牛腸内容物から分離された下痢原性大腸菌の病原遺伝子保有実態 荻田堅一(健康科学研究センター感染症部) 【はじめに】 下痢原性大腸菌(DEC)は様々な遺伝子群が組み合わさ って特徴的な症状を発現させているが、これらの遺伝子 がファージやトランスポゾン等によって菌株間を移動す ることで新たな形質を獲得した菌株が出現すると考えら れている。そのため、これら病原遺伝子を広くスクリー ニングすることで、新たな DEC 出現に対して監視体制を 強化することが重要である。 牛は DEC の主要な保菌動物とされており、腸管出血性 大腸菌(EHEC)を含め様々なDECを保有している。 そこで、 兵庫県内で飼育されている牛に常在する DEC を対象とし て、毒素因子や付着因子等 12 種の病原遺伝子の保有実態 を明らかにするために調査を行った。 【材料および方法】 兵庫県内で飼育され、2012 年 11 月から 2013 年 8 月に 加古川食肉センターにおいてと畜された牛 100 頭を対象 に、腸内容物から分離した大腸菌について、ベロ毒素 (stx1,stx2)、ブタ型耐熱性エンテロトキシン(STp)、ヒ ト型耐熱性エンテロトキシン(STh)、易熱性エンテロトキ シン(LT)、侵入因子(invE)、局在付着性因子(eae)、凝集 付着性因子(aggR)凝集付着性大腸菌耐熱性毒素(astA)、 散在付着性大腸菌侵入因子(afaD)、細胞膨化致死毒素 (cdt)及び細胞壊死因子(cnf)の各遺伝子を増幅するマル チプレックス PCR 法を実施した。 さらに、stx1 または stx2 が検出された菌株については、 WHO が公開している PCR 法を用いて stx1 は 3 種類、stx2 は 7 種類のサブタイプに型別した。 【結果および考察】 調査した 100 頭中、79 頭から病原遺伝子を持つ下痢原 性大腸菌のべ 184 株が検出された(表1、2)。EHEC は、 牛 32 頭からのべ 49 株が検出された。astA は半数以上の 52 頭の牛が保有しており、次いで、cdt、cnf、stx2 の順 で保有率が高かった。STh、LT、invE、aggR、afaD は検出 されなかった。 EHEC49 株中、stx2 単独保有が 20 株、stx1 と stx2 の同 時保有が 6 株、また stx2 と eae を保有する O157:H7 が 3 株見つかった。 残りの20株は、 ベロ毒素遺伝子に加えて、 STp、astA あるいは cdt を同時保有していた。 STp 保有の腸管毒素原性大腸菌(ETEC)は 18 株、eae 保 有の腸管病原性大腸菌(EPEC)25 株分離された。その他の DEC では、astA は単独保有 40 株を含む 68 株が保有して いた。cdt は 55 株が保有しており、型別では、cdtⅠが 1 株、cdtⅢが 41 株、cdtⅤが 13 株であった。34 株が保有 していた cnf はすべて cnf2 型で、このうちの 33 株は cdt Ⅲを同時保有していた。 ベロ毒素遺伝子サブタイプについては、stx1 を保有し ていた 11 菌株はすべて stx1a であった。stx2 は stx2a が 35 株、stx2b が 3 株、stx2c が 8 株、stx2d が 13 株、 stx2g が 3 株検出された。15 株はこれら複数のサブタイ プを保有していた。 【まとめ】 今回の調査では 12 種の病原遺伝子を対象としたが、検 出されたのは stx1、stx2、STp、eae、astA、cdt、および cnf の 7 種であった。牛 100 頭の下痢原性大腸菌の保有率 は 79%と高く、EHEC に限定すると 32%であった。分離され た牛由来 EHEC49 株中に aggR を保有するものはなかった が、20 株は STp、astA 等を同時保有しており、人由来 EHEC と異なる傾向が認められた。astA は、EHEC のみならず ETEC や EPEC からも検出され、分離菌株中の保有率が 37% と最も高かった。astA 保有菌が原因と考えられる集団食 中毒事例の報告もあり、その作用機序について解明が待 たれる。CdtⅢと cnf2 は pVir プラスミド上に存在し、牛 からはこれらの同時保有株が多く分類されことが報告さ れており、今回の調査でも同様の結果が得られた。また、 人由来 EHEC からよく検出されるサブタイプ stx2a、stx2c に加えて、強毒性との関与が示唆されている stx2d を保 有する牛の存在が明らかになった。 検査した 牛の数 合計 100 % 74 去勢 % 26 雌 % DEC 陽性 79 79.0 57 77.0 22 84.6 分類 腸管出血性大腸菌(EHEC) stx1 stx1 stx1 stx1 EHEC 陽性 32 32.0 20 27.0 12 46.2 表1 牛の下痢原性大腸菌保有状況 遺伝子を保有する大腸菌が検出された牛の数 stx1 stx2 STp eae astA cdt 10 31 21 29 52 47 10.0 31.0 21.0 29.0 52.0 47.0 7 19 14 24 37 35 9.5 25.7 18.9 32.4 50.0 47.3 3 12 7 5 15 12 11.5 46.2 26.9 19.2 57.7 46.2 表2 牛由来下痢原性大腸菌の遺伝子保有状況 検出された病原遺伝子の組み合わせ stx2 stx2 STp astA STp astA cdtⅢ stx2 stx2 stx2 stx2 stx2 stx2 stx2 stx2 stx2 STp STp STp eae astA astA eae eae eae astA cnf2 cdtⅤ astA cdtⅤ 腸管毒素原性大腸菌(ETEC) STp STp STp STp eae eae astA astA 腸管病原性大腸菌(EPEC) eae eae astA 他の下痢原性大腸菌 astA astA astA astA astA cdtⅢ cdtⅠ cdtⅢ cdtⅤ cnf2 cdtⅢ cdtⅢ cdtⅤ cnf2 cnf2 合計 stx1 stx2 STp eae astA cdt cnf 11 45 29 35 68 55 34 cnf 32 32.0 23 31.1 9 34.6 菌株数 49 1 6 2 2 2 4 2 2 1 3 3 1 20 18 1 1 4 12 25 2 23 92 2 1 1 3 40 29 7 8 1 Total 184
© Copyright 2024 ExpyDoc