[山梨大学工学部研究報告第44号1993年12月] 論 文 短共振器氷固体色素レーザーの動作特性 石川多俊 武藤真三 松沢秀典 (平成5年8月31日受理) Characteristics of Short-Cavity Solid Dye Laser in Frozen Ethanol KazuhitoISHIKAWA ShinzoMUTO HidenoriMATSUZAWA Abstract N2−laser(100kW)pumped short−cavity solid dye lasers in frozen ethanol were investigated. The cavity lengths ranged 10 to 500 ptm and rhodamine−6G dye solutions(2×10『4 to 7.5×10−2 mol/1)were frozen with liquid nitrogen(77K)into ice. In this system,1aser operations almost same as liquid dye laser were obtained and their spectra shifted about 10 nm toward shorter wavelength side. Relaxation oscillation and short laser pulses less than l ns were also easily obtained. の実験を試みている。すなわち,極低温色素レーザー 1.まえがき 媒質での吸収損失の減少7)などによる発振効率の改善, 色素レーザーは,通常はレーザー媒質である色素を 水や有機溶媒に溶かしたもの(室温液体状態)を光励 発振波長の短波長化と縦モードの低減,あるいは,溶 媒の凝固点以下にして氷固体化すると一種の固体レー 起することによって発振させるので液体レーザーの代 ザーとなってそれ特有の発振特性が得られる可能性が 名詞にもなっているが,レーザー色素を透明なプラス ある,などの点に興味をもって実験を行った8)。以下に チックやアルミナガラス中にドープした固体状態での 本研究で得られた結果について報告する。 発振1・2)も可能である。また,その発振特性においてレ 2.実験結果 ーザー波長の連続可変動作や短パルス光発生なども容 易に得られるので,種々の物質の分光分析用レーザー 2.1 実験系 実験に使用した短共振器型色素セルの構造とその氷 としても有用である。このように,液体および固体色 素レーザーはこれまでの多くの研究によって実用域に 達してしまった感もするが,しかしごく最近,非常に 短い共振器構成による無しきい値発振3・4)や,微小球モ ードの発振5)などの特異なレーザー動作が見いだされ, 再び注目をあびてきている。その中で,著者らも短共 振器色素レーザー(共振器長は数10μm∼数100μm)の 特徴6)などについて研究しているが,本論文では特に, 短い共振器構成の氷固体色素レーザーに関する初めて *電子情報工学科,Department of Electrical Engi− neering and Computer Science. 〃 /lzl 〃 /〃 Fig・1Structure of short cavity dye laser.①holder,② 皿tput mirror(fused silica),③film spacer,④ dielectric mirror and⑤screw. 一11一 第44号 山梨大学工学部研究報告 平成5年12月 Rh6G(EtOH) Photo_tube or spectrometer N=2.5x10−3 motハ ^50 三 Ouortz tens 」40 (f’=80mm) 誓 8 Room temp. (Liquid) 30 着 8 ○ 」20 $ 旦 瓢10 1GHz C.R.O 0 Fig.2 Experimental setup for measurement of solid dye laser properties. 0 10 20 30 40 50 60 N2 10ser peak power(kW) Fig.4 1nput・output property of N21aser pumped dye laser with a short cavity. 1 苔 ξ Ftuorescence −4 Rh6G 2x10 m◎1’1 周波数帯域1GHzオシロスコープ(Tektronix社製, 7104型)でその発振波形の観測を行った。また,その スペクトルは分光器(日本分光工業社製,CT25C型) −H・77K(50tid) \一一一Room temp・ 苔 O,S を用いて写真測光した。 5 8 b 2.2 氷固体色素レーザーの動作特性 低濃度のローダミン6G色素を溶かしたエタノール 0 450 500 550 600 650 (色素濃度2×10”‘mol/1)の室温液体状態と,77K氷 Wavelength (nm) Fig.3 Absorption and fluorescence spectra of rhodamine 6G dye in ethanol freezed at 77 K. 固体状態における吸収とけい光スペクトルは図3のよ うになる14)。この結果を見ると,室温液体状態と比較 して,77K氷固体状態では, 固体化法を,以下に示す。図1において,レーザー共 振器は波長550∼650nm帯で反射率98%以上の誘電体 ①吸収の長波長側すその減少と,けい光スペクト ルの狭まり,および,けい光ピーク波長の短波長 多層膜ミラー④と,透明石英ガラス平板出力ミラー(反 側へのシフトを生じる。 射率10%以下)②の間に厚さ10∼500μmのフイルムス ペーサ③を挟んで構成され,ホルダー①,⑤に固定さ ②色素分子のダイマー形成によると思われる500 れている。したがって,この場合の共振器寿命Tc(≒ nm付近にピークをもつ吸収が増加する。 などの特徴が現れた。この中で,①の性質は色素レー 2nL/c(1−R), nは溶媒の屈折率, cは光速, Rは共 ザー動作時の効率改善につながるが,②の性質は逆に 振器の反射率,Lは共振器長)は非常に小さい値(Tc< その効率を下げたり,発振可能色素濃度範囲(特に高 9ps)となる。レーザー色素であるロ ・一ダミン6Gは2× 濃度側)を制限する要因として作用することが考えら 10−4∼7.5×10−2mol/1の濃度範囲でエタノールに溶 れる。 かし,文献8)と同様に図2の液体窒素デュワーびん内 このような性質をもつ氷固体ローダミン6G色素を, でゆっくりと降下させて液体窒素中(77K)に浸し,氷 パルスN2レーザー光で縦励起したとき,ローダミン6 G色素濃度が3×10−4mol/1付近の低濃度では氷固体 固体化させた。その励起には自作のTE型パルス紫外 N2レーザー(波長337nm,ピーク出力100kW,パルス 幅3ns)9−11)を用い,それを焦点距離80mmの石英レソ 状態でのみ発振した。すなわち,①の性質を生かした 氷固体色素レーザーが実現できた。ただし,活性長が ズで集光して,短共振器型氷固体色素セルを縦励起す 短いためにレーザー出力値は大きくない。また,1× る方法をとった。氷固体色素レーザーの出力光は図2 10−3mol/1の付近では①と②が・ミランスし,室温液体 のように高速応答の光電管(Instrument Technology 社製,TF−1850型,立ち上がり時間100ps)で受光し, 状態の短共振器色素レーザー動作と比較してほとんど 変わらないレーザーピーク出力が得られた。しかし, 一12一 短共振器氷固体色素レーザーの動作特性 NoD tine He−Ne loser l ine 6323nm 一3 at N=2.5xIO mot/t L=250pm (q) (o) Room temp. N2 taser putse (Liquid) 77K (b) (Solid) Dye taser pu tse Fig.5 Typical spectra of rhodamine−6G dye laser with a short・cavity at(a)room temperature and(b)77 K. ot N=3xlO−4motlt L=450 pm (b) 77K(Sotid) 一『卜1・1°・m N= 7. 5 x 10’−3 mol/1 L=100 pm (1nsldiv) 77K (Solid) λ=554nm Fig.7 Pulse waveforms of N21aser used as a pumping light (a)and damped relaxation oscillations observed for solid rhodamine 6G dye laser with a short cavity(b). ot N=5x10−3 mot/t L=250 pm Fig.6 Photo−densitometer trace of solid dye laser spectrum with a short cavity of L=100μm, (o) Room temp. (b) 77 K (Sotid) 色素濃度が2.5×10−3mol/1付近になると,図4に示す ように氷固体色素レーザーのピーク出力の低下と発振 しきい値の増加を生じたが,これは上述の②の影響が 強くなったためと考えられる。図5と図6はこのとき の氷固体色素レーザーの発振スペクトルの測定例であ る。上述の①を反映して,その中心波長は室温液体状 態に対して約10nmほど短波長側にシフトした。また, その帯域幅も7.4nmと狭くなっている。縦モード間隔 dλはdλ=λ2/2nL,(λは中心波長, Lは共振器 (1nsldiv) Fig.8 Pulse waveforms of dye laser with a short cavity(a) in liquid phase at room temperature and(b)in solid phase at 77 K. 長,nは氷固体媒質の屈折率)で与えられる。共振器長 L=100μmのときに観測された図6の縦モード間隔∠ λ=1.1nmよりエタノール氷固体の屈折率を逆算する 1ns以下の短パルスレーザー光動作が得られた。ま た,色素濃度が高い場合には,室温液体状態よりも前 と,n≒1.40±0.01が得られた。共振器長をL=50μm 述の②の効果が顕著となって発振しきい値に近づくた としたとき,縦モード数5∼6の発振も得られたが, Q値の低い共振器構成のため,さらに小さいLの値で は発振が停止した。しかし出力側ミラーの反射率を上 げれぽ単一モードの氷固体色素レーザーの発振も可能 め,レーザー出力の低下と共にそのパルス幅も図8の ように,より狭くなった。 ここには示していないが,同じキサンテソ系のウラ ニン色素氷固体でも,これらと同様な色素レーザー動 と考えられる。 作が得られ,本研究の結果はキサンテン系氷固体色素 一方,図7,図8には代表的な氷固体色素レーザー 光パルスの波形を示した。ここで用いている共振器は 共振器長が500μm以下と短く,かつ,Q値も低いので レーザーに特徴的なもののようである14)。ちなみに, C.Lin 12・13)らの示した緩和発振の条件を容易に満たし, クマリン1色素などの氷固体では強いリン光放射のみ 生じてレーザー動作は得られなかった。このクマリン 系色素の場合,氷固体では励起状態色素分子の項間交 それゆえ図7のような減衰緩和振動によるパルス幅が 差速度が非常に大きくなると考えられる。 一13一 山梨大学工学部研究報告 平成5年12月 第44号 望”,応用物理,61,第9号,(1992)890−901。 3.むすび 5)M.Kuwata−Gonokami, K.Takeda, H.Yasuda キサンテン系のローダミン6G色素を溶かしたエタ ノールの温度を77Kまで下げて氷固体化し,これをパ ルスN,レーザー光で励起した短共振器型色素レーザ and K.Ema,:“Laser emission frorn dye−doped polystyrene microsphere”, JPn. J. ApPl. Phys.,31 (1990)L99−L101. ー(共振器長は10μm∼500μmの範囲)の動作特性を研 6) 石川多俊,武藤真三,松沢秀典:“N、レーザー励 究した。その結果,この短共振器型氷固体色素レーザ ーの発振出力は,色素濃度が3×10−4mol/1∼1×10−3 起による短共振器P一ダミン6G色素レーザーの発 mol/1の範囲で通常の室温液体状態にしたとき以上の 値を示すこと,氷固体状態ではダイマー形成率が高く なるため高色素濃度側で顕著な出力低下を生ずること, 振特性”,光学,第21巻,第10号,(1992)720−723. 7)G.T.Schappert, K.W.Billman and D.C.Burn− han:“Temperature tuning of organic dye laser”, Appl. Phys. Lett., Vol.13, No.4,(1968)124−126. および,色素レーザー中心波長は短波長側に大きくシ 8) K.Ishikawa, S. Muto, and H. Matsuzawa: フトする,などの特徴が明かにされた。さらに,条件 によって減衰緩和発振も生ずることが示され,パルス “Short−cavity dye laser with frozen ethnol sol− 幅が1ns以下の短パルスレーザー光が容易に得られ 9) K.Ishikawa, S.Muto, and H.Matsuzawa:“1−ns ることも分かった。このような特性はクマリン系氷固 体色素などを用いたときには得られなかったことから, vents”, J. Appl. Phys.,74(1993)732−733. pulse−generating, compact, low−pressure N2 1asers”, Appl. Phys. Lett.,50(1987)889−890. キサンテン系氷固体色素に特徴的なもののようである が,今後,他の種々の氷固体色素を用いたレーザー発 レーザー用ギャップスイッチにおける電界放出と 振特性などについても研究し,これらの点をより明か その出力特性への影響”,応用物理,56(1987)929 にしたい。 −936. 参考文献 Suganomata:“Filed emission effect on the rise 10) 石川多俊,武藤真三,松沢秀典,菅ノ又伸治:“N2 11)K.Ishikawa, S.Muto, H.Matsuzawa and S. 1) S.Muto, A.Ando,0.Yoda, T.Hanawa, and H. time of small spark−gap switches for N21asers”, Ito,:“Dye laser by sheet of plastic with wide J.Appl. Phys.,62(1987)1132−1134. tuning range”, Trans. IEICE JPn., E70, No.4 12) C.Lin and C.V.Shank:“Subnanosecond tuna− (1987),317−318. ble dye laser pulse generation by controlled 2) H.Sasaki, Y.Kobayasi, S.Muto, and Y.Krok− resonator transients”, App1. Phys. Lett.,26(1975) awa,:“Preparation and photoproperties of a 389−391. transparent alumina film doped with energy 13) C.Lin:‘‘Studies of relaxation oscillations in transfer−type laser dye pair”, J. Am. Ceram. Soc., organic dye lasers”, IEEE. J. Quantum Elec− 73(2),(1990)453−456. tronics, QE−11(1975)602−609. 3) H.Yokoyama:“Physics and device applica− 14) 石川多俊,武藤真三,伊藤千秋,松沢秀典:“低 tions of optical microcavities”, ScIENcE,256,3 温ガラス状アルコール中における固体色素レーザ ApRIL,(1992)66−70. ー”,山梨大学工学部研究報告,33,(1982)15−19。 4) 横山弘之:“微小共振器レーザー:現状と展 一14一
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