重工ウェブサイト内 風力講座 http://www.mhi.co.jp/power/wind/kouza/index.html
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