本人の意思が 確認できない場合の 家族への上手な アプローチ方法

特集2
意思疎通の難しい認知症の人の終末期ケア実践
本人の意思が
確認できない場合の
家族への上手な
アプローチ方法
終末期(末期)の基準
認知症状が進むと,言語はもとより,
表情,しぐさで表されるサインすら乏し
レビー小体型認知症家族を
支える会 副会長
株式会社ケアサークル恵愛
ケアサークル恵愛
居宅介護支援事業所
介護支援専門員 長澤かほる
ヘルパーとして在宅ケアを経験した後,2000年より介護支援
専門員。2005年より「センター方式」地域推進員として,各地
の自治体などで開催されるセミナーの講師を務める。実父が
レビー小体型認知症を罹患した経験を通して,
「レビー小体型
認知症家族を支える会」副会長として介護家族・専門職の両
面で普及活動をしている。東京都認知症介護指導者。
かかわりが始まったら
予測して行動しておくべきこと
くなり,意思確認が難しくなる時が来ま
認知症であっても,本人がどのように
す。では,「終末期」
(末期)の基準はど
生きたいかを自らデザインすることは,
こにあるでしょうか。
初期段階であれば可能でしょう。また,
「中日メディカルサイト」
(2013年4
罹患する前から自分のエンディングにつ
月13日朝刊)には,
「認知症となった高
いて書き留め,折々に家族に語る人も少
齢者の『末期』判断をめぐり,日本尊厳
なくありません。
死協会(東京,会員約12万5千人)は
ただ,残念なことに「大丈夫よ。そん
新たな定義を示した。重度の認知症で,
なに簡単に死にゃあしないから」と,本人
生命に直結するほど重い身体症状を併発
がせっかく最期について意思を伝えよう
した場合を『末期』とし,延命措置の是
としても,家族に心構えができていない
非を検討する必要があると提案。現在,
と,その意思を受け止められず拒む傾向
認知症患者の末期や延命措置中止などの
があります。せっかくの大切な機会を避け
基準はない。現場に判断が任され,医師
れば,後で家族に負担がかかる事態が生
や家族が苦悩する中,議論の材料となり
じかねません。認知症が進行して判断力
そうだ。(中略)認知症が重くなると,
や理解力が低下してからでは,延命に関
歩行やのみ込みなどが難しくなり,転倒
する本人の意思決定は困難になるのです。
による骨折や,誤嚥(ごえん)性肺炎な
「センター方式」の「C-1-2 心身の
どをよく起こす。
『延命にこだわるので
情報(私の姿と気持ちシート)
」
(資料1)
はなく,その後の人生の質を考え,最善
には「ターミナルや死後についての私の
の医療・ケアを考える時期』とする」1)
願いや要望は…」という吹き出しもあり,
とあります。
何げなく語られる言葉の頭に●を付け,日
付と共に書き留めておくことも方法です。
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季刊
Vol.15 No.4
資料1
センター方式「C−1−2 心身の情報(私の姿と気持ちシート)」
C−1−2心身の情報(私の姿と気持ちシート)
最初に記入した
日付
名前 記入日:20 年 月 日/記入者
◎私の今の姿と気持ちを書いてください。
※本人のふだんの姿をよく思い出して,まん中に本人の姿を描いてみよう。いつも身につけているものや身近に
あるものなども書いておこう。
※本人の言葉や声を思い出しながら,ありのままを●を文頭につけて記入しよう。家族が言ったことは△をつけ
て記入しよう。
※一つひとつの●(本人の言葉や表情)について「本人がどう思っているのか」を考えてみて,気づいたことや
支援のヒントやアイデアを,文頭に○をつけて記入しよう。
※C−1−1のような身体の苦痛を抱えながら,どんな気持ちで暮らしているのか考えてみよう。
私の姿です
私の不安や苦痛,悲
しみは…
私へのかかわり方や
支援についての願い
や要望は…
私が嬉しいこと,楽しいこと,快と
感じることは…
私がやりたいことや願い・要望は…
例
ターミナルや死後についての私の願いや要望は…
●食べられなくなったらおしまいさ 2014年○月○日△△
●コロリといきたいね 2014年○月○日××
その言葉を
聞いた日付
と記入者を
追加する
●畳の上で死にたい。やだよ,病院は
(入所者が具合が悪くなったのを見た時に)2014年○月○日□□
医療についての私の願いや要望は…
ターミナルや死後についての私の願いや要望は…
※支援とは,本人を支える人(介護職,医療職,福祉職,法律関係者,地域で支える人,家族・親戚等)であり,
立場や職種を問わない。
Ⓒ認知症介護研究・研修東京センター(1305)
本人の意思確認ができない場合に
家族に上手にアプローチする方法
そこで,まずはウォーミングアップの
ための質問をします。
「お父様は,働き盛りのころはどのよう
この場合,家族の「人となり」やケア
にご家族にかかわってくださいましたか?」
者側との信頼関係によって手法は変わる
「お父様が年を取ったら,どんなこと
でしょう。
をしてあげたいと思っていましたか?」
①ストレートに尋ねる。
「お父様が認知症になって一番大変に
②媒体を活用して婉曲に尋ねる。
感じたのはどんなことですか?」
しっかりとした関係性ができていれば,
「ご家族で,それぞれの考えについて
①の方法を取る方が,誤解を生じさせな
ゆっくりお話しされたりしますか?」
いで家族の意思を確認することができる
このような問いかけにより,昔の家族
でしょう。とは言え,紋切型にいきなりこ
関係やそれにまつわる思い出話,今の家
のテーマのみで話をするなら,非常に緊
族関係や認知症になってからの家族の苦
張感の漂う重苦しい場になりかねません。
労などを聞いた後,本人がかつて自分の
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最期について話題にしたことがあるか,
しかし,それを伝える家族には,本人の
家族自身の終末期に対する考え方を尋ね
命の責任を負うことに不安がつきまとい
ます。その時にも,一般的な傾向や経験談
ます。代理で決定する場合にはなおのこ
から入っていく方がよいかもしれません。
と,恐れさえ感じる場合があるのです。
終末期ケアで問題となるのは,大抵「栄
養・水分摂取」の方法です。その筆頭に
認知症家族会でも,胃瘻について意見
挙がる胃瘻を例に取って話題にする場合,
交換がされたことがありました。ある人
次のように切り出すとよいでしょう。
は反対を唱え,ある人は受け入れた方が
「最近は,口から食べられなくなった時
よいという意見でした。そこで,それぞ
に,胃瘻を勧められることがあります。お
れの言葉の背景や経験を語ってもらうと,
医者さんによっては,命は永らえさせるべ
決して同じ条件での意見ではなかったの
きと考える人もいれば,必要最低限の処
です。たとえ同じ状態を想定していたと
置はしながらも自然に任せた方がよいと
しても,死生観,家族間の温度差,経済
考える人もいます。それぞれの意見につ
状態,生活のあり方などによって意見が
いてどう思われますか? もし,お父様が
分かれるのは当然だと思います。
そのような状況になったらどうしたいか,
このような話題を持ち出す時には,た
ご家族で話し合ったことはありますか?」
だ雑にやり取りをするのではなく,背景
「ご家族でも考え方が違い,どんな姿
や状況を丁寧に抽出しながら,質の高い
でも生きていてほしいと願う人もいれば,
ファシリテーションにより,意見の相違
無駄に苦しめたくないと考える人もいま
のポイントをしっかり理解してもらえる
す。皆さんはいかがですか?」
ようにしていきたいものです。
ぜひ,時間をかけて引き出していくよ
【ケース2】経鼻経管栄養と胃瘻は違う?
うにしたいものです。
Sさんは認知症高齢者の日常生活自立
②の方法の一つに「センター方式」の
度Ⅳで,感覚性失語がありましたが,ち
「B-1 暮らしの情報(私の家族シート)
」
ぐはぐながらも会話や感情のコミュニ
(資料2)の活用があります。家族に直
ケーションは取れていました。しかし,
接書いてもらう,シートを仲立ち(クッ
ほぼ同時に複数の脳出血を再発し入院し
ション)にして家族の意向を聞き出すな
たSさん。脳の大部分が損傷し四肢麻痺
ど,道具として自由に活用してもらえれ
となり,コミュニケーションが取れなく
ばと思います。
なりました。経口摂取は不可能になり,
終末期ケアに対する家族の
心理と家族が求める情報
情報収集の焦点は,本人の意思です。
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【ケース1】意見の背後にあるもの
季刊
Vol.15 No.4
入院中は経鼻経管栄養を行っていました。
療養型病院への転院を勧められました
が,経済的な理由から在宅ケアに取り組
むことになりました。自宅には戻りまし
資料2
センター方式「B−1 暮らしの情報(私の家族シート)」
B−1暮らしの情報(私の家族シート)
名前 記入日:20 年 月 日/記入者
◎私を支えてくれている家族です。私の家族らの思いを聞いて,家族と私がよりよく暮せるよう支えて下さい。
私の家族・親族
(旧姓: )
□
※本人がその人を呼ぶ時の呼び名(呼称)も書いておこう。同居は囲もう。 □ 男性
※新たにわかったことも書き加えていこう。
○ 女性
● 死亡
○
* 主介護者(男)
□
記入のしかた
* 主介護者(女)
○
関係する家族みんなで1枚を書いても
△ 副介護者(男)
□
私
ひとり1枚ずつ書いても
△ 副介護者(女)
○
= 婚姻関係
意向が変わったら,日付とともに追加記入する。
私を支えてくれている家族・親族らの本人についての思い・要望
名前 続柄 年齢
役割と会える 本人や介護に
受けている
最期はこうして
頻度
対する思い サービスへの要望 迎えさせたい
最期はこうして迎えさせたい
(終末期ケアに関する意向記入欄)
私の願いや
支援してほしいこと
●私が言ったこと
△家族が言ったこと
○支援者が気づいたこと,
支援のヒントやアイデア
私の家族・親族らの悩み・要望・願い(家族・親族らの生活,介護,経済面,人間関係など)
名前
続柄
私の家族・親族自身の,暮らしに関する悩み・要望・願い
成年後見制度の利用 有・無
(利用の緊急性 無・有)
私の願いや
支援してほしいこと
●私が言ったこと
△家族が言ったこと
○支援者が気づいたこと,
支援のヒントやアイデア
地域福祉権利擁護事業の利用 有・無
(利用の緊急性 無・有)
※支援者とは,本人を支える人(介護職,医療職,福祉職,法律関係者,地域で支える人,家族・親戚等)であり,
立場や職種を問わない。
★プライバシー・個人情報の保護を徹底してください。
Ⓒ認知症介護研究・研修東京センター(1305)
たが,経鼻経管栄養を行っている患者を
一方,長女とあまり仲がよくない次女
訪問診療してくれる医師がその地域には
がどういう考えを持っているかが問題で
いませんでした。
「胃瘻なら診ます」
。何
した。次女は「お母さんは自然な姿で死
人かの医師は,経鼻経管栄養が本人に与
にたがっている。経管栄養なんて望んで
える苦痛や,在宅でチューブを交換する
いない」と答えたそうです。しかし,長
ことのリスクを挙げました。
女はSさんからそのような言葉を直接聞
「鼻からの経管栄養は,チューブがう
いたことがなく,次女が自分に反抗する
まく入らなくなればそこで終了するので
ための発言だと考えていました。何より
延命ではなく,胃瘻は終了できないので
訪問診療医が付かないことに焦りはあり
延命。だから胃瘻はやりたくない」とい
ました。延命とは何かを考えてもらうた
う考えを持っていました。
め,胃瘻のメリット・デメリットをまと
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めたものや是非を問う新聞の連載記事の
コピーを渡し,次女と折り合いを付ける
・経済状況
ように勧めました。長女はその頃には胃
・家族間の意見の相違
瘻を受け入れるようになっていたようで
・専門職にしてもらいたいこと など
す。
それらの意向・希望と現実に置かれて
「お姉さんにはもう協力しないので,
いる状況にどれほどの差があるでしょう
胃瘻でも何でもしたらいい」という返答
か。実行可能の度合いはどれくらいでしょ
が来たので,その条件を受け入れて,実
うか。それらを考慮しつつケアの方針を
際胃瘻にしたところ,経鼻経管栄養より
提案し,共に考えていきます。
栄養の注入が楽になったこと,経鼻経管
栄養では受け入れてもらえなかったデイ
決定支援の手立て
サービスやショートステイが利用できる
終末期ケアの答えは1つではありませ
ようになったことから,長女は「胃瘻に
ん。インターネット上でも,医療職,看
してよかった」と喜んでいました。
護職,ケア職,家族がそれぞれの立場で
長女は仕事をしながら献身的にSさん
戸惑い,迷い,答えを常に模索している
のケアに当たっていましたが,ある時,
状況を知ることができます。
「胃瘻を決断したのは,実は入院中に命
家族のニーズを把握した上で,決定に
はあと数カ月だろうという話があり,自
はさまざまな要素が絡むので,個別性が
分もそう思っていたから。でも,ここま
強いものであることを示します。指標と
で安定して命が延びるとなると,うれし
して次のケースが参考になるかもしれま
い反面,いつまでこの状態が続くのか不
せん。
安が大きい」と気持ちが揺れ動きはじめ
ました。
【ケース1】延命しなかった場合
本人が延命を望まない場合,そのとお
家族の置かれている状況を
把握する
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とやできないこと
りにしても,家族は「本当にこれでよかっ
たのか」と思い悩む。
【ケース2】延命した場合
認知症の終末期ケアにおいて,家族が
どのような状態でも長生きしてほしい
方針に関して結論を出さなければならな
と願って延命したにもかかわらず,年月
い場合,支援をするケア者側は家族のニー
と共に「本当にこれでよかったのか」と
ズを把握する必要があります。
思い悩む。
・本人に対する思い
そして,重要な点は,特別な事情がな
・事の大小にかかわらず(物理的,精神
い限り,家族が何かを決定する時は,単
的),家族としてしてあげたいことや
独でしない方がよいと助言します。一人
できること,家族としてしたくないこ
で決めると,何か問題が生じた時につら
季刊
Vol.15 No.4
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