新潟県農林水産部水産課 ノルウェー水産業視察研修 報告書

新潟県農林水産部水産課
ノルウェー水産業視察研修 報告書
帰国中のアルネ・ウォルター駐日大使(右から 3 番目)
と浮魚漁業共販組合(ベルゲン)にて
平成25年
新潟県
9月
巻頭の辞
水産業の持続的発展を確保するには、水産資源の適切な管理が重要であります。その
手法として北欧等で実績のある個別漁獲割当の導入について検討するため、2010年に
「新潟県新資源管理制度導入検討委員会」を設置し、本委員会の提言に基づいて本県の
重要魚種である南蛮エビ(ホッコクアカエビ)を対象に日本ではじめてとなる個別漁獲
割当(IQ)のモデル事業を開始しました。
このような取組のなか、昨年 10 月にノルウェーのベルグ・ハンセン漁業・沿岸大臣
と会談する機会が得られました。その際大臣から、漁業者の理解を深めるためには漁業
者同士の話し合いが効果的であり、そのため新潟県派遣団の受け入れを歓迎する旨のお
言葉をいただき、今回の派遣を決断しました。
このミッションには、佐渡でエビかご漁業を営む漁業者、水産流通業者、行政職員、
研究職員、水産加工業者と幅広いメンバーが参加しました。訪問先は、漁業・沿岸省、
漁業総局、海洋調査研究所、水産マーケット、エビ漁業会社、漁業者団体、水産加工業
者、サケの養殖会社とトロムソ大学など多岐にわたるもので、非常に充実した視察研修
を実施することができたとの報告を受けました。
新潟県としては、IQ など新しい資源管理制度の導入に向けて検討を行っており、今
回のミッションに参加した皆さんがそれぞれの分野で、ノルウェーの先進的事例のノウ
ハウを現場へ活かしてもらうことが、重要と考えます。
また、今回のミッションの成果を報告書にとりまとめました。広く新潟県と日本中の
関係者に共有・活用していただければ望外の喜びです。
最後に、本ミッション実現にご協力いただいたベルグ・ハンセン大臣を始めノルウェ
ーの漁業・沿岸省関係者を含む政府関係者、漁業と水産加工業界関係者とウオルター駐
日諾大使と丹羽弘吉元駐日諾大使館商務官他の方々に御礼を申し上げます。
平成 25 年9月
新潟県知事 泉田 裕彦
はじめに(視察の経緯と目的)
新潟県参与 小松 正之
1.経緯
2008年9月6日に第28回豊かな海づくり大会・新潟大会が新潟で開催された。泉田
裕彦知事はこの大会に当たり「資源の問題について北欧を見ると安定的な漁獲量を確
保し、個別の漁船に漁獲量の割り当てをしている。・・・基本ルールを変えていかな
ければならない。そうすれば、資源を確保したうえで、価格と所得を取ることにつな
がる。」と語った。
この知事の言葉を受けて、新潟県のホッコクアカエビを対象とする個別漁獲割当制
度(IQ)の検討が始まる。
ところで、世界では水産資源の 87%が過剰か満限にまで漁獲される。日本もほぼ
同様に資源が悪化し漁業が衰退しており、漁獲量の減少は止まらない
しかし、欧米では、資源の回復策にいち早く着手して漁業・水産業が元気を取り戻
している。
他方、我が国でも、泉田知事のリーダーシップのもとで新潟県が立ち上がった。
2008 年9月に泉田知事から「新資源管理制度導入にかかる勉強会」
(小松座長)の立
ち上げの指示あった。先ず、2009 年1月県庁職員のみを対象とした勉強会を開催。
6月から 2010 年3月まで、3回にわたり県庁職員と漁業者と流通関係者を構成員と
して知識・理解水準の向上を目的に外国の制度などについて勉強した。
この準備段階を経て 2010 年7月に「新潟県新資源管理制度導入検討委員会」を設
置した。そこで、漁業者、流通業者、消費者、県行政、研究機関及び学識経験者が、
経済的、資源的にも食文化上も最重要魚種であるホッコクアカエビについて幅広く検
討し、日本全国で事実上はじめて IQ の導入を提言した。この提言に基づき 2011 年
9月から佐渡の赤泊地区で、IQ 導入のモデル事業が開始された。
2012 年8月に、前委員会で提言されたモデル事業の実施状況のモニターと検討、
また、未実施部分のレビューを目的に新たに「新潟県新資源管理制度評価運営・改善
委員会」が設置された。本委員会では、「市場・経営分科会」を設置し、マーケッテ
ィングや漁業経営の内容まで踏み込み、適切なレベルの投資と経費を分析するなど単
なる資源管理にとどまらない内容となっている。
2.日本国内ではなく外国の新制度を取り入れる
新潟県のIQ(個別漁獲割当制度)の導入に当っては、諸外国のIQ、ITQ(譲渡
性個別漁獲割当制度)の検討を行った。欧米諸国などの多くは自国の漁業法を数度にわ
たって改正し、科学的根拠に基づくTAC(漁獲総量)の設定とIQまたはITQを導
入している。
ノルウェーは、ニシンの資源崩壊を機に 1978 年にIVQ(漁船ごとの割当)を導入し
た。①資源の保護を最優先する、②漁業者を減らす、③補助金を減らして自立を促す―
が目標である。TACを漁船グループ別に配分し、まず大型漁船グループと伝統的小型
漁船グループ(小型の沿岸漁船)に分ける。伝統的小型漁船グループはさらに漁船の長
さによって4つの階層にグループ化され、それらグループ内部で譲渡が行われる。地域
産業、社会を保護する政策を採っている。
アイスランドは、1970 年代にニシン資源の回復を果たす目的で、1980 年代の社会主義
政権時に水産資源を国民共有の財産と位置付けITQを導入した。漁獲量は 2012 年、150
万㌧に回復した。2008 年の金融危機で財政の破たんを招いた同国は 2012 年から、漁業
者から売上の 9.5%を資源税として徴収している。
ニュージーランドは、1983 年に経済合理性を取り入れた漁業管理へと移行した。世界
のモデル的なITQ制度を導入している。現在、ITQにより約 700 魚種を管理してい
る。
米国は 1990 年にハマグリ等に初めて導入して以降、ITQを含むキャッチシェア計画
を 1995 年で 13 漁業種類に導入した。2011 年に西海岸で 30~40 魚種を漁獲するトロー
ル漁業に導入。ニューイングランド地方は 2012 年にマダラやハドックなどの約 20 魚種
を 20 の漁業者グループで実施。現在、マダラ資源枯渇にともなう5月1日からの 80%T
AC削減が最大問題となっている。
豪州は 1991 年、①効果的で費用対効果の高い管理②持続可能な資源利用③経済効率の
最大化を目的に漁業管理法を定めた。1989 年に新しい漁業政策を発表しITQを導入し
ている。現在、約 20 漁業にITQを導入し、政府はその導入を推進中である。
韓国漁業は 1980 年代半ばから主要資源の減少、操業コストの増大によって経営状態が
悪化した。米国ワシントン大学に学び韓国政府は 1999 年、サバ類やマアジ、マイワシ、
ベニズワイガニの4魚種を対象にTAC/IQを導入し、2001 年に対象をウチムラサキ
ガイやタイラギ、サザエにも拡大。2002 年にズワイガニ、2003 年にワタリガニ、2007
年にスルメイカ、2010 年にハタハタとガンギエイを追加、資源は回復している。
各国がITQ/IQ導入に成功したのは、経済学者を中心に漁業の経済的自立を政策
提言し政治家が取り入れたこと、末端の行政と計画立案の中央とを分離したこと、漁業
者のリーダー出現があげられる。
3.新管理制度先進国ノルウェーに学ぶ新潟県
2012 年 10 月 30 日、新潟県の泉田知事は訪日中のベルグ・ハンセン・ノルウェー漁業
沿岸大臣と会見した。ノルウェーの個別漁船割当(IVQ)の経験に学び、南蛮えびで
個別割当(IQ)を実施中。今後もノルウェーからも学びたい。県の職員を派遣したい
のでよろしくご協力願いたいと発言。
べルグ・ハンセン大臣より、漁業は国により異なるが、共通点もあり、ノルウェーの
経験が役に立つならぜひ協力する。ノルウェーも乱獲に陥った。大事なことは資源を持
続的に漁獲できるように増加することと、多すぎた漁船と漁業者を減らして、資源とバ
ランスさせること。新潟県からおいでになればプログラムを組んで協力したいと述べた。
べルグ・ハンセン大臣より、①漁業から養殖への転換を図った。養殖が有望産業だっ
た。また、減船プログラムを実施した。漁獲枠を漁業者が他の漁業者から購入する制度
を設け、購入後のスクラップを政府が支援した。漁業には政府から現実的なプログラム
を示し、それらに基づいて漁業者と関係者らと話し合いを持つことである。日本とノル
ウェーを含め漁業者同士の話し合いが特に重要。②離島の問題は世界中で共通の問題で
あろう。やはり、漁業と養殖業を振興することだ。産業の振興が重要と述べた。
この会合が新潟県のノルウェー訪問の契機となった。
4.目的と内容
上記の「泉田知事とノルウェー・ベルグ・ハンセン漁業沿岸大臣の了解」に基づき、
新潟県のミッションが8月 25 日から9月1日の間に同国を訪問した。漁業・養殖業・加
工業の現場を視察し、ノルウェーの水産業の現状と制度について説明を受け、意見の交
換を行った。また、泉田知事から、ベルグ・ハンセン大臣への親書を手交するとともに、
新潟県が現在行っている南蛮えびIQ(個別漁獲割当)のモデル事業(英文)について、
情報を提供した。
その目的は、ノルウェー水産法制度、特にIVQに関する歴史、制度と実態及び問題
点などを学び、加えて、水産業の現場を視察・事情聴取し、総合的にノルウェーの水産
業と制度について学び、適切に新潟県と日本の漁業・水産業の改革に取り入れることで
ある。新潟県ではIQモデル事業を実施中であり、できる限りの改善と波及のために、
同国の状況から学ぶことである。
新潟県ノルウェー水産業視察(2013/08/25~2013/09/01)
◎ 視察行程
8月 26 日(月)オスロ
漁業沿岸省(The Ministry of Fisheries and Coastal Affairs)
09:00-09:30: Welcome and introduction to the Ministry of Fisheries and Coastal Affairs (SA)
09:30-10:00: Norwegian Fisheries Management (FHA)
10:15-10:45: Norwegian Aquaculture Management (FHA)
11:00-11:30: Research and Innovation in the seafood sector (FSA)
11:30-12:30: 意見交換会
13:00-13:25: Seafood Safety (SA/FH)
13:25-14:05: Seafood promotion and exports (SA/IM)
8月 27 日(火)ベルゲン
09:00-11:00: 漁業総局(Fisheries Directorate )
、海洋研究所(Institute of Marine Research)
12:00-13:00: 魚市場(The fish market)
13:00-14:30: ノルウェー浮魚漁業共販組合(Norges Sildesalgslag)
8月 28 日(水)オースレン
08:30-10:20: ノルウェー・ペラジック社(Norway Pelagic:水産加工会社)
10:30-12:00: コールドウォータープラウン社( Cold Water Prawns of Norway:水産加工会社)
13:00-15:30: スペ-レ社(Visit Brødrene Sperre (“the Sperre Brothers”) :水産加工会社)
8月 29 日(木)トロムソ
07:30-10:00: レロイ社(Lerøy Aurora AS:養殖加工会社)
11:00-12:00: 北極圏博物館(昼食)
12:45-15:00: ノルウェー水産物審議会(Norwegian Seafood Council:政府関係機関)
8月 30 日(金)トロムソ
トロムソ大学(UiT The Arctic University of Tromsø)
08:50-09:30: Professor Ranger L Olsen: Welcome to The Norwegian college of Fishery Science
09:30-10:00: Professor Bjon Hersoug: The process of closing the commons fisheries and aquaculture
10:15-10:55: Professor Roger Larsen: The IVQ systems impact of the technical development in the fleet
10:55-11:45: Professor Svein Jentoft: Social impacts of the Norwegian IVQ systems
11:45-12:15: Professor Ola Flaaten: The Economic impact of the Norwegian TAC regulation
12:15-13:20: 意見交換
13:20-15:00: Professor Torbjorn Trondsen: Alternative IVQ allocation systems、Innovations in seafood
value chain marketing
◎ 視察団名簿 7名
小松正之 新潟県農林水産部参与(新潟県新資源管理制度評価・運営改善委員会委員長)団長
藤田利昭 新潟県農林水産部水産課長
伊藤敏晃 新潟県農林水産部水産課副参事
目黒悠一朗 新潟県水産海洋研究所海洋課研究員
中川定雄 新潟県新資源管理制度評価・運営改善委員会委員(赤泊地区えびかご漁業者)
赤井田正彦 新潟県新資源管理制度評価・運営改善委員会委員(新潟冷蔵(株)生鮮第一部
長)
左近 亨 両津地区えびかご漁業者
岩本秀熙 オブザーバー (有限会社 錦海化成 代表取締役(境港水産加工会社)
)
新潟県 農林水産部水産課ノルウェー視察研修報告書
目次
巻頭の辞
はじめに(視察の経緯と目的)
1
2
3
4
5
1日目(8/26:オスロ)沿岸・漁業省
(1) 水産業の概要 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(2) 漁業資源管理・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(3) 養殖業・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(4) 水産研究・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(5) 食の安全・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(6) 輸出・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・
1
2
6
8
9
11
2日目(8/27:ベルゲン)
(1) 漁業総局・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(2) 海洋調査研究所・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(3) 浮魚漁業共販組合・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・
(4) 魚市場・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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20
23
3日目(8/28:オーレスン)
(1) ノルウェーペラジック社(水産物加工)
・・・・・・・・・・
(2) コールドウォータープラウン社(漁業加工販売)
・・・・・
(3) スペ-レ社(水産物加工)
・・・・・・・・・・・・・・・・
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25
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4日目(8/29:トロムソ)
(1)レロイ社(養殖場)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(2)ノルウェー水産物審議会・・・・・・・・・・・・・・・・・・
29
31
5日目(8/30:トロムソ)トロムソ大学
(1) オールセン教授:トロムソ大学の概要と養殖業の餌料の将来 ・・34
(2) ビヨン教授:漁業と養殖業の過去と現況・・・・・・・・・・ 35
(3) ラーセン教授:IVQ システムの漁業への影響・・・・・・・・ 37
(4) スヴァイン教授:IVQ システムの問題点・・・・・・・・・・ 40
(5) フラッテン教授:TAC 制度の経済的影響・・・・・・・・・・ 41
(6) トロンドセン教授:IVQ システムについての提案・・・・・・・ 44
(7) トロンドセン教授:クール・ノヴァ(新冷却解凍技術)・・・・ 45
6
総括
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
47
【付録】
1. 視察参加者レポート・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 48
2. 写真(加工場・養殖場・海産料理)
・・・・・・・・・・・・・・・
52
3. 研究論文・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 58