空気圧バルーンを用いた体積型ハプティックディスプレイ - 筑波大学

空気圧バルーンを用いた体積型ハプティックディスプレ イ
阿部 幸司∗1 矢野 博明∗2 岩田 洋夫∗2
Volume Haptic Display Using an Air-balloon Array
Koji Abe∗1
, Hiroaki Yano∗2 and Hiroo Iwata∗2
– This paper describes development of a haptic display that displays 3D shape in real
environment using an air-balloon array. The device employs many small balloons arranged by cubic
array. It enables user whole palm interaction; not only touch virtual objects but also to hold them.
We developed a balloon control unit that control the volume of the balloon and evaluated it. Then we
constructed a balloon array using 5 control units and created some sample shapes of virtual object.
Abstract
Keywords : virtual reality, haptic interface, volume display, air-balloon
1.
はじめに
近年、情報の電子化とその利用の高度化に伴い、表
Display [1] や筑波大学の FEELEX [2] が開発されてい
る。しかし 、これらは面の凹凸を表現することはでき
ても三次元立体は表現できていない。
現手法としてバーチャルリアリティ技術が利用される
そこで本研究では、空気圧バルーンを複数個用いる
ようになってきた。そして、電子化された事象や物体
ことで、連続した「面」を呈示するだけでなく、把持
をより直感的に認識するため、従来重視されてきた視
行動のように多方向からのコンタクトも可能なディス
覚呈示技術と共に、力覚の呈示技術に関する要求が高
プレ イ( 体積型ハプティックディスプレ イ)を開発し
まってきている。力覚呈示デバイスは、バーチャル物
た。本稿では 、基本的な動作原理を提案すると共に 、
体の認識だけでなく、それに対して操作を行うことが
実際にシステムを製作し 、評価を行ないその有効性を
でき、医療シミュレーションや遠隔作業など 多くの分
検証する。
野への応用が期待されている。
現在、力覚の呈示について様々な装置が研究されて
きており、その形態により大きく3つに分類される。
ペンなどの道具を介してバーチャル物体と「点」で接
触した感覚を呈示する「道具媒介型」、腕や手の甲な
ど 体の一部に装着し 、複数の「関節」に力覚を呈示す
2.
従来の研究と体積型ハプティックディスプレ イ
現在研究されている連続した「面」を呈示する対象
指向型ハプティックディスプレ イの多くは、その面を
駆動するために直動機構のロッドをアレ イ状に配置し
ている( 図 1 )
。
る「外骨格型」、バーチャル物体の形状の一部を機構
によって実世界に再現し 、体験者が実物体と同じよう
に指や手全体で直接触れる「対象指向型」である。
それぞれの方式には呈示するのに適している対象
がある。本研究では、バーチャル物体を実物体と同様
の臨場感をもって表現することを考えた。実物体は連
続した面で構成されており、その物体認識には深部感
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覚と触圧覚の両方に対する刺激が重要である。実物体
をシミュレーションするような用途でバーチャル物体
呈示するには、指や手のひら全体で触ることができる
対象指向型のディスプレ イが有効である。これまでに
図 1 直動機構による面呈示
Fig. 1 Surface deformation with linear actuators
対象指向型デ ィスプレ イとして、東京大学の Surface
しかし構造上、変形及び力覚呈示ができるのはロッ
*1:筑波大学大学院 理工学研究科
*2:筑波大学機能工学系
*1:Master’s Program in Science and Engineering at University of Tsukuba
*2:Institute of Engineering Mechanics and Systems, University of Tsukuba
ドの動作方向の一次元のみで、物体の裏側の形状やロッ
ド の横方向などからの力の入力を検出することは困難
である。動作方向を工夫することによってボリューム
を呈示することもできるが 、ロッド 間に谷ができてし
まうなど 、ボリュームを持つバーチャル物体を呈示す
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るのに適しているとは言えない。
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なく、空気圧バルーンを用いて力覚呈示を行う。バルー
ンはその特性上、全方向に等しい力を発生させ、また、
その形状( 大きさ)も全ての方向に同時に変化する。
また逆に、力の入力があった場合、その影響はバルー
ン内部のどの個所においても検出が可能である。 そこ
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本研究では面呈示部にロッド のような直動機構では
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図 3 バルーンの体積対圧力特性
Fig. 3 Pressure-volume characteristic of a
balloon
結果、単に圧力を制御するだけでは意図した形状( 大
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きさ)にすることができなかった。
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3. 2
体積制御
内部の圧力を制御するだけでは、膨張/収縮し続け
図 2 バルーンによる面呈示
Fig. 2 Surface deformation with balloon
る不具合があるので、内部に送り込む空気の量を制御
することを考えた。そこで、圧縮空気供給機とバルー
ンの間にバルブと流量計を設置し 、バルーンに流れる
で、小型バルーンを複数個配置し 、それぞれのバルー
空気の流量を測定・制御し 、バルーンの形状を制御す
ンの体積を制御することにより、ボリュームの概念を
る装置を試作した。配管を流れる空気量とバルーン体
含んだ面の形状と力覚の呈示・インタラクションが可
積はほぼ同じ量で変化するので、バルーンは意図した
能を実現した( 図 2 )
。
大きさになり、その手法自体は形状呈示に適している。
3.
バルーンの特性と制御
しかし 、流量計によって正確に測定できる範囲には制
約があり、微少の流量は測定できず、時間経過と共に
体積型ハプティックディスプレ イでは、バルーンの
バルーン体積との誤差が蓄積され 、拡大する。最終的
体積の膨張、収縮、維持の3つの状態を素早く切り換
には意図した大きさにはならない場合があった。さら
えられる機構が必要である。これを実現するため、い
に、この手法では、バルーンを収縮させる際には、配
くつかの機構を検討した。
管の太さをパラメータとし 、内部圧力と大気圧との差
3. 1
圧力制御
バルーンの体積は、
「外部の空気圧+バルーン自体の
を利用した受動的な排気であり、応答速度は良好では
なかった。
収縮力」と「内部の空気圧」のつり合いによって決ま
そこでバルーンとタンクを密閉して接続し 、外部と
る。そこで、バルーンに圧力センサを取り付け、圧縮
の空気の出入りをなくし 、タン クの要領を変化させ
空気の供給・排気により任意の圧力に制御することで
ることで、形状を制御することを考えた。すなわち、
ボリュームの呈示を行なう装置を試作した。これは 、
シリンダのピストンをアクチュエータによって駆動す
バルーンに対し て操作が 加えられたことも圧力セン
ることで、バルーンの体積を制御する。この手法は 、
サで検出が可能で、外部の制御装置が単純で済む利点
シリンダやアクチュエータなど 装置が複雑かつ大型に
がある。しかし 、実際のバルーンの体積と内部圧力の
なってしまう。しかし 、アクチュエータの作動量から
関係を計測した( 図 3 )ところ、バルーンは体積と内
バルーンの体積を算出可能で、高精度で制御できるこ
部圧力の関係が一意でないことが分かった。 これは、
とが大きな利点である。また、バルーンの空気の出入
バルーン自体のゴ ムの収縮力が体積によって変化する
りはアクチュエータによって能動的に行われるため、
ことによるものと考えられる。これを無視して、一定
比較的高速な応答を得ることができる。さらに、シリ
圧力に保とうと制御した時、ピークを超えられず、バ
ンダとバルーンの間に圧力センサを設置し 、バルーン
ルーンが膨らまないか、膨張がいつまでも止まらない
の体積と圧力の関係と照らし合わせることで、外部か
かのど ちらかの現象を示すものである。実際の検証の
らの力の入力が検出可能である。
4.
4. 1
体積型ハプティックディスプレ イシステム
力覚呈示部
バルーンの圧力・送りねじの回転数情報は PC に入
力され 、処理された結果、PC からモータ制御の信号
を出力する( 図 6 )。この駆動装置をバルーン1つに
バーチャル物体の形状を正確に呈示するためには 、
可能な限り小さなバルーンを採用するべきだが 、本研
つき1台割り当てることで任意の数のバルーンをリア
ルタイムで制御する。
究では 、バルーンに空気送る配管の径など も考慮し 、
バルーンの制御範囲を直径 20mm-46mm(バルーン直
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径 46mm 時の体積は約 50ml )とした。バルーンは隙
2%
間をできるだけ小さくするように、体心立方格子状に
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2+1
配置した。また、バルーン間にできる谷間を補完する
ために、図 2 の呈示面のようにバルーン群を布(ネッ
図 6 制御システム構成
Fig. 6 Configuration of control system
ト包帯)で覆うことにした。この布はバルーンの膨張
率やバルーンの位置拘束を考慮して伸縮性のあるもの
を用いる。さらに、バルーン位置の相対関係を保つた
5.
め、配管同士をスプリングによって結合する( 図 4 )
。
システム評価
実際に製作したバルーン制御装置1ユニットの外観
を図 7 に示す。
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図 7 体積制御ユニット
Fig. 7 Overview of volume control unit
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図 4 バルーン配置
Fig. 4 Balloon arrangement
まず、バルーンの制御応答速度について評価を行っ
た。バルーン体積がほぼ 0ml の状態から、想定されて
4. 2
いる制御体積の上限である 50ml まで上限速度で変化
駆動制御部
バルーン制御としてシリンダのピストンを駆動させ
させた時の時間変化を測定した。
(図 8 )これより、バ
るために、DC モータ( 4:1 の減速機付き)と送りねじ
ルーンの体積変化はほぼ時間経過に対してリニアであ
(ねじピッチ 0.5mm )機構を用いた。また、バルーンの
ると言える。これは、アクチュエータの駆動能力が負
体積とピストン位置は一意の関係にあり、同様にピス
荷に対して十分大きく、バルーンの状態に関わらず一
トン位置は送りねじの回転数から判断できるので、送
定の変化速度で目標状態へ遷移が可能であることを示
りねじ部にフォトインタラプタによる光学式エンコー
し 、自然な力覚呈示が可能であると考えられる。
ダを取り付け、回転数を計測する( 図 5 )
。バルーンと
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ブ(外径 6mm 、内径 4mm )によって接続し 、この間
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に外力計測用の圧力センサを取り付ける。
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シリンダは SMC 社のソフトポリウレタン製のチュー
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図5
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制御機構
Fig. 5 Basic mechanism of volume control
unit
図 8 バルーンの時間経過に対する体積変化応答
Fig. 8 The volume change response to time
progress of a balloon
OO
6.
考察
実装したシステムの検証を行い、変化率の大きい物
OO
OO
OO
体や 、複雑な形状の物体の立体形状を滑らかに呈示
可能であることが分かった。しかし 、実装システムに
おいて見られた考慮すべき問題点として、応答速度と
バルーンの配管が挙げられる。他のハプティックイン
タフェースと比較して応答速度がやや遅く、現状では
高い周波数で変化するバーチャル物体を表現すること
は困難である。よって、モータと送りねじの間にある
ギアや送りねじ自身の減速比、モータ出力などを再検
討する必要がある。また、バルーンを配置する際にバ
ルーンと配管が干渉し 、全体として形状変化が阻害さ
れる可能性あり、さらに大きなシステムとなった際に
は無視できない要因になると考えられる。配管の素材
図 9 5バルーンシステムの最小形状と最大形状
や径、配管経路そのものの変更までをも視野に入れて
Fig. 9 Minimal and maxmal deformation of
our display
検討していく必要性がある。
7.
まとめと今後の展望
本研究では、空気圧バルーンを用いることで、従来
5つのバルーンを用いてシステムを実装し 、バルー
困難であったボリュームを持ったバーチャル物体の呈
ンの体積変化に伴う位置の移動や、ボリュームの呈示
示を実現する装置の提案・開発を行った。実装システ
について検証した。図 9 は、最収縮時( 左)、最膨張
ムの検証により、ハプティックディスプレ イに対する
時(右)であり、上段が理論値であり、下段が実際の
空気圧バルーンの有効性を確認した。
写真である。実際の寸法を測定したところ、ネット包
今後の展望として、より大きな物体の呈示のために
帯の外寸 (W,H) は最収縮時で 40mm × 60mm 、最膨
バルーン数を増やしたシステムを実装し( 図 11 )
、呈
張時で 85mm × 90mm であった。最収縮時の高さ方
示可能である物体形状の詳細な検証の後、触診シミュ
向が理論値より大きいが 、これは包帯のダブつきによ
レータなど 実際のアプリケーションへの適用が挙げら
るものであり、これを考慮するとど ちらもほぼ理論値
れる。
に近い値となっていた。また、バルーン毎に体積を変
えることで、図 10 のような形状の呈示ができること
が確認できた。
全体を通し 、バルーンの大きな膨張率変化に対して
も、位置の著しいずれなどがなく、違和感なくバーチャ
ル物体の表現が可能であると考えられる。
図 11
目標とするハプティックディスプレ イ
Fig. 11 Objective haptic display
参考文献
図 10 多様な形状呈示
Fig. 10 Various deformations of our display
[1] 広田, 廣瀬: 面提示型触覚デ ィスプレ イのための曲面
表現デバイス; 第 10 回ヒューマン インタフェースシ
ンポジウム, pp.193-196 (1994)
[2] Iwata,H., Yano,H., Nakaizumi,F., Kawamura,R.:
Project FEELEX; Adding Haptic Surface to
Graphics, SIGGRAPH 2001 Conference Proceedings, pp.469-475 (2001)