外科の立場から - 日本消化器外科学会

外科の立場から
大阪大学大学院消化器外科
はじめに
土
岐
祐一郎
は全く差はない.
食道表在癌の治療方法には内視鏡切除,手術,
食道表在癌の壁深達度診断は肉眼形態,超音波,
化学放射線療法と多くの選択肢があり,日常診療
また最近では真皮乳頭の血管構築(IPCL)など内
で最も頭を悩ませる問題である.リンパ節転移診
視鏡が中心であり,内科的検討事項としてここで
断は重要なポイントで CT や PET の画像診断の
は詳細には触れないが,熟達した内科医によれば
発達により精度を増したが同時にその限界も熟知
深達度亜分類を80%以上の精度で診断することが
しなければならない.また治療では stage I に対す
可能である.一方,深達度亜分類とリンパ節転移
る化学放射線療法,リンパ節転移陽性例に対する
の関係は過去の手術の膨大かつ詳細な病理学的検
補助化学療法など臨床試験の結果を知った上で適
討よりデータが示されている.近年,化学放射線
切な治療法を提示することになるであろう.
療法や内視鏡切除が行われるようになり,壁深達
度やリンパ節転移の病理学的検討が困難になって
食道表在癌の診断
おり,全ての症例が手術療法にて治療されていた
食道表在癌の治療はリンパ節転移の有無により
過去のデータは貴重なもので我が国が世界に誇る
大きく異なってくる.リンパ節転移がなければ,
べきものである.食道疾患研究会によると表の如
内視鏡切除や化学放射線療法を選択することが可
く EP:0%,LPM:3.3%,MM:12.2%,SM1:
能になるが,リンパ節転移があればリンパ節郭清
26.5%,SM2:35.8%,SM3:45.9%と報告されて
を伴う手術が最も根治しうる治療方法となる.
いる1)(図1).このような手術切除標本の解析に
従って,治療を念頭に置いた場合,食道表在癌の
基づきガイドライン2)ではリンパ節転移頻度の極
診断の目的とはリンパ節転移診断に他ならない.
めて低い EP,LPM を内視鏡切除の絶対適応と
深達度診断もリンパ節転移の可能性を示唆しうる
し,MM,SM1を相対的適応としている.
という意味において意義があり,例えば手術をす
一般にリンパ節転移の診断には5mm もしくは
るのであれば T1a(M)も T1b(SM)も技術的に
10mm という診断基準が用いられるが,10mm で
図 1 食道表在癌の深達度亜分類とリンパ節転移頻度
Sur
ge
r
y1
9
9
8
;1
2
3
:4
3
2
9
.
より引用
23
食
道
2
外科の立場から
図 2 食道癌における壁深達度と PET陽性率との関係
(大阪大学消化器外科)
は偽陰性が多くなり,5mm では偽陽性が多くな
が多い.また,PET はリンパ節転移の診断に有用
3)
る.10mm で正診率72% というのがよく用いられ
であると言われているが,CT や EUS に比べて感
る.転移リンパ節の大きさは原発巣大きさとある
度は高くないが特異度が高いという特性があるの
程度相関するので表在癌のリンパ節転移巣はその
で CT と組み合わせてかなり有用な診断方法と
大部分が5mm 以下である.従って表在癌では進行
なっている.最 近 の MDCT の 発 達 に よ り5mm
癌よりさらにリンパ節転移の診断精度は悪くな
以上のリンパ節はほぼ確実に CT で検出できるよ
る.上述の報告では手術標本より SM 癌全体で組
うになった.そこで5∼10mm の微妙な大きさのリ
織学的転移陽性率は38.9%であるが,一方,本邦の
ンパ節が存在するときに PET でこれが転移かど
別の論文では術前診断 stage I(cT1N0M0)の手術
うかを見極めるという使い方がされている.しか
症例において組織学リンパ節転移が33%の症例に
し,PET における検出能は癌巣の大きさに強く依
4)
存在したという報告もある .両者の数字の差が
存するので4mm 以下の癌巣では検出力が悪くな
僅 か6%弱 で あ る と い う こ と は,術 前 の CT や
る.残念ながら表在癌において PET 陽性のリン
EUS などの形態学的診断によるリンパ節転移診
パ節転移が見られることはまだ多くない.一方
断が表在癌においては殆ど無力であることを示し
我々の検討では同じ SM 癌でも原発巣が PET 陽
ている.
性の症例の方が組織学的リンパ節転移の可能性が
近年 PET(Positron emission tomography)が術
高い,つまり PET 陽性の SM 癌では画像検査上
前診断に幅広く用いられるようになったが,表在
検出できないリンパ節転移を含んでいる可能性が
癌における PET 検査の意義は確立されていな
高いという傾向にあった.
い.
我々の検討では食道癌では T2以深になるとほ
食道癌は同じ消化管癌でも胃癌や大腸癌よりリ
ぼ100%の陽性率であるが,表在癌では SM1まで
ンパ節転移しやすいことが知られている.SM 浸
は陰性が多く,SM2,SM3になると半数程度の症
潤癌における組織学的リンパ節転移の頻度は胃癌
例で陽性(SUVmax2.5以上)になっていた(図2).
では約20%(分化型15.6%,未分化型20.8%)
,大腸
大腸ではポリープ癌でもしばしば陽性になるが食
癌では約10%(結腸癌9.1%,直腸癌11.1%)と報告
道では大きく異なる点である.これは PET が深
されており,食道 SM 癌(38.9%)より遙かに少な
達よりも腫瘍量に依存するためで,食道表在癌で
い.また,ガイドラインにおける ESD,EMR 後の
も肉眼型では潰瘍型より隆起型が陽性になること
追加切除の適応は,SM 浸潤距離が食道癌で200
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2009年(平成21年)度前期日本消化器外科学会教育集会
図 3 食道癌治療アルゴリズム
(食道癌診療・治療ガイドライン 2
0
0
7
)
µm,胃癌で500µm,大腸癌では1000µm 以上とさ
実地臨床ではかなり浸透しつつある.リンパ節郭
れており,食道癌が浸潤距離に比してリンパ節転
清については劣らないという報告も多く,cT3以
移の危険が高いことが伺える.食道癌がリンパ節
深や術前治療症例でなければ熟練した術者によれ
転移しやすい理由は解明されていないが,粘膜固
ば開胸術に近い成績が得られると期待される.一
有層や粘膜下層のリンパ流が発達していることが
方,2領域郭清か 3 領域郭清かという問題について
その理由と考えられている.また,最近では同じ
は,我が国多くの食道癌手術の high volume cen-
食道表在癌でも組織型で扁平上皮癌のほうが腺癌
ter では 3 領域郭清が行われているが,十分なパ
より転移しやすいと報告されており,組織型によ
ワーを持ったランダム化比較試験が存在しないの
り転移頻度が異なるとすればその生物学的特性の
でどちらを標準的術式とすべきか現時点では確定
解明も含めて非常に興味深いテーマである.
的なことはいえない.下部食道の表在癌について
は 2 領域郭清で十分ではないかという後方視解析
食道表在癌の治療∼外科療法を中心
もあるが,これも推測にとどまっている.ガイ
に∼
ドラインで は 反 回 神 経 周 囲 リ ン パ 節 を 上 縦 隔
リンパ節転移陰性(cT1N0M0:stage I)
(#106R)から頚部(#101)まで郭清することを
EP,LPM(絶対適応)
,MM,SM1(相対適応)
推奨しており,鎖骨上リンパ節に関しては判断を
では内視鏡切除が優先されるので,その詳細な適
避けている.結局このあたりまでが我が国での平
応基準,さらに追加治療の適応や方法については
均的な意見と言うことができよう.stage I の手術
内科的治療の項を参照されたい.
成績は 5 年生存率では少し古いデータになるが全
国 登 録 で は64.5%5)と い う の が あ り,他 に は
ガイドライン2007年度版によると内視鏡切除適
78%4),75%という報告も見られる.
応外の stage I に対しては外科手術が標準治療と
記載されている(図3)
.術式については食道表在
補助療法に関しては JCOG92046)(図4)の報告
癌のリンパ節転移頻度はかなり高く,転移の範囲
に基づき,切除標本の組織学的検討でリンパ節転
も進行癌と変わらないことより,表在癌であるが
移があれば stage IIB になるので術後補助化学療
故に縮小手術が許されるという根拠は薄い.従っ
法を行うことが推奨される.補助化学療法のプロ
て食道抜去術や左開胸による手術はリンパ節郭清
ト コ ー ル は CDDP80mg!m2(day 1)
,5-FU 800
の点から不十分であろう.胸腔鏡手術はガイドラ
mg!m2!day(days 1∼5)を2コースである.この
インでは,臨床研究の段階であるとされているが
試験においては組織学的リンパ節転移陽性症例で
25
食
道
2
外科の立場から
図 4 J
COG(J
a
pa
nCl
i
ni
c
a
lOnc
o
l
o
gi
c
a
lGr
o
up)による臨床試験
・J
COG9
2
0
4
:食道癌術後化学療法(CDDP+ 5
FU)の無作為化比較試験(第 I
I
I相)
・J
COG9
7
0
8
:St
a
geI
(T1
N0
M0
)食道癌に対する放射線と抗癌剤(CDDP/
5
FU)同時併用療法の第 I
I相試験
・J
COG9
9
0
6
:St
a
geI
I
,I
I
I進行食道がんに対する放射線化学療法同時併用療法の第 I
I相臨床試験
・J
COG9
9
0
7
:臨床病期 I
I期および I
I
I期胸部食道癌に対する 5
Fu+シスプラチン術前補助化学療法と術後補助化学療
法のランダム化比較試験
・J
COG0
5
0
2
:臨床病期 I
(c
l
i
ni
c
a
l
T1
N0
M0
)食道癌に対する食道切除術と化学放射線療法同時併用療法(CDDP+
5
FU+ RT)のランダム化比較試験
図5 J
COG9
7
0
8
c
T1
N0
M0に対する化学放射線療法の治療成績
(J
COG食道グループ資料より転載)
は術後化学療法の有無で 5 年無再発生存率が52%
(リンパ節 7 例,遠隔 6 例)
,内+外 1 例であり,
vs 38%(p=0.041)と術後化療で再発が少ない傾
6 例に食道切除再建術が行われている.生存率を
向があるのに対し,組織学的リンパ節転移陰性症
見る限り上述の手術成績と比べても殆ど遜色がな
例では 5 年無再発生存率が両群とも約80%と良好
い.食道温存が 9 割以上の症例で可能であったと
で差を認めていない.
いうことを考えると十分に治療選択肢の一つとし
外科手術困難な場合は化学放射線療法が次善の
て考慮すべきものであると考える.
策となる.Stage I に対する化学放射線療法につい
Stage I に対する化学放射線療法の更なる発展
ては JCOG9708の第二相試験の結果が最も信頼で
を考えた場合問題となるのは,照射野と晩期障害
きる成績であろう.プロトコールは CDDP 70mg!
の問題であろう.JCOG9708では腫瘍近傍のみの
m2 (day 1),5-FU 700mg!m2 !day(days 1∼4)
照射野を設定しているが,表在癌におけるリンパ
combined with 30 Gy radiotherapy(2Gy!day,5
節転移の頻度とその範囲を考えると stage I にお
days!
week,days 1∼21)を2コース行っている.
いても予防的な 3 領域にまたがる照射野を設定し
照射野は腫瘍上下から3cm で予防的照射野は設
た方がリンパ節転移制御の可能性は高くなると思
定していない.解析対象は72例でプロトコール完
われる.実際国立がんセンターでは stage I に対
遂率は97%,CR 率は87.5%,2年生存率は93.1%,
し,広範な照射野を用いることにより従来の照射
4年生存率は80.5%であった(図5)
.半数の36例に
野に比べてリンパ節転移再発が5!56例から1!76例
再発がみられ,うち16例は内視鏡治療可能であっ
に減少したという報告がある.しかし照射野を広
たが,内視鏡治療の対象とならないものが20例
げた結果,胸水,心嚢液や心筋障害といった重篤
あった.20例は照射野内が 6 例,照射野外が13例
な Grade 3以上の晩期障害が0∼2%から5∼7%に
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2009年(平成21年)度前期日本消化器外科学会教育集会
増えていた.元々予後良好な stage I 食道癌に対し
法が標準的治療であるといわざるを得ない.
て重篤な後遺症は受け入れられにくいと考えら
遠隔転移陽性(cT1NxM1:stage IV)
表在癌における遠隔転移(M1)は比較的まれで
れ,現段階では予防的照射野を広げるというのは
ある.M1はガイドライン上は切除不能で化学療法
推奨されない.
こ の よ う な 背 景 に 基 づ い て 現 在 JCOG で は
とされているが,M1lym 特に鎖骨上リンパ節や腹
stage I 食道癌を対象として手術 vs 化学放射線療
腔動脈根部に関しては通常の郭清範囲に含めるこ
法のランダム化比較試験(JCOG0502)が行われお
とができるので我が国では手術対象とすることが
り,その進行が注目を浴びている.この試験では
多い.全国登録によると M1a(Ut の頚部リンパ
ランダム化試験に参加する症例だけではなく,ラ
節,Lt の腹腔動脈リンパ節)の約半数,M1b(そ
ンダム化試験に参加しない症例(この場合患者自
の他遠隔転移)の約1!3は外科切除を受けている.
身が治療法を選択する)も前向き観察として登録
最近では転移部位よりも転移個数のほうが予後に
するという方法をとっている.実際の登録ではラ
与える影響が大きいとする論文が多く,転移個数
ンダム化割り付けに参加する症例は少なく,非ラ
が少なければ M1lym であっても手術の対象にな
ンダム化部分として登録される症例が圧倒的に多
るであろう.この場合,stage II,III の JCOG9907
い.面白いことに非ランダム化部分では手術と化
のデータに基づいて術前化学療法を行った方がよ
学放射線療法の症例数が拮抗している.推測する
いと考えられる.しかしながら,血行性,播種性
に患者の選択基準は予後や QOL など様々であ
転移や腹部大動脈周囲リンパ節転移に対しては予
り,我々外科医の及ばない部分も多いということ
後は不良であり通常は手術をすべきではないと思
であろう.この試験の結果がどのようになろうと
われる.
道
2
どちらを選択する患者も当分は無くならないと思
おわりに
われる.
リンパ節転移陽性(cT1N1M0:stage IIB)
食道表在癌には多くの治療選択肢があるが,治
この stage ではガイドライン上は手術が推奨さ
療方針を最終決定するのは患者であり,医師の役
れる.上述の JOCG9204は組織学的リンパ節転移
割はその判断に必要な情報を正確に提供すること
陽性症例において補助療法なしに対する術後補助
である.外科医は手術へ内科医は内視鏡切除や化
化学療法の有用性を示しており,現時点での標準
学放射線療法へそれぞれが自分の得意な治療へ誘
的 治 療 と 考 え ら れ る.さ ら に そ の 後 行 わ れ た
導しがちであるが,自分は本当に中立的な立場
JCOG9907では同じ CDDP+5Fu のプロトコール
か?自分の親ならどうするか?常に自問自答しな
で術前化学療法と術後化学療法を比較し,overall
がら患者と相対しなければならない.また一般に
survival に お い て 5 生 率60%vs 42%と 術 前 化 学
高齢者は治癒率が悪くても QOL の優れた治療
療法が優っていた.今後は stage II,III において
を,若齢者は1%でも生存率の高い治療を選択する
は術前化学療法が主流になってゆくと思われる.
傾向にある.その価値観を否定することを医師は
化 学 放 射 線 療 法 に つ い て は JCOG9906に て
許されない.食道表在癌の治療選択とは,豊富な
stage II,III の根治的化学放射線療法の第二相試
知識,自分の技術への信頼,患者に対する敬意な
験が行われている.CR 率は68%であるが,5年生
ど医師としての資質が最大限に問われる場面であ
存 率 は37%と 同 じ stage II,III を 対 象 と し た
る.
JCOG9907の術前化学療法群とはかなりの開きが
ある.化学放射線療法は今後積極的にサルベージ
文
献
手術を導入することにより予後は改善すると思わ
1)Kodama M, Kakegawa T:Treatment of su-
れるが,現時点ではこの stage では手術+補助療
perficial cancer of the esophagus : a sum-
27
食
外科の立場から
mary of responses to a questionnaire on su-
with three-field lymph node dissection. Eur J
perficial cancer of the esophagus in Japan.
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Surgery 123:432―9, 1998
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イン2007年 4 月版
eases:Comprehensive Registry of Esopha-
食道癌診断・治療ガイドラ
geal Cancer in Japan(1998, 1999)and Long-
金原出版,東京
term Results of Esophagectomy in Japan
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(1988-1997)3rd Edition.
Evaluation of the accuracy of preoperative
staging in thoracic esophageal cancer. Ann
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Thorac Surg 68:2059―64, 1999
chemotherapy compared with surgery alone
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for localized squamous cell carcinoma of the
pathologic characteristics and survival of pa-
thoracic esophagus:a Japan Clinical Oncol-
tients with clinical Stage I squamous cell car-
ogy Group Study―JCOG9204. J Clin Oncol
cinomas of the thoracic esophagus treated
21:4592―6, 2003
28