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Vol.18 No.3 2014
痛みにおけるグリア細胞の役割
九州大学大学院薬学研究院ライフイノベーション分野
津田 誠
九州大学大学院薬学研究院薬理学分野
井上和秀
津 田 誠 九州大学大学院薬学研究院ライフイノベーション分野 教授
Makoto Tsuda
1998年:星薬科大学大学院薬学研究科博士課程 修了
1999年:科学技術振興事業団
(JST)特別研究員(国立医薬品食品衛生研究所配属)
2002年:トロント小児病院
(カナダ)博士研究員
2004年:厚生労働省(国立医薬品食品衛生研究所配属)
2005年:九州大学大学院薬学研究院薬理学分野 助手
2006年: 同 助教授(准教授)
2014年:九州大学大学院薬学研究院ライフイノベーション分野 教授
井 上 和 秀 九州大学大学院薬学研究院薬理学分野 教授
Kazuhide Inoue
1978年:厚生省国立衛生試験所薬理部 研究員
1985年∼1987年:米国国立衛生研究所
(NIH)客員研究員
1991年∼1992年:英国ロンドン単科大学
(UCL)名誉客員研究員
2002年:国立医薬品食品衛生研究所代謝生化学部長
2005年:九州大学大学院薬学研究院薬理学分野 教授
(専任)
2010年∼2014年:九州大学大学院薬学研究院 研究院長
2011年:九州大学創薬育薬最先端研究基盤センター長
2014年:九州大学産学官連携創薬育薬センター長
シナプスに接触し、その機能・形態・数の調節をする
はじめに
という大変興味深い知見もある。
中枢神経系のグリア細胞は、アストロサイト、オリ
本稿では、神経障害性疼痛におけるグリア細胞、特
ゴデンドロサイト、そしてミクログリアに大別される。
にミクログリアとアストロサイトの役割に注目した研
アストロサイトは、非常に多くの突起を有し、脳表面
究成果を紹介し、それらの知見から見えてきた新しい
や脳血管、シナプスに接触している 。シナプスでの
細胞分子メカニズムについて概説する。
1)
アストロサイトは、シナプス構造の維持だけでなく、
多くの神経伝達物質受容体を発現し、神経からのシグ
ナルを受け、さらにシナプス活動に影響を与える物質
ミクログリアと神経障害性疼痛
も放出する。オリゴデンドロサイトは、中枢神経の軸
末梢神経を損傷させた神経障害性疼痛モデルや神経
索に巻きつき、髄鞘を形成し、正常な神経伝達を維持
障害を伴う病態モデル(糖尿病、がん、脊髄損傷、帯状
している2)。ミクログリアは、他のグリア細胞と異な
疱疹など)の脊髄において、ミクログリアは細胞体を
り、胎生期の卵黄嚢で発生する原始マクロファージを
肥大化させ、その突起の退縮、細胞マーカーCD11bや
起源とする 3)。ミクログリアは、死細胞などの貪食、
Iba1の発現を増加させる4)。また、脊髄ミクログリア
炎症性因子、細胞障害性因子や神経栄養因子の産生放
は細胞分裂も起こし、細胞数を 2 ∼ 3 倍に増加させる。
出を起こす。さらに最近では、ミクログリアの突起が
一方で、脊髄後角で活性化したミクログリアには、脊
16
基礎から学ぶ麻酔科学ノート
髄後角にもともと存在する常在性ミクログリアに加え
遺伝子をノックダウンや欠損させることで、アロディ
て、脊髄後角に浸潤しIba1を発現した骨髄由来細胞が
ニアが著明に抑制された6,7)。ミクログリアのP2X4R
混在することも報告されている 。このことは、脊髄
がATPで刺激されることで脳由来神経栄養因子
(brain-
後角で活性化状態にあるミクログリアは均一な細胞集
derived neuro trophic factor:BDNF)
が産生放出され8)、
団ではなく、常在性細胞と骨髄由来細胞が混在するヘ
放出されたBDNFは脊髄後角痛覚ニューロンのBDNF
5)
テロな集団である可能性を示唆している。しかし、こ
受容体であるTrkBを介して、このニューロンを抑制
の研究では致死量の放射線を照射して作成した骨髄細
する GABAの作用を興奮性へと変化させ、結果とし
胞移植マウスを用いていることから、放射線照射およ
て異常興奮を起こす9)。したがって、ミクログリアの
び骨髄細胞投与などの実験的操作の影響が懸念されて
P2X4Rの活性化から端を発するグリア―ニューロン
おり、神経損傷後に活性化する脊髄ミクログリアへの
連関の形成が、ニューロンの過剰興奮、さらには神経
骨髄由来細胞の寄与については未解決の課題となって
障害性疼痛の原因であることを示唆している10)
(Fig.1)。
いる。
それではP2X4Rはどのようなメカニズムでミクロ
脊髄ミクログリアの重要性を明らかにする突破口と
グリア特異的に発現増加するのか?活性化したミクロ
なった分子は、細胞外アデノシン三リン酸(ATP)によ
グリアではP2X4Rを含むさまざまな遺伝子の発現が変
り活性化する非選択的陽イオンチャネルの一つである
化するが、ミクログリア特異的な遺伝子発現制御メカ
P2X4受容体(P2X4R)である。神経障害性疼痛動物モ
ニズムは不明であった。最近我々は、interferon reg-
デルの脊髄後角では、P2X4Rがミクログリアで特異
ulatory factor( IRF)転写因子ファミリーの一つIRF8
的に高発現し、その受容体を遮断すること、あるいは
が、神経損傷後にミクログリア特異的に増加すること
脊髄後角
神経損傷
ミクログリア
to
mako
損傷側
正常側
受容体
ATP
P2X4受容体発現増加
転写メカニズム
IRF5
IRF8
核
Irf5
脊髄後角
P2X4
活性化型ミクログリア
性化型ミク
化型 ク
化型ミク
P2X4
mRNA
BDNF
IRF5
P2xr4
GABA Cl-
KCC2
Cl-濃度
TrkB
抑制
神経細胞
上昇
脱分極
GABAA
受容体
異常興奮
神経障害性疼痛
Fig.1. ミクログリアを起点とした神経障害性疼痛メカニズム
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を見出した11)。IRF8を強制発現した培養ミクログリア
細胞では、活性化したミクログリアで増加するTLR2、
P2Y12R、CX3CR1、IL−1β、カテプシンS、そして
P2X4R遺伝子発現が増加した。さらに、IRF8欠損マ
ウスでは、神経損傷によるそれら分子の発現増加が抑
制され、アロディニアも抑制されていた。また、一旦
形成したアロディニアも、脊髄での IRF8のノックダ
ウンで緩解した。しかし、IRF8欠損マウスでは、ミ
クログリアの形態学的肥大化や細胞増殖などには影響
がないことから、IRF8の欠損によってミクログリア
のすべての機能が障害を受けているわけではない。以
上の結果から、IRF8がP2X4Rを含む機能分子を発現
させ、ミクログリアを活性化状態へと誘導し、神経障
神経障害性疼痛患者での脊髄後角における
グリア細胞の変化
複合性局所疼痛症候群(complex regional pain syndrome:CRPS)の患者の脊髄において、CD68陽性ミ
クログリアの活性化が報告されている16)。さらに、慢
性疼痛を伴ったHIV患者の脊髄後角でアストロサイ
トが活性化し、さらに腫瘍壊死因子(tumor necrosis
αとIL−βも増加していた17)。興味深い
factor:TNF)
ことに慢性疼痛を発症していないHIV患者ではそれら
の変化が認められなかった。ヒトにおける神経障害性
疼痛とグリア細胞の関連性については、今後の更なる
エビデンスの蓄積が求められる。
害性疼痛の発症と維持に重要な役割を担っていること
が示唆された(Fig.1)。
興味深いことに、IRF8による標的遺伝子の一つとし
て同じIRFファミリー転写因子のIRF5を特定した12)。
IRF8はIRF5の転写制御プロモーター領域に結合し、
直接IRF5の発現を増加した。IRF5の脊髄における発
現は、IRF8と同様に、神経損傷後ミクログリア特異
的に増加し、その増加はIRF8欠損マウスで消失する。
IRF5欠損マウスでは、神経損傷後のアロディニアが
抑制されていた。さらに、そのマウスの脊髄における
遺伝子発現変化を解析したところ、P2X4Rの発現増加
が認められず、さらに、IRF5が直接P2X4Rプロモー
おわりに
2003年以降 6)、ミクログリアにある分子の発現や機
能を抑制することで神経障害性疼痛を緩解するとい
う、一貫したエビデンスが基礎研究レベルで数多く蓄
積している。しかし、活性化グリア細胞が作り上げる
ニューロンの機能異常については不明な点が多く残さ
れているのも事実である。したがって、グリア細胞の
役割を今後詳細に研究し、その全容を明らかにするこ
とで、それらを標的にした薬剤が、将来的に有効な治
療薬となることを期待したい。
ター領域へ結合して発現を増加させることも明らかに
なった。以上より、IRF8を起点とした転写カスケー
ドの駆動によってミクログリアがP2X4受容体陽性と
なり神経障害性疼痛を成立させるという新しいメカニ
ズムが明らかになった(Fig.1)
。
アストロサイトと神経障害性疼痛
アストロサイトの活性化は、細胞体および突起の肥
大化、細胞マーカーGFAPの発現増加が一般的な指標
とされている。ミクログリアは、神経損傷後早期から
活性化するが、アストロサイトは比較的後期から活性
化する13)。アストロサイト特異的に活性化する分子と
して、MAPキナーゼ(Jun-N末端キナーゼや細胞外シ
14,15)
グナル調節キナーゼ)
と転写因子STAT3 13)がある。
興味深い点は、それらの阻害薬は神経損傷後に一旦形
成した疼痛を抑制できることであり、したがって、活
性化アストロサイトは神経障害性疼痛の維持メカニズ
ムに重要であろうと考えられる。しかし、活性化アス
トロサイトによる脊髄後角ニューロン変調メカニズム
の詳細は不明である。
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引用文献
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基礎から学ぶ麻酔科学ノート
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16)Del Valle L, Schwartzman RJ, Alexander G:Spinal
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cord dorsal horn of human immunodeficiency virusinfected patients. J Neurosci 32:10833−10840,
2012.
読者の中には宮崎をよく知らない方も多いことと思います。九州南部にある太平洋に面した細長
い県です。地図で調べると県庁所在地が太平洋に隣接しているのは、宮崎県、高知県、宮城県、
静岡県、茨城県です。宮崎大学病院からも海が見え、僅かな時間で太平洋からの日の出を拝める絶
景スポットにたどり着くことができます。陸の孤島と呼ばれて久しい宮崎ですが、三方を山脈に、
一方を海に囲まれた隔離された環境であることは確かです。
先日、日本臨床モニター学会で山形に行きました。山形は東北地方の山間部にあり宮崎からは
ずっと遠方のイメージがありましたが、宮崎の自宅を出て飛行機を乗り継いでわずか3時間半で目
的地に到着し、あまりの近さに驚きました。調べてみると、北海道ですら飛行機の乗り継ぎがうま
くいけば宮崎から3時間半で着きますし、沖縄へも1時間20分と日本中どこも身近であることが分
かりました。宮崎から東京まで列車で2日かかっていた半世紀前と比べると隔世の感があります。
宮崎から各地への移動手段は飛行機が便利ですが、学会開催地ではできるだけタクシーを利用し
ます。タクシーの運転手さんは地元の事情通であり、ご当地グルメから観光地の紹介、さらには全
国ニュースで流れた話題の裏話など詳しく話してくれるためとても会話が弾みます。あらかじめ地
方にまつわる大雑把な知識を入手して話のネタをふれば、塾の講師並みの解説がはじまり、ほんの
数十分の会話でその土地柄をよく知ることができます。タクシーは、電車やバスの移動に比べると
贅沢と思われるでしょうが、レアで貴重な情報収集のツールとして重宝しています。
つい最近、岡山に出張した際に自宅に荷物を送りましたが、24時間かからず届いており、私の
帰宅よりも早い足取りに驚くとともに、交通の発達に感心しました。宮崎も随分と身近な場所にな
りましたので、みなさま時間を見つけて是非ともおいで下さい。パワースポットも多く、とても癒
されますよ。
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