波浪中曳航時の馬力推定 −第 1 報 巡視船の水槽試験− 推進性能部 ※長谷川 純、猿田 俊彦、岡本三千朗 柳原 健、深澤 良平 1.はじめに 曳船の曳航能力は主として陸岸曳引力(ボラード・ プル)が用いられることが多い 1)。しかしながら、平成 9 年 1 月に発生した「ナホトカ号」の海難事故に見ら れるような、荒天下における航行不能船舶による二次的 な災害を防ぐためには、事故現場からより安全な作業に 適した海域に速やかに曳航する能力が問われることと なる。そこで特に荒天下で海難救助に向かう巡視船を 対象として、波浪中曳航時の馬力推定を目的とした水 槽試験を実施したので報告する。 表−1 模型船主要目 SHIP M.S.No.0627 L PP (m) 85.000 6.3982 B (m) 11.000 0.8280 d (m) 4.000 0.3011 L PP/B 7.7272 B/d 2.75 L.W.L. L.W.L. A.P. 1/2 1 B/2 L.C. B/2 9&1/2 F.P. 図−1 船型の概要 10KQ 1.0 K T & 10KQ 0.8 = 0.2285 1.2m = 1.248 = 0.730 =5 1.0 5 = 5.0×10 0.8 ηo 0.6 0.6 KT 0.4 0.4 0.2 0.2 右回り 左回り 0 0 0 0.3 0.6 JA 0.9 1.2 図−2 M.P.No.0089R/L の単独特性 ηo D P H/D P αE Z RnP 1.2 2.供試模型船およびプロペラ 実験に使用した模型船は、大型巡視船(仮にディー ゼル 3500PS×2 基、2 軸 2 舵で速力 20kt とする)の約 1/13.3 の模型船 M.S.No.0627 である。その主要目を表 −1に、船型の概要を図−1に示す。舵のほかにシャフ トブラケット ・ ビルジキール ・ フィンスタビライザーが付加 物として取り付けられている。また、自航試験で用いた 模型プロペラ M.P.No.0089R/L の主要目と単 独特性を 図−2に示す。 3.平水中計測結果 平水中抵抗自航試験は、三鷹第二船舶試験水槽で 行った。曳航荷重は、実船の 8.5mW.L.に相当する高 さで水平に張力計を介して船尾端で負荷した。自航試 験結果から自航要素を図−3に示す。自航要素のうち 1 - t は、同一速度では曳航荷重の違いによる変化は少 なく、速度0(ボラード状態)と設計速力との間でほ ぼ直線的に変化している。伴流率 1 - wT の場合は、設 計速度に近づくにつれて曳航荷重の有無による影響は Self-Propulsion Test Results M.S.No.0627×M.P.No.0089R/L Condition Design Load Temp. of Water 10.8℃ Delta-CF -3 0.4×10 1.0 ηR 0.9 Keys ; 曳航荷重 無し 約13.5トン 約25.5トン 0.8 0.7 0.9 1 - WT 1.0 0.8 1.0 1-t 少なく、速度の低下とともに曳航荷重のない単独航走 よりも小さな値を示している。プロペラ効率比η R は単 独航走の場合に低速で値が小さくなっているが、曳航 荷重がある場合は設計速度付近の値とほぼ同じとなっ ている。単独航走時にη R が小さくなる傾向はプロペラ のレイ ノルズ影響だけでなく自航動力計の計測精度と合 わせて考える必要がある。なお、曳航時のような低速 での自航試験は余り実 施されていないが、文献 2)に は2隻の1軸曳船についての実験結果が紹介されている。 上述の自航要素の傾向はこの文献中に示されている自 航要素の傾向と定性的に良くあっている。 次に曳航荷重と制動馬力および回転数の関係を図 −4に示す。図中にはディーゼル機関の最大トルクは一 定であって、その値は機関最大出力と最大回転数から 求められるとの仮定のもとに計算された曳航限界も合 わせて示した。この図から今回行った速力 14ノット で約 25.5トン の曳航は曳航限界線より上にあるため、実船で は曳航不可能となる。また曳航限界線の傾向は、ある 速力で曳航していた場合、曳航荷重が増加すると速力 が低下し、負荷トルクが増大するため回転数が低下し て馬力が落ちることを示している。 0.9 0.8 0 4 8 12 16 20 Vs 20ノット 8 6 42 150 100 50 0 最大トルク一定条件下での曳航限界 20ノット BHP (PS)x10 -3 14 8 6 42 6 4 2 0 0 10 20 30 40 曳航荷重(トン) 図−4 曳航荷重と制動馬力および回転数 N (rpm) 14 8 図−3 自航要素 200 4.波浪中計測結果 三鷹第二船舶試験水槽で行った正面規則波中での 波浪中試験結果について以下に述べる。 4.1 計測装置 波浪中計測装置の概要を図−5に示す。曳航荷重は 平水中と同様に実船で 8.5mW.L.に相当する高さで水 平に張力計を介して船尾端で負荷した。船体運動は4 個のポテンショメーターで計測し、船体の受ける抵抗は 2 個のロードセルで、プロペラが発生するスラスト・ト ルクは自航動力計で計測した。前方のロードセルは台 車の摩擦抵抗を補正する目的で設置されている。また、 前後に配置されているスプリングは台車に復元力を与え るためのもので、バネ定数は 0.2kg/cm と弱く船体の前 後運動にはほとんど影響しない。 4.2 計測結果 計測結果の一例として、実船で 2ノット、6ノット での運 動応答を図−6に示す。図から曳航荷重の有無は運動 応答に余り影響しないこと、またストリップ法による計算 結果との一致も良いことがわかる。なお、曳航時のよう な低速では水槽側壁影響が懸念されるため、図中に破 線矢印で水槽側壁影響の現われ始める波長、実線矢 印で波の伝搬速度が船速と一致する波長の位置をそれ ぞれ参考として示している。 図−7に自航試験結果の一例を示す。水槽側壁影響 は破線矢印と実線矢印の間で船体運動が大きくなる 6ノット の場合にλ/LPP =1.2 以上で若干現れているが、そ の他の速度では計測されなかった。なお、曳航荷重付 プーリー ヒーブ検出ポテ ンショメーター ス プ リ ン グ 図−5 計測装置概要 5.波浪中曳航時の馬力推定結果 図−8に短期予測による長波頂不規則波中での馬力 推定結果を示す。図には全て実験結果を使用して求め た場合と、文献 3)に倣って曳航荷重のない平水中設 計速度での自航要素とストリップ法による抵抗増加を使 用した推定値とを合わせて示した。ただし推力減少率 1 - t のみ速度 0 では 0.97 として設計速度との間を直線 補間して推定している。実験値と推定値は曳航荷重が 大きいとき差がみられるが、所要馬力に対する割合とし ては小さい。 VS = 2.0kt , Fn = 0.0356 VS = 6.0kt , Fn = 0.1070 ス プ リ ン グ 曳 航 荷 重 台 車 ピッチ検出ポテ ンショメーター ロードセル サージ検出ポテ ンショメーター 張力計 プーリー 自航動力計 1.0 きの場合は、同じ曳航荷重をつけた平水中自航試験結 果からの増加量を示している。まず、曳航荷重を付け た場合に回転数の増加が少なくなっている。これは前 進係数(JA)の小さいところで使用するためスラスト係 数(KT )が大きいのでスラスト増加が同じ場合に回転 数の増加が少なくて済むことによる。次にスラスト及びト ルク増加に関しては単独航走の場合よりも若干増えてい るがその差は小さい。また曳航荷重の違いによる差は 明確ではなかった。 1.0 0.8 Z /ζW 0.6 0.4 0.2 0.6 0.4 0.2 0.0 1.0 Keys ; 曳航荷重 無し 約13.5トン 約25.5トン Cal. 0.0 0.6 0.4 θ/ kζW 0.8 1.0 Keys ; 曳航荷重 無し 約13.5トン 約25.5トン Cal. 0.8 0.6 0.4 0.2 0.0 0.6 X /ζW X /ζW 0.6 0.2 0.4 0.2 0.0 0.0 0.4 0.2 0.0 0.0 0.4 0.8 1.2 1.6 2.0 0.0 0.4 λ/ LPP 0.8 1.2 λ/ LPP 図−6 運動応答(LPP / HW ≒ 50) 1.6 2.0 θ/ kζW Z /ζW 0.8 2 2 3 1.0 0 1.0 0.8 2 0.8 2.0 0.6 0.4 0.2 0.0 0.6 0.4 0.2 5.0 (TW - T0)/ρgζW B /LPP 4.0 2 2 2 2 (TW - T0)/ρgζW B /LPP 5.0 3.0 2.0 1.0 0.0 0.0 4.0 3.0 2.0 Keys ; 曳航荷重 無し 約13.5トン 約25.5トン 1.0 0.0 0.0 0.4 0.8 1.2 1.6 2.0 0.0 0.4 0.8 λ/ LPP 1.2 1.6 2.0 λ/ LPP 図−7 回転数、トルク及びスラスト増加(LPP / HW ≒ 50) 長波頂不規則波による短期予測 BHP波浪中 - BHP平水中 6.まとめ 巡視船模型を使用して荒天下での航行不能船舶の曳 航時の馬力推定を目的とした実験を行い、以下の結果 が得られた。 (1)平水中自航要素に関しては、1軸曳船模型 の実験結果の傾向と良く一致した。 (2)正面規則波中に関しては、抵抗・スラスト・ トルク増加は曳航荷重がない場合とほとんど 変わらない、曳航荷重がある場合の回転数 増加が少ない、等の知見が得られた。 (3)短期予測による馬力推定では、実験値と推 定値で曳航荷重の大きいとき差があることが わかった。 今後は、CFD により曳航時の伴流率の推定を行うこ とを考えている。 2 1.0 3.0 2 0 VS = 6.0kt , Fn = 0.1070 (QW - Q0)/ρgζW DB /LPP 1.0 2 2.0 (QW - Q0)/ρgζW DB /LPP Keys ; 曳航荷重 無し 約13.5トン 約25.5トン (NW - N0)VD /gζW B /LPP 3.0 3 2 2 (NW - N0)VD /gζW B /LPP VS = 2.0kt , Fn = 0.0356 I.S.S.C.不規則波 T0 = 8.0秒 Hw1/3 = 3.4 m 400 Keys ; 曳航荷重 約13.5トン(EXP.) 約25.5トン(EXP.) 約13.5トン(EST.) 約25.5トン(EST.) 300 200 100 0 0 2 4 6 8 10 VS 図−8 波浪中曳航時の馬力推定結果 <参考文献> 1):日本作業船協会「引船の曳航荷重に関する設計指針の調査研究」報告書、1979 年 3 月 2):日本中型造船工業会「船舶の抵抗および推進 指導書 第Ⅰ篇馬力計算法」、1969 年 2 月 3):横尾幸一、矢崎敦生「中小型船舶 プロペラ設計法と参考図表集」、1973 年 8 月、成山堂書店発行
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